説明

腎疾患および腎損傷の早期発見のための方法

早期の血清バイオマーカーとしてNGALを利用する、腎尿細管細胞損傷を含めた早期発現の腎疾患および損傷を検出するための方法およびキット。NGALは、プロテアーゼ耐性があり、その結果として、腎尿細管細胞損傷後に直ちに血清中に検出される、低分子の分泌型ポリペプチドである。NGALタンパク質発現は、分泌型タンパク質を連想させる斑点状の細胞質分布で、近位尿細管細胞中に主に検出される。血清へのNGALの出現は、用量ならびに腎臓虚血および腎臓毒血症の期間に関連し、腎尿細管細胞損傷および腎不全を診断するものとなる。NGAL検出はまた、薬物または他の処置薬の腎臓毒による副作用をモニタリングするための有用なマーカーである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の背景
虚血性損傷または腎臓毒による損傷を含めた尿細管細胞損傷に続発する急性腎不全(ARF)は、有効な看護のかなりの進歩にもかかわらず、死亡率および罹患率の割合が持続的に高く、臨床医学および腎臓病学における一般的かつ潜在的に破壊的な問題のままである。数十年にわたる先駆的な研究によって、持続的血管収縮、尿細管の閉塞、細胞の構造的および代謝的変化、ならびにARFの発病における炎症性応答の役割が解明されてきた。こうした研究により、動物モデルにおける治療的手法の可能性が示唆されてきたのに対し、ヒトにおける移転研究への労力は、期待外れの結果であった。この理由には、虚血性損傷および腎臓毒への腎臓の多面的な応答、ならびに、ARFに対する早期のバイオマーカーの不足(その結果、治療の開始が遅れる)が含まれる可能性がある。
【背景技術】
【0002】
患者が、以下の血清クレアチニン値を有する場合、その人は、急性腎不全を患うと考えられる:(1)ベースライン血清クレアチニン濃度が2.0mg/dL未満であった場合に、少なくとも0.5mg/dLまで増大される;(2)ベースライン血清クレアチニン濃度が2.0mg/dL以上だった場合に、少なくとも1.5mg/dLまで増大される;あるいは(3)X線撮影用薬剤への暴露の結果として、ベースライン血清クレアチニン濃度に関係なく、少なくとも0.5mg/dLまで増大される。
【0003】
治療を導入することによって、ARFに伴う疾患プロセスの初期における死亡率が低下し、これに限定されないが虚血性および腎臓毒による腎損傷を含めた様々なタイプの尿細管細胞損傷の治療のための時間が短くなると考えられる。尿細管細胞損傷に対する、信頼性が高く早期のバイオマーカーの特定は、早期の治療的介入を容易にするために有用であり、また、腎毒性の指標を提供することによって、医薬開発の道標の助けとなるであろう。
【0004】
腎疾患の検出のための従来の実験室手法は、血清クレアチニン、血中尿素窒素、クレアチニン・クリアランス、尿電解質、尿沈渣の顕微鏡検査、および放射線研究を測定することが必要であった。これらの指標は、感受性が低く非特異的であるだけでなく、疾患の早期の検出を可能にしない。実際、血清クレアチニンの増大が、ARFの検出のための「絶対基準(gold standard)」と広く考えられる一方、血清クレアチニンが変化する頃には、既に腎機能の50%も失われている可能性があることが、現在明白である。
【0005】
腎臓損傷分子(kidney injury molecule)−1(KIM−1)およびシステインリッチタンパク質(cysteine rich protein)61(Cyr61)を含む、虚血性腎損傷に対する2、3の尿バイオマーカーが、以前に報告されている。KIM−1は、腎臓再生に関与する推定上の接着分子である。虚血−再灌流傷害のラットモデルでは、KIM−1は、最初の損傷の24〜48時間後に上方制御されることが判明しており、これは、信頼できるマーカーであるが、尿細管細胞損傷のやや遅いマーカーである。最近の研究では、KIM−1が、虚血性の急性尿細管壊死を患う患者の腎生検および尿に検出され得ることが示されている。しかし、この検出は、確立された虚血性腎障害患者において、病気の過程の中で遅い時期に実証された。初期ARFまたは無症状の腎損傷の検出のための尿KIM−1測定の有用性は、これまでに確認されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
タンパク質Cyr61は、動物モデルでは、虚血性腎損傷の3〜6時間後に尿中に検出できる、分泌型のシステインリッチタンパク質であることが判明した。しかし、この検出には、ヘパリン−セファロースビーズ、それに続いてウエスタンブロッティング・プロトコルを用いる、バイオアフィニティ精製および濃縮ステップが必要であった。バイオアフィニティ精製の後でさえ、交差反応しているいくつかの非特異的なペプチドが、明らかに見られた。このように、尿におけるCyr61の検出は、特異性、ならびに手順の厄介な性質に関する問題を孕んでいる。
【0007】
したがって、初期の虚血性および腎臓毒による腎損傷に対する改良されたバイオマーカーを特定する差し迫った必要性が残っている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明の要約
本発明は、哺乳類の対象における腎尿細管細胞損傷の即時または早期発現検出のための方法であって、以下のステップを含む方法に関する:1)哺乳類の対象から血清サンプルを得るステップ;2)血清サンプルから、即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択されるバイオマーカーのレベルを決定するステップ;および(c)対象の腎尿細管細胞の損傷状態を評価するステップ。
【0009】
本発明はまた、哺乳類における腎尿細管細胞損傷の即時または早期発現検出のための方法であって、以下のステップを含む方法に関する:1)哺乳類の対象から血清サンプルを得るステップ;2)抗体と腎尿細管細胞損傷バイオマーカーとの複合体を形成させるために、腎尿細管細胞損傷バイオマーカーすなわちNGALを含む腎尿細管細胞損傷バイオマーカーに対する抗体と、血清サンプルを接触させるステップ;および3)抗体−バイオマーカー複合体を検出するステップ。
【0010】
本発明は、腎尿細管細胞損傷のための処置の有効性をモニタリングするための方法であって、以下のステップを含む方法に関する:1)腎尿細管細胞損傷に罹っている哺乳類の対象から血清サンプルを得るステップ;2)血清サンプルから、即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択されるバイオマーカーのレベルを決定するステップ;および(c)対象の腎尿細管細胞損傷の状態を評価するステップ。
【0011】
本発明は、腎尿細管細胞損傷に対する処置の効果をモニタリングする方法であって、以下のステップを含む方法に関する:1)腎尿細管細胞損傷に罹っている哺乳類の対象に処置を提供するステップ;2)対象から少なくとも1つの処置後血清サンプルを得るステップ;および3)処置後の血清サンプル中の、即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択される腎尿細管細胞損傷に対するバイオマーカーの存在を検出するステップ。
【0012】
本発明は、以下を含む、腎尿細管細胞損傷に対する即時または早期発現バイオマーカーの存在を検出するためのキットに関する:1)ある分量の血液血清サンプルを得るための手段;および2)早期発現バイオマーカーの検出のためのアッセイ。
【0013】
本発明はさらに、以下を含む、対象の血清における腎尿細管細胞損傷に対する即時または早期発現のバイオマーカーの存在を検出するためのキットに関する:1)ある分量の血液血清サンプルを得るための手段;2)即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択される腎尿細管細胞損傷バイオマーカーと複合体形成が可能な捕捉抗体が付着した培地;および3)腎尿細管細胞損傷バイオマーカーと捕捉抗体の複合体の検出のためのアッセイ。
【0014】
本発明は、対象の血清サンプル中のその存在を検出するための、即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択されるバイオマーカーに特異的な第1の抗体を含む、哺乳類の対象の腎尿細管細胞の損傷状態を決定するための競合酵素結合免疫測定法(ELISA)キットにも関する。
【0015】
本発明はさらに、事象によって引き起こされる腎尿細管細胞損傷の程度を特定する方法であって、以下を含む方法に関する:1)哺乳類の対象から少なくとも1つの血清サンプルを得ること;2)血清サンプル中で腎尿細管細胞損傷に対する早期発現バイオマーカーの存在を検出すること;および3)事象の時点に対する、即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択されるバイオマーカーの血清サンプル中の存在の開始の時点に基づいて、腎尿細管細胞損傷の程度を決定すること。
【0016】
