説明

細胞融合制御法、それに用いる遺伝子組換え用ベクターおよび細胞融合制御剤

【課題】細胞内に存在する物質を利用して、細胞融合を制御する方法を提供すること。
【解決手段】本発明の細胞融合制御方法は、動物細胞の細胞融合制御方法であって、グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(GAPDH)およびカルポニン3(calponin3)の少なくとも一方のタンパク質の発現を制御することにより、細胞融合を促進または抑制することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞融合制御法、それに用いる遺伝子組換え用ベクターおよび細胞融合制御剤に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞融合は、複数の細胞の細胞膜が融合し、細胞が多核化する現象である。細胞融合は、生体では、筋原細胞の分化、哺乳類の胎盤形成、免疫応答、腫瘍発生、幹細胞による組織再生の際など、様々な生命活動において認められる。例えば、哺乳類の胎盤において、母体血液と接する胎児絨毛組織の最外層は、細胞融合した細胞性栄養膜細胞が分化し、多核合胞体細胞塊構造を形成している。
【0003】
一方で近年、細胞融合を人為的に生じさせる方法が開発されており、細胞融合方法は、遺伝子発現、染色体マッピング、抗体産生、がん免疫療法等において有力な手段となっている。従来用いられている細胞融合方法としては、センダイウイルス等のウイルス、ポリエチレングリコール(PEG)等の化学物質、電気刺激等を用いる方法がある。例えば、抗体産生への応用においては、PEGまたは電気刺激の利用により、ミエローマ細胞と脾細胞とを細胞融合し、その融合細胞を選択培養したハイブリドーマが利用されている(例えば、下記の非特許文献1参照)。
【0004】
しかし、化学物質や電気刺激を用いる方法は、融合させる細胞に対して、化学的あるいは物理的な細胞傷害を与えてしまうという問題がある。センダイウイルス等のウイルスを用いる方法は、細胞傷害性は比較的低いものの、融合可能な細胞種が限られる。また、いずれの方法も、通常は細胞内に存在しない物質あるいは刺激等を適用することから、融合処理により、細胞機能に何らかの影響を与える可能性がある。したがって、従来の細胞融合方法は、実験手法としてだけでなく、細胞融合過程に起因する疾病の治療等の生体への応用においても問題がある。
【0005】
【非特許文献1】安東・千葉「単クローン抗体実験操作入門」、講談社、p70−91
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、細胞内に存在する物質を利用して、細胞融合を制御する方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題の解決のため研究解析を進めた結果、グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(GAPDH)およびカルポニン3(calponin3)の2つの分子が、二次元電気泳動による解析により、細胞融合(Fusion)特異的に変化することを見出した。さらに、これら2つのタンパク質の発現を抑制したところ、いずれも細胞融合を促進させること等を明らかにし、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、医学・医療上および産業上有用な発明として、下記A)〜K)の発明を包含するものである。
A) 動物細胞の細胞融合制御方法であって、グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(GAPDH)およびカルポニン3(calponin3)の少なくとも一方のタンパク質の発現を制御することにより、細胞融合を促進または抑制する細胞融合制御方法。
B) 前記タンパク質の発現の制御が、前記タンパク質の発現の抑制である上記A)記載の細胞融合制御方法。
C) 前記タンパク質の発現の制御が、前記タンパク質の発現の促進である上記A)記載の細胞融合制御方法。
D) 前記タンパク質の発現の抑制が、前記タンパク質のmRNAに対するRNA干渉(RNAi)による抑制である上記B)記載の細胞融合制御方法。
E) 前記RNA干渉(RNAi)が、前記タンパク質のmRNAに対するsiRNAまたはshRNAの発現によるものである上記D)記載の細胞融合制御方法。
F) 動物細胞の細胞融合制御方法であって、グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(GAPDH)およびカルポニン3(calponin3)の少なくとも一方のタンパク質の改変ポリペプチドを細胞内発現させることにより、細胞融合を促進または抑制する細胞融合制御方法。
