説明

網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体及びその製造方法

【課題】網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体の製造方法は、ポリグリコール酸系樹脂に対し高温下で相溶化し室温下で分離する潜在溶媒に前記ポリグリコール酸系樹脂を溶解する工程と、前記ポリグリコール酸系樹脂の溶液を濃厚相及び希薄相の二相分離領域を経由して冷却し前記溶解しているポリグリコール酸系樹脂を析出させる工程と、残留する前記溶媒を抽出剤によって除去する工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリグリコール酸は、生分解性に加えて、耐熱性、ガスバリア性、剛性(包装材としての機械的特性)等に優れており、単独又は他の樹脂材料と複合化したうえで各種シート、フィルム、容器、射出成形品などの用途展開が図られている(例えば、特許文献1−4)。
【0003】
一方で、生分解性樹脂を多孔質化することにより、新たな用途開発が模索されている。
例えば、生分解性樹脂であるポリ乳酸(PLA)を対象とし、これを1,3−ジオキソランに加熱溶解後、貧溶媒であるメチルアルコールを添加し、20℃以下に冷却する工程を経て、多孔質微粒子を得る技術が知られている(例えば、特許文献5)。
また、特許文献5において、生分解性樹脂の一例としてポリグリコ−ル酸にも言及されているが、後記比較例1に示すように、この特許文献5の方法では、現実的にポリグリコ−ル酸の多孔質体は、得られない。このように、ポリグリコール酸を多孔質化する現実的な試みについてはこれまで報告例が無い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−60136号公報
【特許文献2】特開平10−80990号公報
【特許文献3】特開平10−138371号公報
【特許文献4】特開平10−337772号公報
【特許文献5】特開2009−144012号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明の主要な目的は、特に網目状構造を有するポリグリコ−ル酸系樹脂多孔質体およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体であることを特徴とする。
【0007】
本発明者らの研究によれば、従来、ポリグリコ−ル酸の多孔質体が得られなかった理由にはいくつかあるが、その一つとして、ポリグリコール酸には、常温における良溶媒が見当たらず、高分子多孔質体の作成手法として知られる非溶媒誘起相分離法(NIPS:Non-solvent Induced Phase Separation)の適用が困難であることが考えられる。
さらに、ポリグリコール酸は、各種可塑剤等の添加剤に対する親和性が低いためにこれらを高添加率で配合することが困難なことや分解性を有するために加工時の分解を考慮すると適用できる添加剤の制限が大きいこと等に起因して、熱誘起相分離法(TIPS:Thermally Induced Phase Separation)の適用も困難と考えられてきたためと考えられる。
【0008】
本発明者らの研究によれば、ポリグリコ−ル酸系樹脂に対して高温下で相溶化し室温下で分離する適当な潜在溶媒を選択して、熱誘起相分離法を適用することにより、ポリグリコ−ル酸系樹脂多孔質体が形成されることが見出された。
【0009】
本発明の網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体の製造方法は、このような知見に基づくものであり、より詳しくは、ポリグリコール酸系樹脂に対し高温下で相溶化し室温下で分離する潜在溶媒に前記ポリグリコール酸系樹脂を溶解する工程と、前記ポリグリコール酸系樹脂の溶液を濃厚相及び希薄相の二相分離領域を経由して冷却し前記溶解しているポリグリコール酸系樹脂を析出させる工程と、残留する前記潜在溶媒を抽出剤によって除去する工程と、を含むことを特徴とする。
【0010】
上記本発明の製造方法を、潜在溶媒として、N−メチルピロリドン(NMP)を用いた、PGA/NMP二元系について得られた相図(図1)に基づき説明すると、高温で均一に溶解したPGA溶液は、比較的PGA濃度が低い場合は、バイノーダル線Bの下(内側)の二相分離領域(バイノーダル分解領域)Rを経由した冷却過程をたどり、比較的高PGA濃度の場合は、二相分離領域を経由しない冷却過程をたどる。
【0011】
より詳しくは、比較的濃度の低いPGAを冷却してバイノーダル分解領域Rを通過する過程で、PGA溶液が濃厚相及び希薄相の二相に分離(液−液相分離)し、濃厚相に対応して網目状PGAマトリクスが、希薄相に対応して孔が形成され、結果的に、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体が得られることになる。
【0012】
