説明

腸管出血性大腸菌による感染死を抑制するための組成物及び方法

【課題】本発明は、腸管出血性大腸菌による感染の予防及び/又は治療に有効な新規菌株、該菌株を含む医薬組成物、発酵物及び食品、並びに、腸管出血性大腸菌による感染の予防及び/又は治療方法の提供を目的とする。
【解決手段】新たに見出されたビフィドバクテリウム インファンティス157F株、ビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む医薬組成物、発酵物及び食品。さらに、ビフィドバクテリウム インファンティス157F株を用いた腸管出血性大腸菌による感染の予防及び/又は治療方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸管出血性大腸菌による感染死を抑制する効果を有するビフィドバクテリウム及び該ビフィドバクテリウムを含有する腸管出血性大腸菌による感染死を予防又は阻止するための食品、並びに医薬組成物に関する。また、本発明は、腸管出血性大腸菌による感染症の予防及び治療方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトなどの動物の腸の中に生息する数100種類にも及ぶ腸内細菌は、ヒトや動物が摂取した栄養分に依存した生活を営んでおり、一種の生態系(腸内フローラ)を形成している。腸内細菌を大きく2つに分けるとするならば、ヒトや動物の生体への影響という観点から、いわゆる善玉菌と悪玉菌に分類される。一般に、前者は宿主の健康維持に貢献するなど生体に「良い」効果を及ぼすのに対し、後者は、腹痛、下痢、嘔吐などの「悪い」効果を及ぼすと理解されている。
腸内フローラのバランスの変化は、腹痛、下痢、嘔吐などの疾患の他、癌やある種のアレルギー疾患などの原因にもなることが明らかになっており、このバランスを良好に保つことが健康を維持する上で非常に重要であると考えられている。
【0003】
生体に悪影響を及ぼすとされる悪玉菌としては、ウェルシュ菌や大腸菌などが知られており、タンパク質を分解し、アンモニア、硫化水素、アミン、インドール、フェノール、メルカプタンなどの悪臭を発生する物質(腐敗物質)をつくるものが多い。この中で、大腸菌は、腸内細菌における存在比としては、約0.1%程度と多くはないが、一般的な認知度は最も高い細菌の1つと言える。大腸菌は、腐敗物質を産生するものの、その多くは、腸内フローラに存在する限り無害であるが、いくつかの株の中には、下痢や腹痛を伴う胃腸炎を引き起こすものが存在し、病原性大腸菌などと称されている。病原性大腸菌は、さらに、次の5つに分類することができる。小腸に感染して下痢や腹痛等急性胃腸炎を起こす「腸管病原性大腸菌」、大腸に感染して赤痢様の症状を起こす「腸管侵入性大腸菌」、小腸に感染し下痢を起こし、増殖時に毒素を産生する「毒素原性大腸菌」、大腸菌に感染して志賀毒素(Stx1,Stx2)(あるいは、ベロ毒素;VT1,VT2)を放出し血管の破壊を引き起こす「腸管出血性大腸菌」、ヒトの細胞表面以外にも培養容器などにも接着する特徴を有し、下痢や食中毒を引き起こす「腸管凝集接着性大腸菌」である。
【0004】
病原性大腸菌の中でも、腸管出血性大腸菌(EHEC、VTEC又はSTECと略称される)は、集団発生事例なども多く、その予防と治療の必要性の高い菌種の一つである。腸管出血性大腸菌が感染すると、強い腹痛、水様性の下痢の症状が出現し、さらに血便が出ることも多い。重篤な場合には、溶血性尿毒症症候群 (HUS)や血栓性血小板減少性紫斑病、痙攣や意識障害など 脳症を呈する事もあり、死に至ることもある。いずれも腸管出血性大腸菌の産生する志賀毒素の作用(タンパク質合成を阻害し、標的細胞を死滅させる)による。中でも、「O157(O157:H7)」は、深刻な集団感染被害を引き起こした事例が大きく取り上げられたこともあり、現在ではよく知られている腸管出血性大腸菌である。「O157」の「O」は、O抗原(H抗原(鞭毛抗原)以外の細胞壁の抗原であるリポ多糖のこと)のことで、「O抗原が157番の大腸菌」という意味である。O157以外にも、腸管出血性を引き起こし、志賀毒素を放出する病原性菌株が発見されており、例えば、O抗原が、O1、O18、O26、O103、O104、O118、O121、O111、O128など多数報告されている。ただし、実際に集団感染の原因菌として明らかになっているものは多くなく、O157:H7の他、O26:H11に関する報告がある。
【0005】
病原性大腸菌による感染の予防又は治療については、乳酸菌、ビフィズス菌などを利用する方法(特許文献1及び特許文献2など)、植物由来のアルカロイドを利用する方法(特許文献3)、ガングリオシド(GM3、GD3)を利用する方法(特許文献4)などが報告されているが、さらに効果的な治療剤、治療方法の開発が依然として強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2004/030624号
