説明

腐食試験方法

【課題】腐食が比較的緩やかに進行する環境下で利用される電気電子機器の耐食性の評価に好適に利用することができる腐食試験方法を提供する。
【解決手段】この腐食試験方法は、二酸化珪素(SiO2)といった非金属かつ非電解質材料からなる粒状体の表面にNaClといった電解質が付着した電解質担持体を用意し、この電解質担持体を試料に振り掛けて、電解質担持体が接触した状態の試料を恒温恒湿状態に所定時間保持した後、試料の腐食状況を評価する。上記特定の電解質担持体を用いることで、塩水噴霧試験では、腐食による損傷が著しい部材、具体的には異種金属からなる部材に対して、耐食性を適切に評価することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料からなる部材の耐食性を調べるための腐食試験方法に関するものである。特に、腐食が比較的進み難い環境における耐食性を加速して調べることができる腐食試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
配線の導体や配線に接続される端子、筐体などの電気電子機器の構成部材には、各種の金属材料が利用されている。このような金属材料から構成される工業製品の耐食性を調べるための腐食試験方法として、JIS規格の塩水噴霧試験が知られている。この試験では、35℃の塩化ナトリウム水溶液といった腐食溶液が噴霧された雰囲気中に試験片を曝して、所定時間(例えば、数百時間)後の試験片の腐食状況を目視などにより確認することで耐食性を評価する。その他、試験片を塩化ナトリウム水溶液に所定時間浸漬した後、水溶液から露出させた試験片の腐食状況を調べる塩水浸漬試験などがある。
【0003】
【非特許文献1】JIS Z 2371 塩水噴霧試験、2000年(平成12年)2月20日改正
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の腐食試験方法は、実環境の模擬試験として適切でない場合がある。
【0005】
上記塩水噴霧試験などは、自動車のエンジンルームや屋外といった腐食が比較的進行し易い環境の加速試験という位置付けである。そのため、上記塩水噴霧試験などを行った際、腐食の進行が極めて速いと評価された部材であっても、実際の使用環境において10年以上に亘って問題なく使用できた例が多数存在する。例えば、車両の居住空間内や家屋、建物の室内といった屋内環境に配置された部材は、通常、雨や海水、腐食ガスなどに直接接触し難いことから、エンジンルームや屋外などに配置された場合と比較して腐食の進行が遅いと考えられる。従って、上記塩水噴霧試験などを利用して上記室内環境に配置される部材の耐食性を評価すると、適切な評価が得られないことがある。
【0006】
また、近年、自動車の車載システムなどの構成部材には、多種多様な金属材料が用いられてきていることから、異種の金属材料からなる部材間で電気腐食(電食)が生じ得る。ところが、電食が生じ得る部材を対象とした耐食性の評価は、ほとんど実施されておらず、腐食試験方法も明らかにされていない。また、電食が生じ得る部材に塩水噴霧試験を行うと、電食による試験片の損傷が大き過ぎて、耐食性の評価が実質的にできない。実際、塩水噴霧試験では、異種金属の試験片を同時に試験しないことが望ましいと規定している。
【0007】
更に、上記構成部材には、めっきが施されたものがある。めっきは使用環境により熱劣化(母材金属の熱拡散)してめっきの組成が変化する可能性が考えられる。この組成の変化により、めっき付き部材は、耐食性が変化する可能性が考えられる。しかし、めっき付き部材を対象とした耐食性の評価、特に劣化しためっきの耐食性の評価もほとんど実施されておらず、腐食試験方法も明らかにされていない。
【0008】
