説明

脱インキパルプの製造方法

【課題】古紙パルプに高剪断力を負荷する脱墨条件においても、インキ剥離性が良好で、且つインキ除去性を向上できる脱墨パルプの製造方法を提供する。
【解決手段】離解工程、ニーディング工程、及びフローテーション工程を含む、印刷古紙からの脱インキパルプの製造方法であって、脱インキ剤として、脂肪酸アルキレンオキサイド付加物を特定条件で含有する混合物を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱インキパルプの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
古紙の再生は古紙原料からインキを剥離し、剥離したインキを除去するいわゆる脱インキ処理を施すことで、再生パルプを得て再生紙を製造することにより行われる。近年、美しく見栄えのよい印刷に対する需要の増大とそれに伴う印刷技術の進展により、紙とインキの結合が強固になってきている。また、夏場には熱や紫外線の影響で紙からインキが剥離しにくくなる現象(難剥離化)がより顕著になる。
【0003】
これら印刷技術の進展や夏場の古紙原料の難剥離化に関わらず、安定した品質が得られる脱インキパルプの製造方法への期待が増大している。
【0004】
一般的に脱インキパルプは、インキ剥離工程、インキ除去工程、パルプ洗浄工程を実施できる装置を備えた脱インキ設備にて製造される。脱インキパルプの製造工程は、具体的には、パルパー、ニーダー、ケミカルミキサー、ディスパーザー等によるインキ剥離工程、フローテーター等によるインキ除去工程、シックナー、ウオッシャー、エキスト等による洗浄工程により構成され、所望の脱インキパルプ品質を得るために各製紙会社は、様々に各設備の配列、導入を実施している。
【0005】
良質な脱インキパルプを得るために脱インキ剤や脱インキ方法を改良することが従来から種々提案されている。特許文献1には、特定のアルキレンオキサイド重合鎖を含む化合物を含有する脱墨剤が開示されている。特許文献2には、特定の2つの工程において特定条件下で圧縮力を与えながら機械的攪拌処理を行う印刷古紙の脱墨方法が開示されている。また、特許文献3には、ニーディング工程が三段からなり、少なくとも一段以上がディスクタイプの分散機で95℃〜130℃の高温処理であり、三段のニーディング処理後にフローテーションによる脱墨処理を行なう、脱墨パルプの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−26484号公報
【特許文献2】特開昭63−28992号公報
【特許文献3】特開2008−169507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近時、新聞の印刷方式はオフセット印刷が主流となっているが、オフセット印刷された新聞紙から脱インキパルプを製造する場合は、インキ剥離性が低下する傾向を示す。特許文献3のようにニーディング工程を3段(複数)行うことや、ニーディング工程での剪断力を高めることは、古紙からのインキ剥離を促進するためには望ましいが、一方で、過剰にインキが微細化し、くすみによる白色度の低下や、フローテーション工程でのインキ除去性の低下をもたらす原因となり得る。例えば、脱インキ剤として公知の高級アルコールのアルキレンオキサイド付加物は、比較的インキ剥離性能がよい脱インキ剤として知られているが、これを、インキ剥離が困難な古紙パルプにニーディング工程等の高剪断力を負荷する脱インキ条件下で用いると、インキの微細化により、前記のような白色度やインキ除去性の低下は顕著となる。特許文献2は、オフセット印刷古紙から高白色度で黒ヒゲの少ない脱インキパルプを製造できるとしているが、その効果は未だ十分ではない。
【0008】
本発明の課題は、古紙パルプにニーディング工程という高剪断力を負荷する脱インキ条件においても、インキ剥離性が良好で、且つインキ除去性を向上できる脱インキパルプの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、離解工程、ニーディング工程、及びフローテーション工程を含む、印刷古紙からの脱インキパルプの製造方法であって、
脱インキ剤として、下記一般式(I)で表される化合物を2種以上含有する脱インキ剤であって、一般式(I)で表される化合物の全量中、一般式(I)中のRが炭素数17の不飽和結合を有する炭化水素基である化合物の割合が10〜40重量%であり、一般式(I)中のRが炭素数15の飽和炭化水素基である化合物と一般式(I)中のRが炭素数17の飽和炭化水素基である化合物の合計の割合が50〜90重量%である脱インキ剤を用いる、
