説明

線溶賦活剤

【課題】メタボリックシンドローム、ならびにそれに密接な関連のある諸疾病の治療あるいは予防のための、より有効でしかも安全な薬剤を用いた治療を提供すること。
【解決手段】低分子化フコイダンを有効成分として含む線溶賦活剤を提供する。低分子化フコイダンは、メタボリックシンドローム、ならびにそれに密接な関連のある血栓症、高血糖症、高脂血症、インスリン抵抗性の治療あるいは予防のための、より有効でしかも安全な薬剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタボリックシンドローム、ならびにそれに密接な関連のある諸疾病の治療あるいは予防のための、より有効でしかも安全な薬剤に関する。詳細には、本発明は、フコイダンを有効成分として含む線溶賦活剤、脂肪細胞肥大化抑制剤、PAI−1発現抑制剤、TF発現抑制剤、およびPPARγ発現促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
メタボリックシンドロームは肥満、特に内臓脂肪の蓄積を基盤に耐糖能異常、脂質代謝異常、高血圧が一個人に集積している病態と定義され、個々の病態の程度は軽症だが、心筋梗塞や脳梗塞などの血栓症の発症リスクが相乗的に上昇した病態である。脂肪組織は単なる脂肪の貯蔵庫ではなく、積極的にエネルギー代謝に関わっており、また、重要な内分泌組織であることが明らかにされた。すなわち、脂肪細胞は様々なサイトカイン(アディポサイトカインまたはアディポカインと呼ばれる)を分泌し、エネルギー代謝や血液凝固反応、血栓溶解(線溶)反応などの全身の恒常性を維持している。他方、肥大化した脂肪細胞からは種々の「悪玉」のアディポカインが分泌・放出されて高脂血症や高血圧、糖尿病などの病態の悪化に関与する。
【0003】
線溶反応が不活性化されると様々な疾病が生じる。これらの疾病のなかでも典型的なものが血栓症である。したがって、これらの疾病を予防および治療するためには、線溶反応を活性化させること、および/または小型脂肪細胞への脂肪滴蓄積による肥大化脂肪細胞の形成を抑制することが必要となる。
【0004】
血栓症の治療には様々なアプローチがなされている(非特許文献1等参照)。抗凝固薬、抗血小板薬、血栓溶解薬などの薬剤による治療、および外科的治療などが用いられているが、それぞれの薬には、出血しやすくなる、あるいは出血が止まりにくくなる等の副作用が伴う。抗凝固薬としてワーファリンを服用している場合には食事内容をコントロールする必要もある。また、外科的治療は患者の負担が大きく、出血等のトラブルも多い。このように、従来から行われている血栓症の治療には様々な問題がある。
【0005】
肥大化脂肪細胞の形成抑制には、過食を避け、適度な運動を行う等の生活指導が行われているが、これらもまた患者にとって負担が大きく、長続きしにくい。
【0006】
このように、メタボリックシンドローム、ならびにそれに密接な関連のある諸疾病の治療あるいは予防には、従来から様々な薬剤および治療方法が用いられてきたが、より有効でしかも安全な薬剤を用いた治療が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Medical Technology」臨時増刊号 Vol.35 No.13 血栓・塞栓症の病態・検査・治療
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
メタボリックシンドローム、ならびにそれに密接な関連のある諸疾病の治療あるいは予防のための、より有効でしかも安全な薬剤を用いた治療を提供することが本発明の課題であった。詳細には、血栓症などの様々な疾病のもととなる線溶系を賦活化する物質であって、しかも服用した場合に安全性の高い物質を見出すことが本発明の課題であった。さらに、線溶系不活性化の原因となっている脂肪細胞の肥大化を抑制する物質であって、しかも服用した場合に安全性の高い物質を見出すことも本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、上記課題を解決しうる物質としてフコイダンを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1)フコイダンを有効成分として含む線溶賦活剤、
(2)フコイダンが低分子化フコイダンである(1)記載の線溶賦活剤、
(3)低分子化フコイダンの分子量が32000〜80000である(2)記載の線溶賦活剤、
(4)脂肪細胞の肥大化を抑制するものである(1)〜(3)のいずれかに記載の線溶賦活剤、
