説明

絶縁材料及びそれを用いた静止誘導電器

【課題】油入変圧器において、冷却液循環経路の静電気帯電の抑制、ならびに、経年劣化による流動帯電の増大の抑制を可能とする絶縁紙、およびそれを用いた変圧器を提供することである。
【解決手段】変圧器本体内の鉱油を有する絶縁冷却媒体中に、鉄心と、前記鉄心に装着された絶縁紙が巻回された電線からなるコイルと、コイル絶縁用絶縁体及び前記絶縁冷却媒体の冷却通路を構成する絶縁体を浸漬してなる静止誘導電器において、前記絶縁紙又は絶縁体がパルプを主材とするものであり、該絶縁紙又は絶縁体に含まれるCaイオンの量を0.06wt%以下に低減した静止誘導電器用絶縁紙又は絶縁体又はそれらを用いた静止誘導電器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁・冷却媒体として鉱油を用いた、鉱油入りの静止誘導電器に用いる絶縁紙、絶縁体及びこれを用いた静止誘導電器に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、油入変圧器などの静止誘導電器は、タンク内の鉱油などの絶縁冷却媒体中に、鉄心と、前記鉄心に装着され絶縁紙が巻回された電線からなるコイルと、コイル絶縁紙及び絶縁媒体の冷却通路構成用の絶縁体を備えた巻線とが浸漬されている。
【0003】
このような静止誘導電器の内部において絶縁冷却媒体が自然対流または加圧により流動することによって、絶縁冷却媒体と絶縁紙あるいは固体絶縁体との界面で電荷の分離が生じ、絶縁紙や固体絶縁体では静電気帯電が起こる。絶縁紙や固体絶縁体に蓄積された電荷密度が高くなると、その部分の直流電位が上昇して静電気放電が発生し、静電気放電が進展すると絶縁破壊を起こす可能性がある。この現象は流動帯電として一般に知られている。このため、絶縁物の帯電特性を把握し、帯電度増加を抑制する、油入変圧器の流動帯電抑制方法の開発が求められている。
【0004】
特許文献1には、絶縁油が通る冷却通路表面の絶縁部材面に多孔質の低帯電度部材を使用することが記載されている。特許文献3には、絶縁紙の表面抵抗を小さくすることが記載されている。特許文献2には、絶縁紙を構成するセルロースの一部をエーテル化するか、エーテル化合物を混抄、内添、または塗布することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−16741号公報
【特許文献2】特開平1−185905号公報
【特許文献3】特開昭53−15518号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】電学論B、128巻3号、2008年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、特許文献2の場合、絶縁紙の表面に有機フィルムを貼りつけるため、抄紙工程とは異なるフィルム貼り合わせの工程が必要となり、設備や工程が増え、コストも高くなるという問題があった。特許文献4の場合、セルロースの一部をエーテル化するか、エーテル化合物を混抄、内添、または塗布するため、絶縁紙中の水素結合が減り、強度が低下するという問題があった。
【0008】
本発明の目的は、油入変圧器において、冷却液循環経路の静電気帯電の抑制、ならびに、経年劣化による流動帯電の増大の抑制を可能とする絶縁紙、その絶縁紙を用いて作られた絶縁体およびそれを用いた変圧器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の対象は、変圧器本体内の鉱油を有する絶縁冷却媒体中に、鉄心と、前記鉄心に装着された絶縁紙が巻回された電線からなるコイルと、コイル絶縁用絶縁体及び前記絶縁冷却媒体の冷却通路を構成する絶縁体を浸漬してなる静止誘導電器に用いられる絶縁紙及び絶縁体を含む絶縁材料である。
【0010】
以下に本発明の主要な構成を示す。
(1)
絶縁冷却媒体として用いられる鉱油中に浸漬して使用される、パルプを主材とする絶縁材料であって、少なくとも前記絶縁材料の表面のCaイオンの量を0.06wt%以下に低減した静止誘導電器用絶縁材料。
(2)
上記(1)において、前記絶縁材料の表面のCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減した静止誘導電器用絶縁材料。Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量も前記絶縁材料の表面の量である。前記絶縁材料の表面とは、前記絶縁材料の表面から深さ100μmまでの領域である。
