説明

細胞培養用振動部材、細胞培養方法及び細胞培養装置

【課題】複数の細胞からなる細胞群を球体に近い状態で増殖等させ得る細胞培養用振動部材を提供する。
【解決手段】細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材1の表面上に保持して、該液滴に振動を与える細胞培養用振動部材であって、圧電材料で構成された圧電板2と、該圧電材料に電力を供給する電極3L,3Rとを有し、細胞培養用振動部材の表面に液滴4を形成する工程、細胞の周面が自転成分を含む運動をするように液滴に振動を与える工程、及び細胞を培養する工程を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用振動部材、この細胞培養用振動部材を用いた細胞培養方法、及びこの細胞培養用振動部材を有する細胞培養装置に関する。特に、本発明は、胚様体に見られるような均一な細胞塊を形成するのに適した細胞培養用振動部材、この細胞培養用振動部材を用いた細胞培養方法、及びこの細胞培養用振動部材を有する細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
真核生物及び原核生物で例示される細胞の培養方法としては、プラスティック製等のディッシュに、細胞の分化/増殖等に適した培地とともに、細胞を播種して行う方法が一般的である。特に、液体培地を用いた細胞培養の場合、播種後の細胞は、細胞の特性に応じて、ディッシュ上に接着して増殖することもあり、また、液体培地中に浮遊しながら増殖することもある。
【0003】
ディッシュ上に接着して増殖等する細胞の場合、細胞が播種され接着されたディッシュ上の位置を中心に増殖等が起こることから、ディッシュ上に細胞を均一に増殖させるには、ディッシュに対して如何にして均一に細胞を播種するかに大きく依存する。一方、培地中に浮遊して増殖する細胞のうち、例えば幹細胞のように複数の細胞からなる胚様体を形成させる場合がある。このような浮遊細胞を球体に近い状態で均一に増殖させるには、均一に細胞を播種することで均一な細胞群を得ることができる上記のディッシュに接着して増殖する細胞の場合と異なり、培養中の細胞群をどのような状態で維持するかに大きく依存する。
【0004】
特許文献1は、ES細胞から浮遊培養によって胚様体を形成する工程を経て、心筋再生治療に利用し得る心筋移植片を作成する方法を開示する。この文献において、浮遊培養の方法としては、培地中にES細胞を含有する液滴をディッシュの裏面上に保持する、いわゆるハンギングドロップ法を採用する。
【0005】
しかしながら、このようなハンギングドロップ法は、ES細胞やその他幹細胞を用いた分化誘導に極めて有効な方法であるものの、細胞を含有する液滴が、ディッシュの裏面から重力方向に垂下するように保持されるのみであることから、以下の問題を有する。
【0006】
(1)複数の細胞からなる細胞塊が歪となる。
(2)細胞を保持する液滴のディッシュ側の領域とディッシュから離れた領域との間の培養環境を均一化する方法が用意されていない。
(3)効率よく液滴に含有される細胞群を回収するため、液滴を表面上に保持したディッシュを素早く逆さまにひっくり返さなくてはならない。
【0007】
このような問題を解決する一手段として、細胞を含有する液滴を一定時間攪拌するなどの方法が考えられ、細胞を含有する液滴の攪拌に要求される諸条件を度外視すれば、特許文献2が挙げられる。この文献では、表面弾性波(surface acoustic wave;SAW)を用い分析試料を攪拌する攪拌装置が開示されている。ここでは2つの非対称な音響流を生じさせることで攪拌効率を向上させている。
【0008】
しかしながら、このような攪拌方法は、分析試料中の異なる分子と分子とをいかに早く攪拌/混合させるかを目的とするものである。従って、例えば胚様体などに要求されるような、均一な形状の細胞群、細胞集団を形成させるために直接使用することが出来るものではない。
【0009】
従って、複数の細胞からなる細胞群を球体に近い状態で増殖等させる技術が求められていた。
【特許文献1】特開2006−218035号公報
【特許文献2】特開2007−071736号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであって、複数の細胞からなる細胞群を球体に近い状態で増殖等させ得る細胞培養用振動部材を提供することを目的とする。また、本発明は、このような細胞培養用振動部材を用いた細胞培養方法、及びこれを有する細胞培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明による細胞培養用振動部材は、細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材の表面上に保持して、該液滴に振動を与える細胞培養用振動部材であって、圧電材料で構成された圧電板と、該圧電材料に電力を供給する電極と、を有することを特徴とする。
