説明

肝臓がん発症の検出又はリスクの予測方法

【課題】迅速に特異性高く、肝障害患者における肝臓がんの発症の検出及びリスクの予測するための方法およびキットを提供する。
【解決手段】前記方法では、試料中のフォンヴィレブランド因子分解酵素の量及び/又は酵素活性を分析する。前記キットは、フォンヴィレブランド因子分解酵素に特異的に結合する抗体(好ましくはポリクローナル抗体)又はその断片を含み、好ましくは、前記抗体又は断片を担持するラテックス試薬である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォンヴィレブランド因子(von willebrand factor;VWF)分解酵素の量及び/又は酵素活性を分析することを特徴とする、肝臓がん発症の検出又はリスクの予測方法及びキットに関する。また、肝臓がん発症の検出又はリスクを予測するための、フォンヴィレブランド因子分解酵素に特異的に結合するポリクローナル抗体を用いたフォンヴィレブランド因子分解酵素分析用ラテックス試薬に関する。本発明の方法及びキットは、肝臓がんの発症を検出したり、その発症の可能性を事前に把握するために利用される。なお、本明細書における前記「分析」には、分析対象物質の量を定量的又は半定量的に決定する「測定」と、分析対象物質の存在の有無を判定する「検出」との両方が含まれる。
【背景技術】
【0002】
肝臓がんには、肝細胞からできる原発性肝がんと、ほかの早期にできたがんが転移してくる転移性肝がんがある。また、原発性肝がんには、肝細胞にできる肝細胞がんと肝臓の中の胆管細胞にできる胆管細胞がんがあるが、胆管細胞がんは数が少なく、一般に肝臓がんといった場合は原発性肝がんの大多数を占める肝細胞がんを指す。肝細胞がんによる死亡数は1970年代後半から急速に増加しているが、そのほとんどはC型肝炎からの肝がん死である。全癌での死亡数をみても男性で3位、女性で4位で年間4万人前後の人がこの病気で死亡している。肝臓がんの患者を調べてみると、多くは慢性肝障害がみられ、その70%は肝硬変のある人に、25%は慢性肝炎のある人にできている。わが国では、肝細胞がんの約7割がC型肝炎、2割がB型肝炎が原因で発生しており、そのためがんを持っている患者さんの約7割近くはウイルス性肝炎のための肝硬変を合併している。その原因となるのは、B型とC型の肝炎ウイルスで、ウイルスが活動して肝細胞が炎症を繰り返していくうちに、遺伝子に異変が起こり、がん細胞が生じてくるものと考えられている。
【0003】
肝臓がんは最初の治療が見かけ上完全におこなわれても、非常に再発の多いがんである。その原因としては、(1)90%以上の患者さんはB型またはC型肝炎ウイルス感染による慢性肝炎や肝硬変を合併しているので、残った肝臓に新しいがんができる危険が高いこと、(2)肝臓がんは比較的小さな段階(3〜5cm)で近くの血管の中に入り込み周囲や他の臓器に転移をおこす性質があるため、と考えられている。実際、肝臓がんの再発部位の90%以上が残った肝臓での再発(残肝再発)で、乳がんや胃がんなどよりはるかに同じ臓器内に再発する頻度が高い。がん細胞を最も完全に取り除くことができる治療である肝切除術をもってしても、治療3、5年後までにがんが再発する確率は70%以上と高い。現在、肝臓がんの発症を予測または検出する方法としては、α−フェトプロテイン(AFP)などの腫瘍マーカーによる血液検査やレントゲン検査、超音波検査が行われている。
【0004】
AFPとは、胎児の血清中にみられるタンパク質の一種で、出生後は消失するが肝臓がんになると増加する。アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)やアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)などの血液生化学検査とともに測定され、肝臓がんのスクリーニング(ふるいわけ)検査として用いられている。AFPが確認された肝臓がんでは、治療の効果があれば数値は下がるので、治療の経過観察や再発の発見にも欠かせない検査である。AFPの基準値は20ng/mL以下(RIA固相法)である。慢性の肝障害があって、AFP値が200〜400ng/mLなら肝臓がんである可能性が高く、400〜1000ng/mL以上であれば非常に疑わしいと考えられる。しかし、肝臓がんでもAFPが陽性にならないものもあるため、AFPの値が高値を示しただけではがんと特定することは難しいことが知られている。したがって、肝臓がんの初発や再発をより早期に正しく検出またはリスクの予測ができるマーカーが望まれている。
