説明

耐銹性と防眩性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板

【課題】本発明は、高Cr・Mo添加の高合金化に依らず、さらに光輝焼鈍による表面皮膜に限定されることなく、Sn添加を活用して防眩性と耐銹性を兼備した省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】C:0.001〜0.03%、Si:0.01〜1%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.005〜0.05%、S:0.0001〜0.01%、Cr:13〜30%、N:0.001〜0.03%、Al:0.005〜1%及びSn:0.01〜1%
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる鋼板に、表面皮膜を設け、前記表面皮膜に、Al及びSiの1種又は2種を合計で5〜50原子%、及びSnを含有させ、かつ、前記表面皮膜内の平均Cr濃度を、前記鋼板内部のCr濃度の1.1〜3倍とし、前記表面皮膜の表面粗さを、算術平均粗さRaで、0.1〜1.5μmとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家電・厨房関係及び建築建材の内外装材に用いて好適な、耐銹性と防眩性に優れた省合金型のダル仕上げ高純度フェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼板は、家電・厨房機器ならびに建築建材の内外装用など幅広い分野で使用されている。近年、精錬技術の向上により極低炭素・窒素化、PやSなど不純物元素の低減が可能となり、NbやTi等の安定化元素を添加して耐銹性と加工性を高めたフェライト系ステンレス鋼板(以下、高純度フェライト系ステンレス鋼)は広範囲の用途へ適用されつつある。これは、高純度フェライト系ステンレス鋼板が、近年価格高騰の著しいNiを多量に含有するオ−ステナイト系ステンレス鋼板よりも経済性に優れているためである。
【0003】
近年、耐銹性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板は、建築建材の内外装用に加えて、家電・厨房用においても意匠性として防眩性の要求が高まっている。一般に、フェライト系ステンレス鋼板は、オーステナイト系ステンレス鋼板と比較して防眩性に劣る。オーステナイト系ステンレス鋼板は、硝弗酸酸洗で比較的容易に粒界浸食溝を形成し、ミクロな凹凸による光の乱反射により乳白色かつ低光沢の防眩性に良好な表面性状を得やすい。これに対し、高純度フェライト系ステンレス鋼板は、高Cr・Mo添加による高合金化ならびに安定化元素としてNbやTi等を添加しており、耐粒界腐食性は高く、粒界浸食溝が焼鈍・酸洗で形成されないため、防眩性を確保するのに不利だからである。
【0004】
上述した防眩性の課題に対して、これまで種々の製造方法が検討されている。例えば、特許文献1には、ステンレス冷延鋼板を大気中焼鈍酸洗処理した後、ダルロールにより軽圧延し、さらに大気中焼鈍又は光輝焼鈍後酸洗処理する防眩性、色調均一性及び耐食性に優れたダル仕上げステンレス鋼板の製造方法が開示されている。
【0005】
特許文献2には、ダル仕上げ圧延の前及び後に行われる酸洗処理において、硫酸水溶液及び硝酸水溶液中での電解酸洗条件ならびに硝弗酸水溶液浸漬の条件を詳細に規定したダル仕上げステンレス鋼板の製造方法が開示されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1及び特許文献2には、JIS規格のSUS304や、SUS444での実施例が開示されているものの、鋼成分の詳細については開示されていない。
【0007】
高純度フェライト系ステンレス鋼板としては、例えば、特許文献3には、Cr:16〜35%、Mo:6%未満、さらにNb:0.01〜1%、Ti:0.01〜0.5%、V:0.01〜0.3%、Cu:0.5%以下、Al:0.005〜0.3%の1種又は2種以上を含むフェライト系ステンレス鋼板において、硝酸水溶液中での電解酸洗条件を規定し、色調安定性、防眩性及び耐食性を向上させたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法が開示されている。
【0008】
特許文献4には、C≦0.02%、N≦0.02%、Cr:21.5〜31%、Mo:0.3〜4%、Ti:0.1〜0.3%、Nb:0.15〜0.5%、Cr+1.7Mo≧24%のフェライト系ステンレス鋼板において、酸化性雰囲気焼鈍を行い、ソルト処理し、その後の硝弗酸浸漬条件を規定し、耐銹性を向上させたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法が開示されている。
