説明

細胞死抑制物質とその利用法

【課題】NGFと同様な細胞死抑制作用を有し、細胞死抑制作用、細胞の分化誘導作用、神経細胞の神経突起伸長作用、さらには脳神経細胞の外傷性障害、代謝性要因による障害、β−アミロイド蛋白質による障害または脳虚血性障害に対して予防あるいは治癒する作用を持つ素材を提供する。
【解決手段】既知の方法で調製したリゾホスファチジルエタノールアミンを含有することを特徴とする細胞死抑制物質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリゾホスファチジルエタノールアミンを含有することを特徴とする細胞死抑制物質にする。また、本発明の細胞死抑制物質は細胞の分化誘導作用、神経細胞の神経突起伸長作用を有し、さらに脳神経細胞の外傷性障害、代謝性要因による障害、β−アミロイド蛋白質による障害または脳虚血性障害を予防あるいは治癒する作用を有する。さらに、本発明の細胞死抑制物質を有効成分とする医薬組成物や食用組成物を調製することができる。
【背景技術】
【0002】
これまで、アルツハイマー病等の細胞死を引き起こす疾患の予防法として、クルクミン、コール酸、シムノール用いる技術(例えば特許文献1)、アラキドン酸や中鎖脂肪酸を用いる技術(例えば特許文献2)、ヨモギやクマザサを用いる技術(例えば特許文献3)、テアニンを用いる技術(例えば特許文献4)、L-カルニチンまたはアルカノイルを用いる技術(例えば特許文献5)、ドコサヘキサエン酸を用いる技術(例えば特許文献6,7)、イソフラボノイドを用いる技術(例えば特許文献8,9)が知られている。
【0003】
一方、リゾホスファチジルエタノールアミンの細胞死抑制作用に関する先行技術は知られていない。
【特許文献1】特開2003−113117
【特許文献2】特開2003−48831
【特許文献3】特開平10−276719
【特許文献4】特開平7−173059
【特許文献5】特表2002−527389
【特許文献6】特表2002−527387
【特許文献11】特開2002−58450
【特許文献12】特開平11−318387
【特許文献13】特開平9−169662
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記のアルツハイマー病等の細胞死を引き起こす疾病の予防法は効果が不十分で、実用化が遅れている。また、リゾホスファチジルエタノールアミンを、細胞死抑制物質として利用する先行技術は知られていない。
【0005】
そこで、本発明は、NGFと同様な細胞死抑制作用を有し、細胞の分化誘導作用、神経細胞の神経突起伸長作用、脳神経細胞の外傷性障害、代謝性要因による障害、β−アミロイド蛋白質による障害または脳虚血性障害に対して予防あるいは治癒する作用を持つ素材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、リゾホスファチジルエタノールアミンを含む抽出物が細胞死を抑制することを見いだし、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は次の[1]〜[10]である。
[1]リゾホスファチジルエタノールアミンを含有することを特徴とする細胞死抑制物質。
[2]細胞死抑制作用、細胞の分化誘導作用、神経細胞の神経突起伸長作用、さらには脳神経細胞の外傷性障害、代謝性要因による障害、β−アミロイド蛋白質による障害または脳虚血性障害を予防あるいは治癒する作用を有する[1]に記載の細胞死抑制物質。
[3]シグナル伝達系タンパク質であるAktのリン酸化を促進する作用を有する[1]〜[2]に記載の細胞死抑制物質。
[4]シグナル伝達系タンパク質であるマイトジェン活性化キナーゼのリン酸化を促進する作用を有する[1]〜[2]に記載の細胞死抑制物質。
[5][1]〜[4]に記載の細胞死抑制物質を有効成分として配合してなる医薬用組成物。
[6][1]〜[4]に記載の細胞死抑制物質を有効成分として配合してなる食用組成物。
【0007】
すなわち、本発明は、リゾホスファチジルエタノールアミンを含有することを特徴とする細胞死抑制物質とその利用法に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、リゾホスファチジルエタノールアミンを含有することを特徴とする、細胞死抑制作用、細胞の分化誘導作用、神経細胞の神経突起伸長作用、さらには脳神経細胞の外傷性障害、代謝性要因による障害、β−アミロイド蛋白質による障害または脳虚血性障害を予防あるいは治癒する作用のある細胞死抑制物質を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明で使用するリゾホスファチジルエタノールアミン(lysophosphatidylethanolamine)は、動植物の細胞中に存在し、特に卵黄や脳細胞に多く含有されている。リゾホスファチジルエタノールアミンは、細胞膜に存在するリン脂質の一種であるホスファチジルエタノールアミンから生合成される。ホスファチジルエタノールアミンは、卵黄や大豆レシチンに含まれるリン脂質の一種で、2つの脂肪酸を分子内に含有している。生体内では、ホスファチジルエタノールアミンがリン脂質加水分解酵素であるホスホリパーゼ(Phospholipase)A2作用を受けて、sn−2位置にある1つの脂肪酸が除去されることによって、リゾホスファチジルエタノールアミンに変換される。