従って、塩水噴霧試験などでは腐食の進行が速過ぎて適切な評価が難しい場合、即ち、腐食の進行が比較的穏やかな環境に配置される部材や電食が生じ得る部材を対象とする場合であっても、耐食性を適切に評価できる腐食試験方法の開発が望まれる。本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、腐食の進行が比較的緩やかな環境を模擬して、耐食性を評価することができる腐食試験方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、めっきが施された部分を有する部材の耐食性の評価に適した腐食試験方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、10年以上の経年自動車の居住空間内に配置された電気電子機器のうち、特に異種金属からなる部材同士が隣接して配置される可能性がある箇所、具体的には配線と端子との接続箇所について腐食状況を調べた。その結果、接続箇所の一部に、腐食が比較的進行している部分(以下、腐食進行部分と呼ぶ)が認められた。この腐食進行部分は、砂や埃などの粉塵の付着が顕著であり、かつこの粉塵には塩素(Cl)やナトリウム(Na)などが付着していた。このことから、粉塵が付着した部分が、粉塵が付着していない部分と比較して腐食が進行した理由は以下のように推定される。粉塵の表面に塩化ナトリウム(NaCl)といった電解質、特に吸湿性を有する電解質が付着すると、粉塵における付着部分近傍の雰囲気の露点が低下し、雰囲気中の水分が吸着され易くなる。露点の低下により、上記雰囲気が水分を吸着し易くなった結果、上記付着部分近傍は、電解質を含む大気中の水分を吸着し易くなる。即ち、電解質が更に付着され易くなる。経時的に電解質が付着されていくと共に、電解質が付着した状態で温度変化や乾湿の繰り返しなどにより、粉塵の表面の電解質が濃化する(増加する)。この濃化した電解質が水分を吸着することで腐食に作用したと推定される。これらのことから、自動車の居住空間内や室内といった腐食が比較的進み難い環境であって腐食が進行する条件には、1.粉塵が部材に付着すること、2.電解質が粉塵に付着すること、3.電解質が濃化すること、4.水分が付着することが考えられる。そこで、本発明は、腐食の進行が緩慢な環境を模擬した加速試験として、電解質を付着させた粒状体を試料に付着させて、恒温恒湿に保持することを提案する。
【0010】
本発明の腐食試験方法は、非金属材料からなる粒状体の表面に電解質が付着した電解質担持体を用意し、この電解質担持体を試料に振り掛けて、電解質担持体が接触した状態の試料を恒温恒湿状態に所定時間保持する。そして、所定時間経過後、試料の腐食状態を評価する。
【0011】
上記構成を具える本発明腐食試験方法は、塩水噴霧試験などの従来の腐食試験と比較して、試料の腐食の進行を遅くすることができる。そのため、本発明腐食試験方法は、腐食の進行が比較的緩慢な環境を模擬した加速試験として、好適に利用できると期待される。また、試料として、異種金属で構成されたものを利用しても、過度な腐食を抑制して、耐食性を評価することができる。従って、本発明腐食試験方法は、従来の塩水噴霧試験などでは適切な評価が難しいと考えられる場合でも、耐食性を適切に評価できると期待される。以下、本発明をより詳細に説明する。
【0012】
本発明では、砂や埃といった粉塵の模擬体として粒状体を用いる。この粒状体は、主として電解質(又はイオン)の保持部材として機能させる。そのため、金属のようにイオン化する材料からなる粒状体では、粒状体自体が腐食するため、試料の腐食状況を適切に把握することが難しくなる。また、電解質からなる粒状体では、試料の腐食の進行が速まるため、腐食の進行が緩やかな環境を適切に模擬することが難しくなる。そこで、粒状体は、非金属材料かつ非電解質材料からなるものとする。具体的な粒状体として、例えば、非電解質のセラミックスや有機材料からなる粒状体が挙げられる。非電解質のセラミックスとしては、例えば、炭化珪素(SiC)、二酸化珪素(SiO2)、アルミナ(Al2O3)、酸化鉄、窒化珪素、ホウ化チタン、酸化ベリリウムなどが挙げられる。セラミックスは、一般に、耐熱性、耐水性に優れ、高温高湿状態に保持しても変質し難い上に、耐久性に優れるため再利用が可能である。特に、SiCやSiO2は、粉末や繊維状のものが市販されており、容易に入手できる。異なる材質の粒状体を組み合わせて用いてもよい。
【0013】
