説明

自己溶菌耐性細胞及びこれを用いた物質生産方法

【課題】
本発明は、原核細胞においてファージの感染や薬剤/酵素処理など外部からの直接的な刺激によらずに起こる溶菌に対して耐性を有する細胞、及びその細胞を用いた物質の生産方法を提供することをその目的とする。
【解決手段】
上記課題の解決のため、本発明は、原核生物において、活性酸素種応答タンパク質をコードした塩基配列を有する外来遺伝子で形質転換されたことを特徴とする自己溶菌耐性細胞、及びこの細胞を用いた物質の生産方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原核生物の自己溶菌耐性細胞に関し、詳しくは、活性酸素種応答遺伝子で形質転換されたことにより自己溶菌耐性を獲得した細胞及び同細胞を用いた物質の生産方法に関する。
【0002】
本明細書において、「菌」とは原核生物一般を指す。「自己溶菌」とは、ファージの感染や薬剤/酵素処理といった外部からの直接的な刺激によらず、原核生物の細胞が細胞壁の崩壊を伴って崩壊する現象を指す。「自己溶菌耐性」とは自己溶菌に対して耐性を有する形質、すなわち通常では自己溶菌がおこる条件下においても自己溶菌を起こさない形質と定義される。更に、本明細書において「外来遺伝子」とは、形質転換のために菌の外部から導入される遺伝子を指し、当該菌とは別種の生物由来の遺伝子、当該菌と同種の生物由来の遺伝子のどちらも含み、またこれらを改変した遺伝子も含む。
【背景技術】
【0003】
大腸菌や乳酸菌など種々の原核生物は、その物質生産能の多様性や培養の容易さなどから、組み換えタンパク質の大量発現、代謝産物の蓄積、発酵などを通じ種々の有用物質生産に利用されてきた。これらの生物を用いた物質生産は、適当な培地・培養液に菌株を接種した後、菌の増殖と共役的に行われるのが一般的である。菌の増殖は前期の対数増殖期(Log phase)と後期の定常期(Stationary phase)に分けることができ、対数増殖期には活発な増殖と物質生産能を示し、一方で定常期には菌の増殖が停止し、代謝活性も低下することが知られている。また、定常期に特徴的に見られる現象として、増殖した菌の自己溶菌(Bacteriolysis)が起こることが知られている。溶菌自体はバクテリオファージなどが感染した細菌などで普遍的に観察される現象であるが、培養が定常期に到達した細菌の細胞集団においては、ファージの感染や薬剤/酵素処理といった外部からの直接的な刺激によらない自己溶菌が起こることが明らかにされてきた(非特許文献1)。
培養液中における溶菌は、細胞の内容物の放出を伴うものであり、特に細菌を用いた物質生産においては、放出された核酸やタンパク質など目的物以外の好ましくない物質が培養液中に大量に混入する原因となり、目的物の精製のために多大なコストが生じるなど大きな問題になっていた。
【0004】
細菌などの溶菌の問題を解決するための手段としては、これまで、主にバクテリオファージを用いた研究により、ファージ耐性菌とその作出方法(特許文献1)、ファージ溶菌耐性を持つ納豆菌の自然変異株(特許文献2)などが知られているが、これはファージ感染後の溶菌に対する抵抗性であって、他の要因による溶菌には適用できないという問題があった。また溶菌に係る遺伝子として、ある種のプラスミドにコードされたkil遺伝子とその作用機序が解析され(非特許文献2)、これに対する抵抗性を有した系(特許文献3)などが開示されているが、プラスミドを持たない系には適用できないという問題点があった。更に溶菌に係る遺伝子としてエンドリシン、トランスグリコシラーゼ、リゾチーム等の遺伝子を大腸菌ゲノム中に導入し、効果的に溶菌を誘導する系も開示されているが(特許文献4)、これらは積極的に溶菌を起こす遺伝子を導入するものであって、その抑制が溶菌の抑制につながるというものではなかった。ファージ感染やプラスミドなどが関与しない定常期における溶菌が、原核生物の内在的な因子(遺伝子)の働きにより引き起こされると考えられることから、これらの溶菌に広く適用可能な手段を提供するものとして、自己溶菌に耐性を有する細胞の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭64−080280 バクテリオファージ耐性菌の作成方法
【特許文献2】特開平10−215861 ファージ耐性納豆菌及びその納豆
【特許文献3】特開昭63−202375 微生物細胞から蛋白質を放出するための系
【特許文献4】US patent Pub.App.2006004393 Controlled lysis of bacteria
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kabir S.and Yamada M.2005.Survival and Death in Bacteria:55−67.
