説明

耐PWSCC性に優れたNi基合金の最終熱処理方法及びNi基合金

【課題】 690系Ni基合金に含まれる炭素量とその最終熱処理条件を最適化することにより、TT処理より耐PWSCC性を向上させた690系Ni基合金を、TT処理を省略して作りだす。
【解決手段】 質量%で、C:0.02〜0.04%、Si:0.5%以下、Mn:0.5%以下、P:0.03%以下、S:0.015%以下、Cr:27〜31%、Fe:7〜11%、Cu:0.5%以下、Ni:58%以上を含み、残部が不純物からなるNi基合金に対し、炭素量に応じた炭素の完全固溶温度以上であって1150℃以下の範囲で1.5〜60分間加熱した後、冷却速度500℃/分〜150℃/分で空冷する、最終熱処理を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力発電プラント等の高温水と接触する構造材料に適用するNi基合金の熱処理方法及び、当該方法により熱処理されたNi基合金に係り、詳しくは、一次冷却材応力腐食割れ(以下、「PWSCC」と言う。)に対する耐性(以下、「耐PWSCC性」と言う。)を向上させるNi基合金の最終熱処理方法及び当該方法により得られたNi基合金に関する。
【背景技術】
【0002】
高温水と接する構造材料は、その使用環境、経済性に応じ選定されている。その中で原子力発電プラント等の一部には、特殊熱処理(以下、「TT処理」(Thermal Treatment)と言う。)した690合金(以下、「TT690合金」と言う。)が使用されている。
【0003】
690合金(「690系Ni基合金」とも言う。)は、Ni、Cr、Feを主成分とし、同じくNi、Cr、Feを主成分とする600合金(600系Ni基合金とも言う。)よりクロム量が多く耐PWSCC性に優れた合金である。
【0004】
TT処理は、耐PWSCC性向上のために、固溶化処理後、金属の粒界に炭化物を析出させる熱処理(一例としては700℃×15時間)の工程を加えることにより、粒界を強化するものである(例えば特許文献1,2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭59−85850号
【特許文献2】特開昭60−50134号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、TT690合金は、600合金などに比べて低いとはいえ、PWSCC進展の感受性を有していることが実験的に確認されている。また、TT処理の工程が、その製造コストを増加させている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、690系Ni基合金に含まれる炭素量とその最終熱処理条件を最適化することにより、TT処理より耐PWSCC性を向上(PWSCC進展速度を低下)させた690合金を、TT処理を省略して作り出すことを目的とする。
【0008】
斯かる目的を達成するため、本発明は、質量%で、C:0.02〜0.04%、Si:0.5%以下、Mn:0.5%以下、P:0.03%以下、S:0.015%以下、Cr:27〜31%、Fe:7〜11%、Cu:0.5%以下、Ni:58%以上を含み、残部が不可避不純物からなるNi基合金に対し、炭素量に応じた炭素の完全固溶温度以上であって1150℃以下の範囲で1.5〜60分間保持した後、冷却速度500℃/分〜150℃/分で空冷する、最終熱処理を施すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
Ni基合金の含有炭素量とその最終熱処理条件を最適化することにより、従来のTT690合金より耐PWSCC性が向上した粒界炭化物の析出したNi基合金が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明のNi基合金の含有炭素濃度と最終熱処理温度との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例の粒界炭化物析出状況を示すSEM写真である。
【図3】比較例の粒界炭化物析出状況を示すSEM写真である。
【図4】本発明実施例と比較例との耐PWSCC性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係るNi基合金の熱処理方法について、以下に図1〜4及び表1,2を参照して説明する。
【0012】
本発明に用いられるNi基合金は、いわゆる690系Ni基合金であり、質量で、C:0.02〜0.04%、Si:0.5%以下、Mn:0.5%以下、P:0.03%以下、S:0.015%以下、Cr:27〜31%、Fe:7〜11%、Cu:0.5%以下、Ni:58%以上を含み、残部が不純物からなる。
【0013】
耐PWSCC性を向上させるためには、粒界に析出する炭化物の量が多すぎても少なすぎても悪く、粒界炭化物の析出を適正量にコントロールする必要がある。過剰な炭化物の析出を避けるため炭素量の上限は0.04%であり、必要な炭化物の析出量を確保するため炭素量の下限は0.02%である。本材料の主要な粒界炭化物は、Cr炭化物である。なお、元素の含有量は、INCONEL690合金(INCONELはハンティントン アロイズ カナダ リミテッドの登録商標)の仕様によるものである。
【0014】
上記組成のNi基合金に対し、最終熱処理を施す。最終熱処理は、炭素量に応じた炭素の完全固溶温度以上であって1150℃以下の範囲で1.5〜60分間保持した後、冷却速度500℃/分〜150℃/分で空冷する。
【0015】
図1は、690系Ni基合金材料中の炭素濃度と熱処理温度との関係を示し、図1中、曲線Xは炭素の固溶曲線である。図1中の領域Aが、炭素量に応じた炭素の完全固溶温度以上であって1150℃以下の範囲に相当する。この熱処理温度は、炭素濃度によって完全固溶温度が変化すること、及び、完全固溶温度未満であると炭化物を完全に固溶できず、1150℃を超えると結晶粒が過剰に成長(大粒径化)することから決定した。この熱処理時間が1.5分未満であると炭化物が完全に固溶できない。また、この熱処理時間は材料の肉厚に依存し、肉厚が厚くなるほど時間が要するが、実用的な厚さでは60分以上とする。
【0016】
上記熱処理の後、所定の冷却速度で空冷すると図2に示す適切な炭化物析出が得られる。冷却速度は、遅すぎると図3に示すような過剰な炭化物が析出するため、150℃/分以上とし、また、早すぎると炭化物の析出が不足するため、500℃/分以下とした。
【実施例】
【0017】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。
【0018】
表1に示す化学組成を有するNi基合金を、溶解炉で溶製し、鍛造、熱間加工後、断面減少率20%でロール圧延による冷間加工を加えた後、T−L方位で試験片を採取した。試験片は、ASTMのE399 に準拠した形状の0.5TサイズのCT(Compact Tension)試験片である。この試験片を、下記表1に示す条件で最終熱処理を施した。
【0019】
【表1】

