説明

絶縁電線

【課題】 過酷な巻線加工に耐える耐摩耗性、可とう性等の機械的特性、および耐熱性の双方を満足できる絶縁電線を提供する。
【解決手段】 導体;エポキシ樹脂の硬化体で構成される、前記導体を被覆するプライマー層;及び該プライマー層上に形成された、200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上の絶縁被膜層を有する。前記エポキシ樹脂は、フェノキシ樹脂であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータや発電機のコイルに用いられる絶縁電線に関し、特に機械的物性、耐熱性に優れた絶縁被膜を有する絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
高度な耐熱性が要求される分野に用いられる絶縁電線には、絶縁被膜として、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド等の耐熱性に優れたポリイミド系被膜が用いられている。
【0003】
しかし、ポリイミド系樹脂は、導体との密着性が十分でないため、密着性改善のために、例えば、特許文献1(特許第3766447号)では、アセチレン類などの金属不活性剤とフェノール樹脂などの熱硬化性樹脂を含有させることが提案されている。
【0004】
一方、モータや発電機のコイルに用いられている絶縁電線については、巻線加工の要件が年々厳しくなっており、過酷な巻線加工に耐えるためには、荷重がかかった状態での耐摩耗性、可とう性などについて優れた機械的特性を満足する必要がある。
【0005】
特許文献2では、耐加工性に優れた絶縁電線として、特定の構造を有するポリアミドイミド樹脂の絶縁被膜を、高密着性ポリアミドイミドのプライマー層とともに用いることが提案されている。
【0006】
【特許文献1】特許第3766447号公報
【特許文献2】特開2007−270024号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、いずれについても、耐熱性、過酷な巻線加工に耐える機械的特性の双方を充足するためには、更なる改良が要求される。
【0008】
また、特許文献2では、ポリアミドイミド樹脂の構造、分子量などによっても、耐摩耗性、可とう性、密着力、損傷荷重といった機械的物性が変わることが示されている。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、過酷な巻線加工に耐える耐摩耗性、可とう性等の機械的特性、および耐熱性の双方を満足できる絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、導体との密着性に優れたプライマー層として、エポキシ樹脂硬化物を用いることにより、ポリイミド系絶縁被膜の室温及び加熱後密着性、耐摩耗性を改善できることを見出し、特許出願した(特願2007―266405号)。しかしながら、エポキシ系プライマー層を用いることにより、エポキシ系プライマー層を用いないポリイミド系絶縁被膜を有する絶縁電線よりも耐軟化性が低下することになったため、さらに、検討を進め、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の絶縁電線は、導体;エポキシ樹脂の硬化体で構成される、前記導体を被覆するプライマー層;及び該プライマー層上に形成された、200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上の絶縁被膜層を有する。前記エポキシ樹脂は、フェノキシ樹脂であることが好ましい。
【0012】
また、前記絶縁被膜層は、ポリエステルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、及びポリイミド樹脂よりなる群から選ばれる少なくとも1種の硬化物で、且つ200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上である樹脂で構成されていることが好ましい。
【0013】
さらに、前記絶縁被膜層上に、200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上の上塗り層を有することが好ましい。
【0014】
なお、本明細書にいう弾性率は、粘弾性スペクトロメータ(DMS)で測定した値である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の絶縁電線は、高温でも高弾性率を保持できる絶縁被膜を用いているので、過酷な巻線加工に耐える耐摩耗性、可とう性等の機械的特性、および耐熱性の双方を満足できる絶縁電線を提供することにある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0017】