【0009】
また、特許文献5には、C≦0.02%、Si≦1%、Mn≦1%、P≦0.04%、Ni≦0.6%、Cr:16〜35%、Ti:0.05〜(0.5−10×N)、Al:0.005〜0.3%、Mo≦0.6%、Nb≦1%、Cu≦0.5%、N≦0.02%のフェライト系ステンレス鋼板において、光輝焼鈍条件の詳細を規定し、鋼板表面に十点平均粗さRzが1〜50μmの凹凸を形成することにより、防眩性・意匠性を付与した高Cr含有光輝焼鈍ステンレス鋼板及びその製造方法が開示されている。
【0010】
特許文献3〜5には、Cr:22%以上でMoを含有するフェライト系ステンレス鋼板の実施例が開示されている。したがって、特許文献3〜5に開示されるステンレス鋼板は、上述した高Cr・Mo添加により高合金化された高純度フェライト系ステンレス鋼板に関する。
【0011】
他方、高Cr、Mo添加に依らない高純度フェライト系ステンレス鋼として、例えば、特許文献6には、C≦0.03%、Si≦0.3%、Mn≦1%、P≦0.08%、S≦0.02%、Cr:10〜35%、N≦0.08%、Nb:0.05〜2%、Ti:0.05〜2%、Al:0.08〜0.8%のフェライト系ステンレス鋼板において、光輝焼鈍で形成される表面皮膜内にAlが15原子%以上、Nbが6原子%以上でさらにTiを含み、表面粗さを平均粗さRaで0.3μm以上0.95μm以下として防眩性を付与した耐銹性と加工性を向上させたフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。特許文献6のフェライト系ステンレス鋼板は、光輝焼鈍で形成される表面皮膜を規定することにより高Cr、Mo添加に依らずに耐銹性を高めている。
【0012】
これまでに本発明者らは、省資源・経済性の観点から、CrやMoでの高合金化に依らず、Snの微量添加により、耐銹性や加工性を改善した高純度フェライト系ステンレス鋼を提案している。特許文献7及び8で提案した高純度フェライト系ステンレス鋼板は、Cr:13〜22%、Sn:0.001〜1%でC、N、Si、Mn、Pを低減し、Alを0.005〜0.05%の範囲とし、必要に応じてTiやNbの安定化元素を添加した高純度フェライト系ステンレス鋼である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平6−182401号公報
【特許文献2】特開平9−87868号公報
【特許文献3】特開平8−239733号公報
【特許文献4】特開平9−291382号公報
【特許文献5】特開平11−61350号公報
【特許文献6】特開平8−109443号公報
【特許文献7】特開2009−174036号公報
【特許文献8】特開2010−159487号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述した通り、これまで、ステンレス鋼板に防眩性を付与する製造方法は種々検討されている。しかしながら、従来のステンレス鋼板は、耐銹性を兼備するためにCr含有量が22%以上でMoを含有させる高合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板であった。
【0015】
また、表面皮膜の組成を制御した高Cr・Mo添加に依らない高純度フェライト系ステンレス鋼板も開示されているが、光輝焼鈍で生成する表面皮膜に限定されていた。そして、省資源・経済性の観点から微量Snを添加した高純度フェライト系ステンレス鋼も開示されているが、防眩性と耐銹性については検討されていなかった。
【0016】
上述した実情に鑑み、本発明の目的は、高Cr・Mo添加の高合金化に依らず、さらに光輝焼鈍による表面皮膜に限定されることなく、Sn添加を活用して防眩性と耐銹性を兼備した省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上述した課題を解決するために、高純度フェライト系ステンレス鋼において、防眩性を有する表面性状と耐銹性の関係に及ぼすSn添加の影響について、耐銹性を担う表面皮膜の作用効果に着眼して鋭意研究を行った。その結果、次に述べる新しい知見を得た。
【0018】
(a)Snは、高純度フェライト系ステンレス鋼の耐銹性向上に有効な元素であり、Snを添加することで高Cr・Mo添加に依らず省合金化を達成することが出来る。本発明では、表面粗さの大きい防眩性を付与したダル仕上げ表面において、Sn添加により耐銹性が著しく向上することを見出した。このような耐銹性の向上作用については未だ不明なところも多いものの、以下に述べるような実験事実に基づいて、その作用機構を推察している。