粒状体は、電解質を保持できれば特に形状を問わない。粒子状でも繊維状でもよく、角張ったものでも丸みを帯びたものでもよい。角張った粒状体の方が水分の保持量が多くなる傾向にある。模擬したい環境に応じて所望の形状を適宜選択するとよい。粒状体の大きさ(粒子状の場合:平均粒径、繊維状の場合:平均短径)が200μm以下であると、試料に振り掛け易い上に、各粒状体を試料に接触させ易い。但し、小さ過ぎると、振り掛けた粒状体が試料の表面を隙間無く覆うことで、腐食の原因となる雰囲気中の水分(溶存酸素)に試料が接触することを妨げる恐れがある。即ち、腐食が全く行われず、耐食性を評価できないことがある。従って、粒状体の大きさは、1μm以上が好ましい。より好ましい粒状体の大きさは、1μm以上150μm以下である。異なる大きさの粒状体を組み合わせて用いてもよい。
【0014】
電解質は、例えば、Na,Cl,Mg,K,Ca,SO42-及びSO32-から選択される1種以上の元素又はイオンを含むものが挙げられる。代表的には、NaCl,MgCl2,Na2SO4,CaCO3,KCl,及びH2SO3から選択される1種以上の化合物が挙げられる。これらの化合物は、市販されており、容易に入手できる。複数種の化合物を組み合わせて用いてもよい。NaCl,MgCl2,KClなどの化合物は、海水に含有されており、これらの化合物を利用することで実際の環境(例えば、海岸際)に更に近い環境にすることができる。
【0015】
電解質を粒状体に付着して電解質担持体を作製するには、上記電解質の溶液(水溶液や酸溶液)を作製し、この溶液を粒状体に塗布した後、乾燥させることが挙げられる。電解質の溶液は、人工海水などの市販の溶液を利用してもよい。溶液の濃度により、電解質の付着量を調整することができ、濃度が高いほど、付着量が多くなる傾向にある。溶液の濃度は、模擬したい環境によって適宜選択することができる。また、上記乾燥を行わず、水分を含んだままの電解質担持体を腐食試験に利用してもよい。
【0016】
作製した電解質担持体は、上述のように試料が雰囲気中の水分(溶存酸素)に接触できる程度の隙間が設けられるように試料に振り掛ける。試料の一部が目視できる程度に満遍なく振り掛けることが好ましい。試料が全く見えなくなるぐらいに電解質担持体を振り掛けて、電解質担持体により試料を完全に覆うと、上述のように試料の腐食が抑制されて、適切な評価が行えないことがある。溶液の濃度(電解質の付着量)、雰囲気中の温度や湿度などの条件にもよるが、振り掛ける電解質担持体の厚さは、1mm以下が好ましい。
【0017】
電解質担持体が振り掛けられた状態の試料は、恒温恒湿装置を用いて、恒温恒湿状態に保持し、設定した温度及び湿度により腐食を加速する。温度及び湿度、並びに保持時間は、適宜選択することができる。温度が高いほど、また、湿度が高いほど、腐食の進行が速まる傾向にある。保持時間は、30日以下、特に、10日以下であると、試験時間が短く、評価し易い。また、温度、湿度を一定期間ごとに変化させたサイクル試験により、耐食性を評価してもよい。
【0018】
更に、本発明者らが、上述の経年自動車の居住空間内に配置されためっき付きの端子の腐食状況を調べたところ、端子を構成する母材金属がめっき中に拡散して、この母材金属とめっきを構成する金属とが合金化している部分がめっき中に認められた。この合金化は、熱劣化により生じたと考えられる。一般に、合金は、純金属に比較して腐食の進行が速い。そのため、特に、めっき付き端子といった、めっきが施された部分を有する部材の耐食性を調べる場合、試料に熱処理を施してめっきを合金化させることで、実環境、即ち、腐食が比較的進み難い環境であるが、腐食が比較的進行し易い状態(例えば、上述のように自動車の居住空間内に配置され、かつ合金化した状態)を模擬した加速試験を実現できると考えられる。そこで、めっき部を有する部材の耐食性を評価する場合、試料として、母材表面にめっきが施されためっき部を有するものを用意し、この試料に適宜熱処理を施して、めっき部を合金化させる。そして、この熱処理を施しためっき部を有する試料に上述の電解質担持体を振り掛けて、腐食状況を評価することを提案する。
【0019】
