説明

細胞分別用マイクロチップおよび細胞分別方法ならびに細胞分別装置

【課題】特定の細胞を効率よく確実に他の細胞から分離することができる細胞分別方法および細胞分別用マイクロチップを提供する。
【解決手段】第1分配流路102と、チャンバ103と、第2分配流路104とを備えた細胞分別用マイクロチップ101を使用する。チャンバ103の内面には光応答性材料が用いられる。第1分配流路102は、チャンバ103の一方側の縁部103aに連絡流路107を介して接続されている。第2分配流路104は、チャンバ103の他方側の縁部103bに連絡流路108を介して接続されている。チャンバ103の内面の一部領域にのみ光を照射することにより前記一部領域の光応答性材料の細胞接着性を変化させて、連絡流路107から連絡流路108に分別用液体を流して細胞をチャンバ103から流出させることによって、前記領域にある細胞と前記領域外の細胞とを分別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤スクリーニング、医薬品生産、薬剤アッセイ等に用いられる細胞分別用マイクロチップおよび細胞分別方法ならびに細胞分別装置に関する。
【背景技術】
【0002】
21世紀の最先端医療では、ヒトや動物の細胞の利用が益々盛んになると言われている。例えば、薬剤スクリーニング等の目的に応じて特定の細胞を分離し、分離した細胞について試験を行うことが考えられる。細胞を分離する技術としては、現在はフローサイトメトリーや磁気細胞分離法などが広く用いられている。
これらの分離操作は、溶液中に細胞を完全に分散させなくてはならず、動物細胞の大部分を占める足場依存性細胞に対して適用すると細胞に大きなダメージを与えることが問題視されてきた。そこで、足場依存性細胞を培養基材表面で培養している状態(in situ)で選抜・分離する技術の確立が望まれている。
近年では、光照射によって細胞の接着性が変化する基材が報告されている。(例えば、特許文献1、2を参照)
これらの光応答性細胞培養基材は、培養した細胞に特定波長の光を照射すると、照射部位の細胞接着性が変化するため、顕微鏡などで観察しながら任意の細胞のみを剥離させ回収したり、逆にそれだけを残して他の細胞を除去できることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2007/063736号
【特許文献2】特開2007−244378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述の細胞分離技術では、光照射によって剥離させるべき細胞が剥離しなかったり、逆に、剥離するべきでない細胞が剥離することがあり、確実な細胞分別を実現することは難しかった。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、特定の細胞を効率よく確実に他の細胞から分離することができる細胞分別用マイクロチップおよび細胞分別方法ならびに細胞分別装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の構成は以下のとおりである。
(1)第1分配流路と、前記第1分配流路に連通する1または複数のチャンバと、前記チャンバに接続された第2分配流路とを備え、前記チャンバの内面の少なくとも一部に、光応答性材料が用いられ、前記第1分配流路は、前記チャンバの流通方向の一方側の縁部に、複数の連絡流路を介して接続され、これら複数の一方側の連絡流路が、前記一方側の縁部の延在方向に互いに間隔をおいて配列され、前記第2分配流路は、前記チャンバの前記一方側の縁部に対向する他方側の縁部に、複数の連絡流路を介して接続され、これら複数の他方側の連絡流路が、前記他方側の縁部の延在方向に互いに間隔をおいて配列されている細胞分別用マイクロチップ。
(2)前記チャンバが、平面視矩形状に形成され、前記一方側と他方側の縁部は、前記チャンバの向かい合う一対の辺部であり、前記一方側と他方側の連絡流路は、前記チャンバを介して向かい合って形成されている(1)に記載の細胞分別用マイクロチップ。
(3)前記複数のチャンバが、複数の行および複数の列からなる行列をなすように配列されている(1)または(2)に記載の細胞分別用マイクロチップ。
(4)前記光応答性材料は、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られる光分解性ゲルであり、前記光分解性架橋剤が、ポリエチレングリコールからなる主鎖と、前記主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、前記ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含み、前記活性エステル基が、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有し、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されている(1)〜(3)のうちいずれか1つに記載の細胞分別用マイクロチップ。
(5)前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体である(4)に記載の細胞分別用マイクロチップ。
(6)前記高分子化合物は、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つである(4)または(5)に記載の細胞分別用マイクロチップ。
(7)前記チャンバの内面には、前記光応答性材料からなる層が形成されている(1)〜(6)のうちいずれか1つに記載の細胞分別用マイクロチップ。
(8)(1)〜(7)のうちいずれか1つに記載の細胞分別用マイクロチップと、前記細胞分別用マイクロチップに光を照射する照射部とを備え、前記照射部は、光源と、前記光源からの光を前記チャンバの内面の任意の一部領域にのみ照射させる照射領域調整部を有する細胞分別装置。
(9)(1)〜(7)のうちいずれか1つに記載の細胞分別用マイクロチップを使用し、前記光応答性材料が用いられた前記チャンバの内面に細胞を付着させた後、前記光応答性材料が用いられた前記チャンバの内面のうち、一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光応答性材料の細胞接着性を変化させ、前記一方側の連絡流路から前記他方側の連絡流路に分別用液体を流すことで前記細胞を同伴して前記チャンバから流出させることによって、前記一部領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別する細胞分別方法。