参考までに、バイノーダル分解領域Rを経由しない高濃度側のPGA溶液においては、溶液の冷却が進行して結晶化温度曲線Tcに到達したところで均一液相から固相が分離する固−液型の相分離が起こり、PGAの結晶核の生成および成長により球晶状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体が得られることになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】PGA/溶媒(NMP)の混合系の相図。
【図2】(A)〜(C)は、いずれもPGA/潜在溶媒(NMP)の比率が10/90wt%である混合系からフェロ板上で冷却して製造されたポリグリコール酸系樹脂多孔質体であって、抽出剤としてそれぞれ(A)塩化メチレン、(B)アセトン、(C)へキサンを用いた場合の電子顕微鏡観察像。
【図3】(A)〜(E)は、いずれもPGA/潜在溶媒(NMP)の混合系から製造されたポリグリコール酸系樹脂多孔質体であって、PGAの比率が(A)10wt%、(B)20wt%、(C)30wt%、(D)40wt%、(E)50wt%である場合の電子顕微鏡観察像。
【図4】(A)〜(E)は、いずれもPGA/潜在溶媒(NMP)の比率が30/70wt%である混合系から製造された網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体の電子顕微鏡観察像であって、観察対象は、それぞれ(A)断面、(B)外表面、(C)フェロ板との接触面、(D)断面−外表面の直交部の斜視像、(E)は直交部の斜視像の拡大部である。
【図5】(A)〜(D)は、いずれもPGA/潜在溶媒(NMP)の比率が50/50wt%である混合系から製造された球晶状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体の電子顕微鏡観察像であって、観察対象は、それぞれ(A)断面、(B)断面の拡大、(C)フェロ板との接触面、(D)フェロ板面の拡大部である。
【図6】(A)〜(D)は、いずれもPGA/潜在溶媒(NMP)の比率が10/90wt%である混合系から塩化メチレンで抽出を行った網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体の断面の電子顕微鏡観察像であって、冷却速度が(A)徐冷によるもの、(B)徐冷によるものの拡大、(C)急冷によるもの、(D)急冷によるものの拡大である場合、をそれぞれ示す。
【図7】PGA/潜在溶媒(NMP)の混合系の溶媒比率と、ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体及びその製造方法の好ましい実施形態について説明する。
(ポリグリコール酸系樹脂)
本発明の網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体を構成するポリグリコール酸系樹脂(PGA樹脂)は、−(O・CH2・CO)−で表わされるグリコール酸の繰り返し単位のみからなる単独重合体(PGA)に加えて、この繰り返し単位を60wt%以上含むグリコール酸共重合体を含むものである。
PGA樹脂中の上記グリコール酸の繰り返し単位の含有割合は60wt%以上としたが、70wt%以上であることがより好ましく、80wt%以上であることが特に好ましい。この含有割合が小さ過ぎると、結晶性が低下する傾向があり、また耐熱性、強度及び安定性が損なわれる傾向がある。
PGA樹脂の合成法としては、グリコール酸のモノマーを縮合重合する方法の他、グリコール酸の2分子間環状エステルであるグリコリドを開環重合する方法が挙げられる。
【0015】
そして、グリコール酸あるいはグリコリドとともに、グリコール酸共重合体を与えるコモノマーとしては、例えば、シュウ酸エチレン(即ち、1,4−ジオキサン−2,3−ジオン)、ラクチド類、ラクトン類(例えば、β−プロピオラクトン、β−ブチロラクトン、β−ピバロラクトン、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、β−メチル−δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン等)、カーボネート類(例えばトリメチリンカーボネート等)、エーテル類(例えば1,3−ジオキサン等)、エーテルエステル類(例えばジオキサノン等)、アミド類(εカプロラクタム等)などの環状モノマー;乳酸、3−ヒドロキシプロパン酸、3−ヒドロキシブタン酸、4−ヒドロキシブタン酸、6−ヒドロキシカプロン酸などのヒドロキシカルボン酸またはそのアルキルエステル;エチレングリコール、1,4−ブタンジオール等の脂肪族ジオール類と、こはく酸、アジピン酸等の脂肪族ジカルボン酸類またはそのアルキルエステル類との実質的に等モルの混合物;またはこれらの2種以上を挙げることができる。
【0016】
(潜在溶媒)
