説明

芳香族ビニル化合物の重合抑制剤および重合抑制方法

本発明によれば、取り扱いやすく、しかも毒性が少なく、芳香族ビニル化合物に対する重合抑制効果の高い重合抑制剤および芳香族ビニル化合物の重合抑制方法が提供される。本発明は、特定のキノンメチド化合物と、特定の有機スルホン酸化合物の2成分を含む芳香族ビニル化合物の重合抑制剤、および芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵工程において、特定のキノンメチド化合物と特定の有機スルホン酸化合物を同時に添加するか、さらには特定のキノンメチド化合物、特定の有機スルホン酸化合物および特定のN−オキシル化合物を同時に添加してなる芳香族ビニル化合物の重合抑制方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵或いは輸送工程で発生する重合の防止、ならびに石油精製プラント等で芳香族ビニル化合物の重合による汚れの発生を防止するのに有効な芳香族ビニル化合物の重合抑制剤及び重合抑制方法に関する。
【背景技術】
芳香族ビニル化合物、特にスチレンはポリスチレン、合成ゴム、ABS樹脂などの製造原料として産業上非常に重要な化合物であり、工業的に大量に生産されている。
一般に芳香族ビニル化合物は極めて重合し易く、製造あるいは精製工程ならびに貯蔵時において、熱が加わる等の要因により容易に重合し、芳香族ビニル化合物モノマーの収率を低下させ、さらに関連設備の中に汚れ(ファウリング)を生じ設備の運転上、支障を来すなどの問題がある。また、芳香族ビニル化合物の製造、精製工程以外でも、石油精製プラント等では、芳香族ビニル化合物の存在により、該化合物の重合に起因する汚れが発生する問題がある。その対策として、重合抑制剤をプロセス流中に添加する方法が提案され実用に供されている。具体的には2,4−ジニトロフェノールに代表されるニトロフェノール類が使用されている。ニトロフェノール類は重合速度を低下させる効果があるため、比較的長い時間重合を抑制する性質を持ち、広く適用されている。しかしながら、ニトロフェノール類は消防法第5類、自己反応性物質に分類されており、かつ毒物に該当するため、その取り扱いに厳重な注意が必要である。
そこで、これらの重合抑制剤を用いる方法に替わる重合防止方法として、N−オキシル化合物をスチレンの熱重合禁止剤として用いる方法〔特開平1−165534号公報参照〕が提案された。しかしながら、N−オキシル化合物は、初期の重合の抑制に極めて有効であるが、ラジカルとの反応により自身が消失されると薬剤不在下と同じ速度で重合が起こり、特に芳香族ビニル化合物を分離精製することを目的とした蒸留塔塔底部で、例えば、プロセス液体の滞留時間が比較的長い場合、あるいは複数の蒸留塔を備えた分離プロセスにおいて該重合禁止剤添加部からさらに後段の蒸留塔ではN−オキシル化合物が消費され尽くし、重合抑制が期待できないという問題があった。また、N−オキシル化合物をニトロフェノール類と併用することによって、初期の重合を禁止し、かつ比較的長期にわたり重合を抑制することにより、ニトロフェノール類の使用量を削減する方法〔特許第2855399号公報、特表2000−511545号公報参照〕が提案された。しかしながら、取り扱いの面倒なニトロフェノール類を使用する点では変わらず、根本的な解決とはならなかった。
一方、毒物に該当せず、ニトロフェノール類の代替になりうる化合物として7−アリールキノンメチドおよび7−アリールキノンメチドとN−オキシル化合物を併用する方法〔特開平9−165408号公報参照〕が提案された。また、7−アリールキノンメチドと置換ヒドロキシルアミンを組み合わせて芳香族ビニル化合物の重合抑制を行う方法〔米国特許第6024894号明細書参照〕の提案もある。7−アリールキノンメチドは、ジニトロフェノール類と比較すると安全であり、取り扱いに優れた重合抑制剤であるものの、7−アリールキノンメチドの重合抑制効果はニトロフェノール類よりも劣るため、より効果の高い重合防止剤が強く望まれていた。
【発明の開示】
本発明の目的は、取り扱いやすく、しかも毒性が少なく、芳香族ビニル化合物に対する重合抑制効果の高い重合抑制剤および重合抑制方法を提供することにある。
本発明者らは芳香族ビニル化合物の重合反応を詳細に検討した結果、特定のキノンメチドと有機スルホン酸化合物を組み合わせることにより、初期の重合禁止期間が長くなり、長時間にわたり重合が抑制されることを見出し本発明をなすに至った。
すなわち、請求の範囲1項に係る発明は、下記一般式(1)で表されるキノンメチド化合物と、下記一般式(2)で表される有機スルホン酸化合物を含むことを特徴とする芳香族ビニル化合物の重合抑制剤である。

