説明

脳症由来痙攣と発熱由来熱性痙攣の鑑別方法

【課題】脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣を鑑別する方法及び該鑑別に用いるマーカーの提供。
【解決手段】痙攣を起こした患者から採取した脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの質量分析により得られるm/z値が4811±4.8であり、アミノ酸配列EAEAEAEEを含む断片ペプチドを測定することを含む、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣を鑑別して検出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別は治療方針の決定に重要である。特に小児科医にとってインフルエンザ脳症による痙攣とインフルエンザの発熱による熱性痙攣の鑑別は治療方針の決定に重要である。
【0003】
単なるインフルエンザの発熱による熱性痙攣はほぼ10人に1人の割合で発症するが、予後は良好である。しかし、インフルエンザ脳症は、千葉北総病院では年間2人、全国でも500人程度と非常に稀な疾患であるが、かなりの割合で死亡し、死亡しなくてもてんかんや精神遅滞などの後遺症を残すことが多く認められる。
【0004】
しかし、インフルエンザ脳症を特定のマーカーを用いて診断することについての報告はあったが(特許文献1参照)、インフルエンザ脳症による痙攣とインフルエンザの発熱による熱性痙攣の鑑別には、臨床症状、画像診断を用いるしかなく、決定的な方法はなかった。
【0005】
確実に痙攣の初期段階で鑑別ができれば、小児の死亡原因が低くなることが想定され、非常に重要な分野である。
【0006】
VGFはニューロンおよび内分泌細胞に見られる分泌ポリペプチドで、VGFが低下する他の病気としてはアルツハイマーや痴呆、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などが知られている(特許文献2を参照)。
【0007】
また、VGFポリペプチドがVGF関連疾患とされている肥満、不妊、悪液質、摂食障害、AIDS関連複合体、代謝過剰症状、機能亢進、機能低下および過剰インシュリン生成などの治療に用いることができることが報告されている(特許文献3を参照)。
【0008】
【特許文献1】特開2005-292108号公報
【特許文献2】特表2005-536729号公報
【特許文献3】特表2003-505428号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣を鑑別する方法及び該鑑別に用いるマーカーの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、インフルエンザ脳症を含む脳症患者の脳脊髄液中に特異的に発現するタンパク質を発見し、インフルエンザ等による発熱に伴う熱性痙攣との鑑別に用いることができるかの検討を行った。臨床上、インフルエンザ脳症、インフルエンザ以外の原因で発症したと考えられた脳症患者と熱性痙攣患者(単純型、複雑型)の髄液を対象とし、質量解析機による検討を行った。測定した症例は熱性痙攣30例とインフルエンザ脳症5例、インフルエンザ以外の原因による脳症6例の計11例であった。
【0011】
検討の結果、分子量4811のタンパク質が熱性痙攣患者の髄液では高く、脳症患者の髄液では有意に低いことを見出した。
【0012】
さらに、本発明者等は、このタンパク質の精製・同定を行い、VGF nerve growth factor inducible precursorの断片(373-417残基目)が脳症由来の痙攣で発現量が下がるという特異な動態を示すことを見出し、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別のためのバイオマーカーとして有効であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 痙攣を起こした患者から採取した脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの質量分析により得られるm/z値が4811±4.8であり、アミノ酸配列EAEAEAEE(配列番号4)を含む断片ペプチドを測定することを含む、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣を鑑別して検出する方法。
[2] VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドが配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなる断片ペプチドである[1]の方法。
[3] 脳症がインフルエンザ脳症であり、発熱による熱性痙攣がインフルエンザの発熱による熱性痙攣である[1]又は[2]の方法。
【0014】
