説明

縫糸構成要素を備えた甲皮部を有する履物製品

【課題】多層構造を採用することなく、所望の耐伸長性、耐摩耗性、可撓性、および通気性等を有する履物製品を提供する。
【解決手段】履物製品10は、少なくともその一部が基部層41と、上記基部層の表面に隣接している複数の縫糸セクション42とから形成されている甲皮部30を備えている。上記縫糸セクションは、例えばそれらの長軸に対応する方向への伸長を抑制する構成要素となるよう配置されている。上記履物の構成によっては、上記縫糸セクションの第1の部分が上記履物の足前領域11とかかと領域13との間に延びていてもよく、また上記縫糸セクションの第2の部分が直交方向に延びていてもよい。刺繍工程を用いて上記縫糸セクションを上記基部層上に配置してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、縫糸構成要素を備えた甲皮部を有する履物製品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の履物製品は一般に、甲皮部(アッパー)および履物底(ソール)構造という2つの主要要素を含んでいる。甲皮部は履物底構造に取り付けられて履物内に空隙部を形成し、足(フット)を快適にかつしっかりと受け入れる。履物底構造は甲皮部の下面に取り付けられて甲皮部と地面との間に位置する。運動用の履物の中には、履物底構造が、例えば間底(ミッドソール)と外底(アウトソール)とを具備しているものもある。間底はウォーキング、ランニング、および他の歩行活動中に地面の反力を軽減して足および脚(レッグ)にかかるストレスを低減するポリマー発泡体から形成されてもよい。外底は間底の下面に取り付けられて、履物底構造のうち、耐久性および耐摩耗性のある材料から形成される対地部を構成する。履物底構造は空隙部内に配置されて足の裏面に近接する中敷きを具備して、履物の履き心地を高めてもよい。
【0003】
甲皮部は一般に、足の甲および爪先の領域上を覆って足の内側面および外側面沿いに延び、足のかかと領域を回っている。バスケットボール用の履物およびブーツのように、甲皮部が足首の周りで上方に延びて足首を支持している履物もある。一般に足は、履物のかかと領域の足首開口部から甲皮部内の空隙部に進入する。甲皮部には、往々にして締紐系が組み込まれて甲皮部のフィット性を調整し、それによって足の甲皮部の空隙部への出し入れを可能にする。締紐系はまた、履物の装用者が甲皮部の何らかの寸法、特に足回りの寸法を変更して、寸法にばらつきのある足を収容できるようにする。さらに、甲皮部は締紐系の下側に延びて履物の調節性を高める下革(タン)を備えていてもよく、またヒールカウンターを甲皮部に組み入れてかかとの動きを制限してもよい。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、様々な材料が甲皮部の製造に用いられている。運動用履物の甲皮部は例えば、外側層、中間層、および内側層を含む複合材料層から構成されてもよい。甲皮部の外側層を形成する材料は、例えば耐伸長性、耐摩耗性、可撓性、および通気性等の特性に基づいて選択されてもよい。外側層に関しては、爪先領域およびかかと領域を皮革、合皮(合成皮革)、またはゴム材料で形成して比較的高度な耐摩耗性を付与してもよい。皮革、合皮、またはゴム材料は、甲皮部の外側層以外の各領域に求められる度合いの可撓性および通気性を示さない場合がある。よって、外側層以外の各領域は例えば、合成繊維素材から形成されてもよい。甲皮部の外側層はしたがって、甲皮部に様々な特性をそれぞれ付与する数多くの材料要素から形成されてもよい。甲皮部の中間層は従来、耐衝撃性を付与して履き心地を高める軽量なポリマー発泡体材料から形成される。同様に、甲皮部の内側層も、足をじかに取り巻く領域から汗を逃がす吸湿・速乾性の快適な繊維素材から形成されてもよい。運動用履物によっては、複数の層が接着剤で接合されてもよく、また縫合を用いて単一の層内で要素同士を接合するか、または甲皮部の特定領域を補強してもよい。このように、従来の甲皮部は多層構造を有しており、各層がそれぞれ異なる特性を履物の別々の領域に付与している。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一つの局面は甲皮部と、上記甲皮部に取り付けられた履物底構造とを有する履物製品である。上記甲皮部は基部層と、縫糸と、固定要素とを備えている。上記基部層は第1の面と、反対側の第2の面とを画成している。上記縫糸は上記第1の面に隣接して、例えば12ミリメートルを越える距離に亘り上記第1の面と実質的に平行なセクションを有している。また、上記固定要素は上記縫糸を上記基部層に接合する。
【0006】
本発明の他の局面は基部層と、複数の縫糸セクションとを有する甲皮部を備えた履物製品である。上記基部層は第1の面と、反対側の第2の面とを有している。上記縫糸セクションは上記基部層からは独立していて、上記第1の面の少なくとも一部に隣接している。上記縫糸セクションのうち少なくとも一部が実質的に整列している。上記甲皮部は上記縫糸セクションそれぞれの長軸に対応する第1の方向と、上記第1の方向に直交する第2の方向とを画成している。上記甲皮部は上記第1の方向においては実質的に非伸長性であり、また上記第2の方向においては少なくとも10パーセントだけ伸長可能である。
【0007】
本発明の更に他の局面は甲皮部と、履物底構造とを有する履物製品の製造方法である。上記方法は、少なくとも1本の縫糸を用いて基部層に刺繍(縫取り)を施し、上記縫糸の複数のセクションを12ミリメートルを超える距離に亘って上記基部層の表面近傍に配置する工程を含んでいる。上記基部層と上記少なくとも1本の縫糸とを上記甲皮部に組み込み、また上記甲皮部を上記履物底構造に取り付ける。
【0008】
本発明の多様な局面を特徴付ける新規な利点および特徴は、添付の特許請求の範囲において詳細に指摘する。ただし、これら新規な利点および特徴の理解を深めるためには、発明の局面に関する様々な実施形態および概念を説明・例示する以下の説明事項と添付図面とを参照するとよい。
上記の概要および下記の詳細な説明は、添付図面と併せて読めばより深く理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の各局面に係る、甲皮部を有する履物製品の足の外側に対応する側の立面図である。
【図2】上記履物製品の足の内側に対応する側の立面図である。
【図3】上記履物製品の上面図である。
【図4】上記履物製品の底面図である。
【図5】上記履物製品の背面図である。
【図6】上記甲皮部の足の外側に対応する側の面の少なくとも一部を構成する第1の被刺繍要素の上面図である。
【図7】上記甲皮部の足の内側に対応する側の面の少なくとも一部を構成する第2の被刺繍要素の上面図である。
【図8A】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8B】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8C】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8D】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8E】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8F】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8G】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8H】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8I】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8J】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8K】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8L】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8M】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8N】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図8O】上記第1の被刺繍要素および上記第2の被刺繍要素を形成する手順を説明する上面図である。
【図9A】上記履物を組立てる手順を示す立面図である。
【図9B】上記履物を組立てる手順を示す立面図である。
【図9C】上記履物を組立てる手順を示す立面図である。
【図9D】上記履物を組立てる手順を示す立面図である。
【図10A】縫糸を基部に固定する第1の手順の斜視図である。
【図10B】縫糸を基部に固定する第1の手順の斜視図である。
【図10C】縫糸を基部に固定する第1の手順の斜視図である。
【図10D】縫糸を基部に固定する第1の手順の斜視図である。
【図11A】縫糸を上記基部に固定する第2の手順の斜視図である。
【図11B】縫糸を上記基部に固定する第2の手順の斜視図である。