(10)前記光応答性材料が光分解性ゲルであり、前記一部領域への前記光の照射により前記光分解性ゲルを選択的に分解することによって前記細胞接着性を低下させる(9)に記載の細胞分別方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、細胞分別用マイクロチップのチャンバの内面の一部領域にのみ光を照射してこの領域の光応答性材料の細胞接着性を変化させ、一方側の連絡流路から他方側の連絡流路に分別用液体を流して前記細胞の一部をチャンバから流出させることによって、前記領域にある細胞と前記領域外の細胞とを分別することができる。
一方側および他方側の連絡流路は、それぞれチャンバの一方および他方の縁部に複数形成されているため、チャンバ内の分別用液体の流れはチャンバの幅方向に均一となり、チャンバ内の細胞には均一なシェアストレス(剪断応力)がかかる。
このため、接着性が低い領域の細胞は確実にチャンバから流出する一方、それ以外の細胞はチャンバ内に残留する。
従って、目的とする細胞をそれ以外の細胞から効率よく確実に分離できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明の細胞分別用マイクロチップの全体を示す平面図である。
【図2】図1の細胞分別用マイクロチップの要部を拡大した平面図である。
【図3】図1の細胞分別用マイクロチップの要部をさらに拡大した平面図である。
【図4】図1の細胞分別用マイクロチップの要部の断面図である。
【図5】本発明の光分解性架橋剤の一例を示す化学構造式である。
【図6】前図の光分解性架橋剤を模式的に表した図である。
【図7】前図の光分解性架橋剤の構造の説明図である。
【図8】(a)光分解性架橋剤の分解反応の反応式である。(b)(a)の反応式を模式的に表した図である。
【図9】光分解性ゲルの一例の生成反応を示す図である。
【図10】前図の光分解性ゲルの分解反応を示す図である。
【図11】本発明の細胞分別装置の一例を示す構成図である。
【図12】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞分別用マイクロチップの模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図13】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞分別用マイクロチップの模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図14】本発明で使用できるスピロベンゾピランの一例である。
【図15】スピロベンゾピランを含む光応答性材料の一例である。
【図16】光分解性架橋剤の他の例である。
【図17】光分解性架橋剤の他の例である。
【図18】光応答性材料の他の例である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の一実施形態である細胞分別用マイクロチップ101(以下、単にマイクロチップ101という)について、図面を参照して説明する。
図1は、マイクロチップ101の全体を示す平面図である。図2はマイクロチップ101の要部を拡大した平面図である。図3はマイクロチップ101の要部をさらに拡大した平面図である。図4は、マイクロチップ101の要部の断面図である。
以下の説明において、マイクロチップ101の長手方向(図1における左右方向)を第1方向といい、マイクロチップ101の短手方向(図1における上下方向)を第2方向ということがある。
【0009】
図1に示すように、マイクロチップ101は、上流側貯留部121と、上流側貯留部121に接続された上流側分配流路102(第1分配流路)と、上流側分配流路102に連通する1または複数のチャンバ103と、チャンバ103に連通する下流側分配流路104(第2分配流路)と、下流側分配流路104に接続された下流側貯留部122とを備えている。
【0010】
上流側貯留部121は、マイクロチップ101内に形成された、液体を貯留可能な空間である。上流側貯留部121の数は1または複数とすることができ、図示例では、上流側貯留部121は、マイクロチップ101の長手方向の一端部に近い位置に4つ形成されている(上流側貯留部121A〜121Dという)。
下流側貯留部122は、マイクロチップ101内に形成された、液体を貯留可能な空間である。下流側貯留部122の数は1または複数とすることができ、図示例では、下流側貯留部122は、上流側貯留部121に比べて他端側の位置に4つ形成されている(下流側貯留部122A〜122Dという)。
【0011】
図2および図3に示すように、分配流路102、104およびチャンバ103は液体が流通可能な空間であり、マイクロチップ101の内部に形成されている。
チャンバ103の形状は特に限定されないが、平面視矩形状とすることができる。図示例では、チャンバ103の平面視形状は略正方形である。
符号103a、103bは、チャンバ103の液流通方向(図2および図3における上下方向)の一方および他方の縁部であり、矩形のチャンバ103の向かい合う一対の辺部である。
一方縁部103aおよび他方縁部103bは、第1方向(図2および図3における左右方向)に沿って形成されている。
【0012】
図4に示すように、マイクロチップ101は、平板状の基板部105と、平板状の上板部106とを重ね合わせた構成とすることができる。
基板部105の、上板部106に対向する面105a(表面105a)には、各流路、チャンバ、および貯留部を形成する凹部が形成されている。図示例では、上流側分配流路102となる凹部102A、チャンバ103となるチャンバ凹部103A、下流側分配流路104となる凹部104A、連絡流路107、108となる凹部107A、108A等が形成されている。
【0013】
図1に示すように、チャンバ103は、複数の行109および複数の列110からなる行列をなすように2次元的に配列される。
図示例では、合計16のチャンバ103が、4行および4列からなる行列をなすようアレイ状に配列されている。行を構成するチャンバ103は、第1方向(図1における左右方向)に沿って並び、列を構成するチャンバ103は、第2方向(図1における上下方向)に沿って並んでいる。各チャンバ103は、互いに間隔をおいて配列されている。
符号109A〜109Dはそれぞれチャンバ103がなす4つの行を示し、符号110A〜110Dはそれぞれチャンバ103がなす4つの列を示す。
なお、図示例では、行と列の形成方向は互いにほぼ垂直であるが、これに限らず、互いに交差する方向であればよい。
【0014】
