説明

腹膜透析液調製用溶液セット

【課題】加熱滅菌によるグルコース分解物の生成を抑えた、生理的pHに一層近い腹膜透析液を提供すること。
【解決手段】相互に隔離して包装された第1液と第2液とからなる腹膜透析液調製用溶液セットであって、第1液がグルコースを含有し且つ乳酸イオンを含有しないpH4.0〜5.0の水溶液を加熱滅菌してなり、第2液が乳酸ナトリウムを含んでなる水溶液を加熱滅菌してなり、該第1液と第2液のいずれか又は双方が、塩化ナトリウム、塩化カルシウム及び塩化マグネシウムのうち少なくともいずれかを含有しており、第1液と第2液との体積比が5:5〜9:1の範囲にあり、第1液と第2液とを混合したとき得られる溶液のグルコース濃度が5.0〜50.0g/Lであり、且つ第1液と第2液とを混合したとき得られる溶液のpHが6.0〜7.3の範囲に入るものである、腹膜透析液調製用溶液セット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腹膜透析液に関し、詳しくは、腹膜透析液を調製するための予め加熱滅菌された溶液セットに関する。
【背景技術】
【0002】
持続的外来腹膜透析法(CAPD)は、腎機能を失った末期腎不全の患者の生命維持のために、腎機能を腹膜に代行させることによって老廃物排出、種々の体液成分のバランスの確保を図る療法の一つとして知られている。CAPDにおいては、腹膜透析液が腹腔に注入されるが、それによって、通常は腎臓によって排泄されるものである老廃物(典型的には、尿素、クレアチニン)、ナトリウムイオン及び塩素イオンその他無機物並びに水等の物質が、腹膜を横切って血流から透析液へと拡散し、それによってそれらの物質が身体から除去される。
【0003】
腹膜透析法によって身体から除去される物質の種類及び速度は、腹膜透析液中に存在する溶質の種類及び濃度の関数である。腹膜透析液中には塩化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムのような生理的塩類が一般に血液中より少し低濃度に存在し、血液中のそのような塩類は、その過剰量に対応して腹膜透析液中へ拡散する。また腹膜透析液のpHを一定範囲に維持するための緩衝剤としては、乳酸が一般に用いられている。
【0004】
患者から水を除去する(これは一般に必要である)に必要な浸透圧を発生させるために、腹膜透析液には、上記のような生理的塩類の以外に他の溶質が加えられる。そのような他の溶質は、典型的にはグルコースであり、腹膜透析液中に通常、最低5g/Lの濃度に、また、患者からの限外濾過を増すことを望むときは一層高い濃度に含有される。
【0005】
現行の透析液は、一つの容器中に、浸透圧物質、緩衝剤、無機塩類が混合された水溶液として入れられている。腹膜透析液は滅菌が不可欠であり、それには加熱滅菌が行われる。しかしながら、グルコースは加熱滅菌に際して分解し易く、中性〜塩基性ではカラメル化を起こして溶液が褐色化し、またpH3.5以下では5−ヒドロキシメチルフルフラール
(5−HMF)、レブリン酸等の分解産物を生じ易いことが知られている[Richard J.Ulbricht et al.,”A Review of 5−Hydroxymethylfurfural (HMF) in Parenteral Solutions”,Fundamental and Applied Toxicology,4:843−853(1984)を参照のこと;非特許文献1]。該分解物である5−ヒドロキシメチルフルフラール(5−HMF)は、腹膜の機能維持に有害と考えられている[I.S.Henderson et al.,Blood Purif.,7:p.86−94(1989)を参照のこと;非特許文献2]。このため、加熱滅菌による種々の分解を抑制する目的で、製造工程において加熱滅菌に付されるグルコース含有腹膜透析液のpHは、通常5.0〜5.4に設定されている。従って、滅菌後もそのような溶液のpHは体液の生理的pH(血液ではpH7.4)に比してかなり酸性側にある。
【0006】
このことは、腹腔内に注入されるものである腹膜透析液にとって、生体適合性の点で好ましいとはいえない[”Frontiers in Peritoneal dialysis”,p.261−264,1984,I.S.Henderson et al.;非特許文献3]。また、上記pH範囲に調製されている従来のグルコース含有腹膜透析液の加熱滅菌においてもグルコースの分解は完全には阻止できておらず、少量ながら5−HMF等の分解産物が生じて製品に含まれており、この点も生体適合性の観点から改善が求められている。