【図11C】縫糸を上記基部に固定する第2の手順の斜視図である。
【図11D】縫糸を上記基部に固定する第2の手順の斜視図である。
【図12A】縫糸を上記基部に固定する第3の手順の斜視図である。
【図12B】縫糸を上記基部に固定する第3の手順の斜視図である。
【図12C】縫糸を上記基部に固定する第3の手順の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
序説
以下の説明および添付の図面は、被刺繍(刺繍が施された)構造を備えた甲皮部を有する履物製品を開示する。また、上記甲皮部の様々な製造方法も開示する。上記甲皮部とその製造方法とは、ランニング、特に短距離走に適した構成を有する履物について開示される。ただし、甲皮部に関わる概念はランニング用にデザインされた履物のみに限定されず、例えばベースボールシューズ、バスケットボールシューズ、クロス・トレーニングシューズ、サイクリングシューズ、フットボールシューズ、テニスシューズ、サッカーシューズ、ウォーキングシューズ、およびハイキングブーツを含む、広範囲な運動用履物様式に上記概念を適用してもよい。また、上記概念を、ドレスシューズ、ローファー、サンダル、および作業用ブーツを含む、一般に非運動用と考えられる履物様式に適用してもよい。したがって、本明細書に開示される概念は多種多様な履物様式に適用される。
履物構造全般
図1ないし図5に示される履物製品10は、ランニングシューズの概略構成を有し、履物底(ソール)構造20と甲皮部(アッパー)30とを具備している。参照のため、履物10を図1および2に示す3つの概略領域、すなわち足前領域11、足中領域12、およびかかと領域13に区分してもよい。履物10はまた、内側面(足の内側に対応する側の面)14と、外側面(足の外側に対応する側の面)15とを含んでいる。足前領域11は一般に、履物10のうちの爪先と、中足骨と指骨とをつなぐ関節とに対応する部分を含んでいる。足中領域12は一般に、履物10のうちの足(フット)の弓形領域に対応する部分を含み、またかかと領域13は、踵骨を含む、足の後部に対応している。外側面14および内側面15は上記各領域11ないし13を通って延び、履物10の両対向面に対応している。上記各領域11ないし13と外内側面14および15とは、履物10の厳密な領域区分を定めるのではなく、むしろ履物10の概略領域を表して以下の説明中で一助となることが意図されている。履物10の他に、領域11ないし13と外内側面14および15とを履物底構造20、甲皮部30、およびこれらの各構成要素に適用してもよい。
【0011】
履物底構造20は甲皮部30に取り付けられて、履物10の装用時には足と地面との間で延びている。また、履物底構造20は牽引摩擦(トラクション)を与えるほか、ウォーキング、ランニング、または他の歩行活動中に足と地面との間で圧縮された際、地面の反力を軽減することもある。履物底構造20の構成は極めて多岐にわたり、従来型または非従来型の様々な構造を含んでいてもよい。しかし、例えば第1の履物底要素21と第2の履物底要素22とを含む履物底構造20の適切な構成を、図1および図2に例示する。
【0012】
第1の履物底要素21は履物10の長軸方向全長に沿って(つまり、上記各領域11ないし13を通して)延び、ポリウレタンまたはエチルビニルアセテート等のポリマー発泡体材料から形成されてもよい。甲皮部30の各部が第1の履物底要素21の両側面を包み込んで第1の履物底要素21の下部領域に取り付けられている。上記各領域11ないし13において、第1の履物底要素21の下部領域は露出して履物10の接地面の一部を形成している。甲皮部30のうち、第1の履物底要素21の下部領域に取り付けられた部分はまた、領域12および13においても露出して、使用中に接地してもよい。第1の履物底要素21の上部領域は足の下(すなわち足底)面と接するように配置され、それによって甲皮部30内に足支持面を形成している。構成によっては、中敷きが甲皮部30内で第1の履物底要素21の上部領域近傍に配置されて履物10の足支持面を構成してもよい。
【0013】
第2の履物底要素22は領域11および12の両方に配置されて第1の履物底要素21および甲皮部30のうちいずれか一方、または両方に取り付けられている。第1の履物底要素21の各部は甲皮部30内まで延びているが、第2の履物底要素22は履物10の外面に位置して領域11および12において接地面の一部を形成する。牽引摩擦力を付与するため、第2の履物底要素22は複数の突起部23を含み、それらの突起部23は取外し可能なスパイク状であってもよい。第2の履物底要素22に適する材料としては、耐久性と耐摩耗性との両方を有する各種ゴムまたは他のポリマー材料がある。
【0014】
甲皮部30は履物10内に空隙部を画成して足を履物底構造20に対して受け入れ、固定する。より詳細には、空隙部は足を収容するように成形されていて、足の外側面および内側面沿い、ならびに足の上側および下側に延びている。足は、少なくともかかと領域13に配置された足首開口部31から空隙部内に進入する。締紐32は甲皮部30の複数の締紐穴33を通って延び、履物装用者が甲皮部30の寸法を変更して寸法にばらつきのある足を収容できるようにする。締紐32はまた、履物装用者が甲皮部30を緩めて空隙部から容易に足を出せるようにする。図示されていないが、甲皮部30は、締紐32の下側に延びて履物10の履き心地および調節性を高める下革(舌状部)を備えていてもよい。
【0015】
甲皮部30は、締紐32の他に第1の被刺繍要素40と第2の被刺繍要素50とを主要構成要素とする。第1の被刺繍要素40は甲皮部30のうち外側面14に対応する部分を形成し、第2の被刺繍要素50は甲皮部30のうち内側部15に対応する部分を形成している。よって、第1の被刺繍要素40および第2の被刺繍要素50はそれぞれ、上記各領域11ないし13を通って延びている。一般に、また以下により詳細に説明するように、甲皮部30は被刺繍要素40および50の縁部を足前領域11およびかかと領域13において接合して空隙部の概略形状を付与することにより、実質的に組立てられる。また、甲皮部30の組立てには締紐32を組み込み、第1の履物底要素21の両側面を被刺繍要素40および50の各部で包み込み、そして該各部を第1の履物底要素21の下部領域に取り付けることも含まれる。
第1の被刺繍要素
図6に独立して示される第1の被刺繍要素40は基部層41と、複数の縫糸42とを具備している。以下に、より詳細に説明する刺繍工程は、縫糸42を基部層41に対して固定または配置するために用いられる。一般に、基部層41は刺繍工程中に縫糸42が固定される基板であり、縫糸42は甲皮部30において構成要素を成すよう配置される。縫糸42は構成要素として、例えば甲皮部30の特定の方向への伸長を制限するか、または甲皮部30の各領域を補強してもよい。
【0016】
基部層41は単一材料要素として図示されているが、基部層41は複数の接合された要素から形成されていてもよい。同様に、基部層41は単一材料層であるか、または複数のともに延びる層から形成されていてもよい。例えば、基部層41は縫糸42の各部分を基部層41に接着、固定、または接合する接続層または他の固定要素を含んでいてもよい。
基部層41は以下の材料において参照用に用いられる個別の縁部43aないし43dを画成している。縁部43aは各領域11ないし13を通って延び、足首開口部31を画成している。縁部43bは主として足前領域11に位置して複数の縫糸42の終点を形成している。縁部43bの反対側にある縁部43cは主としてかかと領域13に位置して複数の縫糸42の反対側の終点を形成している。履物10の製造中、縁部43aおよび43cはそれぞれ、足前領域11およびかかと領域13において第2の被刺繍要素50と接合される。縁部43aの反対側にある縁部43dは各領域11ないし13を通って延び、第1の履物底要素21を包み込んでその下部領域に取り付けられている。基部層41の具体的な構成と、縁部43aないし43dの対応する位置および形状とは履物10の構成によって著しく変化してもよい。
【0017】
基部層41はいかなる略二次元材料から形成されてもよい。本発明に関して用いられる「二次元材料」という語またはその変形語は、長さと幅とが厚さよりも実質的に大きい略平坦な材料を包括することが意図されている。したがって、基部層41に適する材料の例としては、様々な繊維素材、ポリマーシート、または繊維素材とポリマーシートとの組み合わせなどがある。繊維素材は一般に繊維、フィラメント、または糸から製造されるが、これらは例えば、(a)接合、融着、または交絡(インターロック)により繊維網から直接生成されて不繊布およびフェルトを構成するか、または(b)糸に機械的操作を加えることにより形成されて織布を生成してもよい。繊維素材には一方向伸長性または多方向伸長性を付与するように構成した繊維を組み込んでもよく、また繊維素材は例えば、通気性/防水性バリヤを構成するコーティングを含んでいてもよい。ポリマーシートはポリマー材料から押出、圧延、または他の方法で形成されて略平坦な外観を呈していてもよい。また二次元材料は、繊維素材、ポリマーシート、または繊維素材とポリマーシートとの組み合わせの層を2層以上含む材料であって、貼合あるいは積層された材料を包括していてもよい。繊維材料とポリマーシートとの他に、他の二次元材料を基部層41に用いてもよい。二次元材料は平滑でほぼ織り目加工されていない表面を有していてもよいが、中には織目または他の表面的特徴、例えば凹部、凸部、うね、または様々な模様等を有する二次元材料もある。表面的特徴があってもなお、二次元材料は略平滑であり、またその長さと幅とは厚さよりも実質的に大きい。
