説明

耐汚損がいし

【課題】大気汚染が激しい地域においても耐電圧特性の低下を防止することができ、しかもがいし寿命の低下を招くことがない耐汚損がいしを提供する。
【解決手段】通常の釉薬が施釉された磁器製のがいし本体1の表面に、帯電防止剤のコーティング層5を形成し、大気中に含まれる汚損物質の帯電付着を防止する。帯電防止剤はZnO、Sb、SnOなどの導電性の金属酸化物をバインダー中に分散させたものである。コーティング層5の厚みをがいしの表面抵抗が1000〜100000MΩとなるように調整する。工業地域などの重汚損地域に設置するに適しており、特に直流送電用がいしとして適する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気中に工場や自動車などから排出される煤煙やダストを含有する汚損環境下において使用するに適した耐汚損がいしに関するものである。
【背景技術】
【0002】
送電線、配電線、発変電設備等を絶縁支持するために用いられるがいしとして、電気絶縁性、機械的強度及び耐久性に優れた磁器製のがいしが古くから広く使用されている。磁器製のがいしは清浄状態においては10〜20万MΩという高い表面抵抗を持つが、そのがいし表面が汚損されると表面抵抗が低下し、耐電圧特性が大幅に低下することが知られている。特に我が国においては周囲を海に囲まれていることから、強風時に海から飛来する塩分ががいし表面に付着することによって生じる急速汚損が問題であり、古くからそのための対策が研究されてきた。また、中国やインドなどの海外諸国では都市開発の進展や特殊な気象・地形条件によってがいしに汚損物が累積することが問題になっており、対策が切望されている。
【0003】
がいしのうち、発電所や変電所などに設置される大型ブッシング等については、耐汚損特性を向上させるためにがいしの沿面閃絡距離を大きくすることは、機械的強度面や経済的な面で制約があり、大きくしないで性能向上させる技術が期待される。現行の技術では大きくしないで、放水によりがいし表面に付着した塩分を洗い流すがいし洗浄が効果的であるが、省エネ及びコスト削減の観点から洗浄回数の削減や使用水量の低減が望まれている。また送電線や配電線に使用されるがいしでは広い範囲に分散配置されるため、個々にがいし洗浄装置を設置することは実用上容易ではなく、がいし自体を耐汚損特性に優れたがいし(耐汚損がいし)とする必要がある。
【0004】
このような従来の耐汚損がいしは、がいし自体の形状を工夫したもの、塩分が付着しても支障のないように表面を撥水性にしたもの或いは導電釉を施釉したものなどに大別することができる。がいし自体の形状を工夫したものとしては、非特許文献1の第2頁に耐塩用懸垂がいしとして記載されたように、様々なひだをがいし本体に形成することによりがいしの沿面閃絡距離を大きくし、塩分が付着しても閃絡しにくい形状としたものである。しかし台風のような強風に伴って付着した塩分の多くはその後に雨水によって洗い流されるが、大気汚染に伴う汚損は除去されにくく付着し累積する一方であるから、ひだを設けた効果には限界がある。
【0005】
表面を撥水性にしたものとしては、非特許文献1の第225頁に記載されているように、シリコンコンパウンド、フッ素系樹脂、シリコーンゴムなどの撥水性材料を表面に塗布したがいしがある。しかしこの技術は降雨等によって一時的に撥水性が失われたり、煤煙のような大気汚染物質が付着したりすると、撥水性が大幅に低下してしまい、所期の効果を維持することができないという問題がある。このため大気汚染物質の付着に対してはあまり有効でない。このほか最近では光触媒の有機物の分解作用や親水性を利用した汚染物の洗浄が様々な用途で試みられているが、この効果を発現させるには定期的にまとまった量の水が必要なため、降雨の多い一部の地域を除き、汚損環境下に設置するがいしの汚損対策としては適切でない。
【0006】