図1〜図3に示すように、上流側分配流路102は、第1方向に沿って直線状に形成されており、それぞれのチャンバ103の一方縁部103aに、複数の細い上流側連絡流路107(一方側の連絡流路)を介して接続されている。
上流側分配流路102の数は1または複数とすることができ、図示例では上流側分配流路102は4つ形成され(上流側分配流路102A〜102Dという)、それぞれが異なる上流側貯留部121(上流側貯留部121A〜121D)に接続されている。
【0015】
上流側分配流路102Aは第1行109Aと第2行109Bの間に延在し、上流側分配流路102B、102Cは第2行109Bと第3行109Cの間に延在し、上流側分配流路102Dは第3行109Cと第4行109Dの間に延在している。
【0016】
上流側連絡流路107は、上流側分配流路102とチャンバ103との間で液を流通させるものである。上流側連絡流路107は、第2方向(図2および図3における上下方向)に沿って形成されていることが好ましい。
図3に示すように、これら複数の上流側連絡流路107は、一方縁部103aの延在方向(図3の左右方向)に互いに間隔をおいて配列されている。上流側連絡流路107の幅は、互いにほぼ同じであることが好ましい。
隣り合う上流側連絡流路107、107の間隔は、すべての上流側連絡流路107について互いに同じであることが好ましい。
上流側連絡流路107は、一方縁部103aの広い範囲にわたって形成するのが好ましい。図3に示す例では、上流側連絡流路107は一方縁部103aのほぼ全範囲にわたって所定間隔ごとに形成されている。
この例では、8つの上流側連絡流路107のうち連絡流路107Aは一方縁部103aの一端(図3の左端)に近接した位置にあり、連絡流路107Aから最も離れた連絡流路107Bは一方縁部103aの他端(図3の右端)に近接した位置にあるため、上流側連絡流路107は一方縁部103aのほぼ全範囲にわたって形成されているといえる。
【0017】
図1〜図3に示すように、下流側分配流路104は、第1方向に沿って直線状に形成されており、それぞれのチャンバ103の他方縁部103bに、複数の細い下流側連絡流路108(他方側の連絡流路)を介して接続されている。
下流側分配流路104の数は1または複数とすることができ、図示例では下流側分配流路104は4つ形成され(下流側分配流路104A〜104Dという)、それぞれが異なる下流側貯留部122(下流側貯留部122A〜122D)に接続されている。
【0018】
下流側分配流路104Aは第1行109Aの外側(図1における上方)に延在し、下流側分配流路104Bは第1行109Aと第2行109Bの間に延在し、下流側分配流路104Cは第3行109Cと第4行109Dの間に延在し、下流側分配流路104Dは第4行109Dの外側(図1における下方)に延在している。
【0019】
下流側連絡流路108は、チャンバ103と下流側分配流路104との間で液を流通させるものである。下流側連絡流路108は、第2方向(図2および図3における上下方向)に沿って形成されていることが好ましい。
図3に示すように、これら複数の下流側連絡流路108は、他方縁部103bの延在方向(図3の左右方向)に互いに間隔をおいて配列されている。下流側連絡流路108の幅は、互いにほぼ同じであることが好ましい。
隣り合う下流側連絡流路108、108の間隔は、すべての下流側連絡流路108について互いに同じであることが好ましい。
【0020】
下流側連絡流路108は、他方縁部103bの広い範囲にわたって形成するのが好ましい。図3に示す例では、下流側連絡流路108は他方縁部103bのほぼ全範囲にわたって所定間隔ごとに形成されている。
この例では、6つの下流側連絡流路108のうち連絡流路108Aは他方縁部103bの一端(図3の左端)に近接した位置にあり、連絡流路108Aから最も離れた連絡流路108Bは他方縁部103bの他端(図3の右端)に近接した位置にあるため、下流側連絡流路108は他方縁部103bのほぼ全範囲にわたって形成されているといえる。
【0021】
チャンバ103の一方縁部103aに形成された上流側連絡流路107と、他方縁部103bに形成された下流側連絡流路108は、全体としてチャンバ103を介して向かい合って形成されていることが好ましい。
図示例では、一方縁部103aと他方縁部103bは矩形のチャンバ103の向かい合う辺部であり、上流側連絡流路107は矩形のチャンバ103の一方縁部103aのほぼ全範囲に形成され、下流側連絡流路108は他方縁部103bのほぼ全範囲に形成されているため、これら連絡流路107、108は全体として向かい合って形成されている。
なお、図示例では、上流側連絡流路107の数と下流側連絡流路108の数が異なるため、個々の連絡流路107、108は向かい合う位置にない場合もあるが、全体としては向かい合う位置(一方および他方縁部103a、103b)にあるといえる。
【0022】
図1に示すように、マイクロチップ101では、上流側貯留部121Aからの液を上流側分配流路102Aから第1行109Aのチャンバ103に導入でき、上流側貯留部121Bからの液を上流側分配流路102Bから第2行109Bのチャンバ103に導入でき、上流側貯留部121Cからの液を上流側分配流路102Cから第3行109Cのチャンバ103に導入でき、上流側貯留部121Dからの液を上流側分配流路102Dから第4行109Dのチャンバ103に導入できる。
【0023】
図4に示すように、基板部105は、レプリカモールディング法によって形成することができる。また、RIE(Reactive Ion Etching)、レーザー加工、NC加工、光造形加工、射出成型加工、ナノインプリント加工などを採用することもできる。
基板部105および上板部106の材料としては、プラスチック、ガラス、改質ガラス、金属等を挙げることができる。
プラスチックとして好適なものとしては、ポリスチレン系樹脂、アクリル系樹脂(例えばポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA))、ポリビニルピリジン系樹脂(ポリ(4−ビニルピリジン)、4−ビニルピリジン−スチレン共重合体等)、シリコーン系樹脂(例えばポリジメチルシロキサン樹脂)、ポリオレフィン系樹脂(例えばポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリメチルペンテン樹脂)、ポリエステル樹脂(ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET))、ポリカーボネート系樹脂、エポキシ系樹脂等がある。
【0024】
