説明

花粉量の測定方法及び測定用キット

【課題】花粉量を簡便かつ短時間でしかも半定量的に測定することのできる方法及び測定用キットの提供。
【解決手段】 捕獲された花粉を出芽させ、当該出芽花粉に酸化還元指示薬を添加したのち、指示薬からの発色の程度を測定又は観察することを特徴とする花粉量の測定方法を提供し、さらに、酸化還元指示薬を含む花粉量の測定用キットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室内又は屋外に存在する花粉量を測定するための方法及び測定用構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
花粉により引き起こされるアルルギーを花粉症という。日本国内では総人口の16%が花粉症の有病者であると推定され、その有病者は年々増加の傾向にある。花粉症を引き起こす花粉としては、春ではスギ花粉、秋ではブタクサ(セイタカアワダチソウ)の花粉がよく知られている。花粉症は、空中に飛散した花粉、あるいは、屋外から衣服に付着することにより入り込んだ室内の花粉などが抗原となって引き起こされる疾患である。花粉アレルギーの人は花粉が飛散している日には外出を控え、また厚いマスクの着用等によって花粉症の諸症状を防止又は軽減することができるが、花粉量が多い場合には、そのような諸症状を防止又は軽減することが困難な場合がある。従って、身の回りに存在する花粉量は、花粉症の症状を自己防衛するためには重要な情報となる。
空中に飛散する花粉の量は花粉情報などにより把握することが可能であるが、屋内の花粉の量はその住居環境により千差万別であるため、具体的な花粉量を把握することが困難であった。この室内の花粉量を簡単に把握できれば、上記花粉症状を予防する上で極めて有用である。
【0003】
このような目的で、花粉中に含まれるセルロース分に着目して、セルロース量に応じて発色する花粉センサーや花粉中のペルオキシダーゼ活性を利用した方法(特許文献1)などが提案されている。
【0004】
しかしながら、この花粉センサーにおいては、花粉中に含まれるセルロース分を検出対象としているため、空気中に飛散する他の物質、例えば、綿ぼこりについても検出されてしまう可能性があった。また、ペルオキシダーゼ活性を利用した方法では花粉から細胞質を抽出する必要があったため、操作が煩雑である。従って、花粉量を調べるには、より簡便で実用性の高い花粉センサーの開発が求められる。
【特許文献1】特開平5−284995号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、花粉量を簡便かつ短時間で、しかも従来法よりも正確に測定することができる方法及び測定用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。その結果、花粉が出芽する時に活性化する生体酸化反応に着目し、この生体酸化反応を可視化させることにより、花粉量を測定することに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は捕獲された花粉を出芽させ、当該出芽花粉に酸化還元指示薬を添加したのち、指示薬からの発色の程度を測定又は観察することを特徴とする花粉量の測定方法である。
【0007】
さらに、本発明は、酸化還元指示薬を含む、花粉量の測定用キットである。本発明のキットには、例えば花粉の捕獲用容器又は器具及びゲルをさらに含めることが可能である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、簡便かつ短時間で花粉量を測定する方法及び測定用キットが提供される。本発明の方法によれば、生体酸化反応に伴って変化する物質の色調又は生体酸化反応に関連する物質の変化に伴って発する蛍光色素を生成させることにより、肉眼による確認を行うことができ、また、適当な測定機器を使用して花粉量を簡便かつ短時間で定量的に測定することができる。また、本発明は、花粉を捕獲及び出芽させる工程における簡便かつ安価な測定用キットも提供する。本発明の方法は従来の方法と比較して操作性や汎用性において優れており、極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.本発明の測定方法
本発明は、捕獲された花粉を出芽させ、当該出芽花粉に酸化還元指示薬を添加したのち、指示薬からの発色の程度を測定又は観察することを特徴とする花粉量の測定方法である。
本発明の方法は、花粉が出芽する時に活性化する生体酸化反応を利用するものであり、この生体酸化反応に関連する物質の色調又はこの生体酸化反応の結果発する蛍光色素を生成させることにより、発色の程度を測定又は観察することを特徴とする。
