説明

細胞バイオセンサ

【課題】細胞バイオセンサで、化学的な刺激に対する細胞の産生分子を効率良く検出するために、センサ表面に、細胞が正常な細胞活性を維持したままで接着できる性能・機能を付与すること。
【解決手段】本発明の課題は、細胞接着活性を付与されたセンサマトリックスと、検出デバイスとから構成された細胞バイオセンサによって解決できる。細胞接着活性を付与されたセンサマトリックスとしては、細胞接着性分子、例えば、細胞接着性ペプチド又はポリペプチド鎖を含む高分子と、センサマトリックス、例えば、ポリイオンコンプレックスとの複合体が挙げられる。本発明のバイオセンサは、例えば、NO分子測定用の細胞バイオセンサとして用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞バイオセンシングに関し、具体的には、センサマトリックスの表面に細胞接着活性を付与し、培養細胞を、センサ表面に直接、接着させるようにした細胞バイオセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
化学的な刺激に対する細胞の応答を計測する細胞バイオセンシングは、創薬における薬剤スクリーニングや化学物質の安全性評価などへの応用が期待されている。例えば、化学的な刺激に対して細胞が産生、放出するシグナル分子は、細胞バイオセンシングによる評価において分子マーカーとして期待される。しかし、それらシグナル分子の細胞外への放出は、極微量であり、培養液中への拡散により希釈されるため、その検出には、高感度なセンサが要求される。特に、培養液中で不安定な分子の検出は困難である。そこで、この細胞の産生分子を検出するために、細胞をセンサ表面に直接接着し、産生分子が培地中に拡散希釈する前に検出することが効率的である。これまで、細胞をセンサ表面で培養し、産生する分子を測定したことが報告されているが(例えば、非特許文献1参照)、正常な細胞活性を維持した状態での長時間の培養は難しいという問題がある。
【非特許文献1】Biosensors and Bioelectronics, 2004, vol. 19, pp1121-1124
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
化学的な刺激に対する細胞の産生分子を効率良く検出するには、細胞をセンサ表面に直接接着し、産生分子が培地中に拡散希釈する前に、検出することが効率的である。このため、センサ表面に、細胞が正常な細胞活性を維持したまま接着できる性能・機能を付与することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
生体内では、細胞は、細胞外マトリックスを構成するタンパク質などに結合し、正常な生命活動を維持している。そして、この生体内での細胞接着メカニズムについては分子レベルでの解明が進んでおり、本発明者らも、これらの知見を基に鋭意研究を行った結果、本発明に到達したものである。
【0005】
本発明の請求項1記載の発明は、細胞接着活性を付与されたセンサマトリックスと、検出デバイスとから構成された細胞バイオセンサである。
【0006】
本発明の請求項2記載の発明は、細胞接着活性を付与されたセンサマトリックスが、細胞接着性分子とセンサマトリックスとの複合体である請求項1記載の細胞バイオセンサである。
【0007】
本発明の請求項3記載の発明は、細胞接着性分子が、細胞接着性ペプチド又はポリペプチド鎖を含む高分子である請求項2記載の細胞バイオセンサである。
【0008】
本発明の請求項4記載の発明は、センサマトリックスが、ポリイオンコンプレックスである請求項2記載の細胞バイオセンサである。
【0009】
そして、本発明の請求項5記載の発明は、細胞接着性ペプチド又はポリペプチド鎖を含む高分子とポリイオンコンプレックスとの複合体からなるセンサマトリックスと、検出デ
バイスとから構成されたNO分子測定用の細胞バイオセンサである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の細胞バイオセンサによれば、センサ表面に、細胞が正常な細胞活性を維持したまま接着されているので、化学的な刺激に対する細胞の産生分子が培地中に拡散希釈する前に、産生分子を効率良く検出することが可能となる。例えば、生体内における一酸化窒素(NO)は、脳神経、免疫、循環器系等における情報伝達や調整など重要な機能を担っており、医療や医薬品開発(NOは血管拡張作用や血小板凝集抑制作用を有することが知られている)を行う際の、主要なパラメーターとして注目されている。そのため、特に、本発明のNO分子測定用の細胞バイオセンサは、生体組織や培養細胞から放出されるNOのリアルタイムな計測手段として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