本発明は、哺乳類の対象における腎尿細管細胞損傷の検出のための方法であって、以下のステップを含む方法に関する:1)腎尿細管細胞損傷と疑われた後の哺乳類の対象からの最高1ミリリットルを含む血清サンプルを哺乳類の対象から得るステップ;2)血清サンプルから、即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択されるバイオマーカーのレベルを決定するステップ;および(c)対象の腎尿細管細胞損傷の状態を評価するステップ。
【0017】
本発明はさらに、哺乳類の対象における腎尿細管細胞損傷の検出のための方法であって、以下のステップを含む方法に関する:1)哺乳類の対象から最高1ミリリットルを含む血清サンプルを得るステップ;2)抗体とバイオマーカーの複合体の形成を可能にするために、即時の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカー、およびそれらの混合物から選択されるバイオマーカーに対するバイオマーカー;および3)抗体−バイオマーカー複合体を検出するステップ。
【0018】
好ましい早期発現の腎尿細管細胞損傷バイオマーカーは、NGALである。好ましい即時の尿細管細胞腎損傷バイオマーカーは、NGALである。
【0019】
発明の詳細な説明
本明細書では、突然の(急性の)、あるいは時間とともにゆっくりと衰える(慢性の)「腎尿細管細胞損傷」という表現は、(これに限定されないが)以下を含めて、いくつかの疾患または異常プロセスによって誘発される可能性がある、腎不全または腎機能障害を意味するものとする:腎尿細管細胞損傷;急性虚血性損傷および慢性虚血性損傷を含めた虚血性腎損傷(IRI);急性腎不全、敗血症(感染症)、急性循環不全、外傷、腎結石、腎感染症、薬物毒性、毒または毒素を含めた、あるいはヨウ化コントラスト染料での注射の後(副作用)の急性の腎臓毒による腎損傷(NRI)毒性;ならびに慢性の腎臓毒による腎損傷:長期にわたる高血圧、糖尿病、鬱血性心不全、狼瘡、または鎌形赤血球貧血。どちらの形の腎不全も、生命にかかわる障害をもたらす可能性がある。
【0020】
本明細書では、腎尿細管細胞バイオマーカーに関する「即時の」という表現は、腎尿細管細胞損傷の開始から2時間以内に血清中に生じ得るバイオマーカータンパク質である。
【0021】
本明細書では、腎尿細管細胞バイオマーカーに関する「早期発現」という表現は、腎尿細管細胞損傷の開始から最初の24時間以内に、より一般的には最初の6時間以内に血清中に生じ得るバイオマーカータンパク質である。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、腎尿細管細胞損傷の早期発現に対象の血清中に存在する腎尿細管細胞損傷バイオマーカーの存在を分析するための方法およびキットを提供する。損傷の開始の早期の検出は、損傷の処置に要する時間を減少させることができ、また、臨床上の急性腎不全(ARF)を発症するリスクを低下させることができる。
【0023】
ベッドサイドで血清NGALを迅速に検出するための広く使用されている血中グルコース試験キットと類似の原理を使用する、単純なポイント・オブ・ケア・キットによって、臨床医が迅速にARFを診断し、試験済みの有効な治療薬および予防措置を迅速に開始できるようになる。このキットの使用は、心臓の手術、腎移植、脳卒中、外傷、敗血症、脱水症、および腎臓毒(抗生物質、抗炎症剤、放射線造影剤、および化学療法剤)への使用を含めて、ARFを発症する危険にさらされているすべての患者の看護のスタンダードに相当する可能性がある。現在の臨床診療では、こうした素因となる状態においてARFが起こる場合、診断は非常に遅く、それに伴って、容認できないほど高い罹患率および死亡率となる。皮肉にも、悲劇的でさえあるのは、有効な予防的および治療的措置が、広く利用できるものの、ARFの早期のバイオマーカーの欠如に起因して、これまでにほとんど、時宜を得た方式では実施されてこなかったということである。NGALの複数回の連続測定は、初期の腎臓損傷を診断および定量化するためだけでなく、早期の処置に対する応答を追跡するため、また、長期的な結果を予測するためにも不可欠となるであろうことが予想される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
腎尿細管細胞損傷に対するバイオマーカー(これは、RTCIバイオマーカーとも呼ばれる)は、腎尿細管細胞損傷の開始後2時間以内に血清中に生じ得る即時のRTCIバイオマーカー(NGALなど)であり得る。即時のRTCIバイオマーカーは、NGALの場合にそうであるように、腎尿細管細胞損傷の開始の直後に、対象の血清中に9割がた存在する可能性がある。RTCIバイオマーカーはまた、腎尿細管細胞損傷の開始から最初の24時間以内に、より一般的には最初の6時間以内に生じ得る、早期発現のRTCIバイオマーカーである可能性もある。したがって、NGALはまた、早期発現のRTCIバイオマーカーの例でもある。
【0025】
有効なRTCIバイオマーカーは一般的に、分泌型のタンパク質であり、それによって、これは、腎臓によって尿中に排出される可能性がある、あるいは血清内に輸送される可能性がある。有効なRTCIバイオマーカーはまた、一般的に、プロテアーゼ耐性のタンパク質(NGALなど)である。しかし、RTCIバイオマーカーは、タンパク質の安定なフラグメントが、例えば、後述するとおりのNGALに対する抗体によって、尿中に、あるいは血清中に検出される可能性がある限り、プロテアーゼ感受性が高いタンパク質である可能性もある。
【0026】
RTCIバイオマーカーは、虚血性腎損傷バイオマーカー(IRIバイオマーカー)、腎臓毒による腎損傷バイオマーカー(NRIバイオマーカー)、またはそれらの混合物であり得る。NGALは、IRIバイオマーカーおよびNRIバイオマーカーの例である。
【0027】
本発明の方法は、非常に様々な事象(腎臓への血液供給の低下、心臓機能の障害、外科的手技、集中治療室内の患者、ならびに、対象への医薬品、放射線造影染料、または他の医薬物質の投与のすべての種類を含む可能性がある)に対する、腎尿細管細胞損傷の開始を検出するために、また、その処置をモニタリングするために使用できる。腎尿細管細胞損傷は、虚血性腎損傷、腎臓毒による腎損傷、または、腎臓の尿細管細胞に影響を及ぼす他の損傷である可能性がある。事象は、これに限定されないが、癌化学療法(シスプラチン、シクロホスファミド、イフォスファミド(isosfamide)、メトトレキセート)、抗生物質(ゲンタマイシン、バンコマイシン、トブラマイシン)、抗真菌剤(アンホテリシン)、抗炎症剤(NSAID)、免疫抑制薬(シクロスポリン、タクロリムス)、および放射線造影剤を含めた、広く様々な腎臓毒の投与または摂取を含む可能性がある。本発明の方法は、新しく開発された、また、よく知られた化合物の腎毒性を評価するために使用することができる。
【0028】
本発明はまた、対象の血清中に存在するNGALの量を用いて、腎尿細管細胞損傷の、まさに開始から臨床的ARFまでの範囲であり得る、損傷の程度の間の比例関係に基づいて、腎損傷の程度を評価するための方法およびキットを提供する。本発明は、血清中のNGALの検出される量に基づいて、初期評価で腎損傷の程度を推定するための、また、損傷の状態の変化(悪化する、改善する、または、同じままである)をモニタリングするための、臨床医のための手段を提供する。
【0029】
一般的に、臨床医は、選択された間隔で、患者からある量の新しい血液サンプルを収集および分析するプロトコルを確立しようとするものである。一般的に、血液サンプルは、所定の期間中、断続的に得られる。断続的なサンプリングの間の時間は、対象の状態によって決定することができ、24時間毎のサンプルから、連続的に採取されるサンプルまでの範囲、より一般的には4時間毎から30分毎である可能性がある。血清サンプルはその後一般的に、よく知られた手段によって、血液サンプルから単離される。
【0030】
本明細書に記載される方法および技術を使用すると、血清中に存在するRTCIバイオマーカーの質的レベルを、分析および推定することもできるし、血清中に存在するRTCIバイオマーカーの量的レベルも、分析および測定することができる。患者の状態に応じて、臨床医は、質的方法、量的方法、あるいはその両方を選択するであろう。一般的に、収集される血清の量は、1ミリリットル未満であり、より一般的には10μl未満である。典型的なサンプルは、約1μlから約1mlまでの範囲である。一般的に、より大きな量の血清サンプル(約1ml)は、量的分析のために使用される。一般的に、こうした少量の血清は、ARFを発症する傾向がある、あるいはARFを発症している臨床的対象から、容易かつ直ちに利用可能である。
【0031】