チャンバ103の内面の少なくとも一部には、光応答性材料が用いられている。光応答性材料は、光照射によって細胞接着性を変化させ得る材料であって、例えば光分解性ゲルが使用できる。
例えば、チャンバ103の内面の少なくとも一部に光分解性ゲルからなる層を形成することができる。また、チャンバ103の内面の少なくとも表面が光分解性ゲルを含む材料で構成されていてもよい。
光分解性ゲルを用いる範囲はチャンバ103の内面の一部であってもよいし、全面であってもよい。
図4に示すように、例えば基板部105のチャンバ凹部103Aの底面103Aaのほぼ全面に、光分解性ゲル層を形成することができる。
【0025】
光分解性ゲルとしては、例えばニトロベンジル基を含む高分子化合物が使用できる。以下、本発明に使用できる光分解性ゲルの一例について説明する。
【0026】
(a)光分解性架橋剤
本発明に用いられる光分解性ゲルに使用できる光分解性架橋剤としては、ポリエチレングリコールからなる主鎖と、主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含む光分解性架橋剤がある。
主鎖を構成するポリエチレングリコールのエチレングリコールの平均繰り返し数は、4から12の範囲にあることが好ましい。
活性エステル基は、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有することが好ましい。
前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体であることが好ましい。
光分解性のニトロベンジル基は、産業用の水銀ランプやレーザーによって発生する紫外線や可視光を照射することにより分解できることが好ましい。
【0027】
図5は、光分解性架橋剤の一例を示すものである。
式(1)に示す光分解性架橋剤1は、ポリエチレングリコール(PEG)からなる主鎖2と、この主鎖2の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基3、3と、ニトロベンジル基3、3の末端側に配置された活性エステル基4、4とからなる。
【0028】
図6は、式(1)の光分解性架橋剤1を模式的に表した図であって、この光分解性架橋剤1は、主鎖2と、ニトロベンジル基3、3と、活性エステル基4、4とからなる。
図6および図7に示すように、主鎖2はポリエチレングリコール(PEG)である。ニトロベンジル基3は、アミド結合部5(―NHCO―)を介して主鎖2に結合している。
【0029】
(b)光分解性ゲル
上記光分解性架橋剤は、高分子化合物と反応させることによって、光分解性ゲルを生成する。
高分子化合物は、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する水溶性高分子が好ましく、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つが好ましい。
【0030】
高分子化合物としては、特に、ポリエチレングリコールまたはその誘導体が、細胞との相互作用が少なく、しかも高分子化合物自体が水に可溶であるために好ましい。
なかでも、分岐型のポリエチレングリコールまたはその誘導体を用いると、網目構造が形成されやすく、ゲル化が進行しやすくなるため好ましい。分岐型ポリエチレングリコール(または誘導体)の分岐数は3以上が好ましい。特に、4分岐型のポリエチレングリコール(または誘導体)は入手しやすいため好適である。
ポリエチレングリコール(または誘導体)は、末端にアミノ基を有することが望ましい。
ポリエチレングリコール(または誘導体)の分子量は1万から4万の範囲にあることが好ましい。
塩基性多糖類としては、キトサンが好ましい。
【0031】
高分子化合物と光分解性架橋剤とを混合すると、高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基は、光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋される。
前記アミノ基は光分解性架橋剤の活性エステル基とアミド結合を形成し、前記ヒドロキシル基は活性エステル基とエステル結合を形成する。これによって、網目構造が形成され、ゲル化が進行し、光分解性ゲルが生成する。
本発明では、架橋反応を促進させるための添加剤は特に必要ないため、高分子化合物と光分解性ゲルとを混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。また、反応時の温度は常温でよい。
また、本発明における架橋反応は溶存酸素の影響を受けないため、薄膜状(層状)のゲルの形成が容易である。
【0032】
高分子化合物に対する光分解性架橋剤の添加量(光分解性架橋剤/高分子化合物)はモル比で1以上であることが好ましい。高分子化合物と光分解性架橋剤との混合比は、例えば4分岐型のポリエチレングリコール(またはその誘導体)を高分子化合物として用いる場合は、モル比(高分子化合物:光分解性架橋剤)で1:1から1:4の範囲が好ましい。
高分子化合物の使用量は、例えば4分岐型のポリエチレングリコール(または誘導体)の場合、光分解性ゲル中に7.5重量%以上含有されるように設定することができる。
【0033】
図9は、光分解性架橋剤1を用いて、光分解性ゲル10を生成させる反応を示すものである。
光分解性架橋剤1と、高分子化合物6とを反応させることによって、光分解性ゲル10を生成させる。
高分子化合物6は、末端にアミノ基を有する4分岐型のポリエチレングリコール誘導体である。
【0034】
高分子化合物6と光分解性架橋剤1とを混合すると、高分子化合物6のアミノ基は、光分解性架橋剤1の活性エステル基4と縮合して架橋される。
これによって、高分子化合物6は、光分解性架橋剤1を介して他の高分子化合物6と結合し、網目構造を有する光分解性ゲル10が生成する。
【0035】
図10に示すように、光の照射により光分解性架橋剤1が分解されることによって、光分解性ゲル10は分解される。これによって、光分解性ゲル10は水に可溶となる。
具体的には、図8(a)に示すように、ニトロベンジル基3は、例えば波長330〜380nmの紫外線などの光の照射により、破線位置で分解可能である。図8(b)は、この分解反応を模式的に示すものである。
ニトロベンジル基3は、アミド結合部5のアミノ基との間の結合が切断され、ニトロソベンジル基3’となる。なお、ニトロベンジル基の構造によっては、前期光照射によりニトロベンジル基3と活性エステル基4との結合が切断されることもある。
【0036】
前記構造を有する光分解性架橋剤1は、高分子化合物と混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。