(式中、RおよびRはそれぞれ独立して炭素数4〜18のアルキル基、炭素数5〜12のシクロアルキル基または炭素数7〜15のフェニルアルキル基、Rはフェニル基または炭素数1〜8のアルキル基、炭素数1〜8のアルコキシル基、1〜8のアルキルチオ基、炭素数2〜8のアルコキシカルボニル基、ヒドロキシ基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシ基、カルバモイル基および塩素原子から選ばれる1〜3個の置換基を有するフェニル基を示す)

(式中、Rは炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基、炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基を持つアルキルフェニル基あるいは炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基を持つアルキルナフチル基を示す)
請求の範囲2項に係る発明は、請求の範囲1項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制剤であり、前記キノンメチド化合物が、2,6−ジ−tert−ブチル−4−ベンジリデン−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−ニトロベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−t−ブチル−3−(4−ニトロベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−シアノベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−メトキシベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノンおよび2,6−ジ−tert−ブチル−4−(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノンから選ばれる1種以上である。
請求の範囲3項に係る発明は、請求の範囲1項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制剤であり、前記有機スルホン酸化合物が、メタンスルホン酸、トルエンスルホン酸、キシレンスルホン酸、クメンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸、ペンタデシルベンゼンスルホン酸およびジノニルナフタレンスルホン酸から選ばれる1種以上であることを特徴としている。
請求の範囲4項に係る発明は、芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵或いは輸送工程において、前記一般式(1)で表されるキノンメチド化合物と前記一般式(2)で表される有機スルホン酸化合物を添加することを特徴とする芳香族ビニル化合物の重合抑制方法である。
請求の範囲5項に係る発明は、請求の範囲4項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制方法であり、さらに下記一般式(3)で表されるN−オキシル化合物を同時に添加することを特徴としている。