一旦腎尿細管細胞損傷または急性腎不全の徴候が検出されると、疾患または状態の処置および処置が開始され、臨床医は、治療または処置の進行をモニタリングするために、本発明の方法およびキットを用いることができる。腎尿細管細胞損傷を引き起こす可能性がある処置または手術が計画される場合、臨床医は、個人のためのベースライン値を決定するために、処置前の血清サンプルを得ることができる。一般的に、腎損傷の処置を開始し、続ける時には、その後の1つまたは複数の処置後血清サンプルを採取し、RTCIバイオマーカーの存在について分析することとなる。ベースライン値を得ていた場合、こうした処置後の値を、患者の相対的な状態を決定するために、ベースライン値と比較することができる。その後の処置後血清サンプル中にRTCIバイオマーカーの存在が検出されなくなるまで、処置が続けられる。治療および処置によって状態が改善されるにつれて、RTCIバイオマーカーの発現および血清中のその存在は、それに応じて低下する。改善の程度は、サンプル中に検出されるNGALなどのRTCIバイオマーカーの、改善の程度に応じて低下するレベルによって表されることとなる。腎損傷が、完全な回復に近づくと、この方法は、処置の過程の完了を知らせる、RTCIバイオマーカーの完全な消失を検出するために使用することができる。虚血性または腎臓毒による損傷事象の動物モデルを用いる研究では、NGALが、事象の後、数分以内に、腎尿細管細胞中に産生されることが実証された。本発明の実施例に示すとおり、腎尿細管細胞によって発現されるNGALは、血液中に迅速に蓄積し、腎臓細胞損傷を示唆するために利用できる現在の診断試験よりも、はるかに早く検出できる。NGALは、腎損傷または腎臓毒処置から2時間以内に血清中に容易に検出されるので、本発明は、早期発現の診断法として使用するのに適している。NGALは、低レベルで血清中に生じ始め、その後、上がり続けるので、対象から得られる血清サンプルのNGAL試験は、損傷が疑われてから30分以内に開始することができる。したがって、NGALが血清中に明らかに明白である場合、損傷が疑われてから2時間以内の任意の時点で試験を開始することは、大変に価値があることである。さらに、NGALは、非常に信頼性が高く、他のパラメータ(クレアチニンなど)の変化を検出できるよりも前に血清中に生ずる、容易に測定される損傷のマーカーであるので、損傷が疑われた後、最初の24時間の間の他の任意の時点で試験することも価値があることである。NGAL試験のきわめて好ましい過程は、腎臓の健康状態のリアルタイム変化をモニタリングするために、処置の過程全体を通して間隔を置いてサンプルを収集することである。
【0032】
RTCIバイオマーカーと結合するモノクローナル抗体とポリクローナル抗体は両方とも、本発明の方法およびキットに有用である。これらの抗体は、当技術分野で知られた方法によって調製できる。例えば、好ましいRTCIバイオマーカー(NGAL)に対するモノクローナル抗体は、「Characterization of two ELISAs for NGAL, a newly described lipocalin in human neutrophils」、Lars Kjeldsenら、(1996年)「Journal of Immunological Methods」、第198巻、155〜16(参照により本明細書の一部とする)に記載されている。NGALに対するモノクローナル抗体の例は、Antibody Shop、コペンハーゲン、デンマークから、HYB−211−01、HYB−211−02、およびNYB−211−05として得ることができる。一般的に、HYB−211−01およびHYB−211−02は、その還元形および非還元形で、NGALと共に使用できる。NGALのためのポリクローナル抗体の例は、「An Iron Delivery Pathway Mediated by a Lipocalin」、Jun Yangら、「Molecular Cell」、(2002年)、第10巻(1045〜1056)(参照により本明細書の一部とする)に記載されている。このポリクローナル抗体を調製するために、ウサギを、組換え型のゲル濾過されたNGALタンパク質で免疫させた。血清を、GST−Sepharose 4Bビーズと共に保温して、混入物を除去し、Jun Yangら、「Molecular Cell」(2002年)中で本出願人らによって記載されるとおりに、血清中にポリクローナル抗体を生じさせた。
【0033】
一般的に、捕捉抗体とRTCIバイオマーカーとの複合体を検出するステップは、この複合体を、バイオマーカーを検出するための2次抗体と接触させることを含む。
【0034】
RTCIバイオマーカーと最初の抗体との複合体を検出するための方法は、捕捉抗体−バイオマーカー複合体から、血清サンプルのいかなる結合していない材料も分離するステップ;RTCIバイオマーカーと2次抗体との間の複合体の形成を可能にするために、RTCIバイオマーカーを検出するための2次抗体と捕捉抗体−バイオマーカー複合体を接触させるステップ;RTCIバイオマーカー−2次抗体複合体からいかなる結合していない2次抗体も分離するステップ;およびRTCIバイオマーカー−2次抗体複合体の2次抗体を検出するステップを含む。
【0035】
この方法で使用するためのキットは一般的に、捕捉抗体が付着した培地を含み、それによって、血清サンプルは、培地と接触し、捕捉抗体が、サンプル中に含有されるNGALに暴露される。このキットは、培地を含む表面を有する場合、スパチュラまたは単純なスティックなどの道具を含む獲得手段を含み得る。獲得手段はまた、容器が、培地を含む血清−接触表面を有する場合、血清サンプルを入れるための容器を含むことができる。別の典型的な実施形態では、RTCIバイオマーカーと抗体の複合体を検出するための分析は、ELISAを含むことができ、これは、血清サンプル中のNGALの量を数量化するために使用できる。別の実施形態では、獲得手段は、培地を含有するカセットを含む道具を含むことができる。
【0036】
RTCIバイオマーカーの早期の検出は、短時間で、血清サンプル内のタンパク質の存在を示すことができる。一般に、本発明の方法およびキットは、腎尿細管細胞損傷後、4時間以内に、より一般的には2時間以内に、最も一般的には1時間以内に、血清のサンプル内のRTCIバイオマーカーを検出できる。好ましくは、RTCIバイオマーカーは、腎尿細管細胞損傷後の約30分以内に検出できる。
【0037】
RTCIバイオマーカーを検出するための本発明の方法およびキットは、生物学的サンプル中の他のタンパク質およびリガンドを迅速に検出するための、当技術分野で知られた方法およびキットを適合させることによって作製できる。本発明に適合させることができる方法およびキットの例は、1997年8月12日にMayらに発行された米国特許第5,656,503号、2002年12月31日にO’Connerらに発行された米国特許6,500,627号、1989年9月26日にSmith-Lewisに発行された米国特許第4,870,007号、1993年12月28日にAhlemらに発行された米国特許第5,273,743号、および1986年12月30日にValkersらに発行された米国特許第4,632,901号(すべてのこうした参考文献を、本明細書の一部とするものとする)中に記載されている。
【0038】
RTCIバイオマーカーを検出する迅速な一段階方法は、腎尿細管細胞損傷を検出するための時間を短縮させることができる。典型的な方法は、次のステップを含み得る:RTCIバイオマーカーを含有することが疑われる血清サンプルを得るステップ;サンプル中のRTCIバイオマーカーへの検出抗体の結合が開始するように、サンプルの一部を、RTCIバイオマーカーに特異的に結合する検出抗体と混合させるステップ;検出抗体がRTCIバイオマーカーに、そしてRTCIバイオマーカーが捕捉抗体に結合するように、サンプルと検出抗体との混合物を、RTCIバイオマーカーに特異的に結合する固定された捕捉抗体(この捕捉抗体は、検出抗体と交差反応しない)と接触させ、検出可能な複合体を形成するステップ;複合体から、結合していない検出抗体、およびいかなる結合していないサンプルも除去するステップ;ならびに、複合体の検出抗体を検出するステップ。検出可能な抗体は、当分野で良く知られているとおりの、放射性標識、酵素、生物学的染料、磁気ビーズ、またはビオチンなどの検出可能なマーカーで標識できる。検出可能な抗体は、膜、プラスチック小片、実験用プラスチックプレート(ELISAまたは他のハイスループット分析のための使用されるものなど)、または他の任意の支持材料(当分野でよく知られた他の診断用キットに使用されるものなど)などの、支持材料に付着させることができる。
【0039】
虚血性および腎臓毒による腎損傷などの腎尿細管細胞損傷の最も早い発症に伴って生じ、これを示すことができる潜在的遺伝子およびそのタンパク質を同定するために、cDNAマイクロアレイ分析を使用して、多数の潜在的遺伝子標的のうちのどれが著しく上方制御されるかについて検出することができる。このスクリーニング技術を利用して、好中球ゼラチナーゼ結合リポカリン(neutrophil gelatinase-associated lipocalin)(NGAL)が、その発現が、マウスモデルにおける虚血性腎損傷後の最初の数時間以内に10倍以上に上方制御される遺伝子として同定された。
【0040】