ラジカル重合を利用してゲル化される従来の光応答性ゲルおよび光分解性ゲルの製造工程は、重合の際に酸素が存在すると重合反応を阻害し、ゲル化が進行しない。この現象は特に薄膜状(層状)のゲルを調製する際に顕著になる。
一方、光分解性架橋剤1では、架橋反応時に酸素の影響を全く受けないため、このような重合反応阻害は起こらない。
ラジカル重合反応を利用する場合も無酸素雰囲気条件で反応を行えば薄膜状のゲルを調製することが可能となるかもしれないが、その場合には無酸素条件下で重合反応を行わせるための設備が必要となり、製造工程が複雑になる。
一方、光分解性架橋剤1を用いると、無酸素雰囲気条件が必要ないため、薄膜状(層状)のゲルの製造工程が簡略であり、効率的かつ低コストで光分解性ゲルを調製できる。
また、本発明では、架橋反応にラジカル重合を利用しないため、ラジカルによってダメージを受けやすい物質を混合した状態で光分解性ゲルを調製することが可能となる。従って、光分解性ゲルを広範な用途、例えば細胞や生理活性物質を固定化する用途にも使用できる。また、ラジカル重合に対応できないモノマーの重合物も高分子化合物として使用できることから、高分子化合物の選択範囲が広いという利点もある。
【0037】
(c)細胞分別装置
図11は、本発明の細胞分別装置の一例であって、マイクロチップ101を保持する保持台11と、マイクロチップ101に光を照射する照射部12と、マイクロチップ101を撮影する撮影部13と、制御部14と、マイクロチップ101に分別用液体(培地、緩衝液など)を供給する送液部15と、マイクロチップ101から使用済みの分別用液体を回収する回収部16とを備えている。
照射部12は、光源(図示略)と、マイクロチップ101の表面の任意の一部領域にのみ光照射する照射領域調整部17とを備えている。
照射領域調整部17は、所定のパターン18をなす光をマイクロチップ101に照射することができる。パターン18は表示装置19に表示される。
【0038】
照射領域調整部17は、例えばDMD(デジタルマイクロミラーデバイス(Digital Micromirror Device))を備えている。DMDは複数のマイクロミラーを有し、各マイクロミラーは、制御部14からの信号により独立に角度を設定できるようにされ、光源からの光を反射することによって、前記信号に応じたパターンの光20をマイクロチップ101に照射できる。
照射領域調整部17からの光は、フィルター21、ミラー22(ダイクロイックミラー)、対物レンズ23を経て、マイクロチップ101の任意の領域に照射される。マイクロチップ101の任意形状の一部領域にのみ光20を照射することもできるし、全領域に光20を照射することもできる。
光源としては、光分解性架橋剤を分解させ得るものが選択され、例えば紫外線、可視光等の光を照射できるもの(例えば紫外線ランプ、可視光ランプ等)が使用できる。
光の波長域は、例えば200〜1000nmを例示できる。特に300〜600nm、なかでも350〜400nmは好適である。照射エネルギーは、通常は0.01〜1000J/cm、好ましくは0.1〜100J/cm、より好ましくは1〜10J/cmである。
なお、光をマイクロチップ内面の一部領域にのみ照射させるための構成としては、DMDに限らず、液晶シャッターアレイ、光空間変調素子、所定形状のフォトマスク等も採用できる。
【0039】
撮影部13としては、CCDカメラ等を使用できる。
送液部15としては、分別用液体をマイクロチップ101に送ることができるものであれば特に限定されず、例えばシリンジポンプ、ペリスタポンプ、エアーポンプ、圧力ボンベが使用できる。送液部15は分別用液体を管路15aにより上流側貯留部121に送ることができる。回収部16は使用済みの分別用液体を管路16aにより下流側貯留部122から回収することができる。
【0040】
(d))細胞分別方法
次に、図12を参照しつつ、光分解性ゲルを用いたマイクロチップ101を使用して、マイクロチップ101のチャンバ103の内面の所定領域の細胞と、それ以外の領域にある細胞とを分別する方法(細胞分別方法)の第1の例を説明する。
この細胞分別方法では、チャンバ103内面に光分解性ゲルからなる層が形成されたマイクロチップ101を使用する。
図12(a)はチャンバ103内面の模式図であり、図12(b)は要部を拡大した模式図である。
【0041】
本発明において分別対象となる細胞は、特に限定されず、目的に応じて、動物由来の細胞(例えばヒト細胞)、植物由来の細胞、微生物由来の細胞等を使用できる。
具体例としては、例えば、造血幹細胞、骨髄系幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞などの体性幹細胞や胚性幹細胞、人工多能性幹細胞がある。
また、好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球(T細胞、NK細胞、B細胞等)等の白血球や、血小板、赤血球、血管内皮細胞、リンパ系幹細胞、赤芽球、骨髄芽球、単芽球、巨核芽球および巨核球等の血液細胞、内皮系細胞、上皮系細胞、肝実質細胞、膵ラ島細胞等のほか、研究用に樹立された各種株化細胞も本発明の対象となり得る。
【0042】
チャンバ103の内面に光分解性ゲルの反応溶液を塗布し、光分解性ゲル層32を形成する。光分解性ゲル層32の厚さは、例えば100nm〜10μmとすることができる。
次いで、光分解性ゲル層32の表面に細胞接着性材料からなるコート層52を形成する。
細胞接着性材料としては、細胞接着性タンパク質もしくは細胞接着性ペプチドが好ましい。細胞接着性タンパク質は、ファイブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニンからなる群から選択された少なくとも1つであることが望ましい。細胞接着性ペプチドは、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸というアミノ酸配列(RGD配列)を有することが望ましい。
【0043】
図3および図4に示すように、光分解性ゲル層32およびコート層52は、例えば基板部105のチャンバ凹部103Aの底面103Aaのほぼ全面に形成することができる。光分解性ゲル層32およびコート層52は、複数のチャンバ103のすべてに形成してもよいし、目的に応じて一部のチャンバ103のみに形成してもよい。
基板部105と上板部106とを重ね合わせて接合することによって、マイクロチップ101を得る。
【0044】
上流側貯留部121(121A〜121D)には、それぞれ細胞を含まない培地(分別用液体)が導入される。
