説明

精製転写因子の調製法と細胞導入技術

【課題】精製組換え転写因子蛋白質を添加することによりiPS細胞を誘導する技術を開発
する
【解決手段】精製用タグと細胞導入タグを連結し、かつ、ポリエチレンイミンで修飾した転写因子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精製転写因子、例えばSOX2やOCT3/4の調製法と細胞導入技術に関し、詳しくは、iPS細胞誘導に必要な転写因子(例えばSOX2やOCT3/4蛋白質)を組換え蛋白質として発
現精製し、化学修飾を施すことにより溶解性を高め、そして細胞内に取り込ませてターゲットのプロモーターを活性化し、iPS細胞を作製する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞(非特許文献1)を用いた医療を実現するにあたり、これから解決しなければ
ならない問題点として、以下の3つが挙げられる:
1)レトロウィルスベクターの利用:現在、iPS細胞の作製にはウィルスベクターによる
転写因子の遺伝子導入が必要である。レトロウィルスを利用する場合には導入遺伝子がゲノムに組み込まれるために、発癌などの意図せぬ悪性化を生じる可能性があり、医療用として用いることは危険である。そのため、遺伝子を細胞に導入する方法でiPS作製をする
場合には、ゲノムに遺伝子を導入しないアデノウィルスの使用や物理・化学的な遺伝子導入法を用いる技術開発が必要である。しかし、アデノウイルスの発現は一過性であり、このウイルスによるiPS作製の報告はない。また、たとえ遺伝子を細胞に物理的に導入して
も、安定した遺伝子発現細胞は導入遺伝子が染色体に取り込まれることも報告されている。
【0003】
2)組換え細胞利用についての社会的背景:外来性の遺伝子を導入する以上、医療現場での安全性の担保は困難である。さらに、日本では社会通念上、組換え技術の利用には保守的であるため、iPS細胞利用技術の広汎な普及のためには可能な限り組換え技術を避け
るべきである。また、比較的安全と考えられていたアデノウィルスを利用した遺伝子治療でも不慮の事故が起きており、ウィルスの臨床利用には不確実性を伴うとの不安も未だ強い。
【0004】
3)iPS細胞化工程の品質管理:医療産業で幅広くiPS細胞を利用するためには、iPS細
胞の品質管理が極めて重要である事は言を待たない。遺伝子導入を行う場合、核酸及びウィルスの品質を厳密に管理する必要がある。核酸およびウィルス医薬は現時点では限定的に用いられるのみであり、生産と品質管理においては手探りで行われている現状である。
【0005】
これらの遺伝子導入における問題点を克服するため、薬剤を用いたiPS誘導も報告され
ている(非特許文献2)。しかし、薬剤を用いることから予期せぬ蛋白質を活性化し、癌化の恐れも拭いきれない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Okita K, Ichisaka T, Yamanaka S. (2007)“Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells.” Nature 448: 313-317
【非特許文献2】Huangfu D, Maehr R, Guo W, Eijkelenboom A, Snitow M, Chen AE, Melton DA. (2008) “Induction of pluripotent stem cells by defined factors is greatly improved by small-molecule compounds.”Nature Biotechnology, 26: 795-797
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、精製組換え転写因子蛋白質を添加することによりiPS細胞を誘導する
技術を開発することである。精製蛋白質の利用では、遺伝物質を完全に排除した状態でiP
S細胞を作製、利用する事が可能である。組み換え蛋白の歴史では組換えインスリンをは
じめとする数多くの組換え蛋白質が実際に医薬として利用されており、既に必須なものとして社会的にも認知されている。これにより、1)レトロウィルスを使用する事による潜在的腫瘍化の危険性、2)一般の組換え細胞利用についての社会的背景、3)iPS細胞化