本発明の絶縁電線は、導体;エポキシ樹脂の硬化体で構成される、前記導体を被覆するプライマー層;及び該プライマー層上に形成された、200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上の絶縁被膜を有する。ここでいう弾性率は、粘弾性スペクトロメータ(DMS)で測定した値である。
【0018】
〔導体〕
導体としては、銅線、アルミニウム線などの金属導体が用いられる。
【0019】
〔プライマー層〕
プライマー層は、エポキシ樹脂の硬化体、すなわちエポキシ樹脂および硬化剤を含有する樹脂組成物の硬化体で構成されている。
【0020】
エポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノールとエピハロヒドリンとから製造されるエポキシ樹脂、フェノールエポキシ樹脂とビスフェノールとを付加重合反応させることによって得られるエポキシ樹脂などが挙げられ、これらは、それぞれ単独で又は2種以上を混合して用いることができる。これらのうち、ビスフェノールとエピハロヒドリンとから製造されるエポキシ樹脂が好ましく、分子量が大きいフェノキシ樹脂がより好ましい。
【0021】
ビスフェノールとしては、例えば、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)メタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、3,4,5,6−ジベンゾ−1,2−オキサホスファン−2−オキサイドヒドロキノンなどが挙げられ、これらは、それぞれ単独又は2種以上混合して用いることができる。エピハロヒドリンの好適な代表例としては、エピクロロヒドリンが挙げられる。
【0022】
好適なビスフェノールとエピハロヒドリンとから製造されるエポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノールAとエピハロヒドリンとから製造されるビスフェノールA変性フェノキシ樹脂、ビスフェノールSとエピハロヒドリンとから製造されるビスフェノールS変性フェノキシ樹脂などが挙げられる。これらのフェノキシ樹脂は、いずれも商業的に入手しうる化合物であり、具体的には、東都化成(株)製、品番YP−50、YP50S、YP−55、YP−70、YPS007A30A、ジャパンエポキシレジン株式会社製のエピコート、大日本インキ化学工業株式会社製のエピクロン、ユニオンカーバイト株式会社製のPKHC、PKHH、PKHJなどが挙げられる。
【0023】
本発明に用いられるエポキシ樹脂の重量平均分子量は、特に限定されないが、耐熱性及び密着性を高める観点から、好ましくは30,000〜100,000、より好ましくは50,000〜80,000である。
【0024】
硬化剤としては、例えば、メラミン化合物、イソシアネートなどが挙げられ、これらは、それぞれ単独で用いてもよく、併用してもよい。これらのうち、ジイソシアネート化合物、トリイソシアネート化合物のイソシアネート基をブロックしたブロックイソシアネートが好ましく用いられる。
【0025】
上記メラミン化合物としては、例えば、メチルメラミン、ブチル化メラミン、メチロール化メラミン、ブチロール化メラミンなどが挙げられ、これらは、それぞれ単独で又は2種以上混合して用いることができる。
【0026】
上記ジイソシアネート化合物、トリイソシアネート化合物としては、例えば、トリレンジイソシアネート(TDI)、p−フェニレンジイソシアネート、ナフタリンジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート;ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,2,4−トリメチルへキサンジイソシアネート、リジンジイソシアネートなどの炭素数3〜12の脂肪族ジイソシアネート;1,4−シクロへキサンジイソシアネート(CDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(水添MDI)、メチルシクロへキサンジイソシアネート、イソプロピデンジシクロヘキシル−4,4’−ジイソシアネート、1、3−ジイソシアナトメリルシクロへキサン(水添XDI)、水添TDI、2,5−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン、2,6−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタンなどの炭素数5〜18の脂環式ジイソシアネート;キシリレンジイソシアネート(XDI)、テトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)などの芳香環を有する脂肪族ジイソシアネート;これらの変性物などが挙げられる。ブロックイソシアネート硬化剤として市販されているものを用いてもよく、例えば住友バイウレタン社のCT stable、BL−3175、TPLS−2759、BL−4165、日本ポリウレタン工業社製のMS−50などを用いることができる。
