脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法及びこれを用いて得られる植物体、並びにその利用
【課題】脱分化(カルス化)が誘導されるように改変された植物体の生産方法を提供する。
【解決手段】DST依存mRNA分解経路で制御される転写因子であって、脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入して、上記転写因子を植物細胞内で生産させることにより脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産する。
【解決手段】DST依存mRNA分解経路で制御される転写因子であって、脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入して、上記転写因子を植物細胞内で生産させることにより脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法及びこれを用いて得られる植物体、並びにその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
植物は分化全能性を持ち、高度に分化した体細胞からカルスを形成(脱分化)させることができ、また、カルスを一定条件下で培養すれば、不定胚や不定芽および不定根の分化を経て、植物個体を再生させることができる。カルス培養は、1)無限増殖能を有し、2)カルスの細胞塊から様々な組織や個体へ分化させることができる、3)植物体では得にくい増殖細胞を均一かつ多量に得られる、4)細胞の質や量に季節変動がなく実験材料として適している、5)培地に加えた物質の植物に対する影響を直接に見ることができる、6)植物によってはカルス化を経ることにより遺伝子の変異が誘発されやすく育種などに利用できる等の点で優れている。そのため、カルス培養は、有用物質の生産、新品種の開発、植物体への遺伝子導入および形質転換体の再生、人工種子の生産等に広く利用されている。
【0003】
一般的に植物の分化・脱分化は、オーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモンの組成と培地への添加量によって制御することができる。一般的に、培地に与えたオーキシンの比率が高いと不定根の形成(分化)、サイトカイニンの比率が高いと不定芽の形成(分化)、両者の適当な存在比ではカルス(脱分化)が維持されることが知られている。
【0004】
また、脱分化(カルス化)の誘導は、植物ホルモンによるほか、ウイルスや細菌の感染、傷害(UV、X線、物理的傷害などを含む)によっても低頻度であるが起こることが知られている。
【0005】
細菌感染によるものとしては、例えば、Agrobacterium tumefaciensの感染によるクラウンゴールの生成が知られている。これは、Tiプラスミド中のT−DNA領域に含まれるオーキシン合成遺伝子およびサイトカイニン合成遺伝子の発現によって感染した植物の細胞中で両植物ホルモンが生産され植物組織に腫瘍細胞(カルス)が生じるためである。生じたカルスは外部からの植物ホルモンの添加なし(植物ホルモンフリー)で培養可能である。
【0006】
また、脱分化はウィルスによっても起こることが知られている。2本鎖RNAを有する腫瘍ウィルス(Aureogenus magnivena)をクローバー類(Trifolium)やヒメスイバ(Rumex acetosella)の傷を付けた部分に接種すると葉の奇形や根の腫瘍を生じる。このウイルス腫瘍は動物のRNA腫瘍ウィルスとは異なり宿主に形質転換を起こさない。
【0007】
また、親植物には見られないが特定の組み合わせの種間雑種だけにみられる遺伝的腫瘍が知られている。この遺伝的腫瘍は、Brassica(アブラナ)属、Datura(チョウセンアサガオ)属、Lilium(ユリ)属、Nicotiana(タバコ)属などで生じることが報告されている。生じる腫瘍細胞はオーキシンに対して自律的に増殖する。Nicotiana(タバコ)属の研究から、ゲノム間の不和合と特定の染色体の機能とが結びついて腫瘍の形成を引き起すことが示されている。遺伝的腫瘍の形成は、外的ストレス(傷害、X線、機械的刺激、化学物質など)とともに、内的ストレス(側根の形成、頂芽優勢の減少、葉の喪失、密植など)によっても誘発される。
【0008】
さらに、遺伝子組み換え技術により植物細胞の脱分化が誘導および促進された例がいくつか報告されている。これらは主に植物ホルモン応答機構に関与する遺伝子の解析から偶発的に脱分化が誘導および促進された例であり、いずれも植物ホルモンへの応答経路が増幅されたことが原因となっていると考えられる。しかし、これらの報告では、生じた脱分化した細胞が継代可能であるかについては言及されていない。
【0009】
シロイヌナズナcDNAのファンクショナルスクリーニングにより、ESR1(Enhancer of Shoot Regeneration)遺伝子が単離されている(例えば、非特許文献1等参照)。ESR1遺伝子は、アグロバクテリウムを用いて根片にcDNAライブラリを形質転換し、選択マーカーとなる抗生物質を含むサイトカイニンフリーの茎葉誘導培地(オーキシンは含まれる)でシュートまたは緑色カルスを形成するものから単離された。この遺伝子を根の外植片で発現させると、サイトカイニン非依存的にシュートを分化する。また、低いサイトカイニン濃度でもシュートの形成が促進される。ESR1遺伝子を過剰発現させた植物体(35S:ESR1植物体)をMS培地(植物ホルモンフリー)で培養すると、正常な発達が見られず、濃緑色のカルスが茎頂分裂組織周辺で形成される。
【0010】
また、サイトカイニンに対する初発応答遺伝子の転写活性化を担う転写因子であるARR1(Arabidopsis Response Regulator1)タンパク質についての報告がある(例えば、非特許文献2等参照。)。このARR1タンパク質はシロイヌナズナのタイプBレスポンスレギュレーターに属する。胚軸断片を用いた緑色カルスの誘導実験では、機能欠損型の突然変異体で、サイトカイニンに対する感受性の低下が起こり、逆に過剰発現体では感受性の増加が見られることが報告されている。ARR1タンパク質のリン酸レシーバードメインを欠損させたタンパク質を過剰発現させた植物体は、子葉からの異所的なシュート形成や茎頂のカルス化などの著しい形態変化が見られる。
【0011】
さらに、細胞周期におけるG1期からS期への移行を制御する転写因子であるE2Faタンパク質について報告されている(例えば、非特許文献3等参照。)。E2Faタンパク質は、E2Fa−DPa複合体となることで、DNAへのより親和性の高い、配列特異的な結合が可能となる。シロイヌナズナのE2FaとDPaをタバコで過剰発現させると、細胞分裂が促進し、核内倍加が起こる。またカルス誘導培地で葉片から誘導したカルスは、植物ホルモン無添加の培地でもしばらくは増殖を続けることが報告されている。またシュートを分化させるための植物ホルモン組成培地でも、シュートへの分化は見られず、胚性カルス(embryonic callus)の状態が維持される。
【0012】
また、RAP2.4タンパク質は、RAP2タンパク質ファミリーに属するタンパク質であることが知られている(例えば、非特許文献4等参照。)。このRAP2.4タンパク質は、他のRAP2ファミリータンパク質と同様、野生型(Ler)の花、葉、茎及び根で発現が見られていることが報告されている。また、本発明者らの基礎的な実験から、植物体に比べて複数のカルス株で発現が上昇している転写活性化因子の遺伝子であることが明らかになっている。しかし、このタンパク質の機能についてはほとんどわかっていない。
【非特許文献1】Banno H,Ikeda Y, Niu QW, Chua, NH(2001) Overexpression of Arabidopsis ESR1 induces initiation of shoot regeneration. Plant Cell.13:2609-2618
【非特許文献2】Sakai H, Honma T, Aoyama T, Sato S, Kato T, Tabata S, Oka A(2001) ARR1, a transcription factor for genes immediately responsive to Cytokinins. Science. 294: 1519-1521
【非特許文献3】Kosugi S, Ohashi Y(2003) Constitutive E2F expression in tobacco plants exhibits altered cell cycle control and morphological change in a cell type-specific manner. Plant Physiol. 132: 2012-2022
【非特許文献4】Okamuro JK, Caster B, Villarroel R, Van Montagu M, Jofuku KD(2001) The AP2 domain of APETALA2 defines a large new family of DNA binding proteins in Arabidopsis. Proc Natl Acad Sci U S A. 94: 7076-7081
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述したように、従来から種々の脱分化(カルス化)の方法が知られているが、従来の方法でカルスを誘導できない植物も多く、かかる脱分化しにくい植物についても、カルスを誘導できるように、従来法とは異なるカルス誘導方法の開発が望まれている。また、無限増殖能を有するカルスを用いて有用物質生産を行う研究がこれまで数多くなされているが、カルスの有用物質生産能の不安定さにより工業化した例はほんの数例しかなく、従来法とは異なる安定した有用物質生産能を有するカルスを用いた有用物質生産法の開発が望まれている。
【0014】
本発明の目的は、脱分化しにくい植物でもカルスを誘導できるような、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産する方法を提供することにある。また、そのように脱分化が誘導されるように改変された植物体を用いて、安定した有用物質生産法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、植物体に比べ複数のカルス株で発現が促進していた転写因子であって、その機能が明らかにされていない転写因子をコードする遺伝子を植物体内で機能するプロモーターにつないで植物体に導入し発現させたところ、得られた植物体は、植物ホルモン非存在下でも、茎、葉、根などの器官の正常な分化が抑制されカルス状になることを見出した。なお、本明細書において、「植物ホルモン非存在下」とは、特に規定する場合を除き、「植物ホルモン無添加」と同じ意味である。また、得られたカルス細胞は植物ホルモン無添加の培地でも増殖し、脱分化状態を維持したまま継代培養が可能であることを見出した。そして、これらの知見から、かかる転写因子は脱分化に関与する転写因子であることを初めて見出し、これらの転写因子をコードする遺伝子を用いることにより、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0016】
すなわち、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法は、以下の(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子が発現するように、該遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入する形質転換工程を含んでいることを特徴としている。
(a)脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子、
(b)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、
(c)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子、
(d)配列番号2、4または6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子、
(e)配列番号2、4または6に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有し、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子。
【0017】
また、本発明にかかる植物体の生産方法は、さらに、上記組換え発現ベクターを構築する発現ベクター構築工程を含んでいてもよい。
【0018】
また、本発明にかかる植物体は、上記生産方法により生産され、脱分化が誘導されるように改変されていることを特徴としている。
【0019】
本発明にかかる植物体においては、植物体内の内因性のオーキシンの濃度が、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、有意に増加していないことが好ましい。
【0020】
上記植物体には、成育した植物個体、植物組織、植物細胞、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれることが好ましい。
【0021】
また、上記植物体は、カルスであって、当該カルス培養条件をコントロールすることにより表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖させることができるカルスであってもよい。さらに、上記植物体は、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を、当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスであってもよい。
【0022】
また、本発明にかかる植物体の脱分化誘導キットは、上記の生産方法を行うためのキットであって、上記(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子と、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを少なくとも含むことを特徴としている。
【0023】
また、上記植物体の脱分化誘導キットは、さらに、上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含んでいてもよい。
【0024】
また、本発明にかかる有用物質の生産方法は、本発明にかかる植物体を、植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させることを特徴としている。
【0025】
また、本発明にかかる有用物質の生産方法は、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するカルス、または、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスを、上記選択マーカーの試薬である抗生物質および植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させる方法であってもよい。
【発明の効果】
【0026】
すなわち、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法は、以上のように上記(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子が発現するように、該遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入する形質転換工程を含んでいることを特徴としている。これにより、得られる植物体は、植物ホルモン非存在下でも、茎、葉、根などの器官の正常な分化が抑制されカルス状になる。また、得られたカルス細胞は植物ホルモン無添加の培地でも増殖し、脱分化状態を維持したまま継代培養が可能である。また、特に、かかる方法により得られる植物体は、脱分化が誘導されるように改変されているという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明にかかる植物体の生産方法、植物体及びその利用について説明すると以下の通りである。
【0028】
上述したように、本発明者らは、植物体に比べ複数のカルス株で発現が促進されていた転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを、該遺伝子が植物体内で発現するように植物体に導入することにより、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができることを見出した。また、この知見より、上記転写因子は、脱分化に関与し、脱分化を誘導する転写因子であることを初めて見出した。したがって、この脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを植物体に導入することによって、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができる。
【0029】
すなわち、本発明にかかる植物体の生産方法は、この脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを植物細胞に導入するものであればよい。これにより、この脱分化に関与する転写因子が植物体内で過剰に生産される。
【0030】
かかる転写因子を植物体で過剰に生産させることによって得られる植物体では、上記転写因子の標的遺伝子の転写が促進されると考えられ、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができる。その結果、得られる植物体を脱分化が誘導されるように改変させることができる。
【0031】
本発明の生産方法で生産される脱分化が誘導されるように改変された植物体とは、分化が抑制されるように改変された植物体であるということもできる。また、改変されたとは形質転換前と比較して改変されたことをいう。
【0032】
ここで、植物体が分化するとは、1つの単純な系又は細胞集団が2つ以上の互いに異質な系又は細胞集団に分かれることをいう。例えば、植物体の表皮細胞やカルスからの不定胚の分化が知られており、この不定胚から子葉、頂芽、幼根等が再生する。また、脱分化とは、分化した組織や器官の細胞が再びより未分化性の高い状態に戻ることをいい、分化とは逆のプロセスである。言い換えれば、器官、組織などの機能分化・形態分化している細胞が、分裂を開始して、カルス化する現象をいう。
【0033】
また、脱分化が誘導されるように改変された植物体(すなわち分化が抑制されるように改変された植物体)とは、言い換えれば、脱分化しやすくなる(分化しにくくなる)ように改変された植物体をいう。かかる植物体は、例えばオーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモン非存在下で、通常は脱分化しない条件下でも、脱分化するか、分化のレベルが低くなるように改変された植物体であるということもできる。かかる植物体は、また、オーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモンに対する感受性が高くなるように改変された植物体であるともいえる。なお、ここで植物ホルモンとは、植物の脱分化を制御するために用いられうるものであれば、オーキシンやサイトカイニンに限定されるものではなく、ジベレリン、エチレン、アブシジン酸、ジャスモン酸、ブラシノステロイド等も含まれる。
【0034】
通常、カルスの誘導および維持(継代培養)には培地に上記植物ホルモンのうち特にオーキシンを添加する必要がある。しかしながら、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、誘導および維持において外因性の植物ホルモンを必要としない。すなわち、本発明の植物体では植物ホルモン非存在下でカルスの誘導と維持が可能である。
【0035】
なお、ここで、外因性の植物ホルモンとは培地に添加する植物ホルモンのことをいう。一方、植物体内部で作られる植物ホルモンを内因性の植物ホルモンという。
【0036】
従来から誘導および維持に外因性の植物ホルモンを必要としないカルスとしては、クラウンゴールが知られている。また馴化したカルスにおいても維持に外因性の植物ホルモンを必要としなくなる。この原因として、内因性の植物ホルモンであるオーキシンの濃度が高くなっていることがこれまでに報告されている。
【0037】
そこで、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体でも内因性のオーキシンの濃度が高くなっていることが予想された。このため、本発明者らは、オーキシン応答エレメントを配置したプロモーターにレポーター遺伝子としてβ―グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子を結合させたキメラ遺伝子を導入した植物体を、本発明にかかる植物体の生産方法を用いて、脱分化が誘導されるように改変し、内因性の植物ホルモンが過剰に生産されているか否かを調べた。その結果、驚くべきことに、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、オーキシンが過剰に生産されていないことが見出された。また、GC−MSを用いた、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の内因性のオーキシン(インドール酢酸)濃度の測定によっても、ベクターコントロール植物体と比べて内因性のオーキシン濃度が同程度か、むしろ低いことが見出された。
【0038】
本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、このように、植物体内の内因性のオーキシンの濃度が、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、有意に増加していないことが好ましい。なお、ここで、「有意に増加していない」とは、オーキシンの作用による遺伝子の変異や染色体の欠損などにより植物体の形態や代謝に影響を与える程度にまで増加していないことをいう。かかる増加量としては、脱分化が誘導されるように改変される前のオーキシンの濃度に対して、50%以下であることが好ましく、30%以下であることがより好ましく、20%以下であることがさらに好ましく、10%以下であることが特に好ましい。また、言い換えれば、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、植物体内で内因性のオーキシンが過剰生産されていないことが好ましい。また、植物体内の内因性のオーキシンの濃度は、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、同じであるか、または、減少していることがより好ましい。
