説明

肝細胞増殖因子を用いて神経幹細胞を培養する方法

肝細胞増殖因子(HGF)を含む培地は、神経球の形成を誘導することが示された。さらに、FGF-2、EGF、またはその両方を含む培地にHGFを添加したところ、新たに形成される神経球の大きさおよび数が増大した。従って、本発明は、神経幹細胞を培養するためのHGFを含む成長培地、および本培地を用いて細胞を培養する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
技術分野
本発明は、神経幹細胞(NSC)を培養するための肝細胞増殖因子(HGF)の使用に関する。特に、本発明は、HGFを含む成長培地に関する。本発明は、さらに、本培地を用いて細胞を培養する方法、および、このような方法によって培養された細胞の、神経疾患を治療するための使用に関する。
【背景技術】
【0002】
背景技術
現在まで、中枢神経系(CNS)の疾患は、主に薬学的化合物の投与により治療されている。残念なことに、この種の治療は、血液脳関門を越えて薬学的化合物を輸送する能力に限りがあること、および、化合物の長期投与によって薬物耐性が獲得されることなどの問題を有する。
【0003】
したがって、神経学的な組織移植術は、CNS疾患を治療するための有望な技術である。神経移植(Neurotransplantation)により、定常的な薬物投与および複雑なドラッグデリバリーシステムの必要が無くなる。しかし、神経移植は、宿主中で免疫反応を生じずかつ周囲の細胞との正常なニューロン結合を形成することができる細胞の使用が必要という点で不利である。現在まで、このような細胞は、初期の研究における胎児細胞に限られている(例えば、Perlowら、Science 204: 643-647 (1979); Freedら、N. Engl. J. Med. 327: 1549-1555 (1992); Spencerら、N. Engl. J. Med. 327: 1541-1548 (1992); Widnerら、N. Engl. J. Med. 327: 1556-1563 (1992))。胎児組織の使用には、倫理的および政治的な問題も付随する。さらに、複数の細胞型が胎児のCNS組織を構成しており、その組織はすでに細菌またはウイルスに感染している可能性がある。従って、このような組織の移植は、多少の危険を伴う。さらに、N-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン(NPTP)誘導性のパーキンソン症候群の患者を一人治療するために、胎児6人〜8人の組織が必要である(Widnerら、N. Engl. J. Med. 327: 1556-1563 (1992))。したがって、移植に必要な胎児組織の常時供給を行うことは困難である。
【0004】
これらの欠点を克服するために、上皮細胞増殖因子(EGF)またはトランスフォーミング増殖因子α(TGFα)を添加した培地を含む組成物の使用によって、ニューロン、アストロサイト、およびオリゴデンドロサイトへの分化を可能にする神経移植のために、多分化能性神経幹細胞(NSC)を、増殖および無数の神経細胞の信頼できる供給源を提供するよう誘導することが、研究者により示唆された(米国特許第5,851,832号)。
【0005】
神経幹細胞(NSC)は、自己再生能を有し、かつ、インビトロにおいて様々な型のニューロン、アストロサイト、およびオリゴデンドロサイトを生じるので、成人期を通じて哺乳類中枢神経系(CNS)の発生および機能の主要な役割を果たしていると考えられる(ReynoldsおよびWeiss、Science 255: 1707-1710 (1992); TempleおよびDevis、Development 120: 999-1008 (1994); ReynoldsおよびWeiss、Dev. Biol. 175: 1-13 (1996); Palmerら、Mol. Cell. Neurosci. 8: 389-404 (1997))。NSCの増殖および分化の制御は、ニューロンの傷害および神経変性疾患を治療する際の移植戦略およびその他の治療手段の開発における重要なハードルである(Svendsenら、Prog. Brain Res. 128: 13-24 (1997); Armstrongら、Cell Transplant 9: 55-64 (2000))。
【0006】
神経増殖因子を添加した無血清培地中でのNSCの懸濁培養の際、細胞は、神経球(neurosphere)と呼ばれる球状の細胞クラスターを形成することが知られている。形成された神経球の細胞は未分化であり、1つの神経球は、1つのNSCの子孫である。神経球の細胞は、1つまたは複数の神経増殖因子(たとえば、EGF、bFGF、またはその組合せ)を含む培地中で持続的に増殖する。分化状態下では、細胞は、ニューロンおよびグリア細胞(アストロサイトおよびオリゴデンドロサイト)などの神経細胞に分化する能力を有する。
【0007】
NSCに基づいた神経形成およびグリア細胞形成(gliogenesis)のインビトロ試験では、これらの工程が段階的制限によって生じ、かつ環境シグナルに依存することが示唆される(Ahmedら、J. Neurosci. 15: 5765-5778 (1995); Tropepeら、J. Neurosci. 17: 7850-7859 (1997); ArsenijevicおよびWeiss、J. Neurosci. 18: 2118-2128 (1998); Qianら、Neuron 28: 69-80 (2000))。多くの増殖因子が、NSCの増殖およびその前駆体からの分化を補助する。たとえば、上皮細胞増殖因子(EGF)および線維芽細胞増殖因子-2(FGF-2)は、NSCの増殖および維持において重要な役割を果たすことが知られている。
【0008】
毛様体神経栄養因子(CNTF)およびインスリン様増殖因子-1(IGF-1)などのその他の因子が、NSCの増殖および維持の制御において重要な因子として機能することが、最近報告された(Arsenijevicら、J. Neurosci. 21: 7194-7202 (2001); Shimazakiら、J. Neurosci. 21: 7642-7653 (2001))。また、FGF-2および血小板由来増殖因子(PDGF)も、神経分化を増大させることが知られている(Joheら、Genes Dev. 10: 3129-3140 (1996); Erlandssonら、J. Neurosci. 21: 3483-3491 (2001); Yoshimuraら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98: 5874-5876 (2001))。一方、CNTFおよび骨形成タンパク質(BMP)が培養中にアストロサイト分化を増大させることが示されたが(Joheら、Genes Dev. 10: 3129-3140 (1996); Bonniら、Science 278: 477-483 (1997); Shimazakiら、J. Neurosci. 21: 7642-7653 (2001))、トリヨードチロニン(T3)は、オリゴデンドロサイト分化を促進することが示された(Joheら、Genes Dev. 10: 3129-3140 (1996))。
【0009】
FGF-2、CNTF、白血病抑制因子(LIF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、およびPDGFは、神経系の発生、維持、活性依存的修正、および調節において本質的役割を果たす神経栄養因子として分類されてきた。
