説明

花弁特異的プロモーター及びその利用

【課題】新規な花弁特異的プロモーター及びその利用を提供する。
【解決手段】下記(a)から(c)のいずれかのDNAを含むプロモーター。(a)特定の塩基配列を有するDNA。(b)(a)の配列において1又は複数個の核酸の挿入、欠失又は置換を有する配列を有し、花弁特異的プロモーター活性を示すDNA。(c)(a)の配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし花弁特異的プロモーター活性を示すDNA。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、花弁特異的に発現するプロモーター及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
植物体を遺伝子工学的に改変するプロモーターとして、カリフラワーモザイクウイルス(CauMV)35Sプロモーターを始めとして、種々のプロモーターが知られている。こうした汎用のプロモーターは、植物体全体で恒常的に強い遺伝子発現を促すものである。植物の品種改良を目的として遺伝子改変するときには、所望の遺伝子を目的の組織とタイミングで発現させる必要がある。花卉の、特に、花弁の性状や特性を改変するには、花弁等で組織特異的に作動するプロモーターが求められる。
【0003】
このような花弁特異的と考えられるプロモーターはいくつか知られている(特許文献1、2)。また、アサガオ(Japanese Mornig Glory,Ipomoea nil)では、MYB1遺伝子がlimb(花弁)及びtube(花冠筒部)で特異的に発現していることが知られている(非特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特表2001-517450号公報
【特許文献2】特開平11-178572号公報
【非特許文献1】Plant Cell Physiol. 47(4)、457-470(2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載のプロモーターは、ナタネ由来のリボヌクレアーゼ(RNase)のプロモーターであり、同じ花弁特異的とは言え、本発明のプロモーターとは発現の場所やタイミングが異なることが予想され、目的に応じて両者は使い分けられるべきものである。また、上記特許文献1では遺伝子の上流3,265 bに花弁特異的プロモーター活性があるとしており、そのまま形質転換に用いるには問題があった。加えて、特許文献1のプロモーターはナタネ由来であり、花弁特異性の確認実験を同じアブラナ科植物のシロイヌナズナでしか確認されていない。したがって、科や類を超えた植物種でプロモーターとして利用できるかどうかは不明である。
【0006】
上記特許文献2に記載のプロモーターは、リンドウ花弁における色素合成に関連するカルコン合成酵素遺伝子のプロモーターである。このプロモーターは、花色に関わる遺伝子のプロモーターであること、長さが約1kbであること、科や類を超えた植物種を用いて花弁特異的プロモーター活性が確認されている。しかしながら、カルコン合成酵素遺伝子はMyb遺伝子の下流で動く遺伝子であり、カルコン合成酵素遺伝子のプロモーターが花弁特異的な発現を示すのはMyb遺伝子の制御による。このため、花弁でMyb遺伝子が働かない植物では、特許文献2のカルコン合成酵素遺伝子のプロモーターは機能しない。逆に花弁以外の組織でMyb遺伝子が発現する植物では、花弁以外でカルコン合成酵素遺伝子のプロモーターが機能してしまい、花弁特異的プロモーターとして使用できなかった。
【0007】
上記非特許文献1には、Myb1遺伝子がアサガオの花弁組織に特異的に発現することが開示されている。また、Myb1遺伝子のプロモーター領域を含む上流のクローニングについても、非特許文献1に記載がある。しかしながら、Myb1遺伝子の上流領域(約3kb)に花弁特異的な発現エレメントが見出されないこと、またその配列がアサガオに特有で他の植物で見つかっていなかった。このため、アサガオのMyb1遺伝子プロモーターがアサガオ以外の植物においても同様に花弁特異的に発現するかどうかは当業者といえども予測不可能であった。
【0008】
本発明は、新規な花弁特異的プロモーター及びその利用を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、アサガオにおいて花弁特異的に発現しているMyb1遺伝子に着目し、この遺伝子の上流領域を単離し、それにレポーター遺伝子を連結したDNA断片を用いてシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を形質転換して、異種植物での組織特異的発現を確認した。その結果、アサガオのMyb1遺伝子のプロモーターがシロイヌナズナでも同様に花弁特異的に作動することを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明によれば、以下の手段が提供される。