脱墨インキパルプの製造方法に関する。
RCOO(AO)nH (I)
(式中、Rは炭素数7〜23の炭化水素基であり、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基であり、nはAOの平均付加モル数を示し10〜300の数である。)
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、古紙パルプにニーディング工程という高剪断力を負荷する脱インキ条件においても、インキ剥離性が良好で、且つインキ除去性を向上できる脱インキパルプの製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
一般に、脱インキパルプは、(1)印刷古紙をスラリー状にする離解工程(パルパー)、(2)離解工程で剥離したインキを排出する脱水工程、(3)強い剪断力を与えてインキを剥離させるニーディング工程、(4)漂白工程、(5)剥離したインキを効率よく系外に排出するフローテーション工程及び洗浄工程等を適宜組み合わせて製造される。本発明の製造方法は、少なくとも離解工程、ニーディング工程、及びフローテーション工程を含む、印刷古紙からの脱インキパルプの製造方法に関する。
【0012】
離解工程は、印刷古紙を繊維状に解きほぐすと共にパルプ繊維からインキを剥離する工程である。離解工程における水−パルプスラリー(以下、パルプスラリーという)中のパルプ濃度は、通常、3重量%以上18重量%未満であり、好ましくは4〜16重量%である。離解工程では、好ましくは水酸化ナトリウム等をパルプ100重量部に対して0〜5重量部、更に0.1〜3重量部添加する。離解手段(離解機)としては、高濃度パルピングシステム(アイ・エイチ・アイフォイトペーパーテクノロジー社)、高濃度パルパー(相川鉄工社製)、デルタパルパー(低中濃度パルパー)(相川鉄工社製)、ファイバーフロー(アンドリッツ社製)等が用いられる。パルプ繊維への浸透性及びインキ剥離性の観点から、アルコール系非イオン性界面活性剤をパルプ100重量部に対して0.01〜1重量部添加してもよい。離解時間及び離解温度は、特に限定されないが、通常5〜60分、5〜60℃である。
【0013】
ニーディング工程は、離解工程で得られた離解古紙に、より強い剪断力を与えて、パルプ繊維からインキを剥離する工程である。ニーディング工程は、通常、パルプスラリーを脱水してパルプ濃度を高めたスラリーに対して行われる。ニーディング工程において、パルプスラリー中のパルプ濃度は、通常、18重量%以上50重量%以下であり、機械的負荷によるインキ剥離性向上の観点から、好ましくは20重量%以上、より好ましくは22重量%以上であり、機械的剪断力の低下防止、搾水容易性の向上及び添加薬剤の反応性向上の観点から、好ましくは40重量%以下、より好ましくは35重量%以下である。したがって、インキ剥離性と機械的剪断力の低下防止、搾水容易性の向上及び添加薬剤の反応性向上の観点から、好ましくは20〜50重量%、より好ましくは22〜35重量%である。
【0014】
ニーディング工程でニーダー処理する手段としては、ニーダー(山本百馬製作所社製)、マイカプロセッサー(アイ・エイチ・アイフォイトペーパーテクノロジー社製)、ディスパーザー(相川鉄工社製)、ホットディスパーザー(ファイバーテック社製)、コニディスク(相川鉄工社製)等が用いられる。
【0015】
ニーディング工程は高剪断力によりインキを剥離する観点からフロテーション工程より前に行うことが好ましく、また、少なくとも2回行うことが好ましい。脱インキパルプの生産性の向上及びインキ微細化による白色度低下を抑制する観点から、4回以下が好ましく、3回以下が更に好ましい。従って、本発明では、ニーディング工程を2回又は3回行うことが好ましい。なお、本発明の製造方法において、ニーディング工程の回数は、実施する装置が異なるもの又は実施時期の異なるものについて計数する。同一の装置の同じ時期におけるニーディング処理は1回として計数する。例えばニーディング工程の間に漂白工程が存在すると2回とする。ニーディング工程におけるニーダー処理条件は特に限定されないが、インキ剥離性向上の観点から、パルプスラリー濃度、ニーダー処理の攪拌回数、ニーダー処理のクリアランス等を適宜調整して、離解工程と比べてより高剪断力で処理することが好ましい。また、複数のニーディング工程におけるニーダー処理の条件は同じであっても異なっていてもよい。
