説明

膵臓障害の処置方法

【課題】膵臓障害を処置する方法を提供する。
【解決手段】神経毒、特にボツリヌス毒素を、コリン作動性の影響を受けた外分泌性膵臓または内分泌性膵臓に局所投与し、それによって膵臓組織からの分泌を低下させ、高インスリン症、高グルカゴン症及び膵炎から選択される膵臓障害を処置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は膵臓障害の処置方法に関する。特に、本発明は、神経毒を患者の膵臓にインビボ投与することによって膵外分泌障害および膵内分泌障害を処置する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膵外分泌
ヒト膵臓は、外分泌性組織および内分泌性組織の両方から構成される腺である。膵外分泌の腺房細胞は、摂取された食物を消化するための様々な消化酵素を分泌する。膵外分泌の腺管細胞は、胃で作られた酸性のキームスを中和するための重炭酸塩を含む電解質溶液を分泌する。消化酵素および電解質液は一緒になって膵液を構成し、膵液はオッディ括約筋を通り膵管を介して十二指腸に流れる。膵外分泌は、約20の異なる酵素およびチモーゲン(アミラーゼ、リパーゼ、トリプシンおよびトリプシノーゲンなど)を含有する膵液を1日あたり3リットルまで作ることができる。膵液の分泌は、キームスが小腸の上部に存在することによって刺激され、そして膵液の正確な組成は、キームス内の化合物のタイプ(炭水化物、脂質、タンパク質および/または核酸)によって影響されるようである。胃によって作られた胃酸により、セクレチンの放出が刺激される。セクレチンは、次いで、水および電解質を多く含む膵液の分泌を刺激する。胃酸、長鎖脂肪酸およびある種のアミノ酸により、十二指腸および空腸からのコレシストキニン(CCK)の放出が誘発される。CCKは、酵素を多く含む分泌物の膵臓からの分泌を刺激する。
【0003】
膵液の構成成分には、プロテアーゼ(トリプシン、キモトリプシン、カルボキシポリペプチダーゼ)、ヌクレアーゼ(RNAseおよびDNAse)、膵臓アミラーゼ、およびリパーゼ(膵臓リパーゼ、コレステロールエステラーゼおよびホスホリパーゼ)が含まれる。プロテアーゼを含むこれらの酵素の多くは、チモーゲンとして不活性な形態で腺房細胞によって最初に合成される。すなわち、トリプシンはトリプシノーゲンとして合成され、キモトリプシンはキモトリプシノーゲンとして合成され、そしてカルボキシポリペプチダーゼはプロカルボキシポリペプチダーゼとして合成される。これらの酵素は、最初の段階でトリプシンが酵素エンテロキナーゼによるタンパク質分解によって活性化されるカスケードに従って活性化される。トリプシノーゲンはまた、トリプシンによって自己活性化され得る。活性化が一旦始まると、活性化プロセスは迅速に進行する。トリプシンは、その後、キモトリプシノーゲンおよびプロカルボキシポリペプチダーゼの両方を活性化して、それらの活性なプロテアーゼ対応体を形成させる。
【0004】
膵外分泌酵素は、通常、膵臓の自己消化を防止するために、酵素が腸粘膜に進入したときにだけ活性化される。早すぎる活性化を防止するために、腺房細胞はまた、膵臓の分泌細胞内および膵管におけるタンパク質分解酵素の活性化を通常の場合には防止するトリプシン阻害剤を同時に分泌する。トリプシン活性を阻害することによりまた、それ以外のプロテアーゼの活性化が妨げられる。
【0005】
膵炎は膵臓の炎症であり、慢性型または急性型が存在し得る。急性膵炎は浮腫性であり得るか、またはより重症な壊死性または出血性の膵炎であり得る。約5000件の膵炎が合衆国では毎年新たに発生し、死亡率が約10パーセントである。膵炎はアルコール中毒または胆道疾患に対して二次的であることが多い。膵炎はまた、薬物、外傷、胆石またはウイルス感染によっても生じることがある。ある理論では、膵炎は、腸管腔ではなく膵臓において活性化されたタンパク質分解酵素による膵臓の自己消化のためであると述べられている。したがって、膵炎は、過剰な量のトリプシンに対して、トリプシン阻害剤の供給が不足しているときに発症すると考えられる。過剰なトリプシンは、トリプシン阻害剤の産生が少なすぎるためであり得るか、あるいは膵臓の細胞または管においてトリプシンが過剰に存在するためであり得る。後者の場合には、膵臓の損傷または管の閉塞が、トリプシンの局部的過剰を生じ得る。急性状態のもとでは、多量の膵臓チモーゲン分泌が膵臓の損傷部に溜まり得る。遊離のトリプシンがたとえ少量でも存在する場合、すべてのチモーゲンプロテアーゼの活性化が急速に生じ、これにより、膵臓の自己消化および急性膵炎の症候がもたらされる。膵炎は死に至らせることがある。
【0006】
急性膵炎のいくつかの形態、例えば、アルコールの過度な摂取、サソリの刺し傷、または抗アセチルコリンエステラーゼ含有殺虫剤による中毒によって引き起こされる急性膵炎などは、膵臓の外分泌細胞の過度なコリン作動的刺激の結果であり得る。この過度なコリン作動的刺激は、膵臓における膵臓ムスカリン性アセチルコリン受容体の数が症候的に減少することから生じ得る(Exp Toxicol Pathol 1994 Apr;45(8):503-5)。
【0007】
残念なことに、慢性膵炎は不可逆的であると考えられる(Bergerら、The Pancreas、720頁、上記)。西洋諸国では、慢性膵炎は、主として25歳〜50歳の男性が罹患しているようであり、その多くはアルコール中毒者である。
【0008】
膵炎に対する現在の治療法には多くの欠点および欠陥がある。急性膵炎の処置は、胃からのガストリン放出を低下させ、それにより胃の内容物が十二指腸に進入することを防げ、そして膵臓の外分泌性分泌を刺激しないようにするための鼻腔胃吸引を包含し得る。鼻腔胃吸引は不快であり、そして膵炎の進行を停止させるのに無効であり得る。
【0009】
慢性膵炎の処置は、膵臓の50%〜95%を手術で切除し、その後、食事時に経口的な酵素置換を行うことによって行うことができるが、これは明らかに次善の治療形態である。
【0010】
膵炎は十二指腸に至る膵管の収縮を伴い得、その結果、腸管腔における膵臓酵素の不足を起こし得る(膵外分泌不全症と呼ばれる)。
膵臓の外分泌性分泌はホルモンおよび神経の両方の機構により調節され得る。したがって、胃分泌の胃相において、膵臓に対する副交感神経インパルスは、コリン作動的に神経支配された腺房細胞のアセチルコリン作動的刺激をもたらし、そしてそのような腺房細胞による酵素の放出を生じさせる。
【0011】
注目すべきことに、コリン作動的神経支配が膵外分泌の神経制御において優勢で(Bergerら、The Pancreas、第1巻、第5章、65頁〜66頁、Blackwell Science Ltd.(1998):この刊行物(2巻)はその全体が参考として本明細書中に組み込まれる)、そしてコリン作動的刺激により膵臓酵素が分泌されることが知られている。特筆すべきことに、膵臓の腺房細胞はアセチルコリン受容体を有する(同書、83頁〜84頁)。膵外分泌の外因性神経制御は、迷走神経を介して副交感神経性である(同書、66頁)。膵臓の内因性神経制御は、膵臓内に存在する腸神経系(膵臓内神経系)のそのような部分をいう。膵臓内神経系は、節前迷走神経線維および節後交感神経線維の通っている小さい神経節が相互に連絡する叢を含む。重要なことに、内因性のコリン作動性ニューロン(すなわち、膵臓内神経節にそれらの細胞体を有するニューロン)は膵臓内神経系において優位である(同書、67頁)。
【0012】
静脈内投与された抗コリン作動剤は膵外分泌の消化液分泌に大きな影響を及ぼさないことがある(例えば、Dig Dis Sci 1997 Feb;42(2):265−72およびAm J Surg 1996 Jan;171(1):207-11を参照のこと)が、外分泌性膵臓細胞の分泌活性に対してコリン作動的影響が大きいという仮説を支持する文献が数多く存在する。例えば、Exp Toxicol Pathol 1994 Apr;45(8):503-5、Dig Dis 1992;10(1):38-45、Dig Dis 1992;10(6):326-9、Arch Surg 1990 Dec;125(12):1546-9、およびAnn Surg 1982 Apr;195(4):424-34を参照のこと。