花粉は、糖を含む寒天培地上に接着して出芽する際、生体酸化が活性化され、主にミトコンドリア内で行われる酸化-還元反応に関連する物質(NADPH/NADP、NADH/NAD、FADH/FAD、FMNH/FMN:還元体/酸化体)が変化する。この変化量は、Alamar BlueやMTT等の酸化-還元指示薬により色調の変化又は蛍光として肉眼で確認することができ、あるいは上記色調の変化又は蛍光強度を適当な測定機器で測定することができる。本発明は、上記色調の変化又は蛍光に基づいて花粉量を測定できるという、本発明者が見出した知見により完成されたものである。
【0010】
本発明の方法の第1の工程は、花粉を捕獲して出芽させる工程である。
本発明の方法において測定の対象となる花粉はいかなる植物の花粉であってもよく、例えば、スギ、ハンノキ、ヒノキ、マツ、サクラ、アブラナ、バラ及びブタクサ等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0011】
花粉の捕獲は、任意の方法を採用することができる。例えば、容器を用いて捕獲することもできるし、集塵シート等のフィルターに直接付着させることもできる。日常生活において、簡便に花粉量を測定することを目的とする使用態様のためには、捕獲容器としては透明なプラスチックのペトリ皿を使用することが有利である。そして、落下する花粉を測定する場合は透明なプラスチックのペトリ皿を数箇所に区切ったものを使用することができ、掃除機等で吸引して測定する場合には捕獲器具としては市販されている集塵シートを使用することができる。集塵シートとしては、例えば拭き取り清掃用の布又は紙製ドライシートを挙げることができる。
上記捕獲された花粉は、蒸留水、生理食塩水、加糖溶液などの液体に懸濁させた後、出芽処理を行うことができる。
出芽処理は、出芽用媒体に花粉を接触させればよい。出芽用媒体としては、例えば糖が添加された植物培養用培地が挙げられる。
なお、「出芽」とは、花粉体の軸に分岐が起こり、新しい原基が形成されて発育する過程を意味する。
【0012】
本発明における第2工程は、花粉を出芽させた後、出芽時に活性化する生体酸化反応を利用し、酸化-還元指示薬を出芽花粉に添加して、吸光波長が異なる色素又は蛍光を発する色素を生成させ、発色の程度を測定する工程である。
上記酸化-還元反応は以下の機構に基づく。すなわち、生体酸化が活性化されると、一連の電子伝達系によりNADHやFADH2からO2へ電子が渡され、その結果ATPが合成される。この過程は、ミトコンドリア内膜のタンパク複合体を通って電子がNADHやFADH2からO2へ流れ、その際にミトコンドリアのマトリクスから外へプロトンが汲み出される。結果として、pH勾配と膜の両側の電位差によりプロトン駆動力が生み出され、プロトンが酵素複合体を経由してミトコンドリアのマトリクス内に戻る際にATPが作られるものである。発色は、上記機構においてミトコンドリアのマトリクスから外へ汲み出されるプロトンが、酸化還元指示薬を還元することによって起こる。
上記酸化-還元反応に関連する物質としては、例えば以下のものが挙げられる。
NADPH/NADP:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(還元型/酸化型)
NADH/NAD:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(還元型/酸化型)
FADH/FAD:フラビンアデニンジヌクレオチド(還元型/酸化型)
FMNH/FMN:フラビンモノヌクレオチド(還元型/酸化型)
第2の工程において、発色させる試薬は、生体酸化における酸化-還元指示薬であれば特に限定されるものではなく、用いる色原体の種類や測定しようとする花粉量等に応じて、当業者が容易に選択できるものである。酸化-還元指示薬としては、例えばAlamar Blue(Alamar Biosciences, USA)、MTT(3-(4,5-Dimethyl-2-thiazolyl)-2,5-diphenyl-2H tetrazolium bromide)、XTT(2,3-Bis(2-methoxy-4-nitro-5-sulfophanyl-2H-tetrazolium- 5-carboxanilide)などがあげられる。好ましくは吸光波長が異なる色素又は蛍光を発する色素である。「吸収波長が異なる色素」とは、生体酸化における酸化-還元反応により、その色素の有する特定波長光の吸収が変化するような性質の色素をいう。例えば、Alamar Blueはレドックス指示薬の一種であるが、細胞のミトコンドリア電子伝達系において還元され、特定波長光の吸収が変化し、青色から赤色に変化する性質を有する。「蛍光を発する色素」とは、生体酸化における酸化-還元反応の結果、特定の色素を生成する色素をいう。例えば、MTTは、細胞内の脱水素酵素により還元され、青色の不溶性ホルマザンを生成する性質を有する。本発明では、上記のAlamar BlueやMTTを用いることが好ましい。