【0018】
縫糸42の各部分は基部層41を貫通しているか、または基部層41に隣接している。縫糸42が基部層41を貫通している領域では、縫糸42が基部層41に直接接合または固定されている。縫糸部42が基部層41に隣接している領域では、縫糸42が基部層41に固定されていないか、または縫糸42を基部層41に接着、固定、または接合する接続層または他の固定要素に接合されていてもよい。甲皮部30において構成要素を形成するために、複数の縫糸42または単一の縫糸42の複数のセクションが個別の縫糸群44aないし44eのうちの一つにまとめられてもよい。縫糸群44aは縁部43bおよび43c間に、履物10の各領域11ないし13を通って延びている縫糸42を含んでいる。縫糸群44bは締紐穴33の直近に配置されて締紐穴33から半径方向外側に延びている縫糸42を含んでいる。縫糸群44cは縫糸群44b(すなわち、締紐穴33近傍の領域)から縁部43d近傍の領域まで延びている縫糸42を含んでいる。縫糸群44dは縁部43cから縁部43dまで延びて主としてかかと領域13に位置している縫糸42を含んでいる。
【0019】
図示された履物製品10はランニングシューズの概略構成を有している。ウォーキング中、ランニング中、または他の歩行活動中、履物10において誘起された複数の力が甲皮部30をそれぞれ異なる方向に伸長させようとするが、これらの力は別々の場所に集中している場合がある。縫糸42はそれぞれが甲皮部30において構成要素を形成するように配置されている。より詳細には、縫糸群44aないし44dは、構成要素を形成してそれぞれ異なる方向への伸長に抗するか、または力が集中している場所を補強する複数の縫糸42または単一の縫糸42の複数のセクションの集まりである。縫糸群44aは、第1の被刺繍要素40のうち各領域11ないし13と対応して長軸方向(すなわち、縁部43bと43cとの間で各領域11ないし13を通って延びている方向)への伸長に抗する各部分を通って延びている。縫糸群44bは締紐穴33近傍に配置されて締紐32中の張力による力の集中に抗する。縫糸群44cは縫糸群44aとほぼ直交する方向に延びて足の内側〜外側に対応する方向(すなわち、甲皮部30を取囲むように延びる方向)への伸長に抗する。また、縫糸群44dはかかと領域13に位置してかかとの動きを制限するヒールカウンターを構成する。縫糸群44eは基部層41の周縁部を取囲むように延びて縁部43aないし43dの位置に対応している。このように、複数の縫糸42は甲皮部30において構成要素を形成するように配置されている。
【0020】
縫糸42はいかなる略一次元材料から形成してもよい。本発明に関して用いられる「一次元材料」という語またはその変形語は、長さがその幅および厚さよりも実質的に大きい略長形の材料を包括することが意図されている。したがって、縫糸42に適する材料の例としては、種々のフィラメントおよび糸がある。フィラメントは、レーヨン、ナイロン、ポリエステル、ポリアクリル等の複数種の合成材料または例外として天然材料である絹から形成されてもよい。その他、アラミド繊維、パラアラミド繊維、およびカーボン繊維等の種々の工業繊維を用いてもよい。糸は少なくとも一つのフィラメントまたは複数の繊維から形成されてもよい。フィラメント類の長さが不定であるのに対し、繊維は比較的その長さが短く、一般に紡糸または撚糸処理を経て適切な長さの糸を作り出す。フィラメントから形成される糸については、単一のフィラメントから形成してもよく、また複数の個々のフィラメントをまとめたものから形成してもよい。糸はまた、それぞれ異なる材料から形成される別個のフィラメントを含んでいるか、またはそれぞれが2種類以上の異なる材料から形成されるフィラメントを含んでいてもよい。同様の概念がファイバーから形成される糸にも適用される。このように、フィラメントと糸とは、長さが幅および厚さより実質的に大きい様々な構成を取ってもよい。フィラメントと糸以外に、他の一次元材料を縫糸42に用いてもよい。一次元材料は幅と長さとが実質的に等しい断面(例えば、円形状または方形状の断面)を示す場合が多いが、幅が厚さよりも大きい(例えば、矩形状の断面)一次元材料もある。幅が厚さより大きくても、その長さが幅および厚さよりも大きい材料であれば一次元材料と見なしてもよい。
第2の被刺繍要素
図7に独立して示される第2の被刺繍要素50は基部層51と、複数の縫糸52とを具備している。第1の被刺繍要素50を形成するために用いられる刺繍工程と同様の刺繍工程が、縫糸52を基部層51に対して固定または配置するために用いられる。一般に、基部層51は刺繍工程中に縫糸52が固定される基板であり、縫糸52は甲皮部30において構成要素を成すよう配置される。縫糸52は構成要素として、例えば甲皮部30の特定の方向への伸長を抑制するか、また甲皮部30の各領域を補強してもよい。
【0021】
基部層51は、基部層41について上記した二次元材料も含めて、いかなる略二次元材料から形成されてもよい。基部層51は単一材料要素として図示されているが、基部層51が複数の接合された要素から形成されてもよい。同様に、基部層51は単一材料層であるか、または複数のともに延びる層から形成されていてもよい。例えば、基部層51は縫糸52の各部分を基部層51に接着、固定、または接合する接続層または他の固定要素を含んでいてもよい。さらに縫糸52は、縫糸42について上記した一次元材料を含めて、いかなる略一次元材料から形成されてもよい。
【0022】
基部層51は以下の材料において参照用に用いられる個別の縁部53aないし53dを画成している。縁部53aは各領域11ないし13を通って延び、足首開口部31を画成している。縁部53bは主として足前領域11に位置して複数の縫糸52の終点を形成している。縁部53bの反対側にある縁部53cは主としてかかと領域13に位置して複数の縫糸52の反対側の終点を形成する。履物10の製造中、縁部53aおよび53cはそれぞれ、足前領域11およびかかと領域13において第2の被刺繍要素40と接合される。縁部53aの反対側にある縁部53dは各領域11ないし13を通って延び、第1の履物底要素21を包み込んでその下部領域に取り付けられている。基部層51の具体的な構成と、縁部53aないし53dの対応する位置および形状とは履物10の構成に応じて著しく変化してもよい。
【0023】
縫糸52の各部分は基部層51を貫通しているか、または基部層51に隣接していてもよい。縫糸52が基部層51を貫通している領域では、縫糸52が基部層51に直接接合または固着されている。縫糸52が基部層51に隣接している領域では、縫糸52が基部層51に固定されていないか、または縫糸52を基部層51に接着、固定、または接合する接続層または他の固定要素に接合されていてもよい。甲皮部30において構成要素を形成するために、複数の縫糸52または単一の縫糸52の複数のセクションが個別の縫糸群54aないし54eのうちの一つにまとめられてもよい。縫糸群54aは足前領域11および足中領域12の前部に位置する縫糸52を含み、縫糸群54aの複数の縫糸52は縁部53bから長軸方向後方へ延びている。縫糸群54bは締紐穴33の直近に配置されて締紐穴33から半径方向外側に延びている縫糸52を含んでいる。縫糸群54cは縫糸群54b(すなわち、締紐穴33近傍の領域)から縁部53d近傍の領域まで延びている縫糸52を含んでいる。縫糸群54dは縁部53cから縁部53dまで延びて主としてかかと領域13に位置している縫糸52を含んでいる。縫糸群54eはかかと領域13および足中領域12の後部に位置する縫糸52を含み、縫糸群54eの複数の縫糸52は縁部53cから長軸方向前方へ延びている。縫糸群54fは基部層51の周縁部を囲むように延びて、その位置が縁部53aないし53dと対応している。
【0024】
第1の被刺繍要素40について述べたように、履物10において誘起された複数の力が甲皮部30をそれぞれ異なる方向に伸長させようとするかもしれず、これらの力は様々な位置に集中している場合がある。縫糸52はそれぞれ甲皮部30において構成要素を形成するように配置されている。より詳細には、縫糸群54aないし54dは、構成要素を形成してそれぞれ異なる方向への伸長に抗するか、または力が集中している場所を補強する複数の縫糸52または単一の縫糸52の複数のセクションの集まりである。縫糸群54aは、第2の被刺繍要素50のうち少なくとも足前領域11と対応して長軸方向への伸長に抗する部分を通って延びている。縫糸群54bは締紐穴33近傍に配置されて締紐32中の張力による力の集中に抗する。縫糸群54cは縫糸群54aおよび54eとほぼ直交する方向に延びて足の内側〜外側に対応する方向(すなわち、甲皮部30を取囲むように延びる方向)の伸長に抗する。縫糸群54dはかかと領域13に位置してかかとの動きを制限するヒールカウンターの他方側を構成する。また、縫糸群54eは少なくともかかと領域13に位置して長軸方向への伸長に抗する。このように、複数の縫糸52は甲皮部30において構成要素を形成するように配置される。
構成要素
