説明

耐候性に優れた鋼材およびその表面処理方法

【目的】簡単な処理により、赤錆や黄錆等の浮き錆や流れ錆を生じることなく、大気腐食環境中で、安定した耐候性錆を早期に生成する。
【構成】鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、アルミ付着量が1.0g/m2 以上となるように水溶液を塗布し、その上層に5〜150μmの有機樹脂被膜を形成する。または、上記水溶液に、イオンの総付着量が0.1g/m2 以上となるように、Cu、Fe、P、Cr、Niイオンのうちの1種あるいは2種以上のイオンが含まれている。あるいは、鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、硫酸アルミニウムを1〜65質量%含む有機樹脂塗料によって、被膜が形成されている。または、上記有機樹脂塗料に、硫酸アルミニウムとの総質量%が1〜65質量%となるα−FeOOHが添加されている。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、耐候性に優れる鋼材およびその新しい表面処理方法に関し、特に、大気腐食環境に対する保護作用を有する錆、いわゆる耐候性錆の層が、短期間で育成される鋼材、および耐候性錆早期育成のための鋼材の表面処理方法に関する。
【0002】
【従来の技術】一般に鋼にP,Cu,Cr,Ni等の元素を添加することにより、大気中における耐食性を向上させることができる。これらの低合金鋼は耐候性鋼と呼ばれるが、屋外において数年で腐食に対して保護性のある錆(以下耐候性錆という)を形成し、以後塗装等の耐食処理作業を不要とするいわゆるメインテナンスフリー鋼である。
【0003】しかしながら、耐候性錆が形成されるまでに数年かかるため、それまでの期間中に赤錆や黄錆等の浮き錆や流れ錆を生じてしまい、外見的に好ましくないばかりでなく周囲の環境の汚染原因にもなるという問題点を残している。この問題は、海辺などの海塩粒子飛来環境において特に顕著である。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】この問題について、たとえば特公昭53−22530号公報においては、特定の樹脂を被覆することにより、流れ錆を生じることなく安定錆を形成させる方法が開示されている。また、特公昭56−33911号公報においては、2層被覆による方法が開示れている。
【0005】しかし、特公昭53−22530号公報に開示された方法の場合、腐食性の高い環境では流れ錆の防止が不十分であるばかりでなく、安定錆の生成促進にもおとることが判明した。また、特公昭56−33911号公報に開示された方法の場合、流れ錆の防止には優れるものの、安定錆を形成するまでに、長時間を要してしまうものである。
【0006】他方、特開平1−142088号において、リン酸塩被膜を形成させる表面処理方法が提案されている。しかし、リン酸塩被膜を形成させる以前に適当な前処理を施す必要がある等処理の内容が複雑であり、また鋼材の溶接が必要な場合は溶接部に処理を施すことは容易ではなく、建築構造物には適用が困難なものであるとともに、かかる処理を行わない場合と比較すれば、浮き錆や流れ錆の量は低減してはいるものの、完全なものではなかった。
【0007】そこで、本発明の主たる課題は、簡単な処理により、赤錆や黄錆等の浮き錆や流れ錆をほとんど生じることなく、大気腐食環境に対して安定した耐候性錆を生成すること、および耐候性錆が早期に育成される鋼材を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するための本第1発明に係る耐候性に優れた鋼材の表面処理方法は、鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、アルミ付着量が乾燥質量で1.0g/m2 以上となるように、アルミニウムイオンを含む水溶液を塗布し、水分乾燥後、その上層に、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である有機樹脂被膜を形成することを特徴とするものである。
