説明

絶縁ワイヤ

【課題】部分放電発生電圧が高く、皮膜の耐摩耗性、耐溶剤性、加工部分の絶縁性能保持性、加工部分の皮膜形状保持性、および熱老化後の絶縁性能保持性に優れた絶縁ワイヤを提供する。
【解決手段】導体の外周に、エナメル焼き付け層と、接着層と、押出被覆樹脂層を有し、該エナメル焼き付け層と該押出被覆樹脂層と該接着剤層の厚さの合計が60μm以上であり、前記エナメル焼き付け層の厚さが50μm以下であり、前記押出被覆樹脂層が、300℃における溶融粘度が100Pa・s以上であるポリフェニレンスルフィドポリマーと、熱可塑性エラストマーを2〜8質量%と、酸化防止剤とを含有し、25℃における引張弾性率が2500MPa以上であり、250℃における引張弾性率が10MPa以上であるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる耐インバータサージ絶縁ワイヤ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁ワイヤに関し、詳しくは絶縁性を強化した耐インバータサージ絶縁ワイヤおよびコア絶縁を省略することを目的とした絶縁ワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
インバータは効率的な可変速制御装置として、多くの電気機器に取り付けられるようになってきている。インバータは数kHz〜数十kHzでスイッチングが行われ、それらのパルス毎にサージ電圧が発生する。インバータサージはその伝搬系内でインピーダンスの不連続点、例えば接続する配線の始端、終端等において反射が発生し、その結果最大でインバータ出力電圧の2倍の電圧が印加される現象である。特に、IGBT等の高速スイッチング素子により発生する出力パルスは電圧俊度が高く、それにより接続ケーブルが短くてもサージ電圧が高く、更にその接続ケーブルによる電圧減衰も小さく、その結果インバータ出力電圧の2倍近い電圧が発生するのである。
【0003】
インバータ関連機器、例えば高速スイッチング素子、インバータで駆動する回転電機、変圧器等の電気機器コイルにはマグネットワイヤとして、主にエナメル線である絶縁ワイヤが用いられている。しかも前述したように、インバータ関連機器ではそのインバータ出力電圧の2倍近い電圧がかかることから、それら電気機器コイルを構成する材料の一つであるエナメル線のインバータサージ劣化を最小限にすることが要求されるようになってきている。
【0004】
一般に、部分放電劣化は電気絶縁材料がその部分放電で発生した荷電粒子の衝突による分子鎖切断劣化、スパッタリング劣化、局部温度上昇による熱溶融或いは熱分解劣化、放電で発生したオゾンによる化学的劣化等が複雑に起こる現象である。このような訳で、実際の部分放電で劣化した電気絶縁材料では厚さが減少したりすることが見られる。
【0005】
絶縁ワイヤのインバータサージ劣化も一般の部分放電劣化と同様なメカニズムで進行するものと考えられている。すなわち、エナメル線のインバータサージ劣化は、インバータで発生した波高値の高いサージ電圧により絶縁ワイヤに部分放電が起こり、その部分放電により絶縁ワイヤの塗膜が部分放電劣化を引き起こす現象、つまり高周波部分放電劣化である。
【0006】
最近の電気機器では、500Vのサージ電圧に耐えうるような絶縁ワイヤが求められるようになってきた。即ち部分放電発生電圧が500V以上であることが必要ということになる。ここで、部分放電発生電圧とは、市販の部分放電試験器と呼ばれる装置で測定する値である。測定温度、用いる交流電圧の周波数、測定感度等は必要に応じて変更するものであるが、上記の値は、25℃、50Hz、10pCにて測定して、部分放電が発生した電圧の実効値である。
【0007】
部分放電発生電圧を測定する際は、マグネットワイヤとして用いられる場合におけるもっとも過酷な状況を想定し、密着する二本の絶縁ワイヤの間について観測できるような試料形状を作製する方法が用いられる。例えば、断面円形の絶縁ワイヤについては、二本の絶縁ワイヤを螺旋状にねじることで線接触させ、二本の間に電圧をかける。また、断面形状が方形の絶縁ワイヤについては、二本の絶縁ワイヤの長辺である面同士を面接触させ、二本の間に電圧をかけるという方法である。
【0008】
このような部分放電による、絶縁ワイヤのエナメル層の劣化を防ぐため、部分放電を発生させない、すなわち、部分放電発生電圧が高い絶縁ワイヤを得るには、エナメル層に比誘電率が低い樹脂を用いるか、エナメル層の厚さを厚くするといった方法が考えられる。しかし、常用的に使用される樹脂ワニスの樹脂は、ほとんどが比誘電率は3〜4の間のものであり、比誘電率が特別低いものが無いということと、エナメル層に求められる他の特性(耐熱性、耐溶剤性、可撓性等)をも考慮した場合、必ずしも比誘電率が低い物を選択できるという訳ではないのが現実的である。従って高い部分放電発生電圧を得るためには、エナメル層の厚さを厚くすることが不可欠である。これら比誘電率3〜4の樹脂をエナメル層に用いた場合、部分放電発生電圧を目標の500V以上にするには、経験からエナメル層の厚さは60μm以上必要である。
【0009】
しかし、エナメル層を厚くするためには、製造工程において焼き付け炉を通す回数が多くなり、導体である銅表面の酸化銅からなる被膜の厚さが成長し、それに起因して導体とエナメル層との接着力が低下する。特に厚さ50μm以上のエナメル層を得る場合、焼き付け炉を通す回数が10回を超える。この10回を超えると、導体とエナメル層との接着力が極端に低下することがわかってきた。
また、焼き付け炉を通す回数を増やさないために、1回の焼き付けで塗布できる厚さを厚くする方法もあるが、この方法では、ワニスの溶媒が蒸発しきれずに、エナメル層の中に気泡として残るという欠点があった。
エナメル線の外側に被覆樹脂を設けることで、特性上の付加価値(部分放電発生電圧以外の特性)を与えるという試みはこれまでにもなされてきた。エナメル層に押出被覆層を設ける構成での従来技術としては、特許文献1〜3等があるが、これらは部分放電発生電圧と導体とエナメル層の密着性を両立させるという観点からはエナメル層や押出被覆の厚さ構成において満足なものではなかった。
【0010】
また、近年の電気機器では各種性能、例えば耐熱性、機械的特性、化学的特性、電気的特性、信頼性等を従来のものより一段と高度に上げることが要求されるようになってきている。このような中で宇宙用電気機器、航空機用電気機器、原子力用電気機器、エネルギー用電気機器、自動車用電気機器用のマグネットワイヤとして用いられるエナメル線などの絶縁ワイヤには、優れた耐摩耗性、耐熱老化特性、耐溶剤性が要求されるようになってきている。
【0011】
また、モータ等の回転電機や変圧器に代表される電気機器は近年、これらの機器の小型化及び高性能化が進展し、絶縁電線を非常に狭い部分へ押しこんで使用する様な使い方が多く見られるようになった。具体的には、回転電機においてはコアスロット中に何本の電線を入れられるかにより、その回転電機の性能が決定するといっても過言ではない。その結果、コアスロット断面積に対する導体の断面積の比率(占積率)が近年非常に高くなってきている。
【0012】
コアスロットの内部に、丸断面の電線を細密充填した場合、デッドスペースとなる空隙と絶縁皮膜の断面積が問題となる。このため、ユーザーでは、丸断面の電線が変形するほど、コアスロットへの電線の押し込みをおこない、少しでも占積率の向上を行おうとしている。しかし、絶縁皮膜の断面積を少なくすることは、その電気的な性能(絶縁破壊など)を犠牲にするため、行われなかった。
【0013】