工程の品質管理問題等を解決し、広汎な分野でのiPS細胞医療の実用化に資することがで
きる。
【0008】
蛋白質によるiPS細胞誘導の開発のためにはiPS誘導に関与する転写因子を実際に組み換え蛋白質として発現および精製し、細胞に導入することにより、そのターゲットプロモーターの駆動に成功する事が必要である。また転写因子蛋白質を導入することで他の生物学的現象(例えば概日リズムの解析・制御)に利用することも可能である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明ではiPS誘導に関与する転写因子のうちの例としてSOX2やOCT3/4蛋白質を用い、
そのターゲットプロモーターの駆動を行わせるために、SOX2やOCT3/4蛋白質に1)細胞導入タグの付加2)精製を容易にするための精製タグの付加を行い、そして3)溶解度を高めるため化学修飾を行った組換えSOX2およびOCT3/4蛋白質を用いて細胞導入に成功すると共に標的プロモーターの活性化にも成功した。更にiPS細胞作製に利用できるだけでなく
、時計遺伝子のリズム位相にも影響を及ぼすことも明らかとなり概日リズムの解析および制御にも利用できることが示唆された。
【0010】
本発明は、以下の発明に関する。
項1.精製用タグと細胞導入タグを連結し、かつ、ポリエチレンイミンで修飾した転写因子
項2.転写因子がSOX2又はOCT3/4蛋白質である、項1に記載の転写因子。
項3.前記精製用タグがHisタグである、項1または2に記載の転写因子。
項4.前記細胞導入タグがアルギニンタグである、項1〜3のいずれかに記載の転写因子。
項5.項1〜4のいずれかに記載の転写因子をコードする遺伝子。
項6.項1〜5のいずれかに記載の転写因子を細胞に導入して細胞を形質転換することを特徴とする、形質転換細胞の作製方法。
項7.形質転換細胞がiPS細胞である、項6に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
iPS細胞医療を推進するためにはiPS細胞自体の安全性の厳格な担保が欠かせない。精製蛋白質を用いる事で、iPS細胞を直接遺伝子組換え技術で作製する潜在的な危険性を回避
できる。また、組換え蛋白質の利用と生産は長期にわたり行われているため、品質管理上の問題点が既に洗い出されている。そのため、本申請技術の確立によりiPS細胞の安全性
は飛躍的に高まり、iPS細胞医療の広汎な利用が進むものと期待される。このような技術
を実現可能にするためにはまずiPS細胞を誘導することのできる蛋白質を実際に取り込ま
せ、転写活性化を行わせる事が基盤開発技術として重要である。本研究開発ではこの目標に向かうため、精製転写因子蛋白質を細胞に導入して標的プロモーターの駆動に成功した。すなわち本研究開発によるロジックは直ちに他のiPS細胞誘導に必要な蛋白質に応用す
ることができ、遺伝子によらないiPS細胞の樹立を可能にするものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】SPDPとPEIを用いた修飾スキームを表す図である。蛋白質に多量の正電荷を付与するためまずSPDPをPEIのアミノ基にカップリングさせた後、蛋白質のチオールと反応させS-S結合を形成させる。SPDP:N-Succinimidyl 3-(2-pyridyldithio)propionate、PEI600:Polyethylenimine 平均分子量600
【図2】精製mSOX2蛋白質による転写活性化の濃度依存性を示す図である。上図は標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、精製mSOX2蛋白質を処理した後、15分間隔、30時間発光測定を行った結果の平均値とその標準偏差(n=6)を示す。縦軸はコントロール(0 nM)の値を差し引いた発光強度、横軸は測定時間を示す。下図はmSOX2添加後30時間までの発光値を積算し、コントロール(0 nM)の発光強度の積算値に対する比率で活性化能を比較した結果を示す。
【図3】ドミナントネガティブ型精製mSOX2蛋白質による転写活性化への影響を示す図である。標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、ドミナントネガティブ型精製mSOX2蛋白質を処理後、15分間隔、30時間発光測定を行った結果の平均値とその標準偏差(n=6)を示す。縦軸は発光強度、横軸は測定時間を示す。