【0027】
このような硬化剤は、エポキシ樹脂100質量部あたり5〜30質量部の割合で用いることが好ましい。
【0028】
プライマー層は、通常、上記エポキシ樹脂及び硬化剤を有機溶剤で希釈してなるワニスを、導体表面に塗布し、乾燥、硬化することにより形成される。エポキシ樹脂硬化のための乾燥、硬化温度は、常温〜300℃であり、好ましくは200〜300℃である。
【0029】
有機溶媒としては、特願2007―266405号に記載された有機溶剤、すなわち、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ−ブチロラクトンなどの極性有機溶媒をはじめ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロへキサノンなどのケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、シュウ酸ジエチルなどのエステル類;ジエチルエステル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールメチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類;ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭化水素化合物;ジクロロメタン、クロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素化合物;クレゾール、クロルフェノールなどのフェノール類;ピリジンなどの第三級アミンなどを用いることができる。
【0030】
また、前記プライマー層用ワニスには、本発明の目的が阻害されない範囲で、必要に応じて、例えば、シリカ、アルミナ、酸化マグネシウム、酸化ベリリウム、炭化ケイ素、炭化チタン、タングステンカーバイド、窒化ホウ素、窒化ケイ素などのフィラー;絶縁ワニス硬化性や流動性を改善するために、例えば、テトライソプロピルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネートなどのチタン系ナフテン酸亜鉛、オクテン酸亜鉛などの亜鉛系化合物;酸化防止剤;硬化性改善剤;レベリング剤;接着助剤などの添加剤が含有されていてもよい。
【0031】
プライマー層の厚みとしては、絶縁被膜と導体との密着性を高める役割観点から、好ましくは0.5〜5μm、より好ましくは1〜3μmである。
【0032】
以上のような構成を有するプライマー層は、導体に対して優れた接着性を発揮することができ、理由は明らかではないが、絶縁被膜の耐摩耗性、可とう性を向上することができる。
【0033】
〔絶縁被膜層〕
エポキシ樹脂硬化体からなるプライマー層上に形成される絶縁被膜層としては、高温下で所定以上の弾性率を有する必要がある。具体的には、200〜250℃での弾性率が60MPa以上、好ましくは70MPa以上で、且つ300℃での弾性率が50MPa以上、好ましくは60MPa以上の硬化体を用いる。
ここで、弾性率は、粘弾性スペクトロメータ(DMS型装置)で測定した値である。200〜250℃での弾性率が60MPa以上とは、200〜250℃の範囲のいずれの温度において、60MPa以上であることを意味する。
【0034】
さらに具体的には、内径1mm、膜厚35μmのチューブを上記温度にて加熱した後、DMS装置で測定したときの弾性率が、上記範囲となる硬化体である。高温での弾性率が低い皮膜は、絶縁電線の軟化温度が低下する。理由は明らかでないが、エポキシ樹脂硬化体からなるプライマー層を用いた絶縁電線の皮膜の耐軟化特性については、プライマー層上に形成される皮膜(絶縁被膜層)の高温弾性率が大きく影響しており、絶縁被膜層の高温弾性率の影響は、後述の上塗り層を絶縁被膜上に形成したとしてもほとんど変わらない。
【0035】
上記のような高温弾性率の要件を充足する樹脂組成物であれば、その種類は特に限定しないが、一般に、絶縁ワニスの分野で用いられている熱硬化性樹脂であるポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂の硬化体は上記要件を充足しており、ポリエステルイミド樹脂の硬化体の一部も、上記高温弾性率の要件を充足することができる。
【0036】