バイオセンサは、生物が持つ優れた物質認識能を利用あるいは模倣した化学センサであり、通常、センサマトリックス(基質認識部)と検出デバイス(信号変換部)とからなっている。センサマトリックスは、センサの選択性や反応性、感度、出力等に関係する部分であり、認識対象に応じて、有機又は無機の各種ポリマー、ポリマーコンプレックス、ポリイオンコンプレツクス、酵素、人工酵素、抗体、脂質、一本鎖DNAなどが用いられる。
【0012】
検出デバイスは、センサマトリックスで認識された何らかの変化、例えば、物質変化、色変化、吸発熱、質量変化を、信号変換機能、例えば、電極、半導体、受光素子、感熱素子、圧電素子、サーミスターによって電気信号に変換する部分である。
【0013】
本発明は、細胞接着活性を付与されたセンサマトリックス、例えば、細胞接着性分子とセンサマトリックスとを複合した材料を、細胞バイオセンサ(センサデバイス)のセンサマトリックスとして用いることを特徴とするものである。そのため、例えば、センサマトリックス上での培養細胞の挙動を調べることが可能となるが、従来、培養細胞とセンサデバイスを一体化するというコンセプトが提案されたことはなかった。
【0014】
本発明において、細胞接着活性を付与されたセンサマトリックスとは、前記のごとき従来公知・公用のセンサマトリックスに、何らかの方法・手段で細胞の接着性能が付与されたものを意味する。好ましいのは、細胞接着性分子とセンサマトリックスとを複合した材料(複合体)である。細胞接着性分子としては、例えば、ラミニン、フィブロネクチン、コラーゲンなど細胞外マトリックスや細胞接着性ペプチド又はポリペプチド、あるいは細胞接着性ペプチド又はポリペプチド鎖を含む高分子が挙げられる。細胞接着性は対象とする細胞の種類により異なるため、対象とする細胞ごとに細胞接着性高分子の種類を選択したり、構造を修正したものを用いる必要がある。複合体の形成・作成方法としては、センサマトリックスの表面に、細胞接着性分子を化学結合により架橋する方法、あるいは物理吸着により結合する方法等がある。
【0015】
本発明の特に好ましい具体例は、細胞接着性ペプチド又はポリペプチド鎖を含む高分子とポリイオンコンプレックスとの複合体からなるセンサマトリックスと、検出デバイスとから構成されたNO分子測定用の細胞バイオセンサである。ポリイオンコンプレックスとしては、本発明者らが既に提案した、カチオンポリマー-金属-アニオンポリマーのコンプレックス等が好ましく用いられる(Chemical Sensors, Vol.19, Supplement B, 115〜117(2003)参照)。
【実施例】
【0016】
以下、実施例により、本発明を更に具体的に説明する。但し、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0017】
[実施例1]
(1)一酸化窒素(NO)センサデバイスの作製
NOセンサデバイスとして、ポリ-L-リジン及びポリスチレンスルホン酸のポリイオンコンプレックス層を被覆した金電極を作製した。
【0018】
先ず、20mm×20mm×0.5mmコーニング#9059ガラス板上に、クロム層500Å及び金層3000Åを蒸着した金電極を作製した。この金電極上に、円管状の外径18mm、肉厚1.2mm、高さ1.5mmのガラスリングを、シリコーン接着剤(K42T、信越シリコーン社製)で接着した。これを、ポリイオンコンプレックス層の被覆反応を行なう反応容器、細胞培養を行なう培養容器並びに電気化学測定を行なう際の測定セルとして用いた。なお、シリコーン接着剤が細胞毒性を示さないことは確認されている。
【0019】
次に、ポリ-L-リジン臭酸塩(平均分子量72,100)及びポリスチレンスルホン酸ナトリウム(平均分子量70,000)の水溶液を、それぞれ25mmol/lとなるように調製した。このポリ-L-リジン臭酸塩水溶液300μl及びポリスチレンスルホン酸水溶液150μlを、前記の金電極の反応容器中に添加し、ポリイオンコンプレックスを形成させ、室温で乾燥することにより、ポリ-L-リジンとポリスチレンスルホン酸のポリイオンコンプレックス層を、金電極表面に形成させた。かくして、NOセンサデバイスが作製された。