ここで、潜在溶媒としては、PGA樹脂に対し、その沸点以下(好ましくはPGA樹脂融点未満)の加温した高温下で仕込んだPGA樹脂を全て相溶化させ、室温で実質的な溶解性を示さない特性を示すものが好ましく用いられる。本発明においては、加温して濃度10%以上のPGA溶液を形成できる有機溶媒が好ましく用いられる。
このような潜在溶媒を加温してPGA樹脂を溶解させた後、生成した溶液をバイノーダル分解領域を経由して冷却すると、上述したように溶解しているPGA樹脂が、濃厚相と希薄相に二相分離し、更には潜在溶媒中にて結晶化して、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体が生成する。
【0017】
このような潜在溶媒としては、例えば、N−メチルピロリドン(NMP;沸点202℃)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF;沸点153℃)又はヘキサフルオロ2-プロパノール(HFIP;沸点59℃)、若しくはこれらの組み合わせが挙げられる。
【0018】
(可塑剤)
形成されるポリグリコール酸系樹脂多孔質体の特性を調整するために、0.5〜50wt%の可塑剤を必要に応じて混合することができる。この可塑剤の混合量が0.5wt%を下回ると混合しない場合と差異が認められず、50wt%を超えると可塑剤が単体で析出したり多孔質体の形成を阻害したりする恐れがある。
そのような可塑剤として具体的に、アジピン酸系ポリエステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、グリセリンモノ脂肪酸エステル、アセチル化モノグリセライド等が挙げられる。
【0019】
(溶液の作成)
溶液の作成は、例えば次のようにして行うことができる。まず、フラスコ等の容器に、所定量のPGA樹脂、潜在溶媒、可塑剤を仕込み、潜在溶媒が沸点以下になるように温度設定したホットプレート付のマグネチックスターラーにセットする。そして、フラスコ等の容器の中身が、全体として均一な透明液になるまで攪拌を行う。
【0020】
図1は、PGA樹脂/潜在溶媒の一例としてのPGA/NMP二元混合系について得られた相図を示している。
ここで結晶化温度曲線Tcは、一般に次のようにして求めることができる。
まず各種濃度のPGA樹脂/潜在溶媒の混合系サンプルを作製し、それぞれを密封容器に封入し、示差走査熱量計(DSC)において、PGA樹脂の融解温度よりも高温域を開始温度として冷却測定(冷却速度10℃/min)を実施する。そして、PGA樹脂の結晶化に伴い観測される発熱ピークの開始温度を、各種濃度毎にプロットして、結晶化温度曲線Tcとする。
【0021】
次に、バイノーダル曲線Bは、一般に次のようにして求めることができる。
まず、作製した各種濃度のPGA樹脂/潜在溶媒の混合系サンプルをカバーガラスで挟み、潜在溶媒の蒸発を極力防止する措置を施した上で、PGA樹脂の融解温度よりも高温に設定したホットステージ上に載置する。そして、この混合系サンプルの冷却過程を光学顕微鏡で観察し、相分離構造(通常は滴構造)が発現する温度をプロットしてバイノーダル曲線Bとする。
【0022】
ここで、結晶化温度曲線Tcとバイノーダル曲線Bとで囲まれるバイノーダル分解領域Rは、溶液の冷却が進行すると液相がPGA樹脂の濃厚相と希薄相とに分離する液−液型の相分離の発現する領域である。そして、結晶化温度曲線Tcに到達したところでPGA樹脂が結晶化する。
このように、冷却過程でバイノーダル分解領域Rを経由する比率のPGA樹脂/潜在溶媒の混合溶液からは、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体が得られることになる(図3(A)〜図3(C)、図4参照)。
【0023】
他方、バイノーダル分解領域Rを経由しない高濃度側のPGA樹脂溶液においては、溶液の冷却が進行して結晶化温度曲線Tcに到達したところでPGAの結晶化を駆動力とした固−液型の相分離を示す。
このように、冷却過程でバイノーダル分解領域Rを経由しない比率のPGA樹脂/潜在溶媒の混合溶液からは、PGA樹脂の結晶核が生成し成長してなる球晶状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体が得られることになる(図3(D),図3(E),図5参照)。
【0024】
ここで、バイノーダル曲線Bと結晶化温度曲線Tcとの交点における、混合溶液中のPGA樹脂濃度(境界濃度という)は、混合溶液の組成やPGA樹脂の種類や分子量その他PGA樹脂と潜在溶媒との相溶性の度合いにより変動し得るが、単独重合体のPGA樹脂とNMP単独の潜在溶媒である条件下では約30wt%である。そして、混合溶液に占めるPGA樹脂濃度が境界濃度以下であればポリグリコール酸系樹脂多孔質体は網目状構造を示し、境界濃度よりも高い場合はポリグリコール酸系樹脂多孔質体は球晶状構造を示す。
【0025】
(冷却工程;ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の孔サイズ又は球晶サイズの調整)
