説明

組織低酸素症の体液マーカー

本発明は、哺乳類対象における組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候をスクリーニングし、診断し、もしくは予後診断し、前記哺乳類対象における組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候の段階もしくは重篤度を決定し、前記哺乳類対象が組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を発症するリスクを同定し、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を有する哺乳類対象に与えた治療の効果をモニタリングする、方法及びキットを提供する。前記哺乳類対象由来の体液試料中の酸素調節タンパク質(ORP150)又はその断片のレベルは、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候に関する情報を提供するために測定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類対象における組織低酸素症又は組織低酸素症に起因する臨床症候の1又は複数のマーカーを体液において検出及び測定することに関する。特に、本発明は、哺乳類対象の組織低酸素症又は組織低酸素症に起因する臨床症候の診断及び/又は予後診断における、酸素調節タンパク質(ORP150)又は該タンパク質に由来するペプチド断片単独での検出又はさらなるマーカーと組み合わせた検出に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性心疾患及び心不全は世界中で重大な健康問題となっているが、これらの症状を効果的に診断し管理する手段は現在のところ乏しいものである。
【0003】
慢性心不全
慢性心不全(CHF)は、高齢化が進んだ産業社会においてますます重大なヘルスケア問題となっている代表的な臨床症候である。心不全の場合の入院率は、過去20年間にわたり顕著に増加しており、CHFは予後不良であり、クオリティーオブライフが低い。CHFの直接費は、ヘルスケア支出のおよそ1〜2%にのぼり、その大半が入院関連である。
【0004】
慢性心不全は、左室の収縮機能障害(LVSD)の結果起こることが最も多い。Glasgow(McDonaph,ら、Lancet 1997;350:829−8331)及びBirmingham(Davies,ら、Lancet 2001:358:439−444)のスクリーニング研究において、確定的なLVSDの罹患率はそれぞれ、2.9%及び1.8%であることが示された。両研究において、事例の半分が無症候性であった。LVSDを有する患者を同定することにより、個々の患者がクオリティーオブライフを向上させ予後を良好にするための適切な治療を行うことが可能となる。心エコー検査は、LVSD及び心不全の診断の際に現在最も頻繁に用いられる検査である。
【0005】
CHFの病態生理学は、カテコールアミン、レニン−アンジオテンシン、エンドセリン、心房及び脳性ナトリウム利尿ペプチド系を含む、多くの神経ホルモン系の活性化を伴う。これらの系には、適応的に活性化されるものも(ナトリウム利尿ペプチド系)あれば、急性状態下では適応的であるが、特に慢性状態において維持される場合には不適応となる(エンドセリン、レニン−アンジオテンシン及びカテコールアミン系)ものもある。ナトリウム利尿ペプチドホルモンの分泌増加は、CHFを診断する手段として利用されてきた(McDonaghら、Lancet 1998;351:9−13;Hobbs,ら、Br Med J 2002;324:1498−1502)。LVSDの検出のためには、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は、N末端プロ心房ナトリウム利尿ペプチド(N−AMP)より優れた診断ツールである(McDonaghら、Lancet 1998;351:9−13)。さらに、BNPの前駆体に由来する別のペプチド、すなわちN末端プロBNP(N−BNP)も、LVSD同定のための適切な代替物である(Hobbs,ら、Br Med J 2002;324:1498−1502)。両ケースとも、その試験の陰性的中率は高く、CHFを除外する際に有用であることが示唆される。多くの場合、CHFの原因は虚血性心疾患である。さらに、慢性期にわたる心拍出量の減少により、組織循環不全及び相対的組織低酸素症が起こることとなる。
【0006】
しかし、組織が低酸素であるときに誘導され分泌される血漿中の指標は、心疾患の診断及び予後診断に大いに役立ち、これらの疾患のモニタリングにさらに役立つであろう。
【0007】
虚血性心疾患
虚血性心疾患は、先進国における重大な健康負担であり、その主要な原因はアテローム性動脈硬化症である。マクロファージ及び他の細胞とともに、脂質、特に酸化又は変性したLDLが蓄積することによって、プラークが成長し不安定となる。
【0008】
酸素調節タンパク質ORP150及び小胞体における分子シャペロンとしてのその役割
酸素調節タンパク質ORP150は、元来、低酸素状態にした星状細胞からクローニングされたシャペロン小胞体関連タンパク質である(Kuwabara,ら、J Biol Chem 1996;271:5052−32)。ラット星状細胞、ヒト大動脈心筋細胞及び単核白血球においてこのタンパク質を誘導したところ、低酸素症に対して特異性を示したが、グルコース欠乏、過酸化水素、ツニカマイシン又は熱ショック等の他のストレス性刺激に対しては特異性を示さなかった(Kuwabara,ら、J Biol Chem 1996;271:5052−32;Tsukamoto,ら、J.Clin Invest 1996;98:1930−41)。さらに、ヒトアテローム性動脈硬化病巣から調製した組織抽出物において調べたところ、ORP150のmRNA及びタンパク質発現が増加しており、ほとんどのmRNAがマクロファージで観察された(Tsukamoto,ら、J.Clin Invest 1996;98:1930−41)。ORP150は、アテローム性動脈硬化症の血管壁の細胞において分子シャペロンとして機能し、低酸素症が起こっている細胞の小胞体(ER)に主に存在すると思われる(Tsukamoto,ら、J.Clin Invest 1996;98:1930−41)。血管疾患の危険因子として知られている酸化又はアセチル化低密度リポタンパク質(LDL)が存在する場合、その発現がさらに促進され得る(Tsukamoto,ら、J.Clin Invest 1996;98:1930−41)。アンチセンスオリゴヌクレオチドでその発現を低下させると、低酸素による損傷に対する単核食細胞の感受性が高まることから、その機能には、低酸素症により誘導される損傷に対する保護効果が含まれている(Tsukamoto,ら、J.Clin Invest 1996;98:1930−41)。
【0009】
最近、ヒトORP150のクローニングにより、C末端に小胞体(ER)残留シグナルを有する999残基の推定アミノ酸配列が明らかとなった(Ikeda,ら、Biochem Biophys Res Commun 1997;230:94−9)。この配列は、グルコース調節タンパク質(GRP170)及びヒートショックタンパク質(HSP70)等の他のストレス誘導性タンパク質とある程度のホモロジーを有する。この配列はERに存在することから、特に低酸素状態において、タンパク質の折りたたみ及び成熟のための分子シャペロンとしての役割が示唆される。例えば、腎臓細胞ORP150アンチセンス形質転換体の場合、糖タンパク質GP80の成熟が遅れ、GP80がERに蓄積するので、エネルギー欠乏状態にある細胞のER内でのタンパク質成熟及び輸送におけるORP150の役割が示された(Bando,ら、Am J Physiol Cell Physiol 2000;278:C1172−82)。
【0010】
血管疾患におけるORP150の機能に関する証拠は、マウスの発作モデルに対する観察から得られる(Matsushita,ら、Brain Res Mol Brain Res 1998;60:98−106;Tamatani,ら、Nat Med 2001;7:317−23)。脳虚血のマウスモデルにおいて、虚血を起こしエネルギーが欠乏している部位においてでさえも、低酸素状態のニューロンでORP150 mRNA及びタンパク質が急激に誘導された(Matsushita,ら、Brain Res Mol Brain Res 1998;60:98−106)。虚血状態のヒトの脳では、ニューロンでのORP150発現はわずかずつしか誘導されなかったが、星状細胞においてはORP150が顕著に誘導された(Tamatani,ら、Nat Med 2001;7:317−23)。ORP150を過剰発現しているニューロンは、低酸素ストレスに対して抵抗性を有し、ニューロンでORP150を過剰発現するように遺伝子操作を施したマウスは、虚血ストレス下で起こす発作が小さかった(Tamatani,ら、Nat Med 2001;7:317−23)。細胞保護作用は、カスパーゼ−3様の活性の抑制及び脳由来神経栄養因子(BDNF)の促進に関連しており、このことから、低酸素状態での細胞保護作用におけるORP150に対する役割が示された(Tamatani,ら、Nat Med 2001;7:317−2310)。さらに、ORP150アンチセンスRNAを過剰発現するようにトランスフェクションした星状細胞又は細胞株は、低酸素状態のストレスに対して感受性が増加し、アポトーシスが引き起された(Tamatani,ら、Nat Med 2001;7:317−23;Ozawa,ら、J Biol Chem 1999;274:6397−404)。
【0011】
