組織幹細胞の増殖方法、およびそれより得られる組織幹細胞
【課題】組織幹細胞を分化させることなく増殖させること。
【解決手段】トロンボポエチン存在下で、β−3インテグリンシグナルを誘導させながら増殖させること。
【解決手段】トロンボポエチン存在下で、β−3インテグリンシグナルを誘導させながら増殖させること。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野において有用な組織幹細胞の培養方法、それより得られる組織幹細胞に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療技術の著しい発展により、近年、治療困難となった臓器を他人の臓器と置き換えようとする臓器移植が一般化してきた。しかしながら、未だにドナー数の少なさが問題にとり挙げられ、角膜移植を例にとると、国内だけでも角膜移植の必要な患者が年間約2万人出てくるのに対し、実際に移植治療が行える患者は約1/10の2000人程度でしかないといわれている。角膜移植というほぼ確立された技術があるにもかかわらず、ドナー不足という問題のため治療が患者全員へ行きわたらないのが現状である。
【0003】
このような背景のもと、以前より、人工代替物や細胞を培養して組織化させたものをそのまま移植しようという技術が注目されている。その代表的な例として、人口皮膚及び培養皮膚があげられよう。ここで、合成高分子を用いた人口皮膚は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用皮膚としては好ましくない。一方、培養皮膚は本人の正常な皮膚の一部を所望の大きさまで培養したものであるため、これを使用しても拒絶反応等の心配がなく、最も自然なマスキング剤と言える。
【0004】
特許文献1には、ヒト新生児由来表皮角化細胞を、ケラチン組織の膜が容器表面上に形成される条件下で培養し、生成したケラチン組織膜を酵素によって分解し剥離させることを特徴とする移植可能な培養細胞膜を製造する方法が記載されている。具体的には、3T3細胞をフィーダーレイヤーとして用いることで、播種した表皮細胞は増殖し、しかもそのまま重層化してしまうというものである。ここでの3T3細胞の役割の一つは、培養した表皮細胞中の幹細胞の未分化性を維持しつつ増殖させることとされている。この方法は、今や表皮角化細胞を培養する方法の主流にまでなっている。しかしながら、この方法には欠点があり、すなわち上記3T3細胞がマウス由来の細胞である点がよく指摘される。一般的には、表皮角化細胞を培養している間にこの3T3細胞は消失すると言われているが、未だに100%消失したことを証明することができていないのが現状である。
【0005】
この点を解決すべく、これまでに種々の検討がなされてきた。例えば、別の培養基材上で3T3細胞を培養し、表皮角化細胞に有効な物質を培地中に出させ、その上清だけを表皮角化細胞を培養している系に移す方法があげられる(特許文献2、特許文献3)。しかしながら、この方法でも、異種動物の細胞自身の混入は防げても、異種動物細胞が産生するさまざまな蛋白質を分割している訳でなく、基本的に同様な問題が残されている。また、特許文献4では、培地中にシスタチン、及びそのスーパーファミリーを加えることで3T3細胞の代替とさせたり、特許文献5では、ヒト由来の細胞をフィーダーレイヤーとして利用しようとする試みもなされているが、未だに上記3T3細胞並みの活性を持った細胞が得られておらず、3T3細胞に代わる有効な技術が強く望まれていた。
【0006】
一方、最近、組織幹細胞に関する研究が活発化し、組織幹細胞が生体内に存在する場であるニッシェについての研究も精力的に行われるようになってきた(非特許文献1、非特許文献2)。そのような中、例えば非特許文献3では、造血幹細胞にCD61が高発現しているのに対し、その細胞が分化した造血前駆細胞ではそのCD61の発現が弱まっていることが見出された。このことから、造血幹細胞の分化にCD61が係わっているものと推測される。また、このCD61は、造血幹細胞ではない角膜上皮幹細胞においても高発現していることも分かった(非特許文献4)。組織幹細胞に共通してCD61という分子が係わっていると予想はされるものの、そのCD61が係わる意味は、これまで全く解明されていなかった。そして、もしこのCD61が、組織幹細胞が幹細胞の状態で維持できるニッシェの機構に係わるものであれば、組織幹細胞を未分化な状態を維持しつつ増殖させられるものと期待される。組織幹細胞を未分化な状態を維持しつつ増殖させられるようになれば、再生医療等の医療分野において極めて重要な技術になるものと期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平2−23191号公報
【特許文献2】特開平9−313172号公報
【特許文献3】特開2001−149070号公報
【特許文献4】特開2004−248655号公報
【特許文献5】再表2005−035739号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Xie Tら、Science.2000 Oct 13;290(5490):328−30
【非特許文献2】Kiel MJら、Nat Rev Immunol.2008 Apr;8(4):290−301
【非特許文献3】Umemoto Tら、J Immunol.2006;177:7733−7739
【非特許文献4】Umemoto Tら、Stem Cells.2006;24:86−94
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、組織幹細胞を生体外で分化させることなく、未分化な状態を維持させながら増殖させる方法を提供することを課題とする。また、本発明では、その増殖方法を用いて得られる組織幹細胞を提供することも目的とする。従来、組織幹細胞を生体外で未分化な状態を維持させながら増殖させる技術がなかった。そのため、上皮系細胞を重層化培養する際には、上述したようなマウス由来の3T3細胞のような線維芽細胞を使わざるを得ないのが現状であった。本発明は、他の細胞を使わずに組織幹細胞を生体外で未分化な状態を維持させながら増殖させるという、極めて広範囲に応用、展開が可能な革新的な技術と考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、造血幹細胞、並びに角膜上皮幹細胞に共通して高発現するCD61という物質の幹細胞に対する役割について詳細に検討した。そして、そのCD61の幹細胞に対する効果を見出し、その知見をもとに実際に生体外で幹細胞を未分化な状態を維持させながら増殖させられることを見出した。
すなわち、本発明は、トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法を提供するものである。また、本発明はその増殖方法を用いた得られる造血幹細胞、並びに角膜上皮幹細胞を提供する。本発明は、組織幹細胞への生化学的な手法を適用するという世界に類のない新規な発想による細胞培養法で実現する極めて重要な発明と考えている。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
項1.トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法。
項2.未分化性を維持させた、請求項1記載の組織幹細胞の増殖方法。
項3.β−3インテグリンシグナルを誘導させるものが、抗β3インテグリン抗体、ビトロネクチン、オステオポンチンのいずれか1つ、もしくは2つ以上を組み合わせたものである、請求項1、2のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
項4.組織幹細胞が造血幹細胞、または角膜上皮幹細胞である、請求項1〜3のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
項5.請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、造血幹細胞。
