説明

薄層クロマトグラフィー装置及び薄層クロマトグラフィー分析方法

【課題】薄層クロマトグラフィー分析を移動相や固定相の組み合わせの選択が不適切な状態で行った場合、所望の分析結果を得ることが困難となる。そこで、再現性高く、簡便且つ正確に分析できる薄層クロマトグラフィー装置及び簡便な工程で分析できる薄層クロマトグラフィー分析方法を提供する。
【解決手段】展開槽11中には固定相12と移動相13が存在し、両相を分離するために隔離膜14が配置されている。固定相12にガイド付き孔部18を介して形成された分析用液滴を乾燥させてスポット22を形成した後、固定相12を隔離膜14を破断するよう移動相13中に押し込み分析を行う。移動相13の液量は分析に必要十分な量だけ用いる。移動相13が全て展開に使われた状態で展開を終了させることで展開量の制御性に優れた薄層クロマトグラフィー分析を可能とする薄層クロマトグラフィー装置が提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄層クロマトグラフィー装置及び薄層クロマトグラフィー分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薄層クロマトグラフィー装置は、固定相中に試料のスポットを形成した後、固定相の下端を移動相に浸し、試料に含まれる物質の固定相中での浸透速度の差を用いて展開し、試料に含まれる物質の種類等を調べる装置である。
【0003】
薄層クロマトグラフィー分析を行うための設備としては固定相に試料のスポットを形成するための治具、固定相を展開させるための移動相を納める液溜層、固定相を移動相に浸した状態で支え、且つ周囲からの汚染を防ぐための展開槽程度の治具があれば良く、大掛かりな分析装置を必要としない。薄層クロマトグラフィー装置は染料や各種の有機物を分離分析するための手段としてその簡便性から広く用いられている。
【0004】
例えば、特許文献1に示されるように薄層クロマトグラフィー装置をユニット化しクロマトセットとして、可搬性に優れた薄層クロマトグラフィー装置を構成したものが知られている。特許文献1では、移動相(特許文献1では展開液と記述されている)を注入した後、各部品を組み立てて分析準備をした後分析を行う。固定相中での浸透量が試料に含まれる物質の同定に適切な状態となった状況で固定相と移動相を分離するようモーター駆動によって制御されており、より容易に薄層クロマトグラフィー分析を行える薄層クロマトグラフィー装置(薄層クロマトセットと記載されている)が提案されている。
【0005】
【特許文献1】特開2003−344380号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に示された薄層クロマトグラフィー装置を用いる場合、移動相(特許文献1では展開液と記述されている)を展開液容器に注入することが必要であるが、携帯用に便利なよう小さくまとめられた展開液容器に移動相を注入するには高い技能を必要とする。また、薄層クロマトグラフィー分析を行うためには、展開液容器内への移動相の注入や連結ユニット、内面薄層クロマト管、モーター駆動装置等の部品を逐次組み立てる工程が必要となり、分析前処理が煩雑となる問題点がある。また、分析後に残った移動相の処理については触れられておらず、例えば有機溶剤等を用いた場合に、移動相の処理手段を別途検討する必要がある等の問題点を有していた。
【0007】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は簡便且つ正確に分析できる薄層クロマトグラフィー装置及び簡便な工程で分析できる薄層クロマトグラフィー分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(構成1)上記課題を解決するために、本発明の薄層クロマトグラフィー装置は、展開基体としての固定相と、前記固定相中での到達位置が、分析精度と比較して前記固定相の展開終了部に到達したものと近似し得る位置まで展開を行い得る液量よりも多く、且つ分析精度と比較して前記固定相の前記展開終了部に浸透した後に生じる過剰展開を抑え、前記固定相の前記展開終了部で展開が終了していると近似し得る液量よりも少ない量に調整された移動相と、前記移動相と前記固定相とを別々に封入するための、隔離膜を有する展開槽と、前記展開槽の前記固定相側に位置し、薄層クロマトグラフィーによる分析を行うための分析用液滴を前記固定相に付着させ、前記分析用液滴からなるスポットを形成するための孔部と、前記孔部を繰り返し封止しうる封止帯と、前記スポットを前記固定相中で展開するために前記隔離膜を破断し、前記固定相を前記移動相中に浸漬する機構を含むことを特徴とする。