血管疾患におけるORP150に関する役割を示唆する他の証拠は、血管形成に関連するものである(Tsukamotoら、Lab Invest 1998;78:699−706;Ozawaら、Cancer Res 2001;61:4206−13;Ozawaら、J Clin Invest 2001;108:41−50)。ORP150は腫瘍中に発現され、宿主組織に浸潤した細胞中で高い発現を示す(Tamatani,ら、Nat Med 2001;7:317−23)。浸潤には、血管内皮増殖因子(VEGF、血管形成因子として知られている)及びORP150の共発現を伴うことが多く(Ozawaら、Cancer Res 2001;61:4206−13)、アンチセンスORP150をトランスフェクションした腫瘍細胞は浸潤を起こしにくく(Ozawaら、Cancer Res 2001;61:4206−13)、VEGFは成熟不全となり、その結果ERへの蓄積が起こる(Ozawaら、Cancer Res 2001;61:4206−13)。創傷では、血管新生にVEGF及びORP150の両者の発現が伴う(Ozawaら、J Clin Invest 2001;108:41−50)。ORP150を運ぶアデノウイルスを局所的に投与すると、その部位で、創傷の修復、新しい血管形成及びVEGF発現が促進される(Ozawaら、J Clin Invest 2001;108:41−50)。ORP150発現を低下させるよう操作したマクロファージでは、VEGFの成熟に欠陥があり、VEGFがERに蓄積するが、ORP150を過剰発現させると、VEGF産物をうまく搬出し、分泌できるようになる(Ozawa,ら、J Clin Invest 2001;108:41−50)。ORP150発現で血管形成が促進されることにより、低酸素ストレス下でのアポトーシス抑制に対するORP150の別の細胞内効果から示される細胞保護物質としてのその役割がさらに裏付けられるであろう。
【発明の開示】
【0012】
第一の局面において、本発明は、哺乳類対象由来の体液試料中の第一のマーカーレベルを測定することを含み、前記第一のマーカーが酸素調節タンパク質(ORP150)又はその断片である、前記哺乳類対象における組織低酸素症若しくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候をスクリーニングし、診断し、若しくは予後診断し、前記哺乳類対象における組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候の段階もしくは重篤度を決定し、前記哺乳類対象が組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を発症するリスクを同定し、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を有する哺乳類対象に与えた治療の効果をモニタリングする、方法を提供する。
【0013】
組織低酸素症の状態では、組織中のORP150発現が上昇し得る。ORP150タンパク質は、小胞体に付随しており、分泌されないと予想されている。しかし、本発明者らは、予想外にもORP150又はORP150由来のペプチド断片を細胞外で(イムノアッセイを用いて、ヒト血漿中に)検出することができることを見出し、CHFの診断及び予後診断に対するマーカーとしての有用性を示すことができた。さらに、ORP150又はそのペプチド断片が、心不全及び虚血性心疾患(例えば心筋梗塞)の患者では健常者よりも高いレベルで血漿中に検出された。従って、これらのマーカーの測定は、心不全の存在に関する診断補助及び心不全の重篤度を評価するための診断補助として有用である。
【0014】
ORP150又はそのペプチド断片はまた、虚血性心疾患又は急性冠不全症候群の患者の予後の評価に有用であり得るが、特に心筋梗塞後に、心不全による死亡リスク又は再入院リスクが高い患者においてそのペプチドのレベルが上昇する。
【0015】
本明細書において使用される「組織低酸素症」という用語は、組織又は器官において酸素供給が正常レベル以下に低下することを意味する。酸素供給の低下は、赤血球数減少、肺における酸素化不全(つまり、酸素圧低下、肺機能の異常、気道閉塞又は心臓における右−左シャント)、ヘモグロビンの酸素放出能低下、細動脈閉塞、血管収縮、静脈流出量の減少又は動脈血流入低下の結果起こる、酸素利用、運搬又は流れの減少により生じ得る。「低酸素症の徴候となる臨床症候」という用語は、組織低酸素症の結果として起こる、又は結果として組織低酸素症を引き起こす、あらゆる進行ステージの病態又は状態を意味する。従って、本用語には、虚血;虚血のプロセス;細胞壊死を引き起こす組織損傷;慢性心不全;虚血性心疾患、心筋梗塞及び他の急性冠不全症候群等における急性冠循環閉塞(例えば、非ST上昇心筋梗塞及び不安定狭心症);アテローム性動脈硬化症に起因する臨床症候;発作;大動脈瘤;末梢血管性疾患;慢性肺疾患;及び腫瘍などの症状が含まれる。
【0016】
本発明において、ORP150の断片は、ORP150に特有のアミノ酸配列を有するORP150タンパク質の断片である。ヒトORP150に対するアミノ酸配列は、図16に示されており(NCBI detabase Accession AAC50947,Accession NP_006380)、本明細書において使用される「ORP150」には、その変異体及び対立遺伝子多型が含まれる。前記断片は、7、8、9、10、11、12、13、14、15以上のアミノ酸であり得るが、6アミノ酸という短いものであり得る。ある実施形態において、前記断片は、配列LAVMSVDLGSESMを含み、又は該配列から成る。前記断片は、6〜8、6.5〜7.5、6.7〜7.4、1〜4、1.5〜3.5又は1.8〜3.3kDの範囲の分子量を有し得る。分子量は、ゲル電気泳動又はサイズ排除クロマトグラフィー等の当業者に公知の手段によって測定することができる。
【0017】
本発明において、ORP150は、血漿、又は間質液、尿、全血、唾液、血清、リンパ液、胃液、胆汁、汗並びに脳及び脊髄液等の哺乳類の体から取得できる他の体液中で、検出することができる。体液には、処理を施してもよく(例えば血清)、又は処理を施さなくてもよい。前記哺乳類対象はヒトであり得る。
【0018】
ORP150又はその断片の測定レベルは、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しないことの指標となるORP150レベルと比較し得る。このレベルは、組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しない1例又は複数例の哺乳類対象から得たORP150又はその断片のレベルであるか、又はそのような哺乳類対象中のORP150又はその断片について予め決定された基準範囲であり得る。このようにして、問題となる状態のない対象の集団的研究から決定された標準レベルと前記レベルとを比較して、診断又は予後診断を行うことができる。このような対象は、年齢及び/又は性別を一致させ得る。ある実施形態において、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しないことの指標となるORP150のレベルは、1〜5.7fmol/mlの範囲であり得る。組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候の指標となるORP150のレベルは、956fmol/ml以上の範囲であり得る。本発明が組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候を有する哺乳類対象に行われた治療の効果のモニタリングに関与する場合には、ORP150又はその断片の測定レベルを、その対象の基準レベルと比較することができる。基準レベルは、治療開始前に決定することができる。この基準レベルとの差異から、低酸素状態が増加又は減少しているかどうか、つまり、治療が効果的であるかどうかが示される。ORP150又はその断片のレベルの上昇は、組織低酸素症を示し、逆もまた同様である。
【0019】
本発明の方法では、哺乳類対象において組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候の指標となる第二のマーカーを測定することができる。組織低酸素症の徴候となる臨床症候は、心不全又は虚血性心疾患であり得る。この例において、本発明の方法は、さらに、心不全又は虚血性心疾患の指標となる第二のマーカーのレベルを測定することを備え得る。第二のマーカーは、天然の心房ナトリウム利尿ペプチド(ANP−Brennerら、Physiol.Rev.,1990,70:665参照)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)及びC−タイプナトリウム利尿ペプチド(CNP−Stingoら、Am J.Physiol.1992,263:H1318参照)、それらの一部、変異体又はキメラを含む、ナトリウム利尿ペプチドであり得る。好ましいナトリウム利尿ペプチドは、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)又はN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(N−BNP)である。左室の心筋細胞からのプロBNP(2種類の循環体、BNP(活性ペプチド)及びN−BNP(不活性ペプチド)に対するインタクトな前駆体)の放出及びBNPの産生の増加は、心筋の引き伸ばし、心筋の伸張及び心筋の損傷が引き金となることによって起こる。ORP150又はそのペプチド断片は、虚血性心疾患又は急性冠不全症候群の患者の予後を評価する際に、ナトリウム利尿ペプチドと組み合わせて用いることは有用であり(例えば、N末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド又はN−BNP)、心筋梗塞後、ペプチドを組み合わせて使用することは、死亡に関する患者の重症度分類を行うのに有用である。
【0020】