NGALは、β−樽状腎杯(barreled calyx)内に様々なリガンドを輸送すると考えられる、20以上の構造的に関連する分泌型タンパク質のリポカリン・スーパーファミリーに属している。ヒトNGALは、本来は、ヒト好中球由来のゼラチナーゼと共有結合する25kDaのタンパク質として同定された(そこでは、これは、好中球二次顆粒タンパク質(neutrophil secondary granule protein)のうちの1つに相当する)。分子クローニング研究では、ヒトNGALは、増殖するように誘導させたマウス腎臓の最初の培養株中で最初に同定されたマウス24p3遺伝子に類似であると示されている。NGALは、腎臓、気管、肺、胃および大腸を含めた他のヒト組織では、非常に低いレベルで発現される。NGAL発現は、刺激された上皮中に著しく誘発される。例えば、これは、炎症の領域内の結腸上皮細胞または新生物において上方制御されるが、間にある未関与の領域、または転移性病変内には存在しない。NGAL濃度は、急性の細菌感染症患者の血清、喘息または慢性閉塞性肺疾患を患う対象の痰、および気腫の肺からの気管支液中で高い。こうした場合のすべてにおいて、NGAL誘発は、炎症細胞と上皮内壁との間の相互作用の結果であると仮定され、NGAL発現の上方制御は、好中球中と上皮中の両方で明白である。
【0041】
検出されるNGAL誘導は、腎臓近位尿細管細胞の、虚血性および腎臓毒による損傷を含めた腎尿細管細胞損傷に対する新規の内因性の応答に相当し、単に、活性化された好中球のみから誘導されるのではないと考えられる。第1に、この応答は、迅速であり、虚血性ARFのこのモデルにおける腎臓好中球蓄積が通常、損傷の4時間後に最初に示されるのに対し、NGALは、腎動脈閉塞後の損傷の2時間以内に血清中に生じる。第2に、NGAL誘導と好中球蓄積の時間的パターンは異なる。NGALのmRNAおよびタンパク質発現が、血流再開から12時間で最大を示すのに対し、好中球の蓄積は、24時間(その時までに、NGAL発現は有意に低下する)でピークに達する。第3に、NGALを発現している好中球は、試験される腎臓サンプルにおいて、免疫蛍光によって検出可能ではなかった。第4に、NGALのmRNAおよびタンパク質誘導が、in vitroの虚血後に培養されたヒト近位尿細管細胞中で起こり、好中球が完全に無い系において、NGALは、ATP欠乏から1時間以内に培地中に分泌されることが実証された。しかし、観察されるNGAL上方制御に対する、浸潤性好中球からのある種の貢献は、存在する可能性があった。腎尿細管細胞におけるNGALの上方制御は、虚血性損傷の後早くに、微小循環中にせき止められた好中球からのサイトカインの局所的な放出によって誘導される可能性がある。
【0042】
NGALの以前の名前は、HNLである。従来技術の米国特許第6,136,526号は、細菌感染症をウイルス感染と区別するためにHNLを検出するための方法を教示している。感染症は、免疫系の誘発の古典的な意味では、感染症の部位に好中球および他の免疫細胞を引き寄せることによって、炎症が引き起こされる。免疫細胞が、罹患した領域を浸潤させる場合、ヒスタミンおよび一連の炎症誘発性サイトカインが、細胞内空間に放出されて、生物の食作用および死滅が誘導される。活性化された好中球はまた、細菌性であるがウイルス性でない感染症に応答して、NGALを分泌する。NGALは、貪欲にLPSと結合することから、この差別的な応答はおそらく、細菌の表面上のリポ多糖類(LPS)部分に起因する。NGALは、感染した部位の近くに位置する毛細血管にその後拡散し、それが十分なレベルに到達する場合、血清または血漿中に検出できるようになる。好中球が、細菌の感染症に応答してNGALを分泌することが、どのくらい早く開始されるか、あるいは、好中球から放出されるNGALが、血清中に検出可能なレベルに到達するまでどのぐらいかかるかは、明白でない。
【0043】
これは、いくつかの点で、本発明とは対照的である。第1に、初期の虚血性または腎臓毒による損傷では、好中球または他の免疫細胞の関与がほとんどまたは全くない。第2に、虚血性または腎臓毒による損傷は、様々なネフロン・セグメントに沿って並ぶものなどの罹患した組織の細胞中に、NGALの早期のおよび迅速な発現を誘導する。第3に、腎臓の損傷を受けた細胞は、尿に直接的にNGALを放出し、これは、損傷の数分以内に出現する。第4に、虚血性または腎臓毒による損傷の6〜12時間後に一般的に起こる炎症は、感染症によって引き起こされるものとは異なる。虚血性または腎臓毒による損傷によって誘導される細胞死は、炎症誘発性サイトカインを分泌して、損傷を受けた組織中の細胞残屑の食作用を促進するマクロファージを主として含む浸潤物を誘導する。第5に、虚血性腎臓損傷の動物モデルにおいて、ある種の好中球蓄積が起こることが示されたが、これは、損傷の約4時間後に初めて発生を開始し、損傷の約24時間後にピークに達する。対照的に、尿のNGALは、損傷の2から4時間後にピークに達し、24時間後までには著しく減少する(1〜3)。このように、尿へのNGAL排出と好中球蓄積の異なる経時変化は、虚血性損傷後の尿および血清NGALに対する炎症源の反証となる。第6に、動物モデルにおいて、好中球蓄積が示されたが、これは、今まで、ヒトの急性腎不全では証明も実証もされていない。第7に、本発明者らは、好中球が完全に存在しないシステムにおいて、in vitroの虚血性損傷後の培養された尿細管細胞におけるNGAL蓄積を実証した。Rabb HおよびStar R.「Acute Renal Failure」、Molitoris BAおよびFinn WF(編集者)WB Saunders、フィラデルフィア(Philadelphia)、2001年、pp89〜100;Chiaoら、「J Clin Invest」1997年、99:1165〜1172;およびRabb Hら「Am J Physiol」1996年、271 F408〜F413を参照のこと。
【0044】
刺激された上皮によるNGALの誘発に対する適切な説明は、欠如しており、NGALが、損傷に対して保護的か、損傷と近いものであるか、あるいは無害な傍観者であるかさえ、不明なままである。最近の根拠は、少なくとも一部分の細胞タイプにおいては、NGALが、プロ−アポトーシスの分子に相当する可能性があることを示唆する。マウス・プロ−Bリンパ球細胞系では、サイトカインの撤退によって、NGALの著しい誘発ならびにアポトーシスの開始がもたらされた。精製されたNGALは、Baxの活性化を含めてサイトカイン欠乏と同じプロ−アポトーシス応答をもたらし、NGALが、プログラムされた細胞死と近いものであることが示唆された。NGALはまた、生殖組織におけるアポトーシスとも関連付けられている。退縮している乳腺および子宮の上皮細胞は、高レベルのNGALを発現し、これは、アポトーシスが最大である期間と時間的に一致していた。おそらく、NGALは、アポトーシスを誘導することによって、一部の細胞集団を調節するのであろう。刺激された上皮は、浸潤する好中球のアポトーシスを誘導するために、NGALを上方制御し、それによって、常在の細胞が、炎症応答の影響から生き延びるのを可能にしている可能性がある。あるいは、上皮細胞は、それ自身の終焉を調節するために、この機構を利用する可能性がある。しかし、腎臓虚血−再灌流傷害後のNGALの誘発は、主に近位尿細管細胞内で起こり、同じ状況下で、アポトーシスは、主として遠位尿細管細胞現象であることが示されるのは、興味深い。
【0045】
最近の他の研究では、NGALが、上皮の表現型を増強することが示されている。NGALは、突出するラット尿管芽によって発現され、間葉性細胞の腎臓上皮への転換を刺激することによって、腎形成を誘発する。別のリポカリン(グリコデリン)は、ヒトの乳ガン細胞中に発現される場合、上皮の表現型を誘導することが示されている。こうした発見は、特に成熟した腎臓に関連し、その中でも、虚血性損傷に対する文書で十分に裏付けられた応答の1つは、近位尿細管の内側を覆っている脱分化した上皮細胞の注目すべき外観である。虚血性損傷の後の腎臓の再生および修復の重要な態様は、上皮の表現型の再獲得、すなわち通常の発生のいくつかの態様を反復するプロセスを必要とする。これは、NGALが、再−上皮形成を誘導するために、損傷を受けた細管によって発現される可能性があることを示唆する。この概念の裏付けは、腎形成中のトランスフェリンと補足し合う鉄輸送タンパク質としてのNGALの最近の証明から導き出される。細胞への鉄の送達は、細胞増殖および発達のために重要であり、また、これは、まさに個体発生の間がそうであるように、おそらく虚血後の腎臓再生に対しても重要であることがよく知られている。NGALが鉄を結合し、輸送すると考えられるので、これはまた、おそらくNGALが、損傷を受けた近位尿細管上皮細胞から流される鉄のためのシンクとして働くことができるということになりそうである。NGALは、近位尿細管によって取り込まれることが観察されているので、タンパク質は、潜在的に、鉄を生細胞に再利用することができる。これは、組織損傷の部位から鉄(反応性の分子)を除去し、それによって、鉄により仲介される細胞毒性を制限するだけでなく、成長および発生を刺激する可能性がある。
【0046】