(3)
上記(1)において、前記絶縁材料の表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したものである静止誘導電器用絶縁材料。
(4)
上記(1)〜(3)のいずれかにおいて、前記絶縁材料は、静止誘導電器の鉄心に装着されたコイルを構成する電線に巻回された絶縁紙と、前記静止誘導電器の絶縁冷却媒体の冷却通路を構成する絶縁体のいずれか又は両者である静止誘導電器用絶縁材料。
(5)
パルプを主材とする絶縁紙の少なくとも表面のCaイオンの量を0.06wt%%以下に低減した静止誘導電器用絶縁紙。
(6)
上記(5)において、前記絶縁紙の少なくとも表面のCaイオンの量が0.06wt%以下で、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量が0.1wt%以下である静止誘導電器用絶縁紙。
(7)
上記(6)において、前記絶縁紙表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減した静止誘導電器用絶縁紙。
(8)
パルプを主材とする絶縁プレスボード材料の少なくとも表面に含まれるCaイオンの量を0.06wt%以下に低減した静止誘導電器用絶縁体。
(9)
上記(8)において、前記プレスボード材料の少なくとも表面のCaイオンの量が0.06wt%以下で、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量が0.1wt%以下である静止誘導電器用絶縁体。
(10)
上記(8)において、前記絶縁プレスボード材料の表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減した静止誘導電器用絶縁体。
(11)
変圧器本体内の鉱油を有する絶縁冷却媒体中に、鉄心と、前記鉄心に装着された絶縁紙が巻回された電線からなるコイルと、コイル絶縁用絶縁体及び前記絶縁冷却媒体の冷却通路を構成する絶縁体を浸漬してなる静止誘導電器において、前記絶縁紙及び/又は絶縁体がパルプを主材とし、少なくとも前記絶縁紙及び/又は絶縁体の少なくとも表面のCaイオンの量を0.06wt%以下に低減したものである静止誘導電器。
(12)
上記(11)において、前記絶縁紙及び/又は絶縁体が、前記絶縁紙の少なくとも表面のCaイオンの量が0.06wt%以下で、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下である絶縁紙であることを特徴とする静止誘導電器。
(13)
上記(11)において、前記絶縁紙及び/又は絶縁体その表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したものである静止誘導電器。
【0011】
本発明における絶縁材料はパルプを抄造したもので、必要に応じワニス含侵などの処理を施す。しかし、通常は絶縁特性の保持のため、パルプ材のみから構成する。絶縁体は、静止誘導電器の冷却媒体の流通路を構成するために、湿紙として製造した絶縁紙の原料を多数枚積層し、乾燥、加圧して一体化する(積層品)か、クラフトパルプなどを厚く抄造して加圧して乾燥したものである。これについても必要に応じ、ワニスなどの処理材で処理してもよい。この絶縁材はプレスボードとしてよく知られている。
本発明による前記絶縁紙は、パルプを主材とし、少なくともその表面に含まれるCaイオンの量を0.06wt%以下に低減したものである。また、本発明による絶縁体は、上記絶縁紙を積層一体化したものである。従って、絶縁紙と絶縁体の区別は、通常の意味で、導体に巻回してコイルを構成できるような厚さの物を絶縁紙、絶縁紙よりも相対的に厚く、一定の形状維持性を有するものを絶縁体と称する。
【0012】
また、前記絶縁紙又は絶縁体に含まれるCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したことを特徴とする。
【0013】
さらに、前記絶縁紙又は絶縁体表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減したことを特徴とする。
【0014】
さらに、前記絶縁紙又は絶縁体表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したことを特徴とする。