G) 前記タンパク質の改変ポリペプチドが、前記カルポニン3のリン酸化部位であるC末端のアミノ酸残基部分を欠失したカルポニン3改変ポリペプチドである上記F)記載の細胞融合制御方法。
H) 前記タンパク質の改変ポリペプチドが、前記カルポニン3のC末端から最大56個のアミノ酸残基を欠失したカルポニン3改変ポリペプチドである上記F)記載の細胞融合制御方法。
I) フォルスコリン存在下で、前記タンパク質またはその改変ポリペプチドの発現を制御することを特徴とする上記A)〜H)のいずれかに記載の細胞融合制御方法。
J) 上記A)〜I)のいずれかに記載の細胞融合制御方法に使用する遺伝子組換え用ベクターであって、前記タンパク質またはその改変ポリペプチド、あるいは、前記タンパク質のmRNAに対するsiRNAまたはshRNAの少なくとも1つを目的細胞内で発現するよう構築された遺伝子組換え用ベクター。
K) 上記J)に記載の遺伝子組換え用ベクターを含有する細胞融合制御剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、細胞内に存在する物質を利用して、細胞融合を制御することが可能であり、新たな細胞融合制御方法として種々の分野に適用可能である。例えば、細胞融合過程に起因する疾病の治療法、再生医療技術、抗体産生技術等への利用が例示される。細胞融合過程に起因する疾病としては、例えば、筋ジストロフィーなどの筋肉疾患、骨大理石病、胎盤傷害等が挙げられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について更に詳しく説明する。
前述のように、本発明の細胞融合制御方法は、グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(以下、略して「GAPDH」という場合がある。)、および、カルポニン3(以下、略して「CNN3」という場合がある。)の少なくとも一方のタンパク質の発現を制御することにより、動物細胞の細胞融合を促進または抑制するものである。
【0011】
GAPDHは、解糖系酵素として機能するほか、DNA修復や複製、アポトーシス等に関与するタンパク質である。本発明において、GAPDHは、目的細胞種においてGAPDHとして機能するタンパク質であればよく、それ以外は特に限定されない。例えば、ヒト胎盤絨毛癌由来細胞であるBeWo細胞は、配列番号1のアミノ酸配列からなるGAPDHを発現する。
【0012】
カルポニン3は、カルポニンファミリーに属するタンパク質の1つである。本発明において、カルポニン3は、目的細胞種においてカルポニン3として機能するタンパク質であればよく、それ以外は特に限定されない。例えば、ヒト胎盤絨毛癌由来細胞であるBeWo細胞は、配列番号2のアミノ酸配列からなるカルポニン3を発現する。
【0013】
GAPDHおよびカルポニン3(以下、これら2つの分子を総称して「前記タンパク質」という場合がある。)の発現の制御は、目的細胞の細胞融合に変化をもたらしうるものであれば、発現を抑制するものであってもよいし、逆に、発現を促進するものであってもよい。
【0014】
発現の抑制方法は、特に制限されず、例えば、前記タンパク質の遺伝子の転写の抑制、あるいは翻訳の抑制等が挙げられる。代表的な発現の抑制方法としては、例えば、siRNA(short interfering RNA)やshRNA(short hairpin RNA)等のdsRNA(double−stranded RNA)を用いたRNA干渉(RNAi)法等が挙げられる。
【0015】
一方、発現の促進方法も、特に制限されず、例えば、前記タンパク質の遺伝子の転写の促進、あるいは翻訳の促進等が挙げられる。代表的な発現の促進方法としては、例えば、目的細胞で機能するプロモーターの下流にGAPDH(またはカルポニン3)の遺伝子(cDNA)を配置した発現ベクターを用いて、目的細胞で前記タンパク質の発現を促進する方法等が挙げられる。
【0016】
RNA干渉(RNAi)法による発現抑制方法としては、一般的に使用されている公知の方法を適用することができ、特に制限されるものではない。例えば、前記タンパク質のmRNAの標的部位のセンスRNAおよびアンチセンスRNAからなるdsRNAを細胞に導入することにより、前記タンパク質の発現を抑制する方法等が挙げられる。dsRNAとしては、例えば、短鎖のdsRNAであるsiRNAや、ヘアピン状に折り畳まれたshRNAが挙げられる。
【0017】
siRNAは、前記タンパク質の発現を抑制できる短鎖のdsRNAであればよく、特に限定されない。siRNAの鎖長は、特に限定されないが、例えば、5〜200塩基対であり、好ましくは、10〜50塩基対であり、より好ましくは、15〜25塩基対である。また、siRNAは、前記タンパク質のmRNAに完全に対合しなくてもよく、ミスマッチやバルジ等の対合しない部分を含んでいてもよい。