NGALは、シスプラチン誘発性の腎臓毒による腎損傷に対する、前述のバイオマーカーよりも感受性が高い、新規の血清バイオマーカーである。一例は、腎臓損傷分子(kidney injury molecule)−1またはKIM−1、すなわち、腎臓再生中に必要とされる推定上の接着分子である。シスプラチン腎臓毒のラットモデルでは、KIM−1は、最初の損傷の24〜48時間後に定性的に検出可能であり、尿細管細胞損傷の若干遅いマーカーとなっている。NGALは、腎不全をもたらすことが知られている用量のシスプラチンの投与後3時間以内に、直ちに量的に検出されると考えられている。さらに、尿および血清NGALの検出は、NAGなどの尿中の他のマーカーの出現よりも前である。尿および血清中へのNGALの出現はまた、腎臓毒による腎不全を診断するために広く使用されている血清クレアチニンの増加に先行する。
【0047】
血清NGALは、通常の血清クレアチニン濃度にもかかわらず、シスプラチンの弱い「無症状の(sub-clinical)」用量の後でさえ明白であると考えられる。したがって、本発明は、シスプラチン治療に対する患者の臨床的処置にとって重要な意味をもつ。シスプラチンの有効性は、用量依存性であるが、腎臓毒の発生によって、しばしば、その抗新生物性の可能性を最大にするような高用量の使用が妨げられる。シスプラチン治療後の腎毒性は、一般的であり、急性腎不全を伴う単回投与の後、顕在化する可能性がある。いくつかの治療的操作が、動物におけるシスプラチン誘発性の腎臓毒の処置に有効であるということが証明されているが、ヒトでの成功体験は、大部分は不確かなままであった。この1つの理由は、腎臓毒による急性腎不全に対する早期のマーカーの欠如、したがって処置の開始の遅れである可能性がある。現在の臨床診療では、急性腎損傷は一般的に、血清クレアチニンを測定することによって診断される。しかし、クレアチニンが、腎機能の急激な変化の間は、信頼できない遅延性の指標であることはよく知られている。第1に、血清クレアチニン濃度は、約50%の腎機能が既に失われてしまうまで、変化することができない。第2に、血清クレアチニンは、定常状態(これには数日が必要とされる可能性がある)に到達するまで、腎機能を正確に示さない。したがって、血清クレアチニン測定の使用は、腎損傷の初期の段階の間に腎障害を検出および定量化する能力を欠く。しかし、動物実験では、腎臓毒による急性腎不全が予防および/または処置できたとしても、これを達成するための「タイミングの良い機会」は少なく、処置は、損傷の開始後、非常に早期に開始しなければならないことが示唆されている。腎損傷の早期のバイオマーカーが無いため、臨床医が、時宜を得た方式で潜在的に有効な処置を開始することができなかった。分析システムにおけるNGALの使用は、また、既存または新進の治療または予防処置を試験するために、また、他の医薬品の腎毒性可能性の早期の評価のために価値があるであろう。NGAL検出は、シスプラチン誘発性の腎臓損傷に対する新規の(非侵襲性の)早期の血清バイオマーカーである。早期の検出によって、臨床医が、時宜を得た治療処置を施すこと、また、顕性の腎臓毒による腎不全に対する進行を防止する戦略を開始することが可能になる可能性がある。
【0048】
NGALの上方制御および血清輸送は、様々な損傷に対する腎尿細管細胞の迅速な応答に相当する可能性があり、血清におけるNGALの検出は、細管細胞損傷の早期の診断のための広く適用可能な非侵襲性の臨床的ツールに相当する可能性がある。
【0049】
NGALは、腎臓虚血および腎臓毒血症(nephrotoxemia)を含めた腎尿細管細胞損傷に対する、感受性が高い非侵襲性の血清バイオマーカーである。本発明の迅速で単純な検出法およびキットを使用する、急性の軽度の初期の形の腎尿細管細胞損傷を患う患者の血清におけるNGALの発現の検査は、臨床医に、急性腎不全に罹っている患者における時宜を得た介入的取り組みの開始を知らせる、かつこれを可能にすることができる。また、臨床医に、潜行性の無症状の腎尿細管細胞損傷(腎臓毒、腎臓移植、脈管手術、および心血管系疾患など)を患う患者における、顕性のARFへの進行の防止を目指す操作の開始を知らせることができる。
【0050】
米国だけで、毎年、約16,000の腎臓移植が行われる。この数は、毎年着実に増加している。約10,000の死体腎移植が存在し、ARFの危険にさらされている。こうした患者はそれぞれ、通常の看護に相当し得る一連のNGAL測定から莫大に利益を得るであろう。
【0051】
虚血性腎損傷はまた、その手順に特有である短時間の血流の停止により、開胸手術とも関連性がある。毎年実施される開胸手術の数は、推定することができる。成人のための中程度の忙しさのいかなる病院においても、毎年約500のこうした手術が実施される。少なくとも400のこうした中程度に忙しい病院が、米国のみにあると仮定すると、200,000の開胸手術が毎年実施されると控えめに推定できる。また、一連のNGAL測定は、こうした患者に非常に貴重であり、看護のスタンダードに相当するであろう。
【実施例】
【0052】
本発明の以下の実施例では、カルボキシペプチダーゼBを与えられている71人の小児を試験した。一連の尿および血液サンプルを、NGAL発現に対するウエスタンブロットおよびELISAによって分析した。第一の結果因子は、血清クレアチニンのベースラインからの50%増加によって定義される急性腎損傷であった、20人の患者(28%)は、急性腎損傷を発症したが、血清クレアチニンを使用する診断は、CPBの1〜3日後に初めて可能であった。対照的に、尿NGALは、CPBの2時間後に、1.6±0.3ng/mlのベースラインから147±23ng/mlまで上昇した。血清NGALは、CPBの2数時間後に、3.2±0.5ng/mlのベースラインから61±10ng/mlまで増加した。一変量解析により、急性腎損傷と以下のものと間の有意な相関が示された:2時間・尿NGAL、2時間・血清NGAL、およびCPB時間。多変量解析により、CPBの2時間後の尿NGALは、急性腎損傷の最も強力な独立予測因子であることが明らかになった。2時間・尿NGALに対するROC曲線は、50ng/mlの分割値に対して、0.998の曲線下面積、1.00の感受性、0.98の特異性を示した。尿および血清NGALは、心臓の手術後の急性腎損傷に対する、新規の、感受性が高い、特異的な、高度に予測的な早期のバイオマーカーであった。
【0053】
研究デザイン:研究は、Cincinnati Children’s Hospital Medical Centerの施設内倫理委員会によって承認された。書面によるインフォームドコンセントは、登録の前に、各患者の法律上の保護者から得た。2004の1月から11月の間に先天性心臓病の外科的修正のための心肺バイパス(CPB)を受けていたすべての患者を、将来を見越して登録した。除外基準には、既にかかっている腎不全、真性糖尿病、末梢血管疾患、および、研究期間前または研究期間中の腎毒性薬剤の使用が含まれていた。したがって、本発明者らは、主要な交絡変数を含まない可能性が非常に高い、(唯一の明らかな腎臓損傷は、CPBの後の虚血−再灌流傷害の結果であるだろう)患者の均一な集団を研究した。術後の体液減少を最小限にするために、すべての患者は、手術後最初の24時間の間に、少なくとも80%の体液維持、その後、100%の維持を受けた。スポット尿および血液サンプルは、ベースラインで、また、CPB後の5日間、頻繁な間隔で収集した。尿サンプルは、最初の12時間、2時間毎に、その後は12時間に1回採取した。血液サンプルは、CPBの後2時間で、また、1日目については12時間毎に、その後5日間は1日に1回収集した。CPB時間が2時間を超える場合、手術後の最初の尿および血清サンプルは、CPBの終わりで採取し、このサンプルを、2時間での収集物と考えた。尿および血液はまた、通常のNGAL値の確立のために、健康な大人のボランティアからも採取した。サンプルを、5分間2,000gで遠心分離し、上清は、一定分量で−80℃で保管した。血清クレアチニンは、ベースラインで測定し、こうした非常に重篤な小児においては、手術後の早い時期には少なくとも1日2回、手術の3日後以後は少なくとも1日1回、ルーチン的にモニタリングした。
【0054】
統計的方法:すべての結果は、平均±SEとして表す。この分析のために、SAS 8.2統計処理ソフトウェアを利用した。2標本t検定またはMann−Whitney順位和検定は、連続変数を比較するために使用され、示されたとおりのχ検定またはフィッシャーの正確確立検定は、分類変数を比較するために使用された。通常の受信者動作特性(ROC)曲線は、尿NGALについては、CPBの2および4時間後、血清NGALについては2時間後に作成した。これらを利用して、尿および血清NGALについての異なる分割レベルでの感受性および特異性を決定した。バイオマーカーとしてのNGALの質を決定するために、曲線下の面積を算出した。0.5という面積は、偶然に期待されるのも同然であるが、1.0という値は、完全なバイオマーカーを意味する。一変量および多変量の段階的な多重ロジステック回帰分析は、急性腎損傷の予測因子を評価するために実施された。可能性のある独立予測因子変数には、年齢、性別、人種、CPB時間、以前の心臓手術、尿排出量、CPBの2時間後の尿NGAL、およびCPBの2時間後の血清NGALが含まれていた。<0.05のp値は、有意であると考えられた。
