説明

肺障害の治療

【課題】肺の炎症および損傷等の肺障害を有する患者を治療する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、アンチトロンビンIIIを吸入によって投与することによる、肺の炎症および損傷等の肺障害を有する患者を治療する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンチトロンビンIIIを吸入によって投与することによる、肺の炎症および損傷等の肺障害を有する患者を治療する方法に関する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0002】
肺の炎症および損傷等の肺障害を有する患者を治療する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0003】
本発明は、部分的に、エアゾール化したアンチトロンビンIII(ATIII)が、肺障害、例えば、肺の炎症および損傷の治療に有効であることの発見に基づく。低用量のエアゾール化したATIIIは、より高用量の静脈投与されたATIIIよりも、急性感染性肺損傷(acute septic lung injury)の治療に有効であることが見出された。このように、吸入によるATIIIの投与は、静脈投与よりも、肺障害、例えば、肺の炎症および損傷のより効率的な治療を提供する。
【0004】
したがって、1つの態様では、本発明は、肺障害、例えば、肺の炎症および/または損傷を有する対象者を治療する方法に関するものであり、治療的効果量のATIIIの吸入による投与を含む。肺障害は、急性または慢性の肺障害であってよい。一実施形態では、肺障害は、急性肺損傷、例えば、感染性急性肺損傷または急性呼吸窮迫症候群(ARDS)である。肺損傷および/または炎症は、例えば、ウイルス物質(viral agent)(例えば緑膿菌 (Pseudomonas pneumonia))、煙、またはアスベストといった外来物質への曝露に対して生じたものである。別の実施形態では、肺障害は、例えば、肺または胸膜腫瘍症、間質性肺疾患および/または基質化胸膜炎であってもよい。
【0005】
一実施形態では、ATIIIは、噴射エアゾールまたは超音波ネブライザー系を用いて、または粉末吸入系によって投与される。エアゾール投与のためのそのような系は公知である。
【0006】
一実施形態では、ATIIIはヒトATIIIである。ATIIIは、例えば血漿のような天然物に由来するものであっても、または組み換えによって製造したものであってもよい。血漿由来のATIIIは市販されている。好ましい一実施形態では、アンチトロンビンIIIは遺伝子導入によって製造され、例えば、ATIIIは、ウシ、ヤギ、ウサギ、またはマウスといったトランスジェニック乳用動物の乳から得られたものである。トランスジェニック動物の乳中にATIIIを産生させる方法は、米国特許第5,843,705号に記載されており、その内容は参照により本開示に含まれる。
【0007】
好ましい一実施形態では、ATIIIおよび薬剤的に許容される担体を含むエアゾール組成物を対象者に投与する。薬剤的に許容される担体の例として、水および生理食塩水が挙げられる。
【0008】
一実施形態では、定期的にATIIIを対象者に吸入によって投与し、例えば、ATIIIを一定の間隔で対象者に投与する。例えば、肺の炎症および/または損傷の発症時に、および次いで最初の投与後に規定の間隔で、エアゾールATIIIを対象者に投与することができ、例えば、毎時間、2時間ごと、3時間ごと、4時間ごと、6時間ごと、1日2回、または1日3、4、5、6回、ATIIIを吸入によって投与することができる。投与期間は、約24、48、72、96、120、144、または168時間に亘ってよい。別の一実施形態では、必要に応じて、対象者に吸入によってATIIIを投与し、例えば、肺の炎症または損傷の1つ以上の連続したまたは再発した症状の兆候が生じた際にATIIIを投与する。
【0009】
例えば遺伝子導入によって製造されたATIIIのようなATIIIの効果量は、約10〜300U/kg、25〜125U/kg、50〜100U/kg、または60〜75U/体重kgの間であろう。別の一態様では、効果量は、約1mg/kg、5mg/kg、10mg/kgより多いが、150mg/kg、100mg/kg、70mg/kgより少ない量であろう。
【0010】
好ましい一実施形態では、使用するエアゾールATIIIの用量は、例えば、肺の炎症または損傷の一つ以上の症状について同じ効果を得るために、同じ障害を治療するのに静脈投与されるATIIIの用量の10%、20%、30%、40%、50%、60%より少ない。
【0011】
別の一実施形態では、本発明は肺障害を治療するためのキットに関する。好ましくは、そのキットは、治療的効果量のエアゾール形態のATIII、および使用説明書を含む。好ましくは、エアゾールはさらに、薬剤的に許容される担体を含む。薬剤的に許容される担体の例として、水および生理食塩水が挙げられる。
【0012】
一実施形態では、例えば遺伝子導入によって製造されたATIIIのようなATIIIの効果量は、約10〜300U/kg、25〜125U/kg、50〜100U/kg、または60〜75U/体重kgであろう。別の一態様では、効果量は約1mg/kg、5mg/kg、10mg/kgより多いが、150mg/kg、100mg/kg、70mg/kgより少ない量であろう。