【0039】
有用物質生産へのカルス培養の応用において、植物培養細胞であるカルスが有用物質生産能を失ってしまう大きな原因の一つとして、外因性のオーキシンの作用による遺伝子の変異や染色体の欠損などが関与していることがよく知られている。本発明にかかる植物体の生産方法により脱分化が誘導されるように改変された植物体で誘導されたカルスでは、かかる作用を有する外因性のオーキシンを添加する必要がないため、遺伝子の変異や染色体の欠損などが起こりにくいと考えられる。加えて、内因性のオーキシンが過剰に増加していないため、過剰な内因性のオーキシンによる同様の遺伝子の不活性化が起きにくいと考えられる。それゆえ、本発明にかかる植物体は、有用物質生産に好適に用いることができると考えられる。
【0040】
以降の説明では本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法、これらの生産方法により得られる植物体とその有用性、並びにその利用についてそれぞれ説明する。
【0041】
(I)脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法
上述したように、本発明にかかる植物体の生産方法は、脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを植物細胞に導入する。以下、(I−1)脱分化に関与する転写因子、(I−2)本発明にかかる植物体の生産方法の一例の順に説明する。
【0042】
(I−1)脱分化に関与する転写因子
本発明で用いられる転写因子は、脱分化に関与する転写因子であれば特に限定されるものではない。かかる転写因子は、植物界で広く保存されている。したがって、本発明で用いられる転写因子には、種々の植物に保存されている同様の機能を有する転写因子が含まれる。
【0043】
本発明で用いられる転写因子の代表的な一例としては、例えば、シロイヌナズナのRAP2.4タンパク質(MIPS(Munich Information Center for Protein Sequence) No:At1g78080)及びこれらのホモログである、At1g22190タンパク質、At1g36060タンパク質等を挙げることができる。RAP2.4タンパク質は、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質である。At1g22190タンパク質は、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質である。At1g36060タンパク質は、配列番号5に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質である。
【0044】
また、本発明で用いられる転写因子としては、配列番号1、3または5にそれぞれ示されるアミノ酸配列を有するRAP2.4タンパク質、At1g22190タンパク質、またはAt1g36060タンパク質に限定されるものではなく、配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の変異体であって、且つ、脱分化に関与するタンパク質であってもよい。かかる変異体としては、欠失、挿入、逆転、反復、及び置換を含む変異体を挙げることができる。特に、タンパク質における「中性」アミノ酸置換は、一般的にそのタンパク質の活性にほとんど影響しない。
【0045】
タンパク質のアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このタンパク質の構造又は機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけではく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造又は機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0046】
当業者は、周知技術を使用してタンパク質のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。例えば、公知の点変異導入法に従えば、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの任意の塩基を変異させることができる。また、タンパク質をコードするポリヌクレオチドの任意の部位に対応するプライマーを設計して欠失変異体又は付加変異体を作製することができる。
【0047】
上記変異体は特に限定されるものではないが、タンパク質の活性を変化させない変異であることが好ましい。具体的には、サイレント変異や保存性置換等が挙げられる。
【0048】
代表的に保存性置換と見られるのは、脂肪族アミノ酸Ala、Val、Leu、及びIleの中での1つのアミノ酸の別のアミノ酸への置換;ヒドロキシル残基Ser及びThrの交換、酸性残基Asp及びGluの交換、アミド残基Asn及びGlnの間の置換、塩基性残基Lys及びArgの交換、ならびに芳香族残基Phe、Tyrの間の置換である。また、サイレント置換は、アミノ酸が置換、添加又は欠失してもタンパク質活性に影響の無い変異である。
【0049】
上記に詳細に示されるように、どのアミノ酸の変化が表現型的にサイレントでありそうか(すなわち、機能に対して有意に有害な効果を有しそうにないか)に関するさらなるガイダンスは、Bowie,J.U.ら「Deciphering the Message in Protein Sequences: Tolerance to Amino Acid Substitutions」,Science 247:1306-1310 (1990)(本明細書中に参考として援用される)に見出され得る。
【0050】
また、上記転写因子は、脱分化に関与するタンパク質であって、配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列であってもよい。
【0051】
なお、上記の「配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」における「1個又は数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0052】
また、上記転写因子には、配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列との相同性が70%以上、好ましくは90%以上であるアミノ酸配列を有し、脱分化に関与するタンパク質も含まれる。このようなタンパク質におけるアミノ酸配列の相同性は、70%以上であればよいが、90%以上が好ましく、95%以上がより好ましく、98%以上がさらに好ましく、99%以上が特に好ましい。
【0053】
なお、本明細書における上記「相同性」とは、BLAST(Basic local alignment search tool;Altschul, S. F. et al,J. Mol. Biol., 215, 403-410, 1990)検索により得られた値を意味するものであり、アミノ酸配列の相同性は、BLAST検索アルゴリズムにより決定することができる。具体的には、BLASTパッケージ(sgi32bit版、ver. 2.0.12;NCBIより入手)のbl2seqプログラム(Tatiana A. Tatusova及びThomas L. Madden, FEMS Microbiol. Lett., 174, 247-250, 1999)を用い、デフォルトパラメーターにしたがって算出することができる。ペアワイズ・アラインメント・パラメーターとして、プログラム名「blastp」を用い、Gap挿入Cost値を「0」とし、Gap伸長Cost値を「0」とし、Query配列のフィルターとして「SEG」を、Matrixとして「BLOSUM62」をそれぞれ用いる。
【0054】
また、本発明で用いられる、脱分化に関与する転写因子のアミノ酸配列は、種の異なる数多くの植物間において、保存性が高いものと考えられる。そのため、脱分化を誘導させたい個々の植物体において、脱分化に関与する転写因子やその遺伝子を必ずしも単離する必要はない。すなわち、後述する実施例で示す、シロイヌナズナ由来の上記転写因子を、他の植物で発現させることで、さまざまな種の植物において簡便に脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産できることが予想される。
【0055】
本発明で用いられる転写因子を生産する際には、後述するように、公知の遺伝子組換え技術を好適に用いることができる。そこで、本発明にかかる植物体の生産方法には、上記転写因子をコードする遺伝子も好適に用いることができる。
【0056】
上記転写因子をコードする遺伝子としては特に限定されるものではないが、具体的な一例としては、例えば、転写因子としてRAP2.4タンパク質を用いる場合には、このRAP2.4タンパク質をコードする遺伝子(説明の便宜上、RAP2.4遺伝子と称する)を、転写因子としてAt1g22190タンパク質を用いる場合には、このAt1g22190タンパク質をコードする遺伝子(説明の便宜上、At1g22190遺伝子と称する)を、転写因子としてAt1g36060タンパク質を用いる場合には、このAt1g36060タンパク質をコードする遺伝子(説明の便宜上、At1g36060遺伝子と称する)を挙げることができる。RAP2.4タンパク質、At1g22190タンパク質、またはAt1g36060タンパク質の具体的な一例としてはそれぞれ、例えば、配列番号2、4または6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として含むポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0057】
もちろん、本発明で用いられる転写因子をコードする遺伝子としては、上記の例に限定されるものではなく、配列番号2、4または6に示される塩基配列と相同性を有する遺伝子であってもよい。具体的には、例えば、配列番号2、4または6に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、上記転写因子をコードする遺伝子等を挙げることができる。なお、ここでストリンジェントな条件でハイブリダイズするとは、60℃で2×SSC洗浄条件下で結合することを意味する。
【0058】
上記ハイブリダイゼーションは、J. Sambrook et al. Molecular Cloning, A Laboratory Manual,2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズしにくくなる)。
【0059】
また、本発明で用いられる転写因子をコードする遺伝子としては、上記転写因子をコードする遺伝子の変異体であってもよい。変異体は、天然の対立遺伝子変異体のように、天然に生じ得る。「対立遺伝子変異体」によって、生物の染色体上の所定の遺伝子座を占める遺伝子のいくつかの交換可能な形態の1つが意図される。天然に存在しない変異体は、例えば当該分野で周知の変異誘発技術を用いて生成され得る。かかる変異体は特に限定されるものではないが、コードするタンパク質の活性を変化させない変異であることが好ましい。
【0060】
このような変異体としては、上記転写因子をコードするポリヌクレオチドの塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、又は付加した変異体が挙げられる。変異体は、コードもしくは非コード領域、又はその両方において変異され得る。コード領域における変異は、保存的もしくは非保存的なアミノ酸欠失、置換、又は付加を生成し得る。
【0061】
上記転写因子をコードする遺伝子を取得する方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法により、多くの植物から単離することができる。例えば、既知の転写因子をコードする遺伝子の塩基配列に基づき作製したプライマー対を用いることができる。このプライマー対を用いて、植物のcDNA又はゲノミックDNAを鋳型としてPCRを行うこと等により上記遺伝子を得ることができる。また、上記転写因子をコードする遺伝子は、従来公知の方法により化学合成して得ることもできる。
【0062】
本発明では、上記転写因子をコードする遺伝子を用いれば、上記転写因子を植物体で過剰に生産することができる。具体的には、上記転写因子をコードする遺伝子を、当該遺伝子が発現するように植物体に導入する。これにより、上記転写因子を過剰に生産することができる。なお、過剰に生産するとは、上記転写因子をコードする外因性の遺伝子を導入し発現させることによって、外因性の遺伝子を導入しない場合と比較して、上記転写因子の発現量が多くなっていればよい。
【0063】
(I−2)本発明にかかる植物体の生産方法の一例
本発明にかかる植物体の生産方法は、上記(I−1)で説明した転写因子を植物体で過剰に生産させる過程を含んでいれば特に限定されるものではないが、本発明にかかる植物体の生産方法を具体的な工程で示せば、例えば、発現ベクター構築工程、形質転換工程、選抜工程等の工程を含む生産方法として挙げることができる。このうち、本発明では、少なくとも形質転換工程が含まれていればよい。以下、各工程について具体的に説明する。
【0064】
(I−2−1)発現ベクター構築工程
本発明において行われる発現ベクター構築工程は、上記(I−1)で説明した転写因子をコードする遺伝子と、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを構築する工程であれば特に限定されるものではない。
【0065】
上記組換え発現ベクターの母体となるベクターとしては、従来公知の種々のベクターを用いることができる。例えば、プラスミド、ファージ、又はコスミド等を用いることができ、導入される植物細胞や導入方法に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、pBR322、pBR325、pUC19、pUC119、pBluescript、pBluescriptSK、pBI系のベクター等を挙げることができる。特に、植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウムを用いる方法である場合には、pBI系のバイナリーベクターを用いることが好ましい。pBI系のバイナリーベクターとしては、具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等を挙げることができる。
【0066】
上記プロモーターは、植物体内で遺伝子を発現させることが可能なプロモーターであれば特に限定されるものではなく、公知のプロモーターを好適に用いることができる。かかるプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、アクチンプロモーター、ノパリン合成酵素のプロモーター、タバコのPR1a遺伝子プロモーター、トマトのリブロース1,5−二リン酸カルボキシラーゼ・オキシダーゼ小サブユニットプロモーター等を挙げることができる。この中でも、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター又はアクチンプロモーターをより好ましく用いることができる。上記各プロモーターを用いれば、得られる組換え発現ベクターでは、植物細胞内に導入されたときに任意の遺伝子を強く発現させることが可能となる。
【0067】
上記プロモーターは、転写因子をコードする遺伝子を発現しうるように連結され、ベクター内に導入されていればよく、組換え発現ベクターとしての具体的な構造は特に限定されるものではない。
【0068】
上記組換え発現ベクターは、上記プロモーター及び上記転写因子をコードする遺伝子に加えて、さらに他のDNAセグメントを含んでいてもよい。当該他のDNAセグメントは特に限定されるものではないが、ターミネーター、選択マーカー、エンハンサー、翻訳効率を高めるための塩基配列等を挙げることができる。また、上記組換え発現ベクターは、さらにT−DNA領域を有していてもよい。T−DNA領域は特にアグロバクテリウムを用いて上記組換え発現ベクターを植物体に導入する場合に遺伝子導入の効率を高めることができる。
【0069】
ターミネーターは転写終結部位としての機能を有していれば特に限定されるものではなく、公知のものであってもよい。例えば、具体的には、ノパリン合成酵素遺伝子の転写終結領域(Nosターミネーター)、カリフラワーモザイクウイルス35Sの転写終結領域(CaMV35Sターミネーター)等を好ましく用いることができる。この中でもNosターミネーターをより好ましく用いることができる。
【0070】
上記形質転換ベクターにおいては、ターミネーターを適当な位置に配置することにより、植物細胞に導入された後に、不必要に長い転写物を合成したり、強力なプロモーターがプラスミドのコピー数を減少させたりするような現象の発生を防止することができる。
【0071】
上記選択マーカーとしては、例えば薬剤耐性遺伝子を用いることができる。かかる薬剤耐性遺伝子の具体的な一例としては、例えば、ハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等に対する薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。これにより、上記抗生物質を含む培地中で生育する植物体を選択することによって、形質転換された植物体を容易に選別することができる。
【0072】
上記翻訳効率を高めるための塩基配列としては、例えばタバコモザイクウイルス由来のomega配列を挙げることができる。このomega配列をプロモーターの非翻訳領域(5’UTR)に配置させることによって、上記転写因子をコードする遺伝子の翻訳効率を高めることができる。このように、上記形質転換ベクターには、その目的に応じて、さまざまなDNAセグメントを含ませることができる。
【0073】
上記組換え発現ベクターの構築方法についても特に限定されるものではなく、適宜選択された母体となるベクターに、上記プロモーター及び転写因子をコードする遺伝子、並びに必要に応じて上記他のDNAセグメントを所定の順序となるように導入すればよい。例えば、転写因子をコードする遺伝子とプロモーターと(必要に応じてターミネーター等)とを連結して発現カセットを構築し、これをベクターに導入すればよい。
【0074】
発現カセットの構築では、例えば、各DNAセグメントの切断部位を互いに相補的な突出末端としておき、ライゲーション酵素で反応させることで、当該DNAセグメントの順序を規定することが可能となる。なお、発現カセットにターミネーターが含まれる場合には、上流から、プロモーター、上記転写因子をコードする遺伝子、ターミネーターの順となっていればよい。また、組換え発現ベクターを構築するための試薬類、すなわち制限酵素やライゲーション酵素等の種類についても特に限定されるものではなく、市販のものを適宜選択して用いればよい。
【0075】
また、上記組換え発現ベクターの増殖方法(生産方法)も特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。一般的には大腸菌をホストとして当該大腸菌内で増殖させればよい。このとき、ベクターの種類に応じて、好ましい大腸菌の種類を選択してもよい。
【0076】
(I−2−2)形質転換工程
本発明において行われる形質転換工程は、上記(I−2−1)で説明した組換え発現ベクターを植物細胞に導入して、上記(I−1)で説明した転写因子を生産させるようになっていればよい。
【0077】
上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入する方法(形質転換方法)は特に限定されるものではなく、植物細胞に応じた適切な従来公知の方法を用いることができる。具体的には、例えば、アグロバクテリウムを用いる方法や直接植物細胞に導入する方法を用いることができる。アグロバクテリウムを用いる方法としては、例えば、Transformation of Arabidopsis thaliana by vacuum infiltration(http://www.bch.msu.edu/pamgreen/protocol.htm)を用いることができる。
【0078】
組換え発現ベクターを直接植物細胞に導入する方法としては、例えば、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)、ポリエチレングリコール法、パーティクルガン法、プロトプラスト融合法、リン酸カルシウム法等を用いることができる。
【0079】
上記組換え発現ベクターが導入される植物細胞としては、例えば、花、葉、根等の植物器官における各組織の細胞、カルス、懸濁培養細胞等を挙げることができる。
【0080】
ここで、本発明にかかる植物体の生産方法においては、上記組換え発現ベクターは、生産しようとする種類の植物体に合わせて適切なものを適宜構築してもよいが、汎用的な組換え発現ベクターを予め構築しておき、それを植物細胞に導入してもよい。すなわち、本発明にかかる植物体の生産方法においては、上記(I−2−1)で説明した組換え発現ベクター構築工程が含まれていてもよいし、含まれていなくてもよい。
【0081】
(I−2−3)その他の工程、その他の方法
本発明にかかる植物体の生産方法においては、上記形質転換工程が含まれていればよく、さらに上記組換え発現ベクター構築工程が含まれていてもよいが、さらに他の工程が含まれていてもよい。具体的には、形質転換後の植物体から適切な形質転換体を選抜する選抜工程等を挙げることができる。
【0082】
選抜の方法は特に限定されるものではなく、例えば、ハイグロマイシン耐性等の薬剤耐性を基準として選抜してもよいし、形質転換体を育成した後に、オーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモン非存在下で通常脱分化が起こらないような条件下で、脱分化が起こる植物体から選抜してもよい。
【0083】
本発明にかかる植物体の生産方法では、上記転写因子をコードする遺伝子を植物体に導入することにより、該植物体から、有性生殖又は無性生殖により単に、脱分化が誘導されるように改変された子孫を得ることが可能となる。また、該植物体やその子孫から植物細胞や、種子、果実、株、カルス、塊茎、切穂、塊等の繁殖材料を得て、これらを基に該植物体を量産することも可能となる。したがって、本発明にかかる植物体の生産方法では、選抜後の植物体を繁殖させる繁殖工程(量産工程)が含まれていてもよい。
【0084】