ポリイミド樹脂とは、主鎖にイミド結合を有するもので、耐熱性に優れる樹脂として知られている。電線の被覆に用いられるポリイミド樹脂は、無水ピロメリット酸等のテトラカルボン酸二無水物とジアミン化合物の重縮合により得られる。このようなポリイミド樹脂は、使用する、テトラカルボン酸二無水物の種類、ジアミン化合物の種類、ジアミンの一部をジイソシアネート化合物で置換したりすること等によって、弾性率等の機械的強度、ガラス転移点等の熱的特性が異なるが、一般に市販されている絶縁ワニスに用いられているポリイミド樹脂の硬化体は、上記高温弾性率の要件を充足することができる。
【0037】
ポリアミドイミド樹脂とは、主鎖にイミド結合とアミド結合を有する樹脂で、ポリイミド樹脂よりも一般に耐熱性は低下するが、アミド結合の導入により、引張強度等の機械的特性は向上する傾向にある。
電線の被覆に用いられるポリアミドイミド樹脂は、通常、イソシアネートと無水トリメリット酸を反応させることにより合成される。イソシアネート化合物の種類、無水トリメリット酸(TMA)の一部をトリメリット酸(ETM)に置換したり、置換した場合のTMAとEMAとの配合比率、さらにイソシアネートとカルボン酸の配合比率などにより、硬化体の弾性率等の機械的特性は異なるが、一般に市販されている絶縁ワニスに用いられているポリアミドイミド樹脂の硬化体は、上記高温弾性率の要件を充足することができる。
【0038】
ポリエステルイミド樹脂とは、分子内にエステル結合とイミド結合を有する樹脂で、酸無水物とアミンから形成されるイミド、アルコールとカルボン酸から形成されるポリエステル、そして、イミドの遊離酸基または無水基がエステル形成反応に加わることで形成される。
ポリエステルイミド樹脂原料(酸成分、アルコール成分、イミド酸形成成分)の種類、形成されるポリエステルイミドのエステル結合に対するイミド結合のモル比(イミド/エステル)等により、ガラス転移点等の熱的特性、弾性率等の機械的強度が異なるので、本発明の絶縁被膜層の形成には、硬化体の高温弾性率が上記範囲を充足するものを選択する。
【0039】
絶縁被膜層は、例えば、ポリイミド樹脂に、本発明の目的を阻害しない範囲で、必要に応じて、上記プライマー層用組成物で列挙したような添加剤を含有させてなる樹脂組成物を、有機溶媒に溶解させてなる絶縁被膜層用ワニスを、プライマー層上に塗布することによって形成できる。あるいは、絶縁被膜用ワニス中に、プライマー層が形成された電線を浸漬後、乾燥することによって形成してもよい。
【0040】
絶縁被膜層の厚みは、導体を保護する観点から、1〜100μmが好ましく、より好ましくは10〜50μmである。絶縁被膜層が分厚くなりすぎると、絶縁電線の外径が大きくなり、ひいては絶縁電線を捲線したコイルの占積率が低下する傾向にあるからである。
【0041】
〔上塗層〕
さらに絶縁被膜層上に上塗層を形成したもよい。
上塗り層を構成する樹脂としては、特に限定しないが、硬化体における、200〜250℃での弾性率が60MPa以上、好ましくは70MPa以上で、且つ300℃での弾性率が50MPa以上、好ましくは60MPa以上の樹脂組成物を用いることが好ましい。
【0042】
絶縁被膜で用いた樹脂と同様の樹脂を用いてもよいし、高温弾性率が上記範囲を充足する樹脂であれば、異なる種類の樹脂であってもよい。
【0043】
さらに、上塗り層は、2層以上で構成されていてもよく、この場合、表面層を構成する樹脂には、コイル巻きや占積率を挙げるための圧縮加工時に電線間の摩擦を低減することができるように、潤滑性を有する樹脂が好ましく用いられる。例えば、パラフィン又はワックスを添加することで潤滑性を付与したポリアミドイミド樹脂が用いられる。
上塗層の厚みは、特に限定しないが、コイルとされた場合に、周囲の電線との摩擦、摩耗を低減するのに必要十分な厚みであればよく、具体的には0.5〜10μmが好ましく、より好ましくは1〜5μmである。
【実施例】
【0044】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0045】
〔測定評価方法〕
はじめに、本実施例で行なった測定、評価方法について説明する。
(1)被膜の高温弾性率(MPa)
径1.0mmの銅線に、厚み35μmとなる被膜を有する絶縁電線を作製し、作成した絶縁電線を電解液に浸漬し、電気分解することにより、皮膜と銅線を分離する。得られたチューブを、粘弾性スペクトロメータ(セイコーインスツルメンツ社のDMS6100)を用いて、窒素雰囲気下、10℃/minの割合で昇温し、周波数1Hzで歪みを与えて粘度を測定した。
【0046】
(2)可とう性(d)
絶縁電線を、初期長さに対して20%伸長し、伸長後、JIS C3003 7.1.1可とう性試験に準拠して試験した。具体的には、絶縁電線の自己径(1d)、2倍(2d)を有する丸棒に沿って電線を、電線と電線とが接触するように30回巻き付けた後、亀裂の有無を観察し、亀裂が発生しなかったときの丸棒の径(1d又は2d)を調べた。1dでも亀裂を生じない場合は、可とう性に優れているといえる。