項6.請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、角膜上皮幹細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、組織幹細胞を生体外で分化させることなく、未分化な状態を維持させながら増殖させられるようになる。また、本発明で提供される組織幹細胞の増殖方法であれば、例えばマウス3T3細胞のような異種の細胞と共に培養する必要もなくなり、培養した組織幹細胞の利用範囲が広くなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】 実施例1の目的を示す図である。
【図2】 野生型あるいはCD61(CD61−/−)欠損型C57BL/6ドナーマウスから、40個のCD34−KSL細胞を骨髄から採取・分離し、2x105個の骨髄由来競合細胞(細胞型Ly5.1)と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(細胞型Ly5.1)に移植した結果を示す。
【図3】 CD61に会合する各キナーゼの種類を示す図である。
【図4】 実施例2の野生型あるいはCD61機能不全型C57BL/6マウス(Ly5.2)をドナーとして、それぞれ40個のCD34−KSL細胞を骨髄から採取・分離し、分離した細胞群を2x105個の骨髄由来競合細胞(Ly5.1)と共に致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.1)に移植した結果を示す図である。
【図5】 実施例3の幹細胞因子およびトロンボポエチン存在下でLy5.1マウス由来CD34−KSL細胞を2x105個の競合細胞[Ly5.2]と共に、5日間in vitroで培養し、それら細胞群の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図6】 実施例4のSCFおよびTPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の細胞増殖能を評価した結果を示す。
【図7】 実施例4で得られた結果のまとめを示す図である。
【図8】 実施例5のSCFのみ存在下、あるいはTPOのみ存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図9】 実施例6のTPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、CD61機能不全型マウス由来の造血幹細胞の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図10】 実施例7のTPO存在下でCD61のリガンドであるビトロネクチンやオステオポンチンを作用させ、造血幹細胞の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図11】 実施例1〜7で得られた結果のまとめを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、組織幹細胞を増殖させる方法に関するものである。その際に、使用される組織幹細胞は、生体組織中に存在する組織幹細胞であれば特に限定されるものではないが、例えば造血幹細胞、角膜上皮幹細胞が挙げられる。本発明で用いられる細胞は、生体組織から直接採取した細胞、直接採取し培養系等で分化させた細胞、或いは細胞株が挙げられるがその種類は、何ら制約されるものではない。これらの細胞の動物の由来は特に制約されるものではないが、例えば、ヒト、或いはラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、チンパンジーあるいはそれらの免疫不全動物等が挙げられるが、本発明の治療用細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト、ブタ、チンパンジー由来の細胞を用いる方が望ましい。本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではない。
【0014】
本発明はこれらの組織幹細胞を増殖させる方法であるが、その際には、培地中にトロンボポエチン(以下、TPOと略す場合がある。)を含まれていることが必要である。そのトロンボポエチンの培地中の濃度は特に限定されるものではないが、例えば10〜100ng/mlの範囲が良く、通常使われる濃度は50ng/mlである。10ng/mlより少ない濃度であると本発明の効果は得られず、逆に100ng/mlより高い濃度にしても10〜100ng/mlの範囲の濃度のときと効果は変わらないため好ましくない。
【0015】
本発明では、さらに組織幹細胞内へβ−3インテグリンシグナルを誘導させることが必要である。そのβ−3インテグリンシグナルを誘導させる物質については特に限定されるものではないが、例えば、抗B−3インテグリン抗体、ビトロネクチン、オステオポンチンのいずれか、もしくはそれらを2種以上の組み合わせたものが挙げられる。それらの物質は、培地中に溶解させても、培養基材表面に被覆することでも良く、何ら限定されるものではない。
【0016】
本発明は、トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法である。培地中に存在するトロンボポエチンが組織幹細胞のc−mpl受容体に結合すると、それが引き金となって、幹細胞が分裂、分化し、同時に未分化の状態で再増殖する。その際に、β−3インテグリンシグナルが誘導されないと、幹細胞は分裂、分化する方が優先し、β−3インテグリンシグナルを誘導されると、幹細胞は未分化の状態で再増殖することの方が優先されることが分かった。すなわち、組織幹細胞をトロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させれば、幹細胞を未分化の状態で増殖させられることが分かった。
【0017】
本発明において、培養基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。例えば、培養する細胞の基材への付着性を高める等の目的でコラーゲン、ラミニン、ポリ−L−リジン、マトリゲルなどが被覆されている培養基材を用いても良い。本発明における培養基材の形状は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートのような形態のもの、或いは平膜状のものなどが挙げられる。
【0018】
本発明において、その他の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知の幹細胞培養用因子(CSF)、ウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。その際、これらの添加量も何ら限定されるものではない。
【0019】
本発明の培養方法を利用すれば、組織幹細胞を未分化の状態で増殖させられる。この増殖方法を角膜上皮幹細胞に利用すれば、細胞培養している間、幹細胞を未分化の状態で維持させられ、上述したような異種動物の細胞を使わなくても細胞を重層化させることができるようになる。その重層化培養の際には、細胞を0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを表面に被覆した細胞培養支持体上で、ポリマーの水和力の弱い温度域で培養しても良い。その温度とは通常、細胞を培養する温度である37℃が好ましい。本発明に用いる温度応答性高分子はホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0020】