【0009】また、本第2発明に係る鋼材の表面処理方法は、鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、アルミ付着量が乾燥質量で1.0g/m2 以上、Cu、Fe、P、Cr、Niイオンのうちの1種あるいは2種以上のイオンの総付着量が、0.1g/m2 以上となるように、アルミニウムイオンと、Cu、Fe、P、Cr、Niイオンのうちの1種あるいは2種以上のイオンを含んだ水溶液を塗布し、水分乾燥後、その上層に、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である有機樹脂被膜を形成することを特徴とするものである。
【0010】さらに、本第3発明に係る耐候性に優れた鋼材は、鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、硫酸アルミニウムを乾燥質量で1〜65質量%含む有機樹脂塗料によって、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である被膜が形成されていることを特徴とするものである。
【0011】そして、本第4発明に係る耐候性に優れた鋼材は、鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、硫酸アルミニウムを乾燥質量で1〜64質量%、α−FeOOHを乾燥質量で1〜64質量%、その合計量を乾燥質量で65質量%以下含む有機樹脂塗料によって、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である被膜が形成されていることを特徴とするものである。
【0012】
【作用】本発明者等は、20年以上暴露して生成させた安定錆を解析した結果、安定錆が主としてα−FeOOHからなる微細結晶の緻密な集合により構成されていることを解明した。このため、安定錆を早期に生成するためには、緻密なα−FeOOHを迅速に生成することが重要となる。それとともに、α−FeOOHによる安定錆を生成している間に、流れ錆や浮き錆を防止する必要がある。
【0013】また、耐候性鋼において、耐候性錆の構造が緻密であれば、物理的に大気腐食環境を遮断し易く、また浮き錆や流れ錆の根本的な原因であるFeイオンの溶出を軽減する。しかし一方、耐候性錆中に割れや細孔があると水や酸素の供給経路となり、耐候性錆の防食性が低減する。このため、緻密で連続した錆層を早期に生成する必要がある。
【0014】これらのことを前提として、以下、本発明に用いられる各構成要素の作用について具体的に説明する。
(1)第1発明および第2発明について(1−1)アルミニウムイオンを含む水溶液の塗布アルミニウムイオンを含む水溶液を鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に塗布すると、鋼材に形成される錆が緻密になるため、割れや細孔のさらに少ない構造となる。また、錆中の割れや細孔にアルミニウムイオンを含む水溶液が流入すると、錆中の割れや細孔を埋めて錆を緻密にする。この効果を発揮するためには、乾燥質量で1.0μm以上のアルミ付着量が必要である。
【0015】アルミ付着量の上限は特に限定されないが、アルミ付着量が乾燥質量で500g/m2 を超えると、水分乾燥後の鋼材表面にアルミ化合物が粉状に析出し、上塗りの塗膜密着性を損なうことがあるので、アルミ付着量は500g/m2 以下とするのが望ましい。また、アルミ付着量が500g/m2 を超えてもその効果は飽和するので、施工性、経済性の観点からも500g/m2 以下であることが好ましい。
【0016】アルミニウムイオンを含む水溶液としては、たとえば0.1〜5質量%の硫酸アルミ水溶液を好適に使用することができる。この場合、硫酸アルミ水溶液が0.1質量%未満だと必要なアルミニウムイオンを鋼材に付着させるのに、数回の塗布作業が必要となり、作業性、経済性に劣る。また、硫酸アルミ中の硫酸根は、初期段階において鋼表面を腐食するため、安定錆の形成を促進させる働きがあるので、その意味からも硫酸アルミを使用するのが望ましい。