【0012】
本発明による細胞培養方法は、細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材の表面上に保持して、該液滴に振動を与える細胞培養用振動部材を用いた細胞培養方法であって、該細胞培養用振動部材の表面上に該液滴を形成する工程と、該細胞の周面が自転成分を含む運動をするように、該液滴に該振動を与える工程と、該細胞を培養する工程と、を有することを特徴とする。
【0013】
本発明による細胞培養装置は、細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材の表面上に保持して、該液滴に振動を与える細胞培養用振動部材と、該液滴を密閉するチャンバーと、を有する細胞培養装置であって、該液滴に該振動を与えることによって、該細胞の周面が自転成分を含む運動をすることを特徴とする。
【0014】
なお、本発明において、「細胞」とは、動物、植物、微生物等の由来の別を問わず、液体培地中に浮遊した状態で生存し得る、哺乳類及び非哺乳類由来の原核細胞及び真核細胞をいう。また、本発明において、「培養」とは、外的条件を制御して、人工的に細胞を生活させ、発育させ、増殖させることをいい、例えば、栄養状態での増殖、分化誘導、形態形成が挙げられる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、略単一の細胞から、略球形などの均一な細胞塊を形成させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(本発明による細胞培養用振動部材)
本発明による細胞培養用振動部材は、細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材の表面に保持して、この液滴に振動を与える部材のうち、この振動によって、細胞の周面が自転成分を含む運動をするようにするものである。
【0017】
本発明による細胞培養用振動部材において、細胞を含有する液滴が細胞培養用振動部材の表面上に保持される態様としては、この細胞培養用振動部材の表面上に液滴が保持される態様であれば、特に制約はない。例えば、本発明による細胞培養用振動部材において、液滴は、細胞培養用振動部材の表面に対して垂下(鉛直下方に配置)するように保持されてもよく、また、細胞培養用振動部材の表面に対して液滴が鉛直上方に配置されるように、保持されてもよい。なお、液滴が細胞培養用振動部材の表面に対して鉛直下方に配置されて、細胞培養が行われる態様は、ハンギングドロップ法に対応するものである。
【0018】
本発明による細胞培養用振動部材を構成する材料としては、細胞培養用振動部材の表面上に液滴を保持し、振動に耐え得るものであれば、特に限定されない。このような材料として、種々の無機材料、及び有機材料を適宜選択すればよい。また、本発明による細胞培養用振動部材は、この細胞培養用振動部材の外部から透視し得る材料で構成されてもよく、このような材料としては、ポリスチレン、ポリエチレン、アクリル樹脂、ガラスが挙げられる。
【0019】
また、本発明による細胞培養用振動部材は、電圧の印加によって振動を発生する圧電材料を用いて、構成されてもよい。このような圧電材料を用いた態様を示したのが、図1である。図1は、本発明による細胞培養用振動部材の一例を示す概略図である。図1に示す細胞培養用振動部材1は、圧電性の材料(以下、圧電材料とも称する。)で構成された圧電板2と、この圧電材料に電力を供給する電極3R及び3L(以下、これらをまとめて電極3とも称する。)とを有する。この細胞培養用振動部材の表面上には、細胞を含有する液滴(以下、細胞含有液滴とも称する。)4が保持される。なお、図1は、細胞含有液滴4を、細胞培養用振動部材に対して、鉛直下方に保持した態様を示すものである。また、2つの電極を有するように示したが、1つの電極を有してもよい。
【0020】
本発明において、圧電板2は、機械振動が伝播可能な圧電材料で構成され、電極3に交流の電界を印加することで、板表面に機械振動を伝播させることができる。この圧電材料としては、電圧を印加することで、機械的な振動を発生し得る材料であれば、特に限定されないが、細胞含有液滴を保持する面に対して垂直な振動成分を発生させ得る材料であってもよい。このような材料としては、水晶、LiNbO、LiTaO、GaPO、TeO、PbMoO、及びLiからなる群から選択された少なくとも1つの材料が挙げられる。また、圧電板は、これらの材料で構成される限り、種々の固体の形態であればよく、例えば、このような固体の形態としては、YカットX伝播の単結晶板が挙げられる。