【0010】
(1)下記(a)から(c)のいずれかのDNAを含むプロモーター:
(a)配列番号1で表される塩基配列を有するDNA
(b)(a)の配列において1又は複数個の核酸の挿入、欠失又は置換を有する配列を有し、花弁特異的プロモーター活性を示すDNA
(c)(a)の配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし花弁特異的プロモーター活性を示すDNA
(2)上記(1)に記載されたプロモーターと、該プロモーターにより作動可能に連結された異種遺伝子と、を含む植物発現カセット。
(3)上記(1)に記載のプロモーターを含む、発現ベクター。
(4)上記(2)に記載の植物発現カセットを保持した形質転換植物細胞。
(5)上記(3)に記載のべクターが導入され、請求項1に記載のプロモーターと、該プロモーターにより作動可能に連結された任意の異種遺伝子とを保持する、形質転換植物細胞。
(6)上記(4)又は上記(5)に記載された細胞を保持した形質転換植物体。
(7)上記(6)に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
(8)種子である、上記(7)に記載の繁殖材料。
(9)以下の(a)及び(b)の工程;
(a)上記(2)に記載の発現カセット又は上記(3)に記載のベクターを植物細胞に導入する工程、及び
(b)該植物細胞から植物体を再生させる工程
を含む、任意の遺伝子を植物体の花弁において発現させる、植物体の再生方法。
(10) 以下の(a)、(b)及び(c)の工程;
(a)上記(2)に記載の発現カセット又は上記(3)に記載のベクターを植物細胞に導入する工程、
(b)該植物細胞から形質転換植物体を再生させる工程、及び
(c)再生させた前記形質転換植物体から種子を取得して、該種子から植物体を生産する工程
を含み、任意の遺伝子を植物の花弁細胞において発現させる、植物体の製造方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、特定の塩基配列を有する花弁特異的プロモーターとその利用に関している。本発明者らは、アサガオのMyb1遺伝子のプロモーターが科や類を超えた植物でも花弁特異的な遺伝子発現を誘導するプロモーターとして機能することを見出し、また、その領域を1kbに特定したものである。本発明の花弁特異的プロモーターが備えるかかる特徴によれば、花弁特異的に広い植物種において作動可能であることから、花弁における遺伝子発現制御における意義は大きい。特に、本発明の花弁特異的プロモーターは、花弁の色(花色)、形状などの花弁の性状のほか、開花速度や花の老化遅延などの花弁を改良した花卉の遺伝子的な改良に有用である。以下、本発明の最良の実施形態につき詳細に説明する。
【0012】
(プロモーター)
本発明のプロモーターは、植物の花弁においてプロモーター活性を示す。本明細書において、「植物」は、単子葉植物および双子葉植物のいずれも含む。本発明のプロモーターは、ゲノムの解析をベースとしたAPG植物分類体系(図1)における、キク類、ナス目、ヒルガオ科に属するアサガオに由来するが、バラ類、アブラナ目、アブラナ科のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)においても、花弁特異的にプロモーター活性を示す。従って、本発明のプロモーターは「類」を超え広く植物界において、花弁の改変用及び研究用として使用可能と考えられる。少なくとも、本発明のプロモーターはキク類とバラ類において花弁特異的プロモーターとして使用可能であり、それらに属するフウロウソウ科、ノボタン科、マメ科、スミレ科、カタバミ科、バラ科、アブラナ科、ミカン科、アジサイ科、ツツジ科、ハナシノブ科、サクラソウ科、ツバキ科、ノウセンカズラ科、モクセイ科、ヒルガオ科、ナス科、セリ科、キク科、キキョウ科、スイカズラ科などに有効である。単子葉植物を含め、キク類とバラ類以外の植物においても本発明のプロモーターが有効と推測されるため、現在その確認実験を進めている。なお、「植物」は、特に他で示さない限り、花を有する植物体および植物体から得られる種子を意味する。
【0013】
本明細書において、花弁とは、植物体の花(花冠)を構成する要素(器官)を意味している。また、一部の花では花弁以外のガクなどの組織が花弁化している場合もあるが、それらもここでは「花弁」の範囲とする。花弁においてプロモーター活性を示すとは、花弁又はその一部においてプロモーター活性を示すことを意味している。例えば、花弁の上部、辺縁部など一部においてプロモーター活性を示す場合も含まれる。なお、花弁が構成する花冠の形態は、ナデシコ形、十字形、バラ形、蝶形、スミレ形、ユリ形、ラン形、漏斗形等あるが、特に限定しない。