【0005】
ADAMTS13は、VWF(フォンヴィレブランド因子)の特異的切断酵素である。分子量190kDaのマルチドメイン構造をとる亜鉛型メタロプロテアーゼで、VWFのTry842−Met843結合を特異的に切断することにより分子量の大きなUL−VWFM(Unusually large-VWFM)をVWFM(VWFマルチマー)の分子サイズまで切断、さらにはその活性の制御を行う。ADAMTS13の活性または量が正常である場合VWFMは適切に切断され止血因子となり得るが、ADAMTS13が欠損または低活性である場合VWFMは切断されずこれが血小板血栓の原因となる。この代表的な疾患が血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)であったが、その後様々な症例からADAMTS13活性または量の低下がTTPに特異的ではないことが示され、肝硬変において、血漿ADAMTS13活性は肝の重症度が増すにつれて低下するが、末期にはTTPに匹敵する程度にまで著減すること(非特許文献1)、多臓器不全合併重症アルコール性肝炎および急性肝不全において、ADAMTS13活性の著減とUL−VWFMの著増が、肝障害の進展・多臓器不全発症と密に関連することが報告されている(非特許文献2)。
【0006】
一方、本発明者らは、星細胞が選択的に障害されるラット急性肝障害で血中活性が低下する(非特許文献3)一方、星細胞が増殖する肝線維化過程で血中活性が亢進する(非特許文献4)ことを見出して、血中ADAMTS13活性の調節に星細胞が重要であることを明らかにした。ADAMTS13は主に肝臓の肝星細胞(旧 伊東細胞)で産生される。星細胞はDisse腔内にあり,類洞血管内皮細胞の外側に張り付くように存在していることから、肝臓の微小循環調節に重要と考えられている。星細胞は、脂肪貯蓄細胞とも呼ばれ、ビタミンAを含む脂肪滴を有し、また、星状の細胞突起が見られる。肝臓の線維化とともに星細胞は脂肪滴が減少し(ビタミンAも減少)、その形を変え、線維芽細胞や筋線維芽細胞に類似した形態を呈し、コラーゲンなどの細胞外マトリックス生成の亢進が見られる。このことから、近年、肝線維化を伴う肝障害との関連が示唆されている。
【0007】
ところで、ADAMTS13のVWF切断活性を測定する方法としてSDS−アガロースゲル電気泳動法がある。しかしこの測定法は結果算出までに3日を要し、現在臨床検査の場で求められている『簡便で迅速な検査法』には不適である。そこで発明者らは、2種のモノクローナル抗体を用いたサンドイッチELISA測定法を用いたADAMTS13抗原量測定試薬(ADAMTS13 ELISA測定kit;三菱化学メディエンス社)を開発した(特許文献1)。このELISA測定法試薬とSDS−アガロースゲル電気泳動法で求められた活性値との相関係数は0.997と極めて良好であり、より簡便・迅速にADAMTS13量を測定することが可能となった。また、VWF73の合成ペプチドが検体中のADAMTS13によって切断されて露呈する部分に対するモノクローナル抗体を使用したADAMTS13活性測定キット(ADAMTS13-act-ELISAキット;カイノス社)も市販されているが、いずれもELISA測定法であるため複数回の人的操作が必要であること、また測定に要する時間が3.5時間であることから、更なる改善が必要であり、より簡便で再現性の高い測定法の開発が待たれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第WO2005/062054号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Uemura M, et al., Alcohol Clin Exp Res. 2005; 29(12 Suppl): 264S-271S.
【非特許文献2】Uemura M, et al., Thromb Haemost. 2008; 99(6): 1019-1029.
【非特許文献3】Kume Y, et al., FEBS Lett, 2007; 581(8): 1631-1634.