【0021】
本発明による細胞培養用振動部材において、圧電板2と電極3とを有する場合、電極3の構造としては、細胞培養用振動部材に表面波を発生させる際に一般的に用いられる、くし型電極構造を採用してもよい(図3参照)。この場合、このくし型電極構造の電極は、任意の対数に設定してもよい。一対は伝播する表面波、一波長分の長さに相当する。これにより、細胞含有液滴の粘性が高い場合であっても、液滴に適当な振動を与えることが可能となる。
【0022】
また、本発明による細胞培養用振動部材において、圧電板2と電極3とを有する場合、電極3は、振動の振幅を増大させることを目的として、電極3L及び電極3Rのお互いの電極を、増幅器を介して接続し、共振器を構成してもよい。また、本発明による細胞培養用振動部材において、振動による反射波の発生を抑制する目的で、例えば、振動が伝播する面の一方又は両方の表面上にダンパー材を設けてもよい。また、電極3を共振器として構成した場合、電極の後方に反射器を設けてもよい。このように構成することで、共振器から発生する振動の帯域がより狭い範囲となり、効率よく振動を細胞含有液滴に伝播させることが可能となる。また、各電極の間隔をグラジエントとなるように配置してもよい。このように配置することで、より広帯域の周波数の電圧を電極に印加することが可能となり、これは、共振器を設けない場合であっても、可能である。さらに、電極は、細胞培養用振動部材に与える振動を一方向の進行波とするように、ミアンダ型の電極構造で配置されてもよい。
【0023】
本発明による細胞培養用振動部材において、液滴位置保持を目的として、細胞培養用振動部材の表面を撥水処理してもよい。この撥水処理に用いる撥水剤としては、ポリジメチルシロキサン(PDMS)エラストマー、シリコン系や、フッ素系などの撥水性塗料が挙げられる。
【0024】
また、本発明による細胞培養用振動部材は、細胞培養用振動部材の表面に保持した液滴がこの表面上を移動するのを阻止するように、液滴を保持した細胞培養用振動部材の表面上に仕切り25をさらに有してもよい。また、仕切り25は、細胞培養用振動部材の表面上に複数個設けてもよい。
【0025】
仕切り25を構成する材料としては、特に制約はなく、ガラスなどの無機系材料や、ポリスチレン、アクリル、ポリイミドなどの有機系材料が挙げられる。特に、仕切り25を構成する材料として用いる有機系材料としては、ポリジメチルシロキサン(PDMS)エラストマーやシリコン系や、フッ素系などの撥水性塗料を用いてもよい。
【0026】
仕切り25の形成方法としては、特に制約されないが、例えば、レジストを用いた方法であってもよい。この場合、仕切りは、SU8などのレジストを細胞培養用振動部材の表面上に形成した後、仕切りのパターンを有するマスクを用いて、露光及び現像を行った後、現像パターンの部分に仕切りを構成する材料を充填し、レジストを除去して、形成されてもよい。このように仕切りを形成する際に用いるレジストとしては、半導体技術において一般的に使用されるものであれば、特に制約はなく、例えば、上記のSU8以外にも、一般的な紫外線硬化樹脂であってもよい。また、仕切りは、適当な径のパイプ材を仕切りの構成材料として用い、これを、細胞培養用振動部材の表面上に、接着剤などで固定して、形成されてもよい。
【0027】
(本発明による細胞培養方法)
本発明による細胞培養方法は、上記の本発明による細胞培養用振動部材を用いて、細胞含有液滴をこの細胞培養用振動部材の表面に保持して、細胞の培養を行う方法である。
【0028】
本発明による細胞培養方法において、まず、細胞含有液滴は、細胞培養用振動部材の表面上に保持されるように、形成される。この液滴を形成する工程は、上記の通り、細胞含有液滴が、細胞培養用振動部材の表面に対して鉛直上方又は鉛直下方に配置されるように、行われる。この液滴を形成する工程において、細胞含有液滴は、細胞培養用振動部材の表面上に、複数個保持されてもよい。また、この液滴を形成する工程において、細胞含有液滴を細胞培養用振動部材の表面に形成する方法としては、手動であっても、自動であっても、特に制約はない。例えば、ポンプに接続された、シリンジ針を有するシリンジ内に液滴を構成する成分を充填し、この成分をシリンジ針を介して送出することで、行われてもよい。
【0029】
次に、本発明による細胞培養方法において、細胞培養用振動部材の表面上に保持された細胞含有液滴には、細胞の周面が自転成分を含む運動をするように、振動が与えられる。
