説明

糖鎖分析法

【課題】 生体試料中に含まれる糖鎖を、MALDI-TOF MSに代表される質量分析法を用いて定量的に分析する手段を提供すること。
【解決手段】 生体試料に含まれる糖鎖である試料糖鎖を質量分析法により分析する方法であって、所定量の既知糖鎖である標準糖鎖を試料糖鎖と混合し、該混合物の質量分析測定を行ってマススペクトルを得たのち、前記試料糖鎖のシグナル強度と前記標準糖鎖のシグナル強度を比較することにより、前記試料糖鎖の量を評価する糖鎖分析法であり、好ましくは、前記試料糖鎖を含む未精製のサンプルに所定量の標準糖鎖を添加したのち、これを糖鎖精製手段によって精製することにより前記試料糖鎖と前記標準糖鎖の混合物を調製し、該混合物の質量分析測定を行う糖鎖分析法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料中に含まれる糖鎖の分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖鎖とは、グルコース、ガラクトース、マンノース、フコース、キシロース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、シアル酸などの単糖およびこれらの誘導体がグリコシド結合によって鎖状に結合した分子の総称である。
糖鎖は非常に多様性に富んでおり、天然に存在する生物が有する様々な機能に関与する物質である。糖鎖は生体内でタンパク質や脂質などに結合した複合糖質として存在することが多く、生体内の重要な構成成分の一つである。生体内の糖鎖は細胞間情報伝達、タンパク質の機能や相互作用の調整などに深く関わっていることが明らかになりつつある。
例えば、糖鎖を有する生体高分子としては、細胞の安定化に寄与する植物細胞の細胞壁のプロテオグリカン、細胞の分化、増殖、接着、移動等に影響を与える糖脂質、及び細胞間相互作用や細胞認識に関与している糖タンパク質等が挙げられるが、これらの高分子の糖鎖が、互いに機能を代行、補助、増幅、調節、あるいは阻害しあいながら高度で精密な生体反応を制御する機構が次第に明らかにされつつある。さらに、このような糖鎖と細胞の分化増殖、細胞接着、免疫、及び細胞の癌化との関係が明確にされれば、この糖鎖工学と、医学、細胞工学、あるいは臓器工学とを密接に関連させて新たな展開を図ることが期待できる(非特許文献1)。
【0003】
病気を早期発見して生活の質(QOL)を高く保つためには、病気の発症の予防や推移を診断できるバイオマーカーが必要である。糖鎖生合成にかかわる糖転移酵素の遺伝子破壊マウスの解析から、糖鎖はさまざまな組織・器官の機能維持に必須であることが明らかにされている(非特許文献2,3)。また、糖鎖修飾に異常がみられるとさまざまな疾病が引き起こされることも知られている(非特許文献4)。糖鎖の構造は細胞の癌化やさまざまな疾病によって著しく変化するので、疾病の推移を調べるためのバイオマーカーとしての利用が期待されている。
【0004】
MALDI-TOF MSは複雑なサンプル調製が不要で、簡便迅速に測定が行えることから、バイオマーカー探索の強力なツールの一つと考えられている。しかしながら、MALDI-TOF MSの特性として、HPLCなどと比較してピーク強度の定量性が乏しいため、定量的評価が必要な場合は内部標準法が用いられる。すなわち、検出対象物質に既知量の標準物質を添加し、この混合物の質量分析を行い、ピーク強度の相対値から検出対照物質の量を推測するという方法である。糖鎖に関しては、内部標準を添加して定量的解析を行う方法が確立されておらず、解決する手段が求められていた。
【非特許文献1】糖鎖生物学入門 化学同人 2005年11月1日発行 第1版
【非特許文献2】Ioffe E., Stanley P., Proc. Natl. Acad. Sci., 91, pp.728-732 (1994)
【非特許文献3】Metzler M., Gertz A., Sarker M., Schachter H., Schrader J.W., Marth J.D., EMBO J., 13, pp.2056-2065 (1994)
