説明

綿及びポリエステル綿混用繊維製品からグルコースを製造する方法

【課題】
人体由来の脂質、タンパク質、糖質などの汚れ物質、無機物質、塵埃など不特定の微量物質、及び各種微生物雑菌が付着している綿およびポリエステル綿混用繊維製品を、これら付着物質による酵素阻害を排除してセルラーゼを利用して効率的に綿及びポリエステル綿混用繊維製品からグルコースを製造する。
【解決手段】
綿及びポリエステル綿混用繊維製品を酸性電解水に浸漬して洗浄して汚れや雑菌を含む付着物を除去し、洗浄液を濾去したのち、該綿及びポリエステル綿混用繊維製品を酸性電解水溶液中、セルラーゼ反応を行ってセルロースを分解しグルコースを製造する。又、マンガン、コバルト及び又はバリウムの無機塩を酵素反応液に添加する。更に、ポリエステル綿混用繊維製品は、5%以下のアルカリ溶液中で60〜90℃の加熱を行ってからセルラーゼの酵素反応を行う。又、該酵素反応液に、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルを添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品からセルラーゼを用いて酵素分解してグルコースを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
21世紀は衣料品の製造と販売が低価格既製服の時代となり、安易な使い捨てによる衣料品ライフサイクルの短縮、更に大量の輸入品供給過剰による売れ残り品の増加も加わり、衣料廃棄物の排出量は増加の一途をたどっている。廃棄された衣料品を含む繊維製品の内、再利用されている割合は高々10%程度であって、大部分は焼却されるか埋め立てにまわされているのが実状である。利用されなくなった衣料品即ち古着は、その布地を構成する繊維素材に損傷が生じているので、布地としての再利用はウエス、反毛などに限られている。また、布地を構成する糸に戻し、糸として再利用することは、現在の織物紡績技術をもってしても可能であるとは言い難い。この根源には、衣類などの繊維製品が解体再生までを前提にして製造されていないばかりでなく、そのような技術開発が等閑にされている現状がある。
廃棄された衣料などの繊維製品を、繊維の素材分子にまで分解する化学技術、生化学バイオ技術を活用すれば、その素材を繊維に戻すことばかりでなく、他の用途などにも広く利用することも可能となる。既に、ペットボトルの再利用では、ペットボトル素材であるポリエステル即ちポリエチレン・テレフタレートを構成する単分子のエチレングリコールとテレフタル酸ジメチルに化学分解し、再利用する技術が確立され実用化にいたっている。
【0003】
廃棄された綿繊維製品およびポリエステル綿混用繊維製品については、綿のセルロースをセルラーゼによりグルコースに酵素分解することにより、グルコースは酵素反応液に溶解する。他方、酵素分解されないポリエステルは不溶性成分としてグルコースより分離される。分離されたポリエステルは繊維素材として再利用が可能である。また綿のセルロースより生成したグルコースはバイオエタノールなどを製造するための資源として利用の可能性が見込まれる。
【0004】
本発明に述べる綿繊維製品およびポリエステル綿混用繊維製品は、その素材が天然および合成の高分子化合物であり、水には溶解しない。他方、綿繊維の主成分であるセルロースを加水分解する酵素セルラーゼは、タンパク質であり水に溶解する。このように水可溶性のセルラーゼ溶液を用いて水不溶性のセルロースを加水分解する反応は不均一系酵素反応といわれている。この反応系において、不溶性のセルロースは分解され、可溶性のグルコースが生成して反応液中に蓄積する。これはセルロース原料よりグルコースを酵素化学的に製造する基本技術であるが、工業技術としては反応速度の遅いことが指摘されている。この酵素反応を加圧下に行い効率を向上させる方法が提案されている(特開2002−78495)。
【0005】
本発明において、酵素分解の原料となる綿繊維製品やポリエステル綿混用繊維製品は使用済の廃棄物である。そのために多くの汚れが付着している。汚れ物質には脂質、タンパク質、糖質など人体由来の物質ばかりでなく、無機物質、塵埃など不特定の微量物質も含まれている。このような汚れ物質が酵素反応を阻害する可能性は小さくない。さらに廃棄された衣料繊維製品には雑菌の付着もあるので、酵素反応への影響ばかりでなく、綿のセルロースから生成したグルコースが酵素反応液中で雑菌により消費されるという問題点もある。
