説明

細胞培養用基材の製造方法

【課題】 保管管理が容易であり、好適な細胞増殖を行うことのできる細胞培養用基材の製造方法を提供する。
【解決手段】 細胞培養用基材の製造方法において、ガラス又は樹脂からなる基体に対してプラズマを照射することによって表面処理を行った後、表面処理済みの基体に対して可溶化羊膜組成物をコーティングして乾燥させて可溶化羊膜組成物が付けられた細胞培養用基材を得る。さらに乾燥後のコーティング済細胞培養用基材に対して滅菌を目的としてγ線を照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞を培養するための細胞培養用基材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞を所定の基体上で培養する細胞培養において、細胞の接着性や増殖性向上のため、基体上にコラーゲン等の接着因子を培養面にコーティングした細胞培養用基材が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−142752号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したような細胞培養用基材を用いて細胞培養を行う場合、取り扱いが良く効率のよい細胞増殖が行えることが求められる。本件発明は、保管管理が容易であり、好適な細胞増殖を行うことのできる細胞培養用基材の製造方法を提供することを技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明は以下のような構成を備えることを特徴とする。
(1) 細胞培養用基材の製造方法において、ガラス又は樹脂からなる基体に対して所定の表面処理を行う第1ステップと、該第1ステップにて得られた表面処理済みの前記基体に対して可溶化羊膜組成物をコーティングする第2ステップと、を有することを特徴とする。
(2) (1)の細胞培養用基材の製造方法において、前記可溶化羊膜組成物は、加熱下での酸処理により可溶化した羊膜の可溶化物を媒体中に含む可溶化羊膜組成物であることを特徴とする。
(3) (2)の細胞培養用基材の製造方法において、前記可溶化羊膜組成物は塩基で中和されることにより中性のpHを有することを特徴とする。
(4) (3)の細胞培養用基材の製造方法において、前記第1ステップの表面処理は前記基体に対してプラズマを照射することにより行われることを特徴とする。
(5) (1)〜(4)の何れかに記載の細胞培養用基材の製造方法は、前記第2ステップにて得られる前記可溶化羊膜組成物がコーティングされた前記基体に対してγ線による滅菌処理を行う第3ステップと、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、保管管理が容易であり、好適な細胞増殖を行うことのできる細胞培養用基材を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下に、本発明の実施形態を説明する。本実施形態の細胞培養用基材は、従来細胞培養用基材に用いられるガラスや樹脂からなる基体を予め表面処理し、この表面処理された基体に対して可溶化羊膜組成物がコーティングされることにより得られるものである。本実施形態で用いる可溶化羊膜組成物は、羊膜を加熱下において酸処理することにより得られたものであり、液体の溶媒中に羊膜の溶解物が含まれたものである。羊膜が由来する動物種は、哺乳動物であれば特に限定されないが、ヒト細胞又はヒトに移植若しくは投与する細胞を培養する場合には、ヒト羊膜を原料とすることが好ましい。
【0008】
酸処理に先立ち、羊膜に付着している細胞を除去し、除去しきれない細胞については死滅させることが好ましい。細胞の除去は、羊膜を緩衝溶液中で強く振盪することを繰り返すことにより行うことができる。また、除去しきれなかった細胞を死滅させる処理としては、強アルカリ又はEDTA溶液による処理を挙げることができる。強アルカリとしては、水酸化ナトリウムのようなアルカリ金属水酸化物が好ましい。水酸化ナトリウムの場合、好ましい濃度は特に限定されないが、通常、25mM〜400mM、より好ましくは50mM〜200mM程度である。また、EDTA溶液中のEDTAの濃度は、通常、5mM〜80mM、より好ましくは10mM〜40mM程度である。強アルカリ又はEDTAによる処理は、強アルカリ又はEDTA溶液で羊膜を繰り返し洗浄したり、羊膜を強アルカリ又はEDTA溶液中で強く振盪することを繰り返すことにより行うことができる。このような処理を行った場合には、酸処理を行う前に羊膜を水でよく洗浄して強アルカリやEDTAを洗浄除去することが好ましい。