また、動植物中にもっとも多く見いだされるホスファチジルコリンを出発物質としてホスフォリパーゼDを用いた塩基交換反応でホスファチジルエタノールアミンとし、次にホスフォリパーゼA2によりリゾホスファチジルエタノールアミンを調製することができる。本発明に用いるリゾホスファチジルエタノールアミンは上記の天然物中に含まれるものやホスフォリパーゼA2を使用して調製したものを単独または適宜組み合わせたものである。
【0010】
本発明では、リゾホスファチジルエタノールアミンの含有量を上げる目的で、クロマト処理を行うことができる。また、得られた分画物は、そのまま、あるいは凍結乾燥法、スプレードライなどの方法を用いて、固体化、粉末化して用いることが出来る。
【0011】
本発明の細胞死抑制物質の作用機作としては、リゾホスファチジルエタノールアミンが細胞膜のレセプターを活性化し、次いで細胞生存のシグナル伝達経路であるマイトジェン活性化キナーゼ経路、PI3K/Akt経路を活性化し、ミトコンドリアからのチトクロームCの漏洩抑制、カスパーゼの活性化抑制等を経由して最終的に細胞死を抑制する。
【0012】
本発明の細胞死抑制物質は、リゾホスファチジルエタノールアミンを0.01から50%、好ましくは0.1から30%、より好ましくは1から10%含有する。リゾホスファチジルエタノールアミンの含有量が0.01%未満では細胞死抑制作用が認められない。また。リゾホスファチジルエタノールアミン含有量が50%より多くしても、活性の顕著な増加は認められない。
【0013】
次に、本発明の細胞死抑制物質を配合してなる医薬用組成物および食用組成物について説明する。本発明の細胞死抑制物質を配合してなる製剤は、これをそのまま、あるいは慣用の医薬製剤担体とともに医薬用組成物となし、動物およびヒトに投与することができる。医薬用組成物の剤形としては特に制限されるものではなく、必要に応じて適宜に選択すればよいが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、注射剤、坐剤等の非経口剤があげられる。
【0014】
本発明において錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤としての経口剤は、例えば、デンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を用いて常法に従って製造される。これらの製剤中の本発明の細胞死抑制物質の配合量は0.01から50%、好ましくは0.1から30%、より好ましくは1から10%含有する。細胞死抑制物質の含有量が0.01%未満では細胞死抑制活性が認められない。また。細胞死抑制物質の含有量が50%より多くしても、活性の顕著な増加は認められない。この種の製剤には本発明の細胞死抑制物質の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を適宜に使用することができる。
【0015】
上記の細胞死抑制物質を含有する医薬用組成物は懸濁液、エマルション剤、シロップ剤、エリキシル剤としても投与することができ、これらの各種剤形には、矯味矯臭剤、着色剤を含有させてもよい。
【0016】
本発明の細胞死抑制物質は食用組成物としても利用可能である。すなわち、前述のようにして得られるリゾホスファチジルエタノールアミンを有効成分としてなる細胞死抑制物質は、これをそのまま液状、ゲル状あるいは固形状の食品、例えばジュース、清涼飲料、茶、スープ、豆乳、サラダ油、ドレッシング、ヨーグルト、ゼリー、プリン、ふりかけ、育児用粉乳、ケーキミックス、粉末状または液状の乳製品、パン、クッキー等に添加したり、必要に応じてデキストリン、乳糖、澱粉等の賦形剤や香料、色素等とともにペレット、錠剤、顆粒等に加工したり、またゼラチン等で被覆してカプセルに成形加工して健康食品や栄養補助食品等として利用できる。
【0017】