【0018】
shRNAは、前記タンパク質の発現を抑制できるヘアピン状に折り畳まれたdsRNAであればよく、特に限定されない。shRNAの鎖長については、shRNAは転写されたのちに切断されてsiRNAとなるので、結果として、標的配列に対合して効果を発揮する配列の長さは上記siRNAと同じであるが、それ以外にヘアピン部分がある。
【0019】
GAPDHの発現を抑制する前記siRNA(またはshRNA)用の標的配列(センス)としては、例えば、以下の(A)または(B)の配列が挙げられる。
(A)配列番号3の塩基配列。
(B)配列番号4の塩基配列。
【0020】
カルポニン3の発現を抑制する前記siRNA(またはshRNA)用の標的配列(センス)としては、例えば、以下の(C)または(D)の配列が挙げられる。
(C)配列番号5の塩基配列。
(D)配列番号6の塩基配列。
【0021】
また、本発明の細胞融合制御方法は、前記タンパク質(即ち、GAPDHおよびカルポニン3の少なくとも一方のタンパク質)の改変ポリペプチドを目的細胞で発現させることにより、細胞融合を促進または抑制する方法であってもよい。
【0022】
前記タンパク質の改変ポリペプチドは、その発現により目的細胞の細胞融合に変化をもたらしうるものであれば、特に制限されるものではない。例えば、カルポニン3の改変ポリペプチドとして、C末端のリン酸化を受ける配列部分を欠失した改変ポリペプチドを用いてもよい。後述の実施例に示すように、C末端から56個のアミノ酸の欠失により、カルポニン3改変ポリペプチドはリン酸化部分3つを失い、この改変ポリペプチドを細胞内発現させることにより、細胞融合を抑制することができた。
【0023】
本発明の遺伝子組換え用ベクターは、目的細胞に導入することで、前記タンパク質(GAPDHもしくはカルポニン3)またはその改変ポリペプチド、あるいは、前記タンパク質のmRNAに対するsiRNAまたはshRNAの少なくとも1つを発現するよう構築されたものであればよく、特に限定されない。本発明の遺伝子組換え用ベクターは、さらに、プロモーターや選択マーカー等を有していてもよい。
【0024】
プロモーターは、目的細胞で機能するものであれば特に制限されるものではなく、例えば、U6プロモーター、CMVプロモーター、LTRプロモーター、T3プロモーター等が挙げられる。
【0025】
選択マーカーについても特に制限されるものではなく、例えば、薬剤耐性マーカー、酵素マーカー、蛍光タンパク質マーカー等が挙げられる。本発明の細胞融合制御法において、融合細胞の識別用に、蛍光タンパク質マーカーを用いてもよい。蛍光タンパク質マーカーとしては、例えば、DsRed(Discosoma sp. red fluorescent protein)、GFP(Green fluorescent protein)、CFP(Cyan fluorescent protein)、YFP(Yellow fluorescent protein)等が挙げられる。
【0026】
本発明の遺伝子組換え用ベクターの種類は、特に限定されず、目的細胞等に応じて適宜選択することができる。例えば、ウイルスベクター、プラスミド等が挙げられる。また、ウイルスベクターとしては、例えば、レンチウイルスベクター、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター等が挙げられる。
【0027】
本発明の細胞融合制御方法において、細胞融合に用いる細胞は、動物細胞であればよく、特に限定されない。例えば、動物の生体から採取した細胞を用いてもよく、樹立された培養細胞株や、形質転換された細胞株等を用いてもよい。一例として、後述の実施例で使用したヒト胎盤絨毛癌由来細胞であるBeWo細胞や、293細胞等が挙げられる。
【0028】
細胞融合の方法は、特に制限されず、例えば、本発明の遺伝子組換え用ベクターを導入した細胞をフォルスコリン存在下で培養する方法でもよい。また、細胞融合の方法として、融合した細胞を検出する場合には、例えば、以下のような方法を用いてもよい。
【0029】
まず、選択マーカーのみが異なる2種類の本発明の遺伝子組換え用ベクターを準備する。選択マーカーとしては、例えば、細胞質で発色するDsRedと、核で発色するCFP−Nuc(核移行シグナルを付加したCFP)等のように、細胞内の蛍光発色部が異なる2つのマーカーを用いる。融合する細胞として、上記2種類のベクターを1種類ずつ導入した、2つの細胞群を調製する。2つの細胞群は、それぞれ培養液に懸濁してウェルディッシュに同細胞数ずつ播種し、フォルスコリン存在下で2〜3日間培養し、細胞融合させる。融合した細胞の検出方法は、例えば、培養後、蛍光顕微鏡を用いて細胞を観察し、2種類の選択マーカーが同時に発色している細胞の割合(細胞融合率)および平均核数(細胞内核数の平均値)を計測し、細胞融合制御を評価する。