【0009】
酸処理に用いる酸は、乾燥時に蒸発することにより、可溶化羊膜組成物を基体上にコーティング、乾燥して得られるコーティング材中に残留しない酸が好ましく、酢酸や塩化水素の水溶液が好ましい。酢酸水溶液の場合、酢酸濃度は特に限定されないが、好ましくは50mM〜1M程度、より好ましくは100mM〜500mM程度である。酸処理に用いる酸の量(酸溶液の量)は、羊膜を可溶化できる量であれば特に限定されないが、羊膜の湿重量1g当たり5mL〜100mL、好ましくは10mL〜50mL程度である。
酸処理は、加熱下に行われる。酸処理時の温度は特に限定されないが、通常80℃〜100℃であり、好ましくは85℃〜95℃である。また、酸処理の時間は、羊膜が完全に溶けるまででよく、通常、60分間〜90分間程度である。
【0010】
酸処理後は、塩基で処理することにより、組成物を中和することが好ましい。塩基は可溶化羊膜組成物を基体上にコーティング、乾燥して得られるコーティング材中に残留しない塩基が好ましく、アンモニア水が好ましい。アンモニア水の濃度は特に限定されないが、通常25mM〜400mM、より好ましくは50mM〜200mM程度である。中和後のpHは、中性、すなわちpH6.5〜7.5程度が好ましい。
上記のようにして、可溶化された羊膜が媒体中に含まれる可溶化羊膜組成物を得ることができる。媒体は水が好ましく、上記の酸処理において酸の水溶液を用いることにより、媒体が水である組成物を容易に得ることができる。また、塩基の中和処理にアンモニア水のような塩基の水溶液を用いることにより、媒体が水である組成物を容易に得ることができる。
【0011】
次に、このようにして得られた可溶化羊膜組成物を予め表面処理された基体上にコーティングし、乾燥させることにより本実施形態の細胞培養用基材を得ることができる。基体としては、通常の細胞培養に用いられる基体でよく、例えば培養ディッシュ、シャーレ、マイクロタイタープレートを好適に用いることができる。基体の材質は限定されるものではなく、ガラスや樹脂等(ポリスチレン、ポリカーボネート、PMMA、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー)の通常の細胞培養に用いることのできる材質であればよい。また樹脂では複屈折が少なく、蛍光発色が少ない材料が望まれ、微分干渉顕微鏡や蛍光顕微鏡で観察することができる。
基体に表面処理を行う方法としては、プラズマ表面処理が好適に用いられる。プラズマ表面処理は少なくとも基体のコーティング予定面に対して行われていればよい。また、プラズマ表面処理は略真空中、または大気圧中にて行うことが可能である。プラズマ表面処理を略真空中で行う場合には、排気ポンプ等により装置内を真空にすることのできる真空装置内に基体を置き、真空状態にした上で、不活性ガスまたは活性ガス等を若干量導入し、装置内に設置されたプラズマ発生装置によりプラズマを発生させ、基体の表面処理を行う。装置内に導入される不活性ガスとしては、例えばアルゴン、窒素等が好適に用いられる。また、活性ガスとしては、例えば酸素が好適に用いられる。なお、略真空状態とされるプラズマ表面処理における真空度は、好ましくは1.0×10-2Pa〜3.0×102Pa、より好ましくは1.0×10-1Pa〜1.3×102Pa程度である。また、プラズマ出力条件としては、基体への表面処理が好適に行われる程度であればよく、好ましくは出力10W〜1kW程度、より好ましくは、100W〜500W程度であり、照射時間(発生時間)は、好ましくは1分〜60分、より好ましくは3分〜15分程度である。また、表面処理としては、プラズマ表面処理以外にコロナ放電処理等の既存の表面処理技術を用いることも可能である。
【0012】
