説明

脂質の定量方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は脂質の簡便な定量法に関する。
【0002】
【従来の技術】脂質は生体の構成成分として利用されており、なかでもリン脂質は生体を構成する細胞の種々の膜系、たとえば原形質膜、核膜、小胞体膜、ミトコンドリア膜、ゴルジ体膜、リソソーム膜などを構成する主要な脂質である。このリン脂質は分子内に極性基と疎水基をあわせもつ両親媒性分子であるため、水溶液に懸濁するとその極性基に水分子が水和し、疎水性基は水の環境から押し出されるため疎水性基どうしで集合する。集合の仕方は、水和を含む親水性基の容積と疎水性基の占める容積のバランスにより異なり、ミセル、2分子膜構造の脂質二重層、あるいはヘキサゴナルII構造が形成される。このうち脂質二重層構造が、生体膜の基本的な構造であり、リン脂質の二重層は内部に水相を有する閉鎖小胞(リポソーム)を形成し、膜蛋白質なども構成成分として加えることができるため物質透過や情報伝達などの生体膜モデルとして広く用いられている。またリポソームが水溶性物質を内水相に保持できることから薬剤カプセルとしての応用も期待されている。
【0003】一方、リン脂質の定量法としては種々の方法が知られている。例えば、試料に硫酸および過マンガン酸塩を加え沸騰水浴中で加熱し、構成成分であるリン酸を生じさせた後に、これにモリブデン酸アンモニウムおよび還元剤を加え、その際生じるモリブデン青による呈色状態を吸光度により計測する過マンガン酸塩灰化法;試料中のリン脂質にホスホリパーゼDを作用させ、構成成分であるコリンを遊離させた後、生成したコリンにコリンオキシダーゼを作用させてベタインと過酸化水素を生成させ、生成した過酸化水素がペルオキシダーゼの存在下でフェノールと4−アミノアンチピリンを定量的に酸化縮合させた際に生じる赤色キノン色素による呈色状態を吸光度により計測するコリンオキシダーゼ・フェノール法等が挙げられる。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】各種の定量法のなかで、試料中の分析対象物に特徴的な吸光波長による吸光度を測定する定量方法は、試料の吸光度を直接計測するという簡単な操作での定量が可能であること、試料中の分析対象物を他の物質と反応させずに計測できるので試料を更に他の用途に利用できることなどの利点を有し、より実用性の高いものといえる。
【0005】しかしながら、リン脂質のような両親媒性分子からなる脂質は、水性媒体中で種々の形態の集合体を形成するので、光吸収により脂質濃度を見積もることは、脂質集合体による光散乱のため不可能である。
【0006】また、従来例で挙げた過マンガン酸塩灰化法では、数種類の試薬を順に加えねばならず操作が煩雑である。その上、硫酸存在下に沸騰水浴中で加熱するため、突沸の危険があり、蒸発による測定の誤差も避けられない。またコリンオキシダーゼ・フェノール法では、酵素の安定性に問題があり、冷暗所で試薬を保存しなければならず、時間をおいた測定値の再現性にも問題がある。
【0007】本発明の目的は、極めて簡便な脂質の定量法を提供することにあり、特に水性媒体中で集合体を形成する両親媒性の脂質でも水性媒体中において極めて簡便に定量できる方法を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明の脂質の定量法は、水性媒体中で脂質を含む試料を界面活性剤で処理して脂質と界面活性剤とのミセル状態を有する試料分散液を調製する工程;および該試料分散液の紫外部の吸光度を測定する工程とを有することを特徴とする。本発明の脂質の定量法の1態様としては、脂質を含む第1の試料を水性媒体中で、所定の条件で界面活性剤で処理して脂質と界面活性剤とのミセル状態を有する、脂質濃度が既知の第1の試料分散液を調製し、該第1の試料分散液を用いて脂質濃度が既知であって、脂質濃度が異なる複数の基準液を調製し、各々の基準液の紫外域の吸光度を測定して、脂質濃度と吸光度との相関を求める工程;および脂質を含んでいる可能性のある第2の試料を、水性媒体中で該所定の条件下で界面活性剤で処理して脂質濃度が未知の第2の試料溶液を調製し、該第2の試料溶液の紫外域の吸光度を測定し、先に求めた相関関係から該第2の試料中の脂質濃度を求める工程;
を有する方法を挙げることができる。
