説明

葛根繊維の製造方法及び該製造方法により得られた葛根繊維

【課題】ヘミセルロースを多く含有する葛根、特に産業廃棄物となる廃棄葛根を利用し、葛根繊維を得る製造方法、及び、該製造方法により得られた葛根繊維を提供する。
【解決手段】葛根あるいは葛粉の製造工程中で得られる廃棄葛根を原料とし、前記原料に含まれるヘミセルロースを分離分割または調整するアルカリ処理(1)、および/または前記原料に含まれるリグニンの脱処理として酸化処理(2)を行って白色化した繊維とする。または、葛根あるいは葛粉の製造工程中で得られる廃棄葛根を原料とし、前記原料に含まれるリグニンあるいは/及びヘミセルロースを分離分割または調整する酵素処理(3)を行って白色化した繊維とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、葛根繊維の製造方法及び該製造方法により得られた葛根繊維に関し、詳しくは、葛根、あるいは吉野本葛や菓子などの製造工程において大量に発生して産業廃棄物となっている廃棄葛根を原材料とし、葛根繊維及びこれを用いた繊維集合体を得るものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球の温暖化や汚染・公害など環境問題と人体への影響が重要視される中で、製品づくりにおいては、人と地球に優しく、安全で、快適であることがキーワードとして求められている。これらのキーワードに基づき、繊維分野においても、新たなる天然繊維素材の探求と新繊維の創製が盛んに行なわれている。
【0003】
一方、毎年多量に排出される廃棄葛根の処理方法が問題となっている。
葛はマメ科クズ属に属する多年草で、1日に10cm、1年で10mにも生長するつる性植物であり、河原や野原で他の木などにからみついて繁茂している。また、古来より人間生活と深くかかわってきた植物であり、その花・茎・根の全てが利用できる大変有益な植物である。すなわち、葛の葉は家畜の飼料となり,また花は高尚優雅を誇り、古くから秋の七草の一つにも数えられ、お茶花としても親しまれ、また煎じたものは薬草・二日酔いのおう吐緩和などを目的とした漢方薬としての効果もある。蔓(つる)は強靭で、民具を作るときの材料とされ、茎の靭皮繊維は葛布(静岡県掛川市特産・民芸品・古代布)の原料として用いられている。根は多量の澱粉を含んでおり葛澱粉(クズコ:葛粉)が採れ、葛きりや葛餅などの菓子づくり、ならびに高級な日本料理や京料理の材料として利用され、日本独特の文化のみならず、全国の葛・和菓子産業をも支えている。特に、奈良県においては、葛は大和の国(現奈良県)の国栖(くず)地方が葛粉の産地であったことから命名されたといわれ、吉野葛を代表とした特産品として広く知られている。
【0004】
葛粉は葛根から澱粉を抽出・精製することにより製造され、葛の根100kgからわずか7kg程度しか採取されない。特に本葛粉は、「白い金」、「白いダイヤモンド」とも称されるほど、少量しかとれず、葛粉を抽出した後の多量な絞りかす(すなわち、廃棄葛根)は、産業廃棄物となる。
【0005】
また、葛の根には、イソフラボン誘導体であるダイゼイン・ダイズイン・プェラリン等が微量成分として含まれており、これらの成分には、発汗、解熱、鎮痙作用があることが知られている。イソフラボンは血中コレステロールの低下に役立ち、体内カルシウムのコントロールを助けるので、骨粗しょう症や更年期障害などに有効であると言われている。
葛根はカッコン(葛根)と呼ばれ、平安時代から薬用として珍重されており、現在でも葛根湯などとして、解熱の漢方薬や風邪薬の原材料として使用されている。
しかし、葛粉と同様に前記成分を抽出した後の多量の絞りかすは産業廃棄物となる。
【0006】
従来、葛や葛根、あるいは葛や葛根に含まれるヘミセルロース類を利用した技術として下記の技術が提供されている。
食品、漢方、薬剤としての葛や葛根に関する製品、製造方法および装置としては、例えば、特開2004−344030号公報(特許文献1)、特開2006−262889号公報(特許文献2)、特開2005−287323号公報(特許文献3)、特開2005−143367号公報(特許文献4)、特開2001−299251号公報(特許文献5)がある。
【0007】
また、特開2004−316005号公報(特許文献6)には温感刺激性物質として葛根のアルコール抽出物を固着させた繊維構造物が提供されている。
特開2006−152524号公報(特許文献7)には葛茎・靭皮繊維の光沢度を向上させた葛繊維およびその製法が提供されている。
特開2005−14332号公報(特許文献8)にはヘミセルロース類とカーボンナノチューブを含む積層体とその製造方法が提供されている。
特開2005−237305号公報(特許文献9)にはヘミセルロースを熱分解した多孔質構造の水稲育苗用不織布が提供されている。
【0008】
【特許文献1】特開2004−344030号公報
【特許文献2】特開2006−262889号公報
【特許文献3】特開2005−287323号公報
【特許文献4】特開2005−143367号公報
【特許文献5】特開2001−299251号公報
【特許文献6】特開2004−316005号公報
【特許文献7】特開2006−152524号公報
【特許文献8】特開2005−14332号公報
【特許文献9】特開2005−237305号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、前記特許文献1〜9の技術は、毎年多量に排出される廃棄葛根の処理方法としては不十分であり、処理方法の検討と確立は未だ大きな課題として残存している。一方で、産業廃棄物となる葛根繊維の廃棄処理への対応策の検討は急務になっている。
一般的に、植物体は、細胞壁及び繊維で骨格の役割をなすセルロース、該骨格を支えるヘミセルロース、接着剤の働きをもち樹木などの褐色部に多く含まれているリグニンを三大成分としており、ヘミセルロースはセルロースに類似した化学構造をもつ鎖状多糖類であるがセルロースとは似て否なるものである。