下流側貯留部122(122A〜122D)には、それぞれ細胞を含む培養液が導入される。貯留部122A〜122Dには、互いに異なる細胞を含む培養液を貯留してもよいし、互いに同じ細胞を含む培養液を貯留してもよい。
【0045】
図1に示すように、下流側貯留部122(122A〜122D)内の培養液を、下流側分配流路104を通してチャンバ103に導入する。
詳しくは、貯留部122Aからの培養液を下流側分配流路104Aから第1行109Aのチャンバ103に導入し、貯留部122Bからの培養液を下流側分配流路104Bから第2行109Bのチャンバ103に導入し、貯留部122Cからの培養液を下流側分配流路104Cから第3行109Cのチャンバ103に導入し、貯留部122Dからの培養液を下流側分配流路104Dから第4行109Dのチャンバ103に導入する。
【0046】
図12に示すように、チャンバ103内のコート層52表面に細胞34が付着する。付着しなかった細胞34は、上流側貯留部121内の培地を上流側分配流路102からチャンバ103に導入することによってチャンバ103から除去することができる。
なお、本発明において、細胞が付着する(接着する)とは、例えば、培地や緩衝液等による洗浄等の一定の物理的刺激によってもその位置から移動しなくなることである。例えば、培地や緩衝液等の流れによる所定の剪断応力(例えば0.1〜10N/m)の洗浄操作により移動しない状態を「接着状態」(付着状態)とすることができる。
【0047】
図11に示す細胞分別装置を用いて、コート層52の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1の光分解性ゲル層32を分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、領域A1では、光分解性ゲル層32上のコート層52とともに、これに付着した細胞34もチャンバ103表面から剥離可能となる。この工程では、光分解性ゲル層32の分解によって細胞接着性が低下する。
光の照射条件は、チャンバ103ごとに任意に設定できる。例えば、各行109A〜109Dが互いに異なる光照射条件であってもよいし、各列110A〜110Dが互いに異なる光照射条件であってもよい。また、すべてのチャンバ103が互いに異なる光照射条件であってもよい。
【0048】
剥離可能となった細胞34は、次に示すように、培地を導入することによってチャンバ103から除去することができる。
図1〜図3に示すように、上流側貯留部121(121A〜121D)内の培地を、上流側分配流路102を通してチャンバ103に導入する。
詳しくは、図1に示すように、貯留部121Aからの培地は上流側分配流路102Aを経て第1行109Aのチャンバ103に導入される。貯留部121Bからの培地は上流側分配流路102Bを経て第2行109Bのチャンバ103に導入される。貯留部121Cからの培地は上流側分配流路102Cを経て第3行109Cのチャンバ103に導入される。貯留部121Dからの培地は上流側分配流路102Dを経て第4行109Dのチャンバ103に導入される。
なお、上流側貯留部121からチャンバ103に導入する分別用液体は、細胞34をチャンバ103から流出させ得るものであれば培地に限らず、緩衝液等であってもよい。
【0049】
以下、培地がチャンバ103に導入される過程について詳しく説明する。
図2および図3に示すように、上流側貯留部121から上流側分配流路102に導入された培地は、上流側連絡流路107を通ってチャンバ103に流入する。
上流側連絡流路107は一方縁部103aのほぼ全範囲にわたって形成されているため、培地はチャンバ103の幅方向(図3の左右方向)のほぼ全範囲にわたってチャンバ103に流入し、チャンバ103内を他方縁部103bに向けて流れる。
下流側連絡流路108は、他方縁部103bのほぼ全範囲に形成されているため、培地はチャンバ103の幅方向のほぼ全範囲にわたって下流側連絡流路108に流れ込む。
上流側および下流側の連絡流路107、108は全体として向かい合って形成されているため、チャンバ103内の培地の流れは、チャンバ103の幅方向(図3の左右方向)のほぼ全範囲にわたる均一方向(図3の下方)および均一流量の流れとなる。
【0050】
図3および図12に示すように、チャンバ103内には、上流側連絡流路107から下流側連絡流路108に向けて培地が流れるため、光照射によって剥離可能となった細胞34は培地に同伴してチャンバ103から流出する。これによって、領域A1にある細胞34と、それ以外の細胞34を分別することができる(図12参照)。
【0051】
上述のように、培地はチャンバ103の幅方向のほぼ全範囲にわたって均一に流れるため、チャンバ103内の細胞34には均一なシェアストレス(剪断応力)がかかる。
このため、光照射により剥離可能となった細胞34(領域A1の細胞34)は培地とともに確実にチャンバ103から流出する一方、光照射を受けていない細胞34(領域A1外の細胞34)はチャンバ103内に残留する。
よって、光照射により剥離可能となった細胞34(領域A1の細胞34)を、それ以外の細胞34から効率よく確実に分離できる。
従って、目的とする細胞をそれ以外の細胞から効率よく確実に分離できる。
【0052】
チャンバ103から下流側連絡流路108に流れ込んだ培地は、下流側分配流路104に流入し、下流側貯留部122に向かう。
詳しくは、図1に示すように、第1行109Aのチャンバ103内の培地は下流側分配流路104A内を下流側貯留部122Aに向けて流れる。第2行109Bのチャンバ103内の培地は下流側分配流路104B内を下流側貯留部122Bに向けて流れる。第3行109Cのチャンバ103内の培地は下流側分配流路104C内を下流側貯留部122Cに向けて流れる。第4行109Dのチャンバ103内の培地は下流側分配流路104D内を下流側貯留部122Dに向けて流れる。
【0053】
複数のチャンバ103について、導入される細胞の種類や光照射条件が互いに異なる場合には、これら条件の違いによる影響を互いに比較することができる。
【0054】
次に、図13を参照しつつ、細胞分別方法の第2の例を説明する。図13(a)はチャンバ103内面の模式図であり、図13(b)は要部を拡大した模式図である。なお、上述の第1の例の細胞分別方法との共通部分については、同一符号を付してその説明を省略または簡略化する。
チャンバ103の内面に、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを含むコート層62を形成する。コート層62は、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを混合した混合材料であってもよいし、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとが化学的に結合した材料(例えばアミド結合によって化学的に結合した材料)であってもよい。