【0013】
好ましい一実施形態では、キットは、急性または慢性の肺障害を治療するためのキットである。好ましくは、その肺障害は、急性肺損傷、例えば、感染性急性肺損傷または急性呼吸窮迫症候群(ARDS)である。肺損傷および/または炎症は、例えば、例えばウイルス物質(例えば緑膿菌)、煙、またはアスベストといった外来物質への曝露に対して生じたものである。別の実施形態では、肺障害は、例えば、肺または胸膜腫瘍症、間質性肺疾患および/または基質化胸膜炎である。
【0014】
一実施形態では、キットは、噴射エアゾールまたは超音波ネブライザー系、または粉末吸入系のATIIIを含む。
一実施形態では、 キットは、ヒトATIIIのエアゾール形態を含む。ATIIIは、例えば血漿のような天然物に由来するものであっても、または組み換えによって製造したものであってもよい。好ましい一実施形態では、アンチトロンビンIIIは、遺伝子導入によって製造され、例えば、ATIIIは、ウシ、ヤギ、ウサギ、またはマウスといったトランスジェニック乳用動物の乳から得られたものである。
【0015】
本発明の一以上の実施形態の詳細を、以下の添付図面および説明に示す。本発明のその他の特性、目的および利点は、その説明および図面、ならびに請求項から明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、肺ガス交換(PaO2/FiO2比)に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図2】図2は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、肺シャント率に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図3】図3は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、平均動脈圧に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図4】図4は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、左房圧に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図5】図5は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、肺動脈圧に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図6】図6は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、心係数に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図7】図7は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、左室一回拍出仕事量係数(LVSWI)に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図8】図8は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、体温に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図9】図9は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、血漿NOx濃度に対する、噴霧されたATIIIを投与することの効果を示すグラフ。
【図10】図10は、煙吸入による敗血症を有するヒツジモデルにおける、ATIII活性の変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
エアゾール形態のATIIIの使用が、静脈投与されたATIIIよりも低用量で急性感染性肺損傷を軽減させることが見出された。したがって、本発明は、ATIIIを含むエアゾール製剤、および、例えば肺損傷または炎症のような肺障害を有する対象者を治療するためのそのようなエアゾール形態のATIIIを使用する方法に関する。
【0018】
ここで用いられる「治療する」または「治療」の語は、肺障害に関連する一以上の症状を軽減または改善させることをいう。例えば、肺損傷および/または炎症の症状は、1)排ガス交換の減少;2)肺シャント率の減少;3)細胞外フィブリン沈着;4)血管透過性の上昇;5)リポタンパク質界面活性剤沈着の減少;6)組織リモデリング;7)血液凝固;および/または8)肺胞張力の増大:を含む。ここで用いられるように、エアゾール化した形態のATIIIの、肺障害を治療するのに効果的である量、すなわち「治療的効果量」は、対象者への単回または反復投与に際して、ここに記載の肺障害を有する患者を、そのような治療の非存在下で期待されるよりも治癒、軽減、緩和、または改善するのに効果的であるATIIIエアゾールの量を称する。
【0019】