上記熱処理の条件は、めっきの組成やめっきを施す母材の組成、想定する熱劣化の度合いなどを考慮して条件を設定することができる。例えば、母材が銅又は銅合金であり、めっきが錫である場合、熱処理条件は、加熱温度:100〜200℃、加熱時間:2〜600時間が挙げられる。なお、めっきの種類によっては、めっき後リフロー処理などの熱処理を行うことがある。リフロー処理により、めっきの一部、特に母材側の領域が合金化することがある。これに対し、本発明試験方法では、更に熱処理を施して、めっきにおける合金領域をリフロー処理時のみの場合よりも多くして、熱劣化を加速的に模擬する。所定の熱劣化状態に応じて熱処理条件を調整するとよく、めっきの全てを完全に合金化してもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明腐食試験方法によれば、腐食の進行が比較的緩やかな環境を模擬した加速試験に相当するため、異種金属からなる試料であっても、耐食性を評価できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
(試験例1)
種々の電解質担持体を用意して試料の腐食試験を行い、この試料の腐食状況と経年の実製品(実試料)の腐食状況とを比較して、腐食試験方法の評価を行った。
【0022】
図1は、腐食試験で用いる試料の説明図であり、(A)は概略構成図、(B)は、(A)のB-B断面の模式図である。この試験では試料として、図1に示すように電線片10の一端に端子20が接続された端子付き電線片を用いる。電線片10は、導電性金属材料からなる複数の素線を撚り合わせてなる導体11と、導体11の外周を覆う絶縁材料からなる被覆層12とを具え、一端側の被覆層12を剥ぎ取って導体11を露出させている。端子20は、導電性金属材料からなる板材の両縁側に適宜切り込みを入れ、切片を折り曲げて形成したものである。具体的には、端子20の一端側の両切片22a,22bを縁が接するように二つ折りに折り曲げ、平坦な雄端子部22を構成している。また、電線片10の被覆層12部分を挟持するように、端子20の他端側の両切片21a,21bを折り曲げている。端子20において被覆層部分の挟持箇所と雄端子部22との間の中間部には、被覆層12から露出された導体11が縦添えされ、この導体11を挟持するように両切片23a,23bを折り曲げている。従って、露出された導体11の大部分は、切片23a,23bに覆われており、極一部が露出した状態である。
【0023】
[実試料]
実試料として、砂塵が存在する環境において10年以上20年未満使用された普通自動車の居住空間に配置された銅電線と、この電線の一端に接続された黄銅端子を用意した(試料No.100)。
【0024】
[作製試料]
<電解質担持体の準備>
《実環境から採取した砂塵》
上記実試料を採取した自動車内に落ちていた砂塵を採取し、表面に付着しているイオンの種類と濃度とを調べたところ、表1に示すように複数のイオンの存在が認められた。そこで、電解質担持体として、この砂塵を用いた(砂No.10)。この砂塵は、平均粒径100μm程度の砂と、平均粒径10μm程度の埃とが混在したものであった。この砂塵をEDX分析したところ、主要な元素は、C,O,Si,Caであり(それぞれ14.1〜24.1質量%)、その他、Na,Mg,Al,S,Cl,K,Feが含まれていた(それぞれ1.4〜5.5質量%)。このことから、この砂塵は、SiO2などのセラミックスを含むと考えられる。
【0025】
《作製した電解質担持体》
電解質としてNaCl、溶媒として超純水を用意し、濃度が0.5〜26質量%の中性水溶液を作製し、各水溶液を200gずつ準備した。また、電解質としてNaClに加えてH2SO3を添加した酸性の水溶液(pH5程度)を200g準備した(溶媒:超純水)。非金属材料からなる粒状体として、平均粒径が100μm程度のシリカ(SiO2)の粉末を100gずつ用意した。このシリカの粉末は、角張った形状のものを用いた。用いた電解質、溶媒、粒状体はいずれも市販品である。
【0026】
用意したシリカの粉末を濾紙上に載せ、用意した電解質の水溶液をシリカの粉末の上から滴下した後、150℃に加熱した恒温槽中に装入して、乾燥し、乾燥後に得られた粉末を電解質担持体とした(砂No.1〜7)。
【0027】