【0020】
比較例として、表2の化学組成の690系Ni基合金を、表2に示す条件で最終熱処理を施した。
【0021】
【表2】

【0022】
実施例1と比較例1について、粒界炭化物の析出状況をSEMで確認した。図2は、実施例1の粒界炭化物析出状況を示すSEM写真であり、図3は、比較例1の粒界炭化物析出状況を示すSEM写真である。
【0023】
もともと粒界に炭化物を析出させて耐PWSCC性を向上させるのがTT処理であるが、図3を参照すれば、耐PWSCC性からみれば炭化物の析出が過剰である。実施例1での熱処理を行なうことにより、図2に示されているように、図3に比較して、炭化物の析出が抑制されている。
【0024】
次に、実施例と比較例とで、PWSCC進展速度を測定した。この測定には、液循環型の腐食試験装置を用いた。この腐食試験装置において、加圧水型原子力発電所の一次系配管内を流れる水を模擬したPWR1次系環境模擬水として、ホウ素を500ppm、リチウム2ppmを含み、溶存水素濃度30cc-STP/kg-H2O(1Kgの水中に1atm、0℃条件の水素が30cc相当溶存している濃度)、360℃の条件を採用した。試験は一定荷重条件下で行い、K値の計算にはASTM E−399で定義される式A4−1および式A4−2を用い試験初期のK値が30MPa√mとなる条件を採用した。試験時間は1000時間である。
【0025】
大気中疲労破壊によって破面を開放した後、走査型電子顕微鏡(SEM)にて、き裂長さを計測した。き裂進展速度、即ち、PWSCC進展速度の算出には、き裂面積を板厚で除した平均き裂長さを用いた。耐PWSCC性(PWSCC進展速度)の測定結果を、図4に示す。
【0026】
図4のグラフから、実施例1では耐PWSCC性が高く、本発明の熱処理条件から外れる比較例では、炭化物の析出が不足あるいは過剰となることで耐PWSCC性は低下していることが分かる。
【0027】
以上説明したように、本発明によれば従来のTT690合金よりPWSCC進展速度が遅く、耐PWSCC性が向上した材料が製造可能である。また、TT処理を省略することにより製造コストを低下させることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、原子力発電プラント等高温水と接する構造材料に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02〜0.04%、Si:0.5%以下、Mn:0.5%以下、P:0.03%以下、S:0.015%以下、Cr:27〜31%、Fe:7〜11%、Cu:0.5%以下、Ni:58%以上を含み、残部が不純物からなるNi基合金に対し、炭素量に応じた炭素の完全固溶温度以上であって1150℃以下の範囲で1.5〜60分間保持した後、冷却速度500℃/分〜150℃/分で空冷する、最終熱処理を施すことを特徴とするNi基合金の熱処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法により熱処理されたNi基合金。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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