(5)PAI−1(Plasminogen Activator Inhibitor-1)の発現を抑制するものである(1)〜(3)のいずれかに記載の線溶賦活剤、
(6)TF(Tissue Factor)の発現を抑制するものである(1)〜(3)のいずれかに記載の線溶賦活剤、
(7)PPARγ(Proliferator-Activated Receptor γ)の発現を促進するものである(1)〜(3)のいずれかに記載の線溶賦活剤、
(8)メタボリックシンドロームの予防または治療のための(1)〜(3)のいずれかに記載の線溶賦活剤、
(9)血栓症、高血糖、高脂血症、インスリン抵抗性からなる群より選択される疾病の予防または治療のための(1)〜(3)のいずれかに記載の線溶賦活剤
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フコイダンを有効成分として含む線溶賦活剤が提供される。本発明の線溶賦活剤は、例えば、血栓症、高血糖、高脂血症、インスリン抵抗性などの予防および治療、メタボリックシンドロームの予防および治療に有効である。フコイダンは海藻に含まれる天然物質であるので、これを有効成分とする本発明の線溶賦活剤は、安全性が高く、副作用も見られない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、メタボリックシンドロームの分子病態を示す図である。
【図2】図2は、実施例1における脂肪前駆細胞の分化・培養スキームである。
【図3】図3は、フコイダンによる脂肪滴蓄積の抑制を示すオイルレッドO染色像である。
【図4】図4は、フコイダンによる線溶活性の促進を示す図である。線溶活性の測定には合成基質法を用いた。
【図5】図5は、フコイダンによる線溶活性の促進を示す図である。線溶活性の測定にはフィブリン平板法を用いた。
【図6】図6の左パネルは、フコイダンによる線溶阻害因子(PAI−1)遺伝子発現の抑制をRT−PCR法で調べた結果示す。図6の右パネルは、PAI−1の遺伝子発現をリアルタイムRT−PCR法により定量的に測定した結果を示す。
【図7】図7は、実施例2における脂肪前駆細胞の分化・培養スキームである。
【図8】図8の上パネルは、脂肪滴蓄積を確認した脂肪細胞(14日目のもの)にフコイダンを添加し、1週間培養後の細胞の様子である。左がフコイダン無添加系で培養した細胞、右が100μg/mlフコイダン存在下で培養した細胞である。図8の下パネルは、脂肪滴蓄積を確認した脂肪細胞(14日目のもの)にフコイダンを添加し、1週間培養後にPAI−1遺伝子の発現をRT−PCR法により検討した結果を示す。
【図9】図1は、実施例3における脂肪前駆細胞の分化・培養スキームである。
【図10】分子量別フコイダンによる線溶阻害因子(PAI−1)遺伝子発現の抑制をRT−PCR法で調べた結果を示す。単位kはkDaを表す。
【図11】低分子化フコイダン(分子量8000〜110000)による線溶阻害因子(PAI−1)遺伝子発現の抑制をRT−PCR法で調べた結果を示す。単位kはkDaを表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、フコイダン、とりわけ低分子化フコイダンが、大型脂肪細胞のマーカー遺伝子でありメタボリックシンドロームにおいて血栓症の発症に関与する線溶系阻害因子PAI−1(Plasminogen Activator Inhibitor-1)の遺伝子発現誘導を強く抑制することを見出した。また、フコイダンが、血液凝固反応の開始因子である組織因子TF(Tissue Factor)の遺伝子発現を減弱させることも見出した。さらに本発明者らは、フコイダンが、脂肪細胞の分化のマーカーであるPPARγ(Proliferator-Activated Receptor γ)を強く誘導することを見出した。このことは、フコイダンが脂肪細胞の肥大化を抑制する作用、すなわち、肥大化脂肪細胞の形成を抑制する作用を有すること示すものである。これらの知見から、フコイダンは、脂肪細胞の肥大化を抑制し、PAI−1の発現およびTFの発現を抑制して、線溶活性を賦活化することが明らかとなった。さらに、フコイダンが、脂肪細胞の分化マーカーであるPPARγの発現を促進し、そのことにより小型脂肪細胞を造成させ、肥大化脂肪細胞の形成が抑制されることもわかった。フコイダン、とりわけ低分子化フコイダンのこれらの作用効果は線溶系賦活化の諸態様である。
【0014】