【0055】
患者の特徴:100人の患者の保護者は、小児のこの研究への参加のための書面によるインフォームドコンセントを提供した。29人の患者は、すべて手術の前またはすぐ後の腎臓毒(イブプロフェン、ACE阻害剤、ゲンタマイシン、バンコマイシン)使用のため、除外された。したがって、71人の患者が、この研究に含まれた。彼らの人口統計学的特徴、診断、および結果因子を、下の表1に示す。すべての被験者は、開始時には、通常の腎機能をもち、健康な対照と同様に、尿および血清中に本質的に検出可能でないレベルのNGALを含んでいた。この研究デザインによって、CPB後の尿および血清中へのNGAL出現の厳密なタイミングの測定が可能になった。これらの結果によって、NGALが、血清クレアチニンのいずれの増加よりも1〜3日先行する、急性腎損傷に対する強力で即時的な早期のバイオマーカーであるだけでなく、研究の全期間にわたって有効な差別的なマーカーでもあることが示唆される。
【表1】

*対照に対してp<0.05。
【0056】
この研究の主要な強みは、先天性心臓病の外科的修正中に腎臓虚血−再灌流傷害を受けた小児の均一なコーホートの将来的な獲得である。これらの実施例における患者には、アテローム硬化性疾患、糖尿病、および腎臓毒使用(これらはすべて、虚血性急性腎損傷に対する早期のバイオマーカーの特定を混乱させる、また損なう可能性がある)などの一般的な共存症の変数は存在しなかった。
【0057】
臨床的結果:第1の結果、すなわちベースラインからの血清クレアチニンの50%以上の増加によって定義される急性腎損傷は、3日以内に、71人の患者のうちの20人に発現し、28%の発現率であった。このうち、8人の患者は、CPB後24〜48時間で、血清クレアチニンの増加を示したが、他の12人の患者では、増加はさらに遅れ、CPB後48〜72時間であった。したがって、現在容認されている臨床診療を使用する急性腎損傷の診断は、誘発事象の後、数日間のみ行えばよいだろう。
【0058】
最初の結果に基づいて、被験者を、「対照」または「急性腎損傷」と分類した。2つのグループの間には、性別、人種、または尿排出量中の差はなかった。収集された他の変数には、年齢、CPB時間、以前の心臓手術、尿排出量、および尿クレアチニンが含まれていた。上の表1に示したとおり、急性腎損傷を発症した小児は、より幼く、CPB時間がより長い傾向があった。急性腎損傷は、左心低形成、ファローの四徴症、および房室中隔欠損(AV canal)という基礎診断がなされる患者において、より一般的であり、心房中隔欠損、心室中隔欠損、または心臓弁膜症を患う患者においては、より一般的ではない、あるいは、存在しなかった。第1の結果因子は、ベースラインからの血清クレアチニンの50%以上の増加によって定義される急性腎損傷の発現であった。
【0059】
実施例1
NGAL発現および定量化のためのウエスタン分析:各尿サンプルの等分量(30μl)を、変性バッファー中で10分間煮沸させ、ヒトのNGALに対して抗体産生させた、アフィニティ精製されたヤギ・ポリクローナル抗体(F−19、Santa Cruz Biotechnology)を用いる標準のウエスタンブロット分析にかけた。Mishraらによって、「Am J Nephrol」2004年、24:307〜315に記載されるとおりに、尿NGALの定量化のためのスタンダードとして、既知量の組換え型ヒトNGALを用いる、転写および露出の同一の条件下の同時のブロットを調製した。実験室研究者は、研究の最後まで試料源および臨床的結果を知らなかった。
【0060】
尿NGAL測定−ウエスタン分析:NGALは、手術前には、すべての患者の尿中に、また、健康なボランティア(n=10)にほとんど検出不可能であった。図1は、CPBを受けた患者を代表するウエスタンブロットを示す。NGALは、0時間、またはCPBより前には検出されないが、2時間以下で尿中に速やかに出現し、少なくとも12時間は、ウエスタンブロットによって検出可能なままである。
【0061】
NGAL定量化のためのELISA:NGALに対する感受性が高く再現可能なELISAは、サンプルの正確な定量化を提供するための、また、ウエスタン分析によって得られるデータを確認するための方法の例である。実際、ELISA結果は、ウエスタン分析によって得られる結果に非常に密接に対応していた(差は20%未満であった)。急性腎損傷に対するバイオマーカーの迅速な検出のための免疫ブロットに基づく技術の臨床的有用性は、アッセイ条件における時間因子および変動によって制限される。本発明者らは、「J Immunol Methods」1996年、198:155〜164中でKjeldsenらによって記載されるとおりの、好中球から誘導されるNGALの検出のための以前公開されたプロトコルを改変した。簡単に言うと、ヒトNGALに対して産生させたマウス・モノクローナル抗体(#HYB211−05(Antibody Shop))で、マイクロタイター・プレートを、4℃で終夜コートさせた。その後のステップはすべて、室温で実施した。プレートを、1% BSAを含有するバッファーでブロックし、100μlのサンプル(尿または血清)あるいはスタンダード、1〜1000ng/mlの範囲の濃度のNGALでコートし、ヒトのNGALに対するビオチン化されたモノクローナル抗体(#HYB211−01B、Antibody Shop)、それに続いてアビジンを結合させたHRP(Dako)と共に保温した。発色のためにTMB基質(BD Biosciences)を加え、これを、マイクロプレート・リーダー(Benchmark Plus、BioRad)を用いて、30分後に450nmで読み取った。すべての測定は、3重に、盲式で行われた。
【0062】
実施例2
急性腎損傷を今まで発症したことがない患者では、2時間すなわちCPB後の最初に利用可能なサンプル(ベースラインでの0.9±0.3ng/mlに対して4.9±1.5ng/ml、p<0.05)で、また、CPBの4時間後(4.9±1.2ng/ml、ベースラインに対してp<0.05)で、尿NGALの、小さいが統計学的に有意の増加があった。それとは非常に対照的に、図2に示すとおり、急性腎損傷をその後発症した患者は、試験されたすべての時点で、尿NGALの劇的な増加を示した。尿NGAL排出のパターンは、誘発事象の後(CPBの2〜6時間後)の、非常に早期のピーク、それに続く、より小さいが、研究の全期間にわたって維持される増加によって特徴づけられた。尿NGAL濃度が、尿クレアチニン排出に対して正規化された場合も、この全体的なパターンは、変化しないままであった(図3)。
【0063】
実施例3
尿NGALレベルは、健康なボランティアでは、一貫して低く(2.2±0.5ng/ml、n=10)、また、すべての被験者においてベースラインであった(1.6±0.3ng/ml、n=71)。急性腎損傷を今まで発症したことがない患者では、尿NGALの、CPBの2時間後(5.9±1.4ng/ml、ベースラインに対してp<0.05)、およびCPBの4時間後(5.6±1.2ng/ml、ベースラインに対してp<0.05)に、小さいが統計学的に有意の増加があった。図4に示すとおり、急性腎損傷をその後発症した患者は、試験されたすべての時点で、尿NGALの驚くべき増加を示した。尿NGAL排出は、CPBの後、非常に早くピークに達し、より小さいが、研究の全期間にわたって維持される増加がそれに続いた。尿NGALレベルは、急性腎損傷群では、CPB後、2時間、すなわち最初に利用可能なサンプルでは147±23ng/ml、4時間では179±30ng/ml、6時間では150±30ng/mlであった。尿NGAL濃度が、尿クレアチニン排出に対して正規化された場合も、この全体的なパターンは、整合性があるまま(すなわち、CPB後、2時間で138±28ng/mgクレアチニン、4時間で155±40ng/mg、6時間で123±35ng/mg)であった(図5)。最初に利用可能な術後の尿NGAL測定の散布図によって、急性腎損傷をその後発症したすべての20人の患者すべてが、50ng/mlという任意の分割値よりも上のレベルを示したのに対して、対照群中の51人の患者のうちわずか1人しか、この任意の分割よりも上の尿NGAL値を示さなかったことが明らかになった(図6)。
【0064】
実施例4