上述の場合、上述の各ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。培養基材表面への温度応答性ポリマーの被覆量は、1.1〜2.3μg/cm2の範囲が良く、好ましくは1.4〜1.9μg/cm2であり、さらに好ましくは1.5〜1.8μg/cm2である。1.1μg/cm2より少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.3μg/cm2以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。このような場合、温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆すれば、基材表面の温度応答性ポリマー被覆量は2.3μg/cm2以上であっても良く、その際の温度応答性ポリマーの被覆量は9.0μg/cm2以下が良く、好ましくは8.0μg/cm2以下が良く、7.0μg/cm2以下が好都合である。温度応答性ポリマーの被覆量が9.0μg/cm2以上であると温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆しても細胞が付着し難くなり好ましくない。そのような細胞接着性タンパク質の種類は何ら限定されるものではないが、例えば、コラーゲン、ラミニン、ラミニン5、マトリゲル等の単独、もしくは2種以上の混合物が挙げられる。また、これらの細胞接着性タンパク質の被覆方法は常法に従えば良く、通常、細胞接着性タンパク質の水溶液を基材表面に塗布し、その後その水溶液を除去しリンスする方法がとられている。本発明は、温度応答性培養皿を利用したなるべく細胞シートそのものを利用しようとする技術である。従って、温度応答性ポリマー層上の細胞接着性タンパク質の被覆量が極度に多くなっては好ましくない。温度応答性ポリマーの被覆量、並びに細胞接着性タンパク質の被覆量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞付着部を直接測る方法、あらかじめラベル化したポリマーを同様な方法で固定化し細胞付着部に固定化されたラベル化ポリマー量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0021】
本発明の方法において、培養した細胞を温度応答性基材から剥離回収するには、培養された細胞の付着した培養基材の温度を培養基材上の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
【0022】
以上のことを温度応答性ポリマーとしてポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を例にとり説明する。ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は31℃に下限臨界溶解温度を有するポリマーとして知られ、遊離状態であれば、水中で31℃以上の温度で脱水和を起こしポリマー鎖が凝集し、白濁する。逆に31℃以下の温度ではポリマー鎖は水和し、水に溶解した状態となる。本発明では、このポリマーがシャーレなどの基材表面に被覆、固定されたものである。したがって、31℃以上の温度であれば、基材表面のポリマーも同じように脱水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が疎水性を示すようになる。逆に、31℃以下の温度では、基材表面のポリマーは水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が親水性を示すようになる。このときの疎水的な表面は細胞が付着、増殖できる適度な表面であり、また、親水的な表面は細胞が付着できないほどの表面となり、培養中の細胞、もしくは細胞シートも冷却するだけで剥離させられることになる。上記方法に従えば、培養した幹細胞は培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された幹細胞は接着性蛋白質を有する。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い移植を実施することができるようになる。
【0023】
本発明の培養方法を利用すれば、組織幹細胞を未分化の状態で増殖させられる。このことを利用すると生体外でさまざまな形態の細胞集合体が得られる。これらの技術は組織再生、細胞分化に係わる再生医療の技術として極めて有効なものと考えられる。
【実施例】
【0024】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0025】
(本実施例の目的)
(CD34−KSL:CD34−c−kit+sca−1+lineage−)
造血幹細胞(HSC:Hematopoietic stem cells)はCD34−KSLとして表記され、細胞表面抗原の発現様式はCD34陰性、c−kit陽性、sca−1陽性として知られている。また、CD61(インテグリンβ3サブユニット)が高発現している造血幹細胞の集団が存在することが見出されていることが分かっている(図1)。
(CD34+KSL:CD34+c−kit+sca−1+lineage−)
造血幹細胞(HSC)は複数の段階(各種前駆細胞への分化)を経て最終分化へと至る。その段階にある細胞群を、造血前駆細胞(Hematopietic progenitors)と呼び、細胞表面抗原の発現様式はCD34陽性、c−kit陽性、sca−1陽性として表わされる。これら細胞群では、CD61の発現様式が低く、造血幹細胞とは異なることが分かっている(図1)。
以上の知見より、CD61の造血幹細胞における機能解析を目的とすることとした。
(検討結果)
野生型(Wt)あるいはCD61(CD61−/−)欠損型C57BL/6 ドナーマウス(細胞型Ly5.2;Ly5.2は細胞表面マーカーの種類)から、40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・分離し、2x105個の骨髄由来競合細胞(細胞型Ly5.1;ドナーマウスと異なる細胞表面マーカーをもつ)と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(細胞型Ly5.1)に移植した(Primary Transplantation)(図2)。12週後に移植マウスの末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー細胞)の割合を調べた。その結果、移植した造血幹細胞のCD61の有無に関わらず、末梢血内にドナー由来の血球系細胞が約40%の割合で検出された。その後、レシピエントマウスに再度致死量放射線を照射し、骨髄由来競合細胞(Ly5.1)を移植して、さらに12週後に末梢血内のドナー由来細胞の割合を検出した(Secondary Transplantation)。その結果、野生型の造血幹細胞を移植されたレシピエントマウスでは、約50%の割合でドナー由来の細胞が検出されるのに対し、CD61欠損型の造血幹細胞を移植されたマウスでは、約20%の割合でしか検出されなかった。CD61は、造血幹細胞における増殖能の長期維持に関与していることが示された。
(まとめ)
図3にCD61(インテグリンβ3サブユニット)に会合する各キナーゼの種類を示す。CD61は、ビトロネクチン、オステオポンチン等のリガンドが結合することにより活性化され、細胞内ドメインにシグナル伝達分子である各種キナーゼ群(キナーゼ:タンパク質分子内のチロシン残基をリン酸化する分子)を結合できるようになる。CD61に結合・会合するシグナル伝達分子には、Fyn、c−Src、Sykといったキナーゼ群が知られている。Fynキナーゼは、CD61の747番目に相当するリン酸化されたチロシン残基を認識して結合したのち、Lnk(リンパ球で発現されているアダプタータンパク質)のリン酸化を行い、細胞情報伝達を行う。また、c−Srcと呼ばれる癌原遺伝子産物もCD61に会合し(747番目のチロシン残基ではない部位)、Fynキナーゼの標的であるLnk分子を活性化することで、シグナル伝達を行う。このようなシグナル伝達は、細胞増殖能に関与しているRas(癌原遺伝子から産出されるキナーゼで細胞増殖に深く関与している)の活性化、脂質ラフトの集積を行い、種々の生理活性を引き起こすものと考えている。
【実施例2】
【0026】
野生型(Wt)あるいはCD61機能不全型(Y747A;747番目のチロシン残基をアルギニンに置換させた変異型)C57BL/6マウス(Ly5.2)をドナーとして、それぞれ40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・分離した(図4)。分離した細胞群を2x105個の骨髄由来競合細胞(Ly5.1)と共に致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.1)に移植した(Primary Transplantation)。12週後に移植マウスの末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー細胞)の割合を調べた結果、野生型ドナーマウス由来の細胞は40%の割合で認められたのに対し、機能不全型ドナーマウス由来の細胞は20%前後しか認められなかった。またレシピエントマウスに再度致死量放射線を照射し、さらに12週後に末梢血内のドナー由来細胞の割合を検出した(Secondary Transplantation)。その結果、野生型ドナーマウス由来の細胞は約50%認められるのに対し、機能不全型ドナーマウス由来の細胞は約10%しか認められなかった。CD61を介したシグナル伝達が造血幹細胞の増殖に重要であることが分かった。