このように表面処理された基体上に可溶化羊膜組成物をコーティングし乾燥させることにより、細胞培養用基材を得る。コーティングは塗布、浸漬、スプレー等の周知の方法により行うことができる。また、乾燥は自然乾燥、減圧乾燥等、周知の方法により行うことができる。また、得られた本実施形態の細胞培養用基材に対して放射線による滅菌を施すこともできる。このような滅菌処理に用いられる放射線としては、γ線、電子線、x線等が用いられ、好ましくはγ線である。放射線を上述した細胞培養用基材に対して滅菌処理可能な所定時間だけ照射し、滅菌を完了させる。γ線による滅菌処理の場合は、1kGray〜50kGrayの範囲にて、1時間〜10時間程度照射を行えばよい。
なお、上述した可溶化羊膜組成物をコーティングして得られる細胞培養用基材は、常温による保管が可能であり、保管管理が行いやすい。
【0013】
以下、本発明を実験例に基づき具体的に説明する。
<可溶化羊膜組成物の調製>
初めに以下の方法により、ヒト羊膜の可溶化物を水中に含む組成物を調製した。
分離羊膜5g(湿重量)を50mlチューブに入れ、ここに45mlPBS(−)を加え、室温で5分間強く震盪させる。0.02%のEDTA、45mLにて5回洗浄した後、蒸留脱イオン水45mlで3回洗浄する。次に、45mlの250mM酢酸を加え、90℃湯煎で羊膜が溶解するまで、時々震盪させる。羊膜の溶解を確認後、0.1Mアンモニア水で中和させ、溶液の吸光度を計測し、羊膜由来タンパク質の濃度を測定した。羊膜由来タンパク質1mg を含む可溶化羊膜溶液を別容器に移し、凍結乾燥にさせ、1mgの粉末状の可溶化羊膜生成物を得た。この凍結乾燥可溶化羊膜生成物を1mLの滅菌蒸留水に溶解し、目的とする可溶化羊膜組成物(1mg/1ml)を得た。
【0014】
<実験例1>
φ60mmの培養用ディッシュ(FALCON製 353002 培養面積21cm2)に対してプラズマ照射による表面処理を行った。プラズマ表面処理は、培養用ディッシュを真空プラズマ照射装置(サムコ製 PX−1000)内に置き、排気ポンプを用いて一旦、真空状態にした後、酸素を導入し、真空度5.7×10Paの略真空状態でプラズマを培養用ディッシュに照射することにより行った。プラズマの出力条件としては、出力300W、照射時間350秒にて行った。表面処理された培養用ディッシュの底面に、上述した調製により得られた可溶化羊膜組成物(濃度1mg/1ml)をコーティングした。コーティングに用いる可溶化羊膜組成物の添加量は、3種類(10.5μL/dish,21μL/dish,105μL/dish)とした。可溶化羊膜組成物が添加された3種類の培養用ディッシュ(10.5μL/dish,21μL/dish,105μL/dish)を、減圧乾燥(0.1MPa、3時間真空)により完全に乾燥させ、可溶化羊膜相生物がコーティングされた培養用ディッシュを各々得た。3種類のコーティング済培養用ディッシュは、それぞれ培養用ディッシュA1(10.5μL/dish 可溶化羊膜量0.5μg/cm2),培養用ディッシュA2(21μL/dish 可溶化羊膜量1.0μg/cm2),培養用ディッシュA3(105μL/dish 可溶化羊膜量5.0μg/cm2)とした。次に、これらの培養用ディッシュA1〜A3上にヒト羊膜間葉細胞(約1×105個)を播種し、培養液として10%FBS添加したDMEM/F12を2.0〜2.5mL入れ、37℃で3日間培養を行った。培養開始から3日後に、トリプシン酵素溶液を用いて、各ディッシュから細胞を分離・回収し、血球算定盤を用いて全細胞数を計測した。この細胞数をもとに、細胞増殖倍率を求めた。結果を表1に示す。
【0015】
<実験例2>
実験例2では、実験例1に対してプラズマ表面処理を行わず作成した3種類のコーティング済培養用ディッシュを細胞培養に用いた。用いた3種類のコーティング済ディッシュ(プラズマ表面処理なし)をそれぞれ培養用ディッシュB1(可溶化羊膜量0.5μg/cm2),培養用ディッシュB2(可溶化羊膜量1.0μg/cm2),培養用ディッシュB3(可溶化羊膜量5.0μg/cm2)とし、実験例1と同様の細胞培養条件にてヒト羊膜間葉細胞の細胞培養を行い、細胞増殖倍率を求めた。結果を表1に示す。
【0016】
<実験例3>
実験例1で用いた培養用ディッシュ(FALCON製 353002 培養面積21cm2)に対して、可溶化羊膜組成物によるコーティング、及び表面処理の両処理とも行わず、これを培養用ディッシュCとして、実験例1と同様の細胞培養条件にてヒト羊膜間葉細胞の細胞培養を行い、細胞増殖倍率を求めた。結果を表1に示す。
【0017】