澱粉を除去した後の葛根(すなわち廃棄葛根)も、他の一般的な植物体と同様、ヘミセルロース、リグニン、セルロースを三大成分としているが、このうちヘミセルロース含有量が多いという特徴を有する。具体的には、ヘミセルロースとリグニンが80%以上を占め、セルロース含有量は約10%と非常に少ない。一般にヘミセルロースの結合はセルロースとの比較して弱く、脆い素材であるため、ヘミセルロースを多量に含有する葛根や廃棄葛根を繊維として利用するのは従来困難であり、従来繊維材料として利用されている綿や麻などの植物由来の天然繊維はほとんど全てがセルロースのみを利用するものであった。
このように、ヘミセルロースを多量に含有する葛根や廃棄葛根を原材料とした繊維は、未だ利用されていない。
【0010】
本発明は前記問題に鑑みてなされたものであり、ヘミセルロースを多く含有する葛根、特に産業廃棄物となる廃棄葛根を利用し、葛根繊維を得る製造方法、及び、該製造方法により得られた葛根繊維を提供することを課題としている。
【0011】
さらに、前記葛根繊維を全部あるいは一部に含み、糸状あるいは織物状や編物状、不織布状とした繊維集合体、該葛根繊維や繊維集合体から形成した繊維製品を、簡単かつ安定的に製造できる製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、まず、葛粉などの製造工程において多量に発生する絞りかすである廃棄葛根の減量と有効利用の方法を検討するために、「ヘミセルロースを多く含む原料が繊維になりえるか」という大命題に取り組み、鋭意検討と実験を繰り返した。
その結果、廃棄葛根の繊維化法の一つとして化学的処理法を考え、ヘミセルロースを分離分解あるいは調整することにより、あるいは、リグニンを脱処理することにより、廃棄葛根を柔軟化・細繊維化し、白色化した葛根繊維を得ることができることを知見した。
【0013】
本発明は前記知見によりなされたものであり、第一の発明として、
葛根あるいは葛粉の製造工程中で得られる廃棄葛根を原料とし、
前記原料に含まれるヘミセルロースを分離分割または調整するアルカリ処理(1)、および/または前記原料に含まれるリグニンの脱処理として酸化処理(2)を行って白色化した繊維とすることを特徴とする葛根繊維の製造方法を提供している。
【0014】
前記第一の発明は、実験において、葛根を適量の塩酸、あるいは次亜塩素酸などの溶液に浸漬することによる脱リグニン処理、適度な水酸化ナトリウムなどの溶液でアルカリ処理を実施したところ、予想外にも純白な細く長い短繊維を得ることができたことに基づく。
前記ヘミセルロースを分離分割または調整するアルカリ処理(1)、リグニンの脱処理として酸化処理(2)のいずれか一方あるいは両方を行うことにより、廃棄葛根の柔軟化と細繊維化を図るものである。アルカリ処理(1)と酸化処理(2)の順序は問わない。
【0015】
前記アルカリ処理(1)は、葛根原料中のヘミセルロースを加水分解するものであるが、該ヘミセルロースは葛根原料から完全に除去する必要はない。すなわち、葛根原料中のヘミセルロースは繊維化できる限りにおいて加水分解し、分解除去あるいは低分子化してヘミセルロース量を調整すればよい。
すなわち、本発明の製造方法はヘミセルロースを完全に除去しなくても、僅かなセルロースと共にヘミセルロースを多く含む繊維を作製することができる。
前記酸化処理(2)においても同様であり、リグニンは完全除去する必要はなく、繊維化できる限りにおいて、リグニンを酸化分解すればよい。
より柔軟で、細繊維化し、白色度を上げた葛根繊維を得るには、前記アルカリ処理(1)と前記酸化処理(2)の双方を行うことが好ましい。
【0016】
前記アルカリ処理(1)は、廃棄葛根の状態にあわせて、ヘミセルロースを分解除去することができるものであればよく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを代表とした金属水酸化物等の一般的なアルカリ性薬品の水溶液を常温あるいは加熱して使用することができる。
前記酸化処理(2)も、同様にリグリンを分解除去することができるものであればよく、一般的な酸化剤の水溶液を常温あるいは加熱して使用することができる。
なかでも、前記アルカリ処理(1)が水酸化ナトリウム水溶液によることが好ましい。
また、前記酸化処理(2)は亜塩素酸ナトリウム水溶液による70〜90℃の加温処理あるいは次亜塩素酸ナトリウム水溶液による10〜40℃の処理が有効である。
前記処理によれば、使用薬品が安価で、かつ、処理時間も短縮できるため、製造コストを下げることができる。
【0017】
さらに、前記アルカリ処理(1)は1〜25質量%の水酸化ナトリウム水溶液による処理とすることが好ましい。
また、前記酸化処理(2)は、前処理として0.005〜0.015mol/Lの塩酸処理後、0.001〜0.005mol/Lの亜塩素酸ナトリウム水溶液により処理することが好ましい。
酸化処理(2)の前処理として塩酸処理を行うことで、脱リグニン処理の短縮化と効率化を図ることができる。
【0018】
さらに、前記アルカリ処理(1)あるいは/及び前記酸化処理(2)に、酵素処理(3)を組合わせて行ってもよい。
前記酵素処理(3)は、アルカリ処理(1)、酸化処理(2)のいずれか一方もしくは両方を行う前、または、アルカリ処理(1)、前記酸化処理(2)のいずれか一方もしくは両方を行った後に行えばよい。
【0019】
前記酵素処理(3)の酵素として、デンプン、ペクチン、セルロースを分解する酵素を使用することが好ましい。
具体的には、デンプン分解酵素により残存しているデンプン分を除き、ペクチン分解酵素により細胞間物質であるペクチンを除くことができる。さらに、セルロース分解酵素によりヘミセルロースを除くことができる。
【0020】
また、第二の発明として、葛根あるいは葛粉の製造工程中で得られる廃棄葛根を原料とし、前記原料に含まれるペクチン、デンプン、あるいは/および、ヘミセルロースを分離分割または調整する酵素処理(3)を行って白色化した繊維とすることを特徴とする葛根繊維の製造方法を提供している。
【0021】
第二の発明の葛根繊維の製造方法は、前述した各種の酵素処理(3)のみで前記原料に含まれるペクチン、デンプン、あるいは/および、ヘミセルロースを分離分割または調整し、葛根繊維を得るものである。
このように、前記アルカリ処理(1)や前記酸化処理(2)を併用せず、各種の酵素処理(3)を単独あるいは併用することによっても、白色化した繊維とした葛根繊維を得ることが可能である。