【0030】
本発明の細胞融合制御剤は、特に限定されず、本発明の遺伝子組換え用ベクターを含んでいればよい。本発明の細胞融合制御剤は、例えば、さらに培養液、緩衝液、細胞融合誘導物質、細胞融合抑制物質等を含んでいてもよい。細胞融合誘導物質としては、例えば、フォルスコリン等が挙げられる。
【0031】
本発明の細胞融合制御剤の用途は、特に限定されず、例えば、細胞融合過程に起因する疾病の治療法、再生医療技術、抗体産生技術等が挙げられる。細胞融合過程に起因する疾病としては、例えば、筋ジストロフィーなどの筋肉疾患、骨大理石病、胎盤傷害等が挙げられる。また、再生医療技術としては、例えば、造血幹細胞等の幹細胞から様々な組織を再生させる方法等が挙げられる。
【実施例】
【0032】
以下、実験方法の記載等に続いて、本発明の実施例の細胞融合制御法について図面を参照しながら説明するが、本発明はこれら実施例の記載によって何ら制限されるものではない。
【0033】
〔実験方法〕
・細胞融合(Fusion)の誘導方法
2×104の細胞を12ウェルディッシュに撒き一晩培養後50μMのフォルスコリンを添加して2日間培養する。BeWo細胞と293細胞の培養の場合は2日間で細胞融合誘導を終えるが、BeWo細胞のみの培養はさらに2日間、培地とフォルスコリンを交換して培養を行った後に蛍光顕微鏡観察を行う。
【0034】
・Apical plasma membrane protein等の調製と二次元電気泳動、タンパク質の同定
2×105の細胞を15cmディッシュに撒き一晩培養後50μMのフォルスコリンを添加して細胞融合誘導を行った細胞から、cationic colloidal silica法により細胞膜を単離した後に、Apical plasma membrane proteinとCytoplasmically attached peripheral membrane proteinとを分離した。それぞれの画分に対して二次元電気泳動を行った後に銀染色あるいは蛍光染色(ProQ−Diamond、Sypro−Ruby)で比較解析を行った。細胞融合の非誘導、誘導後で異なったスポットを切り出した後に一晩トリプシン消化をゲル中で行った。得られたペプチド群を精製してMALDI-TOF-MASS解析を行い、peptide mass finger print法でタンパク質の同定を行った。
【0035】
・多核体解析
DsRed発現細胞とCFP−Nuc発現細胞とを1対1で混ぜ調製した2×104の細胞を12ウェルディッシュに撒き一晩培養後フォルスコリンを添加して、4日間細胞融合の誘導を行った。誘導終了後に4%PFA(paraformaldehyde)で細胞を固定し、ファロイジンおよびDAPI(4’,6−diamino−2−phenylindole)を用いて、常法により染色した。DsRed陽性かつCFP−Nuc陽性の多核体を融合した細胞として1細胞あたりの核の数を測定し分布グラフの作成を行った。
【0036】
・リン酸化ペプチドの同定
BeWo細胞あるいは293細胞にレンチウイルスベクターを用いてFLAGでタグされたカルポニン3(CNN3)の遺伝子導入を行った後に、抗FLAG抗体カラムでCNN3の回収を行った。回収したCNN3を溶液中でトリプシン消化した後に酸化チタンカラムを用いてリン酸化ペプチドの濃縮と脱リン酸化反応を行った後にMALDI-TOF-MASS解析での同定を試みた。得られたリン酸化ペプチドについて、MALDI-QIT-MASSによるmass解析を行い、ペプチド配列を同定した。
【0037】
〔BeWo細胞等のフォルスコリン刺激による多核体誘導〕
蛍光タンパク質DsRedまたはCFP−Nucを恒常的に発現させたBeWo細胞を無刺激下で48時間培養した結果を図1のAに示す。DsRedとCFP−Nucのダブルポジティブ細胞、即ち、細胞融合の結果多核体となった細胞は観察されなかった。
同図Bは、同図Aの条件下でフォルスコリンを添加し48時間多核体誘導を行った結果である。原図のカラー写真では、核がCFP−Nuc(水色)かつ細胞質がDsRed(赤色)の細胞が観察された。2種類の細胞の細胞膜、細胞質の融合を伴った多核体が誘導できたことを示している。しかし、融合細胞は一視野に1つ程度と効率は非常に悪い。
BeWo細胞間での融合は効率が低いので、より細胞融合誘導効率の高い系を確立させた。即ち、CFP−Nucをもつ293細胞と、GFP−Tublin(同図C)またはDsRed(同図D)をもつBeWo細胞との間で細胞融合を誘導したところ、フォルスコリン刺激後48時間で多数の巨大な多核体を誘導することに成功した。