[4] 痙攣を起こした患者から採取した脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドをELISA又はウエスタンブロット法により測定する[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5] 痙攣を起こした患者から採取した脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを質量分析により測定する[1]〜[3]のいずれかの方法。
【0015】
[6] 配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドからなる、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用マーカー。
[7] 配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドの、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用マーカーとしての使用。
【0016】
[8] 配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドに対する抗体。
[9] 配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドに対する抗体を含む、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用キット。
[10] ELISA又はウエスタンブロット法用キットである、[9]の脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用キット。
【発明の効果】
【0017】
VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドの量を見ることで、インフルエンザなどによる脳症由来の痙攣であるか、発熱による熱性痙攣であるかの識別が可能になり、症状に応じた治療を行うことが可能になる。
【0018】
また、VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドは脳症に限らず、脳に対してダメージを与える病気で低下すると考えられるため、VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドの抗体による病気の診断や低下するメカニズム解析を行うことで、今後の治療に役立つと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
VGF nerve growth factor inducible precursor(VGF神経誘発発達因子前駆体)は、ニューロンおよび内分泌細胞に見られる分泌ポリペプチドである。配列番号1に、ヒトVGF nerve growth factor inducible precursorをコードするDNAの塩基配列(GenBankアクセッション番号 NM_003378)を、配列番号2にヒトVGF nerve growth factor inducible precursorのアミノ酸配列を示す。
【0020】
本発明においては、VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣を鑑別するマーカーとして使用する。
【0021】
本発明でマーカーとして用いるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドは、質量分析により分析した場合のm/z値がm/z 4811±4.8であり、分子量約4811である。SDS-PAGEで測定した場合の分子量は約4800である。該断片ペプチドは少なくとも配列番号2で表されるアミノ酸配列の第387番目から第394番目のアミノ酸配列EAEAEAEE(配列番号4)を含む。好ましくは、前記断片ペプチドは、配列番号2で表されるアミノ酸配列の第373番目のアミノ酸から第417番目のアミノ酸配列で表されるアミノ酸配列GGEERVGEEDEEAAEAEAEAEEAERARQNALLFAEEEDGEAGAED(配列番号3)からなる。
【0022】
本発明において用いるペプチドは、上記配列情報に基づいて、化学合成することができ、また遺伝子組換え技術を利用して組換えタンパク質として得ることができる。
【0023】
また、上記ペプチドは、熱性痙攣を起こした小児等の患者から採取した髄液中に高濃度で存在し、該ペプチドは、髄液から単離・精製することができる。
【0024】
本発明でマーカーとして用いる上記ペプチドは、配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるペプチドをも含む。ここで、1又は数個とは1〜9個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1若しくは2個である。このような配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列として、配列番号3のアミノ酸配列と、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、少なくとも85%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の相同性を有しているものが挙げられる。
