説明

芳香族ジアミンおよびその製造方法

【課題】高度な低吸湿性に富むポリエステルイミドなどの原料となる、エステル基を有する新規な芳香族ジアミンの提供。
【解決手段】下記の一般式(1):
【化1】


(一般式(1)において、R1が水素原子のときはR2が下記の一般式(2):
【化2】


で示すエステル基であり、R1が一般式(2)で示すエステル基のときはR2が水素原子であり、一般式(1)および一般式(2)において、R3は炭素数が1〜4のアルキル基である。)で表される芳香族ジアミン、およびその製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低吸湿性に富むポリエステルイミドなどの原料モノマーとして用いられる、エステル基を有する新規な芳香族ジアミンおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族ポリイミドは耐熱性、機械的強度、耐薬品性、電気的特性に優れるため、電子製品、各種産業機器、輸送機器などの高性能部品の材料として広く利用されている。
しかしながら、ポリイミドは吸湿性が比較的高いため、吸湿による電気的特性の低下や吸湿後の寸法変化による電気接続不良などの不具合が懸念されてきた。そこで、近年、この点を改良する目的からポリイミド鎖中にエステル基を導入する試みがなされ、成果を挙げつつある。
【0003】
例えば、下記の非特許文献1および非特許文献2には、ハイドロキノンとトリメリト酸無水物クロリドの縮合によって得られる、エステル基を含む芳香族テトラカルボン酸二無水物を、p−フェニレンジアミンまたは4,4'−ジアミノジフェニルエーテルなどと重合させることにより、低吸湿性に優れたポリイミドを得たことが記述されている。
【0004】
一方、下記の非特許文献3においては、Jung-wen yangらがテレフタル酸ビス(4−アミノフェニル)エステルまたはイソフタル酸ビス(4−アミノフェニル)エステルを合成し、これらを弗素化アルケニル基を含む類縁体と共に用いて低吸湿性のポリイミドを得たことが記述されている。
【0005】
【非特許文献1】小関和徳、長谷川匡俊:ポリイミド・芳香族高分子の最近の進歩2005, 柿本雅明, 早川晃鏡、安藤慎治 編,繊維工業技術振興会、(2005)、 155-157(第13回日本ポリイミド・芳香族高分子会議、会議録)
【非特許文献2】小関和徳、千原昌代、長谷川匡俊:第54回高分子討論会予稿集、54、4167、(2005)
【非特許文献3】Jung-wen yang、Chun-Shan Wang:Novel perfluorononenyloxy group-containing polyimides(Polymer、 40(1999)、p1411-1419)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年普及しているパソコンや携帯電話などの構成材料としては、耐熱性や熱的寸法安定性はもとより、いっそう優れた電気的特性が要求されていることから、より高度な低吸湿性を備えたポリエステルイミドなどが嘱望される。
従って、本発明の目的は、よりいっそう低吸湿性に富むポリエステルイミドなどの原料となる、エステル基を有する芳香族ジアミンおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、下記の一般式(1):
【化1】

(一般式(1)において、R1が水素原子のときはR2が下記の一般式(2):
【化2】

で示すエステル基であり、R1が一般式(2)で示すエステル基のときはR2が水素原子であり、一般式(1)および一般式(2)において、R3は炭素数が1〜4のアルキル基である。)で表される新規な芳香族ジアミンを提供する。
【0008】
また、本発明は、下記の一般式(3):
【化3】

(一般式(3)において、R4が水素原子のときはR5が下記の一般式(4):
【化4】

で示すエステル基であり、R4が一般式(4)で示すエステル基のときはR5が水素原子であり、一般式(3)および一般式(4)において、R3は炭素数が1〜4のアルキル基である。)で表される芳香族ジニトロ化合物を還元して請求項1に記載の芳香族ジアミンを得る製造方法を提供する。前記の製造方法における還元反応として、前記芳香族ジニトロ化合物に触媒の存在下で水素を添加する接触水添法によって行なうこともできる。
【0009】
上記した新規な芳香族ジアミンは、具体的には、下記の一般式(5):
【化5】