【非特許文献2】Miksch G.et al.1997.Arch.Microbiol.167:143−150.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の現状に鑑み、本発明は、原核細胞においてファージの感染や薬剤/酵素処理など外部からの直接的な刺激によらずに起こる溶菌に対して耐性を有する細胞、及びその細胞を用いた物質の生産方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題の解決のため、本発明者らは、大腸菌を材料に用いて培養の定常期における種々の遺伝子発現を詳細に解析し、その中でσと呼ばれる転写調節因子が定常期における溶菌に深く関わっていることを明らかにした(Nitta T.et al.2000.J.Bacteriol.182:5231−5237)。本発明者らは、σ因子依存性の溶菌の発動機構に着目して解析を行い、その中で対数増殖期後期に活性酸素種(Reactive oxygen species=ROS)が細胞内に蓄積し、これが自己溶菌の引き金になっていることを見出した。更に本発明者らは、細胞内で活性酸素種への応答に係るタンパク質を増大させることにより効率的に自己溶菌を抑制する系の作出に成功して、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明の第1の態様は、原核生物において、活性酸素種応答タンパク質をコードした塩基配列を有する外来遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、自己溶菌耐性細胞を提供する。
【0010】
本発明の第2の態様は、原核生物において、(1)araBAD、ilvIH、gal、lac、malXY、manXYZ、ful、fucAO、fucPIK、aga、xyl、mtlAD、lct、glvCBG、rhaBAD、malK−lamB、treBCのうちいずれかより選択されるオペロンのプロモーター・オペレーターをコードした塩基配列、及び(2)活性酸素種応答タンパク質をコードした塩基配列の2種類の塩基配列を有する外来遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、第1の態様に記載の自己溶菌耐性細胞を提供する。
【0011】
本発明の第3の態様は、活性酸素種応答タンパク質がカタラーゼまたはスーパーオキシドディスムターゼのいずれかである、第1または第2の態様に記載の自己溶菌耐性細胞を提供する。
【0012】
本発明の第4の態様は、自己溶菌が高温ストレスによって引き起こされる自己溶菌である、第1から第3の態様のうちいずれか1つに記載の自己溶菌耐性細胞を提供する。
【0013】
本発明の第5の態様は、原核生物が大腸菌(Escherichia coli)である、第1から第4の態様のうちいずれか1つに記載の自己溶菌耐性細胞を提供する。
【0014】
本発明の第6の態様は、第1から第5の態様のうちいずれか1つに記載の自己溶菌耐性細胞を用いることを特徴とする、物質の生産方法を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明を利用することにより、大腸菌をはじめ発酵産業に利用されている原核生物において、定常期における溶菌に対する耐性が付与された細胞を提供することが可能となる。下記実施例でも述べる通り、本発明の自己溶菌耐性細胞を用い、適時に適切なインデューサーによる刺激を与えることで、自己溶菌による細胞内容物の混入が抑えられた培養−物質生産系を構築することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】対照とkatE破壊株における増殖(a)、CFU(b)及び培養液中に溶出するタンパク質(c、d)の時間変化を示す。
【図2】対照(a)とkatE破壊株(b)におけるDAPI染色性の細胞、CTC染色性の細胞、培養可能な細胞の時間変化を示す。
【図3】対照及びsodA導入細胞、katE導入細胞におけるOD600値(a)、CFU(b)及び培養液中に溶出するタンパク質(c−e)の時間経過に伴う推移を示す。