ATIIIは、単独で例えば粉末製剤として、または薬剤的に許容される担体と共に投与することができる。薬剤的に許容される担体は、例えば、滅菌水、生理食塩水、およびアルコール類を含む。医薬ATIIIエアゾール組成物はさらに、その他の医薬(例えば、肺の炎症または損傷を軽減または改善させる)、またはその他の医薬アジュバント、賦形剤、等を含んでいてよい。ATIIIは、例えば、リポソームとの複合体として、またはリポソームに封入して投与することができる。
【0020】
吸入による投与のために、推進剤(propellant)、例えば二酸化炭素のようなガスを含む加圧容器またはディスペンサー、あるいはネブライザーから、エアゾールスプレーの形で化合物を送達することができる。ここで用いられる「エアゾール」の語は、相対的な気体中での安定性を得るのに十分である細かい粒子径およびその結果としての低い沈降速度の固体または液体粒子の気体中での分散を称する(Knight, V. , Viral and Mycoplasmal Infections of the Respiratory Tract. 1973, Lea and Febiger, Phila. Pa. , pp. 2を参照)。
【0021】
ATIIIの霧状化は、ガス圧によってまたは超音波によって達成することができる。一般的に、ネブライザーはエアゾールの投与を可能にする器具である。ネブライザーは任意の型のものであってよく、その構造は当業者に公知であり、これらの器具は市販されている。本発明のエアゾールは、ATIIIを含む溶液を、さまざまな公知の霧状化方法を用いて霧状化することによって調製することができる。1つの霧状化系は、液体推進剤中の活性成分の溶液または懸濁液から成る「wo-phase」系である。液相および気相の両方が加圧容器中に存在し、容器のバルブが開く際に、溶液または懸濁液を含む液体推進剤が放出される。それによって、細かいエアゾールミストまたはエアゾール湿式スプレーを発生させることができる。
【0022】
エアゾールを発生させるための入手可能なさまざまなネブライザーが、小容量ネブライザーを含め存在する。コンプレッサ駆動のネブライザーは、噴射技術を組み込み、圧縮空気または医療用酸素を使用してエアゾールを発生する。市販の器具は、Healthdyne Technologies Inc ; Invacare Inc.; Mountain Medical Equipment Inc.; Pari Respiratory Inc.; Mada Mediacal Inc.; Puritan-Bennet; Schuco Inc.; Omron Healthcare Inc.;DeVilbiss Health Care Inc; およびHospitak Incより入手可能である。超音波ネブライザー、例えば、高周波振動クォーツを有する超音波型ネブライザーもまた、ATIIIを送達するのに用いることができる。
【0023】
そのようなATIIIエアゾールの毒性および治療効果は、例えばLD50(集団の50%に致死的である用量)およびED50(集団の50%に治療効果をもたらす用量)を測定するための、培養細胞または実験動物における標準的な医薬的手順によって測定することができる。毒性量と治療的効果量との間の用量比が治療係数であり、LD50/ED50の比で表すことができる。高い治療指数を示す化合物が好ましい。毒性副作用を示す化合物を使用することができる一方で、非感染細胞への潜在的な損傷を最小限にして、副作用を低減するため、そのような化合物に罹患組織部位を標的にさせる送達系を設計するように配慮がなされるべきである。
【0024】
培養細胞測定および動物実験から得られたデータは、ヒトにおける使用のための用量範囲の設定に用いることができる。そのような化合物の用量は、好ましくは ED50を含み、毒性をわずかしかまたは全く有しない循環濃度の範囲内にある。投与量は、使用する剤形および用いる投与経路に応じて、この範囲内で変化してよい。本発明の方法で使用される任意の化合物について、治療的効果量は最初に培養細胞測定から推定することができる。用量は、培養細胞で決定されたIC50 (すなわち、症状の最大値の半分の抑制を達成する被験化合物の濃度)を含む循環血漿濃度を達成するように、動物モデルで設定することができる。そのような情報は、ヒトにおける有用な用量をより正確に決定するために用いることができる。血漿中の濃度は、例えば、高速液体クロマトグラフィーによって測定することができる。
【0025】
ATIIIの投与量を決定するその他の方法は、対象者のATIII循環濃度を、ATIIIを用いた治療の前に測定することを含む。ATIII循環濃度に基づいて、最初の循環濃度より50%、100%、150%、250%、300%高くなるようにATIII投与量を調節することができる。
【0026】
投与するエアゾール製剤の量は、典型的には体重に対して、約10U/kgから約250U/kg、好ましくは体重の約25U/kgから約175U/kgの範囲にある。
【0027】
限定はされないが、疾患または障害の重症度、以前の治療、対象者の身体全体の健康状態および/または年齢、ならびに既存の他の疾患等の特定の因子が、対象者を効果的に治療するのに必要な投与量およびタイミングに影響を与え得ることを、当業者は理解する。さらに、治療的効果量のタンパク質、ポリペプチド、または抗体を用いた対象者の治療は、1回の治療を含むものであってよいが、好ましくは、一連の治療を含むものである。
【実施例】
【0028】