【図4】精製hSOX2蛋白質による転写活性化を示す図である。左図は標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、500 nMの精製hSOX2蛋白質を処理した後、15分間隔、30時間発光測定を行った結果とその標準偏差(n=4)を示す。縦軸はコントロール(0 nM)の値を差し引いた発光強度、横軸は測定時間を示す。右図はhSOX2添加後30時間までの発光値を積算し、コントロール(0 nM)の発光強度の積算値に対する比率で活性化能を比較した結果を示す。
【図5】精製mOCT3/4蛋白質による転写活性化の濃度依存性を示す図である。上図は標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、精製OCT3/4蛋白質を処理した後、15分間隔、60時間発光測定を行った結果を示す。縦軸はコントロール(0 nM)の値を差し引いた発光値、横軸は測定時間を示す。下図はmOCT3/4添加後60時間までの発光値を積算し、コントロール(0 nM)の発光強度の積算値に対する比率で活性化能を比較した結果を示す。
【図6】SOX2蛋白質による概日リズムの位相変化の測定結果を示す図である。9分間隔、96時間発光測定したデータより、12時間の移動平均法によりデトレンドしたPeriod2プロモーターの概日リズム発現である。縦軸は相対発光強度、横軸は測定時間を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
iPS細胞は、山中教授らのグループがNanog遺伝子の発現を指標に、Oct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入して樹立した。また、Miguel Ramalho-Santosらのグループはc-Mycの代わりにn-Mycを用い、レトロウイルスベクターの一種であるレンチウイルスベクター
を用いてもiPS細胞の樹立は可能であることを示している[Blelloch R, et al, Cell Stem
Cell 1: 245-247. (2007)]。さらに、山中教授らのグループによって、c-Mycの遺伝子導入をせずにOct-4・Sox2・Klf4の3因子だけでも、マウスおよびヒトにおいてiPS細胞の樹
立が可能であることを示した[Nakagawa Mら, Nat Biotechnol 26: 101-106(2008)]。これまで種々のiPS細胞の樹立方法が確立されているが、Sox2およびOct3/4はいずれの方法に
おいても用いられていることから、これらの転写因子の使用はiPS細胞作製には必須であ
る。
【0014】
転写因子の1種であるSOX2やOCT3/4は、従来遺伝子として細胞に導入されていた。これは、SOX2やOCT3/4遺伝子の発現産物である蛋白質は水に溶けにくく、精製が困難であったためである。この性質は、SOX2やOCT3/4以外の転写因子にも当てはまるものである。本発明者は、転写因子の精製と細胞への導入効率を向上するために、精製タグと細胞導入タグを導入した。
【0015】
転写因子は、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、モルモットなどの哺乳類の由来のものが好ましく、霊長類又は齧歯類由来のものがより好ましい。哺乳類由来の転写因子を、該転写因子と同一もしくは他の哺乳類細胞に導入することで、細胞を形質転換し、iPS細胞にすることが可能であり得る。例えばヒト細胞に導
入する転写因子の由来は、ヒト、マウス、ラット、サルなどが好ましい。また、導入され
る細胞としては、初代細胞、幹細胞、株化細胞などが挙げられ、初代細胞が好ましい。ヒトやマウスでiPS細胞を作成するために導入される転写因子の組み合わせとしては、例え
ばOCT3/4・SOX2・KLF4・C-MYC、OCT3/4・SOX2・KLF4などが挙げられ、ヒトでiPS細胞を作成するために導入される転写因子の組み合わせは前記に加えてOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28(Yu, J. et al. Science 318: 1917-1920(2007))などが挙げられる。
【0016】
精製タグとしては、グルタチオン-S-トランスフェラーゼタグ(GSTタグ)、ポリヒスチジンタグ(Hisタグ)、FLAGタグ、T7タグ、HAタグ、c-mycタグ、MBP(マルトース結合タンパク質)、カルモジュリン結合ペプチド、セルロース結合ドメイン、DsbA、HATタ