【0009】
この構成によれば、移動相を消費し尽くすことで展開が終了するため、展開を終了させるための特別な機構を必要としない。また、移動相は展開が終了した状態では全て消費されているため、移動相の残留分を処理する必要はない。また、移動相の溶液は消費し尽くされているため、どのような向きで保持しても分析結果に影響を与える事は無く、任意の向きに固定相を保存することができる。そのため、精密さが要求される移動相の排出機構や固定相の移動機構を用いる装置と比べ容易に扱え、且つ高い信頼性を持つ薄層クロマトグラフィー装置を提供することができる。
【0010】
また、展開槽内に固定相と移動相を隔離するための隔離膜を有しているため、固定相は分析を行う場合を除いて移動相と接触することはない。そのため、どのような向きで保持しても特性を劣化させることがなく、機動性の高い薄層クロマトグラフィー装置を提供することができる。また、展開槽中に分析用液滴を付着させるための孔部を有しており、分析用液滴はこの孔部を通して固定相に付着される。従って、分析用液滴の量や付着位置に関して高い再現性を持つスポットが固定相中に形成され、分析結果の再現性が高い薄層クロマトグラフィー装置を提供することができる。
【0011】
また、孔部は封止帯により封止されるため、孔部が存在しても直接大気と触れることはなく、吸湿による固定相の特性劣化及び大気による固定相の特性変動が抑制された薄層クロマトグラフィー装置を提供することができる。
【0012】
(構成2)また、上記した本発明の薄層クロマトグラフィー装置は、前記展開槽の前記固定相側の領域を前記移動相雰囲気に保つよう予め前記移動相雰囲気で満たした後、前記展開槽の前記固定相側の領域を封入する、又は前記固定相と接触せぬよう前記移動相雰囲気を保持するための前記移動相を蓄えた蓄積媒体を前記固定相側に有することを特徴とする。
【0013】
この構成によれば、固定相を移動相雰囲気中に保持することができるため、より高い分析再現性を持った薄層クロマトグラフィー装置を提供することができる。
【0014】
(構成3)また、上記した本発明の薄層クロマトグラフィー分析方法は、構成1又は構成2に記載の薄層クロマトグラフィー装置を用いた薄層クロマトグラフィー分析方法であって、前記孔部を封止する前記封止帯を開いて、前記孔部を経由して前記分析用液滴を前記固定相にスポット状に付着させる工程と、前記分析用液滴を乾燥させる工程と、前記隔離膜を破断し、前記固定相を前記移動相中に浸す工程と、前記移動相が尽きるまで前記固定相を前記移動相中に保持する工程を当該順に行うことを特徴とする。
【0015】
この分析方法によれば、構成1又は構成2に記載の薄層クロマトグラフィー装置を用いて薄層クロマトグラフィー分析を行うことができ、移動相を消費し尽くすことで展開が終了するため、展開が終了した状態で保持し続けることができ、高い再現精度を有する薄層クロマトグラフィー分析を行うことができる。また、移動相を隔離するための隔離膜を介して移動相が予め封入されているため薄層クロマトグラフィー分析を行うに際して改めて移動相を注入する手順を必要とせず、より容易に薄層クロマトグラフィー分析を行うことができる。また、分析用液滴を付着させるための孔部を通して分析用液滴を固定相にスポット状に付着させるため、分析用液滴の量や付着位置に関して高い再現性を持つスポットが固定相中に形成でき、再現性の高い分析結果を得ることができる薄層クロマトグラフィー分析を行うことができる。
【0016】
(構成4)また、上記した本発明の薄層クロマトグラフィー分析方法は、前記移動相が尽きた後前記展開槽を開封し前記固定相中に残留している前記移動相を蒸発、乾燥を行う工程を更に行うことを特徴とする。
【0017】
この分析方法によれば、固定相中の移動相を蒸発除去することができるため、薄層クロマトグラフィー分析を終了した後の固定相での再拡散を抑えて分析、保存を行うことができる。
【0018】