以上の理由から、占積率を向上させる手段として、ごく最近では導体の形状が四角型(正方形や長方形)に類似した平角線を使用することが試みられている。平角線の使用は、占積率の向上には劇的な効果を示すが、平角導体上に絶縁皮膜を均一に塗布する事が難しく、特に断面積の小さい絶縁電線には絶縁皮膜の厚さの制御が難しいことから、あまり普及していない。
【0014】
モータ回転電機や変圧器トランスのコイル巻を行う場合に必要な絶縁皮膜の特性としては、皮膜の耐加工性能がある。これは、前述したコイル加工工程において、電線皮膜に損傷があると電気絶縁性能が低下してしまう事による。
【0015】
この耐加工性能を電線皮膜に付与する方法は各種の方法が考えられている。それは、皮膜に潤滑性を付与して摩擦係数を下げコイル加工時の外傷を少なくする方法や、皮膜と電気導体間の密着性を向上させてその皮膜が導体から剥離する事を防止して電気絶縁性能を保持させる方法などである。
前者の潤滑性能を付与させる方法は、電線の表面にワックスなどの潤滑剤を塗布する方法や絶縁皮膜中に潤滑剤を添加して、電線の製造時にその潤滑剤を電線表面にブリードアウトさせて潤滑性能を付与させる方法が旧来採られており、その実施例は多い。しかしながら、この潤滑性能を付与させる方法は、電線皮膜自体の強度を向上させる訳ではないので、外傷要因に対しては効果があるように見えるが、実際にはその効果には限界があった。
【0016】
これらの従来からおこなわれている手段として、まず前述の絶縁皮膜の表面の摩擦係数を小さくする方法については、特許文献4などで、絶縁電線表面にワックス、油、界面活性剤、固体潤滑剤などを塗布することが、また特許文献5などでは、水に乳化可能な鑞と水に乳化可能で加熱により固化する樹脂からなる減摩剤を塗布焼き付けして使用することが、さらには特許文献6などでは、絶縁塗料自体にポリエチレン微粉末を添加し潤滑化をはかること等が提案されている。以上の方法は、絶縁電線の表面潤滑性を向上させ、結果として電線の表面すべりによって外傷から絶縁層を保護しようと考えられたものである。
【0017】
しかしながら、これらの微粉末を添加する方法は、微粉末の添加手法が複雑であり、分散が困難であるため、多くは溶剤に分散させたこれらの微粉末を絶縁塗料中に添加する方法が採られている。
これらの自己潤滑成分は、その潤滑成分によって自己潤滑性能(摩擦係数)の向上は見られるが、耐加工性に起因する往復摩耗などの特性向上は見られない。また、ポリエチレンやポリテトラフルオロエチレンなどの多くの自己潤滑成分が絶縁塗料との比重の差によって、絶縁塗料中で分離してしまい、これらの塗料を使用する時に細心の注意が必要であった。
【0018】
これらを解決する手段として特許文献7に記載の手段が提案されている。その発明の構成は、
(1)導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、該エナメル焼き付け層と該押出被覆樹脂層の厚さの合計が60μm以上であることを特徴とする絶縁ワイヤ、
(2)前記エナメル焼き付け層の厚さが50μm以下であることを特徴とする(1)項記
載の絶縁ワイヤ、
(3)前記押出被覆樹脂層が、25℃における引張弾性率が1000MPa以上であり、
かつ250℃における引張弾性率が10MPa以上である樹脂材料からなることを特徴と
する(1)または(2)項記載の絶縁ワイヤ、
(4)断面が矩形状である導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その
外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有する絶縁ワイヤであって、該断面の一対の対
向する2辺に設けられた押出被覆樹脂層の厚さが、他の一対の対向する2辺に設けられた
押出被覆樹脂層の厚さと異なることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項記載の絶
縁ワイヤ、
(5)前記エナメル焼き付け層と前記押出被覆樹脂層との間に接着層を有し、該接着層を
媒体として、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との接着力を強化させたことを特徴と
する(1)〜(4)のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ、及び、
(6)前記エナメル焼き付け層の外周に、ワニス化された樹脂を焼き付けてこれを接着層
とし、その後、前記樹脂のガラス転移温度よりも高い温度の溶融状態である押出被覆樹脂
と接触させ、エナメル層と押出被覆樹脂層とを熱融着させることを特徴とする(5)項記
載の絶縁ワイヤの製造方法とされている。
【0019】
上記発明は、部分放電発生電圧の高い絶縁ワイヤを提供することを目的とする。上記発明はまた、部分放電発生電圧を上げるための絶縁層の厚膜化を、絶縁ワイヤの導体とエナメル層の接着強度を下げることなく実現できる絶縁ワイヤを提供することを目的とする。また、上記発明の別の目的は、絶縁ワイヤに要求される、耐摩耗性、耐熱老化特性、耐溶剤性に対しても、要求を満足させる絶縁ワイヤを提供するものである。また、上記発明の別の目的は、部分放電発生電圧を下げることなく、占積率を上げることができる絶縁ワイヤを提供するものである。また、上記発明の別の目的は、モーター等の回転電機のコイル加工時に挿入性が良好な絶縁ワイヤを提供するものである。上記発明のさらに別の目的は、小さな半径に曲げ加工した場合でも、その部分においての部分放電発生電圧の低下を防止する絶縁ワイヤおよびその製造方法を提供するとされている。
【0020】
そしてその効果として、以下のことが挙げられている。
すなわち、上記発明の絶縁ワイヤは「部分放電発生電圧」と「導体/エナメル層の接着強度」の両方を満足し、インバータサージ劣化が起こりにくくなる。
また、エナメル層の厚さを50μm以下とするとで、焼き付け炉を通す回数を減らし、導体とエナメル層との接着力が極端に低下すること防ぐことができる。
また、押出被覆樹脂層が、25℃における引張弾性率が1000MPa以上であり、かつ250℃における引張弾性率が10MPa以上である樹脂材料からなるものとすると、耐摩耗性、耐熱老化特性、耐溶剤性にも優れたものである。
【0021】
また、矩形状断面を有する導体の絶縁ワイヤの場合、放電が起きる方の1対の面の押出被覆樹脂層の厚さが所定の厚さであれば、もう1対の対向する面の厚さがそれより薄くても部分放電発生電圧を維持することができ、さらに占積率を上げることができる。
また、上記発明の絶縁ワイヤは、静摩擦係数が小さく、回転電機のコイルとして加工する場合の挿入性も良好である。
また、エナメル層と押出被覆樹脂層との間に接着機能を有する層を導入して接着強度を高めることで、上記のようなシワの発生を防ぐことができる。
【0022】
さらに、エナメル焼き付け層の外周に、ワニス化された樹脂を焼き付けてこれを接着層とし、その後、該接着層に用いられた樹脂のガラス転移温度よりも高い温度の溶融状態である押出被覆樹脂と接触させ、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層とを熱融着させるこで上記発明の絶縁ワイヤを好適に製造することができる。
【0023】
ところが近年になって以下のような新たな課題が発生している。
(i)加工部分の絶縁性能保持性(耐加工性)
マグネットワイヤをモータ等の回転電機へ加工する際、さまざまな応力が加えられる。中でも折り曲げ加工といわれる工程では、あて治具を支点としたワイヤの曲げ加工が行われる。特に近年増えてきているワイヤの導体径が大きいものや、ワイヤの絶縁皮膜厚さが厚いものでは、応力もその分大きくなり、支点とあて治具のワイヤへ押し付け力も大きくなる。このような場合、ワイヤのあて治具が接触した部分においては、ワイヤの絶縁皮膜に圧縮痕が残り、局所的に絶縁層厚さが小さくなる。また曲げRの外側では皮膜が伸ばされて絶縁厚さは小さくなる。その結果それらの部分の電気的な絶縁特性が低下するという課題がある。
