説明

組換型ビリルビンオキシダーゼとその製造方法

【課題】高発現かつ高活性の不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来組換型ビリルビンオキシダーゼを得るための簡便な手法の提供。
【解決手段】不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を大腸菌に導入し、発現させる工程を含む組換型ビリルビンオキシダーゼの製造方法と、この製造方法により得られる組換型ビリルビンオキシダーゼを提供する。この組換型ビリルビンオキシダーゼは、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来の天然型ビリルビンオキシダーゼよりも高い酵素活性を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換型ビリルビンオキシダーゼとその製造方法に関する。より詳しくは、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来の組換型ビリルビンオキシダーゼ等に関する。
【背景技術】
【0002】
「ビリルビンオキシダーゼ(Bilirubin oxidase)」は、ビリルビンをビルベルジンに酸化する反応を触媒する酵素であり、マルチ銅オキシダーゼ(複数の銅イオンを活性中心に持つ酵素の総称)に属する酵素の一種である。ビリルビンオキシダーゼは、従来、肝機能等の臨床検査用試薬(血清中のビリルビンの測定試薬)として広く使用されている。また、近年、ビリルビンオキシダーゼは、酵素電池のカソード(Cathode、正極)側において、酸素の電気化学的4電子還元反応を触媒するための電極酵素としても用いられている。
【0003】
ビリルビンオキシダーゼには、従来、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリアMT−1(Myrothecium verrucaria MT-1)から抽出して部分精製した酵素標品(以下、「天然型ビリルビンオキシダーゼ」と称する。)が使用されてきた(特許文献1参照)。また、非特許文献1では、ビリルビンオキシダーゼ遺伝子をコードする遺伝子の塩基配列の決定と、酵母を用いた組換型ビリルビンオキシダーゼの発現系の構築が報告されている(特許文献2も参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−199882号公報
【特許文献2】特開2005−73660号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】"Molecular cloning of the gene for bilirubin oxidase from Myrothecium verrucaria and its expression in yeast." J Biol Chem. 1993 Sep 5;268(25):18801-9.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
臨床検査用試薬や酵素電池の電極酵素などとして不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来のビリルビンオキシダーゼを大量に供給するため、優れた組換型ビリルビンオキシダーゼの発現系の構築が望まれている。しかしながら、従来の不完全糸状菌ミロテシウムベルカリアや酵母を用いた方法では、酵素の発現量が低かったり、発現された酵素の活性が十分でなかったりという問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、高発現かつ高活性の不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来組換型ビリルビンオキシダーゼを得るための簡便な手法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題解決のため、本発明者らは、真核生物の真菌である不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来のビリルビンオキシダーゼ遺伝子を、原核生物の細菌である大腸菌(Escherichia coli)で発現させることを試みた。そして、本発明者らは、簡便な大腸菌発現系で十分な活性を有する組換型ビリルビンオキシダーゼを発現精製できること見出した。さらに、本発明者らは、翻訳後糖鎖修飾を欠く大腸菌発現系において、予想外にも、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来の天然型ビリルビンオキシダーよりも高い活性を有する組換型ビリルビンオキシダーゼが得られることを明らかにした。
【0009】
