説明

胃瘻患者向け経腸栄養剤用の半固形化剤

【課題】胃瘻患者用に適した半固形化経腸栄養剤及び該経腸栄養剤を簡便に調製可能な胃瘻患者用半固形化剤を提供する。詳細には、チューブ内壁への付着性も少ない上、チューブ通過後も適度な保型性を有する経腸栄養剤を提供する。更には、長期保存時においても離水の発生が抑制された経腸栄養剤を提供する。
【解決手段】胃瘻患者向けの経腸栄養剤用半固形化剤として、寒天及びLMペクチンを含有する半固形化経腸栄養剤を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胃瘻患者に用いられる経腸栄養剤用の半固形化剤及び該半固形化剤を含有する胃瘻患者用の半固形化経腸栄養剤に関する。詳細には、経腸投与に用いられるチューブが内径4mm程度の細いチューブであっても、チューブ内壁への付着性が少ない上、チューブ通過後も適度な保型性を有する経腸栄養剤を調製可能な半固形化剤に関する。更には、チューブ投与後並びに長期保存時における離水の発生も抑制された半固形化経腸栄養剤に関する。
【背景技術】
【0002】
咀嚼・嚥下機能の著しい低下や意識障害など、食物の経口摂取が困難な患者向けに、経鼻・経口経管栄養法や胃瘻・腸瘻経管栄養法が用いられている。経鼻・経口経管栄養法は、鼻または口から挿入して食道、胃、十二指腸、空腸の何れかの部位まで到達させたチューブを介して、経腸栄養剤などの栄養分を持続的に投与する方法である。しかし、かかる経鼻・経口経管栄養法は鼻もしくは口から挿入した細くかつ長いチューブを介して経腸栄養剤を投与するため、液状の経腸栄養剤を用いる必要がある。そのため、結果として投与に数時間程度の長時間を要し、患者やその介護者への負担が大きい。
【0003】
一方、胃瘻経管栄養法(PEG)は、胃に手術的または内視鏡的に造設した外瘻(瘻孔)からチューブを挿入し、チューブを介して胃に直接経腸栄養剤などの栄養分を投与する方法である。かかる方法は、従来多く行われてきた経鼻経管栄養法と異なり鼻に違和感なく、また在宅でのケアが容易であることから患者やその介護者の負担が少なく有効な経管栄養法の一種として注目されている。
【0004】
かかる胃瘻経管栄養法(PEG)では、下記(1)〜(4)に示す理由から経腸栄養剤に保形性を付与する手法が検討されている。(1)経腸栄養剤の投与時もしくは投与後に胃に造設した外瘻のチューブ口から経腸栄養剤が漏れることを防止するため。(2)液体の経腸栄養剤を胃に直接投与することにより、胃から腸に一気に経腸栄養剤が落下し(ダンピング)、糖質が急速に吸収されて高血糖症となったり、下痢の症状を引き起こすことを防止するため。(3)液状の経腸栄養剤は(2)に記載の症状を防止するために、患者に同一体位で長時間投与する必要があったが、経腸栄養剤に保形性を付与した場合、(2)の症状を抑制でき、短時間での投与が可能となる。結果として、褥瘡を防止したり、患者の負担を軽減し、患者のQOL(Quality of Life)の向上に貢献できる。(4)経管栄養法が適用される高齢者や患者などは胃上部の噴門の機能が著しく低下していることがあり、液体の経腸栄養剤では胃食道逆流を起こしてしまうことがあるため。
【0005】
例えば、経腸栄養剤に寒天や全卵を半固形化剤として添加する方法(特許文献1)や、寒天と、アルギン酸および/またはその塩類が配合されたゲル状経腸栄養剤(特許文献2)、寒天100質量部に対してキサンタンガムを20〜120質量部、イオタタイプのカラギーナンを20〜60質量部含むゲル状流動食(特許文献3)、グァーガム酵素分解物、寒天及びジェランガムを含有する胃瘻患者向け栄養組成物(特許文献4)などが開示されている。また、LMペクチン(ローメトキシルペクチン)を用いた技術としては、ローメトキシルペクチン、縮合リン酸塩を含む溶液(第1液)と、二価もしくは多価金属塩を含む溶液(第2液)とからなり、投与前に栄養剤と混合してゲル化又は固形化させる技術(特許文献5)、流動食の経管投与前後にローメトキシルペクチンを経管投与する技術(特許文献6)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3516673号
【特許文献2】特開2008−69090号公報
【特許文献3】特開2008−237186号公報
【特許文献4】特開2007−176848号公報
【特許文献5】特開2006−248981号公報
