説明

組換え微生物、当該組換え微生物を用いたアラニンの製造方法

【課題】アラニンの排出輸送体に関与する遺伝子を同定し、これを利用することでアラニン生産能を有する微生物におけるアラニン分泌生産性を向上させる方法を提供する。
【解決手段】L-アラニン生産能を有する微生物に対して、ygaW遺伝子又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現が増強するように改変された組換え微生物。上記遺伝子は、L-アラニン排出輸送機能を有するタンパク質をコードする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の遺伝子の発現が増強するように改変された組換え微生物、当該組換え微生物を用いたアラニンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞膜を介する物質輸送は、細胞の生理機能と恒常性を維持するうえで非常に重要であり、原核及び真核細胞を問わず必須な機能である。すなわち、細胞は、生命活動を維持するために、外界から種々の栄養物質を取り込む一方で、代謝過程で生じた代謝産物や老廃物、それに加えて細胞内に侵入した有害な物質を細胞外に排出する。これらの物質輸送は細胞膜に局在する輸送体タンパク質を介してエネルギー依存的に行われる。
【0003】
排出輸送体に関しては、抗生物質や重金属などの有害物質を排出基質とする輸送体が1980年代以降研究されるようになり、最近10余年で、栄養成分であるアミノ酸や糖などを排出する輸送体の存在が遺伝子レベルで明らかにされてきた。特に、アミノ酸に関しては多くのアミノ酸の発酵生産に用いられているCorynebacterium glutamicumで、リジンの排出輸送体が存在することが1996年に報告されて以降(非特許文献1)、現在までに本菌および大腸菌において10を超える排出輸送体が遺伝子レベルで同定されている。これらの排出輸送体の基質としては、スレオニン、含硫アミノ酸、塩基性アミノ酸、酸性アミノ酸、分岐鎖アミノ酸、芳香族アミノ酸やそれらのアナログ物質など多数の物質が知られている。
【0004】
一方、アラニンに関しては、広範な属種の細菌野生株や代謝工学的に改変された細菌変異株において、アラニン(Ala)を分泌生産することが観察されている(特許文献1、非特許文献2〜4)。また、元来Alaを分泌しない大腸菌などからも、Ala生産株が組換え技術を用いて育種されている(非特許文献5)。
【0005】
以上のことから、自然界では多くの細菌が普遍的にアラニンの排出輸送体を有していると考えられるが、現在のところ、いずれの細菌種においてもその実体を捉えた報告例はない。
【0006】
一方、産業レベルでのアミノ酸発酵においては、アミノ酸合成代謝経路の機能強化に基づく生産性の向上は限界に近付きつつあり、近年、アミノ酸の排出輸送体に注目が集まっている。すなわち、アミノ酸排出輸送体の応用研究として、排出輸送体の高発現による排出機能強化によりアミノ酸生産菌の生産性の向上が見込まれている。アラニンの排出輸送体を同定することができれば、これを応用してアラニン生産性の向上が期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】US 5,559,016
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Vrljic M, Sahm H & Eggeling L (1996) A new type of transporter with a new type of cellular function: L-lysine export from Corynebacterium glutamicum. Mol Microbiol 22: 815-826.
【非特許文献2】Kinoshita S, Udaka S & Shimono M (1957) Studies on the amino acid fermentation part I. Production of L-glutamic acid by various microorganisms. J Gen Appl Microbiol 3: 193-205.
【非特許文献3】Hashimoto S & Katsumata R (1998) L-Alanine fermentation by an alanine racemase-deficient mutant of the DL-alanine hyperproducing bacterium Arthrobacter oxydans HAP-l. J Ferment Bioeng 86: 385-390.
【非特許文献4】Hols P, Kleerebezem M, Schanck AN, Ferain T, Hugenholtz J, Delcour J & de Vos WM (1999) Conversion of Lactococcus lactis from homolactic to homoalanine fermentation through metabolic engineering. Nat Biotechnol 17: 588-592.
【非特許文献5】Zhang X, Jantama K, Moore JC, Shanmugam KT & Ingram LO (2007) Production of L-alanine by metabolically engineered Escherichia coli. Appl Microbiol Biot 77: 355-366.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、アラニンの排出輸送体に関与する遺伝子を同定し、これを利用することでアラニンの分泌生産性を向上させた組換え微生物、当該組換え微生物を利用したアラニンの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、L-アラニンの排出輸送体に関与するタンパク質をコードする遺伝子を同定することができ、これを利用することでL-アラニン生産能を有する微生物におけるアラニン分泌生産能を大幅に改善できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は以下を包含する。
(1)L-アラニン生産能を有する微生物に対して、ygaW遺伝子又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現が増強するように改変された組換え微生物。
【0012】
(2)上記ygaW遺伝子及び当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子は、以下の(a)〜(c)のいずれかであることを特徴とする(1)記載の組換え微生物
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して70%以上の配列類似性を有するアミノ酸配列を含み、L-アラニン排出輸送機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号1に示す塩基配列の全部又は一部からなるDNAの相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができ、L-アラニン排出輸送機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0013】
(3)上記ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子は、配列番号33、34、35及び36に示すアミノ酸配列に対して合計で80%以上の配列類似性を有するアミノ酸配列からなる4つの膜貫通領域を有するタンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする(1)記載の組換え微生物。
【0014】
(4)上記機能的に等価な遺伝子は、大腸菌以外の生物由来の遺伝子であることを特徴とする(1)記載の組換え微生物。
【0015】
(5)上記L-アラニン生産能を有する微生物は、本来的にL-アラニン生産能を有する微生物であることを特徴とする(1)記載の組換え微生物。
【0016】
(6)上記L-アラニン生産能を有する微生物は、本来的にL-アラニン生産能を有しない微生物に対してL-アラニン生合成経路に関与する遺伝子を導入した微生物であることを特徴とする(1)記載の組換え微生物。
【0017】
(7)上記L-アラニン生産能を有する微生物は大腸菌であることを特徴とする(1)記載の組換え微生物。
【0018】
(8)上記(1)乃至(7)いずれか記載の組換え微生物を培地にて培養し、培養中又は培養終了後の培地からL-アラニンを回収する、L-アラニンの製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、L-アラニン生産能を有する微生物におけるL-アラニン分泌生産能を大幅に向上させることができる。したがって、本発明に係る組換え微生物を利用することで、L-アラニンの発酵生産における生産性を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ygaW遺伝子及びそのホモログについて、アミノ酸配列レベルでマルチプルアライメント解析した結果を示す特性図である。
【図2】MG1655 株及びMLA301株における培養上清中に含まれるL-アラニンおよびL-アラニル-L-アラニンをHPLCにて定量した結果を示す特性図である。
【図3】変異株LAX12及びLAX16を含む各株を50 μg/mlのL-Ala含有平板培地、3 mM Ala-Ala含有平板培地で生育したときの状態を撮像した写真である。
【図4】LAX12株、LAX16株及びそれらの親株であるMLA301株のL-アラニンを含有する培地及びAla-Alaを含有する培地における細胞増殖曲線を示す特性図である。
【図5】LAX12株、LAX16株及びそれらの親株であるMLA301株について細胞内外のL-アラニン濃度を測定した結果を示す特性図である。
【図6】ytfF遺伝子及びygaW遺伝子の産物をTMHMMプログラムを用いて解析した結果を示す特性図である。
【図7】各形質転換体について細胞内外のL-アラニン濃度を測定した結果を示す特性図である。