【非特許文献4】Powell L.D., Paneerselvam K., Vij R., Diaz S., Manzi A., Buist N., Freeze H., Varki A., J. Clin. Invest., 94, pp.1901-1909 (1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、生体試料中に含まれる糖鎖を、MALDI-TOF MSに代表される質量分析法を用いて定量的に分析する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、
(1)生体試料に含まれる糖鎖である試料糖鎖を質量分析法により分析する方法であって、所定量の既知糖鎖である標準糖鎖を試料糖鎖と混合し、該混合物の質量分析測定を行ってマススペクトルを得たのち、前記試料糖鎖のシグナル強度と前記標準糖鎖のシグナル強度を比較することにより、前記試料糖鎖の量を評価することを特徴とする糖鎖分析法、
(2)前記試料糖鎖を含む未精製のサンプルに所定量の標準糖鎖を添加したのち、これを糖鎖精製手段で精製することにより前記試料糖鎖と前記標準糖鎖の混合物を調製し、該混合物の質量分析測定を行う(1)記載の糖鎖分析法、
(3)前記糖鎖精製手段が、糖鎖を選択的に捕捉する固相担体を用いた糖鎖抽出である(2)記載の糖鎖分析法、
(4)前記糖鎖精製手段が、糖鎖を選択的に捕捉する固相担体による糖鎖の担持と、それに引き続いて行う糖鎖のラベル化である(2)記載の糖鎖分析法、
(5)固相担体が(式1)で表される構造を有する(3)又は(4)記載の糖鎖分析法、
【化1】

(6)前記糖鎖のラベル化が、糖鎖を担持した固相担体に対してアミノオキシ基含有化合物を含む溶液を作用させることによって行われる(4)または(5)記載の糖鎖分析法、
(7)前記アミノオキシ基含有化合物が下記から選ばれた物質またはその塩である(6)記載の糖鎖分析法、
O-benzylhydroxylamine;O-phenylhydroxylamine; O-(2,3,4,5,6-pentafluorobenzyl)hydroxylamine; O-(4-nitrobenzyl)hydroxylamine; 2-aminooxypyridine; 2-aminooxymethylpyridine; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid methyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid ethyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid n-butyl ester.
(8)前記アミノオキシ基含有化合物がアルギニン残基、トリプトファン残基、フェニルアラニン残基、チロシン残基、システイン残基およびこれら誘導体の少なくとも一つからなる部分を含む(6)記載の糖鎖分析法、
(9)前記アミノオキシ基を有する化合物が(式2)で表される構造を有する(6)記載の糖鎖分析法、
【化2】

(10)前記標準糖鎖が、2種類以上の糖鎖の混合物である(1)〜(9)いずれか記載の糖鎖分析法、
(11)前記標準糖鎖が、同一の単糖ユニットの繰り返し構造をもち、重合度の異なるオリゴ糖の混合物である(10)記載の糖鎖分析法、
(12)前記標準糖鎖が、グルコースユニットの繰り返し構造をもち、重合度の異なるグルコースオリゴマーの混合物である(10)記載の糖鎖分析法、
である。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法を用いると、MALDI-TOF MSを用いて、生体試料中に含まれる糖鎖を定量的に解析することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は試料中の糖タンパク質の糖鎖の分析方法であって、好ましくは、(a)生体物質からの糖鎖の切り出し工程、(b)標準糖鎖の添加工程、(c)固相担体を用いた糖鎖精製およびラベル化工程、(d)MALDI-TOF MSを用いた糖鎖分析工程、(e)データ解析工程、を含む糖タンパク質糖鎖の分析方法である。
