説明

舌の衛生状態の判定方法

【課題】舌の衛生状態を簡便に判定する手段の提供。
【解決手段】舌苔試料中のトリプシン活性を測定することを特徴とする舌の衛生状態の判定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口臭やネバつきに深く関与する舌の衛生状態の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
舌の衛生状態は舌苔の付着に反映され、舌の衛生状態の悪化は、口腔内全体の環境悪化に影響する。舌苔は口臭・ネバつきの原因の1つであり、細菌が繁殖する温床ともなるため、結果的に口腔疾患に感染するリスクが高まると考えられる。
【0003】
舌苔は、フソバクテリウム属に属する菌(Fn)が介在する口腔細菌の共凝集によって細菌叢が複雑化し、口臭等の発生の原因となる。しかし、舌苔量や口臭の程度から舌の衛生状態を評価することは難しく、一般的な方法としては、舌苔の程度を目視で判断する相対的な方法しかなかった(非特許文献1)。また、舌苔の細菌叢を評価する場合には、PCRや培養といった高度な技術、機器と時間が必要であった。
さらに、舌苔の増加に伴い、口腔内環境の因子である口臭やネバつきと云った症状が増加するが、口臭やネバつきを自分で正確に判断するのは難しく、機器で判定する場合には、特定の機器やそれを取り扱う技術が必要である。
【非特許文献1】小島 健:舌苔の臨床的研究,日口腔誌,31:1659〜1678,1985
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、口臭やネバつきの原因となる舌の衛生状態を簡便かつ正確に判定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで本発明者は、舌から舌苔を採取して、試料とし、この試料の生化学的性質とFn菌、口臭、ネバつき等との関係について検討したところ、合成基質を用いる手段により簡便に測定可能なトリプシン活性と、Fn菌、口臭、ネバつき等とが高い相関性を有し、トリプシン活性を測定することにより舌の衛生状態が簡便かつ正確に判定できることを見出した。
【0006】
すなわち、本発明は、舌苔試料中のトリプシン活性を測定することを特徴とする舌の衛生状態の判定方法を提供するものである。
また本発明は、トリプシン活性測定試薬を含有する舌の衛生状態の判定用キットを提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明方法によれば、舌苔試料中のトリプシン活性を簡便な合成基質法により測定することにより、口臭やネバつき、Fn菌数等が判定できることから、舌の衛生状態が簡便に判定できる。さらに、本発明方法は簡便であるため、歯科の専門家が口腔疾患の診断のために使用するためだけではなく、口腔疾患を伴わない生理的な口臭やネバつきの程度を知るためにも利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明における、測定試料は舌苔である。口腔内試料としては唾液が一般的であるが、唾液を試料とした場合には、トリプシン活性とFn菌、口臭、ネバつき等との相関性がみられなかった。舌苔は、歯ブラシ、綿棒、ろ紙、不織布、舌清掃具等によって容易に採取可能である。舌苔の採取量は、5〜50mgで十分である。
【0009】
採取した舌苔試料は、そのままトリプシン活性の測定に供してもよいが、例えばリン酸緩衝液等のpH7程度(pH6.5〜7.4)緩衝液あるいは生理食塩水で希釈して用いるのが好ましい。
【0010】
本発明は、舌苔試料のトリプシン活性と舌の衛生状態との間に相関性があることを見出した点に基づいている。後述の比較例に示すように、舌苔試料のアミノペプチダーゼ活性と舌の衛生状態との間には相関性は認められなかった。
【0011】
舌苔試料のトリプシン活性は、酵素認識合成基質を用いて測定するのが簡便であり、好ましい。合成基質としては、トリプシンに特異的な合成基質であれば特に限定されないが、Boc−Gln−Ala−Arg−のアミノ酸配列を有する合成基質が特に好ましい。
【0012】
合成基質としては、トリプシンに特異的であればよく、発色基質、発光基質のいずれも用いることができる。発色基質又は発光基質としては、トリプシンが認識するアミノ酸配列を有するペプチド又はアミノ酸に発色物質又は発光物質が結合した合成基質が好ましい。当該合成基質に、トリプシンを使用させ、遊離した発色物質又は発光物質由来の信号を分析する。
【0013】
前記発色物質としては、種々の公知物質を用いることができる。例えば、p−ニトロフェノール、o−ニトロフェノール、p−ニトロアニリン、若しくはβ−ナフチルアミン等、又はそれらの誘導体を挙げることができる。前記発光物質としては、種々の公知物質を用いることができる。例えば、7−アミノ−4−メチルクマリン若しくは4−メトキシ−2−ナフチルアミン等、又はそれらの誘導体を挙げることができる。特に好ましい合成基質は、Boc−Gln−Ala−Arg−に発色物質又は発光物質が結合した基質である。また、発色物質としては市販されている合成基質等を用いることができる。
【0014】
トリプシン活性測定法の具体例としては、例えば舌苔試料をリン酸緩衝液などで2〜50倍に希釈し、これに上記合成基質を添加して25〜40℃、5〜30分間インキュベートした後、その反応液中の発色物質量又は発光物質量を測定することにより行なわれる。ここで発色物質量又は発光物質量は、通常の吸光度の測定手段によって測定することができる。