【0017】(1−2)Cu、Fe、P、Cr、Niイオンの添加Cu、Fe、P、Cr、Niイオンの各イオンは、アルミニウムイオンと共存すると、(1−1)に示した硫酸アルミ水溶液の塗布処理効果をより高め、錆と鋼の界面構造を緻密にするとともに、錆粒子自体を緻密にする効果を持つ。これらの効果を発揮するためには、Cu、Fe、P、Cr、Niイオンのうちの1種あるいは2種以上を0.1g/m2 以上表面に付着させる必要がある。そして、それらのうちの2種以上のイオンを添加するとさらにその効果が増すので、2種類以上のイオンを添加することが望ましい。
【0018】この水溶液処理において、さらにα−FeOOHの微粒子を添加しておき、鋼材表面または鋼材の錆層に0.1〜500g/m2 の範囲で付着させることができ、また好適である。α−FeOOHは、耐候性鋼を長期暴露して形成される防食性の高い安定錆の主要構成化合物であり、通常の大気腐食環境中で化学的に安定であり、相変態や溶解が生じない。このα−FeOOHの添加は、これ自身がその後に形成される安定錆の構成要素となるばかりでなく、結晶核として腐食により新たに溶解してくるFeイオンがα−FeOOHに変化する反応を促進することにより、安定錆の形成を助長するものである。ここで、α−FeOOHの付着量が0.1〜500g/m2 の範囲が好ましいのは、0.1g/m2 未満ではその効果が小さく、500g/m2 を超えると、鋼材表面にα−FeOOHが粉状に析出する結果、上塗りの塗膜密着性を損なう場合があるからである。
【0019】(1−3)有機樹脂被膜の効果前記の硫酸アルミ水溶液による下塗り塗布に対して、有機樹脂による上塗り被覆が行われる。この上塗り被覆により形成される有機樹脂被膜は、過度の水分や酸素を鋼面に透過させて、下地鋼面での安定錆の生成または変態反応を進行させるとともに、その間のFeイオンの滲み出しを防止して、流れ錆を生じることなく安定錆生成を完了させる機能を有する。また、上述した安定錆生成促進化合物を鋼材表面に固定することにより、安定錆形成を有効に行わせる働きを持つ。さらには、海塩粒子飛来環境において、塩素イオンの透過による過度の腐食を防止する働きもある。
【0020】この上塗りの有機樹脂被膜は、乾燥膜厚で5〜150μm、より好ましくは5〜50μmとされる。5μmより薄い膜厚では、Feイオンや塩素イオンの透過に対するバリアー効果が低く、下地鋼材の腐食で生成されてくるFeイオンの滲み出しを完全に防ぐことができず、流れ錆を生じてしまう。特に、海塩粒子飛来環境においては、塩素イオンの透過が激しく、過度の腐食を生じてしまい、連続した安定錆の生成が阻害されてしまうため、有機樹脂被膜の膜厚を5μm以上とする必要がある。
【0021】一方、150μmを超える膜厚とすると、経済的に不利となるばかりでなく、錆層が形成されていない下地に150μmを超える被膜を形成すると、バリアー効果が高くなりすぎ、衝撃等なんらかの理由により被膜が剥落すると、その部分から流れ錆を生じ、また安定錆の形成が阻害される可能性があるため、有機樹脂被膜の膜厚を150μm以下に限定した。
【0022】ここで、本発明で使用される有機樹脂は、特に限定されない。エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂、ブチラール樹脂、フタル酸樹脂等、あるいはこれらの組合せまたは積層して用いることができる。また上記樹脂を塗料化して塗装を行うが、溶剤系の塗料としても、水性の塗料としても特に問題はない。ただし、フェノール樹脂のように硬化に加熱を要するもの、ポリエチレン樹脂のように接着する時に加熱して溶融させる必要がある樹脂は、施工性、経済性の点で好ましくない。
【0023】また、有機樹脂中には、ベンガラ、二酸化チタン、カーボンブラック、フタロシアニンブルー等の着色顔料、タルク、シリカ、マイカ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の体質顔料、酸化クロム、クロム酸亜鉛、クロム酸鉛、塩基性硫酸鉛等の防錆顔料、その他チキソ剤、分散剤、酸化防止剤等慣用の添加剤を含むことができる。特に上塗りの有機樹脂被膜が将来的に損耗ないしは剥落しても外観が損なわれないように、着色顔料により安定錆と同色の茶色あるいはチョコレート色にしておくことが好ましい。