【0009】
(測定に供する試料)
本発明において使用する糖鎖を含む試料は、例えば全血、血清、血漿、尿、唾液、細胞、組織、ウイルス、植物組織などの生体試料を用いることができる。また、精製された、あるいは未精製の糖タンパク質を用いることができる。試料は脱脂、脱塩、タンパク質分画、熱変性などの方法により前処理されていてもよい。
【0010】
本発明において、生体試料を糖鎖遊離手段で処理し、糖タンパク質から糖鎖を遊離させる工程について説明する。
(糖鎖を含む試料の調製)
糖鎖遊離手段を用いて上記生体試料に含まれる糖タンパク質から糖鎖を遊離させる。糖鎖を遊離させる手段としては、N-グリコシダーゼあるいはO-グリコシダーゼを用いたグリコシダーゼ処理、ヒドラジン分解、アルカリ処理によるβ脱離などの方法を用いることができる。N型糖鎖の分析を行う場合は、N-グリコシダーゼを用いる方法が好ましい。グリコシダーゼ処理に先立って、トリプシンやキモトリプシンなどを用いてプロテアーゼ処理を行ってもよい。
【0011】
(標準糖鎖の添加)
上記の方法で調製した糖鎖含有試料に、標準糖鎖を添加する。標準糖鎖は分子量によらずどのようなものでも用いることができるが、検出対象である試料糖鎖と分子量が近接している方が好ましい。例えば試料糖鎖がN型糖鎖の場合、通常その分子量は数100〜5000程度であることから、標準糖鎖も上記範囲の分子量をもつことが好ましい。マススペクトル上で標準糖鎖と試料糖鎖の区別を容易にするため、標準糖鎖と試料糖鎖の分子量は5以上異なることが好ましいが、特に限定されるものではない。標準糖鎖の添加量は、試料中の試料糖鎖の量に応じて調整されることが好ましく、マススペクトルにおいてピーク強度が試料糖鎖の10分の1から10倍の範囲内であることが好ましい。試料中の試料糖鎖の量が不明な場合は、標準糖鎖の量を段階的に変化させて予備実験を行い、標準糖鎖の添加量を決定することが好ましい。
【0012】
標準糖鎖としては、還元末端のアルデヒド基がフリーであればよく、その他の構造は特に限定されない。
添加する標準糖鎖は、単一の糖鎖であってもよく、2種類以上の糖鎖の混合物であってもよい。2種類以上の標準糖鎖を添加した場合、データ解析のさいに試料糖鎖のピークと最も近い標準糖鎖ピークを選択して比較することにより、より正確な定量が可能となる。標準糖鎖として、同一の単糖ユニットの繰り返し構造をもち、重合度の異なるオリゴ糖の混合物を用いた場合、マススペクトル上で標準糖鎖のピークがラダー状に検出されるため、データ解析作業が容易になる。
【0013】
(固相担体を用いた糖鎖精製およびラベル化)
次いで、糖鎖を含む溶液を糖鎖と特異的に結合する捕捉担体に接触させて捕捉担体上に糖鎖を捕捉する。
糖鎖は生体内物質のなかで唯一、アルデヒド基をもつ物質である。すなわち、糖鎖は水溶液などの状態で環状のヘミアセタール型と、非環状型のアルデヒド型とが平衡で存在する。タンパク質や核酸,脂質など糖鎖以外の生体内物質にはアルデヒド基が含まれていない。このことから、アルデヒド基と特異的に反応して安定な結合を形成する官能基を有する捕捉担体を利用すれば、糖鎖のみを選択的に捕捉することが可能である。アルデヒド基と特異的に反応する官能基としては、たとえばオキシルアミノ基、ヒドラジド基、アミノ基、セミチオカルバジド基ならびにそれらの誘導体を好ましく、ヒドラジド基あるいはオキシルアミノ基がより好ましい。オキシルアミノ基とアルデヒド基との反応によって生じるオキシム結合およびヒドラジド基とアルデヒド基との反応によって生じるヒドラゾン結合は、酸処理などによって容易に切断されるため、糖鎖を捕捉したのち、糖鎖を担体から簡単に切り離すことができる。一般的に,生理活性物質の捕捉・担持にはアミノ基が多用されているが、アミノ基とアルデヒド基の反応によって生じる結合(シッフ塩基)は結合力が弱いため、還元剤などを用いた二次処理が必要であることから、アミノ基は糖鎖の捕捉には好ましくない。
【0014】