【0015】
本発明による静止誘導電器は、変圧器本体内の鉱油を有する絶縁冷却媒体中に、鉄心と、前記鉄心に装着された絶縁紙が巻回された電線からなるコイルと、コイル絶縁用絶縁体及び前記絶縁冷却媒体の冷却通路を構成する絶縁体を浸漬してなる静止誘導電器において、上記絶縁紙の少なくとも表面のCaイオンの量が、0.06wt%以下、好ましくは更にNaイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量が0.1wt%以下であり、上記絶縁体が上記絶縁紙を積層一体化したものであることを特徴とするものである。
【0016】
なお、上記静止誘導電器の絶縁紙又は絶縁体の表面のCaイオンは0.06wt%以下、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量が0.1wt%以下にすることができる。また、前記絶縁紙又は絶縁体表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量が0.1wt%以下に低減したものにすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、前記絶縁紙又は絶縁体表面の金属イオンの量を低減することにより、抄紙工程とは異なるフィルム貼り合わせといった工程を必要とせず、また、絶縁紙の強度を低下させることなく、油入変圧器において、冷却液循環経路の静電気帯電の抑制、ならびに、経年劣化による流動帯電の増大の抑制を可能とする絶縁紙、およびそれを用いた変圧器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施例1の油入変圧器を示す縦断面図。
【図2】経年プレスボード表面のXPS分析結果を示すグラフ。
【図3A】経年プレスボード内部のS量についてのXPS分析結果を示すグラフ。
【図3B】経年プレスボード内部のCa量についてのXPS分析結果を示すグラフ。
【図4】プレスボード材の断面模式図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明の実施形態について、図面に説明する。本発明の流動帯電診断方法を適用する絶縁冷却媒体として鉱油を用いた、鉱油入りの静止誘導電器の一例として油入変圧器を説明する。図1は油入変圧器を示す縦断面図である。
【0020】
鉄芯1の下部に取り付けた下部支持金具2の上に絶縁支持台3aを置き、この絶縁支持台3a上にコイル間スペーサ4aと円板コイル5aを交互に積み重ねて低圧巻線6を形成している。低圧巻線6の最上部には静電シールド7aが置かれる。低圧巻線6の外側に直線スペーサ8を当て、その外側に絶縁紙を巻回して絶縁筒9を形成し、更に、その外側に同様の直線スペーサ8と絶縁筒9を配置して主絶縁10を形成している。
【0021】
主絶縁10の最も外側に位置する直線スペーサ8の外側に電線を締め付けながら巻回して円板コイル5bを形成し、この円板コイル5bとコイル間スペーサ4bを交互に積み重ねて高圧巻線11を構成している。高圧巻線11の最上部には静電シールド7bが設けられる。
【0022】
このように形成した低圧及び高圧巻線6、11の上部には絶縁支持台3bを乗せ、更にその上に押しボルト13を装着した上部支持金具12を乗せて鉄芯1に取り付ける。そして、押しボルト13で絶縁支持台3bに荷重を加え、低圧及び高圧巻線6、11を締め付けて巻線本体を構成している。
【0023】
高圧巻線11の上端から高圧リード線14を引き出して高圧ブッシング15に接続するが、その際、上部支持金具12から、高圧リード線14が入るような穴をあけた支持腕木16を出し、この穴に高圧リード線14を納めてリード線14の途中を支持している。また、高圧リード線の周囲との絶縁距離が小さい部分についてはスペーサ17を介して絶縁紙を巻回してリード線バリヤ18を配置している。これらすべては鉱油21を満たした変圧器本体20内に収納して円板巻の変圧器巻線22が構成されている。
【0024】
絶縁用及び絶縁油の冷却通路構成用絶縁体として用いられるコイル間スペーサ4a、4b、直線スペーサ8の材料としては従来からクラフトパルプからなるプレスボード等のボード材が広く用いられている。
【0025】
油入変圧器の運転時には、油入変圧器の内部において絶縁冷却媒体である鉱油が対流等により流動することによって、鉱油とコイル間スペーサ4a、4b、直線スペーサ8などのボード材からなる固体絶縁体との界面で電荷の分離が生じ、固体絶縁体では静電気帯電が起こる。