【0025】
このような配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質は配列番号3のアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同一である。
【0026】
本発明は、配列番号3に表されるアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドに対する抗体を包含する。本発明の抗体は、配列番号3に表されるアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチド又はVGF nerve growth factor inducible precursorを抗原として動物に投与することにより得られる。抗原は、脳脊髄液から精製することができ、また塩基配列又はアミノ酸配列情報に基づいて化学合成により合成することも遺伝子工学的に製造することもできる。抗体はモノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であってもよい。免疫方法、ハイブリドーマのスクリーニング、モノクローナル抗体の産生、精製等は、当業者に公知の方法により行うことができる。
【0027】
上記VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドは、インフルエンザの発熱による熱性痙攣等の発熱による熱性痙攣を起こした患者の脳脊髄液(髄液)中に高濃度で存在し、インフルエンザ脳症等の脳症による痙攣を起こした患者の髄液中には低濃度でしか存在しない。従って、前記VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣とを鑑別するためのマーカー、特にインフルエンザ脳症による痙攣とインフルエンザの発熱による熱性痙攣とを鑑別するためのマーカーとして用いることができる。
【0028】
熱性痙攣とは、38℃以上の発熱を伴って起きる痙攣をいい、全身性で左右対称性であり、発作持続時間が5分以内で発作後はすみやかに意識が回復する単純型痙攣と再発率やてんかんへの移行率が単純型痙攣に比べて高い複雑型痙攣がある。脳症は脳炎を含み、脳症による痙攣には、インフルエンザウイルス、単純ヘルペス、麻疹ウイルス、風疹ウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、ロタウイルス、エンテロウイルス、エコーウイルスなどによる脳症による痙攣が含まれる。
【0029】
上記VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドをマーカーとして用いる場合、被験体の試料中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを検出すればよい。本発明の鑑別方法の対象となる被験体は、痙攣を起こしている患者であり、性別、年齢を問わず、また上記ウイルスの感染が判明しているか否かも問わない。検体試料としては、髄脊髄液(髄液)を用いることができる。
【0030】
本発明のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドはVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドに対する抗体を用いたELISA、ウエスタンブロット等の免疫学的測定法、質量分析法等の種々の方法で測定することができる。以下に例示するが、それらには限定されない。
【0031】
ウエスタンブロッット法
髄液試料を必要に応じ緩衝液で希釈し、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、2-メルカプトエタノール(2-ME)を含むバッファーで溶解し、SDS-PAGEにより分子量に応じて分離する。ゲル上の分離したタンパク質をニトロセルロース膜やPVDF膜に転写し、転写した膜を酵素を結合させた抗体を用いた酵素反応により呈色させ、VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドの存在を検出する。
【0032】
酵素免疫吸着測定法(ELISA)
VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドに対する抗体をあらかじめ特殊な化学修飾をしたマイクロタイタープレート等の担体に結合させる。結合は、物理的吸着、官能基を利用した共有結合等、公知の方法で行うことができる。髄液試料を原液または緩衝液で段階希釈後、抗体を結合させたマイクロタイタープレートにこれを適当量加え、インキュベーションする。その後洗浄し、捕捉されなかったタンパク質及び部分ペプチドを除く。次に蛍光若しくは化学発光物質または酵素を結合させた2次抗体を加えインキュベーションする。検出はそれぞれの基質を加えた後、蛍光若しくは化学発光物質または酵素反応による可視光を計測することによって評価判定を行う。