【0010】
肝細胞増殖因子(HGF)は、最初に肝細胞の強力な分裂促進因子として同定され、後に精製されて、1989年に分子的にクローニングされた(Nakamuraら、Nature 342: 440-443 (1989))。HGFは、肝細胞に対してだけでなく、様々な細胞型に対しても種々の効果を有する。
【0011】
HGFの最近の広範な解析により、HGFは、正常な発生および病理学的状況において種々の反応を誘導する多面的因子(pleiotrophic factor)であることが明らかにされた(MatsumotoおよびNakamura、Biochem. Biophys. Res. Commun. 239: 639-644 (1997))。また、HGFは、初期のニューロン誘導において役割を果たすことが示唆されている。HGFは、c-Metチロシンキナーゼ受容体に結合することによって作用するポリペプチド増殖因子である。HGFおよびc-Metは、発生中のおよび成熟したCNS中に存在することが見いだされている(Jungら、J. Cell. Biol. 126: 485-494 (1994); Hondaら、Mol. Brain Res. 32: 197-210 (1995); Hamanoueら、J. Neurosci. Res. 43: 554-564 (1996); Achimら、Dev. Brain Res. 102: 299-303 (1997))。HGFおよびc-Metの発現はどちらも、成人においても持続する(Jungら、J. Cell. Biol. 126: 485-494 (1994); Achimら、Dev. Brain Res. 102: 299-303 (1997); Streitら、Development 124: 1191-1202 (1997); MainaおよびKlein、Nat. Neurosci. 2: 213-217 (1999))。したがって、HGFは、神経細胞の有糸分裂誘発、運動性、形態形成、および抗アポトーシス活性を誘導する、多面的なサイトカインである(Hondaら、Mol. Brain Res. 32: 197-210 (1995); Hamanoueら、J. Neurosci. 43: 554-564 (1996); Ebensら、Neuron 17: 1157-1172 (1996); Novakら、J. Neurosci. 20: 326-337 (2000))。さらに、HGFが神経系の種々の部位において発現され、かつ神経栄養性能力を有することが、最近示された。しかし、NSCの増殖または分化に対するHGFの効果は知られていない。
【発明の開示】
【0012】
発明の開示
本発明者らは、E14マウス線条体細胞から単離されたNSCの増殖および分化に対するHGFのインビトロでの効果を検討した。HGFのみを含む培地は、線条体細胞から神経球形成を誘導することができた。FGF-2もしくはEGFのいずれか、またはその両方を含む培地にHGFを添加すると、新たに形成される神経球の大きさおよび数の両方が増大されることが示された。1%ウシ胎仔血清を含む分化培地にHGFを添加することによって、より多くのニューロンを得ることができる。対照的に、機械的にNSCを解離することにより継代培養を繰り返した後に、神経球の数が減少することが示された。これは、HGFが形成する神経球が、ニューロンまたはグリアの系へと振り向けられる前駆細胞で主に構成されていることを示唆する。そしてまた、これらの結果は、HGFがマウス胚に由来するNSCの増殖およびニューロン分化を促進することを示唆する。
【0013】
従って、本発明は以下を提供する:
(1)肝細胞増殖因子(HGF)を含む神経幹細胞(NSC)を培養するための、成長培地;
(2)HGFに加えてもう一つの増殖因子をさらに含む、(1)記載の成長培地;
(3)増殖因子が、線維芽細胞増殖因子-2(FGF-2)および/または上皮細胞増殖因子(EGF)からなる群より選択される、(2)記載の成長培地;
(4)哺乳類NSCのインビトロ増殖のために使用される、(1)または(2)記載の成長培地;
(5)哺乳類NSCのインビトロ分化のために使用される、(1)または(2)記載の成長培地;
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の成長培地中で、NSCまたは少なくとも1つのNSCを含む細胞集団を培養する、NSCを培養する方法;
(7)NSCの増殖が可能な条件下で、(1)〜(5)のいずれかに記載の成長培地中で、NSCまたは少なくとも1つのNSCを含む細胞集団を培養する、NSCを増殖させる方法;
(8)NSCがニューロンおよびグリア細胞を含む細胞集団に分化できる条件下で、(1)〜(5)のいずれかに記載の成長培地中で、NSCまたは少なくとも1つのNSCを含む細胞集団を培養する、NSCを分化させる方法;
(9)NSCが、脳幹、小脳、大脳皮質、中脳、脊髄、および脳室からなる群より選択される哺乳類神経組織に由来する、(6)〜(8)のいずれかに記載の方法;
(10)NSCが遺伝子改変されている、(6)〜(9)のいずれかに記載の方法;
(11)神経疾患を治療するための、(1)〜(6)のいずれかに記載の培地中でNSCまたは少なくとも1つのNSCを含む細胞集団を培養することにより得られる細胞集団の使用;
(12)細胞集団がNSCに富む、(11)記載の使用;
(13)細胞集団がニューロンに富む、(11)記載の使用;
(14)神経疾患が、癲癇、頭部外傷、脳卒中、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病、およびハンチントン病からなる群より選択される、(11)〜(13)のいずれかに記載の使用;ならびに
(15)神経疾患が、細胞集団の少なくとも1つの細胞の移植によって治療される、(11)〜(14)のいずれかに記載の使用。
【0014】
発明の実施の最良の形態
本明細書中で使用される「1つの」「ある」および「その」という用語は、特記しない限り、「少なくとも1つの」を意味する。
【0015】
分裂促進因子としてFGF-2および/またはEGFを用いた、神経幹細胞(NSC)の発現用のインビトロ培養系の確立により、NSCの発生の基礎をなす細胞機構を検討するための有用なモデルが提供される(ReynoldsおよびWeiss、Science 255: 1707-1710 (1992); TempleおよびDavis、Development 120: 999-1008 (1994); ReynoldsおよびWeiss、Dev. Biol. 175: 1-13 (1996); Weissら、J. Neurosci. 16: 7599-7609 (1996); McKay、Science 276: 66-71 (1997); Palmerら、Mol. Cell. Neurosci. 8: 389-404 (1997))。ニューロン傷害および神経変性疾患に対する新規の将来的治療手段のために、NSCの増殖および分化の機構を解明することが重要である。最近の研究では、サイトカインおよび増殖因子などの環境シグナルが、NSCの増殖または分化に影響を及ぼすことが示された(Ahmedら、J. Neurosci. 15: 5765-5778 (1995); Tropepeら、J. Neurosci. 17: 7850-7859 (1997); Tropepeら、Dev. Biol. 208: 166-188 (1999); ArsenijevicおよびWeiss、J. Neurosci. 18: 2118-2128 (1998); Qianら、Neuron 28: 69-80 (2000))。本研究は、NSCに対するインビトロでの肝細胞増殖因子(HGF)の効果を決定するために行われた。
