説明

細胞加熱用強磁性粒子およびその水分散体ならびに水分散体の製造方法

【課題】ハイパーサーミアに用いるのに適した磁性粒子の水分散体を提供すること。
【解決手段】交流磁界の印加により発熱する鉄を主構成元素とする強磁性粒子が分散して成る水分散体を製造する方法であって、(i)鉄イオンを含んで成る水溶液とアルカリ水溶液とを混合し、得られる混合水溶液において鉄元素を含んで成る水酸化物を析出させる工程、(ii)混合水溶液を水熱処理に付し、水酸化物から強磁性粒子を形成する工程、および、(iii)強磁性粒子を水洗する工程を含んで成り、工程(iii)に際して又は工程(iii)の後に、強磁性粒子を常に水に濡らした状態に維持して、強磁性粒子を含んで成る水分散体を形成する製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分散体およびその製造方法、ならびに、水分散体に含まれる磁性粒子に関する。より詳細には、本発明は、癌細胞などの生体細胞を加熱するために使用する強磁性粒子の水分散体に関すると共に、かかる水分散体の製造方法および水分散体に含まれる細胞加熱用強磁性粒子にも関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、癌による腫瘍箇所を局所的に加温する温熱治療(ハイパーサーミア)が注目されている。かかる温熱治療は、癌細胞が正常細胞に比べて熱による損傷を受けやすいという生物学的性質を利用している。つまり、ハイパーサーミアでは、熱によって癌細胞を死滅させている。しかしながら、ハイパーサーミアに際して超音波やマイクロ波を照射して加温すると、腫瘍箇所以外の正常細胞までが加温されてしまい、狙いの箇所のみを局所的に効率良く加温できないといった点が懸念される。特に、マイクロ波はエネルギーが体の表面や浅い部分に集中して吸収され、深部までは到達しにくい傾向を有しており、その適用箇所が限定されてしまう。
【0003】
最も実用に近いハイパーサーミアとして、磁性粒子を用いる方法が提案されている。用いられる磁性粒子として、例えば、水酸アパタイトなどの特定の物質を用いて複合化したセラミック発熱体が提案されている(特許文献1)。この複合粒子は、優れた発熱特性を呈するとされているものの、発熱体となる磁性粒子以外の物質の含有量が多いことに起因して粒子サイズが大きくなるので、用途が限定されてしまう。また、酸化ケイ素などの核物質の外側に強磁性体層を形成して成る発熱体(特許文献2)や、磁性粒子を封入したマイクロカプセル(特許文献3)等も提案されている。更には、マグネタイトやリチウムフェライトにモノマーを含有させた温熱治療材料も提案されている(特許文献4)。しかしながら、これらの例はいずれも、使用される磁性材の粒子サイズが数十μmとなっており、用途が限定されてしまう。つまり、あらゆる腫瘍箇所に対して適用するのは困難といえる。
【0004】
一方、発熱体として微粒子の磁性体を用いたものも提案されている。例えば特許文献5には、比表面積が35m/g以上のマグネタイトやγ―三二酸化鉄などの磁性金属酸化物とポリマーとから成る発熱体が開示されている。しかしながら、特許文献5では発熱体の粒子サイズは30nm以下であることが好ましいとされており、保磁力の点で懸念が残る。つまり、マグネタイトやγ―三二酸化鉄が30nm以下になると、超常磁性を呈する傾向を有するので、開示されている発熱体の保磁力は著しく小さいものと考えられる。また、特許文献6には、100nm以下のフェライト粒子の表面に有機物質を結合させた複合体が開示されている。しかしながら、かかる例でも、フェライト粒子そのものの保磁力は低いものである。つまり、保磁力の小さい発熱体を効率よく発熱させるには、極めて高周波の交流磁界を印加する必要があり、装置が大掛かりになるので、実用上課題を残している。このように、ハイパーサーミアに用いる磁性粒子として多くの提案がなされているものの、未だ有効な磁性粒子が見出されていないのが現状である。
【0005】
ハイパーサーミアに際しては、磁性粒子を水に分散させた状態で使用するものと通常考えられる。それゆえ、得られた磁性粒子を水媒体へと分散させることが行われるものの、粒子サイズが5〜30nm程度の微粒子になると、空気中で粒子同士が水素結合に近い状態で相互に凝集し得るので、分散に際して粒子を個々に完全に分けることが困難である(つまり、単分散体を形成することは困難である)。また、分散体を形成したとしても、そのようにして形成された水分散体は長時間放置すると、磁性粒子が沈降して凝集する傾向を有している。ハイパーサーミアに用いる水分散体としては分散性が良いことが求められており、かつ、長時間放置しても粒子が沈降することのない優れた分散安定性も求められている。しかしながら、実際には分散質である磁性粒子の凝集または沈降は避けられないものとなっている。このような磁性粒子の凝集・沈降は、ハイパーサーミアに際して分散体が血管中に注入された際、血管内部で閉塞を引き起こす可能性があり、身体に深刻な問題を生じかねない。
【特許文献1】特開平2−88059
【特許文献2】特開2004−105722
【特許文献3】特開2006−116083
【特許文献4】特開平10−218779
【特許文献5】特開平2−242856
【特許文献6】特開2007−70195
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みて為されたものである。つまり、本発明は、ハイパーサーミアに用いるのに適した磁性粒子およびその水分散体を提供することを意図して為されたものである。具体的には、本発明の課題の1つは、所望の細胞のみを局所的に加温することが可能な磁性粒子を提供することである。また、本発明の更なる課題は、分散性が良く、かつ、長時間放置しても磁性粒子が沈降しない分散安定性に優れた水分散体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、強磁性体の発熱に磁気ヒステリシス損失を利用すると共に、従来必須と考えられていた乾燥工程を除くことによって、発熱、分散性および分散安定性の点で優れた水分散体を得ることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明で提供される製造方法は、交流磁界の印加によって発熱する「鉄を主構成元素とする強磁性粒子」が分散して成る水分散体を製造する方法である。かかる製造方法は、
(i)鉄イオンを含んで成る水溶液とアルカリ水溶液とを混合し、得られる混合水溶液において鉄元素を含んで成る水酸化物を析出させる工程、
(ii)混合水溶液を水熱処理に付し、水酸化物から強磁性粒子を形成する工程、および
(iii)強磁性粒子を水洗する工程
を含み、
工程(iii)に際して又は工程(iii)の後に、強磁性粒子を常に水に濡らした状態に維持して、強磁性粒子を含んで成る水分散体を形成する。
【0009】
本発明の製造方法は、形成された強磁性粒子を常に水環境下におくこと特徴としており、工程(i)〜(iii)およびその後の工程において、湿式で水分散体を形成する。つまり、本発明の製造方法において、水溶液中で形成された強磁性粒子は、その後のいずれの工程に際しても常にそれらの周囲(特に粒子間)に水が存在した状態となっている。
【0010】
従って、本明細書にいう「強磁性粒子を常に水に濡らした状態に維持」とは、水分散体の製造に際して強磁性粒子を乾燥または加熱処理に付さないことを実質的に意味している。換言するならば、本明細書にいう「強磁性粒子を常に水に濡らした状態に維持」とは、「強磁性粒子を湿式で形成する」、「強磁性粒子を常に水媒体に分散させた状態にしておく」、「粒子同士の周囲には常に水を介在させておき、強磁性粒子が直接的に空気に触れないようにしておく」、「粒子間には常に水が介在する」あるいは「混合水溶液の状態を維持して、水分散体を形成する」などと同義である。