【0006】
付着雑菌を除去する通常の方法では、廃棄繊維製品を熱水に浸して加熱殺菌する。しかしこの方法では、加熱と冷却にエネルギーを二重に使用することとなり、エネルギー消費量が増大するという欠点がある。また、洗剤を使用して、付着している汚れ物質と共に雑菌を洗浄除去することも可能な方法であるが、洗浄した後に洗剤を洗い流すために滅菌した水を必要とするので、滅菌水製造のために多量のエネルギーを消費する。
綿繊維製品及びポリエステル綿混用繊維製品の酵素分解は、不均一系酵素反応であるので、反応速度が遅く反応終了までに数日を要することもある。反応速度を高めるために、微粉砕した衣料・織物などを撹拌付反応器に入れて激しく撹拌する方法も可能ではあるが、粉砕プロセスを付け加えなければならない。さらに、ポリエステル綿混用衣料では、酵素分解後に生成グルコースとポリエステルを分離するためのろ過装置が必要になるなどプロセスが煩雑になるために得策ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−78495号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
解決しようとする問題点は、人体由来の脂質、タンパク質、糖質などの汚れ物質、無機物質、塵埃など不特定の微量物質、及び各種微生物雑菌が付着している綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品を、これら付着物質による酵素阻害を排除してセルラーゼを利用して効率的に綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品からグルコースを製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、綿繊維製品又は低濃度アルカリ水溶液中で加熱して得たポリエステル綿混用繊維製品を、酸性電解水に浸漬して洗浄して汚れや雑菌を含む付着物を除去し、洗浄液を除去後、該綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品を酸性電解水溶液中セルラーゼの存在下にセルロースを酵素分解することを特徴とするグルコースの製造方法である。
又、該低濃度アルカリ水溶液中で加熱して得たポリエステル綿混用繊維製品が、5%以下の低濃度アルカリ水溶液中60〜90℃で加熱をしたものである上記記載のグルコースの製造方法である。
更に、マンガン、コバルト、バリウムから選ばれる1種又は2種以上の無機塩の存在下に綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品を酸性電解水溶液中セルラーゼの存在下にセルロースを酵素分解することを特徴とする上記記載のグルコースの製造方法である。
更に又、セルロースを酵素分解するための該酵素反応液に、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルを添加することを特徴とする上記記載のグルコースの製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によって、付着雑菌と汚れ物質が大量に付着している衣料廃棄物が大きな設備投資や多数の工程処理を要することなく、簡単な方法によって廃棄された綿及びポリエステル綿混用繊維衣料製品から、グルコースが生産されると共にポリエステル繊維素材も効率よく分別・単離・回収することができる。ここに得られるグルコースは、安価なバイオ燃料の製造にも利用可能であり、資源の有効活用、CO削減の効果も大である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