【0024】
(ii)加工部分の皮膜形状保持性(耐加工性)
上記同様のワイヤの折り曲げ加工後において、加工時にワイヤの絶縁皮膜にかかる歪は少なくない。特に近年では回転電機の小型化、高効率化を理由にワイヤへ施される加工形態も過酷になってきていることと、上記同様に導体径が大きいものや、ワイヤの絶縁皮膜厚さ厚いものなどでは局所的に絶縁皮膜にかかる歪が大きくなり、加工後に絶縁皮膜が破断する場合があるという課題がある。特に加工後にヒートサイクルを行った後にその優劣は顕著に現れる。
【0025】
(iii)熱老化後の絶縁性能保持性(耐熱性)
回転電機が利用される各分野では、回転電機の高効率化から使用電圧が高くなってきていることや、小型化によって放熱性が十分に確保できない場合等も多々あり、最近では回転電機の耐熱性つまりは同様にマグネットワイヤに対する耐熱性要求も高まっている。特に瞬間的、断続的に設計以上の高温下にさらされた後においても皮膜には十分な絶縁性能が求められるようになってきている。
【0026】
これらに対しては特許文献7が提案する対策だけでは解決が困難であることがわかってきた。
【0027】
【特許文献1】特開昭59−040409号公報
【特許文献2】特許第1998680号(特公平7−031944号)公報
【特許文献3】特開昭63−195913号公報
【特許文献4】特開昭61−269808号公報
【特許文献5】特開昭62−200605号公報
【特許文献6】特開昭63−29412号公報
【特許文献7】特開2005−203334号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0028】
本発明の目的は、部分放電発生電圧が高く、皮膜の耐摩耗性、耐溶剤性、加工部分の絶縁性能保持性、加工部分の皮膜形状保持性、および熱老化後の絶縁性能保持性に優れた絶縁ワイヤの提供することのである。
また、本発明の別の目的は、ワイヤの変形加工を伴うモータ組み立て時にワイヤの絶縁皮膜に対する歪発生を軽減するモータの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0029】
本発明は、
(1)導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、前記エナメル焼き付け層と前記押出被覆樹脂層との間に接着層を有し、該接着層を媒体として、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との接着力を強化させたワイヤであって、該エナメル焼き付け層と該押出被覆樹脂層の厚さの合計が60μm以上であり、
前記エナメル焼き付け層の厚さが50μm以下であり、
前記押出被覆樹脂層が、300℃における溶融粘度が100Pa・s以上であるポリフェニレンスルフィド(以下、「PPS」ともいう)ポリマーと、熱可塑性エラストマーを2〜8質量%と、酸化防止剤とを含有し、25℃における引張弾性率が2500MPa以上であり、かつ、250℃における引張弾性率が10MPa以上であるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる
ことを特徴とする耐インバータサージ絶縁ワイヤ、
(2)前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、25℃における引張破断伸びが15%以上で、200℃、100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%以上であることを特徴とする(1)項記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ、
(3)前記ポリフェニレンスルフィドポリマーの非ニュートン指数が1.1以下である(1)または(2)項に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ、及び、
(4)押出被覆樹脂層のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が結晶化していない状態の(1)の絶縁ワイヤを用いて、ワイヤの変形加工を伴う回転電機の電機子の組み立てを行い、組立終了後の絶縁ワイヤを120℃以上に加熱することで絶縁ワイヤのポリフェニレンスルフィド樹脂を結晶化させる工程を有することを特徴とする回転電機の製造方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0030】
本発明の耐インバータサージ絶縁ワイヤは、部分放電発生電圧が高く、皮膜の耐摩耗性、耐溶剤性、加工部分の絶縁性能保持性、加工部分の皮膜形状保持性、および熱老化後の絶縁性能保持性に優れたワイヤとすることができる。
本発明のモータの製造方法は、ワイヤの成形加工時にワイヤの絶縁皮膜にかかるストレスを軽減でき、更には組み立て加工後に結晶化させることで皮膜の熱的、機械的および化学的等の性能を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明の一つの実施態様は、導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との間に接着層を有し、接着層を媒体として、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との接着力を強化させたワイヤであって、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層と該接着剤層の厚さの合計が60μm以上である絶縁ワイヤである。また、上記のエナメル焼き付け層の厚さは50μm以下である。本発明の絶縁ワイヤは耐熱巻線用として好適なものであり、例えば、インバータ関連機器、高速スイッチング素子、インバータで駆動される回転電機モーター、変圧器等の電気機器コイルや宇宙用電気機器、航空機用電気機器、原子力用電気機器、エネルギー用電気機器、自動車用電気機器用のマグネットワイヤ等に用いることができる。
【0032】
(導体)
本発明に用いられる導体としては、従来、絶縁ワイヤで用いられているものを使用することができるが、好ましくは、酸素含有量が30ppm以下の低酸素銅、さらに好ましくは20ppm以下の低酸素銅または無酸素銅の導体である。酸素含有量が30ppm以下であれば、導体を溶接するために熱で溶融させた場合、溶接部分に含有酸素に起因するボイドの発生がなく、溶接部分の電気抵抗が悪化することを防止するとともに溶接部分の強度を保持することができる。
また、導体はその横断面が所望の形状のものを使用できるが、円以外の形状を有するものを使用するのが好ましく、特に平角形状のものが好ましい。更には、角部からの部分放電を抑制するという点において、4隅に面取り(半径r)を設けた形状であることが望ましい。
【0033】
(エナメル層)
エナメル焼き付け層(以下、単に「エナメル層」ともいう)については、樹脂ワニスを導体上に複数回塗布、焼付して形成したものである。樹脂ワニスを塗布する方法は常法でよく、たとえば、導体形状の相似形としたワニス塗布用ダイスを用いる方法や、もし導体断面形状が四角形であるならば、井桁状に形成された「ユニバーサルダイス」と呼ばれるダイスを用いることができる。これらの樹脂ワニスを塗布した導体はやはり常法にて焼付炉で焼き付けされる。具体的な焼き付け条件はその使用される炉の形状などに左右されるが、およそ5mの自然対流式の竪型炉であれば、400〜500℃にて通過時間を10〜90秒に設定することにより達成することができる。
【0034】