【図4】対照(a)及びsodA導入細胞(b)、katE導入細胞(c)における細胞内ROSレベルの時間変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明を実施するための形態を述べる。本発明は、定常期における自己溶菌の引き金の一つが、対数増殖期後期における過酸化水素やスーパーオキシドアニオンなどの活性酸素種の細胞内への蓄積にあるという本発明者の発見に基づきなされたものであり、自己溶菌を効果的に防ぐため、対数増殖期後期という特定の時期に活性酸素種応答に係るタンパク質を大量に発現させ、細胞が自己溶菌に向かうのを抑えるという技術である。その具体的な手段として活性酸素種応答タンパク質(酸化ストレス応答タンパク質ともいう)をコードした塩基配列を有する外来遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、自己溶菌耐性細胞を提供する。
外来遺伝子は上記の活性酸素種応答タンパク質を発現できるような構成であれば、既知の利用可能な遺伝子情報などを適宜利用可能であるが、より好ましくは、
(1)活性酸素種応答に係るタンパク質をコードした遺伝子の塩基配列
(2)定常期に糖源として消費される糖(通常はグルコース)以外の糖をインデューサーとするオペロンのプロモーター・オペレーター塩基配列
の2種類の塩基配列を有する外来遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、自己溶菌耐性細胞が好適である。(2)のプロモーター・オペレーターに対応するインデューサーを培養液に加えることにより、活性酸素種応答タンパク質の発現をコントロールすることも可能となる。
ここで、(1)活性酸素種応答に係るタンパク質とは、一般に活性酸素種と呼ばれるスーパーオキシドアニオンラジカル、ヒドロキシラジカル、過酸化水素等の分子の除去に係るタンパク質であり、スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼ、ペルオキシダーゼなどが好適な例としてあげられ、特にカタラーゼが好適である。
また上記(2)の塩基配列におけるオペロンとそのインデューサーの組み合わせの例としては、araBAD−アラビノース(オペロン名−インデューサー名、以下同じ)、ilvIH−アセト酪酸、gal−ガラクトース、lac−ラクトース、malXY−マルトース、manXYZ−マンノース、ful−フルクトース、fucAO−フコース、fucPIK−フコース、aga−N−アセチルグルコサミン、xyl−キシロース、mtlAD−マルトース、lct−酪酸、glvCBG−グルコシド、rhaBAD−ラムノース、malK−マルトース、treBC−トレハロースのいずれかより選択されるオペロンのプロモーター・オペレーター領域が好適である。ここでオペロンとは、一群の機能的に関連した構造遺伝子を染色体上にまとめた構造をもち、一括して発現調節される代謝に係る遺伝子群を指し、プロモーター・オペレーター領域はその構造遺伝子の調節に係る塩基配列の領域を指す。インデューサーは前記オペロンを活性化する物質である。インデューサーとして選択される糖は定常期に糖源として消費される糖とは別の糖であることが必要である。
【0018】
上記態様における活性酸素種応答タンパク質は、細胞内に実質的に蓄積する活性酸素種を除去可能で、それをコードする遺伝子の塩基配列が明らかなものであればよく、またどの様な生物由来であっても良いが、本発明の対象とする細胞が原核細胞であることから、原核生物、好ましくはバクテリア、更に好ましくはα−プロテオバクテリア由来の遺伝子またはこれを改変した遺伝子が適しており、大腸菌由来のカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼはその代表的な例である。配列番号1、配列番号2に、下記実施例で大腸菌の形質転換に用いた遺伝子を示した。
また上記態様におけるプロモーター・オペレーターは、導入した遺伝子の発現を時期特異的にコントロールするために必要であり、前記活性酸素種応答タンパク質をコードした遺伝子の上流に、定常期に糖源として消費される糖(通常はグルコース)とは別の糖のオペロンにおけるプロモーター・オペレーター配列を有するよう設計し、プロモーター・オペレーターに対応するインデューサーを特定の時期に培養液に添加することにより、コントロールを容易にかつ確実にするものである。
【0019】
本発明において、外来遺伝子(対象とする原核生物の遺伝子またはこれを改変した遺伝子も含む)による形質転換は、実質的に導入した遺伝子が細胞内で発現し活性酸素種応答タンパク質が機能を発揮すれば良く、その手法自体に特に制限は無いが、遺伝子導入の効率と容易さの面からプラスミドベクターや相同組換えによる手法が好適であり、特にスクリーニングの容易さからプラスミドベクターを用いた形質転換が好適である。また対象となる生物については、活性酸素種の蓄積による自己溶菌の誘導が原核生物に共通する現象と考えられることから、工業的な物質生産に用いられる原核生物のうち目的に応じて適宜選択可能であるが、医薬化合物やアミノ酸、組換え抗体など種々の有用物質生産に利用されている大腸菌が最も好ましい例である。