【0013】
膵内分泌
内分泌性膵臓は、腺房細胞全体に広く散らばるポリペプチドホルモン産生細胞の集合体である、膵尾に最も多く存在する膵臓ランゲルハンス島から成る。典型的には、島組織は全体で膵臓塊の約1パーセントまたは2パーセントを構成するだけである。
【0014】
島組織は少なくとも3つの機能的に異なる細胞タイプを含む:グルカゴンを作ることができるA細胞、インスリンを作るB(またはβ)細胞、およびさらに別の島ホルモンであるソマトスタチンを作ることができるD細胞。B細胞は、島細胞のこれらの3タイプの中で最も多く存在する。インスリンは細胞(特に筋肉細胞)によるグルコースの取込みを促進し、肝臓および筋肉に貯蔵されたグリコーゲンの過度な分解を防止する。血糖を低下させるために必須な抗糖尿病ホルモンとして、インスリンは強力な血糖降下剤である。ほとんどの場合において、グルカゴンの作用はインスリンの作用とは逆である。したがって、グルカゴンは、血糖を増大させる高血糖因子である。
【0015】
グルコースは、島B細胞からのインスリンの放出を促進させる主要な因子である。グルコースはまた、島A細胞からのグルカゴンの分泌を低下させる。グルコースと同様に、(島A細胞からの)グルカゴンもまた、島B細胞からのインスリンの分泌を促進させる。
【0016】
ランゲルハンス島の膵内分泌神経支配は、島細胞またはその近くに達する交感神経線維および副交感神経線維の両方によるものである。特筆すべきことに、迷走神経の刺激により、β細胞からのインスリンの放出が引き起こされる(Bergerら、The Pancreas、110頁、上記)。したがって、背側迷走神経または膵臓神経の刺激はインスリンおよびグルカゴンの産生を増大させ、そしてこの応答はアトロピン(ムスカリン性アセチルコリン受容体アンタゴニスト)によって打ち消される。また、副交感神経の神経伝達物質であるアセチルコリンはインビボおよびインビトロでB細胞からのインスリンの放出を刺激する。
【0017】
したがって、膵内分泌の活性はコリン作動的に影響されるようである。これは、島細胞の副交感神経的な神経支配が明らかにインスリン分泌を増大させることができるようであり、そしてまたそれよりも小さい程度でグルカゴン分泌をも増大させることがあるからである。例えば、Amer J. Physiol 1999 Jul;277(1 Pt 1):E93-102、Regul Pept 1999 Jun 30;82(1−3):71−9、J Physiol (Lond) 1999 Mar 1;515(Pt 2):463-73、Pflugers Arch 1996 Aug;432(4):589−96、およびJ Surg Res 1990 Apr;48(4):273−8を参照のこと。
【0018】
内分泌性膵臓障害には、高インスリン症から生じる低血糖症(グルコースの過度な利用)が含まれる。高インスリン症は膵島細胞腺腫のためであり得る。膵島細胞腺腫として、単一の固形腫瘍、微小腺腫症および島細胞過形成(膵島細胞症)を挙げることができる。また、幼児期の家族性高インスリン性低血糖症は、構成性の調節されないインスリン分泌を引き起こす、スルホニルウレア受容体における機能変異が増大するためである。重症な高血糖症に対する最初の処置は、20グラム〜50グラムのグルコースを50%溶液として静脈内投与することである。手術は、膵島細胞腺腫に対して選択される処置で、例えば、腫瘍を突き止めるために内視鏡的超音波検査を行った後に行われる。膵島細胞腺腫に対する現在の治療は、腫瘍が膵臓において確認できない場合には、(尾状部から頭部への)段階的な膵臓切除である。切除は、腫瘍が見出されない場合でさえ、吸収不全の問題を避けるために85%の膵臓切除で止められる。残念なことに、15%もの多くの患者は、膵臓を手術で切除した後でさえも持続した低血糖症を有する。また、手術後の合併症には、急性膵炎、腹膜炎、フィステル、偽嚢胞形成および真性糖尿病が含まれる。
【0019】
膵島細胞腺腫に対する化学療法は、手術に備えて指示されるか、または手術時に腫瘍を見出すことができなかった後に指示されるだけである。ジアゾキシドおよびオクトレオチドの2つの薬物を利用することができる。残念なことに、ジアゾキシドは、塩を保持する性質を有するので、利尿剤を伴わなければならない。また、オクトレオチドの長期間の使用は悪心および下痢を生じさせ得るし、そして胆石症を生じさせやすくし得る。
【0020】
ボツリヌス毒素
嫌気性グラム陽性細菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は、ボツリヌス中毒と呼ばれる神経麻痺性障害をヒトおよび動物において引き起こす強力なポリペプチド神経毒であるボツリヌス毒素を産生する。ボツリヌス菌の胞子は土壌中に見出され、滅菌と密閉が不適切な零細缶詰工場の食品容器内で成長する可能性があり、これが多くのボツリヌス中毒症例の原因である。ボツリヌス中毒の影響は、通例、ボツリヌス菌の培養物または胞子で汚染された食品を飲食した18時間後〜36時間後に現れる。ボツリヌス毒素は、消化管内を弱毒化されないで通過することができ、そして末梢運動ニューロンを攻撃することができるようである。ボツリヌス毒素中毒の症状は、歩行困難、嚥下困難および会話困難から、呼吸筋の麻痺および死にまで進行し得る。
【0021】
A型ボツリヌス毒素は、人類に知られている最も致死性の天然の生物学的物質である。A型ボツリヌス毒素(精製された神経毒複合体)の約50ピコグラムがマウスにおけるLD50である。1単位(U)のボツリヌス毒素は、それぞれが18グラム〜20グラムの体重を有するメスのSwiss Websterマウスに腹腔内注射されたときのLD50として定義される。7種類の血清学的に異なるボツリヌス神経毒が特徴付けられており、これらは、型特異的抗体による中和によってそのそれぞれが識別されるボツリヌス神経毒血清型A、B、C1、D、E、FおよびGである。ボツリヌス毒素のこれらの異なる血清型は、それらが冒す動物種、ならびにそれらが惹起する麻痺の重篤度および継続時間が異なる。例えば、A型ボツリヌス毒素は、ラットにおいて生じる麻痺率により評価された場合、B型ボツリヌス毒素よりも500倍強力であることが確認されている。また、B型ボツリヌス毒素は、霊長類では480U/kgの投与量で非毒性であることが確認されている。この投与量は、A型ボツリヌス毒素の霊長類LD50の約12倍である。ボツリヌス毒素は、コリン作動性の運動ニューロンに大きな親和性で結合して、ニューロンに移動し、アセチルコリンの放出を阻止するようである。
【0022】
ボツリヌス毒素は、活動過多な骨格筋によって特徴付けられる神経筋障害を処置するために臨床的状況において使用されている。A型ボツリヌス毒素は、眼瞼痙攣、斜視および片側顔面痙攣を処置するために米国食品医薬品局によって承認されている。A型以外のボツリヌス毒素血清型は、A型ボツリヌス毒素と比較した場合、効力が弱く、かつ/または活性の継続時間が短いようである。末梢筋肉内A型ボツリヌス毒素の臨床的効果は、通常、注射後1週間以内に認められる。A型ボツリヌス毒素の単回筋肉内注射による症候緩和の典型的な継続時間は平均して約3ヶ月である。
【0023】
すべてのボツリヌス毒素血清型が神経筋接合部における神経伝達物質アセチルコリンの放出を阻害するようであるが、そのような阻害は、種々の神経分泌タンパク質に作用し、かつ/またはこれらのタンパク質を異なる部位で切断することによって行われる。例えば、A型ボツリヌス毒素およびE型ボツリヌス毒素はともに25キロダルトン(kD)のシナプトソーム会合タンパク質(SNAP-25)を切断するが、これらの毒素は、このタンパク質内の異なるアミノ酸配列を標的とする。B型、D型、F型およびG型のボツリヌス毒素は小胞会合タンパク質(VAMP、これはまたシナプトブレビンとも呼ばれる)に作用し、それぞれの血清型によってこのタンパク質は異なる部位で切断される。最後に、C1型ボツリヌス毒素は、シンタキシンおよびSNAP-25の両者を切断することが明らかにされている。作用機序におけるこれらの相違が、様々なボツリヌス毒素血清型の相対的な効力および/または作用の継続時間に影響していると考えられる。注目すべきことに、膵臓の島B細胞の細胞質ゾルは少なくともSNAP-25(Biochem J 1;339(pt 1):159−65(April 1999))およびシナプトブレビン(Mov Disord 1995 May;10(3):376)を含有することが知られている。