【0019】
(b)0.25%Sn添加した16%Cr鋼(以下、Sn添加鋼)、SUS304(18%Cr−8%Ni鋼)、特許文献3〜5で開示された22%Cr−1%Mo鋼、17%Cr−0.2%Ti鋼について、JASO M609−91準拠の複合サイクル腐食試験を行った。腐食サイクルは、(i)35℃、5%NaCl水溶液2時間噴霧→(ii)60℃乾燥4時間→(iii)50℃湿潤2時間とし、15サイクル後の外観を評価した。試験片形状は70mm×150mmとし、表面状態は、通常の冷間圧延後酸洗仕上げしたもの(以下、2B状態という。)に加えて、ダル仕上げ圧延後に焼鈍・酸洗仕上げ(以下、DF状態という。)及び光輝焼鈍仕上げ(以下、BAD状態という。)とした。17%Cr−0.2%Ti鋼の発銹程度は、2B状態、DF状態、BAD状態で大きく変わらず、いずれも赤銹・流れ銹を生じた。他方、Sn添加鋼では、2B状態で発銹が見られるものの、DF状態及びBAD状態では殆ど発銹せず、SUS304や22%Cr−1%Mo鋼のダル仕上げ表面と同等以上の外観を示し、優れた耐銹性を発現した。
【0020】
(c)Sn添加鋼の詳細な表面分析から、表面皮膜は、上述した2B状態からDF状態やBAD状態とすることで、(i)表面皮膜内のCr濃度が上昇する、(ii)表面皮膜における酸化物及び金属状態のSn含有量が上昇する、(iii)焼鈍・酸洗あるいは光輝焼鈍により、表面皮膜におけるAl及びSiの1種又は2種の表面への濃化が進行し、(iv)Sn添加鋼がNb及びTiを含有する場合には、焼鈍・酸洗あるいは光輝焼鈍により、表面皮膜におけるAl、Si、Nb及びTiの1種又は2種以上の表面への濃化が進行する、という新たな知見を得た。すなわち、微量のSnを添加することにより、ダル仕上げ圧延等を施して防眩性を有する表面性状とした後、焼鈍・酸洗あるいは光輝焼鈍したときに形成される表面皮膜中のCr濃度とSn含有量を高めるとともに、耐銹性の向上に効果的なAl、Si、Ti、Nbの表面皮膜中での濃化を促進させる。このようなSn添加の作用効果により、Si添加鋼は、上述したSUS304や22%Cr−1%Mo鋼に匹敵する耐銹性を省合金Cr鋼で達成することができる。
【0021】
(d)上述したSn添加の作用機構については未だ不明なところは多い。特許文献8において、Sn添加による不働態皮膜中へのCrとSnの濃化及びそれに伴う耐銹性向上効果について明らかにしている。本発明では、表面粗さの大きい表面性状において、これら作用効果が重畳するとともに、耐銹性向上に効果的なAl、Si、Ti、Nbの表面皮膜中での濃化をも促進する新たな知見を見出した。
【0022】
(e)上述した耐銹性の向上効果を高めるには、C、N、P、Sの低減により鋼の高純度化を図り、Al、Si含有量を高めることが有効である。さらに、NbやTiの安定化元素を添加することが効果的である。
【0023】
(f)本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼板の製造方法は特に規定するものではないが、上記のSn添加の作用効果は、表面平均粗さRaが0.1μm以上から発現する。従って、鋼板表面は、算術平均粗さRaが0.1μm以上となるようにダル圧延を施した後、焼鈍・酸洗仕上げあるいは光輝焼鈍仕上げとすることが必要である。
【0024】
本発明は、上記(a)〜(f)の知見に基づきなされたもので、その要旨は、以下のとおりである。
【0025】
(1)質量%で、
C:0.001〜0.03%、
Si:0.01〜1%、
Mn:0.01〜1.5%、
P:0.005〜0.05%、
S:0.0001〜0.01%、
Cr:13〜30%、
N:0.001〜0.03%、
Al:0.005〜1%及び
Sn:0.01〜1%
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる鋼板が、表面皮膜を有し、
前記表面皮膜が、C、O及びNを除いた前記表面被膜を構成するカチオンのみの割合で、Al及びSiの1種又は2種を合計で5〜50原子%、及びSnを含有し、かつ、前記表面皮膜内の平均Cr濃度が、C、O及びNを除いた前記表面皮膜を構成するカチオンのみの割合で、前記鋼板内部のCr濃度の1.1〜3倍であり、
前記表面皮膜が、算術平均粗さRaで、0.1〜1.5μmの表面粗さを有することを特徴とする耐銹性と防眩性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【0026】
(2)前記鋼板が、さらに、質量%で、
Nb:0.03〜0.5%、
Ti:0.03〜0.5%、