【0033】
質量分析法
髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを質量分析計を用いた質量分析法により解析することもできる。質量分析計は、試料導入部、イオン化室、分析部、検出部、記録部等を含む。イオン化法としては電子衝撃イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法、フィールドデソープション(FD)法、二次イオン化(SIMS)法、高速原子衝突(FAB)法、matrix-assisted laser desorption ionization(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法等を用いればよい。また、分析部は、二重収束質量分析計、四重極型質量分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換質量分析計、イオンサイクロトロン質量分析計等が用いられる。
【0034】
例えば、VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドをあらかじめ特殊な化学修飾をした基板(プロテインチップ)に結合させる。基板の素材は問わない。洗浄により、捕捉されなかった他のペプチド等を除く。その後、基板上に捕捉されたペプチドをMALDI-TOF-MS、SELDI-TOF-MSなどを用いた質量分析によって分析し、ペプチドのピークの質量数とピーク強度を計測する。SELDIとはチップ表面の化学官能基や固定化された分子を利用して、試料中から特定の性質を有する分子をチップ上に捕捉し、その後にレーザーを照射することにより捕捉された分子の脱離・イオン化を行う方法をいう。SELDI-TOF-MSは、例えば特表2005-509173に記載の方法に従って行うことができる。質量分析の前にトリプシンなどの特定のタンパク質分解酵素によってすべてペプチドに分解してもよい。これらの計測から得られたタンパク質及び部分ペプチドの質量分析ピーク(質量スペクトル)とピークパターン(質量スペクトルパターン)をソフトウェアによって解析し、試料の評価判定を行う。
【0035】
上記プロテインチップとしては、例えばSELDI-TOF MSを利用したProteinChip SELDI System(バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社)を利用することができる。
【0036】
脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを測定し、コントロールと比較して断片ペプチド量が少ない場合に、該脳脊髄液を採取した患者は脳症由来の痙攣を起こしているか、あるいは脳症由来の痙攣を起こしているおそれが大きいと判断することができる。逆に断片ペプチド量がコントロールと比較して多いか又は同等である場合に熱性痙攣を起こしているか、あるいは熱性痙攣を起こしている可能性が大きいと判断することができる。痙攣が脳症由来の痙攣か又は発熱による熱性痙攣かの鑑別することにより痙攣の重症度を判定することができる。また、脳脊髄液中の断片ペプチド量により痙攣の重症度をスコア等により判定することもできる。すなわち、本発明は痙攣の重症度を判定する方法、痙攣の重症度を判定するためのマーカーをも包含する。痙攣が脳症由来の痙攣である場合、より重症度の大きい痙攣であると判断することができる。コントロールとしては、熱性痙攣であることが臨床的に確認された患者の脳脊髄液を用いることができる。この場合、熱性痙攣であることが臨床的に確認された患者から採取した脳脊髄液をコントロール試料として凍結等により保存しておき用いることもでき、またあらかじめ熱性痙攣であることが臨床的に確認された患者から採取した脳脊髄液を用いて測定したVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチド量と比較してもよい。脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを測定し、その量がコントロールと比較して多いか少ないかは複数の被験体試料を用いて統計的に有意差があるかどうかを決定することにより行うことができる。また、脳症由来の痙攣を起こしている患者の脳脊髄液中の断片ペプチドの量と熱性痙攣を起こしている患者の脳脊髄液中の断片ペプチドの量を測定し、統計的にカットオフ値を決めてもよい。被験体の脳脊髄液中の断片ペプチドの量が該カットオフ値より低い場合に被験体が脳症由来の痙攣を起こしているか、あるいは脳症由来の痙攣を起こしているおそれが大きいと判断することができ、逆にカットオフ値より高い場合に被験体が熱性痙攣を起こしているか、あるいは熱性痙攣を起こしている可能性が大きいと判断することができる。
【実施例】
【0037】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0038】
実施例1 インフルエンザ脳症患児、インフルエンザ以外の原因で発症したと考えられた脳症患児及び熱性痙攣患児の脳脊髄液中のペプチドの解析