グ、NusA、Sタグ、SBPタグ、Strepタグなどが挙げられる。
【0017】
細胞導入タグとしては、細胞透過性ペプチドなど、蛋白質と連結して蛋白質を細胞に導入する性質を有するものであれば特に限定されず、公知の細胞透過性ペプチドを用いることができ、具体的にはArgタグ(ポリ−D-アルギニン、ポリ−L-アルギニン)、Tatペプチド、トランスポータンペプチド(TP)、TP10ペプチド、pVECペプチド、ペネトラチンペプチド、tatフラグメントペプチド(例えば48-60)、シグナル配列をベ
ースとするペプチドなどを例示できる。
【0018】
精製タグと細胞導入タグは、転写因子のN末端側及びC末端側のいずれに連結してもよく、またこれらのタグの連結の順序はいずれであってもよい。さらに、これらのタグは各々1種又は2種以上を連結してもよい。
【0019】
ポリエチレンイミンは、特に限定されず、例えば市販のものを広く使用することができる。ポリエチレンイミンの分子量は、200〜10000程度、好ましくは300〜2000程度、より好ましくは、300〜1200程度である。ポリエチレンイミンは、適当なリンカーを介して結合することができ、リンカーとしては、SPDP:N-Succinimidyl-3-(2-pyridyldithio)propionateなどを用いることができる。SPDPのように、SS結合を介してポリエチレンイミンを結合することで、転写因子の活性を維持しながら、ポリエチレンイミンにより化学修飾することができる。ポリエチレンイミンの導入により、転写因子の溶解度を増強することができる。iPS細胞を誘導するSOX2以外の他の転写因子であっても本
発明に明示した方法を用いることにより細胞導入を行い、転写制御を行わせる事が可能であることは容易に推測することができる。
【0020】
本発明の特に好ましい実施形態において、大腸菌をホストとした組換えSOX2およびOCT3/4発現系の開発をおこなった。高効率な発現を目指すため用いるSOX2およびOCT3/4遺伝子は大腸菌コドンに最適化したコドンに置き換え、精製を簡便にするためのHisタグ(Hisが6回繰り返し)及び細胞導入用のアルギニンタグ(アルギニンが11回繰り返し)を付加した人
工合成遺伝子を作製した(配列番号1、2、3、4、5、6)。
【0021】
さらに、細胞培養液中での精製したSOX2蛋白質の溶解度を改善するためポリエチレンイミン(PEI)をN-Succinimidyl 3-(2-pyridyldithio)propionate(SPDP)処理した後、SOX2
蛋白質のシステイン残基にS-S結合で付与したSOX2蛋白質を開発した(図1)。このPEI処理により細胞導入に必要な細胞培養液中での溶解度(少なくとも数百μM以上)を上げたSOX2
およびOCT3/4蛋白質を開発することができた。
【0022】
マウスSOX2やOCT3/4と同様に、ヒトSOX2やヒトOCT3/4も対応するCys残基を含むので、
同様にPEIを結合させることができる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されない
ことは言うまでもない。
【0024】
実施例1
実験方法
・合成マウス、ヒトSOX2(mSOX2, hSOX2)および合成マウスOCT3/4(mOCT3/4)遺伝子の合成
コドン暗号表のうち大腸菌でよく利用されているコドンを用いmSOX2およびヒトSOX2遺
伝子のデザインを行い、化学合成を行った(配列番号1、3)。同様に(mOCT3/4)遺伝子の
デザインを行い、化学合成をおこなった(配列番号5)。この際、アルギニンが11回繰り返
した細胞導入タグをコードするDNAとヒスチジンが6回繰り返したHisタグをコードするDNA配列をそれぞれC末端に付与した(mSOX2:配列番号1,2、hSOX2:配列番号3,4、mOCT3/4:配列番号5,6)。
具体的には
(i)配列mSOX2、hSOX2およびmOCT3/4にNdeI/EcoRIサイトを付加し、合成を行う
(ii)配列mSOX2、hSOX2およびmOCT3/4をpBluescriptIISK(+):(マルチクローニングサイト
を欠失)のSmaIサイトへクローニング
(iii)配列mSOX2、hSOX2およびmOCT3/4をpAED4(文献番号1)のNdeI/EcoRIサイトへクローニング