【0011】
本明細書において「鉄を主構成元素とする」とは、強磁性粒子の全構成元素の重量に占める鉄元素の割合が50〜100重量%程度であることを意味している。鉄元素以外の強磁性粒子の構成元素としては、コバルト(Co)、白金(Pt)、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)および/またはニッケル(Ni)などを挙げることができる。特に、所望の磁気特性が呈されることになるように、コバルトおよび/またはマグネシウムの含有量を適宜調整してよい。尚、本明細書にいう“強磁性”とは、外からの磁場・磁界によって大きな磁化を示す性質を指しており、一般的には磁石に吸い付く又は引き付けられる性質を指している。
【0012】
ある好適な態様では、工程(ii)と工程(iii)との間において、形成された強磁性粒子を、乾燥させることなく混合水溶液中で分散させた状態のまま還元剤(例えば、水素化ホウ素ナトリウム)と接触させ、強磁性粒子の少なくとも一部を還元させる。強磁性粒子は酸化鉄粒子(例えばFeやγ−Feなど)から成り得るものの、粒子の一部を還元することによって、酸化鉄と金属鉄とが混在した状態となり得る。特に、粒子内部が金属鉄から成り、表面部が酸化鉄から成る粒子は、粒子自体の化学的安定性が増すことになるので実用上好ましい。
【0013】
別のある好適な態様では、工程(iii)で得られる水分散体に対してケイ素化合物(例えば、珪酸ナトリウム、シランカップリング剤など)を添加する。これにより、強磁性粒子の表面にケイ素化合物が結合することを通じて、分散性の向上やその後の表面修飾処理のための前処理としての機能が付与される。
【0014】
本発明では、上記製造方法によって得られる水分散体も提供される。かかる本発明の水分散体は、水媒体中に強磁性粒子が分散して成るものである。かかる水分散体における強磁性粒子の分散状態は、好ましくは、少なくとも30日間維持される。つまり、製造された水分散体を1ヶ月程度放置・静置しても分散質である強磁性粒子が沈降せず粒子同士の凝集は防止されている。このように、本発明の水分散体はハイパーサーミアにとって好適な分散安定性を有している。特にこの分散安定性については、別の観点からも規定することができ、下記の式1で表わされる分散安定度Sの値は5〜20となる。
[式1]
S=b/a×100
(a:水分散体の体積、b:遠心力18000〜18500Gの遠心分離に8〜12分間付した後に形成される上澄部の体積)
【0015】
本発明の水分散体は、好ましくは、強磁性粒子を1〜30重量%の割合で含んでいる。そのように水分散体に含まれている強磁性粒子は、交流磁界の印加により発熱することができるので、種々の細胞を加熱するのに用いることができる。従って、本明細書において「細胞加熱用強磁性粒子」とは、人体および動物等の生体細胞(例えば癌細胞)を加熱できる強磁性粒子を実質的に意味しており、特にハイパーサーミア(癌温熱治療)に用いるのに適した強磁性粒子を意味している。
【0016】
本発明の強磁性粒子は、ハイパーサーミアに適した磁気特性およびサイズ・形状を有している。つまり、好適なサイズ・形状に起因して癌細胞に供すことができた強磁性粒子に対して交流磁界を印加すると、粒子が発熱して癌細胞を死滅させることができる。具体的にいうと、本発明の強磁性粒子は、球状または楕円状を有しており、4.0〜39.6kA/m(50〜500Oe)の保磁力および50〜150A・m/kg(50〜150emu/g)の飽和磁化を有している。そして、強磁性粒子の平均粒子サイズは5〜30nmである。このような強磁性粒子は、交流磁場に置かれると、磁気ヒステリシス損失に起因して発熱し得るので、対象となる細胞を効率良く加熱できる。
【0017】
本発明の細胞加熱用強磁性粒子は、磁気ヒステリシス損失に起因して発熱できる点で特徴を有すると共に、上述したように、乾燥に付されることのなく水存在下で合成されて得られたものである点でも特徴を有している。つまり、本発明の強磁性粒子は、乾燥工程を経ることなく作製したものであるため、かかる強磁性粒子を用いた水分散体は、分散性が良いだけでなく、長期間放置しても沈降することがなく分散安定性も優れている。よって、本発明の強磁性粒子は、分散体として用いる場合でもハイパーサーミアにとって適した物性を備えている。
【0018】
本発明の強磁性粒子は、鉄を主構成元素としている。ある好適な態様では、強磁性粒子の構成元素として、コバルト(Co)、白金(Pt)およびマグネシウム(Mg)の少なくとも1種類が更に含まれてもよい。これらの元素が粒子に含まれると、粒子の磁気特性、特に保磁力が好適に調整される。コバルト、白金(Pt)および/またはマグネシウムを更に含んだ粒子は、上述の工程(i)の混合水溶液に塩化コバルト、塩化白金および/または塩化マグネシウムを添加することによって形成できる。粒子中におけるコバルト、白金またはマグネシウムの含有量(重量%)は鉄の含有量(重量%)の0.1〜20%であることが好ましい。
【0019】
以上のように、本発明においては、ハイパーサーミアに適した強磁性粒が分散して成る水分散体を提供することができるが、特に適した水分散体は、次のように表すことができる:
交流磁界の印加により発熱する鉄を主構成元素とする細胞加熱用強磁性粒子が分散して成る水分散体であって、
細胞加熱用強磁性粒子が、4.0〜39.6KA/mの保磁力、50〜150Am/kgの飽和磁化および5〜30nmの平均粒子サイズを有し、
下記の式1で表される水分散体の分散安定度Sの値が5〜20であることを特徴とする水分散体。
[式1]
S=b/a×100
(a:水分散体の体積、b:遠心力18000〜18500Gの遠心分離に8〜12分間付した後に形成される上澄部の体積)
【発明の効果】
【0020】
本発明の製造方法では、強磁性粒子を常に水存在下に置くことによって粒子同士の結合を防止している。それゆえ、それから得られる水分散体は、それぞれの粒子が個々に分かれた状態となり得るので分散性が良いものである。
【0021】
また、本発明の製造方法で得られる水分散体では、分散質である強磁性粒子の分散安定性が向上している。特に、かかる水分散体は、強磁性粒子が実質的に個々に分かれて分散しているものであるが、そのような分散状態が少なくとも30日間変わらずに維持される。換言すれば、水分散体を長時間放置しても、磁性粒子の凝集または沈降などが抑制されている。それゆえ、本発明の水分散体は、ハイパーサーミアに際して血管内部を閉塞させることはなく、対象となる箇所(即ち、腫瘍箇所)へと粒子を確実に供することができる。尚、本発明の優れた分散性および分散安定性に起因して水分散体自体の発熱効果の向上も期待される。特定の理論に拘束されるわけではないが、交流磁界の印加に際して、強磁性粒子そのものの発熱に加えて粒子が水中で振動して水との摩擦によって熱を更に発生する。特に、分散性が良く均一性の高い分散体では粒子の振動がより容易となり、摩擦熱がより発生し得る。
【0022】
ちなみに、本発明では、水分散体に含まれる細胞加熱用強磁性粒子が、超音波やマイクロ波の照射ではなく、交流磁界の印加によって発熱できるので、腫瘍箇所以外の正常細胞までが不必要に加温されてしまうことが防止される。つまり、本発明の細胞加熱用強磁性粒子およびその水分散体は、対象となる細胞のみ(即ち、癌細胞)を局所的に加温することが可能である。
【0023】
以上の効果に鑑みてみると、本発明では、“発熱”の点のみならず、“分散性・分散安定性”の点でもハイパーサーミアにとって望ましい手段が供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下にて、本発明の製造方法を詳細に説明すると共に、それによって得られる本発明の水分散体および細胞加熱用の強磁性粒子も併せて説明する。