【実施例3】
【0027】
幹細胞因子(SCF;Stem cell factor)およびトロンボポエチン(TPO:濃度50ng/mL)存在下でLy5.1マウス由来CD34−KSL細胞(造血幹細胞)を2x105個の競合細胞[Ly5.2]と共に、5日間in vitroで培養し、それら細胞群の増殖能を評価した(図5)。その結果、SCFおよびTPO非存在下では、10%程度のLy5.1陽性細胞しか認められなかったのに対し、SCFおよびTPO存在下では50%の割合でLy5.1陽性細胞が認められた。SCFおよびTPOがin vitroでの造血幹細胞の増殖能に関与していることが分かった。
【実施例4】
【0028】
また、SCFおよびTPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の細胞増殖能を評価した(図6)。40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を、野生型(Wt)C57BL/6マウス(Ly5.1)の骨髄から採取・単離し、2C9.G2存在下あるいは非存在下で5日間培養し、2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.1陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、陰性対照である新鮮培地のみで培養した細胞群では、15%程度しかドナー細胞が検出されなかったのに対し、SCFおよびTPO存在下で2C9.G2抗体を添加した細胞群では約50%、コントロールIgG抗体を添加した細胞群が約40%の割合であることが示された。さらに、SCFおよびTPO存在下で2C9.G2を添加して5日間培養した造血幹細胞のうち、10個、50個、100個、あるいは500個の細胞を2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週間後にドナー細胞を移植したマウスうち、何匹のマウスでドナー細胞が検出されたかを解析した結果、移植細胞数に依存してドナー由来細胞が検出可能なマウス数が増加した。Ex vitroでも造血幹細胞を増殖でき、その機能にCD61が関与していることが分かった。以上の結果を図7にまとめる。
【実施例5】
【0029】
SCFのみ存在下、あるいはTPOのみ存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の増殖能を評価した(図8)。野生型(Wt)C57BL/6マウス(Ly5.1)をドナーとして、40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・単離し、SCF存在下あるいはTPO存在下で5日間培養し(2C9.G2はともに添加されている)、2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.1陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、TPOおよび2C9.G2存在下において培養した細胞群が最もドナー由来細胞の割合が高いことが示された。TPO存在下でCD61を活性化させたときに、最も高い造血幹細胞の増殖能が示された。
【実施例6】
【0030】
TPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、CD61機能不全型マウス由来の造血幹細胞の増殖能を評価した(図9)。野生型(Wt)あるいはCD61機能不全型(Y747A)C57BL/6マウス(Ly5.2)をドナーとして、ぞれぞれ40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・単離し、TPOおよび2C9.G2存在下で5日間培養し、2x105個の競合細胞(Ly5.1)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.1)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、野生型ドナーマウス由来の細胞は2C9.G2存在下で約50%の割合で検出されるのに対し、CD61機能不全型ドナーマウス由来細胞は2C9.G2抗体存在下でも10%程度しか検出されなかった。TPO存在下での造血幹細胞の増殖にはCD61の活性化が必要であることが示された。
【実施例7】
【0031】
TPO存在下でCD61のリガンドであるビトロネクチンやオステオポンチンを作用させ、造血幹細胞の増殖能を評価した(図10)。ビトロネクチン(濃度:5μg/mL)およびオステオポンチン(濃度:5μg/mL)はマンガンイオンの存在下で作用させた。野生型(Wt)C57BL/6マウス(Ly5.1)をドナーとして、40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・単離し、TPOおよびビトロネクチン、あるいはオステオポンチン存在下で5日間培養し、2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、陰性対照(BSA存在下)では20%程度のドナー細胞しか検出されなかったが、ビトロネクチンやオステオポンチン存在下では、40%程度のドナー細胞が検出された。CD61のリガンドであるビトロネクチンやオステオポンチンを作用させた場合、造血幹細胞の増殖能が促進されることが示された。
【0032】
以上の実施例をまとめると図11のようになる。培地中に存在するトロンボポエチンが組織幹細胞のc−mpl受容体に結合するだけであると、その幹細胞が分裂、分化する方が、幹細胞が未分化の状態で冉増殖することより優先されることが分かった。一方、そのトロンボポエチンが組織幹細胞のc−mpl受容体に結合し際、β−3インテグリンシグナルを誘導させる物質が幹細胞に作用すると、上のときとは逆に幹細胞が未分化の状態で再増殖することの方がその幹細胞が分裂、分化することが分かった。すなわち、組織幹細胞をトロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させれば、培養した幹細胞は未分化の状態で増殖できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の培養方法を利用すれば、組織幹細胞を未分化の状態で増殖させられる。この培養方法を利用すると組織幹細胞を生体外でさまざまな形態の細胞集合体にすることができるようになり、再生医療分野においても極めて有用な基盤技術となる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野において有用な組織幹細胞の培養方法、それより得られる組織幹細胞に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療技術の著しい発展により、近年、治療困難となった臓器を他人の臓器と置き換えようとする臓器移植が一般化してきた。しかしながら、未だにドナー数の少なさが問題にとり挙げられ、角膜移植を例にとると、国内だけでも角膜移植の必要な患者が年間約2万人出てくるのに対し、実際に移植治療が行える患者は約1/10の2000人程度でしかないといわれている。角膜移植というほぼ確立された技術があるにもかかわらず、ドナー不足という問題のため治療が患者全員へ行きわたらないのが現状である。
【0003】