用意した各電解質担持体(砂No.1〜7,10)において、粒状体の表面に付着した物質のイオン濃度(質量ppm)を調べた。イオン濃度の測定は、作製した電解質担持体、及び採取した砂塵をそれぞれ0.5gずつ取って、超純水50mlに混入し、90℃×1h保持して、付着物質の抽出を行い、この抽出液をイオンクロマト装置により分析して行った。その結果を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
<腐食試験>
試料として、以下の表2に示す材質の端子付き電線片を用意した(C64780:CDA規格、Cu-3.2Ni-0.7Si-1.0Zn-0.5Sn合金)。そして、各試料No.1〜4に対して、用意した電解質担持体(砂No.1〜7,10)を振り掛けて、この電解質担持体が接触した状態の試料を60℃、95%RHに設定した恒温恒湿槽に入れ、12日(288時間)後に恒温恒湿槽から取り出し、電解質担持体を除去した各試料の腐食状況を評価した。各電解質担持体は、各試料の一部が目視で確認できる程度に振り掛けた(厚さ1mm以下)。
【0030】
【表2】

【0031】
[比較試料]
比較試料として、塩水浸漬試験を施した試料を用意した。具体的には、上述した電解質及び溶媒と同様のものを用いて5質量%のNaCl水溶液を作製し、導体材質:銅-端子材質:黄銅である端子付き電線片(表2の試料No.1に相当)をこの水溶液に浸漬して、2日間、60℃に保持した後、5日間乾燥させたものを用意した(試料No.200)。
【0032】
[評価]
評価は、導体が端子で覆われた箇所の断面(図1においてB-B断面に相当、以下、B-B断面と呼ぶ、図1(B)参照)、導体が端子で覆われていない箇所の断面(図1(A)においてC-C断面に相当、以下、C-C断面と呼ぶ)の光学顕微鏡観察(200倍)、及び外観観察により行った。その結果を表3に示す。表3において、「○」は腐食有り、「△」は脱亜鉛腐食有り、「-」は、腐食無しを示す。
【0033】
【表3】

【0034】
実試料である試料No.100のB-B断面において端子の外側の一部(図1(B)において破線四角で囲まれた部分)に脱亜鉛(Zn)腐食が見られ(図2(A)参照)、C-C断面において端子の外側の一部に腐食(黒色部)が見られた。また、C-C断面の導体の一部に孔食が見られた。B-B断面の導体、及び両断面において端子の内側(導体との接触側)には腐食が見られなかった。
【0035】
一方、塩水浸漬試験を施した試料No.200のB-B断面及びC-C断面を試料No.100と同様にして観察したところ、黄銅端子の脱亜鉛腐食がほぼ全面に亘って認められた。また、外観を観察したところ、試料No.200は、実試料である試料No.100の導体において最も腐食していた部分よりも激しく腐食していることが確認された。
【0036】
他方、電解質担持体を用いた腐食試験の結果は、実試料No.100の腐食状況とほぼ同等の状況であった。具体的には、導体材質:銅-端子材質:黄銅である試料No.1では、溶液濃度:2,10,26質量%の溶液を用いて作製した電解質担持体(それぞれ砂No.3,No.6,No.7)を用いたとき、黄銅端子の外側の一部に脱亜鉛腐食が認められた(図2(B)参照:写真は砂No.3)。また、試料No.1のC-C断面において、溶液濃度が1質量%以上の溶液を用いて作製した電解質担持体(砂No.2〜7)及び採取した砂塵(砂No.10)を用いた場合、導体の一部に腐食が認められた。
【0037】
導体材質:銅-端子材質:銅合金である試料No.2では、低濃度の溶液を用いて作製した電解質担持体(砂No.1〜5)を用いた場合、及び採取した砂(試料No.10)を用いた場合、腐食がほとんど見られなかった。しかし、高濃度の溶液を用いて作製した電解質担持体(砂No.6,7)を用いた場合、腐食が認められた。
【0038】
導体材質:アルミニウム-端子材質:黄銅である試料No.3のB-B断面では、腐食がほとんど見られなかった。しかし、試料No.3のC-C断面では、いずれの電解質担持体(砂No.1〜7,10)を用いた場合も、導体の一部に腐食が認められた。
【0039】
導体材質:アルミニウム-端子材質:銅合金である試料No.4のB-B断面では、採取した砂塵(砂No.10)を用いた場合、導体の一部に腐食が認められた。また、試料No.4のC-C断面では、いずれの電解質担持体(砂No.1〜7,10)を用いた場合も、導体の一部に腐食が認められた。