【非特許文献4】Watanabe N, et al., Thromb Haemost. 2009; 102: 389-396.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、現行マーカーであるAFP等では肝臓がんの発症の検出及びリスクの予測を特異性高く検出することは難しい。本発明は、迅速に特異性高く、肝障害患者における肝臓がんの発症の検出及びリスクの予測するための方法およびキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記状況に鑑み、本発明者は鋭意検討し、肝臓がんの発症を早期に特異性高く検出できるマーカーを発見した。すなわち、ADAMTS13が、肝臓がんの発症の検出及びリスクを予測できることを発見した。実施例に詳細に示すが、以下に簡単に説明する。ADAMTS13が肝臓の星細胞で産生されることに注目し、B型またはC型肝障害患者のADAMTS13の発現を検討したところ、前記患者の肝線維化マーカーとADAMTS13の発現に相関があることがわかった。しかし、前記患者と健常人との間で、ADAMTS13の発現が上昇することは認められたが、その上昇はそれほど高いものではなかった。従来、肝臓がんを産生しやすい土壌として、長い年月にわたる肝炎の結果として肝線維化が起こると考えられている。そして、肝線維化の程度が同じでも、一概に肝臓がんが高効率で発症するわけではないと考えられている。そこで、本発明者は、ADAMTS13の発現が、肝臓がんの発症やそのリスクの予測と関係があるか以下の検討を行った。すなわち、前記患者における3年以内の肝臓がんの発症とADAMTS13の発現の関係を検討した結果、従来の血液肝臓がんマーカーに比べ有意にADAMTS13の発現量が多い場合に肝臓がんを発症していることを見出した。さらに、肝臓がんの治療を行った後、B型またはC型肝障害を有し、1年以内に肝臓がんを再発した患者に対し、すなわち、肝臓がんの再発とADAMTS13の量及び酵素活性の関係を検討した結果、従来の血液肝臓がんマーカーに比べ有意にADAMTS13の量及び酵素活性が多い場合に肝臓がんが再発していることを見出した。以上より、ADAMTS13が肝臓がんの発がん及び再発の検出又はリスクの予測マーカーとなることを見出した。この知見に基づいて肝臓がんの発症の検出又はリスクの予測に特異的なマーカーとしてのADAMTS13の意義を確立し、ADAMTS13を分析することを特徴とする肝臓がんの発症の検出又はリスクの予測方法を提供し、ADAMTS13の迅速簡便な検査方法およびキットに関する本発明を完成した。
【0012】
さらに本発明は、ADAMTS13量を測定する免疫比濁法も提供する。すなわち、従来のADAMTS13を分析する方法は、ADAMTS13が少ないことを測定することに注目されており、試料をそのまま測定することができる測定範囲は健常人が示す100%程度であった。本発明により、高濃度(150%を超える場合もある)のADAMTS13量を測定する意義が見出されたが、高濃度を測るためには、試料を希釈するなどして見かけ上の値を求めるしかなく、高濃度の測定精度が悪かった。本発明の第2の発明は、従来の低値の測定を重視した酵素免疫測定法に代わる迅速簡便且つ低濃度から高濃度の広範囲にわたるADAMTS13量を測定可能な方法を提供するためになされたものである。上記課題を解決するために鋭意検討を進めた結果、ラテックス粒子に抗ADAMTS13ポリクローナル抗体を担持させることで、血漿中のADAMTS13の存在または量を検出することができることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0013】
すなわち、本発明は、
[1]試料中のフォンヴィレブランド因子分解酵素の量及び/又は酵素活性を分析することを特徴とする、肝臓がん発症の検出又はリスクの予測方法;
[2]前記肝臓がんの発症が再発である、[1]の方法;
[3]前記試料が血液である、[1]又は[2]の方法;
[4]前記試料が肝障害を有する患者由来である、[1]〜[3]のいずれかの方法;
[5]前記フォンヴィレブランド因子分解酵素の量及び/又は酵素活性が健常人よりも高いことを指標とする、[1]〜[4]のいずれかの方法;
[6]フォンヴィレブランド因子分解酵素の分析を免疫学的方法により実施する、[1]〜[5]のいずれかの方法;