(構成5)また、上記した本発明の薄層クロマトグラフィー装置は、クロマトグラフィーによる分析を行うための薄層クロマトグラフィー装置であって、移動相と、前記移動相を展開させる基体である固定相と、前記移動相および前記固定相が封入され、該固定相に分析用試料を付着させるための孔部を有する展開槽と、前記移動相と前記固定相とが接触せぬよう前記展開槽中に配置され、破断可能な隔壁膜と、前記孔部を封止しうる封止帯を備えたことを特徴とする。
【0019】
この構成によれば、展開槽内に固定相と移動相を隔離するための隔離膜を有しているため、固定相は分析を行う場合を除いて移動相と接触することはない。そのため、どのような向きで保持しても特性を劣化させることがなく、機動性の高い薄層クロマトグラフィー装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を具体化した実施形態について図面に従って説明する。
【0021】
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態として、薄層クロマトグラフィー装置について説明する。図1は、本発明に係る薄層クロマトグラフィー装置の模式図である。詳細には、図1(a)は正面図、図1(b)は側面図である。
【0022】
展開槽11中には、固定相12として例えばシリカゲル粉末やアルミナ粉末をガラス板表面を覆うように塗布し乾燥した薄層クロマト板が配置されている。固定相12は展開槽11により外気と遮断されているため吸湿等による変質を受けることなく長期に渡り保存することが可能である。
【0023】
固定相12と、例えばエタノール等を用いた移動相13は、突き抜き可能な隔離膜14によって仕切られているため、固定相12と移動相13とは隔離膜14を突き抜いて分析を始めるまでは接触することがない。そのため、展開槽11を立てて保存する必要はなく、例えば横向きに保存しておいても良い。また、バルブ等の精密部品を使用していないため、振動や埃に対しても強く可搬性に優れており、運搬が容易である。
【0024】
固定相12の基体にガラス板等剛性が高いものを用いた場合には、固定相12そのものを用いて隔離膜14を突き抜くことが可能である。ここで固定相12として例えばペーパークロマトグラフィ等の機械的強度が弱いものを用いる場合には、例えば隔離膜14を突き破るためのガラス板等を固定相12の脇に備えても良い。
【0025】
展開槽11の固定相12側にはフック16と、可塑性を有する蛇腹17と、蛇腹17の頂部に位置する押し込み部21が形成されており、固定相12を一度展開槽11内の移動相13に浸漬させた後は蛇腹17をフック16で抑えて戻らぬよう、移動相13に浸漬した状態を保つよう保持する構造を有している。なお、移動相13に浸漬した状態を保つための機構としてここではフック16を用いたが、これはフック16に代えて例えば固定相12側面にガイドを付けておき、固定相12と押し込み部21とが離れるよう構成しておくことで、内圧の上昇により押し込み部が戻っても固定相12を移動相13中に保持する方法等を用いることが可能である。また、蛇腹17により可塑性を得る構造に代えて、例えば軟質のプラスティックやピストン様の構造を用いることが可能である。また、押し込み部21の近傍に、移動相13起因の気体成分を放出するための孔を設けても良い。なお、この孔は、分析を行うまで封止テープにより塞いであることが好ましい。更に、分析を行う場合に封止テープに代えてこの孔に移動相13起因の気体成分を吸着する吸着器を接続しても良く、この場合には移動相13起因の気体成分の展開槽11からの流出を抑制することができる。
【0026】
また、展開槽11の固定相12側には、固定相12に試料液滴をスポット状に点付けするためのガイド付き孔部18が形成されている。ガイド付き孔部18から試料液滴を供給するためスポット位置はガイド付き孔部18の位置に揃えられる。従って、位置の再現性が高いスポット形成を行うことができる。ガイド付き孔部18は、試料液滴を点付けする場合と固定相12を移動相13に差し込む際の減圧を行う場合以外は、繰り返し封止可能な封止帯19により封止される。そのため保存状態ではガイド付き孔部18からの外気の侵入を防止することができ、固定相12の吸湿等の現象を防ぐことが可能となる。