【図8】ygaW遺伝子欠損株及び当該欠損株にygaW遺伝子を導入した株について細胞内外のL-アラニン濃度を測定した結果を示す特性図である。
【図9】組換えプラスミドpYgaWを導入したMG1655とベクターpSTV29を導入したMG1655について細胞外のL-アラニン濃度を経時的に測定した結果、増殖曲線を示す特性図である。
【図10】ygaW、ytfF、yddG及びyeaS遺伝子について、Ala-Ala存在下あるいは非存在下での転写レベルをRT-PCRを用いて解析した結果を示す電気泳動写真である。
【図11】ベクターpSTV29を導入したMG1655、pAlaDを導入したMG1655及びpAlaD-YgaWを導入したMG1655について、細胞外のL-アラニン濃度を経時的に測定した結果、グルコース消費を経時的に測定した結果及び各株の増殖曲線を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る組換え微生物は、L-アラニン生産能を有する微生物に対して、特定の遺伝子の発現が増強するように改変されたものである。この組換え微生物は、組換え前の微生物(宿主微生物)におけるL-アラニンの分泌生産能と比較して非常に優れたL-アラニンの分泌生産能を示す。
【0022】
L-アラニン生産能を有する微生物
本発明において、L-アラニン生産能を有する微生物とは、培地で培養したときに、L-アラニンを細胞内から、又は培地から回収できる程度に生成する能力をいう。すなわち、ある微生物を培地にて培養したときに当該培地中からL-アラニンを回収できなくとも、当該微生物の細胞内にL-アラニンを蓄積しているのであればL-アラニン生産能を有する微生物に含まれる。
【0023】
また、L-アラニン生産能を有する微生物とは、自然環境から単離同定された微生物であって遺伝的改変(遺伝子導入や遺伝子破壊、相同組換え)等がなされていない野生型の微生物でも良いし、野生型の微生物に対して突然変異が導入された突然変異型の微生物であっても良い。なお、突然変異は、自然に導入された変異でも良いし、人為的に導入された変異でも良い。さらに、L-アラニン生産能を有する微生物としては、本来的にL-アラニン生産能を有しない微生物に対して、L-アラニン生産能を付与するような改変が行われた微生物(一例として組換え体)であっても良い。
【0024】
L-アラニン生産能を有する微生物としては、上記非特許文献3に開示されるArthrobacter oxydansを、本来的にL-アラニン生産能を有する微生物の一例として挙げることができる。また、本来的にL-アラニン生産能を有する微生物としては、Corynebacterium gelatinosum, Micrococcus sodonensis, Clostridium sp. P2, Pyrococcusw furiosus, Thermococcus profundus, Sarcina lutea, Streptomyces tanashiensis, Streptomyces flaveolus, Sporobolomyces salmonicolor, Torulopsis utilis, Rhodotorula glutinis, Cryptococcus albicans, Rhizopus nigricans, Rhizopus japonicus, Penicillium trzebinskianum, Mucor等を挙げることができる。
【0025】
また、L-アラニン生産能を付与するような改変が行われた微生物としては、上記非特許文献4に開示されるLactococcus lactis変異株を挙げることができる。このLactococcus lactis変異株は、野生型Lactococcus lactisにおけるL-乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を欠損させ、且つ、Bacillus sphaericus由来のアラニンデヒドロゲナーゼ遺伝子を発現可能に導入し、さらにL-アラニンの光学異性体であるD-アラニン産生を抑えるためにアラニンラセマーゼ遺伝子を欠損させたものである。このように改変されたLactococcus lactis変異株は、糖代謝の最終産物として光学純度の高い(>99%)L-アラニンを合成することができる。
【0026】
さらに、L-アラニン生産能を付与するような改変が行われた微生物としては、上記非特許文献5に開示されるEscherichia coli変異株を挙げることができる。このEscherichia coli変異株は、本来的に有しているD-乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子をGeobacillus stearothermophilus由来のアラニンデヒドロゲナーゼ遺伝子に置換してなり、グルコールを用いた発酵における産物としてアラニンを合成することができる。
【0027】
なお、L-アラニン生産能を付与するような改変は、上述したLactococcus lactisやEscherichia coliに限定されず、Lactococcus属に属する他の微生物やEscherichia属に属する他の微生物に対しても同様に行うことができる。また、L-アラニン生産能を付与するような改変は、Bacillus属やPseudomonas dacunhae, Zymomonas mobilis, Corynebacterium glutamicum, Arthrobacter等の細菌に対しても同様に行うことができる。さらに、L-アラニン生産能を付与するような改変は、Saccharomyces属等の酵母(真菌)に対しても同様に行うことができる。
【0028】
一方、本来的にL-アラニン生産能を有しない微生物に対して、L-アラニン生産能を付与するには、L-アラニン生合成経路に関与する遺伝子を発現可能に導入する方法が挙げられる。L-アラニン生合成経路に関与する遺伝子としては、アラニンデヒドロゲナーゼ遺伝子、アラニンラセマーゼ遺伝子、アラニンアミノトランスフェラーゼ、および各種アミノトランスフェラーゼ等を挙げることができる。これらL-アラニン生合成経路に関与する遺伝子のうち、1以上の遺伝子を本来的にL-アラニン生産能を有しない微生物に発現可能に導入することによって、当該微生物はL-アラニン生産能を獲得することとなる。
【0029】
L-アラニン生合成経路に関与する遺伝子を発現可能に導入する方法としては、特に限定されず、当該遺伝子を適当なプラスミド等のベクターにクローニングし、得られた組換えベクターを用いて宿主微生物を形質転換する方法が挙げられる。使用できるベクターとしては、入手可能なベクターを個別に例証するまでもなく、宿主微生物に応じて適宜選択することができる。また、ベクターを用いた形質転換法としても、従来公知の方法を適宜使用することができる。形質転換方法としては、塩化カルシウム法、コンピテントセル法、プロトプラスト又はスフェロプラスト法、電気パルス法等を例示することができる。
【0030】
また、L-アラニン生合成経路に関与する遺伝子を発現可能に導入する場合、当該遺伝子を宿主微生物の染色体DNA上に導入しても良いし、当該遺伝子を有するベクターの状態で宿主微生物内に存在させても良い。導入する遺伝子のコピー数は何ら限定されず、シングルコピーで当該遺伝子を導入しても良いし、マルチコピーで当該遺伝子を導入しても良い。
【0031】
一方、本来的にL-アラニン生産能を有しない微生物に対して、L-アラニン生産能を付与するには、L-アラニンが関与する代謝経路においてL-アラニンを基質として他の化合物を生成する反応を阻害する方法が挙げられる。一例として、L-アラニンが関与する代謝経路においてL-アラニンを基質として他の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性を低下、又は欠損させる方法が挙げられる。L-アラニンが関与する代謝経路においてL-アラニンを基質として他の化合物を生成する反応を触媒する酵素としては、アラニンラセマーゼおよび大腸菌においてL-アラニン合成に関与する主要な3種のアミノトランスフェラーゼ(YfbQ、YfdZ、AvtA)とそれらのホモログを挙げることができる。これら酵素をコードする遺伝子を欠損させることで、当該酵素の活性を低下又は欠損させることができ、その結果、L-アラニンを高蓄積させることができる。
【0032】
酵素の活性を低下または欠損させる方法としては、特に限定されず、例えば通常の変異処理法によって、あるいは遺伝子工学的手法によって、当該酵素をコードする遺伝子に変異を導入すればよい。変異処理法としては、例えば、X線や紫外線を照射する方法、N−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン等の変異剤で処理する方法等が挙げられる。変異を導入する部位は、遺伝子における所謂コーディング領域でも良いし、当該遺伝子の発現を制御するプロモーター等の発現制御領域でも良い。
【0033】
L-アラニン排出輸送体に関与する遺伝子
本発明では、上述したL-アラニン生産能を有する微生物に対して、L-アラニン排出輸送体に関与する新規遺伝子の発現が増強するように改変する。ここで、新規遺伝子とは、大腸菌においてygaW遺伝子として特定される遺伝子である。すなわち、L-アラニン生産能を有する微生物に対して、ygaW遺伝子又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現を増強するように改変することで、L-アラニンの分泌生産能を向上させることができる。
【0034】
なお、本来的にL-アラニン生産能を有しない微生物に対して、L-アラニン排出輸送体に関与する新規遺伝子の発現が増強するように改変した後にL-アラニン生産能を付与しても良いし、L-アラニン排出輸送体に関与する新規遺伝子の発現が増強するような改変と、L-アラニン生産能の付与とを同時に行っても良い。
【0035】
ここで、遺伝子の発現を増強するような改変とは、内在する当該遺伝子の発現制御領域を改変する方法、当該遺伝子が発現可能なように導入する方法を挙げることができる。また、これらの方法を組み合わせて、遺伝子の発現を増強することもできる。なお、遺伝子の発現が親株、例えば野生株や非改変株と比べて向上していることの確認は、特に限定されないが、当該遺伝子のmRNAの量を野生型や非改変株と比較する方法を挙げることができる。より具体的には、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCRといった手法により特定の遺伝子の発現量を定量的に比較できる。