本発明は、これらの知見に基づき、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を大腸菌に導入し、発現して得られる組換型ビリルビンオキシダーゼを提供する。
この組換型ビリルビンオキシダーは、配列番号1に示すアミノ酸配列を有し、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来の天然型ビリルビンオキシダーゼよりも高い酵素活性を有する。配列番号1に示すアミノ酸配列は、天然型ビリルビンオキシダーゼのアミノ酸配列から分泌シグナルペプチドの37残基を除いた配列とされている。
【0010】
また、本発明は、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を大腸菌に導入し、発現させる工程を含む組換型ビリルビンオキシダーゼの製造方法を提供する。
この組換型ビリルビンオキシダーゼの製造方法では、配列番号2に示す塩基配列を有する不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を用い、K−12由来株大腸菌を用いることが好適となる。配列番号2に示す塩基配列は、分泌シグナルペプチドをコードする部分が除かれた配列とされている。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、高発現かつ高活性の不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来組換型ビリルビンオキシダーゼを得るための簡便な手法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】pET-BOベクターの構造を説明する模式図である。
【図2】精製組換型ビリルビンオキシダーゼのSDS-PAGEの結果を示す図面代用写真である。
【図3】精製組換型ビリルビンオキシダーゼの吸収スペクトルを示すスペクトログラムである。
【図4】組換型ビリルビンオキシダーゼの活性評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0014】
本発明に係る組換型ビリルビンオキシダーゼは、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を大腸菌に導入し、発現することにより得られる。この組換型ビリルビンオキシダーゼは、不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来の天然型ビリルビンオキシダーゼよりも高い酵素活性を有することを特徴とする(「実施例」参照)。なお、この組換型ビリルビンオキシダーゼは、翻訳後糖鎖修飾を欠く大腸菌で発現して得られるものであるため、天然型ビリルビンオキシダーゼや酵母で発現した組換型(野生型)ビリルビンオキシダーゼと異なり、糖鎖修飾を有さない。
【0015】
不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子には、配列番号2に示す塩基配列のDNA断片を用いることができる。この塩基配列は、天然型ビリルビンオキシダーゼをコードするDNAから分泌シグナルペプチドをコードする部分が除かれた配列とされている。このビリルビンオキシダーゼ遺伝子を発現させて得られる組換型ビリルビンオキシダーゼは、天然型ビリルビンオキシダーゼのアミノ酸配列から分泌シグナルペプチドの37残基を除いた配列番号1に示すアミノ酸配列を有する。なお、本発明に係る組換型ビリルビンオキシダーゼは、この配列番号1に示すアミノ酸配列から、開始コドンに対応するメチオニン(N末端から1番目のメチオニン)を除いた配列を有するものとしてもよい。
【0016】
組換型ビリルビンオキシダーゼの発現のためのベクターには、組換タンパクの発現のために通常用いられるプラスミドベクターを採用できる。ベクターとしては、pET22b,pUC18,pHSG398,pHSG399,pRIT2T,pUEX1〜3,pKK223−3,pINIII 1,pTTQ18,pGEMEX−1,pGH−L9,pKK233−2などが挙げられる。
【0017】
組換型ビリルビンオキシダーゼの発現のための宿主細胞には、組換タンパクの発現のために通常用いられ大腸菌細胞を採用できる。大腸菌としては、特にK−12由来株が好ましく、BL21(DE3),BB4,BM25.5,BMH71−18mutS,BW313,C−la,C600,CJ236,DH1,DH5,DH5α,DH10B,DP50supF,ED8654,ED8767,ER1647,HB101,HMS174,HST02,HST04dam/dcm,HST08Premium,JM83,JM101,JM105,JM106,JM107,JM108,JM109,JM110,K802,K803,LE392,MC1061,MV1184,MV1193,NovaBlue,RR1,TAP90,TG1,TG2,TH2,XL1−Blue,Χ−1776,γ−1088,γ−1089,γ−1090などのストレインが挙げられる。