「背景技術」の項で述べたように、従来の甲皮部はその様々な領域にそれぞれ異なる特性を付与する複合材料層から形成されていてもよい。使用中、甲皮部は大きな引張力を被ることがあるため、引張力に抗するよう1層以上の材料層が甲皮部の各領域に配置されている。つまり、履物の使用中に生じる引張力に抗するよう、個々の層が甲皮部の特定の部分に組み込まれていてもよい。例えば、織物繊維を甲皮部に組み込んで長軸方向の耐伸長性を付与してもよい。織物繊維は互いに直角に織りあわされた糸から形成されている。織物繊維が長軸方向の耐伸長性付与を目的として甲皮部に組み込まれている場合は、長軸方向に配向されている糸のみが長軸方向の耐伸長性に寄与し、長軸方向に直角に配向されている糸は通常、長軸方向の耐伸長性に寄与しない。よって、織物繊維中の糸の約半分が長軸方向の耐伸長性には不要である。他の例として、甲皮部の異なる領域で必要とされる耐伸長性の程度は異なっていてもよい。ある甲皮部の領域は、比較的高い耐伸長性の程度を必要とするかもしれず、他の甲皮部の領域は、比較的低い耐伸長性の程度を必要とするかもしれない。織物繊維は、高い耐伸長性の程度と低い耐伸長性の程度との両方を必要とする領域に用いてもよいため、織物繊維中には低い耐伸長性の程度を必要とする領域において不要となる糸もある。これらの例のうちのいずれにおいても、不要な糸は有益な特性を履物に付加することなく履物の全質量を増加させてしまう。同様の概念が、例えば耐摩耗性、可撓性、通気性、耐衝撃性、および吸湿・速乾性のうち1つ以上の特性を得るために用いられる、皮革やポリマーシート等の他の材料にも当てはまる。
【0025】
上述説明に基づけば、複合材料層から形成される従来の甲皮部に用いられる材料は、甲皮部の望ましい特性に大して寄与することのない、不要な部分を有しているかもしれない。耐伸長性に関して、例えば一つの層が、(a)より多方向の耐伸長性または(b)必要または所望されるよりも高い耐伸長性の程度、を付与する材料を含んでいるかもしれない。したがって、これらの材料のうちの不要な部分が有益な特性付与に寄与することなく、履物の全質量を増加させているかもしれない。
【0026】
従来の積層構造とは異なり、甲皮部30は含まれる不要材料を最低限に抑えるように構成されている。基部層41および51は足を覆うが、質量は比較的小さい。縫糸42および52(すなわち、縫糸群44a、54a、44c、54c、44d、54d、および54e)の中には、特に所望の方向の耐伸長性を付与するよう配置されるものもあり、それらの縫糸42および52の本数は所望の耐伸長性の程度だけを付与するように選択される。他の縫糸42および52(すなわち、縫糸群44b、44e、54b、および54f)は甲皮部20の特定の領域を補強するように配置される。よって、縫糸42および52の向き、位置、および量は、特定の目的を適えるよう調整された構成要素を供するように選択される。
【0027】
上述のように、縫糸群44aないし44dおよび54aないし54eの各々は構成要素を供する縫糸42および52の群である。ただし、より具体的には、縫糸群44aは外側面14における長軸方向の耐伸長性を付与するように配置され、縫糸群44a中の縫糸42の本数は特定の耐伸長性の程度を付与するように選択される。同様に、縫糸群54aおよび54eは内側面15の領域11および13における長軸方向の耐伸長性を与えるように配置され、縫糸群54aおよび54e中の縫糸52の本数は領域11および13において特定の耐伸長性の程度を付与するように選択される。縫糸群44bおよび54bはそれぞれ締紐穴33を補強し、各締紐穴33周囲の縫糸の本数は特定の度合いの補強性を付与するように選択される。縫糸群44cおよび54cは各締紐穴33から延びて、甲皮部を巻く方向で特定の耐伸長度を付与するように選択され、縫糸群44cおよび54c中の縫糸42の数は特定の耐伸長性の程度を付与するように選択される。さらに、縫糸群44dおよび54dはヒールカウンターを形成するように配置され、また縫糸群44dおよび54d中の縫糸の数がヒールカウンターに特定の度合いの安定性を付与する。縫糸群44eおよび54fは、被刺繍要素40および50のうち足首開口部31を形成する部分および互いに接合されているか、履物10の他の部分に接合されている部分を含む、被刺繍要素40および50の縁部を補強する。このように、縫糸42および52によって付与される特性は少なくとも部分的に縫糸42および52の向き、位置、および量によって決まる。
【0028】
履物10の特定の構成および意図される用途によって、基部層41および51は例えば非伸長性材料であるか、一方向に伸長性を有する材料であるか、または二方向に伸長性を有する材料であってもよい。一般に、二方向に伸長性を有する材料は甲皮部30に、足の輪郭へのより高い適合性を与え、それによって履物10のはき心地を高める。基部層41および51が二方向に伸長性を有する構成においては、基部層41および51と縫糸42および52とを組み合わせることにより、特定の位置での甲皮部30の伸長特性を効果的に変化させる。第1の被刺繍要素40について、二方向に伸長性を有する基部層41と、縫糸42とを組み合わせることにより、様々な伸長特性を有する区域が甲皮部30に形成され、それらの区域には、(a)縫糸42が存在せず、甲皮部30が二方向に伸長性を示す第1の区域と、(b)縫糸42は存在しているが互いに交差しておらず、甲皮部30が縫糸42に直交する方向に一方向の伸長性を示す第2の区域と、(c)縫糸42が存在していて互いに交差し、甲皮部30が実質的に伸長性を示さない第3の区域とが含まれる。同様の概念が第2の被刺繍要素50にも当てはまる。
【0029】
第1の区域は縫糸が全く存在しない領域を含んでいる。図6を参照すると、第1の区域の例が参照符号45aによって示され、その領域には縫糸42が全く存在しない。第1の区域には縫糸42が存在しないことから、基部層41は縫糸42の制約を受けず、また甲皮部30は二方向に伸長自在である。第2の区域は、縫糸42が存在しているが、実質的に直角に交差してはいない領域を含んでいる。図6を参照すると、第2の区域の例が参照符号45bによって示されている。縫糸42は第2の区域においては実質的に整列しているため、縫糸42は、それらが延びる方向への伸長には抗するが、それらと直交する方向への伸長には抗しない。そのため、基部41層は縫糸42と直交する方向に伸長自在であり、それによって甲皮部30に一方向の伸長性を付与する。構成によっては、縫糸42と直交する方向に少なくとも10パーセント、基部41層が伸長するものの、縫糸42と並ぶ方向にはほとんど伸長しないものもある。第3の領域は縫糸42が存在していて、互いに実質的に直角に(60度を超える角度で)交差している領域を含んでいる。図6を参照すると、第3の領域の例が参照符号45cによって示されている。縫糸42が互いに実質的に直角に交差しているため、縫糸42はほぼ全方向への伸長に抗する。そのため、基部層41はいかなる方向においても伸長自在ではなく、それによって第3の区域における甲皮部30には比較的伸長しにくい構成が与えられる。同様の概念が第2の被刺繍要素50にも当てはまる。図7において、第1の区域に該当する領域の例は参照符号55aによって示され、第2の区域に該当する領域は参照符号55bによって示され、第3の区域に該当する領域は参照符号55cによって示されている。
【0030】
各区域は、縫糸42および52の相対的な本数と向きとが変化する領域間の境界で別の区域に切替わる。甲皮部30の特性は、各区域間の境界において、例えば二方向の伸長性から一方向の伸長性に、二方向の伸長性から非伸長性に、または一方向伸長性から非伸長性に切替わってもよい。各区域間で異なっているのは縫糸42および52の相対的な本数と向きであるすると、各区域間の切替わりは唐突に起こる場合がある。つまり、甲皮部30は縫糸42および52のうち一方の厚さに相当する空間において、ある区間から別の区間に切替わってしまう場合がある。この、区間の切替わりの唐突さを緩和するために、様々な構造を用いてもよい。例えば、区間の切替わり目付近の縫糸42および52は伸長性を有していてもよい。例えば、第1の区間から第2の区間へ切替わる場合、縫糸42および52が境界面において伸長性を有していると、切替わりの唐突さが緩和される。構造上、区間の切替わり目付近の(すなわち縫糸群の境界付近の)縫糸42および52は、該切替わり目からより遠くの(すなわち、縫糸群の中心付近の)縫糸42および52よりも高い伸長性を有していてもよい。非伸長性材料から形成された縫糸42および52は伸長性の他に、切替わり目におけるある程度の伸長を可能にする、縮れた(すなわち、ジグザグ型の)形状を有していてもよい。
【0031】
縫糸42および52を、履物10の耐伸長性以外の特性を変更するために用いてもよい。例えば、甲皮部30の特定の領域に耐磨耗性を追加付加するために縫糸42および52を用いてもよい。例えば、縫糸42および52は足前領域11や履物底構造20付近等、甲皮部30のうち磨耗する領域に集中配置されてもよい。耐摩耗性のために縫糸42および52を用いる場合は、やはり比較的高い耐磨耗性を示す材料から縫糸42および52を選択してもよい。縫糸42および52をまた、甲皮部30の可撓性を変更するために用いてもよい。すなわち、縫糸42および52の密度が比較的高い領域は、縫糸42および52の密度が比較的低い領域よりも撓む度合いが低いかもしれない。同様に、縫糸42および52の密度が比較的高い領域は、縫糸42および52の密度が比較的低い領域よりも通気性が低いかもしれない。