糖鎖を捕捉するための担体としては、ポリマー粒子を用いることが好ましい。ポリマー粒子は、少なくとも表面の一部に糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基を有した固体あるいはゲル粒子であることが好ましい。ポリマー粒子が固体粒子あるいはゲル粒子であれば、ポリマー粒子に糖鎖を捕捉させたのち、遠心分離やろ過などの手段によって容易に回収することができる。また,ポリマー粒子をカラムに充填して用いることも可能である。カラムに充填して用いる方法は、特に連続操作化の観点から重要となる。反応容器としてフィルタープレート(例えばMillipore社製 MultiScreen Solvinert Filter Plate)を用いることにより、複数のサンプルを同時に処理することが可能となり、例えばゲルろ過に代表されるカラム操作による従来の精製手段と比較して、糖鎖精製のスループットが大幅に向上される。
【0015】
ポリマー粒子の形状は特に限定しないが,球状またはそれに類する形状が好ましい。ポリマー粒子が球状の場合、平均粒径は好ましくは0.05〜1000μmであり、より好ましくは0.05〜200μmであり、さらに好ましくは0.1〜200μmであり、最も好ましくは0.1〜100μmである。平均粒径が下限値未満では,ポリマー粒子をカラムに充填して用いる際,通液性が悪くなるために大きな圧力を加える必要がある。また、ポリマー粒子を遠心分離やろ過で回収することも困難となる。平均粒径が上限値を超えると、ポリマー粒子と試料溶液の接触面積が少なくなり、糖鎖捕捉の効率が低下する。
【0016】
糖鎖を特異的に捕捉するポリマー粒子によって糖鎖を捕捉する際の反応系のpHは、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。pH調整のためには、各種緩衝液を用いることができる。糖鎖捕捉時の温度は,好ましくは4〜90℃,より好ましくは4〜70℃、さらに好ましくは30〜80℃であり,最も好ましくは40〜80℃である。反応時間は適宜設定することができる。ポリマー粒子をカラムに充填して試料溶液を通過させてもよい。
【0017】
ポリマー粒子を用いた場合、担体表面には糖鎖以外の莢雑物が非特異的に吸着しているため、これらを洗浄除去する必要がある。洗浄液としては、水、緩衝液、界面活性剤を含む水または緩衝液、有機溶剤などを適宜組み合わせて用いることが好ましい。特に好ましい形態は、界面活性剤を含む水または緩衝液で十分に洗浄したのち、有機溶剤で洗浄し、最後に水で洗浄する方法である。これらの洗浄により、非特異的吸着物がポリマー粒子表面から除去される。
【0018】
次いで捕捉担体であるポリマー粒子に結合した糖鎖を再遊離し、精製された糖鎖試料を得る。
ポリマー粒子に結合した糖鎖を別の化合物(以下化合物Aと称す)に置換する工程に関して説明する。化合物Aはラベル化試薬であることが好ましい。糖鎖が結合しているポリマー粒子に対して化合物Aを過剰量加えることで置換が成される。すなわち、糖鎖はポリマー粒子から切り離され、それと同時に糖鎖に化合物Aが付加する(糖鎖はAで「ラベル化」される)。過剰に加える化合物Aの量は、好ましくはポリマー粒子が有する糖鎖と特異的に反応する官能基量の1.5倍量以上、より好ましくは3倍量以上、さらに好ましくは5倍量以上であり、最も好ましくは10倍量以上である。反応系のpHは、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。pH調整のためには、各種緩衝液を用いることができる。反応系の温度は,好ましくは4〜90℃,より好ましくは4〜70℃、さらに好ましくは30〜80℃であり,最も好ましくは40〜80℃である。化合物Aとしては、アミノオキシ基またはヒドラジド基を有する化合物が好ましく、最も好ましい化合物はN-aminooxyacetyl-tryptophanyl(arginine methyl ester)、(式2)の化合物である。
【0019】
(MALDI-TOF MSを用いた糖鎖分析)
得られたラベル化糖鎖は、MALDI-TOF MSに代表される質量分析法で分析することができる。特に糖鎖がN-aminooxyacetyl-tryptophanyl(arginine methyl ester)でラベル化されている場合、MALDI-TOF MSを用いて高感度分析を行うことができる。