【0016】
本研究において、c-Met受容体の免疫反応性を、E14マウス胚から単離した神経球内の細胞上で観察した。これにより、HGFに対する受容体が神経球内の細胞上に存在することが示唆される。FGF-2またはEGFを含まず、HGFのみを含む培地中で、神経球の形成が観察されたが、培地中にFGF-2、EGF、またはその両方を含めることにより、より多数の細胞を含む、より大きな神経球が生じた。HGFを用いて形成された神経球は、ネスチンに対して免疫陽性かつ多分化能(すなわち、ニューロン、アストロサイト、およびオリゴデンドロサイトに分化できる)の細胞を含んだ。しかし、神経球を形成する能力は、神経球の機械的な解離に続いて継代培養を繰り返した後に、減少した。HGFが、幹細胞の分裂だけでなく、ニューロンおよびグリアへと最終的に分化される前駆細胞の産生も種々の程度に促進するという推定によって、この現象が説明されうる。実際に、神経球は、幹細胞並びに、すでにニューロンおよびグリアに振り向けられたニューロンおよびグリアの前駆細胞を含むことが報告されている(ReynoldsおよびWeiss、Dev. Biol. 175: 1-13 (1996); SvendsenおよびCaldwell、Prog. Brain Res. 127: 13-24 (2000))。
【0017】
NSCの増殖性分裂は、NSCを産生する対称分裂、および前駆細胞を産生する非対称分裂に分類される。また、ニューロン前駆細胞は主に初期(神経原性期)に産生されること、および、グリア前駆細胞は、後期(神経膠細胞期;gliogenic phase)に産生されることが知られている(Morrisonら、Cell 88: 287-298 (1997); Qianら、Neuron 28: 69-80 (2000))。HGF存在下で形成される神経球は、ニューロンまたはグリアに振り向けられる前駆細胞を主に含む可能性が高い。これらの前駆細胞もまたネスチンに免疫陽性であるので、NSCと区別することができない。言い換えると、HGFは、対称分裂ではなく非対称分裂を促進する。この推定は、HGFを含む培地中で単離された細胞の自己再生能力が減少することの説明となる。
【0018】
本研究によると、FGF-2、EGF、またはその組合せを含む培地にHGFを添加すると、神経球の数および大きさが増大した。特定の理論に束縛されるわけではないが、この現象は、(1)HGFはNSCの増殖を促進する;(2)HGFはNSCのアポトーシスもしくは壊死を阻害する;および/または(3)HGFは未分化状態のNSCを維持する、という仮説によって説明されるであろう。
【0019】
仮説(1)の支持として、FGF-2、EGF、またはその両方を含む培地へのHGFの添加により、BrdU陽性細胞の数が増大することが示された。さらに、HGFを含む成長培地中での培養後に、より多くのニューロンが得られた。これらの結果により、ニューロン前駆細胞が産生されるような非対称分裂をHGFが促進しうることが示唆される。仮説(2)に関しては、CNS発生の間に有意な量の細胞死が起こることが報告されている(Oppenheim、Annu. Rev. Neurosci. 14: 453-501 (1991))。面白いことに、大部分のTUNEL陽性細胞は、NSCが存在する脳の室周囲帯(PVZ)に位置していた(Thomaidouら、J. Neurosci. 17: 1075-1085 (1997); Blaschkeら、Development 122: 1165-1174 (1996))。また、増殖および分化状態の間に、神経球の中央に細胞死が生じることも知られている。アポトーシスは、この細胞死に密接に関与しているようである。本研究によると、成長培地中で培養された神経球内に多くのTUNEL陽性細胞があることが示された。HGFの抗アポトーシス効果により、上記したNSCの増殖効果に加えて、神経球の数および大きさ両方の増大がもたらされうる。仮説(3)に関しては、CNTFによって活性化されたgb130(Shimazakiら(2001))により、またはノッチシグナル伝達によるHes1もしくはHes5の発現によりシグナル伝達が生じることが報告されている(Artavanis-Tsakonasら、Science 284: 770-776 (1999); Nakamuraら、J. Neurosci. 20: 283-293 (2000); Ohtsukaら、J. Biol. Chem. 276: 30467-30474 (2001))。
【0020】
本発明によって、HGFが、NSCの増殖および神経分化を促進することが見いだされた。したがって、本発明は、NSCを培養するためのHGFを添加した成長培地を提供する。成長培地は、哺乳類NSCのインビトロでの増殖または分化に使用してもよい。
【0021】
HGFは、α鎖およびβ鎖からなる分子量82,000〜85,000のヘテロ二量体である。ヒトHGFのヌクレオチド配列およびアミノ酸配列は、当技術分野において既知である(Nakamuraら、Nature 342: 440-443 (1989))。類似体、相同体、および変異体を含むいずれのHGFも、NSCの増殖および/または分化を誘導する能力を保持する限り、本発明の成長培地に使用されうる。従って、上述のヒトHGFとは別に、ヒト以外の哺乳類に由来するこれらのHGF相同体を本発明に使用してもよい。さらに、類似の配列を有する遺伝子によってコードされるタンパク質は類似の活性を有することが知られているので、ストリンジェントな条件下でヒトHGF遺伝子にハイブリダイズする遺伝子によってまたはポリヌクレオチドによってコードされるタンパク質もまた、このようなタンパク質がNSCの増殖および/または分化を誘導できるという条件で、本発明に使用されうる。さらに、本発明に使用されるHGFは、天然に生じるHGF変異体であってもよく、または、1つもしくは複数のアミノ酸残基の欠失、置換、付加および/もしくは挿入などによる修飾によって生じるHGF変異体であってもよい。HGFの断片もまた、これらがNSCの増殖および/または分化を誘導する限り、本発明において使用されうる。
【0022】
HGF、並びにその類似体、相同体、および変異体は、たとえば抗HGF抗体を用いたまたはこれらの活性に基づいた従来法に従って天然の供給源から単離されうる。または、これらは、組換えタンパク質として発現させてもよく、その後必要に応じて精製してもよい。組換え発現のためには、部位特異的変異誘発、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(例えば、Ausubelら編、Current Protocols in Molecular Biology、John Wiley & Sons出版、6.1-6.4章 (1987)を参照されたい)、およびハイブリダイゼーション(例えば、Ausubelら編、Current Protocols in Molecular Biology、 John Wiley & Sons出版、6.3-6.4章(1987) を参照されたい)などの既知の技術に基づいて、HGFをコードする遺伝子を得ることができる。
【0023】