エナメル層を形成するエナメル樹脂としては、従来用いられているものを使用することができ、例えば、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル、ポリアミド、ホルマール、ポリウレタン、ポリエステル、ポリビニルホルマール、エポキシ、ポリヒダントインが挙げられ、好ましくは耐熱性において優れる、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステルなどのポリイミド系樹脂である。
また、これらは1種を単独で使用してもよく、また、2種以上を混合して使用するようにしてもよい。
【0035】
焼き付け炉を通す回数を減らし、導体とエナメル層との接着力が極端に低下すること防ぐため、エナメル層の厚さは、50μm以下であり、40μm以下が好ましい。また、絶縁ワイヤとしてのエナメル線に必要な特性である、耐電圧特性や、耐熱特性を損なわないためには、エナメル層がある程度の厚さがある方が好ましい。エナメル層の下限の厚さはピンホールが生じない程度の厚さであれば特に制限するものではなく、好ましくは3μm以上、更に好ましくは6μm以上である。
エナメル層は1層であっても複数層であってもよい。
【0036】
(押出被覆樹脂層)
本発明においては、押出被覆樹脂層は、300℃における溶融粘度が100Pa・s以上であるPPSポリマーと、熱可塑性エラストマーを2〜8質量%と、酸化防止剤とを含有し、25℃における引張弾性率が2500MPa以上、かつ、250℃における引張弾性率が10MPa以上であるPPS樹脂組成物からなる。
【0037】
本発明においては、PPS樹脂組成物の25℃における引張弾性率は2800MPa以上であることが好ましい。また、250℃における引張弾性率は180MPa以上であることが好ましい。
また、PPS樹脂組成物の25℃での引張破断伸びは15%以上であることが好ましく、18%以上がさらに好ましい。また、200℃、100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%以上であることが好ましく、6%以上がさらに好ましい。
【0038】
ここで、引張弾性率とは、ASTM D−638に準拠し、ASTM 4号ダンベルを用いて測定した値を意味する。
【0039】
ここで、引張破断伸びとは、ASTM D−638に準拠し、ASTM 4号ダンベルを用いて測定した値を意味する。
【0040】
本発明で用いるPPSポリマーは、芳香族環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする樹脂構造を有するものであり、好ましくは、下記構造式(1)または(2)で表される構造部位を繰り返し単位とする樹脂である。
【0041】
【化1】

【0042】
構造式(1)で表されるパラ位で結合するもの、及び構造式(2)で表されるメタ位で結合するものが挙げられるが、特に繰り返し単位中の芳香族環に対する硫黄原子の結合は構造式(1)で表されるパラ位で結合した構造であることが耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0043】
本発明で用いるPPSポリマーの300℃での溶融粘度は、100Pa・s以上となる範囲であると、絶縁ワイヤ加工時の割れを防ぐ靭性の向上が顕著であることから好ましい。また、押出成形時の流動性が良好であることから2,000Pa・s以下が好ましい。中でも、これらの性能バランスの点から200〜1,000Pa・sの範囲であることが特に好ましい。
ここで、溶融粘度とは、キャビラリーレオメーターを用いて測定した、300℃、せん断速度100sec−1、ノズル孔径0.5mm、長さ1.0mmで測定した値である。
【0044】
本発明の好ましい態様においては、PPSポリマーの非ニュートン指数は1.1以下が好ましく、1.05以下が更に好ましい。非ニュートン指数が1.1を越えた場合は、200℃100時間での引張破断伸びの低下が顕著となる。
【0045】
ここで、非ニュートン指数とは、前記PPSポリマーをキャピラリーレオメーターにて、温度300℃の条件下、直径1mm、長さ40mmのダイスを用いて100〜1000(sec−1)の剪断速度に対する剪断応力を測定し、これらの対数プロットした傾きから計算した値である。
【0046】
PPSポリマーの製造方法としては、特に限定されないが、例えば下記方法1〜5によって製造することができる。
方法1:ポリハロゲン芳香族化合物類を硫黄と炭酸ソーダの存在下に重合させる方法。
ジハロゲン芳香族化合物類を極性溶媒中でスルフィド化剤の存在下に重合させる方法。
方法2:P−クロルチオフェノールを自己縮合させる方法。
方法3:N−メチルピロリドンとポリハロゲノ芳香族化合物を混合し加熱しておき、反応系内の水分量が有機極性溶媒の2〜50モル%の範囲内になる様な速度で含水スルフィド化剤を加えてポリハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを反応させる方法。
方法4:N−メチルピロリドン中でアルカリ金属硫化物とポリハロゲノ芳香族化合物との反応中、反応缶の気相部分を冷却することにより反応缶内の気相の一部を凝縮させ、これを液相に還流させることによりPPSポリマーを製造する方法、
方法5:N−メチルピロリドン、非加水分解性有機溶媒、含水アルカリ金属硫化物を混合し、次いで、得られた混合液を脱水して、固形のアルカリ金属硫化物と、アルカリ金属水硫化物(b)と、N−メチルピロリドンの加水分解物のアルカリ金属塩とを含むスラリーを製造し(工程1)、次いで、前記スラリーの存在下、ポリハロゲノ芳香族化合物と前記アルカリ金属水硫化物と、前記したN−メチルピロリドンの加水分解物のアルカリ金属塩とを反応させて重合を行う(工程2)方法。
【0047】
これらの中でも、線状の高分子量のPPSポリマーが容易に得られる点から特に方法3、方法4、及び方法5が好ましい。
【0048】
熱可塑性エラストマーとしては、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、メルカプト基、エポキシ基、酸無水物基、イソシアネート基、エステル基、ビニル基等の官能基を有するポリオレフィン系エラストマーが前記PPSポリマーとの相溶性に優れる点から好ましい。
【0049】
また、更にこれらの中でも、酸無水物、酸、エステル等のカルボン酸に起因する官能基又はエポキシ基を有するものが特に好ましい。
【0050】
前記ポリオレフィン系エラストマーとしては、例えば、α−オレフィン類と前記官能基を有するビニル重合性化合物類との共重合で得ることが出来る。前記α−オレフィン類としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブテン−等の炭素数2〜8のα−オレフィン類等が挙げられる。また、前記官能基を有するビニル重合性化合物類としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル類等のα,β−不飽和カルボン酸類及びそのアルキルエステル類、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、その他炭素数4〜10の不飽和ジカルボン酸とそのモノ及びジエステル類、及びその酸無水物等のα,β−不飽和ジカルボン酸及びその無水物、グリシジル(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0051】
これらの官能基類を複数個、同時に含有した共重合体を用いることができる。これらの好ましい例としては、α−オレフィン類、無水マレイン酸、アクリル酸グリシジルの三元共重合体が挙げられる。
【0052】