表面に導電釉を施釉したがいしは10〜900MΩの表面抵抗を持ち、導電釉による抵抗均一化効果と、導電釉を流れる微弱電流による発熱効果とを利用して耐汚損特性を向上させたものである。しかし導電釉に常に微弱電流が流れ続けることとなるため、通常の磁器製がいしに比較してがいし寿命が短くなる傾向がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「がいし」、1983年6月、社団法人電気学会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように従来の耐汚損がいしは、主として塩分付着による耐電圧特性低下を防止することを狙ったものであった。このため煤煙を主体とする大気汚染が激しい工業地域においては、十分な効果を発揮することができない欠点があった。また導電釉がいしは通常の磁器製がいしに比較してがいし寿命が短くなるという欠点があった。従って本発明の目的はこのような従来の問題点を解決し、大気汚染が激しい地域においても耐電圧特性の低下を防止することができ、しかもがいし寿命の低下を招くことがない耐汚損がいしを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明者は汚染大気中に設置されたがいし表面の付着物質について検討を重ねた結果、塩分以外の汚損物質ががいし表面に付着する際には、静電気による帯電付着が原因となることを見出した。がいしには高圧の商用電圧が常時印加されているために、これまでは静電気の影響について検討されたことはない。しかも我が国においては交流送電が主流であるが、長距離送電の場合には直流送電が有利とされており、その場合には電圧極性が常に一定であるから、静電気の影響は特に顕著となると考えられる。
【0010】
上記した知見に基づいてなされた本発明の耐汚損がいしは、磁器製のがいし本体の表面に帯電防止剤のコーティング層を形成したことを特徴とするものである。なお請求項2に記載のように、帯電防止剤が導電性の金属酸化物をバインダー中に分散させたものであることが好ましく、請求項3に記載のように、導電性の金属酸化物または金属が、ZnO、Sb、SnO、Fe、Agなどの物質であることが好ましい。また請求項4に記載のように、コーティング層の厚みをコーティング後のがいしの表面抵抗が1000〜100000MΩとなるように調整することが好ましく、さらに請求項5に記載のように、がいし本体が下ひだまたは内ひだを備えたものであることが好ましい。また請求項6のように、帯電防止剤のコーティング層を、がいし本体の全面、上面のみ、下面のみ或いは一部のみに形成することもできる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の耐汚損がいしは、磁器製のがいし本体の表面に帯電防止剤を主体とするコーティング層を形成したことにより、汚染大気中における汚損物質ががいし表面に付着する際の原因となる静電気による帯電付着を防止することができる。このために海岸から離れた内陸部の工業地域などの重汚損地域に設置するに適しており、特に直流送電用がいしとして適したものである。
【0012】
請求項2の発明によれば、導電性の金属酸化物をバインダー中に分散させた帯電防止剤を用いる。導電性の金属酸化物は特性が安定しており、導電性が劣化することがないから、長期間にわたり安定した帯電防止効果を得ることができる。
【0013】
請求項3の発明によれば、導電性の金属酸化物または金属としてZnO、Sb、SnO2、Fe、Agなどの物質を用いる。これらは比較的安価でありしかも安定した導電性を備えたものであるから、一定品質の耐汚損がいしを安価に製造することができる。
【0014】
請求項4の発明によれば、コーティング層の厚みを調整して、がいしの表面抵抗を1000〜100000MΩとする。この範囲よりも低抵抗となると従来の導電釉がいしと同様に微弱電流によるがいし寿命の低下をまねき、この範囲よりも高抵抗となると帯電防止効果が損なわれる。従ってこの範囲内において、耐電圧特性の低下を防止することができ、しかもがいし寿命の低下を招くことがない耐汚損がいしを得ることができる。
【0015】
請求項5の発明のようにがいし本体を下ひだまたは外ひだを備えたものとしておけば、がいしの沿面閃絡距離の拡大による効果も発揮されるので、さらに優れた耐汚損特性を持たせることが可能となる。特に下ひだがいしの場合には、請求項6のように帯電防止剤のコーティング層を、がいし本体の全面、上面のみ、下面のみ或いは一部のみに形成してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1の実施形態を示す部分断面図である。
【図2】がいし表面の模式的な拡大断面図である。
【図3】本発明の第2の実施形態を示す部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の好ましい実施形態を示す。