【特許文献2】特開2006−180836
【特許文献3】特開2000−80039
【特許文献4】特開2001−2704
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、上記事情に鑑み、腸管出血性大腸菌(O157:H7など)による感染症の発症を抑制又は阻害する方法につき鋭意研究を行った結果、ビフィドバクテリウムのある菌株が、優れた効果を示すことを見出し、本発明を完成させた。
従って、本発明は、腸管出血性大腸菌(O157:H7など)による感染症の予防及び治療に効果的な菌株の提供を目的とする。
また、本発明は該菌株を含む医薬組成物及び食品の提供を目的とする。
さらに、本発明は、腸管出血性大腸菌による感染症の予防及び治療方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
腸管出血性大腸菌が産生する志賀毒素(以下、Stxとも記載する)は、腸管内に放出された後、血中に移行する。さらに、腎臓まで到達すると毛細血管内皮細胞を破壊し、そこを通過する赤血球を破壊して、溶血性尿毒症症候群(HUS)などの重篤な症状を引き起こす。従って、大腸菌からの志賀毒素の産生(又は放出)、志賀毒素の血中への移行を抑制又は阻害することができれば、腸管出血性大腸菌の感染による諸症状を予防し、治癒せしめることが可能となる。発明者らは、健康な乳幼児の糞便から分離したビフィドバクテリウム インファンティス(Bifidobacterium infantis)157F株(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受領番号「FERM AP−21761」が無菌マウスでの腸管出血性大腸菌(特に、O157:H7)による感染死抑制することを明らかにした。このような作用は、他のビフィドバクテリウムには見られない作用である。さらに、発明者らは、本発明の菌株が腸管出血性大腸菌からのStxの産生(又は放出)及びStxの血中への移行を阻害又は抑制することを見出した。
すなわち、本発明は、下記(1)〜(7)である。
(1)独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受領番号「FERM AP−21761」として寄託されたビフィドバクテリウム インファンティス157F株。
(2)上記(1)に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、腸管出血性大腸菌による感染症の予防及び/又は治療用医薬組成物。
(3)上記(1)に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、志賀毒素(Stx)により発症する疾患の予防及び/又は治療用医薬組成物。
(4)上記(1)に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、腸管出血性大腸菌からの志賀毒素(Stx)の産生を阻害するための医薬組成物。
(5)上記(1)に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、志賀毒素(Stx)の血中への移行を阻害するための医薬組成物。
(6)上記(1)に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含み、腸管出血性大腸菌による感染症を予防し、及び/又は該感染による諸症状を緩和する効果を有する発酵物。
(7)上記(1)に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含み、腸管出血性大腸菌による感染症を予防し、及び/又は該感染による諸症状を緩和する効果を有する食品。
(8)上記(2)乃至(7)のいずれかに記載の腸管出血性大腸菌がO157である、医薬組成物、発酵物又は食品。
さらに、本発明は上記(1)に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を利用した、腸管出血性大腸菌による感染症の治療及び/又は予防方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、腸管出血性大腸菌による感染症を有効に予防及び/又は治療するための医薬組成物の開発が可能となる。
【0010】
本発明により、志賀毒素が原因となって発症する疾患を予防及び/又は治療するための医薬組成物の開発が可能となる。
【0011】