(式中、Rは水素原子、酸素原子、水酸基、炭素数1〜3のアルキル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、炭素数1〜3のカルボン酸または炭素数1〜3のアミドを示す)
請求の範囲6項に係る発明は、請求の範囲5項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制方法であり、N−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルおよび4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルうちの少なくとも1種以上である。
本発明は、芳香族ビニル化合物の重合抑制剤および芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵、あるいは輸送工程における重合抑制方法であり、対象とする芳香族ビニル化合物は、スチレン、メチルスチレン、エチルスチレン、ジビニルベンゼンなどである。
本発明は、上記芳香族ビニル化合物の関連工程に添加してその重合を防止するのに有効なキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物を含む重合抑制剤である。
本発明で使用するキノンメチド化合物は前記一般式(1)で表され、式中、RおよびRはそれぞれ独立して炭素数4〜18のアルキル基、炭素数5〜12のシクロアルキル基または炭素数7〜15のフェニルアルキル基、Rはフェニル基または炭素数1〜8のアルキル基、炭素数1〜8のアルコキシル基、1〜8のアルキルチオ基、炭素数2〜8のアルコキシカルボニル基、ヒドロキシ基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシ基、カルバモイル基および塩素原子から選ばれる1〜3個の置換基を有するフェニル基である。具体例には2,6−ジ−tert−ブチル−4−ベンジリデン−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−ニトロベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−3−(4−ニトロベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−シアノベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−メトキシベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(3,5−ジ−tert−ブチル4−ヒドロキシベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノンなどが挙げられ、特に好ましくは、2,6−ジ−tert−ブチル−4−ベンジリデン−シクロヘキサ−2,5−ジエノンである。これらのキノンメチド化合物の1種あるいは2種以上を組み合わせて使用される。
これらは、2,6−ジ−tert−ブチルフェノールと相当する置換基を有するベンズアルデヒドを反応させて得ることができる。
本発明で使用する有機スルホン酸化合物は一般式(2)で表される有機系の遊離のスルホン酸化合物である。ナトリウム塩やカリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アミン塩、その他錯体を形成しているものは、本発明の効果を殆ど発現しないため、除外される。式中、Rは炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基、炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基を持つアルキルフェニル基、炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基を持つアルキルナフチル基である。具体にはメタンスルホン酸、トルエンスルホン酸、キシレンスルホン酸、クメンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸、ペンタデシルベンゼンスルホン酸、ジノニルナフタレンスルホン酸などが挙げられる。これらの有機スルホン酸化合物の1種あるいは2種以上を組み合わせて使用される。
芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵、あるいは輸送工程において、キノンメチド化合物および有機スルホン酸化合物に加えて使用するN−オキシル化合物は、一般式(3)で表され、N−オキシルラジカルに隣接して立体障害性の置換基を有する立体障害性N−オキシル化合物である。式中Rは水素原子、酸素原子、水酸基、炭素数1〜3のアルキル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、炭素数1〜3のカルボン酸基、炭素数1〜3のアミド基である。炭素数1〜3のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基があり、炭素数1〜3のアルコキシ基としてはメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基があり、炭素数1〜3のカルボン酸基としては蟻酸基、酢酸基、プロピオン酸基があり、炭素数1〜3のアミド基としては蟻酸アミド基、酢酸アミド基、プロピオン酸アミド基等がある。具体的には、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−メトキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−エトキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシル、4−カルボキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−カルバモイル−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル等があげられ、好ましくは2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルである。これらのN−オキシル化合物は1種あるいは2種以上を組み合わせて使用される。
本発明の重合抑制剤は、キノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物の2成分を含む重合抑制剤であり、通常、芳香族系有機溶剤に溶解して使用される。具体的な芳香族有機溶剤としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン等があり、これらの1種以上が用いられる。
本発明の重合抑制剤中のキノンメチド化合物、有機スルホン酸化合物の各濃度は、一律に決められるものではなく、適宣決定されれば良いが、一般にはそれぞれ1〜20重量%である。また、キノンメチド化合物の溶解度や溶解安定性を改善するためにアルコール類(例えば、エチレングリコール、ブチルグリコール等)を配合しても差し支えない。本発明の効果を妨げない範囲において、従来から使用されてきた重合抑制剤を配合してもよい。
本発明のキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物の2成分を含む重合抑制剤における各成分の配合比は、目的とする芳香族ビニル化合物の種類、量、運転状況および重合抑制効果の要求の程度により、一律に決められるものではないが、適宜決定されれば良く、通常、重量比でキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物の配合比は95:5〜5:95(重量比)であり、好ましくは90:10〜10:90、より好ましくは80:20〜20:80である。
重合抑制剤は、基本的に重合の進行速度を遅くする重合抑制タイプと、重合が開始する迄の時間を遅らせる重合禁止タイプがある。実際の重合抑制剤を、厳密に一方に区分することはできないが、本発明のキノンメチド化合物と有機スルホン酸は、重合抑制タイプの傾向が強いものであり、N−オキシル化合物は、重合禁止タイプである。重合抑制タイプは、初期の重合抑制に劣るものの、比較的長時間にわたり重合を抑制することができ、重合禁止タイプは、初期の重合抑制に優れるが、時間を経て系内のラジカルと反応して消耗するとそれ以後は実質的に重合抑制効果がなくなる。従って、工程の要求に応じて両者の最適配合を設定して添加することが望ましい。例えば、工程の状況から長期間にわたり、重合を抑制したい場合には重合抑制タイプを多く、初期の重合を完全に防止したい場合は重合禁止タイプを多くする。
本発明の重合抑制剤の調製方法は、特に限定されるものではなく、キノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物を撹拌下、芳香族系有機溶剤に各成分を均一に溶解して得られる。
本発明の重合抑制剤は、キノンメチド化合物と有機スルホン酸を併用することにより、有機スルホン酸化合物によりラジカル発生を抑え、キノンメチド化合物によりラジカルによる鎖延長を抑えて、ラジカル重合を抑制するもので、組み合わせによる相乗効果が得られる。特に、高温度になる程、相乗効果が増す傾向を示す。
芳香族ビニル化合物を扱う工程では、滞留時間が長い個所がしばしば存在するので、一般的には抑制剤タイプが好ましく選ばれるが、工程の状況によっては重合禁止機能をさらに付与することでより効果的に使用でき、重合体禁止タイプであるN−オキシル化合物をさらに加えるとよい。
本発明の重合抑制方法は、前述のキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物、あるいはキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物とN−オキシル化合物を、芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵あるいは輸送工程に添加して、当該芳香族ビニル化合物の重合を抑制する方法であり、また、当該芳香族ビニル化合物の重合による汚れを防止する方法である。
本発明の重合抑制剤の芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵あるいは輸送工程への添加量は、一律に決められるものでないが、対象とする工程の条件、要求度などを鑑みて決められるものであり、キノンメチド化合物は、通常、芳香族ビニル化合物に対し10〜2000ppm、好ましくは100〜1000ppmであり、有機スルホン酸化合物は、通常、芳香族ビニル化合物に対し10〜1000ppm、好ましくは50〜500ppmであり、N−オキシル化合物は、通常、芳香族ビニル化合物に対し0.5〜1000ppm、好ましくは5〜100ppmである。これらの適正範囲は目安となる添加量であり、この範囲より少ないと本発明の効果が顕著でない場合がある。キノンメチド化合物とN−オキシル化合物は、上記の範囲より多くすると重合抑制効果は高くなるが、添加量を多くした割には重合抑制効果の向上が小さく、コストパフォーマンスが低下する場合がある。有機スルホン酸化合物を上記の範囲よりも多く添加すると、経済的に不利になるばかりでなく、芳香族ビニル化合物のイオン重合を誘発する場合がある。
本発明の重合抑制方法としては、キノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物の2成分を含む重合抑制剤をポンプにて添加する方法、キノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物の2成分を含む重合抑制剤を添加しながら、別途、N−オキシル化合物を添加して問題となる箇所で3成分を作用させる方法、キノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物とN−オキシル化合物を同時に添加する方法、キノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物を個別に添加して問題となる箇所で2成分を作用させる方法、キノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物とN−オキシル化合物を個別に添加して問題となる箇所で3成分を作用させる方法等があり、プロセスの運転状況や問題の程度、問題改善の要求の程度、経済的観点から種々選択されれば良い。例えば、長期間にわたり、重合を防止したい場合にはキノンメチド化合物とスルホン酸化合物の組合わせが良く、初期の重合を完全に防止したい場合はさらにN−オキシル化合物を加えた組合わせがある。
本発明の重合抑制剤の添加方法は、特に限定するものではないが、通常、薬品注入ポンプを用いて注入添加される。本発明の重合抑制剤の添加箇所は、芳香族ビニル化合物が重合し、ファウリングとして問題化する箇所の上流プロセスに添加する。例えば、スチレンは一般にエチルベンゼンの脱水素反応によって製造され、生成したスチレンと未反応エチルベンゼンを連続的に蒸留分離していることから、そのエチルベンゼン脱水素後の蒸留塔群に供給するのがよい。添加場所は、特定箇所に一括添加するか、あるいはいくつかの箇所に分けて添加するなどの方法が適宜選択される
【発明を実施するための最良の形態】
実施例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例になんら限定されるものではない。
〔評価に用いた化合物〕
(キノンメチド化合物)
A−1:2,6−ジ−tert−ブチル−4−ベンジリデン−シクロヘキサ−2,5−ジエノン
「Synth.Commun.」〔B.Koutek et.al.;6(4),305(1976)〕の方法に従って、2,6−ジ−tert−ブチル−4−ベンジリデン−シクロヘキサ−2,5−ジエノンを合成した。ジムロート冷却管を備えた100mLナス型フラスコに2,6−ジ−tert−ブチルフェノール2.1g(10ミリモル)、ベンズアルデヒド1.06g(10ミリモル)、ピペリジン0.9g(10.5ミリモル)、n−ブタノール15mLを入れ、窒素下で24時間還流させた。還流後、減圧下でn−ブタノールを留去し、反応物をシリカゲルによるクロマトグラフィー(展開溶媒n−ヘキサン:塩化メチレン=2:1)により精製し、キノンメチド化合物(A−1)を得た。
A−2:2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−ニトロベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン
ベンズアルデヒドに代えて4−ニトロベンズアルデヒド1.51gを使用し、キノンメチド(A−1)と同様の方法でキノンメチド化合物(A−2)を得た。
A−3:2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−シアノベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン
ベンズアルデヒドに代えて4−シアノベンズアルデヒド1.31gを使用し、キノンメチド(A−1)と同様の方法でキノンメチド化合物(A−3)を得た。
(スルホン酸化合物)
B−1:ドデシルベンゼンスルホン酸(試薬、東京化成工業(株)製)
B−2:ペンタデシルベンゼンスルホン酸(「テイカキュアAC−330」(商品名、テイカ(株)製)
(N−オキシル化合物)
C−1:4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル(試薬、Aldrich社製)
C−2:4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル(試薬、Aldrich社製)
(その他)
DNBP;2,4−ジニトロ−6−sec−ブチルフェノール
〔重合抑制試験〕
還流冷却器を備えた4つ口セパラブルフラスコにスチレンモノマー(実験を始める前に、アルカリ洗浄してモノマー中に含まれる重合抑制剤を除き、水洗、乾燥した。)100gを入れ、重合抑制剤を所定量加え、高純度窒素を80mL/分の流量で通気しながら120℃に保持した。一定時間毎に内容物の一部を取り出し、9倍容量のメタノールを加えて、生成ポリマーを懸濁状態で析出させ、濾過してポリマー重量(g)を秤量し、モノマー中のポリマー濃度(重量%)を求めた。結果を表1にまとめた。