【0016】
通常、脱インキパルプの製造工程は、離解工程、ニーディング工程、フローテーション工程の順に行われるが、本発明の製造方法では、インキ剥離性向上の観点から、ニーディング工程を、離解工程より後でフローテーション工程より前、及びフローテーション工程より後、から選ばれる1つ以上の時期に行うことが好ましく、離解工程より後でフローテーション工程より前に行うことがより好ましく、更には、離解工程より後でフローテーション工程より前に少なくとも2回行うことがより好ましい。
【0017】
フローテーション工程は、剥離したインキを系外に除去する工程であり、特に限定されないが、好ましくは、パルプ濃度は0.1〜3重量%、処理温度は5〜65℃である。フローテーション工程を行う手段として、OKフローテーター(王子エンジニアリング社製)、MTフローテータ、EcoCellフローテーター(何れもアイ・エイチ・アイフォイトペーパーテクノロジー社製)、MAC CELLフローテーター(相川鉄工社製)、バーチカルフローテーター(アゼッタ社製)等の装置が一般的に用いられている。
【0018】
本発明の製造方法では、これらの工程の他に、必要に応じて、漂白工程、除塵するスクリーニング工程、希釈工程、洗浄工程、脱水工程等を組み合わせることができる。
【0019】
漂白工程は、漂白剤添加後にソーキング処理する工程を意味する工程である。ソーキング処理は、漂白剤添加後のパルプスラリーを、40〜90℃で30〜360分保持することにより行うのが好ましい。漂白工程ではパルプスラリーには剪断力をかけてもかけなくても良い。漂白剤としては過酸化水素、ハイドロサルファイド、二酸化チオ尿素、ハイポ等が使用されるが、過酸化水素が好ましい。漂白工程におけるパルプスラリー中のパルプ濃度は、通常、18〜50重量%であるが、漂白性向上及びインキ剥離性向上の観点から、好ましくは20〜40重量%、より好ましくは22〜35重量%である。また、漂白時のpHは、漂白性向上の観点から10〜12が好ましい。漂白工程は、インキ剥離性向上の観点から、離解工程より後でフローテーション工程より前に行うことが好ましい。漂白工程を行う場合、離解工程、漂白工程及びフローテーション工程の順に行い、ニーディング工程を、(1)離解工程より後で漂白工程より前、(2)漂白工程より後でフローテーション工程より前、及び(3)フローテーション工程より後、から選ばれる1つ以上の時期に行うことが好ましく、2つ以上の時期に行うことがより好ましい。ニーディング工程でのインキ剥離性向上の観点から、漂白工程より後に行うニーディング工程を含むことが好ましい。
【0020】
本発明の製造方法では、脱インキ剤として、下記一般式(I)で表される化合物を2種以上含有する脱インキ剤であって、一般式(I)で表される化合物の全量中、一般式(I)中のRが炭素数17の不飽和結合を有する炭化水素基である化合物〔以下、化合物(C17-F)という〕の割合が10〜40重量%であり、一般式(I)中のRが炭素数15の飽和炭化水素基である化合物〔以下、化合物(C15-S)という〕と一般式(I)中のRが炭素数17の飽和炭化水素基である化合物〔以下、化合物(C17-S)という〕の合計の割合が50〜90重量%である脱インキ剤を用いる。本発明の脱インキ剤は、化合物(C15-S)、化合物(C17-S)及び化合物(C17-F)と、それ以外の一般式(I)で表される化合物とを含みうる。
RCOO(AO)nH (I)
(式中、Rは炭素数7〜23の炭化水素基であり、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基であり、nはAOの平均付加モル数を示し10〜300の数である。)
【0021】
脱インキパルプの製造、なかでもニーディング工程を行う、好ましくは少なくとも2回行う印刷古紙に高剪断力を負荷する脱インキパルプの製造条件において、本発明に係る化合物(C17-F)の量と化合物(C15-S)及び化合物(C17-S)の合計量が特定範囲である脱インキ剤を用いた場合に、インキ除去性及びインキ剥離性が両立できる理由は明らかではないが、次のように推定される。すなわち、化合物(C15-S)及び化合物(C17-S)は、パルプ繊維とインキ界面への浸透性を改善し、インキ剥離性を向上させる。一方、インキとの親和性が強い化合物(C17-F)は、良好な泡立ち性と高剪断力によるインキ微細化の抑制作用、ニーディング工程より後のフローテーション工程においてパルプから剥離された高剪断力により微細化されたインキを泡に吸着し除去する作用に優れると考えられる。これらの化合物をバランス良く特定量配合することで、高インキ剥離性と高インキ除去性がバランスされ、インキ除去性を維持した状態でインキ剥離性が向上すると推定される。