【0020】
本発明の提供する自己溶菌耐性細胞は、上記の外来遺伝子で形質転換することにより通常では自己溶菌がおこる条件下においても自己溶菌を起こさない形質を獲得した細胞であるが、ここでいう自己溶菌とは、好ましくはσ因子依存性の自己溶菌、すなわちσ因子の活性化により引き起こされる自己溶菌であり、より好ましくは高温ストレス、すなわち細胞の至適増殖温度よりも5℃以上高い温度、例えば大腸菌であれば40−50℃、ザイモモナス属細菌であれば35−45℃、等の温度条件にさらされることにより引き起こされるσ因子依存性の自己溶菌に対して抵抗性を有する細胞である。これは本発明者により発見された、高温ストレスが細胞内での活性酸素種の増大を引き起こし、これが自己溶菌へとつながるという新たな経路について、これを遮断するよう細胞を改良するものであり、発酵生産においては高温耐性の菌株を育種するのにも利用可能である。
【0021】
本発明はまた、上記態様で述べた自己溶菌耐性細胞を用いた物質の生産方法をも含むものである。本発明の提供する細胞は、自己溶菌耐性、すなわち通常では自己溶菌が起こる条件下でも溶菌がきわめて起こりにくいという特質を有する細胞であり、一方で生理活性については遺伝子導入前と変わらないレベルを維持していると考えられるため、従来の細菌を用いた発酵生産系に本発明の提供する細胞をそのまま適用することが可能である。細菌の増殖と物質生産を共役させる系では、対数増殖期後期(培養液の吸光度により推測可能)に培養液にインデューサーを添加することで活性酸素種応答タンパク質を発現させれば良く、またバイオリアクターなどの中に定常期の細胞を詰めて生産するような系では、培養液に予めインデューサーを加えておけば良い。その他、細菌を用いた物質の生産に適した装置や改良手法などは、本発明の提供する細胞を用いた物質の生産にそのまま利用可能である。
本発明の自己溶菌耐性細胞を用いた有機化合物の製造方法としては、本発明の自己溶菌耐性細胞を培地で培養し、培養細胞や培養液等の培養物から所望の有機化合物を採取する方法であれば特に制限されるものではなく、上記自己溶菌耐性細胞に目的とする遺伝子を導入し、目的とする遺伝子を発現させることにより得られる、組換えペプチド・タンパク質や、抗生物質等の所望の有機化合物を効率的に製造することができる。これらのなかでも、実施例にも示すように、自己溶菌耐性細胞としてsodA、katE遺伝子導入株を用いた製造方法は、定常期における自己溶菌が抑制され、より効率的な有機化合物の製造が可能である。
以下に本発明の実施例を示すが、本発明は実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例1】
【0022】
(材料と培養法)本発明の実施例として、大腸菌(Escherichia coli)K−12株を用いた。菌株はLB液体培地(1% バクトトリプトン、0.5% 酵母抽出物、0.5% NaCl)を用い、温度37℃、振とう100times/min、好気的環境の条件下にて培養した。本実施例において用いた抗生物質の最終濃度は以下の通りである。アンピシリン(50μg/ml)、クロラムフェニコール(75μg/ml)、カナマイシン(25μg/ml)
【0023】
(遺伝子導入)大腸菌の形質転換については(Sambrook J.&Russell D.W.2001.Molecular cloning:A laboratory manual,3rd edn.)の方法に従った。活性酸素種応答遺伝子としてスーパーオキシドディスムターゼ(sodA)及びカタラーゼ(katE)を選択し、大腸菌W3110株のゲノムDNAを鋳型に(Yamada M.et al.1993.J.Biol.Chem.268:12812−12817)記載の方法でこれらの遺伝子断片を作製した。各遺伝子の増幅に用いたプライマーセットは表1の通りである。PCRにより750bpのsodA遺伝子、2400bpのkatE遺伝子の断片を増幅した。
【0024】
【表1】

【0025】