血清NGAL測定−ELISA:血清NGALは、心筋虚血におけるトロポニンと類似の、虚血性腎損傷の新規の早期のバイオマーカーであり、血清NGALの検出は、本発明の一例である。血清NGALレベルは、通常の健康なボランティア(2.5±0.8、n=6)および手術前のすべての研究被験者(3.2±0.5ng/ml、n=71)で、一貫して低かった。急性腎損傷を今まで発症したことがない患者では、2時間すなわちCPB後の最初に利用可能なサンプル(7.0±1.1ng/ml、ベースラインに対してp<0.05)で、また、CPBの12時間後(45.2±0.8ng/ml、ベースラインに対してp<0.05)で、血清NGALの、小さいが統計学的に有意の増加があった。図7に示すとおり、急性腎損傷をその後発症した患者は、試験されたすべての時点で、血清NGALの著しい増加を示した。尿NGALと同様、血清NGALは、CPBの後、非常に早くピークに達し、より小さいが、研究の全期間にわたって維持される増加がそれに続いた。血清NGALレベルは、急性腎損傷群では、CPB後、2時間で61±10ng/ml、12時間で54.7±7.9ng/ml、24時間で47.4±7.9ng/mlであった。すべての最も早期の血清NGAL測定(CPBの2時間後)の散布図により、対照群中の51人の患者は誰も、50ng/mlの任意の分割値よりも上のレベルを示さなかったが、急性腎損傷を発症した大部分の患者は、この値よりも大きい血清NGAL値を示したことが明らかになった(図8)。本発明のELISAは、NGALに対するポイント・オブ・ケア診断キットの例である。
【0065】
実施例5
急性腎損傷の予測のためのNGAL:データの一変量分析により、以下の結果が急性腎損傷を予測するものとはならないことが明らかになった:年齢、性別、人種、以前の手術、および尿排出量。急性腎損傷(血清クレアチニンが50%以上)と以下との間には、有意な相関があった:CPB後2時間、すなわち最初に利用可能なサンプルでの尿NGAL(R=0.79、p<0.001)、CPB後2時間、すなわち最初に利用可能なサンプルでの血清NGAL(R=0.64、p<0.001)、およびCPBの期間(R=0.49、p<0.001)。しかし、多重の段階的回帰分析によって、CPBの2時間後の尿NGALのみが、このコーホートにおける急性腎損傷の最も強力な独立予測因子であることが明らかになった(R=0.76、p<0.001)。
【0066】
急性腎損傷の早期診断のための尿および血清NGAL測定の差別的な力を決定するために、ROC曲線を作成した。尿NGALについては、曲線下の面積は、CPBの2時間後で0.998であり(図9)、CPBの4時間後で1.000であった(図示せず)。血清NGALについては、曲線下の面積は、CPBの2時間後で0.906であった(図10)。こうした値は、尿(NGAL)と血清NGALが両方とも、急性腎損傷の早期診断のための優れた試験手段であることを示唆する。異なる分割レベルで得られた感受性、特異性、および予測値は、表2中に列挙する。尿NGALについては、25または50ng/mlの分割は、CPBの2時間後および4時間後で顕著な感受性および特異性をもたらす。血清NGALについては、CPBの2時間後で、感受性および特異性は、25ng/mlの分割で最適である。
【表2】

【0067】
NGALは通常、腎臓、気管、肺、胃、および大腸を含めて、いくつかのヒト組織中に、非常に低いレベルで発現される(Cowlandら、「Genomics」1997年、45:17〜23。)。NGAL発現は、損傷を受けた上皮中で顕著に誘導される。例えば、NGAL濃度は、急性の細菌感染症患者の血清中、喘息または慢性閉塞性肺疾患を患う被験者の痰、および気腫の肺からの気管支液で高い(Xuら、「Biochim Biophys Acta」2000年、1482:298〜307)。本明細書に記載される本発明は、NGALが、虚血性損傷後に、腎臓において、最も早くかつ最も強く誘導される遺伝子およびタンパク質の1つであるという、また、そのNGALは、虚血のすぐ後に、尿中に容易に検出されるという、動物モデルにおける観察から生じた。Supavekinら、「Kidney Int」2003年、63:1714〜1724;Mishraら、「J Am Soc Nephrol」2003年、4:2534〜2543;およびDevarajanら、「Mol Genet Metab」2003年、80:365〜376を参照のこと。虚血後の腎臓では、NGALは、いくつかのネフロン・セグメントにおいて著しく上方制御され、そのタンパク質は、増殖している上皮細胞と共存する場合、近位尿細管中に主に蓄積する。こうした発見は、NGALが、再上皮形成を誘導するために、損傷を受けた細管によって発現される可能性があることを示唆する。この仮定の裏付けは、NGALの、培養された尿細管細胞における上皮の形態形成の調節因子としての、また、腎形成中の鉄輸送タンパク質としての最近の特定である(Gwiraら、「J Biol Chem」2005年、およびYangら、「Mol Cell」2002年、10:1045〜1056)。細胞への鉄の送達が、細胞増殖および発生のために重要であること、また、これが、虚血性損傷後の腎臓再生に対して重要であることはよく知られている。実際、最近の発見は、外因的に投与されたNGALが、細管細胞運命の均衡を生存の方へ傾けることによって、マウスにおける虚血性急性腎損傷を改善することを示唆している(Mishraら、「J Am Soc Nephrol」2004年、15:3073〜3082)。したがって、NGALは、新規のバイオマーカーとしてだけでなく、革新的な処置戦略として、ARF分野のセンター−ステージ・プレーヤーであることが明らかになった。
【0068】
尿診断法が、サンプル収集という非侵襲性の性質や、妨害するタンパク質が比較的少ないことを含めたいくつかの利点を有する一方、ある種の短所も存在する。これには、重い乏尿症患者から尿サンプルを得ることの難しさ、全体的な体液状態および利尿治療により誘発される尿バイオマーカー濃度の変化の可能性、ならびに、いくつかの尿バイオマーカーが、これまでに、不十分な感受性または特異性を示しているという事実が含まれる(Rabb H.「Am J Kidney Dis」2003年、42:599〜600)。血清に基づく診断法は、集中治療医学に革命をもたらしてきた。最近の例には、急性心筋梗塞の早期診断および時宜を得た処置のためのトロポニン、および急性冠動脈症候群患者におけるB型ナトリウム利尿ペプチドの予後値の測定が含まれる(Hammら、「N Eng J Med」1997年、337:1648〜1653;およびDe Lemosら、「N Engl J Med」2001年、345:1014〜1021)。我々の知る限りでは、NGALは、虚血性腎損傷の早期診断のための、血清と尿の両方で試験されてきた唯一のバイオマーカーである。
【0069】
本発明の方法および使用は、Hewittら、「J Am Soc Nephrol」2004年、15:1677〜1689;Herget-Rosenthalら、「Kidney Int」2004年、66:1115〜1122;およびRabb、「Am J Kidney Dis」2003年、42:599〜600中で論じられるものなどの、虚血性腎損傷に対するいくつかの他のバイオマーカーの有用性に好都合に匹敵する、あるいはそれを凌ぐ。これまでに報告されてきた大部分の研究は、回顧的であり、確立された段階のARFにおいてバイオマーカーを試験しており、また、尿に対してのみ、また、検出の1つの方法に対してのみに限定されている。いくつかの尿細管のタンパク質が、尿中で測定されてきたが、結果は、矛盾する、意に満たないものであった(Westhuyzenら、「Nephrol Dial Transplant」2003年、18:543〜551;Herget-Rosenthalら、「Clin Chem」2004年、50:552〜558;Hanら、「Kidney Int」2002年、62:237〜244)。腎臓損傷分子(kidney injury molecule)−1(KIM−1)(新規の腎臓特異的な接着分子)は、確立された急性尿細管壊死を患う患者の尿中で、ELISAによって検出可能である。また、ナトリウム水素交換体(NHE3)が、確立されたARFを患う被験者からの尿の膜分画中で増大することが、ウエスタンブロットによって示されている(du Cheyronら、「Am J Kidney Dis」2003年、42:497〜506)。しかし、腎損傷の検出のためのこうしたバイオマーカーの感受性および特異性は、報告されていない。ARFに関与する炎症性のサイトカインのうち、尿IL−6、IL−8、およびIL−18のレベルの上昇が、死体腎移植後の移植後腎機能障害を煩う患者において、実証されている(35、36)。NGALを除いて、いずれのバイオマーカーも、虚血性ARFの発現中の尿への出現について前向きに試験されていない。最近の前向き研究では、高リスクでARFを発症する選択された患者集団では、血清シスタチンCの増加が、血清クレアチニンの増加に先行することが実証されている(Herget-Rosenthalら、「Kidney Int」2004年、66:1115〜1122)。しかし、こうした被験者では、ARFは、虚血性、腎前性、腎臓毒、および、敗血症の原因の組み合わせに起因する、多因子性であった。さらに、シスタチンCは、主として糸球体濾過率のマーカーであるので、GFRが下がり始めてから初めて、血清シスタチンCレベルが上昇すると推測できる。一方、NGALは、虚血性損傷に応答して尿細管細胞中に迅速に誘導され、尿および血清へのその早期の出現は、GFRとは関係ないが、数日後に発現する可能性があるGFRの低下を高度に予測するものである。ARFを発症しなかった患者における尿および血清NGALの少量の一時的な増加は、心肺バイパス手術によって、おそらく体外循環回路によって開始される白血球の炎症性の活性化に続いて、循環にNGALが放出されるという以前の見解と整合性があった(Herget-Rosenthalら、「Kidney Int」2004、66:1115〜1122)。