本発明のキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物の2成分を含む重合抑制剤(実施例No.1〜No.7)は、スチレンの蒸留・精製工程で一般的に用いられている比較例7の2,4−ジニトロ−6−sec−ブチルフェノール(DNBP)よりも優れた効果を示し、さらにキノンメチド化合物単独系(比較例No.2よりも高い効果を示すことが判った。また、本発明のキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物とN−オキシル化合物の3成分を用いて重合抑制を行った場合は(実施例No.8〜No.15)、少量のN−オキシル化合物の配合によりキノンメチド化合物と有機スルホン酸化合物の2成分を含む重合抑制剤(実施例No.1〜No.7)の初期の重合禁止期間が延長され、長時間にわたり重合が抑制されることが認められた。
【産業上の利用可能性】
本発明の重合抑制剤および重合抑制方法により、芳香族ビニル化合物を製造、精製、貯蔵あるいは輸送する工程において、初期の重合はもちろんのこと、長期にわたり重合を抑制できる。これは、これらの工程内の汚れ(ファウリング)の発生を効率よく抑制して工程を長期間安定に運転が続けられ、工程の安定化、さらに安全運転向上に大きく寄与することを可能にするものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるキノンメチド化合物と、下記一般式(2)で表される有機スルホン酸化合物を含むことを特徴とする芳香族ビニル化合物の重合抑制剤。