第一のマーカーであるORP150又はその断片と同様に、第二のマーカーのレベルを測定して、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しないことを示す第二のマーカーのレベルと比較し得る。このレベルは、組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しない1例もしくは複数例の哺乳類対象から得た前記第二のマーカーのレベルであるか、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しない哺乳類対象における前記第二のマーカーに対して予め決定された基準範囲であり得る。組織低酸素症のリスクが高いことを示すBNP又はN−BNPレベルは、5.7fmol/ml以上であり得る。
【0021】
マーカーレベルは、濃度、質量、モル数、体積又は存在するマーカーの量を示す他の任意の測定単位で表し得る。第一及び第二のマーカーのそれぞれのレベルは、イムノアッセイ、つまり、マーカーに特異的に結合する抗体を利用したアッセイを用いて測定し得る。このようなアッセイは、競合的又は非競合的イムノアッセイであり得る。同種であれ異種であれ、このようなアッセイは、本分野において周知であり、ラテックス又は金粒子、蛍光部分、酵素、電気化学的に活性な物質等の検出可能物質で標識されている抗体等の特異的な結合パートナーと、検出すべき検体を結合させる。あるいは、上記の検出可能な物質のいずれかで前記検体を標識して、一定量の特異的抗体と競合させることができる。その後、標識の存在又は濃度を検出することにより検体の存在又は存在する検体の量を決定する。EP291194に記載されているラテラルフローイムノアッセイ等、実験室用分析装置又は治療場所もしくは家庭用のテスト装置を用いて従来の方法において、このようなアッセイを行うことができる。
【0022】
ある実施形態では、マーカーが存在する場合に免疫特異的結合が起こりうるような条件下で、試験対象由来の試料を適切な抗体と接触させ、該抗体による何らかの免疫特異的結合の量を検出又は測定することにより、イムノアッセイを行う。最低約10分間、30分間、1時間、3時間、5時間、7時間、10時間、15時間又は1日、前記抗体を試料に接触させ得る。ウェスタンブロット、ラジオイムノアッセイ、ELISA(酵素免疫吸着測定法)、「サンドイッチ」イムノアッセイ、免疫沈降アッセイ、沈降反応、ゲル拡散沈降反応、免疫拡散アッセイ、凝集アッセイ、補体結合反応アッセイ、免疫放射定量測定法、蛍光イムノアッセイ及びプロテインAイムノアッセイ等の技術を用いた、競合的及び非競合的アッセイ系を含む、あらゆる適切なイムノアッセイを用いることができるが、これらに限定されない。
【0023】
例えば、2段階サンドイッチアッセイ法により、体液試料においてマーカーを検出することができる。第一の段階において、マーカーを捕捉するために、捕捉試薬(例えば、抗−マーカー抗体)を用いる。捕捉試薬は、場合によっては、固体相に固定することができる。第二の段階において、直接又は間接的に標識された検出試薬を使用して、捕捉されたマーカーを検出する。ある実施形態において、検出試薬は抗体である。別の実施形態において、検出試薬はレクチンである。
【0024】
ある実施形態において、体液試料中に十分なマーカーが存在することにより、ラテラルフローアッセイの捕捉ゾーンにおいて「サンドイッチ」相互作用の形成を引き起こすサンドイッチ方式では、ラテラルフローイムノアッセイ装置を使用することができる。本明細書中において使用される捕捉ゾーンは、ORP150及び本明細書中に記載されている他のマーカーを捕捉するのに適した、抗体分子、抗原、核酸、レクチン及び酵素等の捕捉試薬が含有し得る。捕捉ゾーンにおける捕捉に適した1つ又は複数の発光標識を本装置に組み込んで、検体の存在により捕捉の程度が決定されるようにすることができる。適切な標識には、ポリスチレンミクロスフィアに固定化された蛍光標識が含まれる。捕捉ゾーンで捕捉することができるようにするために、ミクロスフィアを免疫グロブリンで被覆し得る。
【0025】
本発明の方法において使用し得る他のアッセイには、フロースルー装置が含まれるが、これに限定されない。
【0026】
フロースルーアッセイにおいて、ある試薬(通常は抗体)を、膜表面上の所定の領域に固定化する。次に、装置を通して試料体積を送り込むために、リザーバーとして働く吸着層上にこの膜を重ねる。固定化後、非特異的相互作用を最小限に抑えるよう、その膜上のタンパク質結合部位の残余をブロックする。本アッセイを用いる場合、抗体に特異的なマーカーを含有する体液試料を膜に添加し、マトリックスを介して濾過し、固定化された抗体にマーカーが結合できるようにする。必要に応じて実施される第二の段階において(第一の反応物質が抗体である実施形態において)、捕捉したマーカーと反応してサンドイッチを完結させる、タグを付加した第二の抗体(酵素抱合物、着色したラテックス粒子に結合させた抗体、又は着色したコロイドに組み込まれた抗体)を添加又は放出させることができる。あるいは、第二の抗体を試料と混合して、単一のステップで添加することもできる。マーカーが存在すれば、着色されたスポットが膜表面上に生じる。
【0027】
「抗体」という用語は、本明細書中で使用する場合、免疫グロブリン分子及び免疫グロブリン分子の免疫学的に活性な部分、つまり抗原を特異的に結合する抗原結合部位を含有する分子を意味する。本発明において有用な免疫グロブリン分子は、免疫グロブリン分子のあらゆるクラス(例えば、IgG、IgE、IgM、IgD及びIgA)又はサブクラスのものであり得る。抗体には、ポリクローナル、モノクローナル、二重特異性抗体、ヒト型化抗体及びキメラ抗体、1本鎖抗体、Fab断片及びF(ab’)断片、Fab発現ライブラリにより作製した断片、抗イディオタイプ(抗−Id)抗体並びに上記のいずれかのエピトープ結合断片が含まれるが、これらに限定されるものではない。抗体が抗原に優先的に結合する場合、例えば、他の分子と約30%未満、好ましくは20%、10%又は1%の交差反応を起こす場合、抗体、又は一般的にあらゆる分子は、その抗原(又は他の分子)に「特異的に結合する」。抗体部分には、Fv及びFv’部分が含まれる。
【0028】
ORP150の検出に有用なある抗体は、配列LAVMSVDLGSESMを認識し得る。他の適切な抗体は、Immuno−Biological Laboratories Co.Ltd,1091−1 Naka,Fujioka−shi,Gunma,375−0005,Japan(株式会社免疫生物研究所、郵便番号 375−0005 群馬県 藤岡市 中 1091−1)から市販されている。
【0029】
本発明は、本発明の方法を実施するためのキットも提供する。
【0030】
哺乳類対象からの体液試料の採取に関する説明書と、
前記試料中の酸素調節タンパク質(ORP150)又はその断片のレベルを測定するための1つ又は複数の試薬と、
を含む、前記哺乳類対象における組織低酸素症若しくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候をスクリーニングし、診断し、若しくは予後診断し、前記哺乳類対象における組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候の段階もしくは重篤度を決定し、前記哺乳類対象が組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を発症するリスクを同定し、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を有する哺乳類対象に与えた治療の効果をモニタリングするためのキットも提供される。
【0031】
前記1つ又は複数の試薬は、上述のような第一のマーカーに特異的に結合する抗体を含み得る。本キットは、特に組織低酸素症の徴候となる臨床症候が上述のように心不全又は虚血性心疾患である場合に、哺乳類対象において組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候の指標となる第二のマーカーレベルを測定するための1つ又は複数の試薬がさらに含まれ得る。
【0032】
哺乳類対象から体液試料を採取するための説明書は、必要に応じて添付される。さらに、本発明のキットは、場合によっては、(1)哺乳類対象における組織低酸素症若しくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候をスクリーニングし、診断し、若しくは予後診断し、前記哺乳類対象における組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候の段階もしくは重篤度を決定し、前記哺乳類対象が組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を発症するリスクを同定し、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を有する哺乳類対象に与えた治療の効果をモニタリングするためのキットの使用説明書;(2)本キット中に存在するあらゆる抗体に対する標識化結合パートナー;(3)何らかのこのような抗体が固定化された固体相(試薬ストリップ等);及び(4)診断、予後診断又は治療目的の使用又はそれらの任意の組み合わせに対して規制当局から認可を受けたことを示す表示又は差し込みの注意書き、のうち1又は複数を必要に応じて備えることができる。本抗体又は各抗体に対する標識化結合パートナーが提供されない場合、検出可能なマーカー、例えば化学発光、酵素的、蛍光又は放射性部分等で、本抗体又は各抗体それ自体を標識することができる。
【0033】