【0026】
非特許文献1には、経年変圧器から採取したプレスボードの帯電電位が増大すること、経年プレスボード表面に吸着している硫黄化合物のうち、スルフィドの量と帯電電位増加との間に明確な相関は見られないのに対し、スルフォキシドの量と帯電電位増加との間に相関があることが記載されている。
【0027】
一方、プレスボード等の絶縁紙の表面状態について鋭意検討した結果、新品のプレスボードと比べて、ヘキサンで洗浄して油成分等を除去した後の経年プレスボード表面にはCaが高濃度で存在すること、また、Ca濃度は表面のS(硫黄)の濃度と相関が高いことを初めて見出した。
【0028】
新品のプレスボード、および経年変圧器から採取したプレスボードをヘキサンで洗浄して油成分等を除去した後、表面をXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy:X線光電子分光分析)で分析した結果を図2に示す。また、経年プレスボード内部のXPS分析結果を図3A,図3Bに示す。
【0029】
図2より、経年プレスボード表面のCa量はS量と良い相関があることがわかる。油成分を除去するためにヘキサンで洗浄していることから、表面に残っているS成分はCaと強く相互作用していると考えられる。すなわち、スルフィド類のような極性の低い成分は、非極性の溶剤であるヘキサンで洗浄することにより油成分とともに溶出すると考えられ、Caなどのイオン成分と相互作用が強いと考えられるスルフォキシド類等がプレスボード表面に残っていると考えられる。
【0030】
一方、図3Bより、経年プレスボード表面と比べて内部のCa濃度は低く、表面から深さ100μm以上の内部では、新品のプレスボードとほとんど変わらないことがわかった。また、図3Aに示すように、経年プレスボード表面と比べて内部のS濃度も低く、表面から深さ100μmの内部では、表面の約1/6の濃度であり、表面から深さ500μmの内部では、新品のプレスボード同様、XPSでは検出できないことがわかった。
【0031】
経年プレスボード表面のCaが増加する詳細なメカニズムは不明だが、一つの可能性として、絶縁油中に溶解するわずかな金属イオンがプレスボード表面に吸着したことが考えられる。また、経年劣化で生成したスルフォキシド等の極性の高い化合物がプレスボード表面に吸着することにより、Caイオンがスルフォキシド等に吸引されプレスボード内部から表面へCaの移動拡散が生じてプレスボード表面のCa濃度が高くなることなども考えられる。
【0032】
表面にイオン性のCaが蓄積されることで、経年プレスボード表面の帯電電位が増大するものと考えられる。従って絶縁紙又は絶縁体表面のCaイオンの量を低減することで、油入変圧器において、冷却液循環経路の静電気帯電の抑制、ならびに、経年劣化による流動帯電の増大の抑制が可能となる。
【0033】
図3A,図3Bの結果から、絶縁紙又は絶縁体のパルプ原料自体にはCaイオン、Naイオンなどはそれほど多く含まれるわけではないことが分かる。しかし、絶縁紙又はプレスボードを製造する過程で、それらの表面にCaイオンやNaイオンが付着すると、絶縁材料の表面の金属イオン濃度が内部よりも高くなると考えられる。従来は絶縁材料の絶縁破壊は絶縁材料の経年劣化によるセルロース分子の切断或いは金属イオン等の蓄積などによるものと考えられてきたため、初期の絶縁材料の表面状態特に金属イオンに対する考察はなされていなかったと考えられる。
【0034】
変圧器に用いられる絶縁紙はクラフトパルプから製造されるが、クラフトパルプ中には水酸基や、ある程度のカルボキシル基が存在する。このため、Caなどの金属イオンは、絶縁紙を製造する過程で、これらの極性基に捕捉されるものと考えられる。金属イオンとしては、絶縁紙中に最も多く含まれているCaイオンの量を低減するのが効率がよいが、絶縁紙中にはCa以外にもNa、K、Mgなどの金属イオンが含まれている。従ってこれらの金属イオンの量を低減しても良く、同様に、油入変圧器において、冷却液循環経路の静電気帯電の抑制、ならびに、経年劣化による流動帯電の増大の抑制が可能となる。特にNaイオンは絶縁紙の絶縁特性を低下させることが知られており、通常、およそ0.05wt%以下まで低減されているが、用いる原料クラフトパルプの違いによってNaイオンが多い絶縁紙もあり、この場合、Naイオンを低減すると静電気帯電の抑制効果が大きい。