【0040】
以上の結果から、電解質担持体を用いた腐食試験は、実試料No.100の腐食状況とほぼ同等の状況であることが分かる。また、作製した電解質担持体を用いた腐食試験は、イオン濃度が異なるものの、採取した砂塵を用いた腐食試験と同等の状況であることが分かる。従って、特定の電解質担持体を用いた腐食試験方法は、実環境を模擬した試験方法であり、溶液の濃度(イオン濃度)や種類、恒温恒湿条件、試験時間を調整することで、実環境により近い環境を模擬できると期待される。例えば、この試験結果から、イオン濃度が低い溶液を用いて作製した電解質担持体は、採取した砂塵に付着したイオン濃度と同程度にすることができ、実環境により近い環境を模擬することができる上に、加速試験ができると期待される。また、例えば、この試験で用いた高濃度の溶液や、イオン濃度をより高くした溶液を用いて作製した電解質担持体を用いた場合、試験時間の短縮(加速試験の高速化)が図れると期待される。そして、このような特定の電解質担持体を用いた腐食試験方法は、屋内環境であって、砂や埃といった粉塵の付着により腐食が生じ易い環境で利用される種々の電気電子部品の耐食性の評価に好適に利用できると期待される。
【0041】
(試験例1-1)
試験例1で作製した砂No.1(溶液濃度:0.5質量%)、砂No.2(同:1質量%)、砂No.10(採取した砂塵)を用意し、試験時間を6日(144時間)に変更した点を除き試験例1と同様にして腐食試験を行った。その結果を表4に示す。表中の腐食状況の評価は、表3と同様である。
【0042】
【表4】

【0043】
その結果、導体材質:銅-端子材質:黄銅である試料No.1では、腐食がほとんど見られなかった。これに対し、導体材質:銅-端子材質:銅合金である試料No.2及び導体材質:アルミニウム-端子材質:黄銅である試料No.3ではいずれも、溶液濃度が1質量%である電解質担持体(砂No.2)を用いた場合、導体の腐食が認められた。導体材質:アルミニウム-端子材質:銅合金である試料No.4では、いずれの電解質担持体(砂No.1,2)を用いた場合も、導体の腐食が認められた。しかし、いずれの試料も脱亜鉛腐食は認められなかった。
【0044】
上記評価から、採取した砂塵よりも作製した電解質担持体は、腐食の進行が速いことがわかる。従って、試験例1及びこの試験(試験例1-1)の結果から、特定の電解質担持体を用いることで、加速試験が行えることが確認された。但し、この試験(試験例1-1)では、脱亜鉛腐食が認められなかったことから、より精密な耐食性の評価が望まれる場合であって、表4の溶液を用い、かつ表4の恒温恒湿条件とする場合、試験時間は、試験例1と同程度にすることが好ましいと考えられる。
【0045】
(試験例2)
種々の電解質の溶液を用意して電解質担持体を作製し、粒状体の表面に付着した物質のイオン濃度を測定した。
【0046】
電解質担持体の作製は、試験例1で用いたシリカの粉末と同様のものを用意し、表1に示す電解質及び溶媒の超純水を用意し、表1に示す濃度となるように水溶液を作製した。そして、試験例1と同様に、用意したシリカの粉末を濾紙上に載せて、その上から用意した各水溶液を滴下した後、150℃で乾燥させて、電解質担持体を作製した。また、シリカの粉末の上から人工海水(日本製薬株式会社製ダイゴ人工海水SP)を滴下した後、150℃で乾燥させた電解質担持体も作製した。作製した電解質担持体を試験例1と同様にして抽出液を作製して、イオンクロマト装置により分析した。その結果を表1に示す。
【0047】
表1に示すように、電解質の溶液の濃度と、電解質担持体に付着したイオンの量とに相関がある、具体的には、濃度が高いほど、イオン量が多いことが分かる。また、試験例1,1-1で用いた電解質担持体に付着したイオン量(Cl-,Na+)は、採取した砂塵よりも多いことが分かる。このことからも、試験例1,1-1で用いた電解質担持体は、加速試験に使用できると期待される。また、電解質担持体を作製する際、溶液の濃度を調整することで、電解質担持体に付着するイオン量を調整することができ、実環境により即した環境を模擬したり、加速試験の速度を速めることができると期待される。
【0048】
(試験例3)