【0020】
(データ解析)
MALDI-TOF MS測定により得られたマススペクトルを解析ソフト等を用いて解析する。m/z値を読み取ることにより試料糖鎖と標準糖鎖のピークを区別し、それぞれのピーク強度(ピーク高さ、ピーク面積など任意の指標)を求める。着目する試料糖鎖のピーク強度を、標準糖鎖のピーク強度で除することにより、試料糖鎖の相対ピーク強度を算出する。標準糖鎖が2種類以上の糖鎖の混合物である場合、試料糖鎖のm/z値に最も近い標準糖鎖のピークを用いて相対ピーク強度を算出することが好ましいが、この限りではない。
このようにして算出した相対ピーク強度は、別個に測定したデータ間でも直接比較することが可能であることから、複数の試料中に含まれる特定の糖鎖の量を比較することができる。例えば疾患患者から採取した試料と、健常人から採取した試料を上記方法で処理、解析することにより、疾患患者において特異的に発現している糖鎖を見出すことができる。
【実施例】
【0021】
以下の実験例にて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実験例に限定されることはない。
市販のヒト血清(Gemini Bio-Products社製Human serum pool)を試料として用いた。血清100μLをチューブに取り、純水165μL、1M重炭酸アンモニウム水溶液25μL、120mMジチオスレイトール溶液25μLを順次加えたのち、60℃で30分インキュベートした。溶液を室温まで冷却したのち、123mMヨードアセトアミド溶液50μLを加え、遮光して室温で1時間静置した。トリプシン2000unitを加え、37℃で1時間静置した。80℃で15分間処理してトリプシンを失活させたのち、N-glycosidase F(Roche社製)10unitを添加し、37℃で16時間インキュベートすることで糖鎖を遊離させ、試料糖鎖溶液を得た。
【0022】
(内部標準糖鎖の添加)
サンプル1: 市販のグルコースオリゴマー(重合度1−20)(生化学工業(株)製)を標準糖鎖として用いた。グルコースオリゴマーを10mg/mLの濃度で純水に溶解し、上記で調製した試料糖鎖溶液95μLに対し、5μLの割合で添加した。
サンプル2: 上記で調製した試料糖鎖溶液をそのまま用いた。
サンプル3: グルコースオリゴマー10mg/mL溶液をそのまま用いた。
【0023】
(ポリマー粒子への糖鎖担持)
上記、サンプル1〜3をそれぞれ20μL、(式1)の構造を有するヒドラジド基含有ポリマー粒子(住友ベークライト株式会社製、BS-X4104S)5mgに添加し、2%酢酸を含むアセトニトリル180μLを加えたのち、80℃で1時間加熱し、乾固させた。2Mグアニジン塩酸塩溶液、水、メタノール、1%トリエチルアミン溶液でポリマー粒子を洗浄後、10%無水酢酸/メタノール溶液を添加し、室温で30分間反応させヒドラジド基をキャッピングした。キャッピング反応後、メタノール、10mM塩酸水溶液、水、1,4−ジオキサンでポリマー粒子を洗浄した。100mM の1−メチル−3−p−トリルトリアゼン(MTT)(東京化成 No.M0641)を50μL加え、60℃で1時間反応させ、シアル酸残基のカルボン酸をメチルエステル化した。反応後、メタノール、水、1,4−ジオキサンでポリマー粒子を洗浄した。
【0024】
(ポリマー粒子からの糖鎖再遊離/ラベル化)
(式2)の構造式で表されるN-aminooxyacetyl-tryptophanyl(arginine methyl ester) (aoWRと略す)を純水に溶解し、20mM溶液を調製した。上記で調製した糖鎖担持ポリマー粒子に、aoWR溶液20μLおよび2%酢酸を含むアセトニトリルを180μLを加えたのち、80℃で1時間加熱し、乾固させた。乾固したポリマー粒子に純水50μLを加えてリンスし、上清を回収した。
【0025】
(質量分析)
得られた溶液をマトリックス支援レーザーイオン化−飛行時間型質量分析器(MALDI-TOF-MS)(Bruker社製 'autoflex III')により分析した。溶液をマトリックス溶液(2,5-ジヒドロキシ安息香酸の10mg/mL水溶液)で10倍希釈したのち、1μLを試料台にスポット、乾燥・結晶化させたのち測定した。測定はポジティブイオン検出モード、リフレクトロンモードにて行い、シグナルはプロトン付加体([M+H]+)で検出された。