なかでも、デンプン、ペクチン、およびセルロースの3種類の分解酵素による処理を行っていることが好ましい。
【0022】
前述した製造方法により取得した白色化した葛根繊維に、さらに柔軟処理(4)を施すことが好ましい。柔軟処理(4)により、葛根繊維が柔軟となって麻繊維のような風合いを有し、繊維が塊状に絡まりにくくなり、紡績原料となりうる短繊維状とすることができる。
本発明者の実験によると、葛根繊維からなる短繊維を適量のビクロン(商品名;一方社油脂工業(株)製)、レスパン(商品名;東海製油工業(株))などの紡績柔軟剤で処理すると、既存の麻繊維のような紡績原料としての短繊維状になることが確認できた。
前記柔軟処理(4)は、両性および/またはカチオン系柔軟加工剤に浸漬または浸透させて、該柔軟加工剤を付着させていることが好ましい。
【0023】
前記アルカリ処理(1)、前記酸化処理(2)、前記酵素処理(3)、前記柔軟処理(4)のいずれかの処理の後に、天然熱硬化性樹脂に浸漬または浸透させ付着させて強度を付与してもよい。天然熱硬化性樹脂の加工は、柔軟処理(4)の前後いずれでもよいが、柔軟処理前に行なうことが好ましい。
天然熱硬化性樹脂を付与することにより、適度な強さと柔らかさを兼ね備えた葛根繊維を得ることができる。
また、本発明者の実験によると、適度なセラックなどの天然熱硬化性樹脂に浸漬・振とうした後に、乾燥した場合も、適度な強さと柔らかさをもつ細長い紡績原料を容易に得ることができた。
【0024】
前記したように、本発明は葛根繊維の製造方法として、下記の(A)〜(G)の方法が採用できる。
(A)廃棄葛根をアルカリ処理する。
(B)廃棄葛根を酸化処理する。
(C)廃棄葛根をアルカリ処理および酸化処理する。
(D)廃棄葛根を酵素処理する。
(E)前記(A)〜(C)のいずれかに酵素処理を組み合わせる。
(F)前記(A)〜(E)のいずれかに柔軟処理(4)を組み合わせる。
(G)前記(A)〜(F)のいずれかに強度付与処理(5)を組み合わせる。
【0025】
さらに、第三の発明として、前記製造方法により得られ、平均繊維長20〜70mm、平均繊度1.0〜10texであることを特徴とする葛根繊維を提供している。
【0026】
前記製造方法により得られた葛根繊維は、太さに対して十分な長さをもち(アスペクト比:100倍以上)、細くて、たわみやすく、かつある程度の強さと伸びをもつため、一般的な定義に当てはまる繊維となる。前記範囲の平均繊維長と平均繊度を有しているので、紡績原料として十分使用することができる。
前記平均繊維長、平均繊度は、JIS L1015,1019に準拠して測定している。
【0027】
また、前記製造方法により得られ、アルカリ処理(1)と酸化処理(2)を経た葛根繊維は、平均白色度が60〜70程度まで白色化している。
【0028】
さらに、前記葛根繊維は、イソフラボンあるいはイソフラボン誘導体を含有しているものでもよい。
前述したように、葛根原料にはイソフラボン誘導体であるダイゼイン・ダイズイン・プェラリン等が微量成分として含まれているため、前述した処理で除去されなかった前記微量成分は、葛根繊維に残存している。
【0029】
さらに、本発明者は、前記葛根繊維から、糸、不織布等の繊維集合体を製造する方法についても検討し、第四の発明として、前記葛根繊維を糸状あるいは織物状や編物状、不織布状として含有する繊維集合体を提供している。
【0030】
1本の繊維あるいは糸のように複数の繊維が束となり、長く連なったしなやかな線状物体を一次元繊維集合体と呼んでいる。したがって、布といわれる不織布、織物および編物は二次元の繊維集合体と呼ぶことができる。
【0031】
前記一次元繊維集合体に該当するものとして、前記葛根繊維と、綿、絹等の天然繊維あるいは/および化学繊維からなる異種繊維とを含有する混紡糸とすることができる。
なかでも、葛根繊維と同様の天然繊維である、綿、麻、絹、毛等と共に混紡糸とするのが好ましく、特に、綿、麻等の植物繊維と共に混紡糸とするのが好ましい。
例えば、葛根繊維を40〜60質量%、綿繊維を60〜40質量%の割合で含有した葛根/綿混紡糸とすることで、強度0.6〜0.9N/tex、伸度11〜15%の糸とすることができる。
【0032】
さらに、前記一次元繊維集合体である葛根繊維あるいは該葛根繊維を含む糸から、二次元集合体である不織布、織編物等の各種繊維製品を形成することができる。
本発明の葛根繊維、または繊維複合体は、人間と地球に優しい生体適合性、環境適合性に優れており、衣料用の繊維や糸などの繊維製品として使用できるほか、医療用、農業用、産業用に好適に使用でき、天然資源の有効利用や生分解性、保水性等を必要とする環境対応材料等の設計・開発に資することができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明は、ヘミセルロースを多く含有する葛根や廃棄葛根を原料として、該原料に含まれるヘミセルロースを分離分割または調整するアルカリ処理(1)、および/または前記原料に含まれるリグニンの脱処理として酸化処理(2)を行うことにより、繊維に求められる物性を有する葛根繊維を得ることができる。また、必要に応じて酵素処理(3)、柔軟処理(4)あるいは天然熱硬化性樹脂の加工を併用して行うことにより、柔軟性や機械的強度等の性能をさらに制御することができる。
本発明の製造方法によれは、産業廃棄物である廃棄葛根を有効利用することができるため、産業廃棄物の削減に資することができ、環境問題へ対応した繊維を製造することができる。
【0034】
また、酵素処理(3)で葛根あるいは廃棄葛根を原料中のペクチン、デンプン、あるいは/および、ヘミセルロースを分離分割または調整することによっても、繊維に求められる物性を有する葛根繊維を得ることができる。また、化学薬品の使用を極力抑えた製造方法とすることができる。
【0035】