【0024】
膵臓関連障害を処置するためにボツリヌス毒素を使用することに関しては、(小乳頭が膵管に近いために)ボツリヌス毒素を小十二指腸乳頭に注射し、それにより、収縮した膵管(分割膵)を弛緩させ、膵管を通る十二指腸への膵液の流れを増大させることによって膵炎の一形態を処置することが知られている(Gastrointest Endosc 1999 Oct;50(4):545−548)。
【0025】
ボツリヌス毒素タンパク質分子の分子量は、既知のボツリヌス毒素血清型の7つのすべてについて約150kDである。興味深いことに、これらのボツリヌス毒素は、会合する非毒素タンパク質とともに150kDのボツリヌス毒素タンパク質分子を含む複合体としてクロストリジウム属細菌によって放出される。例えば、A型ボツリヌス毒素複合体は、900kD、500kDおよび300kDの形態としてクロストリジウム属細菌によって産生され得る。B型およびC1型のボツリヌス毒素は500kDの複合体としてのみ産生されるようである。D型ボツリヌス毒素は300kDおよび500kDの両方の複合体として産生される。最後に、E型およびF型のボツリヌス毒素は約300kDの複合体としてのみ産生される。これらの複合体(すなわち、約150kDよりも大きな分子量)は、非毒素のヘマグルチニンタンパク質と、非毒素かつ非毒性の非ヘマグルチニンタンパク質とを含むと考えられる。これらの2つの非毒素タンパク質(これらは、ボツリヌス毒素分子とともに、関連する神経毒複合体を構成する)は、変性に対する安定性をボツリヌス毒素分子に与え、そして毒素が摂取されたときに消化酸からの保護を与えるように作用すると考えられる。また、より大きい(分子量が約150kDよりも大きい)ボツリヌス毒素複合体は、ボツリヌス毒素複合体の筋肉内注射部位からのボツリヌス毒素の拡散速度を低下させ得ると考えられる。
【0026】
インビトロでの研究により、ボツリヌス毒素が、脳幹組織の初代細胞培養物からのアセチルコリンおよびノルエピネフリンの両方の、カリウムカチオンにより誘導される放出を阻害することが示されている。また、ボツリヌス毒素は、脊髄ニューロンの初代培養物におけるグリシンおよびグルタメートの両方の誘発された放出を阻害すること、そして脳のシナプトソーム調製物において、ボツリヌス毒素が神経伝達物質のアセチルコリン、ドーパミン、ノルエピネフリン、CGRPおよびグルタメートのそれぞれの放出を阻害することが報告されている。
【0027】
A型ボツリヌス毒素は、既知の手順に従って、培養槽におけるボツリヌス菌の培養を確立して、生育させ、その後、発酵混合物を集め、精製することによって得ることができる。すべてのボツリヌス毒素血清型は、神経活性となるためにはプロテアーゼによって切断またはニッキングされなければならない不活性な単鎖タンパク質として最初に合成される。A型およびG型のボツリヌス毒素血清型を産生する細菌株は内因性プロテアーゼを有するので、A型およびG型の血清型は細菌培養物から主にその活性型で回収することができる。これに対して、C1型、D型およびE型のボツリヌス毒素血清型は非タンパク質分解性菌株によって合成されるので、培養から回収されたときには、典型的には不活性型である。B型およびF型の血清型はタンパク質分解性菌株および非タンパク質分解性菌株の両方によって産生されるので、活性型または不活性型のいずれでも回収することができる。しかし、例えば、B型ボツリヌス毒素を産生するタンパク質分解性菌株でさえも、産生された毒素の一部を切断するだけである。
【0028】
切断型分子と非切断型分子との正確な比率は培養時間の長さおよび培養温度に依存する。したがって、例えばB型ボツリヌス毒素の製剤はいずれも一定割合が不活性であると考えられ、このことが、A型ボツリヌス毒素と比較したB型ボツリヌス毒素の知られている著しく低い効力の原因であると考えられる。臨床製剤中に存在する不活性なボツリヌス毒素分子は、その製剤の総タンパク質量の一部を占めることになるが、このことはその臨床的効力に寄与せず、抗原性の増大に関連づけられている。また、B型ボツリヌス毒素は、筋肉内注射された場合、同じ用量レベルのA型ボツリヌス毒素よりも、活性の継続期間が短く、そしてまた効力が低いことも知られている。
【0029】
A型ボツリヌス毒素は下記のような臨床的状況において使用されていることが報告されている:
(1)頸部ジストニーを処置するための筋肉内注射(多数の筋肉)あたり約75単位〜125単位のBOTOX(登録商標)1
(2)眉間のしわを処置するための筋肉内注射あたり約5単位〜10単位のBOTOX(登録商標)(5単位が鼻根筋に筋肉内注射され、10単位がそれぞれの皺眉筋に筋肉内注射される);
(3)恥骨直腸筋の括約筋内注射による便秘を処置するための約30単位〜80単位のBOTOX(登録商標);
(4)上瞼の外側瞼板前部眼輪筋および下瞼の外側瞼板前部眼輪筋に注射することによって眼瞼痙攣を処置するために筋肉あたり約1単位〜5単位の筋肉内注射されるBOTOX(登録商標);
【0030】
(5)斜視を処置するために、外眼筋に、約1単位〜5単位のBOTOX(登録商標)が筋肉内注射されている。この場合、注射量は、注射される筋肉のサイズと所望する筋肉麻痺の程度(すなわち、所望するジオプター矯正量)との両方に基づいて変化する。
(6)卒中後の上肢痙性を処置するために、下記のように5つの異なる上肢屈筋にBOTOX(登録商標)が筋肉内注射される:
(a)深指屈筋:7.5U〜30U
(b)浅指屈筋:7.5U〜30U
(c)尺側手根屈筋:10U〜40U
(d)橈側手根屈筋:15U〜60U
(e)上腕二頭筋:50U〜200U。5つの示された筋肉のそれぞれには同じ処置時に注射されるので、患者には、それぞれの処置毎に筋肉内注射によって90U〜360Uの上肢屈筋BOTOX(登録商標)が投与される。
1 BOTOX(登録商標)の商標でAllergan,Inc.(カリフォルニア州アービン)から入手可能である
【0031】
様々な臨床的状態を処置するためにA型ボツリヌス毒素が成功していることにより、他のボツリヌス毒素血清型が注目されている。2つの市販のA型ボツリヌス毒素製剤(BOTOX(登録商標)およびDysport(登録商標))ならびにB型およびF型のボツリヌス毒素の製剤(ともにWako Chemicals(日本)から得られる)の研究が、局所的な筋肉弱化効能、安全性および抗原性を明らかにするために行われた。ボツリヌス毒素製剤が右腓腹筋の頭部に注射(0.5単位/kg〜200.0単位/kg)され、筋肉の弱さが、マウスの指外転評価アッセイ(DAS)を使用して評価された。ED50値を用量応答曲線から計算した。さらなるマウスには、LD50量を決定するために筋肉内注射が行われた。治療指数をLD50/ED50として計算した。別のマウス群には、BOTOX(登録商標)(5.0単位/kg〜10.0単位/kg)またはB型ボツリヌス毒素(50.0単位/kg〜400.0単位/kg)が後肢に注射され、そして筋肉の弱さおよび増大した水の消費が調べられた。後者は、口渇の推定的なモデルである。抗原性は、ウサギに毎月筋肉内注射することによって評価された(B型ボツリヌス毒素については1.5ng/kgまたは6.5ng/kg、あるいはBOTOX(登録商標)については0.15ng/kg)。
【0032】