【0030】
ここで、自転成分を含む運動としては、典型的には、細胞または細胞塊の自転(以下、自転のことを単に回転という場合がある)を挙げることができる。ただし、完全な自転である必要は無く、往復運動のようなものであってもよい。また、「自転成分を含む」という表現から明らかなように、自転軸の移動(直線移動や回転移動(いわゆる公転など))を伴っていてもよい。細胞の重心を原点とし細胞培養用部材の液滴を保持している表面と平行な平面をxy平面とする座標空間を設定した場合に、この座標空間における細胞表面の位置に対応する座標が変化するような運動は、すべて「自転成分を含む運動」の概念に含まれる。
【0031】
この液滴に振動を与える工程は、この振動によって、細胞または細胞塊を回転させるものであることが好ましい。このように細胞の周面に自転成分を含む運動をさせることにより、酸素や二酸化炭素などの雰囲気成分や、液滴を構成する成分が、液滴内の鉛直上方及び鉛直下方の細胞と、差異なく接することが可能となる。
【0032】
本発明による細胞培養方法において、液滴に振動を与える工程を行う方法としては、特に限定されない。この方法としては、例えば、細胞培養用振動部材に物理的に接続された、振動を与える装置を介して、細胞培養用振動部材に振動を伝達する方法であってもよい。また、圧電材料からなる細胞培養用振動部材を用いて、これに電力を供給して振動させる方法であってもよい。このように、液滴に振動を与えることによって、振動や音といった刺激が分化誘導に際し、従来予測不可能であった効果をもたらす可能性がある。
【0033】
また、本発明による細胞培養方法において、液滴を振動させる態様としては、特に限定されないが、例えば、表面波を用いて振動させてもよい。このような表面波としては、進行波若しくは定在波、又はこれらを含んだ混在波を用いることができる。表面波を用いることにより、細胞含有液滴の粘性が高い場合であっても、液滴内に適当な対流を生じさせることが可能となる。
【0034】
本発明による細胞培養方法において、細胞培養用振動部材を圧電板と電極とで構成する場合、電極に供給される電力、特に電圧は、1つの電極に供給されてもよく、各電極のいずれかにのみ、又は全てに供給されてもよい。電極に交流を印加する場合、その周波数としては、例えば、1MHz以上100MHz以下であってもよく、その振幅は、0.1Vpp以上50Vpp以下であってもよい。また、前記周波数を連続駆動、間欠駆動、バースト駆動することができる。例えば、間欠駆動では、心音、脈拍といった周期にしてもよい。さらに、電極構造として、ミアンダ型の電極構造を採用する場合、三相の交流で各電極を駆動してもよい。
【0035】
本発明による細胞培養方法において、細胞培養用振動部材の表面上に保持された液滴に含有される細胞は、この細胞の種類に応じた条件で、培養される。この細胞を培養する工程を行う条件としては、本技術分野公知の種々の条件が挙げられ、例えば、哺乳動物由来の培養細胞の場合、温度を37℃とし、相対湿度を95%とし、5%COの条件が挙げられる。この細胞を培養する工程は、細胞培養用振動部材の表面上に液滴を形成する工程を行った後であれば、どの時点で行われてもよい。例えば、細胞を培養する工程は、上記の液滴に振動を与える工程を行った後に行われてもよく、この液滴に振動を与える工程と同時に行われてもよい。特に、細胞としてES細胞を用い、胚様体の形成を行う場合、液滴に振動を与える工程を行いながら、細胞を培養する工程を行うことが好ましい。
【0036】
本発明による細胞培養方法において、上記の各工程の他、液滴を構成する成分を供給する工程をさらに有してもよく、また、液滴を構成する成分を除去する工程をさらに有してもよい。
【0037】
これらの液滴を構成する成分を供給、又は除去する工程を行う方法としては、細胞培養用振動部材の表面上に形成されている液滴の全部又は一部を細胞培養用振動部材の表面上から離脱させない限り、特に制約はない。例えば、細胞培養用振動部材の表面上に既に形成されている液滴の形成面に、シリンジ針などの液体導入手段を挿入して、液滴を構成する成分を、既に形成されている液滴に供給/除去する方法で行ってもよい。
【0038】
これらの液滴を構成する成分を供給、又は除去する工程は、上記の細胞培養用振動部材の表面上に液滴を形成する工程を行った後であれば、どの時点で行われてもよい。例えば、まず、細胞含有液滴を細胞培養用振動部材の表面上に形成した後、一定時間、細胞に振動を与えながら培養を行う。その後、培地などの、液滴を構成する成分を交換するため、既に細胞培養用振動部材の表面上に形成された液滴の一定量を除去しながら、新たな成分を液滴に供給してもよい。また、細胞に各種の薬剤を適用することを目的として、既に細胞培養用振動部材の表面上に形成された液滴に、このような薬剤を供給してもよい。