【0035】
また、絶縁紙中の金属イオンの量を低減する方法としては、クラフトパルプ、あるいは絶縁紙を水で洗浄することが挙げられる。使用する水の導電率が低いほど、すなわち、イオン性の不純物が少ないほど金属イオンの量を低減する効果は大きい。水の導電率としては10μS/cm以下であることが好ましい。また、洗浄の回数が多いほど金属イオンを低減する効果は大きい。
【0036】
さらに効果的に金属イオンの量を低減する方法としては、酢酸などの酸で洗浄することが挙げられる。酢酸などの酸で洗浄する場合、紙の強度が低下しないように注意する必要がある。
【0037】
また、絶縁紙の帯電度増大には、その表面状態が大きく影響することから、絶縁紙を水、または酸で洗浄し、その表面の金属イオンを除去しても、静電気帯電の抑制、ならびに、経年劣化による流動帯電の増大の抑制の効果がある。
【0038】
はじめに、本発明の実施例および比較例の絶縁紙又は絶縁体について説明する。
(1)クラフトパルプ中の金属イオンの量の低減
(実施例1〜2)、(比較例1〜2)
クラフトパルプを酸で洗浄することにより、Caイオンの量、およびNaイオン、Kイオン、Mgイオンを低減した。クラフトパルプとしてはJISC2300−1に規定されているクラフト絶縁紙の製造に用いられる、クラフト法によって針葉樹パルプだけで製造した、未晒の2種類のクラフトパルプA、クラフトパルプBを1/10Nの酢酸溶液で洗浄後、導電率5μS/cmの水で洗浄し、Caイオンの量、およびNaイオン、Kイオン、Mgイオンの量を低減したクラフトパルプA洗浄品、クラフトパルプB洗浄品を得た。
【0039】
比較例として、洗浄前の2種類のクラフトパルプA未処理品、クラフトパルプB未処理品を用いた。
(2)絶縁紙、絶縁体(ボード材)の作製
(実施例3〜6)、(比較例3〜6)
実施例1〜2、比較例1〜2の4種類のクラフトパルプから、以下の手順で絶縁紙および絶縁体(ボード材)を作製した。クラフトパルプの水性スラリーから湿式抄造によって湿紙を形成し、この湿紙を積層して乾燥後、乾燥機で再乾燥し、熱カレンダ処理することによって厚さ約100μmの4種類の絶縁紙を得た。また、該クラフトパルプの水性スラリーから湿式抄造によって湿紙を形成し、この湿紙を19枚重ねて、温度140℃、圧力4MPaでホットプレスにより加熱加圧乾燥して一体化し、厚さ約1.6〜1.7mmの4種類のボード材を得た。
【0040】
(実施例7〜8)
比較例1〜2の洗浄前の2種類のクラフトパルプの水性スラリーから湿式抄造によって湿紙を形成し、この湿紙を15枚重ねて、さらにこの両面に、比較例1〜2の洗浄前の2種類のクラフトパルプ各々に対応する実施例1〜2の金属イオンの量を低減したクラフトパルプの水性スラリーから湿式抄造によって形成した湿紙を2枚ずつ重ねた後、温度140℃、圧力4MPaでホットプレスにより加熱加圧乾燥して一体化し、表面の金属イオンの量を低減した、厚さ約1.6〜1.7mmの2種類のボード材(積層品)を得た。
【0041】
(実施例9〜12)
洗浄前の2種類のクラフトパルプA未処理品、クラフトパルプB未処理品で作製した比較例3〜4の2種類の絶縁紙、および比較例5〜6の2種類のボード材を、1/10Nの酢酸溶液に漬浸した後、導電率5μS/cmの水に漬浸して洗浄することで、表面のCaイオンの量、およびNaイオン、Kイオン、Mgイオンの量を低減した2種類の絶縁紙、および2種類のボード材を得た。実施例7〜12の断面模式図を図4に示す。図4において、プレスボードは多数の湿紙24を積層し、加圧一体化したもんで、本発明のプレスボードは表面にCaイオン等を低減した層を有する。
(3)クラフトパルプ、絶縁紙および絶縁体中の金属イオン量の測定
Ca、Mgについては、JISK0116記載の方法に従い、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP−AES)で分析した。Na、Kについては、JISK0121記載の方法に従い、原子吸光光度法(AAS)で分析した。
【0042】
実施例1〜2、および比較例1〜2の分析結果を表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