後記する実施例4(図6(B))及び実施例5(図6(D))並びに実施例1A(図3(A))の顕微鏡像が示すように、冷却速度を制御することにより、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体における孔サイズが、冷却速度が増大するにつれて微小化する方向で、調整可能となる。
これは、冷却温度が結晶化温度曲線Tc(図1)近傍に低下した後のPGA樹脂の結晶の成長速度は、冷却速度に依存することによる。このため、この冷却速度を制御することにより、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体における孔サイズを調整することができる。
参考までに、同様に、この冷却速度を制御することにより、球晶状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体における球晶サイズも調整することができる。
【0026】
PGA樹脂、潜在溶媒、及び必要に応じて添加される可塑剤を混合して作成された溶液の冷却工程は、例えば、フェロ板(すなわちクロームめっきを施した鉄板(金属板))上に流延して膜状にして行ったり、ホットプレート上で制御冷却若しくはそのまま放冷(徐冷)したり、後記する抽出剤に直接投入(急冷)したりして行なわれる。または、溶液をPGA樹脂に対して不活性(すなわち非溶媒かつ非反応性)な液体からなる冷却溶液に導入して冷却することもできる。
冷却速度の制御として、前記した溶液の冷却方法(フェロ板上に流延、徐冷、急冷)を採用した範囲では、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体において平均孔径が0.03〜0.5μmの範囲に含まれるものが得られる。冷却速度は、一般に、1〜200℃/分、特に1〜150℃/分、程度が好ましい。
【0027】
(潜在溶媒の抽出・抽出剤の乾燥工程)
上記で得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、未だ形成された空孔中に潜在溶媒を含むので、これを抽出溶液中に浸漬する工程を経て、空孔中の潜在溶媒を抽出溶液で置換し、その後、抽出溶液を乾燥除去することにより、本発明のポリグリコール酸系樹脂多孔質体が得られる。乾燥は、室温若しくは25〜80℃に温度調整雰囲気中に放置するか、風乾する等の適宜の方法により行われる。
【0028】
抽出溶液としては、潜在溶媒と広範な比率で相溶し、ポリグリコール酸系樹脂を実質的に溶解しないものであれば適宜用いることができる。例えば、塩化メチレン、アセトン、ヘキサン等が挙げられるが、これらに限定されるものでない。
このようにして作成されたポリグリコール酸系樹脂多孔質体の全体形状としては、溶液のPGA樹脂濃度や冷却方法の制御により、目視において粒径が1〜500μmの粒状として得ることができる。一般に、低濃度あるいは高冷却速度であるほど、寸法の小さい粒状になりやすい。
【0029】
(ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率の評価)
図7は、PGA/潜在溶媒(NMP)の混合系の溶媒比率と、ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率との関係を示すグラフである。
潜在溶媒が抽出剤に置換された部分が空孔になるために、図7のグラフ中の理論直線kに示すように、理想的にはPGA/潜在溶媒の混合比率に線形対応するポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率が形成されることになる。
【0030】
ここで、ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率について、実施例2(82.6%,図7のa点)、実施例3(76.9%,図7のb点)、参考例1(61.7%,図7のc点)、参考例2(50.4%,図7のd点)とする結果が得られている。ここでは、空孔率に対する溶媒比率の影響示す測定点を増やすために、網目状構造の多孔質体が得られた実施例に加えて、球晶状構造の多孔質体を与えた参考例のデータも含めて示してある。
【0031】
一方で、空孔率の理論値に対する実測値の割合(孔形成効率)を見ると、実施例2、実施例3、参考例1、参考例2において、それぞれ95.9%、98.1%、88.1%、82.9%と、空孔率が小さくなるに従い孔形成効率が低下していく傾向が見て取れる。
これより、ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率が低下するに従い、互いに連通する空孔よりも、潜在溶媒を抽出できない独立孔の割合が高くなると考えられる。
【0032】