このような背景のもと、以前より、人工代替物や細胞を培養して組織化させたものをそのまま移植しようという技術が注目されている。その代表的な例として、人口皮膚及び培養皮膚があげられよう。ここで、合成高分子を用いた人口皮膚は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用皮膚としては好ましくない。一方、培養皮膚は本人の正常な皮膚の一部を所望の大きさまで培養したものであるため、これを使用しても拒絶反応等の心配がなく、最も自然なマスキング剤と言える。
【0004】
特許文献1には、ヒト新生児由来表皮角化細胞を、ケラチン組織の膜が容器表面上に形成される条件下で培養し、生成したケラチン組織膜を酵素によって分解し剥離させることを特徴とする移植可能な培養細胞膜を製造する方法が記載されている。具体的には、3T3細胞をフィーダーレイヤーとして用いることで、播種した表皮細胞は増殖し、しかもそのまま重層化してしまうというものである。ここでの3T3細胞の役割の一つは、培養した表皮細胞中の幹細胞の未分化性を維持しつつ増殖させることとされている。この方法は、今や表皮角化細胞を培養する方法の主流にまでなっている。しかしながら、この方法には欠点があり、すなわち上記3T3細胞がマウス由来の細胞である点がよく指摘される。一般的には、表皮角化細胞を培養している間にこの3T3細胞は消失すると言われているが、未だに100%消失したことを証明することができていないのが現状である。
【0005】
この点を解決すべく、これまでに種々の検討がなされてきた。例えば、別の培養基材上で3T3細胞を培養し、表皮角化細胞に有効な物質を培地中に出させ、その上清だけを表皮角化細胞を培養している系に移す方法があげられる(特許文献2、特許文献3)。しかしながら、この方法でも、異種動物の細胞自身の混入は防げても、異種動物細胞が産生するさまざまな蛋白質を分割している訳でなく、基本的に同様な問題が残されている。また、特許文献4では、培地中にシスタチン、及びそのスーパーファミリーを加えることで3T3細胞の代替とさせたり、特許文献5では、ヒト由来の細胞をフィーダーレイヤーとして利用しようとする試みもなされているが、未だに上記3T3細胞並みの活性を持った細胞が得られておらず、3T3細胞に代わる有効な技術が強く望まれていた。
【0006】
一方、最近、組織幹細胞に関する研究が活発化し、組織幹細胞が生体内に存在する場であるニッシェについての研究も精力的に行われるようになってきた(非特許文献1、非特許文献2)。そのような中、例えば非特許文献3では、造血幹細胞にCD61が高発現しているのに対し、その細胞が分化した造血前駆細胞ではそのCD61の発現が弱まっていることが見出された。このことから、造血幹細胞の分化にCD61が係わっているものと推測される。また、このCD61は、造血幹細胞ではない角膜上皮幹細胞においても高発現していることも分かった(非特許文献4)。組織幹細胞に共通してCD61という分子が係わっていると予想はされるものの、そのCD61が係わる意味は、これまで全く解明されていなかった。そして、もしこのCD61が、組織幹細胞が幹細胞の状態で維持できるニッシェの機構に係わるものであれば、組織幹細胞を未分化な状態を維持しつつ増殖させられるものと期待される。組織幹細胞を未分化な状態を維持しつつ増殖させられるようになれば、再生医療等の医療分野において極めて重要な技術になるものと期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平2−23191号公報
【特許文献2】特開平9−313172号公報
【特許文献3】特開2001−149070号公報
【特許文献4】特開2004−248655号公報
【特許文献5】再表2005−035739号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Xie Tら、Science.2000 Oct 13;290(5490):328−30
【非特許文献2】Kiel MJら、Nat Rev Immunol.2008 Apr;8(4):290−301
【非特許文献3】Umemoto Tら、J Immunol.2006;177:7733−7739
【非特許文献4】Umemoto Tら、Stem Cells.2006;24:86−94
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、組織幹細胞を生体外で分化させることなく、未分化な状態を維持させながら増殖させる方法を提供することを課題とする。また、本発明では、その増殖方法を用いて得られる組織幹細胞を提供することも目的とする。従来、組織幹細胞を生体外で未分化な状態を維持させながら増殖させる技術がなかった。そのため、上皮系細胞を重層化培養する際には、上述したようなマウス由来の3T3細胞のような線維芽細胞を使わざるを得ないのが現状であった。本発明は、他の細胞を使わずに組織幹細胞を生体外で未分化な状態を維持させながら増殖させるという、極めて広範囲に応用、展開が可能な革新的な技術と考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、造血幹細胞、並びに角膜上皮幹細胞に共通して高発現するCD61という物質の幹細胞に対する役割について詳細に検討した。そして、そのCD61の幹細胞に対する効果を見出し、その知見をもとに実際に生体外で幹細胞を未分化な状態を維持させながら増殖させられることを見出した。
すなわち、本発明は、トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法を提供するものである。また、本発明はその増殖方法を用いた得られる造血幹細胞、並びに角膜上皮幹細胞を提供する。本発明は、組織幹細胞への生化学的な手法を適用するという世界に類のない新規な発想による細胞培養法で実現する極めて重要な発明と考えている。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
項1.トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法。
項2.未分化性を維持させた、請求項1記載の組織幹細胞の増殖方法。
項3.β−3インテグリンシグナルを誘導させるものが、抗β3インテグリン抗体、ビトロネクチン、オステオポンチンのいずれか1つ、もしくは2つ以上を組み合わせたものである、請求項1、2のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
項4.組織幹細胞が造血幹細胞、または角膜上皮幹細胞である、請求項1〜3のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
項5.請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、造血幹細胞。
項6.請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、角膜上皮幹細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、組織幹細胞を生体外で分化させることなく、未分化な状態を維持させながら増殖させられるようになる。また、本発明で提供される組織幹細胞の増殖方法であれば、例えばマウス3T3細胞のような異種の細胞と共に培養する必要もなくなり、培養した組織幹細胞の利用範囲が広くなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】 実施例1の目的を示す図である。
【図2】 野生型あるいはCD61(CD61−/−)欠損型C57BL/6ドナーマウスから、40個のCD34−KSL細胞を骨髄から採取・分離し、2x105個の骨髄由来競合細胞(細胞型Ly5.1)と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(細胞型Ly5.1)に移植した結果を示す。
【図3】 CD61に会合する各キナーゼの種類を示す図である。
【図4】 実施例2の野生型あるいはCD61機能不全型C57BL/6マウス(Ly5.2)をドナーとして、それぞれ40個のCD34−KSL細胞を骨髄から採取・分離し、分離した細胞群を2x105個の骨髄由来競合細胞(Ly5.1)と共に致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.1)に移植した結果を示す図である。