本発明により、腸管出血性大腸菌による感染を予防し、及び/又は該感染による諸症状を緩和する効果を有する食品の開発が可能となる。
【0012】
本発明により、腸管出血性大腸菌による感染症、並びに、志賀毒素が原因となって発症する疾患を有効に予防及び/又は治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ビフィドバクテリウム インファンティス 157Fを投与した無菌マウスのO157:H7感染後の生存数の結果を示す。コントロールとして、(B.infantis 157F)、ビフィドバクテリウム アドレッセンティスB.adolescentis)、ビフィドバクテリウム ビフィダム M(B.bifidum M)、ビフィドバクテリウム ビフィダムB.bifidum)、ビフィドバクテリウム ブレーベB.breve)、ビフィドバクテリウム インファンティスB.infantis)、ビフィドバクテリウム シュードカテニュレイタムB.pseudocatenulatum)を投与した。GB;Gnotobiotic(純粋隔離群)
【図2】O157:H7に感染した無菌マウスにビフィドバクテリウム インファンティス 157F、ビフィドバクテリウム インファンティスを投与後、1日、6日、14日における糞便中のO157:H7菌数を測定した。縦軸は、1g糞便中のコロニー形成単位の対数である。Aは、ビフィドバクテリウム インファンティスを投与した結果で、Bがビフィドバクテリウム インファンティス 157Fを投与した結果である。□;ビフィドバクテリウム インファンティス 157F又はビフィドバクテリウム インファンティスの菌数。■;E.coli O157:H7の菌数。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態の1つは、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受領番号「FERM AP−21761」として寄託されたビフィドバクテリウム インファンティス157F株に関する。発明者等は、健康なヒトの乳幼児の糞便から、ビフィドバクテリウム インファンティス157F株を分離し、2009年2月2日に独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託申請し、同日、受領番号「FERM AP−21761」を付与された。ビフィドバクテリウム インファンティス157F株は、腸管出血性大腸菌からの志賀毒素(Stx1、Stx2)の産生(又は放出)を阻害又は抑制し、また、志賀毒素(Stx1、Stx2)の血中への移行を阻害又は抑制する作用を有する。その結果、腸管出血性大腸菌による感染症の諸症状(例えば、腹痛、下痢、血便、溶血性尿毒症症候群(HUS)、血栓性血小板減少性紫斑病、痙攣、意識障害などの脳症)の発症を防ぎ、また、これらの諸症状を緩和することが期待される。あるいは、本発明の菌株は、志賀毒素が血中を通って組織全体へ移行する過程を予め阻害又は抑制することから、何らかの原因により志賀毒素が体内へ侵入し(即ち、腸管出血性大腸菌による感染以外の何らかの原因によって志賀毒素が体内に侵入した場合)、その結果、発症する全ての疾患(例えば、腹痛、下痢、血便、溶血性尿毒症症候群(HUS)、血栓性血小板減少性紫斑病、痙攣、意識障害などの脳症)の発症を防ぎ、また、これらの諸症状を緩和することが期待される。
【0015】
本発明の対象となる腸管出血性大腸菌には、志賀毒素(Stx1,Stx2;VT1,VT2)を産生する大腸菌の全てが含まれ、限定はしないが、例えば、O抗原が、O1、O18、O26、O157、O103、O104、O118、O121、O111、O128である大腸菌などを挙げることができる。
【0016】
本発明の他の実施形態としては、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受領番号「FERM AP−21761」として寄託されたビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、腸管出血性大腸菌による感染症の予防及び/又は治療用医薬組成物に関するものである。本発明の医薬組成物の剤型は、経口投与などが可能であって、上記ビフィドバクテリウム インファンティス157F株が生菌として生きた状態で、腸管に到達することが可能な剤型であればいかなる剤型であってもよく、当業者であれば容易に選択及び製剤することが可能である。例えば、剤型としては、限定はしないが、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、粉末剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。これらの製剤は常法に従って調製される。尚、液体製剤にあっては、粉末剤等を、用時、水又は他の適当な溶媒に溶解又は懸濁する形であってもよい。また、錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしてもよい。