図1は本発明の第1の実施形態を示す部分断面図である。この形状のがいしは下ひだ懸垂がいしと呼ばれるもので、1は磁器製のがいし本体、2はキャップ、3はピンである。がいし本体1の外周には3枚の外ひだ4が形成されており、キャップ2からピン3までの沿面閃絡距離を拡大している。なおがいし本体1の内面は滑らかな形状である。図2に模式的に示したように、がいし本体1の表面には通常の釉薬層5が施釉されているうえに、さらに帯電防止剤のコーティング層6が形成されている。釉薬層5の厚みは数百μmであるのに対し、コーティング層6の厚みはその1/100以下の非常に薄いものである。コーティング層6はがいし本体1の表面全体に形成することを基本とするが、後述する実施例2に示すように、がいしの形状によっては上面のみ、下面のみ或いは一部のみに形成することもできる。
【0018】
このコーティング層6は、導電性の金属酸化物をバインダー中に分散させた帯電防止剤を主体とするものである。導電性の金属酸化物または金属としては、ZnO、Sb、SnO2、Fe、Agなどから選択された物質を用いることが好ましい。導電性物質には様々な種類があるが、それらの内でも金属酸化物は性状が安定しており、屋外に設置され風雨や日光に曝されるがいしに適用するに適している。また導電性の金属酸化物の種類は限定されており、比較的安価に入手できる工業材料としては、ZnO、Sb、SnO、Feを挙げることができる。なおこれらの金属酸化物に少量の銀イオンを添加して抗菌性を付与することも可能である。
【0019】
バインダーは金属酸化物粒子間を結合するとともに、金属酸化物粒子をがいし本体1の表面に固定する役割を持つもので、シリコーン樹脂、重合脂肪酸系ポリエステルアミドブロック共重合体などの有機系バインダーであっても、シロキサンのような無機系バインダーであってもよい。シリコーン樹脂は撥水性を高める効果があり、またシロキサンはがいし表面のSi原子と強固に結合し、安定性を高める効果がある。しかし金属酸化物粒子をがいし本体1の表面に固定する役割を持ち耐久性があれば、バインダーの種類は特に限定されるものではない。
【0020】
がいし本体1の表面にコーティング層6を形成するには、金属酸化物をバインダー中に分散させた帯電防止剤を更に溶剤に溶かし、ディッピング、スプレー、流し掛け、ウエス塗り等の適宜の手段によってがいし本体1の表面に塗布したうえ、乾燥させて溶剤を飛ばせばよい。溶剤の種類はバインダーに合わせて適宜決定すればよいが、シリコーン樹脂、重合脂肪酸系ポリエステルアミドブロック共重合体などの有機系バインダーの場合にはイソプロパノールと1−ブタノールとの混合液、シロキサンの場合にはメタノールや純水などが使用できる。
【0021】
コーティング層6の厚みは、がいしの表面抵抗が1000〜100000MΩとなるように調整するものとする。表面抵抗はコーティング層6の厚みの他に、金属酸化物の含有量やその種類によっても変化するが、実際にはコーティング層6が形成されたがいしの表面抵抗を指標として制御すればよい。なお表面抵抗が1000MΩ未満では従来の導電釉がいしに近づき、コーティング層6に微弱電流が流れ続けることとなるため、通常の磁器製がいしに比較してがいし寿命が短くなる傾向が生ずる可能性がある。逆に100000MΩを越えると、静電気を逃がす効果が不十分となるから、1000〜100000MΩの範囲が好ましい。前記した材質を用いた場合、コーティング層6の厚みは概ね0.1〜5μmの範囲となる。
【0022】
上記した第1の実施形態ではがいし本体1は外ひだ懸垂がいしであったが、図3に示す第2の実施形態では、下面に複数の下ひだ7を垂下させた下ひだ懸垂がいしである。この実施形態においても、がいし本体1の表面全体には通常の釉薬層5が施釉されているうえに、さらに帯電防止剤のコーティング層6が形成されている。がいし形状が異なるのみで、コーティング層6については第1の実施形態と同様である。なおこれらの実施形態ではいずれも懸垂がいしを示したが、がいし形状はこれに限定されるものではなく、本発明は長幹がいし、碍管、ブッシングなどの様々ながいしに適用可能である。
【0023】
このように磁器製のがいし本体1の表面に帯電防止剤を主体とするコーティング層6を形成すると、大気中の煤煙等の汚損物ががいし表面に帯電付着することが防止されるので、がいしの汚損耐電圧が向上する。具体的には、がいしの付着量が1/2〜1/3に低減すると、交流送電用のがいしの場合には、コーティング層6のない通常のがいしに比較して汚損耐電圧は1.23〜1.39倍となり、直流送電用のがいしの場合には通常のがいしに比較して汚損耐電圧は1.35〜1.61倍となった。このように電圧極性の変化しない直流送電用の場合には、交流送電用に比較して帯電付着が発生しやすいので、本発明の効果が顕著となる。ただし水滴のような帯電しない粒子の付着に対しては、本発明による汚損物付着防止効果は少なく、従来がいしとほぼ同等となる。また本発明の耐汚損がいしは従来の導電釉がいしに比較してがいし表面に流れる電流が極めてわずかであるので、がいし寿命の低下を招くおそれがない。