これらの官能基を含んだ熱可塑性エラストマーは、PPSポリマーとの分散性が良好になり、均一混合された樹脂組成物を得ることが容易になり、絶縁ワイヤの加工特性などが向上する。
【0053】
かかる熱可塑性エラストマーの配合割合は、PPS樹脂組成物中2〜8質量%であることが耐傷性と加工性とのバランスに優れる点から好ましく、特に3〜7質量%であることが好ましい。
【0054】
更に、本発明に用いられる酸化防止剤は、200℃熱処理後の樹脂被覆層の割れの防止に有効である。酸化防止剤には、フェノール系(ヒンダードフェノール類など)、アミン系(ヒンダードアミン類など)、リン系、イオウ系、ヒドロキノン系、キノリン系酸化防止剤などを好ましい態様として例示することができる。
【0055】
フェノール系酸化防止剤には、ヒンダードフェノール 類、例えば、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、4,4’−メチレンビス(2,6−ジ−t−ブチルフェノール)、4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン、1,6−ヘキサンジオール−ビス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、ペンタエリスリトールテトラキス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、トリエチレングリコール−ビス[3−(3−t−ブチル−5−メチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、n−オクタデシル−3−(4’,5’−ジ−t−ブチルフェノール)プロピオネート、n−オクタデシル−3−(4’−ヒドロキシ−3’,5’−ジ−t−ブチルフェノール)プロピオネート、ステアリル−2−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェノール)プロピオネート、ジステアリル−3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジルホスホネート、2−t−ブチル−6−(3−t−ブチル−5−メチル−2−ヒドロキシベンジル)−4−メチルフェニルアクリレート、N,N’−ヘキサメチレンビス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシ−ヒドロシンナマミド)、3,9−ビス{2−[3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオニルオキシ]−1,1−ジメチルエチル}−2,4,8,10−テトラオキサスピロ[5,5]ウンデカン、4,4’−チオビス(3−メチル−6−t−ブチルフェノール)、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ヒドロキシ−5−t−ブチルフェノール)ブタンなどが含まれる。
【0056】
ヒンダードフェノール類の中でも、特に、例えば、1,6−ヘキサンジオール−ビス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]などのC2−10アルキレンジオール−ビス[3−(3,5−ジ−分岐C3−6アルキル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート];例えば、トリエチレングリコール−ビス[3−(3−t−ブチル−5−メチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]などのジ又はトリオキシC2−4アルキレンジオール−ビス[3−(3,5−ジ−分岐C3−6アルキル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート];例えば、グリセリントリス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]などのC3−8アルキレントリオール−ビス[3−(3,5−ジ−分岐C3−6アルキル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート];例えば、ペンタエリスリトールテトラキス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]などのC4−8アルキレンテトラオールテトラキス[3−(3,5−ジ−分岐C3−6アルキル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]などが好ましい。
【0057】
アミン系酸化防止剤には、ヒンダードアミン類、例えば、トリ又はテトラC1−3アルキルピペリジン又はその誘導体[例えば、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、4−フェノキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジンなど]、ビス(トリ、テトラ又はペンタC1−3アルキルピペリジン)C2−20アルキレンジカルボン酸エステル[例えば、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)オギサレート、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)マロネート、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)アジペート、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)セバケート、ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)セバケート、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)テレフタレート]、1,2−ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジルオキシ)エタン、フェニル−1−ナフチルアミン、フェニル−2−ナフチルアミン、N,N’−ジフェニル−1,4−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−シクロヘキシル−1,4−フェニレンジアミンなどが含まれる。
【0058】
リン系安定剤には、例えば、トリイソデシルホスファイト、トリスノニルフェニルホスファイト、ジフェニルイソデシルホスファイト、フェニルジイソデシルホスファイト、2,2−メチレンビス(4,6−ジ−t−ブチルフェニル)オクチルホスファイト、4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−t−ブチルフェニル)ジトリデシルホスファイト、トリス(分岐C3−6アルキルフェニル)ホスファイト[例えば、トリス(2,4−ジ−t−ブチルフェニル)ホスファイト、トリス(2−t−ブチル−4−メチルフェニル)ホスファイト、トリス(2,4−ジ−t−アミルフェニル)ホスファイト、トリス(2−t−ブチルフェニル)ホスファイト、トリス[2−(1,1−ジメチルプロピル)−フェニル]ホスファイト、トリス[2,4−(1,1−ジメチルプロピル)−フェニル]ホスファイトなど]、ビス(2−t−ブチルフェニル)フェニルホスファイト、トリス(2−シクロヘキシルフェニル)ホスファイト、トリス(2−t−ブチル−4−フェニルフェニル)ホスファイト、ビス(C3−9アルキルアリール)ペンタエリスリトールジホスファイト[例えば、ビス(2,4−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、ビス(2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、ビス(ノニルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、ビス(ノニルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイトなど]、トリフェニルホスフェート系安定剤(例えば、4−フェノキシ−9−α−(4−ヒドロキシフェニル)−p−クメニルオキシ−3,5,8,10−テトラオキサ−4,9−ジホスファピロ[5,5]ウンデカン、トリス(2,4−ジ−t−ブチルフェニル)ホスフェートなど)、ジホスフォナイト系安定剤(例えば、テトラキス(2,4−ジ−t−ブチル)−4,4’−ビフェニレンジホスフォナイトなど)などが含まれる。リン系安定剤は、通常、分岐C3−6アルキルフェニル基(特に、t−ブチルフェニル基)を有している。