[7]肝臓がん発症の検出又はリスクの予測するための、試料中のフォンヴィレブランド因子分解酵素の量及び/又は酵素活性を分析する方法;
[8]フォンヴィレブランド因子分解酵素に特異的に結合する抗体又はその断片を含む、肝臓がん発症の検出又はリスクの予測用キット;
[9]ADAMTS13分析用ラテックス試薬である、[8]のキット;
に関する。
【発明の効果】
【0014】
肝障害患者においてADAMTS13を分析することにより、早期に特異的に肝臓がんの発症の検出又はリスクの予測を行うことができる。また本発明のラテックス試薬を用いたADAMTS13の測定法によれば、検体を前処理する必要なく、短時間(例えば10分〜20分)で再現性且つ高精度にADAMTS13抗原量を測定することができる。本発明のADAMTS13測定法は、高濃度のADAMTS13を検出することが必要な慢性肝障害症例における肝臓がんの発症の検出又はリスクの予測の有用な手段となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で調製した本発明のラテックス試薬の検量線である。
【図2】慢性B型又はC型肝障害患者における癌細胞がん発症に関するKaplan−Meier法による累積罹患率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[1]本発明の肝臓がんの発症の検出又はリスクの予測方法
本発明方法では、試料中のADAMTS13を分析することにより、肝臓がんの発症の検出又はリスクの予測を行うことができる。ADAMTS13を分析することができれば公知の手法を使用することができるが、例えば、ADAMTS13の量(濃度)又は酵素活性を測定する方法が挙げられる。
【0017】
例えば、被験者におけるADAMTS13量又は酵素活性が、健常人群のADAMTS13量又は酵素活性よりも高いことを指標として肝臓がんの発症の検出およびリスクの予測を行う。具体的には、例えば、健常人群のADAMTS13の平均値(Mean)+SDよりも有意に高値となった場合に肝臓がんの発症があることを検出またはリスクを予測又は検出する。後述の実施例に示すように、例えば、患者のADAMTS13量又はADAMTS13活性値が健常人群あるいは陰性対象疾患群(例えば、肝障害患者)との判定用閾値以上となったときに肝臓がんの発症の検出又は発症する可能性が高いと判定することができる。例えば、肝臓がんの発症に関し、ADAMTS13量又はADAMTS13活性値の健常人群との判定用閾値を97.6%、肝障害患者との判定用閾値を107.2%とすることができる。また、肝臓がんの再発に関し、ADAMTS13活性値又はADAMTS13量の再発なし群との判定用閾値を、それぞれ、116.8%又は118.9%とすることができる。判定用閾値は、種々条件、例えば、基礎疾患、性別、年齢などにより変化することが予想されるが、当業者であれば、被験者に対応する適当な母集団を適宜選択して、その集団から得られたデータを統計学的処理を行うことにより、正常値範囲又は判定用閾値を決定することができる。陰性対象疾患群とは、肝障害患者が挙げられる。
【0018】
本発明方法により検出又はリスクを予測できる疾患は、肝臓がんが挙げられる。好ましくは、肝障害(すなわち慢性肝炎ないし肝硬変)から発症する肝臓がんであり、特に好ましくは、肝細胞がんである。
【0019】
本発明方法を適用することのできる対象(被験者)は、肝臓がんの発症の検出又はリスクの予測を行う目的であれば限定しないが、特に肝臓がんの発症のリスクが高い肝障害患者、好ましくは慢性肝障害患者あるいは肝硬変患者、更に好ましくは、慢性B型または慢性C型肝障害患者が挙げられる。肝障害とは、肝炎を指す場合もある。また、ラジオ波治療などの肝臓がんの治療を行った後の患者は、肝臓がんの再発を検出又はリスクを予測するための被験者である。
【0020】
被検試料としては、血液、細胞組織液、リンパ液、胸腺水、腹水、羊水、胃液、尿、膵臓液、骨髄液、又は唾液等の各種体液が挙げられる。特には、血漿または血清形態の血液が好ましい。また、前記血漿は、クエン酸血漿又はヘパリン血漿であることが好ましい。
【0021】