で表わされるテレフタル酸ビス(2−アルキル−4−アミノフェニル)エステル、または、下記の一般式(6):
【化6】

で表わされるイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−アミノフェニル)エステルである。
【0010】
本発明の芳香族ジアミンが保有するアルキル基は炭素数が1〜4であるから、前記のテレフタル酸ビス(2−アルキル−4−アミノフェニル)エステルは、テレフタル酸ビス(2−メチル−4−アミノフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−エチル−4−アミノフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−n−プロピル−4−アミノフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−イソプロピル−4−アミノフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−n−ブチル−4−アミノフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−イソブチル−4−アミノフェニル)エステル、およびテレフタル酸ビス(2−tert−ブチル−4−アミノフェニル)エステルである。
同じく前記のイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−アミノフェニル)エステルは、イソフタル酸ビス(2−メチル−4−アミノフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−エチル−4−アミノフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−n−プロピル−4−アミノフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−イソプロピル−4−アミノフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−n−ブチル−4−アミノフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−イソブチル−4−アミノフェニル)エステル、およびイソフタル酸ビス(2−tert−ブチル−4−アミノフェニル)エステルである。
【0011】
そして、前記芳香族ジアミンの原料となる芳香族ジニトロ化合物は、具体的には、下記の一般式(7):
【化7】

で表わされるテレフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステル、または、下記の一般式(8):
【化8】