【0036】
また、ygaW遺伝子又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現を増強する際、野生株や非改変株と比較して、少なくとも、当該遺伝子の発現量が統計的有意に増加してればよい。特に、当該遺伝子の発現量は、L-アラニンの分泌生産量が多くなるように適宜設定することが好ましい。
【0037】
ygaW遺伝子とは、大腸菌において機能未知の遺伝子としてデータベースに登録された遺伝子である。このygaW遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号1及び2に示す。ただし、大腸菌におけるygaW遺伝子としては、配列番号1及び2にて特定されるものに限定されず、塩基配列やアミノ酸配列は異なるがパラログの関係又は狭義のホモログの関係にある遺伝子であっても良い。
【0038】
また、大腸菌におけるygaW遺伝子は、これら配列番号1及び2にて特定されるものに限定されず、例えば、配列番号2のアミノ酸配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列類似性を有するアミノ酸配列を有し、L-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードするものでも良い。配列類似性の値は、BLASTアルゴリズムを実装したBLASTNやBLASTXプログラムにより算出することができる(デフォルトの設定)。なお、配列類似性の値は、一対のアミノ酸配列をペアワイズ・アライメント分析した際に完全に一致するアミノ酸残基と、物理化学的に機能が類似するアミノ酸残基との合計を算出し、比較した全アミノ酸残基中の上記合計数の割合として算出される。
【0039】
さらに、大腸菌におけるygaW遺伝子は、これら配列番号1及び2にて特定されるものに限定されず、例えば、配列番号2のアミノ酸配列に対して、1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を有し、L-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードするものでも良い。ここで、数個とは、例えば、2〜30個、好ましくは2〜20個、より好ましくは2〜10個、最も好ましくは2〜5個である。
【0040】
さらにまた、大腸菌におけるygaW遺伝子は、これら配列番号1及び2にて特定されるものに限定されず、例えば、配列番号1の塩基配列からなるDNAの相補鎖の全部又は一部に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつL-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードするものでもよい。ここでいう「ストリンジェントな条件」とはいわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件を意味し、例えばMolecular Cloning: A Laboratory Manual(Third Edition)を参照して適宜決定することができる。具体的には、サザンハイブリダイゼーションの際の温度や溶液に含まれる塩濃度、及びサザンハイブリダイゼーションの洗浄工程の際の温度や溶液に含まれる塩濃度によりストリンジェンシーを設定することができる。
【0041】
一方、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子とは、大腸菌以外の生物(例えば、γ-プロテオバクテリア)由来であって、L-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードする遺伝子である。ここで、大腸菌以外の生物由来であって、L-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードする遺伝子とは、広義のホモログの関係にある遺伝子又はオルソログの関係にある遺伝子を意味する。
【0042】
このようなygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子は、大腸菌以外の生物由来に関するゲノムDNAの配列情報を格納したデータベースを検索することによって特定することができる。ここで、データベースとしては、MBGD、GenBank、DDBJ及びEMBL等のデータベースを挙げることができる。ただし、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子を検索するに際して、使用するデータベースには何ら制限はない。特に、データベースとしては、1つの種について1つのゲノム情報を検索対象としたシステムを実装しているMBGDを使用することが好ましい。データベースを用いたygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子の検索は、配列番号1の塩基配列及び/又は配列番号2のアミノ酸配列をクエリー配列として上述した配列類似性の値に基づいて実行できる。このような検索においては、上述した配列類似性は相同性と同義となる。このような検索において、例えば、配列番号2のアミノ酸配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、更に好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性(配列類似性)を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子をygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子として特定できる。
【0043】
また、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子は、例えば、配列番号2のアミノ酸配列に対して、1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を有し、L-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードするものでも良い。ここで、数個とは、例えば、2〜30個、好ましくは2〜20個、より好ましくは2〜10個、最も好ましくは2〜5個である。
【0044】
さらにまた、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子、例えば、配列番号1の塩基配列からなるDNAの相補鎖の全部又は一部に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつL-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードするものでもよい。ここでいう「ストリンジェントな条件」とはいわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件を意味し、例えばMolecular Cloning: A Laboratory Manual(Third Edition)を参照して適宜決定することができる。具体的には、サザンハイブリダイゼーションの際の温度や溶液に含まれる塩濃度、及びサザンハイブリダイゼーションの洗浄工程の際の温度や溶液に含まれる塩濃度によりストリンジェンシーを設定することができる。
【0045】
より具体的に、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子としては、特に限定されないが、MBGDデータベースに格納された以下の遺伝子を上げることができる。すなわち、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子としては、例えば、Shigella flexneri 301由来のSF2698遺伝子(塩基配列:配列番号3、アミノ酸配列:配列番号4)、Salmonella typhimurium LT2; ATCC 700720由来のSTM2800遺伝子(塩基配列:配列番号5、アミノ酸配列:配列番号6)、Citrobacter koseri ATCC BAA-895由来のCKO_04017遺伝子(塩基配列:配列番号7、アミノ酸配列:配列番号8)、Enterobacter sp. 638由来のENT638_3150遺伝子(塩基配列:配列番号9、アミノ酸配列:配列番号10)、Klebsiella pneumoniae ATCC 700721由来のKPN_02999遺伝子(塩基配列:配列番号11、アミノ酸配列:配列番号12)、Enterobacter sakazakii ATCC BAA-894由来のESA_00597遺伝子(塩基配列:配列番号13、アミノ酸配列:配列番号14)、Yersinia pestis CO92由来のYPO0544遺伝子(塩基配列:配列番号15、アミノ酸配列:配列番号16)、Serratia proteamaculans 568由来のSPRO_0751遺伝子(塩基配列:配列番号17、アミノ酸配列:配列番号18)、Vibrio cholerae N16961由来のVC1828遺伝子(塩基配列:配列番号19、アミノ酸配列:配列番号20)、Dickeya zeae Ech1591由来のDD1591_0599遺伝子(塩基配列:配列番号21、アミノ酸配列:配列番号22)、Erwinia carotovora SCRI1043由来のECA3826遺伝子(塩基配列:配列番号23、アミノ酸配列:配列番号24)、Vibrio fischeri ES114由来のVF_0967遺伝子(塩基配列:配列番号25、アミノ酸配列:配列番号26)、Photobacterium profundum SS9由来のPBPRA2535遺伝子(塩基配列:配列番号27、アミノ酸配列:配列番号28)、Sodalis glossinidius morsitans由来のSG0439遺伝子(塩基配列:配列番号29、アミノ酸配列:配列番号30)及びRhodobacter sphaeroides 2.4.1; ATCC BAA-808由来のRSP_3651遺伝子(塩基配列:配列番号31、アミノ酸配列:配列番号32)を挙げることができる。
