説明

細胞培養基材および細胞培養方法

【課題】ヌクレアーゼによって細胞を剥離しうる核酸ブラシ、核酸ブラシからなる細胞培養基材の製造方法と、トリプシン−EDTA溶液を用いない、新たな細胞の剥離方法を提供する。
【解決手段】核酸ブラシを固定化した細胞培養基材。前記核酸ブラシ表面で細胞を培養し、トリプシンではなくヌクレアーゼを作用させ、核酸ブラシ部分のみを加水分解することによる細胞の剥離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は核酸ブラシの作製と、それを固定化した新規な培養基材、および該細胞培養基材を用いた細胞の培養・回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療とは細胞移植・組織移植により、これまで不可能であった変性疾患の根治を目指した革新的医療技術である。これにより事故や病気によって失われた体の細胞、組織、器官の再生や機能の回復を促すことが期待される。再生医療には対外で作製した臓器を置換するという治療法と、細胞を移植する治療法が知られており、将来の移植医療は細胞移植へと主眼が移行していくと考えられている。細胞移植の場合、実現の可能性が大きく向上し、大きな手術も必要とはされない、損傷を受けた臓器の細胞やその幹細胞、もしくは損傷を受けた臓器に存在する幹細胞の分化・増殖や血管新生を促進する物質を分泌する細胞を移植するので、注射とか点滴で細胞を体内へ導入するので、患者の負担も低く抑えることが可能である。
【0003】
骨髄間葉系幹細胞を用いたホーミング治療は、脳梗塞患者自身の骨髄幹細胞を培養し、それを静脈投与することにより脳梗塞による運動機能障害や失語症が改善する治療法である。患者の骨髄幹細胞の培養は、ヒトの細胞を扱うことができるGMP対応細胞調整室で行われた。患者から採取した細胞を通常の細胞培養によって増殖させ細胞数を増やす必要があったが、骨髄幹細胞はタンパク質分解酵素を使った培養した細胞の剥離を伴う継代での生存率は高くなく、効率よく細胞を培養する際の問題であった。
【0004】
きわめて大きな分子量を持つデオキシリボ核酸(DNA)は溶媒キャスト法によってフィルム化することが可能である。しかしDNAをキャスティングしただけのDNAフィルムは水溶性であり、用途が限定される。そのためDNAのナトリウム塩とアルキル型4級アンモニウムカチオン性脂質を混合し、不溶性のDNAフィルムを作製する方法が提案された(例えば、特許文献1参照)。DNAフィルムを細胞培養用の基底膜である細胞培養膜として利用することが検討された。しかし、アルキル型4級アンモニウムカチオン性脂質を用いて作製されたDNAフィルムは抗菌性及び防カビ性を有志、生体適合性がない。そのため従来のDNAフィルムを細胞培養膜として利用することは不可能であった。
特許文献1:特開平8−239398号広報
【0005】
天然資源であるDNAを利用して、生体親和性のある細胞培養膜を提供するために、カルシウムイオン又はマグネシウムイオンによるイオン架橋、または紫外線照射による化学架橋を行い、細胞培養に対して一定期間のみ不溶性にした方法が提案された(例えば、特許文献2参照)。イオン架橋、化学架橋したDNAはヌクレアーゼによる加水分解は不可能である。また、イオン架橋したDNAは3日以内に徐々に細胞培養液に溶けてしまい、長期培養には不向きである。
特許文献2:国際公開第2008/153063(WO,A1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、継代によって培養した細胞を培養基材から剥離する際に、トリプシン−EDTA溶液を用いているが、タンパク質分解酵素であるトリプシンは細胞の接着性タンパク質を分解するだけでなく、細胞表層にあるタンパク質も加水分解してしまうため、細胞そのものにダメージを与える。iPS細胞やES細胞においては通常の継代のときの生存率は数パーセントとかなり小さいことが知られている。そこで、細胞表層のタンパク質を分解しない細胞の剥離技術の開発が求められていた。本発明は、ヌクレアーゼによって細胞を剥離しうる核酸ブラシ、核酸ブラシからなる細胞培養基材の製造方法と細胞の剥離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために、トリプシンを用いない剥離法として核酸ブラシを固定化した培養基材を考えた。核酸ブラシ表面で細胞を培養し、トリプシンではなくヌクレアーゼを作用させ、核酸ブラシ部分のみを加水分解することにより、容易に細胞を剥離することが可能になる。細胞表層には核酸は提示されていないことからヌクレアーゼが細胞にダメージを与えることは無いと期待され、高い生存率が得られる。
【0008】
本発明は、以下の構成により達成される。
1.核酸ブラシが固定化された細胞培養基材。
2.前記核酸ブラシが1本鎖、2本鎖、3本鎖、4本鎖を特徴とする前記1に記載の細胞 培養基材。
3.前記核酸ブラシがストレプトアビチン−ビオチン結合、アビチン−ビオチン結合、共 有結合、水素結合、配位結合、イオン結合、物理吸着の単独もしくは複合によって細 胞培養基材の基底に固定化したことを特徴とする前記1に記載の細胞培養基材。
4.前記核酸ブラシに細胞の接着性を向上することを目的とした細胞接着性ペプチド、コ レステロール、カルキシル基、アミノ基などを有することを特徴とする前記1に記載 の細胞培養基材。