HGFは、約1ng/ml〜約1mg/ml、好ましくは約1ng/ml〜約100ng/ml、およびより好ましくは約1ng/ml〜約20ng/mlの終濃度で、本発明の培地に添加される。しかし、HGFの最適濃度は、その他の増殖因子の添加と相関して変化する。一般に、約1ng/ml〜約1mg/mlの総濃度で増殖因子を添加することが好ましく、通常は、約1ng/ml〜約100ng/mlの濃度で十分である。HGFおよびその他の特定の増殖因子の最適濃度を決定するために、当業者は、簡単な滴定実験を容易に行うことができる。このようことは、日常的実験事項である。
【0024】
本発明による成長培地は、NSCを培養するために必要なその他の因子を含んでいてもよい。すなわち、NSCの増殖を補助する限り、本発明において任意の既知の培地を使用することができる。適切な培地の例には、DMEM、F-12、HEM、RPIMなどが含まれるが、これらに限定されない。以下の実施例に記載されるように、これらの培地の2つ以上を組み合わせて使用してもよい。本実施例に使用した、HGFを含むDMEMとF-12の組み合わせは、本発明の培地の特に好ましい例である。
【0025】
必要であれば、アミノ酸(たとえば、グルタミンなど)、ビタミン、無機物、タンパク質(たとえば、トランスフェリン(transferring)など)および抗生物質(たとえば、ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシンなど)などの補充物を培地に添加してもよい。血清はNSCの分化を誘導する傾向があるので、NSCの増殖用に使用する成長培地は、無血清培地であることが好ましい。または、NSCの分化用に使用される成長培地は、任意に血清を含んでいてもよい。例示的な血清には、ウシ、ニワトリ、ウマなどに由来するものが含まれる。血清は、約0.01%〜約10%、好ましくは約0.1%〜約5%、より好ましくは、約0.5%〜約3%、および最も好ましくは約1.0%〜約1.5%の範囲の濃度で添加されうる。
【0026】
さらに、本発明の成長培地は、HGFに加えてその他の増殖因子を含んでいてもよい。HGFと組み合わせて使用されうる増殖因子には、NSCの増殖を可能にするものが含まれる。例としては、線維芽細胞増殖因子-2(FGF-2;塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)とも称する)、上皮細胞増殖因子(EGF)、アンフィレギュリン(amphiregulin)、酸性線維芽細胞増殖因子(aFGFまたはFGF-1)、トランスフォーミング増殖因子α(TGFα)等が挙げられるが、これらに限定されない。NSCの増殖を誘導する上述の増殖因子に加えて、NSCの増殖および分化に影響を及ぼすその他の増殖因子を本発明の培地に添加してもよい。たとえば、インスリン様増殖因子(IGF-1)、壊死増殖因子(NGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)などは、細胞の増殖および分化に影響を及ぼすことが知られており、必要に応じて添加されうる。さらに、FGF-1、FGF-2、毛様体神経栄養因子(CNTF)、NGF、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ノイロトロピン2、ノイロトロピン4、インターロイキン、白血病抑制因子(LIF)、環状アデノシン一リン酸、フォルスコリン、破傷風毒素、高レベルカリウム、アンフィレギュリン(amphiregulin)、TGF-α、IGF-1、デキサメサゾン、イソブチル3-メチルキサンチン、ソマトスタチン、成長ホルモン、レチノイン酸、およびPDGFもまた、NSCの分化に影響を及ぼすことが知られており、したがって分化用の培地に添加されうる。
【0027】
これらの増殖因子を単独でまたはその他の増殖因子と組み合わせて、本発明の培地に添加することができる。実施例に示したとおり、好ましい増殖因子には、FGF-2および/またはEGFが含まれる。HGFと同様に、これらの追加の増殖因子は、HGFの添加によって誘導されるNSC増殖および/または分化を増大させる能力を有する限り、その類似体、相同体、変異体、および断片を含んでいてもよい。
【0028】
本発明は、NSCを培養する方法をさらに提供する。成長培地へのHGFの添加は、NSCの増殖を誘導することが見いだされた。従って、本発明は、NSCを増殖させるための方法を提供する。本方法によると、NSCまたは、少なくとも1つのNSCを含む細胞集団を、本発明のHGFを含む成長培地中で培養する。さらに、本発明者らは、HGFを神経球の分化の際に培地に添加した場合、アストロサイトよりもニューロンが得られることを発見した。従って、本発明は、NSCを分化させるための方法を提供する。本方法によると、NSCまたは、少なくとも1つのNSCを含む細胞集団が、本発明のHGFを含む成長培地中で培養される。
【0029】
神経幹細胞(NSC)は、自己を保持する(self-maintenance)ことができる未分化な神経細胞である。NSCは、胚性の、出生後の、若年の、および成人のニューロン組織から得ることができる。ニューロン組織は、ニューロン組織を有する任意の動物から得ることができる。ニューロン組織は、哺乳類から得ることが好ましく、齧歯類および霊長類から得ることがより好ましく、マウス、ラット、およびヒトからから得ることがさらにより好ましい。ニューロン組織を得るために適した領域には、脳幹、小脳、大脳皮質、中脳、脊髄および脳室組織、並びに、頚動脈小体および副腎髄質などの末梢神経系領域が含まれる。好ましい領域には、尾状核および被殻から成る線条体などの基底核、並びに淡蒼球、基底核、黒質緻密部、および視床下核の細胞が含まれるが、これらに限定されない。特に好ましい神経組織は、上衣下を含む神経脳室組織から得られる。ヒトNSCは、選択的中絶後の胎児の組織に、または出生後の、若年の、または、成人の臓器提供者に由来してもよい。これらは、生検によって得ることができ、または、癲癇手術、側頭葉切除術、および海馬切除術などの脳外科手術を受ける患者から得ることができる。
【0030】
本発明の方法に使用することができる細胞または細胞集団は、当技術分野において既知の任意の方法を用いた解離によって、前述の組織から得られうる。結合する細胞外マトリクスから細胞を解離させるための方法には、トリプシンまたはコラゲナーゼによる処理などの酵素処理、および、鈍器を使用する方法などの物理的方法が含まれる。
【0031】
必要であれば、神経幹細胞は、遺伝子改変されていてもよい。「遺伝子改変」という用語は、少なくとも1つの外因性核酸構築物の導入による細胞の遺伝子型の安定なまたは一過性の変化を指す。好ましい核酸構築物には、発現制御配列の下流に目的タンパク質をコードするDNAを含むベクターが含まれる。このようなベクターには、ウイルスベクター、プラスミドなどが含まれる。また、トランスジェニック動物に由来するNSCも、本発明の遺伝子改変NSCに含まれる。
【0032】
NSCの遺伝子型の変化により、細胞の効果的な検出が可能である。たとえば、ニューロン、アストロサイトまたはオリゴデンドロサイトにおける特異的発現を達成する制御配列の下流に結合された検出可能なレポーター遺伝子(たとえば、β-ガラクトシダーゼ遺伝子、緑色蛍光タンパク質遺伝子など)をNSCに導入すると、レポーター遺伝子に基づいてNSCの分化を検出することができる。
【0033】