【0020】
(2)標準NO溶液の調製
先ず、0.1mol/lの塩化カリウムを含む10mlの0.1Mリン酸ナトリウム緩衝溶液(pH7.0)を調製し、高純度アルゴンガス(大洋東洋酸素社製)を、流量50l/minで60分間通気することで溶存気体置換を行なった。更に、高純度NOガス(住友精化社製)を、ガスフロー混合器(エステック社製)によりアルゴンガスと混合し、10%NOに希釈したものを10分間通気した。この方法により調製した緩衝溶液を、190mol/l標準NO溶液として使用した。
【0021】
(3)NOセンサシステム構築と電気化学測定による評価
前記(1)で作製したNOセンサデバイスを作用電極として、図1に示されるような電気化学測定用セルを構成した。図1において、1はガラス板、2はガラスリング、3は金電極、4はポリイオンコンプレックスである。対極として、コイル状の白金線(直径0.5mm)を反応容器中に浸漬した(白金電極5)。また、参照電極に用いた銀塩化銀電極6は、0.1M KCl電解溶液に浸漬し、塩橋7によりNOセンサデバイスと連通させた。塩橋7としては、KClを含ませた寒天をビニルチューブに注入して用い、電解溶液としては0.1M
KCl溶液を用いた。
【0022】
NOの電気化学測定は、自動分極システムHZ3000(北斗電工社製)を用い、ダブルパルスステップクロノアンペロメトリ(DPSCA)により行った。先ず、作用電極に0mV(vs.銀塩化銀電極)を30秒間印加後、700mVに250ms、750mVに250msの電位をパルス的に印加した。この750mV及び700mV印加時に得られる、電流値の差を応答電流値とした。このDPSCAにより、各濃度に希釈した標準NO溶液を電気化学測定したところ、NO濃度に依存した応答電流値が得られ、緩衝溶液に溶存したNOを、100nmol/lから100μmol/lまで定量できることが確認できた。
【0023】
(4)細胞接着性マトリックス高分子(細胞接着性分子)の合成
細胞接着性マトリックス高分子として、マレイン酸−スチレン共重合体とその側鎖に細胞接着性ペプチドを導入した合成高分子を合成した。細胞接着性ペプチドのN末端アミノ基と、共重合体のカルボキシル基を反応させ、エステル結合により架橋させた。合成した細胞接着性マトリックス高分子は、スチレン共重合体による疎水性部分(固相への吸着部位)と、細胞接着性ペプチドによる細胞接着部からなる機能性高分子である。その構造を図2に示した(細胞接着性ペプチドはアミノ酸の略号で示した)。
【0024】
(5)細胞接着性マトリックス高分子のセンサ表面への塗布方法
前記(4)で合成した細胞接着性マトリックス高分子を、10mlの0.1Mリン酸ナトリウム緩衝溶液(pH7.0)中に、最終濃度100μg/mlとなるように溶解した。細胞接着性マトリックス高分子は、水溶液中においてミセル構造で溶解しており、超音波洗浄器(ホンダ製作所社製)を用いて1分間処理し、ミセルが分散した細胞接着性マトリックス高分子溶液を得た。ここで調製した高分子溶液200μlを、前記(1)で作製したNOセンサの反応容器中に添加した。その後、37℃インキュベータ内で12時間静置し、細胞接着性マトリックス高分子をセンサ表面へ吸着、塗布した。そして、未吸着の細胞接着性マトリックス高分子は、リン酸ナトリウム緩衝溶液で洗浄し、取り除いた。
【0025】
(6)細胞接着性マトリックス高分子で被覆したセンサ表面への培養細胞の播種
ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を、ヒト組換え型繊維芽細胞増殖因子(bFGF)とヒト組換え型上皮細胞増殖因子(EGF)を含む、ヒト血管内皮細胞用無血清基礎培養液中に懸濁後、前記細胞接着性マトリックス高分子を被覆したセンサ表面へ、200,000個/cmとなるように播種し、37℃、5%COインキュベータ内で24時間培養した。
【0026】