ORP150は、粥状プラークの血管壁において過剰発現し(Tsukamoto,ら、J Clin Invest 1996;98:1930−41)、主としてマクロファージに存在する。発明者らにより、心不全及び虚血性心疾患(その主原因はアテローム性動脈硬化症)の患者由来の血漿中でORP150が増加することが明らかとなり、また、アテローム性動脈硬化症が原因となる他の臨床症候、例えば虚血性発作、大動脈瘤、末梢血管性疾患又は他の急性冠不全症候群等の患者において血漿中のORP150が増加すると思われるので、これらの状態の存在又は重篤度の指標としてこのマーカーを使用することができる。同様に、組織が低酸素状態であり得る慢性肺疾患の患者においても、血漿中のORP150が上昇していると予想される。現在、肺疾患患者、例えば、家庭での酸素治療を受けている患者のpOを測定する簡便な方法がないが、ORP150測定のさらなる用途として、そのような患者の酸素治療のモニタリングにおける使用が挙げられる。浸潤性腫瘍は、血管内皮増殖因子に対するシャペロンとして、ORP150を過剰発現し得るため(Tsukamotoら、Lab Invest 1998;78:699−706;Ozawaら、Cancer Res 2001;61:4206−13;Asahiら、BJU Int 2002;90:462−6)、腫瘍マーカーとして、特に中心領域が相対的に低酸素状態であり得る浸潤性腫瘍のマーカーとして、使用することができる。このような用途は、これらの浸潤性腫瘍の診断、さらに治療のモニタリングにも拡大適用されるであろう。
【0034】
さらなる局面において、本発明は、哺乳類対象における組織低酸素症のマーカーとしての又は組織低酸素症に起因する臨床症候のマーカーとしての、酸素調節タンパク質ORP150又はそのペプチド断片の使用を提供する。組織低酸素症に起因する臨床症候は、心不全、虚血性心疾患、アテローム性動脈硬化症、虚血性発作、大動脈瘤、末梢血管性疾患、肺疾患又は腫瘍増殖の結果であり得る。
【0035】
別の局面において、本発明は、哺乳類対象での心不全又は虚血性心疾患の存在又は重篤度の決定において診断ツールとして使用するための心臓マーカーとしてのORP150又はそのペプチド断片の使用を提供する。ORP150又はそのペプチド断片は、心不全又は虚血性心疾患の指標となるさらなるマーカーと組み合わせて使用し得る。さらなるマーカーは、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)又はN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(N−BNP)等のナトリウム利尿ペプチドであり得る。
【0036】
本発明は、哺乳類対象由来の体液試料がORP150又はそのペプチド断片の存在について測定される、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候の存在又は重篤度を調べるための方法も提供する。組織低酸素症の徴候となる臨床症候は、心不全又は虚血性心疾患であり得、体液は血漿であり得る。診断又は予後診断は、健康な個体又は個体群から得られた値と比較して得られた結果に基づいて行い得る。測定は、イムノアッセイを用いて行い得る。
【0037】
本発明は、哺乳類対象から体液試料を取得することと、前記(ORP150)又はその断片の存在及び/又は量を示すために前記試料に対して測定を行うことと、を含む、酸素調節タンパク質(ORP150)又はその断片の検出方法を提供する。
【0038】
本発明の各局面についての好ましい特徴は、他の局面の各々に対して準用される。本明細書中で言及する先行技術の文書は、法律が許す範囲内で最大限に組み込まれる。
【0039】
(実施例)
ここで、次の非限定例において、本発明をより詳しく説明する。以下、添付の図について説明する。
【実施例1】
【0040】
研究対象
心エコー検査により左心室の収縮機能障害(左室(LV)駆出分画<45%)が認められた120名の心不全患者を調べた。さらに373名の心筋梗塞の患者も集めた。3種類の標準的基準、即ち適切な症候群、梗塞の急性のECG変化(ST上昇、新しいLBBB)及びクレアチンキナーゼ(CK)が、正常値の上限値の少なくとも2倍である、つまり>400IU/Lである、という基準のうち少なくとも2つを伴って現れるものとして、急性心筋梗塞を定義した。心筋梗塞患者177名も、心エコー検査により調べ、収縮機能を正常、軽度、中度又は重度として分類した。年齢及び性別構成について適合させた、LV駆出分画が>50%である正常対照を、広告により地域集団から集めた。全対象者からこの研究への参加に対するインフォームドコンセントを得て、地域のEthics Committee(倫理委員会)から承認を受けた。
【0041】
心筋梗塞患者におけるエンドポイント
指標となる入院からの退院後の原因を問わない死亡率及び心臓血管の罹患率(心不全による再入院)としてエンドポイントを定義した。フォローアップ中に死亡した患者の検閲後に死亡以外の全エンドポイントに対する多変量解析を行った。
【0042】
血液採取及び血漿抽出
健常者及び心不全患者の場合は、15分間ベッドで休息を取らせた後に、末梢血管血液20mlを、500IU/mlのアプロチニンが入った、予め冷やしておいたNa−EDTA(1.5mg/ml 血液)試験管に採取した。心筋梗塞患者の場合は、症候群発症後、72〜96時間の間に1回血液試料を採取した。4℃にて3000rpmで15分間遠心を行った後、血漿を分離し、アッセイを行うまで−70℃に保存した。アッセイ前に、C18 Sep−Pak(Waters)カラムで血漿を抽出し、遠心エバポレーターで乾燥させた。心不全患者から尿検体もいくつか回収した。これらも上述のようにC18 Sep−Pak(Waters)カラムで抽出した。
【0043】
ORP150のアッセイ
MRC Toxicology Unit,University of Leicesterにおいて、ヒトORP150配列のN末端ドメインに相当するペプチド(アミノ酸33−45)(LAVMSVDLGSESM)(Ikeda,ら、Biochem Biophys Res Commun 1997;230:94−9)を合成した。アミノ酸1−32は、本タンパク質に対するシグナル配列を表し、成熟ORP150タンパク質には存在し得ない。本配列のC末端に付加させたシステインへのマレイミドカップリングによりキーホールリンペットヘモシアニンと共役させたこのペプチドをウサギに対して、毎月注射した。血清由来のIgGを、プロテインAセファロースのカラムで精製した。上記ペプチドも、ビオチン−マレイミドを用いて、NaHPOを100、EDTAを5(単位はmmol/l)含有する、pH7.0のバッファー中で、2時間、ビオチン化した。過剰なシステインで反応停止させた後、アセトニトリル勾配を用いてHPLCにより、得られたトレーサーを精製した。あるいは、C又はN末端にビオチン化アミノ酸を取り込んで上記ペプチドを合成し、トレーサーとして使用することが可能であろう。血漿抽出物及び標準は、NaHPO 1.5、NaHPO 8、NaCl 140、EDTA 1(単位はmmol/l)及びウシ血清アルブミン 1、アジド 0.1(単位はg/l)から成るILMA(免疫発光アッセイ)バッファーを用いて再調製した。ELISAプレートを、0.1mol/lの重炭酸ナトリウムバッファー、pH9.6 100μl中の抗−ウサギIgG(Sigma Chemical Co.,Poole,UK)100ngで被覆した。次に、重炭酸バッファー中の0.5%ウシ血清アルブミンでウェルをブロッキングした。このウェル中の標準物質又は試料とともにIgG 200ngをプレインキュベーションすることにより、競合的免疫反応アッセイを開始した。一晩インキュベーションを行った後、希釈したビオチン化ORPペプチドトレーサー 50μl(保存溶液中2μl/ml又は総量100−500fmol)を、このウェルに添加した。4℃にてさらに24時間インキュベーションを行った後、ウェルを洗浄バッファー(NaHPO 1.5mmol/l、NaHPO 8mmol/l、NaCl 340mmol/l、Tween 0.5g/l、アジ化ナトリウム 0.1g/l)で3回洗浄した。メチル−アクリジニウムエステル(MAE)で標識したストレプトアビジンを、記載されているように合成した(Ngら、Clinical Science 2002;102:411−416)。ストレプトアビジン−MAE(500万相対発光ユニット/ウェル)を含有するILMA 100μlとともにウェルを2時間インキュベーションした。さらに洗浄を行った後、1M 硝酸(Hとともに)100μl及び、次に、NaOH 100μl(臭化セチルアンモニウムと共に)を連続して注入して、Dynatech MLX Luminometerにおいて化学発光を検出した。検出の下限値(ペプチド濃度0における標準偏差の3倍として定義)は、試験管あたり9.8fmol又は抽出した血漿中98fmol/mlであった。アッセイ内の変動係数は、2、30、500fmol/試験管に対してそれぞれ、3.1、4.3及び5.9%であった。ANP、BNP、N末端プロBNP又はCNP等の心不全において上昇することが既に明らかとなっているペプチドとの交差反応性はなかった。
【0044】
アッセイN−BNP
N末端プロBNPに対するアッセイは、Karl,ら、Scand J Clin Lab Invest Suppl 1999;230:177−181により記載されている非競合N末端プロBNPアッセイに基づくものであった。ウサギポリクローナル抗体は、ヒトN末端プロBNPのN末端(アミノ酸 1−12)及びC末端(アミノ酸 65−76)に対して作製された。血清由来のIgGをプロテインAセファロースカラムで精製した。C末端に向けられた抗体(各ELISAプレートウェルに対して、100μL中0.5μg)を、捕捉抗体として用いた。N末端抗体をアフィニティ精製し、ビオチン化した。分注した試料(20μl)又はN−BNP標準物質を、C末端抗体で被覆したウェル中で、4℃にて24時間、ビオチン化した抗体とともにインキュベーションした。洗浄後、メチル−アクリジニウムエステル(ストレプトアビジン−MAE、5x10相対発光ユニット/ml)で標識したストレプトアビジン(Ngら、Clinical Science 2002;102:411−416)を、各ウェルに添加した。既に述べたようにしてDynatech MLX Luminometerでプレートを読み取った(Ngら、Clinical Science 2002;102:411−416)。検出の下限値は、非抽出血漿で5.7fmol/mlであった。アッセイ内、及びアッセイ間において、変動係数は、それぞれ2.3%及び4.8%で、許容範囲内であった。ANP、BNP又はCNPとの交差反応はなかった。