また、展開槽11の構成材料として、固定相12を観察しうる部分にガラス等の光学的に透明な材料を用いることで展開槽11を通して展開結果を視認することが可能となり、埃等の汚染源が多い外部環境下でも展開結果の概略を把握することが可能となる。
【0027】
移動相13に用いる展開用の液体の組成には特に制限は無く、分析対象に合わせた液体を用いることができる。移動相13の液量は、固定相12の展開終了部15まで浸透した時点で移動相13を使い切るよう制御される。移動相13の量を前述したように制御しておくことで、電気的にバルブを制御する等の手段を用いることなく移動相13による展開状況の再現性を高めることができる。
【0028】
また、展開槽11の固定相12側の領域を移動相13雰囲気とした後密閉封入することで、固定相12を移動相13雰囲気に保つことができる。更に、展開槽11の固定相12側の領域に、蓄積媒体20として例えば濾紙を移動相13で湿し、固定相12と触れぬよう、例えば隔離膜14近傍に配置しても良い。その他、移動相13雰囲気を保つよう液状成分を保持した保持体を固定相12と触れぬよう配置することで展開槽11の固定相12側の領域を移動相13雰囲気に保持することができる。
【0029】
(第2の実施形態)
本発明の第2の実施形態として、本発明の薄層クロマトグラフィー装置を用いた薄層クロマトグラフィー分析方法について説明する。図2(a)〜(d)は本発明に係る薄層クロマトグラフィー分析方法の手順を示す分析工程図である。
【0030】
分析方法としては、図2(a)に示すようにまず封止帯19を開け、綿棒等を用いてガイド付き孔部18に試料液滴をつけて、ガイド付き孔部18を経由して試料液滴によるスポット22を固定相12に形成する。
【0031】
次に、図2(b)に示すようにスポット22を乾燥させる。乾燥を行う場合には、封止帯19は開けている状態でも、閉めている状態でも良い。
【0032】
次に、封止帯19を開けた状態にし、図2(c)に示すようにフック16がかかるように蛇腹17の頂部に位置する押し込み部21を押し込む。そしてフック16がかかった状態で封止帯19を閉じる。封止帯19をこの時点で閉じることで、蛇腹17を押し込む際にかかる展開槽11中の圧力を逃がすことができるため好適である。なお、展開槽11に耐圧力性に優れた構造を用いる場合には、封止帯19を閉じた状態で押し込み部21を押し込んでも良い。
【0033】
また、蛇腹17に代えて軟質のプラスティックやピストン様の構造等が用いられている場合にも同様の操作を行うことで固定相12を移動相13中に押し込み、固定相12を移動相13中に浸漬させることができる。また、固定相12として例えばペーパークロマトグラフィ等の機械的強度が弱いものを用いる場合には、例えば隔離膜14を突き破るためのガラス板等を固定相12の脇に装備し、当該ガラス板等により隔離膜14を突き破る方法を用いることができる。また、押し込み部21の近傍に、移動相13起因の気体成分を放出するための孔が設けられ、封止テープで封止されてある場合には、この時点で封止テープを除去し移動相13起因の気体成分を排出させても良い。更に、この孔に封止テープに代えて移動相13起因の気体成分を吸着する吸着器を接続しても良く、この場合には移動相13起因の気体成分の展開槽11からの流出を抑制することができる。
【0034】
押し込み部21を押し込むことで蛇腹17は縮み、固定相12は隔離膜14を突き破り、移動相13中に浸漬された状態となり、スポット22を展開するよう薄層クロマトグラフィー分析が開始される。そして移動相13が尽きた時点で、薄層クロマトグラフィー分析は終了し、図2(d)に示すように色素23A,23B,23Cが固定相12に展開された状態で分離される。
【0035】
薄層クロマトグラフィー分析終了後、展開槽11内部に固定相12が収納された状態であれば周囲からの汚染を受けることなく運搬することができる。また、固定相12を観察しうる部分にガラス等の光学的に透明な材料を用いた場合では、薄層クロマトグラフィー分析終了後、展開槽11内部に収納された状態でも固定相12に展開された分析結果の解析は可能であり、分析結果の解析を迅速に行うことができる。
【0036】
また、展開槽11の固定相12が収められた側を切り取り風乾し、固定相12の評価をしても良い。風乾し解析する場合には、固定相12に寄生的に付着する汚染物質の影響を緩和するため、クリーン度の高い場所で固定相12を風乾させることがより好ましい。例えば展開槽11を通して固定相12に展開された分析結果に基づいて行った解析結果を見て、より精密に分析すべき物についてはクリーン度の高い場所で直接固定相12を観察することで、迅速な解析と精密な解析とを分けて行うことができる。
