説明

組換え微生物

【課題】タンパク質又はポリペプチドの生産性がより向上された組換え微生物、当該組換え微生物の製造方法、当該組換え微生物を用いた目的のタンパク質又はポリペプチドの製造方法及び目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性を向上させる方法を提供する。
【解決手段】枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子であるtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子、並びに当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子の発現が抑制されるように遺伝子構築された微生物に、目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入した組換え微生物、当該組換え微生物の製造方法、当該組換え微生物を用いる目的のタンパク質又はポリペプチドの製造方法及び目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性を向上させる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用なタンパク質又はポリペプチドの生産に用いる組換え微生物、組換え微生物の製造方法、タンパク質又はポリペプチドの生産方法、及び微生物においてタンパク質又はポリペプチドの生産性を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による有用物質の工業的生産は、アルコール飲料や味噌、醤油等の食品類をはじめとし、アミノ酸、有機酸、核酸関連物質、抗生物質、糖質、脂質、タンパク質等、その種類は多岐に渡っており、またその用途についても食品、医薬、洗剤、化粧品等の日用品、或いは各種化成品原料に至るまで幅広い分野に広がっている。
【0003】
こうした微生物による有用物質の工業生産においては、その生産性の向上が重要な課題の一つであり、その手法として、突然変異等の遺伝学的手法による生産菌の育種が行われてきた。特に最近では、微生物遺伝学、バイオテクノロジーの発展により、遺伝子組換え技術等を用いたより効率的な生産菌の育種が行われるようになっている。
さらに、近年のゲノム解析技術の急速な発展を受けて、対象とする微生物のゲノム情報を解読し、これらを積極的に産業に応用しようとする試みもなされている。ゲノム情報の公開されている産業的に有用な宿主微生物としては、枯草菌Bacillus subtilis Marburg No.168(非特許文献1)、大腸菌Escherichia coli K-12 MG1655(非特許文献2)、コリネバクテリウムCorynebacterium glutamicum ATCC132032などが挙げられ、これらのゲノム情報を利用し、改良を加えた菌株が開発されている。
しかしながら、上記のような取り組みにも関わらず、生産効率は必ずしも満足できるものではない。
【0004】
一方、枯草菌をはじめとするグラム陽性細菌の細胞壁は、ペプチドグリカンにより構成される骨格を有している。ペプチドグリカンは、ペプチド鎖によって共有結合的に架橋された多糖の複合体であり、この多糖にはテイコ酸やテイクロン酸といったアニオン性ポリマーが共有結合している。グラム陽性細菌の細胞表層では、このような比較的高い電荷をもった細胞壁が局在的な環境を変化させる役割を果たしている。
また、細胞表層の負電荷は、分泌タンパク質の効率的なフォールディングにも重要であると考えられている。タンパク質の効率的なフォールディングには、しばしばFe3+やCa2+といった金属が必要とされ、これら金属の細胞表層への局在にはアニオン性ポリマーの負電荷が関与することが報告されている(非特許文献3)。
さらに、テイコ酸のグリセロールリン酸骨格中C2位をアラニル化する酵素群(DltA-E)をコードする遺伝子群を欠失させた変異株において、α-アミラーゼ等の酵素の生産量が向上するという報告がある(非特許文献4及び特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2002−520017号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kunst,F.,et al.,The complete genome sequence of the gram-positive bacterium Bacillus subtilis,Nature,1997,390(6657):p.249-56
【非特許文献2】Blattner,F.R.,et al.,The complete genome sequence of Escherichia coli K-12,Science,1997.277(5331):p.1453-62
【非特許文献3】Hughes,A.H.,I.C.Hancock,and J.Baddiley,The function of teichoic acids in cation control in bacterial membranes,Biochem.J.,1973.132(1):p.83-93
【非特許文献4】Hyyrylainen,H.L.,et al.,D-Alanine substitution of teichoic acids as a modulator of protein folding and stability at the cytoplasmic membrane/cell wall interface of Bacillus subtilis,J.Biol.Chem.,2000.275(35):p.26696-703
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、タンパク質又はポリペプチドの生産性がより向上された組換え微生物を提供することを課題とする。また、本発明は、当該組換え微生物の製造方法を提供することを課題とする。また、本発明は、当該組換え微生物を利用して目的のタンパク質又はポリペプチドを製造する方法を提供することを課題とする。さらに、本発明は微生物においてタンパク質又はポリペプチドの生産性を向上させる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは上記課題に鑑み、タンパク質又はポリペプチドの生産性がより向上された微生物を得るため、細胞表層の電荷とタンパク質生産の関連性に着目し鋭意検討を行った。細胞表層の電荷量を人為的に改変した微生物を構築すべく、微生物の細胞壁に存在するアニオン性ポリマー量を変化させることを試みた。その結果、微生物の有するテイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現を抑制させることで、当該微生物において細胞表層のアニオン性ポリマーの一種であるテイクロン酸量が低下することを見出した。さらに、この微生物をタンパク質生産に用いたところ、タンパク質の生産量が親株(野生株)と比較して大幅に向上することがわかった。本発明は、これらの知見により成されたものである。
【0009】
本発明は、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子であるtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子、並びに当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子の発現が抑制されるように遺伝子構築された微生物に、目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入した組換え微生物に関する。
また、本発明は、上記組換え微生物を用いる目的のタンパク質又はポリペプチドの製造方法に関する。
また、本発明は、当該組換え微生物の製造方法に関する。
さらに、本発明は、目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子が導入され、かつ当該テイクロン酸合成酵素関連遺伝子及び当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子の発現が抑制されるように遺伝子構築された組換え微生物を用いて、該タンパク質又はポリペプチドを製造することを特徴とする目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性を向上させる方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、目的タンパク質又はポリペプチドの生産性がより向上された組換え微生物を提供することができる。また、本発明によれば、当該組換え微生物の製造方法を提供することができる。さらに、本発明によれば、当該組換え微生物を用いたタンパク質又はポリペプチドの製造方法を提供することができる。
本発明の微生物及び製造方法を用いることで、目的タンパク質又はポリペプチドを高い生産性で効率よく製造することができ、当該物質の生産に必要な時間やコストを低減化することができる。特に、本発明の微生物は、枯草菌のcssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質又はポリペプチドの製造に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】SOE−PCR法による欠失用(削除用)DNA断片の調製方法、及び当該DNA断片を用いて標的遺伝子を欠失する(薬剤耐性遺伝子と置換する)方法を模式的に示したものである。
【図2】cssS遺伝子を欠失した株(ΔcssS株)におけるS237セルラーゼ、M-プロテアーゼ、K38アミラーゼ及びKP-43プロテアーゼ生産量を、野生株(168株)における各タンパク質の生産量を100とした場合の相対値で示したものである。なお、グラフ上の数値は独立した培養を3回行った平均値を相対値にて示し、エラーバーは標準偏差(N=3)を示す。