【0015】
本発明の舌の衛生状態の判定用キットは、上記のトリプシン活性測定試薬、すなわち舌苔試料中のトリプシン活性を測定し得る試薬を含有する。判定するキットとしては、予め合成基質を含浸させた不織布等を舌表面に数回擦りつける等によって舌苔を採取し、この不織布等を表面等に貼り付けることによりインキュベートした後に、一定時間後不織布等の色の変化によって判別できる簡便な測定・判定キットが望ましい。
【0016】
得られた舌苔試料のトリプシン活性は、舌苔中のフソバクテリウム属細菌(Fn)数、口腔内口臭成分である揮発性硫黄成分(VSC)量、及び唾液中のネバつき成分である唾液中タンパク質濃度と高い相関性を示す。従って、舌苔試料中のトリプシン活性は、Fn菌数、口臭及びネバつきと高い相関性を有し、トリプシン活性を測定することにより舌の衛生状態を判定することができる。
【実施例】
【0017】
実施例および比較例
<試料の採取>
26〜54歳の健常な被験者16名を対象に、舌に不織布を担持した電動歯ブラシを一定荷重で一定時間あてることにより舌苔を採取(5mg)し、リン酸緩衝液(PBS)5mLに懸濁させたものを試料とし、予めDMSO等の溶媒に溶解させた酵素認識基質(Boc−Gln−Ala−Arg−MCA(4−メチルクマリン−7−アミド);ペプチド研究所)を用いて酵素活性を測定した。比較例1〜3は、上記酵素として表1のものを使用した以外は実施例と同様の方法により測定を行った。
また、同時に、舌苔中細菌数(総菌数、レンサ球菌数、Fn菌数)、口中のネバつき成分である唾液中タンパク質濃度、及び口臭成分VSC濃度を測定し、各酵素活性値との相関を調べた。
【0018】
(1)酵素活性の測定
前述の方法で採取した舌苔のリン酸緩衝液(PBS)懸濁液を試料とした。蛍光測定用マイクロプレートのウェルにアッセイ用緩衝液(0.1%アルブミン含有リン酸緩衝液)を200μL注入し、そこに10mM合成基質溶液5μL、及び試料9μLを添加し、37℃にて30分間インキュベートした。その後、蛍光測定用マイクロプレートリーダーにて蛍光強度を測定し、試料を添加していない対照との蛍光強度の差分を単位舌苔量当たりの量(FI/mg)として表したものを、酵素活性値とした
【0019】
(2)舌苔中細菌数の測定
前述の方法で採取した舌苔のリン酸緩衝液(PBS)懸濁液を試料とした。
偏性嫌気性細菌数は、変法GUM寒天培地に試料を播種し、37℃、嫌気条件下にて3日培養し、コロニー数から算出した。
レンサ球菌数は、ミティスーサリヴァリウス寒天培地に試料を播種し、37℃好気条件下にて2日培養し、コロニー数から算出した。
フゾバクテリウム属細菌数は、変法FM培地に試料を播種し、37℃嫌気条件下にて3日培養し、コロニー数から算出した。
【0020】
(3)唾液中タンパク質濃度の測定
吐出法にて採取した唾液をリン酸緩衝液(PBS)で希釈し、ローリー法によりタンパク質濃度を測定した。
【0021】
(4)VSC濃度の測定
6〜7mLのイオン交換水を60秒洗口した洗口だ液を試料とし、その気層中に揮発してきた揮発性硫黄成分(VSC)である硫化水素、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィドの4成分について、ガスクロマトグラフィを用いて定量し、それらの合計をVSC値(ng/mL)とした。
【0022】
得られた結果を表1に示し、相関性を表2に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
表1及び表2より実施例(トリプシン酵素活性)において、口臭成分VSC濃度、口中のネバつき成分である唾液タンパク質濃度、及び舌苔Fn菌数に高い相関が見られた。特に、細菌数については、実施例のトリプシン酵素活性がFn菌数と特異的に相関していることがわかった。一方、比較例1、2は、トリプシンではなくアミノペプチダーゼ様酵素活性を測定したものであるが、口臭成分、唾液タンパク質濃度、及び舌苔Fn菌数いずれとも相関がなかった。トリプシンだけでなく、トリプターゼ及びプロテアーゼ活性を測定した比較例3では口臭成分VSC及び唾液タンパク質との間に相関はみられなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
舌苔試料中のトリプシン活性を測定することを特徴とする舌の衛生状態の判定方法。
【請求項2】
舌の衛生状態が、舌苔の形成に関与するフソバクテリウム属細菌の菌数、口腔内のネバつき及び口臭の程度である請求項1記載の判定方法。
【請求項3】
Boc−Gln−Ala−Arg−のアミノ酸配列を有する合成基質を用いてトリプシン活性を測定する請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
トリプシン活性測定試薬を含有する舌の衛生状態の判定用キット。

【公開番号】特開2009−100701(P2009−100701A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−277255(P2007−277255)
【出願日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】