比較例1〜2のパルプA、パルプBにはCaが最も多く含まれ、Na、K、Mgなどが含まれていることがわかる。パルプAと比べてパルプBはCaがやや少なく、Naが多い。パルプA、パルプB1/10Nの酢酸溶液で洗浄後、導電率5μS/cmの水で洗浄して得た、実施例1〜2のクラフトパルプは、いずれもCa、Na、Mgの量が低減されており、Caは0.06wt%以下、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下であることがわかる。
【0045】
また、実施例3〜6、および比較例3〜6の分析結果を表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
比較例1〜2のクラフトパルプから作製した絶縁紙および絶縁体(ボード材)である比較例3〜6は、Na、K、Mgなどが含まれており、パルプAと比べてパルプBはCaがやや少なく、Naが多い。一方、実施例1〜2のクラフトパルプから作製した絶縁紙および絶縁体(ボード材)実施例3〜6は、いずれもCa、Na、Mgの量が低減されており、Caは0.06wt%以下、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下であることがわかる。
(4)絶縁紙および絶縁体表面の金属イオン量、硫黄量の測定
島津/KRATOS社製X線光電子分光分析装置AXIS−HSを用いて測定した。鉱油含浸状態のプレスボードは、ヘキサンに浸漬して鉱油を洗浄、除去した後、測定した。
【0048】
作製した絶縁紙および絶縁体のXPS測定結果を表3に示す。
【0049】
【表3】

【0050】
実施例3〜6、および比較例3〜6の分析結果、ならびに実施例7〜8のボード材(積層品)、実施例9〜12の絶縁紙、あるいはボード材(表面洗浄品)の測定結果をあわせて示す。
【0051】
実施例3〜12の絶縁紙および絶縁体(ボード材)表面のCa、Naの量は、XPSでは検出できないか、検出限界の0.1at%程度であった。実施例7〜12の絶縁紙および絶縁体(ボード材)の表面から100μm内部のCa、Naの量も、XPSでは検出できないか、検出限界の0.1at%程度であった。また、Kイオン、MgイオンについてはXPSでは検出できなかった。
【0052】
また、比較例3〜6、および実施例3〜12の絶縁紙および絶縁体(ボード材)を、鉱油中で140℃、60日加熱劣化させた後のXPS測定結果を表3にあわせて示す。比較例3〜6のCaの量は初期と比べて増加しているのに対し、実施例3〜12のCaの量は初期とほとんど変わらないことがわかる。比較例4、6については、Naの量も増加することがわかった。
(5)機械的強度の測定
作製した絶縁紙の引張強度は、15mm×250mmに切り、スパン間180mm、引張速度200mm/minで、SHIMAZU社製AUTOGURAPH DSS5000を用いて測定した。
【0053】
実施例3〜4、比較例3〜4、および実施例9〜10の測定結果を表3にあわせて示す。比較例3、および比較例4の引張強度を100とした。実施例3〜4、実施例9〜10いずれも、比較例3、および比較例4の引張強度とほとんど変らないことがわかった。
(6)帯電度の測定
作製した絶縁紙および絶縁体の帯電度を混合流下法で測定した。
【0054】
比較例3〜6、および実施例3〜12の絶縁紙および絶縁体(ボード材)の初期、および加熱劣化後の帯電度の測定結果を表4に示す。
【0055】
【表4】

【0056】
絶縁紙は比較例3の初期の帯電度を100とした。また、絶縁体(ボード材)は比較例5の初期の帯電度を100とした。
【0057】
実施例3〜12の絶縁紙および絶縁体(ボード材)の帯電度は、各々、比較例3〜6の、同じクラフトパルプを用いた絶縁紙および絶縁体(ボード材)の帯電度よりも低い。また、熱劣化後の帯電度はいずれも増加するが、比較例3〜6と比べて、実施例3〜12の絶縁紙および絶縁体(ボード材)の帯電度の増加率は低いことを確認した。
【0058】
以上、実施例3〜12の絶縁紙および絶縁体(ボード材)を用いることで、油入変圧器において、冷却液循環経路の静電気帯電の抑制し、さらに、経年劣化による流動帯電の増大を抑制することができる。なお、絶縁紙および絶縁体(ボード材)については、同様の手法で、必要に応じて厚さを変えたものを作製可能である。また、モールド等により、複雑な形状の絶縁体も作製可能である。モールド等で作製する場合、原料パルプを洗浄し、Caイオンの量、およびNaイオン、Kイオン、Mgイオンの量を低減しても良く、また、作製した絶縁体表面を洗浄することでCaイオンの量、およびNaイオン、Kイオン、Mgイオンの量を低減することもできる。