これらの食品類あるいは食用組成物における本発明の細胞死抑制物質の配合量は、当該食品や組成物の種類や状態等により一律に規定しがたいが、約0.01〜50重量%、より好ましくは0.1〜30重量%である。配合量が0.01重量%未満では経口摂取による所望の効果が小さく、50重量%を超えると食品の種類によっては風味を損なったり当該食品を調製できなくなる場合がある。なお、本発明の細胞死抑制物質は、原料が食品であれば、これをそのまま食用に供してもさしつかえない。
【0018】
本発明の医薬用組成物および食用組成物は、細胞死を予防あるいは治癒をねらいとして利用するものであれば、それを使用する上で何ら制限を受けることなく適用される。
【実施例1】
【0019】
以下、本発明を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0020】
実験例1 加水分解反応によるリゾホスファチジルエタノールアミンの製造例
大豆リン脂質(ツルーレシチン製、ホスファチジルコリン75%、ホスファチジルエタノールアミン14%、その他11%)80gを80mLのアセトンに溶かした。シリカゲル(Merck、70−230mesh)450gを1,000mlのアセトンに加えた後、70mmx700mmのガラスカラムに充填した。このカラムに、上記で溶解したリン脂質溶液を投入した後、アセトン500ml、アセトン:エタノール混合溶液(95:5)1000ml、アセトン:エタノール混合溶液(90:10)1,500ml、アセトン:エタノール混合溶液(85:15)2,000mlで溶出しながら、溶出されるリゾホスファチジルエタノールアミンを薄層クロマトグラフィーで調べた。ホスファチジルエタノールアミンが溶出される分画だけを集めて、ロータリーエバポレータで濃縮した。得られたホスファチジルエタノールアミンをHPLC(カラム:シリカゲル60 野村化学製、溶離液 クロロホルム:メタノール=90:10)で分析した結果、純度60%のホスファチジルエタノールアミン(ホスファチジルコリン22%含有)20gが得られた。
【0021】
得られた純度60%のホスファチジルエタノールアミン(ホスファチジルコリン22%含有)15gを150mlのジエルエーテルに溶かした後、ここにCaCl2が100mM含有された酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.6、100mM)20mLを添加した。この溶液に5mlのレシターゼ(10,000IU/ml、Novo
Nordisk社)を添加し、30℃で13時間激しく攪拌しながら反応した。溶液を静置させた後、上澄み液を除去した。すなわち、溶媒及び生成された脂肪酸を除去した。沈殿部分を常温で200mLのヘキサン:エタノール:水(1:1:0.3)の混合溶液で抽出した。下部の水層を除去し、ここに50mlのエタノールを添加して、常温でろ過した。ろ過物にさらにヘキサン:エタノール(1:1)溶液を100mL処理し、ろ過し、乾燥した。得られた乾燥物について液体クロマトグラフィーでリゾホスファチジルエタノールアミンを定量した結果、純度は90%、収量は5gであった。
【0022】
実験例2 粗抽出物の調製例
乾燥全卵(キューピー製)1kgを攪拌槽に仕込み、そこにエタノール2Lと水0.4Lを加え、常温で5時間撹拌した。その後、濾過により抽出液と残渣を分離した。抽出液をエバポレーターにより濃縮し、茶褐色の粗抽出物250gを得た。粗抽出物中のリゾホスファチジルエタノールアミン含量は11%であった。
【0023】
実験例3 細胞死抑制物質の調製例
上記の粗抽出物10gを、分取用高速液体クロマトグラフィー(ギルソン社製、モデル303)で分画した。カラムとしてデベロシル60−10 φ50mm×500mm(野村化学製)を用い、検出波長は210nm、溶媒はクロロホルム:メタノール=90:10、溶媒流量を50mL/分とした。分画に際し、5分ごとに溶離液を分取し、分取物に含まれる溶媒をロータリーエバポレーターで乾燥して、乾固した分画物を得た。画分各物中のリゾホスファチジルエタノールアミン含量を上記の方法で測定し、最も含量が高かった分画物すなわち90%品を細胞死抑制物質とした。
【実施例2】
【0024】
馬血清10容量%、牛胎児血清5容量%を含むDMEM培地(日水製薬)にPC−12細胞(岐阜薬科大学から分与)を5万個/mL濃度で培養し、24時間後に無血清のDMEM培地に交換した。さらに24時間後に本発明の実験例1の細胞死抑制物質を100または500μg/mL添加し、4日後の生細胞の数を倒立顕微鏡下で判定した。陽性対象として、NGFβ(シグマ製)を25ng/mL添加し同じ操作を行った。結果を表1に示した。同表中の記号は、培養4日後の生細胞数を表し、−:生細胞なし、+:若干死細胞あり、++および+++:死細胞なしを意味する。
【実施例3】
【0025】