【0018】
宿主細胞へのベクターの導入(形質転換)は、使用する宿主細胞に応じてエレクトロポレーション法やカルシウム法などの従来公知の手法よって行うことができる。また、培養した形質転換体からの変異型ビリルビンオキシダーゼの抽出精製は、例えば超音波破砕によって細胞を破壊し、遠心分離により未破砕の細胞及び沈殿物を取り除き、透析を行うことによって行うことができる。このようにして得た粗精製物は、さらに液体クロマトグラフィーを用いた精製に供してもよい。
【実施例】
【0019】
<実験例1>
1.不完全糸状菌ミロテシウムベルカリアNBRC(IFO)6113株(Myrothecium verrucaria NBRC(IFO)6113)由来ビリルビンオキシダーゼのcDNAクローニング
(1−1)ミロテシウムベルカリアの培養
Myrothecium verrucaria NBRC(IFO)6113株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部から分譲を受けた。入手した乾燥菌体を、復水液(ポリペプトン:0.5%、酵母エキス:0.3%、MgSO4・7H2O:0.1%)に懸濁し、懸濁液をポテトデキストロース寒天(PDA)プレート(ポテトデキストロース:2.4%、アガロース:1.5%)に接種した。室温で5〜7日間培養を行ったところ、PDAプレートの表面は白色の菌糸により覆われた。菌糸をスパチュラでかき集めて-80℃で保存した。菌体の収量は、PDAプレート1枚(直径9cm)当たり50〜60 mg(湿重量)であった。
【0020】
(1−2)RNA抽出とcDNA合成
約100 mgのMyrothecium verrucaria NBRC(IFO)6113株の凍結菌体粉末から100μg(UV吸収により定量)のトータルRNAを抽出した。トータルRNAを逆転写PCRの鋳型RNAとして用いた。
【0021】
上記トータルRNAを鋳型とし、OneStep RT-PCR Kit(キアゲン)を用いて、逆転写PCRを行った。逆転写PCRに用いたプライマーの塩基配列は、既報のBOのcDNAの塩基配列を参照して「表1」に示すように設計した。
【0022】
【表1】

(塩基配列中、下線部は制限酵素サイトを示し、それぞれNdeIサイト(CATATG)、EcoRIサイト(GAATTC)を示す。)
【0023】
PCR産物のアガロースゲル電気泳動を行った結果、1600 bp付近に目的のビリルビンオキシダーゼ遺伝子を含む増幅断片が確認できた。この増幅断片をアガロースゲルスラブより切り出して、次の工程に用いた。
【0024】
(1−3)クローニング
上記増幅断片を制限酵素NdeI、EcoRIにより消化した後、同酵素で消化したpET22b+プラスミドベクターとライゲーション反応を行った。ライゲーション後のプラスミドベクターを大腸菌TOP10株(インビトロジェン)に導入し、LB/Amp寒天平板培地に接種した。一晩培養後、アンピシリンに対する薬剤耐性を有する形質転換体のコロニーを得た。コロニーを3mlのLB/Amp培地に継代し、一晩培養して得られた菌体からプラスミドベクターを単離した。
【0025】
プラスミドベクターの挿入領域の塩基配列を調べたところ、配列番号2であった。配列番号2に示した塩基配列は1608bp(開始コドンのATG、終止コドンのTAAを含む)であり、配列番号1に記載の535残基分のアミノ酸(開始コドン由来のメチオニンを含む)に相当する。このアミノ酸配列は、Myrothecium verrucaria由来の天然型ビリルビンオキシダーゼの成熟型酵素のアミノ酸配列に一致した。以下、このプラスミドベクターを「pET-BOベクター」と称する。図1に、pET-BOベクターの構造を示す。
【0026】
<実験例2>
2.大腸菌による組換型ビリルビンオキシダーゼの発現
(2−1)大腸菌の形質転換と組換型ビリルビンオキシダーゼの発現
上記pET-BOベクターを用いて、大腸菌(K-12由来株、ストレインBL21(DE3))の形質転換を行った。形質転換体のコロニーを5 ml のLB/Amp液体培地に接種し、37℃で4時間震とう培養を行った。得られた菌液1 mlを、100 mLのTB/Amp培地に継代し、37℃で4時間震とう培養した。
【0027】
培養液にIPTG(終濃度0.25 mM)と硫酸銅五水和物(2.0 mM)を加え、18℃で16時間培養した。培養後、遠心分離により菌体を回収した。菌体は、50mMトリス塩酸緩衝液(pH 7.6, 0.1 mM PMSF,0.3 mM硫酸銅五水和物)に再けん濁して、超音波破砕機により破砕した。遠心分離により未破砕の細胞及び沈殿物を取り除き、50mMトリス塩酸緩衝液(pH 7.6)に対して透析を行った。