【0045】
血漿抽出物のサイズ排除クロマトグラフィー及びゲル電気泳動
300x7.8mm Bio−Sep SEC S2000カラム(Phenomenex,Macclesfield,Cheshire,UK)において、移動相として、50mmol/l NaHPO(pH6.8)を用いて、流速1ml/分で、血漿抽出物を定組成サイズ排除クロマトグラフィーにより分画した。分子量を決定するために使用した標準物質には、IgG(150kD)、BSA(68kD)、オボアルブミン(44kD)、ダイズトリプシン阻害剤(20kD)、アプロチニン(6.5kD)及びトリプトファン(204D)(Sigma Chemical Co,Poole,UKより)が含まれていた。上記のように、ORP150に対するアッセイを行う前に、20秒ごとに回収した分画を遠心エバポレーターで乾燥させた。
【0046】
統計解析
SPSS Version 11.0(SPSS Inc,Chicago,MI)を用いて統計解析を行った。平均値±SEM又は非ガウス分布のデータに対する中央値(範囲)としてデータを表し、それを解析前に対数変換した。連続型変数に対して、一元配置分散分析(ANOVA)を用いた。複数の独立変数の相関は、一変量の一般線形モデル法(General Linear Model法)を用いて、報告された最小有意差P値により求めた。ピアソン(Pearson)相関分析を行い、中央値、四分位間範囲を表すボックス及び2.5thから97.5th百分率を表すひげ(whisker)から成るボックスプロットを構築した。Kaplan Meierの生存時間解析を用いて、MI後の重症度分類におけるペプチドレベルの有用性について調べた。
【0047】
結果及び考察
ORP150アッセイの性能
ORP150ペプチドに対する典型的な標準曲線を図1で示すが、ここでは、本ペプチドの濃度が増加するに従い化学発光が低下することが示されている。約300fmol/試験管において、トレーサー結合変換の半分が起こった。心不全患者の血漿及び尿抽出物の希釈物は、標準曲線との並行性を示した。検出の下限値は9.8fmol/試験管であった。
【0048】
さらにヒト血漿抽出物に対して、定組成のサイズ排除クロマトグラフィーを行った(図2)。これは、3つの大きな免疫反応分画、1つは150kd(これはヒトORP150タンパク質の分子量と予想される。)、6.7kDから7.4kDのそれより小さいピーク及び1.8から3.3kDの最大のピーク、に分けられた。この結果から、血漿から抽出されたORP150が断片化され、他のエピトープ特異的抗体で検出することができる他の断片があり得ることが示唆される。
【0049】
ヒトにおけるORPの検出に対する結論
ORPに対する特異的なイムノアッセイにより、血漿及び尿中においてこのペプチドの存在が検出された。ORP150が小胞体関連タンパク質であるため、この発見は予想外のものである。さらに、血漿における免疫反応性が、いくつかの分子量体由来であることから、ORP150の断片がエピトープ特異的抗体を用いて検出され得ることが示唆される。
【0050】
健常者、心不全患者及び心筋梗塞患者におけるORP150
健常者、心不全(HF)患者及び心筋梗塞(MI)患者の特徴を表1に示す。これらの群は性別についてよく適合していた。健常者及びHF群は、年齢について適合していたが、MI群は他の群よりも年齢層が高かった(P<0.001)。解析前に、対数変換によりペプチドレベルを正規化した。図3は、健常者、HF患者群及びMI患者群におけるN−BNP及びORP−150レベルを示す。ANOVAにより、LogN−BNP(P<0.0005)及びLogORP−150(P<0.0005)における差が、上記3群の間で明らかとなった。N−BNPの場合、HF患者及びMI患者両方のレベルが健常者よりも高かった(P<0.0005、多重比較のためにTukey検定を使用。)が、HF及びMI群におけるレベルは同程度であった(Pは有意ではない)。ORP150の場合、HF患者及びMI患者両方のレベルが健常者よりも高かった(P<0.0005、多重比較のためにTukey検定を使用。)。HF群におけるレベルはまた、MI群におけるレベルよりも有意に高かった(P<0.0005)。
【0051】
【表1】

【0052】
心不全におけるORP150
正常群中では、N−BNPが年齢に依存して変化していた(相関係数 r=0.438、P<0.0005)。しかし、ORP150は、年齢に対して有意に相関しなかった。正常群とHF群を合わせた場合も、N−BNPは、年齢に相関していた(r=0.306、P<0.0005)が、ORP150の年齢との相関性は小さかった(r=0.138、P<0.02)。
【0053】
図4は、男女両方の正常及びHFにおけるN−BNP及びORP150レベルを示す。これらのペプチドレベルは、HFの男女両方で上昇していた(両者に対してP<0.0005、一変量の一般線形モデル(GLM)法を用いた。)。HFにおける両ペプチドは、NYHAクラスにより判定した場合のHFの重症度に依存して上昇していた。図5は、男女両方において、NYAHクラスが上がると両ペプチドが上昇することを示す。N−BNPの場合、健常者における値は、NYAHクラス、I、II、III及びIVとは異なっていた(全てに対してP<0.0005、Tukey検定を使用。)。ORP150の場合、健常者における値は、NYAHクラス、I、II、III及びIVとは異なっていた(それぞれに対してP<0.002、0.0005、0.0005、0.0005、Tukey検定を使用。)。
【0054】
一変量GLM法を用いて、共変量として年齢を、性別及びNYHAクラスを因子として入力して、心不全患者における対数正規化したN末端プロBNPレベルの解析を行ったところ、年齢、性別及びNYAHクラスが有意な予測変数で(全てに対してP<0.0005)、本モデルに対するrは0.675(P<0.0005)となった。性別とNYAHクラスとの間に有意な相関があったことから、NYHAの上昇に伴うN−BNPの上昇は、男性と女性とで異なる可能性があることが示唆された(P<0.007)。対数正規化したORP150データについて同様の解析を行ったところ、NYAHクラスのみが有意な予測変数で(P<0.0005)、本モデルに対するrは0.512(P<0.0005)となった。年齢及び性別は有意な予測変数ではなかったが、性別とNYAHクラスとの間に有意な相関があった(P<0.0005)ことから、NYHAクラスの上昇に伴うORP150上昇は、男性と女性との間で異なることが示唆された。HF患者の大多数においてその原因は虚血性心疾患であるが、これらのペプチドを用いて原因と関係なくHFが検出された。
【0055】
例えば、956fmol/mlというORP150のカットオフ値を用いると、上述の血漿抽出物におけるアッセイ技術に基づいて得られたこのようなレベルから、HF例の95%が診断され、特異度は39.4%となろう。従って、この例の場合、ORP150は、51.1%の陽性的中率を有し、92.2%の陰性的中率を有する。このようなカットオフ値を用いることにより、HF診断で効果的に除外を行うことが可能になると考えられる。
【0056】
このようなカットオフ値は、アッセイ法により影響を受ける可能性があり、これらが競合的アッセイであれ非競合的アッセイであれ、そしてペプチド又はタンパク質標準物質を用いるかどうかに関わらず、ORP150に対する新しいアッセイに対して別のカットオフ値を確立する必要がある(下記のアッセイ法に対する注意を参照のこと。)。
【0057】
下記に挙げたものは、N−BNP及びORP150両方に対する、HFの診断のためのカットオフ値(単位はfmol/ml)であり、様々な敏感度及び特異度も報告している。
【0058】
【表2】

【0059】
予測変数をLogN−BNP及びLogORP150として、逐次的ロジスティック回帰分析により、HFの有無を予測した。正常群とHF群とは年齢及び性別が適合しているので、年齢及び性別は用いなかった。N−BNP(ペプチドレベル50%上昇に対するオッズ比は1.56、ペプチドレベル10倍上昇に対するオッズ比は12.29、P<0.0005)及びORP150(ペプチドレベル50%上昇に対するオッズ比は2.46、ペプチドレベル10倍上昇に対するオッズ比は163.98、P<0.0005)の両方がHFの存在の独立予測因子であり、前進法又は後進法のいずれを用いたかということに関係なく、総r(Cox and Snell)は0.55であり、Nagelkerkeのrは0.74であった。
【0060】
ロジスティック回帰は、「logit(p)=a+bχ+bχ+bχ+・・・」(式中、logit(p)=log(p/(1−p))であり、pはHFを有する確率を示し、aは定数であり、b及びbは、変数χ、χを乗じる係数を表す。)の方程式にデータを当てはめて行う(この例において、χ及びχは、log10(N−BNP)及びlog10(ORP150)である。)。測定を行いlog10変換したN−BNP及びORP150レベルを入れることにより、このモデルを使用して心不全を有する確率を計算することができた。
【0061】
logit(p)=−21.642+2.509log10(N−BNP)+5.1log10(ORP150)
従って、pが0.102より大きい場合、HFは、95%の敏感度及び68.3%の特異度で検出される。このアルゴリズムにより、本ペプチドのうちいずれか単独の場合よりも高い特異度で心不全が検出できることに留意すること(敏感度95%で、N−BNP及びORP150に対する特異度は、それぞれ40.6%及び39.4%のみ。)。