【図3】tuaオペロンを欠失した株(ΔtuaA-H株)によるS237セルラーゼ、M-プロテアーゼ、K38アミラーゼ及びKP-43プロテアーゼ生産量を、野生株(168株)における生産量を100とした場合の相対値で示したものである。なお、グラフ上の数値は独立した培養を3回行った平均値を相対値にて示し、エラーバーは標準偏差(N=3)を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の組換え微生物は、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子であるtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子、並びに当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子の発現が抑制されるように親微生物を遺伝子改変して構築された改変微生物に、目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入したものである。この組換え微生物は、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の発現が抑制された結果、親微生物と比較して培地中のリン酸量に関わらず細胞表層のテイクロン酸量が低下しており、さらに、目的タンパク質等を導入した親微生物と比較して、当該タンパク質等の生産性が大きく向上しているという特徴を有する。
【0013】
本発明において、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子とは、細胞表層のアニオン性ポリマーの一種であるテイクロン酸の生合成に関与する遺伝子をいい、具体的には、枯草菌のtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子である。これら8つの遺伝子はテイクロン酸オペロン(tuaオペロン、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子群ともいう)を構成している(Soldo B.,Lazarevic V.,Pagni M.,Karamata D.,Teichuronic acid operon of Bacillus subtilis 168.Mol. Microbiol.,1999,31(3),p.795-805参照)。
テイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現は、通常リン酸飢餓状態において誘導される。枯草菌等においては、一般に培地中にリン酸が豊富にある状態(例えば、対数増殖期)では、細胞表層のアニオン性ポリマーとしてテイコ酸が優位に合成されテイクロン酸量は低いが、培地中のリン酸が枯渇した状態(例えば、定常期以降)では、テイクロン酸が主に合成される。また、枯草菌の各テイクロン酸合成酵素関連遺伝子をそれぞれ不活性化させた変異体において細胞壁のウロン酸量が低下するとの報告がある(Soldo B.,Lazarevic V.,Pagni M.,Karamata D.,Teichuronic acid operon of Bacillus subtilis 168.Mol Microbiol,1999,31(3),p.795-805参照)。しかしながら、前記文献では変異株のタンパク質生産性に関しては何らの知見も示されていない。
【0014】
本発明において、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子であるtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子は、それぞれ以下の塩基配列からなる遺伝子である。
tuaA遺伝子:配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号9に示す)
tuaB遺伝子:配列番号2で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号10に示す)
tuaC遺伝子:配列番号3で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号11に示す)
tuaD遺伝子:配列番号4で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号12に示す)
tuaE遺伝子:配列番号5で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号13に示す)
tuaF遺伝子:配列番号6で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号14に示す)
tuaG遺伝子:配列番号7で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号15に示す)
tuaH遺伝子:配列番号8で示される塩基配列からなる遺伝子(当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号16に示す)
枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子である各遺伝子の機能等について表1に示す。なお、表1及び本明細書に記載の枯草菌の各遺伝子及び遺伝子領域の名称は、Nature,390,249-256,(1997)で報告され、JAFAN:Japan Functional Analysis Network for Bacillus subtilis(BSORF DB)でインターネット公開(http://bacillus.genome.ad.jp/、2004年3月10日更新)された枯草菌ゲノムデータに基づいて記載している。
【0015】
【表1】

【0016】
本発明において、「枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子に相当する遺伝子」とは、上記8つの枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子と機能的に均等な遺伝子をいう。枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子に相当する遺伝子として、以下の(1)〜(4)のいずれかの遺伝子が挙げられる。
【0017】
(1)配列番号1〜8のいずれかで示される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つ配列番号9〜16のいずれかで示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
本発明において、配列番号9〜16のいずれかで示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質とは、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子である上記8つの遺伝子によりそれぞれコードされるタンパク質と実質的に同じ機能を有し、細胞表層におけるテイクロン酸合成に関与するタンパク質をいう。具体的には、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子である上記8つの遺伝子及び該遺伝子によってコードされるタンパク質の機能として、表1に記載された機能が挙げられる。
また、本発明においてアミノ酸配列および塩基配列の同一性はLipman-Pearson法(Science,227,1435,(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0018】
(2)配列番号1〜8のいずれかで示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ配列番号9〜16のいずれかで示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
なお、ここで、「ストリンジェントな条件」としては、例えばMolecular Cloning −A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION[Joseph Sambrook,David W.Russell.,Cold Spring Harbor Laboratory Press]記載の方法が挙げられ、例えば、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M 塩化ナトリウム、0.015M クエン酸ナトリウム、pH7.0)、0.5% SDS、5×デンハート及び100mg/mLニシン精子DNAを含む溶液にプローブとともに65℃で8〜16時間恒温し、ハイブリダイズさせる条件が挙げられる。
【0019】
(3)配列番号9〜16のいずれかで示されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ配列番号9〜16のいずれかで示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
【0020】
(4)配列番号9〜16のいずれかで示されるアミノ酸配列において、1から数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ配列番号9〜16のいずれかで示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
ここで、1から数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたとは、好ましくは1〜10個のアミノ酸であり、より好ましくは1から5個のアミノ酸であり、さらに好ましくは1から2個のアミノ酸である。なお、付加には、両末端への1から数個のアミノ酸の付加が含まれる。
【0021】
「枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子に相当する遺伝子」として、具体的には、バチルス リケニホルミス(Bacillus licheniformis)、バチルス アントラシス(Bacillus anthracis)、バチルス セレウス(Bacillus cereus)、バチルス チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)、或いはオーシャノバチルス イヘエンシス(Oceanobacillus iheyensis)等において、主にゲノム解析により同定された各tuaA相同遺伝子、tuaB相同遺伝子、tuaC相同遺伝子、tuaD相同遺伝子、tuaE相同遺伝子、tuaF相同遺伝子、tuaG相同遺伝子及びtuaH相同遺伝子が挙げられ、これらは本発明において好ましく用いられる。