前記製造方法により得られた葛根繊維は、紡績原料となりうる繊維長と繊度を有するので、単独あるいは他の天然あるいは合成繊維と混紡して紡績原料とすることができるほか、糸や不織布等の繊維集合体とすることができ、快適な最終繊維製品として展開することができる。また、前記葛根繊維は、生分解性、低刺激性等を有する長所を有する生体・環境適合型材料であるため、衣料用の繊維や糸などの繊維製品として使用できるほか、医療用、農業用、産業用にも利用でき、人間と地球環境に優しく、安全で、快適な繊維材料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、本発明の実施形態を実験例に基づいて説明する。
第一実施形態の葛根繊維の製造方法は、葛根あるいは葛粉の製造工程中で得られる廃棄葛根を原料とし、前記(A)のアルカリ処理(1)を施し、原料に含まれるヘミセルロースを分離分割して葛根繊維を製造している。
アルカリ処理(1)は、1〜25質量%の水酸化ナトリウム水溶液に原料を所要時間浸漬して行っている。
【0037】
(第一実施形態の実験例)
以下に、アルカリ処理(1)により葛根繊維を製造した実施例(及び比較例)を記載する。なお、以下の全ての材料に対する試験および測定は、JIS試験法(L1015、L1019、L1069、L1095、L1916など)に準拠して行った。
【0038】
表1及び表2に、葛根原料中のヘミセルロースを分離分割または調整するアルカリ処理(1)を行った実験例を示す。
表1(実施例1〜4)に、葛根原料を水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液の濃度及び処理時間を変えて、アルカリ処理(1)した実験例を示す。
【0039】
【表1】

【0040】
葛根原料は、乾燥した葛根を流水を用いて約6時間、泥や夾雑物などを丁寧かつ十分に除去して得た。
葛根原料5gを濃度1〜30%の水酸化ナトリウム水溶液(一定温度95℃)に対して、浴比1:50で1〜6時間浸漬し、煮沸処理を行った。処理後、直ちに流水で20分間、丁寧に原料のぬめりや夾雑物を除去し、室温において1日間自然乾燥した。
得られた繊維塊は、JIS試験法(L1015あるいはL1019)に準拠して、葛根原料からの質量減少率を繊維減少量(%)として求めた。処理条件と共に結果を表1に示す。
【0041】
表1に示されるように、水酸化ナトリウム水溶液の濃度20%から濃度25%において、繊維減少量は35%から45%まで大きく変化し、水酸化ナトリウム水溶液の濃度25%では顕著に繊維の溶解が起こることが確認できた。
そこで、濃度20〜25%の間である濃度23%でも繊維溶解について調べたところ、濃度23%でも繊維が溶解し始めていることを認められた。また、濃度23%で5時間以上の処理を行うと、約85%を超える繊維減少量を示した。
一般に、植物の主成分はセルロース、ヘミセルロース、およびリグニンであるが、脱脂綿のように精製されてヘミセルロースやリグニンが除去された綿セルロースは水酸化ナトリウム水溶液に溶解しない。したがって、葛根繊維のセルロース含有率は約10%程度と低く、ヘミセルロース等の含有率が約90%と高いことが確認できた。
したがって、葛根では、綿や麻の天然繊維のようにセルロースのみを繊維として用いることは好ましくなく、僅かなセルロースを含むヘミセルロースを繊維としてうまく利用することが必要となるのである。
【0042】
表2(実施例5〜7,比較例1)に、水酸化ナトリウム水溶液の処理時間を変えてアルカリ処理(1)を行った実験例を示す。
【0043】
【表2】

【0044】
表2における処理は、水酸化ナトリウム水溶液の濃度を23%とし、処理時間を表2のように変えた以外は実施例1〜4と同様とした。また、アルカリ処理を行わなかったもの(すなわち、葛根原料)を比較例1とした。
実施例5〜7,比較例1について、得られた繊維塊は、JIS試験法(L1015,L1019)に準拠して、平均繊維長(mm)、平均繊度(tex)、圧縮率(%)を測定した。なお、単繊維の測定は無作為に採取した単繊維200本×試験回数5、計1000本についての平均値を採用した。
【0045】
表2に示されるように、アルカリ処理を行った実施例5〜7は、アルカリ処理を行わなかった比較例1よりも、平均繊維長、平均繊度の値が小さくなった。このように、アルカリ処理により、葛根繊維が細繊化し、短繊維化したことが確認できた。また、葛根繊維のセルロースはかなり短いこともわかった。
また、アルカリ処理を行っていない比較例1の圧縮率は2.8%であったが、2時間のアルカリ処理を行った実施例5の圧縮率は10%、3時間のアルカリ処理を行った実施例6の圧縮率は16.7%となり、アルカリ処理により圧縮率が増加した。一方、4時間処理では圧縮率が10%となり、3時間処理よりも減少した。これは、4時間の処理時間ではヘミセルロースの溶解による細繊化に続き、短繊維化が起こるために圧縮率が低下したものと認められる。
【0046】
原材料である葛根の良否は、採取された天然葛根の大きさや太さ、ならびに葛粉の製造方法や製造業者にも依存する傾向がある。そのため、葛根原料は安定しておらず、原材料にあわせた適度なアルカリ処理が必要となる。すなわち、若く細く短い葛根に対してはアルカリ濃度15%未満における短時間の適温処理、逆に老いた太く長い葛根に対してはアルカリ濃度15%以上における長時間の煮沸処理とすることが好ましい。
【0047】
第二実施形態の葛根繊維の製造方法は、前記(C)の製造方法、即ち、アルカリ処理(1)に加えて、リグニンの脱処理としての酸化処理(2)を行っている。
前記酸化処理(2)は、亜塩素酸ナトリウム水溶液による70〜90℃の加温処理あるいは次亜塩素酸ナトリウム水溶液による10〜40℃の処理している。
また、前記酸化処理(2)は、前処理として0.005〜0.015mol/Lの塩酸処理後、0.001〜0.005mol/Lの亜塩素酸ナトリウム水溶液による処理している。
【0048】
(第二実施形態の実験例)
表3(実施例8,9及び比較例2,3)に、アルカリ処理(1)とリグニンの脱処理としての酸化処理(2)を行った実験例を示す。
【0049】
【表3】

【0050】
葛根原料は比較例2に示す短繊維及び比較例3に示す長繊維を使用し、それぞれの原料を濃度23%の水酸化ナトリウム水溶液で5分間アルカリ処理(1)した試料を得たのち、下記条件で、酸化処理(2)を行った。
酸化処理の前処理として、葛根繊維10gを、浴比1:50として、液温度75℃の0.01mol/l塩酸中で1時間処理した。