【0007】
一方、WO 93/09820公報(以下「’820公報」という;特許文献1)には、小液量(20〜500 mLの)濃厚(10〜70%)なグルコース水溶液と、グルコース不含の、大液量(約2L)の塩類等を含有する水溶液とからなる、別包装された滅菌した腹膜透析溶液が開示されている。
【0008】
該’820公報には、グルコース水溶液を少量の濃厚液にした理由として、グルコース濃度が高い程228nmにおける吸光度で測定される分解物の発生率が低くなるからであるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第93/09820パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Richard J.Ulbricht et al.,”A Review of 5−Hydroxymethylfurfural (HMF) in Parenteral Solutions”,Fundamental and Applied Toxicology,4:843−853(1984)
【非特許文献2】I.S.Henderson et al.,Blood Purif.,7:p.86−94(1989)
【非特許文献3】Frontiers in Peritoneal dialysis”,p.261−264,1984,I.S.Henderson et al.
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0011】
しかしながら、本発明者はこれについて検討し、上記228nmの吸収により検出される分解物は経時的に減少し、それに対応して284nmの吸収が増大することを見出した。特に市販の腹膜透析液では、製造後の日数経過のため、228nmの吸収は痕跡程度に過ぎない。該284nmに吸収を有する成分は、5−HMFであることが知られており、従って上記228nmに吸収を有する該分解物は、5−HMFの前駆体と推定される。該前駆体は5−HMFとなって溶液中に残ることから、分解物の量的評価は主として5−HMF量に基づいて行う必要がある。
【0012】
本発明者は上記知見と考察に基づき、主として5−HMFを指標に、加熱滅菌による分解物の生成を最少に抑えつつ、且つ生理的pHに一層近い腹膜透析液を得ることを試みた。
【0013】
本発明者は、腹膜透析液に使用されている乳酸イオンが加熱滅菌時のグルコースの分解を促進しており、グルコースを乳酸イオンと別にして加熱滅菌することにより、5−HMFの生成を抑制できることを見出した。同時に、本発明は、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン及び塩素イオンは、グルコースの分解を促進しないことをも見出した。加えて、本発明者は、腹膜透析液をグルコース含有溶液と、乳酸イオン含有溶液とに分けたとき、上記’820公報とは逆に、これら2つの部分よりなる腹膜透析液においてグルコース含有溶液の占める体積割合を大きくしてグルコース含有溶液中のグルコース濃度を相対的に低く抑えることによって、5−HMFの生成が抑制されることを見出した。更にまた本発明者は、前記グルコース水溶液をpH4.0〜5.0の水溶液とす
ることにより5−HMFの生成が一層抑制されしかも該pH範囲のグルコース水溶液と、乳酸イオン含有溶液としての乳酸ナトリウム含有溶液とを、加熱滅菌後に混合したとき、従来のものでは得られなかった生理的pHに近いpHの腹膜透析液を得ることができることをも見出した。本発明は、これらの発見に基づき更に検討を加えることにより完成されたものである。
【0014】
すなわち、本発明は、相互に隔離して包装された第1液と第2液とからなる腹膜透析液調製用溶液セットであって、(a)該第1液がグルコースを含有し且つ乳酸イオンを含有しないpH4.0〜5.0の水溶液を加熱滅菌してなり、(b)該第2液が乳酸ナトリウムを含有し且つグルコースを含有しない水溶液を加熱滅菌してなり、(c)該第1液と第2液のいずれか又は双方が、塩化ナトリウム、塩化カルシウム及び塩化マグネシウムのうち少なくともいずれかを含有しており、(d)該第1液と該第2液との体積比が5:5〜9:1の範囲にあり、(e)該第1液と該第2液とを混合したとき得られる溶液のグルコース濃度が5.0〜50.0g/Lであり、且つ(f)該第1液と該第2液とを混合したとき得られる溶液のpHが6.0〜7.3の範囲に入るものである、腹膜透析液調製用溶液セットである。