電解質担持体として、粒状体の大きさや形状が異なるものを作製し、電解質担持体の恒温恒湿後の重量変化を調べた。
【0049】
粒状体は、シリカとし、角張った形状で平均粒径が105μm,20μmのもの、丸みを帯びた形状で平均粒径が20μmのものを表5に示す質量比となるように用意した。そして、表5に示す電解質を用意し、超純水を用いて表5に示す濃度となるように水溶液を作製した(試料No.3-1〜3-4のNa濃度は、試料No.3-7(Na2SO4(12質量%)のNa濃度と同じ)。また、電解質の溶液として、試験例2で用いた人工海水と同じものを用意した。
【0050】
試験例1と同様に、用意した各シリカの粉末を濾紙上に載せて、その上から用意した各水溶液を滴下した後、150℃で乾燥させて、電解質担持体を作製し、それぞれ重量を測定した。また、乾燥させた各電解質担持体を60℃、95%RHに設定した恒温恒湿槽に入れ、3時間後に恒温恒湿槽から取り出し、各電解質担持体の重量を測定し、恒温恒湿前後の重量差を求めた。その結果を表5に示す。表5の「恒温恒湿後の質量増加分」に示す正の数は、増加を示し、負の数は、減少を示す。
【0051】
【表5】

【0052】
表5に示すように溶液の種類、濃度によって、恒温恒湿後の質量が増減しており、NaClなどの吸湿性の塩が付着したり、高濃度の溶液を用いた場合、恒温恒湿後の質量が増加する傾向にあることが分かる。増加した質量は、主として水分の付着によるものと考えられる。従って、付着させる電解質の材質を選択したり、溶液の濃度を調整したりすることで、水分の付着量を調整することができると考えられる。なお、この試験において、質量が減少したものは、測定誤差の範囲内であり、腐食を促進するイオン、例えば、Cl-を含む電解質であれば、腐食試験に使用できると考えられる。
【0053】
また、表5に示すように、同じ材質の電解質を用いた場合に粒状体の形状が同じであると、質量の増加分は粒状体の大きさによらず概ね同じであった。更に、同じ材質の電解質で同じ濃度の溶液を用いた場合、角張った形状の粒状体の方が、水分の付着量が多くなった。
【0054】
(試験例4)
めっき部を有する試料を用意して熱処理を行い、この試料の熱処理後の状況と経年の実製品(実試料)の状況とを比較した。
【0055】
[実試料]
実試料として、上述の経年の普通自動車の居住空間に配置された銅電線の一端に接続され、表面に純Snからなる錫めっきが施された黄銅端子を用意した(試料No.110)。このめっき付き端子の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)(20000倍)で観察すると共に、めっき部分の組成をEDX装置(エネルギー分散型X線分析装置)により分析した。その結果を表6に示す。実試料No.110では、図3(A)に示すように二つの地点、具体的には、表面側の地点[i],端子母材に近い側の地点[ii]について組成を調べた。なお、図3(A)〜(C)のSEM顕微鏡写真において、下方側が端子母材、その上の層がめっき部、上方の色の濃い黒い層は、背景である。
【0056】
[作製試料]
表面に純Snからなる錫めっきを施した黄銅端子(C64780)を用意し、150℃×120hの熱処理を施した(試料No.4-1)。熱処理の前後において、この試料の断面を上記実試料No.110と同様にSEM観察(20000倍)を行うと共に、組成を調べた。その結果を表6に示す。試料No.4-1は、錫めっき後にリフロー処理を施したものとし、上記150℃×120hの熱処理前において図3(B)に示すように表面側の地点[1]及び端子母材に近い側の地点[2]の組成、及び熱処理後において図3(C)に示すように表面側の地点[3]の組成を調べた。なお、表6の元素の欄中のK,Lは、特性X線の軌道を示す。
【0057】
【表6】

【0058】