廃棄繊維製品の汚れは、その程度を目視によって判別することが出来る。目視した結果は、非常に汚れていて見るからに汚い物から、新品ではないかと思えるほどに綺麗な物までさまざまである。他方、付着雑菌は目視することは出来ない。そこで、通常の微生物検査法により廃棄繊維製品の雑菌汚染の状況を調べた。即ち、廃棄繊維製品の布切片をSCD液体培地に浸し、その浸漬液の一部をSCD寒天培地に塗抹し、35℃で48時間培養してから生育したコロニーを数えた。その結果を表1に示す。被検布切片のいずれからも、付着雑菌が検出された。
【0012】
【表1】

【0013】
廃棄繊維製品の付着雑菌と汚れ物質はセルラーゼの酵素反応に悪影響を及ぼすため、この汚れ物質を酵素反応工程の前に除去しなければならない。付着雑菌と汚れ物質を同時に除去する方法として、本発明においては、廃棄綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維衣料製品を酸性電解水を用いて洗浄し、次いで酵素反応を行う。洗浄は、1回でもよく、好ましくは、3〜4回繰り返す。
洗浄に当たって使用する酸性電解水はそのpHが2.0〜4.0の酸性領域にあるので、セルラーゼの反応液としても適している。通常、セルラーゼの反応液はpHを安定させるために酢酸緩衝液が使われているが、本発明者らは、酸性電解水を使用してもセルラーゼ反応液のpHは安定していることを見出した。付着雑菌の多い廃棄繊維製品に対してはpH2.6以下の強酸性電解水が殺菌力が強く有効であるが、通常の多くの廃棄繊維製品に対してはpH2.7以上の弱酸性電解水の使用で充分である。この酸性電解水の除菌殺菌作用を示す実験結果を以下に記す。表1に記載したジーンズを用いて、 pH2.6の強酸性電解水とpH3.1の弱酸性電解水の二種類の酸性電解水の洗浄による除菌殺菌効果を調べた。比較として滅菌蒸留水による洗浄実験も行った。この3種類の水のそれぞれ80mLに4gのジーンズ布切片を入れ、10分間かき混ぜて第1回洗浄液を得た。この洗浄液の1mLをSCD寒天培地(日本製薬製)に塗抹し、35℃で36時間培養してから生育したコロニーを数えた。第1回洗浄液を捨ててから、ジーンズ布切片を同じ3種類の水でそれぞれ洗浄し、第2回の洗浄水を得た。洗浄は3回行った.表2に各洗浄液の雑菌生菌数の結果を示す。表2から明らかなように、酸性電解水の殺菌除菌効果は大きく、3回の洗浄により酵素反応への雑菌の影響はほぼ完全に除去されている。これに対して、滅菌蒸留水による洗浄では付着雑菌の殺菌はもとより洗浄による除菌も殆どなされていない。
【0014】
【表2】

【0015】
ポリエステルと綿の混用繊維製品に対しては、酸性電解水による洗浄の前に苛性ソーダなどの低濃度アルカリ水溶液で加熱することにより、綿の酵素分解におけるグルコース生成量が増大することを、本発明者らは見出した。低濃度アルカリ水溶液とは、0.1〜5重量%の、苛性ソーダ水溶液、カセイカリ水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液、水酸化バリウムなどである。低濃度アルカリ水溶液による加熱は、ポリエステルと綿の混用繊維製品の除菌ばかりでなく汚れの除去にも有効である。加熱温度は60℃以上90℃以下である。加熱後にアルカリを洗い流すためには、酸性電解水による3〜4回の濯ぎで充分である。
【0016】
本発明の主眼とするところは、綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品をそのままの形態で酵素分解することにある。酵素反応液の液相に溶解していない繊維製品の布地に対して、液相に溶解している酵素のセルラーゼを効率よく接触させるための物理的・機械的方法として、本発明者らは、角瓶型の蓋付四角フラスコにアクリルボールを投入して撹拌を行う酵素反応容器を考案した。本発明の実験例と実施例はこの酵素反応方法によって完成されたものである。通常の三角フラスコ等を使用した場合であっても、本発明の実施は可能であるが、グルコース生成効率は若干劣る。
【0017】
さらに本発明者らは、酸性電解水の酵素溶液中に綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品の布切片を均一に分散させるための方法として、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルを添加する方法を考案した。その結果、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルの分散作用により、セルラーゼによる綿セルロースからのグルコース生成量が増大することを見出した。