Ni:0.1〜0.5%、
Cu:0.1〜0.5%、
Mo:0.1〜0.5%、
V:0.01〜0.5%、
Zr:0.01〜0.5%、
Co:0.01〜0.5%、
Mg:0.0001〜0.005%、
B:0.0003〜0.005%以下及び
Ca:0.005%以下
のうちから選ばれる1種又は2種以上を含有し、
前記表面皮膜が、さらに、C、O及びNを除いた前記表面皮膜を構成するカチオンのみの割合で、Al、Si、Nb及びTiの1種又は2種以上を合計で5〜50原子%以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の耐銹性と防眩性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【0027】
(3)前記鋼板が、さらに、質量%で、
La:0.001〜0.1%、
Y:0.001〜0.1%、
Hf:0.001〜0.1%及び
REM:0.001〜0.1%
のうちから選ばれる1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の耐銹性と防眩性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、高Cr・Mo添加の高合金化に依らず、さらに、光輝焼鈍によって形成される表面皮膜に限定されることなく、高純度フェライト系ステンレス鋼板にSn添加することにより防眩性と耐銹性を兼備した省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は、特に断りのない限り、「質量%」を意味する。
【0030】
(A)成分組成の限定理由を以下に説明する。
Cは、耐銹性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.03%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とする。好ましくは、耐銹性や製造コストを考慮して0.002〜0.01%とする。
【0031】
Siは、脱酸元素として有効であることに加え、本発明の耐銹性を高める作用を有する元素である。脱酸剤と本発明の耐銹性を向上するために下限を0.01%とする。但し、過度な添加は鋼靭性や加工性の低下を招くため、上限を1%とする。好ましくは効果と製造性を考慮して0.1〜0.6%とする。より好ましくは0.15〜0.5%である。
【0032】
Mnは、硫化物を形成して耐銹性を阻害する元素であるため、その含有量は少ないほど良い。耐銹性の低下を抑制するため上限を1.5%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.01%とする。好ましくは、耐銹性と製造コストを考慮して0.05〜0.5%とする。
【0033】
Pは、製造性や溶接性を阻害する元素であるため、その含有量は少ないほど良い。製造性や溶接性の低下抑制から上限を0.05%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.005%とする。好ましくは、製造コストを考慮して0.01〜0.04%とする。
【0034】
Sは、耐銹性や熱間加工性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良い。そのため、上限は0.01%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001とする。好ましくは、耐銹性や製造コストを考慮して0.0002〜0.002%とする。
【0035】
Crは、本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼の主要元素であり、Sn添加により本発明の目的とする耐銹性の向上のために必須の元素である。本発明の耐銹性向上効果を得るために下限は13%とする。上限は、製造性の観点から30%とする。但し、SUS304や22%Cr−1%Mo鋼と比較した経済性から、好ましくは14〜22%とする。性能と合金コストを考慮して、より好ましくは、16〜18%とする。
【0036】
Nは、Cと同様に耐銹性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.03%とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とする。好ましくは、耐銹性や製造コストを考慮して0.005〜0.015%とする。
【0037】
