説明

芳香族チオール化合物および芳香族スルフィド化合物の製造方法

【課題】芳香族チオール化合物および/または芳香族スルフィド化合物を簡便かつ高収率で製造する方法を提供すること。
【解決手段】水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、メトキシ基などで置換されていてもよい芳香族ハロゲン化合物(Xはハロゲン原子)と硫化水素との気相接触反応であって、粒径6メッシュ未満の活性炭の存在下、加熱して得られる


で表される芳香族チオール化合物および/または


で表される芳香族スルフィド化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、染料、医薬、農薬の合成中間体や各種添加剤として有用な芳香族チオール化合物および/または芳香族スルフィド化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族チオール化合物の製造方法としては、例えば、芳香族ヒドロキシル化合物と硫化水素とを加熱して反応させる芳香族チオールおよび/または芳香族ジスルフィドの製造方法(特許文献1)、芳香族炭化水素ハロゲン化合物と硫化水素との気相接触反応において、重金属の硫化物を担持させた活性炭(4〜6メッシュ)を触媒として用いる芳香族チオールの製造方法(特許文献2)およびフェノールと硫化水素とを酸化バナジウム触媒を用いて反応させるチオフェノールの製造方法(特許文献3)等が提案されている。
【0003】
しかしながら、特許文献1の方法によると、芳香族チオールや芳香族ジスルフィドの収率が低く、また、特許文献2の方法では、高濃度の重金属を含む活性炭を廃棄するときにコストを要すること、特許文献3の方法では、高価な五酸化バナジウムを使用することなどのため、工業的に実施する上で有利でないといった不具合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭55−36409号広報
【特許文献2】特公昭45−19046号広報
【特許文献3】米国特許第4088698号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、芳香族チオール化合物および/または芳香族ジスルフィド化合物を簡便かつ高収率で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下に示すとおりの芳香族チオール化合物および/または芳香族ジスルフィド化合物の製造方法に関する。
【0007】
項1.式(1);
【0008】
【化1】

(式中、R,R,R,RおよびRは、それぞれ独立し、同一であっても、異なってもよく、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、メトキシ基またはエトキシ基を示す。Xは、ハロゲン原子を示す。)で表される芳香族ハロゲン化合物と硫化水素との気相接触反応であって、粒径6メッシュ未満の活性炭の存在下、加熱して得られる式(2);
【0009】
【化2】

(式中、R,R,R,RおよびRは、それぞれ式(1)におけるR,R,R,RおよびRと同じ基を示す。)で表される芳香族チオール化合物および/または式(3);
【0010】
【化3】

(式中、R,R,R,RおよびRは、それぞれ式(1)におけるR,R,R,RおよびRと同じ基を示す。)で表される芳香族スルフィド化合物の製造方法。
【0011】
項2.前記気相接触反応が0MPa(ゲージ圧)を超えて10MPa(ゲージ圧)以下の圧力下で行われる項1に記載の芳香族チオール化合物および/または芳香族スルフィド化合物の製造方法。
【0012】
項3.前記気相接触反応における反応温度が300〜600℃である項1または2に記載の芳香族チオール化合物および/または芳香族スルフィド化合物の製造方法。
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明に用いられる芳香族ハロゲン化合物は、下記式(1)で表される化合物である。
【0015】
【化4】