【0017】
医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物の種類、有効成分に対する製剤用添加物の割合、又は医薬組成物の製造方法は、組成物の形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。製剤用添加物としては無機又は有機物質、或いは固体又は液体の物質を用いることができ、一般的には、有効成分重量に対して1重量%から90重量%の間で配合することができる。具体的には、その様な物質の例として乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、蔗糖、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ロウ、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコール、水等が挙げられる。
【0018】
経口投与用の固形製剤を製造するには、有効成分と賦形剤成分例えば乳糖、澱粉、結晶セルロース、乳酸カルシウム、無水ケイ酸などと混合して散剤とするか、さらに必要に応じて白糖、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドンなどの結合剤、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤などを加えて湿式又は乾式造粒して顆粒剤とする。錠剤を製造するには、これらの散剤及び顆粒剤をそのまま或いはステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤を加えて打錠すればよい。これらの顆粒又は錠剤はヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メタクリル酸− メタクリル酸メチルポリマーなどの腸溶剤基剤で被覆して腸溶剤製剤、或いはエチルセルロース、カルナウバロウ、硬化油などで被覆して持続性製剤とすることもできる。また、カプセル剤を製造するには、散剤又は顆粒剤を硬カプセルに充填するか、有効成分をそのまま或いはグリセリン、ポリエチレングリコール、ゴマ油、オリーブ油などに溶解した後ゼラチン膜で被覆し軟カプセルとすることができる。
【0019】
直腸投与剤を製造するには、有効成分をカカオ脂、脂肪酸のトリ、ジ及びモノグリセリド、ポリエチレングリコールなどの座剤用基材と共に加湿して溶解し型に流し込んで冷却するか、有効成分をポリエチレングリコール、大豆油などに溶解した後、ゼラチン膜で被覆すればよい。
【0020】
本発明の医薬組成物の投与量及び投与回数は特に限定されず、治療対象の諸症状の悪化・進展の防止及び/又は治療の目的、患者の体重や年齢、症状の重篤度などの条件に応じて、医師の判断により適宜選択することが可能である。
【0021】
本発明の医薬は、医薬組成物としてキットの形態で、容器、パック中に投与の説明書と共に含めることができる。本発明に係る薬剤組成物がキットとして供給される場合、該薬剤組成物のうち異なる構成成分が別々の容器中に包装され、使用直前に混合される。このように構成成分を別々に包装するのは、活性構成成分の機能を失うことなく長期間の貯蔵を可能にするためである。
【0022】
キット中に含まれる試薬は、構成成分が活性を長期間有効に持続し、容器の材質によって吸着されず、変質を受けないような何れかの種類の容器中に供給される。例えば、封着されたガラスアンプルは、窒素ガスのような中性で不反応性ガスの下において包装されたバッファーを含む。アンプルは、ガラス、ポリカーボネート、ポリスチレンなどの有機ポリマー、セラミック、金属、又は試薬を保持するために通常用いられる他の何れかの適切な材料などから構成される。他の適切な容器の例には、アンプルなどの類似物質から作られる簡単なボトル、及び内部がアルミニウム又は合金などのホイルで裏打ちされた包装材が含まれる。他の容器には、試験管、バイアル、フラスコ、ボトル、シリンジ、又はその類似物が含まれる。容器は、皮下用注射針で貫通可能なストッパーを有するボトルなどの無菌のアクセスポートを有する。
【0023】