【0059】
ヒドロキノン系酸化防止剤には、例えば、2,5−ジ−t−ブチルヒドロキノンなどが含まれ、キノリン系酸化防止剤には、例えば、6−エトキシ−2,2,4−トリメチル−1,2−ジヒドロキノリンなどが含まれ,イオウ系酸化防止剤には、例えば、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネートなどが含まれる。
【0060】
これらの酸化防止剤は単独で、又は二種以上使用できる。前記酸化防止剤の配合量は、200℃100時間での引張破断伸びの低下抑制効果が顕著なものとなる点から、本発明におけるPPS樹脂組成物中0.05〜2質量%であることが好ましく、0.1〜1質量%であることがさらに好ましい。
【0061】
押出被覆樹脂層の厚さは、10μm以上が好ましく、必要な部分放電発生電圧に応じた厚さとすることができる。
【0062】
また、本発明の絶縁ワイヤは、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との間に接着層を有し、接着層を媒体として、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との接着力を強化させたワイヤである。
【0063】
押出被覆樹脂層とエナメル焼き付け層の間の接着力が十分でない場合、過酷な加工条件例えば小さな半径に曲げ加工される場合には、曲げの円弧内側に、押出被覆樹脂層のシワが発生する場合がある。このようなシワが発生すると、エナメル層と押出被覆樹脂層との間に空間が生じることから、部分放電発生電圧が、低下するという現象につながる場合がある。
この部分放電発生電圧の低下を防止するためには、曲げの円弧内側にシワが生じないようにする必要があり、エナメル層と押出被覆樹脂層との間に接着機能を有する層を導入して接着強度を高めることで、上記のようなシワの発生を防ぐことができる。
【0064】
接着層は熱融着可能な樹脂であればいずれの樹脂を用いても良いが、ワニス化する必要性があることから、溶剤に溶けやすい非結晶性樹脂であることが好ましい。さらには、絶縁ワイヤとしての耐熱性を低下させないためにも、耐熱性に優れる樹脂であることが好ましい。これらのことを考慮すると好ましい樹脂としてはポリサルホン(PSU)、ポリエーテルサルホン(PES)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリフェニルサルホン(PPSU)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド(PI)、エポキシ樹脂等が挙げられ、PESおよびPPSUがさらに好ましい。
【0065】
また、ワニス化に用いる溶剤は、選択した樹脂を溶解させ得る溶剤であればいずれでも良いが、エナメル層へ焼き付ける際に下地となるエナメル層との接着性を良くするためには、下地となるエナメル層を焼き付ける際に用いたものと同一の溶剤が好ましい。
また、接着層の厚さは2〜20μmが好ましく、5〜10μmが更に好ましい。接着層と押出被覆樹脂層を十分に熱融着させるためには、押出被覆工程における樹脂温度は、接着層に選んだ樹脂のTg(ガラス転移温度)以上である必要があり、好ましくはTgよりも30℃以上高い温度、更に好ましくはTgよりも50℃以上高い温度が良い。
【0066】
本発明の絶縁ワイヤにおいては、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層と接着剤層の厚さの合計は60μm以上であり、必要な部分放電発生電圧に応じて押出被覆層の厚さを決定することができる。
【0067】
本発明の別の実施態様は、押出被覆樹脂層のPPS樹脂組成物が結晶化していない状態の上記の本発明の絶縁ワイヤを用いて、ワイヤの変形加工を伴う回転電機の電機子の組み立てを行い、組立終了後の絶縁ワイヤを120℃以上に加熱することで絶縁ワイヤのPPS樹脂組成物を結晶化させる工程をもつ回転電機の製造方法を提供する。このことでワイヤの成形加工時にワイヤの絶縁皮膜にかかるストレスを軽減でき、更には組み立て加工後に結晶化させることで皮膜の熱的、機械的および化学的等の性能を向上させることができる。また、上記のワイヤの変形加工は常法により行うことができる。
【0068】
(PPS樹脂組成物の結晶化度)
PPSポリマーは結晶性高分子のため、結晶化が不十分の場合、DSC(Differential Scanning Calorimeter)法により試料を昇温した場合120℃近傍に再結晶化による発熱が観測される。結晶化が十分に進行した場合、再結晶化発熱は観測されない。
【0069】
(結晶化度の評価方法)
PPS樹脂組成物の結晶化度を、DSC測定に基づき、以下の式で定義する。
(結晶化度)=(1−CT/MP)×100 (%)
CT:DSC測定における、再結晶発熱量(J/g)
MP:DSC測定における、融解吸熱量(J/g)
DSC測定は環境雰囲気、昇温速度に若干依存するが、本発明においては、窒素雰囲気下、40℃より330℃まで20℃/分で昇温した。
【0070】
(好ましい結晶化度)
本発明のモータの製造方法におけるワイヤ加工は、PPS樹脂組成物が結晶化していない状態で加工を行うが、本発明における結晶化していない状態とは、結晶化度はが85%以下であり、この場合PPS樹脂組成物の靭性が向上するためワイヤ加工時にかかるストレスを低減することができる。このことは本発明で課題としている皮膜形状保持性に対して有利な方向に働き、加工後の絶縁皮膜の破断を防止する効果がある。また、好ましくは、結晶化度を40%以上に保つことで、PPS樹脂が柔らかくなりすぎることを防ぐことができ、このことは本発明で課題としている絶縁性能保持性に対して有利な方向に働く。すなわち、あて冶具を支点とした曲げ加工にて皮膜に圧縮痕がつくのを防ぐことができ、局所的な絶縁層厚さの低下を防ぐ効果がある。
【0071】
そしてワイヤの加工後には、再結晶化温度以上の温度をかけることにより、PPS樹脂組成物の結晶化度を向上させることができる。PPS樹脂を結晶化させることで、機械的、熱的、化学的強度が向上し、製品の耐久性が向上する。再結晶化させる好ましい温度としては、120℃以上が挙げられる。更に好ましくは150℃以上である。結晶化後の結晶化度としては90%以上が好ましく、更に好ましくは95%以上である。
【実施例】
【0072】
以下に本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0073】
(PPSポリマーの合成)
製造例1
まず、以下材料を混合して含水スルフィド化剤を作成した。
(1)含水フレーク状硫化ナトリウム(ナガオ製) : 1.5kg
純度/Na2S(58.9質量%)、NaSH(1.3質量%)