次に本処理となる酸化処理(2)として、液温度75℃の0.04mol/l亜塩素酸ナトリウム水溶液(添加0.002mol/l)中で1時間の処理を、計3回実施した。水量減少時には,0.01mol/l塩酸を添加した。処理後は、水洗い後、室内で3日間自然乾燥を行った。
このようにして得られた酸化処理(2)済み繊維を、実施例8(短繊維)、実施例9(長繊維)とした。
【0051】
実施例8,9、比較例2,3について、JIS試験法(L1015あるいはL1019)に準拠して、平均繊維長、平均繊度、および質量減少率を測定した。
なお、単繊維の測定は無作為に採取した単繊維200本×試験回数5回、計1000本についての平均値を採用した。
【0052】
表3に示されるように、平均繊維長と平均繊度は葛根原料である比較例2,3からほとんど変化せず、5分間のアルカリ処理(1)及び脱リグニン処理となる酸化処理(2)は繊維長と繊度にほとんど影響を及ぼさないことがわかった。それぞれの酸化処理済繊維である実施例8、9は真っ白色で、やや硬さを有していた。
また、木質化試料の分析で最もよく用いられている硫酸法を用いて、洗浄後における葛根原料のリグニン成分を定量した結果は約12%であり、質量減少量からするとリグニンが完全に除去できたことになる。なお、原材料である葛根の良否は、採取された天然葛根の大きさや太さに依存するために、葛根原料は安定しておらず、原材料にあわせた適度な脱リグニン処理が必要となる。すなわち、若く細く短い葛根に対しては低濃度・短時間の処理、逆に老いた太く長い葛根に対しては高濃度・長時間の処理となる。
【0053】
第三実施形態の葛根繊維の製造方法では前記(E)の製造方法、即ち、リグニンの脱処理としての酸化処理(2)を行った後に、酵素処理(3)を行っている。
酵素処理(3)は、原料に含まれるペクチン、デンプン、あるいは/および、ヘミセルロースを分離分割または調整する処理(3)である。
前記酵素処理(3)では、デンプン、ペクチン、あるいは/およびセルロースの分解酵素を用いて処理している。
【0054】
(第三実施形態の実験例)
表4、表5及び図1に示す実施例10〜15に、酸化処理(2)後に、さらに酵素処理(3)を行った実験例を示す。
【0055】
図1(実施例10〜13)は、酸化処理(2)後の葛根繊維に対して、異なる種類のペクチン分解酵素(ペクチナーゼ)により酵素処理(3)して得られた葛根繊維の電子顕微鏡写真を示す。
【0056】
実施例10は、水洗後、前記実施例8,9と同様の方法で酸化処理(2)を行った葛根繊維である。
実施例11は実施例10の葛根繊維を、ペクチナーゼXP−534(ナガセケムテックス(株)、最適条件:pH7〜8,40〜50℃)で酵素処理したものである。
実施例12は実施例10の葛根繊維を、ペクチナーゼSS(ヤクルト薬品工業(株)製、最適条件:pH3〜5,40〜50℃)で酵素処理したものである。
実施例13は実施例10の葛根繊維を、ペクチナーゼG(アマノ(株)製、最適条件:pH4〜5,40〜50℃)で酵素処理したものである。
【0057】
実施例11〜13の酵素処理は、実施例10の酸化処理後の葛根繊維5gを250mlの水に入れ、前記各酵素の最適条件にpH調整を行い、各ペクチナーゼを0.05%(0.125g/250ml)加えて50℃の湯浴に入れ、1時間時々攪拌することにより行った。
【0058】
図1において、酵素未処理のリグニン処理済み葛根繊維(実施例10)と実施例11〜13の3種類のペクチナーゼで処理した葛根繊維を対比すると、実施例11〜13では、共に表面のカルシウム分が多く析出し、細胞間のペクチン質が分解されていた。
手で触った評価では、酵素未処理のリグニン処理済み葛根繊維(実施例10)に比べて、ペクチナーゼで処理した実施例11〜13は、乾燥後においても繊維が固まらず、ほぐれやすく、さらさらとした感触であった。しかし、ビクロンなどの柔軟剤処理を行った方がより好ましいと考えられた。さらに、酵素処理を行うことにより、葛根繊維の白度が向上した。
なお、水洗した葛根原料に対し、前記リグニン定量と同様に、ペクチン成分の定量を行ったところ約5%であったことから、葛根原料中にペクチンは5%程度含まれているといえる。
【0059】
表4(実施例14,15)に、酸化処理(2)後の葛根繊維に対して、ペクチン分解酵素の濃度及び処理時間を変えて処理を行った実験例を示す。
【0060】
【表4】

【0061】
ペクチン分解酵素としては、「プロトペクチナーゼナガセ(XP−534)」(ナガセケムテックス(株)製)を用いた。
葛根原料を水洗後、酸化処理(2)のみを行った実施例10について、ペクチナーゼ酵素(XP−534)の濃度と処理時間を表4のように、変化させて処理を行ったものを実施例14,15とした。
実施例14,15について、JIS試験法(L1015あるいはL1019)に準拠して平均繊維長と平均繊度を測定した。なお、単繊維の測定は無作為に抽出した500本について行った。
【0062】
表4に示されるように、ペクチナーゼ酵素の処理時間を長くすることにより、繊維長を短くせずに繊度と小さくすることができ、ペクチナーゼ酵素は葛根繊維を細くする効果が大きいことがわかった。
【0063】
第四実施形態では、葛根原料に対し、前記(D)の酵素処理(3)を施して葛根繊維を製造している。
即ち、アルカリ処理(1)および酸化処理(2)を行わずに、複数の酵素処理(3)を組み合わせて、葛根原料中のペクチン、デンプン、あるいは/および、ヘミセルロースを分離分割または調整して葛根繊維を得た。
【0064】
(第四実施形態の実施例)
表5(実施例16〜20)に、実験例を示す。
【0065】
【表5】

【0066】
水洗のみ行った葛根原料に対して、デンプンを除去するためのα−アミラーゼ酵素処理、ペクチンを除去するためのペクチナーゼ酵素処理、ヘミセルロース分を調整あるいは僅かに除去するためのセルラーゼ酵素処理を組合わせた。
前記実施例で用いた酵素の具体的な商品名は以下のとおりである。
α−アミラーゼ酵素;大和化成(株)製「クライスターゼT10S(商品名)」(T10Sと称した)
ペクチナーゼ酵素;ナガセケムテックス(株)製「プロトペクチナーゼナガセ(XP−534)(商品名)」(XP−534と称した)