【0025】
図1に製造フローを示す。まず、工程(i)では、鉄イオンを含んで成る水溶液とアルカリ水溶液とを混合し、得られる混合水溶液中において鉄元素を含んで成る水酸化物を析出させる。例えば、鉄イオンを含んで成る水溶液に対してアルカリ水溶液を加える。これにより、鉄イオンとアルカリイオンとが相互に反応し、鉄元素を含んで成る水酸化物が混合水溶液中に析出してくる(析出物は「沈殿物」または「共沈物」とも称すことができる)。
【0026】
工程(i)で用いる「鉄イオンを含んで成る水溶液」は、例えば、塩化鉄を水に溶解させることによって得られる酸性水溶液である。この場合、鉄イオンは、酸性溶液中に一般に存在することになる。塩化鉄としては、塩化第一鉄(FeCl・4HO)および塩化第二鉄(FeCl・6HO)を挙げることができ、これらを水に溶解させることによって、Fe2+および/またはFe3+を生じさせる。水溶液中の鉄イオンの濃度は、好ましくは1.0×10−5〜10mol/ml、より好ましくは1.0×10−4〜1mol/mlである。所望の磁気特性が得られるように、鉄イオンの他に、コバルトイオン、白金イオンおよび/またはマグネシウムイオンを含ませてもよい。
【0027】
一方、工程(i)で用いるアルカリ水溶液は、NaOH、KOHまたはNH等のアルカリを水に溶解させることによって得られる水溶液である。従って、アルカリ水溶液中では、アルカリはイオンの形態で一般に存在する。アルカリ水溶液のアルカリ濃度は、好ましくは1.0×10−3〜10mol/ml、より好ましくは1.0×10−3〜1mol/mlである。ここで、アルカリ水溶液には、鉄のイオン価数に応じた量のアルカリイオンが含まれていることが好ましく、鉄イオンの価数以上のアルカリイオンが存在していることが特に好ましい。尚、アルカリ水溶液中にアルカリイオンが必要以上に多く存在すると、得られる強磁性粒子の水洗回数が多くなり水洗処理(即ち、工程(iii))が非効率となってしまう。
【0028】
鉄イオンを含んで成る水溶液とアルカリ水溶液とを混合する際の温度条件は、特に制限はなく、好ましくは10〜90℃程度(例えば常温)であってよい。混合する際の圧力条件も特に制限はなく、大気圧下で行うことができる。マグネティックスターラーやスリーワンモータなどの攪拌機を用いて「鉄イオンを含んで成る水溶液」を攪拌しながら、その水溶液に対して、等速滴下が可能な滴下ポンプ等でアルカリ水溶液を滴下供給し、「鉄イオンを含んで成る水溶液」と「アルカリ水溶液」とを混合することが好ましい。
【0029】
工程(ii)では、工程(i)で得られた混合水溶液を水熱処理(またはソルボサーマル法)に付す。水熱処理に付すことによって、混合水溶液中の水酸化物から強磁性粒子を合成する。水熱処理では、混合水溶液を適当な温度に加熱する。例えば、「オートクレーブ」、「恒温槽」または「マイクロ波照射」などによって加熱することができる。水熱処理の温度条件は、好ましくは90〜300℃、より好ましくは100〜180℃、更に好ましくは110〜150℃である(温度条件が低すぎたり高すぎたりすると、合成される強磁性粒子にて所望の磁気特性が得られなくなる場合がある)。水熱処理の圧力条件は、好ましくは0.1〜10MPa、より好ましくは0.8〜7MPaである。尚、混合水溶液を耐圧密閉容器に仕込んで加熱する場合、圧力条件は、温度が決まると一義的に決定され得るものである。また、水熱処理時間は、好ましくは1分〜12時間、より好ましくは30分から〜9時間、更に好ましくは1時間〜7時間程度である。
【0030】
水熱処理に際してマイクロ波を利用する場合を例示する。この場合、工程(i)で得られた混合水溶液を水熱反応用の耐圧容器に仕込み、外部からマイクロ波を混合水溶液に対して照射する。マイクロ波の照射は、混合水溶液の温度が目標温度に達するまで継続するが、目標温度に達した後も、温度を一定に保つために出力を変化させつつ照射を続けてもよい。照射するマイクロ波の周波数は、混合水溶液を目標温度(即ち、90〜300℃の温度)にまで加熱できるものであれば、特に制限はないが、例えば2.45GHzである。照射するマイクロ波の出力についても目標温度にまで加熱できるのであれば特に制限はないが、出力を大きくすると目標温度に達する時間を短くできる一方、出力を低くすれば混合水溶液の温度を一定に保ちやすくなる。尚、マイクロ波の出力を可変制御できれば、目標温度に達する時間の短縮化と温度制御との双方を適宜行うことができるので特に好ましい。マイクロ波の出力を可変制御できる装置としては、マイルストーンゼネラル社製の「MicroSYNTH(マイクロシンス)」を挙げることができる。
【0031】
ここで、本明細書にいう「水熱処理」とは、水が主体的に存在する条件下(粒子構成物質を除く)で行う高温・高圧処理のことを意味している。つまり、析出物の周囲には、「鉄イオンを含んで成る水溶液」および「アルカリ水溶液」に起因した水(析出物を形成しなかった過剰の鉄イオンまたはアルカリイオンが場合によっては依然含まれ得る水)が主体的に存在している。水熱処理に付される混合水溶液中の水酸化物と水との質量比(析出した水酸化物:水)は、好ましくは1:1〜1:500であり、より好ましくは1:2〜1:100である。
【0032】
水熱処理が行われることによって、水酸化物が溶解してスピネル型構造の強磁性酸化鉄粒子が形成される。スピネル型構造の酸化鉄粒子としては、特に限定されるものではないが、マグネタイト(Fe )、マグヘマイト(γ−Fe )粒子、マグネタイト−マグヘマイト中間体を挙げることができる。また、水熱処理に付す混合溶液に含まれているイオンによっては、上記酸化鉄にコバルト(Co)、白金(Pt)、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)および/またはニッケル(Ni)などが更に含まれた粒子を得ることができる(コバルト、白金、マグネシウム、亜鉛またはニッケルなどは、保磁力を調整するために有効である)。ちなみに、マグネタイト粒子は、酸化鉄粒子の中でも飽和磁化量が大きいため、磁気ヒステリシス損失を利用したときの発熱が大きく有効である。このマグネタイト粒子への“コバルト添加”は保磁力を増大させるために有効であり、“マグネシウム添加”は保磁力を低減させるために有効である。
【0033】
酸化鉄粒子の状態でも、ハイパーサーミアに適用可能であるが、この酸化鉄粒子を更に還元して金属鉄状態にしてもよい。この際、必ずしも完全な金属鉄の状態にする必要はなく、酸化鉄と金属鉄とが混在した状態であってよい。この酸化鉄と金属鉄とが混在した状態の磁性粒子は、粒子の内部が金属鉄で、表面部が酸化鉄から成る構造を有し得るので化学的に安定であり、実用上好ましい。還元方法としては、HガスやCOガスを使って乾式還元することも考えられるものの、水素化ホウ素ナトリウムや次亜燐酸ナトリウムまたはヒドラジン等を用いて湿式還元することが好ましい。なぜなら上述または後述するように、本発明では、強磁性粒子を常に水に含ませておき、強磁性粒子を濡れた状態にしておくことが求められているからである。
【0034】
工程(ii)に引き続いて工程(iii)を実施する。つまり、工程(ii)の水熱処理で得られた強磁性粒子に対して水洗を実施する。強磁性粒子を水洗することによって、粒子表面から不純物を除去できるだけでなく、残存するアルカリ成分等を除去することもできる。“水洗”ゆえに、水を用いて粒子を洗浄することが好ましい。但し、水以外にもエタノール、メタノールといったアルコール系をはじめとする水に可溶な溶媒を用いて粒子を洗浄してもよい。水洗は常温の大気圧下で行ってよい。かかる水洗を詳述する。例えば、デカンテーションを利用して水洗を行うことができる。具体的には、強磁性粒子と水からなる懸濁液にさらに水を加えて攪拌混合した後、放置すると、強磁性粒子が容器の底に沈殿する。この沈殿物を残して上澄液のみを除去する。次いで、再び水を加えて攪拌混合して放置する。この操作を繰り返すことによって、強磁性粒子が精製される。