Alは、脱酸元素として有効な元素であることに加え、本発明の目的とする耐銹性の向上のために必須の元素である。下限は、Sn添加と重畳して耐銹性の向上効果を得るために0.005%とする。上限は、製造性や溶接性・加工性の観点から1%とする。但し、SUS304や22%Cr−1%Mo鋼と比較した性能と製造性から、好ましくは0.03〜0.8%とする。より好ましくは0.05〜0.5%とする。
【0038】
Snは、CrやMoの合金化や光輝焼鈍による表面皮膜制御に頼ることなく、防眩性を有する表面性状において、本発明の目的とする耐銹性の向上を確保するために必須の元素である。本発明の目的とする耐銹性向上効果を得るために、下限は0.01%とする。上限は、製造性の観点から1%とする。但し、SUS304や22Cr−1%Mo鋼と比較したときの経済性から、好ましくは0.1〜0.6%とする。性能と合金コストを考慮して、より好ましくは、0.2〜0.5%とする。
【0039】
Nb、Tiは、C、Nを固定する安定化元素の作用により、耐銹性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。添加する場合は、それぞれその効果が発現する0.03%以上とする。但し、過度な添加は合金コストの上昇や再結晶温度上昇に伴う製造性の低下に繋がるため、上限をそれぞれ0.5%とする。好ましい範囲は、効果と合金コスト及び製造性を考慮して、Nb、Tiの1種又は2種で0.05〜0.5%とする。より好ましい範囲は0.1〜0.3%である。
【0040】
Ni、Cu、Mo、V、Zr、Coは、Snとの相乗効果により耐銹性を高めるのに有効な元素であり、必要に応じて添加する。Ni、Cu、Moは、添加する場合、それぞれその効果が発現する0.1%以上とする。V、Zr、Coは、添加する場合、それぞれその効果が発現する0.01%以上とする。但し、過度な添加は合金コストの上昇や製造性の低下に繋がるため、上限を0.5%とする。
【0041】
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する他、TiNの晶出核として作用する。TiNは凝固過程においてフェライト相の凝固核となり、TiNの晶出を促進させることで、凝固時にフェライト相を微細生成させることができる。凝固組織を微細化させることにより、製品のリジングやロ−ピングなどの粗大凝固組織に起因した表面欠陥を防止できる他、加工性の向上をもたらすため必要に応じて添加する。添加する場合は、これら効果を発現する0.0001%とする。但し、0.005%を超えると製造性が劣化するため、上限を0.005%とする。好ましくは、製造性を考慮して0.0003〜0.002%とする。
【0042】
Bは、熱間加工性や2次加工性を向上させる元素であり、高純度フェライト系ステンレス鋼への添加は有効である。添加する場合は、これら効果を発現する0.0003%以上とする。しかし、過度の添加は、伸びの低下をもたらすため、上限を0.005%とする。好ましくは、材料コストや加工性を考慮して0.0005〜0.002%とする。
【0043】
Caは、熱間加工性や鋼の清浄度を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。添加する場合は、これら効果を発現する0.0003%以上とする。しかし、過度の添加は、製造性の低下やCaSなどの水溶性介在物による耐銹性の低下に繋がるため、上限を0.005%とする。好ましくは、製造性や耐銹性を考慮して0.0003〜0.0015%とする。
【0044】
La、Y、Hf、REMは、熱間加工性や鋼の清浄度を向上させ、耐銹性や熱間加工性を著しく向上させる効果を有するため、必要に応じて添加しても良い。添加する場合は、それぞれその効果が発現する0.001%以上とする。しかし、過度の添加は、合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるため、上限をそれぞれ0.1%とする。好ましくは、効果と経済性及び製造性を考慮して、1種又は2種以上で0.001〜0.05%とする。
【0045】
(B)表面性状に関する限定理由を以下に説明する。
上記(A)の成分組成で、SUS304や22%Cr−1%Mo鋼と同等以上の耐銹性を満足しつつ、防眩性も得るために、鋼板の表面粗さを算術平均粗さRaで0.1μm以上とする。
【0046】
表面粗さを大きくすることは、上述したように、表面皮膜へのCr濃度とSn含有量の上昇ならびにAl、Si、Ti、Nbの表面皮膜への濃化を促進して耐銹性を向上させる作用を有する。しかし、過度に表面粗さを大きくすると、防眩性は高まるものの、焼鈍・酸洗あるいは光輝焼鈍での表面皮膜の不均一や凹部への付着物・汚染などにより耐銹性の低下をもたらす危険性がある。従って、算術平均粗さRaの上限は1.5μmとする。上記の効果と製造性を考慮すると、好ましい算術平均粗さRaは0.2〜1.0μmである。より好ましいRaは0.5〜0.9μmである。