【0062】
上記モデルからの予後診断指標(HF群の構成員の可能性)を使用して、受信者動作特性(ROC)曲線を構築した(図6)。HF同定に対して、本モデルに対するROC領域は0.95であり、N−BNP(0.91)又はORP150(0.84)単独よりも高かった。
【0063】
下記の表では、上記アルゴリズムにより決定される様々な確率のカットオフ値に対する、log10変換N−BNP及びORP150レベルを用いた、ロジスティックモデルの敏感度及び特異度を示す。HF診断の敏感度を最大にしたいか、又はその特異度を最大にしたいかによって、本モデルからの異なる確率のカットオフ値を選ぶことができるであろう。
【0064】
【表3】

【0065】
心不全におけるORP150に対する結論
これらの知見から、N−BNP及びORP150の両方がHFにおいて上昇しているが(そしてHFの重症度も上昇している。)、N−BNPが対象者の年齢及び性別からより大きな影響を受けていることが示唆される(年齢が高くなり、及び女性である場合、高値を示す。)。一方、ORP150は、年齢に依存する要素がなく、性別によりわずかに影響を受けた。両ペプチドとも、HFの同定に有用であったが、これら2種類のペプチドを組み合わせると、HFの診断においてさらに可能性が広がる。
【0066】
心筋梗塞におけるORP150
心筋梗塞(MI)群の患者の特徴を表1に示すが、性別は適合していたが年齢層が正常群よりもわずかに高くなった(p<0.0005)。N−BNP及びORP150両方とも、心筋梗塞から2−3日後に得た血漿中のレベルが上昇していた(両方に対してP<0.0005、図3)。N−BNPのレベルは、ピークのクレアチンキナーゼレベルと相関していた(r=0.24、P<0.0005)ことから、梗塞の大きさとの関係が示唆される。しかし、ORP150レベルは、ピークのクレアチンキナーゼレベルと有意な相関関係がなかった(r=0.05、Pは有意でない。)
【0067】
N−BNPは、年齢(r=0.39、P<0.0005)及びクレアチニン(r=0.38、P<0.0005)の両方と相関しており、性別及び梗塞の影響を考慮に入れた後も偏相関係数は有意であった(年齢に対して(r=0.39、P<0.0005)及びクレアチニンに対して(r=0.36、P<0.0005))。対照的に、ORP150は、年齢とは有意な相関がなかったが、クレアチニンとはわずかに相関関係が認められ(r=0.20、P<0.0005)、年齢及び梗塞の効果を考慮に入れた場合、偏相関係数はさらに低下した(クレアチニンに対して、(r=0.12、P<0.007)。)。
【0068】
共変数として年齢及びクレアチニンを用い、因子としてMIの存在及び性別を用いて、逐次的線形回帰分析により、対数正規化したORP150の決定要因を求めた。MIの存在(P<0.0005)及びクレアチニン(P<0.004)のみが、ORP150レベルの有意な独立予測因子として同定され、全分散は14%であった(P<0.0005)。N−BNPレベルについて同様の解析を行ったところ、年齢、性別、クレアチニン及びMIの存在が、有意な独立予測因子として同定された(全てに対してP<0.0005)。従って、これらの知見から、HF群において、ORP150レベルは、N−BNPレベルよりも、年齢及び性別からの影響を受けにくいということが確認される。
【0069】
本発明者らは、ロジスティック回帰分析により、独立変数として年齢、性別、N−BNP及びORP150を用いて、従属変数としてのMIの有無を予想した。前進及び後進逐次的回帰分析両方を用いて、4種類全てが、MIの有無に対する独立予測変数として同定され、本モデルにおいてrは0.56(Cox and Snell)又は0.79(Nagelkerke)となった。オッズ比は、N−BNPの場合(ペプチドレベル50%上昇に対して1.94、P<0.0005);ORP150の場合(ペプチドレベル50%上昇に対して1.61、P<0.0005)であった。
【0070】
N−BNPの血漿レベルは、患者のKillipクラスと関連があった(図7、P<0.0005)。一方で、ORP150のレベルは、Killipクラスに関係なく、全てのMI患者において上昇した(図7)。心エコー検査スキャンを行った177名の患者において、N−BNPレベルがLV機能不全の程度と関連していることが分かった(図8、P<0.0005)。一方で、ORP150のレベルは、LV機能不全の程度に関係なく、全てのMI患者において上昇しており、明らかに「正常な」LV機能を有する患者でさえも、ORP150レベルが上昇していた(図8)。
【0071】
MI後の転帰
原因を問わない死亡率及びMI後の心不全を伴う再入院率について検討して、これらの転帰の予測におけるORP150の有用性を調べた。退院後の平均のフォローアップ期間は、426日であり、5−764日の範囲であった。367例のうち、フォローアップ期間中に死亡例が39例あった。また、心不全による再入院も22例あった。
【0072】
死亡した患者は、N−BNP及びORP150レベルが有意に高かった(それぞれP<0.0005及びP<0.001、図9)。さらに、両ペプチドとも、心不全で後日再入院した患者において上昇していた(N−BNPに対してP<0.0005、ORP150に対してP<0.025、図10)。
【0073】
ロジスティック回帰分析を用いて、年齢、クレアチニン、梗塞の既往歴、Killip クラス及びLogN−BNP又はLogORP150について、転帰としての死亡の予測因子を調べた。死亡に対する有意な独立予測因子には、N−BNP(ペプチドレベル10倍上昇のオッズ比は3.95、P<0.002)及びORP150(ペプチドレベル10倍上昇のオッズ比は4.85、P<0.05)が含まれ、Nagelkerkeのrは0.32であった。後進及び前進回帰分析により、これらの2つの独立予測変数を確認したが、クレアチニンからのさらなる寄与があった(10倍上昇に対するオッズ比は19.56、P<0.05)。これらの知見から、N−BNPレベルと独立して、ORP150がMI後の死亡の予測因子となることが示唆される。
【0074】
これらの知見を確認するために、Kaplan Meier生存時間解析を行った。対象者を中央値群の上下で分けたところ、使用したペプチドがN−BNP(トレンドに対する対数順位検定により、P<0.0005)であるか又はORP−150(トレンドに対する対数順位検定により、P<0.002)であるかにかかわらず、生存率は、これらの2群間で有意差があった(図11)。注目すべきことは、N−BNP又はORP150単独で定義した中央値以下の群においてでさえ、間違いなく死亡率が0ではないことである(中央値以上の群よりも低いが。)。N−BNP及びORP150両方で順位付けした群における順位付けを利用して、患者を3種類の群に分ける、新規の予後診断指標を生み出した(両ペプチドが中央値以下、いずれかのペプチドが中央値以上、両ペプチドが中央値以上)。図12において、この新しい予後診断指標を用いた生存時間解析を示すが、ここでは、両ペプチドが中央値以下であった群において観察期間中の死亡例がなく、両ペプチドが中央値以上であった群では死亡率が高く、いずれかのペプチドが中央値以上であった群では死亡率が中間であったことが示されている(トレンドに対する対数順位検定により、P<0.0005)。
【0075】
MIにおけるORPに対する結論
心筋梗塞で見られるように、血漿ORP150レベルは、虚血性心疾患において上昇する。一方、N−BNPもこれらの患者において上昇しているが、年齢、LV機能不全、症候及び徴候(Killipクラスにより判定)並びに腎臓機能に対するORP150レベルの依存度は、N−BNPよりも低い。両ペプチドとも、心筋梗塞による指標となる入院後の死亡又は心不全による再入院等の優れた転帰予測因子である。特に、両ペプチドを組み合わせると、心筋梗塞後の重症度分類にとりわけ有用であり得る(死亡の予測)。
【0076】
血管疾患におけるORPに対する総体的結論
上記のデータから、ORP150がヒト血漿に分泌され、尿中でも検出できることが示される。体液中にORP150の断片があり得る。ORP150のレベルは、心不全及び虚血性心疾患の両方において上昇し、その測定値が年齢及び性別により左右されることはより少ないようである。アテローム性動脈硬化症は血管疾患の主原因であるので、例えば、発作、末梢血管性疾患、動脈瘤又は急性冠症候群等、組織低酸素症が存在する他の状態の診断又は予後診断にORP150を使用することができる。心不全において、それ自身において診断補助となることに加えて、N−BNPの測定を補うことができた。心筋梗塞において、それを予後診断の指標として用い、心不全による死亡及び再入院両方を予測できる。単独で、又はN−BNPと組み合わせて、心筋梗塞後のORP150測定は、患者が非常に低い又は高いリスク群であることを予測することができる重症度分類に対して役立つ。これは、患者に対する治療選択を計画するのに有用であると考えられる。
【実施例2】
【0077】
さらに114名の不安定狭心症患者又は非ST上昇心筋梗塞(心内膜下の心筋梗塞、クレアチンキナーゼが正常上限値の2倍以下に上昇することにより定義。)について調べた。全患者が休息時の胸痛を有し、治療のために入院していた。平均(範囲)年齢は、66.8歳(38〜93)であり、男性74名、女性40名であった。入院から3〜5日後に血液試料を採取し、トロポニンT(Roche Diagnostics)と、実施例1で述べたようにしてORP150タンパク質とN−BNPとを測定した。
【0078】
実施例1において心筋梗塞患者に対して述べたようにしてエンドポイントに関して患者のフォローアップを行った。
【0079】
平均フォローアップ期間である401日間(26〜764日間の範囲)の間、死亡例が9例あった。トロポニンTレベルは、生存者(0.19(0.005〜0.557)μg/l)と死亡例(0.12(0.005〜1.14)μg/l)とを比較して有意差はなかった。一方、ORP150及びN−BNPレベルの両方が、生存者と比較して死亡例で有意に高かった(それぞれP<0.006及びP<0.05、図13)。