ポリエチレングリコール脂肪酸エステルの例としては、ポリエチレングリコール・モノラウレート,ポリエチレングリコール・モノパルミテート,ポリエチレングリコール・モノステアレート,ポリエチレングリコール・モノオレートなどが挙げられる。
【0018】
使用済みで廃棄された綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品に付着している雑菌の数は上記の表1に示したが、この中の綿布C反を用いて、二種類(pH2.6とpH3.2)の酸性電解水による除菌洗浄とその後の酵素反応の効果を調べた。2gの綿布C反の布切片を酸性電解水50mLで3回洗浄した。洗浄3回目の酸性電解水洗浄液がそれぞれpH2.6とpH3.2であることを確認して流し捨てた。酸性電解水で濡れたままの布切片を500mL容の蓋付四角フラスコに移し、フラスコ重量を計量しながらフラスコ内の酸性電解水の液量が20g(20mL)となるように加えた。次に、6g/Lの濃度となるようにセルラーゼを添加してpH4.4に調整した。本発明に使用した酸性電解水は、市販の電解水生成装置(ホシザキ電気製HOX−40A、同ROX−20TA)を用い水道水を電気分解して製造した。他の市販電解水生成装置によっても本発明に使用する酸性電解水を生成することは可能である。セルラーゼは市販のセルラーゼ、エンチロンMCH(洛東化成製)をそのまま使用した。比較例として、通常のセルラーゼ酵素反応に用いられている酢酸緩衝液(0.1Mの酢酸水溶液と0.1Mの酢酸ナトリウム水溶液を混合して調製)を用いた。酸性電解水の場合と同様に綿布C反の布切片を洗浄し、同様に調製して酵素反応液とした。なおこれらの酵素反応液には、後に詳述する無機塩とポリエチレングリコール脂肪酸エステルが添加されている。3種類の酵素反応液を入れた蓋付四角フラスコにアクリルボールを入れ、50℃に設定した振とう培養機で撹拌して48時間の酵素反応を行った。その結果のグルコース生成蓄積量と反応液のpH変化を表3に示す。
【0019】
【表3】

【0020】
表3に示されるように、酸性電解水反応液のグルコース生成蓄積量は酵素反応42時間で頭打ちとなり、その後の増加はない。これに対して、酢酸緩衝液反応液では、42時間以降にグルコース生成蓄積量の低下が起きている。これは生成グルコースが雑菌によって消費されたためと考えられる。酵素反応開始時の雑菌生菌数は、酢酸緩衝液反応液では酸性電解水反応液の1000倍も多く検出されていた。
【0021】
ポリエステル綿混用繊維製品を酵素分解する場合にも上述の綿布C反と同様に、酸性電解水の洗浄によって汚れと付着雑菌を除去することは可能であった。酸性電解水で洗浄したポリエステル綿混用のAユニフォームT/C 80/20の布切片を、セルラーゼを添加した酸性電解水に入れて酵素反応を行い、ポリエステル綿混用布切片の綿セルロースよりグルコースが生成された。
【0022】
セルラーゼによりセルロースを分解してグルコースを生成する酵素反応において、本発明では酸性電解水を反応液として使用する。この酸性電解水は水道水を電気分解して調製されたものであるが、電気分解によって水道水中の陽イオンは陰極側へ移動する。その結果陽極側に生成する酸性電解水には殆ど陽イオンが含まれていない。そのために、セルラーゼの酵素反応に必要な無機陽イオンを反応液に添加しなければならない。陽イオンとしてナトリウム、カリウム、マグネシューム、カルシューム、バリウム、マンガン、鉄、コバルト、銅、亜鉛の各塩化物を1種類ずつを酸性電解水の反応液に添加してセルラーゼの酵素反応実験を行った結果、バリウム、マンガン、コバルトの無機塩がセルロースからグルコースの生成量を増加させることに有効であった。これらの無機塩は単独で用いてもよいが、使用する酵素によっては2種以上を混合して使用することにより一層効果が高い場合がある。本発明において使用するセルラーゼは一般に市販されているものでよく、夫々の特性に応じて最適条件を設定すればよい。用いられる酵素の例としては、上記の外、セルソフトL(ノボノルディスク製)、メイセラーゼ(明治製菓製)、セルラーゼオノズカ(ヤクルト製)等が挙げられる。