(2)含水フレーク状水硫化ナトリウム(ナガオ製);0.225kg
純度/NaSH(71.2質量%)、Na2S(2.7質量%)
(3)水 0.425kg
以上、3種類を混合して含水スルフィド化剤2.15kgを作成した。
【0074】
次に、温度センサー、冷却器、滴下槽、溜出物分離槽、攪拌翼を備えた反応槽にパラジクロロベンゼン(1.838kg)、N−メチルピロリドン(4.958kg)、水(0.09kg)を仕込み、窒素雰囲気下で攪拌しながら100℃迄昇温した。反応槽を密封した後220℃、内圧を0.22MPaとして、上記含水スルフィド化剤(2.15kg)を滴下した。
【0075】
滴下反応中に脱水を行い、共出するパラジクロロベンゼンを反応槽に戻し、水を系外に出す事によって、系中の水量がN―メチルピロリドン1モルに対し0.02〜0.5モルとなるよう調節して反応を行った。反応は昇温により、240℃になる迄行い、その後、240℃で1時間保持して反応を終了した。
【0076】
反応終了時に水は極性溶剤(N−メチルピロリドン)の0.17モル%である事が確認でき、当ポリマーは反応中及び反応終了時も水は極性溶剤1モルに対し、0.02〜0.5モル範囲であった事を確認した。
当反応物は通常の方法で水洗い、乾燥して白色粉末のポリマーを得た。このポリマーを「PPS−1」とする。PPS−1は300℃の溶融粘度300Pa・s、非ニュートン指数1.05であった。
【0077】
製造例2
製造例1において、(1)含水フレーク状硫化ナトリウムを1.6kg、(2)含水フレーク状水硫化ソーダを0.185kgとして、300℃の溶融粘度が80Pa・s、非ニュートン指数1.02のPPSポリマーPPS−2を得た。
【0078】
製造例3
製造例2で得たPPS−2を大気雰囲気下、220℃48時間加熱処理することにより、300℃の溶融粘度が1,000Pa・s、非ニュートン指数1.18のPPSポリマーPPS−3を得た。
【0079】
(PPS樹脂組成物の調製)
表1中に示した各種材料を、表1中の質量百分率で均一に混合した後、35mmφの2軸押出機を用い290〜330℃で混練押出ししてPPS樹脂組成物「A−1」〜「A−5」、「B−1」〜「B−4」を得た。
【0080】
【表1】

【0081】
上記表1中の略号は以下の通りである。
ELA:無水マレイン酸変性エチレン・プロピレン共重合体(三井化学株式会社製「タフマーMH−7020」(商品名))
ANTOXD:フェノール系酸化防止剤(チバスペシャリティケミカル製「イルガノックス1010」(商品名))
【0082】
[実施例1]
1.85×2.48mm(厚さ×幅)で四隅の面取り半径r=0.5mmの平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を準備した。エナメル層の形成に際しては、導体の断面形状と相似形のエナメルダイスを使用して、ポリアミドイミド樹脂ワニス(日立化成(株)製 商品名 HI406)を導体へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、この1回の焼き付け工程で厚さ5μmのエナメルを形成した。これを繰り返し8回行うことで厚さ40μmのエナメル層を形成し、被膜厚さ40μmのエナメル線を得た。次に、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)にポリフェニルサルホン樹脂(PPSU)(ソルベイアドバンストポリマー:レーデルR5800)を溶解させ、20wt%溶液とした樹脂ワニスを、導体の形状と相似形のダイスを使用して、前記エナメル線へコーティングし、450℃に設定した炉長8mの焼付炉内を、焼き付け時間15秒となる速度で通過させ、これを繰り返し2回行うことで厚さ5μmの接着層を形成した(1回の焼き付け工程で形成される厚さは2.5μm)。
【0083】
得られた接着剤層付きエナメル線を芯線とし、このエナメル芯線の断面形状と相似形の押出ダイスを使用して、表1に記載のPPS樹脂A−1を厚さ120μmとなるよう押出被覆し、絶縁ワイヤを作製した。このとき用いた押出機のスクリューは、30mmフルフライト、L/D=20、圧縮比3を用いた。押出温度条件は表2に従い行った。なお、押出後は水冷し、PPS樹脂組成物の結晶化度を40%とした。
【0084】
【表2】

【0085】
[実施例2〜5及び比較例1〜4]
実施例1と同様の方法で、PPS樹脂組成物A−2〜A−5を用いて実施例2〜5、及びPPS樹脂組成物B−1〜B−4を用いて比較例1〜4の絶縁ワイヤを作製した。
【0086】
なお、実施例および比較例のワイヤのPPS樹脂組成物およびPPSポリマーの特性について、以下の方法で測定した。
(引張弾性率)
ASTM 4号ダンベルに対し、ASTM D−638に準拠し引張破断伸びを測定した。
【0087】
(300℃溶融粘度)
キャビラリーレオメーター(島津製作所製CFT−500D)を用い、300℃、せん断速度100sec−1、ノズル孔径0.5mm、長さ1.0mmで測定した。
【0088】
(25℃引張破断伸び)
ASTM 4号ダンベルに対し、ASTM D−638に準拠し引張破断伸びを測定した。
【0089】
(熱老化後引張破断伸び)
200℃の熱風循環式乾燥器内にてASTM 4号ダンベルを100時間暴露後、ASTM D−638に準拠し引張破断伸びを測定した。
【0090】
実施例および比較例のワイヤについて以下の評価試験を行った。その結果を、上記PPS樹脂組成物の特性とともに表3に示した。
【0091】
(部分放電発生電圧)
部分放電発生電圧の測定には、菊水電子工業製の部分放電試験機「KPD1050」を用いた。断面形状が方形の絶縁ワイヤを、二本の絶縁ワイヤの長編となる面同士を長さ150mmに亘って隙間が無いように密着させた試料を作製した。この二本の導体間に電極をつなぎ、温度は25℃にて、50Hzの交流電圧かけながら連続的に昇圧していき、10pCの部分放電が発生した時点の電圧を実行値で読みとった。
【0092】
(耐摩耗性(25℃))
耐摩耗性を、JIS C 3003エナメル線試験方法の、9.耐摩耗(丸線)と同様に、平角線の四隅のコーナーについて測定した。2000g以上を合格とした。
【0093】
(耐溶剤性)
耐溶剤性を、JIS C 3003エナメル線試験方法の、7.可撓性に従って巻き付けたものを、溶剤に10秒間浸漬後、エナメル層または押出被覆樹脂層の表面を目視にて、クラックやクレージングの有無を確認した。溶剤としてはアセトン、キシレン、スチレンの3種類によって行い、温度は常温と150℃(試料を150℃×30分加熱後に熱い状態で溶剤へ浸漬する)の2水準について行った。異常なしであるものを合格とした。
【0094】
(加工部分の絶縁性能保持性)
マグネットワイヤを、あて治具を視点としたワイヤの折り曲げ加工により90℃まで曲げたものを試験片とし、JIS C 3003 エナメル試験法の6.c)ピンホール法に従って、加工部位をフェノールフタレインの3%アルコール溶液の適量を滴下した0.2%食塩水中に浸し、液を正極試験片の導体を負極とし、12Vの直流電圧を1分間加えて発生するピンホール数を測定した。ピンホール数1以下を合格とした。また、JIS C 3003 エナメル試験法の10.絶縁破壊電圧試験法に従って、加工部位の絶縁破壊電圧を測定し、JIS基準値以上を合格とした。
【0095】
(加工部分の皮膜形状保持性)
マグネットワイヤを、あて治具を支点としてワイヤの折り曲げ加工により90℃まで曲げたものを試験片とし−40℃ 20分⇔200℃ 20分を1サイクルとした熱衝撃試験を実施後、皮膜の割れの発生の有無を目視による観察で確認した。試験終了後、皮膜に割れが発生しないものを合格とした。
【0096】
(熱老化後の絶縁性能保持性)