【0037】
解析方法としては、例えばインクジェットプリンター用インク等、組成が明確に把握できるものであれば、参照用のインクの分析結果を参照用データとしてコンピュータに記憶させておき、固定相12に展開された結果と比較して、展開結果が両者で異なる場合には、インクの種類が異なっていると判断することができる。
【0038】
このように、固定相12と移動相13との組み合わせ及び移動相13の量等を予め調べ最適化し、参照用のデータを添付しておくことで、良品/不良品、真贋の判定等を極めて容易に把握することが可能となる。
【0039】
(第3の実施形態)
本発明の第3の実施形態として、展開槽に可塑性の高いフィルムを用いた薄層クロマトグラフィー装置について説明する。第1の実施形態で説明した薄層クロマトグラフィー装置との違いは、展開槽に可塑性の高いフィルムを用いることで図1に示されている蛇腹17やフック16を用いることなく、図3に示されている移動相33に挿入された後の固定相32の保持をフィルムからなる展開槽31と固定相32間との機械的静摩擦力を用いることである。機械的静摩擦力を用いることで図1に示されている蛇腹17やフック16を省略できるため、薄層クロマトグラフィー装置の構造を簡略化することができ、より信頼性の高い薄層クロマトグラフィー装置を提供することができる。
【0040】
図3は、本発明の第3の実施形態を説明するための薄層クロマトグラフィー装置の模式正面図である。展開槽31は可塑性が高いフィルムを用いて形成されており、固定相32及び移動相33は、2枚のフィルムに挟まれるよう配置され、固定相32及び移動相33の周辺部のフィルムを熱圧着することで封入され大気と遮断されている。固定相32と移動相33とを隔離する隔離部34は熱圧着強度を下げ、固定相32を移動相33に挿入する場合に、容易にフィルム同士が剥れ、2枚のフィルムの間を固定相32が通過可能なよう形成されている。固定相32の展開面側のフィルムには、固定相32に試料液滴をスポット状に点付けするための孔部35が形成されている。孔部35から試料液滴を供給するためスポット位置は孔部35の位置に揃えられる。従って、固定相32中に位置再現性が高いスポットの形成を行うことができる。なお、孔部35は分析を行うまでは繰り返し封止可能な封止帯36により封止されている。そのため保存状態では孔部35からの外気の侵入を防止することができ、固定相32の吸湿等の現象を防ぐことが可能となる。
【0041】
移動相33に用いる液の組成、量等については第1の実施形態と同様に調整することができる。そのため、第1の実施形態と同様、電気的にバルブを制御する等の手段を用いることなく移動相33による展開状況の再現性を高めることができる。
【0042】
また第1の実施形態と同様に、展開槽31の固定相32側の領域を移動相33雰囲気とした後密閉封入することで、固定相32を移動相33雰囲気に保つことができる。更に、展開槽31の固定相32側の領域に、蓄積媒体37として例えば濾紙を移動相33で湿し、固定相32と触れぬよう、例えば隔離部34近傍に配置しても良い。その他、移動相33雰囲気を保つよう液状成分を保持した保持体を固定相32と触れぬよう配置することで展開槽31の固定相32側の領域を移動相33雰囲気に保持することができる。
【0043】
本実施形態の構造を有する薄層クロマトグラフィー装置はその厚さを薄くすることが可能であり、多数の試料を分析する場合に対して可搬性が極めて高くなる。また、薄層クロマトグラフィー装置を製造する工程として、展開槽31の周辺及び隔離部34の部分を熱圧着することで提供することができ、矩形構造を組み立てる工程を要する薄層クロマトグラフィー装置と比較した場合、短工程で製造することができる。従って製造コストを低減することも可能となる。
【0044】