また、キットには使用説明書も添付される。当該医薬組成物からな成るキットの使用説明は、紙又は他の材質上に印刷され、及び/又はフロッピー(登録商標)ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、Zipディスク、ビデオテープ、オーディオテープなどの電気的又は電磁的に読み取り可能な媒体として供給されてもよい。詳細な使用説明は、キット内に実際に添付されていてもよく、或いは、キットの製造者又は分配者によって指定され又は電子メール等で通知されるウェブサイトに掲載されていてもよい。
【0024】
さらに、本発明の実施形態には、腸管出血性大腸菌の感染の予防方法、及び該感染によって引き起こされる諸症状(例えば、腹痛、下痢、血便、溶血性尿毒症症候群(HUS)、血栓性血小板減少性紫斑病、痙攣、意識障害などの脳症)の治療方法も含まれる。
ここで「治療」とは、体内に感染した腸管出血性大腸菌による志賀毒素(Stx1,Stx2)の産生を抑制又は阻害すること、並びに、志賀毒素が血中へ移行するのを抑制又は阻害することによって、感染の結果発症する諸症状の進行及び悪化を阻止又は緩和することを目的とした治療的処置の意味として使用される。
また、「予防」とは、体内に感染した腸管出血性大腸菌による志賀毒素(Stx1,Stx2)の産生を抑制又は阻害すること、並びに、志賀毒素が血中へ移行するのを抑制又は阻害することによって、感染の結果予想される諸症状の発症を予め阻止することを目的とした予防的処置の意味として使用される。
【0025】
治療の対象となる「哺乳動物」は、哺乳類に分類される任意の動物を意味し、特に限定はしないが、例えば、ヒトの他、イヌ、ネコ、ウサギなどのペット動物、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマなどの家畜動物などのことである。特に好ましい「哺乳動物」は、ヒトである。
【0026】
本発明のさらなる実施形態には、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受領番号「FERM AP−21761」として寄託されたビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含み、腸管出血性大腸菌による感染を予防し、及び/又は該感染による諸症状を緩和する効果を有する発酵物及び食品が含まれる。ここで「発酵物」とは、上記ビフィドバクテリウム インファンティス157F株を増殖させた結果得られる培養物であればいずれのものであってもよく、上記ビフィドバクテリウム インファンティス157F株の菌体自体であってもよい。上記ビフィドバクテリウム インファンティス157F株は、健康なヒトの乳幼児の糞便等から分離することができ、公知のビフィドバクテリウムの培養方法によって培養することができる。具体的には、市販の嫌気性菌用培地、例えばBL寒天培地やGAM培地を用いて、通常の嫌気培養法で行うことができる。発酵物としては、生菌として腸管に到達し得る形状であればいかなるものであってもよく、例えば、粉末、顆粒、タブレットなどの固形、ゼリー、ペーストなどの半固形、シロップ、懸濁液などの液体形状などでもよい。また、凍結乾燥したものであってもよい。また、「食品」とは、ヒト及び非ヒト動物が摂食可能なものであれば、いかなるものであってもよく、ヨーグルトなどの乳製品の他、いわゆるサプリメントとして利用される健康食品、あるいは、特定保健用食品、栄養機能性食品などの保健機能食品を含む機能性補助食品(栄養補助食品)であってもよい。
【実施例】
【0027】
次に本発明を具体例によって説明するがこれらの例によって本発明が限定されるものではない。
【0028】
1.菌株の取得
本発明のビフィドバクテリウム インファンティス157F株は、−80℃に保存したものをBL寒天培地に接種し、1〜2日培養したものを嫌気性希釈液に懸濁して調製したものを使用した。また、コントロールとして実験に使用した、ビフィドバクテリウム アドレッセンティスB.adolescentis)、ビフィドバクテリウム ビフィダム M(B.bifidum M)、ビフィドバクテリウム ビフィダムB.bifidum)、ビフィドバクテリウム ブレーベB.breve)、ビフィドバクテリウム インファンティスB.infantis)、ビフィドバクテリウム シュードカテニュレイタムB.pseudocatenulatum)、は、ビフィドバクテリウム インファンティス157F株と同様に取得した。
【0029】
2.無菌マウスに対する菌株の投与
無菌マウス(Germ free mice)(東京大学獣医公衆衛生学研究室にて繁殖維持している)ビフィドバクテリウム インファンティスF157株及びコントロールとして用いる菌株を、1匹あたり10個を経口投与し、7日後にE.coli O157:H710個を経口投与した。その後、無菌マウスの生死を観察した(図1)。