【0039】
これらの液滴を構成する成分を供給、又は除去する工程により、培養の対象とする細胞からなる細胞塊からの様々な因子を濃縮した状態で培養を続けることができる。このことは、細胞の分化誘導に極めて重要である。
【0040】
液滴を構成する成分としては、細胞の培養に適した本技術分野公知の培地であればよく、例えば、細胞が哺乳動物に由来する場合には、DMEM、RPMI1640、F−12などの基本培地が挙げられる。また、液滴は、細胞の種類に応じて、FCSなどの動物由来の血清や、インスリンなどの種々の成長因子や、白血病抑制因子などの種々の成分を含有してもよい。
【0041】
(本発明による細胞培養装置)
本発明による細胞培養装置は、上記の本発明による細胞培養用振動部材と、液滴を密閉するチャンバーとを少なくとも有する。その概略を示したのが、図2である。図2は、本発明による細胞培養装置の一例を示す概略図である。
【0042】
図2に示す通り、本発明による細胞培養装置10は、上記の本発明による細胞培養用振動部材1と、この細胞培養用振動部材の表面上に保持される、細胞を含有する液滴を密閉するチャンバー20とを有する。
【0043】
本発明による細胞培養装置において、細胞培養用振動部材1は、上述のように、液滴に振動を与え、これにより、細胞の周面が自転成分を含む運動をするものであれば、特に制約はない。例えば、上述のように、外部動力を介して液滴に振動を与えるものであってもよく、また、細胞培養用振動部材1は、図2に示すように、圧電材料からなる圧電板2と、この圧電材料に電力を供給する電極3とを有するものであってもよい。この場合、電極3は、電気的に電極パッド19に接続され、電極パッド19は、電気的に配線コネクタ15に接続され、且つ配線コネクタ15は、交流電圧を発生し得る電源(図示せず)に電気的に接続されてもよい。さらに、細胞は、上述のように、上記の振動によって、細胞培養用振動部材に対して、回転されることが好ましい。
【0044】
本発明による細胞培養装置において、細胞培養用振動部材は、上述したように、この細胞培養用振動部材の外部から透視し得る材料で構成されてもよい。また、細胞培養用振動部材の表面は、撥水処理されていることが好ましい。さらに、細胞培養用振動部材は、細胞含有液滴が細胞培養用振動部材の表面上を移動するのを阻止する仕切り25を有してもよい。
【0045】
本発明による細胞培養装置において、チャンバー20は、細胞培養用振動部材1の表面上に保持された細胞含有液滴を外気から密閉するように、構成される。この密閉状態は、例えば、図2に示すように、チャンバー20にOリング21を介してシャーレ23を嵌合させることで、構成されてもよい。
【0046】
本発明による細胞培養装置において、チャンバー20内の雰囲気としては、細胞含有液滴に含まれる細胞の培養に適した環境であれば、特に制約はなく、窒素存在下、温度、湿度、酸素存在下、及び/又は二酸化炭素濃度が挙げられる。本発明による細胞培養装置において、これらの雰囲気を、所望の条件に制御すればよい。この雰囲気の制御は、チャンバー20に設けた雰囲気供給口22を介して行ってもよい。この場合、雰囲気供給口22に、熱源、酸素源、及び/又は二酸化炭素源等の各種源を接続してもよい。また、チャンバー20内の上記の雰囲気を、これらの雰囲気を測定し得る、温度計、湿度計、酸素濃度計、及び/又は二酸化炭素濃度計等の測定手段(図示せず)によりモニターしながら、この制御を行ってもよい。チャンバー内の雰囲気の制御は、コンピュータにより行ってもよい。チャンバー内の雰囲気は、ダイアフラム式ポンプなどの公知の循環手段を用いて、循環されてもよい。
【0047】
本発明による細胞培養装置において、チャンバー20内の雰囲気のうち、温度は、雰囲気供給口22を介して接続された熱源のほか、細胞培養用振動部材1を構成する圧電板2に含まれる圧電材料に印加する電圧で制御されてもよい。この場合、細胞培養用振動部材1を構成する圧電板2として、上記の圧電材料からなる単結晶を用いれば、この単結晶の圧電材料からなる圧電板が一定の温度係数を有することから、温調器として用いることができる。従って、このような細胞培養用振動部材を有する細胞培養装置において、印加電圧を変化させて得た電圧−温度較正曲線から、所望の温度を達成し得る印加電圧を予め得ることができ、これを用いて、細胞培養装置のチャンバー内の温度を制御してもよい。これにより、振動によって細胞含有液滴に含まれる細胞を、例えば細胞培養用振動部材に対して回転させるなどの効果とともに、チャンバー内に密閉された細胞含有液滴に含まれる細胞の培養温度を調節することが可能となる。