なお、本発明における植物体とは、成育した植物個体、植物組織、植物細胞、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれる。つまり、本発明では、最終的に植物個体まで成育させることができる状態のものであれば、全て植物体と見なす。また、上記植物細胞には、種々の形態の植物細胞が含まれる。かかる植物細胞としては、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片等が含まれる。これらの植物細胞を増殖・分化させることにより植物体を得ることができる。なお、植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて、従来公知の方法を用いて行うことができる。したがって、本発明にかかる植物体の生産方法では、植物細胞から植物体を再生させる再生工程が含まれていてもよい。
【0085】
また、本発明者らは、本発明にかかる植物体を、上記形質転換工程で用いられた選択マーカーの試薬であるハイグロマイシンを添加せずに培養したところ、カルス表面が分化し、この状態のまま植物ホルモン無添加の培地でも活発に増殖をすることを見出した。そして、この状態で、シロイヌナズナで計測可能なモデル二次代謝産物として用いられるアントシアニンを誘導培地培養することにより、シロイヌナズナにおいて従来法で誘導されたカルスではほとんど生産されないアントシアニンを高濃度に生産する現象を見出した。
【0086】
このように、形質転換体の選択マーカーの試薬である抗生物質を培地から除くと、本発明の植物体であるカルスは、カルスの表面が一部分化し、この状態のまま植物ホルモン無添加で増殖することができる。かかるカルスは、特に、特定の分化した組織で生合成が行われる二次代謝産物の生産に好適に用いることができる。それゆえ、本発明にかかる植物体には、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するカルスも含まれる。また、本発明にかかる植物体は、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を、当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養したカルスでありうる。
【0087】
ここで、上記選択マーカーは、例えば、薬剤耐性遺伝子であり、より具体的な一例としては、例えば、ハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等に対する薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。中でも、上記選択マーカーは、ハイグロマイシンに対する薬剤耐性遺伝子であることが好ましい。また、上記選択マーカーの試薬である抗生物質としては、例えばハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等を挙げることができ、中でもハイグロマイシンをより好適に用いることができる。
【0088】
(II)本発明により得られる植物体とその有用性、並びにその利用
本発明にかかる植物体の生産方法は、上記転写因子を植物体で過剰に生産させることによる。これにより、当該転写因子が標的とする標的遺伝子の転写が促進されると考えられる。その結果、得られる植物体の脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができる。したがって、本発明には、上記植物体の生産方法により得られる植物体も含まれる。
【0089】
(II−1)本発明にかかる植物体の具体例
ここで、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の具体的な種類は特に限定されるものではなく、かかる脱分化の誘導によりその有用性が高まる植物を挙げることができる。かかる植物は、被子植物であってもよいし裸子植物であってもよい。また、被子植物としては、単子葉植物であってもよいし、双子葉植物であってもよいが、双子葉植物であることがより好ましい。双子葉植物としては、離弁花亜綱であってもよいし、合弁花亜綱であってもよい。合弁花亜綱としては、例えば、リンドウ目、ナス目、シソ目、アワゴケ目、オオバコ目、キキョウ目、ゴマノハグサ目、アカネ目、マツムシソウ目、キク目を挙げることができる。また、離弁花亜綱としては、例えば、ビワモドキ目、ツバキ目、アオイ目、サガリバナ目、ウツボカズラ目、スミレ目、ヤナギ目、フウチョウソウ目、ツツジ目、イワウメ目、カキノキ目、サクラソウ目等を挙げることができる。
【0090】
本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の具体例をさらに挙げると、ナタネ、ジャガイモ、ホウレンソウ、大豆、キャベツ、レタス、トマト、カリフラワー、さやいんげん、かぶ、大根、ブロッコリー、メロン、オレンジ、スイカ、ネギ、ゴボウなどの各種の食用植物、あるいはバラ、キク、あじさい、カーネーションなどの観葉植物またあるいは、ニチニチソウ、イチイ、オウレン、ハナビシソウ、キハダ、オタネニンジン、ケシ、イカリソウ、ベラドンナ、チョウセンアサガオ、Cephaelis ipecacuanhaなどの薬用植物を挙げることができる。
【0091】
(II−2)本発明の有用性
本発明では、植物体を脱分化が誘導されるように改変することができるが、本発明の有用性は特に限定されるものではなく、そのような脱分化の誘導により効果がある分野であればよい。かかる分野としては、例えば、脱分化が誘導されるように改変されることによるカルス化が困難な植物のカルス化、カルスを用いた有用物質生産、カルスからの再分化系を利用した育種分野等を挙げることができる。
【0092】
まず、カルス化が困難な植物のカルス化への応用例について説明すると、例えば、カルス化には用いる植物ホルモンの種類や濃度の検討が必要であり、例えばユーカリ、スギ等の木本類、ゴム、コムギ等のようにカルス化が困難な植物もある。このような、カルス化が困難な植物に、本発明に係る植物体の生産方法を用いて、脱分化を誘導することにより、カルス化を促進することができると考えられ、応用価値が高い。
【0093】
また、有用物質生産への応用について説明すると、カルス培養において、植物培養細胞であるカルスが有用物質生産能を失ってしまう大きな原因の一つとして、過剰濃度のオーキシンの作用による遺伝子のメチル化などのエピジェネティックな変異(Lambe et al., In Vitro Cell.Dev.Biol.Plant . 33 .155-162(1997))や染色体の欠損などが関与していることがよく知られている。有用物質生産においては、増殖能を有しつつ有用物質も安定して生産する(二次代謝も安定に発現させる)植物培養細胞が必要である。しかし、オーキシンは、形態を脱分化させ、細胞の増殖を促進するが、同時に二次代謝を抑制することが多い。
【0094】
本発明にかかる植物体の生産方法により脱分化が誘導されるように改変された植物体で誘導されたカルスでは、外因性のオーキシンを必要としないことに加え、アグロバクテリウムによって生ずる腫瘍細胞(クラウンゴール)等とは異なり、内因性のオーキシン(インドール酢酸)量が過剰に増加していないことが、実験的に明らかになっている。すなわち、培地に添加する外因性のオーキシンや、過剰な内因性のオーキシンによる遺伝子の不活性化が起きにくいと考えられる。それゆえ、本発明にかかる植物体は、有用物質の生産に好適に用いることができる。
【0095】
また、本発明の植物体を選択マーカーの試薬であるハイグロマイシンを添加せずに培養すると、カルス表面が分化し、この状態のまま植物ホルモン無添加の培地でも活発に増殖をする。この状態で、シロイヌナズナで計測可能なモデル二次代謝産物として用いられるアントシアニンを誘導培地培養することにより、シロイヌナズナにおいて従来法で誘導されたカルスではほとんど生産されない二次代謝産物(アントシアニン)を高濃度に生産する現象が見られている。このことから、本発明によって得られるカルスはホルモンの作用による二次代謝の不活性化が起こりにくいばかりか、部分的に再分化させることで二次代謝産物をより積極的に生産させることが可能であると考えられる。この機能を有用で付加価値の高い物質(アルカロイドなど)をつくる薬用植物で応用できることが示されれば、これまでにない新しいタイプの細胞による新規な有用物質生産システムの構築が提案できる。さらに転写誘導系を利用(グルココルチコイド、estradiol、ガラクトース等)することで、培養環境因子と1対1の遺伝子発現制御が可能となり、脱分化状態(誘導系ON)で細胞量を増やし、再分化状態(誘導系OFF)で二次代謝産物を生産させることができ、より効率的な有用物質生産が可能になると考えられる。
【0096】
また、育種分野への応用についても同様に、得られたカルスは選択マーカーであるハイグロマイシンを添加せずに培養すると組織化、特にシュートへの分化が起こりやすく、固体培養では発根し親植物体に戻る現象もみられることから、これらの再分化のメカニズムや分化誘導条件を研究および利用して行くことで、カルスの状態で細胞を増殖させ、その後再分化させることで大量の苗が生産可能であると考えられる。
【0097】
なお、上述したように、上記転写因子をコードする遺伝子のアンチセンス鎖を含むベクターやRNAiベクターを植物細胞に導入することによって、導入された植物体または細胞において脱分化を抑制することも可能と考えられる。かかる方法により、脱分化が抑制されるように改変されることによる除草剤耐性植物の作製等への応用が可能となる。すなわち、脱分化が抑制されるように改変された植物体は、オーキシン等の植物ホルモン感受性が低い。それゆえ、オーキシン等の存在下でも生育可能な植物、つまりオーキシン等を利用した除草剤に対する除草剤耐性植物の作製に寄与できる。
【0098】
(II−3)本発明の利用
本発明の利用分野、利用方法は特に限定されるものではないが、一例として、上述したように、本発明にかかる植物体の生産方法により脱分化が誘導されるように改変された植物体は、有用物質の生産に好適に用いることができる。それゆえ、本発明には、本発明の植物体を、植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させる有用物質の生産方法も含まれる。
【0099】
本発明にかかる有用物質の生産方法は、本発明の植物体を培養し二次代謝産物を生産させる方法であれば、特に限定されるものではなく、従来公知のあらゆる方法を用いることができる。
【0100】
また、本発明にかかる有用物質の生産方法には、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するカルス、または、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスを、上記選択マーカーの試薬である抗生物質および植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させる方法も含まれる。
【0101】
また、本発明の利用分野、利用方法の他の一例としては、本発明にかかる植物体の生産方法を行うためのキット、すなわち脱分化誘導キットを挙げることができる。
【0102】
この脱分化誘導キットの具体例としては、上記転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを少なくとも含んでいるものを挙げることができる。また、本発明にかかる脱分化誘導キットは、上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含んでいればより好ましい。上記試薬群としては、形質転換の種類に応じた酵素やバッファー等を挙げることができる。その他、必要に応じてマイクロ遠心チューブ等の実験用素材を添付してもよい。
【実施例】
【0103】
以下、実施例及び図1ないし図6に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0104】
〔実施例1〕
以下の実施例1においては、シロイヌナズナ由来のRAP2.4遺伝子(At1g78080)をカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(以下の説明では、便宜上、CaMV35Sと称する)の下流につないで組換え発現ベクターを構築し、これをシロイヌナズナにアグロバクテリウム法を用いて導入することにより、シロイヌナズナを形質転換し、RAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を生産した。
【0105】
<形質転換用ベクター構築用ベクターの構築>
形質転換用ベクター構築用ベクターであるp35SGを、図1に示すように、以下の工程(1)〜(4)のとおりに構築した。
【0106】
(1)インビトロジェン社製pENTRベクター上のattL1、attL2のそれぞれの領域をプライマーattL1−F(配列番号7)、attL1−R(配列番号8)、attL2−F(配列番号9)、attL2−R(配列番号10)を用いてPCRにて増幅した。得られたattL1断片を制限酵素HindIII、attL2断片をEcoRIで消化し、精製した。PCR反応の条件は、変性反応94℃1分、アニール反応47℃2分、伸長反応74℃1分を1サイクルとして、25サイクル行った。以下すべてのPCR反応は同じ条件で行った。
【0107】
(2)クローンテック社製(Clontech社、USA)のプラスミドpBI221を制限酵素XbaIとSacIで切断した後、アガロースゲル電気泳動でGUS遺伝子を除き、CaMV35Sとノパリン合成酵素遺伝子の転写終止領域(以下の説明では、便宜上、Nos−terと称する)を含む35S−Nosプラスミド断片DNAを得た。
【0108】
(3)以下の配列番号11、12の配列を有するDNA断片を合成し、90℃で2分間加熱した後、60℃で1時間加熱し、その後室温(25℃)で2時間静置してアニーリングさせ2本鎖を形成させた。これを上記35S−Nosプラスミド断片DNAのXbaI−SacI領域にライゲーションし、p35S−Nosプラスミドを完成させた。配列番号11、12の配列を有するDNA断片には、5’末端にBamHI制限酵素部位、翻訳効率を高めるタバコモザイクウイルス由来のomega配列、及び制限酵素部位SmaI、SalI、SstIがこの順に含まれる。
5'-ctagaggatccacaattaccaacaacaacaaacaacaaacaacattacaattacagatcccgggggtaccgtcgacgagctc-3'(配列番号11)
5'-cgtcgacggtacccccgggatctgtaattgtaatgttgtttgttgtttgttgttgttggtaattgtggatcct-3'(配列番号12)
(4)このp35S−Nosプラスミドを制限酵素HindIIIで消化し、上記attL1断片を挿入した。さらにこれをEcoRIで消化し、attL2断片を挿入して、ベクターp35SGを完成させた。
【0109】
<形質転換用ベクターの構築>
構築用ベクターのatt部位で挟まれたDNA断片と組換えるための、2つのatt部位を有する植物形質転換用ベクターであるpBIGCKHを、図2に示すように、以下の工程(1)から(3)のとおりに構築した。
【0110】
(1)米国ミシガン州立大学より譲渡されたpBIG(Becker, D. Nucleic Acids Res. 18:203,1990)を制限酵素HindIII、EcoRIで消化し、GUS、Nos領域を電気泳動で除いた。
【0111】
(2)インビトロジェン社から購入したGateway(登録商標)ベクターコンバージョンシステムのFragmentAをプラスミドpBluscriptのEcoRVサイトに挿入した。これをHindIII−EcoRIで消化し、FragmentA断片を回収した。
【0112】
(3)回収したFragmentA断片を上記のpBIGプラスミド断片とライゲーションを行い、pBIGCKHを構築した。これらは大腸菌DB3.1(インビトロジェン社)でのみ増殖可能で、クロラムフェニコール耐性、カナマイシン耐性である。
【0113】
<構築用ベクターへのRAP2.4遺伝子の組み込み>
上記構築用ベクターp35SGにシロイヌナズナ由来の転写因子RAP2.4タンパク質をコードする遺伝子を以下の工程(1)〜(3)のとおりに組み込み、p35SRAP2.4Gを得た。
【0114】
(1)シロイヌナズナ葉から調整したmRNAを用いて作成したcDNAライブラリーから、以下のプライマーを用いて、シロイヌナズナRAP2.4遺伝子の終止コドンを含むコード領域のみを含むDNA断片をPCRにて増幅した。
プライマー1(RAP2.4−F)5'-ATGGCAGCTGCTATGAATTTGTAC-3'(配列番号13)
プライマー2(RAP2.4−R)5'-CTAAGCTAGAATCGAATCCCAATC-3'(配列番号14)
RAP2.4遺伝子の塩基配列及びコードするアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2及び1に示す。
【0115】
(2)得られたRAP2.4コード領域のDNA断片を、図3に示すように、予め制限酵素SmaIで消化しておいた構築用ベクターp35SGのSmaI部位にライゲーションした。
【0116】
(3)このプラスミドで大腸菌を形質転換し、プラスミドを調整して、塩基配列を決定し、順方向に挿入されたクローンを単離した。
【0117】
<組換え発現ベクターの構築>
上記構築用ベクター上にあるCaMV35Sプロモーター、RAP2.4遺伝子、Nos−ter等を含むDNA断片を、植物形質転換用ベクターpBIGCKHに組換えることにより、植物を宿主とする発現ベクターを構築した。組換え反応はインビトロジェン社のGateway(登録商標)LR clonase(登録商標)を用いて以下の工程(1)〜(3)のとおりに行った。
【0118】
(1)まず、RAP2.4コード領域のDNA断片が順方向に挿入されたp35SRAP2.4G 1.5μL(約150ng)とpBIGCKH4.0μL(約400ng)に5倍希釈したLR buffer 4.0μLとTE緩衝液(10mM TrisCl pH7.0、1mM EDTA)5.5μLを加えた。
【0119】
(2)この溶液にLR clonase4.0μLを加えて25℃で60分間インキュベートした。続いて、proteinaseK4.0μLを加えて37℃で10分間インキュベートした。
【0120】
(3)その後、この溶液1〜2μLを大腸菌(DH5a等)に形質転換し、カナマイシンで選択した。
【0121】
<組換え発現ベクターにより形質転換した植物体の生産>
次に、以下の工程(1)〜(3)に示すように、上記RAP2.4遺伝子を含むDNA断片をpBIGCKHに組み込んだプラスミドであるpBIG−RAP2.4(35S::RAP2.4)で、シロイヌナズナの形質転換を行い、形質転換植物体を生産した。シロイヌナズナ植物の形質転換は、Transformation of Arabidopsis thaliana by vacuum infiltration(http://www.bch.msu.edu/pamgreen/protocol.htm)に従った。ただし、感染させるのにバキュウムは用いないで、浸すだけにした。
【0122】
(1)まず得られたプラスミド、pBIG−RAP2.4を、土壌細菌((Agrobacterium tumefaciens strain GV3101(C58C1Rifr)pMP90(Gmr)(koncz and Sahell 1986))株にエレクトロポレーション法で導入した。導入した菌を、抗生物質(カナマイシン(Km)50μg/ml、ゲンタマイシン(Gm)25μg/ml、リファンピシリン(Rif)50μg/ml)を含む1リットルのLB培地でOD600が1になるまで培養した。次いで、培養液から菌体を回収し、1リットルの感染用培地(Infiltration medium、下表1)に懸濁した。
【0123】
【表1】
【0124】
(2)この溶液に、14日間育成したシロイヌナズナを2分間浸し感染させた後、再び育成させ結種させた。回収した種子を25%ブリーチ(有効次亜塩素酸濃度1.5%)、0.02%Triton X-100溶液で7分間滅菌した後、滅菌水で3回リンスし、滅菌したハイグロマイシン選択培地(下表2)に蒔種した。
【0125】
【表2】
【0126】
(3)蒔種した約2000粒の種子から平均して20ないし30個体のハイグロマイシン耐性植物である形質転換植物体を得た。これらの植物から全RNAを調整し、RT−PCRを用いてRAP2.4遺伝子が導入されていることを確認した。得られた形質転換植物体は著しく分化が抑制され、次第に茎頂、胚軸および根がカルス化した。
【0127】
<植物ホルモン非存在下でのカルス化>
得られた形質転換植物体の芽生えを、植物ホルモン(オーキシン及びサイトカイニン)非存在のハイグロマイシンを含むCIM培地で生育させた。下表3にCIM培地の組成を、下表4にB5培地の組成を示す。なお、本実施例において用いた植物ホルモン非存在のCIM培地は、表3中、オーキシン(「2,4−D」と表示。)とサイトカイニンの一種であるカイネチンとを加えていない培地である。また、CIM培地に加えたハイグロマイシンの量は、CIM培地1lに対し30 mgであった。
【0128】
【表3】
【0129】
【表4】
【0130】
35S−RAP2.4を用いてRAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を上記植物ホルモン非存在のCIM培地で生育させた結果を図4に示す。通常植物体をカルス化させるには、植物ホルモンが存在する培地で生育させなければならないが、図4に示すように、35S−RAP2.4(35S::RAP2.4)で形質転換されたシロイヌナズナの幼植物は、植物ホルモン非存在下でも、茎、葉、根などの器官分化が抑制されカルス状の植物体となった。なお、図4(a)中スケールバーは3mmを、図4(b)中スケールバーは5mmを示す。このように、35S−RAP2.4でRAP2.4遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換体では、オーキシン及びカイネチン不存在下でも、これらが存在するのと同様に脱分化が誘導された。このことから、RAP2.4遺伝子でコードされる転写因子は、脱分化に関与する転写因子であることが確認された。
【0131】
〔実施例2〕
シロイヌナズナ由来のRAP2.4遺伝子(At1g78080)の代わりにシロイヌナズナ由来の遺伝子(At1g22190)を用いた以外は実施例1と同様にして、シロイヌナズナを形質転換し、At1g22190遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を生産した。
【0132】
なお、At1g22190遺伝子の終止コドンを含むコード領域のみを含むDNA断片をPCRにて増幅するにあたり以下のプライマーを用いた。
プライマー1(At1g22190−F)5'-ATGACAACTTCTATGGATTTTTACAG-3'(配列番号15)
