説明

肝細胞増殖抑制剤

【課題】肝細胞の増殖抑制剤の提供。
【解決手段】本発明は、カルボキシペプチダーゼ、特に血漿カルボキシペプチダーゼBを含む肝細胞の増殖抑制剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボキシペプチダーゼを含む肝細胞増殖抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
血漿カルボキシペプチダーゼB(以下、pCPBと略称する)は、膵臓カルボキシペプチダーゼBと相同性を有するプラスミノーゲン結合タンパク質としてヒト血漿から単離された酵素である(非特許文献1: Eaton, D.L. et al., J. Biol. Chem. 266: 21833-21838 (1991)。pCPBは肝臓で産生され、約56kDaの酵素前駆体として分泌される。この酵素前駆体はタンパク質分解により活性化され、カルボキシ末端のアルギニン残基およびリジン残基を除去する作用を有するようになる。
【0003】
しかし、pCPBと肝細胞増殖との関係は明らかではない。
【0004】
また、再生医療、細胞療法などに応用する肝細胞は、分化機能の維持や品質保持という理由から、肝細胞の増殖を抑制または制御する必要があり、従来は培地に添加する血清濃度を減少させることによる栄養飢餓状態に肝細胞を置くか、肝細胞の増殖抑制作用を有するサイトカインであるTGFβを投与することにより増殖の抑制または制御が行われてきた。しかし、栄養飢餓状態の惹起およびTGFβの投与は肝細胞にアポトーシスを誘導し、肝細胞の機能を維持した状態での増殖抑制は困難であった。
【非特許文献1】Eaton, D.L. et al., J. Biol. Chem. 266: 21833-21838 (1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、肝細胞増殖抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、肝細胞表面における線溶活性調節が肝細胞増殖に及ぼす影響に着目し、線溶系因子が肝細胞の増殖に及ぼす影響について検討を加えた。その結果、線溶系因子のうちpCPBが、肝細胞の増殖と細胞膜上の線溶活性との相関、あるいは両者の調節に関与していることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、カルボキシペプチダーゼを含む、肝細胞の増殖抑制剤である。
【0008】
カルボキシペプチダーゼとしては、例えば血漿カルボキシペプチダーゼBが挙げられる。
【0009】
また、本発明は、上記肝細胞増殖抑制剤を含有する、肝細胞維持用培地である。さらに、本発明は、上記培地中で肝細胞を培養することを特徴とする肝細胞の培養方法である。この培養は、肝細胞の維持のために行うことができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明のカルボキシペプチダーゼは、栄養飢餓状態のように細胞に傷害を与えることもなく、またTGFβのように細胞内の情報伝達系を機能させることもないため、肝細胞の機能を維持したままで、その増殖を抑制できる。また、サイトカインを用いる場合よりも高い再現性で増殖を抑制できる。従って、本発明の抑制剤は、肝細胞の保存や分化機能の維持に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明は、カルボキシペプチダーゼ(CP)を含む、肝細胞増殖抑制剤である。CPは肝細胞自身によって産生され、肝細胞膜表面に存在するリジン残基を除去することにより、正常な状態では肝細胞の増殖を抑制している。肝障害などにより肝臓でのCPの産生量が低下すると、肝細胞は増殖を開始する。本発明においては、肝細胞が産生するCPに限らず、同様の基質特異性を有する膵臓や、他の生物由来のCPによっても肝細胞の増殖が抑制されることを見出した。
【0013】
CPを用いることにより、再生医療やバイオ人工肝臓の創製に必要とされる正常肝細胞の増殖制御及び維持が可能となる。
1.カルボキシペプチダーゼ
カルボキシペプチダーゼは、タンパク質1分子に亜鉛を1分子含む酵素であり、芳香族疎水性アミノ酸をタンパク質のC末端から遊離させるカルボキシペプチダーゼA(CPA)と、塩基性アミノ酸を遊離するカルボキシペプチダーゼB(CPB)がある。これらの酵素は、膵臓でプロ体として合成され、十二指腸に外分泌された後、トリプシンの作用によって活性型の酵素となる。
【0014】
本発明に使用されるCPは、その由来を問わず、膵臓、血漿のほか動物以外の微生物、植物由来のものを使用することができるが、血漿由来のものが好ましい。また、タイプはCPAであってもCPBであってもよいが、CPBであることが好ましい。
【0015】
血漿カルボキシペプチダーゼB(pCPB)は、公知のタンパク質精製法を用いて、上記動物の血漿から単離・精製される。あるいはpCPB遺伝子を公知の方法に従ってクローニングし、遺伝子を発現させた細胞から単離・精製することもできる。
【0016】
本発明において、カルボキシペプチダーゼは肝細胞増殖抑制作用を有するので、肝細胞の増殖抑制剤として使用することができる。肝細胞増殖抑制剤として本発明のCP(例えばpCPB)を培地に添加する場合、培地1 mlあたり、例えば0.001〜200 U、好ましくは0.01〜100 U、より好ましくは1.25〜20 Uの量が用いられる。