【0048】
本発明による細胞培養装置において、細胞培養用振動部材1の鉛直下方などの表面上に細胞含有液滴を形成し得るように、液滴を構成する成分を供給し得る、シリンジ針16を有する供給シリンジ18を設けてもよい。この場合、液滴を構成する成分は、供給シリンジ18に収納され、シリンジ針16を介して、細胞培養用振動部材1の表面上に供給される。この供給シリンジ18は、上記の液滴を構成する成分を供給する手段として使用してもよい。また、本発明による細胞培養装置において、液滴を構成する成分を除去する手段として、シリンジ針16を有する除去シリンジ17を設けてもよい。
【0049】
本発明による細胞培養装置において、除去シリンジ17及び/又は供給シリンジ18を用いて、液滴を構成する成分を供給/除去する方法としては、上記の液滴を構成する成分を供給又は除去する工程に準じて行えばよい。例えば、供給シリンジ18を用いて液滴を構成する成分を供給する場合、供給シリンジ18のシリンジ針16を液滴の形成面に挿入し、このシリンジ針16を介して、供給シリンジ18内に充填された液滴を構成する成分を、供給すればよい。また、液滴を構成する培地を新しいものに交換する場合には、供給シリンジ18によって新しい培地を供給する動作と、除去シリンジ17によって、既に形成された液滴を除去する動作とを同時に行ってもよい。このように行うことより、細胞含有液滴のサイズを保ちながら、古い培地を除去し新しい培地を供給することができる。
【0050】
除去シリンジ17及び供給シリンジ18を動作させる方法としては、手動であっても、自動であってもよいが、例えば、シリンジポンプを使用してもよい。また、シリンジポンプをコンピュータに接続し、除去シリンジ17及び供給シリンジ18の動作を制御してもよい。
【0051】
本発明による細胞培養装置は、液滴、及び/又は液滴に含まれる細胞を観察することを目的として、対物レンズ14を設けてもよい。対物レンズ14を設ける箇所としては、この目的と達し得る限り、特に制約はない。例えば、細胞培養用振動部材1が細胞培養用振動部材の外部から透視し得る材料で構成されている場合には、対物レンズ14は、図2に示すように、細胞含有液滴を保持した表面とは異なる細胞培養用振動部材の表面上に設けられてもよい。このように、例えば透明な圧電単結晶などの、細胞培養用振動部材の外部から透視し得る材料で構成することにより、容易に細胞含有液滴、及び/又は細胞の観察系を構築することができる。また、観察を容易にすることを目的として、細胞培養装置に光源ランプ24をさらに設けてもよい。これにより、リアルタイムに状況を観察、記録できる。
【0052】
本発明による細胞培養装置において、細胞含有液滴をチャンバー内に密閉するために設けたシャーレ23は、この目的のほか、培養終了後の細胞を回収するのに用いてもよい。この回収は、例えば、供給シリンジ18から液滴を構成する、培地などの成分を供給することで、細胞培養用振動部材の表面上に保持された細胞含有液滴の全部又は一部を落下させることで、行われてもよい。
【実施例】
【0053】
両面研磨された128°回転Y板X伝播LiNbO単結晶0.5mmのLiNbOウエハ27の表面上に、図3のようなくし型電極28を作製する。材料の表面波の速度(v)を約4000m/秒、駆動周波数を8MHzとして、電極の周期波長が0.5mm、電極交差幅が10mm、1本の電極太さは125μm、10対とする。
【0054】
(a)くし型電極作製プロセス
上記のLiNbO4インチのLiNbOウエハ27に、リフトオフ用レジストZPN1000(東京材料株式会社)をスピンコートする。ベーク後、アライナーで電極パターンのあるマスクをアライメントし、露光、現像する。自動製膜装置でクロム100Å、金1000Åをウエハに製膜し、アセトン超音波洗浄によって、上記のレジストをリフトオフし、除去する。
【0055】
(b)仕切り作製プロセス
(a)で得たウエハに、レジストSU8(化薬マイクロケム株式会社)をディップコートする。ベーク後、アライナーで仕切りパターン26を有するマスクをアライメントし、露光、現像する。現像パターンの溝に、撥水処理剤として、2液混合したPDMSエラストマー(シルポット184(東レ・ダウコーニング社の商標))を流し込み、硬化させる。次に、SU8リムーバー液で、上記のレジストを除去する。
【0056】
(c)チャンバーへの装着