この酵素反応を工業規模で実施する場合、使用する水によっては微量の鉄と銅のイオンが含まれていることもあり得るが、そのような水は電解水生成装置を通すことによりセルラーゼに対する阻害を回避することが可能となる。
【0023】
本発明者らは、ポリエステル綿混用繊維製品を酵素分解する際に、酸性電解水の洗浄の前に低濃度のアルカリ水溶液で加熱することによって、セルロースからのグルコース生成量が増大することを発見した。アルカリ水溶液中での加熱は雑菌と汚れの除去にも有効であった。その結果を以下に述べる。表1に記載のAユニフォーム夏上着T/C 80/20(粗セルロース含有量18.5%)の布切片10gを3%以下の低濃度苛性ソーダ溶液100mLに入れ80℃で60分加熱した。加熱後、pH3.2の酸性電解水100mLで3回洗浄した。洗浄後T/C
80/20の布切片を酸性電解水に入れ、セルラーゼを添加し、pH4.4に調整して酵素反応液とした。この反応液100mLを500mL容の蓋付四角フラスコに入れ、前述の表2の実験例と同様にして、24時間の酵素反応を行った。酵素反応後のグルコース生成量は、0.3%苛性ソーダ加熱が12.27g/L、3%苛性ソーダ加熱が13.04g/Lであり、苛性ソーダなしの加熱では11.43g/Lであった。5%以上の苛性ソーダ溶液で加熱を行っても、3%の結果以上にグルコース生成量を高める効果は認められなかった。また、3%苛性ソーダ溶液による加熱の結果、雑菌は検出されなくなり、さらに苛性ソーダ蒸煮と3回の酸性電解水洗浄によって供試したT/C 80/20布切片の汚れは除去されていた。このように低濃度の苛性ソーダ水溶液中での加熱処理がグルコース生成の改善に著しい効果を示したことは、工業規模で苛性ソーダを使用する際に、作業上の安全性と共に経済的にも有利なことである。
【0024】
上述の実験例は、低濃度苛性ソーダの加熱を80℃で行った結果であるが、次に3%苛性ソーダを用いて、加熱温度と酵素反応のグルコース生成量との関係を調べた実験例を述べる。苛性ソーダ濃度を3%とし、加熱温度を50℃〜90℃の範囲に設定した以外の実験条件は上述の実験例のとおりである。AユニフォームT/C 80/20(粗セルロース含有量18.5%)の布切片を用いた3%苛性ソーダの加熱温度と酵素反応によるグルコース生成量の結果を以下に記す。加熱温度50℃でのグルコース生成量は12.99g/L、同じく65℃で13.2g/L、79℃で13.77g/L、83℃で13.39g/L、90℃で13.40g/Lであった。この結果によると、加熱温度の50℃から79℃までは、徐々にグルコース生成量が増加しているが、79℃を最高生成量として、それ以上の温度である83℃から90℃までは生成量に変化がない。このことはポリエステル(ポリエチレン・テレフタレート)のガラス転移温度が80℃付近にあることと関連する可能性が高い。本発明者らは、ポリエチレン・テレフタレートの布切片(T100)を、3%苛性ソーダ溶液中で80℃の加熱をおこなうと、ポリエチレン・テレフタレートが3〜5%減量する結果を得ている。綿とポリエチレン・テレフタレートの混紡であるT/C 80/20においては、苛性ソーダ加熱によりT(ポリエチレン・テレフタレート)の一部が可溶化したために、T/C 80/20の綿セルロースに対してセルラーゼが作用しやすくなったものと考えられる。
【0025】
用いられるアルカリ水溶液としては、苛性ソーダの他にも、苛性カリ、水酸化バリウムなどの低濃度アルカリ水溶液もポリエステル綿混用繊維製品の酵素分解に有効であった。その結果を以下に示す。苛性ソーダ、苛性カリ、水酸化バリウムの各3%溶液を調製し、AユニフォームT/C 90/10
(粗セルロース含有量8.8%)の布切片10gを100mLの各アルカリ水溶液に投入して、80℃で60分の加熱を行った。以下の実験条件は上述のAユニフォームT/C 80/20の実験例と同じである。酵素反応24時間後のグルコース生成量は、苛性ソーダ加熱が5.35g/L、苛性カリ加熱が4.28g/L、水酸化バリウム加熱が5.38g/Lであり、アルカリ無しの加熱は3.13g/Lであった。
【0026】