本発明のADAMTS13量(濃度)を測定する方法としてはサンドイッチELISA法などの公知の免疫学的測定方法、ADAMTS13酵素活性を測定する方法としてはVWF73の合成ペプチドが検体中のADAMTS13によって切断されて露呈する部分に対するモノクローナル抗体を使用した方法が挙げられる。これらの方法は、いずれも試料中のADAMTS13の存在を検出する方法である。本発明では高濃度のADAMTS13を測定する必要があるため、特に、迅速簡便且つ高濃度のADAMTS13量が測定可能な免疫比濁法が好ましい。具体的には、後述するラテックス試薬が挙げられる。
【0022】
[2]本発明のラテックス試薬
本発明のラテックス試薬は、ADAMTS13の測定、特にADAMTS13抗原量を測定するための免疫試薬であり、ラテックス粒子上にADAMTS13に結合するポリクローナル抗体が固定化されたものである。
【0023】
<1>ADAMTS13の測定に用いられる固相担体
ラテックス凝集免疫測定法を用いる場合には、例えば、抗体を担持させる固相担体としては、ラテックス、ゼラチン、リポソーム、赤血球、シリカ、スチレン−ブタジエン共重合体、アルミナ、磁性粒子またはセラミックス等の粒子を用いることができる。中でもラテックス粒子が好ましく用いられ、ポリスチレンラテックス、スチレンとジビニルベンゼンの共重合体、アクリル酸とスチレンの共重合体、スチレンとマレイン酸の共重合体、スチレンとメタクリル酸の共重合体、スチレンとアクリル酸とアルキルアクリレートなどの共重合体、酢酸ビニルとアクリル酸の共重合体等が挙げられる。ラテックス粒子の粒径としては、0.1〜1.0μm程度が好ましい。磁性ラテックスを用いる場合の粒径としては、0.5〜3.0μm程度が好ましい。これらの担体粒子に、物理的吸着法、化学結合法等を利用して抗ADAMTS13抗体を担持させる。この固相担体に担持された抗体と試料とを反応させ、免疫複合体を形成させることにより凝集体を生じさせ、透過光や散乱光を利用して光学的方法により測定したり、目視により判定したりすればよい。磁性ラテックスを用いる場合は、担持された抗体と試料とを反応させ、免疫複合体を形成させた後、標識化抗体(たとえば、アルカリフォスファターゼや西洋ワサビパーオキシダーゼなど)を反応させて磁性ラテックス−試料−標識化抗体の複合体を形成させる。これに基質(たとえば、CDP−staやルミノールなど)を添加した後の発光量を測定すればよい。
【0024】
<2>ADAMTS13の存在または量の検出に用いられる抗体
上記ラテックス粒子の粒子上にADAMTS13に結合する抗ADAMTS13抗体を固定化することによって、本発明のラテックス試薬が得られる。抗ADAMTS13抗体は、ラット、モルモット、ウサギ、マウス、ヤギ、ヒツジ、馬、牛などの哺乳動物をADAMTS13で常法にしたがって免疫することにより得られる。また抗ADAMTS13抗体は、国際公開WO02/088366A1記載のADAMTS13に対する遺伝子部位をpCAGベクター(Niwa H, et al., Gene 1991; 108: 193-199.)に組み込んで得られるプラスミドDNAをウサギにエレクトロポレーション法によって導入することで得ることが可能である。ラテックス粒子に固定化する抗ADAMTS13抗体としては、免疫した動物から採血し、血清を分離して得られる抗ADAMTS13抗血清も本発明に使用することができるが、またIgGそのものでもよいが、IgGをペプシン、パパインなどの消化酵素、あるいはジチオスレイトール、メルカプトエタノールなどの還元剤を用いてF(ab’)、Fab、Fab’などにフラグメント化したものも使用できる。IgMなどの他のクラスの抗体も同様の処理をして使用することができる。抗ADAMTS13抗体の精製は、例えばNisonoffらの方法(Nisonoff, A. Methods in MedicalResearch, Eisen H. N. (ed). Year Book Medical Publishers, Chicago, (1964) 10, 134-141)により行うことができる。
【0025】
抗ADAMTS13抗体をラテックス粒子上に固定化する方法としては特に制限はなく、例えば、ラテックス粒子と抗体を混合することにより起こる物理的な吸着を用いる物理吸着法、カルボジイミドなどのカップリング剤により、ラテックス粒子表面のカルボキシル基やアミノ基と抗体分子を化学的に結合させる化学結合法が用いられる。また、抗体分子をスペーサー分子を介してラテックス粒子に結合させてもよい。さらに、アルブミンなどの他のタンパク質に化学結合法を用いて抗体を結合させた後に、そのタンパク質をラテックス粒子に物理的あるいは化学的に固定化してもよい。