【0080】
症例分類に対して、N−BNP及びORP150レベル(中央値以下又は以上)の両方を用いて、Kaplan Meier生存期間解析を行った。対象者を中央値の上下でグループ分けしたところ、使用したペプチドがN−BNP(トレンドに対する対数順位検定により、P<0.016)であるか又はORP150(トレンドに対する対数順位検定により、P<0.015)であるかにかかわらず、これらの2群間で生存率に有意差が認められた(図14)。両ペプチドを用いて、患者を3群に分類(両ペプチドが中央値以下、いずれかのペプチドが中央値以上、両ペプチドが中央値以上)した場合、生存期間解析から、両ペプチドが中央値以下であった群において観察期間中に死亡例はなく、両ペプチドが中央値以上であった群では死亡率が高いことが示唆された(トレンドに対する対数順位検定により、P<0.002、図15)。従って、不安定狭心症/非ST上昇心筋梗塞に対するこの新しい予後診断指標により、ST上昇心筋梗塞の患者に対して述べたものと同じように(上述のように)、重症度分類が可能となる。
【0081】
この特定の例に対する中央値ORP150レベルは、上述のように抽出した試料に対して競合的アッセイにより調べたところ、1680fmol/mlであった。別の標準を用いた他のアッセイ方式に対して、別の中央値カットオフレベルを確立することができる(以下参照、方法の注)。
【0082】
不安定狭心症/非ST上昇MIにおける、ORPに対する結論
不安定狭心症/非ST上昇MIによって示されるように、血漿ORP150及びN−BNPレベルは、虚血性心疾患において上昇する。両ペプチドとも、死亡等の転帰の優れた予測因子である。特に、両ペプチドを組み合わせると、不安定狭心症/非ST上昇MI後の重症度分類に特に有用であり得る(死亡の予測)。このような予後診断指標を用いることで、死亡リスクの最も高い患者に対して血行再建又は薬剤による治療を行うことが可能となろう。
【0083】
実施例におけるORP150カットオフ値の確立法に対する注意
上記で特定したカットオフ値は、CLAVMSVDLGSESM(ここで、LAVMSVDLGSESMは、ORP150のN末端配列由来である。)から成るペプチド標準物質を用いた、血漿由来のORP150抽出物に基づいている。N末端にシステインが存在するため(まず第一に、免疫付与のために共役物を産生させるために)、このペプチドは二量体を形成する傾向がある。標準物質の二量体及び単量体の割合が様々であることから、免疫反応性が異なる可能性があり、従って、実際のカットオフ値と異なるということになる。
【0084】
標準物質として全タンパク質配列を用いた場合(例えば、全長ORP150)、又は、上記ペプチドCLAVMSVDLGSESMを、ジチオスレイトールを用いて還元し、N−エチルマレイミドと反応させ、二量体形成を妨げた場合、このエピトープに対する作製抗体の免疫反応性が異なる可能性があり、従って、カットオフ値が異なる可能性があると思われる。上記カットオフ値の10〜100倍までの補正率を、異なる標準物質又は異なるアッセイ方式(例えば、競合方式とは逆に非競合)に対して適用する必要があり得る。しかし、カットオフ値は、10〜10,000fmol/mlの範囲にあり、実施例において述べた用途にそれを適用するために、新しいそれぞれのアッセイが、それぞれの特定の目的(診断又は予後診断)に対してそのアッセイに与えられた独自のカットオフ値を有し得ると考えられる。これらのカットオフ値は、上記実施例で説明したように、この試験を心不全の診断に用いるか、又は心筋梗塞もしくは不安定狭心症後の予後を予測するために用いるかによっても異なるであろう。
【実施例3】
【0085】
バルーン血管形成中の冠循環に対する急性閉塞の効果を、アテローム性動脈硬化症の治療のためにこの治療を受けている冠状動脈疾患のある19名の患者において評価した。この方法を実施する前、及び血管形成後2時間、6時間及び12時間の時点で血漿を回収した。ORP150のレベルを上述のようにして測定した。さらに、心筋梗塞等の他の冠動脈閉塞後に上昇することが知られている既知の心室壁張力の心臓マーカー、即ち、Bタイプ又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を、免疫発光アッセイを用いて、C18カラムにおいて測定した。
【0086】
図17において、血管形成後の、BNPと比較した血漿ORP150レベルの変化について示す。両マーカーとも、時間経過に従い、有意に変化する(繰り返し測定を行い、分散分析を用いて、P<0.001)。さらに、両ペプチドの血漿レベルは、血管形成後2時間でピークとなり、この時間を越えると基底レベルに低下していく。2時間におけるピークのORP150レベルは、基底値(P<0.02)及び、6時間及び12時間でのレベル(両方に対してP<0.001)と有意差が認められる。BNPの場合、2時間におけるピーク値は、基底値(P<0.001)及び、6時間及び12時間でのレベル(両方に対してP<0.005)と有意差が認められる。
【0087】
バルーン閉塞後にORP150レベルが急速に上昇することから、心筋梗塞又は他の急性冠症候群(例えば、非ST上昇心筋梗塞又は不安定狭心症)において見られるような、冠循環の急性閉塞の指標として使用できることが示唆される。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】ORP150ペプチド競合的イムノアッセイに対する標準曲線を示す。患者の血漿抽出物(実線でつながれている黒丸)を2倍ずつ段階希釈して用いたところ、それにより標準曲線との平行性が示された。2名の患者の尿抽出物も2倍ずつ段階希釈したが(点線でつながれた白い三角)、これも標準曲線と平行性が示された。
【図2】ORP150に対する分画の解析に伴う、サイズ排除クロマトグラフィーの結果を示す。150kd、20kD、6.5kDに対するマーカーの溶出ポイントを矢印で示す。ORP150に対する免疫反応性の3つのピークが、150、約7及び約3kDで明らかとなっている。
【図3a】それぞれ健常者、心不全患者及び心筋梗塞患者における、対数変換した血漿N−BNP及びORP150レベルのボックスプロットである。
【図3b】それぞれ健常者、心不全患者及び心筋梗塞患者における、対数変換した血漿N−BNP及びORP150レベルのボックスプロットである。
【図4a】男女両方の健常者及び心不全患者における、対数変換した血漿N−BNP及びORP150レベルそれぞれのボックスプロットである。
【図4b】男女両方の健常者及び心不全患者における、対数変換した血漿N−BNP及びORP150レベルそれぞれのボックスプロットである。
【図5a】男性及び女性の、心不全の重症度(NYHAクラスにより判定)と血漿N−BNP及びORP150それぞれとの関係を示す。
【図5b】男性及び女性の、心不全の重症度(NYHAクラスにより判定)と血漿N−BNP及びORP150それぞれとの関係を示す。
【図6】N−BNP又はORP150のみを用いた、及びN−BNP及びORP150を組み合わせたロジスティックモデルによる予後指標を用いた、心不全の診断に対する受信者動作特性曲線を示す。
【図7】心筋梗塞後の患者におけるKillipクラスに対する血漿N−BNP及びORP−150の関係を示す。
【図8】心筋梗塞後の患者における心エコー検査により評価した左心室機能に対する血漿N−BNP及びORP−150の関係を示す。心室機能不全は、正常、軽度、中度又は重度に分類される。
【図9】心筋梗塞後の患者における死亡の臨床転帰に対する、N−BNP及びORP150レベルの比較を示す。
【図10】心筋梗塞後の患者における心不全による再入院の臨床転帰に対する、N−BNP及びORP150レベルの比較を示す。
【図11a】それぞれ、血漿N−BNP又はORP150の中央値以下又は以上で患者を階層化して行った、心筋梗塞後の患者の生存時間解析を示す。
【図11b】それぞれ、血漿N−BNP又はORP150の中央値以下又は以上で患者を階層化して行った、心筋梗塞後の患者の生存時間解析を示す。
【図12】血漿N−BNP及びORP150両方の血漿レベルが中央値以下であるか又はそれ以上であるか、及びいずれかのペプチドがそのペプチドの中央値以上である中間群に患者を階層化して行った、心筋梗塞後の患者の生存時間解析を示す。
【図13a】不安定狭心症/非ST上昇心筋梗塞後の患者における死亡の臨床転帰に対する、N−BNP及びORP150のレベルの比較を示す。
【図13b】不安定狭心症/非ST上昇心筋梗塞後の患者における死亡の臨床転帰に対する、N−BNP及びORP150のレベルの比較を示す。
【図14a】血漿N−BNP又はORP150の中央値以下又は以上で患者を階層化して行った、不安定狭心症/非ST上昇心筋梗塞後の患者の生存時間解析を示す。
【図14b】血漿N−BNP又はORP150の中央値以下又は以上で患者を階層化して行った、不安定狭心症/非ST上昇心筋梗塞後の患者の生存時間解析を示す。
【図15】血漿N−BNP及びORP150両方の血漿レベルが中央値以下であるか又はそれ以上であるか、及びいずれかのペプチドがそのペプチドの中央値以上である中間群に患者を階層化して行った、不安定狭心症/非ST上昇心筋梗塞の後の患者の生存時間解析を示す。
【図16】ヒトORP150のアミノ酸配列を示す。