サンプル1については、上記の操作を10回繰り返して行い、実験操作と分析操作におけるばらつきを評価した。
【0026】
(データ解析)
図1にはサンプル3(標準糖鎖:グルコースオリゴマーのみ)のMALDI-TOF MSチャートを示す。ラダー状のピークが検出され、それぞれのピークは表1のごとく帰属された。表1で(Glc)はグルコースユニットを示し、付した数値は重合度を示す。
【0027】
【表1】

【0028】
図2にはサンプル2(試料糖鎖:ヒト血清由来糖鎖のみ)のMALDI-TOF MSチャートを示す。観測されたピークのうち代表的な10種類を選び、m/z値からラベル化(aoWRの付加)およびシアル酸メチルエステル化による質量数の増加分を減じたのち、糖鎖組成推定ツール「GlycoMod Tool」(http://www.expasy.ch/tools/glycomod/) を用いて帰属した。帰属結果を表2に示す。表中、略号はそれぞれ下記の糖ユニットを示し、付した数値はユニット数を示す。
Hex:ヘキソース、HexNAc:N-アセチルヘキソサミン、NeuAc:N-アセチルノイラミン酸、Man:マンノース、GlcNAc:N-アセチルグルコサミン
【0029】
【表2】

【0030】
図3にはサンプル1(標準糖鎖と試料糖鎖の混合物)のMALDI-TOF MSチャートを示す。標準糖鎖と試料糖鎖のピークが同時に検出された。図4にはサンプル1について10回繰り返し実験を行った結果を示す。
以上のように、試料糖鎖に標準糖鎖を加えることにより、両者のマススペクトルを同時に測定できることが確かめられた。
【0031】
次に、標準糖鎖のシグナル強度(ピーク面積)の再現性について検討した。
図5は、図4に示したMALDI-TOF MSチャート(10サンプル分)から標準糖鎖のシグナル(a)〜(l)だけを選び出してそれらのピーク面積を求め、それぞれのピーク面積をピーク面積の総和(a〜l)で除した数値(ピーク面積比、パーセントに換算)をグラフにしたものである。また表3はそれぞれの標準糖鎖シグナル(a)〜(l)について、上記のピーク面積比(N=10)のC.V.値(標準偏差を平均値で除し100を掛けた数値)を示す。ばらつきを示すC.V.値が数%〜10%程度と低い値であり、標準糖鎖のシグナル強度は高い再現性を有することが示された。
【0032】
【表3】

【0033】
次に、試料糖鎖のピーク面積を標準糖鎖のピーク面積で規格化し、相対的比較を行う方法について検討した。
図6は、図4に示したMALDI-TOF MSチャート(10サンプル分)から試料糖鎖のシグナル(1)〜(10)を選び出してそれらのピーク面積(X)を求め、それぞれの試料糖鎖シグナルにm/z値が最も近い標準糖鎖シグナルを選び出してピーク面積(Y)を求め、XをYで除した数値(相対シグナル強度)をグラフにしたものである。また表4はそれぞれの相対シグナル強度(N=10)のC.V.値を示す。C.V.値はおおむね10%〜20%程度であり、本法により求めた相対シグナル強度は高い再現性を有することが示された。
【0034】
【表4】

【0035】
以上のように、定量対象の糖鎖(試料糖鎖)および莢雑物を含むサンプルに対し、既知量の標準糖鎖を添加し、その混合溶液を固相担体を用いて精製/ラベル化し、MALDI-TOF MS測定を行うことにより、高い再現性で試料糖鎖の定量的分析が可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の糖鎖分析法を用いると、生体試料、たとえば疾患患者の血清、組織などに含まれる糖タンパク質糖鎖の定量的分析(定量的プロファイリング)が可能となり、疾患マーカー糖鎖の探索や、薬剤投与時の糖鎖動態研究など、医療の分野での利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】標準糖鎖(グルコースオリゴマー、aoWRでラベル化)のMALDI-TOF MSチャートを示す。図中、代表的なピークを選び出して記号(a)〜(l)を付した。