5.前記核酸ブラシ表面に細胞の接着性を向上することを目的としたコラーゲン、ポリリ シン、ゼラチン、フィブロネクチンなどをコートしたことを特徴とする前記1に記載 の細胞培養基材。
6.前記核酸ブラシがヌクレアーゼによって分解され、固体基板上から切断することがで きることを特徴とする前記1に記載の細胞培養基材。
7.前記のいずれか1項に記載の細胞培養基材を用いる細胞培養方法であって、前記核酸 ブラシ表面に細胞を播種、接着させ培養する工程、続いてヌクレアーゼを反応させ、 細胞を基板からはがし、回収する工程を含む細胞培養方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、継代の際に細胞にダメージを与えない新規培養基材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施例1における33量体からなる核酸ブラシ上でのHeLa細胞の培養写真である。(a)HeLa細胞播種から72時間後の写真、(b)酵素反応により核酸ブラシを切断し、細胞を剥離した後の培養基材の写真、(c)剥離したHeLa細胞を再播種した35mmディッシュの写真。
【図2】本発明の実施例2における33量体とその相補鎖からなる核酸ブラシ上でのHeLa細胞の培養写真である。(a)HeLa細胞播種から72時間後の写真、(b)酵素反応により核酸ブラシを切断し、細胞を剥離した後の培養基材の写真、(c)剥離したHeLa細胞を再播種した35mmディッシュの写真。
【図3】本発明の実施例3における33量体とコレステロール修飾されたその相補鎖からなる核酸ブラシ上でのHeLa細胞の培養写真である。(a)HeLa細胞播種から72時間後の写真、(b)酵素反応により核酸ブラシを切断し、細胞を剥離した後の培養基材の写真、(c)剥離したHeLa細胞を再播種した35mmディッシュの写真。
【図4】本発明の実施例4における33量体からなる核酸ブラシ上にコラーゲンコートした培養基材上でのNIH3T3細胞の培養写真である。(a)NIH3T3細胞播種から48時間後の写真、(b)酵素反応により核酸ブラシを切断し、細胞を剥離した後の培養基材の写真、(c)剥離したNIH3T3細胞を再播種した35mmディッシュの写真。
【発明を実施するための最良な形態】
【0011】
以下本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0012】
本発明の細胞培養基材は固定化した核酸ブラシを細胞培養の足場材として用いるものであって、細胞へのダメージがトリプシンよりも少ないヌクレアーゼにより核酸を切断することができることを特徴としている。以下、本発明をさらに詳しく説明する。
【0013】
(核酸)
本発明で使用される核酸は、デオキシリボ核酸(DNA)の末端にビオチンが修飾されたものである。これの代わりにリボ核酸(RNA)を用いてもよい。
【0014】
(培養基材の作製)
本発明の培養基材の作製では、基板上のストレプトアビジンに前記のビオチン修飾されたDNAを結合させることで核酸ブラシを用いる。DNAの長さは3量体以上200000量体以下であれば、塩基配列、1本鎖、2本鎖、3本鎖、4本鎖に限定されない。DNAの固定化の密度は1.0×10分子/cm以上1.0×1014分子/cm以下であれば特に限定されない。
【0015】
用いる基板はストレプトアビジンコートされた96穴プレート等を用いる。ただし表面にストレプトアビジンが固定化されていれば、その素材や形状は特に限定されるものではない。
【0016】
(細胞の培養方法)
得られた培養基材に細胞を播種する場合には、洗浄を行ったのち培地を入れ、細胞を播種し、37℃で所定時間培養する。
【0017】
洗浄は細胞培養で用いるPBS溶液を用いる。ただし細胞腫によるので特に限定されるわけではない。
【0018】
(細胞の剥離方法)
本発明の培養基材からDNAヌクレアーゼを用いて細胞を剥離し、回収、再播種する方法について説明する。
【0019】
培養基材での細胞の培地を洗い流し、DNAヌクレアーゼを37℃で反応させ、細胞を基材からはがす。
【0020】
DNAヌクレアーゼはDNAをランダムに加水分解し、DNAを断片化する。少量で十分に反応し、長時間反応させることでほぼすべてのDNAが分解し細胞がより多く回収することができる。
【0021】
トリプシンを用いないことで、細胞にダメージを与えない。
【0022】
回収した細胞を再播種し、再び37℃で所定時間培養する。
【0023】
細胞の活性については、例えば、損傷細胞から出る乳酸脱水酵素活性を測定することで、細胞障害性や細胞死を定量することができる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例によりさらに具体的に説明する。
【0025】
製造例1
ストレプトアビジンコートの96穴プレートReacti−BindTM Streptavidin High Binding Capacity Coated 96−Well Plates(PIERCE)と、5’−ビオチン修飾DNA(5’−biotin−(GTCCT)CGA(GTCCT)CCCCCCCCCC−3’(33mer))(システムサイエンス)10−7Mを用いて、バッファー(10mM Tris−HCl,0.2M NaCl)中で30分反応させた。反応後バッファーで洗浄し、核酸ブラシを作製した。