また、酸化-還元反応は常温で行うことができるが、好ましくは37℃前後である。
酸化-還元指示薬の濃度は、販売元から提供される情報に従って調整すればよいが、Alamar Blueを使用し肉眼で確認する場合は、色調変化が確認しやすくなるように、標準の4〜6倍程度濃いものが好ましい。
色調の変化又は蛍光強度の測定は、肉眼で確認するか、適当な測定機器を用いることができる。例えば、反応液中の生成色素に固有の波長を適当な測定機器により測定する。測定機器は吸光度測定機器など、公知の測定機器を用いることができる。
【0013】
上記測定機器により測定された吸光度や蛍光波長の強度により、花粉量を測定することができる。また、波長の強度の測定(色合いの測定)は、肉眼で行うことも可能である。肉眼で測定する場合には、予め第2の工程と同様の作業を、種々の既知量の花粉を用いて行い、どれだけの量の花粉があればどういう色になるかを示す色スケールを作成しておき、捕獲物質(反応混合物)の色をこの色スケールと肉眼で比較することにより、花粉量を測定することができる。色スケールは、色調の濃淡で6段階(6:極めて濃い、5:非常に濃い、4:やや濃い、3:濃い、2:やや薄い、1:非常に薄い)、又は3段階(3:非常に濃い、2:濃い、3:薄い)などに分類することもできる。
色調の変化や蛍光強度を測定する場合に測定機器を用いると、より花粉量を正確に測定することができる。
【0014】
2.本発明のキット
本発明のキットは、酸化還元指示薬を含むものであり、さらに、花粉の捕獲用容器又は器具及びゲルをさらに含めることができる。花粉の捕獲用容器又は器具には、出芽用媒体、フィルター、媒体を収納する容器を含む。
本発明のキットに含まれる「媒体」とは、捕獲した花粉を出芽させるためのものであり、本発明においては、水を含んだゲルを用いることができる。ゲルとしては、例えば寒天、ゼラチン及び高分子吸収体等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。5〜10%の糖を含む寒天、ゼラチン又は高分子吸収体等のゲルであるものが特に好ましい。寒天の場合、好ましくは1%前後の濃度で使用することが望ましく、使用前に前記糖を加えて加熱し、その後ペトリ皿等適当な容器に流し込んで自然冷却により固める。糖としては、例えばグルコース、フルクトース、マルトース、マンノースなどが挙げられる。
なお、上記ゲルは用時調整が望ましいが、予め固めたゲルを冷蔵庫のような冷暗所でしかも細菌やカビに汚染されにくい清潔な場所に保存することも可能である。
【0015】
本発明において「フィルター」は、花粉を捕獲するために用いる。このフィルターを掃除機や空気清浄機等の花粉採取機器に取り付けて、フィルターに直接、捕獲物質(花粉)を付着させることもできるし(集塵シート)、予め別の容器にて採取した自然落下等による捕獲物質を溶液に懸濁したものを浸漬することもできる。このように捕獲物質が付着したフィルターは、そのまま用いてもよく、また、適宜適当な大きさに切断して用いてもよい。その後、当該フィルターを上記媒体に接触させて、花粉の出芽を開始させる。従って、フィルターは予め媒体と一体化させておいてもよい。このような、媒体つきの一体化フィルターは、捕獲される物質が浮遊している空間に放置することにより、落下する花粉を容易に捕獲し、花粉を発芽させることができるため、より操作が簡便となり、好ましい。落下する花粉を捕獲するためにフィルターを空間に放置する時間は、30分〜180分であり、好ましくは30分〜60分である。
本発明において、「媒体を収納する容器」は、液体を固化することができる容器であれば特に限定されず、例えば、市販の培養シャーレや、ペトリ皿などがあげられる。媒体は、加熱した後に当該容器に流し込み、一定時間放置して固化させる。そのため、当該容器は、ガラスやプラスチック等の耐熱性の容器であることが好ましい。