臨床上、インフルエンザ脳症患児、インフルエンザ以外の原因で発症したと考えられた脳症患児及び熱性痙攣患児(単純型、複雑型)を対象とし、病院の倫理委員会で承認を得たプロトコールに沿い、患児の両親よりインフォームドコンセントを得たのち、入院時に一般検査に用いた脳脊髄液を用いて質量分析計による検討を行った。測定した症例は、熱性痙攣30例、インフルエンザ脳炎5例、脳炎6例の計11例であった。
【0039】
質量分析は、ProteinChip SELDI System(バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社)を用いて行った。質量分析の典型的な結果を図1に示す。図1中、cFCが熱性痙攣患者の試料の解析の結果を示し、Encがインフルエンザ以外の原因による脳症、Inf-Encはインフルエンザ脳症患者の試料の解析の結果を示す。図1に示すように、熱性痙攣患者の試料に質量電荷比(m/z)(分子量)4811のペプチドの存在が認められた。
【0040】
図2にインフルエンザ脳炎・脳症患児、インフルエンザ以外の原因で発症したと考えられた脳炎・脳症患児及び熱性痙攣患児の脳脊髄液中の分子量4811のペプチドの存在量を示す。図2に示すように、分子量4811のタンパク質が熱性痙攣児の髄液では高く、脳炎・脳症患児の髄液では有意に低かった(p<0.003)一方、インフルエンザ脳炎と他の原因による脳症での有意な差は認められなかった。図2の縦軸は任意の単位である。
【0041】
実施例2 分子量4811のタンパク質の精製
(1)イオン交換チップを用いたマイクロスケールでの精製方法の確立
脳脊髄液及びバッファーを体積比1:9で混合し、陽イオン交換チップ(CM10、バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社)又は陰イオン交換チップ(Q10、バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社)のスポットに1スポット当たり50μl添加した。バッファーとしては、100mM酢酸バッファーpH4.5、リン酸ナトリウムバッファーpH6.7又はTris-HClバッファーpH8.9を用いた60分間室温でインキュベーションした後、1スポット当り150μlの上記バッファーで5分間の洗浄を2回行い、MIlliQ水でリンスし脱塩した後、風乾し、エネルギー吸収分子(SPA(シナピン酸)を添加した。イオン交換チップにより捕捉されたペプチドにパルスレーザを照射し、チップ表面から脱離させ、イオン化し、イオン化したタンパク質をProteinChip SELDI System(バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社)を用いて解析した。
【0042】
陽イオン交換チップを用いた場合、分子量4811の目的のペプチドのピークはpH4〜9ではイオン交換レジンに吸着しなかった。一方、陰イオン交換チップを用いた場合、pH4〜8で吸着した(図3)。目的ピークはm/z 4811±4.8(±0.01%)のピークとした。
【0043】
(2)陰イオン交換カラムによる精製
(1)の検討結果を踏まえ、陰イオン交換カラムにより分子量4811のペプチドの精製方法を検討した。陰イオン交換カラムとしては、Q Sepharose Fast Flow (GE Healthcare社)を用いた。陰イオン交換カラムを5倍量の50mM酢酸バッファーpH4で3回洗浄して平衡化した。試料として、熱性痙攣児の髄液を用いた。髄液試料500μlを14000rpmで10分間遠心分離し、上清に50mM酢酸バッファーpH4を加え2倍希釈し、OG(0.1% オクチルグルコシド)を添加し、500μlとし、平衡化した陰イオン交換カラムに添加した。以下のバッファーを用いてステップワイズにイオン強度を上げ溶出し、フラクションを回収した。
1.非吸着画分 1000μl
2.50mM 酢酸バッファーpH4+OG(洗浄) 100μl×3
3.100mM NaCl含有50mM 酢酸バッファーpH4+OG(洗浄) 100μl×3
4.200mM NaCl含有50mM 酢酸バッファーpH4+OG(洗浄) 100μl×3
5.300mM NaCl含有50mM 酢酸バッファーpH4+OG(洗浄) 100μl×3
6.500mM NaCl含有50mM 酢酸バッファーpH4+OG(洗浄) 100μl×3
7.1000mM NaCl含有50mM 酢酸バッファーpH4+OG(洗浄) 100μl×3
【0044】
溶出した画分をpH8のバッファーで希釈し、SPAを添加し、陰イオン交換チップを用いて質量分析計により解析した。
分子量4811のペプチドのピークは、0.1M〜0.2MのNaCl画分に溶出された(図4)。
【0045】
(3)逆相HPLCによる精製
(2)で得られた0.2M NaClの溶出画分について逆相HPLCを用いてグラジエント溶出によりさらに精製した。逆相HPLCの条件は以下のとおりであった。
カラム:TSK-GEL Super ODS 1×50mm(東ソー)
流速:54μl/min.
溶媒A:0.1% TFA
溶媒B:90%アセトニトリル/0.1%TFA
グラジエント:0→10%B/2min.→50%B/40min.