【実施例1】
【0024】
図1に示した磁器製の3枚外ひだ懸垂がいしを用い、4種類の試験体を作成した。第1は表面処理をほどこさないそのままの試験体(標準品)、第2は信越化学株式会社からX-24-7890の商品名で販売されている表面低エネルギー剤(撥水剤)をがいし表面全体に塗布した試験体、第3はNTT-AT社からHIRECの商品名で販売されている表面低エネルギー剤(撥水剤)をがいし表面全体に塗布した試験体、第4は本発明の帯電防止剤を主体とするコーティング層をがいし表面全体に形成した試験体である。帯電防止剤を主体とするコーティング層としては、ZnO、Sbの粒子をバインダーであるシリコン樹脂中に分散させたものを使用し、このバインダーを溶剤としての1−ブタノールとイソプロパノールで希釈したものをがいし表面にスプレーコートする方法で形成した。なお第4の試験体の表面抵抗は5000MΩに調整した。
【0025】
これらの4種類の試験体であるがいしを汚損付着、湿潤、乾燥を1サイクルとしたダストサイクル試験に供試し、人工的に汚損物を吹き付けて付着・累積させた。混合汚損物はシリカと石膏とカオリンと食塩を質量比で2:2:2:1の比率で混合したものである。ただしがいしには無課電の状態で実験を行った。3サイクル実施したのちに、がいし下側表面の汚損物付着量を測定した。この測定はIEC Pub.60507に規定される方法で行った。その結果、第1の試験体の汚損物付着量を100としたとき、第2の試験体は103、第3の試験体は65であったが、本発明の実施品である第4の試験体の汚損物付着量はわずかに17であり、顕著な効果があることが確認された。
【実施例2】
【0026】
次に、図3に示した下ひだ懸垂がいしを用い、表面処理をほどこさないそのままの第1の試験体(標準品)、全面に本発明の帯電防止剤を主体とするコーティング層を形成した第4の試験体、がいし本体の下面にのみ帯電防止剤を主体とするコーティング層を形成した第5の試験体を作成し、実施例1と同様の方法で汚損物付着量を測定した。その結果、第1の試験体の汚損物付着量を100としたとき、第4の試験体は27、第5の試験体は25であった。このように本発明はがいし形状が異なる場合にも効果があること、及びがいし形状によっては下面のみへの帯電防止剤を主体とするコーティング層の形成が有効であることが確認できた。
【0027】
なお、以上に説明した帯電防止剤によるがいし表面の汚損防止技術は、ガラスがいしにも応用することができることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0028】
1 がいし本体
2 キャップ
3 ピン
4 外ひだ
5 通常の釉薬層
6 帯電防止剤のコーティング層
7 下ひだ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁器製のがいし本体の表面に、帯電防止剤のコーティング層を形成したことを特徴とする耐汚損がいし。
【請求項2】
帯電防止剤が、導電性の金属酸化物または金属をバインダー中に分散させたものであることを特徴とする請求項1記載の耐汚損がいし。
【請求項3】
導電性の金属酸化物または金属が、ZnO、Sb、SnO、Fe、Agなどの物質であることを特徴とする請求項2記載の耐汚損がいし。
【請求項4】
コーティング層の厚みを、コーティング後のがいしの表面抵抗が1000〜100000MΩとなるように調整したことを特徴とする請求項1記載の耐汚損がいし。
【請求項5】
がいし本体が、下ひだまたは外ひだを備えたものであることを特徴とする請求項1記載の耐汚損がいし。
【請求項6】
帯電防止剤のコーティング層が、がいし本体の全面、上面のみ、下面のみ或いは一部分のみに形成されていることを特徴とする請求項1記載の耐汚損がいし。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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