最大筋肉弱さおよび継続期間はすべての血清型について用量に関連していた。DASのED50値(単位/kg)は下記の通りであった:BOTOX(登録商標):6.7、Dysport(登録商標):24.7、B型ボツリヌス毒素:27.0〜244.0、F型ボツリヌス毒素:4.3。BOTOX(登録商標)は、B型ボツリヌス毒素またはF型ボツリヌス毒素よりも長い作用継続時間を有した。治療指数値は下記の通りであった:BOTOX(登録商標):10.5、Dysport(登録商標):6.3、B型ボツリヌス毒素:3.2。水の消費は、B型ボツリヌス毒素が注射されたマウスが、BOTOX(登録商標)の場合よりも大きかったが、B型ボツリヌス毒素は、筋肉を弱くさせることにおいては効果が低かった。注射した4ヶ月後、4羽のうち2羽(1.5ng/kgで処置された場合)および4羽のうち4羽(6.5ng/kgで処置された場合)のウサギがB型ボツリヌス毒素に対する抗体を生じた。別の研究において、BOTOX(登録商標)で処置された9羽のウサギはどれも、A型ボツリヌス毒素に対する抗体を示さなかった。
【0033】
DASの結果は、A型ボツリヌス毒素の相対的な最大効力がF型ボツリヌス毒素と同等で、F型ボツリヌス毒素の効力はB型ボツリヌス毒素よりも大きいことを示している。効果の継続期間については、A型ボツリヌス毒素はB型ボツリヌス毒素よりも大きく、B型ボツリヌス毒素の効果継続期間はF型ボツリヌス毒素よりも大きかった。治療指数値により示されるように、A型ボツリヌス毒素の2つの市販製剤(BOTOX(登録商標)およびDysport(登録商標))は異なる。B型ボツリヌス毒素を後肢に注射した後に認められる増大した水消費の挙動は、この血清型の臨床的に有意な量がネズミの全身循環に入ったことを示している。これらの結果はまた、A型ボツリヌス毒素と匹敵し得る効力を達成するためには、それ以外の調べられた血清型の量を増大する必要があることを示している。投薬量の増大は安全性を損なう可能性がある。さらに、ウサギにおいて、B型はBOTOX(登録商標)よりも抗原性が大きかった。これは、おそらくは、B型ボツリヌス毒素の効果的な用量を達成するために、より多量のタンパク質が注射されたためである。
【0034】
アセチルコリン
典型的には、単一タイプの小分子の神経伝達物質のみが、哺乳動物の神経系において各タイプのニューロンによって放出される。神経伝達物質アセチルコリンが脳の多くの領域においてニューロンによって分泌されているが、具体的には運動皮質の大錐体細胞によって、基底核におけるいくつかの異なるニューロンによって、骨格筋を神経支配する運動ニューロンによって、自律神経系(交感神経系および副交感神経系の両方)の節前ニューロンによって、副交感神経系の節後ニューロンによって、そして交感神経系の一部の節後ニューロンによって分泌されている。本質的には、汗腺、立毛筋および少数の血管に至る節後交感神経線維のみがコリン作動性であり、交感神経系の節後ニューロンの大部分は神経伝達物質のエピネフリンを分泌する。ほとんどの場合、アセチルコリンは興奮作用を有する。しかし、アセチルコリンは、迷走神経による心臓の抑制のように、抑制作用を一部の末梢副交感神経終末において有することが知られている。
【0035】
自律神経系の遠心性シグナルは交感神経系または副交感神経系のいずれかを介して身体に伝えられる。交感神経系の節前ニューロンは、脊髄の中間外側角に存在する節前交感神経ニューロン細胞体から伸びている。細胞体から伸びる節前交感神経線維は、脊椎傍交感神経節または脊椎前神経節のいずれかに存在する節後ニューロンとシナプスを形成する。交感神経系および副交感神経系の両方の節前ニューロンはコリン作動性であるので、神経節にアセチルコリンを適用することにより、交感神経および副交感神経の両方の節後ニューロンが興奮し得る。
【0036】
アセチルコリンは、ムスカリン性受容体およびニコチン性受容体の2種類の受容体を活性化する。ムスカリン性受容体は、副交感神経系の節後ニューロンによって刺激されるすべてのエフェクター細胞において、また、交感神経系の節後コリン作動性ニューロンに刺激されるエフェクター細胞において見られる。ニコチン性受容体は、交感神経および副交感神経の両方の節前ニューロンと節後ニューロンとの間のシナプスに見られる。ニコチン性受容体はまた、神経筋接合部における骨格筋繊維の多くの膜にも存在する。
【0037】
アセチルコリンは、小さい透明な細胞内小胞がシナプス前のニューロン細胞膜と融合したときにコリン作動性ニューロンから放出される。非常に様々な非ニューロン分泌細胞、例えば副腎髄質(PC12細胞株と同様に)および膵臓の島細胞が、それぞれカテコールアミン類およびインスリンを大きな高密度コア小胞から放出する。PC12細胞株は、交感神経副腎発達の研究のために組織培養モデルとして広範囲に使用されているラットのクロム親和性細胞腫細胞のクローンである。ボツリヌス毒素は、(エレクトロポレーションによるように)透過性にされた場合、または脱神経支配細胞に毒素を直接注射することによって、両タイプの細胞からの両タイプの化合物の放出をインビトロで阻害する。ボツリヌス毒素はまた、皮質シナプトソーム細胞培養物からの神経伝達物質グルタメートの放出を阻止することが知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0038】
したがって、必要とされているのは、効果的で、長く持続する非外科的な切除;膵炎などの膵外分泌障害、および高インスリン症などの膵内分泌障害を処置するための非放射線療法による治療法である。
【課題を解決するための手段】
【0039】
本発明はこの必要性を満たし、膵炎などの膵外分泌障害および高インスリン症などの膵内分泌障害を処置するための、効果的な非外科的切除で、比較的長期間の非放射線療法による方法を提供するものである。
【0040】
本発明は、その範囲内において、神経毒を膵臓に局所投与し、それによって膵臓障害を処置する膵臓障害の処置方法を包含する。好ましくは、神経毒は約10-3U/kg〜約35U/kgの量で投与される。より好ましくは、神経毒は約10-2U/kg〜約25U/kgの量で投与される。最も好ましくは、神経毒は約10-2U/kg〜約15U/kgの量で投与される。本発明の特に好ましい実施形態において、神経毒は約1U/kg〜約10U/kgの量で投与される。
【0041】
神経毒は、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)またはクロストリジウム・ベラティ(Clostridium beratti)の細菌などのクロストリジウム属細菌によって産生され得る。また、神経毒は修飾された神経毒であり得、例えば天然型または野性型の神経毒と比較して、そのアミノ酸の少なくとも1つが欠失、修飾または置換されている神経毒であり得る。さらに、神経毒は、組換え生産された神経毒またはその誘導体もしくは断片であり得る。
【0042】
処置される膵臓障害は膵炎または高インスリン症であり得る。
好ましくは、使用される神経毒はボツリヌス毒素であり、例えば、A型、B型、C1型、D型、E型、F型およびG型のボツリヌス毒素からなる群から選択されるボツリヌス毒素である。好ましくは、神経毒はA型ボツリヌス毒素であり、神経毒は膵臓への神経毒の直接注射によって局所投与される。
【0043】
本発明の詳細な実施形態は、処置に効果的な量のボツリヌス毒素をヒト患者の膵臓に注射し、それによって膵臓細胞からの分泌を低下させ、膵臓障害を処置することによる膵臓障害の処置方法である。処置される分泌は外分泌性膵臓分泌であり得るし、そのような膵臓障害は膵炎であり得る。あるいは、処置される分泌は内分泌性膵臓分泌であり得るし、そのような膵臓障害は高インスリン症であり、そしてボツリヌス毒素は膵尾に注射される。好ましくは、処置される分泌はコリン作動性の影響を受けた分泌であり、そして使用されるボツリヌス毒素はA型ボツリヌス毒素であるが、ボツリヌス毒素は、A型、B型、C型、D型、E型、F型およびG型のボツリヌス毒素からなる群から選択することができる。
【0044】
本発明のさらなる実施形態は、ヒト患者の膵臓障害を処置する方法である。この方法は、処置に効果的な量のA型ボツリヌス毒素をヒト患者のコリン作動性の影響を受けた膵臓組織に局所投与し、それによって膵臓組織からのコリン作動性の影響を受けた分泌を低下させ、膵臓障害を処置する段階を含む。