【特許文献6】国際公開第00/013529号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、寒天を用いて調製されたゲルは一度破砕された後、再結着しにくい性質を有する。そのため、寒天を用いて調製された半固形化経腸栄養剤は、シリンジ等によって胃瘻用チューブに注入される段階でクラッシュゲル状(ゲルが崩れ、もろもろとした小さいゲル状の砕片の集まりとなっている状態)となり、ゲル片がチューブ内に残る。また、寒天を用いて調製された半固形化経腸栄養剤は、流通中、長期保存中や、ゲルが破砕した際に離水が発生してしまう。発生した離水はチューブ内での流動性を向上させ得るものの、一方で半固形化経腸栄養剤を胃瘻患者に投与する際にチューブから水分が漏れ、作業性を悪化させてしまう。また、発生した離水により、胃内容物が流動しやすい状態になり、胃食道逆流を引き起こす可能性も有している。同様にして、これまでの寒天とアルギン酸を含有したゲル状経腸栄養剤や、寒天、キサンタンガム及びイオタカラギナンを含有したゲル状流動食、グァーガム酵素分解物、寒天及びジェランガムを含有する経腸栄養剤も、寒天を用いて調製された半固形化経腸栄養剤の問題点を解決するには十分でない。具体的には、寒天とアルギン酸を含有したゲル状経腸栄養剤(特許文献2)は、調製段階で栄養剤中のカルシウムイオンとアルギン酸が急激なゲル化反応を起こすため、均一なゲルを調製することが困難である。また均一なゲルを調製できたとしても、寒天とアルギン酸が共に脆く、離水しやすいゲルとなる。寒天、キサンタンガム及びイオタカラギナンを含有したゲル状流動食(特許文献3)は、保形性が高く、離水が少ない等の優れた点を有するが、付着性が高いため、投与時にチューブ内残存物が多く残る。また、グァーガム酵素分解物、寒天及びジェランガムを含有する経腸栄養剤(特許文献4)も同様に、離水の軽減効果はあるものの、付着性が高くなり、胃瘻用経腸栄養剤としては適していなかった。
【0008】
一方、LMペクチンを用いた特許文献5に開示されている技術も、LMペクチン単独では保形性が十分でなく、チューブ内残存物も多い。特許文献6にLMペクチンとの併用素材として挙げられている素材も、アルギン酸、アルギン酸ナトリウム、カッパカラギナンを使用した場合は、調製時に栄養剤中のカルシウムイオンとアルギン酸が急激なゲル化反応を起こすため、均一なゲルを調製することが困難であった。一方、併用素材としてイオタカラギナンを用いた場合も付着性が高くなり、ラムダカラギナンを用いた場合はLMペクチン単独で十分とはいえない保形性を補強することができない等の課題を残していた。
【0009】
本発明は、かかる問題点に鑑み、胃瘻患者用の経腸栄養剤に適した物性を付与可能な半固形化剤を提供することを目的とする。詳細には、内径4mm程度の細いチューブであっても、チューブ内への付着性が少ない上、チューブ通過後も適度な保型性を有する経腸栄養剤を調製可能な半固形化剤を提供することを目的とする。更には、チューブ投与後並びに長期保存時においても離水の発生が抑制された半固形化経腸栄養剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記問題点に鑑みて鋭意研究を重ねていたところ、胃瘻患者向けの経腸栄養剤用の半固形化剤として、寒天とLMペクチンを併用することにより、保型性が十分でなく、チューブへの付着残渣が多いとされるLMペクチンを使用しているにも関わらず、逆に、チューブ内壁への付着性も少ない上、チューブ通過後も適度な保型性を有する経腸栄養剤を提供できることを見出した。更には、当該半固形化剤を用いることにより、チューブ投与後並びに長期保存時においても離水の発生が抑制された経腸栄養剤を調製できることを見出して本発明を完成した。
【0011】
本発明は、以下の態様を有する胃瘻患者に用いられる経腸栄養剤用の半固形化剤及び胃瘻患者向けの半固形化経腸栄養剤に関する;
項1.寒天及びLMペクチンを含有することを特徴とする、胃瘻患者向け経腸栄養剤用の半固形化剤。
項2.項1に記載の半固形化剤を含有することを特徴とする、胃瘻患者向け半固形化経腸栄養剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、チューブ内壁への付着性が少ない上、チューブ通過後も適度な保型性を有する経腸栄養剤を提供できる。更には、長期保存時においても離水の発生が抑制された経腸栄養剤を提供できる。これにより、胃瘻患者への経管投与時の作業性が向上し、また経管投与後の胃食道逆流も優位に抑制することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の胃瘻患者に用いられる経腸栄養剤用の半固形化剤は、寒天及びLMペクチンを含有することを特徴とする。
