説明

肝再生促進剤

【課題】 肝細胞成長因子が有するような発癌性のリスクがなく安全で、医薬品化が容易な肝再生促進剤を提供すること。
【解決手段】 本発明の肝再生促進剤は、凍結乾燥血小板からなることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝切除後の肝不全予防などに有効な肝再生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肝切除後の肝不全予防のため、肝再生を促進する因子の研究は、今後の肝臓外科の発展のために非常に重要であり、肝不全の治療にも新たな展開をもたらすものと期待されている。既存の肝再生促進物質としては、肝細胞成長因子(HGF:hepatocyte growth factor)がよく知られているが、HGFは、肝細胞の増殖促進作用とともに、癌細胞の増殖促進作用を有しているので、HGFの投与によって潜在的な癌が急速に増大する恐れがある。従って、HGFが有するような発癌性のリスクがない安全で強力な肝再生促進物質の探索は非常に意義深いものであると言える。
【0003】
上記の点に関連し、本発明者らは、ラット由来の初代培養肝細胞に対し、血小板を培養液に添加することにより、肝細胞DNA合成の促進、増殖に関連した転写因子活性の増強、蛋白質発現の誘導などの現象が見られることから、血小板と肝細胞の直接的接触が肝細胞増殖を誘導することを報告している(非特許文献1)。また、マウスの肝切除モデルを用いたin vivo実験で、脾臓を摘出することで血液中の血小板数が増加した状態で肝切除を行った場合、肝切除のみを行った場合に比較して、肝再生が促進されることを報告している(非特許文献2)。これらの知見に基づけば、血小板は、HGFが有するような発癌性のリスクがなく、安全な肝再生促進剤になりうると考えられる。しかしながら、血小板という血液細胞の寿命は非常に短く、輸血製剤として血小板減少症などに使用される濃厚血小板液の有効期限は、日本では採血後3日以内と定められており、非常に限られた期間のうちに使用しなければならないことから、血小板の医薬品化はその保存性などの点において必ずしも容易なことではない。
【非特許文献1】榎本好恭、大河内信弘、土井秀之、里見進,肝再生早期における血小板の役割の検討−血小板と肝細胞の接触の意義について−,肝臓 44巻 8号 383-394 (2003)
【非特許文献2】村田聡一郎、大河内信弘,血小板は肝再生を促進する,肝臓 45巻 suppl. (1) (2004) A42 WS-14
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、HGFが有するような発癌性のリスクがなく安全で、医薬品化が容易な肝再生促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、血小板を凍結乾燥することにより上記の目的を達成できることを見出した。
【0006】
即ち、本発明の肝再生促進剤は、請求項1記載の通り、凍結乾燥血小板からなることを特徴とする。
また、本発明の肝再生促進組成物は、請求項2記載の通り、凍結乾燥血小板を含有してなることを特徴とする。
また、請求項3記載の肝再生促進組成物は、請求項2記載の肝再生促進組成物において、安定化剤としてアルブミンを添加してなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
血小板を凍結乾燥することで、血小板の肝再生促進作用を長期にわたって維持できる。また、製剤の軽量化や室温貯蔵などが可能となるので流通コストを削減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明における肝再生促進剤は、凍結乾燥血小板からなることを特徴とするものである。血小板の凍結乾燥は、例えば、安定化剤として機能するアルブミン,糖(ショ糖やトレハロースなど),アミノ酸などを濃度が0.1〜5%程度となるように添加したクエン酸緩衝液(クエン酸は凝集抑制剤として機能する)に、血小板を濃度が1×104〜1×1015個/ml程度となるように溶解したものを凍結乾燥機にかけて行うことができる。原料として使用する血小板は、例えば、血液成分採血で採取された直後のものであってもよいし、血液から分離されたものであってもよい。また、有効期限経過後の濃厚血小板液由来のものであってもよい。有効期限経過後の濃厚血小板液由来の血小板を原料として使用することにより、濃厚血小板液の有効利用を図ることができる。また、自己の血小板を原料として使用すれば、非自己蛋白質による免疫拒絶反応に対する不安を払拭することができる。
【0009】
本発明の肝再生促進剤は、例えば、注射用滅菌生理食塩水などに溶解して肝切除の前および/または後に門脈や静脈から投与することで、血小板の優れた肝再生促進作用に基づいて、肝切除後の速やかな肝機能の回復を期待することができる。また、ペースト化し、これを肝切除後の切除断端に塗布するといった使用方法も考えられる。本発明の肝再生促進剤を使用すれば、旧来、残肝機能温存のために外科的治療を行わなかった場合や、肝機能低下により外科的治療の対象にならないような肝硬変症例に対しても、肝切除が可能となる。なお、本発明の肝再生促進剤の投与量は、肝再生促進作用を発現する範囲内で、患者の年齢や体重や性別や症状などに応じて適宜決定されるものであるが、静脈から投与する場合を考えると、通常、成人あたり凍結乾燥血小板1×104〜1×1015個/日程度である。
【実施例】
【0010】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。
【0011】
実施例1:凍結乾燥血小板の肝再生促進作用の3H-methyl thymidineによる評価
(実験方法)