【0032】
図1ないし図7における縫糸42および52の向き、位置、および量は、本発明の多様な側面内での履物10の好適な構成例を供するように意図されている。履物10他の構成において、個別の縫糸群44aないし44dおよび54aないし54eが欠如しているか、または追加の縫糸群が存在して履物10にさらなる構成要素を与えてもよい。長軸方向においてさらなる耐伸長性が望まれる場合は、縫糸群44aと同様の縫糸群が内側面14に含まれているか、または縫糸群54aおよび54eが足中領域12を通って延びるよう変更を加えてもよい。甲皮部30周囲においてさらなる耐伸長性が望まれる場合は、縫糸42および52を縫糸群44cおよび54cに追加してもよい。同様に、足前領域11を囲むように延びる縫糸群またはかかと領域13を囲むように延びる縫糸群を追加することによって、さらなる耐伸長性を甲皮部30の周囲に付与してもよい。
【0033】
個々人のランニング様式または嗜好によって縫糸42および52の向き、位置、および量を決定してもよい。例えば、足が比較的高度な回内運動(つまり、足の内側方向への回動)をする人もいるので、縫糸群44c中の縫糸42の本数を増やして回内運動の度合いを低減してもよい。また、長軸方向の耐伸長性がより高いことを好む人もいるので、縫糸群44aにより多くの縫糸42を含むよう履物10に変更を加えてもよい。また、甲皮部30がもっとぴったりとフィットすることを好む人もいるので、縫糸群44b、44c、54bおよび44cにより多くの縫糸42および52を追加する必要がある場合もある。このように、縫糸42および52の向き、位置、および量を変更することによって個々人のランニング様式または嗜好に合わせて履物10をカスタマイズしてもよい。
【0034】
図示された基部層41および51は、足の内・外側面のほぼ全域を協働して覆う構成を有している。上述したように、基部層41および51はそれぞれ、縫糸42および52が刺繍工程中に固定される基板である。ただし、構成によっては基部層41および51が部分的に欠如していて、縫糸42および52が足または足に装着された靴下の直近に位置していてもよい。つまり、基部層41および51に足を露出させる開口部または切抜部を形成してもよい。他の構成において、基部層42および52またはそれらのうちの一部が刺繍工程の後に除去される水溶性の材料から形成されていてもよい。つまり、縫糸42および52を基部層41および52に取り付けた後、甲皮部30を溶解させてもよい。このように、履物10の構成によっては、基部層41および51が部分的または全体的に欠如していてもよい。
【0035】
縫糸42および52はほぼ全長に亘って基部層41および51に隣接しているが、基部層41および51に直接固定されてはいない。例えば、縫糸42が確実に適正配置された状態にあるよう、縫糸42のそれぞれ一部を基部層41に接着、固定、または接合する接続層または他の固定要素を用いてもよい。接続要素または他の固定要素は、例えば縫糸42と基部層41との間に配置され、加熱されて縫糸42と基部層41とを一体に接着する熱可塑性ポリマーシートであってもよい。接続要素または他の固定要素はまた、例えば縫糸42および基部層41上に延びて縫糸42と基部層41とを一体に接着する熱可塑性ポリマーまたは繊維素材のシートであってもよい。接続要素または他の固定要素はさらに、縫糸42と基部層41とを一体に接着する接着剤であってもよい。構成によっては、縫糸42の上から追加の縫糸をさらに縫い込んで、縫糸42を基部層41に固定してもよい。このように、様々な構造または方法を用いて縫糸42を基部層41に固定してもよい。同様の概念が基部層51および縫糸52の接合にも当てはまる。
【0036】
個別の縫糸群44a、44c、および44d中の縫糸42の各部分は互いにほぼ平行であってもよい。例えば図6に示すように、実際には、縫糸42の各部分間の距離は変化している。つまり、縫糸42は外側へ放射状に広がっている。縫糸群44aに関しては、複数の縫糸42が足中領域12において比較的接近し合っている。しかし、縫糸42が足前領域11およびかかと領域13に向かって延びるに従って、個々の縫糸42間の距離が増加する。よって、縫糸42は足前領域11およびかかと領域13において外側へ放射状に広がっている。同様に、縫糸群44c中の複数の縫糸42も外側へ放射状に広がって、締紐穴33から離れている。甲皮部30のうち締紐穴33に近い各部分においては、縫糸42が比較的接近し合っているが、甲皮部30のうち締紐穴33からより遠い各部分においては分れるかまたは外側へ放射状に広がる傾向にある。上述の放射状に広がる特性には例えば、比較的狭い領域(例えば、各締紐穴33)からより広い領域へ力を分配する作用がある。つまり、放射状に広がる特性を甲皮部30の領域上で力を分配するために用いてもよい。
【0037】
上記説明に基づき、甲皮部30は少なくともその一部が縫糸42および52から構成要素を形成する刺繍工程によって形成される。縫糸42および52の向き、位置、および量によって、様々な構成要素を甲皮部30に形成してもよい。例えば、構成要素が特定の領域に耐伸長性を付与したり、領域を補強したり、耐摩耗性を強化したり、可撓性を変更したり、または領域に通気性を付与したりしてもよい。このように、縫糸42および52の向き、位置、および量を調整することにより、甲皮部30および履物10の特性を調整してもよい。
刺繍工程
図8Aないし図8Oに被刺繍要素40および50をそれぞれ製造するための方法が例示されている。一般に、第1の被刺繍要素40を形成するために用いられる種々の工程は、第2の被刺繍要素50を形成するために用いられる工程と同様である。よって、第2の被刺繍要素50を第1の被刺繍要素40と同様の方法で製造してもよいとの了解のもとに、以下では第1の被刺繍要素40の製造方法を重点的に説明する。
【0038】
第1の被刺繍要素40は少なくともその一部が刺繍工程によって形成される。該刺繍工程は機械または人手によって行われてもよい。機械刺繍に関しては、従来の様々な刺繍機を用いて第1の被刺繍要素40を形成してもよく、また刺繍機を一本または複数本の縫糸から特定の模様またはデザインを刺繍するように設定(プログラム)してもよい。一般に刺繍機は、縫糸の各部分が異なる位置間に延びて目に見えるよう、それらの位置に縫糸を繰り返し固定することによって模様またはデザインを形成する。より詳細には、刺繍機は、(a)基部層41の第1の位置に針を貫通させて縫糸42の第1のループを基部層41に通し、(b)縫糸42の第1のループを、その第1のループに別の縫糸を通して固定し、(c)針を第2の位置まで移動させて縫糸42が第1の位置から第2の位置まで延び、かつ基部層41の表面に見えるようにし、(d)基部層41の第2の位置に針を貫通させて縫糸42の第2のループを基部層41に通し、そして(e)縫糸42の第2のループを、その第2のループにもう一本の糸を通して固定することによって一連のロック・ステッチ(本縫目、二重縫目、またはミシン縫目)を形成する。このように、刺繍機は縫糸42を2つの画定位置に固定し、またこれら2つの位置間に縫糸42を延設するように動作する。これらのステップを繰り返し行うことによって、基部層41に縫糸42による刺繍が施される。
【0039】
従来の刺繍機は、サテン・ステッチ(ジグザグ縫目)、ランニング・ステッチ(波縫目)、またはフィル・ステッチ(畳縫目)を形成することによって基部層41に模様またはデザインを形成してもよく、いずれの場合もロック・ステッチを利用して縫糸42を基部層41に固定してもよい。サテン・ステッチとは密集形成された一連のジグザク形のステッチである。ランニング・ステッチは2点間に渡り、精細部、輪郭取り、および下地に用いられることが多い。フィル・ステッチは密集形成されて様々な模様や縫目方向を形成する一連のランニング・ステッチであり、比較的広い領域をカバーするために用いられることが多い。サテン・ステッチについては、従来の刺繍機では通常12ミリメートルに制限されている。つまり、刺繍機がサテン・ステッチを形成する際、縫糸が基部層に固定される第1の位置と第2の位置との間の距離は従来12ミリメートルに制限されている。したがって、従来のサテン・ステッチ刺繍では、縫糸が12ミリメートル以下の距離を隔てた位置間に延びている。しかし、被刺繍要素40を形成するには、12ミリメートルを越える距離を隔てた位置間に延びるサテン・ステッチを形成するよう刺繍機を改造することが必要になる場合がある。本発明の局面によっては、ステッチが例えば、5センチメートルを越える距離を隔てていてもよい。つまり、縫糸は例えば、12ミリメートルまたは5センチメートルを越える距離に亘り連続的に基部層41の表面に露出していてもよい。
【0040】
図8Aにフープ(刺繍枠)60と共に示される基部層41は、刺繍作業に用いられる従来の矩形フープの構成を有している。フープ60の主要構成要素は外側リング61、内側リング62、およびテンショナー(張力調整具)である。当業界で公知のように、外側リング61は内側リング62を取囲むように延び、基部層41の周縁部が外側リング61と内側リング62との間に延びている。テンショナー63は内側リング62が外側リング61内に位置し、また基部層41が定位置にしっかりと保持されるよう外側リング61の張力を調整する。この構成において、基部層41の中心領域は単一面上に位置し、基部層41が刺繍工程のこの後のステップ中確実に定位置にあるよう、基部層41の中心領域に若干の張力を持たせてもよい。よって、フープ60は一般に、第1の被刺繍要素40を形成する刺繍作業中に基部層41をしっかりと定位置に位置づける枠として用いられる。