で表わされるイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルである。
【0012】
前記したテレフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルは、テレフタル酸ビス(2−メチル−4−ニトロフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−エチル−4−ニトロフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−n−プロピル−4−ニトロフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−イソプロピル−4−ニトロフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−n−ブチル−4−ニトロフェニル)エステル、テレフタル酸ビス(2−イソブチル−4−ニトロフェニル)エステル、およびテレフタル酸ビス(2−tert−ブチル−4−ニトロフェニル)エステルである。
また、前記したイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルは、更に詳しくは、イソフタル酸ビス(2−メチル−4−ニトロフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−エチル−4−ニトロフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−n−プロピル−4−ニトロフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−イソプロピル−4−ニトロフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−n−ブチル−4−ニトロフェニル)エステル、イソフタル酸ビス(2−イソブチル−4−ニトロフェニル)エステル、およびイソフタル酸ビス(2−tert−ブチル−4−ニトロフェニル)エステルである。
【0013】
炭素数1〜4のアルキル基を有する本発明の芳香族ジアミンは、炭素数5以上のアルキル基を有し基本骨格が同様である芳香族ジアミンと比べて、原料である芳香族ジニトロ化合物の合成および入手が容易であることから好適である。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る新規な芳香族ジアミンは、その化学構造式が示すように、上記の非特許文献3に記載された既知化合物であるテレフタル酸ビス(4−アミノフェニル)エステルまたはイソフタル酸ビス(4−アミノフェニル)エステルと比べて2個のアルキル基を多く含み、これらのアルキル基が疎水基として働くために、よりいっそう吸湿性の低下したポリイミドを与えることが期待できる。
【0015】
かかる本発明の芳香族ジアミンは、上記一般式(3)で示す芳香族ニトロ化合物を還元することによって簡便に得ることができ、還元が接触水添法による場合は、生成した芳香族ジアミンの単離が容易であり、処理を要する廃棄物量が少なくなるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、本発明の最良の実施形態を説明するが、以下に述べる実施形態は本発明を具体化した一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものでない。
本発明に係る芳香族ジアミンは新規化合物であり、その製造方法は特に限定されないが、原料である、テレフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルまたはイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルを、例えば還元することにより得られる。
【0017】
前記のテレフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルまたはイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルは、例えばテレフタル酸ジクロリドまたはイソフタル酸ジクロリドと、2−アルキル−4−ニトロフェノールとの縮合反応や、テレフタル酸エステルまたはイソフタル酸エステルと、2−アルキル−4−ニトロフェノールとのエステル交換反応などといった、一般的なエステル合成法により得られる。
【0018】
テレフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルまたはイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルの還元は、エステル結合の変化を伴わない方法であれば特に限定されない。すなわち、亜鉛末、鉄粉、錫、塩化第一錫などを用いる金属還元法や水添触媒を用いる接触水添法といった一般汎用の方法を用いることができる。その場合、目的物の単離方法が簡易であること、処理を必要とする廃棄物が少ないこと、経済性がよいことなどの観点から、接触水添法が最も好ましい。
【0019】
接触水添法の反応に用いる好適な水添触媒としては、例えば貴金属触媒あるいはラネーニッケル触媒などを挙げることができる。前記の貴金属触媒としては、パラジウム、白金、ロジウム、ルテニウム、およびイリジウムから選ばれる少なくとも一つの貴金属を含むものが用いられる。触媒の形態としては、例えば活性炭、珪藻土、アルミナなどに担持した態様が挙げられるが、経済性および操作性の観点から活性炭担持パラジウム触媒がより好ましい。
【0020】
用いる貴金属触媒の量は、テレフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルまたはイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルの100重量部に対し、貴金属分として0.001〜0.5重量部に相当する量の触媒を用いることが望ましく、より好ましくは貴金属分0.01〜0.2重量部相当量である。触媒の貴金属分が0.001重量部よりも少ないときは水添反応がきわめて遅くなり生産性が低下する一方、0.5重量部よりも多いときは製品のコストに占める触媒コストの割合が必要以上に多くなり、また触媒の濾別作業の負担が多くなるなどの不利益が生じる。
【0021】