増幅したsodA、katE断片をそれぞれKpnI/XbaI、BamHI/SphIで切断し、プラスミドpBAD24(Guzman et al.1995 J.Bacteriol.177(14):4121−4130)に組み込み、それぞれをpBADSODA、pBADKATEと名付けた。遺伝子断片を組み込まない空のプラスミドを導入した細胞を対照とした。この操作により、各遺伝子断片はpBAD24のアラビノースプロモーターの下流に位置するようになり、プラスミドを組み込んだ細胞はアラビノースの培地への添加により目的の遺伝子を発現する。またカタラーゼ遺伝子が発現しない系を検証するため、カタラーゼ遺伝子の塩基配列にクロラムフェニコール耐性遺伝子を挿入してカタラーゼ遺伝子を破壊した株2株(W3110katE::cml、BW25113katE::cml)を用いた。
【0026】
細胞の増殖のモニタリングは、培養液のOD600を測定することで行い、また培養液を特定の時間ごとに採取し適当に希釈してLB寒天培地上にまき、生育したコロニー数を計測することでCFU(Colony forming unit)を算出した。更に、培養液中へのタンパク質の蓄積を自己溶菌の指標とし、一定量の培養液を遠心(3000g、10分)して上清と沈殿を得、上清に含まれるタンパク質を5%トリクロロ酢酸(TCA)とエーテルで沈殿・洗浄し、20mMのTris−HCl(pH7.0)に再懸濁させてタンパク質試料(上清)とし、また沈殿は20mMのTris−HCl(pH7.0)に懸濁させて超音波破砕をかけてタンパク質試料(沈殿)とした。これらの試料を、12%SDS−PAGEにより分離し観察した。
【0027】
(VBNC細胞の検出)自己溶菌が誘導された細胞集団において顕著なVBNC(Viable but non−culturable)細胞を、(Abe A.et al.2007.Microbiol.Res.162:130−138)の方法に基づいて検出した。細胞を上記の培養液と培養法にて培養し、培養液を採取してLBプレートにまくことでCFUを計測した。この際、3つの異なる希釈率でのサンプリングを行った。VBNCの細胞を検出するため、以下の方法を用いた。(1)培養液中の全細胞をDAPI(4’,6−Diamidino−2−phenylindole dihydrochloride,Dojindo)で染色し、蛍光顕微鏡で観察(緑色の蛍光)した。(2)生きている細胞をCTC(5−Cyano−2,3−ditolyl tetrazolium chloride,Dojindo)で染色した。CTCは細胞で電子伝達系が機能している場合に細胞に取り込まれてCTCホルマザンとなり、紫外線の照射により赤色の蛍光を発する。(3)採取した培養液中の細胞をDAPIとCTCで二重染色することにより、生存率(DAPIとCTCの両方で染色された細胞/DAPIのみで染色された細胞)を算出した。VBNCについては、培養液中に含まれる生細胞数からCFU細胞を差し引くことで算出した。
【0028】
(細胞内の活性酸素種の測定)細胞内に含まれるROS(活性酸素種)は、オキシダント感受性のプローブである2’,7’−Dichlorofluorescin diacetate(H2DCFDA,Molecular Probes,Eugene,OR,USA)を用いて測定した。H2DCFDAは細胞内のエステラーゼによりDiacetateが開裂して後に細胞内に取り込まれ、活性酸素種(主にH)により酸化を受け、強い蛍光を発する組成物が産生される。10μMのDCFDAが入ったLB液体培地で細胞を培養し、適当な培養開始後の時点で培養液を採取して細胞を回収した。細胞を50mMのKPB(Potassium phosphate buffer)で3回洗い、KPBに懸濁して超音波破砕により細胞を破砕した。破砕液を用い、Lowery法の変法(Dulley JR&Grieve PAA.1975.Anal.Biochem.64:136−141)でタンパク質濃度を決定し、またKPBで10倍に希釈した後に504nMの蛍光と524nMの蛍光を計測して、その値から活性酸素種の細胞内濃度を求めた。
【0029】
(結果1:酸化ストレス条件下でのVBNC細胞の増加)本発明者らのこれまでの研究により、σ因子依存性の自己溶菌がVBNC細胞で起こり、これらのVBNC細胞は通常の培養条件下において定常期初期に増加することが示されている(Kabir et al.2004a Microbiology 150:2543−2553,Kabir et al.2004b J.Mol.Microbiol.Biotechnol.8:189−194)。自己溶菌の引き金として、本発明者らは酸化ストレス(活性酸素種により細胞にもたらされるストレス)が鍵となっているのではないかと仮定し、酸化ストレス条件下でのVBNC細胞の増加を検証するために代表的な活性酸素種応答遺伝子であるカタラーゼ遺伝子を破壊した株と対照とで、比較を行った。