【0022】
本発明に係る脱インキ剤における、化合物(C15-S)と化合物(C17-S)の合計と化合物(C17-F)の重量比は、インキ剥離性及びインキ除去性の両立の観点から、〔(C15-S)+(C17-S)〕/(C17-F)で56/44〜85/15が好ましく、59/41〜85/15がより好ましく、65/35〜85/15が更に好ましい。
【0023】
本発明に用いられる脱インキ剤において、上記一般式(I)で表される化合物中における化合物(C17-F)の割合は、インキ除去性向上の観点から、上記一般式(I)で表される化合物の全量中、10〜40重量%であり、好ましくは15〜40重量%、更に好ましくは20〜40重量%である。化合物(C17-F)として、オレイン酸、リノール酸及びリノレン酸が挙げられる。炭化水素基は直鎖、分岐鎖及び環を含む基が挙げられるが直鎖が好ましい。
【0024】
本発明に用いられる脱インキ剤において、上記一般式(I)で表される化合物中における化合物(C15-S)及び化合物(C17-S)の合計の割合は、インキ剥離性向上の観点から、上記一般式(I)で表される化合物の全量中、50〜90重量%であり、好ましくは50〜85重量%であり、更に好ましくは55〜80重量%、より更に好ましくは60〜80重量%である。化合物(C15-S)として、パルミチン酸、化合物(C17-S)として、ステアリン酸及びイソステアリン酸が挙げられる。炭化水素基は直鎖、分岐鎖及び環を含む基が挙げられるが直鎖が好ましい。
【0025】
本発明に用いられる脱インキ剤において、上記一般式(I)で表される化合物中における化合物(C15-S)の割合は、インキ剥離性向上の観点から、上記一般式(I)で表される化合物の全量中、好ましくは2重量%以上60重量%未満、より好ましくは20〜50重量%、更に好ましくは20〜45重量%、更により好ましくは30〜45重量%である。
【0026】
本発明に用いられる脱インキ剤において、上記一般式(I)で表される化合物中における化合物(C17-S)の割合は、インキ剥離性向上の観点から、上記一般式(I)で表される化合物の全量中、好ましくは1〜70重量%、より好ましくは10〜50重量%、更に好ましくは10〜40重量%、更により好ましくは15〜35重量%である。
【0027】
本発明に用いられる脱インキ剤において、上記一般式(I)で表される化合物中における一般式(I)中のRが炭素数17の炭化水素基である化合物〔以下、化合物(C17)という〕の割合は、インキ剥離性向上及びインキ除去性向上の観点から、上記一般式(I)で表される化合物の全量中、好ましくは10〜80重量%、より好ましくは20〜75重量%であり、更に好ましくは40〜75重量%、より更に好ましくは50〜75重量%である。
【0028】
本発明に用いられる脱インキ剤において、上記一般式(I)で表される化合物中における化合物(C15-S)及び化合物(C17)の合計の割合は、インキ剥離性向上及びインキ除去性向上の観点から、上記一般式(I)で表される化合物の全量中、好ましくは80〜100重量%、より好ましくは85〜100重量%であり、更に好ましくは90〜100重量%、より更に好ましくは90〜97重量%である。
【0029】
本発明に係る脱インキ剤における、化合物(C17-S)と化合物(C17-F)の重量比は、インキ剥離性及びインキ除去性の両立の観点から、(C17-S)/(C17-F)で25/75〜75/25が好ましく、28/72〜70/30がより好ましく、30/70〜70/30が更に好ましく、インキ除去性による歩留まりの観点から40/60〜70/30がより更に好ましい。
【0030】
本発明では、化合物(C17-F)として、オレイン酸及びリノール酸から選ばれる化合物のアルキレンオキシド付加物(以下、化合物(C17-F')という)を用いることができる。一般式(I)で表される化合物の全量中、化合物(C17-F')の割合は好ましくは10〜40重量%であり、より好ましくは15〜40重量%、更に好ましくは20〜40重量%である。本発明では、前記一般式(I)で表される化合物を2種以上含有する脱インキ剤であって、一般式(I)で表される化合物の全量中、化合物(C17-F')の割合が10〜40重量%であり、化合物(C15-S)及び化合物(C17-S)の合計の割合が50〜90重量%である脱インキ剤を用いることができる。