セルラーゼ酵素;ヤクルト薬品工業(株)製「セルラーゼY−NC(商品名)」(Y−NCと称した)、ナガセケムテックス(株)製「セルレースナガセ(商品名)」
【0067】
水洗後の葛根原料5gを250mLの水に入れ、XP−534酵素およびクライスターゼT10S酵素を加え、55℃の温度で1時間撹拌し、酵素処理(3)を行った。その際、クライスターゼT10S酵素は濃度を1ml/L(0.1%)、XP−534酵素は添加量が1g/Lとなるように添加した。この処理により得られたものを実施例16とする。
実施例16に対して、表5に示すように、セルラーゼ酵素の種類、濃度及び処理時間を変化させて処理を行ったものをの実施例17〜20とした。
【0068】
表5に示されるように、セルラーゼ酵素の比較では、Y−NCに比べてセルレースナガセによる処理の方が繊度が小さくなり、ヘミセルロース及びセルロースを分解する効果が強かった。処理時間を120分とした実施例20では平均繊維長がかなり小さく、こぼれ落ちるような繊維が非常に多く、触感的にも繊維強度は弱く感じた。
【0069】
このように、デンプン、ペクチン、およびセルロースに対する分解酵素を選択・併用した処理により、アルカリ処理(1)や酸化処理(2)を行うことなく、ヘミセルロースを分離分割または調整し、細繊化及び柔軟化された葛根繊維を図ることができた。
【0070】
第五実施形態では、葛根繊維を前記(F)の製造方法で製造し、アルカリ処理(1)と酸化処理(2)の後で、柔軟処理(4)を行っている。柔軟処理(4)は、両性および/またはカチオン系柔軟加工剤に浸漬または浸透して、葛根繊維に柔軟加工剤を付着させている。
【0071】
(第五実施形態の実施例)
表6(実施例21〜23)に実験例を示す。
【0072】
【表6】

【0073】
実施例21〜23では、短繊維の葛根繊維(アルカリ処理およびリグニン処理済み)各2gを、液温度35℃とした3種類の柔軟剤(ビクロン、トセノール、ハミング)の10%溶液中で、浴比1:50で、1時間処理した。処理後は手で軽く脱水後、室内で3日間自然乾燥を行った。
柔軟剤として、ビクロンL−8(一方社油脂工業(株)製)を用いたものを実施例21、トセノール(東海製油工業(株)製)を用いたものを実施例22、ハミング(花王(株))を用いたものを実施例23とし、各々の試料について、柔軟処理前からの質量増加により求めた付着量を測定すると共に、手触り、色、においを評価した。
【0074】
表6に示されるように、各評価結果は実験者による手触り感覚と臭覚によるものの、特に、ビクロン液剤による柔軟処理は葛根繊維の柔軟性向上に大きな効果があることが認められた。
【0075】
図2に、酸化処理(2)、アルカリ処理(1)及び柔軟処理(4)を経て得られた第五実施形態の本発明の葛根繊維の写真を示す。
図2(A)は、葛粉の製造工程から廃棄された比較例4の葛根原料を示しており、泥や根表皮などを多量に含んでおり、その色は濃い茶褐色を呈している。
図2(B)は、図2(A)の葛根原料に対し、前記実施例8,9と同様の方法で処理時間を3時間とした酸化処理(2)を行った後、23%濃度の水酸化ナトリウム水溶液で5分間のアルカリ処理(1)を行い、その後、ビクロン5%溶液に30分間浸漬して柔軟処理(4)を行って得られた実施例24の葛根繊維である。
図2(B)に示されるように、上述した各種の化学的処理法を施すことにより得られた本発明の葛根繊維は、白色繊維として得ることができた。
【0076】
図2(A)に示される比較例4の葛根原料及び図2(B)に示される実施例24の葛根繊維について、JIS試験法(L1095、およびL1916)に準拠し、単繊維の機械的性質、および繊維集合体の白色度を測定した。測定条件は以下のとおりである。
引張強度;単繊維の引張試験はインストロン5565を用いて、試長10mm、引張速度1mm/min、試験本数54本の条件とした。
白色度;ミノルタ製色彩色差計 CR−100を用いて、繊維総質量15gを円筒型容器(内径70mm、高さ100mm)に敷き詰めた状態で測定することを5回繰り返した。
【0077】
前記試験の結果、実施例24の白色繊維の平均強度は0.04〜0.10(N/tex)(変動係数1.14)、平均伸度は2.0〜5.0(%)(変動係数1.29)であった。
一方、平均白色度は60〜70であり、水洗後における廃棄葛根原料(比較例4)の白色度20〜23から極めて向上していた。
【0078】
第六実施形態では、葛根繊維を前記(G)の方法で製造し、アルカリ処理(1)、酸化処理(2)を施した後に、天然熱硬化性樹脂を用いて強度付与処理(5)を行っている。
【0079】
(第六実施形態の実験例)
図3(実施例25,26)に実験例を示す。
図3(A)は、セラック5g/エタノール50mlで加工した実施例25の葛根繊維、図3(B)は、セラック10g/エタノール50mlで加工した実施例26の葛根繊維の走査電子顕微鏡写真(観察倍率:2500倍)を示す。
【0080】
実施例25は、エタノール50mlに対して、セラック((株)岐阜セラック製GBN−D)を5g加え、室温(18℃)でセラックが全て溶解するまで攪拌(攪拌時間1時間)してセラックのエタノール溶液を得たのち、該溶液に葛根繊維を加え、1時間攪拌したのち、軽く手で絞った後そのまま自然乾燥することにより得た。
実施例26は、セラックの配合量を10gとした以外は実施例25と同様にした。
本実験例で用いた葛根繊維は、実施例8,9と同様の方法で酸化処理(2)を行ったのち、95℃の水酸化ナトリウム水溶液(濃度23%)で5分間アルカリ処理(1)することにより得たものである。
【0081】
図3(A)(B)に示されるように、セラックは葛根繊維の表面上を膜のように覆っていることが観察できた。
実施例25では、セラック加工後の葛根繊維は質量が0.25g増加した。通常のアルカリ処理(1)後の葛根繊維に比べ、葛根繊維はやや硬くなった。しかし、一本一本の葛根繊維の引張強度はかなり強く感じた。
実施例26では、セラック加工後の葛根繊維は質量が0.54g増加した。実施例25に比べて、さらに繊維が硬いと感じた。葛根繊維の繊維間にセラックの付着が見られるため乾燥前に単繊維を確実にほぐすことが必要となる。また、セラックの付着量が多くなることで、葛根繊維の色目はやや黄味を帯び、セラックの淡黄色が影響を及ぼしていた。