【0041】
基部層41がフープ60内に固定されると、刺繍機は縫糸42を基部層41に対して位置づけ、固定し始める。図8Bに示すように、刺繍機はまず、第1の被刺繍要素40の輪郭を形成する。輪郭には、第1の被刺繍要素40の外周を取囲むように延びて縁部43aないし43dに対応する縫糸群44eが含まれる。図によると、縁部43aのうち足首開口部31を形成する部分は縫糸群44eの他の領域よりも厚みのある構成を有しており、それによって足首開口部31を補強する。第1の被刺繍部40のさらなる構成において、縫糸群44eはその全体がより厚い構成を呈しているか、または縁部43aのうち足首開口部31を形成する部分が比較的薄い構成を有していてもよい。さらに、第1の被刺繍要素40の構成によっては、縫糸群44eが部分的または全体的に欠如していてもよい。縫糸群44eを形成するために、サテン・ステッチ、ランニング・ステッチ、フィル・ステッチ、またはそれらの組み合わせ等、多種多様なステッチを用いてもよい。
【0042】
縫糸群44eを形成した後、縫糸群44aを形成してもよい。図8Cを参照すると、縫糸42の部分42aは第1の被刺繍要素40の外側に位置する2点間に延びている。部分42aの両終点はロック・ステッチで固定されており、部分42aの中心領域(すなわち、部分42aのうち両終点以外の領域)は基部層41に隣接しているが、基部層41に固定されてはいない。つまり、部分42aの中心領域は基部層41の表面に連続的に露出している。次いで刺繍機は図8Dに示すように、縫糸42の比較的短い部分42bを形成し、また部分42aと交差する別の部分42cも形成する。図8Eに示すように、この一般的な手順を縫糸群44aが完成するまで繰り返す。
【0043】
縫糸群44cは縫糸群44aと同様の方法で形成される。図8Fを参照すると、縫糸42の部分42dは縫糸群44eによって形成される輪郭内に位置する2点間に延びている。部分42dの両終点はロック・ステッチで固定されており、部分42dの中心領域(すなわち、部分42dのうち両終点以外の領域)は基部層41に隣接しているが、基部層41に固定されてはいない。中心領域はまた、縫糸群44aと交差している。次いで刺繍機は図8Gに示すように、縫糸42の比較的短い部分42eを形成し、また縫糸群44aとも交差する別の部分42fを形成する。図8Hに示すように、この一般的な手順を縫糸群44cの複数の部分のうちの一つが完成するまで繰り返す。次いで刺繍機は、例えば図8Iに示すように、例えば複数のサテン・ステッチを用いて縫糸群44bの複数の部分のうちの一つを形成する。図8Jに示すように、縫糸群44cの複数の部分のうちの一つと縫糸群44bの複数の部分のうちの一つとを形成するための上記手順をもう4回繰り返して縫糸群44cおよび44bをそれぞれ形成する。
【0044】
構成によっては、縫糸群44cの端部が縫糸群44bの外周に当接していてもよい。ただし、図に示すように、縫糸群44cは縫糸群44bの外周を越えて延びている。つまり、縫糸群44cが縫糸群44bを形成する縫糸42上に延びていているか、または縫糸群44bが縫糸群44cを形成する縫糸42上に延びていてもよい。より詳細には、各縫糸群44bおよび44cからの縫糸42は絡合していてもよい。締紐32が締紐穴33を通って延び、張力がかかると、縫糸群44bは締紐穴33を補強し、また縫糸群44cはその張力を甲皮部30の両側面に沿って分配する。縫糸群44bおよび44cを絡合させることによって、締紐穴33にかかる力はより効果的に縫糸群44cに伝えられる。
【0045】
縫糸群44dは縫糸群44aおよび44cと同様の方法で形成される。図8Kを参照すると、縫糸42の部分42gはかかと領域において縫糸群44eが形成する輪郭近傍に位置する2点間に延びている。部分42dの両終点はロック・ステッチで固定されており、また部分42dの中心領域(すなわち、部分42dのうち両終点以外の領域)は基部層41に隣接しているが、基部層41に固定されてはいない。つまり、部分42dの中心領域は基部層41の表面に連続的に露出している。中心領域はまた、縫糸群44aと交差している。図8Lに示すように、この一般的な手順を縫糸群44dが完成するまで繰り返す。
【0046】
縫糸群44dが完成すると、基部層41における縫糸群44bの中心に対応する領域に締紐穴33を貫通形成してもよい。また、図8Mに示すように、基部層41のうち縫糸群44eの外側にある部分から第1の被刺繍要素40を切離すことによって縁部43aないし43dを形成してもよい。基部層41の外側部分から第1の被刺繍要素40を切離す際に、縫糸42のうち縫糸群44aを形成している部分が供される。上記の通り、基部層41は縫糸42の各部分を基部層41に接着、固定、または接合する接続層または他の固定要素を含んでいてもよい。以下に、より詳細に説明する接続層または他の固定要素を、基部層41の外側部分から第1の被刺繍要素40を切離す前に付加または利用してもよい。
【0047】
図8Aないし図8Mに図示される第1の被刺繍要素を形成するための上記一般的な手順は縫糸群44aないし44eをそれぞれ形成するための特定の順番について述べている。上述の順番では、縫糸群44cおよび44dが縫糸群44aと交差し、その結果縫糸群44aは基部層41と縫糸群44aおよび44dとの間に位置する。上述の順番ではまた、縫糸群44bおよび44cがほぼ同時並行に形成される。すなわち、縫糸群44cの一部が形成された後、縫糸群44bの一部が形成され、この手順は縫糸群44bおよび44cがそれぞれ完成するまで繰り返された。しかしながら、上述の順番は第1の被刺繍要素40を形成するために用いてもよい様々な順番の一例であり、縫糸群44aないし44eをそれぞれ形成するために他の様々な順番を用いてもよい。このように、図8Aないし図8Mに示される上記一般的な手順は、それによって第1の被刺繍要素40を形成する可能性のある方法の一例であり、他の様々な手順を交互に用いてもよい。
【0048】
第2の被刺繍要素50は第1の被刺繍要素40を形成するための工程と同様の刺繍工程によって形成される。図8Nを参照すると、縫糸群54aないし54fを形成する刺繍工程後の第2の被刺繍要素50が示されている。その後、基部層51における縫糸群54bの中心に対応する領域に締紐穴33を貫通形成してもよい。また、図8Oに示すように、基部層51のうち縫糸群54eの外側にある部分から第2の被刺繍要素50を切離すことによって縁部53aないし53dを形成してもよい。以下に詳述するように、基部層51の外側部分から第2の被刺繍要素50を切離す前に、縫糸52の各部分を基部層51に接着、固定、または接合する接続層または他の固定要素を付加してもよい。第1の被刺繍要素40と同様に、縫糸群54aないし54fをそれぞれ形成するために様々な順番を用いてもよい。
履物の組立て
被刺繍要素40および50が上述の方法で形成されると、履物10が組立てられる。図9Aないし図9Dに履物10の組立て方の一例が示されている。図9Aに示すように、まず足前領域11およびかかと領域13において被刺繍要素40および50を一体に取り付けることにより、甲皮部30の製造は実質的に終了する。より具体的には、縁部43aおよび53aのそれぞれ前部が接合され、縁部43cおよび53cもそれぞれ接合される。被刺繍要素40および50を接合するために、例えば様々なタイプの縫い方また接着剤を用いてもよい。
【0049】
図9Bに示すように、甲皮部30完成の後、履物底要素21および22が配置される。次いで、第1の履物底要素21を被刺繍要素40および50間に配置して、第1の履物底要素21の両側面を被刺繍要素40および50の下部で包み込む。図9Cに示すように、例えば接着剤を用いて被刺繍要素40および50それぞれの下部を第1の履物底要素21の下部領域に取り付ける。このように組立てる際、第1の履物底要素21の上部領域は甲皮部30内で足支持面を提供するように配置される。しかし、構成によっては、中敷きを甲皮部30内の第1の履物底要素21の上部領域近傍に配置して、履物10の足支持面を形成してもよい。
【0050】
次いで、図9Dに示すように、第2の履物底要素22を第1の履物底要素21と被刺繍要素40および50とに(例えば接着剤を用いて)固定する。この位置で、被刺繍要素40および50、第1の履物底要素21、および第2の履物底要素22はそれぞれ履物10の接地面の各部を形成する。牽引摩擦を追加付加するために、取外し可能なスパイク状の突起部23を第2の履物底要素22に組み込んでもよい。最後に、締紐32を締紐穴33に従来通りの方法で通して履物10の組立てを実質的に完了する。
固定要素
縫糸42の各セグメント(例えば部分42aないし42g)はそれぞれ両終点とそれらの間に延びている中心部とを有している。両終点はロック・ステッチで固定され、中心領域(すなわち、セグメントのうち両終点以外の領域)は基部層41に隣接しているが、基部層41に固定されてはいない。中心領域を基部層41に固定するためには、縫糸42の各部分を基部層41に接着、固定、または接合する接続層を用いてもよい。以下の説明において、接続層または他の固定剤を第1の被刺繍要素40に追加することを可能にする様々な方法を示す。同様の概念が第2の被刺繍要素50にも当てはまる。