【0046】
これら列挙した遺伝子に関して、遺伝子名、生物種、e-value、アミノ酸配列レベルでの一致度及びアミノ酸配列レベルでの配列類似に纏める。
【0047】
【表1】

【0048】
上記表に示した各遺伝子は、ygaW遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して70%以上の配列類似性を有するタンパク質をコードしており、E-valueが非常に小さな値(最大でも2.00e-18)となっており、進化論的及び統計的にygaW遺伝子のホモログとして有意である蓋然性が高いといえる。特に、上記表に示した遺伝子のうち、ygaW遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有するタンパク質をコードするものは、ygaW遺伝子と非常に類似した機能を有するホモログである蓋然性が高いといえる。
【0049】
ところで、ygaW遺伝子がコードするタンパク質について、TMHMM (Transmembrane Hidden Markov Model (Krogh A et al. (2001) J Mol Biol 305, 567-580))プログラムを用いて解析したところ、4つの膜貫通領域を同定することができる。上記表に示した各遺伝子のうち上位13種類の遺伝子(SF2698、CKO_04017、STM2800、ENT638_3150、KPN_02999、ESA_00597、YPO0544、SPRO_0751、VC1828、ECA3826、DD1591_0599、PBPRA2535及びVF_0967)について、アミノ酸配列レベルでマルチプルアライメント解析し、4つの膜貫通領域について解析した結果を図1に示す。図1において太線を付した4つの領域が膜貫通領域である。また、図1において、ygaW遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列中、丸枠で示したアミノ酸残基は、詳細を後述する実施例で示すように、L-アラニン排出輸送体としての機能を維持する上で非常に重要なアミノ酸であることが示唆されている。なお、マルチプルアライメント解析はClustal Wプログラム(Thompson JD et al. (1994) Nucleic acids Res 22, 4673-4680)を使用している。
【0050】
図1から判るように、これら遺伝子間では、4つの膜貫通領域(TMS1〜TMS4)における配列類似性は非常に高い。すなわち、ygaW遺伝子において見いだされた4つの膜貫通領域は、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子においても高度に保存されているといえる。これら4つの膜貫通領域TMS1〜TMS4について、アミノ酸配列レベルでの同一性及び類似性を算出した結果を表2に示す。なお、表2において「合計」の欄は、4つの膜貫通領域TMS1〜TMS4の全てを纏めて計算したときの同一性及び類似性を示している。
【0051】
【表2】

【0052】
表2から判るように、タンパク質全体を比較したときの同一性や類似性の値が低かった遺伝子(例えば、RSP_3651)であっても、これら膜貫通領域における類似性の値は非常に高い値を示している。具体的には、表2に示した各遺伝子は、ygaW遺伝子がコードするタンパク質における膜貫通領域に対して合計で80%以上の配列類似性を有する膜貫通領域を有するタンパク質をコードしている。
【0053】
表2に示した解析結果から、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子とは、ygaW遺伝子がコードするタンパク質における膜貫通領域に対して合計で80%以上の配列類似性を有する膜貫通領域を有し、L-アラニン排出輸送体として機能するタンパク質をコードする遺伝子ということができる。ここで、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子において膜貫通領域は、ygaW遺伝子と比較して好ましくは合計で85%以上、より好ましくは合計で90%以上、最も好ましくは合計で95%以上の配列類似性を有する。
【0054】
なお、ygaW遺伝子がコードするタンパク質における4つの膜貫通領域のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号33、34、35及び36に示す。これらアミノ酸配列との配列類似性は、上述したように、BLASTアルゴリズムを実装したBLASTNやBLASTXプログラムにより算出することができる(デフォルトの設定)。
【0055】
特に、配列番号2に示したygaW遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列において第34番目のセリン及び第125番目のグリシンは、詳細を後述する実施例で示すように、L-アラニン排出輸送体としての機能を維持する上で非常に重要なアミノ酸であることが示唆されている。したがって、ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子においても、配列番号2に示すアミノ酸配列における第34番目のセリンに相当するセリン、第125番目のグリシンに相当するグリシンは保存されていることが好ましい。
【0056】
ところで、ygaW遺伝子、当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子としては、上述した具体的な塩基配列やアミノ酸配列により特定されるものに限定されず、自然に又は人為的に突然変異が導入され、上述した具体的な塩基配列やアミノ酸配列とは異なる塩基配列やアミノ酸配列により特定されるものでも良い。人為的に突然変異を導入する際には、従来公知の部位特異的変異法を適用することができる。この方法によれば、ygaW遺伝子や当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子におけるコーディング領域に所望の変異を導入することができ、特定の部位のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする変異型遺伝子を取得できる。また、ランダムに突然変異を導入する手法を採用して変異型遺伝子を取得することもできる。
【0057】
なお、所定の遺伝子がL-アラニン排出輸送体に関与するタンパク質をコードしているか否かは、当該遺伝子を用いてL-アラニン生産能を有する微生物を形質転換し、得られた形質転換微生物を培地にて培養し、培地に排出されるL-アラニンを定量することで確認できる。すなわち、形質転換する前の微生物におけるL-アラニン排出量と比較して、形質転換微生物におけるL-アラニン排出量が有意に増大している場合、当該所定の遺伝子はL-アラニン排出輸送体に関与するタンパク質をコードしていると判断できる。
【0058】
組換え微生物
本発明に係る組換え微生物は、L-アラニン生産能を有する微生物に対して、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現が増強するように改変された微生物を意味する。
【0059】
例えば、ygaW遺伝子の発現を増強するための改変は、例えば、遺伝子組換え技術を利用して、細胞中のygaW遺伝子のコピー数を高めることによって行うことができる。例えば、ygaW遺伝子を含むDNA断片を、宿主微生物で機能する発現ベクター、好ましくはマルチコピー型のベクターと連結して組換えDNAを作製し、これを微生物に導入して形質転換すればよい。
【0060】
使用可能な発現ベクターは、特に限定されず、プラスミド型ベクター、又は宿主生物中のゲノムに組み込み可能な染色体導入型ベクターを挙げることができる。発現ベクターとしては、特に限定されず、入手可能な如何なる発現ベクターを宿主微生物に応じて適宜選択すればよい。なお、発現ベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、人工染色体DNA(YAC:yeast artificial chromosome)などが挙げられる。
【0061】
プラスミド DNAとしては、例えばpRS413、pRS414、pRS415、pRS416、YCp50、pAUR112又はpAUR123などのYCp型大腸菌-酵母シャトルベクター、pYES2又はYEp13などのYEp型大腸菌-酵母シャトルベクター、pRS403、pRS404、pRS405、pRS406、pAUR101又はpAUR135などのYIp型大腸菌-酵母シャトルベクター、大腸菌由来のプラスミド(pBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pTV118N、pTV119N、pBluescript、pHSG298、pHSG396又はpTrc99AなどのColE系プラスミド、pACYC177又はpACYC184などのp15A系プラスミド、pMW118、pMW119、pMW218又はpMW219などのpSC101系プラスミド等)、アグロバクテリウム由来のプラスミド(例えばpBI101等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP)、φX174、M13mp18又はM13mp19などが挙げられる。レトロトランスポゾンとしては、Ty因子などが挙げられる。YAC用ベクターとしてはpYACC2などが挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0062】
発現ベクターにおいて、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子は、それぞれ発現可能な状態でベクターに組み込まれることが必要である。発現可能な状態とは、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子が導入される宿主生物において所定のプロモーターの制御下に発現されるように、これらygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子とプロモーターとを連結してベクターに組み込むことを意味する。発現ベクターには、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子のほか、プロモーター及びターミネータ、所望によりエンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)等を連結することができる。なお、選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子やカナマイシン耐性遺伝子やハイグロマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子が挙げられる。