以下、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子及び当該遺伝子に相当する遺伝子を、纏めてテイクロン酸合成酵素関連遺伝子ともいう。
【0022】
本発明の微生物を構築するための親微生物としては、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子のいずれかを有するものであればよく、特に制限されない。また、これら親微生物は野生型のものでもよく、変異を施したものでもよい。本発明に用いる親微生物としては、具体的には、バチルス(Bacillus)属に属する菌類や、クロストリジウム(Clostridium)属に属する菌類、或いは酵母等が挙げられる。中でもバチルス属に属する菌類が好ましい。更に、全ゲノム情報が明らかにされ、遺伝子工学、ゲノム工学技術が確立されている点、またタンパク質を菌体外に分泌生産させる能力を有する点から特に枯草菌(Bacillus subtilis)が好ましい。
【0023】
本発明の組換え微生物は、これらの親微生物を遺伝子改変し、親微生物が有する少なくとも1種のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現が抑制されるように構築される。特に、枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子群(tuaオペロン)を構成する全ての遺伝子、すなわちtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子の発現が抑制されるように構築される、又は当該遺伝子群に相当する全ての遺伝子の発現が抑制されるように構築されることが好ましい。
テイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現を抑制する手法としては、通常の手法を用いることができる。例えば、当該遺伝子そのものを改変し欠失又は不活性化させる方法、転写プロモーター領域等の転写調節領域を改変して転写を抑制・低下させる方法、翻訳調節領域を改変して翻訳を抑制・低下させる方法、翻訳されたタンパク質の機能を低下又は不活性化させる方法等が挙げられる。特に、遺伝子を物理的に欠失又は不活性化させる方法は、対象となる遺伝子の発現を完全に喪失させるため最も好ましい。
【0024】
遺伝子を欠失又は不活性化する手法としては、例えば相同組換えによる方法を用いることができる。すなわち、塩基置換や塩基挿入等によって不活性化変異を導入した標的遺伝子、又は標的遺伝子の外側領域を含むが標的遺伝子を含まない直鎖状のDNA断片等をPCR等の方法によって構築し、これを親微生物細胞内に取り込ませて親微生物ゲノムの標的遺伝子変異部位の外側2ヶ所領域、又は標的遺伝子外側2ヶ所の領域で2回交差の相同組換えを起こさせることにより、ゲノム上の標的遺伝子を欠失或いは不活性化させた遺伝子断片と置換することができる。或いは、標的遺伝子の一部を含むDNA断片を適当なプラスミドにクローニングして得られる環状の組換えプラスミドを親微生物細胞内に取り込ませ、標的遺伝子の一部領域に於ける相同組換えによって親微生物ゲノム上の標的遺伝子を分断することによって不活性化することもできる。
本発明微生物を構築するための親微生物として枯草菌を用いる場合、相同組換えにより標的遺伝子を欠失又は不活性化させる方法については、Mol.Gen.Genet.,223,268,1990記載の方法等を用いて行うことができる。
また、遺伝子に変異を導入する方法として、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することもできる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異の導入を行ってもよい。
なお、本明細書において、遺伝子の上流・下流とは、複製開始点からの位置ではなく、上流とは対象として捉えている遺伝子又は領域の5’側に続く領域を示し、一方、下流とは対象として捉えている遺伝子又は領域の3’側に続く領域を示す。
【0025】
以下、相同組換えにより遺伝子を欠失させる方法の一例として、SOE(splicing by overlap extension)−PCR法(Gene,77,61,1989)によって調製される欠失用DNA断片を用いた二重交差法による欠失方法について図1に基づいて説明する。
まず、1回目のPCRにおいて、宿主ゲノムDNA(例えば、細菌ゲノムDNA)等を鋳型として、欠失対象遺伝子(例えば、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子群(tuaオペロン))に隣接する5’側領域を含むDNA断片(A断片:例えば、0.1〜3kbp)及び欠失対象遺伝子に隣接する3’側領域を含むDNA断片(C断片:例えば、0.1〜3kbp)を、それぞれ特異的なプライマーセットを用いたPCRによって増幅し、調製する。別途、薬剤耐性遺伝子を含むDNA断片(B断片)を、特異的なプライマーセットを用いてPCRによって増幅し調製する。この際、A断片増幅のPCRでは、A断片の3’末端にB断片の5’末端の相同配列(例えば、10〜30塩基)を付加するように設計したプライマーを用いる。同様に、C断片増幅のPCRでは、C断片の5’末端にB断片の3’末端の相同配列(例えば、10〜30塩基)を付加するように設計したプライマーを用いる。
使用する薬剤耐性遺伝子は、下記の相同組換えにより得られる形質転換体を適切に選択し分離することができるものであればよく、一般的に用いられる抗生物質を用いた選択に利用可能なものであれば特に限定されない。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子及びブラストサイジンS耐性遺伝子等の薬剤耐性マーカー遺伝子が挙げられる。
【0026】
次いで、1回目のPCRで調製した3種類のPCR産物(PCR産物A、B、C)を鋳型とし、A断片のPCR増幅に使用したフォワードプライマーとC断片のPCR増幅に使用したリバースプライマーを用いて2回目のPCR(SOE(splicing by overlap extension)-PCR(Gene,77,61,(1989))を行うことによって、PCR産物Aの3’末端とPCR産物Bの5’末端との間にアニールが生じ、また同様にPCR産物Bの3’末端とPCR産物Cの5’末端との間にアニールが生じ、PCR増幅の結果、A断片−B断片−C断片の順に連結したPCR産物D(D断片)を得ることができる。
ここで行うPCR反応は、例えば後述する実施例の表6に示したプライマーセットに、Pyrobest DNAポリメーラーゼ(宝酒造)などの一般のPCR用酵素キット等を用いて、成書(PCR Protocols.Current Methods and Applications,Edited by B.A.White,Humana Press pp251 ,1993、Gene,77,61,1989)等に示される通常の条件に準じて行うことができる。
【0027】
得られたPCR産物Dを、通常の方法により宿主(例えば、細菌)に導入する。欠失対象遺伝子の上流及び下流の相同領域間において、導入されたPCR産物Dと宿主ゲノムDNAとの間で二重交差の相同組換えが起こる。その結果、宿主ゲノムDNAの欠失対象遺伝子部位にPCR産物D中の薬剤耐性遺伝子が組み込まれ、かつ宿主ゲノムDNA中の欠失対象遺伝子が欠失した形質転換体(組換え微生物)を得ることができる。欠失対象遺伝子が欠失した形質転換体は、宿主ゲノムDNA中に新たに組み込まれた薬剤耐性遺伝子(PCR産物D由来の薬剤耐性遺伝子)を指標として選択、分離することができる。薬剤耐性マーカーによる選択は、例えばカナマイシン耐性遺伝子を導入した場合、カナマイシンを含む寒天培地上に生育するコロニーを分離したのち、ゲノムを鋳型としたPCR法などによってゲノム上への導入が確認されるものを選択することにより行えばよい。
PCR産物D(欠失用DNA断片)を宿主微生物に導入する方法としては、通常の方法を用いることができ、例えば、コンピテントセル形質転換方法(J.Bacterial.93,1925(1967))、プロトプラスト形質転換法(Mol.Gen.Genet.168,111(1979))、或いはエレクトロポレーション法(FEMS Microbiol.Lett.55,135(1990))等が挙げられる。本発明においてはコンピテントセル形質転換方法が好ましい。
【0028】
上記の他、遺伝子の欠失又は不活性化の手法としては、ランダムな遺伝子の欠失又は不活性化変異を与えた後、適当な方法によりタンパク質生産性の評価及び遺伝子解析を行う方法が挙げられる。具体的なには、ランダムにクローニングしたDNA断片を用いて上述の方法と同様な相同組換えを起こさせる方法や、親細菌にγ線等を照射すること等によりランダムな遺伝子の欠失又は不活性化が可能である。
【0029】
遺伝子の転写を抑制する方法としては、例えば、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子群(tuaオペロン)の転写プロモーター領域を、転写誘導型プロモーターで置換し形質転換した後、形質転換体を緩やかな転写誘導条件で培養する方法が挙げられる。具体的には、転写誘導型プロモーター配列を有するベクター或いは発現カセットを用いて、常法に従い宿主微生物を形質転換し、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子群(tuaオペロン)の上流に当該プロモーター配列を組み込むことが好ましい。ここで転写誘導型プロモーターとは、所定の物質の存在を条件として下流に位置する遺伝子の発現を亢進する機能を有するプロモーターを意味する。本発明に用いることができる転写誘導型プロモーターとしては特に限定されず、例えば、例えばPspacプロモーター(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 439-443.(1984))、ザイロース誘導プロモーター(Gene 181, 71-76. (1996))、アラビノース誘導プロモーター(Microbiology 154, 2562-2570. (2008))、ECFシグマ因子特異的プロモーター(J. Helmann and C. Moran Jr.,"Bacillus subtilis and its closest relatives." ASM Press, 2002, pp289-312)等を挙げることができる。