【0051】
図10Aないし図10Dに縫糸42の各部分を基部層41に取り付けるための一つの手順を示す。図10Aを参照すると、刺繍工程によって形成され、基部層41(つまり、図8Lに示される様な)の外側部分からまだ切離されていない第1の被刺繍要素40が示されている。さらに、第1の被刺繍要素40の縫糸42を含む表面上に重ねられた接続層70が示されている。
【0052】
接続層70は厚さが例えば、1000分の1ミリメートルないし3ミリメートルの熱可塑性ポリマー材料のシートである。接続層70に適するポリマー材料には例えば、ポリウレタンおよびエチルビニルアセテートが含まれる。接続層70を加熱して第1の被刺繍要素40に接着するため、図10Bに示すように接続層70および第1の被刺繍要素40を加熱された成形機(プレス)のプラテン対71および72の間に配置する。接続層70の温度が上昇するに従って、接続層70を形成するポリマー材料が膨張して基部層41と縫糸42との構造内に進入する。図10Cに示すように、加熱した成形機から取り外されると、接続層70は冷えて縫糸42を効果的に基部層41に接着する。その後、第1の被刺繍要素40を基部層41の外側部分から切離してもよい。
【0053】
接続層70は、第1の被刺繍要素40が基部層41の外側部分から切離された後、縫糸群44aを確実にそのままの状態に保つ。また、接続層70は、縫糸群44cおよび44dの各部分を例えば、基部層41に対して適切な位置に確実に保つ。縫糸42のうち縫糸群44cおよび44dをそれぞれ形成する各セグメントの両端部はロック・ステッチによって基部層41に固定されるが、接続層70の欠如した中心部は基部層41に固定されていない。そのため、接続層70は各縫糸42を効果的に基部層41に接着する。
【0054】
基部層41は汗および熱気を甲皮部20から逃がすことを可能とする通気性の構造を呈していてもよい。しかし、接続層70を付加すると、甲皮部20の通気性度が低減する。図10Aに示す接続層70は不連続な構造を有しているが、接続層70を第1の被刺繍部40のうち接続層70が不要な領域に対応する複数の開口部を設けて形成してもよい。したがって、接続層40の開口部を甲皮部30の通気性を増すために用いてもよい。また、接続層70に用いる材料の量を減らすことによって、履物10の質量が最小限に抑えられるという利点がもたらされる。
【0055】
図11Aないし図11Dに縫糸42の各部分を基部層41に固定するための他の手順が示されている。図11Aを参照すると、縫糸42を付加する前に接続層70に接合された基部層41が示されている。その後、図11Bに示すように、接続層70が基部層41と縫糸42との間に位置するよう刺繍工程を用いて縫糸群44aないし44eを形成する。接続層70を加熱して縫糸42を基部層41に接着するため、図11Cに示すように接続層70および第1の被刺繍要素40を、加熱した成形機のプラテン対71および72の間に配置する。加熱した成形機から取外されると、接続層70は冷えて縫糸42を効果的に基部層41に接着する。その後、図11Dに示すように、第1の被刺繍要素40を基部層41の外側部分から切離してもよい。刺繍工程中、縫糸42に張力を持たせて配置してもよく、そうすると基部層41が内方へ引き込まれがちとなる。刺繍工程の前に接続層70を基部層41に貼り付ける利点は、接続層70が縫糸42による内方への引き込み阻止に役立つということである。
【0056】
図12Aないし図12Cには縫糸42の各部分を基部層41に固定する他の手順が示されている。図12Aを参照すると、刺繍工程によって形成され、基部層41(つまり、図8Lに示される様な)の外側部分からまだ切離されていない第1の被刺繍要素40が示されている。次いで、図12Bに示すように、接着性の固定要素を第1の被刺繍要素40にスプレーするかまたは他の方法で塗布し、それによって縫糸42を基部層41に固定する。その後、図12Cに示すように、第1の被刺繍要素40を基部層41の外側部分から切離してもよい。
結論
上記説明に基づき、甲皮部30は少なくともその一部が、縫糸42および52から構成要素を形成する刺繍工程によって形成される。縫糸42および52の向き、位置、および量に応じて、様々な構成要素を甲皮部30に形成してもよい。例として、構成要素は特定の領域に耐伸長性を付与したり、領域を補強したり、耐磨耗性を強化したり、可撓性を変更したり、または領域に通気性を付与したりしてもよい。このように、縫糸42および52の向き、位置、および量を調整することによって、甲皮部30および履物10の特性を調整してもよい。
【0057】
本発明を様々な実施形態を参照しながら、上記および添付図面において開示してきた。しかしながら本開示が果たす目的は、本発明の各局面に関わる様々な特徴および概念の一例を示すことであり、本発明の各局面の範囲を限定することではない。当業者であれば、添付の特許請求の範囲で定義される本発明の範囲を逸脱することなく、上述の実施形態に多くの変形や変更を行ってもよいことが認識されよう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
甲皮部と、上記甲皮部に取り付けられた履物底構造とを有する履物製品であって、上記甲皮部は、
第1の面と、反対側の第2の面とを有し、二方向の伸長性があって引張破損する前に少なくとも10パーセント伸長することが可能な材料から形成されている基部層と、
上記基部層とは別個のものであり、上記第1の面の少なくとも一部に隣接しており、また非伸長性の材料から形成されている複数の縫糸とを備え、
上記縫糸は、
上記縫糸が上記第1の面には無い第1の区域と、
上記縫糸が互いに実質的に平行であって互いに交差していない第2の区域と、
上記縫糸の第1の部分が第1の方向に延び、上記縫糸の第2の部分が第2の方向に延び、第1の上記縫糸が第2の上記縫糸と交差し、また上記第1の方向が上記第2の方向から少なくとも60度オフセットされるように上記縫糸が配向されている第3の区域とを形成するように配向されていることを特徴とする履物製品。
【請求項2】
上記甲皮部は上記第1の区域においては二方向の伸長性を有し、上記第2の区域においては一方向の伸長性を有し、かつ上記第3の区域においては非伸長性であることを特徴とする、請求項1に記載の履物製品。
【請求項3】
上記基部層の上記材料は繊維素材であることを特徴とする、請求項1に記載の履物製品。
【請求項4】
上記縫糸は固定要素によって上記基部層に接合され、上記固定要素はポリマー材料層であることを特徴とする、請求項1に記載の履物製品。
【請求項5】
上記縫糸は固定要素によって上記基部層に接合され、上記固定要素は少なくとも上記基部層に塗布された接着剤であることを特徴とする、請求項1に記載の履物製品。
【請求項6】
甲皮部と、上記甲皮部に取り付けられた履物底構造とを有する履物製品であって、上記甲皮部の少なくとも一部は、
第1の面と、反対側の第2の面とを有し、上記第1の面が上記履物の外面の少なくとも一部を画成しており、また上記第2の面が、上記甲皮部内に足を受け入れるための空隙を形成する内面の少なくとも一部を画成している基部層と、
上記第1の面および上記第2の面に隣接している複数の縫糸であって、それらの複数の縫糸のうちの第1の部分が上記甲皮部の足前領域とかかと領域との間に延びるように配向されており、また上記複数の縫糸のうちの第2の部分が上記甲皮部の上部領域と下部領域との間に延びるように配向されている複数の縫糸と、
上記縫糸を上記基部層に接合する固定要素と、
上記基部層の締紐穴を貫通している締紐とを含むことを特徴とする履物製品。
【請求項7】
上記縫糸の第3の部分は上記締紐穴のまわりに延びていることを特徴とする、請求項6に記載の履物製品。
【請求項8】
上記縫糸の第3の部分は上記かかと領域に配置されて、上記上部領域から上記下部領域まで延びていることを特徴とする、請求項6に記載の履物製品。
【請求項9】
上記縫糸の第3の部分は上記基部層の縁部近傍に配置されていることを特徴とする、請求項6に記載の履物製品。
【請求項10】
上記固定要素はポリマー材料層および少なくとも上記基部層に塗布された接着剤のうちの少なくとも一つであることを特徴とする、請求項6に記載の履物製品。
【請求項11】
甲皮部と、履物底構造とを有する履物製品の製造方法であって、
少なくとも一本の縫糸を用いて基部層に刺繍を施し、上記縫糸の複数のセクションを12ミリメートルを越える距離に亘って上記基部層の表面近傍に配置する工程と、
上記基部層と、上記少なくとも一本の縫糸とを上記甲皮部に組込む工程と、
上記甲皮部を上記履物底構造に取り付ける工程とを備えていることを特徴とする履物製品の製造方法。
【請求項12】
上記刺繍工程が、上記縫糸の上記セクションを上記基部層の足前領域から上記基部層のかかと領域まで延設することを含むことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項13】
上記刺繍工程が、上記縫糸の上記セクションを上記基部層の締紐受け入れ部から上記基部層の下部まで延設することを含むことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項14】