プライマー2(At1g22190−R)5'-CTAATTTACAAGACTCGAACACTG-3'(配列番号16)
また、At1g22190遺伝子の塩基配列及びコードするアミノ酸配列をそれぞれ配列番号4及び3に示す。
【0133】
得られた形質転換植物体の芽生えの一部を切り取り、実施例1と同様にして植物ホルモン非存在下のCIM培地で生育させた結果を図5に示す。図5中AおよびBは、個別の2ラインの形質転換体の結果を示す。図5に示すように、35S::At1g22190で形質転換されたシロイヌナズナの幼植物は、植物ホルモン非存在下でも、正常な植物体にならず脱分化(カルス化)した。なお、図5中スケールバーは3mmを示す。
【0134】
〔実施例3〕
シロイヌナズナ由来のRAP2.4遺伝子(At1g78080)の代わりにシロイヌナズナ由来の遺伝子(At1g36060)を用いた以外は実施例1と同様にして、シロイヌナズナを形質転換し、At1g36060遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を生産した。
【0135】
なお、At1g36060遺伝子の終止コドンを含むコード領域のみを含むDNA断片をPCRにて増幅するにあたり以下のプライマーを用いた。
プライマー1(At1g36060−F)5'-ATGGCGGATCTCTTCGGTGG-3'(配列番号17)
プライマー2(At1g36060−R)5'-TCACGATAAAATTGAAGCCCAATC-3'(配列番号18)
また、At1g36060遺伝子の塩基配列及びコードするアミノ酸配列をそれぞれ配列番号6及び5に示す。
【0136】
得られた形質転換植物体の芽生えの一部を切り取り、実施例1と同様にして植物ホルモン非存在のCIM培地で生育させた結果を図6に示す。図6中AおよびBは、個別の2ラインの形質転換体の結果を示す。図6に示すように、35S::At1g36060で形質転換されたシロイヌナズナの幼植物は、植物ホルモン非存在下でも、正常な植物体
にならず脱分化(カルス化)した。なお、図6中スケールバーは3mmを示す。
【0137】
〔実施例4〕
以下の実施例4においては、本発明の植物体のカルス化が内因性のオーキシンの過剰生産に起因するものであるのか否かを、DR5::GUS植物体でRAP2.4遺伝子を過剰発現させることにより調べた。
【0138】
DR5::GUSはオーキシン応答エレメント(TGTCTC)を7個タンデムに配置したプロモーターにレポーター遺伝子としてGUS遺伝子を融合させたものである(Ulmasov, T. et al., Plant Cell, 9, 1963-1971,1997)。このプロモーターレポーターを導入したシロイヌナズナでは、GUS活性を検出することにより、内因性のオーキシンの生合成部位や外因性のオーキシンに応答している部位を特定することができる(Aloni,R. et al., Planta 216,841-853, 2003)。このため、このプロモーターレポーターを導入した植物体であるDR5::GUS植物体はオーキシンの生合成やオーキシンと形態形成の関連における研究によく用いられている。
【0139】
このDR5::GUS植物体でRAP2.4を過剰発現させる(35SRAP2.4NOS/DR5::GUS)ことにより、DR5::GUS植物体を脱分化が誘導されるように改変することができる。こうして誘導されるカルス(以下、RAP2.4カルスと略称することがある。)のカルス化が、内因性のオーキシンの過剰生産に起因するのであれば、このRAP2.4カルスで高いGUS活性が見られるはずである。
【0140】
そこで、図7の右側の流れのように、DR5::GUS植物体に、実施例1で構築したRAP2.4を過剰発現させる組換え発現ベクター(35SRAP2.4NOS)を、実施例1と同様にして、アグロバクテリウムを用いて形質転換した。得られた形質転換第一世代(T1)の種子を、上述したハイグロマイシン選択培地に播種し、形質転換体を選抜した後、上述した植物ホルモン非存在のCIM培地(ハイグロマイシン(Hm)を含む)に移植し、RAP2.4カルスを得た。実験の対照(コントロール)として図7の左側の流れのように、DR5::GUS植物体にRAP2.4を含まないベクター(ベクターコントロール;35SNOS)を形質転換し、得られる形質転換第一世代(T1)の芽生えからオーキシン(2,4−D)を含む培地(上記CIM培地)でカルスを誘導した。なお、DR5::GUS植物体は、Dr. T. Guilfoyle (Department of Biochemistry,. University of Missouri, Columbia)よりDR5::GUSを含む形質転換用ベクターを分譲してもらい、このベクターを予めシロイヌナズナに形質転換して用いた。
【0141】
得られた2種類のカルスをGUS染色した。GUS染色の方法は下表5に示す試薬を混合して調製したGUS染色用バッファを用いて以下のように行った。
【0142】
【表5】
【0143】
上記GUS染色用バッファ0.5-1.5 mLにサンプリングした試料を全体が浸るように入れた。30℃で60分脱気処理を行い、その後37℃、オーバーナイトで(18時間)インキュベートした。次に70%エタノールでバッファと置き換える処理を数回行って脱色した。その後、蒸留水で置換し、実体顕微鏡または顕微鏡で観察を行った。
【0144】
この結果、図8に示すベクターコンロールのカルス(図8中、「Vector Control/DR5::GUS callus(+auxin)」と表示。)はGUS染色後(図中B)は青く染まりGUS活性が見られた。これは、培地中に添加してある外因性のオーキシン(2,4−D)にDR5::GUSが応答したためである。
【0145】
一方、RAP2.4カルスでは、外因性のオーキシンがなくても(図8中、「RAP2.4/DR5::GUS callus(auxin free)」と表示。)、図中Cのようにカルスの形態を保っているが、GUS染色後(図中D)ではGUS活性が見られなかった。この結果は、DR5::GUS遺伝子のエピジェネティクなサイレンシンング(メチル化など)に起因していることも考えられたため、RAP2.4カルスを、オーキシン(2,4−D)を含む培地で48時間培養した後にGUS染色したところ(図8中、「RAP2.4/DR5::GUS callus(+auxin after 48 hours)」と表示。)、GUS染色後(図中F)は青く染まり、ベクターコントロールのカルス同様にGUS活性が見られた。この結果は、RAP2.4カルスが有するDR5::GUS遺伝子がオーキシンによって正常に機能していることを示している。
【0146】
これらの結果から、RAP2.4カルスでは、内因性のオーキシンの過剰生産が起こっているのではないことが示された。また図8中Cで見られるようなRAP2.4カルスの形態が、外因性のオーキシンに起因するものでないことを示している(実際に植物ホルモン非存在下の培地でカルス化していることを示している)。
【0147】
〔実施例5〕
次にRAP2.4カルスの内因性オーキシン(IAA)濃度の測定を試みた。方法はGas Chromatography-Mass Spectrometry(GC−MS)を用いたNakamuraらの方法 (Nakamura, A. et al. Plant Physiology, 133, 1843-1853, 2003) に基づいた。方法の手順を以下に示す。
【0148】
1−10mgの組織を1.5mLのマイクロチューブに採り、液体窒素中でホモジナイズした。このマイクロチューブに500μLの50mMリン酸ナトリウムバッファー(pH7, 0.02%(w/v)ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムを含む)を加えて組織を良く懸濁し、200pgの13C6IAAとを加えた。4℃で1時間振とうしながら抽出を行い、1M HCl25μLでpHを2.6に調整した。50mgのXAD7−HPを加え30分間マイルドシェーカーで懸濁および平衡化し、バッファを除去した後、XAD7−HPを500μLの1%酢酸で2回洗浄し、500μLのジクロロメタンで30分間抽出した(2回)。ジクロロメタンフラクションを合わせて、スピードバックで乾燥し、試料を誘導化してGC−MS分析に供した。
【0149】
RAP2.4カルスをサンプルに用いた際には、内部標準(13C6IAA)と重なるピークが存在し、定量が不可能であった。そこで、播種後7日目のRAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体の芽生えをサンプルとして用いた。コントロールとして、ベクターコントロール植物体の芽生えを用いた。芽生えを用いた場合、カルスで見られた内部標準と重なるピークは存在せず定量が可能であった。また、播種後7日目においては、RAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体とベクターコントロール植物体とにおいて形態の差は明瞭であり、導入した遺伝子の影響が出ている。
【0150】
図9に、内因性オーキシン(IAA)濃度(図中「IAA concentration」と表示。単位はpg/mgF.W.(F.W.:fresh weight ; 組織の生重量))の測定結果を示す。結果として、RAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体の芽生え(図中、「RAP2.4 seedling」と表示。)では内因性のオーキシン濃度が、ベクターコントロール植物体の芽生え(図中、「Vector control seedling」と表示。)と比べて同程度か、むしろ低いことが明らかとなった。
【0151】
実施例4、実施例5の実験結果より、RAP2.4遺伝子の過剰発現によるカルス化は、内因性のオーキシンの過剰生産によって引き起こされるのではないことが明らかとなった。
【0152】
〔実施例6〕
以下の実施例6においては、RAP2.4カルスの培養において、形質転換体の選択マーカーの試薬であるハイグロマイシン(Hm)を培地から除き、カルスの変化を観察した。
【0153】
実施例1<植物ホルモン非存在下でのカルス化>と同様に植物ホルモンを含まないCIM培地にハイグロマイシンを加えたもの(Hm(+))と、植物ホルモンを含まないCIM培地にハイグロマイシンを加えないもの(Hm(−))とを準備した。
【0154】
それぞれの培地に、RAP2.4カルスの一部を植え継ぎ、光照射条件下で培養した。植え継ぎ後、40日目のRAP2.4カルスの観察結果を図10に示す。なお、図10中、スケールバーは5mmを示す。図10中Aに示すようにHm(+)では脱分化した形態を維持したのに対し、Bに示すようにHm(−)ではカルスの表面に葉が分化しているのが観察された。
【0155】
また、それぞれの培地に、RAP2.4カルスの一部を植え継ぎ、光を照射しないで培養した。植え継ぎ後、40日目のRAP2.4カルスの観察結果を図10に示す。図10中Cに示すようにHm(+)では脱分化した形態を維持したのに対し、Dに示すようにHm(−)ではカルスの表面に葉および根が分化しているのが観察された。
【0156】
さらに、RAP2.4カルスは、図11中Eに示すように、Hm(−)の植物ホルモンを含まない液体のCIM培地において、カルスの表面を一部分化させたままで継代培養が可能であることが確認された。
【0157】
なお、カルスの表面を一部分化させた状態で、再び植物ホルモンを含まないCIM培地をHm(+)にしたところ、図11中Fに示すように、カルスの表面の一部分化していた組織は白化し枯死した。これは、ハイグロマイシンによる作用であることが判る。すなわち、カルス表面の一部分化してきた細胞組織は、ハイグロマイシン感受性になっており、これはRAP2.4カルスに導入されているハイグロマイシン耐性遺伝子が何らかの影響で作用しなくなっていることに起因していると考えられる。ハイグロマイシン耐性遺伝子は、RAP2.4遺伝子とともにRAP2.4カルスに導入されているために、この実験系においてハイグロマイシン耐性遺伝子と同様に、RAP2.4遺伝子の発現も何らかの理由で抑制されていることが考えられる。言い換えると、何らかの影響でRAP2.4遺伝子の発現が抑制された細胞が分化してきたことが予想される。
【0158】
〔実施例7〕
以下の実施例7においては、実施例6で得られた、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスを用いて、本発明にかかる植物体が有用物質を安定して生産する(二次代謝を安定に発現させる)ことを検証した。なお、二次代謝産物としては、シロイヌナズナで計測可能なモデル二次代謝産物とてアントシアニンを選び、シロイヌナズナの植物体、培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスにおける二次代謝産物生産能の比較を行った。
【0159】
シロイヌナズナの植物体としては、野生株(Col−0)を植物ホルモンを含まないCIM培地に播種し、芽生えから14日間培養した植物体全体(根を含む)を用いた。シロイヌナズナの培養細胞としては、新規に誘導したLI株(葉由来)およびRI株(根由来)および理化学研究所バイオリソースセンターから分譲されたT87培養細胞を用いた。この3種類の培養細胞を、植物ホルモンを含むCIM培地で予め14日間培養したものを実験に用いた。RAP2.4カルスは、Hm(−)の植物ホルモンを含まないCIM培地で予め14日間培養したものを実験に用いた。
【0160】
シロイヌナズナは、高濃度のスクロース培地で光照射を行うことによりアントシアニン誘導することが知られている。そこでアントシアニン誘導培地として6%のスクロースを含む液体のCIM培地(植物ホルモンを含まない)を用いた。
【0161】
アントシアニン誘導培地における誘導前後の各細胞を凍結乾燥し、単位乾燥重量あたりのアントシアニン含有量を530nmでの吸光度で比較した。アントシアニンの抽出は以下の手順で行った。5%(v/v)酢酸を含む45%(v/v)メタノール溶液中で細胞をホモジナイザーで破砕後、12000rpmで10min遠心した。上清をさらに12000rpmで5min遠心しその上清をアントシアニン抽出液とした。アントシアニン含有量はLaby らの方法(Laby RJ et al. The Arabidopsis sugar-insensitive mutants sis4 and sis5 are defective in abscisic acid synthesis and response. Plant Jounal 23:587-596(2000))を参考に以下の式によって算出した。
アントシアニン含有量(Abs530 / g D.C.W)
= [Abs530−(0.25×Abs657)]×extraction volume(mL) / dry cell weight
なお、上記式中、「D.C.W」は「dry cell weight 」すなわち細胞乾燥重量を表す。
【0162】
図12に結果を示す。アントシアニン誘導培地による培養前後の比較において植物体、3つの培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスのアントシアニン合成能に明瞭な差が現れた。植物体と培養細胞を比べると、アントシアニンの誘導前には植物体と培養細胞にアントシアニン蓄積に関してほとんど差はなかった。しかし、誘導後には植物体では誘導前の約8倍にアントシアニン含有量が増加しているのに対し、3つの培養細胞では誘導前と変化はなかった。一方、今回用いた培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスでは、他の細胞(植物体および3つの培養細胞)に比べ誘導前からアントシアニンの蓄積が見られた上に、誘導後にはさらにアントシアニンが蓄積された。このことから、今回用いた培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスは3つの培養細胞にはみられないアントシアニン合成能を有していることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0163】
このように、本発明では、脱分化に関与する転写因子を過剰に発現させることによって、脱分化が誘導されるように改変された植物体を得ることができる。このように改変された植物体および誘導されたカルスは、有用物質の生産、新品種の開発、植物体への遺伝子導入後の形質転換体の再生、人工種子等に広く利用が可能である。それゆえ、本発明は、植物由来の化合物を原料とする製薬業、品種改良を必要とする園芸業、林業、各種農業およびアグリビジネス、さらには農産物を加工する産業や食品産業等に利用可能であり、しかも非常に有用であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0164】
【図1】実施例において用いる組換え発現ベクターを構築するための構築用ベクターの構築方法を示す工程図である。
【図2】形質転換用ベクターpBIGCKHの構築方法を示す工程図である。
【図3】実施例において用いる構築用ベクターp35SGに、RAP2.4遺伝子を組み込む工程図である。
【図4】カリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターでAt1g22190遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換植物体を植物ホルモン非存在下で生育させた結果を示す図である。
【図5】カリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターでAt1g36060遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換植物体を植物ホルモン非存在下で生育させた結果を示す図である。
【図6】カリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターでRAP2.4遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換植物体を植物ホルモン非存在下で生育させた結果を示す図である。
【図7】実施例4において、DR5::GUS植物体でRAP2.4遺伝子を過剰発現させることにより本発明の植物体のカルス化が内因性のオーキシンの過剰生産に起因するものであるか否かを調べた手順を示す図である。
【図8】実施例4において、DR5::GUS植物体でRAP2.4遺伝子を過剰発現させることにより本発明の植物体のカルス化が内因性のオーキシンの過剰生産に起因するものであるか否かを調べた結果を示す図である。
【図9】実施例5において、RAP2.4カルスの内因性オーキシン(IAA)濃度を測定した結果を示す図である。
【図10】形質転換体の選択マーカーの試薬であるハイグロマイシンを加えた培地(Hm(+))と、ハイグロマイシンを加えない培地(Hm(−))とでRAP2.4カルスを培養した結果を示す図である。
【図11】カルスの表面を一部分化させたままでRAP2.4カルスを継代培養した結果を示す図である。
【図12】アントシアニンをモデル二次代謝産物として、シロイヌナズナの植物体、培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスにおける二次代謝産物生産能の比較を行った結果を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法及びこれを用いて得られる植物体、並びにその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
植物は分化全能性を持ち、高度に分化した体細胞からカルスを形成(脱分化)させることができ、また、カルスを一定条件下で培養すれば、不定胚や不定芽および不定根の分化を経て、植物個体を再生させることができる。カルス培養は、1)無限増殖能を有し、2)カルスの細胞塊から様々な組織や個体へ分化させることができる、3)植物体では得にくい増殖細胞を均一かつ多量に得られる、4)細胞の質や量に季節変動がなく実験材料として適している、5)培地に加えた物質の植物に対する影響を直接に見ることができる、6)植物によってはカルス化を経ることにより遺伝子の変異が誘発されやすく育種などに利用できる等の点で優れている。そのため、カルス培養は、有用物質の生産、新品種の開発、植物体への遺伝子導入および形質転換体の再生、人工種子の生産等に広く利用されている。
【0003】
一般的に植物の分化・脱分化は、オーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモンの組成と培地への添加量によって制御することができる。一般的に、培地に与えたオーキシンの比率が高いと不定根の形成(分化)、サイトカイニンの比率が高いと不定芽の形成(分化)、両者の適当な存在比ではカルス(脱分化)が維持されることが知られている。
【0004】
また、脱分化(カルス化)の誘導は、植物ホルモンによるほか、ウイルスや細菌の感染、傷害(UV、X線、物理的傷害などを含む)によっても低頻度であるが起こることが知られている。
【0005】
細菌感染によるものとしては、例えば、Agrobacterium tumefaciensの感染によるクラウンゴールの生成が知られている。これは、Tiプラスミド中のT−DNA領域に含まれるオーキシン合成遺伝子およびサイトカイニン合成遺伝子の発現によって感染した植物の細胞中で両植物ホルモンが生産され植物組織に腫瘍細胞(カルス)が生じるためである。生じたカルスは外部からの植物ホルモンの添加なし(植物ホルモンフリー)で培養可能である。
【0006】
また、脱分化はウィルスによっても起こることが知られている。2本鎖RNAを有する腫瘍ウィルス(Aureogenus magnivena)をクローバー類(Trifolium)やヒメスイバ(Rumex acetosella)の傷を付けた部分に接種すると葉の奇形や根の腫瘍を生じる。このウイルス腫瘍は動物のRNA腫瘍ウィルスとは異なり宿主に形質転換を起こさない。
【0007】
また、親植物には見られないが特定の組み合わせの種間雑種だけにみられる遺伝的腫瘍が知られている。この遺伝的腫瘍は、Brassica(アブラナ)属、Datura(チョウセンアサガオ)属、Lilium(ユリ)属、Nicotiana(タバコ)属などで生じることが報告されている。生じる腫瘍細胞はオーキシンに対して自律的に増殖する。Nicotiana(タバコ)属の研究から、ゲノム間の不和合と特定の染色体の機能とが結びついて腫瘍の形成を引き起すことが示されている。遺伝的腫瘍の形成は、外的ストレス(傷害、X線、機械的刺激、化学物質など)とともに、内的ストレス(側根の形成、頂芽優勢の減少、葉の喪失、密植など)によっても誘発される。
【0008】
さらに、遺伝子組み換え技術により植物細胞の脱分化が誘導および促進された例がいくつか報告されている。これらは主に植物ホルモン応答機構に関与する遺伝子の解析から偶発的に脱分化が誘導および促進された例であり、いずれも植物ホルモンへの応答経路が増幅されたことが原因となっていると考えられる。しかし、これらの報告では、生じた脱分化した細胞が継代可能であるかについては言及されていない。