【0009】本発明の方法では、脂質を界面活性剤により処理して吸光法による定量を可能とするミセル状態とする。例えば、リン脂質等の両親媒性脂質の集合体を水性媒体中で界面活性剤で処理することにより、界面活性剤とのミセル状態を形成する。
【0010】使用する界面活性剤としては、紫外線領域の波長で、光吸収を持たないものであれば、特に限定されない。使用できる界面活性剤の例として、オクチルグルコシド(n−オクチル−β−D−グルコピラノシド)やCHAPS(3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート)、HECAMEG(6−O−(N−ヘプチルカルバモイル)−メチル−α−D−グルコピラノシド)などが挙げられる。
【0011】界面活性剤での処理の仕方としては、超音波処理、あるいは湯浴中での加熱が適当な方法であるが、超音波処理ならば1分間、加熱処理ならば60℃の温浴で10分以上加熱すれば十分である。ただし、未知試料と脂質の基準液には同じ処理を施す必要がある。
【0012】この操作により、リン脂質が、リポソーム、平面膜あるいはヘキサゴナルII構造のような集合体の形態をとるものであっても、これらの形態を脂質濃度に比例した界面活性剤とのミセル状態に揃えることが出来る。測定する紫外部の波長に吸収を持たない界面活性剤を使用することにより、脂質と界面活性剤とのミセル状態では紫外線の吸収は脂質のみにより起こり、吸光度は脂質の濃度に依存する。したがって紫外部の吸光度を測定することにより、逆に脂質濃度を知ることが出来る。吸光度の測定に用いる波長は、脂質以外の物質が共存しないことが明らかな状況では、230〜290nmのどの波長を選んでも差し支えないが、他の物質の共存が予想されるような時には、この共存物質の吸収が無いかまたは少ない波長を選ぶ必要がある。生体膜を扱ったり模倣する研究分野において、最も混在が予想される共存物質は、蛋白質であるが、このような状況では、蛋白質の極大吸収波長である280nmを避けて、240nm付近の波長を用いることが望ましい。
【0013】本発明の方法では、脂質を水性媒体中で界面活性剤により処理するが、これは脂質の存在形態が初めから水溶液中に懸濁されていることを前提とするものではない。例えば固形の試料であっても所定容積の界面活性剤水溶液で処理すれば、試料を定量することが可能である。
【0014】反応系を構成する水性媒体としては、未知試料と脂質基準液が同じpH、イオン強度あるいは塩濃度で処理されることを前提として、使用する界面活性剤の可溶化能が保たれるイオン強度、pHの範囲内であればその組成は特に限定されない。
【0015】
【実施例】次に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
実施例130mg/ミリリットルのアゾレクチン(大豆フォスファチジルコリン、typeIV S; Sigma 社)−クロロホルム溶液、0.5ミリリットルをナス型フラスコに入れ、ロータリーエバポレータを用いて溶媒を留去した後、デシケータに入れ真空ポンプを用いて溶媒を完全に除いて脂質薄膜を作った。次いでこれに10mMの塩化カリウム水溶液1.0ミリリットルを加えボルテックスミキサーで5分間処理して脂質薄膜を分散させた。次いで水浴型超音波発振装置(ソニファイアーB−15型、ホップホーン使用;Branson社製)で30分間処理してリポソーム分散液(15mg/ミリリットル)を得た。
【0016】このようにして調整したリポソーム分散液の粒径分布を動的光散乱粒度計を用いて測定したところ30〜260nm(平均粒径190nm)の分布を持っていることが分かった。
【0017】次いでこのリポソーム分散液を、1重量%のオクチルグルコシド(n−オクチル−β−D−グルコシド;和光純薬社)を含む10mMの塩化カリウム水溶液で、種々の濃度に希釈して、0〜1.5mg/ミリリットルのリン脂質基準液を得た。
【0018】このリン脂質基準液を水浴型超音波発振装置で1分間処理した後、光路長1cmの石英セルに入れ、分光光度計(自記分光光度計UV 3100-S;島津社製)を用いて240nmにおける吸光度を測定した。対照として1%のオクチルグルコシドを含む10mMの塩化カリウム水溶液の吸光度を用い、リン脂質濃度に対して吸光度をプロットすると、原点を通る直線となった。直線の傾きから、リン脂質濃度と吸光度の間には次の関係式が成立した。