【0024】以上、述べてきた下塗り処理液および上塗り塗料のどらちも、通常の塗装方法と同じくエアスプレー、エアレススプレーあるいは刷毛塗り等のいずれの方法によっても塗布することができるため、場所を選ばず施工が可能である。したがって、現地での鋼材の切断、溶接等の加工後にも対応できる。また、下塗り、上塗りの2回の塗布作業で効果があるため、経済的である。
【0025】本発明が対象とする鋼材は、耐候性鋼に限らず、通常の大気腐食環境において、本発明に係る樹脂被膜中の硫酸アルミニウムの作用により、最終的に化学的に安定で緻密な耐候性錆に変態する錆を生成する鋼材であれば良く、たとえば普通鋼、低合金鋼等も本発明の対象の鋼材として挙げられる。
【0026】ただし、こうして生成された保護性の錆層になんらかの外力が作用して亀裂の生成や剥落を生じたとき、普通鋼等は、その損傷部において再度安定錆を生成する自己修復性能に劣るため、耐候性鋼を使用することが望ましい。
【0027】(2)第3発明および第4発明について(2−1)有機樹脂塗料の効果本発明においては、硫酸アルミニウムまたは硫酸アルミニウムとα−FeOOHが添加されている有機樹脂塗料によって、鋼材表面に被膜が形成されているが、その乾燥膜厚を5μm〜150μmと限定したのは、5μmより薄い膜厚では、バリアー効果が低く、下地鋼材が腐食されて生成される鉄イオンの滲み出しを完全に防ぐことができず、流れ錆を生じてしまうからである。特に、海塩粒子飛来環境においては、塩素イオンの透過が激しく、過度の腐食を生じてしまい、連続した安定錆の生成が阻害されてしまうため、膜厚を5μm以上とする必要がある。
【0028】一方、150μmを超える膜厚とすると、経済的に不利となるばかりでなく、錆層が形成されていない下地に150μmを超える被膜を形成すると、バリアー効果が高くなりすぎて、下地鋼面に安定錆を生成するのに長時間を要するようになる。安定錆が生成する以前に、衝撃等なんらかの理由により被膜が剥落すると、その部分から流れ錆が生じ、また安定錆の形成が阻害される可能性が高いため、膜厚を150μm以下として早期に安定錆を生成させることが望ましい。
【0029】すなわち、本発明の被膜は、適度の水分や酸素を界面に透過させることにより、下地鋼面で安定錆生成あるいは変態反応を進行させ、その間鉄イオンの滲み出しを防止し、流れ錆を生じることなく安定錆生成を完了させる働きをもつものである。
【0030】ここで、本発明において使用される有機樹脂塗料は特に限定されるものではなく、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂、ブチラール樹脂、フタル酸樹脂等を挙げることができる。またこれらの樹脂を塗料化して塗装を行うが、溶剤系の塗料としても、水性塗料としても特に問題はない。ただし、フェノール樹脂(常温で硬化するタイプのものを除く)のように硬化に加熱を必要とするもの、あるいはポリエチレン樹脂のように接着するときに加熱して溶融させる必要がある樹脂は施工性、経済性の点で好ましくない。
【0031】また、本発明における有機樹脂塗料中には、ベンガラ、二酸化チタン、カーボンブラック、フタロシアニンブルー等の着色顔料、タルク、シリカ、マイカ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の体質顔料、酸化クロム、クロム酸亜鉛、クロム酸鉛、塩基性硫酸鉛等の防錆顔料、その他チキソ剤、分散剤、酸化防止剤等慣用の添加剤を含むことができる。特に上塗りの被膜が将来部分的に損耗ないし剥落しても外観を損なわないように、着色顔料により、安定錆と同色の茶色ないしチョコレート色にしておくことが好ましい。
【0032】これらのうち、防錆顔料は、腐食環境の非常に激しい場所で使用するときに、防食性のコントロールの意味で添加しても差し支えないが、添加する場合は過度の防食性を与えないようにその添加量を10質量%以下にしておくことが望ましい。
【0033】また、有機樹脂塗料に硫酸鉄、硫酸ニッケル、燐酸等を添加してもよく、むしろ好適である。鉄イオンやニッケルイオンあるいは燐酸は、アルミニウムイオンと共存することにより、α−FeOOHの生成を促進させる効果を有するからである。