【0031】
本発明に係る脱インキ剤において、一般式(I)で表される化合物の全量中、Rが炭素数15の炭化水素基(アルキル基、アルケニル基等)である化合物及び炭素数17の炭化水素基(アルキル基、アルケニル基等)である化合物の割合は、インキ剥離性及びインキ除去性の両立の観点から、70重量%以上が好ましく、80重量%以上がより好ましく、90重量%以上が更に好ましい。
【0032】
上記一般式(I)中のAOは、インキ除去性向上の観点から、好ましくはオキシエチレン基及び/又はオキシプロピレン基である。また、一般式(I)中のnは、AOの平均付加モル数を示し、フローテーション工程での起泡性向上の観点から、10〜300、好ましくは15〜100、より好ましくは20〜40である。また、AOは、オキシエチレン基とオキシプロピレン基とを含み、且つオキシエチレン基の平均付加モル数が10〜40であり、オキシプロピレン基の平均付加モル数が5〜30であることがより好ましい。この場合、付加形態はブロック、ランダムの何れでもよい。
【0033】
本発明に係る脱インキ剤は、化合物(C15-S)と化合物(C17-S)の合計、化合物(C17-F)の割合が本発明の条件を満たすような脂肪酸混合物に、アルキレンオキサイドを付加することで製造できる。具体的な脂肪酸混合物としては、(1)ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸等の脂肪酸を含むヤシ油脂肪酸、大豆脂肪酸、トール油脂肪酸、牛脂脂肪酸、魚油脂肪酸等の天然脂肪酸、(2)天然脂肪酸の水素添加物、及び(3)合成脂肪酸から選ばれる脂肪酸(脂肪酸混合物)を原料として、分離又は混合等の方法で組成調整したものを用い得る。一般的な天然脂肪酸、例えば、特許文献1に記載されているヤシ油脂肪酸、大豆脂肪酸、トール油脂肪酸、牛脂脂肪酸、魚油脂肪酸を用いても、組成を調整しない場合は、一般的に、〔化合物(C15-S)と化合物(C17-S)の合計〕及び化合物(C17-F)の割合が本発明の条件を満たすアルキレンオキサイド付加物が得られるものは存在しない。
【0034】
本発明の製造方法に用いられる脱インキ剤における、上記一般式(I)で表される化合物の含有量は、インキ除去性及びインキ剥離性の両立の観点から、脱インキ剤全量に対して、好ましくは50重量%以上、より好ましくは60重量%以上、更に好ましくは70重量%以上、更により好ましくは80重量%以上である。また、上限値は、好ましくは100重量%以下、より好ましくは90重量%以下、更に好ましくは80重量%以下である。
【0035】
本発明の製造方法では、インキ除去性向上と起泡性制御の観点から、更に炭素数8〜24の脂肪酸〔以下、脂肪酸(II)という〕を用いることが好ましい。脂肪酸(II)としては、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、ベヘニン酸等、及びそれらの脂肪酸を含むヤシ油脂肪酸、大豆脂肪酸、トール油脂肪酸、牛脂脂肪酸、魚油脂肪酸等、又はそれら脂肪酸の水素添加物の天然物より得られる脂肪酸及び合成脂肪酸及びそれらの混合物が挙げられる。インキ剥離性とインキ除去性の両立の観点から、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、ベヘニン酸が好ましく、液状で配合が容易であることから、オレイン酸およびリノール酸がより好ましい。
【0036】
脂肪酸(II)は、本発明に係る脱インキ剤中に含有させて用いることができる。その場合、脱インキ剤中の脂肪酸(II)の含有量は、インキ除去性向上と起泡性の制御の観点から、好ましくは1重量%以上、より好ましくは5重量%以上、更に好ましくは10重量%以上、更により好ましくは15重量%以上であり、インキ除去性及びインキ剥離性の両立の観点から、好ましくは50重量%以下、より好ましくは40重量%以下、更に好ましくは30重量%以下、更により好ましくは20重量%以下である。したがって、インキ除去性向上、起泡性の制御、インキ除去性及びインキ剥離性の観点から、好ましくは1〜50重量%、より好ましくは5〜40重量%、更に好ましくは10〜30重量%、更により好ましくは15〜20重量%である。
【0037】