【図5】 実施例3の幹細胞因子およびトロンボポエチン存在下でLy5.1マウス由来CD34−KSL細胞を2x105個の競合細胞[Ly5.2]と共に、5日間in vitroで培養し、それら細胞群の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図6】 実施例4のSCFおよびTPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の細胞増殖能を評価した結果を示す。
【図7】 実施例4で得られた結果のまとめを示す図である。
【図8】 実施例5のSCFのみ存在下、あるいはTPOのみ存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図9】 実施例6のTPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、CD61機能不全型マウス由来の造血幹細胞の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図10】 実施例7のTPO存在下でCD61のリガンドであるビトロネクチンやオステオポンチンを作用させ、造血幹細胞の増殖能を評価した結果を示す図である。
【図11】 実施例1〜7で得られた結果のまとめを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、組織幹細胞を増殖させる方法に関するものである。その際に、使用される組織幹細胞は、生体組織中に存在する組織幹細胞であれば特に限定されるものではないが、例えば造血幹細胞、角膜上皮幹細胞が挙げられる。本発明で用いられる細胞は、生体組織から直接採取した細胞、直接採取し培養系等で分化させた細胞、或いは細胞株が挙げられるがその種類は、何ら制約されるものではない。これらの細胞の動物の由来は特に制約されるものではないが、例えば、ヒト、或いはラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、チンパンジーあるいはそれらの免疫不全動物等が挙げられるが、本発明の治療用細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト、ブタ、チンパンジー由来の細胞を用いる方が望ましい。本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではない。
【0014】
本発明はこれらの組織幹細胞を増殖させる方法であるが、その際には、培地中にトロンボポエチン(以下、TPOと略す場合がある。)を含まれていることが必要である。そのトロンボポエチンの培地中の濃度は特に限定されるものではないが、例えば10〜100ng/mlの範囲が良く、通常使われる濃度は50ng/mlである。10ng/mlより少ない濃度であると本発明の効果は得られず、逆に100ng/mlより高い濃度にしても10〜100ng/mlの範囲の濃度のときと効果は変わらないため好ましくない。
【0015】
本発明では、さらに組織幹細胞内へβ−3インテグリンシグナルを誘導させることが必要である。そのβ−3インテグリンシグナルを誘導させる物質については特に限定されるものではないが、例えば、抗B−3インテグリン抗体、ビトロネクチン、オステオポンチンのいずれか、もしくはそれらを2種以上の組み合わせたものが挙げられる。それらの物質は、培地中に溶解させても、培養基材表面に被覆することでも良く、何ら限定されるものではない。
【0016】
本発明は、トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法である。培地中に存在するトロンボポエチンが組織幹細胞のc−mpl受容体に結合すると、それが引き金となって、幹細胞が分裂、分化し、同時に未分化の状態で再増殖する。その際に、β−3インテグリンシグナルが誘導されないと、幹細胞は分裂、分化する方が優先し、β−3インテグリンシグナルを誘導されると、幹細胞は未分化の状態で再増殖することの方が優先されることが分かった。すなわち、組織幹細胞をトロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させれば、幹細胞を未分化の状態で増殖させられることが分かった。
【0017】
本発明において、培養基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。例えば、培養する細胞の基材への付着性を高める等の目的でコラーゲン、ラミニン、ポリ−L−リジン、マトリゲルなどが被覆されている培養基材を用いても良い。本発明における培養基材の形状は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートのような形態のもの、或いは平膜状のものなどが挙げられる。
【0018】
本発明において、その他の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知の幹細胞培養用因子(CSF)、ウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。その際、これらの添加量も何ら限定されるものではない。
【0019】
本発明の培養方法を利用すれば、組織幹細胞を未分化の状態で増殖させられる。この増殖方法を角膜上皮幹細胞に利用すれば、細胞培養している間、幹細胞を未分化の状態で維持させられ、上述したような異種動物の細胞を使わなくても細胞を重層化させることができるようになる。その重層化培養の際には、細胞を0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを表面に被覆した細胞培養支持体上で、ポリマーの水和力の弱い温度域で培養しても良い。その温度とは通常、細胞を培養する温度である37℃が好ましい。本発明に用いる温度応答性高分子はホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0020】
上述の場合、上述の各ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。培養基材表面への温度応答性ポリマーの被覆量は、1.1〜2.3μg/cm2の範囲が良く、好ましくは1.4〜1.9μg/cm2であり、さらに好ましくは1.5〜1.8μg/cm2である。1.1μg/cm2より少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.3μg/cm2以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。このような場合、温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆すれば、基材表面の温度応答性ポリマー被覆量は2.3μg/cm2以上であっても良く、その際の温度応答性ポリマーの被覆量は9.0μg/cm2以下が良く、好ましくは8.0μg/cm2以下が良く、7.0μg/cm2以下が好都合である。温度応答性ポリマーの被覆量が9.0μg/cm2以上であると温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆しても細胞が付着し難くなり好ましくない。そのような細胞接着性タンパク質の種類は何ら限定されるものではないが、例えば、コラーゲン、ラミニン、ラミニン5、マトリゲル等の単独、もしくは2種以上の混合物が挙げられる。また、これらの細胞接着性タンパク質の被覆方法は常法に従えば良く、通常、細胞接着性タンパク質の水溶液を基材表面に塗布し、その後その水溶液を除去しリンスする方法がとられている。本発明は、温度応答性培養皿を利用したなるべく細胞シートそのものを利用しようとする技術である。従って、温度応答性ポリマー層上の細胞接着性タンパク質の被覆量が極度に多くなっては好ましくない。温度応答性ポリマーの被覆量、並びに細胞接着性タンパク質の被覆量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞付着部を直接測る方法、あらかじめラベル化したポリマーを同様な方法で固定化し細胞付着部に固定化されたラベル化ポリマー量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0021】