【図17】冠状動脈バルーン血管形成を行った患者における、ORP150及びBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド32)の血漿レベルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類対象由来の体液試料中の第一のマーカーのレベルを測定することを含み、前記第一のマーカーが酸素調節タンパク質(ORP150)又はその断片である、前記哺乳類対象における組織低酸素症若しくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候をスクリーニングし、診断し、若しくは予後診断し、前記哺乳類対象における組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候の段階もしくは重篤度を決定し、前記哺乳類対象が組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を発症するリスクを同定し、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を有する哺乳類対象に与えた治療の効果をモニタリングする、方法。
【請求項2】
前記体液が血漿である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第一のマーカーのレベルが、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しないことの指標である第一のマーカーのレベルと比較される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しないことの指標である前記第一のマーカーの前記レベルが、組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しない1例又は複数例の哺乳類対象から得た前記第一のマーカーのレベルであり、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しない哺乳類対象の前記第一のマーカーについて予め決定された基準範囲である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記第一のマーカーに特異的に結合する抗体と前記試料を接触させ、前記抗体と少なくとも1つの種との間で前記試料において生じた何らかの結合を測定することによって、前記第一のマーカーのレベルが測定される、請求項1から4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記抗体がモノクローナル抗体である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
組織低酸素症の徴候となる前記臨床症候が心不全又は虚血性心疾患である、請求項1から6の何れか一項に記載の方法。
【請求項8】
心不全又は虚血性心疾患の指標となる第二のマーカーのレベルを測定することをさらに含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記第二のマーカーがナトリウム利尿ペプチドである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記ナトリウム利尿ペプチドが、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)又はN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(N−BNP)である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記第二のマーカーのレベルが、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しないことの指標である第二のマーカーのレベルと比較される、請求項8、9又は10に記載の方法。
【請求項12】
前記第二のマーカーのレベルが、組織低酸素症又は組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しないことの指標である前記第二のマーカーのレベルと比較され、該レベルが組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しない1例又は複数例の哺乳類対象から得た前記第二のマーカーのレベルであるか、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候が存在しない哺乳類対象における前記第二のマーカーに対して予め決定された基準範囲である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記第二のマーカーに特異的に結合する抗体と前記試料を接触させ、前記抗体と少なくとも1つの種との間で前記試料において生じた何らかの結合を測定することによって、前記第二のマーカーのレベルが測定される、請求項8から請求項12の何れか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記抗体がモノクローナル抗体である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
組織低酸素症の徴候となる前記臨床症候が、アテローム性動脈硬化症、虚血性発作、大動脈瘤、末梢血管性疾患、肺疾患又は腫瘍増殖である、請求項1から請求項6の何れか一項に記載の方法。
【請求項16】
請求項1から15の何れかに記載の方法を実施するためのキット。
【請求項17】
哺乳類対象からの体液試料の採取に関する説明書と、および
前記試料中の酸素調節タンパク質(ORP150)又はその断片のレベルを測定するための1つ又は複数の試薬と、
を備え、
前記哺乳類対象における組織低酸素症若しくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候をスクリーニングし、診断し、若しくは予後診断し、前記哺乳類対象における組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候の段階もしくは重篤度を決定し、前記哺乳類対象が組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を発症するリスクを同定し、又は組織低酸素症もしくは組織低酸素症の徴候となる臨床症候を有する哺乳類対象に与えた治療の効果をモニタリングするためのキット。
【請求項18】
前記体液が血漿である、請求項17に記載のキット。
【請求項19】
前記1つ又は複数の試薬が、前記第一のマーカーに特異的に結合する抗体を含む、請求項17又は請求項18に記載のキット。
【請求項20】
前記抗体がモノクローナル抗体である、請求項19に記載のキット。
【請求項21】
組織低酸素症の徴候となる前記臨床症候が心不全又は虚血性心疾患である、請求項17から請求項20の何れか一項に記載のキット。
【請求項22】
心不全又は虚血性心疾患の指標となる第二のマーカーのレベルを測定するための1つ又は複数の試薬をさらに含む、請求項21に記載のキット。
【請求項23】
前記第二のマーカーがナトリウム利尿ペプチドである、請求項22に記載のキット。
【請求項24】
前記ナトリウム利尿ペプチドが脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)又はN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(N−BNP)である、請求項23に記載のキット。
【請求項25】
前記第二のマーカー測定用の前記1つ又は複数の試薬が、前記第二のマーカーに特異的に結合する抗体を含む、請求項22、23又は24に記載のキット。
【請求項26】
前記抗体がモノクローナル抗体である、請求項25に記載のキット。
【請求項27】
組織低酸素症の徴候となる前記臨床症候が、アテローム性動脈硬化症、虚血性発作、大動脈瘤、末梢血管性疾患、肺疾患又は腫瘍増殖である、請求項17から20の何れか一項に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【図4a】
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【図4b】
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【図5a】
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【図5b】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11a】
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【図11b】
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【図12】
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【図13a】
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【図13b】
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【図14a】
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【図14b】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公表番号】特表2006−507510(P2006−507510A)
【公表日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−570311(P2004−570311)
【出願日】平成15年11月21日(2003.11.21)
【国際出願番号】PCT/GB2003/005113
【国際公開番号】WO2004/046729
【国際公開日】平成16年6月3日(2004.6.3)
【出願人】(302044591)インバーネス・メデイカル・スウイツツアーランド・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシユレンクテル・ハフツング (38)
【Fターム(参考)】