【0015】
上記構成により、第1液及び第2液を加熱滅菌したときは、従来品の加熱滅菌の場合に比してグルコースの分解が少ない。更に、滅菌後第1液及び第2液を混合することにより、従来のものより一層生理的pHに近いpHの腹膜透析液を得ることができる。
【0016】
該第2液に含有される乳酸ナトリウムの量は、該第1液と該第2液とを混合したとき得られる溶液の乳酸イオン濃度が40mEq/L以下になるような量であることが好ましい。なお、乳酸ナトリウムは、第1液と第2液とを混合して得られる液においてpHを6.0〜7.3に維持するよう機能すればよく、滅菌前の第2液である乳酸ナトリウムを含有し且つグルコースを含有しない水溶液のpHは、調整の必要がない。該水溶液の一例は、乳酸ナトリウム水溶液そのものである。
【0017】
また、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、及び塩化マグネシウムは、第1液と第2液のいずれに含有されても、また双方に含有されてもよいが、それらの量は、該第1液と該第2液とを混合したときに得られる溶液中のナトリウムイオン濃度が132mEq/L以下、カルシウムイオン濃度が3.5mEq/L以下、マグネシウムイオン濃度が1.5mEq/L以下、及び塩素イオン濃度が102mEq/L以下となるような量であるのが好ましい。
【0018】
なお、第1液と第2液とを混合したときに得られる溶液のグルコース濃度の典型例としては、現行の腹膜透析液と同様に、13.6g/L、22.7g/L、38.6g/L等の濃度が挙げられる。
【0019】
本発明の腹膜透析液調製用溶液セットは、第1液と第2液を、使用時に無菌的に連結可能な公知の連結部を備えた独立した2つのバックにそれぞれ充填して滅菌したものであっても、また外部から操作して隔壁を破壊して連通させ得る通路又は弱いヒートシールによって隔離された、2つのチャンバーを備えた容器の各チャンバー内に充填して滅菌したものであっても、その他、2つの溶液を無菌的に混合するのに適した当業者に知られたいかなる滅菌可能な容器を利用したものであってもよい。
【0020】
以下に記載の知見、および以下の特徴を有する腹膜透析液が提供される:
腹膜透析液に使用されている乳酸イオンが加熱滅菌時のグルコースの分解を促進しており、グルコースを乳酸イオンと別にして加熱滅菌することにより、5−HMFの生成を抑制できることを見出した。同時に、本発明は、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン及び塩素イオンは、グルコースの分解を促進しないことをも見出した。加えて、本発明者は、腹膜透析液をグルコース含有溶液と、乳酸イオン含有溶液とに分けたとき、先行技術とは逆に、これら2つの部分よりなる腹膜透析液においてグルコース含有溶液の占める体積割合を大きくしてグルコース含有溶液中のグルコース濃度を相対的に低く抑えることによって、5−HMFの生成が抑制されることを見出した。更にまた、前記グルコース水溶液をpH4.0〜5.0の水溶液とすることにより5−HMFの生成が一層抑制されしかも該pH範囲のグルコース水溶液と、乳酸イオン含有溶液としての乳酸ナトリウム含有溶液とを、加熱滅菌後に混合したとき、従来のものでは得られなかった生理的pHに近いpHの腹膜透析液を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明を実施するための1例を説明する。
【0022】
(実施例1)
(第1液)
グルコース 2.27g
塩化ナトリウム 0.538g
塩化カルシウム二水和物 0.026g
塩化マグネシウム六水和物 0.005g
0.1規定塩酸 適量
精製水 全量70mL
pH4.00、4.30、4.50、4.70、5.00
(第2液)
60%乳酸ナトリウム 0.74g
精製水 全量30mL