綿繊維製品およびポリエステル綿混用繊維製品のセルラーゼによるセルロース分解反応は不均一系酵素反応である。この反応を促進する物理的手段として、四角フラスコとアクリルボールを用いる布切片の高効率撹拌方法を本発明者らは考案したが、さらに酵素反応を促進する方法として、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルを酵素反応液に添加することにより、セルラーゼの酵素反応が一層促進され、グルコースの生産性が向上することを見出した。
その実験例を表4に示し、実験方法の概要を以下に述べる。ポリエステル綿混用繊維製品として表1に記載のAユニフォーム夏上着T/C 80/20(粗セルロース含有量18.5%)の布切片3gを3%の苛性ソーダ溶液50mLに入れ80℃で60分加熱した。加熱後、pH3.2の酸性電解水50mLで3回洗浄した。3回目の酸性電解水洗浄液がpH3.2となっていることを確認してから流して捨てた。酸性電解水を含んだ布切片を500mL容の蓋付四角フラスコに移し、フラスコ重量を計量しながら酸性電解水(pH3.2)の総量が30g(30mL)となるように加えた。さらに、バリウム、マンガン、コバルトのそれぞれ塩化物およびポリエチレングリコール脂肪酸エステルを添加し、最後にセルラーゼ(エンチロンMCH)を加えてpH4.4に調整した。ポリエチレングリコール脂肪酸エステルの効果は、表4に示すように3種類の脂肪酸エステルをそれぞれ別個のフラスコに入れ、24時間の酵素反応を行って比較した。酵素反応液に生成蓄積したグルコース濃度とpH変化の結果を表4に示す。
【0027】
【表4】

【0028】
酸性電解水の酵素反応液におけるポリエチレングリコール脂肪酸エステルの布切片分散効果は大きく、酵素反応液中に多量のグルコースを生成蓄積量することが可能であった。ポリエチレングリコール脂肪酸エステルを添加しない酵素反応液においては、ユニフォーム布切片が撹拌によって纏わるのに対して、添加した反応液では均一に分散していることがフラスコ目視によって認められた。
【実施例】
【0029】
実施例1
綿100%表示の綿布C反の布切片(25mm×25mm)2gを約50mLのpH3.2の酸性電解水で3回洗浄した。洗浄3回目の酸性電解水洗浄液はpH3.2であることを確認して流し捨てた。酸性電解水を含んだ布切片を500mL容の蓋付四角フラスコに移し、フラスコ重量を計量しながらpH3.2の酸性電解水の総量が20g(20mL)となるように加えた。この酸性電解水に6g/Lの濃度となるようにセルラーゼのエンチロンMCHを添加してpH4.4に調整した。さらに直径20mmのアクリルボール12個を入れ、50℃に設定した震とう培養機で撹拌して24時間の酵素反応を行った。酵素反応液に37.1g/Lのグルコースが生成蓄積し、反応液のpHはpH4.4に安定していた。
【0030】
実施例2
AユニフォームT/C
80/20(粗セルロース含有量分析値18.5%)の布切片(25mm×25mm)3gを試料とし、実施例1と同様に酸性電解水の洗浄を行った。その後、30mLの酸性電解水を用い、実施例1と同様にして酵素反応を行った。24時間後の酵素反応液に、6.9g/Lのグルコースが生成蓄積し、反応液はpH4.4に保持されていた。
【0031】
実施例3
綿100%表示の綿布C反を試料とし、実施例1と同様に酸性電解水の洗浄を行った。その後、酵素反応液に無機塩として、塩化バリウム0.67g/L、塩化マンガン0.5g/L、塩化コバルト0.5g/Lを添加することの他は実施例1と同じ条件で酵素反応を行った。24時間後の酵素反応液に、43.1g/Lのグルコースが生成蓄積し、反応液pHは4.5であった。
【0032】
実施例4
AユニフォームT/C 80/20
(粗セルロース含有量分析値18.5%)の布切片(25mm×25mm)3gを試料とし、実施例1と同様にpH3.2の酸性電解水による洗浄を行った。洗浄後、酸性電解水含んだ布切片を500mL容の蓋付四角フラスコに移し、フラスコ重量を計量しながらpH3.2の酸性電解水の総量が30g(30mL)となるように加えた。次いでフラスコに、実施例3と同様にバリウム、マンガン、コバルトのそれぞれの塩化物とセルラーゼを添加し、アクリルボールを入れてから50℃に設定した震とう培養機で撹拌して24時間の酵素反応を行った。酵素反応液に8.3g/Lのグルコースが生成蓄積し、pHは4.6であった。