【0030】
形質転換方法としては、微生物に目的のプロモーター領域を導入しうる方法であれば特に限定されるものではない。例えば、カルシウムイオンを用いる方法、一般的なコンピテントセル形質転換方法(J.Bacterial.93,1925(1967))、プロトプラスト形質転換法(Mol.Gen.Genet.168,111(1979))、エレクトロポレーション法(FEMS Microbiol.Lett.55,135(1990))又はLP形質転換方法(T.Akamatsu及びJ.Sekiguchi,Archives of Microbiology,1987,146,p.353-357;T.Akamatsu及びH.Taguchi,Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry,2001,65,4,p.823-829)を用いることができる。
目的DNA断片が導入された形質転換体の選択は、選択マーカー等を利用することで行うことができる。例えば、ベクター又は発現カセット由来の薬剤耐性遺伝子が、形質転換時に目的DNA断片とともに宿主ゲノム中に導入された結果、形質転換体が獲得する薬剤耐性を指標に行うことができる。薬剤耐性マーカーとしては、前述の薬剤耐性遺伝子が挙げられる。また、ゲノムを鋳型としたPCR法等によって、目的DNA断片の導入を確認することもできる。
【0031】
テイクロン酸合成酵素関連遺伝子の翻訳を抑制する方法としては、いわゆるアンチセンスRNAを用いる方法が挙げられる。具体的には、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子のmRNAに対するアンチセンスRNAを転写する遺伝子を、細菌ゲノムDNAに組み込み、当該アンチセンスRNAを過剰発現させることで、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子のmRNAの翻訳が抑制される。
【0032】
本発明の微生物は、上述のような手法により少なくとも1種のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現が抑制されるよう構築された微生物に、目的タンパク質又は目的ポリペプチドをコードする遺伝子を導入することによって作製することができる。ここで、「目的タンパク質又はポリペプチド」は、製造又は精製が目的の一つであるタンパク質又はポリペプチドをいう。また、「目的タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を有する微生物」において、遺伝子とは、その微生物が本来有する遺伝子を含むのみならず、その微生物は本来有しない遺伝子、すなわち外来の遺伝子を含む意である。
【0033】
本発明において用いる目的のタンパク質又はポリペプチドは特に限定されず、洗浄剤用、食品用、繊維処理用、飼料処理用、化粧品用、医薬品用、診断薬用など各種産業用酵素や、生理活性ペプチドなどが含まれる。また、産業用酵素の機能別には、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素(Hydrolase)、脱離酵素(Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase/Synthetase)等が含まれうる。
【0034】
なかでも、本発明の微生物は、枯草菌のcssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質又はポリペプチドを目的タンパク質又はポリペプチドとすることが好ましい。ここで、枯草菌のcssS遺伝子とは、タンパク質の分泌ストレス応答系(2成分制御系CssRS)に関与する膜タンパク質CssSをコードする遺伝子である。枯草菌のcssS遺伝子の塩基配列を配列番号53に、枯草菌のCssSタンパク質のアミノ酸配列を配列番号54にそれぞれ示す。
枯草菌では、分泌タンパク質は細胞内で合成され細胞外に分泌され、細胞表層でフォールディング促進タンパク質PrsAにより折りたたまれる。この時、正常に折りたたまれなかったタンパク質(ミスフォールドタンパク質)が細胞表層に蓄積することがある。このミスフォールドタンパク質の分解を制御しているのがCssRS制御系である。膜タンパク質CssSは、当該制御系において、細胞表層に蓄積したミスフォールドタンパク質を認識するセンサーとして働いている。膜タンパク質CssSは、リン酸リレー系を介して、htrA遺伝子及びhtrB遺伝子の転写活性化因子であるCssRを活性化する。活性型CssRによって、htrA遺伝子及びhtrB遺伝子が転写され、細胞表層に存在すミスフォールドタンパク質を分解する役割を担うセリンプロテアーゼであるHtrA及びHtrBが作られる。(Hyyrylainen,H.L.,A.Bolhuis,E.Darmon,L.Muukkonen,P.Koski,M.Vitikainen,M.Sarvas,Z.Pragai,S.Bron,J.M.van Dijl,and V.P.Kontinen,2001,A novel two-component regulatory system in Bacillus subtilis for the survival of severe secretion stress,Mol Microbiol 41,p.1159-1172及びDarmon,E.,D.Noone,A.Masson,S.Bron,O.P.Kuipers,K.M.Devine,and J.M.van Dijl,2002,A novel class of heat and secretion stress-responsive genes is controlled by the autoregulated CssRS two-component system of Bacillus subtilis,J Bacteriol 184,p.5661-5571参照)
【0035】
本発明の微生物では、後述の実施例で示すように、種々のタンパク質の生産性が向上するが、なかでも、当該微生物に遺伝子導入される目的タンパク質又はポリペプチドが、枯草菌のcssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質又はポリペプチドである場合に高い生産性を示す。
CssSR制御系を欠失した株による異種タンパク質の生産性検討例は既に複数報告されている(Hyyrylainen,H.L.,A.Bolhuis,E.Darmon,L.Muukkonen,P.Koski,M.Vitikainen,M.Sarvas,Z.Pragai,S.Bron,J.M.van Dijl,and V.P.Kontinen,2001,A novel two-component regulatory system in Bacillus subtilis for the survival of severe secretion stress,Mol. Microbiol. 41,p.1159-1172、及びVitikainen,M.,H.L.Hyyrylainen,A.Kivimaki,V.P.Kontinen,and M.Sarvas,2005,Secretion of heterologous proteins in Bacillus subtilis can be improved by engineering cell components affecting post-translocational protein folding and degradation,J Appl Microbiol 99,p.363-375参照)。これらの文献によれば、CssSR制御系を欠失した株ではα-アミラーゼAmyS及びAmyL、pneumolysinの生産性が低下すること、一方、penicillinase及びpolygalacturonaseの生産性には影響がないことが報告されている。この結果から、前者のように生産性に悪影響があるタンパク質はミスフォールドしやすく難分泌性のタンパク質であり、後者のように生産性に影響がないタンパク質はフォールディングが容易に起こると考えられている。
【0036】
本発明において、枯草菌のcssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質又はポリペプチドとは、野生型でのタンパク質又はポリペプチド生産量を1とした場合に対し、枯草菌のcssS遺伝子欠損株において当該タンパク質又はポリペプチド生産量が相対値で0.9未満となるタンパク質又はポリペプチドをいう。枯草菌のcssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質又はポリペプチドとしては、具体的に下記のプロテアーゼ、アミラーゼ等の加水分解酵素が挙げられる。
【0037】
プロテアーゼの具体例としては、バチルス属に属する菌類由来のセリンプロテアーゼや金属プロテアーゼ、特にoxidatively stable alkaline proteases (OSPs)に属するセリンプロテアーゼ等(Extremophiles 8, 229-235. (2004))が挙げられる。より具体的な例として、配列番号26で示されるアミノ酸配列からなるバチルス属細菌KSM-KP43株(FERM BP-6532)由来のプロテアーゼ、或いは当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるプロテアーゼ、又は配列番号26で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなるアルカリプロテアーゼが挙げられる。
【0038】
α−アミラーゼの具体例としては、微生物由来のα−アミラーゼが挙げられ、特にバチルス属に属する菌類由来の液化型アミラーゼが好ましい。より具体的な例として、配列番号24で示されるアミノ酸配列からなるバチルス属細菌KSM-K38株(FERM BP-6946)由来のアルカリアミラーゼ、或いは当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるアミラーゼ、又は配列番号24で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなるアルカリアミラーゼが挙げられる。
【0039】
本発明の微生物に導入される目的タンパク質又は目的ポリペプチドの遺伝子は、その上流に当該遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、リボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始制御領域、及び分泌シグナルペプチド領域から選ばれる1以上の領域が適正な形で結合されていることが望ましい。特に、転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が結合されていることが好ましく、更に分泌シグナルペプチド領域がバチルス属に属する菌類のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の上流0.6〜1kb領域であるものが、目的タンパク質又は目的ポリペプチド遺伝子と適正に結合されていることが望ましい。
例えば、特開2000−210081号公報や特開平4−190793号公報等に記載されているバチルス属に属する菌類、すなわちKSM-S237株(FERM BP-7875、配列番号17及び18)、KSM-64株(FERM BP-2886、配列番号19及び20)由来のセルラーゼ遺伝子と当該セルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌用シグナルペプチド領域が目的タンパク質又は目的ポリペプチドの構造遺伝子と適正に結合されていることが望ましい。より具体的には下記(a)〜(c)のいずれかの塩基配列からなるDNA断片が、目的タンパク質又は目的ポリペプチドの構造遺伝子と適正に結合されていることが望ましい。
(a)配列番号17で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜659の塩基配列、又は配列番号19で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜696の塩基配列
(b)(a)のいずれかの塩基配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列
(c)(a)のいずれかの塩基配列の一部が欠失、置換、挿入及び/又は付加した塩基配列
尚、ここで、上記塩基配列の一部が欠失、置換、挿入及び/若しくは付加した塩基配列からなるDNA断片とは、上記塩基配列の一部が欠失、置換、挿入及び/若しくは付加しているが、遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる機能を保持しているDNA断片を意味する。
【0040】
このような目的タンパク質又は目的ポリペプチドをコードする遺伝子の導入は、例えば、ベクターによる導入又はゲノムへの挿入により行うことができる。
ベクターによって導入する場合、その上流に「当該遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、リボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始制御領域及び分泌シグナルペプチド領域から選ばれる1以上の領域」が適正な形で結合されている目的タンパク質又は目的ポリペプチドをコードする遺伝子を含むベクターを、コンピテントセル形質転換方法、プロトプラスト形質転換法、或いはエレクトロポレーション法等の適当な形質転換法により導入すればよい。ここで、ベクターとしては、目的とする遺伝子を宿主に導入し、増殖、発現させるための適当な運搬体核酸分子であれば特に限定されず、プラスミドのみならず、例えば、YAC,BACなどの人工染色体、トランスポゾンを用いたベクター、コスミドが挙げられ、プラスミドとしては例えば、pUB110、pHY300PLKが挙げられる。
【0041】
また、ゲノムへの挿入は、例えば相同組換えによる方法を用いればよい。すなわち、目的タンパク質又は目的ポリペプチドをコードする遺伝子に導入を起こさせる染色体領域の一部を結合したDNA断片を、微生物細胞内に取り込ませ、当該染色体領域の一部領域における相同組換えを起こさせることによって、ゲノムに組み込ませることができる。ここで、導入を起こさせる染色体領域としては、特に制限されないが、必須でない遺伝子領域、若しくは必須でない遺伝子領域上流の非遺伝子領域が好ましい。
【0042】
上記の方法により、本発明の微生物を構築することができる。
本発明の微生物は、後述の実施例に示すように、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現に関する改変を行っていない微生物(野生型、親微生物)と比較して、目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性が大幅に向上している。特に、本発明の微生物は、枯草菌のcssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質又はポリペプチドを目的のタンパク質又はポリペプチドとして導入した場合に、その生産性が大幅に向上する。
本発明の微生物を用いて目的タンパク質又はポリペプチドの製造を行うことで、目的タンパク質又はポリペプチドを高い生産性で効率よく製造することができ、当該物質の生産に必要な時間やコストを低減化することができる。
【0043】
本発明の組換え微生物を用いた目的のタンパク質又はポリペプチドの製造は、当該菌株を同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む培地に接種し、通常の微生物培養法にて培養し、培養終了後、タンパク質又はポリペプチドを採取・精製することにより行えばよい。例えば、後述する実施例に示された培地及び条件下で培養し、分泌生産されたタンパク質を培養上清等から単離・精製することができる。
培地の成分・組成などは特に限定されないが、好ましくは、炭素源としてマルトースもしくは、可溶性澱粉やグルコースを含む培地を用いれば、より好ましい。
タンパク質、ポリペプチドの採取・精製は、例えば、遠心分離又はろ過による組換え微生物の分離、上清又はろ液中のタンパク質やポリペプチドの硫酸アンモニウム等の塩を加えることによる沈殿、エタノール等の有機溶媒を加えることによる沈殿、限外ろ過膜等を用いた濃縮や脱塩、イオン交換又はゲルろ過等の各種クロマトグラフィーを用いた精製等の方法を用いて行うことができる。
【実施例】
【0044】
以下に、本発明の組換え微生物の構築方法及び当該組換え微生物を用いたタンパク質の製造方法について具体的に説明する。
【0045】
以下の実施例におけるDNA断片増幅のためのポリメラーゼ連鎖反応(PCR)には、GeneAmp PCR System(アプライドバイオシステムズ)を使用し、Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ)と付属の試薬類を用いてDNA増幅を行った。PCRの反応液組成は、適宜希釈した鋳型DNAを1μl、センスプライマー及びアンチセンスプライマーを各々20pmol、及びPyrobest DNA Polymeraseを2.5U添加して、反応液総量を50μlとした。PCRの反応条件は、98℃で10秒間、55℃で30秒間及び72℃で1〜5分間(目的増幅産物に応じて調整。目安は1kbあたり1分間)の3段階の温度変化を30回繰り返した後、72℃で5分間反応させることにより行った。
【0046】
また、以下の実施例において、遺伝子の上流・下流とは、複製開始点からの位置ではなく、上流とは各操作・工程において対象として捉えている遺伝子の開始コドンの5’側に続く領域を示し、一方、下流とは各操作・工程において対象として捉えている遺伝子の終始コドンの3’側に続く領域を示す。
さらに、以下の実施例における各遺伝子及び遺伝子領域の名称は、Nature,390,249-256,(1997)で報告され、JAFAN:Japan Functional Analysis Network for Bacillus subtilis(BSORF DB)でインターネット公開(http://bacillus.genome.ad.jp/、2004年3月10日更新)された枯草菌ゲノムデータに基づいて記載している。
【0047】
枯草菌の形質転換はコンピテントセル法(J.Bacteriol.,93,1925(1967))にて行った。すなわち、枯草菌株をSPI培地(0.20%硫酸アンモニウム、1.40%リン酸水素二カリウム、0.60%リン酸二水素カリウム、0.10%クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50%グルコース、0.02%カザミノ酸(Difco)、5mM硫酸マグネシウム、0.25μM塩化マンガン、50μg/mlトリプトファン)において37℃で、生育度(OD600)の値が1程度になるまで振盪培養した。振盪培養後、培養液の一部を9倍量のSPII培地(0.20%硫酸アンモニウム、1.40%リン酸水素二カリウム、0.60%リン酸二水素カリウム、0.10%クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50%グルコース、0.01%カザミノ酸(Difco)、5mM硫酸マグネシウム、0.40μM塩化マンガン、5μg/mlトリプトファン)に接種し、更に生育度(OD600)の値が0.4程度になるまで振盪培養することで、枯草菌株のコンピテントセルを調製した。
次いで調製したコンピテントセル懸濁液(SPII培地における培養液)100μlに各種DNA断片を含む溶液(SOE−PCRの反応液等)5μを添加し、37℃で1時間振盪培養後、適切な薬剤を含むLB寒天培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%NaCl、1.5%寒天)に全量を塗沫した。37℃における静置培養の後、生育したコロニーを形質転換体として分離した。得られた形質転換体のゲノムを抽出し、これを鋳型とするPCRによって目的とするゲノム構造の改変が為されたことを確認した。
【0048】