【0063】
また、発現ベクターを用いた形質転換法としても、従来公知の方法を適宜使用することができる。形質転換方法としては、塩化カルシウム法、コンピテントセル法、プロトプラスト又はスフェロプラスト法、電気パルス法等を例示することができる。
【0064】
一方、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子のコピー数を高めることは、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子を微生物の染色体DNA上に多コピー存在させることによっても達成できる。微生物の染色体DNA上にygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子を多コピーで導入するには、染色体DNA上に多コピー存在する配列を標的に利用して相同組換えにより行うことができる。
【0065】
さらに、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現の増強は、内在する又は導入したygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子のプロモーター等の発現調節配列を、より高発現可能なものに置換する方法、所定の遺伝子の発現を上昇させるようなレギュレーターを導入する方法などによっても達成される。高発現可能なプロモーターとしては、特に限定されないが、例えば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、pLプロモーター等を挙げることができる。また、内在する又は導入したygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現制御領域に突然変異を導入し、より高発現できるものに改変することも可能である。
【0066】
なお、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現の増強は、mRNAの生存時間を延長させることや、輸送タンパク質の細胞内での分解を防ぐことによっても達成可能である。
【0067】
本発明に係る組換え微生物は、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現が増強するように改変されることにより、L-アラニンの排出活性が向上している。すなわち、本発明に係る組換え微生物を培養したときに培地中に排出されるL-アラニン量を、ygaW遺伝子及び/又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現が増強するように改変する前の親株における同L-アラニン量と比較すると有意に向上している。
【0068】
L-アラニンの製造方法
上述した本発明に係る組換え微生物を培地にて培養し、培地中にL-アラニンを蓄積させ、培地に含まれるL-アラニンを回収することにより、L-アラニンを製造することができる。
【0069】
培養に用いる培地は、炭素源、窒素源、無機塩類、その他必要に応じてアミノ酸、ビタミン等の有機微量栄養素を含有する通常の培地を用いることができる。合成培地または天然培地のいずれも使用可能である。培地に使用される炭素源および窒素源は培養する菌株が利用可能であるものならばいずれの種類を用いてもよい。
【0070】
炭素源としては、グルコース、グリセロール、フラクトース、スクロース、マルトース、マンノース、ガラクトース、澱粉加水分解物、糖蜜等の糖類が使用でき、その他、酢酸、クエン酸等の有機酸、エタノール等のアルコール類も単独あるいは他の炭素源と併用して用いることができる。窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、りん酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等のアンモニウム塩または硝酸塩等が使用することができる。有機微量栄養素としては、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸、核酸、更にこれらのものを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆たん白分解物等が使用でき、生育にアミノ酸などを要求する栄養要求性変異株を使用する場合には要求される栄養素を補添することが好ましい。無機塩類としてはりん酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等が使用できる。
【0071】
L-アラニン生産能を付与した大腸菌を用いて作製された組換え微生物の場合、培養は、好ましくは、培養温度35〜37℃、pHを7.0〜7.5に制御することが好ましい。このような条件下で、好ましくは8時間〜10時間程度培養することにより、培養液中にL-アラニンを蓄積することができる。
【0072】
培養終了後の培養液からL-アラニンを回収する方法は、特に限定されないが、公知の回収方法に従って行えばよい。例えば、培養液から菌体を除去した後に濃縮晶析する方法あるいはイオン交換クロマトグラフィー等によってL-アラニンを回収することができる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例]
本実施例では、先ず、L-Ala排出能を欠損したL-Ala排出能欠損変異株を化学変異処理により取得した。続いて、その排出能欠損の表現型を相補するかを指標として、L-Ala排出機能を有する2種の新規遺伝子(ygaW, ytfF)及び2種の既知遺伝子(yddG, yeaS)を同定した。それらの機能および転写解析を行い、4種の遺伝子のうち、ygaW遺伝子が生理的に主要なL-Alaの排出輸送体をコードすることを明らかにした。また、ygaW遺伝子の増幅による排出機能の強化が大腸菌Ala生産株におけるL-Ala分泌生産性を向上させることを明らかにした。
【0074】
<L-Ala排出能欠損変異株取得のストラテジー>
1)ペプチドフィーディング法
C. glutamicumにおいては、アミノ酸の排出輸送体をコードする遺伝子として最初に同定されたlysEの欠損株がリジン含有ペプチドに高感受性になることが示された。この結果を受けて、同菌ではスレオニン(Thr)およびイソロイシン(Ile)を含むペプチドに感受性を示す株を分離することによってThrおよびIleの排出輸送体欠損変異株が得られている。このペプチドフィーディング法は、対象とするアミノ酸排出輸送体を欠損した変異株は、そのアミノ酸を含むペプチドの存在下で、取り込んだペプチド由来のアミノ酸を排出できず細胞内に過剰蓄積を起こし、その結果、生育阻害(ペプチド感受性)を来たすという原理に基づいている。本実施例では、大腸菌のL-Ala排出輸送体を同定するために、まず、このペプチドフィーディング法を用いてL-Ala排出輸送体を欠損したL-Ala排出能欠損変異株の取得を試みた。
【0075】
2)L-Ala代謝能欠損変異株の作製
L-Alaの代謝経路には、ピルビン酸からL-Alaを生成する経路とL-AlaをD-Alaに変換する経路の2つがある。L-Alaの合成反応については、3種類のアミノトランスフェラーゼ(AvtA、YfbQ及びYfdZ)により触媒される。また、D-Alaの合成については、2種類のアラニンラセマーゼ(Alr及びDadX)により触媒されることが知られている。これらのアミノトランスフェラーゼとラセマーゼの反応はいずれも可逆的な反応であることがわかっている。従って、細胞がL-Alaの排出能を欠損してもL-Alaがこれらの酵素反応によって代謝されるため、細胞内に過剰蓄積が起こらずL-Ala含有ペプチドに対して感受性を示さない可能性があった。事実、L-Ala含有ジペプチドであるL-アラニル-L-アラニン(Ala-Ala)を添加した最少培地で大腸菌野生株MG1655を培養すると、取り込まれたジペプチドの加水分解により生じたL-Alaが代謝されて培養系から消失することが認められた(図2A)。そのため、本実施例ではL-Ala排出能欠損変異株を取得するにあたって、2つのアラニンラセマーゼおよび3つのアミノトランスフェラーゼを全て欠損させた変異株MLA301を作製した。本株はL-AlaおよびD-Alaの合成酵素を欠損しているためL-AlaおよびD-Alaの要求性を示した。本変異株をAla-Ala添加最少培地で培養すると、添加したAla-Alaの消失に伴い培地中に約2倍濃度のL-Alaが蓄積した。このL-Alaは、一定レベルを保ち減少しないことから、本変異株はL-Alaの代謝能を欠損していることが明らかとなった(図2B)。
【0076】
なお、図2A及び図2Bには、それぞれMG1655 株及びMLA301株における培養上清中に含まれるL-アラニンをHPLCにて定量した結果を示している。図2A及び図2Bにおいて、白抜き三角は培地中に残存しているAla-Ala濃度を示し、白抜き丸は培地中のL-アラニン濃度を示している。
【0077】