【0016】
式(1)において、R,R,R,RおよびRは、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、メトキシ基またはエトキシ基を示す。また、Xは、ハロゲン原子を示す。
【0017】
,R,R,RおよびRで示される炭素数1〜4のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert−ブチル基等が挙げられる。
【0018】
Xで示されるハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子が挙げられる。これらの中でも、反応性と経済性の観点から、塩素原子または臭素原子であることが好ましい。
【0019】
式(1)で示される芳香族ハロゲン化合物の具体例としては、例えば、クロロベンゼン、ブロモベンゼン、1,3−ジクロロベンゼン、1,3−ジブロモベンゼン、2-クロロトルエン、2−ブロモトルエン、4-クロロトルエン、4−ブロモトルエン、4-クロロシアノベンゼン、2-クロロエチルベンゼン、2-クロロプロピルベンゼン、2−クロロイソプロピルベンゼン、4−クロロブチルベンゼン、4−クロロ−tert−ブチルベンゼン、2−クロロアニソール、3−クロロアニソール、2−クロロエトキシベンゼン、2−クロロアニリンおよび3−クロロニトロベンゼン等を挙げることができる。
【0020】
本発明において、前記芳香族ハロゲン化合物と硫化水素との気相接触反応における硫化水素の使用割合としては、芳香族ハロゲン化合物1モルに対して、硫化水素1〜10モルであることが好ましく、2〜5モルであることがより好ましい。硫化水素の使用割合が1モル未満である場合、目的化合物の収率が低下するおそれがある。また、硫化水素の使用割合が10モルを超える場合、使用割合に見合う効果がなく経済的でない。
【0021】
本発明に用いられる活性炭は、原材料や形状等によって限定されるものではない。活性炭の原材料としては、例えば、木材、竹、椰子殻などの植物類や石炭質および石油質等が挙げられ、形状としては、繊維状、ハニカム状、円柱状、破砕状、粒状および粉末状等が挙げられる。中でも、原材料としては、目的化合物の収率を高める観点から、木材や椰子殻であることが好ましい。また、形状としては、移送等の取扱易さ等の観点から、粒状であることが好ましい。
【0022】
本発明に用いられる活性炭としては、6メッシュ未満であり、6メッシュ未満ないし16メッシュ以上であることが好ましく、8メッシュ未満ないし16メッシュ以上であることがより好ましい。活性炭の粒径が6メッシュ以上の場合、目的化合物の収率が低下するおそれがある。なお、前記メッシュとは、日本工業規格Z8801-1987の標準ふるいで規定されるふるいの目開きを表し、例えば、4メッシュは目開き4.75mm、6メッシュは目開き3.35mm、8メッシュは目開き2.36mm、12メッシュは目開き1.40mm、16メッシュは目開き1.00mm等のふるいを示す。従って、例えば、粒度が6メッシュ未満とは、6メッシュのふるいを通過するものを意味し、粒度が6メッシュ未満ないし16メッシュ以上とは、6メッシュのふるいを通過し、16メッシュのふるいを通過しないものを意味する。なお、本発明において、例えば、粒度が6メッシュ未満ないし16メッシュ以上は、6〜16メッシュと表してもよい。
【0023】
本発明において、前記芳香族ハロゲン化合物と硫化水素との気相接触反応における圧力としては、目的化合物の収率を高め、副生成物を低減する観点から、0MPa(ゲージ圧)を超えて10MPa(ゲージ圧)以下であることが好ましく、高圧下における危険性を抑制して安全性を確保する観点から、0.01〜1MPa(ゲージ圧)であることがより好ましく、0.05〜0.1MPa(ゲージ圧)であることがさらに好ましい。
【0024】
本発明において、前記気相接触反応における反応温度は、300〜600℃であることが好ましく、350〜450℃であることがより好ましい。反応温度が、300℃未満である場合、目的化合物の収率が低下するおそれがある。また、反応温度が、600℃を超える場合、副生成物が増加するおそれがある。
【0025】
なお、前記触媒の充填体積に対する芳香族ハロゲン化合物と硫化水素の混合ガス流量で表される空間速度(SV)は、例えば、10〜200/hr程度である。
【0026】
以下に、本発明にかかる気相接触反応を工業的に実施する場合について、手順の概略を例示するが、本発明は、これら例示のみに限定されるわけではない。
【0027】
まず、触媒として所定粒度の活性炭を充填した固定床式の反応器を用意し、所定の温度に加熱する。次に、所定の温度に予熱され、所定のモル比で混合された芳香族ハロゲン化合物ガスと硫化水素ガスを前記反応器に導入し、所定の圧力で反応させる。反応後の反応ガスは未反応の芳香族ハロゲン化合物および反応生成物が液状の反応液となるまで冷却され、気液分離器で反応液と未反応の硫化水素および副生する塩化水素とを分離する。また、前記硫化水素と塩化水素は水硫化ナトリウム水溶液に吹き込む方法で分離され、当該硫化水素は、前記固定床式の反応器に戻され、反応に再利用される。前記反応液は蒸留によって、未反応芳香族ハロゲン化合物、芳香族チオール化合物、芳香族スルフィド化合物およびその他の副生成物に分離して、目的化合物である芳香族チオール化合物および芳香族スルフィド化合物を取得することができる。なお、ここで得られた芳香族スルフィド化合物は、前記反応器に戻し、硫化水素と反応させることにより、芳香族チオール化合物とすることもできるため、必要に応じて芳香族チオール化合物の収率を向上させることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によると、染料、医薬、農薬の合成中間体や各種添加剤として有用な芳香族チオール化合物および/または芳香族スルフィド化合物を簡便かつ高収率で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0030】
実施例1
内径25mm、長さ700mmのステンレス管に成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、6〜8メッシュ品)150mLを充填し、その上部と下部にガラスビーズを充填して活性炭層を保持して反応管とした。なお、反応管の下端には背圧弁を取付けて、反応管の内部圧力を調整できるようにした。この反応管を電気炉で400℃に加熱し、クロロベンゼン0.134モル/hrおよび硫化水素0.402モル/hrを混合、予熱した後、前記反応管に導入し、常圧で反応させた。反応後のガスは冷却して、未反応の硫化水素と副生した塩化水素ガスを分離し、未反応のクロロベンゼンを含む反応液を得た。前記反応液の生成量を測定し、高速液体クロマトグラフィーを用いて組成を分析して、クロロベンゼンの反応率、チオフェノール、ジフェニルスルフィドおよび、その他副生成物の収率を算出した。分析結果を表1に示す。