【0014】
本発明のプロモーターは、配列番号1で表される塩基配列を有するDNAを含むことができる。具体的には、配列番号1で表される塩基配列を有するDNAとしては、配列番号1で表される塩基配列を有するDNAのほか、配列番号2及び3で表される塩基配列を有するDNAを有していてもよい。配列番号1〜3の関係を図2に示す。配列番号1で表される配列は、アサガオ(Ipomoea nil)のMyb1遺伝子の上流領域から取得したものである。配列番号2で表される配列は、配列番号1で表される配列及び当該配列に連続する上流領域の配列である。さらに、配列番号3で表される配列は、配列番号2で表される配列及び当該配列に連続する上流領域の配列である。
【0015】
本発明のプロモーターは、配列番号1で表される塩基配列において1又は複数個の核酸の挿入、欠失又は置換を有する配列を有し、かつ花弁においてプロモーター活性を示すDNAを有していてもよい。また、配列番号1で表される塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花弁特異的にプロモーター活性を示すDNAを有していてもよい。花弁特異的にプロモーター活性を示すとは、花弁以外の組織の少なくとも一つよりも花弁においてプロモーターの発現活性が高いことを意味している。プロモーターの発現活性の高さは、常法に従い、所定の組織におけるプロモーターの発現レベルと他の組織における同一プロモーターの発現レベルとを比較することによって評価されうる。より具体的には、プロモーターの発現レベルは、その制御下に発現される遺伝子産物の産生量によって決定される。
【0016】
本発明の花弁特異的プロモーターに含まれるDNAは、当業者であれば常法に従い取得することができる。例えば、配列番号1で表される塩基配列に基づき、適切なプライマーを設計し、アサガオゲノムDNAを鋳型にPCR(Saiki,RK.etal.,Science,1985,230,1350.、Saiki,RK.et al.,Science,1988,239,487.)を行うことで得ることができる。また、配列番号1で表される塩基配列からなるDNA又はその一部と特異的にハイブリダイゼズするオリゴヌクレオチドをプローブとして、ハイブリダイゼーション技術(Southern,EM.,J Mol Biol,1975,98,503.)によりアサガオ及び他の植物体をスクリーニングすることによって取得できる。また、さらに化学合成により取得することも可能である。こうした方法によれば、上記(a)のDNAのほか、上記(b)及び(c)のDNAを得ることができる。また、部位特異的変異導入法(Kramer,W.&Fritz,HJ.,Methods Enzymol.1987,154,350)によっても塩基配列の改変が可能である。
【0017】
なお、こうしたDNAの取得に際しては、好ましくはストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行う。本発明においてストリンジェントなハイブリダイゼーション条件としては、6M尿素、0.4%SDS、0.5×SSCの条件、または0.1% SDS(60℃、0.3mol NaCl、0.03M クエン酸ソーダ)のハイブリダイゼーション条件、あるいはこれらと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を指す。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M 尿素、0.4%SDS、0.1×SSCの条件下では、より相同性の高いDNAを単離できることが期待される。高い相同性とは、塩基配列全体で好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上、最も好ましくは90%以上(例えば、95,96,97,98,99%)の配列の同一性を指す。
【0018】
塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1990,87,2264−2268.、Karlin,S.&Altschul,SF.,ProcNatlAcad Sci USA,90,5873.)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul,SF.et al.,J Mol Biol,1990,215,403.)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いることが好ましい。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。