【0047】
(3)耐摩耗性(g)
JIS C3003−1999に記載の耐摩耗試験に準拠し、一方向摩耗値(g)を測定した。どの程度の力が加わったときに被膜が破損するかを調べるもので、捲線時のストレスに対する被膜強度の指標となる。
なお、各絶縁電線について、9本ずつ測定した結果の平均値を示す。
【0048】
(4)密着性(mm)
JIS−C3003「8.1a)急激伸長」に準じて、膜浮(2箇所測定したときの平均値)を測定した。
測定は、室温、160℃で6時間放置後、および180℃で6時間放置後について行った。
【0049】
(5)軟化温度(℃)
JIS C3003「エナメル銅線及びエナメルアルミニウム線試験方法」に準じて、軟化温度(℃)を測定した。JISに規定する荷重(700g)について、電線が導通したときの温度(軟化温度)を測定した。
なお、各絶縁電線について、4本ずつ測定した結果の最大値と最小値の平均値を示す。
【0050】
〔樹脂ワニスの調製〕
はじめに、本実施例で使用した樹脂ワニスは、以下のとおりである。
(1)エポキシ樹脂ワニス(EP−1)
エポキシ樹脂としてビスフェノールAフェノキシ樹脂〔東部化成(株)、製品名:YP50、フェノキシ樹脂をクレゾール/シクロヘキサノンに溶解させた溶液(固形分量:30質量%)〕を用い、このビスフェノールAフェノキシ樹脂の固形分量100質量部に対してブロックイソシアネートMS−50(日本ポリウレタン製)20質量部の割合で両者を均一な組成となるように、室温で混合することにより調製した。
【0051】
(2)エステルイミド樹脂ワニス1(EI−1)
東特ワニス製汎用エステルイミドワニス(NH8645E2)を用いた。このワニスから得られる皮膜の高温弾性率は、上記評価方法に基づいて測定したところ、200〜250℃における弾性率60MPa、300℃における弾性率40MPaであった。
【0052】
(3)エステルイミド樹脂ワニス2(EI−2)
市販のポリエステルイミド樹脂ワニス(日立化成工業(株)製、商品名:Isomid40SM−45)を用いた。このワニスから得られる皮膜の高温弾性率は、上記評価方法に基づいて測定したところ、200〜250℃における弾性率70MPa、300℃における弾性率70MPaであった。
【0053】
(4)エステルイミド樹脂ワニス3(EI−3)
アルタナ製汎用エステルイミドワニス(TeramideS3737)を用いた。このワニスから得られる皮膜の高温弾性率は、上記評価方法に基づいて測定したところ、200〜250℃における弾性率70MPa、300℃における弾性率70MPaであった。
【0054】
(5)ポリアミドイミド樹脂ワニス(PAI)
日立化成製の汎用ポリアミドイミド樹脂ワニス(HI406E−34)を用いた。このワニスから得られる皮膜の高温弾性率は、上記評価方法に基づいて測定したところ、200〜250℃における弾性率1700MPa、300℃における弾性率125MPaであった。
【0055】
(6)ポリイミド樹脂ワニス(PI)
ユニチカ株式会社製のポリイミド樹脂ワニス(UイミドワニスタイプBH)を用いた。このワニスから得られる皮膜の高温弾性率は、上記評価方法に基づいて測定したところ、200〜250℃における弾性率2000MPa、300℃における弾性率1750MPaであった。
【0056】
(7)潤滑性アミドイミド樹脂ワニス(潤滑AI)
日立化成製の汎用ポリアミドイミド樹脂ワニス(HI406E−34)の固形分量100質量部に対して、ポリエチレンワックス1.5質量部の割合で、AIとポリエチレンワックスとを混合することにより、潤滑性アミドイミド樹脂ワニス(潤滑AI)を得た。
【0057】
〔絶縁電線No.1〜13〕
径1.0mmの銅線に、表1に示す樹脂ワニスを用いてプライマー層(1層目:厚み3μm)、絶縁被膜層(2層目:厚み25μm)を形成し、さらに絶縁被膜層で用いた樹脂と同種類の樹脂で構成される第3層目(厚み5μm)を形成し、その上に潤滑PAIワニスを用いた表面層(4層目:厚み2μm)の順で被覆することにより、被膜総厚み35μmの絶縁電線を作製した。
作製した絶縁電線No.1〜13を、上記評価方法に従って、可とう性、耐摩耗性、密着性、軟化温度を測定した。結果を表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
No.1〜9からわかるように、第1層(プライマー層)をエステルイミド樹脂で形成した絶縁電線では、エステルイミド樹脂の種類にかからわず、また第2層目(絶縁被膜層)を構成する樹脂の種類(得られる硬化体の弾性率)にかかわらず、可とう性は2d、耐摩耗性は2000gを超えることができなかった。
【0060】