目的のタンパク質を発現するプラスミドの宿主微生物への導入は、プロトプラスト形質転換法(Mol. Gen. Genet. 168, 111(1979))により行った。組換え微生物によるタンパク質生産の際の培養には、LB培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%NaCl)、2×L-マルトース培地(2%トリプトン、1%酵母エキス、1%NaCl、7.5%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4-5水和物)を用いた。
【0049】
試験例1.枯草菌cssS遺伝子欠失株(ΔcssS株)の構築
枯草菌cssS遺伝子欠失株(ΔcssS株)の構築を行った。欠失株の構築は、以下に示すように、SOE(splicing by overlap extension)-PCR法(Gene,77,61,(1989))によって調製したDNA断片を用いた二重交差法により行なった(図1参照)。ΔcssS株は、分泌ストレス感受性株である。
枯草菌168株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、表2に示したcssS.FWプライマー及びcssS/Cm.Rプライマー、並びにcssS/Cm.Fプライマー及びcssS.RVプライマーの各プライマーセットを用いて、cssS遺伝子のプロモーターを含む5’末端側の1000bp断片(A)、及び3’末端側の1000bp断片(B)をそれぞれ調製した。一方、クロラムフェニコール耐性遺伝子は、プラスミドpC194(J. Bacteriol. 150(2),815(1982))のクロラムフェニコール(Cm)耐性遺伝子を有するプラスミドpCBB31を鋳型とし、表2に示したCmF及びCmRのプライマーセットを用いて、クロラムフェニコール耐性遺伝子領域をPCRにより調製した(C)。得られた(A)、(B)及び(C)のDNA断片を混合して鋳型とし、cssS.FW2プライマー及びcssS.RV2プライマーを用いてSOE-PCR法により、(A)-(C)-(B)の順になる様に結合させ、遺伝子欠失用のDNA断片を得た。
調製したDNA断片を用いて、コンピテントセル形質転換法により枯草菌168株の形質転換を行った。その後、クロラムフェニコール(10μg/mL)を含むLB寒天培地上に生育したコロニーを形質転換体として分離した。得られた形質転換体のゲノムを抽出し、PCRによってcssS遺伝子が欠失し、クロラムフェニコール耐性遺伝子に置換されていることを確認した。
以上の様にして、枯草菌のcssS遺伝子が欠失した菌株を構築し、ΔcssS株と命名した。
【0050】
【表2】

【0051】
試験例2.ΔcssS株によるタンパク質生産量の測定
試験例1にて得られたΔcssS株及び親株である枯草菌168株(野生株)について、S237セルラーゼ、M-プロテアーゼ、K38アミラーゼ及びKP-43プロテアーゼの生産性を測定し評価した。
【0052】
1.S237セルラーゼの生産性測定
試験例1にて得られたΔcssS株及び親株である枯草菌168株に、バチルス属細菌 KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のS237セルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報)(配列番号17)をコードするDNA断片(3.1kb;配列番号17の塩基番号13〜3124)が、シャトルベクターpHY300PLKのBamHI制限酵素切断点に挿入された組換えプラスミドpHY-S237を、プロトプラスト形質転換法によって導入した。得られた菌株を5mLのLB培地で30℃、15時間振盪培養を行い、更にこの培養液0.6mLを30mLの2×L−マルトース培地(2%トリプトン、1%酵母エキス、1%塩化ナトリウム、7.5%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4-5水和物、15ppmテトラサイクリン)に接種し、30℃で3日間、振盪培養を行った。培養後、遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のセルラーゼ活性を測定し、菌体外に分泌生産されたS237セルラーゼの量を評価した。
セルラーゼ活性の測定については、1/7.5M リン酸緩衝液(pH7.4、和光純薬)で適宜希釈したサンプル溶液50μlに0.4mM p-nitrophenyl-β-D-cellotrioside(生化学工業)を50μl加えて混和し、30℃にて反応を行った際に遊離するp-ニトロフェノール量を420nmにおける吸光度(OD420nm)変化により定量した。1分間に1μmolのp-ニトロフェノールを遊離させる酵素量を1Uと定義した。
【0053】
2.M-プロテアーゼ生産性測定
タンパク質発現用DNAの構築に際して、バチルス クラウジイ(Bacillus clausii)KSM-K16株(FERM BP-3376)より抽出したゲノムDNAを鋳型として、表3に示したS237pKAPpp-Fプライマー及びKAPter-R(BglII)プライマーのプライマーセットを用いてPCRを行い、M-プロテアーゼ(アルカリプロテアーゼ、特許第3026111号参照)をコードする遺伝子の塩基配列(配列番号21)のうちM-プロテアーゼのシグナル配列、プロ配列および成熟酵素領域を含む1.2kbのDNA断片(配列番号21の塩基番号163〜1387)を増幅した。また、バチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-S237株(FERM BP-7875)より抽出したゲノムDNAを鋳型として、表3に示したS237ppp-F2(BamHI)プライマー及びS237pKAPpp-Rプライマーのプライマーセットを用いてPCRを行い、配列番号17で示されるS237セルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報)のうち転写開始制御領域、翻訳開始制御プロモーター領域をコードする0.6kbのDNA断片(配列番号17の塩基番号13〜572)を増幅した。次いで、得られた2断片を混合して鋳型とし、表3に示したS237ppp-F2(BamHI)プライマー及びKAPter-R(BglII)プライマーのプライマーセットを用いたSOE-PCRを行うことによって、S237セルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始制御プロモーター領域の下流に、M-プロテアーゼのシグナル配列、プロ配列および成熟酵素領域が連結した1.8kbのDNA断片を得た。得られた1.8kbのDNA断片をシャトルベクターpHY300PLK(ヤクルト)のBamHI-BglII制限酵素切断点に挿入し、M-プロテアーゼ生産性評価用プラスミドpHYKAP(S237p)を構築した。
【0054】
【表3】

【0055】
構築したプラスミドpHYKAP(S237p)をプロトプラスト形質転換法によって、試験例1にて得られたΔcssS株及び親株である枯草菌168株に導入した。得られた組換え菌株を、5mLのLB培地で37℃において一夜振盪培養を行った。この培養液0.06mLを30mLの2×L−マルトース培地(2%トリプトン、1%酵母エキス、1%NaCl、7.5%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4-5水和物、15ppmテトラサイクリン)に接種し、30℃にて3日間振盪培養を行った。培養後、遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のプロテアーゼ活性を測定し、培養によって菌体外に分泌生産されたM-プロテアーゼの量を評価した。
培養上清中のプロテアーゼの活性測定は以下のとおり行った。2mM CaCl溶液で適宜希釈した培養上清50μLに、7.5mMのSuccinyl-L-Alanyl-L-Alanyl-L-Alanine p-Nitroanilide(STANA ペプチド研究所)を基質として含む75mMほう酸-KCl緩衝液(pH10.5)を100μL加えて混和し、30℃にて反応を行った際に遊離するp-ニトロアニリン量を420nmにおける吸光度変化(OD420nm)により定量した。1分間に1μmolのp-ニトロアニリンを遊離させる酵素量を1Uとした。
【0056】
3.K38アミラーゼ生産性測定
発現用DNAの構築に際して、バチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-K38株(FERM BP-6946)より抽出したゲノムDNAを鋳型として、表4に示されるK38matu-F2(ALAA)とSP64K38-R(XbaI)のプライマーセットを用いてPCRを行い、配列番号23で示されるアルカリアミラーゼAmyK38(特開2000-184882号公報、Eur.J.Biochem.,268,2974,2001)をコードする領域を含む1.5kbのDNA断片(配列番号23の塩基番号1〜1531)を増幅した。またバチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-S237株(FERM BP-7875)より抽出したゲノムDNAを鋳型として、表4に示されるS237ppp-F2(BamHI)とS237ppp-R2(ALAA)のプライマーセットを用いてPCRを行い、配列番号17で示されるアルカリセルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報)の転写開始制御領域、翻訳開始制御プロモーター領域及び分泌シグナル配列をコードする領域を含む0.6kbのDNA断片(配列番号17の塩基番号13〜572)を増幅した。次いで、得られた2断片を混合して鋳型とし、表4に示されるS237ppp-F2(BamHI)とSP64K38-R(XbaI)のプライマーセットを用いたSOE-PCRを行うことによって、アルカリセルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始制御プロモーター領域及び分泌シグナル配列をコードする領域の下流に成熟型のアルカリアミラーゼをコードする遺伝子が連結した2.1kbのDNA断片を得た。得られた2.1kbのDNA断片をシャトルベクターpHY300PLK(ヤクルト)のBamHI-XbaI制限酵素切断点に挿入し、アルカリアミラーゼ生産性評価用プラスミドpHYK38(S237ps)を構築した。