【0045】
本発明のさらなる実施形態は、低血糖性高インスリン症を処置する方法である。この方法は、処置に効果的な量のA型ボツリヌス毒素をヒト患者のコリン作動性神経系の影響を受けた膵臓組織に注射し、それによって膵臓組織からのコリン作動性の影響を受けたインスリン分泌を低下させ、低血糖性高インスリン症を処置する段階を含む。
【0046】
本発明のさらなる実施形態は、高血糖性高グルカゴン症を処置する方法である。この方法は、処置に効果的な量のA型ボツリヌス毒素をヒト患者のコリン作動性神経系の影響を受けた膵臓組織に注射し、それによって膵臓組織からのコリン作動性の影響を受けたグルカゴン分泌を低下させ、高血糖性高グルカゴン症を処置する段階を含む。
【0047】
本発明に従って膵炎関連の疼痛を処置する方法は、患者の膵臓にボツリヌス毒素を局所投与し、それによって膵炎に関連する疼痛を軽減させることによって行うことができる。
【0048】
最後に、本発明はまた、患者機能を改善する方法を包含する。この方法は、ヒト患者の膵臓組織にボツリヌス毒素を局所投与し、それによって、疼痛の軽減、臥床時間の低下、聴覚の改善、歩行運動の増大、より健康な態度、およびより多様なライフスタイルという要因の1つまたはそれ以上の改善によって決定されるような患者機能の改善によって行われる。
【0049】
要約すると、本発明は、その範囲内において、神経毒を膵臓に局所投与し、それによって膵臓障害を処置することによる膵臓障害の処置方法を包含する。本明細書中で使用される「局所投与」は、膵臓に神経毒を直接的に注射することを意味する。経口的および静脈内の投与経路などの全身的な投与経路は本発明の範囲から除かれる。
【0050】
本発明はまた、ボツリヌス毒素を腺に投与し、それによって腺の分泌活性を低下させることによる腺の処置方法を包含する。この場合、腺は膵臓である。腺は過度に分泌する腺であり得るし、かつ/または腺はコリン作動性の神経系によって影響され得る。また、ボツリヌス毒素は、腺または腺の局所領域への注射によって投与され得る。
【0051】
本発明は、多数の膵臓障害が膵臓への神経毒の投与によって処置できるという発見に基づいている。したがって、膵炎などの膵外分泌障害が、本発明に従って、ボツリヌス毒素を膵臓に局所投与し、それによって膵臓細胞からの分泌を低下させることによって処置できる。
【0052】
本発明は、膵臓酵素の分泌、したがって自己消化を低下させることによって膵炎を処置するのに適用することができる。例えば、アルコールの過度な摂取、サソリの刺し傷、または抗アセチルコリンエステラーゼ含有殺虫剤による中毒によって引き起こされる急性膵炎は、過度なコリン作動的刺激のためであり得る。過度なコリン作動的刺激は、膵臓のムスカリン性アセチルコリン受容体の数が低下した結果であり得る。本発明者は、膵炎が膵臓への神経毒の局所投与によって効果的に処置できることを発見した。理論により束縛されることは望まないが、これは、10単位〜500単位のA型ボツリヌス毒素などの神経毒を膵臓組織に注射した後、コリン作動性の神経支配された腺房細胞の消化酵素の分泌が低下するとともに、膵臓炎症が軽減されるためであり得ると出願人は考える。著しい痛みが膵炎に伴うことがある。本発明者は、膵炎に伴う痛みが膵臓への神経毒の局所投与によって効果的に処置できることを発見した。
【0053】
本発明はまた、その範囲内において、膵内分泌性障害の処置を包含する。したがって、膵島細胞腺腫(β細胞の腫瘍)などの新生物によるか、または過形成もしくは高緊張もしくは肥厚性のB細胞による低血糖症を、例えば、新生物または機能不全B細胞を神経支配するコリン作動性の節後副交感神経ニューロンに、10単位〜500単位のA型ボツリヌス毒素など神経毒を局所投与することによって効果的に処置することができる。また、血糖上昇剤としてのボツリヌス毒素の使用は、正常なコリン作動性の神経支配されたβ細胞によるインスリン分泌を低下させるように作用し、それによって低血糖状態を処置するように作用し得る。理論により束縛されることは望まないが、ボツリヌス毒素は、B細胞を神経支配するコリン作動性の節後副交感神経線維からのアセチルコリン神経伝達物質の放出を阻害することによって作用すると考えられる。高用量において、ボツリヌス毒素はまた、ボツリヌス毒素の軽鎖による、細胞質ゾル膜小胞融合タンパク質の1つのエンドサイトーシス的吸収およびB細胞の細胞内触媒作用によってB細胞に対して直接的に作用し得る。
【0054】
本発明はまた、その範囲内において、膵臓島のA細胞による過度なグルカゴン産生またはバランスが崩れたグルカゴン産生による高血糖症が、コリン作動性の、その節後線維がA細胞を神経支配している節前交感神経ニューロンにボツリヌス毒素(すなわち、10単位〜500単位)を局所投与することによって効果的に処置できるという発見を包含する。ボツリヌス毒素は、コリン作動性の節前交感神経線維からのアセチルコリン神経伝達物質の放出を阻害することによって作用すると考えられる。
【0055】
使用されるボツリヌス毒素は、膵臓分泌細胞の分泌活性を低下させるためにインビボで投与される。標的組織は、毒素のタンパク質分解された軽鎖が、膵臓細胞の分泌活性に影響を及ぼすコリン作動性ニューロンによって内在化されるように、コリン作動的に神経支配されるか、または毒素の高用量投与に対して感受性である。
【0056】
したがって、コリン作動的に神経支配される膵臓細胞を、ボツリヌス毒素などの神経毒を局所投与することによって処置することができる。局所投与とは、神経毒が、処置される膵臓組織に対して直接投与されることを意味する。
【0057】
本発明者は、特定の神経毒であるボツリヌス毒素が、膵臓障害を処置するために劇的な改善効果を伴って使用することができ、それにより、そのような障害に関して現在の手術法および放射線療法的治療法に大きく取って代わり得ることを発見した。注目すべきことに、ボツリヌス毒素の単回投与により、膵炎および/または低血糖症の症候を少なくとも数ヶ月間にわたって実質的に低下させることができる。
【0058】
投与経路および投与されるボツリヌス毒素の量は、処置される特定の膵臓障害ならびにサイズ、体重、年齢、障害の重篤度および処置に対する応答性を含む様々な患者パラメーターに応じて広範囲に変化させることができる。適切な投与経路および投薬量を決定する方法は、一般には主治医によって症例毎に決定される。そのような決定は当業者にとっては日常的なことである(例えば、Harrison's Principles of Internal Medicine (1998)(編者:Anthony Fauciら、第14版、発行:McGraw Hill)を参照のこと)。例えば、慢性膵炎を処置するために、A型ボツリヌス毒素複合体の溶液が、直接、膵臓組織に内視鏡的に注射されるか、または腹腔内注射され、それにより全身循環への毒素の進入が実質的に回避される。
【0059】
投与に適切な具体的な投薬量は、上記に議論された要因に応じて当業者によって容易に決定される。投薬量はまた、処置または脱神経支配される膵臓組織塊のサイズに、そして毒素の市販の製剤に依存し得る。また、ヒトにおける適切な投薬量の推定値は、他の組織の効果的な脱神経支配のために必要とされるボツリヌス毒素の量を決定することから推定することができる。したがって、注射されるA型ボツリヌス毒素の量は、処置される組織の大きさおよび活性レベルに比例する。
【0060】
一般には、患者体重の1kgあたり約0.01単位〜35単位のボツリヌス毒素(A型ボツリヌス毒など)を、神経毒が膵臓に投与されたときに毒素により誘導される膵臓組織分泌のダウンレギュレーションを効果的に達成するために投与することができる。約0.01U/kg未満のボツリヌス毒素は膵臓細胞の分泌活性に対して顕著な処置作用を有さず、一方、約35U/kgよりも多いボツリヌス毒素は神経毒の毒性量に近づく。注射針の慎重な設置および使用される神経毒の少ない容量により、著量のボツリヌス毒素が全身に現れないようになる。より好ましい用量範囲は約0.01U/kg〜約25U/kgのボツリヌス毒素であり、例えば、BOTOX(登録商標)として配合された用量である。投与されるボツリヌス毒素のU/kgの実際の量は、処置される膵臓組織の範囲(大きさ)および活性レベルならびに選ばれた投与経路などの要因に依存する。A型ボツリヌス毒素は、本発明の方法において使用される好ましいボツリヌス毒素血清型である。