【0026】
ブロッキング剤として使用するものとしては、ウシ血清アルブミン(BSA)やカゼインなど従来から使用されているものでもよいし、近年BSAの代替品として発売されている合成ブロッキング剤ブロックマスター(JSR社)やリピヂュア(日油社)を使用することができる。
【0027】
本発明の免疫測定法は、上記のラテックス試薬を用いたラテックス凝集により、試料中のADAMTS13の存在または量を測定する方法である。すなわち、ラテックス試薬をADAMTS13含有試料溶液に添加すると、抗ADAMTS抗体を介してラテックス粒子が結合し、凝集する。このラテックス粒子の凝集を測定することによって、ADAMTS13の存在または量を測定することができる。ラテックスの凝集は、スライドラテックス凝集法によって検知することもできるが、可視光から近赤外域の光(400〜2400nm、好ましくは600〜1000nm)の吸収の増加を、分光光度計を用いて経時的に測光することにより、正確に測定することができる。このような測定を行う装置として、三菱化学メディエンス株式会社のLPIA−A700ラテックス凝集全自動測定機、ロシュ・ダイアグノスティック・システムズ社のCOBAS FARA装置およびCOBAS MIRA装置、および日立製作所の日立7170分析装置や東芝のTBA−120FR分析装置等が挙げられる。試料とラテックス試薬との反応は、生理的食塩水、緩衝液等の液体中で行われる。ラテックス試薬と試料中のタンパクとの非特異的結合を抑制するために、界面活性剤等の吸着抑制剤を反応液に添加してもよい。
【0028】
<3>本発明の試料中のADAMTS13の存在または量の検出法
ADAMTS13の存在または量の検出をするためには、量が既知のADAMTS13標準品を用いて検量線を作成しておけばよい。検量線は、例えば、ラテックス粒子の凝集量に対してADAMTS13標準品の濃度をプロットすることにより得られる。試料を適宜段階的に希釈し、この希釈液にラテックス粒子を加え、ラテックス凝集を測定し、得られた測定値と検量線から、試料中のADAMTS13量(濃度)を知ることができる。
上記<1>および<2>において詳述した抗体および免疫学的手法を用いて、試料中のADAMTS13の存在または量の検出を行い、患者の肝臓がんの発症又はリスクの予測を行う。
【実施例】
【0029】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0030】
《実施例1:抗ADAMTS13抗体結合ラテックス試薬》
(1)抗ADAMTS13抗体の作製
抗ADAMTS13ポリクローナル抗体は、国際公開WO2004/029242号記載と同様にADAMTS13に対する遺伝子部位をpCAGベクター(Niwa H, et al., Gene 1991; 108: 193-199.)に組み込んで得られるプラスミドDNAをウサギにエレクトロポレーション法によって導入することで得た。次に、公知の方法に従って、前記免疫したウサギから採血し、血清を分離して抗ADAMTS13抗血清を調製し、更に、F(ab’)を調製した。
【0031】
(2)抗ADAMTS13抗体結合ラテックス試薬の作製
平均粒径0.322μmのポリスチレンラテックス(JSR社)を3.5mg/mLの1−エチル−3−(3−メチルアミノプロピル) カルボジイミド塩酸塩溶液中でカルボキシル基の活性化を行い、洗浄後、50mmol/Lの2−モルホリノエタンスルホン酸(pH6.0)緩衝液にラテックスを懸濁させた。次に上記(1)で作製した抗ADAMTS13ポリクローナル抗体を0.3mg/mLの濃度となるように添加し、1時間反応させた。洗浄後、0.5%ブロックマスター溶液(JSR社)で30分間ブロッキングを行い、抗ADAMTS13抗体感作ラテックス試薬を調製した。
【0032】
(3)抗ADAMTS13抗体結合ラテックス試薬の使用方法
抗ADAMTS13抗体結合ラテックス試薬を使用したADAMTS13量の測定は、ラテックス凝集全自動測定機LPIA−A700(三菱化学メディエンス社)を用いて行った。MOPS緩衝液144μLに、ADAMTS13を含有する被検試料または標準品4μLを添加後混合し、37℃で10分間反応させた。上記で得られたラテックス試薬64μLを添加後、37度で近赤外(800nm)の吸収の増加を10分間測定することにより、免疫反応を観察した。標準品には、健常人プール血漿をウシ血清アルブミン(BSA)添加トリス緩衝液により希釈した系列を調製して使用した。濃度依存的に良好な直線性をもつ検量線を得た(図1)。0%から200%まで測定可能なことが確認できた。本試薬の最低検出感度は2%であった。