【0034】なお、ここで述べた有機樹脂塗料中の添加剤濃度は、乾燥固化した後の濃度で示している。被膜を形成する前には、適当量の溶剤または水により塗装作業に適した粘度に調整されていることは言うまでもないことであり、溶剤または水分は、塗装後自然乾燥により蒸散していく。
【0035】(2−2)硫酸アルミニウムの効果有機樹脂塗料に添加されている硫酸アルミニウムは、被膜中に水分が浸透してきたときに、アルミニウムイオンと硫酸イオンになり、被膜と鋼の界面に到達する。それらのうちの硫酸イオンおよび水分は、鋼を腐食させて鉄イオンを加速的に生成させる。一方アルミニウムイオンは、この鉄イオンが安定錆の主成分であるα−FeOOHへ加速的に変態させるための触媒的な役割を果たしている。さらにアルミニウムイオンの一部は、α−FeOOHの結晶粒に取り込まれ、その結晶を微細かつ緻密な構造にすることによって、錆層の防食性能を向上させる。また、硫酸イオンも初期の鉄イオンの生成の加速のみならず、安定錆層の微細化、緻密化に関与していると考えられる。
【0036】これらの効果を得るためには、乾燥質量で1質量%以上の硫酸アルミニウムを必要とする。反対に65質量%を超える量を添加すると、これら無機物質を結合する役割を持つ有機樹脂分が不足するため、被膜が脆くなるとともに、被膜表面から鋼界面に到達する貫通孔が形成されて、流れ錆が発生しやすくなるため、上限を65質量%とした。
【0037】(2−3)α−FeOOH添加の効果安定錆の主成分は、α−FeOOHで構成されており、有機樹脂塗料中にα−FeOOHを1質量%以上添加することにより、このα−FeOOHが結晶核となり、α−FeOOHの生成が促進される。また有機樹脂塗料に添加されたα−FeOOHの一部は被膜と鋼の界面で形成される安定錆に取り込まれ、連続被膜形成を促進する効果を持つ。さらには、α−FeOOHの添加は、被膜の損耗や剥落後に現れる最終的な安定錆と樹脂被膜の色調を同一にすることができるという効果も有する。上限の添加量を64質量%(硫酸アルミニウムとの合計量で65質量%)としたのは、64質量%を超える量を添加すると、これら無機物質を結合する役割を持つ有機樹脂分が不足するため、被膜が脆くなるとともに被膜表面から鋼表面に達する貫通孔が形成されて流れ錆が発生しやすくなるからである。
【0038】本発明にかかる鋼材に施される処理は、以上述べてきた塗料を、通常の塗装方法と同じくエアスプレー、エアレススプレーあるいは刷毛塗り等のいずれの方法によって塗装してもよいため、場所を選ばず施工が可能である。また、1回の塗装作業で効果があるため経済性にも優れる。さらに現地塗装が可能なため、現地での鋼材の切断、溶接等の加工後にも対応できる。
【0039】また、対象とする鋼材は、耐候性鋼に限らず、通常の大気腐食環境において、本発明に係る樹脂被膜中の硫酸アルミニウムの作用により、最終的に化学的に安定で緻密な耐候性錆に変態する錆を生成する鋼材であれば良く、たとえば普通鋼、低合金鋼等も本発明の対象の鋼材として挙げられる。
【0040】ただし、こうして生成された保護性の錆層になんらかの外力が作用して亀裂の生成や剥落を生じたとき、普通鋼等は、その損傷部において再度安定錆を生成する自己修復性能に劣るため、耐候性鋼を使用することが望ましい。
【0041】
【実施例】以下、本発明の実験例を示し、この実験例に基づいて本発明の効果および各構成要件の限定条件を詳説する。
<実験例1>本実験例に用いた試験鋼の化学成分を表1に示す。また、本処理を行う前の鋼材の前処理を表2に示し、下塗り処理液の組成と上塗り塗料組成をそれぞれ表3および表4に示す。試験片の寸法は、150×7×3.2mmとし、処理前の試験片の表面はエメリー紙研磨およびバフ研磨により鏡面となっている。なお、上塗り塗料組成中の硬化剤は、エポキシ樹脂についてはアミン系硬化剤、ウレタン樹脂についてはイソシアネート系硬化剤、顔料はベンガラ5.0質量%カーボンブラック1.3質量%、シリカ14.7質量%として合計で上塗り塗料中にいずれも20.0質量%となるように添加した。
【0042】
【表1】