表6,図3(A)に示すように、実試料No.110のめっき部において、端子母材の元素(ここではCu)がめっき中に拡散して合金化している部分が認められる。特に、端子の母材に近くの箇所は、原子比が高くなっており、合金化が進んでいると認められる。一方、めっき後、熱処理前において試料No.4-1の表面側の箇所は、端子母材の元素(ここではCu)が認められないのに対し、端子母材の近くの箇所は、端子母材の元素(Cu)の原子比が高く、めっき中に端子母材の元素(Cu)が拡散して合金化していることが分かる。この試料No.4-1に熱処理を施すと、表6,図3(C)に示すように、表面側の箇所も端子母材の元素(Cu)の原子比が高くなり、めっき全体が合金化していることが認められる。このことから、めっき部に熱処理を施すことで、熱劣化による合金化を加速して模擬することができるといえる。
【0059】
上記試験の結果により、めっき部を有する部材を対象とする腐食試験を行う場合、めっき部に適宜熱処理を施した試料を準備し、この試料に上述の電解質担持体を振り掛けて腐食状況を調べることで、実環境により即した環境を模擬することができる上に、加速試験を行えると期待される。
【0060】
本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、粒状体の組成や形状、大きさ、電解質の種類、熱処理条件を適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明腐食試験方法は、腐食の進行が比較的緩やかであると考えられる環境、例えば、自動車の居住空間内や家屋、建物の室内といった屋内環境下で利用される電気電子機器の耐食性を評価する際や、電食が生じ得る部材の耐食性を評価する際に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】(A)は、端子付き電線片の概略構成図、(B)は、図1(A)のB-B断面の模式図である。
【図2】端子付き電線片のB-B断面における端子部分の腐食状況を示す顕微鏡写真(200倍)であり、(A)は、実試料No.100、(B)は、導体材質:銅-端子材質:黄銅である試料No.1において、溶液濃度が2質量%である溶液を用いて作製した電解質担持体(砂No.3)を腐食試験に用いた試料を示す。
【図3】めっき付き端子におけるめっき部分近傍のSEM写真(20000倍)であり、(A)は、実試料No.110、(B)は、熱処理を施す前の試料No.4-1、(C)は、熱処理を施した後の試料No.4-1を示す。
【符号の説明】
【0063】
10 電線片 11 導体 12 被覆層 20 端子
21a,21b,22a,22b,23a,23b 切片 22 雄端子部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非金属材料からなる粒状体の表面に電解質が付着した電解質担持体を用意し、
前記電解質担持体を試料に振り掛けて、電解質担持体が接触した状態の試料を恒温恒湿状態に所定時間保持し、
前記所定時間経過後、試料の腐食状況を評価することを特徴とする腐食試験方法。
【請求項2】
前記非金属材料は、炭化珪素及び二酸化珪素の少なくとも一方であり、
前記電解質は、Na,Cl,Mg,K,Ca,SO42-及びSO32-から選択される1種以上を含むことを特徴とする請求項1に記載の腐食試験方法。
【請求項3】
前記電解質担持体は、電解質の溶液を粒状体に塗布した後、乾燥させることで作製することを特徴とする請求項1又は2に記載の腐食試験方法。
【請求項4】
前記試料は、母材表面にめっきが施されためっき部を有しており、
このめっき部を有する試料に熱処理を施した後に前記電解質担持体を振り掛けることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の腐食試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−60549(P2010−60549A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−292329(P2008−292329)
【出願日】平成20年11月14日(2008.11.14)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(395011665)株式会社オートネットワーク技術研究所 (2,668)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【Fターム(参考)】