【0019】
なお、こうしたDNAの取得に際しては、取得したDNAが花弁特異的なプロモーター活性を示すかどうかの評価が適宜実施される。例えば、当業者においてはレポーター遺伝子を用いた周知のレポーターアッセイ等により評価することが可能である。該レポーター遺伝子としては、その発現が検出可能なものであれば特に制限されず、例えば、当業者において一般的に使用されるCAT遺伝子、lacZ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、β−グルクロニダーゼ(以下、GUS)遺伝子、およびGFP遺伝子等を挙げることができる。
【0020】
レポーター遺伝子の発現レベルは、該レポーター遺伝子の種類に応じて、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、レポーター遺伝子がCAT遺伝子である場合には、該遺伝子産物によるクロラムフェニコールのアセチル化を検出することによって、レポーター遺伝子の発現レベルを測定することができる。レポーター遺伝子がlacZ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による色素化合物の発色を検出することにより、また、ルシフェラーゼ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による蛍光化合物の蛍光を検出することにより、また、GUS遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用によるGlucuron(ICN社)の発光や5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−グルクロニド(X−Gluc)の発色を検出することにより、さらに、GFP遺伝子である場合には、GFPタンパク質による蛍光を検出することにより、レポーター遺伝子の発現レベルを測定することができる。
【0021】
また、上記以外の遺伝子をレポーターとする場合、該遺伝子の発現レベルの測定は、当業者に公知の方法によって行うことができる。例えば、該遺伝子のmRNAを定法に従って抽出し、このmRNAを鋳型としたノーザンハイブリダイゼーション法、またはRT−PCR法を実施することによって該遺伝子の転写レベルの測定を行うことができる。さらに、DNAアレイ技術を用いて、該遺伝子の転写レベルを測定することも可能である。また、該遺伝子からコードされるタンパク質を含む画分を定法に従って回収し、本発明のタンパク質の発現をSDS−PAGE等の電気泳動法で検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うこともできる。さらに、該遺伝子からコードされるタンパク質に対する抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法を実施し、該タンパク質の発現を検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うことも可能である。該遺伝子からコードされるタンパク質の検出に用いる抗体としては、検出可能な抗体であれば、特に制限はないが、例えばモノクローナル抗体、またはポリクローナル抗体の両方を利用することができる。該抗体は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。
【0022】
本発明のプロモーターのDNAは、通常植物由来であり、好ましくは双子葉植物由来であるが、花弁特異的プロモーター活性を有するDNAであれば、特にその由来は制限されない。
【0023】
(発現カセット及び発現ベクター)
本発明の発現カセットは、上記プロモーターと、上記プロモーターにより作動可能に連結された任意の異種遺伝子と、を含むことができる。こうした発現カセットによれば、植物体において花弁特異的に任意の異種遺伝子を発現させることができる。
【0024】
本明細書において、「プロモーターにより作動可能に連結した」とは、本発明のプロモーターに下流の遺伝子の発現が誘導されるように、本発明のプロモーターと任意の遺伝子とが結合されていることを意味している。任意の異種遺伝子は、Myb1遺伝子以外のアサガオにおける内在性遺伝子、他の植物体の内在性遺伝子及び他の生物体(動物、昆虫等、微生物等)の内在性遺伝子に由来する遺伝子である。ここで、本明細書において「内在性遺伝子に由来する遺伝子」とは、天然に存在する内在性遺伝子がコードするアミノ酸配列を改変した改変タンパク質や融合したタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0025】