【0017】
本発明に使用される基本培地としては、従来の肝細胞培養に用いられる培地であるRPMI-1640培地、イーグル最小必須培地、ダルベッコ変法MEM培地、イスコブ変法イーグル培地、F12培地、ライホビッツL15培地、ウィリアムスE培地等が挙げられる。これらの培地に、添加物としてEGF、HGF等を加えることもできる。本発明では、培地としてウィリアムスE培地が好ましく用いられる。
【0018】
上記カルボキシペプチダーゼを添加した培地を用い、肝細胞の機能を維持するための培養を行うことができる。すなわち、37℃、5% CO2/95% Airの条件下で、肝細胞を培養することにより、肝細胞の機能を維持した状態に保持できる。このように、本発明は上記増殖抑制剤を含む培地を用いて肝細胞を培養する方法をも提供する。
【0019】
従って、上記基本培地にカルボキシペプチダーゼを添加した培地は、肝細胞を維持するための培地として利用することができる。ここで、肝細胞の維持とは、アルブミンの発現をはじめとした肝細胞特異的機能の発現を維持することを意味する。

2.肝細胞の増殖抑制試験
肝細胞はラット、マウス、モルモット、ウサギ、サル、ヒトなどのいずれの動物種に由来してもよいが、ラット、マウス、モルモットなどのゲッ歯類が好ましく用いられる。本発明においては、主としてラットを材料として試験を行う。
【0020】
上記動物の肝細胞を公知のコラゲナーゼ灌流法(文献名 Seglen. P.O. Preparation of rat liver cells. II. Effects of ions and chelators on tissue dispersion. Exp. Cell Res.; 76(1): 25-30, (1973))により単離する。具体的には、肝臓をコラゲナーゼで灌流することにより結合組織を消化し、その後低速の遠心分離を行うことにより肝細胞の単離を行う。
【0021】
単離された肝細胞は、低細胞密度での培養、あるいは細胞増殖因子の投与により増殖させることができる。いずれの場合の細胞増殖も、MTT法により確認することができる。具体的には、市販のキット(生細胞数測定試薬SF、ナカライテスク社製)を用い、添付のプロトコールにしたがって増殖を確認する。
【0022】
本発明においては、肝細胞の増殖抑制試験の際に、CP以外の線溶系因子等の肝細胞増殖への影響の測定を行うこともできる。
【0023】
CP以外の線溶系因子としてはプラスミン、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(uPA)、組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)などがあげられ、これらを一定濃度で、例えばプラスミンの場合は0.01〜20μg/mlの濃度で、またuPA の場合は0.01〜50 U/mlの濃度で培養系に添加し、肝細胞の増殖を測定する。添加する因子の活性は、市販の合成基質やザイモグラフィー(Seki T, Imai H, Uno S, Ariga T, Gelehrter TD. Production of tissue-type plasminogen activator (t-PA) and type-1 plasminogen activator inhibitor (PAI-1) in mildly cirrhotic rat liver. Thromb. Haemost.; 75(5):801-807, (1996))により確認する。
【0024】
また、肝細胞の状態を確認するために、アルブミン、チロシンアミノトランスフェラーゼ、ホルモン受容体などから選ばれるマーカー遺伝子のmRNAやタンパク質を材料として、RT-PCR、ウエスタンブロッティング等によりその発現を調べることも可能である。
【0025】
細胞表面に局在するプラスミンは、プラスミンの抗体(ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい)を用いた細胞の免疫染色により確認することができる。具体的には、蛍光抗体法や酵素抗体法を用いることができる。
【0026】
本発明のカルボキシペプチダーゼを用いた肝細胞の増殖抑制は、再生医療(細胞療法)に関する基礎研究用キットなどに利用することができる。

実施例
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
コラゲナーゼ灌流法により単離したラット肝細胞を増殖刺激条件下の低細胞密度(0.25〜0.5×105cells/cm2)、増殖抑制状態の高細胞密度条件下で播種してウィリアムスE培地を用い37℃、5% CO2/95% Airの条件下で24時間培養した。培養後ISOGENTM(和光純薬社製)を用いて全RNAを単離し、市販のRT-PCRキット(和光純薬社製)によりpCPBの発現を測定した。
【0028】
PCRに用いたpCPBのプライマーは以下の通りである。
【0029】
Upper Primer: 5' agaagcaaaagcaaggacca3'(配列番号1)
Lower Primer:5'attttagagactgcggccaa3' (配列番号2)