または、生物活性物質をコードする遺伝子を、CNS疾患の治療に有用な細胞を提供するためのトランスフェクションのために使用してもよい。生物活性物質の例には以下が含まれるが、これらに限定されない:BDNF;CNTF;EGF;FGF-1;FGF-2;IGF;インターロイキン;NT-3、NT-4/NT-5などのニューロトロフィン;NGF;PDGF;TGF-α;TGF-β;これらの受容体;アセチルコリン(ACh)、ドーパミン、エンドルフィン、エンケファリン、エピネフリン、γ-アミノ酪酸(GABA)、グルタミン酸、グリシン、ヒスタミン、L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(L-DOPA)、N-メチルD-アスパラギン酸、ノルエピネフリン、セロトニン、サブスタンス-P、およびタキキニンなどの神経伝達物質の受容体;コリンO-アセチルトランスフェラーゼ(ChAT)、ドーパ脱炭酸酵素(DDC)、ドーパミン-β-ヒドロキシラーゼ(DBH)、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)、ヒスチジンデカルボキシラーゼ、フェニルエタノールアミンN-メチルトランスフェラーゼ(PNMT)、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)、およびトリプトファンヒドロキシラーゼなどの神経伝達物質合成遺伝子;並びにボンベシン、カルシトニン遺伝子関連ペプチド、コレシストキニン(CCK)、エンケファリン、グルカゴン、ニューロペプチド-Y、ソマトスタチン、サブスタンス-P、バソプレッシン、および血管作用性小腸ペプチド(VIP)などのニューロペプチドをコードする遺伝子。
【0034】
神経細胞を、懸濁液中で、または固定された基質上で培養することができる。基質がNSCの分化を誘導する傾向があるという事実から、NSCの増殖のためには、懸濁液中での培養が好ましい。
【0035】
本方法によると、細胞または細胞懸濁液を、細胞を維持することができるいずれの容器に播いてもよい。このような容器には、培養ディスク、培養フラスコ、培養プレート、回転ボトルなどが含まれる。容器には、本発明のHGFを含む成長培地が含まれる。増殖および/または分化に影響を及ぼすその他の増殖因子および分子を、単独で、または種々の組み合わせで、同時に、または時間的に順々に添加してもよい。
【0036】
本発明の培養のためには、生理学的条件に近い状態を使用するべきである。従って、最適培養温度は、約30℃〜約40℃、より好ましくは約32℃〜約38℃、およびより好ましくは約35℃〜約37℃の範囲であり;同様に、培地のpHは、好ましくは約pH6〜約pH8、およびより好ましくは約pH7.0〜約pH7.8の間である。しかし、本発明の培養条件はこれらの例に限定されず、当業者であれば、使用する培地の種類、細胞の起源などの種々のパラメーターを考慮して適切な条件を首尾よく決めることができる。
【0037】
培養は、必要に応じて十分な時間続けることができる。
【0038】
米国特許第5,851,832号によると、増殖中の神経球は、培養ディッシュの底から離れて、神経球の特徴である浮動性クラスターを約4日〜5日後に形成する傾向がある。従って、NSCの増殖のためには、4日を上回る期間培養を続けることが好ましいであろう。培地は、2日〜7日毎、好ましくは、2日〜4日毎に置換するべきである。具体的には、培養物を、約3日〜10日後に(より具体的には約6日〜7日後に)、インビトロで穏やかに遠心分離し、次いで適切な完全培地に再懸濁する。
【0039】
また、NSCの分化は、当技術分野において既知のいずれの方法によっても行うことができる。たとえば、米国特許第5,851,832号には、イノシトール三リン酸および細胞内Ca2+の遊離;ジアシルグリセロールの遊離、およびプロテインキナーゼとその他細胞キナーゼの活性化;ホルボールエステル、分化誘導増殖因子、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、MATRIGEL(商標)(Collaborative Research)などによる処理;並びに、ポリ-L-リジン、ポリ-L-オミシン(omithine)などのイオンで荷電された表面で被覆された固定基質上の細胞のプレーティングが開示されている。
【0040】
NSCは、分化条件下で2日〜3日培養した後に分化する傾向がある。NSCの分化は、従来法に従ってアッセイしてもよい。たとえば、ネスチンは、様々な種類の未分化CNS細胞において見いだされる中間フィラメントタンパク質として特徴付けられている(Lehndahlら、Cell 60: 585-595 (1990))。従って、NSCは、好ましくは抗ネスチン抗体を用いて免疫細胞化学的に検出されうる。または、ニューロンまたはグリア細胞のマーカーもまた、当技術分野において既知である。ニューロンのマーカーには、微小管結合タンパク質2(MAP-2)、ニューロン特異的エノラーゼ(NSE)、神経フィラメント(NF)などが含まれる。グリア細胞のマーカーには、グリア原線維酸性タンパク質(GFAP)(アストロサイトの識別子)、ガラクトセレブロシド(GalC)(オリゴデンドロサイトのミエリン糖脂質識別子)、ミエリン塩基性タンパク(MBP)(オリゴデンドロサイトの識別子)、O4(オリゴデンドロサイトの識別子)などが含まれる。ニューロンおよびグリア細胞用のその他種々のマーカーは、当技術分野において既知であり、本発明におけるNSC分化を決定するためにこれらのいずれを首尾よく使用することができる。NSC、ニューロン、およびグリア細胞をそれぞれ検出するための多くの抗体が市販されており、これらのうちいずれを使用してもよい。免疫細胞化学とは別に、それぞれの細胞のマーカーに特異的なcDNAおよびRNAプローブを用いて、マーカーを検出してもよい。
【0041】
必要であれば、本発明の培養方法または増殖方法によって得られるNSCを、当技術分野において既知の任意の方法によって凍結保存することができる。
【0042】
CNSへの組織の移植は、神経変性疾患および、傷害によるCNS損傷に対する有望な治療法として認識されている(Lindvall、TINS 14(8): 376-383 (1991))。神経系の損傷領域へ新たな細胞を移植することは、損傷した脳回路を回復させて、神経伝達物質を提供し、これにより神経機能を回復する可能性を有すると考えられる。従って、本発明の培養方法によって得られた細胞集団は、神経疾患の治療に使用してもよい。本発明は、神経疾患を治療するための、HGFを含む培地中でのNSC培養または少なくとも1つのNSCを含む細胞集団の培養によって得られた細胞集団の使用を提供する。本方法によって得られる細胞は、不死化されておらず、かつ腫瘍起源ではないという点で、特に好ましい。さらに、自己組織に欠陥が無い場合は、本方法による培養の対象となる細胞を、免疫応答の発生を回避するために、ドナー組織から得てもよい。
【0043】
本発明の細胞または細胞集団によって治療することができる神経疾患には、神経変性疾患、急性脳外傷、およびCNS機能障害が含まれる。CNSの特定の位置の神経細胞の変性は、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、多発性硬化症、およびパーキンソン病を含むいくつかの疾患において観察される。アルツハイマー病では、前脳および大脳皮質の細胞変性が、並びに、基底核において、特にマイネルトの基底核に局部的変性が観察される。ハンチントン舞踏病は、線条体のニューロン変性と関連することが既知であり、パーキンソン病は、基底背面層(basal dorsal stratum)領域のドーパミンニューロンの変性と関連する。その他の形態の神経学的障害は、筋萎縮性側索硬化症および脳性麻痺などの神経変性の結果として、または脳卒中および癲癇などのCNS外傷の結果として生じ得る。