【0035】
本発明において、水洗に付した強磁性粒子は、その後、目的に応じた濃度で水に分散した分散体となる。例えば、水洗後に得られる懸濁液に対して水を供すことによって、所望の粒子濃度の水分散体を得ることができる。このように、本発明では、強磁性粒子を乾燥工程を経ることなく水存在下で合成して水分散体まで調製する。これにより、水媒体中に強磁性粒子が好適に分散して成る分散体が得られることになる。
【0036】
従来では、適当な乾燥機でもって40〜90℃の温度条件下で乾燥させて粒子を得ていたものの、本発明では、かかる乾燥を一切行うことなく水洗に引き続いて粒子を分散させる。ここで、本発明で得られるような微粒子は、一般に極めて活性が高いので、一度乾燥工程を経てしまうと、粒子同士が化学反応を起こして相互に強固に結合し、その後、水媒体へと分散させたとしても結合が完全に解けないことに留意されたい(即ち、従来の製法では、完全な単分散体を得ることは略不可能であった)。この点、本発明は、乾燥工程を経ることなく水存在下で合成して水分散体まで調製するので、粒子同士の結合が防止されており、得られる分散体の分散性が向上し得る(即ち、実質的に完全な単分散体を得ることが可能となる)。換言するならば、本発明では、粒子が結合することなく個々に分かれた粒子の状態で存在するので、水分散体中の粒子の粒径分布(粒度分布)は比較的狭いといえる。
【0037】
得られる水分散体は、水洗後の強磁性粒子どうしが近づいて凝集体を作らないように常に水に湿らした状態で(好ましくは常に水中に含ませた状態で)形成されたものである。水分散体として用いる水は、例えば、純水、超純水もしくは脱イオン水等の精製水または水道水等であってよい。
【0038】
以上のような本発明の製造方法によって得られた水分散体は、強磁性粒子が水媒体中に分散している。強磁性粒子の含有量は、水分散体の全重量を基準にして、好ましくは1〜30重量%、より好ましくは1.2〜25重量%、更に好ましくは1.5〜20重量%である。
【0039】
水媒体中に分散している強磁性粒子の平均サイズは、好ましくは約5nm〜約30nm、より好ましくは約10nm〜約25nm、例えば約18nm〜約21nm程度となっている。粒子サイズが5nmよりも小さくなると “強磁性”を維持するのが難しくなり、超常磁性を示しやすくなるために好ましくない。その一方、粒子サイズが30nmよりも大きくなると、生体に適用する場合(即ち、水分散体として血管中に注入する場合)、血管等で詰まりやすくなり腫瘍箇所まで到達させるのに支障をきたす。従って、本発明の強磁性粒子のサイズは、“発熱特性に影響を及ぼす磁気特性”および“生体適応特性”の双方の点で好ましいものである。ここで、「粒子サイズ」とは、粒子のあらゆる方向における長さのうち最大となる長さを実質的に意味している。そして、本明細書でいう「平均粒子サイズ」とは、粒子の透過型電子顕微鏡写真または光学顕微鏡写真に基づいて例えば300個の粒子のサイズを測定し、その数平均として算出した粒子サイズを実質的に意味している。また、強磁性粒子は、球状、楕円状、米粒状、針状または板状などの各種形状を有し得る。ここでいう「球状」とは、アスペクト比(種々の方向で測定した場合の最大長さと最小長さとの比)が1.0〜1.2の範囲にある形状を指し、「楕円状」とは、アスペクト比が1.2〜1.5の範囲(但し、1.2を含まない)にある形状を指している。また、「米粒状」とは、その名の通り、“米粒”のような形状を意味しており、一般的には、球状のように粒子の長さが全方向で揃っている形状を指し、特に、全体としてサイズ的に異方性のない形状を指している。
【0040】
ここで、水分散体に分散されている強磁性粒子は、交流磁界が印加されると、磁気ヒステリシス損失に起因して発熱できるものである。また、上述したように、粒子が水中で振動して水との摩擦に起因して熱が付加的に発生し得る。例えば、印加磁界が20〜70kA/m(252〜882Oe)程度で周波数が5〜20kHzの条件の交流磁界を3分間〜10分間印加すると、水分散体の昇温温度(=増加分の温度)は好ましくは40〜90℃、より好ましくは50〜80℃程度となる。従って、癌細胞が約46℃で死滅することに鑑みてみると、本発明の水分散体およびそれに含まれる強磁性粒子は、ハイパーサーミアに際して腫瘍箇所に好適に作用できることが分かる。ちなみに、本明細書にいう「磁気ヒステリシス損失」とは、時間的に変化する磁界を印加した際に、エネルギーが消費されて熱として放出される現象を実質的に意味している。特に強磁性粒子における磁気ヒステリシス損失は、図2に示すような磁気ヒステリシス曲線の面積に比例し得る。
【0041】
本発明の強磁性粒子は、上記の“磁気ヒステリシス損失を利用した発熱”に特に望ましい磁気特性を有している。具体的には、保磁力は、好ましくは約4.0〜約39.6kA/m(約50〜約500Oe)、より好ましくは約5.0〜約31.8kA/m(約63〜約400Oe)となっている。また、飽和磁化は、好ましくは約50〜150A・m/kg(約50〜150emu/g)、より好ましくは約60〜110A・m/kg(約60〜110emu/g)となっている。本明細書でいう「飽和磁化」および「保磁力」の値は、振動試料型磁力計(東英工業製、型式VSM−5)を用いて測定される値である。具体的には、「飽和磁化」の値は、797kA/m(10キロエルステッド)の磁界を印加した際の磁化量から求められる値である。「保磁力」の値は、797kA/mの磁界を印加した後、磁界をゼロに戻し、更に、磁界を逆方向に徐々に増加させた場合において、磁化量がゼロになる印加磁界の値である。
【0042】
“保磁力”は、その値が大きくなるほど磁気ヒステリシス曲線の面積が大きくなり、交流磁界を印加したときの磁気ヒステリシス損失も大きくなるので、粒子が高効率で発熱し得るものの、保磁力が大きすぎると必要以上に大きな交流磁界が必要になり、装置が大掛かりになってしまう。一方、保磁力が小さすぎると、ヒステリシス曲線の面積が小さくなりすぎて、発熱効率が低くなってしまう。この点、本発明の強磁性粒子は、必要な交流磁界および発熱効率の点でバランスのとれた保磁力を有している。尚、保磁力の調整には、コバルト(Co)、白金(Pt)、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)などを好ましく利用することができ、そのような元素が本発明の強磁性粒子に構成元素として含まれることによって所望の保磁力を得ることができる。特に、マグネタイト(Fe)から成る強磁性粒子にコバルトを添加すると保磁力増大に有効であり、一方、マグネシウムを添加すると保磁力低減に有効である。
【0043】
“飽和磁化”も、その値が大きくなるほど磁気ヒステリシス曲線の面積が大きくなり、交流磁界を印加したときの磁気ヒステリシス損失が大きくなるので、粒子が高効率で発熱する点で好ましい。しかしながら、マグネタイト粒子(酸化鉄粒子)などの強磁性粒子では、一般的に飽和磁化は最大80Am/kg(80emu/g)程度までしか得られないため、還元に付すなどして金属鉄化して飽和磁化を大きくすることが有効である。そして、金属鉄粒子とした場合であっても、水分散体の分散質として使用する場合には、再酸化されて飽和磁化が低下しやすいため、飽和磁化は150Am/kg(150emu/g)程度に留めておくことが好ましい。一方、飽和磁化が50Am/kg(50emu/g)程度以上となっていれば、高効率で粒子が発熱し得る。以上の観点に基づくと、強磁性粒子の飽和磁化の値は、上記のように、約50〜150A・m/kg(約50〜150emu/g)の範囲であることが好ましい。