【0038】
〔二次元電気泳動による、細胞融合特異的に変化する分子の探索1−GAPDHの同定〕
DsRed発現BeWo細胞とCFP−Nuc発現293細胞とをフォルスコリン存在下で48時間混合培養し多核体誘導を行った。この誘導細胞(図2の右)と非誘導細胞(図2の左)とからそれぞれ細胞膜(Apical plasma membrane)タンパク質を調製して二次元電気泳動後に銀染色を行った。同図の下の写真(枠で囲われている部分を拡大したもの)で示すように、多核体誘導を行ったものでは等電点に変化のあるスポットが多数観察された。各スポットを切り出しタンパク質を同定したところ、GAPDHであることが明らかとなった。
このことから、細胞融合の誘導に伴い、通常は細胞質に存在するGAPDHが翻訳後修飾を受け、細胞膜に移行すると考えられる。
【0039】
〔二次元電気泳動による、細胞融合特異的に変化する分子の探索2−カルポニン3の同定〕
上記と同様に、DsRed発現BeWo細胞とCFP−Nuc発現293細胞とをフォルスコリン存在下で48時間混合培養し多核体誘導を行った。この誘導細胞(図3の右)と非誘導細胞(図3の左)とからそれぞれ細胞膜および膜タンパク質に会合しているタンパク質群(Cytoplasmically attached peripheral membrane protein)を調製して二次元電気泳動後に蛍光染色を行った。リン酸化タンパク質特異的なProQ−Diamond染色(同図上段)を行った後に、総タンパク質をSypro−Ruby染色(同図下段)で可視化した。細胞融合誘導後リン酸化レベルが亢進していたスポットを拡大したものを同図の左側に示す。矢印で示されたスポットのタンパク質の同定を試みたところ、カルポニン3(CNN3)であることが明らかとなった。
【0040】
〔CNN3のリン酸化部位の同定と、細胞融合の誘導によるアクチン骨格からのCNN3の解離〕
YFP−CNN3を発現するBeWo細胞とCFP−Nucを発現する293細胞とをフォルスコリン存在下(または非存在下)で48時間混合培養した。非存在下(無刺激下)でYFP−CNN3は主に細胞膜に局在している(図4Aの左)。これは、細胞骨格を形成しているアクチンに会合しているためと考えられる。一方、フォルスコリン存在下でのYFP−CNN3の局在は細胞全体に広がっており、膜への局在が弱くなっていた(図4Aの右)。このことから、細胞融合の誘導に伴い、CNN3はリン酸化が亢進され、膜直下のアクチン骨格から解離すると考えられる。
【0041】
Flag−CNN3を細胞内に導入し細胞融合を誘導後、抗FLAG抗体を用いてCNN3の免疫沈降を行った。SDS−PAGEで展開後、ProQ−Diamond染色(図4B上段)とSypro−Ruby染色(図4B下段)を行ったところ、細胞融合誘導可能なBeWo細胞と293細胞との混合培養ではフォルスコリン刺激によってCNN3のリン酸化レベルが亢進していた。また、CNN3−アクチン複合体から解離していることを確認した。一方、細胞融合を誘導しない293細胞のみではフォルスコリン刺激を行ってもCNN3のリン酸化は亢進せず、アクチンからの解離も促進されていなかった。
【0042】
次に、CNN3のリン酸化部位を同定するため、精製したFlag−CNN3を還元・アルキル化した後にトリプシン消化を行った。得られたペプチド群に対してMALDI-TOF-MASS解析を行い、リン酸化ペプチドの有無を確認した。その結果、質量5286のペプチドが80ずつ3つシフトしており、アルカリフォスファターゼ処理により5286のペプチド1つになることから、このペプチドに少なくとも3ヶ所のリン酸基が付加されることが考えられた。また、上記5286ペプチドのmass解析から、このペプチドがCNN3のC末のacidic tailの一部分であることが明らかになった。
【0043】
〔実施例1〕
実施例1において、融合用細胞にはBeWo細胞を用いた。BeWo細胞は、細胞融合確認のために、DsRed発現細胞と、CFP−Nuc発現細胞との2群の細胞を調製した。また、本例では、GAPDHの発現を抑制するGAPDH RNAi−1(標的配列(センス):配列番号3)を同時に導入した。したがって、一方の群には、GAPDH RNAi−1およびDsRedを発現させるベクターを導入し、もう一方の群には、GAPDH RNAi−1およびCFP−Nucを発現させるベクターを導入した。本例における遺伝子組換え用ベクターは、GAPDH RNAi−1の上流側に、ヒトU6プロモーターを配置し、DsRedまたはCFP−Nuc遺伝子の上流側に、CMVプロモーターを配置した。上記ベクターは、BeWo細胞に対して、20MOIで遺伝子導入を行った。
このようにしてベクターを導入し、BeWo(GAPDH RNAi+DsRed)細胞およびBeWo(GAPDH RNAi+CFP−Nuc)細胞を得た。