より詳細に、先ず2種類のアラニンラセマーゼ(Alr及びDadX)を欠損した大腸菌MB2795株(alr::FRT, dadX::FRT)を準備した(Strych U et al., (2001) FEMS Microbiol. Lett. 196: 93-98)。このMB2795株を、L-アラニン合成酵素をコードするyfdZ遺伝子を破壊するためのベクターpYfdZ18cs-KM(Yoneyama H et al., (2011) Biosci. Biotechnol. Biochem.75, 930-938)で形質転換した。得られた形質転換体は、50 μg/mLのD-アラニン及び6.25 μg/mLのカナマイシンを含むルリア液体培地(Luria broth)にて42℃で一晩培養した。そして、ベクターが組み込まれた組換え体を、50 μg/mLのD-アラニン及び6.25 μg/mLのカナマイシンを含むルリア固体培地にて37℃で培養することで選抜した。続いて、yfdZ遺伝子破壊株を、カナマイシン抵抗性及びクロラムフェニコール感受性を指標として選択した。得られたyfdZ遺伝子破壊株を、部位特異的組換え酵素遺伝子(FLP遺伝子)を有するベクターpCP20(Cherepanov PP & Wackernagel W (1995) Gene 158: 9-14)で形質転換し、カナマイシン抵抗性カセットを欠落させ、FRT配列をyfdZ遺伝子内に残した。次に、P1virファージを用いた形質導入法により、avtA遺伝子及びyfbQ遺伝子の破壊を順次行った。このとき、大腸菌HYE008 (avtA::GM, yfbQ::KM, Ala-)をドナーとして使用し、12.5 μg/mLのゲンタマイシン及び12.5 μg/mLのカナマイシンを含むルリア固体培地にて、50 μg/mLのD-アラニンの存在下で avtA遺伝子破壊株及びyfbQ遺伝子破壊株をそれぞれ選抜した。
【0078】
得られた変異株MLA301株のL-アラニン要求性を、50 μg/mLのL-アラニンを含む最少固体培地(50 μg/mLのD-アラニンを含む)又はL-アラニンを含まない最少固体培地(50 μg/mLのD-アラニンを含む)を用いて評価した。その結果が、上述した図3である。
【0079】
なお、図3の左側は50 μg/ml L-Ala及び50 μg/ml D-Alaを含有する平板培地を撮像した写真であり、図3の右側は3 mM Ala-Ala及び50 μg/ml D-Alaを含有する平板培地を撮像した写真である。いずれも培養開始44時間後である。また、図3において区画1はMG1655株であり、区画2はMLA301株である。
【0080】
なお、avtA遺伝子、yfbQ遺伝子及びyfdZ遺伝子の破壊は、以下の一対のプライマーを用いたPCRによって検証した。avtA遺伝子確認用プライマー:5'-GGAATTCCGAGCATGGCGACGATAA-3'(配列番号37)及び5'-GGAATTCCAGTGCATGGATGTCGAG-3'(配列番号38)。 yfbQ遺伝子確認用プライマー:5'-CGGGATCCCGATCAGAACAATTCACT-3'(配列番号39)及び5'-CGGGATCCCGACGTATGATGACATC-3'(配列番号40)。yfdZ遺伝子確認用プライマー5'-CAGGATCCTGAAGGCTGATGACCAG-3'(配列番号41)及び5'-CCGGATCCGGTACTTTTGCCCTGATG-3'(配列番号42)。
【0081】
<Ala-Ala感受性変異株の誘導およびL-Ala排出能の評価>
1)L-アラニン代謝能欠損変異株からのAla-Ala感受性変異株の誘導
L-Ala排出能欠損変異株の分離は、L-Ala及びD-Ala代謝能を欠いた大腸菌MLA301株をニトロソグアニジンで処理し、続いてAla-Alaの存在下でペニシリン濃縮を施した後、最少平板培地上でAla-Alaに対して高感受性を示す株を選択することにより行った。約3,000コロニーをレプリカ評価した結果、50 μg/ml L-Ala含有平板培地で生育し、3 mM Ala-Ala含有平板培地で生育できない表現型を示す株(Ala-Ala感受性変異株)を22株取得した。これらの変異株をLAX1〜LAX22と命名した。図3に代表的な2株の変異株LAX12及びLAX16の50 μg/mlのL-Ala及び3 mM Ala-Ala含有平板培地上での生育を示した。
【0082】
なお、図3の左側は50 μg/ml L-Ala及び50 μg/ml D-Alaを含有する平板培地を撮像した写真であり、図3の右側は3 mM Ala-Ala及び50 μg/ml D-Alaを含有する平板培地を撮像した写真である。いずれも培養開始44時間後である。また、図3において区画1はMG1655株であり、区画2はMLA301株であり、区画3はLAX12株であり、区画4はLAX16株である。
【0083】
2)Ala-Ala感受性変異株のAla-Alaに対する感受性の評価
Ala-Ala感受性変異株LAX12、LAX16およびそれらの親株MLA301について、最少平板培地を用いてAla-Alaに対する感受性(MIC)を調べたところ、各々0.039、0.156、>10 mg/mlであった。この結果から、これらの変異株はAla-Alaに高感受性であることが明らかとなった。また、最少液体培地でAla-Alaに対する感受性を調べた結果、両変異株は50 μg/ml L-Ala添加培地では親株MLA301と同程度の生育を示したのに対して、3 mM Ala-Ala添加培地では親株に比べて生育が抑制されたことから、液体培地においても両変異株はAla-Ala感受性を示すことが明らかとなった(図4)。
【0084】
なお、図4において、Aは50 μg/ml L-アラニン及び50 μg/ml D-Alaを含有する培地における細胞増殖曲線を示し、Bは3mM Ala-Ala及び50 μg/ml D-Alaを含有する培地における細胞増殖曲線を示している。図4において、白抜き丸はLAX12株の細胞増殖曲線であり、白抜き三角はLAX16株の細胞増殖曲線であり、白抜き四角はMLA301株の細胞増殖曲線である。
【0085】
3)Ala-Ala感受性変異株のAla-Ala存在下での細胞内外のL-Alaレベル
得られた変異株がAla-Alaに対して高感受性を示すのは、L-Ala排出輸送体が変異の結果、その機能を失い細胞内に過剰のL-Alaが蓄積するためであると予想した。この仮説を検証するために、Ala-Ala感受性変異株LAX12、LAX16および親株MLA301の細胞を6 mMのAla-Alaを含む最少培地でインキュベーションし、細胞内外のL-Ala濃度を経時的に測定した(図5)。MLA301の細胞内L-Alaレベルは、急激に上昇した後低下し基底レベル(約40 mM)に達した。一方、両変異株の細胞内L-Alaレベルは親株のそれと同様に急激に上昇したが、その後、低下することなく約150-190 mMのプラトーに達した。変異株の定常状態の細胞内L-Alaレベルは親株の基底レベルよりもはるかに高く、逆に、細胞外L-Alaレベルは変異株の方が親株のそれよりも低かった。細胞外のL-Alaレベルの経時変化から算出したLAX12、LAX16およびMLA301のL-Ala排出速度は各々133、137、180 nmol /mg of dry cell weight/minであり、変異株のL-Ala排出能は親株に比べ約25%低下していた。以上の結果より、Ala-Ala感受性変異株はL-Ala排出輸送体に機能障害が起きていることが示唆された。
【0086】
なお、図5のAは細胞内のL-アラニン濃度をHPLCにて測定した結果であり、図5のBは細胞外のL-アラニン濃度をHPLCにて測定した結果である。図5において、白抜き丸はLAX12株を示し、白抜き三角はLAX16株を示し、白抜き四角はMLA301株を示している。
【0087】
<L-Ala排出輸送体遺伝子の同定および機能解析>
1)Ala-Ala感受性変異株の変異を相補する遺伝子のクローニング
上述した通りAla-Ala感受性変異株は、L-Ala排出輸送体が欠損したことによりAla-Alaに高感受性になったと考えられる。そこで、本変異株のAla-Ala感受性の非感受性への復帰を指標としたショトガンクローニングを行うことによりL-Ala排出輸送体をコードする遺伝子の取得を試みた。クローニングは大腸菌野生株の染色体DNAから調製したゲノムライブラリーをLAX12株に形質転換することで行った。
【0088】
その結果、Ala-Ala含有最少平板培地で生育可能な多数のコロニーが得られた。次に、独立した11株のクローンよりプラスミドを抽出しベクターに挿入されたDNA断片の制限酵素解析、サブクローニングおよびシーケンスを行った。その結果得られた挿入断片の塩基配列情報を日本DNAデータバンク(http://www.ddbj.nig.ac.jp)に登録されている大腸菌MG1655の全ゲノム配列と照合した結果、Ala-Ala感受変異株の感受性を相補する4種の遺伝子(yeaS、yddG、ytfF、ygaW)を同定した。4種のうち、yeaSおよびyddGは既知遺伝子であり、それぞれロイシンおよび芳香族アミノ酸の排出輸送体をコードすることが報告されている。両遺伝子がアミノ酸排出輸送体をコードすることからL-Alaはそれらのマイナーな基質であることが推測された。一方、ytfFおよびygaWは機能未知遺伝子であり、内膜タンパク質をコードすることがデータベース上で予想されていた。実際に、これらの遺伝子産物をTMHMMプログラムを用いて解析したところ、YtfFは10回、YgaWは4回の膜貫通領域をもつことが予想された(図6)。従って、これらの機能未知タンパク質も輸送体としてL-Alaの排出に関与していることが示唆された。
【0089】
2)相補遺伝子のL-Ala排出機能の評価
同定した4種の遺伝子(yeaS、yddG、ytfF、ygaW)を中コピーベクターであるpSTV29にそれぞれクローン化し、プラスミドpYeaS、pYddG、pYtfF及びpYgaWを作製した。各遺伝子を含むDNA断片は、MG1655株の染色体を鋳型としてPCRにより増幅した。yeaS 遺伝子を増幅するためのPCRでは、一対のプライマーセット:yeaS-F及びyeaS-Rを使用した。yddG遺伝子を増幅するためのPCRでは、一対のプライマーセット:yddG-F及びyddG-Rを使用した。ytfF遺伝子を増幅するためのPCRでは、一対のプライマーセット:ytfF-F及びytfF-Rを使用した。ygaW遺伝子を増幅するためのPCRでは、一対のプライマーセット:ygaW-F及びygaW-Rを使用した。以下に使用したプライマーの塩基配列を掲載する(下線部はBamHI認識配列)。
yeaS-F:5’-CGGGATCCCGACGTCAGCGAAAGTGC-3’ (配列番号43)
yeaS-R:5’-CGGGATCCCAGAAAGGCGTTGAGCG-3’ (配列番号44)
yddG-F:5’-CGGGATCCAGTGCTTGCTTCGGGG-3’ (配列番号45)
yddG-R:5’-CGGGATCCATAGACTTCGGCAGCGTG-3’ (配列番号46)
ytfF-F:5’-CGGGATCCCGGCACTGAAAAGCGTCG-3’ (配列番号47)