【0061】
ボツリヌス毒素の主要な作用部位は、毒素が迅速に結合して、アセチルコリンの放出を妨げる神経筋接合部である。したがって、ボツリヌス毒素がコリン作動性のシナプス前末梢運動ニューロンに対する結合親和性を有することが知られている一方で、ボツリヌス毒素はまた、非常に様々な非ニューロン分泌細胞に結合して、その中に移動し得ることが非常に考えられる。この場合、そのような非ニューロン分泌細胞において、毒素は、その後、知られている様式で、そのそれぞれの分泌管−膜結合タンパク質に対するエンドプロテアーゼとして作用すると考えられる。膵臓細胞を神経支配するコリン作動性ニューロンに対するボツリヌス毒素の親和性と比較して、膵臓細胞などの分泌細胞に対するボツリヌス毒素の親和性は比較的低いために、ボツリヌス毒素を分泌組織または腺様組織に注射して、毒素の濃度を局所的に大きくすることができ、それによりコリン作動性ニューロンと、直接的には膵臓分泌細胞との両方に対する毒素の作用を促進させることができる。したがって、本発明は、膵臓細胞がコリン作動的な神経支配をほとんどまたは全く受けない膵臓障害を処置するために適用することができる。
【0062】
好ましくは、本発明の範囲に含まれる方法を実施するために使用される神経毒はボツリヌス毒素であり、例えば、A型、B型、C型、D型、E型、F型またはG型の血清型のボツリヌス毒素のいずれかである。好ましくは、使用されるボツリヌス毒素は、ヒトにおけるその効果が高いこと、容易に入手できること、そして筋肉内注射により局所投与されて骨格筋および平滑筋の障害を処置するために使用されることが知られていることのために、A型ボツリヌス毒素である。
【0063】
膵臓障害を処置するための本発明による神経毒の投与経路は、選ばれた神経毒毒素の溶解性特性ならびに投与される神経毒の量などの基準に基づいて選択することができる。神経毒の投与量は、処置される特定の障害、その重篤度、およびサイズ、体重、年齢および処置に対する応答性を含む他の様々な患者パラメーターに応じて広範囲に変化させることができる。例えば、影響を受ける膵臓組織の範囲は、注射された神経毒の容量に比例すると考えられ、一方で、脱神経支配の程度は、ほとんどの用量範囲について、注射された神経毒の濃度に比例すると考えられる。適切な投与経路および投薬量を決定する方法は、一般には主治医によって症例毎に決定される。そのような決定は当業者にとっては日常的なことである(例えば、Harrison's Principles of Internal Medicine (1998)(編者:Anthony Fauciら、第14版、発行:McGraw Hill)を参照のこと)。
【0064】
本発明は、その範囲内において、患者の膵臓障害を処置するために局所的に適用されたときに処置効果の継続時間が長い任意の神経毒の使用を包含する。例えば、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)、ボツリヌス・ブチリカム(Clostridium butyricum)およびクロストリジウム・ベラティ(Clostridium beratti)などの毒素産生性のクロストリジウム属細菌の種のいずれかによって作られる神経毒を本発明の方法において使用することができ、または本発明の方法における使用のために適合させることができる。また、A型、B型、C型、D型、E型、F型またはG型のボツリヌス毒素血清型はすべて、本発明の実施において好都合に使用することができるが、上記に説明されているように、A型が最も好ましい血清型である。本発明の実施により、膵臓障害の症候からの効果的な緩和がヒトにおいて27ヶ月またはそれ以上にわたってもたらされ得る。
【0065】
(エレクトロポレーションよるように)透過性にされたインスリン分泌細胞からのインスリンの放出がボツリヌス毒素によって阻害され得ることが知られている。インビトロの場合、これらの非神経細胞の細胞膜は、ボツリヌス毒素に対する細胞表面受容体がないために、細胞の細胞質ゾルへのボツリヌス毒素の導入を助けるために透過性にすることができる。したがって、B型ボツリヌス毒素は、インスリン分泌細胞株HIT-15に存在するシナプトブレビンを切断することによってインスリン分泌を阻害するようである(Boyd R.S.ら、The Effect of Botulinum Neurotoxin-B On Insulin Release From a Beta Cell、Mov Disord 10(3):376 (1995))。
【0066】
本発明者の論ずるところでは、ボツリヌス毒素の軽鎖が細胞内媒質に移動する限り、ボツリヌス毒素により、任意の分泌性(すなわち、ニューロン性、腺様、分泌性、クロム親和性)細胞タイプからの任意の小胞媒介エキソサイトーシスの放出が阻止され得る。例えば、細胞内タンパク質のSNAP−25はニューロン性および非ニューロン性の両方の分泌細胞に広く分布しており、そしてA型ボツリヌス毒素は、特異的な基質がSNAP−25であるエンドペプチダーゼである。したがって、コリン作動性ニューロンはボツリヌス毒素および破傷風毒素に対する高親和性の受容器を有する(したがって、分泌化合物の小胞媒介エキソサイトーシスの阻害に対して、他のニューロンおよび他の細胞よりも大きな感受性を有する)一方で、毒素濃度が上昇するに従い、非コリン作動性の交感神経ニューロン、クロム親和性細胞および他の細胞タイプがボツリヌス毒素を取り込むことができ、そして低下したエキソサイトーシスを示すことができる。
【0067】
したがって、本発明を実施することによって、非コリン作動性神経線維、ならびに神経支配されていないか、またはあまり神経支配されていない膵臓細胞を、膵臓障害の緩和を生じさせるために適度により高い濃度のボツリヌス毒素を使用することによって処置することができる。
【0068】
さらに、本発明の範囲内に含まれる方法は、改善された患者機能を提供することができる。「改善された患者機能」は、疼痛の軽減、臥床時間の短縮、歩行運動の増大、より健康な態度、より多様なライフスタイル、および/または正常な筋肉緊張により可能になる治癒などの要因によって測定される改善として定義することができる。改善された患者機能は、改善された生活の質(QOL)と同義である。QOLは、例えば、知られているSF−12またはSF−36の健康調査評価手順を使用して評価することができる。SF−36は、身体的機能性、身体的問題による職務制限、社会的機能性、身体の痛み、一般的な精神的健康状態、精神的問題による職務制限、活力および一般的な健康認識の8項目において患者の身体的および精神的な健康状態を評価する。得られる評価点は、様々な一般的集団および患者集団について得られる公表された値と比較することができる。
【0069】
上記に示されているように、本発明者は、驚くほど効果的で長く持続する処置効果が、ヒト患者の膵臓への神経毒の局所投与によって達成され得ることを発見した。本発明の最も好ましい実施形態において、本発明は、A型ボツリヌス毒素を膵臓に直接注射することによって実施される。神経腺結合部においては、A型ボツリヌス毒素などのボツリヌス毒素の化学的な脱神経支配効果は、作用の継続期間がかなり長いことが報告されている(すなわち、3ヶ月に対して27ヶ月)。
【0070】