(iv)シークエンスの確認
の手順により発現ベクターの構築を行った。
【0025】
・mSOX2、hSOX2またはmOCT3/4を含有する形質転換体の作製
1.5 ml容チューブ内に、大腸菌(E. coli)BL21plys株(Novagen社)のコンピテントセル0.04 ml(20,000,000 cfu/mg)と、上記調製した触媒ドメイン遺伝子含有プラスミドDNA溶液0.003 ml(プラスミドDNA 8.4ng)を加え氷中に30分間放置した後、42℃で30秒間ヒートショックを与えた。次いで、チューブ内にSOC 培地を0.25 ml加え、37℃で1時間振とう培養した。次いで、アンピシリンを含むLB寒天プレートに塗布し、37℃で一晩培養することにより形質転換体を得た。
【0026】
・mSOX2、hSOX2またはmOCT3/4の発現と精製
得られた形質転換体をアンピシリンを含むLB培地に接種し、600 nmにおける吸光度が0.5に達するまで37℃で培養した後、発現を誘導するためIPTG(isopropyl-b-D-thiogalactopyranoside)を加え(最終濃度1 mM)さらに一晩、培養した。培養液を8,000rpmで10min遠
心分離することにより集菌した。集菌した菌体10 gに、緩衝液A(20 mM Tris-Cl 6M 塩酸
グアニジン pH 8.0)を100 mlを加え、菌体を90Wの出力で30分間超音波破砕した。破砕し
た菌液を 15,000rpmで30分間遠心分離し、上清を採取した。緩衝液Aで平衡化した金属キ
レートカラムHiTrap-Chelating(GEヘルスケア社製)カラムを用いてカラムクロマトグラフィーを行った。溶出は0.5Mイミダゾールを含む緩衝液Aの直線グラジエントを用いた。得
られた目的分画を透析チューブ(分画サイズMw.3500)に入れ、緩衝液B(8M尿素、20 mM Tris-HCl、25 mM NaCl pH8.5)溶液で一晩、室温で透析を行なった。
【0027】
透析終了後、緩衝液C(8M尿素、20 mM リン酸バッファー、pH7.0)で平衡化したイオン
交換カラムHiTrap-S(GEヘルスケア社製)に添加し、1M NaClを含む緩衝液Cの直線グラジエントを用いて精製を行った。システイン側鎖を還元状態に保つため得られた目的分画に最終濃度0.1 mMとなるようにDTTを加えた。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により単一バンドを与える均一標品が含まれていた。
【0028】
・ポリエチレンイミン(PEI)による蛋白質修飾
SPDP修飾したPEI600を調製するため、SPDPはエタノールに溶解、PEI600は水で希釈しpH8になるように塩酸で調製した。SPDP/PEI600溶液をモル比で5:1になるように混合し室温
で30分放置することによりSPDP修飾PEI600(SPDP-PEI600)を調製した。SPDP-PEI600でSOX2
を修飾するためSOX2が溶けている8M尿素を含む緩衝液にSPDP-PEI600を最終濃度1 mM以上
となるように加え37℃で一時間反応を行った。基本操作は文献番号2に従った。反応終了後、0.1%酢酸溶液に対し透析を行うことで未反応のSPDP-PEI600を除き、遠心濃縮法によ
り少なくとも数百μM以上になるように濃縮を行った。
【0029】
・細胞導入とプロモーター駆動の計測
SOX2あるいはOCT3/4蛋白質によるターゲットプロモーターの活性化は、プロモーターの下流にルシフェラーゼを配したベクターを導入した安定細胞株を用い、発光量の変化をリアルタイムに計測することで確認した。レポーターベクターは、(SV40ポリAシグナル)
―(マウスNanogプロモーター内Sox2/Oct3/4結合配列)―(チミジンキナーゼ最少プロモーター)―(ルシフェラーゼ)を、CMVプロモーターを除去したpcDNA5-FRTベクター(Invitrogen社)に挿入し作製した。ルシフェラーゼは、甲虫ルシフェラーゼ(ELuc、東洋紡
績)からペルオキシソーム移行配列(SKL)を除去したものを用いた。レポーターベクタ
ー及びpOG44ベクター(Invitrogen社)をFlpIn-3T3細胞(Invitrogen社)にコトランスフェクションし、ハイグロマイシン耐性を示す細胞を選抜することで、レポーターベクターを導入した安定株を得た。この安定株を96ウェルプレートに播種し1日後、精製転写因子蛋白質、100μM D-ルシフェリンカリウム塩(東洋紡績)、25 mM Hepes/NaOH (pH 7.0)を含むDulbecco's Modified Eagle medium (DMEM)培地に交換した。発光は、マイクロプ