ytfF-R:5’-CGGGATCCAGAGAGCGCCAGTTCACC-3’ (配列番号48)
ygaW-F:5’-CGGGATCCCGTTACCTCACCCCCAAAC-3’ (配列番号49)
ygaW-R:5’-CGGGATCCCGCGAATGGGACGTACCG-3’ (配列番号50)
【0090】
PCRにより増幅したDNA断片をBamHIで処理し、pSTV29のBamHIサイトにクローニングした。得られたプラスミドpYeaS、pYddG、pYtfF及びpYgaWをそれぞれ別個にAla-Ala感受性変異株LAX12に形質転換すると、そのAla-Ala感受性を非感受性に復帰させることが確認された。その回復がクローン化した遺伝子のL-Ala排出機能によってもたらされているのかを評価するために、組換えプラスミドを導入したLAX12株の細胞を6 mMのAla-Alaを含む最少培地でインキュベーションし、細胞内外のL-Alaレベルを測定した(図7)。
【0091】
その結果、細胞内L-Alaレベルは組換えプラスミド導入株の方がベクターpSTV29を有するLAX12株(LAX12/pSTV29)に比べていずれも低かった(Fig. 6A)。一方、細胞外のL-Alaレベルは組換えプラスミド導入株の方がLAX12/pSTV29株よりもいずれも高かった(図7B)。細胞外L-Alaレベルの経時変化より親株(MLA301)とAla-Ala感受性変異株(LAX12)のL-Ala排出速度を計算した結果、それぞれ181、135 nmol /mg of dry cell weight/minであった。これに対して、クローン化した各々の遺伝子(yeaS、yddG、ytfF、ygaW)をLAX12に導入した形質転換体の排出速度は141、153、163、226 nmol /mg of dry cell weight/minであり、いずれもLAX12より高い値であった。特にygaW遺伝子をもつ形質転換体の排出速度は、親株であるMLA301よりも高かった。これらの結果から、クローン化した遺伝子産物(YgaW、YtfF、YddG、YeaS)はL-Ala排出能を有し、それによりLAX12のAla-Ala感受性変異を相補することが示された。
【0092】
なお、図7Aは細胞内におけるL-アラニン濃度の経時変化を示し、図7Bは細胞外におけるL-アラニン濃度の経時変化を示している。図7において白抜きの丸はpSTV29を導入したLAX12であり、黒塗りの丸はpYeaSを導入したLAX12であり、黒塗りの三角はpYddGを導入したLAX12であり、黒塗りの四角はpYtfFを導入したLAX12であり、黒塗りの菱形はpYgaWを導入したLAX12である。また、図7において、白抜きの三角はpSTV29を導入したMLA301である。
【0093】
3)L-Ala代謝能欠損変異株のL-Ala排出におよぼすygaW遺伝子欠損の影響
取得した4種の相補遺伝子はいずれもLAX12株の細胞内外のL-Alaレベルを変化させることが明らかとなったが、その中でも特にygaW遺伝子の増幅が最も顕著な変化を起こすことがわかった(図7)。このことから、ygaW遺伝子が主要なL-Ala排出輸送体をコードすると推測された。もしそうであるならば、ygaW遺伝子の欠損は細胞内外のL-Alaレベルに大きな変化をもたらすはずである。この仮説を検証するために、L-Alaの代謝能を欠損したMLA301株においてygaW遺伝子を破壊した変異株MLA301ΔygaWを作製した。
【0094】
先ず、pYgaWをNruIで処理した後にセルフライゲーションすることで、ygaW遺伝子における401 bpのセグメントと12 bpの下流セグメントと含むNruIセグメントを除いたプラスミドpΔYgaWを作製した。プラスミドpΔYgaWは、ygaW遺伝子の下流に存在する推定ステム-ループ構造を保持しており、ygaW遺伝子の下流に位置する遺伝子の発現に対する影響がないものと考えられる。次に、プラスミドpΔYgaWのBamHI断片を切り取り、pTH18cs1(Hashimoto-Gotoh, T. et al., 2000, Gene 241:185-191)のBamHIサイトにクローニングし、pTH18cΔYgaWを作製した。
【0095】
次に、得られたpTH18cΔYgaWを用いて大腸菌MLA301株を形質転換した。形質転換体は、50μg/mlのD-アラニン、6.25μg/mlのゲンタマイシン、6.25μg/mlのカナマイシン及び12.5μg/mlのクロラムフェニコールを含むL液体培地にて42℃で一晩培養し、その後、50μg/mlのD-アラニン、6.25μg/mlのゲンタマイシン、6.25μg/mlのカナマイシン及び12.5μg/mlのクロラムフェニコールを含むL固体培地で37oCにて選抜した。続いて、クロラムフェニコール感受性を指標とした選抜により、ygaW遺伝子を破壊した変異株MLA301ΔygaWを取得した。
【0096】
初めに、MLA301ΔygaWのAla-Alaに対する感受性を調べたところ、LAX12と同程度の感受性(MIC、0.039 mg/ml)を示すことが判明した。次に、6 mMのAla-Ala存在下で細胞内外のL-Alaレベルの測定を行った(図8)。
【0097】
その結果、ygaW遺伝子欠損株であるMLA301ΔygaWの細胞内L-Alaレベルは親株に比べてはるかに高く、細胞外のL-Alaレベルは親株に比べて低くなることがわかった。また、このygaW遺伝子の欠損に起因する細胞内外のL-Alaレベルの変化は、ygaW遺伝子を有する組換えプラスミドpYgaWを導入することにより打ち消された(図8)。これらの細胞外のL-Alaレベルの経時変化はLAX12株のそれとほぼ同じであった。
【0098】
以上の結果から、ygaW遺伝子産物YgaWが大腸菌のL-Ala排出に大きく寄与していることが判明した。一方、もう1つの機能未知遺伝子であるytfF遺伝子についても破壊株を作製し同様の実験を行ったが、親株MLA301との間に有意な差は認められなかった。
【0099】
なお、図8Aは細胞内におけるL-アラニン濃度の経時変化を示し、図8Bは細胞外におけるL-アラニン濃度の経時変化を示している。図8において白丸はMLA301株を示し、白抜き三角はMLA301ΔygaWを示し、白抜きの四角はpYgaWを導入したMLA301ΔygaWを示している。
【0100】
また、LAX12株及びLAX16株におけるygaW遺伝子の塩基配列を決定したところ、それぞれG125E変異及びS34F変異を有する変異型のygaWタンパク質をコードする置換変異型ygaW遺伝子であることが明らかとなった。すなわち、配列番号2に示したygaW遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列において第34番目のセリン及び第125番目のグリシンは、L-アラニン排出輸送体としての機能を維持する上で非常に重要なアミノ酸であることが示唆された。なお、この第34番目のセリンは、ygaW遺伝子がコードするタンパク質に含まれる4つの膜貫通領域のうち、最もN末端側に位置する膜貫通領域に含まれている(図1参照)。また、第125番目のグリシンは、ygaW遺伝子がコードするタンパク質に含まれる4つの膜貫通領域のうち、最もC末端側に位置する膜貫通領域に含まれている(図1参照)。
【0101】
これらygaWタンパク質におけるアミノ酸置換による機能欠損が示す通り、膜貫通領域のアミノ酸の類似性を損なうアミノ酸置換については、そのアラニン輸送能を著しく低下させる要因であることが示された。一方、こうした機能に直結する領域は、分子進化学的に置換を許さない方向での選択圧がかかる結果、保存性が高いことが広く認識されている。この観点から、この膜貫通領域のアミノ酸配列における80%以上の高い配列類似性と低いe-valueが認められるものは、YgaWと同様にアラニン輸送機能を有する可能性が高いと言える。
【0102】
4)ygaW遺伝子の増幅による大腸菌野生株のAla分泌
クローン化した4種の遺伝子を有する形質転換体の細胞内外のL-AlaレベルをAla-Ala存在下で評価した結果、各遺伝子産物がL-Alaの排出に関与することが明らかとなった(図7)。しかしながら、この条件は生理的な細胞内L-Alaレベルよりはるかに高いレベルのL-Alaが存在する環境であり、生理的な条件でのL-Ala排出能を反映していない。そこで、各遺伝子産物の生理機能を調べるために、正常な細胞内アミノ酸レベルを有する野生株を用いて、これらの遺伝子をもつ形質転換体のAla排出能を調べた。組換えプラスミドpYeaS、pYddG、pYtfF及びpYgaWをそれぞれ別個に導入した野生株MG1655を最少液体培地で培養した。
【0103】
その結果、元来Alaを分泌しない野生株がygaW遺伝子を導入した場合のみ培地中にAlaを分泌した(図9)。このことからも4種の遺伝子の中でygaW遺伝子が生理的な条件においてもAlaの排出に最も大きく寄与することが示された。
【0104】
なお、図9は、組換えプラスミドpYgaWを導入したMG1655とベクターpSTV29を導入したMG1655についての結果のみ示し、組換えプラスミドpYeaS、pYddG及びpYtfFを導入したMG1655については表示していない。図9Aは細胞外のL-アラニン濃度を経時的に測定した結果を示しており、図9Bは各株の増殖曲線を示している。
【0105】
<RT-PCRによる発現制御解析>
4種の遺伝子ygaW、ytfF、yddG及びyeaS遺伝子について、Ala-Ala存在下あるいは非存在下での転写レベルをRT-PCRを用いて解析した(図10)。RT-PCRはAla-Alaと5分間インキュベーションしたMLA301の菌体から全RNAを抽出し、それを鋳型に用いて行った。逆転写反応は、300 ngの全RNAを鋳型として使用し、2.5 UのAMV reverse transcriptase XL (タカラバイオ社製)を使用して行った。反応条件は、30℃で10分間、42℃で30分間、95℃で5分間、及び4℃で5分間とした。得られたcDNAを0.5μl(15 ngの全RNAに相当する量)使用し、Quick Taq HS DyeMix(東洋紡社製)を使用してPCRを行った。ygaW、ytfF、yddG及びyeaS遺伝子についてPCRの際のプライマーセットとして、それぞれygaWRT-F/ygaWRT-R、ytfFRT-F/ytfFRT-R、yddGRT-F/yddGRT-R及びyeaSRT-F/yeaSRT-Rを使用した。また、比較のためにgapA遺伝子についてPCRの際のプライマーセットとしてgapART-F/gapART-Rを使用した。また、PCRの際の温度条件は、94℃で2分間の後、94℃で30秒間、60℃で30秒間及び68度で30秒間の反応を1サイクルとして30サイクル実行し、最終の伸長反応を68度で5分間とした。PCR産物は2%アガロースゲルを用いた電気泳動にて解析した。