【0044】
実際に、ハンチントン病患者に対するニューロンの移植が提唱されており(Science 287: 5457 (2000));同様に、ドーパミンを産生するニューロンは、パーキンソン病に有効であることが報告されている(Nature 418: 50-56 (2002))。さらに、グリア細胞の移植により、脊髄修復がもたらされる(Honmouら、J. Neurosci. 16(10): 3199-3208 (1996); Nishioら、Physiological Sci. (2001))。
【0045】
成熟したニューロンまたはグリア細胞の移植とは反対に、未分化NSCの移植は、インビボでの分化を生じ、これは、CNS回路または未成熟アストロサイトにおいて機能的なニューロンを提供すると思われる。未成熟アストロサイトは、成熟アストロサイトよりも高い遊走能力を有することが既知であり(Lindsayら、Neurosci. 12: 513-530 (1984); Duffyら、Exp. Cell. Res. 139: 145-157 (1982); 国際公開公報第91/06631号)、したがって、移植部位から遠く離れた部位におけるオリゴデンドロサイトの増殖および分裂の機会を最適化する。
【0046】
以下の実施例は、本発明を例証し、本発明を製造し使用する際に当業者を補助するために提示されるものである。本実施例は、いかなる形であれ本発明の範囲を特別に限定することを企図したものではない。
【0047】
他に定義されない限り、本明細書に使用される全ての技術的および科学的な用語は、本発明が属する当業者によって当技術分野において共通に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書に記載されたのと同様のまたは同等の方法および材料を、本発明の実施または試験において使用することができるが、適切な方法および材料は以下に記載されている。本明細書において引用されるいずれの特許、特許出願、および刊行物も、参照により組み入れられる。
【0048】
実施例
材料および方法
(1)初代培養および神経球継代
線条体細胞は、ペニシリン(50U/ml)およびストレプトマイシン(50U/ml)(両方ともICN Pharmaceuticals製)を含むPBS緩衝液中の14日齢のマウス胚(C57 BL/6、プラグ日(plug day)=1.0)から採取した。先端熱加工した(fire-polished)ピペットで、組織をDMEMおよびF-12栄養分(1:1;Invitrogen)からなる無血清培地中で機械的に解離した。細胞を、150,000細胞/mlの濃度で、ファルコン培養フラスコ(Falcon)、6穴ディッシュ(Falcon)、または24穴ディッシュ(Falcon)の成長培地中で培養した。成長培地は、DMEMおよびF-12栄養分(1:1;Invitrogen)、グルコース(0.6%)、グルタミン(2mM)、B27補充物(2%;Invitrogen)、ならびに、EGF、FGF-2、および/またはHGF(R&D Systems)をそれぞれ20ng/mlの濃度で含んだ。培地の半分を、同じ濃度の増殖因子を含む新しい培地と4日ごとに置換した。7日後に、初代神経球を遠心分離(2,300×g)によって収集し、新しい培地に再懸濁し、上記の通りに先端熱加工したピペットで解離した。
【0049】
初代培養における神経球の大きさおよび数に対するHGFの効果を評価するために、E14線条体細胞を、種々の濃度のHGFを添加した、FGF-2(20ng/ml)および/またはEGF(20ng/ml)を含む成長培地中で7日間培養した。初代神経球の数を計数し、初代神経球の大きさを位相差顕微鏡(IMT-2、Olympus、Japan)下で測定した。
【0050】
(2)神経球の分化
HGF単独、FGF-2 + EGF、またはFGF-2 + EGF + HGFの存在下において培養した二次神経球を、増殖因子のない成長培地で濯ぎ、先端熱加工したピペットで解離した。解離細胞(1×105細胞)を24穴プレート(Falcon)内の、ポリ-D-リジン被覆カバーガラス上へ播いた。NSCの分化に対するHGFの効果を決定するために、それぞれのウェルには、1%ウシ胎仔血清(FBS)および20ng/mlのHGF、または1%FBSのみを含めた。7日後に、細胞を、4%ショ糖を含む4%パラホルムアルデヒドのPBS溶液で固定した。
【0051】
(3)抗体
一次抗体(最終希釈;供給源):ネスチンに対するマウスモノクローナル抗体(1:500;Chemicon)、微小管結合タンパク質2(MAP-2)に対するマウスモノクローナル抗体(1:500;Sigma-Aldrich)、グリア原線維酸性タンパク質(GFAP)に対するウサギポリクローナル抗体(1:500;DAKO)、O4に対するマウスIgMモノクローナル抗体(1:20;Chemicon)、c-Metに対するウサギポリクローナル抗体(1:100;Santa Cruz)、およびブロモデオキシウリジン(BrdU)に対するマウスモノクローナル抗体(1:2;Becton Dickinson Immunocytometry Systems)。
【0052】
二次抗体:フルオレセイン(FITC)接合型ヤギ抗マウスIgG(1:200;Biosource International)、ローダミン(TRITC)接合型ヤギ抗マウスIgG(1:200;Molecular Probes)、ならびに、マウスIgMに対するフルオレセイン接合型の親和性精製(affinity-purified)ヤギ抗体(1:200;ICN Pharmaceuticals)、FITC接合型ヤギ抗ウサギIgG(1:200;MBL、Japan)、および、AMCA接合型ヤギ抗ウサギIgG(1:200;Chemicon)。
【0053】
(4)免疫細胞化学
細胞を、4%ショ糖を含む4%パラホルムアルデヒドのPBS溶液中で30分間固定した。c-Met免疫蛍光染色のために、細胞を75%の冷却メタノール中で固定し、PBS中で洗浄して、ブロッキング溶液(2%スキムミルク、1%正常ヤギ血清、0.2%BSA、および0.2%TritonX-100のPBS溶液)中で2時間インキュベートした。三重標識免疫染色のために、一次抗体(抗MAP-2および抗GFAP)を2%スキムミルクおよび0.2%TritonX-100を含むPBS溶液で希釈した。カバーガラス上の細胞を37℃で2時間インキュベートし、二次抗体を添加して、37℃でさらに2時間インキュベートした。続いて、O4に対するマウスIgMモノクローナル抗体と共に37℃で1時間、細胞をインキュベートし、その後マウスIgMに対する、フルオレセイン接合型親和性精製ヤギ抗体と共にさらに37℃で1時間インキュベートした。最後に、カバーガラスをPBSで2回洗浄し、次いでヘキスト(10mM)を添加して、室温で5分間インキュベートし、PBS中で2回洗浄した。Vectoshield(Vector Laboratories)を用いてスライドガラス上にのせる前に、素早く水で洗浄する。
【0054】
(5)BrdU標識および検出