【0028】
(2−2)アニオン交換カラムによる組換型ビリルビンオキシダーゼの精製
DEAEセルロース樹脂によるアニオン交換クロマトグラフィー(Hi-trap DEAE(5 ml)、GEヘルスケア)により、組換型ビリルビンオキシダーゼの精製を行った。透析後のサンプルを同カラムに吸着させ、500 mM NaClを含む50mMトリス塩酸緩衝液(pH 7.6)によるリニアーグラジエント(0-50%)により、吸着した組換型ビリルビンオキシダーゼを溶離した。
【0029】
この方法で精製を2回繰り返した後の組換型ビリルビンオキシダーゼのSDS-PAGEを図2に示す。図中、レーン1は精製組換型ビリルビンオキシダーゼ、レーン2は市販品の天然型ビリルビンオキシダーゼ(Bilirubin oxidase(BO) "Amono" 3 (BO-3)、アマノエンザイム)、レーン3は酵母で発現させた組換えビリルビンオキシダーゼである。また、レーンMはサイズマーカーである。
【0030】
また、精製組換型ビリルビンオキシダーゼの吸収スペクトルを図3に示す。吸収スペクトルの600 nmと500 nmの吸光度差(Δε=4000)から見積もった培養液100 mL当たりのBOの収量は0.6 mgであった。
【0031】
<実験例3>
3.組換型ビリルビンオキシダーゼの活性測定
組換型ビリルビンオキシダーゼの活性評価を行い、市販品の天然型ビリルビンオキシダーゼと比較した。活性測定はABTSを基質に用い、反応進行に伴う730 nmの吸光度変化(ABTSの反応物の増加に由来する)を追跡した。測定条件を「表2」に示す。なお、ビリルビンオキシダーゼ濃度は、730 nmの吸光度変化が1分間当たり0.01 〜 0.5 程度となるように調製した。反応は0.05〜10 mMのABTSを含むリン酸緩衝液(2995μL)に酵素溶液(5 μL)を加えることで開始した。
【0032】
【表2】

【0033】
活性評価の結果を図4に示す。また、組換型ビリルビンオキシダーゼ及び市販品の天然型ビリルビンオキシダーゼのK、kcatを「表3」に示す。大腸菌による組換型ビリルビンオキシダーゼは、天然型ビリルビンオキシダーゼに対して1.8倍程度の活性(kcat)を示し、優れた活性を有することが確認された。
【0034】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明に係る組換型ビリルビンオキシダーゼの製造方法によれば、非常に簡単で、経済的な方法により不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来ビリルビンオキシダーゼを大量に提供できる。さらに、得られる組換型ビリルビンオキシダーゼは、天然型ビリルビンオキシダーゼと同等以上の高い酵素活性を有する。従って、本発明は、臨床検査用試薬や酵素電池の電極酵素などとして不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア由来ビリルビンオキシダーゼを安価に供給するために用いられ得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を大腸菌に導入し、発現して得られる組換型ビリルビンオキシダーゼ。
【請求項2】
不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来の天然型ビリルビンオキシダーゼよりも高い酵素活性を有する請求項1記載の組換型ビリルビンオキシダーゼ。
【請求項3】
配列番号1に示すアミノ酸配列を有する請求項2記載の組換型ビリルビンオキシダーゼ。
【請求項4】
酵素電池の電極酵素として用いられる請求項1〜3のいずれか一項に記載の組換型ビリルビンオキシダーゼ。
【請求項5】
不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を大腸菌に導入し、発現させる工程を含む組換型ビリルビンオキシダーゼの製造方法。
【請求項6】
K−12由来株大腸菌を用いる請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
配列番号2に示す塩基配列を有する不完全糸状菌ミロテシウムベルカリア(Myrothecium verrucaria)由来ビリルビンオキシダーゼ遺伝子を用いる請求項5又は請求項6記載の製造方法。


【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−234700(P2011−234700A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−111186(P2010−111186)
【出願日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】