図1に、katE破壊株におけるOD600(図1a)とCFU(図1b)の時間変化を対照と比較して示した。図1a中、縦軸はOD600値を、横軸は培養開始からの時間経過(時間)を表し、―○―は対照を、―●―はkatE破壊株をそれぞれ表す。図1bでは縦軸がCFUの値(log CFU/ml)を、横軸は培養開始後の時間経過(時間)を表し、シンボルは1aと共通である。グラフが示すとおり、katE破壊株は対照に比べ、OD600値が24時間以降から減少するが、CFUに関してはそれ以前の12時間後から減少しており、活性酸素種応答が働かない細胞ではコロニー形成能を失った細胞が溶菌に先立って現れることが示された。一方、この期間における自己溶菌を培養液に溶出するタンパク質に着目して比較したのが図1c、dであり、図1cは対照の培養液中に溶出したタンパク質のSDS−PAGEの結果であり、図1dはkatE破壊株の培養液中に溶出したタンパク質のSDS−PAGEの結果である。レーンMはマーカー(左隣の数字が分子量kDaを示す)、レーン12,36,60はそれぞれ培養開始後の時間経過(サンプリング時間)を表す。これらの図が示す通り、katE破壊株では60時間後に大量のタンパク質が培養液中に溶出しており、katEの破壊により細胞内の酸化ストレス因子が除去されずに蓄積し、これが自己溶菌へと繋がったことが示された。
【0030】
図2に、対照とkatE破壊株におけるDAPI染色細胞(―○―全細胞)、CTC染色細胞(―□―生きている細胞)、コロニー形成能を有する細胞(―△―)の経時変化を示す。グラフ縦軸は1ml中の細胞数[log(cell number)/ml]を、横軸は培養開始後の時間(days)を示し、aは対照を、bはkatE破壊株をそれぞれ表す。対照においては、CTC染色性の生きている細胞は2日後から減少の傾向を示し、コロニー形成能を有する細胞はそれよりも早く1日後から減少する事が示された。CTC染色性の細胞からコロニー形成能を有する細胞を差し引いたものがVBNC細胞と考えられるが、VBNC細胞は培養開始1日後から徐々に増加していくことが確認された。一方、katE破壊株では、培養開始1日後から2日後にかけてDAPI染色性の総細胞数が減少の傾向を示し、これはkatE破壊株の自己溶菌によるものと考えられた。CTC染色性の生きている細胞、コロニー形成能を有する細胞についてはDAPI染色性の細胞ほどの差は見られなかったが、対照よりは小さい値を示した。
【0031】
(結果2:対数増殖期から定常期への移行期におけるROSの増大)katE破壊株で自己溶菌が誘導されたことから、VBNC細胞の出現前に細胞内で活性酸素種(ROS)が蓄積される事が考えられた。そこで、対照の細胞において、ROSを検出可能なプローブH2DCFDAを用いてROSの検出を行った。その結果、ROSは対数増殖期から定常期への移行期に顕著に増加することが明らかになった(図4a参照、後述)。増加のタイミングはVBNC細胞の増加に先立っており、上記の仮説を支持する結果であった。
【0032】
(結果3:sodA、katE導入細胞における自己溶菌の抑制)VBNC細胞の増加、自己溶菌細胞の増加に先立ってROSが細胞内に蓄積することから、ROS応答因子を過剰発現させることによって蓄積したROSを除去し、自己溶菌を抑制できるのではないかと考えられた。そこで、代表的なROS応答因子であるカタラーゼ(katE)及びスーパーオキシドディスムターゼ(sodA)遺伝子を含むベクターで細胞を形質転換し、自己溶菌の有無や強弱を対照の細胞(空のベクターで形質転換)とで比較した。結果を、図3に示す。培養液には予め導入した遺伝子を発現させるためのインデューサーとしてアラビノースを加えた。
図3aは、OD600値を対照(―○―)、sodA導入細胞(―●―)、katE導入細胞(―△―)で比較したもので、縦軸はOD600値を、横軸は時間経過を表す。グラフが示すとおり、培養液中の全細胞数の指標であるOD600値にはほとんど変化が見られなかった。
図3bは、CFUの値を対照(―○―)、sodA導入細胞(―●―)、katE導入細胞(―△―)で比較したもので、縦軸はCFUのlog値を、横軸は時間経過を表す。グラフが示すとおり、コロニー形成能を有する細胞の割合についても対照とsodA、katE導入細胞の間で差は見られなかった。