このように、PGA樹脂/潜在溶媒の混合比率を可変することにより、形成されるポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率を調整することができる。また、PGA樹脂の種類や分子量を変えたり潜在溶媒の種類を変えたりする等、相図が変動するような操作を行うことによっても、空孔率を調整することができる。
その結果、網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体(点a,点b)において空孔率が50〜95%であるものが得られ、球晶状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体(点c,点d)において空孔率が40〜80%であるものが得られる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例、比較例および参考例により、本発明を更に具体的に説明する。なお、本明細書に記載の特性値は、既に測定方法を記載したもの以外については、以下の方法による測定値に基づくものである。
(空孔率測定)
ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率(図7参照)を、次式により求めた。
空孔率(%)=(W3/含浸液比重)/(W3/含浸液比重+W1/PGA樹脂比重)×100
W1:ポリグリコール酸系樹脂多孔質体の重量
W2:ポリグリコール酸系樹脂多孔質体を含浸液(フッ素系界面活性剤Porous
Materials, Inc.社製Galwick;比重1.8)に浸漬し、軽く液切りした後の重量
W3=W2−W1
【0034】
(平均孔径測定)
ポリグリコール酸系樹脂多孔質体が網目状構造をとる場合、平均孔径測定を次のようにして行った。まず、電子顕微鏡で観察倍率を5千倍としてポリグリコール酸系樹脂多孔質体のSEM写真を撮影する。SEM写真について孔と認識できる全てのものについて孔径を測定する。孔径は各孔の長径と短径を測定し、孔径=(長径+短径)/2として求める。そして、求めた孔径の算術平均をとり、平均孔径とする。
【0035】
(平均球晶径測定)
ポリグリコール酸系樹脂多孔質体が球晶状構造をとる場合、平均球晶径測定を次のようにして行った。まず、電子顕微鏡で観察倍率を5千倍としてポリグリコール酸系樹脂多孔質体のSEM写真を撮影する。SEM写真について球晶と認識できる全てのものについて球晶径を測定する。球晶径は各球晶の長径と短径を測定し、球晶径=(長径+短径)/2として求める。そして、求めた球晶径の算術平均をとり、平均球晶径とする。
【0036】
(分子量測定)
ポリグリコール酸系樹脂のサンプル約10mgを採取し、このサンプルを5mMのトリフルオロ酢酸ナトリウムを溶解させたヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)溶液10mlに溶解させた。このサンプル溶液をポリテトラフルオロエチレン製の0.1μmメンブレンフィルターで濾過後、20μlをゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)装置に注入し、下記の条件で分子量を測定した。なお、サンプルは、溶融後30分以内に、GPC装置内に注入した。
【0037】
GPC測定条件は次の通りである。
装置:昭和電工(株)製「Shodex−104」
カラム:HFIP−606Mを2本、プレカラムとしてHFIP−Gを1本直列接続、
カラム温度:40℃、
溶離液:5mMのトリフルオロ酢酸ナトリウムを溶解させたHFIP溶液、
流速:0.6ml/分、
検出器:RI(示差屈折率)検出器、
分子量校正:分子量の異なる標準ポリメタクリル酸メチル5種を用いた。
【0038】
(実施例1A)
三角フラスコに、PGA((株)クレハ製;Mn=10.5×104,M=20.9×104)と、潜在溶媒としてのN−メチルピロリドン(NMP;三菱化学(株)製)とを、PGA/NMP=10/90wt%の割合で仕込み、190℃に温度設定した状態で30分攪拌し、均一な混合溶液20mlを得た。この濃度は、バイノーダル分解領域R(図1参照)を冷却経路が通過するように設定されたものである。得られた均一な混合溶液を、三角フラスコからフェロ板面に約0.1g/cm2の割合で流延し、室温まで冷却した。
【0039】
室温まで冷却した後、フェロ板面上の流延体を引き剥がして抽出剤の塩化メチレン(CH2Cl2;旭硝子(株)製)に浸漬し、PGAの空孔に含浸しているNMPを抽出した。その後、置換された塩化メチレンをPGAの空孔から蒸発除去し、ポリグリコール酸系樹脂多孔質体を得た。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において粒子状であり、電子顕微鏡により表面観察を行うと網目状構造を有していた(図3(A)(図2(A)と同じ))。
【0040】
(実施例1Bおよび1C)