【図2】試料糖鎖(ヒト血清由来糖鎖、aoWRでラベル化)のMALDI-TOF MSチャートを示す。図中、代表的なピークを選び出して記号(1)〜(10)を付した。
【図3】試料糖鎖と標準糖鎖の混合物のMALDI-TOF MSチャートを示す。図中の記号はそれぞれ図1、図2で記号を付したピークと同じm/z値を示したピークを表している。
【図4】試料糖鎖と標準糖鎖の混合物のMALDI-TOF MSチャートを示す。10回繰り返し実験を行った結果を並列したものである。図中記号については上記と同様。
【図5】10回繰り返し実験を行った際の、標準糖鎖シグナルの面積比をグラフに示す。
【図6】10回繰り返し実験を行った際の、試料糖鎖の相対シグナル強度をグラフに示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料に含まれる糖鎖である試料糖鎖を質量分析法により分析する方法であって、所定量の既知糖鎖である標準糖鎖を試料糖鎖と混合し、該混合物の質量分析測定を行ってマススペクトルを得たのち、前記試料糖鎖のシグナル強度と前記標準糖鎖のシグナル強度を比較することにより、前記試料糖鎖の量を評価することを特徴とする糖鎖分析法。
【請求項2】
前記試料糖鎖を含む未精製のサンプルに所定量の標準糖鎖を添加したのち、これを糖鎖精製手段によって精製することにより前記試料糖鎖と前記標準糖鎖の混合物を調製し、該混合物の質量分析測定を行う請求項1記載の糖鎖分析法。
【請求項3】
前記糖鎖精製手段が、糖鎖を選択的に捕捉する固相担体を用いた糖鎖抽出である請求項2記載の糖鎖分析法。
【請求項4】
前記糖鎖精製手段が、糖鎖を選択的に捕捉する固相担体による糖鎖の担持と、それに引き続いて行う糖鎖のラベル化である請求項2記載の糖鎖分析法。
【請求項5】
前記固相担体が下記(式1)で表される構造を有する請求項3又は4記載の糖鎖分析法。
【化1】

【請求項6】
前記糖鎖のラベル化が、糖鎖を担持した固相担体に対してアミノオキシ基含有化合物を含む溶液を作用させることによって行われる請求項4又は5記載の糖鎖分析法。
【請求項7】
前記アミノオキシ基含有化合物が下記から選ばれた物質又はその塩である請求項6記載の糖鎖分析法。
O-benzylhydroxylamine;O-phenylhydroxylamine; O-(2,3,4,5,6-pentafluorobenzyl)hydroxylamine; O-(4-nitrobenzyl)hydroxylamine; 2-aminooxypyridine; 2-aminooxymethylpyridine; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid methyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid ethyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid n-butyl ester.
【請求項8】
前記アミノオキシ基含有化合物がアルギニン残基、トリプトファン残基、フェニルアラニン残基、チロシン残基、システイン残基およびこれら誘導体の少なくとも一つからなる部分を含む請求項6記載の糖鎖分析法。
【請求項9】
前記アミノオキシ基を有する化合物が下記(式2)で表される構造を有する請求項6記載の糖鎖分析法。
【化2】

【請求項10】
前記標準糖鎖が、2種類以上の糖鎖の混合物である請求項1〜9いずれか記載の糖鎖分析法。
【請求項11】
前記標準糖鎖が、同一の単糖ユニットの繰り返し構造をもち、重合度の異なるオリゴ糖の混合物である請求項10記載の糖鎖分析法。
【請求項12】
前記標準糖鎖が、グルコースユニットの繰り返し構造をもち、重合度の異なるグルコースオリゴマーの混合物である請求項10記載の糖鎖分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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