なお、媒体は、さらに、容器内(大容器とする)に流し込まれたゲルとは別個に、別の容器(小容器とする)に格納されて大容器内に配置されていてもよい。この場合は、小容器を大容器内に適当数配置することができる(図3)。小容器は、加熱された媒体を流し込み、固化でき、さらに大容器内に配置できるものであれば限定されるものではなく、例えば、ガラスやプラスチック製のサンプルチューブがあげられる。小容器の形状は、筒状、円筒状、角状のいずれの形状をもとりうる。例えば、口径5.4cmの大容器内に、口径1cmで高さ5mmの円筒状の小容器を4つ配置することができる(図3)。このような小容器を用いると、当該小容器内に充填された媒体上に、均一化された捕獲物質(花粉)を一定量ずつ添加することができるため、肉眼での比較観察も容易であり、またより正確な花粉量の測定に用いることができる。
【0016】
以下、本発明を実施例に基づき、さらに具体的に説明する。ただし、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、下記で記載されている「吸取り型」とは、室内に落下或いは衣服等に付着した花粉を、集塵フィルター等を備えた掃除機等で回収するタイプ、あるいは、室内に浮遊した花粉を、空調用等の集塵フィルターに直接付着させるタイプをいう。一方、「落下型」とは、室内或いは屋外で浮遊している花粉が自然落下して捕獲できる花粉を回収するタイプをいう。
【実施例1】
【0017】
「吸取り型」の実施例
(1)透明なプラスチック製ペトリ皿に砂糖を含む寒天培地を3ml流し込み、自然冷却で固めた。
(2)スギ花粉を各個数含む懸濁液200μlを集塵フィルター(紙製又は布製のドライシート)に付着(捕獲)させた。
(3)花粉が付着した集塵フィルターが寒天培地と完全に密着するように、ペトリ皿の蓋で押さえた。
(4)2mlのAlamar Blueをペトリ皿に添加し、室温あるいは37℃で一定時間保温して、各時間後に肉眼による色調変化の確認を行った(図1)。
【0018】
結果を図2に示す。図2に示すように、付着させた花粉の個数並びに保温時間に比例して色調の変化(青→桃色)が濃くなっていることが分かる。測定時間を2時間以内に定めた場合、室温(20℃)での測定には10万個(図2の米印のグラフ)以上、37℃の保温では3万個(図2の×印のグラフ)以上で色調がはっきり変化した。
以上のことから、時間を長くすれば検出に必要な花粉量も減少できた。また、色調の変化速度は、37℃の方が室温より2倍程度速いことも判明した。
【0019】
「吸取り型」の場合、室内には花粉以外に細菌やカビ等の微生物も存在し、これらが花粉による生体酸化に影響を及ぼすことが考えられたが、実際には影響しなかった。また、細菌やカビ等の生体酸化を抑制する目的で、抗生剤・抗カビ剤の花粉に対する影響を調べた結果、有効濃度の抗生剤・抗カビ剤は花粉の生体酸化に全く影響しないことが示された。
【実施例2】
【0020】
「落下型」の実施例
(1)透明なプラスチック製ペトリ皿に区切り用のシリコン管を立て、砂糖を含む寒天培地を3ml流し込んだ。自然冷却で固めたものを捕獲用ゲルとして使用した(図3)。
(2)バラ、スイセンの花粉を一定量含む懸濁液を10μlずつシリコン内に添加した。
(3)出芽までの10分間室温で静置し、2mlのAlamar Blueを添加し、37℃で1時間の保温を行った。その後、肉眼で色調の変化(青→桃色)を確認した。
【0021】
その結果を図4に示す。図4に示すように、添加した花粉の種類で色調変化の程度が異なり、個数に比例して色調の変化(青→桃色)が濃くなっていることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】花粉量を測定するための容器及び操作手順の一例を示す図である。
【図2】花粉量を室温又は37℃で発色させたときの色調変化と花粉量との関係を示す図である。
【図3】落下型花粉量を測定するための容器及び操作手順の一例を示す図である。
【図4】バラ及びスイセンの花粉量と色調変化との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
捕獲された花粉を出芽させ、当該出芽花粉に酸化還元指示薬を添加したのち、指示薬からの発色の程度を測定又は観察することを特徴とする花粉量の測定方法。
【請求項2】
酸化還元指示薬を含む、花粉量の測定用キット。
【請求項3】
花粉の捕獲用容器又は器具及びゲルをさらに含む請求項2記載のキット。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−236310(P2007−236310A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−64789(P2006−64789)
【出願日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【出願人】(504406140)有限会社 ケアティス (2)
【Fターム(参考)】