本発明の方法において、培養した細胞を温度応答性基材から剥離回収するには、培養された細胞の付着した培養基材の温度を培養基材上の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
【0022】
以上のことを温度応答性ポリマーとしてポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を例にとり説明する。ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は31℃に下限臨界溶解温度を有するポリマーとして知られ、遊離状態であれば、水中で31℃以上の温度で脱水和を起こしポリマー鎖が凝集し、白濁する。逆に31℃以下の温度ではポリマー鎖は水和し、水に溶解した状態となる。本発明では、このポリマーがシャーレなどの基材表面に被覆、固定されたものである。したがって、31℃以上の温度であれば、基材表面のポリマーも同じように脱水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が疎水性を示すようになる。逆に、31℃以下の温度では、基材表面のポリマーは水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が親水性を示すようになる。このときの疎水的な表面は細胞が付着、増殖できる適度な表面であり、また、親水的な表面は細胞が付着できないほどの表面となり、培養中の細胞、もしくは細胞シートも冷却するだけで剥離させられることになる。上記方法に従えば、培養した幹細胞は培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された幹細胞は接着性蛋白質を有する。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い移植を実施することができるようになる。
【0023】
本発明の培養方法を利用すれば、組織幹細胞を未分化の状態で増殖させられる。このことを利用すると生体外でさまざまな形態の細胞集合体が得られる。これらの技術は組織再生、細胞分化に係わる再生医療の技術として極めて有効なものと考えられる。
【実施例】
【0024】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0025】
(本実施例の目的)
(CD34−KSL:CD34−c−kit+sca−1+lineage−)
造血幹細胞(HSC:Hematopoietic stem cells)はCD34−KSLとして表記され、細胞表面抗原の発現様式はCD34陰性、c−kit陽性、sca−1陽性として知られている。また、CD61(インテグリンβ3サブユニット)が高発現している造血幹細胞の集団が存在することが見出されていることが分かっている(図1)。
(CD34+KSL:CD34+c−kit+sca−1+lineage−)
造血幹細胞(HSC)は複数の段階(各種前駆細胞への分化)を経て最終分化へと至る。その段階にある細胞群を、造血前駆細胞(Hematopietic progenitors)と呼び、細胞表面抗原の発現様式はCD34陽性、c−kit陽性、sca−1陽性として表わされる。これら細胞群では、CD61の発現様式が低く、造血幹細胞とは異なることが分かっている(図1)。
以上の知見より、CD61の造血幹細胞における機能解析を目的とすることとした。
(検討結果)
野生型(Wt)あるいはCD61(CD61−/−)欠損型C57BL/6 ドナーマウス(細胞型Ly5.2;Ly5.2は細胞表面マーカーの種類)から、40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・分離し、2x105個の骨髄由来競合細胞(細胞型Ly5.1;ドナーマウスと異なる細胞表面マーカーをもつ)と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(細胞型Ly5.1)に移植した(Primary Transplantation)(図2)。12週後に移植マウスの末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー細胞)の割合を調べた。その結果、移植した造血幹細胞のCD61の有無に関わらず、末梢血内にドナー由来の血球系細胞が約40%の割合で検出された。その後、レシピエントマウスに再度致死量放射線を照射し、骨髄由来競合細胞(Ly5.1)を移植して、さらに12週後に末梢血内のドナー由来細胞の割合を検出した(Secondary Transplantation)。その結果、野生型の造血幹細胞を移植されたレシピエントマウスでは、約50%の割合でドナー由来の細胞が検出されるのに対し、CD61欠損型の造血幹細胞を移植されたマウスでは、約20%の割合でしか検出されなかった。CD61は、造血幹細胞における増殖能の長期維持に関与していることが示された。
(まとめ)
図3にCD61(インテグリンβ3サブユニット)に会合する各キナーゼの種類を示す。CD61は、ビトロネクチン、オステオポンチン等のリガンドが結合することにより活性化され、細胞内ドメインにシグナル伝達分子である各種キナーゼ群(キナーゼ:タンパク質分子内のチロシン残基をリン酸化する分子)を結合できるようになる。CD61に結合・会合するシグナル伝達分子には、Fyn、c−Src、Sykといったキナーゼ群が知られている。Fynキナーゼは、CD61の747番目に相当するリン酸化されたチロシン残基を認識して結合したのち、Lnk(リンパ球で発現されているアダプタータンパク質)のリン酸化を行い、細胞情報伝達を行う。また、c−Srcと呼ばれる癌原遺伝子産物もCD61に会合し(747番目のチロシン残基ではない部位)、Fynキナーゼの標的であるLnk分子を活性化することで、シグナル伝達を行う。このようなシグナル伝達は、細胞増殖能に関与しているRas(癌原遺伝子から産出されるキナーゼで細胞増殖に深く関与している)の活性化、脂質ラフトの集積を行い、種々の生理活性を引き起こすものと考えている。
【実施例2】
【0026】
野生型(Wt)あるいはCD61機能不全型(Y747A;747番目のチロシン残基をアルギニンに置換させた変異型)C57BL/6マウス(Ly5.2)をドナーとして、それぞれ40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・分離した(図4)。分離した細胞群を2x105個の骨髄由来競合細胞(Ly5.1)と共に致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.1)に移植した(Primary Transplantation)。12週後に移植マウスの末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー細胞)の割合を調べた結果、野生型ドナーマウス由来の細胞は40%の割合で認められたのに対し、機能不全型ドナーマウス由来の細胞は20%前後しか認められなかった。またレシピエントマウスに再度致死量放射線を照射し、さらに12週後に末梢血内のドナー由来細胞の割合を検出した(Secondary Transplantation)。その結果、野生型ドナーマウス由来の細胞は約50%認められるのに対し、機能不全型ドナーマウス由来の細胞は約10%しか認められなかった。CD61を介したシグナル伝達が造血幹細胞の増殖に重要であることが分かった。
【実施例3】
【0027】
幹細胞因子(SCF;Stem cell factor)およびトロンボポエチン(TPO:濃度50ng/mL)存在下でLy5.1マウス由来CD34−KSL細胞(造血幹細胞)を2x105個の競合細胞[Ly5.2]と共に、5日間in vitroで培養し、それら細胞群の増殖能を評価した(図5)。その結果、SCFおよびTPO非存在下では、10%程度のLy5.1陽性細胞しか認められなかったのに対し、SCFおよびTPO存在下では50%の割合でLy5.1陽性細胞が認められた。SCFおよびTPOがin vitroでの造血幹細胞の増殖能に関与していることが分かった。
【実施例4】
【0028】