種々の増殖因子の存在下において5日間培養した二次神経球の培養液に10μMのBrdU(Sigma-Aldrich)を添加することによって、BrdUの組み込みが判定された。BrdU添加の12時間後に細胞を収集し、培地で洗浄して機械的に解離させ、分化培地(成長培地 + 1%FBS)に再懸濁し、24穴プレート(Falcon)内のポリ-D-リジン被覆カバーガラス上へまいた。12時間後に75%冷却メタノール中で細胞を20分間固定し、2MのHCl中で30分間変性させ、PBSで2回洗浄した。次に細胞を、37℃で30分間、抗BrdUと共にインキュベートし、PBSで2回洗浄した。37℃で30分間、FITC接合型ヤギ抗マウスIgGと共に細胞をインキュベートした。最後に、細胞をPBSで2回洗浄し、0.04mg/mlのヨウ化プロピジウム(Molecular Probes)を添加した。次いで、細胞を室温で5分間インキュベートして、PBSで2回洗浄した。
【0055】
(6)TUNELアッセイ法
増殖状態にあるアポトーシス細胞の数を評価するために、二次神経球を1%パラホルムアルデヒド中で固定した。一方で、分化状態にあるアポトーシス細胞の数を評価するために、細胞を6日間、分化培地中の24穴プレート(Falcon)内のポリ-D-リジン被覆カバーガラス上に播き、1%パラホルムアルデヒド中で固定した。細胞をTUNELキット(ApopTag Fluorescein kits、INTERGEN)を用いて染色した。
【0056】
(7)細胞数および統計解析
蛍光を検出し、高分解能デジタルカメラ(DMRA、Q-Fish system、Leica、Germany)を備えた蛍光顕微鏡下で撮影した。カバーガラスあたり10視野(1視野あたり50細胞〜100細胞)の細胞の免疫反応性および数を無作為に計数した。実験間の違いを評価するために、独立t検定を使用した。全ての結果を、平均±SEMとして表す。
【0057】
結果
(1)マウス胚の脳に由来するNSCの神経球の形成および増殖に対する、HGF濃度の効果
増殖因子の非存在下における低密度の初代E14線条体細胞の培養から7日後には、神経球が観察されなかった(図1aおよび図1b)。5ng/ml程度の低いHGFでは、有意な数(63.8±44.8細胞/ウェル)の神経球が観察された。神経球の数は、HGFが20ng/mlとなるまで用量依存的な様式で増大し、50ng/mlでプラトーに達した(図1aおよび図1b)。HGFによって形成される神経球の数は、いずれの濃度においても、FGF-2、EGF、またはその組合せの添加によって得られるよりも少なかった(図1b)。FGF-2、EGF、またはその組合せに対して20ng/mlのHGFを添加すると、神経球の数が有意に増大した(HGFなし:FGF-2(341.3±89.6細胞/ウェル)、EGF(146.3±28.7細胞/ウェル)、FGF-2 + EGF(507±95.7細胞/ウェル);HGFあり:FGF-2(745.9±115.1細胞/ウェル)、EGF(511.9±43.5)、FGF-2 + EGF(1218.8±143.6細胞/ウェル))(図1aおよび図1b)。
【0058】
NSCの増殖に対するHGFの効果を決定するために、位相差顕微鏡を用いて神経球の大きさを測定した。神経球は、HGF非存在下では観察されなかった。20ng/mlのHGF存在下では神経球が観察されたが、これらの大きさは、その他の増殖因子の添加によって生じるものよりも小さかった。FGF-2、EGF、またはその組合せを含む培地にHGFを添加すると、神経球の大きさが有意に増大した(表1)。これらの結果は、NSCに対するHGFの増殖効果は、その他の増殖因子の存在と共に相乗的となり得ることを示唆する。
【0059】
(表1)初代神経球の大きさおよび数に対するHGFの効果

【0060】
E14線条体細胞を、示された増殖因子の存在下で6穴プレートに、3×105細胞/ウェルで播いた。初代神経球の大きさおよび数は、7日後に、5回の異なる実験において得られた値から決定した。*HGF(-)に対してp<0.05。
【0061】
(2)HGFとのインキュベーションによって得られた神経球内の細胞の特徴
HGF受容体であるc-Metの発現を決定するために、神経球内の細胞およびHGFを用いた単離において解離されたものに対して、免疫染色を行った。神経球内の細胞および神経球から解離した細胞の大部分は、c-Metを発現することが免疫組織化学的に確認された(図2aおよび図2b)。また、HGFまたはFGF-2およびEGFを用いて単離された神経球上のc-Metタンパク質の発現も、ウエスタンブロット解析によって確認した(データは示さず)。その他の増殖因子を用いて単離された細胞のc-Metもまた、免疫陽性であった(データは示さず)。20ng/mlのHGFを用いて単離された神経球由来の細胞も、幹細胞マーカーであるネスチンに対して免疫陽性であった(図2c)。
【0062】
(3)神経前駆体のBrdU-取り込みに対するHGFの効果
NSCに対するHGFの増殖効果の基礎をなす機構を決定するために、神経球を10μMのBrdUと共に12時間、同時インキュベートして、固定した。BrdUはチミジン類似体であり、分裂細胞のDNAに組み込まれる。FGF-2、EGF、またはその組合せを含む培地にHGFを添加すると、BrdU陽性細胞の割合が有意に増大される(図3a)。HGFは、NSCの培養中に細胞死を阻害することによって、NSCの生存を促進する可能性がある。NSCの生存に対するHGFの効果を探査するために、HGFを含む培地および含まない培地中で培養した神経球に対してTUNEL染色を行った。HGFの添加により、神経球内のTUNEL陽性細胞の数が減少した(図3b)。
【0063】
(4)神経前駆体の分化に対するHGFの効果
NSCの分化に対するHGFの効果を解明するために、およびHGFによって形成される神経球が本当にNSCであるかを確かめるために、NSCが、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、およびその他の細胞型に分化する能力を調査した。最初に、20ng/mlのHGFを含む培地中で7日間培養した二次神経球を解離して、20ng/mlのHGFを含むおよび含まない1%FBSと共にカバーガラス上に播き、7日間インキュベートした。細胞を、ニューロンのマーカーであるMAP2(赤色)、グリアのマーカーであるGFAP(緑色)、および核マーカーであるヘキスト(青色)で免疫染色した(図4)。それぞれのマーカーについて免疫陽性細胞の数を計数し、細胞全体におけるこれらの割合を算出した。面白いことに、分化中にHGFを培地に添加した場合、得られたニューロンは、アストロサイトより多かった(HGFなし:ニューロン(35.8±11.7%)、アストロサイト(43.1±16.0%);HGFあり:ニューロン(52.5±7.9%)、アストロサイト(35.2±8.9%))(図5a)。細胞をFGF-2およびEGFで単離した場合も、同様の割合が得られた(HGFなし:ニューロン(28.5±12.7%)、アストロサイト(50.8±11.9%);HGFあり:ニューロン(53.5±8.9%)、アストロサイト(32.6±7.9%))(図5b)。脳由来の細胞の初代培地に20ng/mlのHGFを添加した場合には、HGFを含まず1%FBSを含む培地中での分化後に、より多くのニューロンが存在する傾向があった(図5c)。しかし、1%FBSを含む分化用の培地にHGFを添加した場合も、同様の割合のニューロンが得られた(図5c、右バー)。これらの結果は、分化培地に添加することによって、HGFがニューロンへの分化を促進することを示唆する。
【0064】
産業上の利用可能性