抽出剤をアセトン(実施例1B)及びヘキサン(実施例1C)に変更する以外は、実施例1Aと同様にして、それぞれポリグリコール酸系樹脂多孔質体を得た。得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体の電子顕微鏡による表面観察像を、図2(B)及び図2(C)にそれぞれ示す。
図2(B)及び図2(C)より、抽出剤の種類によって、得られる多孔質体の空孔状態が異なることが分る。
【0041】
(実施例2)
バイノーダル分解領域R(図1参照)を冷却経路が通過するように、PGA/NMP=20/80wt%として濃度設定し、その他の条件を実施例1Aと同じにしてポリグリコール酸系樹脂多孔質体を作成した。
得られたPGA樹脂多孔質体は、目視において粒子状又は塊状であり、電子顕微鏡により表面観察を行うと網目状構造を有していた(図3(B))。
【0042】
(実施例3)
バイノーダル分解領域R(図1参照)を冷却経路が通過するように、PGA/NMP=30/70wt%のように濃度設定し、溶解温度を200℃に設定し、その他の条件を実施例1Aと同じにしてポリグリコール酸系樹脂多孔質体を作成した。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において平膜であり、電子顕微鏡により表面観察を行うと網目状構造を有していた(図3(C))。
図4(A)〜(E)は、得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体の電子顕微鏡による観察面が(A)断面、(B)表面、(C)フェロ板との接触面、(D)断面−表面の直交部分の斜視面、(E)直交部分の斜視像の拡大である場合を示している。
【0043】
(実施例4)
設定温度を160℃とし、加温したPGA/NMPの均一な混合溶液の冷却方法として、フェロ板面への流延冷却に代え、三角フラスコ内でそのまま放置して室温まで徐冷する方法を採用する以外の条件は、実施例1Aと同じにしてポリグリコール酸系樹脂多孔質体を作成した。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において粒子状であり(図6(A))、電子顕微鏡により表面観察を行うと網目状構造を有していた(図6(B))。
【0044】
(実施例5)
設定温度を160℃とし、加温したPGA/NMPの均一な混合溶液の冷却方法として、塩化メチレンの抽出液に直接滴下して急冷する方法を採用する以外の条件は、実施例1Aと同じにしてポリグリコール酸系樹脂多孔質体を作成した。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において粒子状であり(図6(C))、電子顕微鏡により表面観察を行うと網目状構造を有していた(図6(D))。
【0045】
上記各実施例の概要及びえられたポリグリコ−ル酸系樹脂多孔質体の評価結果を、以下の参考例および比較例とまとめて、後記表1〜3に示す。
【0046】
(参考例1)
バイノーダル分解領域R(図1参照)を冷却経路が通過し無いように、PGA/NMP=40/60wt%のように濃度設定し、溶解温度を220℃に設定し、その他の条件を実施例1Aと同じにしてポリグリコール酸系樹脂多孔質体を作成した。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において平膜であり、電子顕微鏡により表面観察を行うと球晶状構造を有していた(図3(D))。
【0047】
(参考例2)
バイノーダル分解領域R(図1参照)を冷却経路が通過し無いように、PGA/NMP=50/50wt%のように濃度設定し、溶解温度を220℃に設定し、その他の条件を実施例1Aと同じにしてポリグリコール酸系樹脂多孔質体を作成した。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において平膜であり、電子顕微鏡により表面観察を行うと球晶状構造を有していた(図3(E))。
図5(A)〜(D)に、得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体の電子顕微鏡による観察面が(A)断面、(B)断面の拡大、(C)フェロ板との接触面、(D)フェロ板との接触面の拡大である場合を、それぞれ示す。
【0048】
(参考例3)
PGAとNMPに加えて、可塑剤としてアジピン酸系ポリエステル(DIC社製W4010)を用い、PGA/NMP/可塑剤=30/60/10wt%の割合で混合し、溶解温度を220℃に設定し、その他の条件を実施例1Aと同じにしてポリグリコール酸系樹脂多孔質体を作成した。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において平膜であり、電子顕微鏡により表面観察を行うと球晶状構造を有していた。
【0049】
(比較例1)
NMPに代えて1,3−ジオキソラン(C362)を潜在溶媒として使用し、溶解温度を1,3−ジオキソランの沸点(75.6℃)を考慮して70℃に設定する以外は、実施例1Aと同様にして、PGA樹脂多孔質体の製造を試みた。