【0044】
BeWo(GAPDH RNAi+DsRed)細胞およびBeWo(GAPDH RNAi+CFP−Nuc)細胞は、各々1×104細胞/ウェルになるようにハムF12培養液中に懸濁し、12ウェルディッシュに播種し、一晩培養した。各ウェルにフォルスコリンを50μMになるように添加した後、さらに72時間培養して細胞融合させた。
【0045】
〔実施例2〕
実施例2では、実施例1のGAPDH RNAi−1の代わりにGAPDH RNAi−2(標的配列(センス):配列番号4)を導入して、融合細胞を作製した。それ以外は、実施例1と同様にして、細胞融合を誘導した。
【0046】
〔比較例1〕
比較例1では、実施例1のGAPDH RNAi−1に代えてControl RNAiを導入し、融合細胞を作製した。それ以外は、実施例1と同様にして、細胞融合を誘導した。
【0047】
まず、上記GAPDH RNAi−1およびGAPDH RNAi−2を細胞に導入することで、GAPDHの発現をノックダウンできるか確認した結果を図5Aに示す。この実験では、GAPDH RNAi−1(clone 1)を導入した293細胞と、Control RNAi、GAPDH RNAi−1、またはGAPDH RNAi−2(clone 2)を導入したBeWo細胞とを混合し、48時間フォルスコリン処理(または無刺激)を行った後に細胞を可溶化し、抗GAPDH抗体でウエスタンブロットを行った。同図に示すように、GAPDH RNAi−1または2をBeWo細胞に導入した場合は、いずれも無刺激下でGAPDHがほぼノックダウンされており、フォルスコリン処理を行った場合でも安定してGAPDHの発現がノックダウンされていた。
【0048】
細胞融合誘導後、実施例1、2および比較例1の細胞を、蛍光顕微鏡を用いて観察した。図5Cに、観察した顕微鏡写真を示す。同図の3枚の写真のうち、左端の写真(Control RNAi)は比較例1、中央の写真(GAPDH RNAi−1)は実施例1、右端の写真(GAPDH RNAi−2)は実施例2の顕微鏡写真である。DsRed発現細胞由来の細胞は、細胞質が赤色に発色し、CFP−Nuc発現細胞由来の細胞は、核が水色に発色する。したがって、融合した細胞は、細胞質と核の両方が発色する(各写真内の白矢印)。その結果、同図に示すように、実施例1および2は、比較例1に比べて、融合細胞の数が多く観察された。
【0049】
また、図5Bは、Control RNAi、GAPDH RNAiを発現させたBeWo細胞をそれぞれ96時間フォルスコリン処理した後に、Apical plasma membraneタンパク質を調製して二次元電気泳動し、抗GAPDH抗体でウエスタンブロットを行った結果である。コントロールでは多核体誘導に伴ってGAPDHの翻訳後修飾(酸性側へのシフト)が誘導されているが、GAPDHノックダウン細胞ではすべてのスポットが消失していることから、これらのスポットの変化はGAPDH遺伝子に対する翻訳後修飾の結果出現したものと判断される。
以上のことから、細胞融合に伴い、GAPDHは翻訳後修飾により細胞膜に移行するが、膜に移行したGAPDHは、細胞融合を抑制すると考えられる。
【0050】
また、実施例1および比較例1について、両蛍光タンパク質マーカーが発色した細胞(D+C細胞)中に含まれるCFP−Nucが発色した核(C核)の数を計測し、多核化を評価した。図6Aのグラフは、実施例1および比較例1について、融合培養72時間および96時間後の前記C核数の平均値を示している。同グラフ中、黒色バー(control siRNA)は比較例1で、白色バー(GAPDH siRNA)は実施例1である。同図に示すように、実施例1は、比較例1に比べて、融合培養72時間、96時間のいずれにおいても、細胞に含まれる核数が増えており、多核化が促進されていた。また、図6BおよびCのグラフは、前記C核数の分布を表しており、同図Bは、融合培養72時間後、同図Cは、融合培養96時間後の結果である。同グラフの横軸は前記C核数であり、縦軸は融合細胞頻度(%、D+C細胞中に占める割合)である。比較例1では、両図のグラフに示すように、融合培養72時間、96時間共に、2〜4個の核を有する細胞頻度が最も高かった。一方、実施例1では、融合培養72時間後には5〜7個、同96時間後には8〜10個の核を有する細胞が、それぞれ最も多く、比較例1に比べて、多核体の成熟(細胞内の増核化)が促進されていた。また、実施例2についても実施例1と同様の結果が得られた。
【0051】
〔実施例3〕