本発明のベクターは、上記プロモーター又は上記発現カセットを備えることができる。本発明のベクターは、任意のタンパク質を花弁特異的に発現させた形質転換植物を取得するためのベクターとして好適である。
【0026】
本発明のベクターは、プロモーターに加えて、さらに種々の調節要素が、宿主植物の細胞中で作動し得る状態で連結されていてもよい。こうした要素としては、好ましくは、ターミネーター、薬剤耐性遺伝子、およびエンハンサーが挙げられる。発現用ベクターのタイプおよび使用される調節エレメントの種類が、宿主細胞に応じて変わり得ることは、当業者に周知の事項である。本発明のベクターは、さらにT−DNA領域を有し得る。T−DNA領域は、特にアグロバクテリウムを用いて植物を形質転換する場合に遺伝子の導入の効率を高める。
【0027】
本発明のベクターは、当業者に周知の遺伝子組換え技術を用いて作製され得る。植物発現用ベクターの構築には、例えば、pBI系のベクターまたはpUC系のベクターが好適に用いられるが、これらに限定されない。
【0028】
植物細胞への植物発現用ベクターの導入には、当業者に周知の方法、例えば、アグロバクテリウムを介する方法、および直接細胞に導入する方法が用いられ得る。アグロバクテリウムを介する方法としては、例えば、Nagelらの方法(FEMS Microbiol.Lett.,67,325(1990))が用いられ得る。この方法は、まず、植物発現用ベクターで(例えば、エレクトロポレーションによって)アグロバクテリウムを形質転換し、次いで、形質転換されたアグロバクテリウムをリーフディスク法などの周知の方法により植物細胞に導入する方法である。植物発現用ベクターを直接細胞に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、パーティクルガン、リン酸カルシウム法、およびポリエチレングリコール法などがある。これらの方法は、当該分野において周知であり、形質転換する植物に適した方法が、当業者により適宜選択され得る。植物発現用ベクターを導入された細胞は、後述するように、例えば、カナマイシン耐性などの薬剤耐性を基準として選択される。選択された細胞は、常法により植物体に再生され得る。
【0029】
(形質転換細胞)
本発明の形質転換細胞は、本発明の発現カセットが保持されるか又は本発明のベクターが導入されている。本発明の形質転換細胞は、植物体の再生等に好適である。植物細胞は、その形態を問わない。例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、花弁や葉の組織又はその一部(切片)、カルスなどは本発明における植物細胞に含まれる。本発明の形質転換細胞は、本発明の発現ベクターや発現カセットを公知の方法で植物細胞に導入することで得られる。
【0030】
(形質転換植物体及びその製造方法)
本発明の形質転換植物体は、本発明の形質転換細胞を保持することができる。本発明の植物体は、本発明のプロモーターと作動可能に連結された異種遺伝子によって形質転換された植物である。異種遺伝子が、植物において、本発明におけるプロモーターの制御下で花弁特異的に発現する結果として、花弁の形質が改変される。改変される形質としては、花色、花弁形状、開花時期、老化遅延および害虫抵抗性などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0031】
(繁殖材料)
本発明の繁殖材料は、本発明の植物体から取得される繁殖材料である。ゲノム内にプロモーター及び異種遺伝子が導入された形質転換植物体が得られれば、繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。
【0032】
(植物体の作製方法)
本発明の植物体の作製方法は、本発明の発現カセット又は当該発現カセットを有する発現ベクターを植物細胞に導入する工程と、該植物細胞から植物体を再生させる工程とを備えて、任意の異種遺伝子を植物細胞の花弁において発現させる方法である。さらに、再生させた前記形質転換植物体から種子を取得して、該種子から植物体を生産する工程
を備えていてもよい。本発明の植物体の作製方法は、花弁が改良された植物体の生産系として有用である。
【0033】
植物発現用ベクターを導入された細胞は、例えば、カナマイシン耐性などの薬剤耐性を基準として選択される。選択された細胞は、常法により植物体に再生され得る。形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、シロイヌナズナであればAkamaら(Plant Cell Reports12:7−11(1992))の方法が挙げられる。