また、本発明では、脂肪酸(II)を、本発明に係る脱インキ剤中に含有させて用いる以外に、本発明に係る脱インキ剤とは別にパルプスラリーに添加することもできる。すなわち、脂肪酸(II)を、一般式(I)で表される化合物とは混合せずに本発明の何れかの工程で印刷古紙に添加する方法を採用できる。脂肪酸(II)は、インキ除去性向上と起泡性制御の観点からフローテーション工程より前の工程で添加することが好ましい。
【0038】
一般式(I)で表される化合物と脂肪酸(II)の重量比は、インキ除去性向上と起泡性制御の観点から、(I)/(II)=100/0〜50/50、更に95/5〜60/40、より更に90/10〜70/30が好ましい。
【0039】
本発明の製造方法では、脱インキ剤は、インキ除去性及びインキ剥離性の両立の観点から、原料である印刷古紙100重量部に対して、好ましくは0.01〜5.0重量部、より好ましくは0.03〜3.0重量部、更により好ましくは0.05〜1.0重量部で用いられる。また、脱インキ剤は、一般式(I)で表される化合物の添加量が、原料である印刷古紙100重量部に対して、好ましくは0.005〜5.0重量部、より好ましくは0.015〜3.0重量部、更により好ましくは0.025〜1.0重量部となるように用いられることが好ましい。また、脂肪酸(II)は、原料である印刷古紙100重量部に対して、好ましくは0〜2.5重量部、より好ましくは0〜1.5重量部、更により好ましくは0〜0.5重量部となるように用いられることが好ましい。
【0040】
本発明の製造方法では、脱インキ剤は、インキ剥離性及びインキ除去性の両立の観点から、フローテーション工程又はそれより前に添加されることが好ましく、ニーディング工程又はそれより前に添加されることがより好ましく、ニーディング工程より前に添加されることが更に好ましい。また、同様の観点から、2回以上ニーディング工程を行う場合は、最初のニーディング工程又はそれより前に添加されることが好ましく、最初のニーディング工程より前に添加されることがより好ましい。また、上記脱インキ剤は、インキ剥離性及びインキ除去性の両立の観点から、離解工程、ニーディング工程、フローテーション工程のうち、いずれか1つの工程で添加されることが好ましく、いずれか2つの工程で添加されることがより好ましい。更にはニーディング工程(2回以上ニーディング工程を行う場合は、好ましくは最初のニーディング工程)を含む2つの工程で添加されることが好ましく、離解工程とニーディング工程(2回以上ニーディング工程を行う場合は、好ましくは最初のニーディング工程)で添加されることが更に好ましい。脱インキ剤を2つの工程で添加する場合も、添加量の合計量が前記添加量の範囲であることが好ましい。
【0041】
本発明において原料古紙として用いられる印刷古紙は、新聞古紙(新聞紙とチラシの混合物)、雑誌古紙、模造色上古紙など、一般的に用いられている原料古紙が使用できる。
【0042】
本発明の製造方法では、必要に応じて、従来から一般に用いられている公知の脱インキ剤、例えばアルコール系非イオン性界面活性剤、高級アルコール硫酸塩、ポリオキシアルキレン高級アルコール硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、脂肪酸(II)以外の高級脂肪酸あるいはその塩等を、脱インキ剤として併用して使用することも可能である。更に本発明の製造方法では、苛性ソーダや珪酸ソーダ等の公知のアルカリ薬剤、過酸化水素、次亜塩素酸塩、次亜硫酸塩等の漂白剤、スケール防止剤等、ピッチコントロール剤、消泡剤、スライムコントロール剤等の公知のパルプ製造薬品を併用することもできる。
【0043】
アルコール系非イオン性界面活性剤としては、例えば、総炭素数8〜24の飽和もしくは不飽和の第1級もしくは第2級アルコールのアルキレンオキサイド付加物又は総炭素数8〜12のアルキルフェノールのアルキレンオキサイド付加物が挙げられる。構成アルコールとしては、ミリスチルアルコール、ステアリルアルコールが好ましい。また、アルコールに付加するAOは、エチレンオキサイド(以下、EOと略記する)、プロピレンオキサイド(以下POと略記する)、ブチレンオキサイドが挙げられ、特にEOを必須とするのが望ましい。AOの付加モル数は、アルコール又はアルキルフェノール1モルに対し3〜200モル、特に10〜80モルが好ましく、この範囲において特にインキ剥離性が良好で液状化が容易な非イオン性界面活性剤が得られる。付加形態はランダム付加又はブロック付加どちらでも良い。
【実施例】
【0044】