【0014】
本発明で用いる寒天は、天草、オゴノリ、オバクサ、イタニクサなどの紅藻類を原料として熱水抽出して凝固させたものを乾燥させた各種のものをいずれも使用することができ、糸寒天、棒寒天、フレーク寒天、粉末寒天など各種形状の寒天を用いることができる。経管投与目的で濃厚流動食や栄養剤をゲル化させる場合、ゲル化剤として寒天を用いることが従来より知られているが、寒天のゲルは保存中に離水を生じやすい。更に経管投与の際に加圧によってゲルが破壊されてクラッシュゲル状になると、ゲルの表面積が増加して更に離水が増加する。発生した離水は経管投与時に経腸栄養剤がチューブ内を滑りやすくする円滑剤となり、細いチューブであっても過度な負担なく経腸栄養剤を投与し得るという利点も有するが、一方で経腸栄養剤をチューブに注入する際や胃瘻患者の瘻孔(胃に増設したチューブ接続部)から発生した離水が漏れ出て、経管投与時の作業性を低下させるという問題を抱えている。また、生じた離水が胃食道逆流することにより、二次性誤嚥とそれに伴う誤嚥性肺炎を引き起こす可能性がある。また、寒天を用いて調製された経腸栄養剤はチューブ通過後にクラッシュゲル状となることにより、胃内での経腸栄養剤の保型性が低下し、胃食道逆流を十分に抑制できない可能性がある。しかし、本発明ではかかる性質を有する寒天であっても、LMペクチンと併用することにより、上記課題を解決できる半固形化経腸栄養剤を提供できるという特徴を有する。
【0015】
ペクチンは、野菜や果物に細胞壁成分として存在する、α-D-ガラクツロン酸を主鎖成分とする酸性多糖類である。ペクチンを構成するガラクツロン酸は部分的にメチルエステル化されており、エステル化度によってLM(ローメトキシル)ペクチンとHM(ハイメトキシル)ペクチンに分けられる。本発明では、濃厚流動食と混合した際のカルシウムイオンとの反応が十分に起きるエステル化度が50%以下のLMペクチンを使用することを特徴とする。中でも、調製を容易に行うことのできるエステル化度10〜40%のものを使用することが好ましい。商業的に入手可能なLMペクチン製品として、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製の「ビストップ[商標]D−402」、「ビストップ[商標]D−1382」などを挙げることができる。
【0016】
かかるLMペクチンを胃瘻患者向けの経腸栄養剤の半固形化剤として寒天と併用することにより、経腸栄養剤がクラッシュゲル状となり保型性が低下することを抑制し、経管投与後(チューブ通過後)も良好な保型性を有する半固形化経腸栄養剤を調製することが可能となる。また、経腸栄養剤の半固形化剤として寒天を使用した際に生じる離水も顕著に抑制することができ、離水が抑制されているにも関わらず、該経腸栄養剤を過度な負担なくチューブに注入することが可能である。更には経管投与に使用するチューブ内壁への付着も少ない経腸栄養剤を調製することが可能となった。
【0017】
本発明の胃瘻患者向け経腸栄養剤中の寒天及びLMペクチンの添加量は、対象となる経腸栄養剤の組成や求められる保型性等によっても適宜調整することが可能であるが、経腸栄養剤中の寒天の添加量が0.05〜2質量%、好ましくは0.1〜1質量%、更に好ましくは0.1〜0.5質量%、LMペクチンの添加量が0.01〜5質量%、好ましくは0.05〜2質量%、更に好ましくは0.05〜1質量%となるように含有することが好ましい。
【0018】
本発明の胃瘻患者向け経腸栄養剤用の半固形化剤は、寒天100質量部に対し、LMペクチンが0.5〜10000質量部、好ましくは1〜2000質量部、更に好ましくは10〜1000質量部となるように寒天及びLMペクチンを含有することが好ましい。
【0019】
本発明の胃瘻患者向け半固形化剤の添加対象となる経腸栄養剤は、胃に造設した瘻孔を通して注入することを目的とした栄養剤の他、現在市販されている液状の総合栄養食品やペースト食品、牛乳など、胃瘻患者に胃瘻経管栄養法(PEG)を用いて投与される液状食品も広く包含するものである。特に好ましくは、上記経腸栄養剤(瘻孔を通して注入することを目的とした栄養剤)である。かかる経腸栄養剤に本発明の半固形化剤を添加することにより、胃瘻患者への投与に適した半固形化経腸栄養剤を提供することが可能となった。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の内容を以下の実施例、比較例を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。また、特に記載のない限り「部」とは、「質量部」、「%」は「質量%」を意味するものとする。文中「*」印のものは、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製、文中「※」印は三栄源エフ・エフ・アイ株式会社の登録商標であることを示す。