【符号の説明】
【0059】
1…鉄芯、6…低圧巻線、8…直線スペーサ、9…絶縁筒、10…主絶縁、11…高圧巻線、17…スペーサ、20…変圧器本体、21…鉱油、22…変圧器巻線、23…金属イオンの量を低減した部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁冷却媒体として用いられる鉱油中に浸漬して使用され、パルプを主材とする絶縁材料であって、少なくとも前記絶縁材料の表面のCaイオンの量を0.06wt%以下に低減したことを特徴とする静止誘導電器用絶縁材料。
【請求項2】
請求項1において、前記絶縁材料の表面のCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したことを特徴とする静止誘導電器用絶縁材料。
【請求項3】
請求項1において、前記絶縁材料の表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したものであることを特徴とする静止誘導電器用絶縁材料。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかにおいて、前記絶縁材料は、静止誘導電器の鉄心に装着されたコイルを構成する電線に巻回された絶縁紙と、前記静止誘導電器の絶縁冷却媒体の冷却通路を構成する絶縁体のいずれか又は両者であることを特徴とする静止誘導電器用絶縁材料。
【請求項5】
パルプを主材とする絶縁紙の少なくとも表面のCaイオンの量を0.06wt%以下に低減したことを特徴とする静止誘導電器用絶縁紙。
【請求項6】
請求項5において、前記絶縁紙の少なくとも表面のCaイオンの量が0.06wt%以下で、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量が0.1wt%以下であることを特徴とする静止誘導電器用絶縁紙。
【請求項7】
請求項5において、前記絶縁紙表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したことを特徴とする静止誘導電器用絶縁紙。
【請求項8】
パルプを主材とする絶縁プレスボード材料の少なくとも表面に含まれるCaイオンの量を0.06wt%以下に低減したことを特徴とする静止誘導電器用絶縁体。
【請求項9】
請求項8において、前記プレスボードの少なくとも表面のCaイオンの量が0.06wt%以下で、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量が0.1wt%以下であることを特徴とする静止誘導電器用絶縁体。
【請求項10】
請求項8において、前記絶縁プレスボードの表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したことを特徴とする静止誘導電器用絶縁体。
【請求項11】
変圧器本体内の鉱油を有する絶縁冷却媒体中に、鉄心と、前記鉄心に装着された絶縁紙が巻回された電線からなるコイルと、コイル絶縁用絶縁体及び前記絶縁冷却媒体の冷却通路を構成する絶縁体を浸漬してなる静止誘導電器において、前記絶縁紙及び/又は絶縁体がパルプを主材とし、少なくとも前記絶縁紙及び/又は絶縁体の少なくとも表面のCaイオンの量を0.06wt%以下に低減したものであることを特徴とする静止誘導電器。
【請求項12】
請求項11において、前記絶縁紙及び/又は絶縁体が、前記絶縁紙の少なくとも表面のCaイオンの量が0.06wt%以下で、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下である絶縁紙であることを特徴とする静止誘導電器。
【請求項13】
請求項11において、前記絶縁紙及び/又は絶縁体その表面から深さ100μmまでのCaイオンの量を0.06wt%以下に低減し、かつ、Naイオン、Kイオン、Caイオン、Mgイオンの総量を0.1wt%以下に低減したものであることを特徴とする静止誘導電器。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−8812(P2013−8812A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−140130(P2011−140130)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】