レート用発光測定装置(AB2350、アトー社)もしくはディッシュタイプ発光測定装置(AB2500、アトー社)を用い、1ウェルあたり10秒間の積算を15分間隔、37℃で30時間連続測定した。
【0030】
・概日リズムの位相変動の計測
マウス概日時計遺伝子Period2のプロモーター領域とルシフェラーゼを連結したレポー
ターベクターをNIH3T3細胞のゲノムに導入した安定株細胞を作製した。この細胞を35 mm
ペトリディッシュで培養し、播種2日後、500 nM SOX2蛋白質、100μM D-ルシフェリンカ
リウム塩(東洋紡績)、25 mM Hepes/NaOH (pH 7.0)を含むDMEM培地に交換し、発光を発
光測定装置(AB2500、アトー社製)を用い、1分間の積算を9分間隔、37℃で96時間連続して測定した。
文献番号1:Doering, D.S. & Matsudaira, P. Biochemistry, 35, 12677-12685. (1996)文献番号2:Murata, H. et al., Biochemistory, 45, 6124-6132. (2006)
【0031】
結果
・mSOX2によるプロモータ活性化の計測
以下の実験は96ウェルプレートおよびマイクロプレート用発光測定装置を用いて行った。図2に示しているように精製mSOX2蛋白質の添加により、濃度依存的な転写活性化が
観察され、明らかに優位なプロモーター活性化がみられた。添加後約10時間でその活性は最大値になることが分かった。その後、発光は減衰するが細胞計測には二酸化炭素の供給をしていない点や、無血清培地を使用していることから細胞自身の活力の低下が原因の一つと考えられる。コントロールと定量的に比較するため図2に示す各発光曲線の時間積分を行い、コントロールとの比を計算した。図2(下図)に示すとおり500 nM程度の濃度で最大値の80%近くプロモーターを活性化していることが分かった。
また、精製mSOX2蛋白質による転写活性化の特異性を検討するため、転写活性化能を示
さないmSOX2ドミナントネガティブ型蛋白質を作成し、同様のアッセイに供した。標的遺
伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞を96ウェルプレートに播種し、50〜1000 nMの精製ドミナントネガティブmSOX2蛋白質を含む培養液中で発光を経時的に測定したところ、図3に示すように、発光細胞にドミナントネガティブ型SOX2蛋白質を処理しても、有意なプロモーターの活性化は認められなかった。この結果から図2で示したプロモーターの活性化は精製mSOX2蛋白質により特異的に引き起こされていることが明らか
となった。
さらに、精製hSOX2蛋白質を作成し、500 nMの精製蛋白質をNIH3T3発光細胞に処理した
ところ、図4に示すように、mSOX2と同様、顕著な転写活性化が認められ、その値はコン
トロールの2.2倍であった。
【0032】
以上の測定から今回開発したマウスおよびヒトSOX2蛋白質は、細胞培養液に添加することで細胞導入タグの作用により細胞に取り込まれ、ターゲットのプロモーターを活性化したと結論づけられる。
【0033】
・mOCT3/4によるプロモータ駆動の計測
以下の実験は35 mm培養ディッシュおよびディッシュタイプ発光測定装置を用い、5% CO2存在下で行った。35 mm培養ディッシュに播種したNIH3T3発光細胞を培養後、精製mOCT3/4蛋白質を含む培養液に交換し、発光測定を行ったところ、図5に示すように、添加蛋白
質の濃度に依存した転写活性化が観察された。転写活性化のキネティックは、いずれの添加蛋白質の濃度においても同一であり、そのピークは蛋白質添加後、約22時間であった。コントロールと定量的に比較するため図5(下図)に示す各発光曲線の時間積分を行い、コントロールとの比を計算したところ、1000 nMで約1.8倍の活性化を示すことが明らかとなった。
以上の測定から今回開発したマウスOCT3/4、SOX2蛋白質は、細胞培養液に添加することで細胞導入タグの作用により細胞に取り込まれ、ターゲットのプロモーターを活性化したと結論づけられる。