下流側貯留部122(122A〜122D)内の培養液を、下流側分配流路104を通してチャンバ103に導入すると、コート層62表面に細胞34が付着する。
コート層62の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1のコート層62の光分解性ゲルを分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化する。領域A1では、コート層62とともに、これに付着した細胞34もチャンバ3内面から剥離可能となる。
【0055】
図1〜図3に示すように、上流側貯留部121(121A〜121D)内の培地を、上流側分配流路102を通してチャンバ103に導入する。
図3および図13に示すように、チャンバ103内の培地の流れは、チャンバ103の幅方向(図3の左右方向)のほぼ全範囲にわたる均一方向(図3の下方)および均一流量の流れとなる。培地は、下流側連絡流路108を通って下流側分配流路104に流入し、下流側貯留部122に向かう。
チャンバ103内の培地の流れは、チャンバ103の幅方向のほぼ全範囲にわたる均一な流れとなるため、チャンバ103内の細胞34には均一なシェアストレス(剪断応力)がかかる。
このため、光照射により剥離可能となった細胞34(領域A1の細胞34)を、それ以外の細胞34から効率よく確実に分離できる。
従って、目的とする細胞をそれ以外の細胞から効率よく確実に分離できる。
【0056】
光応答性材料としては、高分子化合物の側鎖または末端に、光照射によって構造と荷電状態が変化するスピロベンゾピランが担持されている光応答性材料を使用してもよい。
高分子化合物は、非イオン性で水和性が中程度のポリマーが好ましく、このようなポリマーとしては、N置換アクリルアミドの重合体が好適である。
N置換アクリルアミドとしては、N−アルキルアクリルアミド、N−アルキレンアクリルアミドを挙げることができる。
N−アルキルアクリルアミドとしては、N−イソプロピルアクリルアミド、N−エチルアクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド、N−n−プロピルアクリルアミドを挙げることができる。
高分子化合物としては、特に、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)が好ましい。
【0057】
スピロベンゾピランは、フォトクロミック分子である。フォトクロミック分子とは、特定波長の光の照射により分子構造が変化し、分子内の双極子モーメント、荷電などの性質が異なる異性体を可逆的に生成するものをいう。
図14は、本発明で使用できるスピロベンゾピランの一例である。図14において、R1、R2、R3は水素原子、アルキル基、アリール基、または複素環基を示す。
Xとしては水素原子、または置換基として電子供与性基を導入することが好ましい。電子供与性基の例としては、アルキル基、アリール基、アルコキシ基、フェニル基、アミノ基、(アルキル置換)アミノ基、(ジアルキル置換)アミノ基などが挙げられる。
Yとしては水素原子、または置換基として電子吸引性基を導入することが好ましい。電子吸引性基の例としては、−C(=O)−で表わされるカルボニル基を連結基として、その一方に置換基が結合して形成される置換カルボニル基や、ホルミル基、ニトロ基、ハロゲン化アルキル基、シアノ基、ハロゲン原子、アルケニル基、アルキニル基等が挙げられる。
【0058】
スピロベンゾピランは、光の照射によって荷電、もしくは分子内の双極子モーメントが異なる異性体を可逆的に生成する。
なお、本発明では、例示したものに限らず、上記式に示すスピロベンゾピランの誘導体も使用できる。
光応答性材料中のスピロベンゾピランの含有率は、低すぎる場合、および高すぎる場合のいずれにおいても光応答性材料の光応答性が小さくなるため、0.5〜20mol%(例えば2〜10mol%)が好ましい。
上記光応答性材料は、架橋がない(すなわち直鎖状)ポリマーであることが好ましい。
光応答性材料には、重合開始剤として、過酸化ベンゾイルなどの有機過酸化物や、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)などのアゾ重合開始剤を用いることができる。また、光重合開始剤として、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノン(DMPA)を添加するのが好ましい。
【0059】
上記光応答性材料は、特定波長の光を照射すると、スピロベンゾピランが荷電の異なる異性体を生成し、細胞表面に吸着しやすくなる。
光応答性材料の具体的な例を図15に示す。
図15に示す光応答性材料は、高分子化合物(ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド))の側鎖に、2つのアミド結合を含むリンカーを介してスピロベンゾピランが担持されている。スピロベンゾピランには、置換基としてニトロ基が導入されている。
上記光応答性材料は、波長350〜380nmの光(近紫外線)を照射することによって開環し、波長450〜600nmの光(可視光)を照射することによって閉環する。
【0060】
この光応答性材料を使用する場合には、チャンバ103内面に光応答性材料からなる層を形成し、その表面に細胞を付着させた後、チャンバ103の内面のうち一部領域にのみ光を照射することにより前記一部領域の光応答性材料の細胞接着性を変化させる。なお、チャンバ103の内面の少なくとも表面が光応答性材料を含む材料で構成されていてもよい。
チャンバ103の一方側の連絡流路107から他方側の連絡流路108に分別用液体を流すと、細胞接着性が低い領域の細胞は分別用液体に同伴してチャンバ103から流出する。これによって、前記一部領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別することができる。
上述のように、チャンバ103内の分別用液体の流れはチャンバ103の幅方向に均一となり、チャンバ103内の細胞には均一なシェアストレス(剪断応力)がかかるため、接着性が低い領域の細胞は確実にチャンバ103から流出する一方、それ以外の細胞はチャンバ103内に残留する。
従って、目的とする細胞をそれ以外の細胞から効率よく確実に分離できる。
【0061】