【0021】
実験例1 胃瘻患者用 半固形化経腸栄養剤の調製
表1の処方に従い、半固形化経腸栄養剤を調製した。詳細には、50gの水に寒天(比較例1、2)、もしくは寒天及びLMペクチンの混合物(実施例1)を添加し、90℃で10分間加熱攪拌溶解した。事前に温めておいた市販の経腸栄養剤(100ml当たり、熱量100kcal、タンパク質5g、脂質2g、糖質15g、食物繊維2g、ミネラル約500mg、ビタミン約13mg)を上記溶液に添加、混合後、直径40mmのビーカーに15mm及び50mlカテーテルチップシリンジに25mlずつ充填し、冷蔵庫(5℃)で一晩冷却することにより半固形化経腸栄養剤を調製した。調製した半固形化経腸剤について、保型性、離水及び付着性について評価した。結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
保型性:半固形化経腸栄養剤が満たされた50mlカテーテルチップシリンジをチューブ(内径約4mm)に接続し、シリンジから半固形化経腸栄養剤を押し出した後の保型性について、保型性が高いものから+++>++>+>±>−の5段階で評価した。
離水 :保型性と同様にしてシリンジから半固形化経腸栄養剤を押し出した後の、経腸栄養剤の離水が少ないものから+++>++>+>±>−の5段階で評価した。
付着性:直径40mm、高さ15mmのステンレス製容器に充填された半固形化経腸栄養剤につき、以下の条件でTPA(テクスチャープロファイル分析)測定を行い、治具(プランジャー)への付着性を測定した。詳細には、試料を直径40mm容器に高さ15mmに充填し、テクスチャーアナライザーを用いて、直径20mmのプランジャーを用い、圧縮速度10mm/sec、クリアランス5mmで2回圧縮測定を行った。なお、数値が小さいほど付着性が低いことを示す。
【0024】
表1より、寒天及びLMペクチンを併用することにより、寒天を単独で使用した半固形化経腸栄養剤に比べ、保型性が向上し、経管投与時に発生する離水も顕著に抑制された。また、従来、寒天を含有した半固形化経腸栄養剤は、チューブ投与時に発生する離水によってチューブ内での流動性が向上し、細いチューブであっても過度な負担なく押し込むことが可能であったが、実施例1の半固形化経腸栄養剤も、顕著に離水が抑制されているにも関わらず、過度な負担なく押し込むことができた。更には、寒天及びLMペクチンを併用することにより、チューブ内壁への付着性も低減され、胃瘻患者向け半固形化経腸栄養剤として優れた物性を有する経腸栄養剤を調製することができた(実施例1)。なお、実施例1の半固形化経腸栄養剤は、常温で1ヶ月保存後も離水が抑制され、長期保存にも適した経腸栄養剤であった。一方、比較例1に比べ寒天の添加量を増加させた比較例2は、比較例1に比べて保型性が向上したものの、一方で付着性も増加してしまった。かかる中、本願発明の半固形化経腸剤(実施例1)は、比較例2と同等の保型性を有しているにも関わらず付着性も小さく、胃瘻患者向け経腸栄養剤として優れた物性を示していた。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明により、チューブ内壁への付着性が少ないため、チューブ残渣が少なく、細菌衛生上、優れた経腸栄養剤を提供できる。また、チューブ通過後も適度な保型性を有するため、本発明の半固形化経腸栄養剤を用いることにより、胃瘻患者の胃食道逆流を抑制することが可能である。更には、長期保存時においても離水の発生が抑制された経腸栄養剤を提供でき、これにより、胃瘻患者への経管投与時の作業性が向上し、また経管投与後の胃食道逆流も優位に抑制することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
寒天及びLMペクチンを含有することを特徴とする、胃瘻患者向け経腸栄養剤用の半固形化剤。
【請求項2】
請求項1に記載の半固形化剤を含有することを特徴とする、胃瘻患者向け半固形化経腸栄養剤。