実施例3は、実施例1のDsRedに代えてGFPを導入し、さらにGAPDH siRNAに代えて、CNN3 shRNA(標的配列(センス):配列番号5または6)を導入した。本例における遺伝子組換え用ベクターは、レンチウイルスベクターを使用し、CNN3 shRNAの上流にU6プロモーターを配置し、その下流に、CMVプロモーターでドライブされるGFPまたはCFP−Nuc遺伝子を配置した。
上記ベクターは、BeWo細胞に対して20MOIで遺伝子導入を行った。また、実施例3では、培養時にフォルスコリンを添加しなかった。それら以外は、実施例1と同様にして培養を行った。
また、培養前に、上記CNN3 shRNA(2種類のRNAiベクター)で効率よくCNN3の発現をノックダウンできることを、抗CNN3抗体を用いたウエスタンブロット解析により確認した。
【0052】
〔実施例4〕
実施例4では、実施例3と異なり、50μMフォルスコリン存在下で細胞融合を誘導した。それ以外は、実施例3と同様にして培養を行った。
【0053】
〔比較例3〕
比較例3は、実施例3のCNN3 shRNAに代えて、Control shRNAを導入した。それ以外は、実施例3と同様にして培養を行った。
【0054】
〔比較例4〕
比較例4では、50μMフォルスコリン存在下で細胞融合を誘導した。それ以外は、比較例3と同様にして培養を行った。
【0055】
細胞融合誘導後、得られた細胞を4%PFAで固定し、ファロイジンおよびDAPIを用いて常法により染色した。ファロイジンは、F−アクチンを赤色に染色し、DAPIは、核を青色に染色する色素である。染色した細胞は、蛍光顕微鏡を用いて観察した。図7に、観察した顕微鏡写真を示す。同図の左上は比較例3、右上は比較例4、左下は実施例3、右下は実施例4の顕微鏡写真である。同図上段の写真に示すように、フォルスコリン無添加の比較例3は、細胞間の接着が強く、細胞塊が形成されたが、フォルスコリンを添加した比較例4は、細胞間の接着が弱く、細胞質が広がった多核体が観察された。一方、同図下段に示すように、実施例3は、フォルスコリン無添加ながら多核体が観察され、実施例4では、さらに多核体数が増加した。また、フォルスコリン無添加の実施例3においても、比較例4のような、細胞間の接着が弱く、細胞質が広がった多核体が多数観察された。
このことから、CNN3は細胞融合を負に制御する分子であると考えられる。
【0056】
〔実施例5〕
実施例5では、カルポニン3(CNN3)のacidic tail(274番目以降のアミノ酸配列)を欠失させたタンパク質を発現する変異体(delta C(1−273のアミノ酸からなるポリペプチド))を細胞に発現させ、細胞融合に対する影響を調べた。
上記delta C変異体は、FLAGでタグして発現させた。本例における遺伝子組換え用ベクターは、上記delta C変異体の遺伝子上流に、CMVプロモーターを配置した。このベクターをBeWo細胞に対して、20MOIで遺伝子導入した。
【0057】
〔比較例5〕
比較例5の遺伝子組換え用ベクターには、実施例5のdelta C遺伝子に代えて野生型CNN3遺伝子を導入した。それ以外は、実施例5と同様にして比較例5を作製した。
【0058】
実施例5および比較例5は、細胞融合誘導後、抗FLAG抗体を用い、常法により、delta Cおよび野生型CNN3を免疫沈降させた。実施例5および比較例5から得られた各免疫沈降サンプルは、SDS−PAGEにて展開後、Sypro−RubyおよびProQ−Diamondを用いて染色した。Sypro−Rubyは総タンパク質を検出し、ProQ−Diamondはリン酸化タンパクを検出する。図8上段の写真は、ProQ−Diamondによる染色結果であり、図8下段は、Sypro−Rubyによる染色結果である。共に、左レーン(WT)は、比較例5であり、右レーン(Delta C tail)は、実施例5である。また、図8下段の矢印は、野生型CNN3(WT)およびdelta Cのバンド位置を示している。同図に示すように、比較例5には野生型CNN3が検出され、実施例5にはdelta Cが検出された。一方、図8上段に示すように、比較例5では野生型CNN3のバンドが発色し、実施例5では発色は見られなかった。即ち、野生型CNN3はリン酸化を受けるタンパク質であるのに対し、delta C変異体はリン酸化を受けないタンパク質であり、CNN3の少なくとも3ヶ所存在するリン酸化部位はすべてacidic tailに存在すると考えられる。
【0059】
また、実施例5および比較例5について、DsRed発色細胞(D細胞)および両蛍光タンパク質マーカー(DsRedおよびCFP−Nuc)発色細胞(D+C細胞)の細胞数、および両蛍光マーカー発色細胞の核数を計測した。下記表1は、その計測結果である。同表に示すように、比較例5に比べ、実施例5は、融合細胞数を示すD+C細胞数が減少し、平均核数も約1/2に減少した。このように、C末端アミノ酸配列を欠失させたCNN3を発現させることにより、細胞融合が抑制された。このことから、BeWo細胞の細胞融合は、CNN3のリン酸化を介して制御を受けていると考えられる。