【0019】吸光度=0.400×(リン脂質濃度、mg/ミリリットル)
従って、未知試料を上記と同様にして処理し、吸光度を測定すれば、この関係式から未知試料中のリン脂質の量を求めることができる。
実施例2実施例1と同様にしてリポソーム分散液を調整した後、液体窒素に浸すことにより凍結させた。続いてこれを室温に放置して融解させた後、1分間、超音波処理した。以上の凍結と融解操作を6回繰り返すことにより、比較的大きい粒径のリポソーム分散液を調製できる。実施例1と同様に動的光散乱粒度計を用いて、粒径分布を測定したところ130〜520nm(平均粒径280nm)の分布を持っていることが分かった。
【0020】このようにして調製したリポソーム分散液を実施例1と同様に1%のオクチルグルコシドを含む10mM塩化カリウム水溶液で希釈することにより、0〜1.5mg/ミリリットルの濃度範囲のリン脂質基準液を得た。続いてこの基準液を実施例1と同様に1分間超音波処理した後、240nmにおける吸光度を測定した。対照として1%のオクチルグルコシドを含む10mMの塩化カリウム水溶液の吸光度を用い、リン脂質濃度に対して吸光度をプロットすると、原点を通る直線となった。直線の傾きから、リン脂質濃度と吸光度の間には次の関係式が成立した。
吸光度=0.400×(リン脂質濃度、mg/ミリリットル)
従って、未知試料を上記と同様にして処理し、吸光度を測定すれば、この関係式から未知試料中のリン脂質の量を求めることができる。
【0021】
【発明の効果】本発明により、従来煩雑で手間のかかっていたリン脂質定量操作が、1分間の超音波処理だけで済むようになり、大幅に簡便化された。特に、本発明により、脂質を含む生体膜の研究や人工的に合成した脂質を含む膜の組成の確認などにおける脂質集合体を試料とする場合の脂質の定量のための極めて簡便な方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 水性媒体中で脂質を含む試料を界面活性剤で処理して脂質と界面活性剤とのミセル状態を有する試料分散液を調製する工程;および該試料分散液の紫外部の吸光度を測定する工程とを有することを特徴とする脂質の定量方法。
【請求項2】 該界面活性剤が紫外部に吸収を持たないものである請求項1に記載の脂質の定量法。
【請求項3】 該紫外部の吸光度が波長240nmにおける吸光度である請求項1に記載の脂質の定量法。
【請求項4】 該試料が、アゾレクチンから調製したリポソームを含む請求項1に記載の脂質の定量法。

【請求項5】 該界面活性剤がn−オクチル−β−D−
グルコピラノシド、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネートおよび6−O−(N−ヘプチルカルバモイル)−メチル−α−D−グルコピラノシドから選ばれる1つである請求項1に記載の脂質の定量法。
【請求項6】 上記界面活性剤での処理が、超音波処理
或いは湯浴中での加熱である請求項1に記載の脂質の定量法。
【請求項7】 脂質を含む第1の試料を水性媒体中で、
所定の条件で界面活性剤で処理して脂質と界面活性剤とのミセル状態を有する、脂質濃度が既知の第1の試料分散液を調製し、該第1の試料分散液を用いて脂質濃度が既知であって、脂質濃度が異なる複数の基準液を調製し、各々の基準液の紫外域の吸光度を測定して、脂質濃度と吸光度との相関を求める工程;および脂質を含んでいる可能性のある第2の試料を、水性媒体中で該所定の条件下で界面活性剤で処理して脂質濃度が未知の第2の試料溶液を調製し、該第2の試料溶液の紫外域の吸光度を測定し、先に求めた相関関係から該第2の試料中の脂質濃度を求める工程;を有することを特徴とする脂質の定量法。

【特許番号】第2959686号
【登録日】平成11年(1999)7月30日
【発行日】平成11年(1999)10月6日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−228961
【出願日】平成3年(1991)9月9日
【公開番号】特開平5−66199
【公開日】平成5年(1993)3月19日
【審査請求日】平成9年(1997)12月4日
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)