また、本実施形態に係る薄層クロマトグラフィー装置を用いる分析工程では、第2の実施形態で述べた内容とほぼ同手順で行うことが可能である。図2(c)に示されるように押し込み部21を押し込む工程に代えて、図3に示されるように固定相32の上部をフィルムの上から押し込む工程を行い、隔離部34を破断し移動相33中に侵入させたところで押し込む工程を中止する。固定相32はフィルムとの静摩擦により押し込まれた位置を保持し続けるため押し込み工程を中止した後でも移動相33に浸漬された状態を保つことができる。そして移動相33が消費し尽くされた状態で分析は終了する。分析終了後の試料の扱いは、第2の実施形態同様の処理に準じて行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】(a)は、本発明に係る薄層クロマトグラフィー装置の模式正面図、(b)は、模式側面図。
【図2】(a)〜(d)は本発明に係る薄層クロマトグラフィー分析方法の手順を示す分析工程図。
【図3】本発明に係る第3の実施形態を説明するための薄層クロマトグラフィー装置の模式正面図。
【符号の説明】
【0046】
11…展開槽、12…固定相、13…移動相、14…隔離膜、15…展開終了部、16…フック、17…蛇腹、18…ガイド付き孔部、19…封止帯、20…蓄積媒体、21…押し込み部、22…スポット、23A,23B,23C…色素、31…展開槽、32…固定相、33…移動相、34…隔離部、35…孔部、36…封止帯、37…蓄積媒体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
展開基体としての固定相と、
前記固定相中での到達位置が、分析精度と比較して前記固定相の展開終了部に到達したものと近似し得る位置まで展開を行い得る液量よりも多く、且つ分析精度と比較して前記固定相の前記展開終了部に浸透した後に生じる過剰展開を抑え、前記固定相の前記展開終了部で展開が終了していると近似し得る液量よりも少ない量に調整された移動相と、
前記移動相と前記固定相とを別々に封入するための、隔離膜を有する展開槽と、
前記展開槽の前記固定相側に位置し、薄層クロマトグラフィーによる分析を行うための分析用液滴を前記固定相に付着させ、前記分析用液滴からなるスポットを形成するための孔部と、
前記孔部を繰り返し封止しうる封止帯と、
前記スポットを前記固定相中で展開するために前記隔離膜を破断し、前記固定相を前記移動相中に浸漬する機構を含むことを特徴とする薄層クロマトグラフィー装置。
【請求項2】
前記展開槽の前記固定相側の領域を前記移動相雰囲気に保つよう予め前記移動相雰囲気で満たした後前記展開槽の前記固定相側の領域を封入する、又は前記固定相と接触せぬよう前記移動相雰囲気を保持するための前記移動相を蓄えた蓄積媒体を前記固定相側に有することを特徴とする請求項1に記載の薄層クロマトグラフィー装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の薄層クロマトグラフィー装置を用いた薄層クロマトグラフィー分析方法であって、
前記孔部を封止する前記封止帯を開いて、前記孔部を経由して前記分析用液滴を前記固定相にスポット状に付着させる工程と、
前記分析用液滴を乾燥させる工程と、
前記隔離膜を破断し、前記固定相を前記移動相中に浸す工程と、
前記移動相が尽きるまで前記固定相を前記移動相中に保持する工程を当該順に行うことを特徴とする薄層クロマトグラフィー分析方法。
【請求項4】
前記移動相が尽きた後前記展開槽を開封し前記固定相中に残留している前記移動相を蒸発、乾燥を行う工程を更に行うことを特徴とする請求項3に記載の薄層クロマトグラフィー分析方法。
【請求項5】
液体クロマトグラフィーによる分析を行うための薄層クロマトグラフィー装置であって、
移動相と、
前記移動相を展開させる基体である固定相と、
前記移動相および前記固定相が封入され、該固定相に分析用試料を付着させるための孔部を有する展開槽と、
前記移動相と前記固定相とが接触せぬよう前記展開槽中に配置され、破断可能な隔壁膜と、
前記孔部を封止しうる封止帯を備えたことを特徴とする薄層クロマトグラフィー装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−292540(P2007−292540A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−119020(P2006−119020)
【出願日】平成18年4月24日(2006.4.24)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)