【0106】
以下に使用したプライマーの塩基配列を掲載する。
yeaSRT-F 5’-CGGTTATCTTGCGGCCTG-3’(配列番号51)
yeaSRT-R 5’-TTGCAGCGTCGCCAGTCG-3’ (配列番号52)
yddGRT-F 5’-AGGCGGTGACAATGGGTTAC-3’ (配列番号53)
yddGRT-R 5’-TTTAATCATGACGGGCGTGC-3’ (配列番号54)
ytfFRT-F 5’-GCAGGGTTGATGTGGGGG-3’ (配列番号55)
ytfFRT-R 5’-GAATGACCACCGGCAGGG-3’ (配列番号56)
ygaWRT-F 5’-TTCTCACCGCAGTCACGC-3’ (配列番号57)
ygaWRT-R 5’-CTGCTGGTAACGGCTGAC-3’ (配列番号58)
gapART-F 5’-TGAATGGCAAACTGACTGGTATGGC-3’ (配列番号59)
gapART-R 5’-AACCGGTTTCGTTGTCGTACCAGGA-3’ (配列番号60)
その結果、図10に示すように、ygaW、ytfFおよびyeaS遺伝子はAla-Alaの存在下で転写が促進されることが判明した。その中でも、特にygaW遺伝子の転写が最も強く促進されていた。一方、yddGはAla-Alaとのインキュベーションの有無に関わらず転写レベルに変化は認められなかった。この結果から、ygaW、ytfFおよびyeaS遺伝子の発現はAla-Ala存在下で細胞内L-Alaレベルが上昇することにより誘導されることが示唆された。
【0107】
なお、図10において、レーン3、5、7、9及び11は、6mMのAla-Alaを含む最少培地にてMLA301株を培養したときの結果であり、レーン2、4、6、8及び10は、6mMのAla-Alaを含まない最少培地にてMLA301株を培養したときの結果である。レーン1は分子量マーカーである。レーン2と3はygaW遺伝子のRT-PCR解析の結果であり、レーン4と5はytfF遺伝子のRT-PCR解析の結果であり、レーン6と7はyddG遺伝子のRT-PCR解析の結果であり、レーン8と9はyeaS遺伝子のRT-PCR解析の結果であり、レーン10と11はgapA遺伝子のRT-PCR解析の結果である。
【0108】
<ygaW遺伝子のAla発酵生産への応用>
マルチコピーベクターにクローン化したygaW遺伝子を大腸菌野生株に導入した形質転換体においてAlaの分泌が認められたので、ygaW遺伝子増幅がAlaの発酵生産に応用可能か否かについて検討することにした。この目的のために、ピルビン酸の還元的アミノ化反応を行うBacillus sphaericus由来のアラニンデヒドロゲナーゼ遺伝子(alaD)(Kuroda, S. et al., 1990, Biochemistry 29:1009-1015) とygaW遺伝子をマルチコピーベクターpSTV29上にクローニングし、大腸菌野生株MG1655に導入した。
【0109】
先ず、Bacillus sphaericus ATCC10208由来のalaD遺伝子のオープンリーディングフレーム領域とalaD遺伝子の下流領域とを含む遺伝子断片をPCRにより増幅した。このPCRでは、一対のプライマーとしてBSalaD-F(5’-GATGTTTAGATAAATGAAGATTGGTATTCC-3’(配列番号61))とBSalaD-R(5’-AAACTGCAGCTAATCCACCATAAATG-3’(配列番号62)、下線部はPstI認識配列)を使用した。またStreptococcus bovis JCM5802由来のldh遺伝子のプロモーター領域をPCRにより増幅した。なお、このldh遺伝子のプロモーター領域は大領菌において機能することが知られている。このPCRでは、一対のプライマーとしてSBPldh-F(5’-GCTGGATCCATAAATTGATGAATCAC-3’(配列番号63)、下線部はBamHI認識配列)とSBPldh-R(5’-GGAATACCAATCTTCATTTATCTAAACATC-3’(配列番号64))とを使用した。
【0110】
その後、得られた2つのPCR産物の混合物を鋳型として用いたPCRにより融合した。このPCRでは上記SBPldh-F及び上記BSalaD-Rをプライマーセットとして使用した。得られたPCR産物をBamHI及びPstIにて処理した後、BamHI及びPstIにて処理した後のpSTV29にクローニングした。得られたプラスミドをpAlaDとした。
【0111】
次に、上記プライマーセットygaW-F及びygaW-Rを用いたPCRにより増幅されたygaW遺伝子断片をBamHIにて処理し、pAlaD におけるBamHIサイトに、alaD遺伝子とは逆向きとなるようにクローニングした。得られたプラスミドをpAlaD-YgaWとした。
【0112】
pAlaD-YgaWにて形質転換した大腸菌野生株MG1655を用いてAla発酵生産試験を行った。Ala発酵生産は、0.5%グルコース、1% 塩化アンモニウム、100 mM MOPSを添加したL液体培地(pH 7.2)を用いて嫌気的に行った。その結果、alaDとygaWの両遺伝子を共に導入した株のAla生産量はalaD遺伝子のみを導入した株に比べて、高くなることが観察された(図11A)。それに応じて、対糖収率(g/g グルコース)も22.5%(MG1655/pAlaD)から32.7%(MG1655/pAlaD-YgaW)に向上することがわかった。
【0113】
一方、生育とグルコースの消費については両菌株間で大きな差は認められなかった(図11B及びC)。この結果から、ygaW遺伝子の増幅によるAla排出能の強化がAla生産株の生産効率の向上に繋がることが証明された。
【0114】
なお、図11において、白抜き丸はベクターpSTV29を導入したMG1655であり、白抜き三角はpAlaDを導入したMG1655であり、白抜き四角はpAlaD-YgaWを導入したMG1655である。図11Aは各菌株のL-アラニン濃度を経時的に測定した結果であり、図11Bは各株のグルコース消費を経時的に測定した結果であり、図11Cは各株の増殖曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L-アラニン生産能を有する微生物に対して、ygaW遺伝子又は当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子の発現が増強するように改変された組換え微生物。
【請求項2】
上記ygaW遺伝子及び当該遺伝子に機能的に等価な遺伝子は、以下の(a)〜(c)のいずれかであることを特徴とする請求項1記載の組換え微生物
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して70%以上の配列類似性を有するアミノ酸配列を含み、L-アラニン排出輸送機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号1に示す塩基配列の全部又は一部からなるDNAの相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができ、L-アラニン排出輸送機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項3】
上記ygaW遺伝子に機能的に等価な遺伝子は、配列番号33、34、35及び36に示すアミノ酸配列に対して合計で80%以上の配列類似性を有するアミノ酸配列からなる4つの膜貫通領域を有するタンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項1記載の組換え微生物。
【請求項4】
上記機能的に等価な遺伝子は、大腸菌以外の生物由来の遺伝子であることを特徴とする請求項1記載の組換え微生物。
【請求項5】
上記L-アラニン生産能を有する微生物は、本来的にL-アラニン生産能を有する微生物であることを特徴とする請求項1記載の組換え微生物。
【請求項6】
上記L-アラニン生産能を有する微生物は、本来的にL-アラニン生産能を有しない微生物に対してL-アラニン生合成経路に関与する遺伝子を導入した微生物であることを特徴とする請求項1記載の組換え微生物。
【請求項7】
上記L-アラニン生産能を有する微生物は大腸菌であることを特徴とする請求項1記載の組換え微生物。
【請求項8】
請求項1乃至7いずれか一項記載の組換え微生物を培地にて培養し、培養中又は培養終了後の培地からL-アラニンを回収する、L-アラニンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−64(P2013−64A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−135265(P2011−135265)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.発行者:Federation of European Microbiological Societies 刊行物名:FEMS MICROBIOLOGY LETTERS 316(2011) 掲載頁:83〜89ページ 刊行物発行年月日:平成23年1月18日 2.主催者:国立大学法人東北大学 研究集会名:平成22年度 国立大学法人東北大学 農学研究科 博士論文発表会 開催日:平成23年2月9日 3.発行者:日本ゲノム微生物学会 刊行物名:第5回日本ゲノム微生物学会年会 要旨集 掲載頁:第55ページ 刊行物発行年月日:平成23年3月14日 4.発行者:American Society For Microbiology 刊行物名:Applied and Environmental Microbiology,June 2011 掲載頁:4027〜4034ページ 刊行物発行年月日:平成23年4月29日
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】