また、SCFおよびTPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の細胞増殖能を評価した(図6)。40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を、野生型(Wt)C57BL/6マウス(Ly5.1)の骨髄から採取・単離し、2C9.G2存在下あるいは非存在下で5日間培養し、2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.1陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、陰性対照である新鮮培地のみで培養した細胞群では、15%程度しかドナー細胞が検出されなかったのに対し、SCFおよびTPO存在下で2C9.G2抗体を添加した細胞群では約50%、コントロールIgG抗体を添加した細胞群が約40%の割合であることが示された。さらに、SCFおよびTPO存在下で2C9.G2を添加して5日間培養した造血幹細胞のうち、10個、50個、100個、あるいは500個の細胞を2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週間後にドナー細胞を移植したマウスうち、何匹のマウスでドナー細胞が検出されたかを解析した結果、移植細胞数に依存してドナー由来細胞が検出可能なマウス数が増加した。Ex vitroでも造血幹細胞を増殖でき、その機能にCD61が関与していることが分かった。以上の結果を図7にまとめる。
【実施例5】
【0029】
SCFのみ存在下、あるいはTPOのみ存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、造血幹細胞の増殖能を評価した(図8)。野生型(Wt)C57BL/6マウス(Ly5.1)をドナーとして、40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・単離し、SCF存在下あるいはTPO存在下で5日間培養し(2C9.G2はともに添加されている)、2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.1陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、TPOおよび2C9.G2存在下において培養した細胞群が最もドナー由来細胞の割合が高いことが示された。TPO存在下でCD61を活性化させたときに、最も高い造血幹細胞の増殖能が示された。
【実施例6】
【0030】
TPO存在下でCD61活性化抗体(2C9.G2)を添加し、CD61機能不全型マウス由来の造血幹細胞の増殖能を評価した(図9)。野生型(Wt)あるいはCD61機能不全型(Y747A)C57BL/6マウス(Ly5.2)をドナーとして、ぞれぞれ40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・単離し、TPOおよび2C9.G2存在下で5日間培養し、2x105個の競合細胞(Ly5.1)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.1)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、野生型ドナーマウス由来の細胞は2C9.G2存在下で約50%の割合で検出されるのに対し、CD61機能不全型ドナーマウス由来細胞は2C9.G2抗体存在下でも10%程度しか検出されなかった。TPO存在下での造血幹細胞の増殖にはCD61の活性化が必要であることが示された。
【実施例7】
【0031】
TPO存在下でCD61のリガンドであるビトロネクチンやオステオポンチンを作用させ、造血幹細胞の増殖能を評価した(図10)。ビトロネクチン(濃度:5μg/mL)およびオステオポンチン(濃度:5μg/mL)はマンガンイオンの存在下で作用させた。野生型(Wt)C57BL/6マウス(Ly5.1)をドナーとして、40個のCD34−KSL細胞(造血幹細胞)を骨髄から採取・単離し、TPOおよびビトロネクチン、あるいはオステオポンチン存在下で5日間培養し、2x105個の競合細胞(Ly5.2)細胞と共に、致死量放射線照射したレシピエントマウス(Ly5.2)に移植した。12週後に移植マウスから末梢血を採取し、Ly5.2陽性細胞(ドナー由来細胞)の割合を検出した。その結果、陰性対照(BSA存在下)では20%程度のドナー細胞しか検出されなかったが、ビトロネクチンやオステオポンチン存在下では、40%程度のドナー細胞が検出された。CD61のリガンドであるビトロネクチンやオステオポンチンを作用させた場合、造血幹細胞の増殖能が促進されることが示された。
【0032】
以上の実施例をまとめると図11のようになる。培地中に存在するトロンボポエチンが組織幹細胞のc−mpl受容体に結合するだけであると、その幹細胞が分裂、分化する方が、幹細胞が未分化の状態で冉増殖することより優先されることが分かった。一方、そのトロンボポエチンが組織幹細胞のc−mpl受容体に結合し際、β−3インテグリンシグナルを誘導させる物質が幹細胞に作用すると、上のときとは逆に幹細胞が未分化の状態で再増殖することの方がその幹細胞が分裂、分化することが分かった。すなわち、組織幹細胞をトロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させれば、培養した幹細胞は未分化の状態で増殖できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の培養方法を利用すれば、組織幹細胞を未分化の状態で増殖させられる。この培養方法を利用すると組織幹細胞を生体外でさまざまな形態の細胞集合体にすることができるようになり、再生医療分野においても極めて有用な基盤技術となる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法。
【請求項2】
未分化性を維持させた、請求項1記載の組織幹細胞の増殖方法。
【請求項3】
β−3インテグリンシグナルを誘導させるものが、抗β3インテグリン抗体、ビトロネクチン、オステオポンチンのいずれか1つ、もしくは2つ以上を組み合わせたものである、請求項1、2のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
【請求項4】
組織幹細胞が造血幹細胞、または角膜上皮幹細胞である、請求項1〜3のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、造血幹細胞。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、角膜上皮幹細胞。
【請求項1】
トロンボポエチン存在下において、β−3インテグリンシグナルを誘導させることを特徴とする組織幹細胞の増殖方法。
【請求項2】
未分化性を維持させた、請求項1記載の組織幹細胞の増殖方法。
【請求項3】
β−3インテグリンシグナルを誘導させるものが、抗β3インテグリン抗体、ビトロネクチン、オステオポンチンのいずれか1つ、もしくは2つ以上を組み合わせたものである、請求項1、2のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
【請求項4】
組織幹細胞が造血幹細胞、または角膜上皮幹細胞である、請求項1〜3のいずれか1項記載の組織幹細胞の増殖方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、造血幹細胞。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項の方法で得られる、角膜上皮幹細胞。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−97(P2012−97A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−151450(P2010−151450)
【出願日】平成22年6月15日(2010.6.15)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年6月15日(2010.6.15)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】
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