既往の方法で、18日齢のラット胎児から大脳ニューロンを採取し、馬血清10容量%、牛胎児血清5容量%を含むDMEM培地(日水製薬)で24時間培養した。24時間後に無血清のDMEM培地に交換し、さらに24時間後に実験例3の細胞死抑制物質を100または500μg/mL添加した。30秒後に大脳ニューロンの細胞質のタンパク質をリシスバッファーで採取した。採取したタンパク質を、SDS−PAGEで分離後、タンパク質をナイロンメンブレンにブロットした。ブロッキング後に抗リン酸化AktラビットIgG抗体で反応後、アビジンービオチン化ホースラディッシュペルオキシダーゼコンプレックスで処理した。ペルオキシダーゼ活性をジアミノベンジディン−H2O2を用いてリン酸化Aktを可視化することにより、Aktのリン酸を測定した。陽性対象として、NGFβ(シグマ製)を25ng/mL添加し同じ操作を行った。結果を表2に示した。同表中の記号は、Aktのリン酸化について−:なし、+:あり、++および+++:顕著にありを意味する。
【実施例4】
【0026】
96穴プレートに4×105個/mlのPC−12細胞(岐阜薬科大学から分与)懸濁液を50μl、つまり2×104個/ウェルずつ播種した。37℃、5%炭酸ガス存在下で2日間培養後、培養液を除き、PBSでウェルの底に接着した細胞を洗い、試験例2の細胞死抑制物質を100または500μg/mL添加した無血清培地50μlを加えた。所定時間(0、24、48時間)培養した後、MTTの8mg/ml溶液を6.3μl添加し、37℃で2時間インキュベートした後リシスバッファーを50μl添加し、細胞を溶解した。37℃で一晩インキュベート後562nmの吸光度をマイクロプレートリーダー(アマシャム社製)を使用して測定した。
スタート時のOD562−所定時間培養時のOD562(染色度)を求めて、生細胞数の指標とした。結果を図1に示した。
【比較例1】
【0027】
ヨモギ抽出物(一丸ファルコス(株)製)、テアニン(太陽化学(株)製)、ドコサヘキサエン酸(日本油脂(株)製)に関して実施例1の方法で細胞死抑制作用を測定した。結果を表1に示した。
【比較例2】
【0028】
ヨモギ抽出物(一丸ファルコス(株)製)、テアニン(太陽化学(株)製)、ドコサヘキサエン酸(日本油脂(株)製)に関して実施例2の方法で細胞死抑制作用を測定した。結果を表2に示した。
【比較例3】
【0029】
ヨモギ抽出物(一丸ファルコス(株)製)、テアニン(太陽化学(株)製)、ドコサヘキサエン酸(日本油脂(株)製)に関して実施例4の方法で細胞死抑制作用を測定した。結果を図1に示した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
表1、2、図1に示されるように、本発明の細胞死抑制物質は、従来細胞死抑制作用があると言われていた、ヨモギ抽出物、テアニン、ドコサヘキサエン酸よりも格段に優れた細胞死抑制作用が認められる。また、陽性対象としたNGFと同等の細胞死抑制作用を有していた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は人に対してばかりでなく、家畜等の動物にも使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の細胞死抑制物質と従来の技術を比較した説明図である。(実施例4、比較例3)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾホスファチジルエタノールアミンを含有することを特徴とする細胞死抑制物質。
【請求項2】
細胞死抑制作用、細胞の分化誘導作用、神経細胞の神経突起伸長作用、さらには脳神経細胞の外傷性障害、代謝性要因による障害、β−アミロイド蛋白質による障害または脳虚血性障害を予防あるいは治癒する作用を有する請求項1に記載の細胞死抑制物質。
【請求項3】
シグナル伝達系タンパク質であるAktのリン酸化を促進する作用を有する請求項1〜2に記載の細胞死抑制物質。
【請求項4】
シグナル伝達系タンパク質であるマイトジェン活性化キナーゼのリン酸化を促進する作用を有する[請求項1〜2に記載の細胞死抑制物質。
【請求項5】
請求項1〜4に記載の細胞死抑制物質を有効成分として配合してなる医薬用組成物。
【請求項6】
請求項1〜4に記載の細胞死抑制物質を有効成分として配合してなる食用組成物。

【図1】
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【公開番号】特開2007−22966(P2007−22966A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−208254(P2005−208254)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【出願人】(591032703)群馬県 (144)
【Fターム(参考)】