【0009】
シロイヌナズナcDNAのファンクショナルスクリーニングにより、ESR1(Enhancer of Shoot Regeneration)遺伝子が単離されている(例えば、非特許文献1等参照)。ESR1遺伝子は、アグロバクテリウムを用いて根片にcDNAライブラリを形質転換し、選択マーカーとなる抗生物質を含むサイトカイニンフリーの茎葉誘導培地(オーキシンは含まれる)でシュートまたは緑色カルスを形成するものから単離された。この遺伝子を根の外植片で発現させると、サイトカイニン非依存的にシュートを分化する。また、低いサイトカイニン濃度でもシュートの形成が促進される。ESR1遺伝子を過剰発現させた植物体(35S:ESR1植物体)をMS培地(植物ホルモンフリー)で培養すると、正常な発達が見られず、濃緑色のカルスが茎頂分裂組織周辺で形成される。
【0010】
また、サイトカイニンに対する初発応答遺伝子の転写活性化を担う転写因子であるARR1(Arabidopsis Response Regulator1)タンパク質についての報告がある(例えば、非特許文献2等参照。)。このARR1タンパク質はシロイヌナズナのタイプBレスポンスレギュレーターに属する。胚軸断片を用いた緑色カルスの誘導実験では、機能欠損型の突然変異体で、サイトカイニンに対する感受性の低下が起こり、逆に過剰発現体では感受性の増加が見られることが報告されている。ARR1タンパク質のリン酸レシーバードメインを欠損させたタンパク質を過剰発現させた植物体は、子葉からの異所的なシュート形成や茎頂のカルス化などの著しい形態変化が見られる。
【0011】
さらに、細胞周期におけるG1期からS期への移行を制御する転写因子であるE2Faタンパク質について報告されている(例えば、非特許文献3等参照。)。E2Faタンパク質は、E2Fa−DPa複合体となることで、DNAへのより親和性の高い、配列特異的な結合が可能となる。シロイヌナズナのE2FaとDPaをタバコで過剰発現させると、細胞分裂が促進し、核内倍加が起こる。またカルス誘導培地で葉片から誘導したカルスは、植物ホルモン無添加の培地でもしばらくは増殖を続けることが報告されている。またシュートを分化させるための植物ホルモン組成培地でも、シュートへの分化は見られず、胚性カルス(embryonic callus)の状態が維持される。
【0012】
また、RAP2.4タンパク質は、RAP2タンパク質ファミリーに属するタンパク質であることが知られている(例えば、非特許文献4等参照。)。このRAP2.4タンパク質は、他のRAP2ファミリータンパク質と同様、野生型(Ler)の花、葉、茎及び根で発現が見られていることが報告されている。また、本発明者らの基礎的な実験から、植物体に比べて複数のカルス株で発現が上昇している転写活性化因子の遺伝子であることが明らかになっている。しかし、このタンパク質の機能についてはほとんどわかっていない。
【非特許文献1】Banno H,Ikeda Y, Niu QW, Chua, NH(2001) Overexpression of Arabidopsis ESR1 induces initiation of shoot regeneration. Plant Cell.13:2609-2618
【非特許文献2】Sakai H, Honma T, Aoyama T, Sato S, Kato T, Tabata S, Oka A(2001) ARR1, a transcription factor for genes immediately responsive to Cytokinins. Science. 294: 1519-1521
【非特許文献3】Kosugi S, Ohashi Y(2003) Constitutive E2F expression in tobacco plants exhibits altered cell cycle control and morphological change in a cell type-specific manner. Plant Physiol. 132: 2012-2022
【非特許文献4】Okamuro JK, Caster B, Villarroel R, Van Montagu M, Jofuku KD(2001) The AP2 domain of APETALA2 defines a large new family of DNA binding proteins in Arabidopsis. Proc Natl Acad Sci U S A. 94: 7076-7081
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述したように、従来から種々の脱分化(カルス化)の方法が知られているが、従来の方法でカルスを誘導できない植物も多く、かかる脱分化しにくい植物についても、カルスを誘導できるように、従来法とは異なるカルス誘導方法の開発が望まれている。また、無限増殖能を有するカルスを用いて有用物質生産を行う研究がこれまで数多くなされているが、カルスの有用物質生産能の不安定さにより工業化した例はほんの数例しかなく、従来法とは異なる安定した有用物質生産能を有するカルスを用いた有用物質生産法の開発が望まれている。
【0014】
本発明の目的は、脱分化しにくい植物でもカルスを誘導できるような、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産する方法を提供することにある。また、そのように脱分化が誘導されるように改変された植物体を用いて、安定した有用物質生産法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、植物体に比べ複数のカルス株で発現が促進していた転写因子であって、その機能が明らかにされていない転写因子をコードする遺伝子を植物体内で機能するプロモーターにつないで植物体に導入し発現させたところ、得られた植物体は、植物ホルモン非存在下でも、茎、葉、根などの器官の正常な分化が抑制されカルス状になることを見出した。なお、本明細書において、「植物ホルモン非存在下」とは、特に規定する場合を除き、「植物ホルモン無添加」と同じ意味である。また、得られたカルス細胞は植物ホルモン無添加の培地でも増殖し、脱分化状態を維持したまま継代培養が可能であることを見出した。そして、これらの知見から、かかる転写因子は脱分化に関与する転写因子であることを初めて見出し、これらの転写因子をコードする遺伝子を用いることにより、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0016】
すなわち、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法は、以下の(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子が発現するように、該遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入する形質転換工程を含んでいることを特徴としている。
(a)脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子、
(b)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、
(c)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子、
(d)配列番号2、4または6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子、
(e)配列番号2、4または6に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有し、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子。
【0017】
また、本発明にかかる植物体の生産方法は、さらに、上記組換え発現ベクターを構築する発現ベクター構築工程を含んでいてもよい。
【0018】
また、本発明にかかる植物体は、上記生産方法により生産され、脱分化が誘導されるように改変されていることを特徴としている。
【0019】
本発明にかかる植物体においては、植物体内の内因性のオーキシンの濃度が、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、有意に増加していないことが好ましい。
【0020】
上記植物体には、成育した植物個体、植物組織、植物細胞、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれることが好ましい。
【0021】
また、上記植物体は、カルスであって、当該カルス培養条件をコントロールすることにより表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖させることができるカルスであってもよい。さらに、上記植物体は、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を、当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスであってもよい。
【0022】
また、本発明にかかる植物体の脱分化誘導キットは、上記の生産方法を行うためのキットであって、上記(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子と、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを少なくとも含むことを特徴としている。
【0023】
また、上記植物体の脱分化誘導キットは、さらに、上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含んでいてもよい。
【0024】
また、本発明にかかる有用物質の生産方法は、本発明にかかる植物体を、植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させることを特徴としている。
【0025】
また、本発明にかかる有用物質の生産方法は、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するカルス、または、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスを、上記選択マーカーの試薬である抗生物質および植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させる方法であってもよい。
【発明の効果】
【0026】
すなわち、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法は、以上のように上記(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子が発現するように、該遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入する形質転換工程を含んでいることを特徴としている。これにより、得られる植物体は、植物ホルモン非存在下でも、茎、葉、根などの器官の正常な分化が抑制されカルス状になる。また、得られたカルス細胞は植物ホルモン無添加の培地でも増殖し、脱分化状態を維持したまま継代培養が可能である。また、特に、かかる方法により得られる植物体は、脱分化が誘導されるように改変されているという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明にかかる植物体の生産方法、植物体及びその利用について説明すると以下の通りである。
【0028】
上述したように、本発明者らは、植物体に比べ複数のカルス株で発現が促進されていた転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを、該遺伝子が植物体内で発現するように植物体に導入することにより、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができることを見出した。また、この知見より、上記転写因子は、脱分化に関与し、脱分化を誘導する転写因子であることを初めて見出した。したがって、この脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを植物体に導入することによって、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができる。
【0029】
すなわち、本発明にかかる植物体の生産方法は、この脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを植物細胞に導入するものであればよい。これにより、この脱分化に関与する転写因子が植物体内で過剰に生産される。
【0030】
かかる転写因子を植物体で過剰に生産させることによって得られる植物体では、上記転写因子の標的遺伝子の転写が促進されると考えられ、脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができる。その結果、得られる植物体を脱分化が誘導されるように改変させることができる。
【0031】
本発明の生産方法で生産される脱分化が誘導されるように改変された植物体とは、分化が抑制されるように改変された植物体であるということもできる。また、改変されたとは形質転換前と比較して改変されたことをいう。
【0032】
ここで、植物体が分化するとは、1つの単純な系又は細胞集団が2つ以上の互いに異質な系又は細胞集団に分かれることをいう。例えば、植物体の表皮細胞やカルスからの不定胚の分化が知られており、この不定胚から子葉、頂芽、幼根等が再生する。また、脱分化とは、分化した組織や器官の細胞が再びより未分化性の高い状態に戻ることをいい、分化とは逆のプロセスである。言い換えれば、器官、組織などの機能分化・形態分化している細胞が、分裂を開始して、カルス化する現象をいう。
【0033】
また、脱分化が誘導されるように改変された植物体(すなわち分化が抑制されるように改変された植物体)とは、言い換えれば、脱分化しやすくなる(分化しにくくなる)ように改変された植物体をいう。かかる植物体は、例えばオーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモン非存在下で、通常は脱分化しない条件下でも、脱分化するか、分化のレベルが低くなるように改変された植物体であるということもできる。かかる植物体は、また、オーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモンに対する感受性が高くなるように改変された植物体であるともいえる。なお、ここで植物ホルモンとは、植物の脱分化を制御するために用いられうるものであれば、オーキシンやサイトカイニンに限定されるものではなく、ジベレリン、エチレン、アブシジン酸、ジャスモン酸、ブラシノステロイド等も含まれる。
【0034】
通常、カルスの誘導および維持(継代培養)には培地に上記植物ホルモンのうち特にオーキシンを添加する必要がある。しかしながら、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、誘導および維持において外因性の植物ホルモンを必要としない。すなわち、本発明の植物体では植物ホルモン非存在下でカルスの誘導と維持が可能である。
【0035】
なお、ここで、外因性の植物ホルモンとは培地に添加する植物ホルモンのことをいう。一方、植物体内部で作られる植物ホルモンを内因性の植物ホルモンという。
【0036】
従来から誘導および維持に外因性の植物ホルモンを必要としないカルスとしては、クラウンゴールが知られている。また馴化したカルスにおいても維持に外因性の植物ホルモンを必要としなくなる。この原因として、内因性の植物ホルモンであるオーキシンの濃度が高くなっていることがこれまでに報告されている。
【0037】
そこで、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体でも内因性のオーキシンの濃度が高くなっていることが予想された。このため、本発明者らは、オーキシン応答エレメントを配置したプロモーターにレポーター遺伝子としてβ―グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子を結合させたキメラ遺伝子を導入した植物体を、本発明にかかる植物体の生産方法を用いて、脱分化が誘導されるように改変し、内因性の植物ホルモンが過剰に生産されているか否かを調べた。その結果、驚くべきことに、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、オーキシンが過剰に生産されていないことが見出された。また、GC−MSを用いた、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の内因性のオーキシン(インドール酢酸)濃度の測定によっても、ベクターコントロール植物体と比べて内因性のオーキシン濃度が同程度か、むしろ低いことが見出された。
【0038】
本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、このように、植物体内の内因性のオーキシンの濃度が、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、有意に増加していないことが好ましい。なお、ここで、「有意に増加していない」とは、オーキシンの作用による遺伝子の変異や染色体の欠損などにより植物体の形態や代謝に影響を与える程度にまで増加していないことをいう。かかる増加量としては、脱分化が誘導されるように改変される前のオーキシンの濃度に対して、50%以下であることが好ましく、30%以下であることがより好ましく、20%以下であることがさらに好ましく、10%以下であることが特に好ましい。また、言い換えれば、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体では、植物体内で内因性のオーキシンが過剰生産されていないことが好ましい。また、植物体内の内因性のオーキシンの濃度は、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、同じであるか、または、減少していることがより好ましい。
【0039】
有用物質生産へのカルス培養の応用において、植物培養細胞であるカルスが有用物質生産能を失ってしまう大きな原因の一つとして、外因性のオーキシンの作用による遺伝子の変異や染色体の欠損などが関与していることがよく知られている。本発明にかかる植物体の生産方法により脱分化が誘導されるように改変された植物体で誘導されたカルスでは、かかる作用を有する外因性のオーキシンを添加する必要がないため、遺伝子の変異や染色体の欠損などが起こりにくいと考えられる。加えて、内因性のオーキシンが過剰に増加していないため、過剰な内因性のオーキシンによる同様の遺伝子の不活性化が起きにくいと考えられる。それゆえ、本発明にかかる植物体は、有用物質生産に好適に用いることができると考えられる。
【0040】
以降の説明では本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法、これらの生産方法により得られる植物体とその有用性、並びにその利用についてそれぞれ説明する。
【0041】
(I)脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法
上述したように、本発明にかかる植物体の生産方法は、脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子を含むベクターを植物細胞に導入する。以下、(I−1)脱分化に関与する転写因子、(I−2)本発明にかかる植物体の生産方法の一例の順に説明する。
【0042】
(I−1)脱分化に関与する転写因子
本発明で用いられる転写因子は、脱分化に関与する転写因子であれば特に限定されるものではない。かかる転写因子は、植物界で広く保存されている。したがって、本発明で用いられる転写因子には、種々の植物に保存されている同様の機能を有する転写因子が含まれる。
【0043】
本発明で用いられる転写因子の代表的な一例としては、例えば、シロイヌナズナのRAP2.4タンパク質(MIPS(Munich Information Center for Protein Sequence) No:At1g78080)及びこれらのホモログである、At1g22190タンパク質、At1g36060タンパク質等を挙げることができる。RAP2.4タンパク質は、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質である。At1g22190タンパク質は、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質である。At1g36060タンパク質は、配列番号5に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質である。
【0044】
また、本発明で用いられる転写因子としては、配列番号1、3または5にそれぞれ示されるアミノ酸配列を有するRAP2.4タンパク質、At1g22190タンパク質、またはAt1g36060タンパク質に限定されるものではなく、配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の変異体であって、且つ、脱分化に関与するタンパク質であってもよい。かかる変異体としては、欠失、挿入、逆転、反復、及び置換を含む変異体を挙げることができる。特に、タンパク質における「中性」アミノ酸置換は、一般的にそのタンパク質の活性にほとんど影響しない。
【0045】
タンパク質のアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このタンパク質の構造又は機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけではく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造又は機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0046】
当業者は、周知技術を使用してタンパク質のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。例えば、公知の点変異導入法に従えば、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの任意の塩基を変異させることができる。また、タンパク質をコードするポリヌクレオチドの任意の部位に対応するプライマーを設計して欠失変異体又は付加変異体を作製することができる。