本発明は、その範囲内において、(a)細菌培養、毒素抽出、濃縮、保存、凍結乾燥および/または再構成によって取得または処理された神経毒複合体ならびに純粋な神経毒、そして(b)修飾されたまたは組換え神経毒、すなわち、1つまたは複数のアミノ酸またはアミノ酸配列が、既知の化学的/生化学的なアミノ酸修飾法によって、または既知の宿主細胞/組換えベクター組換え技術の使用によって意図的に欠失、修飾または置換されている神経毒、ならびにそのようにして作製された神経毒の誘導体または断片を包含し、そして外分泌性または内分泌性膵臓細胞に存在する細胞表面受容体に対する1つまたは複数のターゲティング成分を有する神経毒を包含する。
【0071】
本発明に従って使用されるボツリヌス毒素は、減圧下の容器において凍結乾燥形態または真空乾燥形態で保存することができる。凍結乾燥に先立って、ボツリヌス毒素は、薬学的に受容可能な賦形剤、安定化剤および/またはキャリア(アルブミンなど)と一緒にすることができる。凍結乾燥物または真空乾燥物は生理的食塩水または水で再構成することができる。
【0072】
鼻腔胃吸引による急性膵炎の処置はもはや必要ない。これは、胃から放出される胃酸が、十二指腸に依然として進入し得るが、ボツリヌス毒素で処置された膵臓を、その正常な量の消化液を放出するように刺激することはできないからである。
【0073】
実施例
下記の実施例は、本発明の範囲に含まれる、本発明を実施するための具体的な好ましい方法を当業者に示しており、本発明者が発明と見なすものの範囲を限定しようとするものではない。
【0074】
実施例1
膵臓への神経毒の局所投与
膵臓組織への直接的な神経毒の局所投与はいくつかの異なる方法で行うことができる。例えば、診断目的および治療目的の膵臓内視鏡法がよく知られている。治療用の膵臓内視鏡技術には、膵臓括約筋切開、狭窄部拡張、ステント術、偽性嚢胞ドレナージ、および膵胆管系の可視化および処置を可能にする内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)が含まれる。膵臓治療のために使用される内視鏡は、ボツリヌス毒素などの神経毒の直接的な膵臓組織への直接注射のためにその使用が可能であるように改変することができる。例えば、米国特許第5,674,205号を参照されたい。本発明の目的ために、内視鏡は、口腔咽頭から、胃、十二指腸を通って、最終的には膵管内に移動させられる。このとき、管内における内視鏡の設置を可能にするために、管の圧力低下が(例えば、拡張またはステント術によって)必要な場合には事前に行われる。そのように設置されると、中空ニードルチップを内視鏡から膵臓組織内に伸ばすことができ、そしてそのニードルを通して、神経毒を膵臓組織に注射することができる。
【0075】
膵管に到達できない場合、または膵管が圧力低下されない場合、経皮ニードルもまた、画像化しながら(すなわち、超音波またはコンピューター断層撮影法によって)誘導して、膵臓組織への神経毒の直接的な経腹壁注射のために使用することができる。すなわち、膵臓生検のための経皮的ニードル吸引はよく知られた技術であり、そして吸引を逆にして、所望する毒素注射を達成することができる。
【0076】
下記実施例のそれぞれにおいて、投与されるボツリヌス毒素の具体的な量は、主治医の判断内において加味および検討される様々な要因に依存し、そしてそれぞれの実施例では、著量のボツリヌス毒素が全身的に現れず、著しい副作用を伴わない。下記のキログラム当たりの注射ボツリヌス毒素単位(U/kg)は、患者総体重の1kg当たりのものである。例えば、70kgの患者に対する3U/kgは、210単位のボツリヌス毒素注射を要する。
【0077】
実施例2
慢性膵炎の処置
52歳の男性患者が、例えば、アルコール飲酒、サソリの刺し傷、または抗アセチルコリンエステラーゼ含有殺虫剤による中毒によって引き起こされる慢性膵炎と診断される。外科的切除の代わりとして、約10-3U/kg〜約35U/kgのA型ボツリヌス毒素製剤(例えば、約10単位〜約500単位のBOTOX(登録商標))を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。1日〜7日のうちに膵炎の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月〜6ヶ月にわたって持続し、その間、患者は経口酵素補充物を食事とともに服用する。
【0078】
実施例2b
慢性膵炎の処置
52歳の男性患者が、例えば、アルコール飲酒、サソリの刺し傷、または抗アセチルコリンエステラーゼ含有殺虫剤による中毒によって引き起こされる慢性膵炎と診断される。外科的切除の代わりとして、約1000単位〜約40,000単位のB型ボツリヌス毒素製剤を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。数日以内に膵炎の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月にわたって持続し、その間、患者は経口酵素補充物を食事とともに服用する。
【0079】
実施例2c
慢性膵炎の処置
52歳の男性患者が、例えば、アルコール飲酒、サソリの刺し傷、または抗アセチルコリンエステラーゼ含有殺虫剤による中毒によって引き起こされる慢性膵炎と診断される。外科的切除の代わりとして、約10単位〜約20,000単位のC型、D型、E型、F型またはG型のボツリヌス毒素を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。数日以内に膵炎の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月にわたって持続し、その間、患者は経口酵素補充物を食事とともに服用する。
【0080】
実施例3
低血糖性高インスリン症の処置
62歳の女性に低血糖症の症候が認められる。生検により、前ガン性の過形成β島細胞が明らかにされる。約10-3U/kg〜約35U/kgのA型ボツリヌス毒素製剤(例えば、約10単位〜約500単位のBOTOX(登録商標))を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。1日〜7日のうちに低血糖症の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月〜6ヶ月にわたって持続する。静脈内グルコースを、BOTOX(登録商標)の投与に先立って開始することができる。
【0081】
実施例3b
低血糖性高インスリン症の処置
62歳の女性に低血糖症の症候が認められる。生検により、前ガン性の過形成β島細胞が明らかにされる。約1000単位〜約40,000単位のB型ボツリヌス毒素製剤を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。数日以内に低血糖症の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月間にわたって持続する。静脈内グルコースを、BOTOX(登録商標)の投与に先立って開始することができる。
【0082】
実施例3c
低血糖性高インスリン症の処置
62歳の女性に低血糖症の症候が認められる。生検により、前ガン性の過形成β島細胞が明らかにされる。約10単位〜約20,000単位のC型、D型、E型、F型またはG型のボツリヌス毒素製剤を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。数日以内に低血糖症の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月にわたって持続する。静脈内グルコースを、BOTOX(登録商標)の投与に先立って開始することができる。
【0083】
実施例4
高血糖性高グルカゴン症の処置
44歳の男性が高血糖症の症候を示し、島A細胞による過分泌のためであるとして診断される。約10-3U/kg〜約35U/kgのA型ボツリヌス毒素製剤(例えば、約10単位〜約500単位のBOTOX(登録商標))を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。1日〜7日のうちに、過度なグルカゴン分泌の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月〜6ヶ月にわたって持続する。