上記刺繍工程が、上記甲皮部の要素の輪郭を形成するように上記縫糸または別の縫糸を配置することを含むことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項15】
上記刺繍工程が、上記輪郭付近の上記基部層を切断することを含むことを特徴とする請求項14に記載の方法。
【請求項16】
上記刺繍工程が、上記基部層の締紐受け入れ部のまわりに上記縫糸または別の縫糸を配置することを含むことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項17】
上記組込み工程が、上記基部層を刺繍が施された別の要素と接合することを含むことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項18】
甲皮部と、履物底構造とを有する履物製品の製造方法であって、
複数の第1の縫糸セクションを、少なくとも5センチメートルの距離に亘ってそれらの第1の縫糸セクションが基部層を貫通しないように上記基部層の表面近傍に配置する工程と、
複数の第2の縫糸セクションを、少なくとも5センチメートルの距離に亘ってそれらの第2の縫糸セクションが上記基部層を貫通しないように上記基部層の上記表面近傍に配置する工程と、
上記第2の縫糸セクションを、それらが少なくとも60度だけ上記第1の縫糸セクションからオフセットされるように配向する工程と、
上記基部層と、上記第1の縫糸セクションと、上記第2の縫糸セクションとを上記甲皮部に組込む工程と、
上記甲皮部を上記履物底構造に取り付ける工程とを備えていることを特徴とする履物製品の製造方法。
【請求項19】
上記複数の第1の縫糸セクションを配置する工程が、上記第1の縫糸セクションを上記基部層の足前領域から上記基部層のかかと領域まで延設することを含むことを特徴とする請求項18に記載の方法。
【請求項20】
複数の第3の縫糸セクションを、上記甲皮部の要素の輪郭を形成するように配置する工程をさらに備えていることを特徴とする請求項18に記載の方法。
【請求項21】
上記複数の第3の縫糸セクションを配置する工程が、上記輪郭付近の上記基部層を切断することを含むことを特徴とする請求項20に記載の方法。
【請求項22】
複数の第3の縫糸セクションを、上記基部層の締紐受け入れ部のまわりに配置する工程をさらに備えていることを特徴とする請求項18に記載の方法。
【請求項23】
上記組込む工程が、上記基部層を刺繍が施された別の要素と接合することを特徴とする請求項18に記載の方法。
【請求項24】
甲皮部と、上記甲皮部に取り付けられた履物底構造とを有する履物製品であって、上記甲皮部は、
第1の面と、反対側の第2の面とを有し、また第1の点と、そこから少なくとも5センチメートルの距離を隔てた第2の点とを画成している基部層と、
上記第1の点から上記第2の点まで延びている縫糸であって、上記第1の点と上記第2の点との間に位置するセクションを有し、上記セクションが上記第1の面に隣接して少なくとも5センチメートルの距離に亘り連続的に露出している縫糸とを備えていることを特徴とする履物製品。
【請求項25】
上記縫糸の上記セクションは上記第1の面に実質的に平行であることを特徴とする、請求項24に記載の履物製品。
【請求項26】
上記基部層は、引張破損する前に少なくとも10パーセント伸長する繊維材料であることを特徴とする、請求項24に記載の履物製品。
【請求項27】
上記縫糸は、上記縫糸の長軸に対応する方向への上記基部層の伸長を実質的に抑制することを特徴とする、請求項26に記載の履物製品。
【請求項28】
上記縫糸の上記セクションは固定要素によって上記基部層に接合され、上記固定要素はポリマー材料層であることを特徴とする、請求項24に記載の履物製品。
【請求項29】
上記縫糸の上記セクションは固定要素によって上記基部層に接合され、上記固定要素は少なくとも上記基部層に塗布された接着剤であることを特徴とする、請求項24に記載の履物製品。
【請求項30】
甲皮部と、上記甲皮部に取り付けられた履物底構造とを有する履物製品であって、上記甲皮部は、
第1の面と、反対側の第2の面とを有し、二方向の伸長性のある材料から形成されている基部層と、
上記基部層とは別個のものであり、上記第1の面の少なくとも一部に隣接している複数の縫糸とを備え、
上記縫糸は、
上記縫糸が上記第1の面には無い第1の区域と、
上記縫糸が互いに実質的に平行であって互いに交差していない第2の区域と、
上記縫糸の第1の部分が第1の方向に延び、上記縫糸の第2の部分が第2の方向に延び、また上記第1の縫糸が上記第2の縫糸と交差するように上記縫糸が配向されている第3の区域とを形成するように配向されていることを特徴とする履物製品。
【請求項31】
上記甲皮部は上記第1の区域においては二方向の伸長性を有し、上記第2の区域においては一方向の伸長性を有し、かつ上記第3の区域においては非伸長性であることを特徴とする、請求項30に記載の履物製品。
【請求項32】
上記基部層の上記材料は繊維素材であることを特徴とする、請求項30に記載の履物製品。
【請求項33】
上記縫糸は固定要素によって上記基部層に接合され、上記固定要素はポリマー材料層であることを特徴とする、請求項30に記載の履物製品。
【請求項34】
上記縫糸は固定要素によって上記基部層に接合され、上記固定要素は少なくとも上記基部層に塗布された接着剤であることを特徴とする、請求項30に記載の履物製品。
【請求項35】
甲皮部と、上記甲皮部に取り付けられた履物底構造とを有する履物製品であって、上記甲皮部は、
複数の締紐受け入れ穴と、
上記穴のうちの少なくとも一つを少なくとも部分的に囲むように延びている第1の縫糸群と、
上記第1の縫糸群から外側へ延びている第2の縫糸群とを備え、
上記第1の縫糸群および上記第2の縫糸群のうちの少なくとも一方からの縫糸が、上記第1の縫糸群および上記第2の縫糸群のうちの他方からの縫糸と重なっていることを特徴とする履物製品。
【請求項36】
上記第1の縫糸群からの上記縫糸と、上記第2の縫糸群からの上記縫糸とは、絡合していることを特徴とする、請求項35に記載の履物製品。
【請求項37】
上記第1の縫糸群からの上記縫糸と、上記第2の縫糸群からの上記縫糸とは、上記甲皮部内の繊維素材要素とは別個のものであることを特徴とする、請求項35に記載の履物製品。
【請求項38】
上記第2の縫糸群は、実質的に整列して上記甲皮部の下部領域へと延びている複数の縫糸セクションを含んでいることを特徴とする、請求項35に記載の履物製品。
【請求項39】
上記第2の縫糸群の上記縫糸は固定要素によって上記基部層に接合されていることを特徴とする、請求項35に記載の履物製品。
【請求項40】
上記第2の縫糸群は少なくとも5センチメートルの距離に亘り連続的に露出している複数の縫糸セクションを含んでいることを特徴とする、請求項35に記載の履物製品。
【請求項41】
上記第2の縫糸群は上記第1の縫糸群の直近の領域から外側へ放射状に広がっていることを特徴とする、請求項35に記載の履物製品。
【請求項42】
上記第2の縫糸群の縫糸部は、上記締紐受け入れ穴から離れた領域においてよりも、上記締紐受け入れ穴の直近の領域において密集していることを特徴とする、請求項35に記載の履物製品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8A】
image rotate

【図8B】
image rotate

【図8C】
image rotate

【図8D】
image rotate

【図8E】
image rotate

【図8F】
image rotate

【図8G】
image rotate

【図8H】
image rotate

【図8I】
image rotate

【図8J】
image rotate

【図8K】
image rotate

【図8L】
image rotate

【図8M】
image rotate

【図8N】
image rotate

【図8O】
image rotate

【図9A】
image rotate

【図9B】
image rotate

【図9C】
image rotate

【図9D】
image rotate

【図10A】
image rotate

【図10B】
image rotate

【図10C】
image rotate

【図10D】
image rotate

【図11A】
image rotate

【図11B】
image rotate

【図11C】
image rotate

【図11D】
image rotate

【図12A】
image rotate

【図12B】
image rotate

【図12C】
image rotate


【公表番号】特表2009−538198(P2009−538198A)
【公表日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−512195(P2009−512195)
【出願日】平成19年4月16日(2007.4.16)
【国際出願番号】PCT/US2007/066701
【国際公開番号】WO2007/140055
【国際公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【出願人】(592228398)ナイキ・インコーポレーテッド (43)
【氏名又は名称原語表記】Nike Inc
【Fターム(参考)】