【0043】
【表2】


【0044】
【表3】


【0045】
【表4】


【0046】下塗り処理液はエアスプレー塗装により、また上塗り塗料はエアレススプレー塗装により塗布し、サンプル試験片を作製した。このサンプル試験片を同一条件のもとに、海岸より10mの位置にある兵庫県尼崎市の工業地帯に1年間暴露し、その間経時的に流れ錆発生の有無を評価した。また、暴露後のサンプルについて偏光顕微鏡による断面観察により安定錆生成の有無(安定錆が生成した部分は消光する)を確認し、画像解析処理により全錆中に対する安定錆量を百分率で求めた。本発明例のサンプル片の作成条件および試験結果を表5、表6に、比較例のサンプル片の作成条件および試験結果を表7に示す。
【0047】
【表5】


【0048】
【表6】


【0049】
【表7】


【0050】表5、表6に示される本発明例、および表7に示される比較例の結果を見てみると、本発明例である試験番号1〜34では、流れ錆の発生は認められず、下地鋼面部分に安定錆が高い割合で生成しているのが認められた。特に試験番号3〜9のように、アルミイオン以外のイオンが添加されているものは、イオンの相乗効果により安定錆の生成比率が高く、その促進効果が顕著であった。また安定錆生成率が45%を超えるものは、概ね安定錆が連続被膜として生成しているのに対し、安定錆生成率が45%以下のものは不連続被膜になる傾向を示しており、防食効果に劣ることが判った。
【0051】一方、比較例である試験番号35〜41においては、下塗り処理で付着させるアルミの量が1g/m2 未満であったり、上塗り有機樹脂塗料の膜厚が5〜150μmの範囲外のときは流れ錆を生じたり、安定錆の生成が不十分になったりするために、流れ錆を生じることなく早期に安定錆を生成させるという本発明の目的を達成することができないものであることが判った。
【0052】また、1年間暴露した後の試験番号8、25の各サンプル片に、ナイフにより鉄素地に達する傷を入れ、さらに3か月間暴露を継続した。その結果、試験番号25の傷部から非常に多くの流れ錆の発生が認められたが、試験番号8の傷部からは少量の流れ錆しか認められなかった。これにより、安定錆生成に関し耐候性鋼の方が普通鋼よりも優れた自己修復機能を有することが判った。
【0053】<実験例2>本実験例に用いた試験鋼の化学成分を表8に、また鋼材の前処理を表9に示し、被覆材に用いる基材樹脂を表10に示す。試験片の寸法は、150×70×3.2mmとし、処理前の鋼材表面には、ショットブラストによる除錆を施した。
【0054】
【表8】