したがって、本発明は、フコイダン、とりわけ低分子化フコイダンを有効成分として含む線溶賦活剤を提供する。本発明の線溶賦活剤は、脂肪細胞の肥大化を抑制するので、肥大化脂肪細胞の形成が抑制される。その結果、肥大化脂肪細胞におけるPAI−1の発現およびTFの発現が抑制されるので、線溶系が賦活化される。また、本発明の線溶賦活剤は、脂肪細胞の分化マーカーであるPPARγの発現を促進するので、このことによって凝固線溶系を含め生体の恒常性を維持する小型脂肪細胞が形成され、結果として線溶系が賦活化される。そのため、本発明の線溶賦活剤は、線溶系を賦活化することが有益な疾病の予防および治療に、あるいは脂肪細胞の肥大化を抑制すること、PAI−1の発現を抑制すること、TFの発現を抑制すること、あるいはPPARγの発現を促進することが有益な疾病、例えば、血栓症、高血糖、高脂血症、インスリン抵抗性などの予防および治療に、あるいはメタボリックシンドロームの予防および治療に、さらには肥大化脂肪細胞が関与する疾病の予防および治療に有用である。参考として、メタボリックシンドロームの分子病態を図1に示す。
【0015】
本発明の線溶賦活剤の有効成分たるフコイダンは、(1)PAI−1遺伝子の発現を抑制すること、(2)TFの発現を抑制すること、あるいは(3)PPARγの発現を促進することによって、上記疾病の予防および治療に効果を発揮する。特に、低分子化フコイダンは上記効果が大きい。本明細書において、低分子化フコイダンは分子量100000以下のフコイダンをいう。
【0016】
(1)PAI−1遺伝子の発現を抑制すること、(2)TFの発現を抑制すること、あるいは(3)PPARγの発現を促進することを指標にして、本発明の線溶賦活剤におけるフコイダンの有効性を評価することができる。このようなフコイダンの有効性はフコイダンの分子量に関連している。好ましくは、上記指標(1)〜(3)を組み合わせて本発明の線溶賦活剤におけるフコイダンの有効性を評価する。例えば、(1)PAI−1遺伝子の発現を抑制し、かつ(3)PPARγの発現を促進することを指標にして本発明の線溶賦活剤におけるフコイダンの有効性を評価してもよい。かかる観点からすると、本発明の線溶賦活剤の有効成分としてのフコイダンの好ましい分子量範囲は20000〜100000であり、例えば20000〜40000、40000〜60000、60000〜80000、80000〜100000、20000〜40000、20000〜50000、40000〜80000、20000〜80000などである。本発明の線溶賦活剤の有効成分としての低分子化フコイダンの、より好ましい分子量範囲は30000〜90000であり、例えば30000〜50000、50000〜70000、70000〜90000、30000〜80000などである。本発明の線溶賦活剤の有効成分としての低分子化フコイダンの、さらに好ましい分子量範囲は32000〜80000であり、例えば32000〜40000、40000〜50000、50000〜60000、60000〜70000、70000〜80000、32000〜50000、32000〜70000などである。本発明の線溶賦活剤の有効成分としての低分子化フコイダンの、そのうえさらに好ましい分子量は32000〜60000であり、例えば32000〜40000、40000〜50000、50000〜60000、32000〜50000などである。
【0017】
低分子化フコイダンの分子量は公知の方法、例えばゲルろ過クロマトグラフィーを用いて測定することができる。通常は、分子量測定の際に既知分子量を有するプルランをマーカーとして用いる。高分子化合物の分子量は平均分子量、数平均分子量あるいは重量平均分子量で表されることが一般的であるが、本明細書において、特に断らないかぎり、分子量というときは重量平均分子量を意味する。重量平均分子量は、公知の手段・方法により計算することができ、例えばゲルろ過クロマトグラフィーのパターンから計算することができる。
【0018】
本明細書において、分子量を数値で表す場合、その数値の約±20%の幅を含むものとする。例えば、分子量40000という場合には、約32000〜約48000の分子量が含まれる。
【0019】
低分子化フコイダンは原料のフコイダンを部分的に加水分解して得ることができる。フコイダンの加水分解法は公知であり、例えば酸処理法、アルカリ処理法、酵素分解法、水熱条件下で処理する方法などがある。本発明に用いる低分子化フコイダンはいずれの方法により得られた物であってもよい。本発明に用いる好ましい低分子化フコイダンは、水熱条件下で処理することにより得られたものである。フコイダンを水熱条件下で処理する場合、得られる低分子化フコイダンの分子量制御が容易で、低分子化フコイダンの硫酸基脱離もほとんどない。水熱条件は公知であり、例えば、特願2007−084149明細書にも記載されている。