【0047】
上記変異体は特に限定されるものではないが、タンパク質の活性を変化させない変異であることが好ましい。具体的には、サイレント変異や保存性置換等が挙げられる。
【0048】
代表的に保存性置換と見られるのは、脂肪族アミノ酸Ala、Val、Leu、及びIleの中での1つのアミノ酸の別のアミノ酸への置換;ヒドロキシル残基Ser及びThrの交換、酸性残基Asp及びGluの交換、アミド残基Asn及びGlnの間の置換、塩基性残基Lys及びArgの交換、ならびに芳香族残基Phe、Tyrの間の置換である。また、サイレント置換は、アミノ酸が置換、添加又は欠失してもタンパク質活性に影響の無い変異である。
【0049】
上記に詳細に示されるように、どのアミノ酸の変化が表現型的にサイレントでありそうか(すなわち、機能に対して有意に有害な効果を有しそうにないか)に関するさらなるガイダンスは、Bowie,J.U.ら「Deciphering the Message in Protein Sequences: Tolerance to Amino Acid Substitutions」,Science 247:1306-1310 (1990)(本明細書中に参考として援用される)に見出され得る。
【0050】
また、上記転写因子は、脱分化に関与するタンパク質であって、配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列であってもよい。
【0051】
なお、上記の「配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」における「1個又は数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0052】
また、上記転写因子には、配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列との相同性が70%以上、好ましくは90%以上であるアミノ酸配列を有し、脱分化に関与するタンパク質も含まれる。このようなタンパク質におけるアミノ酸配列の相同性は、70%以上であればよいが、90%以上が好ましく、95%以上がより好ましく、98%以上がさらに好ましく、99%以上が特に好ましい。
【0053】
なお、本明細書における上記「相同性」とは、BLAST(Basic local alignment search tool;Altschul, S. F. et al,J. Mol. Biol., 215, 403-410, 1990)検索により得られた値を意味するものであり、アミノ酸配列の相同性は、BLAST検索アルゴリズムにより決定することができる。具体的には、BLASTパッケージ(sgi32bit版、ver. 2.0.12;NCBIより入手)のbl2seqプログラム(Tatiana A. Tatusova及びThomas L. Madden, FEMS Microbiol. Lett., 174, 247-250, 1999)を用い、デフォルトパラメーターにしたがって算出することができる。ペアワイズ・アラインメント・パラメーターとして、プログラム名「blastp」を用い、Gap挿入Cost値を「0」とし、Gap伸長Cost値を「0」とし、Query配列のフィルターとして「SEG」を、Matrixとして「BLOSUM62」をそれぞれ用いる。
【0054】
また、本発明で用いられる、脱分化に関与する転写因子のアミノ酸配列は、種の異なる数多くの植物間において、保存性が高いものと考えられる。そのため、脱分化を誘導させたい個々の植物体において、脱分化に関与する転写因子やその遺伝子を必ずしも単離する必要はない。すなわち、後述する実施例で示す、シロイヌナズナ由来の上記転写因子を、他の植物で発現させることで、さまざまな種の植物において簡便に脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産できることが予想される。
【0055】
本発明で用いられる転写因子を生産する際には、後述するように、公知の遺伝子組換え技術を好適に用いることができる。そこで、本発明にかかる植物体の生産方法には、上記転写因子をコードする遺伝子も好適に用いることができる。
【0056】
上記転写因子をコードする遺伝子としては特に限定されるものではないが、具体的な一例としては、例えば、転写因子としてRAP2.4タンパク質を用いる場合には、このRAP2.4タンパク質をコードする遺伝子(説明の便宜上、RAP2.4遺伝子と称する)を、転写因子としてAt1g22190タンパク質を用いる場合には、このAt1g22190タンパク質をコードする遺伝子(説明の便宜上、At1g22190遺伝子と称する)を、転写因子としてAt1g36060タンパク質を用いる場合には、このAt1g36060タンパク質をコードする遺伝子(説明の便宜上、At1g36060遺伝子と称する)を挙げることができる。RAP2.4タンパク質、At1g22190タンパク質、またはAt1g36060タンパク質の具体的な一例としてはそれぞれ、例えば、配列番号2、4または6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として含むポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0057】
もちろん、本発明で用いられる転写因子をコードする遺伝子としては、上記の例に限定されるものではなく、配列番号2、4または6に示される塩基配列と相同性を有する遺伝子であってもよい。具体的には、例えば、配列番号2、4または6に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、上記転写因子をコードする遺伝子等を挙げることができる。なお、ここでストリンジェントな条件でハイブリダイズするとは、60℃で2×SSC洗浄条件下で結合することを意味する。
【0058】
上記ハイブリダイゼーションは、J. Sambrook et al. Molecular Cloning, A Laboratory Manual,2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズしにくくなる)。
【0059】
また、本発明で用いられる転写因子をコードする遺伝子としては、上記転写因子をコードする遺伝子の変異体であってもよい。変異体は、天然の対立遺伝子変異体のように、天然に生じ得る。「対立遺伝子変異体」によって、生物の染色体上の所定の遺伝子座を占める遺伝子のいくつかの交換可能な形態の1つが意図される。天然に存在しない変異体は、例えば当該分野で周知の変異誘発技術を用いて生成され得る。かかる変異体は特に限定されるものではないが、コードするタンパク質の活性を変化させない変異であることが好ましい。
【0060】
このような変異体としては、上記転写因子をコードするポリヌクレオチドの塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、又は付加した変異体が挙げられる。変異体は、コードもしくは非コード領域、又はその両方において変異され得る。コード領域における変異は、保存的もしくは非保存的なアミノ酸欠失、置換、又は付加を生成し得る。
【0061】
上記転写因子をコードする遺伝子を取得する方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法により、多くの植物から単離することができる。例えば、既知の転写因子をコードする遺伝子の塩基配列に基づき作製したプライマー対を用いることができる。このプライマー対を用いて、植物のcDNA又はゲノミックDNAを鋳型としてPCRを行うこと等により上記遺伝子を得ることができる。また、上記転写因子をコードする遺伝子は、従来公知の方法により化学合成して得ることもできる。
【0062】
本発明では、上記転写因子をコードする遺伝子を用いれば、上記転写因子を植物体で過剰に生産することができる。具体的には、上記転写因子をコードする遺伝子を、当該遺伝子が発現するように植物体に導入する。これにより、上記転写因子を過剰に生産することができる。なお、過剰に生産するとは、上記転写因子をコードする外因性の遺伝子を導入し発現させることによって、外因性の遺伝子を導入しない場合と比較して、上記転写因子の発現量が多くなっていればよい。
【0063】
(I−2)本発明にかかる植物体の生産方法の一例
本発明にかかる植物体の生産方法は、上記(I−1)で説明した転写因子を植物体で過剰に生産させる過程を含んでいれば特に限定されるものではないが、本発明にかかる植物体の生産方法を具体的な工程で示せば、例えば、発現ベクター構築工程、形質転換工程、選抜工程等の工程を含む生産方法として挙げることができる。このうち、本発明では、少なくとも形質転換工程が含まれていればよい。以下、各工程について具体的に説明する。
【0064】
(I−2−1)発現ベクター構築工程
本発明において行われる発現ベクター構築工程は、上記(I−1)で説明した転写因子をコードする遺伝子と、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを構築する工程であれば特に限定されるものではない。
【0065】
上記組換え発現ベクターの母体となるベクターとしては、従来公知の種々のベクターを用いることができる。例えば、プラスミド、ファージ、又はコスミド等を用いることができ、導入される植物細胞や導入方法に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、pBR322、pBR325、pUC19、pUC119、pBluescript、pBluescriptSK、pBI系のベクター等を挙げることができる。特に、植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウムを用いる方法である場合には、pBI系のバイナリーベクターを用いることが好ましい。pBI系のバイナリーベクターとしては、具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等を挙げることができる。
【0066】
上記プロモーターは、植物体内で遺伝子を発現させることが可能なプロモーターであれば特に限定されるものではなく、公知のプロモーターを好適に用いることができる。かかるプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、アクチンプロモーター、ノパリン合成酵素のプロモーター、タバコのPR1a遺伝子プロモーター、トマトのリブロース1,5−二リン酸カルボキシラーゼ・オキシダーゼ小サブユニットプロモーター等を挙げることができる。この中でも、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター又はアクチンプロモーターをより好ましく用いることができる。上記各プロモーターを用いれば、得られる組換え発現ベクターでは、植物細胞内に導入されたときに任意の遺伝子を強く発現させることが可能となる。
【0067】
上記プロモーターは、転写因子をコードする遺伝子を発現しうるように連結され、ベクター内に導入されていればよく、組換え発現ベクターとしての具体的な構造は特に限定されるものではない。
【0068】
上記組換え発現ベクターは、上記プロモーター及び上記転写因子をコードする遺伝子に加えて、さらに他のDNAセグメントを含んでいてもよい。当該他のDNAセグメントは特に限定されるものではないが、ターミネーター、選択マーカー、エンハンサー、翻訳効率を高めるための塩基配列等を挙げることができる。また、上記組換え発現ベクターは、さらにT−DNA領域を有していてもよい。T−DNA領域は特にアグロバクテリウムを用いて上記組換え発現ベクターを植物体に導入する場合に遺伝子導入の効率を高めることができる。
【0069】
ターミネーターは転写終結部位としての機能を有していれば特に限定されるものではなく、公知のものであってもよい。例えば、具体的には、ノパリン合成酵素遺伝子の転写終結領域(Nosターミネーター)、カリフラワーモザイクウイルス35Sの転写終結領域(CaMV35Sターミネーター)等を好ましく用いることができる。この中でもNosターミネーターをより好ましく用いることができる。
【0070】
上記形質転換ベクターにおいては、ターミネーターを適当な位置に配置することにより、植物細胞に導入された後に、不必要に長い転写物を合成したり、強力なプロモーターがプラスミドのコピー数を減少させたりするような現象の発生を防止することができる。
【0071】
上記選択マーカーとしては、例えば薬剤耐性遺伝子を用いることができる。かかる薬剤耐性遺伝子の具体的な一例としては、例えば、ハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等に対する薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。これにより、上記抗生物質を含む培地中で生育する植物体を選択することによって、形質転換された植物体を容易に選別することができる。
【0072】
上記翻訳効率を高めるための塩基配列としては、例えばタバコモザイクウイルス由来のomega配列を挙げることができる。このomega配列をプロモーターの非翻訳領域(5’UTR)に配置させることによって、上記転写因子をコードする遺伝子の翻訳効率を高めることができる。このように、上記形質転換ベクターには、その目的に応じて、さまざまなDNAセグメントを含ませることができる。
【0073】
上記組換え発現ベクターの構築方法についても特に限定されるものではなく、適宜選択された母体となるベクターに、上記プロモーター及び転写因子をコードする遺伝子、並びに必要に応じて上記他のDNAセグメントを所定の順序となるように導入すればよい。例えば、転写因子をコードする遺伝子とプロモーターと(必要に応じてターミネーター等)とを連結して発現カセットを構築し、これをベクターに導入すればよい。
【0074】
発現カセットの構築では、例えば、各DNAセグメントの切断部位を互いに相補的な突出末端としておき、ライゲーション酵素で反応させることで、当該DNAセグメントの順序を規定することが可能となる。なお、発現カセットにターミネーターが含まれる場合には、上流から、プロモーター、上記転写因子をコードする遺伝子、ターミネーターの順となっていればよい。また、組換え発現ベクターを構築するための試薬類、すなわち制限酵素やライゲーション酵素等の種類についても特に限定されるものではなく、市販のものを適宜選択して用いればよい。
【0075】
また、上記組換え発現ベクターの増殖方法(生産方法)も特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。一般的には大腸菌をホストとして当該大腸菌内で増殖させればよい。このとき、ベクターの種類に応じて、好ましい大腸菌の種類を選択してもよい。
【0076】
(I−2−2)形質転換工程
本発明において行われる形質転換工程は、上記(I−2−1)で説明した組換え発現ベクターを植物細胞に導入して、上記(I−1)で説明した転写因子を生産させるようになっていればよい。
【0077】
上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入する方法(形質転換方法)は特に限定されるものではなく、植物細胞に応じた適切な従来公知の方法を用いることができる。具体的には、例えば、アグロバクテリウムを用いる方法や直接植物細胞に導入する方法を用いることができる。アグロバクテリウムを用いる方法としては、例えば、Transformation of Arabidopsis thaliana by vacuum infiltration(http://www.bch.msu.edu/pamgreen/protocol.htm)を用いることができる。
【0078】
組換え発現ベクターを直接植物細胞に導入する方法としては、例えば、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)、ポリエチレングリコール法、パーティクルガン法、プロトプラスト融合法、リン酸カルシウム法等を用いることができる。
【0079】
上記組換え発現ベクターが導入される植物細胞としては、例えば、花、葉、根等の植物器官における各組織の細胞、カルス、懸濁培養細胞等を挙げることができる。
【0080】
ここで、本発明にかかる植物体の生産方法においては、上記組換え発現ベクターは、生産しようとする種類の植物体に合わせて適切なものを適宜構築してもよいが、汎用的な組換え発現ベクターを予め構築しておき、それを植物細胞に導入してもよい。すなわち、本発明にかかる植物体の生産方法においては、上記(I−2−1)で説明した組換え発現ベクター構築工程が含まれていてもよいし、含まれていなくてもよい。
【0081】
(I−2−3)その他の工程、その他の方法
本発明にかかる植物体の生産方法においては、上記形質転換工程が含まれていればよく、さらに上記組換え発現ベクター構築工程が含まれていてもよいが、さらに他の工程が含まれていてもよい。具体的には、形質転換後の植物体から適切な形質転換体を選抜する選抜工程等を挙げることができる。
【0082】
選抜の方法は特に限定されるものではなく、例えば、ハイグロマイシン耐性等の薬剤耐性を基準として選抜してもよいし、形質転換体を育成した後に、オーキシンやサイトカイニン等の植物ホルモン非存在下で通常脱分化が起こらないような条件下で、脱分化が起こる植物体から選抜してもよい。
【0083】
本発明にかかる植物体の生産方法では、上記転写因子をコードする遺伝子を植物体に導入することにより、該植物体から、有性生殖又は無性生殖により単に、脱分化が誘導されるように改変された子孫を得ることが可能となる。また、該植物体やその子孫から植物細胞や、種子、果実、株、カルス、塊茎、切穂、塊等の繁殖材料を得て、これらを基に該植物体を量産することも可能となる。したがって、本発明にかかる植物体の生産方法では、選抜後の植物体を繁殖させる繁殖工程(量産工程)が含まれていてもよい。
【0084】
なお、本発明における植物体とは、成育した植物個体、植物組織、植物細胞、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれる。つまり、本発明では、最終的に植物個体まで成育させることができる状態のものであれば、全て植物体と見なす。また、上記植物細胞には、種々の形態の植物細胞が含まれる。かかる植物細胞としては、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片等が含まれる。これらの植物細胞を増殖・分化させることにより植物体を得ることができる。なお、植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて、従来公知の方法を用いて行うことができる。したがって、本発明にかかる植物体の生産方法では、植物細胞から植物体を再生させる再生工程が含まれていてもよい。
【0085】
また、本発明者らは、本発明にかかる植物体を、上記形質転換工程で用いられた選択マーカーの試薬であるハイグロマイシンを添加せずに培養したところ、カルス表面が分化し、この状態のまま植物ホルモン無添加の培地でも活発に増殖をすることを見出した。そして、この状態で、シロイヌナズナで計測可能なモデル二次代謝産物として用いられるアントシアニンを誘導培地培養することにより、シロイヌナズナにおいて従来法で誘導されたカルスではほとんど生産されないアントシアニンを高濃度に生産する現象を見出した。
【0086】
このように、形質転換体の選択マーカーの試薬である抗生物質を培地から除くと、本発明の植物体であるカルスは、カルスの表面が一部分化し、この状態のまま植物ホルモン無添加で増殖することができる。かかるカルスは、特に、特定の分化した組織で生合成が行われる二次代謝産物の生産に好適に用いることができる。それゆえ、本発明にかかる植物体には、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するカルスも含まれる。また、本発明にかかる植物体は、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を、当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養したカルスでありうる。
【0087】
ここで、上記選択マーカーは、例えば、薬剤耐性遺伝子であり、より具体的な一例としては、例えば、ハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等に対する薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。中でも、上記選択マーカーは、ハイグロマイシンに対する薬剤耐性遺伝子であることが好ましい。また、上記選択マーカーの試薬である抗生物質としては、例えばハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等を挙げることができ、中でもハイグロマイシンをより好適に用いることができる。
【0088】
(II)本発明により得られる植物体とその有用性、並びにその利用
本発明にかかる植物体の生産方法は、上記転写因子を植物体で過剰に生産させることによる。これにより、当該転写因子が標的とする標的遺伝子の転写が促進されると考えられる。その結果、得られる植物体の脱分化が誘導されるように改変された植物体を生産することができる。したがって、本発明には、上記植物体の生産方法により得られる植物体も含まれる。
【0089】
(II−1)本発明にかかる植物体の具体例
ここで、本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の具体的な種類は特に限定されるものではなく、かかる脱分化の誘導によりその有用性が高まる植物を挙げることができる。かかる植物は、被子植物であってもよいし裸子植物であってもよい。また、被子植物としては、単子葉植物であってもよいし、双子葉植物であってもよいが、双子葉植物であることがより好ましい。双子葉植物としては、離弁花亜綱であってもよいし、合弁花亜綱であってもよい。合弁花亜綱としては、例えば、リンドウ目、ナス目、シソ目、アワゴケ目、オオバコ目、キキョウ目、ゴマノハグサ目、アカネ目、マツムシソウ目、キク目を挙げることができる。また、離弁花亜綱としては、例えば、ビワモドキ目、ツバキ目、アオイ目、サガリバナ目、ウツボカズラ目、スミレ目、ヤナギ目、フウチョウソウ目、ツツジ目、イワウメ目、カキノキ目、サクラソウ目等を挙げることができる。
【0090】