【0031】
また、前記反応液を蒸留することにより、クロロベンゼン使用量100gに対して、チオフェノール23.0gおよびジフェニルスルフィド8.8gを得た。クロロベンゼンに対するチオフェノールおよびジフェニルスルフィドの収率は、それぞれ23.5%および10.6%であった。
【0032】
実施例2
実施例1において、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、6〜8メッシュ品)150mLに代えて、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、8〜12メッシュ品)150mLを用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、反応液を得た。この反応液について実施例1と同様にして組成を分析して、クロロベンゼンの反応率、チオフェノール、ジフェニルスルフィドおよび、その他副生成物の収率を算出した。分析結果を表1に示す。
【0033】
また、前記反応液を蒸留することにより、クロロベンゼン使用量100gに対して、チオフェノール25.3gおよびジフェニルスルフィド11.0gを得た。クロロベンゼンに対するチオフェノールおよびジフェニルスルフィドの収率は、それぞれ25.9%および13.3%であった。
【0034】
実施例3
実施例1において、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、6〜8メッシュ品)150mLに代えて、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、12〜16メッシュ品)150mLを用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、反応液を得た。この反応液について実施例1と同様にして組成を分析して、クロロベンゼンの反応率、チオフェノール、ジフェニルスルフィドおよび、その他副生成物の収率を算出した。分析結果を表1に示す。
【0035】
また、前記反応液を蒸留することにより、クロロベンゼン使用量100gに対して、チオフェノール28.6gおよびジフェニルスルフィド12.7gを得た。クロロベンゼンに対するチオフェノールおよびジフェニルスルフィドの収率は、それぞれ29.2%および15.4%であった。
【0036】
実施例4
実施例2において反応圧力を常圧に代えて、0.1MPa(ゲージ圧)とした以外は、実施例2と同様の操作を行い、反応液を得た。この反応液について実施例2と同様にして組成を分析して、クロロベンゼンの反応率、チオフェノール、ジフェニルスルフィドおよび、その他副生成物の収率を算出した。分析結果を表1に示す。
【0037】
また、前記反応液を蒸留することにより、クロロベンゼン使用量100gに対して、チオフェノール34.0gおよびジフェニルスルフィド14.6gを得た。クロロベンゼンに対するチオフェノールおよびジフェニルスルフィドの収率は、それぞれ34.7%および17.6%であった。
【0038】
実施例5
実施例2において、クロロベンゼンに代えて、4−クロロアニソールを用いた以外は、実施例2と同様の操作を行い、反応液を得た。この反応液について実施例2と同様にして組成を分析した結果、4−クロロアニソールの反応率42.2%、4−メトキシベンゼンチオール収率25.0%およびビス−(4−メトキシフェニル)スルフィド収率12.7%であった。
【0039】
また、前記反応液を蒸留することにより、4−クロロアニソール使用量100gに対して、4−メトキシベンゼンチオール23.8gおよびビス−(4−メトキシフェニル)スルフィド10.6gを得た。4−クロロアニソールに対する4−メトキシベンゼンチオールおよびビス−(4−メトキシフェニル)スルフィドの収率は、それぞれ24.2%および12.3%であった。
【0040】
実施例6
実施例2において、クロロベンゼンに代えて、2−クロロトルエンを用いた以外は、実施例2と同様の操作を行ない、反応液を得た。この反応液について実施例2と同様にして組成を分析した結果、2−クロロトルエン反応率は38.8%、2−メチルチオトルエン収率27.5%およびビス-(2−メチルフェニル)スルフィド収率9.9%であった。
【0041】
また、前記反応液を蒸留することにより、2−クロロトルエン使用量100gに対して、2−メチルチオトルエン26.4gおよびビス−(2−メチルフェニル)スルフィド8.2gを得た。2−クロロトルエンに対する2−メチルチオトルエンおよびビス−(2−メチルフェニル)スルフィドの収率は、それぞれ26.9%および9.7%であった。
【0042】
比較例1
実施例1において、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、6〜8メッシュ品)150mLに代えて、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、4〜6メッシュ品)150mLを用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、反応液を得た。この反応液について実施例1と同様にして組成を分析して、クロロベンゼンの反応率、チオフェノール、ジフェニルスルフィドおよび、その他副生成物の収率を算出した。分析結果を表1に示す。
【0043】
また、前記反応液を蒸留することにより、クロロベンゼン使用量100gに対して、チオフェノール19.0gおよびジフェニルスルフィド6.6gを得た。クロロベンゼンに対するチオフェノールおよびジフェニルスルフィドの収率は、それぞれ19.4%および8.0%であった。
【0044】
比較例2
実施例1において、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、6〜8メッシュ品)150mLに代えて、成型活性炭(日本エンバイロケミカルズ社製粒状白鷺、4〜6メッシュ品)170mLを用いた以外は、実施例1と同様の操作を行い、反応液を得た。この反応液について実施例1と同様にして組成を分析して、クロロベンゼンの反応率、チオフェノール、ジフェニルスルフィドおよび、その他副生成物の収率を算出した。分析結果を表1に示す。
【0045】
また、前記反応液を蒸留することにより、クロロベンゼン使用量100gに対して、チオフェノール20.2gおよびジフェニルスルフィド6.9gを得た。クロロベンゼンに対するチオフェノールおよびジフェニルスルフィドの収率は、それぞれ20.6%および8.3%であった。
【0046】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1);
【化1】