一方、プライマー層としてエポキシ樹脂の硬化物を用いた場合(No.10〜13)、可とう性1d、耐摩耗性2000g以上を達成できた。但し、No.11〜13では、いずれも軟化温度400℃以上であったのに対し、絶縁被膜層に高温弾性率が低いエステルイミド樹脂ワニスを用いたNo.10の軟化温度はかなり低かった。No.10と同じ絶縁被膜層を有する絶縁電線No.1、5、8と比べても軟化温度が低下しており、軟化温度の低下は、プライマー層としてエポキシ樹脂の硬化物を用いた影響と考えられる。
従って、軟化温度の低下を招くことなく、可とう性、耐摩耗性を改善するためには、プライマー層としてエポキシ樹脂の硬化物を使用し、さらに絶縁被膜層として高温弾性率が高い樹脂ワニスを使用することが有効であることがわかる。
【0061】
また、No.13は、第2層目に高温弾性率がさらに高いポリアミドイミド樹脂を用いた場合であるが、No.11、12よりも軟化温度が高い傾向にあった。このことからも、プライマー層としてエポキシ樹脂の硬化物を使用した場合、第2層目の絶縁被膜には、高温弾性率が高い樹脂を用いた方が、耐軟化性が向上する傾向にあると考えられる。
【0062】
〔絶縁電線No.21〜24〕
径1.0mmの銅線に、絶縁電線No.10〜13で使用したフェノキシ樹脂ワニス(EP−1)を用いてプライマー層(1層目:厚み3μm)を形成し、表2に示すワニスを用いて絶縁被膜層(2層目:厚み25μm)を形成し、さらにNo.13で用いた汎用ポリアミドイミド樹脂ワニスで第3層目(厚み5μm)を形成し、その上に潤滑PAIからなる表面層(4層目:厚み2μm)の順で被覆することにより、膜厚35μmの絶縁電線No.21〜24を作製した。
作製した絶縁電線No.21〜24を、上記評価方法に従って、可とう性、耐摩耗性、密着性、軟化温度を測定した。結果を表2に示す。参考のために、絶縁電線No.13の結果も併せて示す。
【0063】
【表2】

【0064】
No.22〜24は、プライマー層としてエポキシ樹脂硬化物を使用し、絶縁被膜層には高温弾性率が高い硬化物が得られるワニスを使用し、さらに第3層目に高温弾性率に優れた硬化体が得られるポリアミドイミド樹脂ワニスを用いた場合である。いずれも、可とう性、耐摩耗性、密着性、耐軟化性を満足できた。また、No.22、23では、2層目が同じNo.11、12と比べて、軟化温度について、若干向上の傾向が認められた。
【0065】
一方、No.21は、プライマー層としてエポキシ樹脂硬化物を使用し、絶縁被膜層として高温弾性率が低いエステルイミド樹脂を用いた場合である。可とう性1d、耐摩耗性2000g以上を満足することはできたが、第3層目に、高温弾性率が高いポリアミドイミド樹脂ワニス(PAI)を適用しても、軟化温度を上げることはできなかった。これらのことから、エポキシ樹脂硬化体からなるプライマー層上に形成される絶縁被膜層の高温弾性率が、絶縁電線の耐軟化性の改善に大きく影響していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の絶縁電線は、耐軟化性に優れた絶縁被膜を有し、しかも可とう性、荷重下での耐摩耗性に優れているので、過酷な巻線加工等の機械的特性と耐軟化性の双方が要求される分野の電線に有効に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体;
エポキシ樹脂の硬化体で構成される、前記導体を被覆するプライマー層;及び
該プライマー層上に形成された、200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上の絶縁被膜層;
を有する絶縁電線。
【請求項2】
前記エポキシ樹脂は、フェノキシ樹脂である請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記絶縁被膜層は、ポリエステルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、及びポリイミド樹脂よりなる群から選ばれる少なくとも1種の硬化物で、且つ200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上である樹脂で構成されている請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
さらに、前記絶縁被膜層上に、200〜250℃での弾性率が60MPa以上で且つ300℃での弾性率が50MPa以上の上塗り層を有する請求項1〜3のいずれかに記載の絶縁電線。

【公開番号】特開2010−153099(P2010−153099A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−327653(P2008−327653)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【Fターム(参考)】