【0060】
(表1)
細胞数 平均核数
D細胞 D+C細胞
実施例5 167 19 2.85±1.93
比較例5 160 29 5.86±3.11
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の細胞融合制御法は、様々な細胞において細胞融合の制御が可能であり、その用途は、例えば、細胞融合過程に起因する疾病の治療法、再生医療技術、抗体産生技術等が挙げられ、その用途は限定されず、広い分野に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】BeWo細胞等のフォルスコリン刺激による多核体誘導の実験結果を示す図である。
【図2】二次元電気泳動により、細胞融合特異的に変化する分子として、GAPDHを同定した実験結果を示す図である。
【図3】二次元電気泳動により、細胞融合特異的に変化する分子として、カルポニン3を同定した実験結果を示す図である。
【図4】細胞融合に伴い、カルポニン3のリン酸化が亢進され、膜直下のアクチン骨格から解離することを示唆する実験結果を示す図である。
【図5】GAPDHの発現をノックダウンすることによって、細胞融合が促進されたことを示す図である。
【図6】本発明の実施例1および比較例2の融合細胞数、および融合細胞での核数の分布を比較して示すグラフである。
【図7】本発明の実施例3、4および比較例3、4の蛍光顕微鏡写真である。
【図8】本発明の実施例5および比較例5のタンパク質検出結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物細胞の細胞融合制御方法であって、
グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(GAPDH)およびカルポニン3(calponin3)の少なくとも一方のタンパク質の発現を制御することにより、細胞融合を促進または抑制する細胞融合制御方法。
【請求項2】
前記タンパク質の発現の制御が、前記タンパク質の発現の抑制である請求項1記載の細胞融合制御方法。
【請求項3】
前記タンパク質の発現の制御が、前記タンパク質の発現の促進である請求項1記載の細胞融合制御方法。
【請求項4】
前記タンパク質の発現の抑制が、前記タンパク質のmRNAに対するRNA干渉(RNAi)による抑制である請求項2記載の細胞融合制御方法。
【請求項5】
前記RNA干渉(RNAi)が、前記タンパク質のmRNAに対するsiRNAまたはshRNAの発現によるものである請求項4記載の細胞融合制御方法。
【請求項6】
動物細胞の細胞融合制御方法であって、
グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(GAPDH)およびカルポニン3(calponin3)の少なくとも一方のタンパク質の改変ポリペプチドを細胞内発現させることにより、細胞融合を促進または抑制する細胞融合制御方法。
【請求項7】
前記タンパク質の改変ポリペプチドが、前記カルポニン3のリン酸化部位であるC末端のアミノ酸残基部分を欠失したカルポニン3改変ポリペプチドである請求項6記載の細胞融合制御方法。
【請求項8】
前記タンパク質の改変ポリペプチドが、前記カルポニン3のC末端から最大56個のアミノ酸残基を欠失したカルポニン3改変ポリペプチドである請求項6記載の細胞融合制御方法。
【請求項9】
フォルスコリン存在下で、前記タンパク質またはその改変ポリペプチドの発現を制御することを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の細胞融合制御方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の細胞融合制御方法に使用する遺伝子組換え用ベクターであって、
前記タンパク質またはその改変ポリペプチド、あるいは、前記タンパク質のmRNAに対するsiRNAまたはshRNAの少なくとも1つを目的細胞内で発現するよう構築された遺伝子組換え用ベクター。
【請求項11】
請求項10に記載の遺伝子組換え用ベクターを含有する細胞融合制御剤。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−124972(P2009−124972A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−301832(P2007−301832)
【出願日】平成19年11月21日(2007.11.21)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】