2 step perfusion methodにより単離したマウスの肝細胞2×104個をコラーゲンコートした培養ディッシュに播種した。培地は、900mlのウィリアムズE培地に、fetal bovine serum(FBS)100ml,l-glutamine(200mM)1ml,2-mercaptethanol(50mM)1ml,Nicotinamide 1.2g,dexamethazone(10-4M)1ml,insulin(10mg/ml)100μl,penicillin/streptomycin 10mlを添加したものを使用した。肝細胞を播種してから3時間後に肝細胞が培養ディッシュに接着するので、そこにウィリアムズE培地に凍結乾燥血小板を濃度が1×109個/mlとなるように溶解したものを肝細胞の個数に対して500倍の個数で添加した。さらに、肝細胞を播種してから27時間後に3H-methyl thymidineを培養ディッシュに添加し、75時間後にシンチレーションカウンターにより肝細胞の3H-methyl thymidineの取り込み量を測定することで、凍結乾燥血小板の肝細胞に対するDNA合成促進作用を調べた。また、対照として凍結乾燥血小板を含まないウィルアムズE培地のみを同じ容量だけ添加した場合の肝細胞に対するDNA合成促進作用も調べた。結果を図1に示す(症例数は6)。
【0012】
(実験結果)
図1から明らかなように、凍結乾燥血小板には、肝細胞に対する優れたDNA合成促進作用が認められ、その肝再生促進作用が確認できた。
【0013】
実施例2:凍結乾燥血小板の肝再生促進作用のBrdUによる評価
(実験方法)
播種した肝細胞の個数が5×105個であり、3H-methyl thymidineのかわりにBrdUを培養ディッシュに添加すること以外は実施例1と同様にして行った。実施例2においては、凍結乾燥血小板は、肝細胞の個数に対して10倍,100倍,500倍の個数で添加した。また、対照として凍結乾燥血小板を含まないウィルアムズE培地のみを凍結乾燥血小板を肝細胞の個数に対して500倍の個数で添加した際の容量と同じ容量だけ添加した場合の肝細胞に対するDNA合成促進作用も調べた。結果を図2に示す(症例数は6)。
【0014】
図2から明らかなように、凍結乾燥血小板の肝細胞に対するDNA合成促進作用が濃度依存的に認められ、その肝再生促進作用が確認できた。
【0015】
参考例1:凍結乾燥血小板の調製
マウスより採血した血液に、血液保存液であるACD液を血液:ACD液=4:1になるように加えて軽く攪拌した後、200xgで10分間遠心操作して上清(PRP:platelet rich plasma)を採取した。得られたPRPに対して1000xgで15分間遠心操作して沈殿(ペレット)を得た。次に、得られたペレットに対して血小板洗浄バッファー(NaCl 120mM,NaH2PO4 4.26mM,glucose 5.5mM,sodium citrate 4.77mM,citric acid 2.35mM,pH6.5,4℃)を使用して1000xgで15分間遠心操作してペレットを得、得られたペレットに対して血小板洗浄バッファーを使用した遠心操作をさらにもう1回繰り返して合計3回の遠心操作を行うことでPRPから濃厚血小板液を調製した。
上記のようにして調製された濃厚血小板液を、ヒト血清アルブミンを濃度が1%となるように添加したクエン酸緩衝液に血小板の濃度が1×1010個/mlとなるように溶解し、-80℃で凍結させてから凍結乾燥機にかけて12時間処理することで、凍結乾燥血小板を白色粉末として得た。
得られた凍結乾燥血小板を濃度が1×109個/mlとなるように生理食塩水に溶解したものに含まれる血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor:PDGF)の濃度を市販のELISAキット(R&D systems Quantikine immunoassay kit mouse, rat PDGF-AB, Catalog No.MHD00)を使用して測定した結果を、PRPに含まれるPDGFの濃度の測定結果とともに図3に示す。図3から明らかなように、血小板を凍結乾燥してもPDGFの失活はほとんど起こらないことがわかった。また、得られた凍結乾燥血小板の電子顕微鏡写真(倍率:5000倍)を図4に示す。図4から明らかなように、得られた凍結乾燥血小板のほとんど全ては生の血小板と同じように内部に顆粒が認められ、膜構造が保持されていることがわかった。
【0016】
製剤例1:凍結乾燥血小板を使用した肝再生促進注射剤の調製
凍結乾燥血小板を注射用滅菌生理食塩水に濃度が1×109個/mlとなるように溶解して調製した。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明は、HGFが有するような発癌性のリスクがなく安全で、医薬品化が容易な肝再生促進剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例における凍結乾燥血小板の3H-methyl thymidineによる評価に基づく肝細胞に対するDNA合成促進作用を示すグラフである。
【図2】同、BrdUによる評価に基づく肝細胞に対するDNA合成促進作用を示すグラフである。
【図3】同、凍結乾燥血小板の溶解液のPDGF濃度の測定結果を示すグラフである。
【図4】同、凍結乾燥血小板の電子顕微鏡写真(倍率:5000倍)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凍結乾燥血小板からなる肝再生促進剤。
【請求項2】
凍結乾燥血小板を含有してなる肝再生促進組成物。
【請求項3】
安定化剤としてアルブミンを添加してなる請求項2記載の肝再生促進組成物。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−197353(P2007−197353A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−16853(P2006−16853)
【出願日】平成18年1月25日(2006.1.25)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】