ワイヤを空気雰囲気200℃下に100時間暴露した。その後ワイヤの長さ方向20mmにわたって周方向全体に導電ペーストを塗布した。導体と導電ペーストの間に50Hzの電圧をかけ、破壊電圧を測定した。この破壊電圧が暴露前の値の70%以上の場合を合格とした。
【0097】
【表3】

【0098】
[実施例6]
実施例1のワイヤ(結晶化度40%)を用いて、モータの組み立てを行い、組立終了後に150℃1時間アニール加熱することで絶縁ワイヤのポリフェニレンスルフィド樹脂を結晶化させてモータを製造した。
【0099】
[比較例5]
組立終了後のアニーリング温度を110℃とした以外は、実施例6と同様の方法でモータを製造した。
【0100】
[比較例6]
実施例1で作製したワイヤ線を予め150℃1時間のアニーリングによってPPSの結晶化度を90%とした以外は実施例6と同様の方法でモータを製造した。
【0101】
実施例6及び比較例5、6のモータについて、下記方法により加工前のPPS樹脂組成物の結晶化度、加工部分の皮膜形状保持性、加工後にアニール後のPPS樹脂組成物の結晶化度、およびアニール後のワイヤの耐磨耗性について評価試験を行った。結果を表4に示した。
(PPS樹脂組成物の結晶化度、および、加工後にアニール後のPPS樹脂組成物の結晶化度)
パーキンエルマー社製DSC−7を用い、PPS樹脂組成物5mgを測定試料として、窒素雰囲気下、40℃より330℃まで20℃/分で昇温し、再結晶発熱量と融解吸熱量を測定し、結晶化度を評価した。
(加工部分の皮膜形状保持性)
マグネットワイヤを、あて治具を支点としてワイヤの折り曲げ加工により90℃まで曲げたものを試験片とし−40℃ 20分⇔200℃ 20分を1サイクルとした熱衝撃試験を実施後、皮膜の割れの発生の有無を目視による観察で確認した。試験終了後、皮膜に割れが発生しないものを合格とした。
(アニール後のワイヤの鉛筆硬度)
マグネットワイヤを、JIS−K 5600−5−4引っかき硬度(鉛筆法)に従って測定した。
【0102】
【表4】

【0103】
表4から分かるように、加工前のPPS樹脂が結晶化していない状態(結晶化度40%)で組み立て加工を行うことにより加工性が向上し、加工後に120℃以上のアニール(150℃)を行うことによりワイヤの硬度があがり、耐摩耗性が向上することが分かる。
【0104】
表3から解るように、各絶縁皮膜の厚さについては、特許文献7と同様な構成とし、その結果、部分放電開始電圧に関しては満足な結果が得られている。また、25℃引張弾性率、250℃引張弾性率も特許文献7と同様な構成としていることにより、耐摩耗性、耐溶剤性に関しても満足な結果が得られている。
【0105】
以下本発明の課題である(i)加工部分の絶縁性能保持性、(ii)加工部分の皮膜形状保持性、(iii)熱老化後の絶縁性能保持性に対する本発明の効果を記述する。
実施例1〜4は、300℃における溶融粘度が100Pa・s以上であるポリフェニレンスルフィドポリマーを含有し、熱可塑性エラストマーを2〜8質量%を含有し、酸化防止剤を含有し、1)25℃における引張破断伸びが15%以上で、2)200℃100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%以上、3)非ニュートン指数が1.1以下であるという範囲に入るものである。その結果、本発明の課題である(i)加工部分の絶縁性能保持性、(ii)加工部分の皮膜形状保持性、(iii)熱老化後の絶縁性能保持性は全て満足な結果が得られている。ただし実施例5は非ニュートン指数が1.1より大きく、200℃100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%未満であることから、熱老化後の絶縁性能保持性は実施例1〜4と比較すると若干劣るものの、本発明の請求する範囲となる。
これに対し、比較例1は300℃における溶融粘度が100Pa・s未満であることから加工部分の皮膜形状保持性において満足な結果がえられず、更に25℃における引張破断伸びが15%未満であり、200℃100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%未満であることから、熱老化後の絶縁性能保持性において満足な結果が得られていない。
また比較例2は熱可塑性エラストマーの含有量が2%未満であることから加工部分の皮膜形状保持性において満足な結果が得られておらず、25℃における引張破断伸びが15%未満であり、200℃100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%未満であることから、やはり熱老化後の絶縁性能保持性において満足な結果が得られていない。
また比較例3においては熱可塑性エラストマーの含有量が8%より大であることから加工部分の絶縁性能保持性において満足な結果が得られていない。
また比較例4においては酸化防止剤の添加がなく、200℃100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%未満であることから熱老化後の絶縁性能保持性において満足な結果が得られていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、前記エナメル焼き付け層と前記押出被覆樹脂層との間に接着層を有し、該接着層を媒体として、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との接着力を強化させたワイヤであって、該エナメル焼き付け層と該押出被覆樹脂層と該接着剤層の厚さの合計が60μm以上であり、
前記エナメル焼き付け層の厚さが50μm以下であり、
前記押出被覆樹脂層が、300℃における溶融粘度が100Pa・s以上であるポリフェニレンスルフィドポリマーと、熱可塑性エラストマーを2〜8質量%と、酸化防止剤とを含有し、25℃における引張弾性率が2500MPa以上であり、250℃における引張弾性率が10MPa以上であるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる
ことを特徴とする耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
【請求項2】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、25℃における引張破断伸びが15%以上で、200℃、100時間大気下暴露後の25℃での引張破断伸びが5%以上であることを特徴とする請求項1記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
【請求項3】
前記ポリフェニレンスルフィドポリマーの非ニュートン指数が1.1以下である請求項1または2に記載の耐インバータサージ絶縁ワイヤ。
【請求項4】
押出被覆樹脂層のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が結晶化していない状態の請求項1の絶縁ワイヤを用いて、ワイヤの変形加工を伴う回転電機の電機子の組み立てを行い、組立終了後の絶縁ワイヤを120℃以上に加熱することで絶縁ワイヤのポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を結晶化させる工程を有することを特徴とする回転電機の製造方法。

【公開番号】特開2010−55964(P2010−55964A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−220513(P2008−220513)
【出願日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】