検出:280nmにおける吸光度
画分サイズ:54μ/チューブ
【0046】
逆相HPLCで得られた各画分の2μlを順相チップ(NP20)に添加し、イオン交換チップを用いた質量分析計による解析と同様に解析を行った。
【0047】
図5-1にクロマトグラム及び各画分の吸光度を示し、図5-2に各画分の質量分析の結果を示す。図5-1Bは図5-1Aの枠内の拡大図である。目的の分子量4811のペプチドのピークは画分番号26及び27に溶出した。
【0048】
以上のように、分子量4811のペプチドは、陰イオン交換カラムを用いたイオン交換クロマトグラフィー及び逆相HPLCにより精製することができた。
【0049】
実施例3 分子量4811のペプチドの同定
(1)MS/MS解析による同定
実施例2で精製したペプチドを還元カルボキサミドメチル化及びトリプシン処理後にMALDI-Q-STARTを用いてMS/MS解析により同定した。
MS/MS解析の結果を図6に示す。
【0050】
データベース解析の結果、m/z1907.8のペプチドがNeurosecretory protein VGF precursor及びVGF nerve growth factor inducible precursor precursorにヒットした。
m/z1907.8のペプチドの質量(分子量)は、内部補正法により補正しm/z4808.35であった。
【0051】
MS/MS解析で同定した領域のC末端がトリプシンで切断されるK/Rではないことから、QNALLFAEEEDGEAGAED(配列番号5)は、C末端フラグメントであると考えられた。
【0052】
(2)PMF(ペプチドマスフィンガープリント)(SELDI on-chip digestion)による同定
実施例2で精製したペプチドを2μl/スポットでプロテインチップ(NP20)に添加し、固定し、MilliQ水5μl/スポットで2回洗浄し乾燥させた。次いで、10mM NH4HCO3(pH8)に溶解した5mM DTT(ジチオスレイトール)をスポットに添加し、70℃に設定したヒートブロックに静置し乾燥させ、MilliQ水5μl/スポットで2回洗浄し乾燥させた。次いで、2μg/mlトリプシン/10mM NH4HCO3(pH8)溶液4μl/スポットを添加し、湿度チャンバー中で2時間、37℃で保温した。その後、SELDI(Surface Enhanced Laser Desorpotion/Ionization)によりペプチドの解析を行い、データベース検索によりMS/MSでヒットしたデータベース配列との一致度を確認した。
【0053】
分子量4811のペプチドは、VGF nerve growth factor inducible precursor precursorの断片ペプチドであって、第373〜417番目のアミノ酸配列からなるペプチドであることが判明した。そのアミノ酸配列は、GGEERVGEEDEEAAEAEAEAEEAERARQNALLFAEEEDGEAGAED(配列番号3)であった。
【0054】
実施例4 ウエスタンブロッティングによる検出
1.抗体の作製
実施例3で特定したVGF nerve growth factor inducible precursorのアミノ酸配列に対するポリクローナル抗体を作成するために、配列番号3のアミノ酸配列を抗原ポリペプチドとして選択した。抗体の作製は、株式会社スクラムに外注した。
【0055】
まず、前記抗原ポリペプチド10mg(80%)のうちAEAEAEEAERARQ(配列番号6)をそれぞれ化学合成により調製し、KLH(キーホール・リンペット・ヘモシアニン)2mgに、Cys(システイン)を介したマレイミド法によって結合させて免疫原とした。この免疫原を、アジュバンドとして1回目はFCA、2回目はFIAをウサギ1羽に対して4週間間隔で計2回感作し、2回目の感作の後には、ELISA法(酵素免疫測定法)による力価測定を実施して力価上昇を確認した。感作後、全血採血を行い、抗血清を作成した。各操作は、それ自体公知の通常用いられる方法に従って行った。
【0056】
2.1の抗体を用いた脳症検体の解析
上記1において作製した抗体を用いて、ウエスタンブロッティングによる脳症検体の解析を行った。
(1)試料の調製
脳症及び熱性痙攣の患児の両親に対して、研究目的の使用について十分な説明を行い、同意を得られた脳脊髄液サンプルを検体として用いた。
【0057】
トリシンサンプルバッファー(バイオラド社製)を使用し、検体と1:1で混合し、ジェルにアプライする直前に95℃、3分間インキュベートした。
【0058】
サイズマーカーとして、カレイドペプチドマーカー(バイオラド社製)を使用し、ジェルにアプライする直前に40℃1分間インキュベートした。
【0059】
(2)ポリアクリルアミドゲル電気泳動
抗体検出用として、16.5%レディージェルJ peptide(バイオラド社製)に上記検体とサイズマーカーをアプライし、電気泳動装置(バイオラド社製)に装着して、トリシンサンプルバッファー(バイオラド社製)を使用して泳動を行った。泳動は90分、100ボルトで行った。
【0060】
(3)ウエスタンブロッティングによる解析
上記(2)において電気泳動を行ったゲルを、トリス/グリシン/SDSバッファー(バイオラド社製)を使用して、100Vで60分間、PVDF膜(バイオラド社製)にそれぞれ転写した。転写装置としてはウェット式ブロッター(バイオラド社製)を用いた。
【0061】
転写後、PVDF膜をgold stain染色液に一晩浸した後、MilliQ水で脱色し、各試料溶液中のタンパク質が染色された様子を確認した。
【0062】
次に、ECL(酵素発光法)による検出及び解析を行った。まず、PVDF膜を、非特異的反応をブロックするために1%スキムミルクを含むPBStween(PBSt)中に室温で1時間浸した。これをPBStで10分間、3回洗浄し、1次抗体と反応させた。1次抗体としては、PBStで100:1の希釈した抗血清を使用し、室温で振蘯させながら一晩反応させた。PBStで10分間3回洗浄した後、2500倍希釈(PBSt)の抗ウサギ抗体(アマシャム社)で1時間インキュベートし、PBStで10分間3回洗浄した後、Amersham社製ECLで発色させレントゲンフィルムに感光した。