図16は、光分解性架橋剤の他の例であって、ニトロベンジル基を含む化合物である。この光分解性架橋剤は光の照射により分解可能であるため、この光分解性架橋剤を用いた光分解性ゲルは光照射により特性(水溶性等)が変化し、細胞接着性が変化する。(Kloxin, A.M., et al Science 324, 59-63 (2009)参照)
図17は、光分解性架橋剤の他の例であって、6−ブロモ−7−ヒドロキシクーマリン−4−イルメチル基(英文名:6-bromo-7-hydroxycoumarin-4-ylmethyl group)を含む化合物である。この光分解性架橋剤は光の照射により分解可能であるため、この光分解性架橋剤を用いた光分解性ゲルは光照射により特性(水溶性等)が変化し、細胞接着性が変化する。(Satoshi Yamaguchi, et al. Chem. Commun., 46, 2244-2246 (2010)参照)
図18は、光応答性材料の他の例であり、アゾベンゼン誘導体である。この化合物も光照射によりその形態が変化し、細胞接着性が変化するため光応答性材料として使用できる。(Dingbin Liu, et al. Anger. Chem. Int. Ed. 48, 4406-4408 (2009)参照)
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、細胞工学分野、再生医療分野、バイオ関連工業分野、組織工学分野などにおいて有用である。
【符号の説明】
【0063】
1・・・光分解性架橋剤、2・・・主鎖、3・・・ニトロベンジル基、4・・・活性エステル基、5・・・アミド結合部、6・・・高分子化合物、10・・・光分解性ゲル、
13・・・照射部、14・・・照射領域調整部、32・・・光分解性ゲル層、101・・・細胞分別用マイクロチップ、102・・・上流側分配流路(第1分配流路)、103・・・チャンバ、103a・・・一方縁部、103b・・・他方縁部、104・・・下流側分配流路(第2分配流路)、107・・・上流側連絡流路(一方側の連絡流路)、108・・・下流側連絡流路(他方側の連絡流路)、109・・・行、110・・・列、A1・・・光が照射される一部領域。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1分配流路と、前記第1分配流路に連通する1または複数のチャンバと、前記チャンバに接続された第2分配流路とを備え、
前記チャンバの内面の少なくとも一部に、光応答性材料が用いられ、
前記第1分配流路は、前記チャンバの流通方向の一方側の縁部に、複数の連絡流路を介して接続され、これら複数の一方側の連絡流路が、前記一方側の縁部の延在方向に互いに間隔をおいて配列され、
前記第2分配流路は、前記チャンバの前記一方側の縁部に対向する他方側の縁部に、複数の連絡流路を介して接続され、これら複数の他方側の連絡流路が、前記他方側の縁部の延在方向に互いに間隔をおいて配列されていることを特徴とする細胞分別用マイクロチップ。
【請求項2】
前記チャンバが、平面視矩形状に形成され、
前記一方側と他方側の縁部は、前記チャンバの向かい合う一対の辺部であり、
前記一方側と他方側の連絡流路は、前記チャンバを介して向かい合って形成されていることを特徴とする請求項1に記載の細胞分別用マイクロチップ。
【請求項3】
前記複数のチャンバが、複数の行および複数の列からなる行列をなすように配列されていることを特徴とする請求項1または2に記載の細胞分別用マイクロチップ。
【請求項4】
前記光応答性材料は、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られる光分解性ゲルであり、
前記光分解性架橋剤が、ポリエチレングリコールからなる主鎖と、前記主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、前記ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含み、前記活性エステル基が、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有し、
前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されていることを特徴とする請求項1〜3のうちいずれか1項に記載の細胞分別用マイクロチップ。
【請求項5】
前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体であることを特徴とする請求項4に記載の細胞分別用マイクロチップ。
【請求項6】
前記高分子化合物は、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項4または5に記載の細胞分別用マイクロチップ。
【請求項7】
前記チャンバの内面には、前記光応答性材料からなる層が形成されていることを特徴とする請求項1〜6のうちいずれか1項に記載の細胞分別用マイクロチップ。
【請求項8】
請求項1〜7のうちいずれか1項に記載の細胞分別用マイクロチップと、
前記細胞分別用マイクロチップに光を照射する照射部とを備え、
前記照射部は、光源と、前記光源からの光を前記チャンバの内面の任意の一部領域にのみ照射させる照射領域調整部を有することを特徴とする細胞分別装置。
【請求項9】
請求項1〜7のうちいずれか1項に記載の細胞分別用マイクロチップを使用し、
前記光応答性材料が用いられた前記チャンバの内面に細胞を付着させた後、前記光応答性材料が用いられた前記チャンバの内面のうち、一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光応答性材料の細胞接着性を変化させ、前記一方側の連絡流路から前記他方側の連絡流路に分別用液体を流すことで前記細胞を同伴して前記チャンバから流出させることによって、前記一部領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別することを特徴とする細胞分別方法。
【請求項10】
前記光応答性材料が光分解性ゲルであり、前記一部領域への前記光の照射により前記光分解性ゲルを選択的に分解することによって前記細胞接着性を低下させることを特徴とする請求項9に記載の細胞分別方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate


【公開番号】特開2012−125218(P2012−125218A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281750(P2010−281750)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】