本発明にかかる脱分化が誘導されるように改変された植物体の具体例をさらに挙げると、ナタネ、ジャガイモ、ホウレンソウ、大豆、キャベツ、レタス、トマト、カリフラワー、さやいんげん、かぶ、大根、ブロッコリー、メロン、オレンジ、スイカ、ネギ、ゴボウなどの各種の食用植物、あるいはバラ、キク、あじさい、カーネーションなどの観葉植物またあるいは、ニチニチソウ、イチイ、オウレン、ハナビシソウ、キハダ、オタネニンジン、ケシ、イカリソウ、ベラドンナ、チョウセンアサガオ、Cephaelis ipecacuanhaなどの薬用植物を挙げることができる。
【0091】
(II−2)本発明の有用性
本発明では、植物体を脱分化が誘導されるように改変することができるが、本発明の有用性は特に限定されるものではなく、そのような脱分化の誘導により効果がある分野であればよい。かかる分野としては、例えば、脱分化が誘導されるように改変されることによるカルス化が困難な植物のカルス化、カルスを用いた有用物質生産、カルスからの再分化系を利用した育種分野等を挙げることができる。
【0092】
まず、カルス化が困難な植物のカルス化への応用例について説明すると、例えば、カルス化には用いる植物ホルモンの種類や濃度の検討が必要であり、例えばユーカリ、スギ等の木本類、ゴム、コムギ等のようにカルス化が困難な植物もある。このような、カルス化が困難な植物に、本発明に係る植物体の生産方法を用いて、脱分化を誘導することにより、カルス化を促進することができると考えられ、応用価値が高い。
【0093】
また、有用物質生産への応用について説明すると、カルス培養において、植物培養細胞であるカルスが有用物質生産能を失ってしまう大きな原因の一つとして、過剰濃度のオーキシンの作用による遺伝子のメチル化などのエピジェネティックな変異(Lambe et al., In Vitro Cell.Dev.Biol.Plant . 33 .155-162(1997))や染色体の欠損などが関与していることがよく知られている。有用物質生産においては、増殖能を有しつつ有用物質も安定して生産する(二次代謝も安定に発現させる)植物培養細胞が必要である。しかし、オーキシンは、形態を脱分化させ、細胞の増殖を促進するが、同時に二次代謝を抑制することが多い。
【0094】
本発明にかかる植物体の生産方法により脱分化が誘導されるように改変された植物体で誘導されたカルスでは、外因性のオーキシンを必要としないことに加え、アグロバクテリウムによって生ずる腫瘍細胞(クラウンゴール)等とは異なり、内因性のオーキシン(インドール酢酸)量が過剰に増加していないことが、実験的に明らかになっている。すなわち、培地に添加する外因性のオーキシンや、過剰な内因性のオーキシンによる遺伝子の不活性化が起きにくいと考えられる。それゆえ、本発明にかかる植物体は、有用物質の生産に好適に用いることができる。
【0095】
また、本発明の植物体を選択マーカーの試薬であるハイグロマイシンを添加せずに培養すると、カルス表面が分化し、この状態のまま植物ホルモン無添加の培地でも活発に増殖をする。この状態で、シロイヌナズナで計測可能なモデル二次代謝産物として用いられるアントシアニンを誘導培地培養することにより、シロイヌナズナにおいて従来法で誘導されたカルスではほとんど生産されない二次代謝産物(アントシアニン)を高濃度に生産する現象が見られている。このことから、本発明によって得られるカルスはホルモンの作用による二次代謝の不活性化が起こりにくいばかりか、部分的に再分化させることで二次代謝産物をより積極的に生産させることが可能であると考えられる。この機能を有用で付加価値の高い物質(アルカロイドなど)をつくる薬用植物で応用できることが示されれば、これまでにない新しいタイプの細胞による新規な有用物質生産システムの構築が提案できる。さらに転写誘導系を利用(グルココルチコイド、estradiol、ガラクトース等)することで、培養環境因子と1対1の遺伝子発現制御が可能となり、脱分化状態(誘導系ON)で細胞量を増やし、再分化状態(誘導系OFF)で二次代謝産物を生産させることができ、より効率的な有用物質生産が可能になると考えられる。
【0096】
また、育種分野への応用についても同様に、得られたカルスは選択マーカーであるハイグロマイシンを添加せずに培養すると組織化、特にシュートへの分化が起こりやすく、固体培養では発根し親植物体に戻る現象もみられることから、これらの再分化のメカニズムや分化誘導条件を研究および利用して行くことで、カルスの状態で細胞を増殖させ、その後再分化させることで大量の苗が生産可能であると考えられる。
【0097】
なお、上述したように、上記転写因子をコードする遺伝子のアンチセンス鎖を含むベクターやRNAiベクターを植物細胞に導入することによって、導入された植物体または細胞において脱分化を抑制することも可能と考えられる。かかる方法により、脱分化が抑制されるように改変されることによる除草剤耐性植物の作製等への応用が可能となる。すなわち、脱分化が抑制されるように改変された植物体は、オーキシン等の植物ホルモン感受性が低い。それゆえ、オーキシン等の存在下でも生育可能な植物、つまりオーキシン等を利用した除草剤に対する除草剤耐性植物の作製に寄与できる。
【0098】
(II−3)本発明の利用
本発明の利用分野、利用方法は特に限定されるものではないが、一例として、上述したように、本発明にかかる植物体の生産方法により脱分化が誘導されるように改変された植物体は、有用物質の生産に好適に用いることができる。それゆえ、本発明には、本発明の植物体を、植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させる有用物質の生産方法も含まれる。
【0099】
本発明にかかる有用物質の生産方法は、本発明の植物体を培養し二次代謝産物を生産させる方法であれば、特に限定されるものではなく、従来公知のあらゆる方法を用いることができる。
【0100】
また、本発明にかかる有用物質の生産方法には、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するカルス、または、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスを、上記選択マーカーの試薬である抗生物質および植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させる方法も含まれる。
【0101】
また、本発明の利用分野、利用方法の他の一例としては、本発明にかかる植物体の生産方法を行うためのキット、すなわち脱分化誘導キットを挙げることができる。
【0102】
この脱分化誘導キットの具体例としては、上記転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを少なくとも含んでいるものを挙げることができる。また、本発明にかかる脱分化誘導キットは、上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含んでいればより好ましい。上記試薬群としては、形質転換の種類に応じた酵素やバッファー等を挙げることができる。その他、必要に応じてマイクロ遠心チューブ等の実験用素材を添付してもよい。
【実施例】
【0103】
以下、実施例及び図1ないし図6に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0104】
〔実施例1〕
以下の実施例1においては、シロイヌナズナ由来のRAP2.4遺伝子(At1g78080)をカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(以下の説明では、便宜上、CaMV35Sと称する)の下流につないで組換え発現ベクターを構築し、これをシロイヌナズナにアグロバクテリウム法を用いて導入することにより、シロイヌナズナを形質転換し、RAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を生産した。
【0105】
<形質転換用ベクター構築用ベクターの構築>
形質転換用ベクター構築用ベクターであるp35SGを、図1に示すように、以下の工程(1)〜(4)のとおりに構築した。
【0106】
(1)インビトロジェン社製pENTRベクター上のattL1、attL2のそれぞれの領域をプライマーattL1−F(配列番号7)、attL1−R(配列番号8)、attL2−F(配列番号9)、attL2−R(配列番号10)を用いてPCRにて増幅した。得られたattL1断片を制限酵素HindIII、attL2断片をEcoRIで消化し、精製した。PCR反応の条件は、変性反応94℃1分、アニール反応47℃2分、伸長反応74℃1分を1サイクルとして、25サイクル行った。以下すべてのPCR反応は同じ条件で行った。
【0107】
(2)クローンテック社製(Clontech社、USA)のプラスミドpBI221を制限酵素XbaIとSacIで切断した後、アガロースゲル電気泳動でGUS遺伝子を除き、CaMV35Sとノパリン合成酵素遺伝子の転写終止領域(以下の説明では、便宜上、Nos−terと称する)を含む35S−Nosプラスミド断片DNAを得た。
【0108】
(3)以下の配列番号11、12の配列を有するDNA断片を合成し、90℃で2分間加熱した後、60℃で1時間加熱し、その後室温(25℃)で2時間静置してアニーリングさせ2本鎖を形成させた。これを上記35S−Nosプラスミド断片DNAのXbaI−SacI領域にライゲーションし、p35S−Nosプラスミドを完成させた。配列番号11、12の配列を有するDNA断片には、5’末端にBamHI制限酵素部位、翻訳効率を高めるタバコモザイクウイルス由来のomega配列、及び制限酵素部位SmaI、SalI、SstIがこの順に含まれる。
5'-ctagaggatccacaattaccaacaacaacaaacaacaaacaacattacaattacagatcccgggggtaccgtcgacgagctc-3'(配列番号11)
5'-cgtcgacggtacccccgggatctgtaattgtaatgttgtttgttgtttgttgttgttggtaattgtggatcct-3'(配列番号12)
(4)このp35S−Nosプラスミドを制限酵素HindIIIで消化し、上記attL1断片を挿入した。さらにこれをEcoRIで消化し、attL2断片を挿入して、ベクターp35SGを完成させた。
【0109】
<形質転換用ベクターの構築>
構築用ベクターのatt部位で挟まれたDNA断片と組換えるための、2つのatt部位を有する植物形質転換用ベクターであるpBIGCKHを、図2に示すように、以下の工程(1)から(3)のとおりに構築した。
【0110】
(1)米国ミシガン州立大学より譲渡されたpBIG(Becker, D. Nucleic Acids Res. 18:203,1990)を制限酵素HindIII、EcoRIで消化し、GUS、Nos領域を電気泳動で除いた。
【0111】
(2)インビトロジェン社から購入したGateway(登録商標)ベクターコンバージョンシステムのFragmentAをプラスミドpBluscriptのEcoRVサイトに挿入した。これをHindIII−EcoRIで消化し、FragmentA断片を回収した。
【0112】
(3)回収したFragmentA断片を上記のpBIGプラスミド断片とライゲーションを行い、pBIGCKHを構築した。これらは大腸菌DB3.1(インビトロジェン社)でのみ増殖可能で、クロラムフェニコール耐性、カナマイシン耐性である。
【0113】
<構築用ベクターへのRAP2.4遺伝子の組み込み>
上記構築用ベクターp35SGにシロイヌナズナ由来の転写因子RAP2.4タンパク質をコードする遺伝子を以下の工程(1)〜(3)のとおりに組み込み、p35SRAP2.4Gを得た。
【0114】
(1)シロイヌナズナ葉から調整したmRNAを用いて作成したcDNAライブラリーから、以下のプライマーを用いて、シロイヌナズナRAP2.4遺伝子の終止コドンを含むコード領域のみを含むDNA断片をPCRにて増幅した。
プライマー1(RAP2.4−F)5'-ATGGCAGCTGCTATGAATTTGTAC-3'(配列番号13)
プライマー2(RAP2.4−R)5'-CTAAGCTAGAATCGAATCCCAATC-3'(配列番号14)
RAP2.4遺伝子の塩基配列及びコードするアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2及び1に示す。
【0115】
(2)得られたRAP2.4コード領域のDNA断片を、図3に示すように、予め制限酵素SmaIで消化しておいた構築用ベクターp35SGのSmaI部位にライゲーションした。
【0116】
(3)このプラスミドで大腸菌を形質転換し、プラスミドを調整して、塩基配列を決定し、順方向に挿入されたクローンを単離した。
【0117】
<組換え発現ベクターの構築>
上記構築用ベクター上にあるCaMV35Sプロモーター、RAP2.4遺伝子、Nos−ter等を含むDNA断片を、植物形質転換用ベクターpBIGCKHに組換えることにより、植物を宿主とする発現ベクターを構築した。組換え反応はインビトロジェン社のGateway(登録商標)LR clonase(登録商標)を用いて以下の工程(1)〜(3)のとおりに行った。
【0118】
(1)まず、RAP2.4コード領域のDNA断片が順方向に挿入されたp35SRAP2.4G 1.5μL(約150ng)とpBIGCKH4.0μL(約400ng)に5倍希釈したLR buffer 4.0μLとTE緩衝液(10mM TrisCl pH7.0、1mM EDTA)5.5μLを加えた。
【0119】
(2)この溶液にLR clonase4.0μLを加えて25℃で60分間インキュベートした。続いて、proteinaseK4.0μLを加えて37℃で10分間インキュベートした。
【0120】
(3)その後、この溶液1〜2μLを大腸菌(DH5a等)に形質転換し、カナマイシンで選択した。
【0121】
<組換え発現ベクターにより形質転換した植物体の生産>
次に、以下の工程(1)〜(3)に示すように、上記RAP2.4遺伝子を含むDNA断片をpBIGCKHに組み込んだプラスミドであるpBIG−RAP2.4(35S::RAP2.4)で、シロイヌナズナの形質転換を行い、形質転換植物体を生産した。シロイヌナズナ植物の形質転換は、Transformation of Arabidopsis thaliana by vacuum infiltration(http://www.bch.msu.edu/pamgreen/protocol.htm)に従った。ただし、感染させるのにバキュウムは用いないで、浸すだけにした。
【0122】
(1)まず得られたプラスミド、pBIG−RAP2.4を、土壌細菌((Agrobacterium tumefaciens strain GV3101(C58C1Rifr)pMP90(Gmr)(koncz and Sahell 1986))株にエレクトロポレーション法で導入した。導入した菌を、抗生物質(カナマイシン(Km)50μg/ml、ゲンタマイシン(Gm)25μg/ml、リファンピシリン(Rif)50μg/ml)を含む1リットルのLB培地でOD600が1になるまで培養した。次いで、培養液から菌体を回収し、1リットルの感染用培地(Infiltration medium、下表1)に懸濁した。
【0123】
【表1】
【0124】
(2)この溶液に、14日間育成したシロイヌナズナを2分間浸し感染させた後、再び育成させ結種させた。回収した種子を25%ブリーチ(有効次亜塩素酸濃度1.5%)、0.02%Triton X-100溶液で7分間滅菌した後、滅菌水で3回リンスし、滅菌したハイグロマイシン選択培地(下表2)に蒔種した。
【0125】
【表2】
【0126】
(3)蒔種した約2000粒の種子から平均して20ないし30個体のハイグロマイシン耐性植物である形質転換植物体を得た。これらの植物から全RNAを調整し、RT−PCRを用いてRAP2.4遺伝子が導入されていることを確認した。得られた形質転換植物体は著しく分化が抑制され、次第に茎頂、胚軸および根がカルス化した。
【0127】
<植物ホルモン非存在下でのカルス化>
得られた形質転換植物体の芽生えを、植物ホルモン(オーキシン及びサイトカイニン)非存在のハイグロマイシンを含むCIM培地で生育させた。下表3にCIM培地の組成を、下表4にB5培地の組成を示す。なお、本実施例において用いた植物ホルモン非存在のCIM培地は、表3中、オーキシン(「2,4−D」と表示。)とサイトカイニンの一種であるカイネチンとを加えていない培地である。また、CIM培地に加えたハイグロマイシンの量は、CIM培地1lに対し30 mgであった。
【0128】
【表3】
【0129】
【表4】
【0130】
35S−RAP2.4を用いてRAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を上記植物ホルモン非存在のCIM培地で生育させた結果を図4に示す。通常植物体をカルス化させるには、植物ホルモンが存在する培地で生育させなければならないが、図4に示すように、35S−RAP2.4(35S::RAP2.4)で形質転換されたシロイヌナズナの幼植物は、植物ホルモン非存在下でも、茎、葉、根などの器官分化が抑制されカルス状の植物体となった。なお、図4(a)中スケールバーは3mmを、図4(b)中スケールバーは5mmを示す。このように、35S−RAP2.4でRAP2.4遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換体では、オーキシン及びカイネチン不存在下でも、これらが存在するのと同様に脱分化が誘導された。このことから、RAP2.4遺伝子でコードされる転写因子は、脱分化に関与する転写因子であることが確認された。
【0131】
〔実施例2〕
シロイヌナズナ由来のRAP2.4遺伝子(At1g78080)の代わりにシロイヌナズナ由来の遺伝子(At1g22190)を用いた以外は実施例1と同様にして、シロイヌナズナを形質転換し、At1g22190遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を生産した。
【0132】
なお、At1g22190遺伝子の終止コドンを含むコード領域のみを含むDNA断片をPCRにて増幅するにあたり以下のプライマーを用いた。
プライマー1(At1g22190−F)5'-ATGACAACTTCTATGGATTTTTACAG-3'(配列番号15)
プライマー2(At1g22190−R)5'-CTAATTTACAAGACTCGAACACTG-3'(配列番号16)
また、At1g22190遺伝子の塩基配列及びコードするアミノ酸配列をそれぞれ配列番号4及び3に示す。
【0133】
得られた形質転換植物体の芽生えの一部を切り取り、実施例1と同様にして植物ホルモン非存在下のCIM培地で生育させた結果を図5に示す。図5中AおよびBは、個別の2ラインの形質転換体の結果を示す。図5に示すように、35S::At1g22190で形質転換されたシロイヌナズナの幼植物は、植物ホルモン非存在下でも、正常な植物体にならず脱分化(カルス化)した。なお、図5中スケールバーは3mmを示す。
【0134】
〔実施例3〕
シロイヌナズナ由来のRAP2.4遺伝子(At1g78080)の代わりにシロイヌナズナ由来の遺伝子(At1g36060)を用いた以外は実施例1と同様にして、シロイヌナズナを形質転換し、At1g36060遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体を生産した。
【0135】
なお、At1g36060遺伝子の終止コドンを含むコード領域のみを含むDNA断片をPCRにて増幅するにあたり以下のプライマーを用いた。
プライマー1(At1g36060−F)5'-ATGGCGGATCTCTTCGGTGG-3'(配列番号17)
プライマー2(At1g36060−R)5'-TCACGATAAAATTGAAGCCCAATC-3'(配列番号18)
また、At1g36060遺伝子の塩基配列及びコードするアミノ酸配列をそれぞれ配列番号6及び5に示す。
【0136】
得られた形質転換植物体の芽生えの一部を切り取り、実施例1と同様にして植物ホルモン非存在のCIM培地で生育させた結果を図6に示す。図6中AおよびBは、個別の2ラインの形質転換体の結果を示す。図6に示すように、35S::At1g36060で形質転換されたシロイヌナズナの幼植物は、植物ホルモン非存在下でも、正常な植物体
にならず脱分化(カルス化)した。なお、図6中スケールバーは3mmを示す。
【0137】
〔実施例4〕
以下の実施例4においては、本発明の植物体のカルス化が内因性のオーキシンの過剰生産に起因するものであるのか否かを、DR5::GUS植物体でRAP2.4遺伝子を過剰発現させることにより調べた。
【0138】
DR5::GUSはオーキシン応答エレメント(TGTCTC)を7個タンデムに配置したプロモーターにレポーター遺伝子としてGUS遺伝子を融合させたものである(Ulmasov, T. et al., Plant Cell, 9, 1963-1971,1997)。このプロモーターレポーターを導入したシロイヌナズナでは、GUS活性を検出することにより、内因性のオーキシンの生合成部位や外因性のオーキシンに応答している部位を特定することができる(Aloni,R. et al., Planta 216,841-853, 2003)。このため、このプロモーターレポーターを導入した植物体であるDR5::GUS植物体はオーキシンの生合成やオーキシンと形態形成の関連における研究によく用いられている。
【0139】
このDR5::GUS植物体でRAP2.4を過剰発現させる(35SRAP2.4NOS/DR5::GUS)ことにより、DR5::GUS植物体を脱分化が誘導されるように改変することができる。こうして誘導されるカルス(以下、RAP2.4カルスと略称することがある。)のカルス化が、内因性のオーキシンの過剰生産に起因するのであれば、このRAP2.4カルスで高いGUS活性が見られるはずである。
【0140】
そこで、図7の右側の流れのように、DR5::GUS植物体に、実施例1で構築したRAP2.4を過剰発現させる組換え発現ベクター(35SRAP2.4NOS)を、実施例1と同様にして、アグロバクテリウムを用いて形質転換した。得られた形質転換第一世代(T1)の種子を、上述したハイグロマイシン選択培地に播種し、形質転換体を選抜した後、上述した植物ホルモン非存在のCIM培地(ハイグロマイシン(Hm)を含む)に移植し、RAP2.4カルスを得た。実験の対照(コントロール)として図7の左側の流れのように、DR5::GUS植物体にRAP2.4を含まないベクター(ベクターコントロール;35SNOS)を形質転換し、得られる形質転換第一世代(T1)の芽生えからオーキシン(2,4−D)を含む培地(上記CIM培地)でカルスを誘導した。なお、DR5::GUS植物体は、Dr. T. Guilfoyle (Department of Biochemistry,. University of Missouri, Columbia)よりDR5::GUSを含む形質転換用ベクターを分譲してもらい、このベクターを予めシロイヌナズナに形質転換して用いた。
【0141】
得られた2種類のカルスをGUS染色した。GUS染色の方法は下表5に示す試薬を混合して調製したGUS染色用バッファを用いて以下のように行った。