【0033】
実施例5
AユニフォームT/C 90/10(粗グルコース含有量8.8%)の布切片10gを約100mLの3%苛性ソーダ溶液に入れ、80℃で60分加熱した。加熱後苛性ソーダ溶液を除いてからp3.2の酸性電解水100mLで布切片を3回洗浄した。洗浄3回目の酸性電解水洗浄液はpH3.2であることを確認して流した。酸性電解水を含んだ布切片を500mL容の蓋付四角フラスコに移し、フラスコ重量を計量しながらpH3.2の酸性電解水の総量が100g(100mL)となるように加えた。この布切片を含む酸性電解水に無機塩として塩化バリウム0.67g/L、塩化マンガン0.5g/L、塩化コバルト0.5g/Lを添加し、最後にセルラーゼのエンチロンMCH 6g/Lを加えてpH4.4に調整した。フラスコに直径20mmのアクリルボール12個を入れ、50℃に設定した震とう培養機で撹拌して24時間の酵素反応を行った。反応液に生成蓄積したグルコースは4.0g/Lであり、pH4.4であった。
【0034】
実施例6
AユニフォームT/C
80/20(粗グルコース含有量18.5%)の布切片3gを約50mLの3%苛性ソーダ溶液に入れ、80℃で60分加熱した。加熱後、苛性ソーダ溶液を除いてからpH3.2の酸性電解水50mLで布切片を3回洗浄した。最後の酸性電解水洗浄液はpH3.2であることを確認して流した。酸性電解水を含んだ布切片を500mL容の蓋付四角フラスコに移し、フラスコ重量を計量しながらpH3.2の酸性電解水の総量が30g(30mL)となるように加えた。この布切片を含む酸性電解水に、無機塩として塩化バリウム0.67g/L、塩化マンガン0.5g/L、塩化コバルト0.5g/Lを添加し、さらにポリエチレングリコール・オレート0.75g/Lを添加し、最後にセルラーゼのエンチロンMCH 6g/Lを加えてpH4.4に調製して酵素反応液とした。フラスコに直径20mmのアクリルボール12個を入れ、50℃に設定した震とう培養機で24時間撹拌した。酵素反応24時間後の反応液はpH4.4に保たれており、反応液中に生成蓄積したグルコース濃度は15.6g/Lであった。T/C 80/20の粗セルロース量に対して84.3%の収率でグルコースが製造された。
【0035】
参考例1
上述の実施例6の酵素反応液終了液より不溶性残渣を取り出し、水道水で充分に洗って酵素分解されなかったポリエステルを分離した。得られたポリエステル布切片を、2000rpmで遠心脱水してから乾燥した。乾燥重量として2.4gのポリエステル残渣を回収した。回収率は98.1%である。回収ポリエステル即ちポリエチレン・テレフタレートの分子内炭素割合をCN元素分析計で測定した結果、ポリエチレン・テレフタレートの純度は98.9%であった。また、元素分析では窒素は検出されなかったので、ポリエステル残渣に酵素タンパク質の付着はない。廃棄されたポリエステル綿混紡ユニフォームより繊維素材としてリサイクル可能なポリエステルを分離した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
綿繊維製品又は低濃度アルカリ溶液中で加熱して得たポリエステル綿混用繊維製品を、酸性電解水に浸漬して洗浄して汚れや雑菌を含む付着物を除去し、該綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品を酸性電解水溶液中セルラーゼの存在下にセルロースを酵素分解することを特徴とするグルコースの製造方法。
【請求項2】
低濃度アルカリ水溶液中で加熱して得たポリエステル綿混用繊維製品が、5%以下のアルカリ水溶液中60〜90℃で加熱をしたものである請求項1に記載のグルコースの製造方法。
【請求項3】
綿繊維製品又はポリエステル綿混用繊維製品のセルラーゼの存在下にセルロースを酵素分解するにあたって、マンガン、コバルト、バリウムから選ばれる1種又は2種以上の無機塩を酵素反応液に添加することを特徴とする請求項1又は請求項2記載のグルコースの製造方法。
【請求項4】
セルロースを酵素分解するための該酵素反応液に、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルを添加することを特徴とする請求項1、請求項2又は請求項3に記載のグルコースの製造方法。