【0063】
抗血清を用いた解析の結果、プロテインチップで陽性ピークの出たサンプルに4800ダルトンのバンドが検出された(図7)。
【0064】
これらの結果より、VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドをもとに脳炎と熱性痙攣の診断を行うことが可能であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0065】
インフルエンザ脳炎・脳症由来の痙攣を起こす患者は、日本で年間500人程度、他の脳炎・脳症を起こす患者は日本で年間1000人以上いる。本発明のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドをマーカーとして用いることにより、痙攣の原因を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】インフルエンザ脳炎・脳症患児、インフルエンザ以外の原因で発症したと考えられた脳炎・脳症患児及び熱性痙攣患児の脳脊髄液中のペプチドの質量分析の結果を示す図である。
【図2】インフルエンザ脳炎・脳症患児、インフルエンザ以外の原因で発症したと考えられた脳炎・脳症患児及び熱性痙攣患児の脳脊髄液中の分子量4811のペプチドの存在量を示す図である。
【図3】種々のpHにおけるイオン交換チップへの分子量4811のペプチドの吸着効率を示す図である。
【図4】陰イオン交換クロマトグラフィーにおいて溶出液として0.1又は0.2M NaClを含むバッファーを用いた場合の分子量4811のペプチドの溶出効率を示す図である。
【図5−1】逆相HPLCを用いた分子量4811のペプチドの精製の結果(吸光度)を示す図である。
【図5−2】逆相HPLCを用いた分子量4811のペプチドの精製の結果(質量分析)を示す図である。
【図6】分子量4811のペプチドのMS/MS分析の結果を示す図である。
【図7】脳症及び熱性痙攣患者の脳脊髄液中の分子量4811のペプチドをウエスタンブロッティングにより解析した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
痙攣を起こした患者から採取した脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの質量分析により得られるm/z値が4811±4.8であり、アミノ酸配列EAEAEAEE(配列番号4)を含む断片ペプチドを測定することを含む、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣を鑑別して検出する方法。
【請求項2】
VGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドが配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなる断片ペプチドである請求項1記載の方法。
【請求項3】
脳症がインフルエンザ脳症であり、発熱による熱性痙攣がインフルエンザの発熱による熱性痙攣である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
痙攣を起こした患者から採取した脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドをELISA又はウエスタンブロット法により測定する請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
痙攣を起こした患者から採取した脳脊髄液中のVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドを質量分析により測定する請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドからなる、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用マーカー。
【請求項7】
配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドの、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用マーカーとしての使用。
【請求項8】
配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドに対する抗体。
【請求項9】
配列番号3に表されるアミノ酸配列又は配列番号3に表されるアミノ酸配列において、1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加したアミノ酸配列からなるVGF nerve growth factor inducible precursorの断片ペプチドに対する抗体を含む、脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用キット。
【請求項10】
ELISA又はウエスタンブロット法用キットである、請求項9記載の脳症による痙攣と発熱による熱性痙攣の鑑別検出用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−264846(P2009−264846A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−112984(P2008−112984)
【出願日】平成20年4月23日(2008.4.23)
【出願人】(500557048)学校法人日本医科大学 (20)
【Fターム(参考)】