肝細胞増殖因子(HGF)を含む培地は、神経球形成を誘導できることが示された。さらに、FGF-2、EGF、またはその両方を含む培地にHGFを添加すると、新たに形成される神経球の大きさおよび数の両方を増大することが示された。従って、本発明は、神経幹細胞(NSC)を培養するためのHGFを含む成長培地、および本培地を用いて細胞を培養するための方法を提供する。HGF含有成長培地中でNSCを培養またはNSCを含む細胞集団を培養することにより、NSCに富むまたは分化NSCの細胞集団に富む細胞集団が提供される。このような細胞集団は、癲癇、頭部外傷、脳卒中、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病、およびハンチントン病などの神経疾患を治療するために使用することができる。
【0065】
HGFは、E14マウス胚から単離されたNSCの増殖およびニューロン分化を促進することが見いだされた。さらに、NSCに対するHGFの効果の基礎をなす機構を理解することにより、中枢神経系(CNS)の発生および/または修復を制御し調節するための新たな生物学的技術またはインビボ治療の開発が可能でありうり、これは、傷害および疾患に対する新規の治療手段として使用することができる。
【0066】
本発明は、本発明の特定の態様を参照して詳細に記載されたが、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、種々の改変および変更を加えることができることは、当業者には明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】図1a〜図1bは、マウスE14線条体細胞から単離された神経球の形成に対するHGFの効果を示す。図1aは、種々の増殖因子の存在下で7日間成長した一次球体の写真を示す。スケールバー:50μm。図1bは、E14線条体細胞における神経球の数を表すグラフを示す。FGF-2(■)、EGF(▲)、FGF-2 + EGF(×)、またはなし(◆)、および種々の濃度のHGFの存在下において、ウェルあたり75,000細胞を24穴プレート内で7日間インキュベートした。5回の異なる実験の平均値を示す。
【図2】図2a〜図2cは、c-Met受容体(a、b)およびネスチン(c)の免疫染色の結果を表す写真を示す。図2aは、FGF-2およびEGFの存在下で培養された神経球内の細胞上のc-Met受容体の発現(緑色)である。細胞の核をヘキスト(青色)で対比染色した。スケールバー:20μm。図2bは、単一解離細胞中のc-Met受容体の免疫染色である。スケールバー:10μm。図2cは、HGFの存在下における、神経球内の細胞中のネスチン(赤色)の発現を示す。スケールバー:50μm。
【図3】図3aは、種々の増殖因子の存在下で培養した神経球内のBrdU陽性細胞の割合を示す。BrdU(10μM)を二次神経球に添加し、神経球を12時間インキュベートした。次いで、神経球を機械的に解離して、24穴プレートに播き、12時間後に固定した。5回の異なる実験の平均値を示す。*FGFに対してp<0.05、**FGF + EGFに対してp<0.01。図3bは、HGFを有するまたは有さない神経球内のTUNEL陽性細胞の数を示す。二次神経球を機械的に解離して、1%パラホルムアルデヒドで固定し、TUNELキットを用いて染色した。5回の異なる実験の平均値を示す。*FGFに対してp<0.05、**EGFに対してp<0.05。
【図4】表現型の割合に対するHGFの効果を表す写真を示す。HGF、FGF-2 + EGF、およびFGF-2 + EGF + HGFの存在下においてインキュベートされた神経球由来の細胞の二重標識免疫細胞化学を示す。細胞を1%FBS中にまたは1%FBS + HGF中に播いた。MAP-2陽性ニューロン(赤色)、GFAP陽性アストロサイト(緑色)およびヘキスト標識核(青色)を示す。スケールバー:50μm。
【図5】HGF(a)、FGF-2およびEGF(b)、FGF-2、EGF、およびHGF(c)の存在下で培養した神経球内の免疫陽性細胞の割合を表すグラフを示す。1%のPBS中または1%PBS + HGF(20ng/ml)中で、神経球を7日間分化させた。5回の異なる実験の平均値を示す。*1%FBSニューロンに対してp<0.01、**(b)に対してp<0.01。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞増殖因子(HGF)を含む神経幹細胞を培養するための、培地。
【請求項2】
HGFに加えてもう一つの増殖因子をさらに含む、請求項1記載の培地。
【請求項3】
増殖因子が、線維芽細胞増殖因子-2(FGF-2)および上皮細胞増殖因子(EGF)からなる群より選択される、請求項2記載の培地。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項記載の成長培地中で、神経幹細胞を培養または少なくとも1つの神経幹細胞を含む細胞集団を培養する工程を含む、神経幹細胞を培養する方法。
【請求項5】
神経幹細胞の増殖が可能な条件下で、請求項1〜3のいずれか一項記載の成長培地中で、神経幹細胞を培養または少なくとも1つの神経幹細胞を含む細胞集団を培養する工程を含む、神経幹細胞を増殖させる方法。
【請求項6】
神経幹細胞がニューロンおよびグリア細胞を含む細胞集団に分化できる条件下で、請求項1〜3のいずれか一項記載の成長培地中で、神経幹細胞を培養または少なくとも1つの神経幹細胞を含む細胞集団を培養する工程を含む、神経幹細胞を分化させる方法。
【請求項7】
神経幹細胞が、脳幹、小脳、大脳皮質、中脳、脊髄、および脳室からなる群より選択される哺乳類神経組織に由来する、請求項4〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
神経幹細胞が遺伝子改変されている、請求項4〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれか一項記載の培地中で培養された、神経幹細胞を使用または少なくとも1つの神経幹細胞を含む細胞集団を使用して、神経疾患を治療する方法。
【請求項10】
細胞集団が神経幹細胞に富む、請求項9記載の方法。
【請求項11】
細胞集団がニューロンに富む、請求項9記載の方法。
【請求項12】
治療対象の神経疾患が、癲癇、頭部外傷、脳卒中、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病、およびハンチントン病からなる群より選択される、請求項9〜11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
神経疾患が、少なくとも1つの細胞集団の移植によって治療される、請求項9〜12のいずれか一項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2006−511214(P2006−511214A)
【公表日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−556885(P2004−556885)
【出願日】平成15年12月2日(2003.12.2)
【国際出願番号】PCT/JP2003/015401
【国際公開番号】WO2004/050865
【国際公開日】平成16年6月17日(2004.6.17)
【出願人】(500409323)アンジェスMG株式会社 (34)
【Fターム(参考)】