【0070】
本発明を、好ましい実施形態と共に述べてきたが、前述の明細書を読んだ後の当業者であれば、本明細書に記述した内容に対する様々な変更、等価物の置換、および改変を実施することが可能であろう。したがって、本発明は、本明細書で詳細に記載した以外の方法でも実施することができる。したがって、本明細書での保護は、添付の特許請求の範囲およびその等価物によってのみ制限されるものとする。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】その後ARFを発症した被験者からの、CPB後の示されたとおりの様々な時点で得られるサンプル(左パネル)、および組換え型のヒトのNGALスタンダード(右パネル)における尿NGALのウエスタン分析を示す。分子量(kDa)は、左の余白に沿うものである。
【図2】その後ARFを発症した患者(上の線、ARF)と発症しなかった人々(下の線、ARFでない)における、CPB後の様々な時点での尿NGAL(ng/ml)を示す。横軸は、血清クレアチニンの最初の上昇が検出された時間を表す。
【図3】尿クレアチニン排出に対して補正された、図2の尿NGAL値を示す。
【図4】その後ARFを発症した患者(上の線、ARF)と発症しなかった人々(下の線、ARFでない)における、CPB後の様々な時点での、ELISAにより決定される尿NGAL(ng/ml)を示す。横軸は、血清クレアチニンの最初の上昇が検出された時間を表す。
【図5】尿クレアチニン排出に対して補正された、図4の尿NGAL値を示す。
【図6】CPBの2時間後のすべての尿NGAL測定値の散布図を示す。50ng/mlでの任意の点線は、ARFを発症した患者と、ARFを発症しなかった患者の値の境界を示す。
【図7】その後ARFを発症した患者(上の線、ARF)と発症しなかった人々(下の線、ARFでない)における、CPB後の様々な時点での、ELISAにより決定される血清NGAL(ng/ml)を示す。横軸は、血清クレアチニンの最初の上昇が検出された時間を表す。
【図8】ARFを発症した患者とARFを発症しなかった患者における、CPBの2時間後のすべての血清NGAL測定値の散布図を示す。
【図9】CPBの2時間後の尿NGALに対するROC曲線を用いる、急性腎損傷の早期診断のためのNGAL測定の差別的な力を判定するための、受信者動作特性(ROC)曲線を示す。
【図10】CPBの2時間後の血清NGALに対するROC曲線を用いる、急性腎損傷の早期診断のためのNGAL測定の差別的な力を測定するための、受信者動作特性(ROC)曲線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
虚血性腎損傷および腎臓毒による損傷を含めた、哺乳類における腎尿細管細胞損傷の検出のための方法であって、以下のステップを含む方法:
1)哺乳類の対象から血清サンプルを得るステップ;
2)抗体とバイオマーカーの複合体の形成を可能にするために、NGALを含む、腎尿細管細胞損傷バイオマーカーに対する抗体と血清サンプルを接触させるステップ;および
3)抗体−バイオマーカー複合体を検出するステップ。
【請求項2】
対象からの複数の血清サンプルが、断続的に、好ましくは連続的に得られる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
抗体−バイオマーカー複合体を検出するステップが、バイオマーカーを検出するための2次抗体と複合体を接触させることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
腎尿細管細胞損傷に対する処置の有効性をモニタリングする方法であって、以下のステップを含む方法:
1)腎尿細管細胞損傷に罹っている哺乳類の対象に処置を提供するステップ;
2)対象から少なくとも1つの処置後血清サンプルを得るステップ;および
3)処置後血清サンプルにおいて、腎尿細管細胞損傷に対するNGALを含むバイオマーカーの存在について検出するステップ。
【請求項5】
1つまたは複数のその後の処理後血清サンプルを得るステップをさらに含む、請求項4に記載の方法であって、処理を提供するステップが、その後の処理後血清サンプル中にバイオマーカーの存在が検出されなくなるまで続けられ、好ましくは、検出するステップが、以下のステップを含む方法:
i)抗体とバイオマーカーの複合体の形成を可能にするために、バイオマーカーに対する捕捉抗体と血清サンプルを接触させるステップ;および
ii)好ましくは以下のステップを含む、抗体−バイオマーカー複合体を検出するステップ:
(1)捕捉抗体−バイオマーカー複合体から、血清サンプルの全ての結合していない材料を分離するステップ;
(2)バイオマーカーと2次抗体との間の複合体の形成を可能にするために、バイオマーカーを検出するための2次抗体と、捕捉抗体−バイオマーカー複合体を接触させるステップ;
(3)バイオマーカー−2次抗体複合体から、全ての結合していない2次抗体を分離するステップ;および
(4)バイオマーカー−2次抗体複合体の2次抗体を検出するステップ。
【請求項6】
対象の血清において、虚血性腎損傷および腎臓毒による損傷を含めた腎尿細管細胞損傷に対する即時または早期発現バイオマーカーの存在を検出するのに使用するためのキット、好ましくはポイント・オブ・ケア・キットであって、以下を含むキット:
1)好ましくは1ml未満、好ましくは、10マイクロリットル未満の量の血清サンプルを獲得するための手段;
2)NGALを含む腎尿細管細胞損傷に対するバイオマーカーと複合体を形成することが可能な捕捉抗体が付着した培地;および
3)比色定量的なディップスティック分析を好ましくは含み、好ましくは獲得手段が以下から選択される、バイオマーカーと捕捉抗体の複合体の検出に対するアッセイ、好ましくはELISA:
i)培地を含む表面を含む道具;
ii)容器の血清−接触表面が培地を含む、血清サンプルを入れるための容器;
iii)培地を含有するカセットを含む道具;および
iv)ディップスティック(ただし、ディップスティック表面は培地を含む)を含む道具。
【請求項7】
対象の血清サンプル(好ましくは約1ミリリットル以下の量の体液)中のその存在を検出するための、NGALに特異的な第1の抗体を含む、哺乳類の対象の虚血性腎損傷および腎臓毒による損傷を含めた腎尿細管細胞損傷の状態を決定するための競合酵素結合免疫測定法(ELISA)キット。
【請求項8】
事象によって引き起こされる虚血性腎損傷および腎臓毒による損傷を含めた腎尿細管細胞損傷の程度を特定する方法であって、以下のステップを含む方法:
1)哺乳類の対象から少なくとも1つの血清サンプルを得るステップ;
2)血清サンプルにおいて、腎尿細管細胞損傷に対するNGALを含むバイオマーカーの存在を検出するステップ;および
3)事象の時点に対する、血清サンプル中のバイオマーカーの存在の開始の時点に基づいて、腎尿細管細胞損傷の程度を決定するステップ(ただし、事象は、外科的手技、腎臓への血液供給の低下、心臓機能の障害、外科的手技、集中治療室内の患者、ならびに、対象への医薬品、放射線造影染料、または他の医薬物質の投与から選択されることが好ましい)。
【請求項9】
哺乳類における、虚血性腎損傷および腎臓毒による損傷を含めた腎尿細管細胞損傷の検出のための方法であって、以下のステップを含む方法:
1)哺乳類の対象から最高1ミリリットルの血清を含む血清サンプルを得るステップ;
2)抗体とバイオマーカーの複合体の形成を可能にするために、腎尿細管細胞損傷に対するNGALを含むバイオマーカーに対する抗体と血清サンプルを接触させるステップ;および
3)抗体−バイオマーカー複合体を検出するステップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2008−501979(P2008−501979A)
【公表日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−527645(P2007−527645)
【出願日】平成17年6月7日(2005.6.7)
【国際出願番号】PCT/US2005/019951
【国際公開番号】WO2005/121788
【国際公開日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(500469235)チルドレンズ ホスピタル メディカル センター (40)
【出願人】(505361602)ザ・トラスティーズ・オブ・コロンビア・ユニバーシティ・イン・ザ・シティ・オブ・ニューヨーク (4)
【氏名又は名称原語表記】The Trustees of Columbia University in the City of New York