【0084】
実施例4b
高血糖性高グルカゴン症の処置
44歳の男性が高血糖症の症候を示し、島A細胞による過分泌のためであるとして診断される。約1000単位〜約40,000単位のB型ボツリヌス毒素製剤を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。数日以内に、過度なグルカゴン分泌の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月にわたって持続する。
【0085】
実施例4c
高血糖性高グルカゴン症の処置
44歳の男性が高血糖症の症候を示し、島A細胞による過分泌のためであるとして診断される。約10単位〜約20,000単位のC型、D型、E型、F型またはG型のボツリヌス毒素製剤を、実施例1に示される技術のいずれかを使用して膵臓に注射する。数日以内に、過度なグルカゴン分泌の症候が軽減する。緩和は少なくとも2ヶ月にわたって持続する。
【0086】
本明細書中に開示される本発明による方法には多くの利点があり、例えば下記が含まれる:
(1)本発明は、過形成および緊張過度の膵臓細胞傷害を含む膵臓障害の効果的な処置のために、多くの外科的手法を不必要にする。
(2)全身的な薬物の作用を、本発明による神経毒の直接的な局所適用によって回避することができる。
(3)本発明の改善効果は、本明細書中に示されているように神経毒の単回局所投与から2年またはそれ以上持続させることができる。
【0087】
本発明は、いくつかの好ましい方法に関して詳しく記載されているが、本発明の範囲内に含まれる他の実施形態、変形および変更が可能である。例えば、広範囲の神経毒を本発明の方法において効果的に使用することができる。また、本発明は、2つ以上のボツリヌス毒素などの2つ以上の神経毒が同時または連続的に投与される局所的膵臓投与法を包含する。例えば、A型ボツリヌス毒素を、臨床的応答の喪失または中和抗体が生じるまで投与し、その後、E型ボツリヌス毒素を投与することができる。あるいは、A型〜G型のボツリヌス毒素の任意の2つ以上を組み合わせて、所望する処置結果の開始および継続期間を制御するために局所投与することができる。さらに、脱神経支配を増強するため、またはボツリヌス毒素などの神経毒がその処置効果を発揮し始めるよりも早く脱神経支配を開始するためなどの付随的な効果を生じさせるために、非神経毒化合物を、神経毒を投与する前に、または神経毒を投与すると同時に、または神経毒を投与した後に投与することができる。
【0088】
本発明はまた、その範囲内において、神経毒を局所投与することによって膵臓障害を処置するための医薬品を調製するための、ボツリヌス毒素などの神経毒の使用を包含する。
したがって、特許請求の範囲の精神および範囲は、上記に示された好ましい実施形態の記載に限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵臓障害を処置する方法であって、膵臓に神経毒を局所投与し、それによって膵臓障害を処置する段階を含む方法。
【請求項2】
神経毒を約10-3U/kg〜約35U/kgの量で投与する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
神経毒を約10-2U/kg〜約25U/kgの量で投与する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
神経毒を約10-2U/kg〜約15U/kgの量で投与する請求項1に記載の方法。
【請求項5】
神経毒を約1U/kg〜約10U/kgの量で投与する請求項1に記載の方法。
【請求項6】
神経毒がクロストリジウム属細菌によって産生される請求項1に記載の方法。
【請求項7】
神経毒が、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)、クロストリジウム・ベラティ(Clostridium beratti)からなる群から選択される細菌によって産生される請求項1に記載の方法。
【請求項8】
神経毒が修飾型神経毒である請求項1に記載の方法。
【請求項9】
神経毒は、天然神経毒と比較して、そのアミノ酸の少なくとも1つが欠失、修飾または置換されている請求項1に記載の方法。
【請求項10】
神経毒が組換え生産された神経毒またはその誘導体もしくは断片である請求項1に記載の方法。
【請求項11】
膵臓障害が膵炎である請求項1に記載の方法。
【請求項12】
膵臓障害が高インスリン症である請求項1に記載の方法。
【請求項13】
神経毒がボツリヌス毒素である請求項1に記載の方法。
【請求項14】
ボツリヌス毒素を、A型、B型、C1型、D型、E型、F型およびG型のボツリヌス毒素からなる群から選択する請求項1に記載の方法。
【請求項15】
神経毒がA型ボツリヌス毒素である請求項1に記載の方法。
【請求項16】
神経毒を膵臓への神経毒の直接注射によって局所投与する請求項1に記載の方法。
【請求項17】
膵臓障害を処置する方法であって、処置に効果的な量のボツリヌス毒素をヒト患者の膵臓に注射し、それによって膵臓細胞からの分泌を低下させ、膵臓障害を処置する段階を含む方法。
【請求項18】
分泌が膵外分泌である請求項17に記載の方法。
【請求項19】
膵臓障害が膵炎である請求項18に記載の方法。
【請求項20】
分泌が膵内分泌である請求項17に記載の方法。
【請求項21】
膵臓障害が高インスリン症である請求項20に記載の方法。
【請求項22】
ボツリヌス毒素を膵尾に注射する請求項20に記載の方法。
【請求項23】
分泌がコリン作動性の影響を受けた分泌である請求項17に記載の方法。
【請求項24】
ボツリヌス毒素がA型ボツリヌス毒素である請求項17に記載の方法。
【請求項25】
ボツリヌス毒素を、A型、B型、C型、D型、E型、F型およびG型のボツリヌス毒素からなる群から選択する請求項17に記載の方法。
【請求項26】
ヒト患者の膵臓障害を処置する方法であって、処置に効果的な量のA型ボツリヌス毒素を、ヒト患者のコリン作動性の影響を受けた膵臓組織に局所投与し、それによって膵臓組織からのコリン作動性の影響を受けた分泌を低下させ、膵臓障害を処置する段階を含む方法。
【請求項27】
低血糖性高インスリン症を処置する方法であって、処置に効果的な量のA型ボツリヌス毒素を、ヒト患者のコリン作動性神経系の影響を受けた膵臓組織に注射し、それによって膵臓組織からのコリン作動性の影響を受けたインスリン分泌を低下させ、低血糖性高インスリン症を処置する段階を含む方法。
【請求項28】
高血糖性高グルカゴン症を処置する方法であって、処置に効果的な量のA型ボツリヌス毒素を、ヒト患者のコリン作動性神経系の影響を受けた膵臓組織に注射し、それによって膵臓組織からのコリン作動性の影響を受けたグルカゴン分泌を低下させ、高血糖性高グルカゴン症を処置する段階を含む方法。
【請求項29】
膵炎に関連する疼痛を処置する方法であって、患者の膵臓にボツリヌス毒素を局所投与し、それによって膵炎に関連する疼痛を軽減させる段階を含む方法。
【請求項30】
患者機能を改善する方法であって、ヒト患者の膵臓組織にボツリヌス毒素を局所投与し、それによって、疼痛の軽減、臥床時間の短縮、聴覚の改善、歩行運動の増大、より健康な態度、およびより多様なライフスタイルという要因の1つまたはそれ以上の改善によって決定されるような患者機能の改善をもたらす段階を含む方法。

【公開番号】特開2012−116839(P2012−116839A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−47(P2012−47)
【出願日】平成24年1月4日(2012.1.4)
【分割の表示】特願2001−551497(P2001−551497)の分割
【原出願日】平成12年6月27日(2000.6.27)
【出願人】(591018268)アラーガン、インコーポレイテッド (293)
【氏名又は名称原語表記】ALLERGAN,INCORPORATED
【Fターム(参考)】