【0026】
製造例2
製造例1において、5’−ビオチン修飾DNA(5’−biotin−(GTCCT)CGA(GTCCT)CCCCCCCCCC−3’(33mer))(システムサイエンス)と相補鎖DNA(5’−GGGGGGGGGG−3’(10mer)(システムサイエンス)の等モル量を用いて核酸ブラシを得た。
【0027】
製造例3
製造例1において、5’−ビオチン修飾DNA(5’−biotin−(GTCCT)CGA(GTCCT)CCCCCCCCCC−3’(33mer))(システムサイエンス)と5’−コレステロール基修飾DNA(5’−cholesteryl−GGGGGGGGGG−3’(10mer)(システムサイエンス)の等モル量を用いて核酸ブラシを得た。
【0028】
製造例4
製造例1において、得られた核酸ブラシ上をコラーゲンでコートして核酸ブラシを得た。
【0029】
実施例1
製造例1で得られた培養基材にHeLa細胞を3000cells/well播種し、72時間培養した。
このとき用いた培地はDULBECCO’S MODIFIED EAGLE’S MEDIUM(SIGMA−ALDRICH)、ペニシリン−ストレプトマイシン(invitrogen)、およびFetal Bovine Serum(Gibco)を用いた。24時間ごとに観察を行い、培養後、DNAヌクレアーゼであるRecombinant DNase I(TaKaRa)を反応させ、培養基材上の核酸ブラシを切断し、細胞を剥離した。回収後、35mmディッシュ(IWAKI)に再播種し、同様に48時間後に観察を行った。
【0030】
製造例1で得られた培養基材にHeLa細胞を播種したところ、核酸ブラシ上に細胞が接着し、増殖が確認できた。また、培養後のヌクレアーゼ反応ではほぼすべての細胞が剥離し、かつ剥離した細胞の生存が確かめられた。
【0031】
実施例2
実施例1において製造例2で得られた培養基材にHeLa細胞を播種し、72時間培養した。
前記同様に観察を行い、核酸ブラシ上に細胞が接着し、増殖が確認できた。DNAヌクレアーゼ反応ではほぼすべての細胞が剥離した。回収した細胞を再播種し、48時間後に再び観察し細胞の生存が確かめられた。
【0032】
実施例3
実施例1において製造例3で得られた培養基材にHeLa細胞を播種し、72時間培養した。
前記同様に観察を行い、核酸ブラシ上に細胞が接着し、増殖が確認できた。核酸ブラシが修飾されていても同様な結果が得られた。DNAヌクレアーゼ反応ではほぼすべての細胞が剥離し、回収した細胞を再播種、48時間後に再び観察し細胞の生存が確かめられた。
【0033】
実施例4
実施例1において製造例4で得られた培養基材にNIH3T3細胞を3000cells/well播種し、48時間培養した。前記同様に観察を行い、核酸ブラシ上に細胞が接着し、増殖が確認できた。核酸ブラシ上にコートした基材でも前記同様の結果が得られ、また細胞腫が異なっていても接着、増殖したことが確認された。DNAヌクレアーゼ反応ではほぼすべての細胞が剥離した。回収した細胞を再播種し、48時間後に再び観察し細胞の生存が確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は培養基材を変えるだけで従来のトリプシン処理と同程度の作業で細胞を剥離することができるという点で革新的である。トリプシンではダメージを受けていた細胞腫でも、本酵素を用いることで高生存率となり、今後の再生医学の発展に画期的な発明であるといえる。
【0035】
本発明の培養基材を用いることで、光化学反応による選択的な細胞剥離が可能となる。
例えば培養基材に部分的に光を照射することで、その部分のみの細胞が回収することができ、1細胞の遺伝子解析等の医療分野への応用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸ブラシが固定化された細胞培養基材。
【請求項2】
前記核酸はストレプトアビチン−ビオチン結合、アビチン−ビオチン結合、共有結合、水素結合、配位結合、イオン結合、物理吸着の単独もしくは複合によって細胞培養基材の基底に固定化したことを特徴とする前記1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
前記核酸ブラシがヌクレアーゼによって分解され、固体基板上から切断することができることを特徴とする前記1に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
前記のいずれか1項に記載の細胞培養基材を用いる細胞培養方法であって、前記核酸ブラシ表面に細胞を播種、接着させ培養する工程、続いてヌクレアーゼを反応させ、細胞を基板からはがし、回収する工程を含む細胞培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−235764(P2012−235764A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−117412(P2011−117412)
【出願日】平成23年5月9日(2011.5.9)
【出願人】(511127759)
【Fターム(参考)】