【0034】
再生した植物体において、当業者に周知の手法を用いて、目的の異種遺伝子の発現を確認できる。この確認は、例えば、目的の異種遺伝子の発現をノーザンブロット解析で解析することができる。また、本発明のプロモーターに作動可能にGUS遺伝子などのレポーター遺伝子を連結した場合には、当該レポーター遺伝子の発現を組織化学的染色等で検出することにより可能である。
【0035】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定するものではない。
【実施例1】
【0036】
アサガオ(Ipomoea nil)のInMYB1遺伝子とそのプロモーターを含むゲノムDNA断片を、以下の手順でクローニングした(Morita et al., Plant Cell Physiol. 47, 457-470, 2006)。まず、InMYB1 cDNA(DDBJ accession number: AB232770)とアサガオのゲノムDNAとのサザンハイブリダイゼーションにより、InMYB1遺伝子を含むゲノムDNA断片が、単一の12.9kbの制限酵素HindIII断片として検出されることを確認した。この断片をクローニングするために、HindIIIで処理した50μgのアサガオのゲノムDNAをショ糖密度勾配遠心によりサイズ分画し、サザンハイブリダイゼーションによってInMYB1遺伝子を含む画分を特定した。その画分のDNA断片を、ファージベクターλDASHIIベクター(STRATAGENE社)に結合し、それを、GIGAPACK III Gold Packaging Extract(STRATAGENE社)を用い、ファージへin vitro パッケージングした。InMYB1cDNAをプローブとしたサザンハイブリダイゼーションにより、InMYB1遺伝子を含むファージを単離した。λDASHIIベクターにクローニングした12.9kbのHindIII断片を、プラスミドベクターpZErO−2(Invitrogen社)にサブクローニングし、BigDye TerminatorキットとABI PRISM3100(Applied Biosystems社)を用いて塩基配列を決定した(DDBJ accession number: AB232773)。InMYB1遺伝子のコード領域の一部とその上流、約3kb(3,156b)の塩基配列を図2に示した。
【0037】
プロモーターが含まれると考えられるInMYB1遺伝子の上流、約3kb(3,156b)、約2kb(1,997b)および約1kb(1,023b)の領域(図2)を以下の手順で増幅し、pBI121ベクター(Clontech社)にサブクローニングした。約3kb領域の増幅にはプライマー1とプライマー4を、約2kb領域の増幅にはプライマー2とプライマー4を、約1kb領域の増幅にはプライマー3とプライマー4を用いた。プライマー1〜3には制限酵素HindIIIの切断配列が、プライマー4には制限酵素BamHIの切断配列が付加してある。既に取得したInMYB1遺伝子を含むゲノムDNAを鋳型に、PrimeSTAR HS(TaKaRa社)を用いPCR反応を行った。
【0038】
プライマー1: 5'- CGAAGCTTTGACAGTAAGTATATTTG -3' (配列番号4)
プライマー2: 5'- CGAAGCTTGGTACATCACCACATGCGTAC -3'(配列番号5)
プライマー3: 5'- CGAAGCTTGGTTTTGGGTATAAATTGAC -3'(配列番号6)
プライマー4: 5'- CAAGGATCCGGCAGGCTGACGTAAATT -3'(配列番号7)
【0039】
PCR反応で得られたInMYB1遺伝子の上流、約3kb、約2kbおよび約1kbのDNA断片と、pBI121ベクターを、HindIIIおよびBamHIの制限酵素処理を行った。制限酵素処理によりpBI121のカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター領域が除かれた部位、すなわちレポーターであるβグルクロニダーゼ(GUS)遺伝子の直上に、InMYB1遺伝子の上流、約3kb、約2kbまたは約1kbのDNA断片を組み込んだ(図3)。ライゲーション反応にはLigation Mix(TaKaRa社)を用いた。
【0040】