接触水添反応に用いる好適な溶媒としては、例えばメタノ−ル、エタノール、n−プロパノール、イソプロピルアルコール、n−ブタノール、2−ブタノール、イソブチルアルコール、メトキシエタノール、エトキシエタノール、1−メトキシ−2−プロパノールなどのアルコール系溶媒、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテートなどのエステル系溶媒、グライム、ジグライム、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどのエーテル系溶媒、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなどのアミド系溶媒などが挙げられる。これらのうち経済性および操作性の観点から、アルコール系溶媒が好ましい。
【0022】
接触水添反応に用いる溶媒の量は、例えばテレフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルまたはイソフタル酸ビス(2−アルキル−4−ニトロフェニル)エステルの重量に対し2〜100重量倍が望ましく、より好ましくは4〜50重量倍である。溶媒量が少なすぎるときは原料の溶解が不十分となって反応の進行が阻害されたり、目的生成物の溶解が不十分となって触媒の分離ができないなどの不具合が生じるおそれがある。一方、溶媒量が多すぎる場合は溶媒の回収、精製に多大な処理コストがかかるので好ましくない。
【0023】
接触水添反応における水素圧は常圧〜10000kPaが望ましい。水素圧が1000kPaを超える場合は労働安全衛生法による規制が厳しくなって製造にかかる手間とコストが大きくなることから、より好ましくは常圧〜1000kPaである。
【0024】
接触水添反応の温度は0〜100℃がよいが、より好ましくは20〜95℃がよい。水添温度が低すぎるときは十分な反応速度が得がたく生産性が損なわれる一方、高すぎるとエステル分解などの副反応を無視できなくなる。
【0025】
かかる本発明の芳香族ジアミンは、高耐熱性で極めて吸湿性の低いプラスチックの原料として用いることができる。例えば、本発明の芳香族ジアミンをピロメリット酸無水物などの芳香族テトラカルボン酸無水物と反応させてポリエステルアミド酸を得、このポリエステルアミド酸から加熱による脱水縮合反応などの慣用法によって芳香族ポリエステルイミドを得ることができる。
【実施例】
【0026】
引き続き、下記の実施例によって本発明をより詳細に説明するが、これらの実施例により本発明が限定されるものではない。
尚、下記の各実施例で得られた生成物は、融点などの物理的性状を測定し、核磁気共鳴スペクトル分析、赤外分光分析、質量分析で化学構造を同定した。核磁気共鳴スペクトル分析(1H-NMR、13C-NMR)は日本電子製JNM-AL300型を用いて測定した。1H-NMRは共鳴周波数300MHzで、13C-NMRは共鳴周波数75MHzでそれぞれ測定した。測定溶媒は重水素化ジメチルスルホキシドDMSO-d6である。赤外分光分析(FT-IR)は島津製作所製IR Prestige−21型分光光度計を用いてダイヤモンドATR法で測定した。質量分析(MS)は日本電子製JMS−600型を用いてEI法で測定した。
【0027】
内容積1Lのステンレススチール製オートクレーブ容器に、テレフタル酸ビス(2−メチル−4−ニトロフェニル)エステル26.7g、5%パラジウムカーボン触媒2.6g(乾燥重量)、およびジグライム700mLを投入し、水素圧800kPa、容器内温度90℃で攪拌下に1時間反応させた。その結果、所定量の水素が消費されて反応が終了した。反応液より触媒を濾別し、濾液を濃縮し冷却して析出した結晶を濾別し、更に水洗し乾燥して固体の生成物18.3gを得た。融点は222−223℃であった。この固体生成物がテレフタル酸ビス(2−メチル−4−アミノフェニル)エステルであるとすると収率は82.3%である。高圧液体クロマトグラフィーによるHPLC純度は98.8%であった。
【0028】
そして、前記の固体生成物を機器分析に供した結果、質量分析により分子量は376であった。赤外吸収スペクトルは、1711cm-1にC=Oの伸縮振動の吸収を、3362cm-1および3439cm-1にN−Hの伸縮振動の吸収をそれぞれ示した。1H−核磁気共鳴吸収スペクトルは、2.01ppmにメチル基(シングレット、6H)を、5.02ppmにアミノ基(シングレット、4H)を、6.40〜6.48ppmにアミノ基の両側に隣接する芳香族プロトン(マルティプレット、4H)を、6.84ppmおよび6.86ppmに酸素原子に隣接する芳香族プロトン(ダブレット、2H)を、8.29ppmにカルボニル基に隣接する芳香族プロトン(シングレット、4H)をそれぞれ示した。また、13C−核磁気共鳴吸収スペクトルは10本の吸収を示した。以上の結果より、前記の固体生成物が目的物のテレフタル酸ビス(2−メチル−4−アミノフェニル)エステルであると同定した。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によるエステル基を含む芳香属ジアミンは、高度な低吸湿性が要求される電子材料、絶縁材料などに適する優れた性質を示すポリエステルイミドなどの高分子材料を製造するためのモノマーとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(1):
【化1】

(一般式(1)において、R1が水素原子のときはR2が下記の一般式(2):
【化2】

で示すエステル基であり、R1が一般式(2)で示すエステル基のときはR2が水素原子であり、一般式(1)および一般式(2)において、R3は炭素数が1〜4のアルキル基である。)
で表される芳香族ジアミン。
【請求項2】
下記の一般式(3):
【化3】

(一般式(3)において、R4が水素原子のときはR5が下記の一般式(4):
【化4】

で示すエステル基であり、R4が一般式(4)で示すエステル基のときはR5が水素原子であり、一般式(3)および一般式(4)において、R3は炭素数が1〜4のアルキル基である。)
で表される芳香族ジニトロ化合物を還元して請求項1に記載の芳香族ジアミンを得る製造方法。
【請求項3】
還元が接触水添法により行われる請求項2に記載の芳香族ジアミンの製造方法。

【公開番号】特開2007−308452(P2007−308452A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−141582(P2006−141582)
【出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【出願人】(391029462)和歌山精化工業株式会社 (10)
【Fターム(参考)】