【0047】
上記の表面性状を得るための製造方法は特に規定するものではないが、上記の効果を工業生産規模で実現するためには、以下のような製造工程及び諸条件を経て鋼板を製造することが好ましい。
【0048】
鋳片の熱間圧延加熱後の抽出温度は、本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼板の成分組成でスケールが生成し易い1100℃以上とすることが好ましい。良好な表面性状を確保するためには、ヘゲ疵を誘発する鋳片表層の介在物をスケールの生成により除去することが有効だからである。スケール生成量の目安は、スケール厚さで0.1mm以上である。一方、熱間圧延後の抽出温度が1200℃より高いと、発銹の起点となるMnSやCaSが生成する。したがって、熱延加熱温度を1200℃以下に抑制してTiCSを安定化させることが好ましい。
【0049】
熱間圧延後の巻取り温度は、鋼靭性を確保し、かつ、表面性状の低下を招く内部酸化物や粒界酸化を抑制することができる700℃以下とすることが好ましい。700℃超ではTiやPを含む析出物が析出しやすく、耐銹性低下に繋がるおそれもあるからである。一方、熱間圧延後の巻取り温度を400℃未満とすると、熱間圧延後の注水により熱延鋼帯の形状不良を招き、コイル展開や通板時に表面疵を誘発するおそれがある。本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼板の成分組成と本発明の目的である耐銹性の向上とを考慮して、熱間圧延後の巻取り温度は500〜600℃とすることがより好ましい。
【0050】
熱間圧延後、熱延板焼鈍を実施してもよい。熱延板焼鈍を実施する場合の熱延板焼鈍温度は、表面性状と酸洗脱スケール性の低下を考慮して、850〜1050℃とすることが好ましい。熱延板焼鈍は、Sn、Crに加えて、NbやTiなどの安定化元素を添加する場合、900℃以上とすることがより好ましい。
【0051】
熱延板焼鈍を実施した場合は熱延板焼鈍後、熱延板焼鈍を省略して場合には熱間圧延後、1回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を実施する。冷間圧延は、生産性を阻害することなく本発明の防眩性と耐銹性を得るために以下の工程とすることが好ましい。
【0052】
冷間圧延工程の最終パスにおいて、ダルロールを使用してダル仕上げ圧延を行う。例えば、放電加工によりロール表面の算術平均粗さRaを1〜10μmとしたダルロールを使用してダルロール圧延を実施する。
【0053】
上記のように、ダルロール圧延を実施する場合と比較して生産性は劣るものの、ダル仕上げは次のように行っても良い。すなわち、通常の冷間圧延を行った後に、焼鈍・酸洗あるいは光輝焼鈍を施し、その後、軟質化した鋼板にダルロール圧延を施してダル仕上げを行う。ダル仕上げ圧延での色調のバラツキを低減してダル目の転写を容易にするためである。
【0054】
ダル仕上げした冷間圧延鋼板は、本発明の目的とする耐銹性の向上のために、続いて酸化性雰囲気中の焼鈍・酸洗あるいは光輝焼鈍を実施する。酸化性雰囲気中の焼鈍温度は、1000℃以下とすることが好ましい。酸化スケールの生成に伴う表面性状の変化を低減するためである。一方、酸化性雰囲気中の焼鈍温度の下限は、800℃とすることが好ましい。本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼板の成分組成で再結晶を完了させるためである。
【0055】
酸洗方法は特に規定するものではなく、工業的に行われている常法でよい。例えば、アルカリソルトバス浸漬を行い、電解酸洗した後、硝弗酸浸漬する方法である。電解酸洗は、中性塩電解や硝酸電解等でよい。
【0056】
仕上げ焼鈍を光輝焼鈍とする場合、光輝焼鈍温度は800〜1000℃の範囲で行う。耐銹性をより向上させるために、雰囲気ガスの露点を低くしてAl、Si、Nb、Tiの選択酸化を促進することが好ましい。その場合、雰囲気ガスは水素ガスあるいは水素と窒素の混合ガスを使用する。雰囲気ガスの露点は−70〜−30℃の範囲とする。より好ましくは、水素ガスを80%以上、雰囲気ガス露点を−50℃以下とする。光輝焼鈍した鋼板は、表面皮膜中のCr濃度を高めるために必要に応じて硝酸電解などを付与してもよい。
【0057】
(C)表面皮膜の成分組成に関する限定理由を以下に説明する。