図3に、HUVECを播種・培養後、Calcein-AMで染色したバイオセンサ表面を、蛍光顕微鏡(ニコンTE2000)で観察し、接着したHUVECからの蛍光を測定した結果を示した。細胞膜透過性であるCalcein-AMは蛍光をほとんど示さないが、細胞内のエステラーゼにより加水分解され膜不透過性のCalceinとなり、強い黄緑色蛍光(λex=490nm、λem=515nm)を示し、細胞が蛍光染色される。細胞接着性マトリックス高分子を導入していないポリイオンコンプレックス層のみを被覆したセンサ表面(図3のA)では、細胞が接着していなかった。一方、細胞接着性マトリックス高分子を導入したもの(図3のB)では、高密度でHUVECが接着、伸展していることが確認された。また、培養溶液中に、遊離の細胞接着性マトリックス高分子を添加した場合、細胞接着阻害が認められた。以上より、細胞接着性マトリックス高分子の導入により、センサ表面に培養細胞が接着、伸展できることが確認された。
【0027】
[実施例2]
(1)化学物質刺激により培養細胞が産生するNOのセンシング
実施例1の(6)と同様に、細胞接着性マトリックス高分子を塗布したNOセンサ表面へ、HUVECを200,000個/cmとなるように播種し、37℃、5%COインキュベータ内で24時間培養した。更に培地交換した後、図1に示すように細胞バイオセンシングシステムへ接続し、細胞バイオセンシングの待機状態とした。この場合は、血管内皮細胞HUVECを細胞として用いており、血管拡張・収縮性因子の検索を目的とした細胞バイオセンシングを実施することができる。
【0028】
(2)次いで、前記NOセンサデバイスの培養容器に、アセチルコリンを添加した。アセチルコリンは、細胞表層のアセチルコリン受容体に結合し、細胞内カルシウムイオン濃度を増加させることで一酸化窒素合成酵素(NOS)を活性化し、NO産生を誘導することが知られている。本実施例で、アセチルコリンの添加によりセンサ応答が得られることを確認できたので、本細胞バイオセンシングシステムにより、細胞産生のNOをその場で測定できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
化学的な刺激に対する細胞の応答を計測する細胞バイオセンシングは、薬剤開発におけるスクリーニングや臨床診断、あるいは化学物質の安全性評価、毒性物質の検出、食品添加物・遺伝子組み換え食品の安全性評価などの、細胞バイオアッセイとしての応用が期待される。特に、創薬現場では、スクリーニングのhigh-through-put化及び動物実験の部分廃止又は全廃(化粧品等)が進められており、培養細胞ベースのバイオアッセイを、高度化できる本発明は、潜在的に高い需要を持っていると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明を説明するための電気化学測定用セルの模式図。
【図2】本発明の一例の細胞接着性分子の構造を示す図。
【図3】HUVECを播種・培養後、Calcein-AMで染色したバイオセンサ表面を、蛍光顕微鏡で観察した図。
【符号の説明】
【0031】
1:ガラス板
2:ガラスリング
3:金電極
4:ポリイオンコンブレックス
5:白金電極
6:銀塩化銀電極
7:塩橋


【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞接着活性を付与されたセンサマトリックスと、検出デバイスとから構成された細胞バイオセンサ。
【請求項2】
細胞接着活性を付与されたセンサマトリックスが、細胞接着性分子とセンサマトリックスとの複合体である請求項1記載の細胞バイオセンサ。
【請求項3】
細胞接着性分子が、細胞接着性ペプチド又はポリペプチド鎖を含む高分子である請求項2記載の細胞バイオセンサ。
【請求項4】
センサマトリックスが、ポリイオンコンプレックスである請求項2記載の細胞バイオセンサ。
【請求項5】
細胞接着性ペプチド又はポリペプチド鎖を含む高分子とポリイオンコンプレックスとの複合体からなるセンサマトリックスと、検出デバイスとから構成されたNO分子測定用の細胞バイオセンサ。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−3408(P2007−3408A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−185135(P2005−185135)
【出願日】平成17年6月24日(2005.6.24)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【出願人】(501273886)独立行政法人国立環境研究所 (30)
【出願人】(503108883)
【Fターム(参考)】