【0082】
第七実施形態は前記製造方法により製造した葛根繊維から紡績中間生産物・カードラップを作製している。
図4に葛根繊維から紡績中間生産物・カードラップを作製した実験例を示す。
【0083】
本実験例で用いた葛根繊維は次の調整方法により得た。
葛根原料を約40℃の温水・流水を用いて、10分間丁寧に洗浄した後、葛根細胞の接着剤であり、褐色を呈するリグニンを次の(イ)〜(ハ)の方法で酸化処理(2)を行い、除去した。
(イ)前処理;塩酸 0.01mol/l、浴比 1:50、液温度 75℃、1時間処理
(ロ)本処理;亜塩素酸ナトリウム 0.04 mol/l(添加 0.002mol/l)、液温度 75℃、1時間処理(水量減少時には、塩酸 0.01 mol/lを添加)を3回実施
(ハ)水洗い後、室内で自然乾燥(3日間)
ついで、ヘミセルロースを細繊化するために、次の(ニ)(ホ)の方法でアルカリ処理(1)を行った。
(二)水酸化ナトリウム 23%、浴比 1:50、液温度 98℃、5分間処理
(ホ)水洗い後、室内で自然乾燥(3日間)
さらに、適度な柔軟性を付与して紡績原料とするために、次の(へ)(ト)の方法で柔軟処理(3)を施した。
(へ)ビクロン 5%、液温度 35℃、浴比 1:50、30分間処理
(ト)手で軽く脱水後、室内で自然乾燥(3日間)
ビクロンの付着量は4.3%であった。
【0084】
本実験例に用いた葛根原料は、平均繊維長が78.3mm(標準偏差33.4)、平均繊度が33.6tex(標準偏差2.37)であった。なお、単繊維の測定はJIS試験法(L1015あるいはL1019)に準拠して、無作為に採取した単繊維200本×試験回数5、計1000本についての平均値を採用した。
【0085】
次に、葛根繊維と綿繊維(葛/綿)混合紡績糸を作製するために、つぎの紡績工程(チ)〜(ル)を行った。
(チ)前記葛根繊維と綿繊維は、それぞれにハンドカードを用いて優しく丁寧にほぐした。なお、葛根繊維と共に使用した綿繊維の平均繊維長は26.3mm(標準偏差2.36)、平均繊度は1.3dtex(標準偏差0.03)であった。
(リ)綿紡用ミニチュアフラットカード機に、フィードテーブル上で綿繊維/葛根繊維/綿繊維の三層状態をつくり、合計で綿繊維及び葛根繊維を(綿繊維:葛根繊維)=(40〜60%:60〜40%)となるように計30gを供給した。できあがった第一回混綿ラップはリバース状態でカード機に再度供給し、平均質量23.3gの第二回ラップを得た。カード機処理前の葛根繊維を参考例、カード機処理後の葛根繊維を実施例27とし、これらの平均繊維長、平均繊度、質量を表7に示す。
【0086】
【表7】

【0087】
表7の参考例と実施例27に示されるように、カード機処理により、平均繊維長が短くなり、質量が20%程度減少した。なお、カード機による葛根繊維の質量減少量は10〜20%、綿繊維の質量減少量は約3%であった。
なお、綿紡用ミニチュアフラットカード機のシリンダー回転速度を適当に調整することにより、葛根繊維・綿繊維混合原料の歩留量の増加、および葛根繊維における平均繊維長の増加を実現させることもできた。
【0088】
カード機処理により得られたカードラップは、葛根繊維60%/綿繊維40%、葛根繊維50%/綿繊維50%、葛根繊維40%/綿繊維60%の3種類の供給量で作成した。
図4に示すように、葛根繊維60%/綿繊維40%、葛根繊維40%/綿繊維60%のカードラップとも、葛根繊維と綿繊維とが均一に混合され、紡績が可能な状態とすることができた。
【0089】
次いで、前記3種類のカードラップを紡績糸とするため、次の(ヌ)(ル)の作業を行った。
【0090】
(ヌ)綿紡用ミニチュア練条機にはドラフト4.68倍で1回かけ、平均番手0.19Neの混綿スライバ(平均長さ3.5m)を得た。
(ル)さらに、綿紡用リング精紡機を用いて、平均撚数10.58turns/inch(平均撚係数4.0)、平均番手7Neの葛/綿混紡糸とした。
【0091】
葛根繊維60%/綿繊維40%の供給量で作製した混紡糸を実施例28とし、葛根繊維50%/綿繊維50%の混紡率で作製した混紡糸を実施例29とし、葛根繊維40%/綿繊維60%の供給量で作製した混紡率を実施例30とした。
【0092】
図5(A)に実施例28、図5(B)に実施例30の混紡糸の写真を示す。
このように、前記カードラップから葛/綿混紡糸を作製することができた。また、リング精紡機のドラフト比と撚数などを変化させることによって、葛根繊維の含有割合100%未満において葛繊維と異種繊維との混紡糸を作製できた。さらに、ガラ紡精紡機やオープンエンド精紡機などの各種精紡機を用いても、これらの紡績糸や混紡糸、ならびに複合糸を作製できた。
【0093】
実施例28〜実施例30の葛/綿混紡糸の機械的性質をJIS試験法(L 1095)に準拠して,インストロン型引張試験機を用い,試長25cm、引張速度300mm/min,試験回数30回で混紡糸の強伸度を測定し,その平均値を算出した。測定結果を表8に示す。
【0094】
【表8】

【0095】
表8に示されるように、(葛根繊維/綿繊維=40〜60:60〜40)の範囲内において、引張強度0.65N/tex以上、伸度11%以上の糸を得ることができた。
さらに、上述した全ての葛根繊維や混合・複合葛根繊維集合体は、経糸,あるいは緯糸に用いた編織製品などを製造することも可能であった。さらに、それらの繊維や繊維集合体は、セラックなどの天然樹脂や各種の樹脂を付着させることによって、それらの諸特性値が大きく改善・向上した。
【0096】
本発明の製造方法、および葛根繊維と混合・複合葛根繊維は、葛根繊維と異種類の天然資源、すなわちセルロースおよびヘミセルロース系材料を使用するものであり、あらゆる繊維材料に対して、応用することが可能であり、その組み合わせによっては、独特の外観と構造、風合い、機能性をもつ広範囲な環境適合型材料として、新規葛根繊維、ならびに混合・複合葛根繊維で構成された製品などが安定的にかつ安価に製造できる。
【0097】
すなわち、産業廃棄物の減量と利用拡大や地球の環境問題に対する改善に役立つだけではなく、安全かつ快適な繊維製品が保有すべき性能、たとえば皮膚に対する安全性や低刺激性からは、子供服や肌着、ランジェリーなどの製品として、さらに加えて赤ちゃん用の紙おむつや衛生・生理用品などが製造できる。