その結果、1,3−ジオキソランは、前記した特許文献5において用いられた溶媒であり、ポリ乳酸(PLA)に対し良溶媒を示しているが、PGAに対しては非溶媒を示し、PGA樹脂多孔質体の製造に使用できないことが判明した。
【0050】
(比較例2〜4)
潜在溶媒の代わりに、可塑剤として参考例3で用いたアジピン酸系ポリエステル(W4010)を使用し、PGA/可塑剤の比率を、60/40wt%(比較例2)、50/50wt%(比較例3)および40/60wt%(比較例4)にそれぞれ設定し、且つ設定温度を240℃とする以外は、実施例1Aと同様にして多孔質PGA樹脂の製造を試みた。
いずれの場合も、PGA及び可塑剤は、240℃の温度設定で互いに相溶し、冷却過程において互いに相分離することが認められたが、PGA樹脂多孔質体を得ることはできなかった。
【0051】
(比較例5)
PGAおよびNMPに加えて、可塑剤(W4010)を用い、PGA/NMP/可塑剤=35/5/60wt%の比率で混合するとともに、設定温度を240℃とする以外は、実施例1Aと同様にして、多孔質PGA樹脂の製造を試みた。
得られたポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、目視において平膜であり、電子顕微鏡により表面観察を行うと海島構造を有していた。さらに、このポリグリコール酸系樹脂多孔質体の空孔率は25.0%であって、孔形成効率は33.6%と低い値だった。これは、PGAのマトリックス中に閉じ込められて抽出剤により除去できなかったNMP及び可塑剤の多いことを示している。
【0052】
(比較例6,7)
比較例2におけるアジピン酸系ポリエステルW4010に代えてポリグリセリン脂肪酸エステル(阪本薬品工業社製 SYグリスタTS−5S)(比較例6)、モノグリセライド(理研ビタミン社製 HC−100)(比較例7)を可塑剤として使用する以外は、比較例2と同様にして、多孔質PGA樹脂の製造を試みた。
いずれの場合も、240℃の設定温度においてPGAの分解が認められ(Mn値,Mw値が著しく低下)、PGA樹脂多孔体を得ることはできなかった。
上記した、実施例、参考例および比較例の結果をまとめて、以下の表1〜3に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明により得られる網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、優れた生分解性を備えることにより環境・生体に対する負荷が軽いといった特性を有している。そのためポリグリコール酸系樹脂多孔質体は、例えば使い捨ておむつ等の保湿材、生体医療材料、細胞培養足場材、透湿性包装材、通気性衣料として有用である。その他、塗料、インキ、トナー、プライマー、接着剤、印刷分野や、医薬、農薬、化粧品・トイレタリー製品、農業、林業、水産業その他広範囲な産業分野での利用が可能となる。
【符号の説明】
【0057】
B…バイノーダル曲線、R…バイノーダル分解領域、Tc…結晶化温度曲線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
網目状構造を有することを特徴とする、ポリグリコール酸系樹脂多孔質体。
【請求項2】
前記網目状構造の平均孔径が0.03〜0.5μmである請求項1に記載のポリグリコール酸系樹脂多孔質体。
【請求項3】
ポリグリコール酸系樹脂に対し高温下で相溶化し室温下で分離する潜在溶媒に前記ポリグリコール酸系樹脂を溶解する工程と、
前記ポリグリコール酸系樹脂の溶液を濃厚相及び希薄相の二相分離領域を経由して冷却し前記溶解しているポリグリコール酸系樹脂を析出させる工程と、
残留する前記潜在溶媒を抽出剤によって除去する工程と、を含むことを特徴とする網目状構造を有するポリグリコール酸系樹脂多孔質体の製造方法。
【請求項4】
前記潜在溶液に占める前記ポリグリコール酸系樹脂の濃度が30wt%以下である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記潜在溶媒は、N−メチルピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ヘキサフルオロ2−プロパノール(HFIP)の群の中から選択される化合物である請求項3又は請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記抽出剤は、塩化メチレン、アセトン、ヘキサンの群の中から選択される化合物である請求項3から請求項5のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−87178(P2012−87178A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233012(P2010−233012)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】