以上の工程を終えて得たウエハを、18mm角にダイシングして、仕切りを有する細胞培養用振動部材を得る。直径35mmの市販シャーレがOリングにはまり込むような透明チャンバーを作製し、このチャンバーの下部に、図2のように、作製した上記の細胞培養用振動部材を上部に装着する。なお、チャンバーには、異方性導電ゴムからなる電極パッドを設ける。また、細胞培養用振動部材は、大きめの樹脂製ワッシャーを介し、細胞培養用振動部材の四方をスクリューでチャンバーに固定する。このようにして、細胞培養装置を得る。
【0057】
(培養)
終濃度1000U/mLの白血病抑制因子(LIF;商品名:ESGRO(ケミコン社製;登録商標))となるようにこれを添加したTX−WES培地(ケミコン社製、商標)を用いて、マウスES細胞を、0.1%ゼラチンコートの培養ディッシュ上で培養する。その後、このES細胞を、トリプシン処理でディッシュから剥離し、単細胞となるようにピペッティングする。ESGROを含まないTX−WES培地を加え、1100rpmで、5分間の遠心操作で上清を除き、上記のESGROを含むTX−WES培地に懸濁する。供給シリンジに培地を吸い込み、続いて5×10個/mLにした懸濁液を15μL吸い込み、上記のチャンバーにこの供給シリンジを装着する。また、チャンバーに、除去シリンジも装着する。供給シリンジ及び除去シリンジに接続したシリンジポンプを動作させ、15μLの細胞含有液滴を、シリンジ針を介して供給しながら、細胞培養用振動部材の裏面(図2の鉛直下方の表面に対応)に形成させる。予めキャリブレーションによって温度特性を把握してあるデータを参考に、37℃を維持できるように、細胞培養用振動部材に8MHz、12Vppのサイン波を印加する。このように印加することで、細胞培養用振動部材の表面上に保持された細胞含有液滴に含まれる細胞は、細胞培養用振動部材の鉛直下方に対して回転される。この状態で細胞を一昼夜培養後、除去シリンジ及び供給シリンジを介して、液滴を構成する成分を除去/供給することにより、培地を交換する。なお、上記のシリンジポンプは、培養開始の翌日に15μLの培地を交換ができるように、設定しておいてもよい。
【0058】
さらに、所定時間、細胞を培養した後、マウスES細胞から球形の胚様体を得ることができる。このようにして得た胚様体は、供給シリンジを介して培地を細胞含有液滴に供給することにより、チャンバーの下部に配置したシャーレに回収することができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は再生医療の分野、移植組織片の作製、細胞の分化誘導、細胞の樹立といった研究、医薬品開発、細胞医薬、細胞治療等に広く用いることができる。また水産、農芸化学の分野にも同様の胚様体形成技術として活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明による細胞培養用振動部材の一例を示す概略図である。
【図2】本発明による細胞培養装置の一例を示す概略図である。
【図3】LiNbOウエハ上に形成された仕切りパターン及びくし型電極の概略図を示す。
【符号の説明】
【0061】
1 細胞培養用振動部材
2 圧電板
3 電極
3L 電極
3R 電極
4 細胞含有液滴
10 細胞培養装置
14 対物レンズ
15 配線コネクタ
16 シリンジ針
17 除去シリンジ
18 供給シリンジ
19 電極パッド
20 チャンバー
21 Oリング
22 雰囲気供給口
23 シャーレ
24 光源ランプ
25 仕切り
26 仕切りパターン
27 LiNbOウエハ
28 くし型電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材の表面上に保持して、該液滴に振動を与える細胞培養用振動部材であって、
圧電材料で構成された圧電板と、
該圧電材料に電力を供給する電極と、
を有することを特徴とする細胞培養用振動部材。
【請求項2】
前記圧電材料は、水晶、LiNbO、LiTaO、GaPO、TeO、PbMoO、及びLiからなる群から選択された少なくとも1つの材料からなる、請求項1に記載の細胞培養用振動部材。
【請求項3】
当該細胞培養用振動部材は、当該細胞培養用振動部材の外部から透視し得る材料で構成される、請求項1又は2に記載の細胞培養用振動部材。
【請求項4】
当該細胞培養用振動部材の表面は、撥水処理されている、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の細胞培養用振動部材。
【請求項5】
前記液滴が前記表面上を移動するのを阻止する仕切りをさらに有する、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の細胞培養用振動部材。
【請求項6】