これらの結果から、OCT3/4及びSOX2蛋白質に加え、KLF4を本発明に従い同時に添加することでマウスやヒトのiPS細胞を作成することができると考えられる。また、OCT3/4及びSOX2蛋白質に加え、NANOG・LIN28(Yu, J. et al. Science 318: 1917-1920(2007))を本発
明に従い同時に添加することでヒトのiPS細胞を作成することができると考えられる。
【0034】
・概日リズムの位相変動の計測
図6に示しているように、SOX2蛋白質の添加により、概日時計遺伝子プロモーターPer2の日周性発現の位相がコントロールと比較して約3時間前進することが判明した。一方、振幅の顕著な低下は見られないことから、SOX2蛋白質は体内時計を乱すことなく位相変化を誘起すると考えられ、SOX2蛋白質の添加により概日リズムの調節が可能であることが示唆された。
この結果、概日リズムの変調により引き起こされる、睡眠覚醒、体温調整、循環器系調節、ホルモン分泌等の生理現象の異常に対し、SOX2がこれらの予防・改善に使用することができると考えられる。
【0035】
配列番号1,2の配列を以下に示す。
配列番号1 マウスSOX2の合成遺伝子配列
細胞導入タグをコードするDNA配列(CGTCGTCGTCGCCGTCGCCGCCGCCGCCGGCGC)を二重下線で、Hisタグ部分をコードするDNA配列(CACCATCACCATCATCAC)をイタリック体で示す。
【0036】
【化1】

【0037】
配列番号2 マウスSOX2の合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体で示す。枠内の「C」は、PEIが結合するCys残基を示す。
【0038】
【化2】

【0039】
配列番号3,4の配列を以下に示す。
配列番号3 ヒトSOX2の合成遺伝子配列
細胞導入タグをコードするDNA配列(CGTCGTCGTCGCCGTCGCCGCCGCCGCCGGCGC)を二重下線で、Hisタグ部分をコードするDNA配列(CACCATCACCATCATCAC)をイタリック体で示す。
【0040】
【化3】

【0041】
配列番号4 ヒトSOX2の合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体で示す。枠内の「C」は、PEIが結合するCys残基を示す。
【0042】
【化4】

【0043】
配列番号5,6の配列を以下に示す。
配列番号5 mOCT3/4の合成遺伝子
細胞導入タグをコードするDNA配列(CGTCGTCGCCGTCGGCGTCGGCGTCGTCGT)を二重下線で、Hisタグ部分をコードするDNA配列(CACCATCATCACCACCAT)をイタリック体で示す。
【0044】
【化5】

【0045】
配列番号6 マウスOCT3/4の合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体で示す。枠内の「C」は、PEIが結合するCys残基を示す。
【0046】
【化6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
精製用タグと細胞導入タグを連結し、かつ、ポリエチレンイミンで修飾した転写因子。
【請求項2】
転写因子がSOX2又はOCT3/4蛋白質である、請求項1に記載の転写因子。
【請求項3】
前記精製用タグがHisタグである、請求項1または2に記載の転写因子。
【請求項4】
前記細胞導入タグがアルギニンタグである、請求項1〜3のいずれかに記載の転写因子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の転写因子をコードする遺伝子。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の転写因子を細胞に導入して細胞を形質転換することを特徴とする、形質転換細胞の作製方法。
【請求項7】
形質転換細胞がiPS細胞である、請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−252786(P2010−252786A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−62581(P2010−62581)
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】