【0055】
【表9】


【0056】
【表10】


【0057】被覆材として用いる樹脂のうち硬化剤を使用するタイプには、2液タイプで主剤(基材樹脂+添加剤)と硬化剤を塗装直前に混合した。
【0058】表11および表12に本発明例のサンプルの作成条件および試験結果を、表12に比較例のサンプルの作成条件および試験結果をそれぞれ示す。表11および表12に示す樹脂、添加材配合組成に適当量の溶剤を加えて粘度(B型粘度計測定)を200〜1000CPSにした塗料を作製し、これらの塗料をエアスプレー塗装により試験鋼に塗布し、試験鋼を被覆してサンプル試験片を作製した。このサンプル試験片を同一条件のもとに、海岸より10mの位置にある兵庫県尼崎市の工業地帯に1年間暴露し、その間経時的に流れ錆発生の有無を評価した。また暴露後のサンプルについて偏光顕微鏡による断面観察により安定錆生成有無を確認し、画像解析処理により全錆中に対する安定錆量を百分率で求めた。なお、比較例のうちの試験番号83、84においては、2層被覆を施している。
【0059】
【表11】


【0060】
【表12】


【0061】表11および表12から判るように、本発明例である試験番号51〜73においては、流れ錆の発生が認められず、しかも下地鋼面部分に安定錆が高い割合で生成しているのが認められた。特に硫酸アルミニウムを単独で用いたものに比べ、α−FeOOHや硫酸クロム等を併用したものは、その相乗効果により安定錆の生成比率が高く、安定錆生成に対する促進効果が顕著であった。また、安定錆生成率が45%を超えるものは概ね安定錆が連続被膜として生成しているのに対し、40%以下のものは不連続被膜になる傾向を示しており、防食効果に劣ることが予想される。
【0062】一方、表12から判るように、比較例である74〜84においては、硫酸アルミニウムの添加量が適性範囲外のもの、あるいは膜厚が5〜150μmの範囲外のものは、流れ錆を生じたり、安定錆の生成が不十分になったりするために、流れ錆を生じることなく安定錆を早期に生成させるという本発明の目的は達成できなかった。
【0063】また、1年間暴露した試験番号59および68の各サンプル試験片に、ナイフにより鉄素地に達する傷を入れ、さらに3か月間暴露を継続した。その結果、サンプル68の傷部からは、大量の流れ錆の発生が認められたが、サンプル59の傷部からは、少量の流れ錆しか認められなかった。これは耐候性鋼が、安定錆生成に関し、自己修復能力を有するためと考えられる。
【0064】
【発明の効果】以上の通り、本発明によれば、簡単な処理により、赤錆や黄錆等の浮き錆や流れ錆をほとんど生じることなく、大気腐食環境に対して安定した耐候性錆を生成すること、および耐候性錆が早期に育成される鋼材を提供することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、アルミ付着量が乾燥質量で1.0g/m2 以上となるように、アルミニウムイオンを含む水溶液を塗布し、水分乾燥後、その上層に、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である有機樹脂被膜を形成することを特徴とする耐候性に優れた鋼材の表面処理方法。
【請求項2】鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、アルミ付着量が乾燥質量で1.0g/m2 以上、Cu、Fe、P、Cr、Niイオンのうちの1種あるいは2種以上のイオンの総付着量が、0.1g/m2 以上となるように、アルミニウムイオンと、Cu、Fe、P、Cr、Niイオンのうちの1種あるいは2種以上のイオンを含んだ水溶液を塗布し、水分乾燥後、その上層に、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である有機樹脂被膜を形成することを特徴とする耐候性に優れた鋼材の表面処理方法。
【請求項3】鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、硫酸アルミニウムを乾燥質量で1〜65質量%含む有機樹脂塗料によって、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である被膜が形成されていることを特徴とする耐候性に優れた鋼材。
【請求項4】鋼材の表面あるいは鋼材の錆層に、硫酸アルミニウムを乾燥質量で1〜64質量%、α−FeOOHを乾燥質量で1〜64質量%、その合計量を乾燥質量で65質量%以下含む有機樹脂塗料によって、乾燥膜厚が5μm以上150μm以下である被膜が形成されていることを特徴とする耐候性に優れた鋼材。

【公開番号】特開平8−13158
【公開日】平成8年(1996)1月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−145020
【出願日】平成6年(1994)6月27日
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(000192844)神東塗料株式会社 (48)