【0033】
《実施例2:肝炎症例における肝臓がんの発症の検討》
慢性B型肝障害21例および慢性C型肝障害60例において、市販のADAMTS13活性測定キット(ADAMTS13-act-ELISAキット;カイノス社)を用いて血漿ADAMTS13活性を測定した。慢性B型およびC型肝障害患者における血漿ADAMTS13の平均値±SDは114.0±45.4%であり、健常人群のデータ(カイノス社パンフレット掲載):平均値±SD=97.6±18.0%と比較すると、有意に肝障害患者でのADAMTS13活性値はは高値(110%以上)を示した。次に、従来、肝臓がんあるいは肝線維化の診断の指標とされているマーカーとADAMTS13活性値の間のスピアマンの順位相関係数を求めた。各マーカーの値は、平均値±SDで求めた。その結果を表1に示す。血漿ADAMTS13活性は、血清AST(aspartate aminotransferase)およびALT(alanine aminotransferase)およびAFP(α-fetoprotein)、さらにFibroScan(登録商標)(ECHOSENS社)による肝硬度、肝硬変の進行マーカーとされるAPRI(Aspartate aminotransferase to platelet ratio index:ASTと血小板の比)と有意な相関を認めた。肝合成能のマーカーであるアルブミン量、肝線維化マーカーとされる血小板数、肝細胞がんのマーカーとされるDCP(des-γ-carboxy prothrombin)とは相関が認められなかった。これらの結果から、肝障害と血漿ADAMTS13活性の相関があることがわかった。ADAMTS13以外のマーカーの測定は、公知の方法に従って行った。
【0034】
【表1】

【0035】
さらに検討症例を3年間フォローアップしたところ、10例に肝細胞がんが発症し、Kaplan−Meier法による累積罹患率は1年で4.9%、2年で9.1%、3年で11.1%であった(図2)。この肝細胞がんを発症した10例の患者群と、発症していない71例の患者群において、上記で測定した血漿ADAMTS13活性と公知の肝臓がんあるいは肝線維化のマーカーの2群の比較をt検定にて検討した。その結果、肝硬度を除く公知の肝臓がんあるいは肝線維化の血液マーカーでは、肝細胞がんの発症有り群と無し群に有意な差は認められなかったが、血漿ADAMTS13活性は、肝細胞がんの発症有り群と無し群に有意な差があることがわかった(表2)。詳細には、血漿ADAMTS13活性は、肝細胞がんの発症なし群では107.2±42.8(%)、発症あり群では161.9±33.8(%)となり、解析によりP値は0.05%以下で2群に有意な差があった。また、FibroScanによる肝硬度値も、肝細胞がんの発症と有意差があった。
【0036】
【表2】

【0037】
以上のデータ、又は単変量解析、更には多変量解析においても、血漿ADAMTS13活性値は肝細胞がん発症の有意な危険因子であることが示されたことから、ADAMTS13は肝硬度とは独立した危険因子として評価できることがわかった。このことから、例えば、血漿ADAMTS13活性の肝細胞がんの発症の閾値を107.2%とすることが示唆された。
【0038】
肝炎を「火事」に例えると、FibroScanによる肝硬度測定は、肝線維化の程度、すなわちどれだけ今までの火事によって肝臓が燃えてしまったかという「歴史」が認められるが、一方、本発明で得られた知見から、ADAMTS13の発現は肝線維化の程度とともに、炎症の反応としての創傷治癒機転、すなわち、その時々の火の勢いも示すと考えられる。そして、ADAMTS13の発現が高い場合、すなわち、より肝炎が活発な例から、高効率に肝臓がんが発生すると考えられる。以上より、肝硬度測定では、早期に肝臓がんのリスクを予測できないのに対し、ADAMTS13の発現を検討することによって、肝障害を有している患者の内、肝線維化の程度が同じであっても、早期に特異的に肝臓がんの発症のリスクの予測が可能となり、非常に有用であると言える。
【0039】