【0057】
【表4】

【0058】
さらに、構築したプラスミドpHYK38(S237ps)をプロトプラスト形質転換法によってΔcssS株及び親株である枯草菌168株に導入した。これによって得られた組換え菌株を5mLのLB培地で一夜37℃において振盪培養を行い、更にこの培養液0.05mLを30mLの2×L-マルトース培地に接種し、30℃にて3日間振盪培養を行った。培養後、遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のアミラーゼ活性を測定し、培養によって菌体外に分泌生産されたアミラーゼの量を求めた。
【0059】
培養上清中のアミラーゼの活性測定には、リキテックAmy EPS(ロシュ・ダイアグノスティックス社)を使用した。具体的には、1%NaCl-1/7.5Mリン酸緩衝液(pH7.4、和光純薬工業)で適宜希釈したサンプル溶液50μLに、100μLのR1・R2混合液(R1(カップリング酵素):R2(アミラーゼ基質)=5:1(Vol.))を加えて混和し、30℃にて反応を行った際に遊離するp−ニトロフェノール量を405nmにおける吸光度(OD405nm)変化により定量した。1分間に1μmolのp−ニトロフェノールを遊離させる酵素量を1Uと定義した。
【0060】
4.KP-43プロテアーゼ生産性測定
発現用DNAの構築に際して、バチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-KP43株(FERM BP-6532)より抽出したゲノムDNAを鋳型として、表5に示されるS237pKP43m-FとKP43m-R(XbaI)のプライマーセットを用いてPCRを行い、配列番号25に示すアルカリプロテアーゼKP-43(以下、単に「KP-43プロテアーゼ」という)(国際公開第99/18218号パンフレット:GenBank accession no. AB051423)のシグナル配列、プロ配列および成熟酵素領域を含む2.0kbのDNA断片(配列番号25の塩基番号1〜2015)を増幅した。またバチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-S237株(FERM BP-7875)より抽出したゲノムDNAを鋳型として、表5に示されるS237ppp-F2(BamHI)とS237pKP43m-Rのプライマーセットを用いてPCRを行い、配列番号17で示されるアルカリセルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報)の転写開始制御領域、翻訳開始制御プロモーター領域をコードする領域を含む0.6kbのDNA断片(配列番号17の塩基番号13〜572)を増幅した。次いで、得られた2断片を混合して鋳型とし、表5に示されるS237ppp-F2(BamHI)とKP43m-R(XbaI)のプライマーセットを用いたSOE-PCRを行うことによって、アルカリセルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始制御プロモーター領域の下流にKP-43プロテアーゼのシグナル配列、プロ配列および成熟酵素領域をコードする領域が連結した2.6kbのDNA断片を得た。得られた2.6kbのDNA断片をシャトルベクターpHY300PLK(ヤクルト)のBamHI-XbaI制限酵素切断点に挿入し、KP-43プロテアーゼ生産性評価用プラスミドpHYKP43(S237p)を構築した。
【0061】
【表5】

【0062】
さらに、構築したプラスミドpHYKP43をプロトプラスト形質転換法によってΔcssS株及び親株である枯草菌168株に導入した。これによって得られた組換え菌株を5mLのLB培地で一夜37℃において振盪培養を行い、更にこの培養液0.05mLを30mLの2×L-マルトース培地に接種し、30℃にて3日間振盪培養を行った。培養後、遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のプロテアーゼ活性を測定し、培養によって菌体外に分泌生産されたKP-43プロテアーゼの量を求めた。
【0063】
培養上清中のプロテアーゼの活性測定は以下のとおり行った。2mM CaCl溶液で適宜希釈した培養上清50μLに、3mMのGlutamyl-L-Alanyl-L-Alanyl-L-Proyl-Leucine p-Nitroanilide(AAPL ペプチド研究所)を100μL加えて混和し、30℃にて反応を行った際に遊離するp-ニトロアニリン量を420nmにおける吸光度変化(OD420nm)により定量した。1分間に1μmolのp-ニトロアニリンを遊離させる酵素量を1Uとした。
【0064】
S237セルラーゼ、M-プロテアーゼ、K38アミラーゼ、KP-43プロテアーゼ活性の測定結果を図2に示す。なお、図2に示された値は平均値を相対値にて示し、エラーバーは標準偏差を示す。値は培養を各々3連にて行い算出している。
【0065】
図2から明らかなように、ΔcssS株においてS237セルラーゼ又はM-プロテアーゼ発現ベクターを導入した形質転換体では、168株(親株)に導入した形質転換体における当該タンパク質の生産量を100とした比較において、S237セルラーゼ活性又はM-プロテアーゼ活性が高い値を示し、S237セルラーゼ及びM-プロテアーゼの生産性が向上していることがわかった。一方、ΔcssS株においてK38アミラーゼ又はKP-43プロテアーゼ発現ベクターを導入した形質転換体では、168株(親株)に導入した形質転換体と比べて、K38アミラーゼ活性又はKP-43プロテアーゼ活性が低い値を示し、K38アミラーゼ及びKP-43プロテアーゼの生産性が低下していることがわかった。これらの結果から、枯草菌においてはS237セルラーゼ及びM-プロテアーゼは比較的分泌が容易な酵素タンパクであり、一方、K38アミラーゼ及びKP-43プロテアーゼは分泌する際に宿主にストレスを与える難分泌な酵素タンパクであると考えられる。
【0066】
実施例1.組換え微生物の構築
1.ΔtuaA-H株の構築
テイクロン酸合成酵素関連遺伝子群(tuaA遺伝子,tuaB遺伝子,tuaC遺伝子,tuaD遺伝子,tuaE遺伝子,tuaF遺伝子,tuaG遺伝子およびtuaH遺伝子の8個の遺伝子からなるtuaオペロン)を欠失した変異株の構築を行った。変異株の構築は、上述したΔcssS株の構築と同様の方法にて、SOE-PCR法によって調製したDNA断片を用いた二重交差法により行なった(図1参照)。
枯草菌168株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、表6に示したtuaA-177FrUプライマー及びtuaA+357RKmプライマー、並びにtuaH506FKm-2プライマー及びtuaH+1059Rプライマーの各プライマーセットを用いて、tuaA遺伝子のプロモーターを含む5’末端側の534bp断片(A)、及び3’末端側の553bp断片(B)をそれぞれ調製した。一方、カナマイシン耐性遺伝子については、プラスミドpDG873(Gene, 167, 335,(1995))のEcoRI制限酵素切断点よりカナマイシン耐性遺伝子領域を切り出し、pUC119(TAKARA)のEcoRI制限酵素切断点に挿入し、pUCKmを構築した。pUCKmのDNAを鋳型とし、表6に示したPB-M13-20プライマー及びPB-M13Revプライマーのプライマーセットを用いてカナマイシン耐性遺伝子領域を増幅した(3)。得られた(A)、(B)及び(C)のDNA断片を混合して鋳型とし、tuaA-177FrUプライマー及びtuaH+1059Rプライマーを用いてSOE-PCR法により、(A)-(C)-(B)の順になる様に結合させ、遺伝子欠失用のDNA断片を得た。
調製したDNA断片を用いて、コンピテントセル形質転換法により枯草菌168株の形質転換を行った。その後、カナマイシン(10μg/ml)を含むLB寒天培地上に生育したコロニーを形質転換体として分離した。得られた形質転換体のゲノムを抽出し、PCRによってtuaA遺伝子,tuaB遺伝子,tuaC遺伝子,tuaD遺伝子,tuaE遺伝子,tuaF遺伝子,tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子(tuaオペロン)が欠失し、カナマイシン耐性遺伝子に置換されていることを確認した。
以上の様にして、枯草菌のtuaオペロンが欠失した菌株を構築し、ΔtuaA-H株と命名した。
【0067】
【表6】

【0068】
2.細胞表層のテイクロン酸量の測定
得られたΔtuaA-H株及び親株(枯草菌168株)に、セルラーゼ遺伝子をそれぞれ導入した。具体的には、バチルス属細菌 KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のS237セルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報参照)(配列番号17)をコードするDNA断片(3.1kb;配列番号17の塩基番号13〜3124)を鋳型として、表7に示したEgl-S237.Fプライマー及びEgl-S237.Rプライマーのプライマーセットを用いてPCRを行い、シャトルベクターpHY300PLKのBamHI制限酵素切断点に挿入された組換えプラスミドpHY-S237を構築し、プロトプラスト形質転換法によって各菌株に導入した。
【0069】
【表7】

【0070】
セルラーゼ遺伝子が導入された各菌株から、以下の手法により細胞壁を調製した。