PCR反応は、サーマルサイクラー(GeneAmp PCR System 9700, Perkin-Elmer, CA, USA)を用い、cDNAの増幅は変性(94℃, 1 min)、アニーリング(59℃, 1 min)及び伸長(72℃, 1 min)を1 サイクルとし18サイクル行った。反応終了後、反応産物をエチジウムブロマイド(0.6μg/ml)含有2.5%アガロースゲル電気泳動で分離し、イメージスキャナーを用いて定量的に解析した。
【0030】
その結果、pCBPの遺伝子発現量は細胞密度依存的に増加した。接触阻害による増殖抑制状態の高細胞密度(1.5×105cells/cm2)でpCPBの発現レベルは最も高く、pCPBが細胞増殖の抑制機構に関与していることが示された(図1)。
【実施例2】
【0031】
コラゲナーゼ灌流法により単離したラット肝細胞を増殖刺激条件下の低細胞密度(0.25×105cells/cm2)、増殖抑制状態の高細胞密度(1.5×105cells/cm2)条件下で播種してウィリアムスE培地を用い37℃、5% CO2/95% Airの条件下で24時間培養した。培養後、細胞膜画分を超遠心分離法により分画し、膜結合型プラスミン活性をザイモグラフィーにより検出した。その結果、高細胞密度では低細胞密度で培養した肝細胞に比べ細胞膜結合プラスミン活性は約50%に減少した。このことは、高細胞密度で発現が増大したpCPBにより細胞表面のプラスミン結合部位のリジン残基が除去されるたことによりプラスミン活性が減少した可能性を示している。また、pCPBが肝細胞膜のリジン残基の除去を介して肝細胞の増殖を制御している可能性が明らかになった。
【実施例3】
【0032】
コラゲナーゼ灌流法により単離したラット肝細胞を0.25×105cells/cm2の細胞密度で播種し、10%ウシ胎児血清を含むウィリアムスE培地で4時間、その後血清を含まないウィリアムスEで20時間培養後、上皮増殖因子(EGF,10 ng/ml)、インスリン(Ins,10-7M)存在下で培養して増殖を刺激し、肝細胞の増殖能は生細胞数測試薬(SF,ナカライテスク社製)によりマイクロプレートリーダー(Immuno-mini NJ-2300 ; Nalgenunc International社製)を用いて測定した。初代培養肝細胞はEGF、インスリンの刺激により約2倍の細胞増殖率が増加した。さらに、EGF、インスリンによって惹起される細胞増殖に及ぼす膵臓CPBの影響について検討した。その結果、CPBは濃度依存的に細胞増殖を抑制した(図3)。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】細胞密度がpCPB mRNAの発現レベルに及ぼす影響を示す図。 ラット単離肝細胞を増殖刺激条件下の低細胞密度(0.25〜0.5×105cells/cm2)、増殖抑制状態の高細胞密度条件下で播種してウィリアムスE培地を用い24時間培養した。その後RT-PCRによりpCPBの発現量を測定した。結果は、1.5×105cells/cm2 の発現量に対する比で表示し、図中のバーは4回の異なる実験結果の平均値±SEを示す。**p<0.01 vs. 1.5×105cells/cm2
【図2】細胞密度が肝細胞膜結合型プラスミン活性レベルに及ぼす影響を示す図。 低細胞密度(0.25×105cells/cm2)、増殖抑制状態の高細胞密度(1.5×105cells/cm2)で播種した肝細胞をウィリアムスE培地中で24時間培養後細胞膜画分を調製し、画分中のプラスミン活性をザイモグラフィーにより測定した(図上部のパネル)。ザイモグラフィーにより得られた溶解窓をイメージスキャナーにより定量的に解析し、プラスミン活性は、低細胞密度におけるプラスミン活性に対する比で示した(図下部の棒グラフ)。結果は3回の異なる実験の平均値±SEで示し、高細胞密度では低細胞密度に比べ有意にプラスミン活性は減少した(P<0.05)。
【図3】膵臓由来CPBによる肝細胞増殖の抑制を示す図。 膵臓由来CPBが肝細胞の増殖におよぼす影響を検討した。図の縦軸は生細胞数測試薬(SF,ナカライテスク社製)により測定した生細胞数を示し、横軸は添加したCPB濃度(0〜20 U/ml)を示す。CPB濃度依存的な肝細胞の増殖抑制が観察される。図中のバーは5回の異なる実験結果の平均値±SEを示す。*p<0.05 vs. Control culture.
【配列表フリーテキスト】
【0034】
配列番号1:合成DNA
配列番号2:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシペプチダーゼを含む、肝細胞の増殖抑制剤。
【請求項2】
カルボキシペプチダーゼが血漿カルボキシペプチダーゼBである、請求項1記載の抑制剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の抑制剤を含有する、肝細胞維持用培地。
【請求項4】
請求項3記載の培地を用いて肝細胞を培養することを特徴とする肝細胞の培養方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−14611(P2006−14611A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−192980(P2004−192980)
【出願日】平成16年6月30日(2004.6.30)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】