その結果、O157:H7の投与後21日目において、O157:H7を投与した5匹のマウスのうち、ビフィドバクテリウム インファンティス 157F(B.infantis 157F)を投与した場合に、5匹中4匹が生存していたのに対し、他の菌株を投与したマウスは全て死亡した(図1)。
【0030】
O157:H7に感染した無菌マウスに、ビフィドバクテリウム インファンティスF157株を投与した場合、その糞便中に存在するO157:H7の菌数を測定したところ、生存したマウスの糞便中にもO157:H7の存在が確認された(図2)。従って、ビフィドバクテリウム インファンティスF157株の投与は、O157:H7の腸管への定着を阻止することはできなかった。
【0031】
次に、O157:H7が産生する志賀毒素の盲腸内容物、腸管各部位及び血清中における濃度について調べた。志賀毒素(Stx2)の濃度は、抗体を用いたエライザ法により定量を行った。
盲腸内容物中のStx2濃度は、他の菌株を投与した群のものと比較すると有意に低かった(表1)。
【表1】

【0032】
また、胃、小腸、盲腸、結腸直腸の各部位に関しては、他の菌株投与群と比べ、盲腸においてStx2濃度に有意差があったのに対し、胃、小腸、結腸直腸では、数値的には他の群よりも低い値ではあったが、有意差はみとめられなかった(表2)。従って、盲腸におけるStx2産生の抑制がマウスのO157:H7感染死抑制に関連していると考えられる。
【表2】

【0033】
また、血清中のStx2濃度については、ビフィドバクテリウム インファンティスF157株投与群では、他の群よりも有意に低い値を示した(表3)。
【表3】


この結果から、ビフィドバクテリウム インファンティスF157株は、Stx2が腸管内から血中へ移行するのを防いでいると考えられる。
なお、盲腸内容物中の有機酸の組成及び濃度には、ビフィドバクテリウム インファンティスF157株投与群とその他の群の間で相違は見られなかった。
【0034】
以上の結果から、ビフィドバクテリウム インファンティスF157株がマウスのE.coli O157:H7感染死を抑制することが初めて明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、腸管出血性大腸菌による感染症の予防及び治療のための、菌株、該菌株を含む医薬組成物、発酵物、及び食品を提供するもので、腸管出血性大腸菌による感染被害を抑えることが期待され、その利用価値は非常に高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受領番号「FERM AP−21761」として寄託されたビフィドバクテリウム インファンティス157F株。
【請求項2】
請求項1に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、腸管出血性大腸菌による感染症の予防及び/又は治療用医薬組成物。
【請求項3】
請求項1に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、志賀毒素(Stx)により発症する疾患の予防及び/又は治療用医薬組成物。
【請求項4】
請求項1に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、腸管出血性大腸菌からの志賀毒素(Stx)の産生を阻害するための医薬組成物。
【請求項5】
請求項1に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含む、志賀毒素(Stx)の血中への移行を阻害するための医薬組成物。
【請求項6】
請求項1に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含み、腸管出血性大腸菌による感染症を予防し、及び/又は該感染による諸症状を緩和する効果を有する発酵物。
【請求項7】
請求項1に記載のビフィドバクテリウム インファンティス157F株を含み、腸管出血性大腸菌による感染症を予防し、及び/又は該感染による諸症状を緩和する効果を有する食品。
【請求項8】
請求項2乃至7のいずれかに記載の腸管出血性大腸菌がO157である、医薬組成物、発酵物又は食品。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−180146(P2010−180146A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−23331(P2009−23331)
【出願日】平成21年2月4日(2009.2.4)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】