各菌株を5mlのLB培地で30℃、15時間振盪培養を行った。この培養液0.6mLを30mLの2×L−マルトース培地(2%トリプトン、1%酵母エキス、1%塩化ナトリウム、7.5%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4-5水和物、15ppmテトラサイクリン)に接種し、30℃で40時間程度(OD600nm=20〜30)振盪培養を行った。遠心分離(10000rpm,10min,20℃)にて培養液濁度の合計がOD1500程度となるよう集菌し、菌体を20mlの3M LiClで懸濁した。菌懸濁液を10分間煮沸処理した後、0.1mmサイズのガラスビーズを加えてホモジナイズ処理(NISSEI Ace Homogenizer AM-8)を行い、菌体の破砕を顕微鏡観察により確認した。その後、約0.5Lのイオン交換水を加え、上清を遠心分離(KUBOTA KR-2000c ローター:RA-6,3000rpm,5min,4℃)し、得られた上清をさらに遠心分離(KUBOTA KR-2000c ローター:RA-3,12,000rpm,10min,4℃)した。沈殿物を20mlのイオン交換水に懸濁した後、20mlの8%SDSを加え、10分間煮沸処理した。その後さらに遠心分離(KUBOTA KR-2000c ローター:RA-3,12,000rpm,10min,室温)し、沈殿物を10mlの1M NaClに懸濁し、遠心分離(KUBOTA KR-2000c ローター:RA-3,12,000rpm,10min,室温)した。上記条件で懸濁および遠心分離操作を5回程繰り返し、沈殿物の洗浄を行なった。さらに沈殿物を10mlのイオン交換水に5回ほど置換処理した後、2mlのイオン交換水に懸濁した。この細胞壁懸濁液を凍結乾燥し、粉末状の細胞壁を得た。
【0071】
得られた各株の粉末状の細胞壁に含まれるテイクロン酸の定量は以下のように行なった。
テイクロン酸はN-アセチルガラクトサミンとグルクロン酸から構成されるポリマーである(Poly(GalNAc-GlcA))。そこで、ウロン酸(グルクロン酸)量を指標としてm-ヒドロキシジフェニル-硫酸法(Anal. Biochem. 54, 484-489(1973))を用いて、ΔtuaA-H株及び対照として枯草菌168株(親株)のテイクロン酸量を定量した。結果を表8に示す。
【0072】
【表8】

【0073】
表8から明らかなように、定常期における枯草菌168株及びΔtuaA-H株の細胞壁1mg当りのテイクロン酸量は、それぞれ0.24μmol、0.16μmolであった。
テイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現はリン酸飢餓状態に誘導される。本培地条件下では定常期においてリンが枯渇することから、168株ではテイクロン酸合成酵素関連遺伝子が発現し、テイクロン酸を合成していると考えられる。一方、ΔtuaA-H株の細胞壁中のテイクロン酸量は、168株と比較して約6割に減少していた。このことから、ΔtuaA-H株では、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子群の発現が野生株よりも抑制されていることが明らかである。
【0074】
実施例2.タンパク質生産性の測定
実施例1の1.にて得られたΔtuaA-H株及び親株である枯草菌168株(野生株)について、試験例2と同様の方法にてS237セルラーゼ、M-プロテアーゼ、K38アミラーゼ及びKP-43プロテアーゼの生産性を測定し評価した。
S237セルラーゼ、M-プロテアーゼ、K38アミラーゼ、KP-43プロテアーゼ活性の測定結果を図3に示す。なお、図3に示された値は平均値の相対値を示し、エラーバーは標準偏差を示す。値は培養を各々3連にて行い算出している。
【0075】
図3から明らかなように、宿主としてΔtuaA-H株を用いた場合、対照の168株(親株)での生産量を100とした比較において、菌体外に分泌されるK38アミラーゼ生産量又はKP-43プロテアーゼ生産量が増加していることがわかる。具体的には、ΔtuaA-H株における生産量は、168株(野生株)と比較して、K38アミラーゼでは1.14倍、KP-43プロテアーゼでは1.38倍となった。一方、S237セルラーゼ又はM-プロテアーゼをΔtuaA-H株に導入した形質転換体では、これらのタンパク質の生産性は168株の場合と比較して低下していた。
これらの結果から、テイクロン酸合成酵素関連遺伝子の発現が抑制されるよう遺伝子改変された変異微生物は、タンパク質生産の宿主として有用であることがわかった。特に、本発明の微生物は、K38アミラーゼやKP-43プロテアーゼのように枯草菌cssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質の生産において優れた生産性を示すものであった。このことから、本発明の微生物は、分泌時にストレスが生じやすいタンパク質又はポリペプチドの生産に好適に用いることができると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子であるtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子、並びに当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子の発現が抑制されるように遺伝子構築された微生物に、目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入した組換え微生物。
【請求項2】
前記目的のタンパク質又はポリペプチドが、枯草菌のcssS遺伝子欠損株において生産性が低下するタンパク質又はポリペプチドであることを特徴とする請求項1記載の組換え微生物。
【請求項3】
前記tuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子の全てが、又は当該遺伝子に相当する遺伝子の全てが発現抑制されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の組換え微生物。
【請求項4】
前記テイクロン酸合成酵素関連遺伝子及び当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子を、欠失していることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項5】
前記目的のタンパク質又はポリペプチドが、配列番号24に示されるアミノ酸配列を有するK38アミラーゼ又は配列番号26に示されるアミノ酸配列を有するKP-43プロテアーゼであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項6】
前記目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の上流に、転写開始制御領域、翻訳開始制御領域又は分泌用シグナル領域のいずれか1以上の領域を結合したことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項7】
転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域を、前記目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の上流に結合したことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項8】
前記分泌シグナル領域が、バチルス(Bacillus)属に属する菌類のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、前記転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の上流0.6〜1kb領域由来のものであることを特徴とする請求項6又は7記載の組換え微生物。
【請求項9】
前記転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、下記(a)〜(c)のいずれかの塩基配列からなるDNA断片であることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の組換え微生物。
(a)配列番号17で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜659の塩基配列、又は配列番号19で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜696の塩基配列
(b)(a)のいずれかの塩基配列に対して70%以上の同一性を有する塩基配列
(c)(a)のいずれかの塩基配列の一部が欠失、置換、挿入及び/又は付加した塩基配列
【請求項10】
微生物がバチルス(Bacillus)属に属する菌類であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項11】
微生物が枯草菌(Bacillus subtilis)であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の組換え微生物を用いる目的のタンパク質又はポリペプチドの製造方法。
【請求項13】
枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子であるtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子、並びに当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子の発現が抑制されるよう微生物を遺伝子構築し、かつ目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入することを特徴とする組換え微生物の製造方法。
【請求項14】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子が導入され、かつ枯草菌のテイクロン酸合成酵素関連遺伝子であるtuaA遺伝子、tuaB遺伝子、tuaC遺伝子、tuaD遺伝子、tuaE遺伝子、tuaF遺伝子、tuaG遺伝子及びtuaH遺伝子、並びに当該遺伝子に相当する遺伝子からなる群より選ばれるいずれか1種以上の遺伝子の発現が抑制されるように遺伝子構築された組換え微生物を用いて、該タンパク質又はポリペプチドを製造することを特徴とする目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性を向上させる方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−234686(P2011−234686A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−110208(P2010−110208)
【出願日】平成22年5月12日(2010.5.12)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】