下記の原料古紙に対して、下記の脱インキ処理、抄紙を行い、得られたパルプシートの白色度及びダート数を測定した。ダート数の測定は、脱インキ処理後(洗浄工程後)に除去しきれていない遊離インキを洗い流したパルプシートについて行った。表1に脱インキ剤(脂肪酸のEO・PO付加物)の原料となる脂肪酸の組成を示した。また、評価結果等を表2に示した。
【0045】
なお、脱インキ剤の原料脂肪酸として下記のものを用いた。
・脂肪酸A及びC:大豆脂肪酸を精製分別して得られた脂肪酸
・脂肪酸B:牛脂脂肪酸を精製分別して得られた脂肪酸
・脂肪酸D:花王株式会社製ルナックS−20
・脂肪酸E:花王株式会社製ルナックS−90
・脂肪酸F:パルミチン酸
・脂肪酸G:ミリスチン酸とパルミチン酸を用いて調製した脂肪酸
・脂肪酸H:ステアリン酸とオレイン酸を用いて調製した脂肪酸
・脂肪酸I:ミリスチン酸とオレイン酸を用いて調製した脂肪酸
・脂肪酸J:パルミチン酸とオレイン酸を用いて調製した脂肪酸
【0046】
(原料古紙)
評価用の原料古紙は、新聞紙/チラシ比=60/40(重量%)の比率で配合し、80℃、5時間強制熱劣化させたものを用いた。強制熱劣化は、夏場の劣化古紙を想定したものである。
【0047】
(脱インキ処理方法)
下記の各工程を順に行い脱インキ処理を行った。
【0048】
(1)離解工程(パルパー工程)
5cm角に裁断した原料古紙100重量部(絶乾重量)に対し、苛性ソーダ0.3重量部、脱インキ剤(I)0.2重量部又は脱インキ剤(I)と脂肪酸(II)(表1参照)との合計で0.2重量部を離解機(直径150mmの3Lの円筒状ステンレス製容器)に入れ、45℃の水で合計2500重量部にし(パルプ濃度4.0重量%)、攪拌羽根(羽根3本、長さ各35mm、回転数3000rpm)で10分間離解した。
【0049】
(2)脱水工程
パルプ濃度が28重量%になるまで80メッシュステンレスワイヤーにて脱水、濃縮した。
【0050】
(3)ニーディング工程(A)
脱水工程で得られたパルプスラリーに、その固形分100重量部(絶乾重量)に対し、苛性ソーダ0.5重量部、3号珪酸ソーダ1.0重量部、過酸化水素0.5重量部、脱インキ剤(I)0.1重量部(又は脱インキ剤(I)と脂肪酸(II)(表1参照)とを合計で0.1重量部)を添加し、更にパルプ濃度が25重量%になるまで水を添加してパルプスラリーを調製した。その後、熊谷理機工業株式会社製PFIミル(クリアランス0.6mm、線圧3.4kg/cm)を用い攪拌を500回行い離解した。
【0051】
(4)漂白工程
ニーディング工程(A)で得られたパルプスラリー(パルプ濃度25重量%)を60℃の条件下で180分間静置した。
【0052】
(5)ニーディング工程(B)
漂白工程で得られたパルプスラリー(パルプ濃度25重量%)を熊谷理機工業株式会社製PFIミル(クリアランス0.6mm、線圧3.4kg/cm)を用い再び攪拌を500回行い離解した。
【0053】
(6)希釈工程
ニーディング工程(B)で得られたパルプスラリーにパルプ濃度が1重量%となるよう水を加え、離解工程と同じ装置を用いて攪拌羽根でパルプが十分ほぐれるように1分間攪拌した。
【0054】
(7)フローテーション工程
希釈後のパルプスラリー(パルプ濃度1重量%)1リットル当たり毎分2.5リットルの送気量で空気を吹き込み、極東振興株式会社製デンバー型フローテーター(容量5L)を用い、5分間フローテーションを行った。その間、1分間毎にフローテーションセル上に蓄積したインキを含んだ泡沫を除去する操作を行った。
【0055】
(8)洗浄工程
フローテーション後のパルプスラリーを、パルプ濃度が10重量%なるまで80メッシュステンレスワイヤーにて濃縮した後、水で1重量%に希釈し脱インキパルプスラリーを得た。
【0056】
なお、実施例及び比較例では、ニーディング工程を以下の通りとした。
実施例1〜4、比較例1、3、5〜9
ニーディング工程(A)及び(B)を行い、ニーディング工程(A)において脱インキ剤(I)を添加した。
【0057】
実施例5
ニーディング工程(A)及び(B)を行い、ニーディング工程(A)において脱インキ剤(I)及び脂肪酸(II)を添加した。
【0058】
比較例2、4
ニーディング工程(A)において、脱インキ剤(I)を添加し、ニーディング工程(B)は行わなかった。
【0059】
(抄紙方法)
洗浄工程後のパルプスラリーを用いて、150メッシュワイヤーで坪量100g/m2となるようにJIS P8209−1994に従い手すきシートを作製した。
【0060】
(白色度の測定方法)