【0020】
本発明の線溶賦活剤の形態はいずれの形態であってもよく、例えば、医薬組成物や飲食物の形態であってもよい。
【0021】
本発明の線溶賦活剤において有効成分として用いられるフコイダンは、精製品であってもよく、粗精製品、例えばもずくなどの海藻からの抽出物であってもよい。海藻などのフコイダン含有素材からのフコイダンの抽出方法および手段は公知である。本発明の線溶賦活剤に使用されるフコイダンは固体(例えば、粉末、顆粒など)、液体(例えば、フコイダン水溶液、フコイダン懸濁液、海藻からの抽出液など)、半固体(例えば、ペーストなど)のいずれであってもよい。本発明の線溶賦活剤において、フコイダン含有素材が有効成分として含まれていてもよい。好ましいフコイダン含有素材の例としては、海藻類、とくに褐藻類が挙げられる。フコイダン含有褐藻類としては、もずく(例えば、沖縄もずく、糸もずくなど)、ワカメ、メカブ(ワカメの胞子葉)、アラメ、ガゴメ、マコンブ、クロメ、カジメ、ミツイシコンブ、ヨレモク、ヒジキ、ホンダワラ、ヤツマタモク、アカモク、ヒバマタ、ウミトラノオなどが例示されるが、これらに限定されない。
【0022】
本発明の線溶賦活剤は医薬組成物の形態であってもよい。その投与経路はいずれの経路であってもよいが、経口投与が好ましい。経口投与剤の場合、濃縮液、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、ドリンク剤などの様々な経口用剤形に処方することができる。これらの剤形の製法は公知であり、混合、溶解、粉砕、打錠、乾燥等のプロセスを適宜用いることができ、目的に応じた担体や賦形剤を使用することができる。本発明の経口投与用線溶賦活剤に香料、甘味料、着色料などを適宜添加してもよい。本発明の経口投与用線溶賦活剤はそのまま投与することもできるが、有効成分であるフコイダンはそれ自体無味無臭であるので、飲食物、例えば、みそ汁、茶、その他の食べ物または飲料に本発明の経口投与用線溶賦活剤を随意に添加して投与することもできる。
【0023】
本発明の線溶賦活剤は飲食物の形態であってもよい。フコイダンはそれ自体無味無臭であるので、風味に影響することなく様々な飲食物を製造することができる。例えば、フコイダン粉末あるいはもずくなどからのフコイダン抽出物を添加したみそ汁やスープを製造することができる。また例えば、もずくなどからのフコイダン抽出物を濃縮してパックに詰める、あるいは凍結乾燥等の処理をして粉末あるいは顆粒などの形態にして適当な包装や容器に入れる等の処理加工を施して、利用者が自ら任意の飲食物に添加して摂取する形態としてもよい。
【0024】
さらに、本発明の線溶賦活剤は、フコイダンまたはフコイダン含有素材を含むサプリメントであってもよい。サプリメントは当業者に公知の方法にて、錠剤、カプセル剤、顆粒、粉末などの形態にすることができる。このように、本発明の飲食物を用いれば、利用者または患者は抵抗なく日常的に長期間にわたりフコイダンを摂取することができ、上記疾病やメタボリックシンドロームの予防および治療に資することができる。本発明の飲食物は機能性食品や健康食品としても有用である。
【0025】
本発明の線溶賦活剤の投与量は当業者が容易に決定することができる。例えば、心筋梗塞や脳梗塞などの血栓症の予防および治療の効果、メタボリックシンドロームの予防および治療の効果、ならびに肥大化脂肪細胞が関与する疾病などの、目的とする疾病の治療または予防効果を観察しながら、投与されるフコイダンの量を決定することができる。本発明の線溶賦活剤により投与されるフコイダンの量(乾燥重量)は、成人の場合、通常1日に約0.8gまたはそれ以上、好ましくは約4gまたはそれ以上が例示される。
【0026】
本発明の線溶賦活剤には、フコイダンのみならず、1種またはそれ以上の他の有効成分または薬剤が含まれていてもよい。他の有効成分の例としては、公知の血栓症治療薬、高血糖治療薬、高脂血症治療薬、インスリン抵抗性治療薬、その他メタボリックシンドロームに関連した疾病の治療薬などが挙げられる。
【0027】
さらに本発明は、線溶賦活剤の製造におけるフコイダン、とりわけ低分子化フコイダンの使用を提供する。
【0028】
さらに本発明は、動物対象における線溶賦活のための方法であって、該動物に有効量のフコイダン、とりわけ低分子化フコイダンを投与することを含む方法を提供する。