細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材の表面上に保持して、該液滴に振動を与える細胞培養用振動部材を用いた細胞培養方法であって、
該細胞培養用振動部材の表面上に該液滴を形成する工程と、
該細胞の周面が自転成分を含む運動をするように、該液滴に該振動を与える工程と、
該細胞を培養する工程と、
を有することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項7】
前記の液滴を形成する工程は、前記液滴を、前記細胞培養用振動部材の鉛直下方の表面上に形成する工程である、請求項6に記載の細胞培養方法。
【請求項8】
前記の振動を与える工程は、前記細胞を、該振動によって、回転させる工程である、請求項6又は7に記載の細胞培養方法。
【請求項9】
前記細胞培養用振動部材は、
圧電材料で構成された圧電板と、
該圧電材料に電力を供給する電極と、
を有する、請求項6乃至8のいずれか一項に記載の細胞培養方法。
【請求項10】
前記の振動を与える工程は、前記圧電材料に電圧を印加する工程である、請求項9に記載の細胞培養方法。
【請求項11】
前記液滴の成分を供給する工程をさらに有する、請求項6乃至10のいずれかに記載の細胞培養方法。
【請求項12】
前記液滴の成分を除去する工程をさらに有する、請求項6乃至11のいずれか一項に記載の細胞培養方法。
【請求項13】
細胞を含有する液滴を細胞培養用振動部材の表面上に保持して、該液滴に振動を与える細胞培養用振動部材と、
該液滴を密閉するチャンバーと、
を有する細胞培養装置であって、
該液滴に該振動を与えることによって、該細胞の周面が自転成分を含む運動をすることを特徴とする細胞培養装置。
【請求項14】
前記細胞は、前記振動によって、回転させる、請求項13に記載の細胞培養装置。
【請求項15】
前記細胞培養用振動部材は、
圧電材料で構成された圧電板と、
該圧電材料に電力を供給する電極と、
を有する、請求項13又は14に記載の細胞培養装置。
【請求項16】
前記圧電材料は、水晶、LiNbO、LiTaO、GaPO、TeO、PbMoO、及びLiからなる群から選択された少なくとも1つの材料からなる、請求項13乃至15のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項17】
前記細胞培養用振動部材は、当該細胞培養用振動部材の外部から透視し得る材料で構成される、請求項13乃至16のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項18】
前記細胞培養用振動部材の表面は、撥水処理されている、請求項13乃至17のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項19】
前記細胞培養用振動部材は、前記液滴が前記表面上を移動するのを阻止する仕切りをさらに有する、請求項13乃至18のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項20】
前記液滴の成分を供給する手段をさらに有する、請求項13乃至19のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項21】
前記液滴の成分を除去する手段をさらに有する、請求項13乃至20のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項22】
前記チャンバー内の雰囲気を制御する手段をさらに有する、請求項13乃至21のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項23】
前記雰囲気は、窒素存在下、温度、湿度、酸素存在下、及び二酸化炭素濃度からなる群から選択された少なくとも1つの雰囲気である、請求項22に記載の細胞培養装置。
【請求項24】
前記温度は、前記圧電材料に印加する電圧で制御される、請求項23に記載の細胞培養装置。
【請求項25】
前記液滴を観察する手段をさらに有する、請求項13乃至24のいずれか一項に記載の細胞培養装置。
【請求項26】
前記の液滴を観察する手段は、前記細胞を観察する手段である、請求項25に記載の細胞培養装置。

【図2】
image rotate

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−72110(P2009−72110A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−243967(P2007−243967)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】