【0044】
本発明の製造方法で得られる水分散体、即ち、「上述のような磁気特性および粒子サイズ・形状を備えた強磁性粒子が分散されて成る水分散体」は、粒子の分散性・分散安定性がより高いものである。具体的には、本発明の水分散体における強磁性粒子の分散状態は少なくとも30日間、好ましくは少なくとも60日間、より好ましくは少なくとも90日間変わらずに維持される(即ち、1〜3ヶ月程度まで分散状態が変わらずに維持され得る)。換言すれば、水分散体は調製されてから30日放置したとしても、強磁性粒子の沈降および凝集は生じないようになっている。従って、本明細書にいう「強磁性粒子の分散状態が少なくとも30日間維持される」とは、「水分散体が形成されてから30日間程度放置されたとしても、その分散状態が変わらない」または「水分散体が形成されてから30日間程度放置されたとしても、分散質である強磁性粒子の沈降または沈殿が目視によっては確認されない」といったことを実質的に意味している。特にこの分散安定性については、別の観点からも規定することができ、遠心分離に付した際の状態変化からも規定できる。例えば、強磁性粒子の含有率が1.0〜10重量%となっている体積a[mL]の水分散体を18000〜18500Gの遠心力に8〜10分間付した後に形成される上澄液の体積b[ml]とすると、下記の式1で表される分散安定度S[−]は5〜20であり、好ましくは6〜16、より好ましくは6〜9である。
[式1]
S=b/a×100
上記分散安定度Sの測定に用いる遠心分離器は、特に制限されるわけではないが、生化学用の遠心機が好ましく、例えば、株式会社コクサン製の冷却高速遠心機(H−201F)である。かかる冷却高速遠心機(H−201F)を用いた場合の分散安定度Sの算出例は、強磁性粒子の含有率が3.7重量%である体積1.5[mL]の水分散体をエッペンチューブに仕込んで遠心力18128G(使用ロータ:RH−210、回転数:10000rpm)に10分間付した場合である。
【0045】
尚、強磁性粒子は、本来的には磁気凝集しやすい性質を有している上、本発明の強磁性粒子は極めて微粒子であるため、一度乾燥させると室温であっても粒子同士が化学結合に近い状態の極めて強固な凝集体を生成し得る。つまり、上述したような磁気特性および粒子形状・サイズを有する乾燥粒子は、水中に分散させても均一な水分散体を成すことは殆ど不可能であり、その分散安定性も好ましいものではない。この点、本発明では、そのような物理的性質を有する強磁性粒子であっても、所望の分散性および分散安定性を呈する水分散体を形成できる点で非常に有益であるといえる。つまり、高レベルの分散性および分散安定性が要求される細胞加熱用として、本発明で供される水分散体は特に有益である。
【0046】
尚、本発明の水分散体に対しては、分散安定性を更に向上させるために、あるいは、他の機能・効果を付与するために、種々の処理を付加的に施してもよい。例えば、水分散体の粒子含有量を適当に調整した後、ケイ素化合物を添加して粒子の表面処理を行ってよい。ケイ素化合物としては、珪酸ナトリウムのような無機化合物を挙げることができる他、シランカップリング剤、シロキサンおよびシラザンなどの有機化合物を挙げることができる。珪酸ナトリウムは良好な分散性を付与できる点で好ましく、シランカップリング剤は、粒子表面に各種の官能基を付与できる点で好ましい。珪酸ナトリウムにより分散性を付与した後、シランカップリング剤により官能基を付与するなど、数種類の化合物を組み合わせてよい。これにより、各々の化合物が有する機能を各粒子に複数発現させることが可能となる。粒子の表面処理剤としては、ケイ素化合物に限定されるものではなく、アルミナやチタンの化合物も目的に応じて適宜使用してよい。
【0047】
また、単糖類または多糖類なども使用することが可能である。単糖類または多糖類は、強磁性粒子の分散剤として作用すると共に、強磁性粒子が腫瘍のある細胞以外の正常細胞に影響を与えるのを防ぐ効果もある。具体的な単糖類あるいは多糖類としては、グルコース、マルトース、スクロース、ラクトース、セロビオース、トレハロース、デキストリン、シクロデキストリン、デキストラン、グリコーゲン、アミロペクチン、アミロース、デンプンおよびセルロースなどを挙げることができる。中でもデキストランは、生体に対する影響が少なく特に好ましい。このような単糖類または多糖類は、官能基としてアミノ基あるいはカルボキシル基を含んでいることが好ましい。なぜなら、アミノ基あるいはカルボキシル基を介することによって、アビジンやビオチンなどの有機物を付加的に結合させることができるからである。所望の効果を発揮させる点から単糖類あるいは多糖類の含有量は、強磁性粒子の総重量に対して1〜200重量%であることが好ましい。単糖類あるいは多糖類を強磁性粒子の表面に化学結合させることが好ましいものの、単糖類または多糖類が粒子表面に結合されずにフリーな状態で存在していても構わない。
【0048】
以下では、強磁性粒子として乾燥工程を経ることなくマグネタイト粒子を調製する場合と、このマグネタイト粒子を水中で還元する場合を例に挙げて、本発明の水分散体の製造方法を詳述する。
【0049】
〈乾燥工程を経ないマグネタイト粒子の水分散体の調製〉
本発明に係るマグネタイト粒子は、鉄塩の水溶液中の酸化反応と水熱合成法とを組み合わせた以下の操作により合成することができる。まず、塩化第一鉄(FeCl・4HO)と塩化第二鉄(FeCl・6HO)とをモル比で2:3の割合になるように斤量して、それぞれ水に溶解させる。これにより、水溶液中で鉄イオンを生じさせる。次いで、得られた水溶液を攪拌しながら、5倍モルのアンモニア水を滴下混合して、Fe2+とFe3+の水酸化物を析出させる。コバルトやマグネシウムなどの他元素を保磁力調整のために添加するときは、塩化コバルトや塩化マグネシウムを併せて溶解させる。
【0050】
次に、得られた分散液をオートクレーブに仕込んで130℃の水熱処理に5時間付す。この水熱処理によって、分散液中の水酸化物が溶解して、マグネタイト粒子が析出する。マグネタイト粒子の粒子サイズは、分散液の攪拌時間、pHまたは水熱処理温度などの影響を受ける。通常、攪拌時間が短いほど、水熱処理温度が高いほど、また、pHが高いほど、得られるマグネタイト粒子のサイズは大きくなる。
【0051】
このような操作によって、平均粒子サイズが5〜30nmの範囲にあって、保磁力が4.0〜39.6kA/m(50〜500Oe)および飽和磁化が50〜80Am/kg(50〜80emu/g)の範囲となった略球状のマグネタイト粒子が形成される。得られる保磁力は粒子サイズ等によって若干変化するものの、保磁力の主たる調整は添加元素によって行うのが効果的である。通常、コバルトの添加により保磁力は増加し、マグネシウムの添加により保磁力は低下する。
【0052】
上記操作で合成されるマグネタイト粒子は酸化鉄であるために、一般的には、その飽和磁化は80Am/kg程度が限界であると考えられる。それよりも大きな飽和磁化を得るためには、マグネタイト粒子を更に水素化ホウ素ナトリウム等の還元剤を用いて還元処理することが好ましい。この際、粒子を水媒体中に分散させた状態で還元処理を行う。これにより、マグネタイト粒子が部分的に金属鉄化して150Am/kg程度までの飽和磁化を得ることができる。
【0053】