【0029】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0030】
実施例1:脂肪細胞の脂肪滴蓄積促進およびそれに対するフコイダンの影響
A.実験方法
細胞培養
脂肪前駆細胞(3T3−Swiss albinoから分離された3T3−L1、医薬基盤研究所より入手)を用い、インスリンと高濃度グルコースの存在下、大量の脂肪滴の蓄積が見られるまで長期間(〜28日)の培養を行った。インスリンと高濃度グルコースとともにフコイダンを培養液に加え(図2)、同様に培養を行った。詳細には、脂肪前駆細胞をDMEM−LG中で培養し、コンフルエントになってから2日間、分化誘導培地DMEM−HG中で培養を行った。分化誘導培地での培養終了時点を「0日目」とした。その後DMEM−HGに1mM デキサメサゾン、0.5mM IBMXおよび10mg/ml インスリンを添加した培地中で2日間培養し、さらにDMEM−HGに10mg/ml インスリンおよび1μg/ml、10μg/mlまたは100μg/ml フコイダンを添加あるいは添加していない培地にて培養した。実験に用いたフコイダンの分子量は330000であった。
【0031】
細胞滴の検出
脂肪滴の蓄積は、細胞内脂質であるトリグリセリドのオイルレッドO染色で検出した。
【0032】
線溶活性の測定
フコイダンの存在または非存在下で培養した脂肪細胞の培養上清に組織型プラスミノーゲンアクチベータ(tPA)を加え、プラスミノーゲンをプラスミンへと活性化させた。線溶活性の測定は、合成基質法ではプラスミンの特異的蛍光基質(Boc−Val−Le u−Lys−MCA)の分解活性を測定し、また、フィブリン平板法ではフィブリノーゲン溶液にトロンビンを加え、プラスチックディッシュに移してフィブリンゲル(厚さ5mm)を形成させ、培養上清を滴下してフィブリン溶解範囲(cm)を測定した。
【0033】
脂肪細胞関連遺伝子の発現検討
遺伝子発現については、大型脂肪細胞のマーカー遺伝子であり、メタボリックシンドロームにおいて血栓症の発症に関与する線溶系阻害因子PAI−1の発現に着目した。また、脂肪細胞分化のマーカーであるPPARγおよび血液凝固の開始因子である組織因子TFもあわせて検討した。恒常的発現(コントロール)遺伝子としてβアクチンの遺伝子を用いた。
【0034】
B.結果
フコイダンの脂肪滴蓄積抑制効果
インスリンと高濃度グルコース存在下においては大量の脂肪滴の蓄積が観察されたが、フコイダンを加えた細胞での脂肪滴蓄積は顕著に抑制された(図3)。この結果は、フコイダンにより脂肪細胞の肥大化が抑制されることを示すものである。
【0035】
フコイダンによる線溶賦活化
フコイダンの存在下において培養した脂肪細胞の培養上清の線溶活性を合成基質法(図4)およびフィブリン平板法(図5)で測定したところ、フコイダン非存在下に比べて上昇していることが明らかとなった。脂肪滴蓄積が顕著に観察される14日目以降において、PAI−1遺伝子の発現が誘導された。他方、フコイダンはPAI−1遺伝子の発現誘導を強く抑制することが明らかとなった(図6)。また、フコイダンは、血液凝固反応の開始因子である組織因子(Tissue Factor:TF)の遺伝子発現を減弱させた。他方、フコイダンはPPARγの発現をコントロールに比べてより強く誘導することが明らかとなった。以上の結果から、フコイダンは脂肪細胞の肥大化を抑制し、PAI−1の発現およびTFの発現を抑制し、線溶活性を賦活化することが明らかとなった。
【実施例2】
【0036】
実施例2:脂肪滴蓄積後におけるフコイダンの影響
脂肪滴を蓄積して肥大化した脂肪細胞におけるPAI−1遺伝子発現のフコイダンによる抑制効果を調べた。
実施例1と同様に脂肪前駆細胞から培養を行い、脂肪滴蓄積を確認した脂肪細胞(14日目)にフコイダン(分子量330000)を添加し(図7)、1週間培養後にPAI−1遺伝子の発現を検討した(図8)。その結果、フコイダンは、蓄積した脂肪滴にはほとんど影響を与えなかったものの、PAI−1の遺伝子発現を顕著に抑制することが明らかとなった。
【実施例3】
【0037】
実施例3:脂肪細胞の脂肪滴蓄積促進およびそれに対する低分子化フコイダンの影響
A.実験方法
細胞培養