これまで説明してきたように、本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼板は、表面皮膜を有する。この表面皮膜内の平均Cr濃度は、鋼板内部のCr濃度の1.1倍以上であることが必要である。表面皮膜内の平均Cr濃度が、鋼板内部のCr濃度の1.1倍未満であると、防眩性を確保しつつ、所望の耐銹性を得ることができないからである。一方、表面皮膜内の平均Cr濃度の上限は高いほど良いが、後述するように、表面被膜中にAl、Si、Nb及びTiの1種又は2種以上を合計で5〜50原子%、Snを1〜10原子%含有するため、平均Cr濃度の上限は3倍となる。ここで、鋼板内部のCr濃度とは、鋼板に含有するCr量のことである。
【0058】
また、表面皮膜は、Snの他に、Al及びSiの1種又は2種を合計で5〜50原子%含有させることが必要である。Al及びSiの1種又は2種を合計で5原子%以上含有させないと、防眩性を確保しつつ、所望の耐銹性を得るためのAlやSiの濃化が充分ではないからである。一方、Al及びSiの1種又は2種を合計で50原子%超含有させても、耐銹性向上効果は飽和する。表面皮膜中のSnの含有量は、1〜10原子%とすることが好ましい。表面皮膜中に、Snが含有していないと、AlやSiを表面皮膜中に濃化させることができないからである。
【0059】
本発明の高純度フェライト系ステンレス鋼板に、Nb、Tiを含有させたときは、表面皮膜にNb、Tiも濃化され、Al、Siと同様に、耐銹性を高めることができる。その効果は、Ai、Si、Nb及びTiの1種又は2種以上の合計で表面皮膜中に5原子%以上含有させたときに発現する。一方、50原子%を超えても、その効果は飽和する。
【0060】
なお、表面皮膜内の平均Cr濃度は、C、O及びNを除いた表面皮膜を構成しているカチオンの割合で表される。表面皮膜におけるAl、Si、Nb、Tiの含有量も、C、O及びNを除いた表面皮膜を構成するカチオンの割合で表される。これらの測定方法は、次の実施例で説明するので、ここでは省略する。
【実施例】
【0061】
以下、本発明の実施例を説明する。
【0062】
表1の成分組成を有するフェライト系ステンレス鋼を溶製し、抽出温度1100〜1200℃で熱間圧延を行い、巻取り温度500〜700℃で板厚3.0〜6.0mmの熱延鋼板とした。熱延鋼板は焼鈍を実施して、1回又は中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延を行い、0.4〜0.8mm厚の冷延鋼板を製造した。
【0063】
【表1】

【0064】
表面状態は、ダルロール圧延により本発明で規定する表面粗さとそれ以外に調整した。得られた冷延鋼板は、いずれも再結晶が完了する温度850〜1000℃で仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍は、酸化性雰囲気焼鈍あるいは光輝焼鈍として実施した。酸化性雰囲気焼鈍後の酸洗は、アルカリソルトバス浸漬を行い、中性塩電解した後、硝弗酸浸漬して行った。光輝焼鈍後の酸洗は、実施しないものに加えて、硝酸電解を付与した鋼板も製造した。
【0065】
また、比較材として通常の冷間圧延ロールで仕上げした表面(JIS G4305準拠:2B、2D)を有する鋼板も製造した。また、従来例として、SUS304(18%Cr−8%Ni鋼)とSUS444(22%Cr−1%Mo鋼)のダル仕上げ鋼板を準備した。
【0066】
表面粗さは二次元粗さ計で圧延方向と圧延垂直方向を測定し、その算術平均粗さRaの平均値を表記した。
【0067】
表面皮膜の分析は、X線光電子分光法を用いて非破壊分析した。分析面積は縦0.1mm横0.1mmの範囲であり、分析値はこの面積の平均値である。使用X線源は、AlKα線(発生する光電子エネルギー:hν=1486eV)であり、取り出し角90°とした。検出深さは5nm以下である。分析結果は、C、O及びNを除いた表面皮膜を構成しているカチオンの割合で、表面皮膜の成分組成は、表面皮膜内での平均値を表記した。
【0068】
耐銹性は、JASO M609−91に準拠した複合サイクル腐食試験により評価した。評価方法は、上記(b)に記載した同内容とする。発銹程度は、従来例のSUS304とSUS444を基準にして評価した。すなわち、試験面全体に僅かに点銹を生じるSUS304と、殆ど点銹を生じないSUS444を基準にして評価した。そして、SUS304より劣位を「×」、SUS304と同等以上を「○」、SUS444と同等を「◎」とした。
【0069】
表2に各鋼板の製造条件と評価結果をまとめて示す。
【0070】
【表2】

【0071】