InMYB1遺伝子の上流、約3kb、約2kbまたは約1kbとGUS遺伝子のキメラDNAを、以下の手順でシロイヌナズナ(Arabidopsis thariana col-0)に形質転換した。既に作製した改変pBI121ベクター(図3)を、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)LBA4404株(Invitrogen社) にエレクトロポレーション法で導入した。このアグロバクテリウムを用い、花序浸漬法によりシロイヌナズナに形質転換を行い、種子を回収した。得られた種子を滅菌し、pBI121ベクターの選抜マーカーであるカナマイシン(30〜50mg/L)含むMS固形培地(Murashige et al., Physiol. Plant., 15, 473-497, 1962)に播種し、選抜された形質転換個体を培養土に移して栽培した。
【0041】
PCRによって遺伝子導入が確認された個体は、以下の手順でGUS染色し、プロモーター活性を可視化した。植物体をGUS染色液(50mM NaHPO4 (pH7.2),0.5% TritonX−100,20mM X−Gluc,0.5M フェリシアン化カリウム,0.5M フェロシアン化カリウム)に浸け、減圧下で染色液を植物体内に十分しみ込ませた。そのまま遮光下、青色の染色が確認されるまで37℃で静置し、その後70%エタノールで組織の色が抜けるまで脱色を行った。
【0042】
InMYB1遺伝子の上流、約3kb、約2kbおよび約1kbのいずれの形質転換個体においても、GUS染色は花弁の組織以外で確認されず、花弁の上半分で特に強い染色が見られた(図4)。この結果から、InMYB1遺伝子の上流、約1kb領域内に、種を超えて花弁特異的な遺伝子発現を誘導するプロモーター活性があることが確認された。
【0043】
花弁特異的な発現を誘導するプロモーター活性がある約1kb(1,023b)の領域の塩基配列に対して、全生物種に対するBLAST検索(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/)を行ったが、高い相同性を持つ配列はデータベースに見出されず、この約1kbの領域がアサガオならびにその類縁種に特異的な塩基配列であることが予想された。また、この領域に存在するプロモーターエレメントの検索をPLACE(http://www.dna.affrc.go.jp/PLACE/)で行ったが、花弁特異的な誘導を示唆するエレメントは見出されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】APG植物分類体系を示す図である。
【図2】本発明のプロモーター活性のある領域の構造を示す図である。
【図3】実施例で作製した発現ベクターを示す図である。
【図4】花弁特異的な発現をGUS染色(A:植物体全体、B:花の拡大)で観察した結果を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0045】
配列番号4〜7:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)から(c)のいずれかのDNAを含むプロモーター。
(a)配列番号1で表される塩基配列を有するDNA
(b)(a)の配列において1又は複数個の核酸の挿入、欠失又は置換を有する配列を有し、花弁特異的プロモーター活性を示すDNA
(c)(a)の配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし花弁特異的プロモーター活性を示すDNA。
【請求項2】
請求項1に記載のプロモーターと、該プロモーターにより作動可能に連結された任意の異種遺伝子と、を含む発現カセット。
【請求項3】
請求項1に記載のプロモーターを含む、発現ベクター。
【請求項4】
請求項2に記載の植物発現カセットを保持した形質転換植物細胞。
【請求項5】
請求項3に記載されたベクターが導入され、請求項1に記載のプロモーターと、該プロモーターにより作動可能に連結された任意の異種遺伝子とを保持する、形質転換植物細胞。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載された細胞を保持した形質転換植物体。
【請求項7】
請求項6に記載された植物体の繁殖材料。
【請求項8】
種子である、請求項7に記載の繁殖材料。
【請求項9】
以下の(a)及び(b)の工程;
(a)請求項2に記載の発現カセット又は請求項3に記載のベクターを植物細胞に導入する工程、及び
(b)該植物細胞から植物体を再生させる工程
を含む、任意の遺伝子を植物細胞の花弁細胞において発現させる、植物体の再生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−5348(P2012−5348A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−264646(P2008−264646)
【出願日】平成20年10月10日(2008.10.10)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】