【0098】
また、土中に埋めることを考えて、生分解性が求められるときには、農・産業用の寒冷紗やシート材、あるいは鉢植え等の植物栽培や砂漠の緑化などにも役立つ、球状やシート状などの葛根繊維基布や葛根繊維資材が多様かつ広範囲に製造できる。
【0099】
さらに、各種繊維の集合体を芯糸や鞘糸として、化学繊維や金属繊維、あるいは天然繊維等の多種な糸を目的に応じて組み合わせた新規葛根繊維、たとえば金属繊維を芯糸として葛根繊維と一緒に撚り合わせた電磁波防止用品、および炭素繊維と組み合わせた特殊な製品なども製造できる。
【0100】
本発明によれば、天然の材料である葛根を原料とする葛根繊維、あるいはヘミセルロースを使用した新規ヘミセルロース繊維が作製できるだけではなく、葛粉の製造過程において大量に発生する産業廃棄物としての葛根の削減と利用拡大、および各地域における多種多様な天然繊維材料などとの組み合わせを考えることによっても、天然資源(バイオマス)の有効利用による人と地球にやさしく、安全で、快適な生体・環境適合型材料の創製も展望でき、しかも独特の外観や風合い、機能性などを特徴とする新規葛根繊維,ならびにそれらの繊維製品や農・産業用資材が安定的かつ安価に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】(A)は酸化処理のみを行って得られた葛根繊維の走査電子顕微鏡写真を示し、(B)〜(D)は(A)を各種ペクチナーゼで酵素処理した葛根繊維の走査電子顕微鏡写真を示す。
【図2】(A)は廃棄葛根原料の写真、(B)は酸化処理、アルカリ処理及び柔軟処理を経て得られた本発明の葛根繊維の写真を示す。
【図3】天然熱硬化性樹脂を加工した葛根繊維の走査電子顕微鏡写真を示す。
【図4】本発明の実験例のカードラップの写真を示す。
【図5】本発明の実験例の葛/綿混紡糸の写真を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
葛根あるいは葛粉の製造工程中で得られる廃棄葛根を原料とし、
前記原料に含まれるヘミセルロースを分離分割または調整するアルカリ処理(1)、
および/または前記原料に含まれるリグニンの脱処理として酸化処理(2)を行って白色化した繊維とすることを特徴とする葛根繊維の製造方法。
【請求項2】
前記アルカリ処理(1)が水酸化ナトリウム水溶液による処理であり、
前記酸化処理(2)が亜塩素酸ナトリウム水溶液による70〜90℃の加温処理あるいは次亜塩素酸ナトリウム水溶液による10〜40℃の処理である請求項1に記載の葛根繊維の製造方法。
【請求項3】
前記アルカリ処理(1)は1〜25質量%の水酸化ナトリウム水溶液による処理とし、前記酸化処理(2)は、前処理として0.005〜0.015mol/Lの塩酸処理後、0.001〜0.005mol/Lの亜塩素酸ナトリウム水溶液による処理としている請求項2に記載の葛根繊維の製造方法。
【請求項4】
前記アルカリ処理(1)あるいは/及び前記酸化処理(2)に、酵素処理(3)を組合わせている請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の葛根繊維の製造方法。
【請求項5】
葛根あるいは葛粉の製造工程中で得られる廃棄葛根を原料とし、
前記原料に含まれるペクチン、デンプン、あるいは/および、ヘミセルロースを分離分割または調整する酵素処理(3)を行って白色化した繊維とすることを特徴とする葛根繊維の製造方法。
【請求項6】
前記酵素処理(3)は、デンプン、ペクチン、あるいは/およびセルロースの分解酵素による処理としている請求項4または請求項5に記載の葛根繊維の製造方法。
【請求項7】
取得した前記白色化した繊維に、さらに柔軟処理(4)している請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の葛根繊維の製造方法。
【請求項8】
前記柔軟処理(4)は、両性および/またはカチオン系柔軟加工剤に浸漬または浸透させて、該柔軟加工剤を付着させている請求項7に記載の葛根繊維の製造方法。
【請求項9】
前記アルカリ処理(1)、前記酸化処理(2)、前記酵素処理(3)、前記柔軟処理(4)のいずれかの処理の後に、天然熱硬化性樹脂を付着させて強度を付与している請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の葛根繊維の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至請求項9のいずれか1項に記載の製造方法により得られ、平均繊維長20〜70mm、平均繊度1.0〜10texであることを特徴とする葛根繊維。
【請求項11】
平均白色度が60〜70である請求項10に記載の葛根繊維。
【請求項12】
イソフラボンあるいはイソフラボン誘導体を含有している請求項10または11に記載の葛根繊維。
【請求項13】
請求項10乃至請求項12のいずれか1項に記載の葛根繊維を糸状あるいは織物状や編物状、不織布状として含有する繊維集合体。
【請求項14】
前記葛根繊維と、天然繊維あるいは/および化学繊維からなる異種繊維とを含有する混紡糸である請求項13に記載の繊維集合体。
【請求項15】
前記混紡糸は、前記葛根繊維を40〜60質量%、綿繊維を60〜40質量%の割合で含有し、強度が0.6〜0.9N/tex、伸度が11〜15%である請求項14に記載の繊維集合体。
【請求項16】
請求項10乃至15のいずれか1項に記載の葛根繊維あるいは繊維集合体から形成した繊維製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−240177(P2008−240177A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−79199(P2007−79199)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(598136323)
【出願人】(502231650)奈良県繊維工業協同組合連合会 (1)
【Fターム(参考)】