(式中、R,R,R,RおよびRは、それぞれ独立し、同一であっても、異なってもよく、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、メトキシ基またはエトキシ基を示す。Xは、ハロゲン原子を示す。)で表される芳香族ハロゲン化合物と硫化水素との気相接触反応であって、粒径6メッシュ未満の活性炭の存在下、加熱して得られる式(2);
【化2】

(式中、R,R,R,RおよびRは、それぞれ式(1)におけるR,R,R,RおよびRと同じ基を示す。)で表される芳香族チオール化合物および/または式(3);
【化3】

(式中、R,R,R,RおよびRは、それぞれ式(1)におけるR,R,R,RおよびRと同じ基を示す。)で表される芳香族スルフィド化合物の製造方法。
【請求項2】
前記気相接触反応が0MPa(ゲージ圧)を超えて10MPa(ゲージ圧)以下の圧力下で行われる請求項1に記載の芳香族チオール化合物および/または芳香族スルフィド化合物の製造方法。
【請求項3】
前記気相接触反応における反応温度が300〜600℃である請求項1または2に記載の芳香族チオール化合物および/または芳香族スルフィド化合物の製造方法。

【公開番号】特開2010−285400(P2010−285400A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−141586(P2009−141586)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000195661)住友精化株式会社 (352)
【Fターム(参考)】