次いで、「マグネタイト粒子」および「部分的に金属鉄化した粒子」は、純水で十分水洗したのち、乾燥に付すことなく、水中に分散させて水分散体の形成に供す。得られる水分散体は分散安定性に優れたものであるものの、分散安定性を更に向上させるために、適当な処理を付加的に施してもよい。例えば、粒子に対してケイ素化合物を用いて表面処理を行うと、より長時間放置しても粒子沈降のない極めて分散安定性に優れた水分散体を得ることができる。これについて以下で詳述する。ちなみに、用いられるケイ素化合物としては、珪酸ナトリウムのような無機化合物の他に、シランカップリング剤、シロキサンまたはシラザンのような有機化合物を用いることができるものの、以下では一例として珪酸ナトリウムを用いた処理法について説明する。
【0054】
〈ケイ素化合物を用いた処理〉
まず、水洗後に得られる強磁性粒子の分散液に対して珪酸ナトリウムを添加する。添加する珪酸ナトリウムは、強磁性粒子の全重量に対して、SiO換算で0.1〜10重量%であってよい。添加した珪酸ナトリウムを分散液中に溶解させた後、分散機でもって攪拌する。この攪拌処理は、強磁性粒子を分散させるだけの目的でなく、攪拌に伴うエネルギーを「強磁性粒子表面とケイ素化合物との結合反応」に与える目的をも有している。従って、例えばジルコニアビーズ等の媒体を加えて機械的な攪拌処理を行ってもよい。このような処理により、強磁性粒子の表面にSi−Oネットワークが形成されることになり、Si−Oの反発力に起因して長時間放置しても沈降が生じない極めて分散安定性に優れた水分散体を得ることができる。
【0055】
尚、珪酸ナトリウムの最適な添加量は、強磁性粒子の比表面積に応じて調整することが好ましく、通常、比表面積が大きくなるほど添加量を多くする。但し、過剰量の珪酸ナトリムは望ましくない。なぜなら、反応に寄与しなかった珪酸ナトリムが強磁性粒子に対して悪影響を及ぼし得るからである。例えば、表面処理した強磁性粒子に対して更に他の有機物質や生体物質を結合させる際(一例として糖類を分散液に加える際)、余剰の珪酸ナトリムによって、粒子表面以外の部分で非所望の反応が生じてしまうことになり得る。
【0056】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明はこれに限定されず、種々の改変を行ってもよい。例えば、癌細胞などの腫瘍箇所により好適に強磁性粒子が供されることになるように、かかる癌細胞に対して親和性を有する官能基または物質を強磁性粒子の表面に固定化させてもよい。例えば、抗原である癌細胞に対して抗体−抗原反応がもたらされるように、抗体となる官能基・物質を粒子表面に固定化させてよい。一例を挙げるとすると、強磁性粒子表面にアビジンを結合させた後、アビジン−ビオチン化結合を利用して、ビオチン化抗体をアビジンに結合させてよい。
【実施例】
【0057】
粒子の磁気特性、分散体の分散安定性および発熱特性などを確認するために、以下に示す実施例および比較例を実施した。
【0058】
《粒子の調製》
実施例1〜7および比較例1,2では粒子を以下のように調製した。
【0059】
(実施例1)湿式によるマグネタイト粒子の合成
実施例1で調製した粒子Pは、鉄塩の水溶液中の酸化反応と水熱合成法とを組み合わせることによって得られるマグネタイト粒子である。
【0060】
まず、0.04モルの塩化第一鉄(FeCl・4HO)を50ccの水に溶解させると共に、0.06モルの塩化第二鉄(FeCl・6HO)を70ccの水に溶解させた。次いで、塩化第二鉄の水溶液に対して塩化第一鉄の水溶液を供して10分間混合した後、得られた混合水溶液に対して0.5モルのアンモニア水を滴下混合して、全体の容積が200ccとなるようにした。かかるアンモニア水の滴下は5分間行い、滴下後に攪拌操作を30分間行った。これにより、混合水溶液中において「Fe2+およびFe3+に基づく鉄元素」を含んだ水酸化物が析出した。次いで、この水酸化物の懸濁液をオートクレーブに仕込んで130℃の温度条件で5時間水熱処理に付した。その結果、水酸化物が溶解して、マグネタイト粒子Pが析出した。得られたマグネタイト粒子の分散液はデカンテーションにより水洗した。図3に、実施例1で得られたマグネタイト粒子Pの透過電子顕微鏡写真を示す。粒子Pは、平均粒子サイズが約20nmであって、粒子サイズが均一な略球状のマグネタイト粒子であった。また、粒子Pの保磁力は5.0kA/m(63エルステッド)であって、飽和磁化は79.6A・m/kg(79.6emu/g)であった。
【0061】
(実施例2)マグネタイト粒子のケイ素化合物による表面処理
実施例2で調製した粒子Pは、ケイ素化合物で表面処理を施したマグネタイト粒子である。具体的には、実施例1で調製したマグネタイト粒子Pに対してケイ素化合物で表面処理を行った。
【0062】
実施例1のデカンテーションによる水洗後、マグネタイト粒子の含有量が10重量%となるように水分散体を調製した。表面処理前のマグネタイト粒子の水分散体に対して、マグネタイト粒子の3重量%に相当する量の珪酸ナトリウムを添加した。そして、珪酸ナトリウムが加えられたマグネタイト粒子の分散体30ccを100ccの容器に仕込んだ後、直径0.1mmのジルコニアビーズを30g同様に仕込み、ペイントコンディショナーを用いて4時間混合処理に付した。かかる混合処理の後、ジルコニアビーズを取り除くことによってマグネタイト粒子の分散液を得ることができた。
【0063】
本実施例2で得られたマグネタイト粒子の水分散体は、極めて分散安定性に優れ、容器に入れた状態で約1ヶ月放置しても粒子の沈殿は全く見られなかった。
【0064】
(実施例3)表面処理されたマグネタイト粒子の糖類結合処理
実施例3で調製した粒子Pは、糖類結合処理が施されたマグネタイト粒子である。
【0065】
まず、実施例2において、ペイントコンディショナーを使ってマグネタイト粒子にケイ素化合物による表面処理を行った後、表面処理されたマグネタイト粒子の分散液に対してデキストラン(名糖産業製)を、マグネタイト粒子の総重量に対して4重量%となるように添加した。デキストランを添加した後、1時間ペイントコンディショナーで混合処理を施した。かかる処理によって、前記表面処理で被着した物質を介してデキストランが結合して成るマグネタイト粒子を得ることができた。かかる粒子が分散して成る分散液も、長期間放置しても沈殿しない極めて良好な分散安定性を呈した。
【0066】
(実施例4)コバルト添加マグネタイト粒子の合成とケイ素化合物による表面処理(1)
実施例4で調製した粒子Pは、コバルト添加マグネタイト粒子である(ケイ素化合物による表面処理あり)。
【0067】
実施例1において、塩化第一鉄を0.04モルではなく0.0396モルにすると共に0.0004モルの塩化コバルトを添加したこと以外は、実施例1と同じ条件でコバルト添加マグネタイト粒子を合成した。
【0068】
得られたコバルト添加マグネタイト粒子は、平均粒子サイズが約20nmであって、粒子サイズが均一な略球状の粒子であった。また、コバルト添加マグネタイト粒子の保磁力は10.7kA/m(134エルステッド)であって、飽和磁化は78.8A・m/kg(78.8emu/g)であった。かかるコバルト添加マグネタイト粒子についても、実施例2と同じ条件でケイ素化合物による表面処理を行った。これにより得られた分散液も長期間放置しても沈降することのない良好な分散安定性を呈した。
【0069】
(実施例5)コバルト添加マグネタイト粒子の合成とケイ素化合物による表面処理(2)
実施例5で調製した粒子Pは、コバルト添加マグネタイト粒子である(ケイ素化合物による表面処理あり)。
【0070】
実施例1において、塩化第一鉄を0.04モルではなく0.0392モルにすると共に0.0008モルの塩化コバルトを添加したこと以外は、実施例1と同じ条件でコバルト添加マグネタイト粒子を合成した。
【0071】