また、肝硬度を測定するFibroScanは高価で特殊なエコー機器であり、どこの施設でも測定できるわけではないという問題がある。一方、簡便に取り扱うことが可能な血液を試料としたADAMTS13をマーカーとできることは、早期に迅速に肝臓がんを検出又はリスクを予測できることにつながる。具体的には、例えば、まずADAMTS13を分析することで、ADAMTS13の発現が高ければ、肝臓がんの発症のリスクが高いことを予測し、さらに、エコー機器やCT等でも仔細に経過観察して早期に肝臓がんを検出することができる。
【0040】
《実施例3:肝臓がんの発症例における肝臓がん再発の検討》
肝細胞がんのラジオ波治療で入院した症例中、慢性B型肝障害を有する14例および、慢性C型肝障害を有する83例において、前記治療後、血漿ADAMATS13及び公知の肝臓がんあるいは肝線維化のマーカーを分析し、その後1年以内に肝臓がんの再発の有無との関係をt検定にて解析した。各マーカーの値は、平均値±SDで求めた。肝臓がんの再発とは、治療後も残っていたがん(局所再発)の例を除き、別の場所に新たに発生したがんを対象とした。
【0041】
ADAMTS13の分析は以下のように行った。ADAMTS13抗原量を実施例1で作製したラテックス試薬により、及び、ADAMTS13活性を前記ADAMTS13活性測定キット(ADAMTS13-act-ELISA;カイノス社)で測定した。ラテックス試薬では、試料を原液のまま実施例1に従って測定した。活性測定キットでは、試料をそれぞれ測定可能な範囲に入るように希釈して、添付のプロトコールに従って測定した。
【0042】
その結果、公知の肝臓がんあるいは肝線維化の血液マーカーの測定値には、肝細胞がんの再発の有り群と無し群で有意な差は認められないが、血漿ADAMTS13量および活性は、肝細胞がんの再発の有り群と無し群で有意な差が認められた(表3)。詳細には血漿ADAMTS13活性は肝細胞がんの再発なし群では116.8±28.5(%)、再発あり群では130.0±30.8(%)となり、2群間の比較でP値は0.05%以下で有意な差があった。また、血漿ADAMTS13量は、肝細胞がんの再発なし群では118.9±35.4(%)、再発あり群では134.3±36.1(%)となり、2群間の比較でP値は0.05%以下で有意な差があった。以上のデータから、ADAMTS13が肝臓がんの再発のリスク予測マーカーとなることが示された。このことから、例えば、血漿ADAMTS13活性の肝細胞がんの再発のリスクの閾値を116.8%、血漿ADAMTS1量の肝細胞がんの再発のリスクの閾値を118.9%とすることが示唆された。
【0043】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、肝臓がん発症の検出又はリスクの予測の用途に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のフォンヴィレブランド因子分解酵素の量及び/又は酵素活性を分析することを特徴とする、肝臓がん発症の検出又はリスクの予測方法。
【請求項2】
前記肝臓がんの発症が再発である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記試料が血液である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記試料が肝障害を有する患者由来である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記フォンヴィレブランド因子分解酵素の量及び/又は酵素活性が健常人よりも高いことを指標とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
フォンヴィレブランド因子分解酵素の分析を免疫学的方法により実施する、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
肝臓がん発症の検出又はリスクの予測するための、試料中のフォンヴィレブランド因子分解酵素の量及び/又は酵素活性を分析する方法。
【請求項8】
フォンヴィレブランド因子分解酵素に特異的に結合する抗体又はその断片を含む、肝臓がん発症の検出又はリスクの予測用キット。
【請求項9】
ADAMTS13分析用ラテックス試薬である、請求項8に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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