表2から明らかなように、No.1、4、7、8、11、12、14、15は、本発明で規定する成分組成と算術平均粗さRaを有する高純度フェライト系ステンレス鋼である。これらの鋼板は、本発明で規定する表面皮膜内の平均Cr濃度が確認された。また、表面皮膜内において、Snの他にAl、Si、Ti、Nbの1種又は2種以上の濃化が確認された。そして、SUS304と同等以上の耐銹性を有することが確認された。
【0072】
No.2、3、9、10、13、16は、本発明で規定する好ましい成分組成と算術平均粗さRaを満足する高純度フェライト系ステンレス鋼である。これらの鋼板は、本発明で規定する表面皮膜中のCr濃度が確認された。また、表面皮膜内において、Snの他にAl、Si、Ti、Nbの1種又は2種以上の濃化が確認された。そして、SUS304を上回るSUS444と同等の良好な耐銹性が確認された。なお、No.13は、Crの含有量が23%以上であり、合金コストの面からは好ましくない。
【0073】
No.5、6は、本発明で規定する成分組成を有するものの、表面粗さが、本発明で規定する算術平均粗さRaから外れるものである。これらの鋼板は、本発明で目標とする耐銹性が得られなかった。
【0074】
No.17〜30は、本発明で規定する表面粗さを有するものの、本発明で規定する成分組成から外れるものである。これらの鋼板は、本発明で目標とする耐銹性が得られなかった。
【0075】
本結果から、Snを添加した本発明で規定する成分組成と、本発明で規定する表面性状により、表面皮膜にCr、Snを富化しつつ、Al、Siも表面皮膜に濃化して、耐銹性を発現させるとともに、防眩性も確保できることを確認できた。そして、鋼板中にNb、Tiを含有させても、同様の効果を得られることを確認できた。
【0076】
なお、上述したところは、本発明の実施形態を例示したものにすぎず、本発明は、特許請求の範囲の記載範囲内において種々変更を加えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明によれば、高Cr・Mo添加の高合金化に依らず、さらに光輝焼鈍による表面皮膜に限定されることなく、Sn添加を活用して防眩性と耐銹性を兼備した省合金型の高純度フェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001〜0.03%、
Si:0.01〜1%、
Mn:0.01〜1.5%、
P:0.005〜0.05%、
S:0.0001〜0.01%、
Cr:13〜30%、
N:0.001〜0.03%、
Al:0.005〜1%及び
Sn:0.01〜1%
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる鋼板が、表面皮膜を有し、
前記表面皮膜が、C、O及びNを除いた前記表面皮膜を構成するカチオンのみの割合で、Al及びSiの1種又は2種を合計で5〜50原子%、及びSnを含有し、かつ、前記表面皮膜内の平均Cr濃度が、C、O及びNを除いた前記表面皮膜を構成するカチオンのみの割合で、前記鋼板内部のCr濃度の1.1〜3倍であり、
前記表面皮膜が、算術平均粗さRaで、0.1〜1.5μmの表面粗さを有することを特徴とする耐銹性と防眩性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記鋼板が、さらに、質量%で、
Nb:0.03〜0.5%、
Ti:0.03〜0.5%、
Ni:0.1〜0.5%、
Cu:0.1〜0.5%、
Mo:0.1〜0.5%、
V:0.01〜0.5%、
Zr:0.01〜0.5%、
Co:0.01〜0.5%、
Mg:0.0001〜0.005%、
B:0.0003〜0.005%以下及び
Ca:0.005%以下
のうちから選ばれる1種又は2種以上を含有し、
前記表面皮膜が、さらに、C、O及びNを除いた前記表面皮膜を構成するカチオンのみの割合で、Al、Si、Nb及びTiの1種又は2種以上を合計で5〜50原子%以上含有することを特徴とする請求項1に記載の耐銹性と防眩性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記鋼板が、さらに、質量%で、
La:0.001〜0.1%、
Y:0.001〜0.1%、
Hf:0.001〜0.1%及び
REM:0.001〜0.1%
のうちから選ばれる1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の耐銹性と防眩性に優れた高純度フェライト系ステンレス鋼板。

【公開番号】特開2012−193392(P2012−193392A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−55947(P2011−55947)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】