【0142】
【表5】
【0143】
上記GUS染色用バッファ0.5-1.5 mLにサンプリングした試料を全体が浸るように入れた。30℃で60分脱気処理を行い、その後37℃、オーバーナイトで(18時間)インキュベートした。次に70%エタノールでバッファと置き換える処理を数回行って脱色した。その後、蒸留水で置換し、実体顕微鏡または顕微鏡で観察を行った。
【0144】
この結果、図8に示すベクターコンロールのカルス(図8中、「Vector Control/DR5::GUS callus(+auxin)」と表示。)はGUS染色後(図中B)は青く染まりGUS活性が見られた。これは、培地中に添加してある外因性のオーキシン(2,4−D)にDR5::GUSが応答したためである。
【0145】
一方、RAP2.4カルスでは、外因性のオーキシンがなくても(図8中、「RAP2.4/DR5::GUS callus(auxin free)」と表示。)、図中Cのようにカルスの形態を保っているが、GUS染色後(図中D)ではGUS活性が見られなかった。この結果は、DR5::GUS遺伝子のエピジェネティクなサイレンシンング(メチル化など)に起因していることも考えられたため、RAP2.4カルスを、オーキシン(2,4−D)を含む培地で48時間培養した後にGUS染色したところ(図8中、「RAP2.4/DR5::GUS callus(+auxin after 48 hours)」と表示。)、GUS染色後(図中F)は青く染まり、ベクターコントロールのカルス同様にGUS活性が見られた。この結果は、RAP2.4カルスが有するDR5::GUS遺伝子がオーキシンによって正常に機能していることを示している。
【0146】
これらの結果から、RAP2.4カルスでは、内因性のオーキシンの過剰生産が起こっているのではないことが示された。また図8中Cで見られるようなRAP2.4カルスの形態が、外因性のオーキシンに起因するものでないことを示している(実際に植物ホルモン非存在下の培地でカルス化していることを示している)。
【0147】
〔実施例5〕
次にRAP2.4カルスの内因性オーキシン(IAA)濃度の測定を試みた。方法はGas Chromatography-Mass Spectrometry(GC−MS)を用いたNakamuraらの方法 (Nakamura, A. et al. Plant Physiology, 133, 1843-1853, 2003) に基づいた。方法の手順を以下に示す。
【0148】
1−10mgの組織を1.5mLのマイクロチューブに採り、液体窒素中でホモジナイズした。このマイクロチューブに500μLの50mMリン酸ナトリウムバッファー(pH7, 0.02%(w/v)ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムを含む)を加えて組織を良く懸濁し、200pgの13C6IAAとを加えた。4℃で1時間振とうしながら抽出を行い、1M HCl25μLでpHを2.6に調整した。50mgのXAD7−HPを加え30分間マイルドシェーカーで懸濁および平衡化し、バッファを除去した後、XAD7−HPを500μLの1%酢酸で2回洗浄し、500μLのジクロロメタンで30分間抽出した(2回)。ジクロロメタンフラクションを合わせて、スピードバックで乾燥し、試料を誘導化してGC−MS分析に供した。
【0149】
RAP2.4カルスをサンプルに用いた際には、内部標準(13C6IAA)と重なるピークが存在し、定量が不可能であった。そこで、播種後7日目のRAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体の芽生えをサンプルとして用いた。コントロールとして、ベクターコントロール植物体の芽生えを用いた。芽生えを用いた場合、カルスで見られた内部標準と重なるピークは存在せず定量が可能であった。また、播種後7日目においては、RAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体とベクターコントロール植物体とにおいて形態の差は明瞭であり、導入した遺伝子の影響が出ている。
【0150】
図9に、内因性オーキシン(IAA)濃度(図中「IAA concentration」と表示。単位はpg/mgF.W.(F.W.:fresh weight ; 組織の生重量))の測定結果を示す。結果として、RAP2.4遺伝子を過剰発現させた形質転換植物体の芽生え(図中、「RAP2.4 seedling」と表示。)では内因性のオーキシン濃度が、ベクターコントロール植物体の芽生え(図中、「Vector control seedling」と表示。)と比べて同程度か、むしろ低いことが明らかとなった。
【0151】
実施例4、実施例5の実験結果より、RAP2.4遺伝子の過剰発現によるカルス化は、内因性のオーキシンの過剰生産によって引き起こされるのではないことが明らかとなった。
【0152】
〔実施例6〕
以下の実施例6においては、RAP2.4カルスの培養において、形質転換体の選択マーカーの試薬であるハイグロマイシン(Hm)を培地から除き、カルスの変化を観察した。
【0153】
実施例1<植物ホルモン非存在下でのカルス化>と同様に植物ホルモンを含まないCIM培地にハイグロマイシンを加えたもの(Hm(+))と、植物ホルモンを含まないCIM培地にハイグロマイシンを加えないもの(Hm(−))とを準備した。
【0154】
それぞれの培地に、RAP2.4カルスの一部を植え継ぎ、光照射条件下で培養した。植え継ぎ後、40日目のRAP2.4カルスの観察結果を図10に示す。なお、図10中、スケールバーは5mmを示す。図10中Aに示すようにHm(+)では脱分化した形態を維持したのに対し、Bに示すようにHm(−)ではカルスの表面に葉が分化しているのが観察された。
【0155】
また、それぞれの培地に、RAP2.4カルスの一部を植え継ぎ、光を照射しないで培養した。植え継ぎ後、40日目のRAP2.4カルスの観察結果を図10に示す。図10中Cに示すようにHm(+)では脱分化した形態を維持したのに対し、Dに示すようにHm(−)ではカルスの表面に葉および根が分化しているのが観察された。
【0156】
さらに、RAP2.4カルスは、図11中Eに示すように、Hm(−)の植物ホルモンを含まない液体のCIM培地において、カルスの表面を一部分化させたままで継代培養が可能であることが確認された。
【0157】
なお、カルスの表面を一部分化させた状態で、再び植物ホルモンを含まないCIM培地をHm(+)にしたところ、図11中Fに示すように、カルスの表面の一部分化していた組織は白化し枯死した。これは、ハイグロマイシンによる作用であることが判る。すなわち、カルス表面の一部分化してきた細胞組織は、ハイグロマイシン感受性になっており、これはRAP2.4カルスに導入されているハイグロマイシン耐性遺伝子が何らかの影響で作用しなくなっていることに起因していると考えられる。ハイグロマイシン耐性遺伝子は、RAP2.4遺伝子とともにRAP2.4カルスに導入されているために、この実験系においてハイグロマイシン耐性遺伝子と同様に、RAP2.4遺伝子の発現も何らかの理由で抑制されていることが考えられる。言い換えると、何らかの影響でRAP2.4遺伝子の発現が抑制された細胞が分化してきたことが予想される。
【0158】
〔実施例7〕
以下の実施例7においては、実施例6で得られた、表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスを用いて、本発明にかかる植物体が有用物質を安定して生産する(二次代謝を安定に発現させる)ことを検証した。なお、二次代謝産物としては、シロイヌナズナで計測可能なモデル二次代謝産物とてアントシアニンを選び、シロイヌナズナの植物体、培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスにおける二次代謝産物生産能の比較を行った。
【0159】
シロイヌナズナの植物体としては、野生株(Col−0)を植物ホルモンを含まないCIM培地に播種し、芽生えから14日間培養した植物体全体(根を含む)を用いた。シロイヌナズナの培養細胞としては、新規に誘導したLI株(葉由来)およびRI株(根由来)および理化学研究所バイオリソースセンターから分譲されたT87培養細胞を用いた。この3種類の培養細胞を、植物ホルモンを含むCIM培地で予め14日間培養したものを実験に用いた。RAP2.4カルスは、Hm(−)の植物ホルモンを含まないCIM培地で予め14日間培養したものを実験に用いた。
【0160】
シロイヌナズナは、高濃度のスクロース培地で光照射を行うことによりアントシアニン誘導することが知られている。そこでアントシアニン誘導培地として6%のスクロースを含む液体のCIM培地(植物ホルモンを含まない)を用いた。
【0161】
アントシアニン誘導培地における誘導前後の各細胞を凍結乾燥し、単位乾燥重量あたりのアントシアニン含有量を530nmでの吸光度で比較した。アントシアニンの抽出は以下の手順で行った。5%(v/v)酢酸を含む45%(v/v)メタノール溶液中で細胞をホモジナイザーで破砕後、12000rpmで10min遠心した。上清をさらに12000rpmで5min遠心しその上清をアントシアニン抽出液とした。アントシアニン含有量はLaby らの方法(Laby RJ et al. The Arabidopsis sugar-insensitive mutants sis4 and sis5 are defective in abscisic acid synthesis and response. Plant Jounal 23:587-596(2000))を参考に以下の式によって算出した。
アントシアニン含有量(Abs530 / g D.C.W)
= [Abs530−(0.25×Abs657)]×extraction volume(mL) / dry cell weight
なお、上記式中、「D.C.W」は「dry cell weight 」すなわち細胞乾燥重量を表す。
【0162】
図12に結果を示す。アントシアニン誘導培地による培養前後の比較において植物体、3つの培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスのアントシアニン合成能に明瞭な差が現れた。植物体と培養細胞を比べると、アントシアニンの誘導前には植物体と培養細胞にアントシアニン蓄積に関してほとんど差はなかった。しかし、誘導後には植物体では誘導前の約8倍にアントシアニン含有量が増加しているのに対し、3つの培養細胞では誘導前と変化はなかった。一方、今回用いた培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスでは、他の細胞(植物体および3つの培養細胞)に比べ誘導前からアントシアニンの蓄積が見られた上に、誘導後にはさらにアントシアニンが蓄積された。このことから、今回用いた培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスは3つの培養細胞にはみられないアントシアニン合成能を有していることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0163】
このように、本発明では、脱分化に関与する転写因子を過剰に発現させることによって、脱分化が誘導されるように改変された植物体を得ることができる。このように改変された植物体および誘導されたカルスは、有用物質の生産、新品種の開発、植物体への遺伝子導入後の形質転換体の再生、人工種子等に広く利用が可能である。それゆえ、本発明は、植物由来の化合物を原料とする製薬業、品種改良を必要とする園芸業、林業、各種農業およびアグリビジネス、さらには農産物を加工する産業や食品産業等に利用可能であり、しかも非常に有用であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0164】
【図1】実施例において用いる組換え発現ベクターを構築するための構築用ベクターの構築方法を示す工程図である。
【図2】形質転換用ベクターpBIGCKHの構築方法を示す工程図である。
【図3】実施例において用いる構築用ベクターp35SGに、RAP2.4遺伝子を組み込む工程図である。
【図4】カリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターでAt1g22190遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換植物体を植物ホルモン非存在下で生育させた結果を示す図である。
【図5】カリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターでAt1g36060遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換植物体を植物ホルモン非存在下で生育させた結果を示す図である。
【図6】カリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターでRAP2.4遺伝子を過剰発現させたシロイヌナズナ形質転換植物体を植物ホルモン非存在下で生育させた結果を示す図である。
【図7】実施例4において、DR5::GUS植物体でRAP2.4遺伝子を過剰発現させることにより本発明の植物体のカルス化が内因性のオーキシンの過剰生産に起因するものであるか否かを調べた手順を示す図である。
【図8】実施例4において、DR5::GUS植物体でRAP2.4遺伝子を過剰発現させることにより本発明の植物体のカルス化が内因性のオーキシンの過剰生産に起因するものであるか否かを調べた結果を示す図である。
【図9】実施例5において、RAP2.4カルスの内因性オーキシン(IAA)濃度を測定した結果を示す図である。
【図10】形質転換体の選択マーカーの試薬であるハイグロマイシンを加えた培地(Hm(+))と、ハイグロマイシンを加えない培地(Hm(−))とでRAP2.4カルスを培養した結果を示す図である。
【図11】カルスの表面を一部分化させたままでRAP2.4カルスを継代培養した結果を示す図である。
【図12】アントシアニンをモデル二次代謝産物として、シロイヌナズナの植物体、培養細胞および表面が一部分化した状態のまま増殖するRAP2.4カルスにおける二次代謝産物生産能の比較を行った結果を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子が発現するように、該遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入する形質転換工程を含んでいることを特徴とする脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法:
(a)脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子、
(b)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、
(c)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子、
(d)配列番号2、4または6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子、
(e)配列番号2、4または6に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有し、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
さらに、上記組換え発現ベクターを構築する発現ベクター構築工程を含んでいることを特徴とする請求項1に記載の植物体の生産方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の生産方法により生産された、脱分化が誘導されるように改変された植物体。
【請求項4】
植物体内の内因性のオーキシンの濃度が、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、有意に増加していないことを特徴とする請求項3に記載の植物体。
【請求項5】
植物体には、成育した植物個体、植物組織、植物細胞、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれることを特徴とする請求項3または4に記載の植物体。
【請求項6】
上記植物体は、カルスであって、当該カルスは培養条件をコントロールすることにより表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖させることができるカルスであることを特徴とする請求項3ないし5のいずれか1項に記載の植物体。
【請求項7】
上記植物体は、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を、当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスであることを特徴とする請求項3ないし6のいずれか1項に記載の植物体。
【請求項8】
請求項1または2に記載の生産方法を行うためのキットであって、
上記(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子と、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを少なくとも含むことを特徴とする植物体の脱分化誘導キット。
【請求項9】
さらに、上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含むことを特徴とする請求項8に記載の植物体の脱分化誘導キット。
【請求項10】
請求項3ないし5のいずれか1項に記載の植物体を、植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させることを特徴とする有用物質の生産方法。
【請求項11】
請求項6または7に記載の植物体を、上記選択マーカーの試薬である抗生物質および植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させることを特徴とする有用物質の生産方法。
【請求項1】
以下の(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子が発現するように、該遺伝子を含む組換え発現ベクターを植物細胞に導入する形質転換工程を含んでいることを特徴とする脱分化が誘導されるように改変された植物体の生産方法:
(a)脱分化に関与する転写因子をコードする遺伝子、
(b)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、
(c)配列番号1、3または5に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子、
(d)配列番号2、4または6に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子、
(e)配列番号2、4または6に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有し、且つ、脱分化に関与するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
さらに、上記組換え発現ベクターを構築する発現ベクター構築工程を含んでいることを特徴とする請求項1に記載の植物体の生産方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の生産方法により生産された、脱分化が誘導されるように改変された植物体。
【請求項4】
植物体内の内因性のオーキシンの濃度が、脱分化が誘導されるように改変される前と比較して、有意に増加していないことを特徴とする請求項3に記載の植物体。
【請求項5】
植物体には、成育した植物個体、植物組織、植物細胞、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれることを特徴とする請求項3または4に記載の植物体。
【請求項6】
上記植物体は、カルスであって、当該カルスは培養条件をコントロールすることにより表面が一部分化し、表面が一部分化した状態のまま増殖させることができるカルスであることを特徴とする請求項3ないし5のいずれか1項に記載の植物体。
【請求項7】
上記植物体は、上記形質転換工程で選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を用いて得られた植物体を、当該選択マーカーの試薬である抗生物質を添加せずに培養して得られたカルスであることを特徴とする請求項3ないし6のいずれか1項に記載の植物体。
【請求項8】
請求項1または2に記載の生産方法を行うためのキットであって、
上記(a)〜(e)のいずれかに記載の遺伝子と、プロモーターとを含む組換え発現ベクターを少なくとも含むことを特徴とする植物体の脱分化誘導キット。
【請求項9】
さらに、上記組換え発現ベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含むことを特徴とする請求項8に記載の植物体の脱分化誘導キット。
【請求項10】
請求項3ないし5のいずれか1項に記載の植物体を、植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させることを特徴とする有用物質の生産方法。
【請求項11】
請求項6または7に記載の植物体を、上記選択マーカーの試薬である抗生物質および植物ホルモンの添加なしで培養し、二次代謝産物を生産させることを特徴とする有用物質の生産方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図7】
【図9】
【図12】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図7】
【図9】
【図12】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−325588(P2006−325588A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−126920(P2006−126920)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人科学技術振興機構「シロイヌナズナ転写因子の機能解析」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人科学技術振興機構「シロイヌナズナ転写因子の機能解析」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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