上記処方に従って調製した各pHの第1液(70mL)を各容器に収容し、上記処方に従って調製した第2液(30mL)を別の各容器に収容した。容器中において各溶液を加熱滅菌(121℃、40分)した。室温まで冷却の後、各第1液と第2液とを混合して、混合液のpH並びに284nm(5−HMF)及び228nmの吸光度を測定した。結果を次の表に示す。後述の比較例1(従来型)との対比により明らかなように、混合後pHを生理的pHに近づけ且つ分解物の生成をも抑える、という本発明の目的が達成されている。
【0023】
【表1】

【0024】
[比較例1]
比較例として、従来型の、全溶質を含有する単一組成物としての腹膜透析液を、実施例1の各溶質量に対応させて調製した。すなわち下記の処方
グルコース 2.27g
塩化ナトリウム 0.538g
塩化カルシウム二水和物 0.026g
塩化マグネシウム六水和物 0.005g
60%乳酸ナトリウム 0.74g
0.1規定塩酸 適量
精製水 全量100 mL
pH5.2、5.5及び6.0
に従い腹膜透析液を調製し容器に収容した。実施例と同一条件で滅菌し、室温まで冷却後、溶液のpH並びに284nm(5−HMF)及び228nmの吸光度を測定した。結果を次の表に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
実施例1の結果との比較から明らかなように、比較例1においては、滅菌前pHを実施例1の第1液よりも高く設定していたにもかかわらず、滅菌後pH(実施例1の混合後pHに対応する)は大幅に低下し、実施例1の混合後pH値の各々に比して顕著に酸性側に偏っていた(pH5.15〜5.37)。また比較例1において滅菌後の酸性側への偏りの最も小さい処方(H)では、実施例1に比して284nm(5−HMF)の吸光度が著明に増大し(0.884)、グルコースの分解が促進されてしまうことが示された。
【0027】
[第1液と第2液の体積比と、混合後pH及びグルコースの安定性との関係]
(第1液)
グルコース 1.36g
塩化ナトリウム 0.538g
塩化カルシウム二水和物 0.026g
塩化マグネシウム六水和物 0.005g
0.1規定塩酸 適量
精製水 全量 30、50、70、90mL
pH4.5
(第2液)
60%乳酸ナトリウム 0.74g
精製水 全量 10、30、50、70mL
上記処方に従い、第1液及び第2液を調製し、それぞれ容器に収容した。第2液のpHは、液
の全量10、30、50及び70mLの順に、それぞれ7.69、7.26、7.07及び6.94であった。各溶液を加熱滅菌(121 ℃、40分)し、室温まで冷却後、対応する各第1液及び第2液(混合後100mLとなる組合せ)を混合し、pH及び284
nm(5−HMF)の吸光度を測定した。結果を次の表に示す。
【0028】
【表3】

【0029】
表3に見られるように、第2液の体積に対する第1液の体積が大きい程(従って、グルコース濃度が低い程)、混合後の284 nm(5−HMF)の吸光度が小さくなり、グルコースの分解が抑えられており、第1液:第2液の体積比5:5〜9:1の範囲では体積比3:7に比して顕著に優れている。また混合後pHは第1液:第2液の体積比が7:3のときに最も中性寄りとなった。これらより総合的に判断して、第1液:第2液の体積比としては5:5〜9:1の範囲が好ましく、特に好ましいのは7:3の付近である。
【産業上の利用可能性】
【0030】
腹膜透析、代表的には、持続的外来腹膜透析法(CAPD)で用いられる透析液が提供される。より詳細には、腹膜透析液を調製するための予め加熱滅菌された溶液セットが提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
明細書に記載の発明。

【公開番号】特開2010−42312(P2010−42312A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−269348(P2009−269348)
【出願日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【分割の表示】特願2008−28150(P2008−28150)の分割
【原出願日】平成6年11月11日(1994.11.11)
【出願人】(591013229)バクスター・インターナショナル・インコーポレイテッド (448)
【氏名又は名称原語表記】BAXTER INTERNATIONAL INCORP0RATED
【Fターム(参考)】