前記抄紙方法で得られた手すきシートを用い、Technidyne社製Color Touch PC(分光光度計型測色計)を用い、ISO白色度を測定した。白色度の数値が大きいほど白いパルプであることを表す。原料の古紙の種類やロットの種類や脱インキパルプの製造時の目標パルプ歩留まり等により、得られる脱インキパルプの白色度の絶対値が異なるが、同じ評価条件での相対比較で白色度が1%(1ポイント)違うと大きく差が認められるものである。
【0061】
(ダート数の測定方法)
(1)洗浄工程後のパルプスラリーを絶乾重量で2.5g採取し、4Lの水で希釈した後、80メッシュワイヤーでパルプ濃度13重量%となるように濃縮し、それを更に4Lの水で希釈後、80メッシュワイヤーでパルプ濃度13重量%に濃縮する操作を3回繰り返し、遊離インキを除去した洗浄パルプスラリーを得た。
(2)前記抄紙方法で得られた手すきシートをスキャナーで画像データとしてパソコンに取り込み、紙塵測定用画像解析ソフトDF−1000(Ver.2.02、王子計測機器社製)を用い、しきい値50〔露出値0、ガンマ値50、ハイライト値自動(238〜260)、シャドウ値60〕の条件で、視野(1万mm2)中の0.01mm2以上の着色物(ダート)の個数を検出しダート数とした。
【0062】
(泡沫重量の測定方法)
上記フローテーション工程において、蓄積した泡沫の総重量を測定した。
【0063】
【表1】

【0064】
*1 構成脂肪酸の「C」の次の数字は、一般式(I)におけるRの炭素数を示し、例えば、C11はRが炭素数11であることを意味する。「F」は不飽和結合を有することを意味し、「F」の次の数字は不飽和結合の数を示す。「F」の表示のないものは不飽和を有していない。また、「その他」は、RがC17以外の不飽和基、C21以上及びC9以下の炭化水素基等であり、全て一般式(I)の炭素数の範囲にある。
【0065】
【表2】

【0066】
*2 脂肪酸A〜JのEO・PO付加物は、何れも、EOの平均付加モル数は20、POの平均付加モル数は10(ランダム付加)である。また、ステアリルアルコールのEO・PO付加物は、EOの平均付加モル数は30、POの平均付加モル数は20(ランダム付加)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
離解工程、ニーディング工程、及びフローテーション工程を含む、印刷古紙からの脱インキパルプの製造方法であって、
脱インキ剤として、下記一般式(I)で表される化合物を2種以上含有する脱インキ剤であって、一般式(I)で表される化合物の全量中、一般式(I)中のRが炭素数17の不飽和結合を有する炭化水素基である化合物〔化合物(C17-F)〕の割合が10〜40重量%であり、一般式(I)中のRが炭素数15の飽和炭化水素基である化合物〔化合物(C15-S)〕と一般式(I)中のRが炭素数17の飽和炭化水素基である化合物〔化合物(C17-S)〕の合計の割合が50〜90重量%である脱インキ剤を用いる、
脱墨インキパルプの製造方法。
RCOO(AO)nH (I)
(式中、Rは炭素数7〜23の炭化水素基であり、AOは炭素数2〜4のオキシアルキレン基であり、nはAOの平均付加モル数を示し10〜300の数である。)
【請求項2】
ニーディング工程を少なくとも2回行う、請求項1記載の脱インキパルプの製造方法。
【請求項3】
更に漂白工程を離解工程より後、かつフローテーション工程より前に行い、ニーディング工程を、(1)離解工程より後で漂白工程より前、(2)漂白工程より後でフローテーション工程より前、及び(3)フローテーション工程より後、から選ばれる1つ以上の時期に行う、請求項1又は2記載の脱インキパルプの製造方法。
【請求項4】
脱インキ剤における化合物(C15-S)と化合物(C17-S)の合計と化合物(C17-F)の重量比{〔(C15-S)+(C17-S)〕/(C17-F)}が56/44〜85/15である請求項1〜3の何れか1項記載の脱インキパルプの製造方法。
【請求項5】
脱インキ剤が、更に炭素数8〜24の脂肪酸を含有する、請求項1〜4の何れか1項記載の脱インキパルプの製造方法。
【請求項6】
脱インキ剤をニーディング工程又はそれより前に添加する、請求項1〜5の何れか1項記載の脱インキパルプの製造方法。

【公開番号】特開2012−12720(P2012−12720A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−149473(P2010−149473)
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】