組み換えによって製造されたATIIIを生理食塩水に溶解させた(42mg/ml)。メリノ種の雌の子羊10個体をこの試験のために外科的に準備した。5ないし7日後、動物に気管開口術を施し、木綿の煙(cotton smoke)を48回吸入させた(<40℃)。2-5×1011cfuを含む緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)を30mLの生理食塩水に懸濁し、気管支鏡を用いて気道に注入した。細菌接種後、100%Oを用いて機械で動物を換気した。対照として生理食塩水を用いた。生理食塩水(n=5)またはATIII(n=5)を損傷の1時間後およびその後4時間毎に24時間、試験を通して超音波ネブライザーによって噴霧した(各10ml)。
【0029】
肺ガス交換(PaO2/FiO2比)、シャント率、および肺湿重/乾重比は、下記の表1に示すように、ATIII噴霧によって有意に低下した。
【表1】

【0030】
ATIIIの総用量が静脈投与試験で以前に実施された量の半分であったにもかかわらず(Murakami (2001) Am. J. Resp. Crit. Care Med. 163; A553を参照)、結果は静脈投与よりも効果的であった。副作用は観察されなかった。このように、エアゾール化したATIIIは、ヒツジにおける煙吸入および肺炎の後の感染性急性肺損傷(septic acute lung injury)に効果的であった。
【0031】
本発明のいくつかの実施形態が説明されている。それでも尚、本発明の精神および範囲を逸脱することなく、さまざまな改変を行うことができることが理解される。したがって、他の実施形態も以下の請求項の範囲内に含まれる。
【0032】
以下に、本発明のさらに別の実施態様を記載する。
【0033】
(実施態様1)
肺損傷を治療するのに治療的に効果的な量のアンチトロンビンIIIを吸入によって投与することを含む、対象において急性肺損傷を治療する方法。
【0034】
(実施態様2)
肺損傷が感染性急性肺損傷であることを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0035】
(実施態様3)
肺損傷が急性呼吸窮迫症候群であることを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0036】
(実施態様4)
肺損傷が、ウイルス物質への曝露に対して生じたものであることを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0037】
(実施態様5)
前記ウイルス物質が緑膿菌であることを特徴とする実施態様4記載の方法。
【0038】
(実施態様6)
肺損傷が、煙およびアスベストの1つ以上に対して生じたものであることを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0039】
(実施態様7)
アンチトロンビンIIIが、超音波ネブライザーを用いて投与されることを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0040】
(実施態様8)
アンチトロンビンIIIが、血漿由来アンチトロンビンIIIであることを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0041】
(実施態様9)
アンチトロンビンIIIが、組み換えによって製造されたアンチトロンビンIIIであることを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0042】
(実施態様10)
組み換えによって製造されたアンチトロンビンIIIが、遺伝子導入によって製造されたアンチトロンビンIIIであることを特徴とする実施態様9記載の方法。
【0043】
(実施態様11)
1回用量より多くのアンチトロンビンIIIを対象に投与することを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0044】
(実施態様12)
体重に対して約10〜300U/kgの用量でアンチトロンビンIIIを投与することを特徴とする実施態様1記載の方法。
【0045】
(実施態様13)
体重に対して約25〜125U/kgの用量でアンチトロンビンIIIを投与することを特徴とする実施態様1記載の方法。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンチトロンビンIIIを含有し、吸入投与されることを特徴とする、急性肺損傷を治療するための組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−225625(P2011−225625A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−176604(P2011−176604)
【出願日】平成23年8月12日(2011.8.12)
【分割の表示】特願2003−581716(P2003−581716)の分割
【原出願日】平成15年3月25日(2003.3.25)
【出願人】(501450786)ボード オブ リージェンツ ザ ユニヴァーシティ オブ テキサス システム (9)
【Fターム(参考)】