脂肪前駆細胞(3T3−Swiss albinoから分離された3T3−L1、医薬基盤研究所より入手)を用い、インスリンと高濃度グルコースの存在下、大量の脂肪滴の蓄積が見られるまで長期間(〜14日)の培養を行った(図9)。インスリンと高濃度グルコースとともに分子量別フコイダン(分子量1500〜2000000)を培養液に加え、同様に培養を行った。詳細には、脂肪前駆細胞をDMEM−LG中で培養し、コンフルエントになってから2日間、分化誘導培地DMEM−HG中で培養を行った。分化誘導培地での培養終了時点を「0日目」とした。その後DMEM−HGに1mM デキサメサゾン、0.5mM IBMXおよび10mg/mlインスリンを添加した培地中で2日間培養し、さらにDMEM−HGに10mg/mlインスリンおよび200μg/ml分子量別フコイダンを添加あるいは添加していない培地にて培養した。
【0038】
脂肪細胞関連遺伝子の発現検討
遺伝子発現については、大型脂肪細胞のマーカー遺伝子であり、メタボリックシンドロームにおいて血栓症の発症に関与する線溶系阻害因子PAI−1の発現に着目した。また、脂肪細胞分化のマーカーであるPPARγもあわせて検討した。恒常的発現(コントロール)遺伝子としてβアクチンの遺伝子を用いた。
【0039】
B.結果
低分子化フコイダンの各分画のうち、超低分子化フコイダン(分子量1500)以外はPAI−1遺伝子の発現誘導を抑制することが明らかとなった(図10)。他方、低分子化フコイダン(分子量32000)はPPARγの発現をコントロールに比べてより強く誘導することが明らかとなった。したがって、低分子化フコイダン(分子量32000)は正常な成熟脂肪細胞の分化を誘導し、かつ、PAI−1の発現を抑制して線溶活性を賦活化することが明らかとなった。
【実施例4】
【0040】
実施例4:低分子化フコイダン(分子量8000〜138000)の影響
低分子化フコイダン(分子量8000〜110000)のなかで最も強い活性を示す分子量を決定するために、実施例3と同様に、低分子化フコイダンのPAI−1遺伝子の発現に与える影響を検討した。その結果、分子量4万のフコイダンはPAI−1遺伝子の発現誘導を強く抑制し、かつ、PPARγの発現を最も強く誘導することが明らかとなった(図11)。実施例3の結果と合わせると、低分子化フコイダン、なかでも分子量32000〜80000、特に分子量32000〜40000前後の低分子化フコイダンに最も強い分化誘導と線溶賦活化活性が存在することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、フコイダンを有効成分として含む医薬組成物や飲食物としての線溶賦活剤を提供するものなので、医薬品や飲食物等の分野において利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フコイダンを有効成分として含む線溶賦活剤。
【請求項2】
フコイダンが低分子化フコイダンである請求項1記載の線溶賦活剤。
【請求項3】
低分子化フコイダンの分子量が32000〜80000である請求項2記載の線溶賦活剤。
【請求項4】
脂肪細胞の肥大化を抑制するものである請求項1〜3のいずれか1項記載の線溶賦活剤。
【請求項5】
PAI−1(Plasminogen Activator Inhibitor-1)の発現を抑制するものである請求項1〜3のいずれか1項記載の線溶賦活剤。
【請求項6】
TF(Tissue Factor)の発現を抑制するものである請求項1〜3のいずれか1項記載の線溶賦活剤。
【請求項7】
PPARγ(Proliferator-Activated Receptor γ)の発現を促進するものである請求項1〜3のいずれか1項記載の線溶賦活剤。
【請求項8】
メタボリックシンドロームの予防または治療のための請求項1〜3のいずれか1項記載の線溶賦活剤。
【請求項9】
血栓症、高血糖、高脂血症、インスリン抵抗性からなる群より選択される疾病の予防または治療のための請求項1〜3のいずれか1項記載の線溶賦活剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2010−132633(P2010−132633A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−115734(P2009−115734)
【出願日】平成21年5月12日(2009.5.12)
【特許番号】特許第4428486号(P4428486)
【特許公報発行日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省都市エリア産学官連携促進事業に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(390016953)株式会社海産物のきむらや (9)
【Fターム(参考)】