得られたコバルト添加マグネタイト粒子は、平均粒子サイズが約18nmであって、粒子サイズが均一な略球状の粒子であった。また、コバルト添加マグネタイト粒子の保磁力は14.7kA/m(185エルステッド)であって、飽和磁化は78.2A・m/kg(78.2emu/g)であった。かかるコバルト添加マグネタイト粒子についても、実施例2と同じ条件でケイ素化合物による表面処理を行った。これにより得られた分散液も長期間放置しても沈降することのない良好な分散安定性を呈した。
【0072】
(実施例6)マグネシウム添加マグネタイト粒子の合成
実施例6で調製した粒子Pは、マグネシウム添加マグネタイト粒子である。
【0073】
実施例1において、塩化第一鉄を0.04モルではなく0.0392モルにすると共に0.0008モルの塩化マグネシウムを添加したこと以外は、実施例1と同じ条件でマグネシウム添加マグネタイト粒子を合成した。
【0074】
得られたマグネシウム添加マグネタイト粒子は、平均粒子サイズが約18nmであって、粒子サイズが均一な略球状の粒子であった。また、マグネシウム添加マグネタイト粒子の保磁力は3.4kA/m(43エルステッド)であって、飽和磁化は76.3A・m/kg(76.3emu/g)であった。かかるマグネシウム添加マグネタイト粒子についても、実施例2と同じ条件でケイ素化合物による表面処理を行った。これにより得られた分散液も長期間放置しても沈降することのない良好な分散安定性を呈した。
【0075】
(実施例7)マグネタイト粒子の水中還元処理
実施例7で調製した粒子Pは、湿式で還元処理して得られるマグネタイト粒子である。
【0076】
実施例1で得られたマグネタイト粒子を水洗した後、マグネタイト粒子の含有量が10重量%になるように水分散体を調製した。次いで、得られた水分散体30ccを攪拌しながら、還元剤として水素化ホウ素ナトリウム溶液30ccを滴下供給した。滴下供給した還元剤溶液は、マグネタイト粒子に対して2倍重量の水素化ホウ素ナトリウムを水に溶解させたものである。滴下供給の後、約10分間の混合操作に付した。これにより、マグネタイト粒子が水中で部分的に還元された。この部分的に還元された粒子の構造は、内部が金属鉄で表面が酸化鉄で覆われた構造となっていた。
【0077】
得られた粒子は、平均粒子サイズが約21nmであって、粒子サイズが均一な略球状の粒子であった。また、マグネシウム添加マグネタイト粒子の保磁力は13.7kA/m(172エルステッド)であって、飽和磁化は94.1A・m/kg(94.1emu/g)であった。かかる粒子についても、実施例2と同じ条件でケイ素化合物による表面処理を行った。得られた分散液は長期間放置しても沈降することのない良好な分散安定性を呈した。
【0078】
(比較例1)乾燥工程を経たマグネタイト粒子の合成
比較例1で調製された粒子Rは、乾燥工程を経て得られるマグネタイト粒子である。具体的には、実施例1の製法において、水熱合成法を行わずに、乾燥工程を経る方法によって合成を行った。
【0079】
実施例1と同様に、0.04モルの塩化第一鉄(FeCl・4HO)を50ccの水に溶解させると共に、0.06モルの塩化第二鉄(FeCl・6HO)を70ccの水に溶解させた。次いで、塩化第二鉄の水溶液に対して塩化第一鉄の水溶液を供して10分間混合した後、得られた混合水溶液に対して0.5モルのアンモニア水を滴下混合して、全体の容積が200ccとなるようにした。かかるアンモニア水の滴下は5分間行い、滴下後にて得られた懸濁液を80℃に加熱して2時間攪拌した。次いで、得られた反応物を水洗および濾過に付した後、60℃の温度条件でもって空気中で乾燥させ、更には、水蒸気を含ませた水素ガス中において300℃の還元処理に2時間付すことによってマグネタイト粒子を最終的に得た。
【0080】
得られた粒子Rは、平均粒子サイズが約25nmであって、粒子形状は不定形であった。また、粒子Rの粒子サイズ分布は、実施例1の粒子Pと比べて幅広いものであった。粒子Rの保磁力は13.3kA/m(167エルステッド)であって、飽和磁化は75.1A・m/kg(75.1emu/g)であった。この乾燥工程を経た粒子Rについても、実施例2と同じ条件で、ケイ素化合物による表面処理を行って分散液を調製した。得られた分散液は調製直後では分散していたものの、数時間放置するとマグネタイト粒子の沈降が確認された。
【0081】
(比較例2)乾燥工程を経たコバルト添加マグネタイト粒子の合成
比較例2で調製した粒子Rは、乾燥工程を経て得られるマグネタイト粒子である。具体的には、実施例4の製法において、水熱合成法を行わずに、乾燥工程を経る方法によって合成を行った。
【0082】
実施例4と同様に、0.0396モルの塩化第一鉄(FeCl・4HO)と0.0004モルの塩化コバルトを50ccの水に溶解させると共に、0.06モルの塩化第二鉄(FeCl・6HO)を70ccの水に溶解させた。次いで、塩化第二鉄の水溶液に対して塩化第一鉄と塩化コバルトの水溶液を供して10分間混合した後、得られた混合水溶液に対して0.5モルのアンモニア水を滴下混合して、全体の容積が200ccとなるようにした。これにより、混合水溶液中において「Fe2+およびFe3+に基づく鉄元素」を含んだ水酸化物が析出した。以後の操作は比較例1と同様であって、得られた懸濁液を80℃で加熱攪拌した。次いで、得られた反応物を水洗および濾過に付した後、60℃の温度条件でもって空気中で乾燥処理に付し、更には、水蒸気を含ませた水素ガス中において300℃の還元処理に2時間付すことによってコバルト添加マグネタイト粒子を最終的に得た。
【0083】
得られたコバルト添加マグネタイト粒子Rは、平均粒子サイズが約22nmであって、粒子形状は不定形であった。また、粒子Rの粒子サイズ分布は、実施例4の粒子Pと比べて幅広いものであった。粒子Rの保磁力は20.3kA/m(255エルステッド)であって、飽和磁化は73.3A・m/kg(73.3emu/g)であった。この乾燥工程を経た粒子Rについても、実施例2と同じ条件で、ケイ素化合物による表面処理を行って分散液を調製した。得られた分散液は調製直後では分散していたものの、数時間放置するとコバルト添加マグネタイト粒子の沈降が確認された。
【0084】
以上の実施例1〜7および比較例1,2で調製された各種粒子に関する粒子サイズ、磁気特性および分散安定性などを表1に纏めて示す。表中の「分散安定性」は、得られた分散液の1ヶ月放置後の状態を目視確認した結果に基づいている。
【表1】

【0085】
《遠心分離による分散安定性の確認試験》
分散安定性は、遠心分離に付した分散液の態様からも評価した。まず、強磁性粒子の含有率が3.7重量%になるように調整した分散液を容積が1.5mLのエッペンチューブに仕込んだ。次いで、分散液が仕込まれたエッペンチューブをコクサン製の冷却高速遠心機(H−201FR)に設置した。そして、遠心力18128G(使用ロータ:RH−210、回転数:10000rpm)の条件で分散液を10分間の遠心分離処理に付した。この遠心分離処理によって、分散液は磁性粒子が希薄な上澄部と磁性粒子が濃厚な沈殿部へと分離した。分散液体積に対する上澄部体積の割合から分散安定性の評価を行った。即ち、分散液の体積をa、遠心分離処理後の上澄部の体積をbとしたときの「b/a×100」を分散安定度Sとして規定することによって分散安定性を評価した。分散安定度Sの値がより小さいほど、上澄部の体積が小さいことになるので、磁性粒子は分離しにくく、分散安定性に優れていることになる。結果を表2に示す。
【表2】

【0086】
《発熱特性の確認試験》
上記の実施例2および実施例4〜7で得られた粒子の分散液、ならびに、比較例1および2で得られた粒子の分散液に対して交流磁界を印加して発熱特性を調べた。
【0087】