(式中、RおよびRはそれぞれ独立して炭素数4〜18のアルキル基、炭素数5〜12のシクロアルキル基または炭素数7〜15のフェニルアルキル基、Rはフェニル基または炭素数1〜8のアルキル基、炭素数1〜8のアルコキシル基、1〜8のアルキルチオ基、炭素数2〜8のアルコキシカルボニル基、ヒドロキシ基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシ基、カルバモイル基および塩素原子から選ばれる1〜3個の置換基を有するフェニル基を示す)

(式中、Rは炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基、炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基を持つアルキルフェニル基あるいは炭素数1〜32の直鎖もしくは分岐のアルキル基を持つアルキルナフチル基を示す)
【請求項2】
前記キノンメチド化合物が、2,6−ジ−tert−ブチル−4−ベンジリデン−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−ニトロベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−t−ブチル−3−(4−ニトロベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−シアノベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−(4−メトキシベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノンおよび2,6−ジ−tert−ブチル−4−(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジリデン)−シクロヘキサ−2,5−ジエノンから選ばれる1種以上である請求の範囲1項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制剤。
【請求項3】
前記有機スルホン酸化合物が、メタンスルホン酸、トルエンスルホン酸、キシレンスルホン酸、クメンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸、ペンタデシルベンゼンスルホン酸およびジノニルナフタレンスルホン酸から選ばれる1種以上である請求の範囲1項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制剤。
【請求項4】
芳香族ビニル化合物の製造、精製、貯蔵或いは輸送工程において、前記一般式(1)で表されるキノンメチド化合物と前記一般式(2)で表される有機スルホン酸化合物を添加することを特徴とする芳香族ビニル化合物の重合抑制方法。
【請求項5】
さらに下記一般式(3)で表されるN−オキシル化合物を同時に添加する請求の範囲4項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制方法。

(式中、Rは水素原子、酸素原子、水酸基、炭素数1〜3のアルキル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、炭素数1〜3のカルボン酸または炭素数1〜3のアミドを示す)
【請求項6】
N−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルおよび4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシルうちの少なくとも1種以上である請求の範囲5項記載の芳香族ビニル化合物の重合抑制方法。

【国際公開番号】WO2004/083156
【国際公開日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【発行日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−503709(P2005−503709)
【国際出願番号】PCT/JP2004/003540
【国際出願日】平成16年3月17日(2004.3.17)
【出願人】(000234166)伯東株式会社 (135)
【Fターム(参考)】