図3c−eは、培養開始後12時間、36時間、60時間後において培養液中に溶出したタンパク質をSDS−PAGEにて可視化したものである。各々の電気泳動像でレーンMは分子量マーカー(kDa)を、各数字はそれぞれ経過時間を表している。グラフcは対照を、dはsodA導入細胞を、eはkatE導入細胞をそれぞれ示す。電気泳動の結果が示す様に、対照では12時間後から自己溶菌に伴うタンパク質の溶出が観察され、36、60と時間を追うごとにタンパク質の溶出量も増大し、自己溶菌が起こっている様子が観察されたが、sodA、katE導入細胞ではタンパク質の溶出が低く抑えられており、特にkatE導入細胞ではほとんどタンパク質の溶出が観察されなかった。
これらの結果から、sodA、katE導入細胞では、定常期においてコロニー形成能を失う細胞は対照と同じように現れるものの、対照においては速やかに自己溶菌へと進むこれらの細胞が自己溶菌を起こさず、結果として自己溶菌に対して抵抗性を有するようになった事が示された。
【0033】
(結果4:sodA、katE導入による細胞内ROS及びVBNCの減少)自己溶菌が起こる細胞でROSの増大が見られたこと、及びROS除去に係る遺伝子導入により自己溶菌に対して抵抗性が付与されたことから、sodA、katE導入細胞では細胞内ROSのレベルが減少していることが考えられた。そこで、対照、sodA導入細胞、katE導入細胞のそれぞれについて、細胞内ROS量をROS特異的蛍光指示薬であるDCFDAで検出し、そのレベルの推移を比較した。定量化のため、培養開始後9時間における対照のROSレベル(蛍光強度)を100とし、この値との比較値(%)でそれぞれのレベルを表した。
図4に、比較の結果を表す。図4aは対照、bはsodA導入細胞、cはkatE導入細胞の結果で、線グラフ(―○―)はOD600値の推移を、棒グラフは細胞内ROSレベルの相対値(対照の9時間=100)をそれぞれ示している。グラフ横軸は培養開始後の時間経過を表す。対照の結果が示すとおり、培養開始後6時間から8時間の間にROSレベルは急上昇し、9時間でこのレベルがピークとなり、その後12時間にかけて減少するものの、12時間後にはこれを引き金に細胞の自己溶菌が起こる(図3c参照)という流れが示された。一方、sodA、katE導入細胞においては、細胞内ROSレベルは9時間後においても対照の20%程度しかなく、アラビノースにより誘導されたsodA、katEが細胞内ROSを除去し、これらの細胞が自己溶菌を起こさないという事が示された。
これらの結果から、大腸菌において、活性酸素種応答遺伝子とアラビノースプロモーターとを含む外来遺伝子で形質転換した場合、自己溶菌に対して抵抗性を有する細胞を作製することができる事が示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原核生物において、活性酸素種応答タンパク質をコードした塩基配列を有する外来遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、自己溶菌耐性細胞。
【請求項2】
原核生物において、
(1)araBAD、ilvIH、gal、lac、malXY、manXYZ、ful、fucAO、fucPIK、aga、xyl、mtlAD、lct、glvCBG、rhaBAD、malK−lamB、treBCのうちいずれかより選択されるオペロンのプロモーター・オペレーターをコードした塩基配列、及び
(2)活性酸素種応答タンパク質をコードした塩基配列
の2種類の塩基配列を有する外来遺伝子で形質転換されたことを特徴とする、請求項1に記載の自己溶菌耐性細胞。
【請求項3】
活性酸素種応答タンパク質がカタラーゼまたはスーパーオキシドディスムターゼのいずれかである、請求項1または請求項2に記載の自己溶菌耐性細胞。
【請求項4】
自己溶菌が高温ストレスによって引き起こされる自己溶菌である、請求項1から請求項3のうちいずれか1項に記載の自己溶菌耐性細胞。
【請求項5】
原核生物が大腸菌(Escherichia coli)である、請求項1から請求項4のうちいずれか1項に記載の自己溶菌耐性細胞。
【請求項6】
請求項1から請求項5のうちいずれか1項に記載の自己溶菌耐性細胞を用いることを特徴とする、物質の生産方法。











【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−24494(P2011−24494A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−174343(P2009−174343)
【出願日】平成21年7月27日(2009.7.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)」
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】