まず、ドーナツ形のフェライトコアーを一部切り取ってC字型の加熱器具10を作製した(図4参照)。切り取られたギャップ部分Aの長さLは1cmであった。C字型のフェライトコアーにはコイル20が巻かれており、発信器、増幅器を通して、コイル20に交流電流を流すと、ギャップ部分Aに交流磁界を発生させることができる。発生する磁界強度はコイルに流す電流によって決定され、周波数はコイルの巻き数に依存するインピーダンスによって制約される。即ち、磁界強度と周波数とは相互に依存するため、目的に応じてインピーダンスを調整することによって最適の磁界強度および周波数を設定することができる。
【0088】
本発明は、超常磁性粒子を用いた従来の発熱体とは異なり、強磁性粒子のヒステリシス損失を利用した発熱体であるため、超常磁性粒子を用いる場合よりも大きな交流磁界印加が効果的である。そこで本実施例では、最大印加磁界を39.8kA/m(500エルステッド)に設定し、周波数を10kHzに設定して発熱特性を調べた。具体的な測定方法としては、所定量の分散液を容器に仕込んだ後、かかる容器をギャップ部分Aに配置し、最大磁界強度が39.8kA/mで周波数が10kHzの交流磁界を5分間印加した。そして分散液の室温からの温度上昇分を調べた。温度測定は、赤外温度計を用い、容器に対して外部から赤外線を照射して行った。結果を表3に示す。
【表3】

【0089】
《実施例の総括》
本発明の実施例からは次の事項が理解できる:

● 表1より明らかなように、乾燥工程を経ずに全て水存在下で合成を行った実施例2、4〜7の水分散体では1ケ月放置しても全く沈降が見られず、分散安定性は極めて優れている。一方、乾燥工程を経る方法で合成を行った比較例1,2の水分散体では、分散体の作製直後は強磁性粒子が分散しているものの、長期間放置すると磁性粒子が沈殿して沈殿物と上澄み液とに分離した。これは、乾燥工程に際して磁性粒子同士が強固に結合してしまったことが原因の1つとして考えられる(つまり、乾燥工程を経て合成した磁性粒子は、磁気特性、平均粒子サイズの点で目的とするものが得られたとしても、分散安定性の点でハイパーサーミアには好適でないといえる)。このような強固な結合が一度形成されると、その後の分散処理において、解砕して均一な分散体とすることは略不可能である。同様のことは「遠心分離による分散安定性の確認試験」でも当てはまり、表2を参照すると、実施例2、4〜7における分散安定度Sの値は、比較例1,2における値の約1/2〜約1/10程度となっており、本発明に係る水分散体の分散安定性は、従来よりも約2倍〜約10倍程度高いことが理解できる。

● 交流磁界を印加することによる室温からの昇温分を調べた表3の結果からは、保磁力に最適値があることが分かる。この最適値は最大印加磁界強度に依存し、印加磁界の約1/3〜1/5の保磁力のときに最も効率良く発熱する。また沈降しない水分散体の実施例2,4〜7のものと、沈降しやすい比較例1,2のものとでは、磁気特性が略同じでも、沈降しない分散安定性に優れた実施例の方が発熱特性がより良好であることが分かる。これは、ヒステリシス損失に起因した磁性粒子からの発熱の他に、粒子が水中で交流磁界に起因して振動し、振動する粒子と水との摩擦によっても付加的に発熱が生じるからであると考えられる。特に、均一な分散体となっている実施例の水分散体の方が粒子の振動がより容易に生じるので優れた発熱特性がもたらされたものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明で供される水分散体は、腫瘍箇所(例えば癌細胞)を局所的に加温するハイパーサーミアに好適に用いることができる。特に、本発明の水分散体に含まれる強磁性粒子は発熱効率が良いだけでなく、分散体として用いた際の分散性および分散安定性にも優れているので、細胞加熱用として特に有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】図1は、本発明の製造方法の工程を示すフローチャートである。
【図2】図2は、磁気ヒステリシス損失の概念を示す図である。
【図3】図3は、実施例1で得られたマグネタイト粒子Pの電子顕微鏡写真である。
【図4】図4は、実施例で用いた加熱器具を模式的に表した斜視図である。
【符号の説明】
【0092】
1 水媒体
2 強磁性粒子
3 水分散体
10 実施例で用いた加熱器具
20 加熱器具に設けられたコイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流磁界の印加により発熱する鉄を主構成元素とする強磁性粒子が分散して成る水分散体を製造する方法であって、
(i)鉄イオンを含んで成る水溶液とアルカリ水溶液とを混合し、得られる混合水溶液において鉄元素を含んで成る水酸化物を析出させる工程、
(ii)前記混合水溶液を水熱処理に付し、前記水酸化物から強磁性粒子を形成する工程、および
(iii)前記強磁性粒子を水洗する工程
を含んで成り、
前記工程(iii)に際して又は前記工程(iii)の後に、前記強磁性粒子を常に水に濡らした状態に維持して、前記強磁性粒子を含んで成る水分散体を形成する、製造方法。
【請求項2】
前記工程(ii)と前記工程(iii)との間にて、前記強磁性粒子を前記混合水溶液中で分散させた状態のまま還元剤と接触させ、前記強磁性粒子の少なくとも一部を還元させることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(iii)の後に得られる水分散体に対してケイ素化合物を加えることを特徴とする、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法で得られる強磁性粒子の水分散体であって、
前記水分散体中における前記強磁性粒子の分散状態が少なくとも30日間維持されることを特徴とする水分散体。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法で得られる強磁性粒子の水分散体であって、
式1で示される分散安定度Sの値が5〜20であることを特徴とする、水分散体。
[式1] S=b/a×100(a:水分散体の体積、b:遠心力18000〜18500Gの遠心分離に8〜12分間付した後に形成される上澄部の体積)
【請求項6】
強磁性粒子が、細胞加熱用強磁性粒子であることを特徴とする、請求項4または5に記載の水分散体。
【請求項7】
請求項6に記載の水分散体に含まれる球状または楕円状の鉄を主構成元素とする細胞加熱用強磁性粒子であって、
4.0〜39.6kA/mの保磁力、50〜150A・m/kgの飽和磁化および5〜30nmの平均粒子サイズを有する、細胞加熱用強磁性粒子。
【請求項8】
交流磁界の印加によって、磁気ヒステリシス損失に起因して発熱することを特徴とする、請求項7に記載の細胞加熱用強磁性粒子。
【請求項9】
交流磁界の印加により発熱する鉄を主構成元素とする細胞加熱用強磁性粒子が分散して成る水分散体であって、
前記強磁性粒子が、4.0〜39.6KA/mの保磁力、50〜150Am/kgの飽和磁化および5〜30nmの平均粒子サイズを有し、
式1で示される前記水分散体の分散安定度Sの値が5〜20であることを特徴とする、水分散体。
[式1] S=b/a×100(a:水分散体の体積、b:遠心力18000〜18500Gの遠心分離に8〜12分間付した後に形成される上澄部の体積)

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−89991(P2010−89991A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−261397(P2008−261397)
【出願日】平成20年10月8日(2008.10.8)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】