<実験例4>
実験例1で用いた培養用ディッシュ(FALCON製 353002 培養面積21cm2)に対して、プラズマ表面処理のみを行ったデッシュを培養用ディッシュDとし、実験例1と同様の細胞培養条件にてヒト羊膜間葉細胞の細胞培養を行い、細胞増殖倍率を求めた。結果を表1に示す。
【0018】
【表1】

表1に示すように、プラズマ表面処理及び可溶化羊膜組成物によるコーティング済の培養用ディッシュA1〜A3は、表面処理を行っていないコーティング済培養用ディッシュB1〜B3に対して、細胞増殖が促進されたことが判る。
【0019】
<実験例5>
実験例1に示す方法により得られた3種類(可溶化羊膜量0.5μg/cm2,可溶化羊膜量1.0μg/cm2,可溶化溶化羊膜量5.0μg/cm2)の培養用ディッシュA1〜A3(表面処理あり、コーティング済)に対してγ線照射による滅菌処理を行い、滅菌処理済みの培養用ディッシュA´1〜A´3を得た。γ線照射はγ線照射装置を用いてディッシュに対して10kGrayにて5時間行った。照射得られた滅菌処理済みの培養用ディッシュA´1〜A´3、及び実験例1にて用いた培養用ディッシュA1〜A3を用いてヒト羊膜間葉細胞の細胞培養を行い、細胞増殖倍率、及びγ線非照射ディッシュにおける細胞増殖倍率に対してγ線照射ディッシュの細胞増殖倍率の変化を求めた。細胞培養条件は、培養期間4日とした以外は、実験例1と同条件とした。結果を表2に示す。
【0020】
<実験例6>
実験例2に示す方法により得られた3種類(可溶化羊膜量0.5μg/cm2,可溶化羊膜量1.0μg/cm2,可溶化溶化羊膜量5.0μg/cm2)の培養用ディッシュB1〜B3(表面処理なし、コーティング済)に対して実験例5と同様にγ線照射による滅菌処理を行い、滅菌処理済みの培養用ディッシュB´1〜B´3を得た。得られた滅菌処理済みの培養用ディッシュB´1〜B´3、及び実験例2にて用いた培養用ディッシュB1〜B3を用いて実験例5と同様の細胞培養条件にてヒト羊膜間葉細胞の細胞培養を行い、細胞増殖倍率、及びγ線非照射ディッシュにおける細胞増殖倍率に対してγ線照射ディッシュの細胞増殖倍率の変化を求めた。細胞培養条件は、培養期間4日とした以外は、実験例1と同条件とした。結果を表2に示す。
【0021】
【表2】

表2に示すように、γ線照射により 細胞増殖能力が若干低下するが、増殖効率が大きく低下するものではなく、本実施形態の細胞培養用基材はγ線照射による滅菌処理した状態であっても細胞培養に好適に用いることができることが判った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス又は樹脂からなる基体に対して所定の表面処理を行う第1ステップと、該第1ステップにて得られた表面処理済みの前記基体に対して可溶化羊膜組成物をコーティングする第2ステップと、を有することを特徴とする細胞培養用基材の製造方法。
【請求項2】
請求項1の細胞培養用基材の製造方法において、前記可溶化羊膜組成物は、加熱下での酸処理により可溶化した羊膜の可溶化物を媒体中に含む可溶化羊膜組成物であることを特徴とする細胞培養用基材の製造方法。
【請求項3】
請求項2の細胞培養用基材の製造方法において、前記可溶化羊膜組成物は塩基で中和されることにより中性のpHを有することを特徴とする細胞培養用基材の製造方法。
【請求項4】
請求項3の細胞培養用基材の製造方法において、前記第1ステップの表面処理は前記基体に対してプラズマを照射することにより行われることを特徴とする細胞培養用基材の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の細胞培養用基材の製造方法は、前記第2ステップにて得られる前記可溶化羊膜組成物がコーティングされた前記基体に対してγ線による滅菌処理を行う第3ステップと、を有することを特徴とする細胞培養用基材の製造方法。

【公開番号】特開2011−72233(P2011−72233A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−225822(P2009−225822)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000135184)株式会社ニデック (745)
【Fターム(参考)】